(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146262
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】オーステナイト系表面改質金属部材及びオーステナイト系表面改質金属部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 12/00 20060101AFI20231004BHJP
C23C 8/22 20060101ALI20231004BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20231004BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20231004BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
C23C12/00
C23C8/22
C22C38/00 302Z
C22C38/44
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053359
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000111845
【氏名又は名称】パーカー熱処理工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【弁理士】
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100144451
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 博子
(74)【代理人】
【識別番号】100107537
【弁理士】
【氏名又は名称】磯貝 克臣
(72)【発明者】
【氏名】平岡 泰
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA01
4K028AB01
4K028AC03
4K028AC07
4K028AC08
(57)【要約】
【課題】 十分な厚みのM23C6型炭化物層を有するオーステナイト系表面改質金属部材を提供すること。
【解決手段】 本発明は、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属が母材であって、表層部に単層のM23C6型炭化物層を備え、前記M23C6型炭化物層の厚みが、20μm~60μmの範囲内であることを特徴とするオーステナイト系表面改質金属部材である。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属が母材であって、
表層部に単層のM23C6型炭化物層を備え、
前記M23C6型炭化物層の厚みが、20μm~60μmの範囲内である
ことを特徴とするオーステナイト系表面改質金属部材。
【請求項2】
前記M23C6型炭化物層の表面側の硬さが、室温状態において、1600HV以上である
ことを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系表面改質金属部材。
【請求項3】
当該オーステナイト系表面改質金属部材に含まれる炭素濃度が、0重量%~0.6重量%である
ことを特徴とする請求項1または2に記載のオーステナイト系表面改質金属部材。
【請求項4】
オーステナイト系表面改質金属部材を製造する方法であって、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程と、
前記減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と前記減圧保持工程後の前記オーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を前記表層部に形成する減圧浸炭処理工程と、
前記減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を、金属クロム粉末を含む粉末中に存在させた状態で加熱保持して、前記減圧浸炭処理工程後の前記オーステナイト系金属にクロムを更に浸透させ、当該浸透させたクロムを前記クロム炭化物分散層内の炭素と化合させてM23C6型炭化物層を形成するクロマイズ処理工程と、
を備え、
前記減圧浸炭処理工程において、前記炭素は、炭化水素ガスとして供給され、
前記減圧浸炭処理工程の圧力は、500Pa~2000Paの範囲内であり、
前記減圧浸炭処理工程の温度は、1000℃以上であり、
前記減圧浸炭処理工程後の前記クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が、5.0重量%を超えている
ことを特徴とする方法。
【請求項5】
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属の表層部に、クロムと炭素とが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を形成する方法であって、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程と、
前記減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と前記減圧保持工程後の前記オーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を前記表層部に形成する減圧浸炭処理工程と、
を備え、
前記減圧浸炭処理工程において、前記炭素は、炭化水素ガスとして供給され、
前記減圧浸炭処理工程の圧力は、500Pa~2000Paの範囲内であり、
前記減圧浸炭処理工程の温度は、1000℃以上であり、
前記減圧浸炭処理工程後の前記クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が、5.0重量%を超えている
ことを特徴とする方法。
【請求項6】
前記減圧浸炭処理工程の圧力は、532Pa~1330Paの範囲内である
ことを特徴とする請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記減圧浸炭処理工程の温度は、1060℃~1120℃の範囲内である
ことを特徴とする請求項4乃至6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記炭化水素ガスは、プロパンまたはアセチレンである
ことを特徴とする請求項4乃至7のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系表面改質金属部材、及び、オーステナイト系表面改質金属部材の製造方法、に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、オーステナイト系ステンレス鋼(耐熱性が良好である)の耐摩耗性を向上させる方法として、クロマイズ処理(クロマイジング処理とも言う)が知られている。当該クロマイズ処理は、ステンレス鋼の表層部にクロムを拡散浸透させることで、当該表層部にクロム炭化物層を形成させる処理である。クロム炭化物層は、耐摩耗性を向上させる。
