IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本発條株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図1
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図2
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図3
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図4
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図5
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図6
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図7
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図8
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図9
  • 特開-遅れ破壊特性の評価方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023145212
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】遅れ破壊特性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20231003BHJP
【FI】
G01N17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022052572
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石津 友康
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 秀雅
【テーマコード(参考)】
2G050
【Fターム(参考)】
2G050AA01
2G050BA02
2G050BA05
2G050BA12
2G050DA03
2G050EB01
(57)【要約】
【課題】遅れ破壊特性の評価精度の向上を実現することを課題とする。
【解決手段】遅れ破壊特性の評価方法は、応力が負荷された試験片に腐食試験を実施する工程と、腐食試験で試験片に生じる腐食孔のサイズに基づいて破壊力学パラメータを算出する工程と、破壊力学パラメータおよび閾値の比較結果に基づいて遅れ破壊特性を評価する工程と、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
応力が負荷された試験片に腐食試験を実施する工程と、
前記腐食試験で前記試験片に生じる腐食孔のサイズに基づいて破壊力学パラメータを算出する工程と、
前記破壊力学パラメータおよび閾値の比較結果に基づいて遅れ破壊特性を評価する工程と、
を含むことを特徴とする遅れ破壊特性の評価方法。
【請求項2】
前記評価する工程は、前記破壊力学パラメータが前記閾値以下であるか否かにより、前記試験片に負荷された応力の遅れ破壊強度としての適否を判定する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の遅れ破壊特性の評価方法。
【請求項3】
前記破壊力学パラメータは、前記腐食孔を前記腐食孔のサイズのき裂とするときの応力拡大係数であることを特徴とする請求項1または2に記載の遅れ破壊特性の評価方法。
【請求項4】
前記閾値は、前記腐食試験の実施後の前記試験片から測定される水素量に基づいて設定されることを特徴とする請求項1、2または3に記載の遅れ破壊特性の評価方法。
【請求項5】
前記腐食試験は、大気腐食を模擬する環境下で実施されることを特徴とする請求項1~4のいずれか1つに記載の遅れ破壊特性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遅れ破壊特性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遅れ破壊を評価するアプローチの1つとして、金属材料に侵入する水素量を用いる従来技術1が提案されている。従来技術1では、試験対象材の試験体を陰極として電解を行い、予備試験で決定したチャージ時間で水素量が飽和するまで水素をチャージした後、遅れ破壊試験を行い、限界拡散性水素量を測定することにより、試験片中の水素量と破断応力の関係が求められる。
