(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146104
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】アルミニウム合金板とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20231004BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20231004BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231004BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/047
C22F1/00 605
C22F1/00 623
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691A
C22F1/00 691C
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053124
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】522160125
【氏名又は名称】MAアルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】森 祥基
(57)【要約】
【課題】本発明は、表層でのMgO生成を抑制し、表面品質を良好としたアルミニウム合金板とアルミニウム合金板の製造方法の提供を目的とする。
【解決手段】本発明のアルミニウム合金板は、0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含むアルミニウム合金板であって、表面に形成されたスピネルの面積率が、表層面方向の観察において、2500μm
2の領域で10%以内であり、表面のMg濃度が、20質量%以下であることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含むアルミニウム合金板であって、焼鈍後の表面に形成されたスピネルの面積率が、表層面方向の観察において、2500μm2の領域で10%以内であり、表面のMg濃度が20質量%以下であることを特徴とする、アルミニウム合金板。
【請求項2】
表面の酸化皮膜厚さが40nm以下であることを特徴とする、請求項1に記載のアルミニウム合金板。
【請求項3】
最表面における平均結晶粒径が円相当径で50μm以上であり、板幅方向に垂直な断面における結晶粒の平均のアスペクト比が平均1.5以上であることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のアルミニウム合金板。
【請求項4】
表面に形成された酸化物の粗大な凝集部の数が、100μm2の領域において10個以下であることを特徴とする、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項5】
Al、Mg、Oと共に特定の結晶構造を有する酸化物を形成する元素を0.05質量%以上1.5質量%以下含むことを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項6】
0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含有し、熱間圧延と冷間圧延によって板状に加工され、均質化熱処理と焼鈍処理が施されて製造されるアルミニウム合金板の製造方法であって、
均質化熱処理と焼鈍処理の加熱条件と熱間圧延の条件を制御し、
表面に形成されるスピネルの面積率を表層面方向の観察において、2500μm2の領域で10%以内に、表面のMg濃度を20質量%以下に調整することを特徴とする、アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項7】
表面の酸化皮膜厚さを40nm以下に調整することを特徴とする、請求項6に記載のアルミニウム合金板の製造方法。
【請求項8】
最表面における平均結晶粒径を円相当径で50μm以上とし、板幅方向に垂直な断面における結晶粒の平均のアスペクト比を平均1.5以上とすることを特徴とする、請求項6または請求項7に記載のアルミニウム合金板の製造方法。
【請求項9】
表面に形成される酸化物の粗大な凝集部の数を、100μm2の領域において10個以下とすることを特徴とする、請求項6~請求項8のいずれか一項に記載のアルミニウム合金板の製造方法。
【請求項10】
