(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146083
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】逆相スケールによる高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20231004BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20231004BHJP
G01N 30/04 20060101ALI20231004BHJP
B01J 20/287 20060101ALI20231004BHJP
G01N 30/34 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
G01N30/88 N
G01N30/86 M
G01N30/88 E
G01N30/04 P
B01J20/287
G01N30/34 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053075
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】506286928
【氏名又は名称】地方独立行政法人 大阪府立病院機構
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(71)【出願人】
【識別番号】591286270
【氏名又は名称】株式会社伏見製薬所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮本 泰豪
(72)【発明者】
【氏名】半澤 健
(72)【発明者】
【氏名】岡本 三紀
(72)【発明者】
【氏名】長束 俊治
(72)【発明者】
【氏名】木下 崇司
(57)【要約】
【課題】逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて糖鎖を分離する際に、溶出時間を標準化し、糖鎖を正確に分析する方法を提供する。
【解決手段】逆相高速液体クロマトグラフィーにより糖鎖を分離するときの溶出時間標準化法であって、
(i)9種類の糖鎖であって、#R-0、並びにコアフコースの有無以外は同じ構造である標準物質の4対の組合せ、#R-1と#R-2、#R-3と#R-4、#R-5と#R-6、及び#R-7と#R-8を含む糖鎖を標準物質として用い、
(ii)(i)の各対におけるコアフコースを有する糖鎖とコアフコースを有しない糖鎖のR値の差が一定になるように標準曲線を変換することにより溶出時間を標準化する、溶出時間標準化法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
逆相高速液体クロマトグラフィーにより糖鎖を分離するときの溶出時間標準化法であって、
(i)以下に示す構造を有する9種類の糖鎖であって、#R-0、並びにコアフコースの有無以外は同じ構造である標準物質の4対の組合せ、#R-1と#R-2、#R-3と#R-4、#R-5と#R-6、及び#R-7と#R-8を含む糖鎖を標準物質として用い、
(ii)(i)の各対におけるコアフコースを有する糖鎖とコアフコースを有しない糖鎖のR値の差が一定になるように標準曲線を変換することにより溶出時間を標準化する、溶出時間標準化法:
【請求項2】
生体試料が、血清、血漿、尿及び生体組織からなる群から選択される請求項1記載の溶出時間標準化法。
【請求項3】
C18カラムを用いる逆相高速液体クロマトグラフィーにより糖鎖を分離する、請求項1又は2に記載の溶出時間標準化法。
【請求項4】
逆相クロマトグラフィーの移動相として、水及びアセトニトリルを含む移動相を用いる、請求項1~3のいずれか1項に記載の溶出時間標準化法。
【請求項5】
C18カラムサイズが、内径1~3mm、長さ10~20cmであり、移動相の流速が0.1~0.5mL/分である、請求項3又は4に記載の溶出時間標準化法。
【請求項6】