【0003】
クロム炭化物層の厚みは、ステンレス鋼中の炭素量に依存する。このため、低炭素材であるオーステナイト系ステンレス鋼にクロマイズ処理を実施すると、クロム炭化物層は数μmしか形成されず、内層はクロム固溶体層のままで、全体として二層構造となる。
【0004】
クロム炭化物層を5μm以上形成させる方法として、クロマイズ処理の前にオーステナイト系ステンレス鋼の表面に加炭する技術が提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
この技術によれば、まず、フッ素系ガスが用いられて、浸炭を阻害するオーステナイト系ステンレス鋼の表面の不動態被膜が除去される。その後、低温で長時間の浸炭処理が行われ、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に炭素固溶層(クロム炭化物は存在しない)が形成される。そして、クロマイズ処理が行われ、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部にクロム炭化物層が形成される。
【0006】
しかしながら、当該技術によれば、フッ素系ガスの使用が必要であるため、設備やコストの面で実施に制約があった。また、用途によっては、クロム炭化物層の厚み(厚さ)が依然として十分とは言えなかった。
【0007】
特許文献2は、母材であるオーステナイト系金属の表層部に単層のCr23C6型クロム炭化物層を有するオーステナイト系表面改質金属部材の製造方法を提案している。
【0008】
当該方法は、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程と、
前記減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と前記減圧保持工程後の前記オーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を前記表層部に形成する減圧浸炭処理工程と、
前記減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を、金属クロム粉末を含む粉末中に存在させた状態で加熱保持して、前記減圧浸炭処理工程後の前記オーステナイト系金属にクロムを更に浸透させ、当該浸透させたクロムを前記クロム炭化物分散層内の炭素と化合させてクロム炭化物層を形成するクロマイズ処理工程と、
を備えている。
【0009】
また、当該方法では、減圧保持工程の圧力は、0.1Pa~2000(2k)Paの範囲内であり、減圧保持工程の温度は、1000℃~1100℃の範囲内であり、減圧浸炭処理工程において、炭素は炭化水素ガス(例えばアセチレン)として供給され、減圧浸炭処理工程の圧力は、500(0.5k)Pa~2000(2k)Paの範囲内であり、減圧浸炭処理工程の温度は、900℃~1050℃の範囲内であり(特許文献2の段落0032参照、但し実施例としては950℃(特許文献2の
図6)の開示のみ)、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は、3~5重量%の範囲内が好ましいとされている(特許文献2の段落0033参照)。
【0010】
そして、当該方法により、18.1μmの厚みを持つCr23C6型クロム炭化物層が得られるとされている(正確には、炭化物層内には鉄(Fe)も存在するため、Cr及びFeを金属成分MとするM23C6型炭化物層が得られると考えられる)(特許文献2の段落0052~0054参照)。
【0011】
ここで、特許文献2によれば、当該方法によって、10~50μmの厚みを持つCr23C6型クロム炭化物層(M23C6型炭化物層)が得られるとの開示があるが(特許文献1の請求項1)、本件発明者による追実験の結果、当該方法で得られるCr23C6型クロム炭化物層(M23C6型炭化物層)の厚みは、18μm程度が上限であった。
【0012】
その他、更に硬質な炭化物層として、Cr7C3単独層、もしくは、Cr7C3とCr23C6との混合層、を形成する方法も知られている(特許文献3)。
【0013】
当該方法は、プラズマ浸炭処理によって浸炭層が形成された低炭素金属材料製基材を、850℃以上に保持されたクロムを含む溶融塩浴中に浸漬し、低炭素金属材料製基材の表層に厚み1~30μmのクロム炭化物層を形成するという方法である。当該方法によって得られるCr7C3主体のクロム炭化物層は、M23C6型炭化物よりも硬い。
【0014】
しかしながら、当該方法は、溶融塩を用いる必要があるため、廃液が発生するという環境上の問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2004-339562号公報
【特許文献2】特開2014- 70269号公報
【特許文献3】特開2002-285319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本件発明者は、各種の実験及び検討に基づいて、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属に対して減圧保持工程を実施した後、1000℃以上の温度(上限温度は炉の耐熱性能に依存するが、通常は1120℃程度である)で減圧浸炭処理工程を実施することで、当該減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度を5.0%超のレベルに高めることができることを知見した。
【0017】
そして、そのように高い表面炭素濃度を有するクロム炭化物分散層は、厚みも十分に厚く形成されていて、その後のクロマイズ処理工程で十分な厚みのM23C6型炭化物層を形成できることを知見した。
【0018】
本発明は、以上の知見に基づいて創案されたものである。本発明の目的は、十分な厚みのM23C6型炭化物層を有するオーステナイト系表面改質金属部材を提供することである。また、当該オーステナイト系表面改質金属部材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属が母材であって、表層部に単層のM23C6型炭化物層を備え、前記M23C6型炭化物層の厚みが、20μm~60μmの範囲内であることを特徴とするオーステナイト系表面改質金属部材である。
【0020】
本発明によれば、表層部のM23C6型炭化物層の厚みが20μm~60μmであるため、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。なお、本発明のオーステナイト系表面改質金属部材は、後述する新規な方法によって初めて製造されたものである。ここで、「単層」とは、複層ではない(断面において複層が視認されない)ことを意味しいる。また、M23C6型炭化物層の「相」については、M23C6型炭化物が主である一方で、不純物の混在を排除するものではない。不純物としては、例えば他の炭化物(セメンタイトやM7C3型炭化物)や窒化物等の混在が考えられる。