Al、Mg、Oと共に特定の結晶構造を有する酸化物を形成する元素を0.05質量%以上1.5質量%以下含むことを特徴とする請求項6~請求項9のいずれか一項に記載のアルミニウム合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金板とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、その軽量さやリサイクル面で有利であることから、輸送機器や飲料缶など様々な用途でアルミニウム合金が用いられている。それらの用途にはMgを含んだアルミニウム合金が多く用いられているが、Mgを添加することで材料製造時、表面にMgOやMgAl2O4を始めとする結晶性の酸化物が生成し、表面処理性や接合性の低下などの不具合を生じさせる。
従来、アルミニウムにMgを添加した材料の酸化皮膜に対し、アルカリ洗浄と硫酸による洗浄を行うことにより、酸化皮膜全体を除去することでMgの影響を抑える技術が採用されている。
【0003】
例えば、以下の特許文献1には、アルミニウム合金における化成処理の前処理方法として、溶剤洗浄またはアルカリ洗浄を行った後に、硫酸酸性液または弗素イオンを含む硫酸酸性液からなる処理液で表面処理する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Mgを添加したアルミニウム合金は、材料作製工程で表面にMgOが生成するため、例えば絞り加工では表面に傷が発生し、表面処理ではMgOが成長している部分で処理ムラが発生し、接合では接合不良が生じる等といった種々の問題を生じている。
材料作製時に表面に生成したMgOを始めとした結晶性の酸化物の除去方法は従来から存在しているが、そもそも、それら結晶性の酸化物を生成させないか、生成量を制御することが出来れば、加工工程の簡略化や製品の表面品質の向上が期待できる。
【0006】
本願発明は、上述の事情に鑑みなされたもので、Mgを含んだアルミニウム合金の表面にMgOが形成されるメカニズムを明らかとし、従来製造上の問題点の1つであったMgOの形成を抑制する方法を見出すことにより、本願発明に到達した。
本願発明は、MgOがアルミニウム合金の表面に形成される理由に鑑み、材料作製時にAl2O3を主体とする初期の自然酸化皮膜へ拡散するAl母材中からのMg量を調整する。更に、拡散したMgを含む酸化皮膜が結晶化する温度を制御することで、表面におけるMgOの生成を抑制したアルミニウム合金板とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明のアルミニウム合金板は、0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含むアルミニウム合金板であって、表面に形成されたスピネルの面積率が、表層面方向の観察において、2500μm2の領域で10%以内であり、表面のMg濃度が、20質量%以下であることを特徴とする。
(2)本発明のアルミニウム合金板において、表面の酸化皮膜厚さが40nm以下であることが好ましい。
【0008】
(3)本発明のアルミニウム合金板において、最表面における平均結晶粒径が円相当径で50μm以上であり、板幅方向に垂直な断面における結晶粒の平均のアスペクト比が平均1.5以上であることが好ましい。
(4)本発明のアルミニウム合金板において、表面に形成された酸化物の粗大な凝集部の数が、100μm2の領域において10個以下であることが好ましい。
(5)本発明のアルミニウム合金板において、Al、Mg、Oと共に特定の結晶構造を有する酸化物を形成する元素を0.05質量%以上1.5質量%以下含むことが好ましい。
【0009】
(6)本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法は、0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含有し、熱間圧延と冷間圧延によって板状に加工され、均質化熱処理と焼鈍処理が施されて製造されるアルミニウム合金板の製造方法であって、均質化熱処理と焼鈍処理の加熱条件と熱間圧延の条件を制御し、表面に形成されるスピネルの面積率を表層面方向の観察において、2500μm2の領域で10%以内に、表面のMg濃度を20質量%以下に調整することを特徴とする。
(7)本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法において、表面の酸化皮膜厚さを40nm以下に調整することが好ましい。
【0010】
(8)本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法において、最表面における平均結晶粒径を円相当径で50μm以上とし、板幅方向に垂直な断面における結晶粒の平均のアスペクト比を平均1.5以上とすることが好ましい。
