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特開2023-145223オーステナイト系ステンレス鋼材、鋼板、および鋼管ならびにその製造方法
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  • 特開-オーステナイト系ステンレス鋼材、鋼板、および鋼管ならびにその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023145223
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼材、鋼板、および鋼管ならびにその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231003BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231003BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20231003BHJP
   C21D 8/10 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/00 302A
C22C38/58
C21D8/02 D
C21D8/10 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022052584
(22)【出願日】2022-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】菅生 三月
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】松本 和久
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA17
4K032AA18
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB00
4K032CE01
4K032CE02
4K032CF03
4K032CG00
4K032CH05
4K032CH06
(57)【要約】
【課題】高価なNiを低減しながらも、水素環境下における耐疲労特性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】所定の化学組成を有し、f値が29.5超32.5未満であり、加工方向および厚さ方向に平行な断面において、長辺が5μm以上の介在物を粗大介在物とするとき、粗大介在物の個数が0.05mm当たり10個以下であり、粗大介在物の個数に対する、CaOを30mol%以上含む粗大介在物の個数の割合が、50%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼材。
【選択図】 なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.1%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:6.0~12.0%、
P:0.030%以下、
S:0.003%以下、
Cr:13.0~18.0%、
Ni:5.0~9.0%、
N:0.15~0.25%、
Al:0.005~0.080%、
Ca:0.0005~0.01%、
B:0.0001~0.01%、
Ga:0.0010~0.020%、
Cu:1.0%未満、
Mo:2.0%未満、
Nb:0~0.5%、
Ti:0~0.5%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.50%、
Co:0~0.50%、
Mg:0~0.005%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.1%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式で算出されるf値が29.5超32.5未満であり、
加工方向および厚さ方向に平行な断面において、
長辺が5μm以上の介在物を粗大介在物とするとき、前記粗大介在物の個数が0.05mm当たり10個以下であり、
前記粗大介在物の個数に対する、CaOを30mol%以上含む粗大介在物の個数の割合が、50%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼材。
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N-1.1Nb-2.2Ti ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【請求項2】
前記断面において、
Niの負偏析度が、0.80以上であり、
Mnの負偏析度が、0.80以上である、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
鋼板である、請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
鋼管である、請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する製造方法であって、
請求項1に記載の化学組成を有する熱間加工素材を、冷間加工し、冷間加工材とする、冷間加工工程と、
露点が-45℃以下で950~1150℃の温度範囲で光輝焼鈍を行う光輝焼鈍工程と、を有する、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項6】
請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する製造方法であって、
前記冷間加工工程において、冷間圧延を行う、請求項5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項7】
請求項4に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する製造方法であって、
前記冷間加工工程において、引抜き加工を行う、請求項5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項8】
請求項4に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する方法であって、