【0003】
他のアプローチとして、実使用環境を模擬した腐食促進試験を用いる従来技術2が提案されている。従来技術2では、実際の大気腐食環境を模擬する側面から、工程(A)と工程(B)を含む工程を1回以上行う。工程(A)は、金属材料に塩化物を主体とする成分を付着させる工程である。工程(B)は、工程(A)を経た金属材料に対して、相対湿度を変えることにより金属材料表面を乾燥させる乾燥工程(b1)と湿潤させる湿潤工程(b2)を付与することを1サイクルとし、このサイクルを少なくとも1回行う工程である。これら工程(A)および工程(B)により、試験サイクル数および遅れ破壊特性の関係が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-122633号公報
【特許文献2】特開2011-169918号公報
【特許文献3】特開2016-180658号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の従来技術1および上記の従来技術2のいずれにおいても、腐食孔が遅れ破壊特性に与える影響が無視されるので、遅れ破壊特性の評価精度が低下する側面がある。
【0006】
上記の従来技術1では、陰極電解により水素をチャージする加速試験が行われるので、製品が実際に使用される実使用環境とは異なる条件下で試験が実施される。例えば、水素ガス環境下および大気下という条件の差異は、水素侵入特性、腐食孔の発現の有無、発現の規模、あるいは発現のパターンの相違という化学現象のギャップとして現れるので、遅れ破壊強度の評価精度の低下の一因となり得る。
【0007】
また、上記の従来技術2は、あくまで腐食という化学現象の側面から遅れ破壊特性を評価するものに過ぎない。すなわち、腐食により生じる腐食孔は、一種のき裂とも言え、腐食孔が遅れ破壊特性に与える影響は化学現象の側面からだけでは評価することが困難である。このように腐食孔が遅れ破壊特性に与える影響が欠けた評価は、遅れ破壊強度の評価精度の低下の一因となり得る。
【0008】
1つの側面では、本発明は、遅れ破壊特性の評価精度の向上を実現できる遅れ破壊特性の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
一態様にかかる遅れ破壊特性の評価方法は、応力が負荷された試験片に腐食試験を実施する工程と、前記腐食試験で前記試験片に生じる腐食孔のサイズに基づいて破壊力学パラメータを算出する工程と、前記破壊力学パラメータおよび閾値の比較結果に基づいて遅れ破壊特性を評価する工程と、を含む。
【発明の効果】
【0010】
遅れ破壊特性の評価精度の向上を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、遅れ破壊特性の評価方法の手順を示すフローチャートである。
図2図2は、試験片の一例を示す図(1)である。
図3図3は、試験片の一例を示す図(2)である。
図4図4は、応力負荷用ツールの一例を示す模式図である。
図5図5は、腐食孔の一例を示す図である。
図6図6は、腐食孔サイズおよび応力拡大係数の一例を示す図である。
図7図7は、試験応力の適否の判定例を示す模式図(1)である。
図8図8は、試験応力の適否の判定例を示す模式図(2)である。
図9図9は、閾値および水素量の関係の一例を示す図である。
図10図10は、遅れ破壊特性の評価処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して本願に係る遅れ破壊特性の評価方法の実施形態について説明する。各実施形態には、あくまで1つの例や側面を示すに過ぎず、このような例示により数値や機能の範囲、利用シーンなどは限定されない。そして、各実施形態は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。
【0013】
<課題解決アプローチの一側面>
本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法では、上記の従来技術1や上記の従来技術2に比べて、腐食孔が遅れ破壊特性に与える影響を破壊力学の側面から評価するアプローチを採用する点が優れる。
【0014】