(9)本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法において、表面に形成される酸化物の粗大な凝集部の数を、100μm2の領域において10個以下とすることが好ましい。
(10)本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法において、Al、Mg、Oと共に特定の結晶構造を有する酸化物を形成する元素を0.05質量%以上1.5質量%以下含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、表層においてMgO生成を抑制したアルミニウム合金板であり、表面品質の優れたアルミニウム合金板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係るアルミニウム合金板の結晶粒を示す概念図である。
【
図2】アルミニウム合金板において最表面に生成した酸化皮膜の一例を示す部分断面図である。
【
図3】アルミニウム合金板の表面にMgOが生成した状態を示す拡大断面図である。
【
図4】実施例に係るアルミニウム合金板の表面組織の一例を示す組織写真であり、(A)はスピネルを生成したアルミニウム合金板の表面を示す組織写真、(B)は(A)に示す表面の一部を拡大した拡大写真である。
【
図5】実施例の表面処理性評価に用いた試料の例を示すもので、(A)は良好な表面性状を示す試料の表面写真、(B)は異常な表面性状を示す試料の表面写真である。
【
図6】400℃熱処理後のアルミニウム合金板における表面分析結果を示すグラフである。
【
図7】450℃熱処理後のアルミニウム合金板における表面分析結果を示すグラフである。
【
図8】アルミニウム合金板表面に形成されているMgOを示す組織写真である。
【
図9】アルミニウム合金板の表面においてMgAl
2O
4とMgOが生成した部分の断面を示す写真である。
【
図10】
図9に示すMgAl
2O
4とMgOが生成した部分の分析結果を示すグラフ。
【
図11】アルミニウム合金板の表面においてMgAl
2O
4とMgOが生成した部分から離間した分析位置を示す断面写真である。
【
図12】
図11に示す分析位置の分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面に基づき、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合がある。
【0014】
第1実施形態に係るアルミニウム合金板11は、一例として、Mgを0.05質量%以上2.5質量%以下含有し、残部Al及び不可避不純物からなる組成のアルミニウム合金からなる。ここで用いるアルミニウム合金は、Mg以外の組成について特に限定されるものではなく、必要な添加元素を更に含有していても良い。
よって、例えば、JIS規定の一般的なアルミニウム合金で言及すると、1000系のアルミニウム合金~8000系のアルミニウム合金までいずれの組成系であっても、上述の範囲のMgを含むアルミニウム合金について広く適用することができる。
【0015】
図1は第1実施形態のアルミニウム合金板に係る金属組織の一例を示す部分拡大図であり、この形態のアルミニウム合金板11は、一例として上述の組成のアルミニウム合金鋳塊から熱間圧延と冷間圧延を経て得られた帯状の板材である。
図1は、帯状のアルミニウム合金板11において、板幅方向に垂直な断面の一部を拡大して示す。
図1において、アルミニウム合金板11の板厚方向はZ方向と平行な方向(上下方向)であり、アルミニウム合金板11の長手方向はY方向と平行な方向(左右方向)であり、アルミニウム合金板11の幅方向はX方向と平行な方向(
図1の紙面に垂直な方向)である。
【0016】
アルミニウム合金板11は多結晶体であり、アルミニウム合金板11を構成する複数の結晶粒11aは、板厚方向の平均長さをaと仮定し、長手方向(圧延方向)の平均長さをbとするとアスペクト比b/aが1.5以上である。
即ち、複数の結晶粒11aは概ね
図1に示すように板厚方向よりも長さ方向に若干長い形状を有する。
また、アルミニウム合金板11の内部の結晶粒のアスペクト比を大きくすることで、Mgの拡散経路が長くなり最表面へのMgの拡散を抑制できる。
一方で、アスペクト比が過剰に大きいと材料加工時に表面不良が生じる。
従ってアスペクト比については、1.5以上4.0以下程度が好ましく、1.7以上3.7以下程度がより好ましい。
【0017】