前記引抜き加工を2回以上行う、請求項7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼材、鋼板、および鋼管ならびにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素等、温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギーとして、水素エネルギーが注目されている。水素エネルギーを活用する上で、水素を製造する、貯蔵する、輸送するといった水素関連技術の確立が求められている。
【0003】
その一方、水素関連技術の確立には様々な問題がある。その一つとして、水素環境下で、強度および延性が低下する、いわゆる水素脆化の問題がある。水素環境下で使用される素材として、オーステナイト系ステンレス鋼があり、例えば、特許文献1および2には、耐水素脆化性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【0004】
また、水素環境下では、使用される部材は、一定以上のガス圧、すなわち応力を受け続ける状態になる。そして、繰り返し応力を受けることで、通常、破断が生じる強度レベルより低い応力であっても、疲労破壊による破断が生じることがある。そこで、部材への使用を想定し、特許文献3および4には、耐水素脆化性に加え、水素環境下における耐疲労特性をも向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-143228号公報
【特許文献2】特開2021-109998号公報
【特許文献3】国際公開第2016/68009号
【特許文献4】特開2019-194357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、特許文献1および2に開示された技術では、オーステナイト系ステンレス鋼の水素環境下における耐疲労特性について、検討されていない。このため、上記文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼は、水素環境下における耐疲労特性について、さらに改善の余地がある。また、特許文献3および4に開示された技術では、オーステナイト系ステンレス鋼の水素環境下における耐疲労特性について、検討がされているが、高価なNiを多く含有することから、合金コストの点でさらに改善の余地がある。
【0007】
以上を踏まえ、本発明は、上記の課題を解決し、高価なNiを低減しながらも、水素環境下における耐疲労特性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼材、鋼板、および鋼管ならびにその製造方法を要旨とする。
【0009】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.1%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:6.0~12.0%、
P:0.030%以下、
S:0.003%以下、
Cr:13.0~18.0%、
Ni:5.0~9.0%、
N:0.15~0.25%、
Al:0.005~0.080%、
Ca:0.0005~0.01%、
B:0.0001~0.01%、
Ga:0.0010~0.020%、
Cu:1.0%未満、
Mo:2.0%未満、
Nb:0~0.5%、
Ti:0~0.5%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Zr:0~0.50%、
Co:0~0.50%、
Mg:0~0.005%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.1%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式で算出されるf値が29.5超32.5未満であり、
加工方向および厚さ方向に平行な断面において、
長辺が5μm以上の介在物を粗大介在物とするとき、前記粗大介在物の個数が0.05mm当たり10個以下であり、
前記粗大介在物の個数に対する、CaOを30mol%以上含む粗大介在物の個数の割合が、50%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼材。
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N-1.1Nb-2.2Ti ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0010】
(2)前記断面において、
Niの負偏析度が、0.80以上であり、
Mnの負偏析度が、0.80以上である、上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【0011】
(3)鋼板である、上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【0012】
(4)鋼管である、上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材。
【0013】
(5)上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する製造方法であって、
上記(1)に記載の化学組成を有する熱間加工素材を、冷間加工し、冷間加工材とする、冷間加工工程と、
露点が-45℃以下で950~1150℃の温度範囲で光輝焼鈍を行う光輝焼鈍工程と、を有する、オーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【0014】
(6)上記(3)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する製造方法であって、
前記冷間加工工程において、冷間圧延を行う、上記(5)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【0015】
(7)上記(4)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する製造方法であって、
前記冷間加工工程において、引抜き加工を行う、上記(5)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【0016】
(8)上記(4)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造する方法であって、
前記引抜き加工を2回以上行う、上記(7)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高価なNiを低減しながらも、水素環境下における耐疲労特性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、鋼板の場合の介在物の観察位置および試料の採取位置を示した図である。