あくまで一例として、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法では、応力が負荷された試験片に腐食試験を実施する。ここで、腐食試験で試験片に生じる腐食孔を腐食孔サイズのき裂とみなし、腐食孔サイズに基づいて破壊力学のパラメータ、例えば応力拡大係数、J積分、き裂先端開口変位などを算出する。このような破壊力学のパラメータを用いて、遅れ破壊を生じさせない応力、すなわち遅れ破壊強度や耐遅れ破壊性能を決定する。これにより、腐食という化学現象が遅れ破壊特性に与える影響に加え、腐食孔が遅れ破壊特性に与える影響、例えば応力集中による影響などを定量化できる。
【0015】
したがって、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法によれば、遅れ破壊特性の評価精度の向上を実現することが可能になる。
【0016】
<遅れ破壊特性の評価方法>
次に、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法の一例について説明する。図1は、遅れ破壊特性の評価方法の手順を示すフローチャートである。
【0017】
(1)試験片作成工程
図1に示すように、ステップS1では、遅れ破壊試験に供する金属材料で試験片が作製される。このとき、試験片は、後述するステップS2で用いられる応力負荷用ツールに取り付けることが可能な形状に形成されてよい。
【0018】
図2及び図3は、試験片の一例を示す図(1)および(2)である。図2に示すように、短冊形の金属板を試験片1Aとして作製することもできれば、図3に示すように、丸棒の金属を試験片1Bとして作製することもできる。なお、図2および図3には、試験片の形状のあくまで一例が示されているに過ぎず、金属材料を用いる実製品の形状に応じて当該製品の形状と同一または類似の形状の試験片を作製できるのは言うまでもない。
【0019】
(2)応力負荷工程
ステップS2では、上記のステップS1で作製された試験片に応力が負荷される。以下、遅れ破壊試験に供する試験片に負荷される応力のことを「試験応力」と記載する場合がある。このような応力負荷には、あくまで一例として、図4に例示する応力負荷用ツールを用いることができる。例えば、応力負荷用ツールは、試験片に対応する製品に実使用環境で応力が負荷される形態、例えば曲げや引張、ねじりなどを再現するものが好ましい。
【0020】
図4は、応力負荷用ツールの一例を示す模式図である。図4には、あくまで一例として、図2に示された試験片1Aに4点曲げ試験を行う応力負荷用ツール2の垂直断面が模式的に示されている。図4に示す例で言えば、鉛直下向きの荷重Pがボルト2Bに負荷される場合、ボルト受けコマ2Cを介して、支持ピンp1から鉛直下向きの荷重1/2Pが負荷されると共に、支持ピンp2から鉛直下向きの荷重1/2Pが負荷される。これら支持ピンp1の荷重1/2Pおよび支持ピンp2の荷重1/2Pにより、鉛直上向きの反力1/2Pが支持ピンp3に生じると共に、鉛直上向きの反力1/2Pが支持ピンp4に生じる。
【0021】
このような応力負荷用ツール2によれば、支持ピンp1および支持ピンp2の間で一様の曲げモーメントを負荷できる。ここで、試験片1Aと接触する支持ピンp1~p4には、ボルト2Bやフレーム2Fと電気的に接触させない側面から、非金属製、例えばセラミックスを素材とすることができる。
【0022】
(3)腐食試験工程
ステップS3では、上記のステップS2で応力が負荷された試験片に腐食試験が大気腐食を模擬する環境下で実施される。このようにステップS3で適用される腐食試験は、あくまで一例として、複合サイクル試験、いわゆるCCT(Cyclic Corrosion Tester)であってよい。CCTは、塩化物の付着、湿潤、乾燥の工程を含み、その目的によって各工程の条件を任意に設定することができる。例えば、試験サイクルのあくまで一例として、自動車規格に対応するJASO M609などで定められた腐食条件の下で下記のステップS3.1~下記のステップS3.3を反復するサイクルを選択できる。なお、これはあくまで一例であって特許文献2や3などに記載の技術を用いてもよい。
【0023】
ステップS3.1 塩素噴霧:35±1℃×2h(5w/v%NaCl水溶液)
ステップS3.2 乾燥:60±1℃×4h(20~30%RH)
ステップS3.3 湿潤:50±1℃×2h(95%RH以上)
【0024】
(4)錆取り工程
ステップS4では、上記のステップS3の腐食試験終了後、応力負荷用ツールから試験片が取り外された後に当該試験片の錆取りが実施される。例えば、錆取りには、市販の錆取り液などを使用できる。