アルミニウム合金板11を構成するアルミニウム合金において、Al、Mg、Oと共に特定の結晶構造を有する酸化物を形成する元素は、Mgと同様に熱処理により酸化皮膜に濃化する。そして、これらの元素は酸化皮膜のMgが存在し得る箇所に入り込むことで、過剰なMgの拡散を抑制しMgOの形成を減少させることが出来る。これらの元素は、例えばMgAl2O4型構造を形成するCr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Mnなどが挙げられる。
従って、アルミニウム合金板11を構成するアルミニウム合金には、他の添加元素として、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Mnなどから選択される一種または2種以上の元素を所望の範囲、含有していても良い。
これら元素の中で、Cr、Ni、Coについては、1種または2種以上を0.05~0.5質量%程度含有することができ、Feについては、0.5~1.0質量%程度、Cuについては、0.05~1.0質量%程度、Zn、Mnについては1種または2種を0.05~1.5質量%程度含有できる。各元素でAlに添加できる上限などが異なるので上限値に関し、前述のように元素ごとに異なる。
【0018】
上述のアルミニウム合金板11は、
図2に示すように、表面、例えば上面に酸化皮膜11Aを有する。また、アルミニウム合金板11を400℃以上などのスピネル結晶化温度以上の温度に加熱した場合、
図3に例示するように、酸化皮膜11Aの一部に化学式MgAl
2O
4で示されるスピネル11Bが生成される。そしてこのスピネル11Bの生成領域にアルミニウム合金板11の内部側からMgが供給されると、スピネル11Bの領域の上側であって、酸化皮膜11Aの表面側にMgOからなる析出部11Dが生成する。そのため、スピネルの生成を制御することで、MgOの生成を抑制することに繋がる。
本実施形態のアルミニウム合金板11では、300~500℃に加熱する熱処理を1時間~数時間受けたとして、アルミニウム合金板11の表面において、MgAl
2O
4が生成する領域が2500μm
2の領域で10%以下であることが望ましい。
【0019】
アルミニウム合金板11の表面に生成する酸化皮膜11AはAlとOを主体としているアモルファスで、特定の結晶構造を持たないものの、ある程度の秩序を持って結合しており、他の元素が侵入し得る空孔が多く存在している。従って、熱力学的に安定する場合には、酸化皮膜中に他の元素が固溶する。そのためアルミニウム合金板11を製造するために行う熱処理中において、酸化皮膜11Aに他の元素が拡散し、他の元素が酸化皮膜中に濃化することがある。その際、過剰にMgが濃化すると、酸化皮膜11Aが結晶化し、スピネル11Bを生成した後に、MgOの析出部11Dを生成し、表面品質を悪化させる。
従って、焼鈍後のアルミニウム表面のMg濃度が20wt%以下であることが望ましく、さらにアルミニウム表面に存在する析出部11Dの数が、100μm2の領域において10個以下であることが望ましい。
【0020】
酸化皮膜(Al2O3)は、材料作製工程中の熱処理により成長し、上述のように酸化皮膜11Aが結晶化することで表面品質を低下させる。酸化皮膜11Aの厚さが増大すると皮膜の結晶化が生じるため酸化皮膜11Aの厚さを管理することで良好な表面品質の材料が得られる。酸化皮膜11Aの厚さを40nm以下とすることが望ましい。
【0021】
アルミニウム合金板11において、結晶粒界を介するMgの拡散は、結晶粒の内部を通過する拡散よりも早いため、結晶粒径が過剰に細かいと酸化皮膜11AへのMgの供給が増加し、酸化皮膜11Aの結晶化が促進される。従って、結晶粒径が大きいほど表面におけるMgOの少ないアルミニウム合金板11が得られる。
【0022】
図4(A)は、Al-10Si-0.5Mgの組成を有するアルミニウム合金からなるアルミニウム合金板に対し、ESEM(環境制御型走査電子顕微鏡)によりサンプルを600℃まで徐々に昇温させる熱処理を施しながら逐次表面を観察した結果の一部を示す組織写真である。
Mgを含むアルミニウム合金板は、その酸化皮膜中に過剰なMgが存在している場合、かつ酸化皮膜が結晶化する温度を超えて加熱されると、
図4(A)に示すように表面に微細な白点として観察可能なスピネルが多数生成する。このアルミニウム合金板の表面を更に拡大観察すると
図4(B)に示す組織写真に示すように結晶化した部分が複数集合した凝集部の存在が認められる。
【0023】
凝集部は結晶化したMgAl2O4やMgOなどが多量に存在している領域である。これらの結晶化したMgAl2O4やMgOは、アルミニウム合金板の表面処理を行う場合にエッチングの不均一性を招く。他に、アルミニウム合金板を加工する場合、生成した硬い結晶が擦れることにより表面に傷が生じ、加工後のアルミニウム合金板の表面品質を低下させるおそれがある。
【0024】
