(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023145757
(43)【公開日】2023-10-11
(54)【発明の名称】精子形成誘導用培地
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20231003BHJP
C12N 5/076 20100101ALI20231003BHJP
【FI】
C12N1/00 F
C12N5/076
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023129080
(22)【出願日】2023-08-08
(62)【分割の表示】P 2019038578の分割
【原出願日】2019-03-04
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.QRコード
(71)【出願人】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000238201
【氏名又は名称】扶桑薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100162695
【弁理士】
【氏名又は名称】釜平 双美
(72)【発明者】
【氏名】小川 毅彦
(72)【発明者】
【氏名】片桐 久美子
(72)【発明者】
【氏名】三條 博之
(72)【発明者】
【氏名】有田 誠
(72)【発明者】
【氏名】池田 和貴
(72)【発明者】
【氏名】八尾 竜馬
(72)【発明者】
【氏名】朝山 雄太
(72)【発明者】
【氏名】杉山 唯
(57)【要約】
【課題】インビトロ精子形成誘導を向上する方法およびその手段。
【解決手段】本願はトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地を使用することを特徴とするインビトロ精子形成誘導、その培地、およびその培地に使用するための剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インビトロ精子形成誘導のための培地に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する剤。
【請求項2】
該インビトロ精子形成誘導が精巣器官培養を含む、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
アスコルビン酸および/またはその誘導体をさらに含有する、請求項1または2に記載の剤。
【請求項4】
グルタチオンをさらに含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の剤。
【請求項5】
リゾリン脂質をさらに含有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の剤。
【請求項6】
インビトロ精子形成誘導に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地。
【請求項7】
該インビトロ精子形成誘導が精巣器官培養を含む、請求項6に記載の培地。
【請求項8】
アスコルビン酸および/またはその誘導体をさらに含有する、請求項6または7に記載の培地。
【請求項9】
グルタチオンをさらに含有する、請求項6~8のいずれか1項に記載の培地。
【請求項10】
リゾリン脂質をさらに含有する、請求項6~9のいずれか1項に記載の培地。
【請求項11】
請求項1、2、4および5のいずれか1項に記載の剤または請求項6、7、9および10のいずれか1項に記載の培地と組み合わせて使用するための、アスコルビン酸および/またはその誘導体を含有する剤。
【請求項12】
請求項1、2、3および5のいずれか1項に記載の剤または請求項6、7、8および10のいずれか1項に記載の培地と組み合わせて使用するための、グルタチオンを含有する剤。
【請求項13】
請求項1、2、3および4のいずれか1項に記載の剤または請求項6、7、8および9のいずれか1項に記載の培地と組み合わせて使用するための、リゾリン脂質を含有する剤。
【請求項14】
トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地を使用することを特徴とする、インビトロ精子形成誘導方法。
【請求項15】
インビトロ精子形成誘導のための培地に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する剤;および
該剤をインビトロ精子形成誘導に使用される培地に使用することの説明;
を含む、インビトロ精子形成誘導における培地用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、精子形成誘導用培地およびそれを用いた精子形成誘導方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