溶媒A:「水」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を9:1 (v/v)比で混合したもの、溶媒B:「水」/「アセトニトリル」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を7:2:1 (v/v)比で混合したものを移動相として用いる、請求項3~5のいずれか1項に記載の溶出時間標準化法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の溶出時間標準化法を用いて溶出時間を標準化して作成した標準化標準曲線を用いて、構造を同定しようとする糖鎖のR値を求め、構造既知の糖鎖構造のR値と比較することを含む、糖鎖構造解析法。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか1項に記載の溶出時間標準化法を用いて溶出時間を標準化して作成した標準化標準曲線を用いて、構造が既知の複数の糖鎖についてR値を測定し、あらかじめ作成した構造既知の糖鎖構造のR値のデータベース中の構造既知の糖鎖構造のR値と、構造を同定しようとする糖鎖のR値とを比較して構造を同定する、請求項7記載の糖鎖構造解析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は糖鎖構造の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来は糖鎖の分析として、イソマルトオリゴ糖等による溶出時間標準化法が用いられていた(非特許文献1を参照)。該方法は、グルコースの重合度の異なるイソマルトオリゴ糖を標準物質として用い、溶出時間から糖鎖を同定していた。該方法においては、重合度が大きく溶出時間が長い標準物質について標準曲線が収束してしまっており、外挿により分析していた。また、標準物質が糖タンパク質等の糖鎖と構造が異なっていた。従って、従来の糖鎖の分析方法では、正確な分析が困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】N Tomiya et al., Analytical Biochemistry, 1988 May 15;171(1):73-90. doi: 10.1016/0003-2697(88)90126-1.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて糖鎖を分離し分析する際に、溶出時間を標準化し、糖鎖を正確に分析する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、生体試料中の糖鎖を正確に分析する方法について鋭意検討を行った。具体的には、逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて糖鎖を分析する際に、逆相高速液体クロマトグラフィーの溶出位置を標準化する方法について検討を行った。HPLCの溶出時間を比較することで同定を行う場合、実験間でのばらつきを少なくすればそれだけ正確な解析が可能になる。しかし、溶離液組成のわずかな違いやカラムの劣化など様々な要因により溶出時間は変動する。そこで、特定の構造を有する9種類の糖鎖を標準物質(基準物質)として用い、さらに、標準物質としてコアフコースの有無以外は同じ構造であるN-結合型糖鎖である標準物質の4対の組合せを用い、各対におけるコアフコースを有する標準物質とコアフコースを有しない標準物質の溶出時間の差が一定になるように標準曲線を変換することにより標準化すれば、有効溶出時間も長くなり、正確に分析することを見出した。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 逆相高速液体クロマトグラフィーにより糖鎖を分離するときの溶出時間標準化法であって、
(i)以下に示す構造を有する9種類の糖鎖であって、#R-0、並びにコアフコースの有無以外は同じ構造である標準物質の4対の組合せ、#R-1と#R-2、#R-3と#R-4、#R-5と#R-6、及び#R-7と#R-8を含む糖鎖を標準物質として用い、
(ii)(i)の各対におけるコアフコースを有する糖鎖とコアフコースを有しない糖鎖のR値の差が一定になるように標準曲線を変換することにより溶出時間を標準化する、溶出時間標準化法:
[2] 生体試料が、血清、血漿、尿及び生体組織からなる群から選択される[1]の溶出時間標準化法。
[3] C18カラムを用いる逆相高速液体クロマトグラフィーにより糖鎖を分離する、[1]又は[2]の溶出時間標準化法。