上述のアルミニウム合金板11を得る場合、上述した目的組成のアルミニウム合金溶湯から、鋳造により得た鋳塊に対し、均質化処理を施すことが好ましい。
アルミニウム合金製造時の一般的な均質化処理は300℃~600℃の温度範囲で行われる。アルミニウム合金に対し高温で熱処理を行うと、酸化皮膜中にMgOが濃化し、かつ酸化皮膜が結晶化してしまい、MgOの生成が促進される。また、低温で熱処理を行うと、アルミニウム合金内部において化合物が微細に析出し、再結晶粒が微細となる結果、粒界を介するMgの表面への拡散が促進される。そのため、本実施形態においてアルミニウム合金の均質化処理は、400℃~500℃の温度範囲で実施することが望ましい。
【0025】
均質化処理後の鋳塊は均熱化処理を施した後に、熱間圧延により所定の板厚、例えば5mm程度まで高温で圧延される。熱間圧延の際、400℃以上の温度で圧延される時間が長くなると、酸化皮膜中にMgOが濃化し、かつ酸化皮膜が結晶化してしまい、MgOの生成が促進される。従って、熱間圧延時に400℃以上の温度で圧延される時間は短時間で行われることが望ましい。そのため、本実施形態において、400℃以上で行われる熱間圧延の時間は20分以下であることが望ましい。また、熱間圧延の仕上がり温度が低温であると、再結晶粒が微細となる結果、粒界を介するMgの表面への拡散が促進される。従って、熱間圧延の仕上がり温度は、250℃以上であることが望ましい。熱間圧延後のアルミニウム板材は冷間圧延を行った後、焼鈍を施す。冷間圧延にて目的の板厚、例えば、板厚1.0mm程度まで圧延することでアルミニウム合金板11を得ることができる。
焼鈍では、均質化処理と同様にMgが酸化皮膜へ拡散し、酸化皮膜が結晶化することでMgOの生成が促進される。従って、焼鈍時の加熱条件はMgの拡散を抑えつつ、酸化皮膜の結晶化温度以下で行うのが望ましい。そのため焼鈍の条件は、200~450℃、1~12時間の範囲を選択できるが、可能な限り低温で短時間の焼鈍条件を選択することが望ましい。
ただし、400℃を超えた温度で熱処理し、かつMgの添加量が多い場合、MgOが生成するので、MgOの生成から鑑みると、なるべく400℃以上の温度で熱処理しない方が有利ではある。ただし、均質化熱処理を低温で実施すると、再結晶温度が高温化し、焼鈍の温度を400℃以上とする必要がある。
【0026】
以上説明の製造方法により得られたアルミニウム合金板11は、0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含むアルミニウム合金板であって、表面に形成されたスピネルの面積率が、表層面方向の観察において、2500μm2の領域で10%以内であり、表面のMg濃度が、20質量%以下のアルミニウム合金板である。
このアルミニウム合金板11は、酸化皮膜11Aの厚さが40nm以下であることが好ましい。このアルミニウム合金板11は、最表面における平均結晶粒径が円相当径で50μm以上であり、板幅方向に垂直な断面における結晶粒の平均のアスペクト比が平均1.5以上であることが好ましい。また、アルミニウム合金板11において、Al、Mg、Oと共に特定の結晶構造を有する酸化物を形成する元素を0.05質量%以上1.5質量%以下含むことができる。
【0027】
上述のアルミニウム合金板11であれば、表面に存在するスピネルの面積率を低く抑え、表面におけるMg濃度を低く抑えているので、表層においてMgOを抑制した表面品質の良好なアルミニウム合金板を提供できる。
表面品質の良好なアルミニウム合金板であれば、ろう付などの手段で接合する場合の接合性に優れる。また、缶材として利用する場合の加工時に表面荒れや傷の生成等を引き起こすおそれが少ないアルミニウム合金板を提供できる。また、エッチングなどの表面処理を行う場合、エッチングむらを生じることのない、表面処理性に優れたアルミニウム合金板を提供できる。
【実施例0028】
質量%でMgを0.05~2.5%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる以下の表1及び表2に示す各組成のAl-Mg系アルミニウム合金と、Mgを含み、更にZn、Mn、Cu、Cr、Fe、Co、Niから選択される一種の元素を0.05~1.5wt%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる以下の表1及び表2に示す各組成のAl-Mg系アルミニウム合金を鋳造した。
【0029】
得られた鋳造材について均質化処理を施すが、均質化処理は各試料について後述する表3に示すように250℃~500℃で実施した。