佐藤ら(非特許文献1)は、アガロースゲル上で新生仔マウス精巣を培養する精巣器官培養法において、血清代替物であるKnockOut(商標) Serum Replacement(KSR)(Gibco(商標))もしくは牛血清由来アルブミン製剤であるAlbuMAX(商標)(Gibco(商標))を用いることで精原幹細胞から完全な精子までの分化に成功したことを報告している。しかしながら、これら製品の製法および成分は全てが明らかにされている訳ではないため、化学組成の明らかな合成培地(CDM: Chemically-defined medium)での研究が続けられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】In vitro production of functional sperm in cultured neonatal mouse testes, T. Sato, Nature 471, 504-507, 2011
【非特許文献2】In vitro mouse spermatogenesis with an organ culture method in chemically defined medium, H. Sanjo, PLoS One. 2018 Feb 12;13(2):e0192884. doi: 10.1371/journal.pone.0192884.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
円形精子細胞は鞭毛(尻尾)が生えていないものの、遺伝学的に精子と同様の生殖遺伝能力を持つことが知られている。三條ら(非特許文献2)はCDMを用いてのin vitro精子形成において、4.5日齢(午前0時に産まれるとして当日の正午を0.5日齢と定義している。以下同様)以降のマウス精巣組織を用いて円形精子細胞まで分化させることに成功した。しかしながら、低齢(特に2.5日齢未満)のマウス精巣組織では精子形成誘導率は非常に低い(非特許文献2)。すなわち、低齢の精巣組織からでも精子形成を効果的に誘導できるCDMでの方法は見出されていない。本願の課題は、低齢の対象由来の精巣組織にも適用可能な、インビトロにおける精子形成誘導方法およびその手段の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、驚くべきことに、ビタミンE(酢酸 DL-α-トコフェロール(DL-alpha-Tocopherol acetate))が、低齢(1.5日齢)マウス精巣組織からの精子形成誘導に有効であることを見出し、本願発明に至った。意外なことに、ビタミンC(L-アスコルビン酸 2-グルコシド(L-Ascorbic acid 2-glucoside))をさらに加えることで、またさらにグルタチオンを加えることで、精子形成誘導はより向上すること見出した。さらに、リゾリン脂質を加えることでさらに精子形成誘導は向上することを見出した。
本願は下記を提供する。
【0006】
[1] インビトロ精子形成誘導のための培地に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する剤。
[2] 該インビトロ精子形成誘導が精巣器官培養を含む、[1]に記載の剤。
[3] アスコルビン酸および/またはその誘導体をさらに含有する、[1]または[2]に記載の剤。
[4] グルタチオンをさらに含有する、[1]~[3]のいずれか1項に記載の剤。
[5] リゾリン脂質をさらに含有する、[1]~[4]のいずれか1項に記載の剤。
[6] インビトロ精子形成誘導に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地。
[7] 該インビトロ精子形成誘導が精巣器官培養を含む、[6]に記載の培地。
[8] アスコルビン酸および/またはその誘導体をさらに含有する、[6]または[7]に記載の培地。
[9] グルタチオンをさらに含有する、[6]~[8]のいずれか1項に記載の培地。
[10] リゾリン脂質をさらに含有する、[6]~[9]のいずれか1項に記載の培地。
[11] [1]、[2]、[4]および[5]のいずれか1項に記載の剤または[6]、[7]、[9]および[10]のいずれか1項に記載の培地と組み合わせて使用するための、アスコルビン酸および/またはその誘導体を含有する剤。
[12] [1]、[2]、[3]および[5]のいずれか1項に記載の剤または[6]、[7]、[8]および[10]のいずれか1項に記載の培地と組み合わせて使用するための、グルタチオンを含有する剤。
[13] [1]、[2]、[3]および[4]のいずれか1項に記載の剤または[6]、[7]、[8]および[9]のいずれか1項に記載の培地と組み合わせて使用するための、リゾリン脂質を含有する剤。
[14] トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地を使用することを特徴とする、インビトロ精子形成誘導方法。