[4] 逆相クロマトグラフィーの移動相として、水及びアセトニトリルを含む移動相を用いる、[1]~[3]のいずれかの溶出時間標準化法。
[5] C18カラムサイズが、内径1~3mm、長さ10~20cmであり、移動相の流速が0.1~0.5mL/分である、[3]又は[4]の溶出時間標準化法。
[6] 溶媒A:「水」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を9:1 (v/v)比で混合したもの、溶媒B:「水」/「アセトニトリル」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を7:2:1 (v/v)比で混合したものを移動相として用いる、[3]~[5]のいずれかの溶出時間標準化法。
[7] [1]~[6]のいずれかの溶出時間標準化法を用いて溶出時間を標準化して作成した標準化標準曲線を用いて、構造を同定しようとする糖鎖のR値を求め、構造既知の糖鎖構造のR値と比較することを含む、糖鎖構造解析法。
[8] [1]~[6]のいずれかの溶出時間標準化法を用いて溶出時間を標準化して作成した標準化標準曲線を用いて、構造が既知の複数の糖鎖についてR値を測定し、あらかじめ作成した構造既知の糖鎖構造のR値のデータベース中の構造既知の糖鎖構造のR値と、構造を同定しようとする糖鎖のR値と比較して構造を同定する、[7]の糖鎖構造解析法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の逆相スケールによる高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法により生体試料中の糖鎖の構造を溶出時間によりを正確に同定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】逆相HPLCによりPA標識イソマルトオリゴ糖を分析したときの溶出時間とグルコース重合度との関係を示す図である。
【
図3】本発明の高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法に用いた標準物質としての糖鎖を示す図である。
【
図4-1】本発明の高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法に用いた標準物質(#R-0、#R-1及び#R-2)の詳細を示す図である。
【
図4-2】本発明の高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法に用いた標準物質(#R-3及び#R-4)の詳細を示す図である。
【
図4-3】本発明の高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法に用いた標準物質(#R-5及び#R-6)の詳細を示す図である。
【
図4-4】本発明の高速液体クロマトグラフィー溶出時間標準化法に用いた標準物質(#R-7及び#R-8)の詳細を示す図である。
【
図5】逆相クロマトグラフィーにおけるPAグリカンの溶出時間を標準化した標準曲線を示す図である。
【
図6】PA標識イソマルトオリゴ糖を標準物質として用いた場合と、本発明のPA標識糖鎖を用いた場合のクロマトグラムの比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、糖鎖構造の解析方法に関する。
【0010】
本発明の方法においては、高速液体クロマトグラフィーを用いた糖鎖構造の解析において、溶出時間又は溶出位置を標準化する。ここで、溶出時間又は溶出位置を標準化するとは、糖鎖の構造により、溶出時間又は溶出位置が一定になるようにすることをいう。溶出時間を保持時間とも呼ぶ。
【0011】
溶出時間の標準化は、特定の構造を有する9種類の糖鎖を標準物質として用い、さらに、標準物質としてコアフコースの有無以外は同じ構造である標準物質の4対の組合せを用い、各対におけるコアフコースを有する標準物質とコアフコースを有しない標準物質のR値の差が一定になるように標準曲線を変換する。
【0012】
標準物質
本発明の方法においては、特定の構造を有する複数の糖鎖を標準物質として用いる。
【0013】
具体的には、標準物質として
図3及び