図2図2は、鋼管の場合の介在物の観察位置および試料の採取位置を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、高価なNiを低減しながらも、水素環境下における耐疲労特性(以下、単に、「耐疲労特性」とも記載する。)を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼材について検討を行い、以下の(a)~(c)の知見を得た。
【0020】
(a)繰り返し応力が付与され、疲労により破壊が生じる場合、介在物が破壊の起点となることが多い。このため、形成する介在物の個数を低減するのが望ましい。そこで、介在物の形成を抑制する、GaおよびCaを微量に含有させるのが有効である。
【0021】
(b)また、介在物の大きさが大きかったり、介在物自体が硬質であったりすると、介在物がさらに破壊の起点となりやすくなる。このため、粗大な介在物の形成を抑制するとともに、介在物として、軟質なCaOを積極的に形成させるのが有効である。ここで、通常の製造工程では、硬質なAl、MgOといった介在物が形成しやすい。そして、本発明者らは、硬質なAlおよびMgOを還元することで低減する一方、還元されにくいCaOを残存させるために、所定の条件下で行う光輝焼鈍が有効であることを明らかにした。
【0022】
(c)さらに、NiおよびMnの偏析が大きい場合も、破壊の起点になることから、これら元素の負偏析度を0.80以上とし、偏析を極力解消するのが望ましい。NiおよびMnの負偏析度を0.80以上とするためには、冷間加工を複数回行い、その後、最終工程において、光輝焼鈍を行うのが望ましい。
【0023】
本発明の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態の各要件について詳しく説明する。
【0024】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0025】
C:0.1%以下
Cは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素脆化性を向上させる元素である。しかしながら、過剰にCを含有させると、Cr系炭化物が過剰に析出して耐疲労特性が低下する。このため、C含有量は、0.1%以下とする。C含有量は、0.08%以下とするのが好ましく、0.07%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、C含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0026】
Si:2.0%以下
Siは、脱酸に有効な元素であり、耐水素脆化性の向上にも寄与する。しかしながら、Siを過剰に含有させると、硬質介在物であるSiOおよびシグマ相などの金属間化合物の生成が助長され、耐疲労特性が低下する。このため、Si含有量は、2.0%以下とする。Si含有量は、1.0%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Si含有量は、0.5%以上とするのが好ましい。
【0027】
Mn:6.0~12.0%
Mnは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素脆化性および耐疲労特性の向上に寄与する。また、Nの固溶限を大きくするため、高価なNiの節減に間接的に寄与する。このため、Mn含有量は6.0%以上とする。Mn含有量は、8.0%以上とするのが好ましく、9.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、水素脆化感受性の高いε相の生成を助長し、却って耐水素脆化性が低下する。加えて、介在物の生成を助長して、耐疲労特性が低下する。このため、Mn含有量は、12.0%以下とし、10%以下とすることが好ましい。
【0028】
P:0.030%以下
Pは、不純物として鋼に含有される元素であるが、リン化物を形成して耐疲労特性を低下させる。このため、P含有量は、0.030%以下とする。P含有量は、0.025%以下とするのが好ましく、0.015%以下とするのがより好ましい。一方、Pを過剰に低減すると、製造コストが増加する。このため、P含有量は、0.005%以上とするのが好ましい。
【0029】
S:0.003%以下
Sは、不純物として鋼に含有される元素であり、耐食性、特に耐候性を低下させる。このため、S含有量は、0.003%以下とする。S含有量は、0.002%以下とするのが好ましく、0.001%以下とするのがより好ましい。しかしながら、Sを過剰に低減すると、製造コストが増加する。このため、S含有量は、0.0001%以上とするのが好ましい。
【0030】
Cr:13.0~18.0%
Crは、ステンレス鋼において一定量含有される元素であり、耐食性、特に耐候性を向上させる効果を有する。このため、Cr含有量は、13.0%以上とする。Cr含有量は、15.0%以上とするのが好ましい。しかしながら、Crは、フェライト形成元素である。このため、Crを過剰に含有させると、オーステナイト相を不安定化させ、耐水素脆化性が低下する。また、硬質なMnCrの介在物の形成を助長し、耐疲労特性を低下させる。このため、Cr含有量は、18.0%以下とする。Cr含有量は、17.0%以下とするのが好ましく、16.0%以下とするのがより好ましい。
【0031】
Ni:5.0~9.0%
Niは、耐水素脆化性および耐疲労特性を確保するために必要な元素である。このため、Ni含有量は、5.0%以上とする。Ni含有量は、7.0%以上とするのが好ましい。しかしながら、Niを過剰に含有させると、合金コストが増加する。このため、Ni含有量は、9.0%以下とする。Ni含有量は、8.5%以下とするのが好ましく、8.0%以下とするのがより好ましい。
【0032】
N:0.15~0.25%
Nは、耐水素脆化性の向上に有効な元素である。このため、N含有量は、0.15%以上とする。しかしながら、Nを過剰に含有させると、AlNの形成を助長し、耐疲労特性が低下する。また、溶接時のブローホール等、内部欠陥が発生する場合があり、溶接鋼管の製造性も低下する。このため、N含有量は、0.25%以下とする。N含有量は、0.22%以下とするのが好ましく、0.20%以下とするのがより好ましい。
【0033】
Al:0.005~0.080%
Alは、有効な脱酸元素であり、耐疲労特性を向上させる効果を有する。このため、Al含有量は、0.005%以上とする。Al含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。しかしながら、Alを過剰に含有させると、硬質なAlの介在物およびAlNが形成しやすくなり、耐疲労特性が低下する。このため、Al含有量は、0.080%以下とする。Al含有量は、0.060%以下とするのが好ましい。