[15] インビトロ精子形成誘導のための培地に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する剤;および
該剤をインビトロ精子形成誘導に使用される培地に使用することの説明;
を含む、インビトロ精子形成誘導における培地用キット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、低齢の対象由来の精巣組織を使用するインビトロ精子形成誘導にも有効な培地が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】精子形成誘導の評価:スコア化の例を示す。培養後の精巣組織の蛍光画像(上段)及び形態(下段)。
【
図2】ビタミンE、ビタミンC、およびグルタチオンの組み合わせの有効性の評価結果を示す。
【
図3】ビタミンE、ビタミンC、およびグルタチオンの組み合わせの濃度の評価結果を示す。
【
図4】ビタミンE、ビタミンC、およびグルタチオンとリゾリン脂質の組み合わせの有効性の評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1つの態様において、本開示は、インビトロ精子形成誘導のための培地に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する剤を提供する。本開示の剤は、例えば培地製造の原料として、あるいは、インビトロ精子形成誘導の基礎培地等に適宜添加して使用されるサプリメントとして使用されうる。
【0010】
別の態様において本開示は、インビトロ精子形成誘導に使用するための、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地を提供する。
【0011】
さらに別の態様として本開示は、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地を使用することを特徴とする、インビトロ精子形成誘導方法を提供する。
【0012】
インビトロ精子形成誘導のための培地において、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体は、アスコルビン酸および/またはその誘導体、グルタチオン、および/またはリゾリン脂質と組み合わせて使用されてもよい。
【0013】
本開示において「培地」とは、精子形成誘導において細胞等に適用されうるものであれば、その使用目的は特に限定されない。例えば、本開示における培地は、細胞等を培養するために、細胞を洗浄するために、細胞等を懸濁するために、および細胞等を保存するために使用されうる。
【0014】
本開示において精子形成誘導とは、幹細胞(例えば精子幹細胞、ES細胞、iPS細胞)から精子が形成される過程に見られる一連のステップを完全にまたは部分的に誘導することを意味する。
【0015】
本開示においてインビトロ精子形成誘導とは、インビトロでなされる精子形成誘導を意味する。インビトロ精子形成誘導は、インビボでの精子形成誘導と組み合わせて行われても良い。インビトロ精子形成誘導の例として、精巣器官培養が挙げられる。
【0016】
精巣組織には通常、精子幹細胞、精原細胞、精母細胞、精細胞等の精子の前駆細胞が存在する。精巣器官培養とは精子形成を誘導するために精巣組織片をインビトロで培養する方法である。精巣器官培養の方法は特に限定されず、当該技術分野における通常の方法により行うことができる。例えば精巣組織片を培養液(例えばアルブミンを添加した、αMEM培地、RPMI培地)に半分浸したゲル(例えばアガロースゲル)に載せて培養することにより行うことができる。
【0017】
本開示において、精子形成が誘導されたかどうかは、当該技術分野における通常の基準に照らして、例えば、組織学的観察等により決定される。インビトロ精子形成誘導が実験動物において行われる場合には精子形成の過程でGFPが発現するように設計されたトランジェニック動物を用いて観察されてもよい。
【0018】
本開示において、インビトロ精子形成誘導の対象は特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(ヒトおよびヒト以外の哺乳類(例えばウシ、ウマ、ブタ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、サル))であり、さらに好ましくはヒトである。本開示の方法を用いることで、未成熟な精巣組織から生殖遺伝能力を持つ細胞が誘導されうるため、例えば、薬物や放射線治療を受ける小児男子から予め精巣組織を採取して保存しておき、後に本開示の方法を用いて不妊治療等を行うことができうる。
【0019】
本開示において、トコフェロールには、これらに限定されないが、例えば、α-トコフェロール、β-トコフェロール、γ-トコフェロール、およびδ-トコフェロールが挙げられる。