図4-1~4-4に示す#R-0、#R-1、#R-2、#R-3、#R-4、#R-5、#R-6、#R-7及び#R-8の9種類のN-結合型糖鎖を用いる。これらの糖鎖は、測定しようとする標的糖鎖と、構造が類似した同じ系列の糖鎖である。標的物質と標準物質の構造が類似しているため、溶出パターンも類似しているので、測定誤差が小さくなる。これらの糖鎖を溶出時間標準化用糖鎖とも呼ぶ。また、逆相スタンダードと呼ぶこともある。#R-1と#R-2、#R-3と#R-4、#R-5と#R-6、並びに#R-7と#R-8は、コアフコースを有しないか(#R-1、#R-3、#R-5、及び#R-7)、有するか(#R-2、#R-4、#R-6、及び#R-8)の違いである。#R-0は、R値の「R=0」となる点であり、ガラクトース(#R-0, Gal-PA)を使用している。本発明においては、R値の「R=0」となる点として、ガラクトース(#R-0, Gal-PA)を使用していることにより、配管長等の分析装置間の違いによる値の差が軽減されることが期待される。
【0014】
#R-0、#R-1、#R-2、#R-3、#R-4、#R-5、#R-6、#R-7及び#R-8の順で疎水性が大きくなり、この順番で溶出時間が大きくなる。
【0015】
なお、標準物質は以下のようにして調製する。
Gal-PA(#R-0)、GlcNAc-PA(#R-1)及びFucα1-6GlcNAc-PA(#R-2)
それぞれ市販のD-galactose、N-Acetyl-D-glucosamine及びFucα(1-6)GlcNAc (東京化成工業などから購入)をピリジルアミノ化することにより調製する。
AG124(#R-3)及びAG124F6(#R-4)
それぞれマウス血清(富士フイルム和光純薬、Sigma-Aldrichなどから購入)から、ヒドラジン分解又はPeptide:N-glycanase (PNGase)によって糖鎖を遊離させ、ピリジルアミノ化、β-galactosidase(ウシ精巣由来、Streptococcus pneumoniae由来及び/又はXanthomonas manihotis由来)により消化、精製することで調製する。
BIBs(#R-5)及びBIBsF6(#R-6)
それぞれ市販のヒトγ-globulin (富士フイルム和光純薬、Sigma-Aldrichなどから購入)から、ヒドラジン分解又はPeptide:N-glycanase (PNGase)によって糖鎖を遊離させ、ピリジルアミノ化により調製する。
06N(EA)-BIBs(#R-7)及び06N(EA)-BIBsF6(#R-8)
それぞれ市販のヒトγ-globulin (富士フイルム和光純薬、Sigma-Aldrichなどから購入)から、ヒドラジン分解又はPeptide:N-glycanase(PNGase)によって糖鎖を遊離させ、ピリジルアミノ化、及びシアル酸残基上のカルボキシル基のエチルアミンによるエチルアミド化により調製する。なお、天然の構造を用いて疎水性の高い標準糖鎖を準備するのは容易ではないため、既存の糖鎖に疎水性を高める修飾を行う。修飾としては、シアル酸を1つもつ糖鎖のカルボキシル基をアミン類で修飾ればよい。アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、イソプロピルアミンによる修飾が挙げられるが、エチルアミンによる修飾が好ましい。反応は、縮合剤(EDC・HOBt系、DMT-MMなど)により行い、反応後はAmide-HILIC (Discovery DPA-6S等)により精製すればよい。
【0016】
対象となる標的糖鎖
本発明において測定対象となり、構造を同定しようとする標的糖鎖は、哺乳類の生体試料中の糖鎖である。糖鎖として遊離糖鎖、糖タンパク質の糖鎖が挙げられる。哺乳類として、ヒト、ヒト以外の哺乳類動物、例えば霊長類等が挙げられる。好ましくはヒトである。生体試料としては、血液、血清、血漿、尿、生体組織等が挙げられる。生体組織としては、正常組織、がんや炎症部位の異常組織が挙げられる。
【0017】
測定物質の抽出及び処理
生体試料からの遊離糖鎖の抽出は、例えば、以下の方法で行うことができる。生体試料をDowex 50W-X8樹脂(H+形、200-400メッシュ、富士フイルム和光純薬、大阪、日本)で前処理し、炭酸水素ナトリウム溶液で中和し、グラファイトカーボンカートリッジ(InertSepGC 300 mg; GL Science, Tokyo, 日本)で脱塩すればよい。糖鎖の還元末端は、2-アミノピリジンにより標識すればよい。