【0025】
(5)腐食孔サイズ測定工程
ステップS5では、上記のステップS4で錆取りが行われた試験片から腐食孔のサイズが測定される。ここでは、腐食孔サイズを定義する指標として、腐食孔の幅と深さを例に挙げるが、これら幅や深さに限定されない。例えば、腐食孔の体積的形状を表す√Areaを始め、腐食孔の面積などの指標が測定されることとしてもよい。このような腐食孔サイズの測定には、試験片の表面等に発現する腐食孔を観察できる程度の分解能を有する観察器具、例えば光学顕微鏡や電子顕微鏡などの顕微鏡を用いることができる。
【0026】
図5は、腐食孔の一例を示す図である。図5には、あくまで一例として、ステップS2~ステップS4の各工程を経てステップS5で観察される試験片1Aの上面図、すなわち試験片1Aの表面を鉛直上方向から見た様子が模式的に示されている。図5に示すように、試験片1Aの表面には、腐食孔C1~C6の6つの腐食孔が観測される。これら腐食孔C1~C6の6つの腐食孔ごとに腐食孔サイズが測定される。例えば、腐食孔の幅として、腐食孔の直径のうち長径が測定される。さらに、腐食孔の深さとして、試験片1Aの表面から腐食孔の鉛直方向(図中のZ方向)の奥行きが測定される。このような腐食孔サイズの測定は、観察器具を用いたオペレーションに限らず、後述する通り、イメージセンサを用いるセンシングにより実現されてもよいし、画像処理により実現されてもよい。
【0027】
(6)応力拡大係数の算出工程
ステップS6では、上記のステップS5で測定された腐食孔サイズに基づいて応力拡大係数が算出される。ここで、応力拡大係数の算出には、上記のステップS2で試験片に行われる応力負荷の形態、例えば曲げや引張、ねじりなどに適合する算出式を用いることができる。あくまで一例として、応力負荷の形態が曲げである場合、下記の参考文献1に記載された式(1)を用いることができる。下記の式(1)における「σ」は、応力を指し、「F」は、形状係数を指す。
K=σF(πa)^(1/2)・・・(1)
【0028】
参考文献1:任意分布力を受ける表面き裂の応力拡大係数の解析(第3報、丸棒中の半だ円き裂 に対する影響係数の解析とその応用)
【0029】
上記の式(1)には、上記のステップS5で測定される深さaが直接的に含まれる。さらに、上記の式(1)における形状係数Fは、深さaおよび幅bの関数により定義されるので、上記のステップS5で測定される深さaおよび幅bが間接的に含まれる。
【0030】
このように、腐食孔を腐食孔サイズのき裂(初期の破壊)と見做して上記の式(1)を適用することにより、腐食孔サイズを用いて応力拡大係数を定量化できる。図6は、腐食孔サイズおよび応力拡大係数の一例を示す図である。図6には、図5に示された腐食孔C1~C6の6つの腐食孔ごとに、腐食孔サイズの例として、腐食孔の深さa~aおよび幅b~bが示されている。さらに、図6に示すように、腐食孔C1~C6ごとに腐食孔の深さa~aおよび幅b~bから算出された応力拡大係数K~Kが示されている。
【0031】
(7)遅れ破壊強度の決定工程
ステップS7では、上記のステップS6で算出される応力拡大係数を用いて、遅れ破壊強度が決定される。あくまで一例として、上記のステップS6で算出される応力拡大係数が閾値以下であるか否かにより、上記のステップS2で試験片に負荷された応力が遅れ破壊強度として適切であるか否かが判定される。例えば、応力拡大係数が閾値以下である場合、ステップS2で試験片に負荷された試験応力が遅れ破壊強度として決定される。その一方で、応力拡大係数が閾値を超える場合、ステップS2で試験片に負荷された試験応力が遅れ破壊強度として不適と判定される。
【0032】
1つの側面として、上記の閾値とは、試験片に蓄積した水素量により定まるき裂進展抵抗値を指し、例えば、設計対象とする製品の実使用環境に応じた方法によって決めることができる。あくまで一例として、上記の閾値は、下記の参考文献2に記載された式(2)にしたがって算出することができる。下記の式(2)における「Kth」は、試験片の作製に用いられる金属材料の遅れ破壊き裂進展の下限界応力拡大係数を指し、上記の閾値の一例に対応し得る。なお、下記の式(2)における「HRC」は、金属材料のロックウェル硬さの値を指す。
Kth=0.00155×HRC^4-0.29738×HRC^3+21.3419×HRC^2-680.224×HRC+8143.62・・・(2)
【0033】