本開示において、トコフェロール誘導体は、これらに限定されないが、例えば、α-トコトリエノール、β-トコトリエノール、γ-トコトリエノール、δ-トコトリエノール、トコフェロール酢酸エステル(例えば酢酸 DL-α-トコフェロール)、トコフェロールリン酸エステル、トコフェロール硫酸エステル、トコフェロールグリコシルエステル、およびそれらの塩(例えばカルシウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩(例えばトコフェリルリン酸Na))が挙げられる。
トコフェロールおよびトコフェロール誘導体には、D体、L体およびDL体が存在しうるがその何れを用いても良い。
本開示の培地において、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体は、1種を単独で用いても良く、複数種を組み合わせて用いても良い。
本開示において、トコフェロールおよびトコフェロール誘導体の製造方法は特に限定されず、例えば、天然物由来であっても、生物的または化学的に合成されても良く、また天然物由来物を化学的に修飾したものであっても良い。
【0020】
本開示において、アスコルビン酸誘導体の例として、アスコルビン酸の塩、ならびにアスコルビン酸グルコシド(例えばL-アスコルビン酸 2-グルコシド)、アスコルビン酸グルコシド脂肪酸、アスコルビン酸リン酸エステル(例えばアスコルビン酸-2-リン酸エステル、アスコルビン酸-3-リン酸エステル、アスコルビン酸-6-リン酸エステル)、アスコルビン酸ポリリン酸エステル(例えばアスコルビン酸-2-ポリリン酸エステル)、アスコルビン酸硫酸エステル(例えばアスコルビン酸-2-硫酸エステル)、アスコルビン酸パルミチン酸エステル(例えばアスコルビン酸-2-パルミチン酸エステル、アスコルビン酸-6-パルミチン酸エステル)、アスコルビン酸ステアリン酸エステル(例えば、アスコルビン酸-2-ステアリン酸エステル、アスコルビン酸-6-ステアリン酸エステル)、アスコルビン酸-2,6-ジブチルエステル、アスコルビン酸-2,6-ジパルミチン酸エステル、テトラヘキシルデカン酸アスコルビル(テトライソパルミチン酸アスコルビル)、アスコルビン酸-2リン酸-6パルミチン酸(APPS)、アスコルビルエチル、およびこれらの塩が例示できる。
塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩、アンモニウム塩、モノエタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩、モノイソプロパノールアミン塩、トリイソプロパノールアミン塩等が挙げられる。
アスコルビン酸およびアスコルビン酸誘導体には、D体、L体、およびDL体が存在しうるがその何れを用いても良い。
本開示において、アスコルビン酸またはその塩、リン酸-Lアスコルビン酸Na、リン酸-L-アスコルビン酸Mg、アスコルビン酸グルコシド(例えばL-アスコルビン酸 2-グルコシド)、アスコルビルエチル、テトラヘキシルデカン酸アスコルビル、ステアリン酸アスコルビル、および/またはアスコルビン酸-2リン酸-6パルミチン酸を用いることが好ましい。
本開示の培地において、アスコルビン酸および/またはその誘導体は、1種を単独で用いても良く、複数種を組み合わせて用いても良い。
本開示において、アスコルビン酸およびその誘導体の製造方法は特に限定されず、例えば、天然物由来であっても、生物的または化学的に合成されても良く、また天然物由来物を化学的に修飾したものであっても良い。
【0021】
本開示において、グルタチオンの製造方法は特に限定されず、通常の方法で製造することができる。
【0022】
本開示において、リゾリン脂質はアシル基(例えば、炭素数16~22であって、かつ、不飽和度は0~6である)を1本有するリン脂質を意味する。リゾリン脂質はグリセロール骨格を有していても、スフィンゴシン骨格を有していても良いが、グリセロール骨格を有していることが好ましい。リゾリン脂質の例として、リゾフォスファチジン酸(LPA)、リゾフォスファチジルコリン(LPC)、リゾフォスファチジルセリン(LPS)、リゾフォスファチジルグリセロール(LPG)、リゾフォスファチジルエタノールアミン(LPE)、リゾフォスファチジルイノシトール(LPI)、およびその混合が挙げられる。好ましくは、リゾフォスファチジン酸(LPA)、リゾフォスファチジルコリン(LPC)、リゾフォスファチジルセリン(LPS)、およびその混合が挙げられる。リゾリン脂質の製造方法は特に限定されず、通常の方法で製造することができる。
【0023】
本開示において、培地に含まれるトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体の量は、特に限定されず、例えば、培地に含まれるトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体の終濃度は10~1500μmol/L、好ましくは100~1200μmol/L、より好ましくは200~1200μmol/L、さらにより好ましくは300~1100μmol/L、またさらに好ましくは500~1100μmol/Lであり得る。あるいは、培地に含まれるトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体の量の好ましい範囲は、10μmol/L、100μmol/L、200μmol/L、300μmol/L、400μmol/L、および500μmol/Lから選択される下限値;および1500μmol/L、1200μmol/L、1100μmol/L、および1000μmol/Lから選択される上限値;の組合せにより示されうる。