【0034】
Ca:0.0005~0.01%
Caは、脱酸効果を有し、O含有量を低減することで、介在物の形成を抑制し、耐疲労特性を向上させる。また、耐疲労特性の向上に有効なCaOの形成を促進する効果を有する。このため、Ca含有量は、0.0005%以上とする。Ca含有量は、0.0020%以上とするのが好ましく、0.0025%以上とするのが好ましい。しかしながら、Caを過剰に含有させると、粗大なCaOの介在物が過剰に形成し、却って耐疲労特性が低下する。このため、Ca含有量は、0.01%以下とする。Ca含有量は、0.0050%以下とするのが好ましい。
【0035】
B:0.0001~0.01%
Bは、粒界を強化することで、粒界での破壊の伝播を抑制し、耐疲労特性を向上させる効果を有する。このため、B含有量は、0.0001%以上とする。B含有量は、0.0003%以上とするのが好ましく、0.0005%以上とするのが好ましい。しかしながら、Bを過剰に含有させても、その効果が飽和するばかりか、ボロン化合物(BN、BC、CrB)の粒界析出を促進するため、却って、耐疲労特性が低下する。このため、B含有量は、0.01%以下とする。B含有量は、0.0050%以下とするのが好ましい。
【0036】
なお、CaとBとの合計含有量は、0.005%以下とするのが好ましい。CaとBとの合計含有量が、0.005%を超えると、CaおよびBが粒界で化合物を形成することで、耐疲労特性の向上効果を十分に得ることができにくくなるからである。
【0037】
Ga:0.0010~0.020%
Gaは、酸化物を形成するとともに、耐疲労特性の向上に有効なCaOの形成にも間接的に寄与することから、本実施形態の鋼材では、重要な元素である。このため、Ga含有量は、0.0010%以上とする。Ga含有量は、0.0050%以上とするのが好ましく、0.0090%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、製造性が低下する。このため、Ga含有量は、0.020%以下とする。Ga含有量は、0.0110%以下とするのが好ましい。
【0038】
Cu:1.0%未満
Cuは、スクラップ等の原料から混入する元素であり、オーステナイト相を安定化させて耐水素脆化性の向上に有効な元素である。その一方、Cuは、低融点元素であり、粒界に偏析し、PおよびSによる高温割れを助長し、割れを生じやすくさせる。このため、Cu含有量は、1.0%未満とする。Cu含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。しかしながら、Cu含有量を過剰に低減すると、溶解原料の制約を招き、製造コストが増加する。このため、Cu含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0039】
Mo:2.0%未満
Moは、スクラップ等の原料から混入する元素であるが、強度および耐食性を向上させる効果を有する。その一方、過剰に含有させると、δフェライト相の生成を促進させ、耐水素脆化性を低下させる。このため、Mo含有量は、2.0%未満とする。Mo含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。一方、Mo含有量を過剰に低減すると、溶解原料の制約を招き、製造コストが増加する。このため、Mo含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0040】
上記の元素に加えて、さらにNb、Ti、V、W、Zr、Co、Mg、Hf、およびREMから選択される一種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0041】
Nb:0~0.5%
Nbは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、粒界を強化する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、炭窒化物を形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、Nb含有量は、0.5%以下とする。Nb含有量は、0.3%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0042】
Ti:0~0.5%
Tiは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、粒界を強化する効果を有する。この結果、Tiは、溶接時の割れの発生を抑制する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Tiを過剰に含有させると、炭窒化物形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、Ti含有量は、0.5%以下とする。Ti含有量は、0.3%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0043】
V:0~0.50%
Vは、鋼中に固溶または炭窒化物として析出し、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、炭窒化物形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、V含有量は、0.50%以下とする。V含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0044】
W:0~0.50%
Wは、強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、製造コストが増加する。そのため、W含有量は、0.50%以下とする。W含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
【0045】
Zr:0~0.50%
Zrは、脱酸効果を有し、溶接性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrを過剰に含有させると、炭窒化物が過剰に形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、Zr含有量は、0.50%以下とする。Zr含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0046】
Co:0~0.50%