熱間圧延と冷間圧延によって、厚さ1.0mmまで圧延した後、焼鈍を行った。焼鈍では、均質化処理と同様にMgが酸化皮膜へ拡散し、酸化皮膜が結晶化することでMgOの生成が促進される。従って、熱処理はMgの拡散を抑えつつ、皮膜の結晶化温度以下で行うのが望ましい。そのため本実施例では、焼鈍条件を表3に示すように350~500℃、1~5時間の範囲で行った。焼鈍の昇温速度は、表3に示すように1℃/minか、100℃/minに設定した。
【0030】
以下の表1、表2に、実施例と比較例の試料No.と製造方法の種別(表3に示す製造条件A~I)と合金組成を表示するとともに、スピネルの面積率(%)、表面Mg濃度(質量%)、酸化皮膜厚さ(nm)、結晶粒径(μm)、アスペクト比、粗大な凝集部の個数(個)、表面処理性について測定した結果または評価結果を示す。
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
表1、表2に示す各試料のスピネルの面積率、粗大な凝集部の個数の評価基準は以下の通りとした。
[スピネルの面積率、凝集部の数]
最終焼鈍後の板材を、FE-SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)にて表層面方向から観察を行い、スピネル化の面積率の測定を行った。測定画像の例を
図4(A)に示すが、表面で結晶化したスピネル及びMgOが多量に存在する領域では白色の領域となる。この白色領域の面積率をスピネルの面積率として評価した。なお、スピネルの面積率を測定する場合、材料によっては測定しづらい場合がある。その場合、焼鈍前に板材表面をミクロトームのダイヤモンドナイフで数μm程度切削し、鏡面とすることでスピネルの面積を正しく測定することができる。
また、白色領域の中に存在する結晶化したMgAl
2O
4やMgO等が円相当径で0.05μm以上に凝集している粒子を粗大な凝集部と判断して計測し、上述の走査型電子顕微鏡観察画像において、100μm
2の領域(10μm×10μm)における粗大な凝集部の個数で評価した。
【0035】
表1、表2に示す結晶粒径の測定とアスペクト比の測定は以下の通りとした。
[結晶粒径とアスペクト比の測定]
各試料の圧延方向に対して平行部断面を鏡面研磨した後、バーカー氏液で陽極酸化し、光学顕微鏡にて結晶粒観察を行い、断面の結晶粒径を切断法により求めた。上述の手法で圧延方向の平均結晶粒長(b)と板厚方向の平均結晶粒長(a)を求め、圧延方向の平均結晶粒長を板厚方向の平均結晶粒長で除することで結晶粒のアスペクト比を求めた。
【0036】
表1、表2に示す表面Mg濃度と酸化皮膜の厚さは、以下の条件で測定した。
[表面Mg濃度と酸化皮膜厚さの測定]
焼鈍後の材料をX線光電分光法(XPS)にて材料表面から深さ方向にスパッタリングを行いながら元素分析を行い、デプスプロファイルを取得した。深さ方向の測定間隔はSiO2換算で4.7nmで、300nm深さまで測定した。表面Mg濃度は、測定開始直後の第一層目、すなわち最表面のMg濃度とした。酸化皮膜厚さは、酸素の検出量が最表面の値に対して半分の値になるまでの深さと規定した。
【0037】
表面処理性の評価基準は以下の通りとした。
[表面処理性の評価]
焼鈍後のアルミニウム合金板を質量パーセント濃度で10%のNaOH水溶液に15秒浸漬し、表面のエッチングを行った。エッチング後のアルミニウム合金板表面を光学顕微鏡にて観察し、表層にエッチングのムラが無く良好な表面性状である試料を◎、極微小のエッチングのムラが見られるものの総じて良好な表面性状の試料を〇、明らかなエッチングのムラが見られるものを×として評価した。
【0038】
表1、表2に示すように、0.05質量%以上2.5質量%以下のMgを含むアルミニウム合金板であり、400~500℃で均質化処理し、熱間圧延時の400℃以上での圧延時間が20分以下、熱間仕上がり温度が250℃、焼鈍温度が350~450℃の範囲で行われた実施例1~30は、スピネルの面積率が10%以下であり、表面Mg濃度が20質量%以下のアルミニウム合金板であった。また、実施例1~30のうち、酸化皮膜厚さが40nmを超える厚さである、実施例9、10、11、14、16、17、19、21、23~30は、表面処理性が○であった。実施例1~30のうち、実施例7を除く実施例1~6、8~30のアルミニウム合金板は、平均結晶粒径50μm以上の大きな結晶粒であり、アスペクト比が1.5以上であった。また、実施例1~7、9、10、12~15、17~22は、凝集部の数も少ない。
実施例16~30は、Mgに加え、Zn、Mn、Cu、Fe、Ni、Cr、Coのいずれかを含有させた試料であるが、これらの試料は、スピネルの面積率が2~10%であり、表面Mg濃度が7~18質量%、アスペクト比2.4~4.0のアルミニウム合金板であった。
【0039】
実施例の中でも、実施例7は結晶粒径が若干小さく、アスペクト比が小さいため、実施例8は凝集部の個数が多いため、実施例9、10、14、17、19、21は酸化皮膜厚さが若干厚いため、表面処理性は○であった。