【0024】
本開示において、培地に含まれうるアスコルビン酸および/またはその誘導体の量は、特に限定されず、例えば、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体の量に対して、0.1~1.5(好ましくは、0.2~1.4、さらに好ましくは0.3~1.3、さらにより好ましくは0.5~1.2)のモル比で含まれうる。例えば、培地に含まれるアスコルビン酸および/またはその誘導体の終濃度は10~1500μmol/L、好ましくは100~1200μmol/L、より好ましくは200~1200μmol/L、さらにより好ましくは300~1100μmol/L、またさらに好ましくは500~1100μmol/Lであり得る。あるいは、培地に含まれるアスコルビン酸および/またはその誘導体の量の好ましい範囲は、10μmol/L、100μmol/L、200μmol/L、300μmol/L、400μmol/L、および500μmol/Lから選択される下限値;および1500μmol/L、1200μmol/L、1100μmol/L、および1000μmol/Lから選択される上限値;の組合せにより示されうる。
【0025】
本開示において、培地に含まれうるグルタチオンの量は、特に限定されず、例えば、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体の量に対して、0.1~1.5(好ましくは、0.2~1.4、さらに好ましくは0.3~1.3、さらにより好ましくは0.5~1.2)のモル比で含まれうる。例えば、培地に含まれるグルタチオンの終濃度は10~1500μmol/L、好ましくは100~1200μmol/L、より好ましくは200~1200μmol/L、さらにより好ましくは300~1100μmol/L、またさらに好ましくは500~1100μmol/Lであり得る。あるいは、培地に含まれるグルタチオンの量の好ましい範囲は、10μmol/L、100μmol/L、200μmol/L、300μmol/L、400μmol/L、および500μmol/Lから選択される下限値;および1500μmol/L、1200μmol/L、1100μmol/L、および1000μmol/Lから選択される上限値;の組合せにより示されうる。
【0026】
本開示において、培地に含まれうるリゾリン脂質の量は、特に限定されず、例えば、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体の量に対して、0.0001~1(好ましくは0.001~0.7、さらに好ましくは0.01~0.5、さらにより好ましくは0.05~0.4)のモル比で含まれうる。例えば、培地に含まれるリゾリン脂質の終濃度は1~500μmol/L、好ましくは10~400μmol/L、より好ましくは20~300μmol/L、さらにより好ましくは30~200μmol/L、またさらに好ましくは40~150μmol/Lであり得る。あるいは、培地に含まれるリゾリン脂質の量の好ましい範囲は、1μmol/L、5μmol/L、10μmol/L、20μmol/L、30μmol/L、および50μmol/Lから選択される下限値;および500μmol/L、400μmol/L、300μmol/L、および200μmol/Lから選択される上限値;の組合せにより示されうる。
【0027】
本開示において、培地に含まれうるリゾリン脂質の量は、特に限定されないが、例えば、培地に含まれるリゾリン脂質の終濃度は1μg/mLから250μg/mL、好ましくは10μg/mLから200μg/mL、より好ましくは50μg/mLから150μg/mL、さらにより好ましくは100μg/mLであり得る。
【0028】
本開示のインビトロ精子形成誘導に使用される培地に使用するためのトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する剤の形状は特に限定されず、トコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を単独で含有するものであっても、あるいは、例えば適当な溶媒(例えば、水、緩衝液、エタノール)等と混合された液体(適宜好ましいpH(例えばpH7~8)に調製される)、凍結乾燥等された固体であってもよい。該剤には、アスコルビン酸および/またはその誘導体、グルタチオン、および/またはリゾリン脂質が含まれていてもよい。