Coは、耐食性を向上させ、オーステナイト相を安定化させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coを過剰に含有させると、製造コストが増加する。そのため、Co含有量は、0.50%以下とする。Co含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0047】
Mg:0~0.005%
Mgは、脱酸効果に有効な元素であり、鋼管の溶接性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、MgOの介在物が過剰に形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、Mg含有量は、0.005%以下とする。効果と製造性の兼ね合いから、Mg含有量は、0.002%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0001%以上とするのが好ましい。
【0048】
Hf:0~0.10%
Hfは、脱酸効果を有し、溶接性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Hfを過剰に含有させると、介在物が過剰に形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、Hf含有量は、0.10%以下とする。Hf含有量は、0.05%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Hf含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0049】
REM:0~0.1%
REMは、脱酸効果を有し、溶接性を向上させる効果を有する。また、耐食性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に含有させると、その効果が飽和するばかりか、介在物が過剰に形成し、耐疲労特性が低下する。そのため、REM含有量は、0.1%以下とする。REM含有量は、0.05%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
【0050】
REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加されることがある。
【0051】
本発明に係る鋼板の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、オーステナイト系ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0052】
f値:
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材では、オーステナイト相の安定性を表す指標として、以下に示されるf値を所定の範囲に制限する。具体的には、下記(i)式で算出されるf値を、29.5超32.5未満とする。
【0053】
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn-0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N-1.1Nb-2.2Ti ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
【0054】
ここで、f値が29.5以下であると、オーステナイト相の安定性が低く、耐水素脆化性および耐疲労特性が低下する。このため、f値は、29.5超とする。f値は、30.0以上とするのが好ましい。しかしながら、f値が32.5以上であると、高合金化により、却って、耐疲労特性が低下する。また、原料コストおよび製造コストが増加する。このため、f値は、32.5未満とする。製造性、溶接性、および経済性の観点から、f値は、31.5以下とするのが好ましい。
【0055】
2.粗大介在物
2-1.粗大介在物の個数
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、耐疲労特性を向上させるために、粗大な介在物の個数を低減する必要がある。つまり、加工方向および厚さ方向と平行な断面(以下、「L断面」ともいう。)において、長辺が5μm以上の介在物を粗大介在物とするとき、粗大介在物の個数が0.05mm当たり10個以下とする。なお、加工方向とは、鋼板の場合は、圧延方向、鋼管の場合は、引抜き加工方向と同義になる。また、上記厚さ方向とは、鋼板の場合、板厚方向、鋼管の場合、肉厚方向となる。
【0056】
上記粗大介在物の個数が0.05mm当たり10個を超えると、水素環境下における耐疲労特性が低下する。このため、上記粗大介在物の個数が0.05mm当たり10個以下とし、7個以下とするのが好ましい。なお、上記粗大介在物の個数の下限については、特に定めないが、可能な限り低減するのが好ましく、0個とするのが最も好ましい。
【0057】
ここで、上記0.05mm当たりの粗大介在物の個数の測定方法について説明する。鋼材のL断面から、観察用の試料を採取する。なお、平均的な金属組織を観察するという観点から、例えば、鋼板の場合、図1に示すように、板幅中央付近のL断面を選択し、選択したL断面において板厚方向で、表層、3t/4、t/2、t/4、裏表層の5視野(図1の黒丸印)が含まれ、これらの視野で観察ができるよう、試料を採取する。
【0058】
鋼管の場合、図2に示すように、溶接部の周方向中央付近のL断面を選択し、選択したL断面において肉厚方向で、表層、3t/4、t/2、t/4、裏表層の5視野(図2の黒丸印)が含まれ、これらの視野で観察ができるよう、試料を採取する。
【0059】
採取した試料を、腐食液等を用いながら明確に観察できるよう研磨を行う。観察面がL断面である、当該試料を、SEM(走査電子顕微鏡)で、観察する。観察の際のSEMの設定条件は、例えば、加速電圧を15kVとするのが好ましい。観察視野は、100μm×100μmとし、この領域を5視野観察することで、総観察領域が0.05mmとなるように調整する。そして、介在物の長辺が5μm以上である介在物を粗大介在物として認定し、総観察領域中でも粗大介在物の個数を数える。なお、長辺とは、介在物の外周の2点を結んだ際に最も長くなる線のことをいう。
【0060】
2-2.粗大介在物の組成
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、軟質なCaOを多く含む粗大介在物を形成させる必要がある。通常、介在物中に多く含まれる硬質なAl、MgOといった介在物は、破壊の起点となりやすく、耐疲労特性を低下させるからである。
【0061】