参考文献2:ばね鋼の遅れ破壊き裂進展の下限界応力拡大係数と遅れ破壊防止設計法
【0034】
図7は、試験応力の適否の判定例を示す模式図(1)である。図7には、試験応力700MPaが負荷された試験片1Aに生じる腐食孔C1~C6ごとに腐食孔サイズから算出された応力拡大係数K~Kの算出結果がテーブル形式で示されている。さらに、図7には、説明の便宜上、大小関係の比較を容易とする側面から、腐食孔C1~C6の応力拡大係数K~Kの算出結果が棒グラフとしてチャート化されている。なお、図7には、応力拡大係数と比較する閾値Kthを9.0とする場合が例示されている。
【0035】
図7に示すように、試験応力700MPaの例で言えば、腐食孔C1、腐食孔C4、腐食孔C5および腐食孔C6の応力拡大係数は閾値Kth以下となる。その一方で、腐食孔C2の応力拡大係数K(=9.5[MPa/√m])および腐食孔C3の応力拡大係数K(=10[MPa/√m])が閾値Kthを超える。このため、試験応力700MPaは、遅れ破壊強度として不適と判定される。
【0036】
この場合、ステップS2で試験片に負荷される試験応力を下げ、遅れ破壊試験を再度実施することができる。あくまで一例として、ステップS1で作製された試験片1AにステップS2で負荷する試験応力を700MPaから100MPaを下げて600MPaとし、ステップS1~ステップS7の工程が再実施されたとする。このように再実施された試験片1Aの腐食孔C11~C16の応力拡大係数K11~K16の算出結果が図8に示す通りとなる。
【0037】
図8は、試験応力の適否の判定例を示す模式図(2)である。図8には、試験応力600MPaが負荷された試験片1Aに生じる腐食孔C11~C16ごとに腐食孔サイズから算出された応力拡大係数K11~K16の算出結果がテーブル形式で示されている。さらに、図8には、説明の便宜上、大小関係の比較を容易とする側面から、腐食孔C11~C16の応力拡大係数K11~K16の算出結果が棒グラフとしてチャート化されている。なお、図8にも、図7と同様、応力拡大係数と比較する閾値Kthを9.0とする場合が例示されている。
【0038】
図8に示すように、試験応力600MPaの例で言えば、腐食孔C11~C16の6個全ての腐食孔の応力拡大係数K11~K16が閾値Kth以下である。このため、試験応力600MPaが遅れ破壊強度と決定される。
【0039】
ここで、図7および図8に示す例では、閾値Kがロックウェル硬さに基づいて設定される例を挙げたが、閾値Kthは試験片に侵入する水素量に基づいて設定することができる。図9は、閾値Kthおよび水素量の関係の一例を示す図である。図9には、縦軸を閾値Kth[MPa/√m]とし、横軸を水素量[ppm]とするグラフG1が示されている。図9に示すように、水素量が少なくなるに従って大きい値を閾値Kとして設定する一方で、水素量が多くなるにしたがって小さい値を閾値Kthとして設定することができる。
【0040】
このように閾値Kthを水素量に応じて適応的に選択する場合、ステップS7の工程に下記のステップS7.1~下記のステップS7.3の工程が含まれることとすればよい。すなわち、ステップS7.1では、昇温脱離分析、いわゆるTDA(Thermal Desorption Analysis)により試験片中の水素量が分析される。そして、ステップS7.2では、上記のステップS7.1の分析で得られた水素量および金属材料のロックウェル硬さに基づいて閾値thが設定される。その上で、ステップS7.3では、上記のステップS6で算出された腐食孔の応力拡大係数K1~nが上記のステップS7.2で設定された閾値Kth以下であるか否かにより、上記のステップS2で負荷された試験応力の遅れ破壊強度としての適否が判定される。
【0041】
なお、上記のステップS7.2における閾値Kthの設定は、上記の式(2)の第1項~第4項のうち少なくともいずれか1つの項に図9に示す閾値および水素量の関係にしたがって水素量の説明変数を追加することにより実現することができる。この他、上記の式(2)でロックウェル硬さに基づいて算出された閾値Kth図9に示す閾値および水素量の関係にしたがって補正することにより実現することもできる。
【0042】
<効果の一側面>