【0018】
糖タンパク質の糖鎖は、生体試料中の糖タンパク質から糖鎖を遊離すればよい。生体試料からの糖鎖の遊離は、例えば、N-結合型糖鎖の場合はヒドラジン処理又は酵素Peptide:N-glycanase F (PNGase F)による切り出しにより行えばよい。
【0019】
本発明の方法において、逆相クロマトグラフィーを用いて糖鎖を分離する際に、糖鎖を標識して用いる。標識は、2-アミノピリジンやトリチウムを用いて行うことができるが、好ましくは糖鎖の還元末端を2-アミノピリジンと反応させ還元的アミノ化反応により蛍光標識(PA化)し、PA糖鎖(PA glycan)として用いればよい。
【0020】
高速液体クロマトグラフィー
本発明で分析に用いる高速液体クロマトグラフィーは、逆相高速クロマトグラフィーである。
【0021】
逆相高速液体クロマトグラフィーに用いるカラムとしては、極性の低いカラムを用いればよく、例えばアルキル化シリカゲル、フェニルカラム、ポリスチレン架橋ジビニルベンゼンカラム、PFPカラム、CNカラム等が挙げられる。逆相高速液体クロマトグラフィー用カラムとして、オクタデシルシリル基(C18)、オクチル基(C8)、ブチル基(C4)、トリメチル基(C3)、トリアコンチル基(C30)、フェニル基(Ph)、ブチル基等の基を有する充填剤を含むカラムを用いることができる。この中でもオクタデシルシリル(ODS)基(C18)またはオクチル基(C8)を有する充填剤を含むカラムが好ましく、特に、オクタデシルシリル(ODS)基(C18)を有する充填剤を含むカラムが好ましい。オクタデシルシリル基(C18)を有する充填剤を含むカラムをC18カラムと呼ぶ。
【0022】
カラムに充填する充填剤は、球形や破砕形状のものを用いることができる。その粒子径は3~10μmであり、球形の場合で好ましくは5μm以下であり、さらに好ましくは約3μmである。用いるカラムの大きさは、分析する試料の容積にもよるが、例えば内径1~6mm、長さ5~30cm、好ましくは内径1~3mm、長さ10~20cmのものを用いればよい。
【0023】
移動相としては、水若しくは緩衝液、メタノールやアセトニトリル等の有機溶媒、並びにこれらの混合溶媒を用いることができる。この際、有機溶媒含量が高いほど溶出時間は短くなる。移動相に用いられる有機溶媒としては、アセトニトリル(MeCN)、メタノール、エタノール、テトラヒドロフラン(THF)等が挙げられ、この中でも、アセトニトリルが好ましい。移動相のpHは、3.0~8.0、好ましくは3.0~5.0、さらに好ましくは4.0である。pHは、移動相に酸又はアルカリを添加して調整すればよい。調整に用いる酸としては、トリフルオロ酢酸、ギ酸、酢酸等の有機酸、又は塩酸等の無機酸が挙げられる。本発明の方法において、用いる移動相は、水-アセトニトリル-ギ酸系や水-アセトニトリル-トリエチルアミン-酢酸系などの水及びアセトニトリルを含む移動相が好ましい。
【0024】
水と有機溶媒は、容量比で、1:1~9:1、好ましくは、2:1~9:1の比率で混合して用いればよい。分離はグラジエント分離でも、イソクラティック分離でもよいが、好ましくは、グラジエント分離である。グラジエント分離は、移動相において、有機溶媒と水の濃度勾配、例えば、アセトニトリル/水の6/4~9/1の濃度勾配を使用して糖鎖を抽出すればよい。
【0025】
液体クロマトグラフィーは市販のHPLC装置を用いて行えばよい。カラムの平衡化や流速はカラムサイズや試料の容量によって適宜設定することができる。分析の際の試料の注入量は、試料の種類や用いるカラムのサイズ等により適宜決定すればよく、例えば、数十μL~数百μL、例えば、10μL~200μL、好ましくは10μL~100μLである。液体クロマトグラフィー分析の際の移動相の流速は、必要とする分離能等に合わせて適宜決定することができる。通常は、0.1~3.0mL/分、好ましくは0.1~1.5mL/分、さらに好ましくは0.1~0.5mL/分、特に好ましくは0.1~0.3mL/分である。分析するときのカラムの温度は、通常、20~60℃、好ましくは30~45℃である。
【0026】