そこで、L断面において、上記粗大介在物の個数に対する、CaOを30mol%以上含む粗大介在物(以下、単に、「CaO系粗大介在物」と記載する。)の個数の割合は、50%以上とする。CaO系粗大介在物の個数の割合が、50%未満であると、介在物が硬質になり、耐疲労特性を十分向上させることができない。
【0062】
このため、上記粗大介在物の個数に対する、CaO系粗大介在物の個数の割合は、50%以上とし、60%以上とするのが好ましく、70%以上とするのがより好ましい。なお、上記CaO系粗大介在物の個数の割合について、上限は、特に定めないが、通常、90%以下となることが多い。また、以下において、上記粗大介在物の個数に対する、CaO系粗大介在物の個数の割合を単に、個数割合とも記載する。
【0063】
ここで、上記個数割合の測定方法について説明する。上述した方法で粗大介在物として認定された介在物について、SEMに付属したEDXで、介在物中の3点で点分析を行う。点分析した3点の平均値が、酸化物換算したmol%比率の値で、CaOが30mol%以上である場合を、CaO系粗大介在物と認定する。観察された全ての粗大介在物に対する、CaO系粗大介在物と認定した介在物の個数の割合(%)を算出する。なお、介在物は酸化物であり、1つの介在物はMgO、Al、MnO、Cr、およびCaOの一つ以上、またはこれらの複合酸化物とし、他の酸化物、例えば、ZrO等は、考慮しない。
【0064】
3.負偏析度
NiおよびMnの偏析が大きいと、偏析箇所が破壊の起点となりやすくなる。この結果、耐疲労特性が低下する。このため、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、NiおよびMnの偏析度合いの指標となる負偏析度が以下の範囲であるのが好ましい。具体的には、L断面において、Niの負偏析度を、0.80以上とするのが好ましく、かつMnの負偏析度を0.80以上とするのが好ましい。L断面において、Niの負偏析度が0.80未満である、またはMnの負偏析度が0.80未満であると、粗大な介在物が鋼材中に残存している状態であり、耐疲労特性を十分に向上させることができない。
【0065】
このため、L断面において、Niの負偏析度を0.80以上、Mnの負偏析度を0.80以上とするのが好ましい。なお、ここで、負偏析とは、平均濃度よりも低く、元素が分布していることを言い、負偏析度とは、その度合いのことをいう。例えば、Niの負偏析度は、(Ni負偏析部のNi濃度)/(鋼材の平均Ni含有量)で算出され、Mnの負偏析度は、(Mn負偏析部のMn濃度)/(鋼材の平均Mn含有量)で算出される。
【0066】
負偏析度の測定方法について説明する。負偏析度については、250μm×250μmの観察視野に対して、NiおよびMnの負偏析度の測定を行う。ビーム径1μm、ステップサイズ0.5μm、加速電圧15kV、照射電流2.0×10-9Aの条件でEPMA分析を用い、分析点全てのNiまたはMn濃度の平均値を1としたときに、負偏析部のNiおよびMnの濃度比率を負偏析度とする。分析用の試料は、粗大介在物の観察の際と同様の位置で採取する。
【0067】
4.鋼材の種類
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材において、鋼材の種類は、特に限定されない。その一例として、例えば、鋼板、鋼管等が考えられる。用途は、高圧水素ガス配管等の用途が好ましい。なお、鋼管においては、溶接金属および溶接熱影響部からなる溶接部を有するが、この溶接部で、上記要件を満足すればよい。
【0068】
本実施形態の鋼管においては、溶接部の肉厚中心部の結晶粒度が5.0以上とするのが好ましく、6.0以上とするのがより好ましい。上記結晶粒度が5.0未満であると、十分にNiおよびMnの偏析が解消されていない場合があるからである。なお、結晶粒度については、JIS G 0551:2013に準拠して、切断法で行うのがよい。
【0069】
5.製造方法
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材の好ましい製造方法について説明する。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼材は、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
【0070】
5-1.鋼板の製造方法
5-1-1.鋳造
上記化学組成を有する鋼を溶製、鋳造する。以下、鋳造後、得られた鋳片を、スラブ等にした後鋼板にする場合、および鋼板を鋼管に製造する場合を例に採り、説明する。
【0071】
5-1-2.熱間圧延工程
得られたスラブを熱間圧延し、熱延鋼板とする。熱間圧延の際の加熱温度は、特に限定されないが、例えば、1150~1250℃の範囲の温度とすることが多い。また、その他、熱間圧延の条件については、特に限定されないが、例えば、熱間圧延温度は、800~1200℃の範囲とし、総圧下率90%超とし、巻取り温度は、900℃以下となるよう調整することが多い。適宜、スラブの組成、その他条件を鑑みて、調整すればよい。なお、熱間加工は、熱間圧延を含む。また、熱間加工素材は、熱延鋼板を含む。
【0072】
5-1-3.熱延板焼鈍
上記熱間圧延工程で得られた熱延鋼板に必要に応じて、熱延板焼鈍を行ってもよい。熱延板焼鈍の温度は、特に限定されないが、例えば、1000~1200℃の範囲とすることが多い。また、熱延板焼鈍の焼鈍時間についても、同様に、特に限定されないが、例えば、製造上の観点から、1~10分の範囲とすることが多い。また、熱延板焼鈍後に、スケールを除去するために酸洗を行ってもよい。なお、鋼板以外の場合、例えば、上記熱間加工素材を、焼鈍すればよい。
【0073】
5-1-4.冷間圧延工程
続いて、熱延鋼板(必要に応じて、熱延板焼鈍を行っている熱延鋼板)を冷間圧延し、冷延鋼板とする。冷間圧延の際の圧下率は、特に限定されない。粗大な介在物を粉砕し、低減できればよく、例えば、30~60%の範囲となることが多い。ここで、冷間圧延は、上記圧下率での圧延を1回とし、2回以上行ってもよい。冷間圧延を2回以上行うことで、粗大介在物を微細に粉砕し、粗大介在物の個数をより低減できる。また、NiおよびMnの偏析を低減し、これらの元素の均質化を促進できる。つまり、NiおよびMnの負偏析度を0.80以上とすることができ、耐疲労特性を向上させることができる。
【0074】
冷間圧延を2回以上行う場合は、冷間圧延と冷間圧延との間に中間焼鈍を行ってもよい。また、冷間圧延と冷間圧延との間に行う中間焼鈍については、燃焼ガス雰囲気の酸化雰囲気で行う通常の焼鈍でもよく、後述する無酸化雰囲気で行う光輝焼鈍でもよい。通常の焼鈍を行った場合はその後、酸洗するのがよい。中間焼鈍の焼鈍温度および焼鈍時間については、特に限定されないが、例えば、焼鈍温度は、950~1150℃の範囲とし、焼鈍時間は、1min以上1h未満とすることが多い。光輝焼鈍を行う場合は、後述する雰囲気、および露点で行うのが望ましい。中間焼鈍を行った後は、常温まで冷却し、再度、冷間圧延を行う。なお、冷間加工は、冷間圧延を含む。また、冷間加工材は、冷延鋼板を含む。