実施例11、16、23~30は酸化皮膜厚さが若干厚く、凝集部個数も若干多いため、表面処理性は○であった。
比較例1は、均質化処理温度が低温で、熱間圧延時に400℃以上で圧延される時間が長くなった試料であるが、実施例に比べてスピネルの面積率が大きく、表面Mg濃度が高く、酸化皮膜が厚くなった。
比較例2は、熱間圧延時に400℃以上で圧延される時間が長くなり、焼鈍温度が高温となった試料であるが、スピネルの面積率が大きく、表面Mg濃度が高く、酸化皮膜が厚く、粗大な凝集部の個数が多いため、表面処理性が劣る結果となった。
比較例3は、熱間圧延時に400℃以上で圧延される時間が長くなり、スピネルの面積率が大きく、表面Mg濃度が高いため、表面処理性が劣る結果となった。
比較例4、5、6は、Mg含有量が多い試料であるが、スピネルの面積率が大きく、表面Mg濃度が高く、酸化皮膜が厚く、粗大な凝集部の個数も多いため、表面処理性が劣る結果となった。
比較例7は、焼鈍温度が高温で、スピネルの面積率が大きく、表面Mg濃度が高く、酸化皮膜が厚く、粗大な凝集部の個数が多いため、表面処理性が劣る結果となった。
【0040】
次に、本発明者がスピネルに対しMgの過剰供給がなされてMgOが生成すると推定した理由について説明する。
Mgを0.5wt%含有したアルミニウム合金板を400℃×3時間熱処理した場合と、450℃×3時間熱処理した場合の試料について、各々の表面部分のX線光電子分光法(XPS)による元素分析を行った結果を
図6、
図7に示す。
図6に示す分析結果が示すように、400℃熱処理試料では表面領域に特に元素の濃縮は見られないが、
図7に示す分析結果では、Mgが表面に濃化し、表面において酸素濃度が高いことも分かる。
図7に示す分析結果から、450℃熱処理試料では、表面にMgとOが多量に存在していると考えられる。
【0041】
次に
図8は、先に
図4に示したアルミニウム合金板の表面においてスピネルと想定される白点部分とその周囲についてエリア分析を行った場合の位置を示す。
図8において符号1で示す領域は、O:55.0、Mg40.4、Al:4.7の比率で元素が存在することが分かった。
図8において符号2で示す領域は、O:56.6、Mg39.2、Al:4.2の比率で元素が存在することが分かった。
図8において符号3で示す領域は、O:58.2、Mg32.1、Al:9.7の比率で元素が存在することが分かった。
図8において符号4で示す領域は、O:61.7、Mg12.2、Al:26.1の比率で元素が存在することが分かった。
【0042】
この結果から、白点部分はMgが多く、Alが少ないこと、灰色部(非白点部)はAlとMgが同程度存在していることが分かった。この結果に鑑み、白点部分はMgOが形成されている領域であると考察できる。
【0043】
図9は、先に
図4に示したアルミニウム合金板の表面においてスピネルと想定される白点部分の1つを断面としたFE-SEM像である。
図9において上下に(試料の厚さ方向に)延在する実線に沿ってライン分析した結果を
図10に示す。
図10に示すライン分析結果から、組成式MgAl
2O
4で示されるスピネルの表面部分にMgOが生成していると推定できる。
【0044】
図11はスピネルと想定される白点部分から離れた部分について上下に(試料の厚さ方向に)延在するラインに沿った分析位置を示すFE-SEM像である。
図11において上下に延在する実線に沿ってライン分析した結果を
図12に示す。
図12に示すライン分析結果から、組成式MgAl
2Oで示される酸化皮膜の存在のみ確認できた。
【0045】
以上の試験結果から、本願発明者は、組成式MgAl2O4で示されるスピネルに更に母材側からMgが拡散により過剰供給されると、スピネルの表面部分にMgOが生成すると推測した。
以上の考察結果に基づき、本願発明者は、上述のアルミニウム合金板11の表面状態について考察し、スピネルの面積率規定、表面のMg濃度規定について有効であると判断し、本発明で上述の如く規定した。
【0046】
上述の実施例と比較例の結果が示すように、スピネル化の可否は主に熱処理温度と添加されているMg量の2つによって決まる。
図6に使用している材料のMg量は0.5%であり、本願で規定する望ましいMg量の範囲では少ないMg量となる。添加するMg量が多い(例えば比較例1の3%Mg)では、400℃の均質化処理温度でも一部スピネルを形成してしまう可能性がある。また、均質化熱処理温度が高いと、圧延前の段階からある程度のスピネル粒子が生成してしまうので、均質化温度が高温になると粗大な凝集部が増加する傾向となる。このような関係であることを表1、表2に示した実施例と比較例の結果から把握することができる。