該剤にはさらに、精子形成誘導に悪影響を及ぼさない限り、培地構成成分として公知の添加物を含んでいてもよく、例えば、これらに限定されないが、アルブミン、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、コレステロール、スフィンゴミエリン、フォスファチジルコリン、レチノイン酸、レチノール、テストステロン、トリヨードチロニン、黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモン、NaHCO3、抗菌剤、抗真菌剤等が挙げられる。また、従来からインビトロ精子形成誘導における培養等に用いられてきた他の添加物も適宜含むことができる。添加物は、インビトロ精子形成誘導や製品の安定性に悪影響を及ぼさない限りにおいて、それぞれ公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
【0029】
本開示のインビトロ精子形成誘導に使用するためのトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地の形状は特に限定されず、固体培地(寒天培地など)、液体培地等、粉末培地(例えば水に溶かして液体培地として使用される)等、インビトロ精子形成誘導における培地の使用目的に応じて適宜選択され、常法を用いて製造することができる。上記の本開示の剤と同様に、精子形成誘導に悪影響を及ぼさない限り、培地構成成分として公知の添加物を公知の濃度範囲で含んでいてもよい。例えば、本開示のインビトロ精子形成誘導に使用するためのトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地はインビトロ精子形成誘導用として知られる既知の培地(例えば、αMEM培地、RPMI培地(適宜、アルブミン、必須脂肪酸(例えば、リノール酸、リノレン酸)、レチノール、レチノイン酸、卵胞刺激ホルモン、黄体形成ホルモン、テストステロン、トリヨードチロニン等を添加、さらにパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸が適宜添加されてもよい))にトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を添加することによって製造することができる。
【0030】
本開示のインビトロ精子形成誘導に使用するためのトコフェロールおよび/またはトコフェロール誘導体を含有する培地に添加されうる成分の例には、これらに限定されないが、
アルブミン(例えば培地中濃度が0.1~10w/v%、好ましくは1~8w/v%、よりこのましくは2~6w/v%、さらにより好ましくは3~5w/v%、またさらに好ましくは4w/v%);
脂肪酸(好ましくはカプリル酸でない)(例えば培地中濃度が600~6000μmol/L、好ましくは1000~4000μmol/L、より好ましくは1500~2500μmol/L:例えば、
パルミチン酸(例えば培地中濃度が200~1800μmol/L、好ましくは300~1000μmol/L、より好ましくは500~700μmol/L)、
ステアリン酸(例えば培地中濃度が200~1800μmol/L、好ましくは300~1000μmol/L、より好ましくは500~700μmol/L)、
オレイン酸(例えば培地中濃度が200~1800μmol/L、好ましくは300~1000μmol/L、より好ましくは500~700μmol/L)、
リノール酸(例えば培地中濃度が30~300μmol/L、好ましくは50~150μmol/L、より好ましくは80~120μmol/L)、および
リノレン酸(例えば培地中濃度が10~150μmol/L、好ましくは20~80μmol/L、より好ましくは30~70μmol/L)
からなる群から選択される脂肪酸の任意の組合せ);
コレステロール(例えば培地中濃度が1~10μg/mL、好ましくは2~5μg/mL、より好ましくは2.5~4μg/mL);
スフィンゴミエリン(例えば培地中濃度が1~10μg/mL、好ましくは2~5μg/mL、より好ましくは2.5~4.5μg/mL);
フォスファチジルコリン(例えば培地中濃度が5~60μg/mL、好ましくは10~40μg/mL、より好ましくは15~25μg/mL);
レチノイン酸(例えば培地中濃度が0.3~3μmol/L、好ましくは0.5~2μmol/L、より好ましくは0.7~1.5μmol/L);
レチノール(例えば培地中濃度が0.3~3μmol/L、好ましくは0.5~2μmol/L、より好ましくは0.7~1.5μmol/L);
テストステロン(例えば培地中濃度が0.3~3μmol/L、好ましくは0.5~2μmol/L、より好ましくは0.7~1.5μmol/L);
トリヨードチロニン(例えば培地中濃度が0.5~6ng/mL、好ましくは1~4ng/mL、より好ましくは1.5~2.5ng/mL);
黄体形成ホルモン(例えば培地中濃度が0.3~3μg/mL、好ましくは0.5~2μg/mL、より好ましくは0.7~1.5μg/mL);
卵胞刺激ホルモン(例えば培地中濃度が0.3~3μg/mL、好ましくは0.5~2μg/mL、より好ましくは0.7~1.5μg/mL);