【0075】
5-1-5.光輝焼鈍
続いて、冷間圧延工程を経た冷延鋼板に、光輝焼鈍を行う。光輝焼鈍は、通常、美観を重視する素材で行われる焼鈍方法であるため、耐疲労特性を向上させる目的で行うことは、ないが、本実施形態の鋼材では、光輝焼鈍を行うことで、介在物の制御を行う。
【0076】
光輝焼鈍とは、水素ガス等を利用して、無酸化雰囲気で行わる焼鈍方法である。このため、焼鈍中に、硬質な介在物であるAlおよびMgOならびにこれらが複合的に結合した複合介在物が還元される一方、比較的、軟質で、疲労特性の向上に有効なCaOが残存する。この結果、粗大介在物中のCaOの存在比率が高くなり、CaO系粗大介在物の個数割合を、50%以上とすることができる。
【0077】
なお、光輝焼鈍工程においては、水素または水素と窒素の混合ガスを用い、還元雰囲気とし、光輝焼鈍の際の露点は、-45℃以下とする。露点が-45℃超であると、上述した介在物が、十分に、還元されずに、粗大介在物中のCaOの存在比率を高めることができない。このため、露点は、-45℃以下とし、-50℃以下とするのが好ましい。
【0078】
また、光輝焼鈍工程における焼鈍温度は、950~1150℃の範囲とする。光輝焼鈍工程における焼鈍温度が950℃未満であると、焼鈍が十分に行われず、所望する金属組織を得ることができずに、耐水素脆化性が低下する。また、NiおよびMnの偏析も十分解消せず、耐疲労特性も低下する。このため、光輝焼鈍工程における焼鈍温度は、950℃以上とし、980℃以上とするのが好ましく、1000℃以上とするのがより好ましい。
【0079】
一方、光輝焼鈍工程における焼鈍温度が1150℃を超えると、結晶粒が粗大になり、耐水素脆化性および高温割れ性が生じやすくなる。このため、光輝焼鈍工程における焼鈍温度は、1150℃以下とし、1120℃以下とするのが好ましい。また、光輝焼鈍における焼鈍時間については、特に限定しない。適宜、必要に応じて調整すればよいが、光輝焼鈍における焼鈍時間は、通常、1min以上1h未満の範囲となる。
【0080】
光輝焼鈍を行うことで、その後、酸洗を行う必要がなくなることから、鋼板を製造する場合、光輝焼鈍は、最終工程で行われる様、調整する。光輝焼鈍後、オーステナイト系ステンレス鋼板となるように、冷却を行えばよい。
【0081】
5-2.鋼管の製造方法
5-2-1.成形工程
続いて、鋼管の製造方法について、説明する。上述した5-1の工程を経て、得られたオーステナイト系ステンレス鋼板を用いて、鋼管を製造するのが好ましい。上記鋼板を管状に成形する。成形方法については、特に限定されないが、種々の曲率を有するロールを用いて、曲げ加工し、管状に成形する、所謂、ロールフォーミングが一般的である。なお、鋼管の外径は、特に限定されないが、例えば、ASTM A269規格に準拠する1/8~1/2インチ、すなわち、およそ2~14mmの範囲であるのが一般的である。
【0082】
5-2-2.溶接工程
続いて、管の形状に成形された鋼板の板幅方向の端部を溶接し、鋼管とするのが好ましい。溶接方法は、特に限定しないが、例えば、高周波電気抵抗溶接(「ERW」ともいう。)、イナートガスアーク溶接(「TIG溶接」ともいう。)、またはレーザー溶接とすればよい。その他、溶接条件は、適宜、調整すればよい。なお、溶接により造管した際に、管に、溶接焼けが生じるため、溶接焼けを除去するために、酸洗を行うのが好ましい。
【0083】
5-2-3.引抜き加工前焼鈍工程
続いて、溶接工程を経て、溶接された管(以下、「溶接管」ともいう。)を、必要に応じて950~1150℃の温度域で焼鈍するのが好ましい。溶接管の焼鈍温度が950℃未満であると、残留した加工歪および偏析の解消が十分に行えない。このため、溶接管の焼鈍温度は、950℃以上とするのが好ましい。一方、溶接管の焼鈍温度が1150℃超であると、歩留まりが低下し、かつ結晶粒が整粒組織とならない。このため、溶接管の焼鈍温度は、1150℃以下とするのが好ましい。
【0084】
なお、溶接管の焼鈍処理においては、通常の大気中、酸化雰囲気で行う焼鈍をしてもよいが、上述した光輝焼鈍を行ってもよい。光輝焼鈍の条件は、上述した鋼板の際の条件と同様である。上記焼鈍後、適切な範囲の冷却速度で冷却し、オーステナイト系ステンレス鋼管とする。また、この際の焼鈍時間は、特に限定されないが、例えば、通常、1min以上1h未満の範囲となる。また、引抜き加工前焼鈍工程を燃焼ガス中、または酸化雰囲気で実施する場合は、焼鈍で生成した酸化皮膜とともに溶接焼けを除去するため、焼鈍工程後に酸洗を実施するのが好ましい。
【0085】
5-2-4.引抜き加工工程
続いて、溶接工程後、または必要に応じて引抜き加工前に焼鈍を行った場合は、焼鈍後、冷間で引抜き加工を行う。なお、1回の引抜き加工の減面率は、適宜、調整すればよい。
【0086】
ここで、この引抜き加工については、2回以上行うのが好ましい。引抜き加工を2回以上行うことで、粗大介在物の個数が減少するとともに、NiおよびMnの負偏析も解消し、負偏析度が0.80以上となるからである。この結果、耐疲労特性が向上する。なお、引抜き加工と引抜き加工の間に、必要に応じて、熱処理を行ってもよい。熱処理は、上述した溶接管の焼鈍工程と同様の条件とすればよい。
【0087】
5-2-5.光輝焼鈍工程
引抜き加工工程を経た鋼管について、光輝焼鈍を行うのが好ましい。なお、引抜き加工工程の前に光輝焼鈍を行った場合は、必ずしも引抜き加工工程の後に光輝焼鈍を行う必要はない。光輝焼鈍は、引抜き加工前後で1回以上行われていればよいが、2回以上行うのが好ましい。ここで、光輝焼鈍における各種条件は、5-1-5で記載した条件とすればよい。すなわち、露点を、-45℃以下とし、焼鈍温度を950~1150℃とすればよい。また、焼鈍時間についても、同様である。鋼管における光輝焼鈍においても、鋼板の場合と同様、硬質なAl、MgOとを低減し、介在物中において軟質なCaOの割合を増加させることができる。その後、適切な冷却を行い、オーステナイト系ステンレス鋼管とすればよい。
【0088】
以下、実施例によって本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼板および鋼管をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0089】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、スラブを得た。得られたスラブを1230℃で加熱し、900℃以上の温度域で、熱間圧延を行い、850℃で巻取りを行い、5.0mm厚の熱延鋼板を得た。続いて、得られた熱延鋼板について、1100℃で3分、焼鈍を行った後、酸洗し、脱スケールを行った。