上述してきたように、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法は、腐食試験で試験片に生じる腐食孔を腐食孔サイズのき裂とみなし、腐食孔サイズに基づいて算出される破壊力学のパラメータを用いて、遅れ破壊強度を決定する。これにより、腐食という化学現象が遅れ破壊特性に与える影響に加え、腐食孔が遅れ破壊特性に与える影響、例えば応力集中による影響などを定量化できる。したがって、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法によれば、遅れ破壊特性の評価精度の向上を実現できる。
【0043】
さらに、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法は、遅れ破壊強度を定める腐食孔サイズ以外のパラメータ、例えば腐食試験の試験サイクルの条件および閾値Kthの設定条件などの自由度を高めることができる。よって、本実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法によれば、実使用環境に適合する遅れ破壊強度の設計が可能となる。
【0044】
<応用例>
上記の実施形態は一例を示したものであり、種々の応用が可能である。
【0045】
例えば、上記の実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法は、図1に示すステップS5~ステップS7の各工程がコンピュータにより実行される情報処理として実現されてよい。
【0046】
図10は、遅れ破壊特性の評価処理の手順を示すフローチャートである。図10に示すように、評価リクエストで遅れ破壊試験の評価対象として指定されたK個の試験片画像に対応する回数の分、ステップS101の処理を反復するループ処理1が実行される。
【0047】
すなわち、任意のコンピュータのプロセッサは、ストレージ等から読み出された試験片画像に含まれる腐食孔ごとに腐食孔サイズを測定する(ステップS101)。なお、図10には、ステップS101の処理が反復して実行される例を挙げたが、K個の試験片画像ごとにステップS101の処理が並列して実行されることとしてもよい。このようなループ処理1により、K個の試験片画像ごとに当該試験片画像に含まれる腐食孔別の腐食孔サイズの測定結果が得られる。
【0048】
そして、プロセッサは、ループ処理1でK個の試験片画像ごとに測定された腐食孔別の腐食孔サイズの測定結果に基づいて極値統計を実行することにより、最大の腐食孔サイズの推定値を算出する(ステップS102)。その上で、プロセッサは、極値統計により得られた最大の腐食孔サイズを上記の式(1)に代入することにより、応力拡大係数Kmaxを算出する(ステップS103)。
【0049】
そして、プロセッサは、ステップS103で算出された応力拡大係数Kmaxが閾値Kth以下であるか否かを判定する(ステップS104)。このとき、応力拡大係数Kmaxが閾値Kth以下である場合(ステップS104Yes)、プロセッサは、試験応力を遅れ破壊強度として決定する(ステップS105)。この場合、プロセッサは、遅れ破壊強度を任意の出力先、例えば外部装置やソフトウェア、サービスなどに出力し(ステップS106)、処理を終了する。
【0050】
一方、応力拡大係数Kmaxが閾値Kth以下でない場合(ステップS104No)、試験応力が遅れ破壊強度として不適であると判明する。この場合、プロセッサは、試験応力が遅れ破壊強度として不適である旨などのアラートを任意の出力先へ出力し(ステップS107)、処理を終了する。
【0051】
以上のように、上記の実施形態に係る遅れ破壊特性の評価方法は、コンピュータにより実行される情報処理として実現することが可能である。
【0052】
<変形例>
上記の実施形態は一例を示したものであり、種々の変形が可能である。
【0053】
例えば、遅れ破壊強度の決定は、任意の設計基準でよい。あくまで一例として、全ての試験片で応力拡大係数K1~nが閾値Kthを超える腐食孔が存在しない場合に初めて試験応力を遅れ破壊強度として決定することもできる。この他、応力拡大係数Kが閾値Kthを超える腐食孔を有する試験片がK個の試験片に占める確率が閾値Pth1以下である場合に試験応力を遅れ破壊強度として決定することもできる。さらに、応力拡大係数Kが閾値Kthを超える腐食孔がK個の試験片に発現する全ての腐食孔に占める確率がPth2以下である場合に試験応力を遅れ破壊強度として決定することもできる。
【0054】
また、本明細書に記載された各実施形態における効果はあくまで例示であって限定されるものでは無く、他の効果があってもよい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10