【0021】
好ましくは、前記M23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態において、1600HV以上である。
【0022】
このように高い硬度を有することにより、当該オーステナイト系表面改質金属部材を様々な用途に利用することができる。
【0023】
また、好ましくは、当該オーステナイト系表面改質金属部材に含まれる炭素濃度は、0重量%~0.6重量%である。
【0024】
このように全体的には低い炭素濃度であっても、M23C6型炭化物層の厚みが20μm~60μmであるため、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。
【0025】
また、本発明は、
前述の特徴を有するオーステナイト系表面改質金属部材を製造する方法であって、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程と、
前記減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と前記減圧保持工程後の前記オーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を前記表層部に形成する減圧浸炭処理工程と、
前記減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を、金属クロム粉末を含む粉末中に存在させた状態で加熱保持して、前記減圧浸炭処理工程後の前記オーステナイト系金属にクロムを更に浸透させ、当該浸透させたクロムを前記クロム炭化物分散層内の炭素と化合させてM23C6型炭化物層を形成するクロマイズ処理工程と、
を備え、
前記減圧浸炭処理工程において、前記炭素は、炭化水素ガスとして供給され、
前記減圧浸炭処理工程の圧力は、500Pa~2000Paの範囲内であり、
前記減圧浸炭処理工程の温度は、1000℃以上であり、
前記減圧浸炭処理工程後の前記クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が、5.0重量%を超えている
ことを特徴とする方法である。
【0026】
本発明によれば、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属に対して減圧保持工程を実施した後、1000℃以上の温度で減圧浸炭処理工程を実施することで、当該減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度を5.0超にまで高めることができる。そして、そのように高い表面炭素濃度を有するクロム炭化物分散層は、厚みも十分に厚く形成されていて、その後のクロマイズ処理工程で十分な厚みの単層のM23C6型炭化物層を形成できる。単層のM23C6型炭化物層の厚みが十分であるオーステナイト系表面改質金属部材は、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。
【0027】
また、本発明は、製造されるオーステナイト系表面改質金属部材の特徴に関する限定(
検証)から解放された態様でも規定され得る。すなわち、本発明は、
オーステナイト系表面改質金属部材を製造する方法であって、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程と、
前記減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と前記減圧保持工程後の前記オーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を前記表層部に形成する減圧浸炭処理工程と、
前記減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を、金属クロム粉末を含む粉末中に存在させた状態で加熱保持して、前記減圧浸炭処理工程後の前記オーステナイト系金属にクロムを更に浸透させ、当該浸透させたクロムを前記クロム炭化物分散層内の炭素と化合させてM23C6型炭化物層を形成するクロマイズ処理工程と、
を備え、
前記減圧浸炭処理工程において、前記炭素は、炭化水素ガスとして供給され、
前記減圧浸炭処理工程の圧力は、500Pa~2000Paの範囲内であり、
前記減圧浸炭処理工程の温度は、1000℃以上であり、
前記減圧浸炭処理工程後の前記クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が、5.0重量%を超えている
ことを特徴とする方法である。
【0028】
本発明においても、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属に対して減圧保持工程を実施した後、1000℃以上の温度で減圧浸炭処理工程を実施することで、当該減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度を5.0超にまで高めることができる。そして、そのように高い表面炭素濃度を有するクロム炭化物分散層は、厚みも十分に厚く形成されていて、その後のクロマイズ処理工程で十分な厚みの単層のM23C6型炭化物層を形成できる。単層のM23C6型炭化物層の厚みが十分であるオーステナイト系表面改質金属部材は、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。
【0029】
また、前述の方法の前半部分のみを発明として特定することもできる。すなわち、本発明は、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属の表層部に、クロムと炭素とが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を形成する方法であって、
鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程と、
前記減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と前記減圧保持工程後の前記オーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を前記表層部に形成する減圧浸炭処理工程と、
を備え、
前記減圧浸炭処理工程において、前記炭素は、炭化水素ガスとして供給され、
前記減圧浸炭処理工程の圧力は、500Pa~2000Paの範囲内であり、
前記減圧浸炭処理工程の温度は、1000℃以上であり、
前記減圧浸炭処理工程後の前記クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が、5.0重量%を超えている