【0090】
【表1】
【0091】
続いて、焼鈍を行った熱延鋼板に冷間圧延を行った。冷間圧延は、表2に示す条件で行った。なお、一部の例については、複数回、冷間圧延を行い、その間に焼鈍を行った。焼鈍については、1050~1120℃の範囲で、30秒~1分行った。また、冷間圧延と冷間圧延の間の焼鈍については、一部、光輝焼鈍を行ったが、その他は燃焼ガス雰囲気での焼鈍を行った。なお、表2中の焼鈍回数とは、全ての工程において行った光輝焼鈍の回数を示す。最終焼鈍の後、冷却し、オーステナイト系ステンレス鋼板を得た。なお、光輝焼鈍の場合は、水素ガスを用い、露点を-45℃以下とし、上述した温度範囲で焼鈍を行った。
【0092】
得られたオーステナイト系ステンレス鋼板について、介在物の状態、NiおよびMnの負偏析度、および耐疲労特性を調べた。
【0093】
(介在物の状態)
鋼板の介在物の状態については、0.05mm当たりの粗大介在物の個数およびCaO系粗大介在物の個数割合を調べて評価した。観察試料は、上述したように採取し、採取した試料のL断面の長手方向の長さが20mmとなるように調整した。採取した試料を、L断面が観察面となるよう、腐食液等を用いながら研磨した。この試料を、SEM(走査電子顕微鏡)で、観察した。観察の際のSEMの設定条件は、加速電圧と15kとした。観察視野は、1視野100μm×100μmとし、この領域を上述した板厚方向の5つの位置で5視野観察することで、総観察領域が0.05mmとなるように調整した。そして、介在物の長径が5μm以上である介在物を粗大介在物として認定し、その個数を数えた。なお、その他の事項については、上述したとおりである。
【0094】
次にCaO系粗大介在物の個数割合の測定方法について、説明する。上述した0.05mmの領域で粗大介在物を認定し、その個数を数えた後、上記領域内で観察された粗大介在物の組成をSEMに付属したEDXで分析した。分析では、介在物中の3点で点分析を行い、点分析した3点の平均値が、酸化物換算したmol%比率の値で、CaOが30mol%以上である場合を、CaO系粗大介在物と認定した。観察された全ての粗大介在物に対する、CaO系粗大介在物と認定した介在物の個数の割合を算出した。なお、介在物は酸化物であり、1つの介在物はMgO、Al、MnO、Cr、およびCaOの一つ以上、またはこれらの複合酸化物とし、他の酸化物、例えば、ZrO等は、考慮しなかった。
【0095】
(負偏析度)
NiおよびMnの負偏析度については、以下の手順で測定した。具体的には、250μm×250μmの観察視野に対して、NiおよびMnの負偏析度の測定を行う。ビーム径1μm、ステップサイズ0.5μm、加速電圧15kV、照射電流2.0×10-9Aの条件でEPMA分析を用い、分析点全てのNiまたはMn濃度の平均値を1としたときに、負偏析部のNiおよびMnの濃度比率を負偏析度とした。なお、分析用の試料は、粗大介在物の観察の際と同様の位置で採取し、試料のL断面の長手方向の長さが20mmとなるように採取した。分析はL断面について行った。
【0096】
(耐疲労特性)
鋼板の耐疲労特性については平面曲げ疲労試験で評価した。試験片は45MPaの水素ガス中で300℃、200h保持して鋼材中に水素をチャージした。応力比は-1、周波数は10Hzとした。1×10^7サイクル後に未破断となる最大の試験応力を疲労限度とし、水素チャージ材の疲労限度が水素未チャージ材に対して0~20MPaの差の場合に◎、20MPa超30MPa以内の場合に○、30MPa超の場合に×とした。以下、表2を示す。
【0097】
【表2】
【0098】
No.1~17については、本実施形態の要件を満足し、良好な耐疲労特性を示した。その一方、本実施形態の要件を満足しないNo.18~25については、耐疲労特性が不良であった。
【実施例0099】
実施例1の化学組成を有する冷延鋼板について、溶接等を行い、鋼管の形状に成形した後、表3に示す回数、引抜き加工を行った。なお、各鋼板の具体的な化学組成は、表3の記号で示す。また、引抜き加工を複数回行った例については、引抜き加工と引抜き加工との間に焼鈍を行った。焼鈍温度は、1000~1100℃の範囲とした。その後、冷却し、各種、オーステナイト系ステンレス鋼管を得た。なお、引抜き加工と引抜き加工との間の焼鈍は、通常の燃焼ガス雰囲気焼鈍または光輝焼鈍を行った。その後、最後の焼鈍で光輝焼鈍を行い、冷却し、オーステナイト系ステンレス鋼管を得た。なお、表3の光輝焼鈍の回数とは、引抜き加工と引抜き加工の間および引抜き加工後に行った全ての光輝焼鈍の回数を示す。光輝焼鈍の場合は、水素ガスを用い、露点を-45℃以下とし、上述した温度範囲で焼鈍を行った。
【0100】
得られたオーステナイト系ステンレス鋼管について、結晶粒度、NiおよびMnの負偏析度、介在物の状態、および耐疲労特性を調べた。
【0101】
(結晶粒度)
鋼管の結晶粒度については、以下の手順で測定した。鋼管の引抜き方向に垂直な断面で溶接部を観察し、溶接部中央の肉厚中心の結晶粒度を測定した。また、測定方法については、JIS G 0551:2013に準拠して、切断法で行い、粒度測定の際の観察においては、200~1000倍の観察視野を5視野測定し、結晶粒度を算出した。
【0102】
(介在物の状態)
鋼板の場合と同様、鋼管においても、介在物の状態を調べた。測定方法については、上述したように試料を採取し、観察を行った。なお、その他の観察条件は、実施例1と同様とした。
【0103】
(負偏析度)
上述したように、介在物の状態を観察した場合と同様、EPMAを用いて、負偏析度を測定した。分析用の試料は、粗大介在物の観察の際と同様の位置で採取したものとした。なお、その他の観察条件は、実施例1と同様とした。
【0104】
(耐疲労特性)
鋼管の耐疲労特性については、以下の手順で測定した。鋼管内部に水素ガスを充填し、ガス圧の下限を10MPa(+0~3MPa)、上限を70MPa(+0~3MPa)または下限を40MPa(+0~3MPa)、上限100MPa(+0~5MPa)とするサイクル試験を行った。1サイクル20~30秒で昇圧と減圧を行い、10000サイクル実施した。上限100MPaの条件で割れがない場合に◎、上限70MPaの条件で割れがない場合に○、割れた場合に×とした。以下、表3に、結果を示す。
【0105】
【表3】
【0106】
本実施形態の要件を満足するNo.1~17は、良好な耐疲労特性を示した。その一方、本実施形態の要件を満足しないNo.18~25は、耐疲労特性が不良であった。


図1
図2