NaHCO3(例えば培地中濃度が0.5~5g/L、好ましくは1~4g/L、より好ましくは1.2~2.5g/L);
抗菌剤、抗真菌剤等
が挙げられる。
【0031】
カプリル酸は精子形成誘導を阻害しうることが知られている(第36回日本受精着床学会総会・学術講演会「in vitro精子形成研究の展望」平成30年7月26日)。アルブミンには通常カプリル酸が安定剤として使用されているため、本開示の培地がアルブミンを含有する場合、使用するアルブミンは適宜カプリル酸を除去することが好ましい。例えば、アルブミン1gに含まれるカプリル酸の量は遊離形態として、70μmol以下、好ましくは50μmol以下、より好ましくは40μmol以下、さらに好ましくは36μmol以下、またさらに好ましくは30μmol以下、またさらにより好ましくは28μmol以下、さらに好ましくは26μmol以下であることが好ましい。カプリル酸を除去する方法は特に限定されず、脂肪酸の除去に通常用いられる方法(例えば活性炭を用いる方法)を使用することができる。酸性下で活性炭処理後、さらに脱イオン処理することで脂質や金属イオンを除去する方法(Iscove処理)を用いてもよい。あるいは、イオン交換処理法を用いてもよい。
【0032】
本開示の別の態様において、本開示の剤または培地、およびこれらがインビトロ精子形成誘導において使用されることの説明を含む、キットが提供される。該説明は、その形態はとくに限定されず、使用説明書であっても、当該説明の内容をインターネット上で閲覧するためのアクセス情報(URL、QRコード等)が記載されていてもよい。
【実施例0033】
以下、実施例および試験例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
試験例1 実験動物の準備
RIKEN BRCから入手したAcr-Gfp transgenic mice (C57BL/6 strain)を交配させ、生後1.5日齢のArc-Gfp (+/+)もしくは(+/-)のマウスを培養試験に用いた。Acr-Gfpマウスの精細胞はmid-pachytene期からGFPを発現し、精子細胞の先体に集積する。全ての動物実験は横浜市立大学動物実験委員会の承認のもと、動物実験指針に従い実施した。
【0035】
試験例2 アルブミンの浄化処理
2.1 活性炭及びイオン交換処理
ウシ血清アルブミン(BSA)はSigma社の製品番号A9418を用いた。Dextran(D299100, TRC Canada)を200mLの蒸留水に溶解し、2gの活性炭(Wako)を加え室温で30分間穏やかに撹拌しながらインキュベートした。そこに10gのBSAを加え、HClでpH 3.0に調整した。得られた溶液は、撹拌しながら60℃で60分間インキュベートし、2700gで遠心し上清を回収した。得られた溶液に、1M NaOHを加えてpHを5.5に調整し、0.22μmのフィルター(Millipore Express(商標) PLUS)を通した。ろ液にイオン交換樹脂(Bio-Rex(商標) MSZ 501(D) Resin)を加え4℃で一晩インキュベート後、限外ろ過膜(VIVASPIN TURBO 15, Sartorius)で濃縮し、Bradford法で蛋白質濃度を測定した。得られた溶液をろ過滅菌し、使用まで4℃で保存した。
【0036】
試験例3 精巣組織の培養法
遊離脂肪酸(パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸)、コレステロール、スフィンゴミエリン、フォスファチジルコリンをエタノールに溶解し、終濃度が表1の通りになるようガラスビーカーに加えた後、エタノールを蒸発させた。そこに蒸留水で8w/v%に調製した試験例2の処理後のBSAを加え、室温で4時間撹拌した。この溶液に2倍濃縮した等量のαMEMを加え、レチノイン酸、レチノール、テストステロン、トリヨードサイロニン、LH、FSH、NaHCO3、抗菌剤-抗真菌剤を終濃度が表1の通りになるよう添加しCDMを作製して精巣組織の培養に用いた。もしくは蒸留水で8w/v%に調製したAlbuMAX(商標)(Gibco(商標))に2倍濃縮した等量のαMEMを加え精巣組織の培養に用いた。
【0037】
【0038】
組織培養のためのアガロースゲルは、アガロースを蒸留水に加えて1.5w/v%とした後、オートクレーブし、固まる前に10cmディッシュに33mL注ぎ入れて5mm厚のゲルを作製した。得られたゲルは、約10mm2の大きさにカットした。培養開始の6時間以上前から12wellマイクロプレート内にゲルを入れ、1mLの培地を加えてゲル全体が浸かる状態にして34℃、5%CO2条件下で平衡化した。培養実験の開始前に新しい培地に入れ替え、ゲルの下側半分が浸かる状態にし、それぞれのゲルに2~4個の精巣組織をのせ、週1回培地交換しながら培養を継続した。
【0039】
試験例4 精子形成誘導の評価(スコア化の説明)