例えば、カラムとして、Shim-pack Scepter C18-120カラム(3μm, 2.1 × 150 mm)を用い、流速0.2mL/分で35℃にて、溶媒A:「水」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を9:1(v/v)比で混合したもの(この際、0.5 M酢酸-トリエチルアミン水溶液pH4.0は、10倍濃縮溶離液として調製し、終濃度0.05 Mに希釈した上で使用すればよい)、溶媒B:「水」/「アセトニトリル」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を7:2:1 (v/v)比で混合したものを移動相として用い、当該移動相の比(A:B)を100:0から80:15~25(V/V)まで40~120分間、好ましくは60~100分間かけて直線的に変化させ、その後、移動相Bの濃度を100%にし1~20分、好ましくは2~10分間維持し、その後移動相Aで再平衡化して溶出すればよい。
【0027】
標準曲線の変換及び標準曲線を用いた標的糖鎖の同定
上記の9種類の標準物質を逆相クロマトグラフィーで分離し、横軸に溶出時間をとり、縦軸にR値(逆相スケール値:R-value)をとり、標準曲線を作成する。本発明において、R値とは、以下の方法で得られる標準化された溶出時間である。ここで、標準物質#R-0のR値を0とし、標準物質#R-8のR値を#R-8の溶出時間(分)に近い値とすればよい。例えば、#R-8が70分付近に溶出される場合は、#R-8のR値を70とすればよい。#R-8の溶出時間に対応して、例えば、50~100のいずれか、好ましくは60~80のいずれか、さらに好ましくは70とすればよい。コアフコースの有無以外は同じ構造である標準物質の組合せについて(#R-1と#R-2、#R-3と#R-4、#R-5と#R-6、並びに#R-7と#R-8)、コアフコース残基の有無による糖鎖の溶出時間の差は異なるが、標準物質のコアフコース残基の有無によるR値の差への寄与が一定になるようにR値を算出する。標準物質の「溶出時間」と「R値」に関するグラフを作成することで、標準曲線を作成する。すなわち、逆相スケールによる標準化により、逆相高速液体クロマトグラフィーの溶出位置を標準化し、標準曲線を作成する。作成した標準曲線を標準化標準曲線と呼ぶ。逆相スケールによる標準化を逆相スケール法と呼び、Kanta Yanagida et al., J. Chromatogr. A, 800 (1998) 187-198に記載されている。
【0028】
具体的には、実施例に記載の方法でR値を算出し、標準化標準曲線を作成することができる。
【0029】
標的糖鎖の溶出時間から、標準化標準曲線を用いてR値を求め、糖鎖を同定する。
【0030】
この際、構造既知の複数の糖鎖についてR値のデータベースを別途作成し、標的糖鎖のR値とデータベースの糖鎖のR値とを比較して標的糖鎖の構造を同定する。データベース作成に用いる構造既知の糖鎖の数は、100以上、好ましくは数百以上、例えば、200以上、300以上、400以上、500以上、600以上、700以上、800以上、900以上、さらに好ましくは1000以上である。
【0031】
なお、標準曲線を作成するときの高速液体クロマトグラフィーの分離条件とデータベースを作成するときの分離条件は同じとする必要があるが、標的物質を分析するときは分離条件が多少異なっていても正確なR値を得ることができる。特に逆相カラムとしてC18カラムを用いるときに分離条件が多少異なっていても正確なR値を得ることができる。
【0032】
本発明は、上記の溶出時間標準化法を用いて、溶出時間を標準化した逆相液体クロマトグラフィーによる糖鎖構造解析法を包含する。溶出時間を標準化することにより構造同定の高精度化が可能となる。
【実施例0033】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0034】
PA-糖鎖は、Shimadzu LC20A又はShimadzu LC10A(島津製作所)のいずれかのHPLCシステムで分画した。2つのHPLCシステムのいずれを使用しても、糖鎖の分離は同様に達成された。PA-糖鎖は、HPLCに接続した蛍光検出器RF-10Axl(島津製作所)またはWaters 2475(Waters)により検出した。
【0035】