培養開始以後7日毎に経時的に蛍光実体顕微鏡(Leica M205 FA, Leica)で精巣組織を観察した。精細管にそったGFPの発現を精子形成誘導のサインとした。ただし、組織の中心部は栄養素が行き届かず多くの場合GFP発現しないので評価対象外とした。GFP発現の程度を表2のようにスコア化した。実際の組織観察写真とそのGFP発現状態ならびにスコア化の例を
図1に示す。
【0040】
【0041】
試験例5 ビタミンE(Vit. E)、ビタミンC(Vit. C)、グルタチオン(glutathione)の組み合わせの評価
ビタミンEとして、酢酸 DL-α-トコフェロール(Supelco)を使用した。
ビタミンCとして、L-アスコルビン酸 2-グルコシド(Matrix Scientific)を使用した。
グルタチオンとして、グルタチオン(Sigma)を使用した。
表1に示すCDMもしくはCDMにVit.Eのストックソルーション(1mol/L濃度でエタノールに溶解したもの)を培養液に加え、Vit. Eを終濃度が200μmol/Lとなるよう加えて、試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。また、CDMにVit. E 200μmol/Lと、Vit.Cのストックソルーション(1mol/L濃度で蒸留水に溶解したもの)を培養液に加え、Vit. Cの終濃度を100μmol/Lとし、試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。さらにCDMにVit. E 200μmol/L、Vit. C 100μmol/Lと、グルタチオンのストックソルーション(100 mmol/L濃度で蒸留水に溶解したもの)を培養液に加え、グルタチオンの終濃度を300μmol/Lとし、試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。また同時に、AlbuMAX含有αMEMを用いて試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。培養開始から28日目、32日目、39日目のGFP発現をスコア化した。
【0042】
図2に示すとおり、Day 39において、表1に示すCDMではGFPの発現は消失したが、該CDMにVit. Eを加えることでGFPの発現は継続し、Vit. Eが1.5日齢の精巣組織の精子形成誘導に有効であることが示された。
Vit. Eに加えて、Vit. Cを加えることで、またさらにグルタチオンを加えることで1.5日齢の精巣組織の精子形成誘導効率が向上した。
【0043】
試験例6 Vit. E、Vit. C、グルタチオンの濃度の評価
表1に示すCDMもしくはCDMに試験例5と同様の方法でVit. E、Vit. C、グルタチオンを終濃度がいずれも1μmol/L、10μmol/L、100μmol/L、500μmol/L、1,000μmol/Lとなるよう加えて、試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。また同時に、AlbuMAX含有αMEMを用いて試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。培養開始から35日目、42日目、49日目のGFP発現をスコア化した。
【0044】
図3に示すとおり、CDMにVit. E、Vit. C、グルタチオンの添加濃度依存的に1.5日齢の精巣組織の精子形成誘導効率が向上した。
【0045】
試験例7 Vit. E、Vit. C、グルタチオンとリゾリン脂質の組み合わせの評価
表1に示すCDMに試験例5と同様の方法でVit. E、Vit. C、グルタチオンを終濃度がいずれも1,000μmol/Lとなるよう加えて、試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。また、CDMに試験例5と同様の方法でVit. E、Vit. C、グルタチオンを終濃度がいずれも1,000μmol/Lとなるよう加えて、さらにリゾフォスファチジン酸(LPA、Sigma)のストックソルーション(10 mmol/L濃度で蒸留水に溶解したもの)、リゾフォスファチジルコリン(LPC、Sigma)のストックソルーション(50mg/mL濃度でエタノールに溶解したもの)およびリゾフォスファチジルセリン(LPS、Sigma)のストックソルーション(1 mmol/L濃度でエタノールに溶解したもの)を終濃度がそれぞれ10μmol/L、100μg/mL、1μmol/Lとなるよう加えて試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。また同時に、AlbuMAX含有αMEMを用いて試験例3と同様の方法で精巣組織を培養した。培養開始から27日目、33日目、40日目のGFP発現をスコア化した。
【0046】
図4に示すとおり、Vit. E、Vit. C、グルタチオンを加えたCDMは1.5日齢の精巣組織から精子形成を誘導するが、そのCDMにさらにリゾリン脂質(LPA、LPC、LPS)を加えると1.5日齢の精巣組織からの精子形成誘導効率は増強され、長期間維持することが可能となった。