逆相(RP-)HPLCは,Shim-pack Scepter C18-120カラム(3μm, 2.1 × 150 mm;島津製作所)を用いて、流速0.2mL/minで35℃にて実施した。溶媒は、溶媒A:「水」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を9:1 (v/v)比で混合したもの(この際、0.5 M酢酸-トリエチルアミン水溶液pH4.0は、10倍濃縮溶離液として調製し、終濃度0.05 Mに希釈した上で使用すればよい)、溶媒B:「水」/「アセトニトリル」/「トリエチルアミンでpH4.0に調整された0.5 M酢酸水溶液」を7:2:1(v/v)比で混合したものを使用した。HPLCのカラム、温度、溶媒、グラジエント条件などの詳細設定を
図1に示す。すなわち、溶離液Aでカラムを平衡化(溶離液B, 0%)、試料注入・分析開始後3分間そのまま維持し(溶離液B, 0%)、その後81分間で(=分析開始後84分時点まで)溶離液Bの濃度を直線的に22.5%まで上昇させた。そして溶離液Bの濃度を一気に100%まで上げて4分間(84から88分まで)維持した後、溶離液Aで15分間の再平衡化を行った(溶離液B, 0%)。各PA-糖鎖の溶出時間は、RPグルコースユニット(RP-GU)と同様に、修正逆相スケールによりR値に変換した。溶出時間のR値への変換は、以下の方法で行った。
図3に示すように、8つ(4組)の標準PA-N-グリカン#R-1~R-8を使用した。R値は、コア-α1,6-フコースによる位置のずれが均等に寄与するように決定した。PA-Galの溶出位置(#R-0)のR値を0とし、各糖鎖の溶出時間から#R-0の溶出時間を差し引き、先と同様の方法でR値を算出した。さらに、#R-8の溶出位置を設定した。
【0036】
以下に具体的な算出法を示す。
1. 標準物質#R-0、#R-1、#R-2、#R-3、#R-4、#R-5、#R-6、#R-7、#R-8の溶出時間(E)をそれぞれE0、E1、E2、E3、E4、E5、E6、E7及びE8とする。
それぞれの逆相スケール値(R)をR0、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7及びR8とする。
2. 横軸にE、縦軸にRをとり、各点を直線で結ぶ。このとき、E0~E1~E2区間の傾きをaとし、E3~E4区間の傾きをbとし、E5~E6区間の傾きをcとし、E7~E8区間の傾きをdとし、
a (E2-E1) = b (E4-E3) = c (E6-E5) = d (E8-E7) = P
が成立するとする。つまり、コアフコースの部分溶出時間Pが4組のPA糖鎖の間で等しいとする。
3. さらに、E2~E3 区間の傾きを1/2(a+b)とし、E4~E5区間の傾きを1/2(b+c)とし、E6~E7区間の傾きを1/2(c+d)とする。つまり各区間の傾きは前後の平均値とする。
4. また、E0のR値を0、R=0と定める。
5. Eが以下のときにRを以下のように定める。
E0~E2の時:R = P×E/(E2-E1)
E2~E3の時:R = R2 + (E-E2)×1/2×P{1/(E2-E1)+1/(E4-E3)}
E3~E4の時:R = R3 + P×(E-E3)/(E4-E3)
E4~E5の時:R = R4 + (E-E4)×1/2×P{1/(E4-E3)+1/(E6-E5)}
E5~E6の時:R = R5 + P×(E-E5)/(E6-E5)
E6~E7の時:R = R6 + (E-E6)×1/2×P{1/(E6-E5)+1/(E8-E7)}
E7~の時:R = R7 + P×(E-E7)/(E8-E7)
6. さらに、R8 = 70と設定すると、Rは以下の値となる。
R1 = P×E1/(E2-E1)
R2-R1 = P
R3-R2 = 1/2×P×(E3-E2){1/(E2-E1)+1/(E4-E3)}
R4-R3 = P
R5-R4 = 1/2×P×(E5-E4){1/(E4-E3)+1/(E6-E5)}
R6-R5 = P
R7-R6 = 1/2×P×(E7-E6){1/(E6-E5)+1/(E8-E7)}
R8-R7 = P
上の式の右辺の和を、任意の値、本実施例では70とし、Pを求めることができ、5.の式に順次代入することにより、任意の溶出時間Eに対するR値を求めることができる。
【0037】
図5は、逆相クロマトグラフィーにおけるPA化糖鎖の溶出時間を標準化した標準曲線を示すが、同時にR値変換の方法を示す。