ことを特徴とする方法である。
【0030】
当該方法によれば、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度を5.0%超にまで高めることができる。そして、そのように高い表面炭素濃度を有するクロム炭化物分散層は、厚みも十分に厚く形成されていて、その後にクロマイズ処理工程(当該工程自体は公知である)を実施することで、十分な厚みの単層のM23C6型炭化物層を形成できる。単層のM23C6型炭化物層の厚みが十分であるオーステナイト系表面改質金属部材は、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。
【0031】
以上の各方法発明において、好ましくは、前記減圧浸炭処理工程の圧力は、532Pa~1330Paの範囲内である。
【0032】
以上の各方法発明において、好ましくは、前記減圧浸炭処理工程の温度は、1060℃~1120℃の範囲内である。
【0033】
また、以上の各方法発明において、好ましくは、前記炭化水素ガスは、プロパンである。
【0034】
あるいは、以上の各方法発明において、好ましくは、前記炭化水素ガスは、アセチレンである。
【発明の効果】
【0035】
本発明のオーステナイト系表面改質金属部材によれば、表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが20μm~60μmであるため、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。本発明のオーステナイト系表面改質金属部材は、本発明による新規な方法によって初めて製造されたものである。
【0036】
本発明のオーステナイト系表面改質金属部材の製造方法によれば、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属に対して減圧保持工程を実施した後、1000℃以上の温度で減圧浸炭処理工程を実施することで、当該減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度を5.0超に高めることができる。そして、そのように高い表面炭素濃度を有するクロム炭化物分散層は、厚みも十分に厚く形成されていて、その後のクロマイズ処理工程で十分な厚みの単層のM23C6型炭化物層を形成できる。単層のM23C6型炭化物層の厚みが十分であるオーステナイト系表面改質金属部材は、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】本発明の一実施形態によるオーステナイト系表面改質金属部材の製造方法を示す概略フロー図である。
【
図2】
図1の減圧浸炭処理工程後の表層部の断面写真である。
【
図3】
図1のクロマイズ処理工程後の(本発明の一実施形態によるオーステナイト系表面改質金属部材の)表層部の断面写真である。
【
図4】
図1のクロマイズ処理工程後の(本発明の一実施形態によるオーステナイト系表面改質金属部材の)のXRD解析結果である。
【
図5】
図1のクロマイズ処理工程後の(本発明の一実施形態によるオーステナイト系表面改質金属部材の)のEDX元素分析結果である。
【
図6】本発明のオーステナイト系表面改質金属部材の実施例及び比較例の製造条件及び特性(各種測定値)を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0039】
(オーステナイト系金属)
まず、本発明が適用される母材であるオーステナイト系金属について説明する。
【0040】
オーステナイト系金属は、オーステナイト系ステンレス鋼、オーステナイト-フェライト2相系ステンレス鋼、オーステナイト系耐熱鋳鋼、等であり得る。炭素濃度は、0.08重量%以下であることが好ましい。特には、オーステナイト系ステンレス鋼を用いることが好ましい。
【0041】
オーステナイト系ステンレス鋼は、例えば、クロムを18重量%含有し、ニッケルを8重量%含有するSUS304が代表的である。それ以外に、モリブデンを2重量%含有するSUS316などがある。
【0042】
あるいは、SUS309、SUS310S等の、クロムを22重量%以上含有し、ニッケルを12重量%以上含有するオーステナイト系ステンレス鋼であってもよい。
【0043】
更には、ニッケルの含有量は約4~6重量%と少ないが、クロムを20重量%以上含有し、モリブデンや窒素などを含んだSUS329J1などのオーステナイト-フェライト2相系ステンレス鋼材であってもよい。
【0044】
オーステナイト系金属は、所定の製品形状に加工されたものを用いることができる。例えば、オーステナイト系金属は、鋳造によってニアネットシェープ製品に形成され、その後更に必要に応じて切削加工等によって所定の製品形状に加工されたものを用いることができる。あるいは、オーステナイト系金属は、圧延によって所定厚みの板状やブロック状に形成され、その後更に必要に応じて切削加工やプレス加工等によって所定の製品形状に加工されたものを用いることができる。あるいは、オーステナイト系金属は、圧延焼鈍材を更に熱間もしくは冷間で鍛造した鍛造品として形成されたものを用いることができる。あるいは、オーステナイト系金属は、金属粉末射出成型によって所定の製品形状に成型されたものを用いることができる。
【0045】
(製造方法)
図1は、本発明の一実施形態によるオーステナイト系表面改質金属部材の製造方法を示す概略フロー図である。
【0046】
図1に示すように、本実施形態のオーステナイト系表面改質金属部材を製造する方法は、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属を減圧雰囲気下で加熱保持する減圧保持工程(STEP10)を備えている。また、当該方法は、減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部に、プラズマが存在しない減圧雰囲気下で炭素を供給して、当該炭素と減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムとが化合することで形成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層を表層部に形成する減圧浸炭処理工程(STEP20)を備えている。更に、当該方法は、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を、金属クロム粉末を含む粉末中に存在させた状態で加熱保持して、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属にクロムを更に浸透させ、当該浸透させたクロムをクロム炭化物分散層内の炭素と化合させてM23C6型炭化物層を形成するクロマイズ処理工程(STEP40)を備えている。
【0047】
(減圧保持工程:STEP10)
本実施形態の減圧保持工程は、一般的な熱処理炉を用いて、ガス圧力0.1Pa~2kPaの範囲内で(減圧雰囲気下で)、且つ、温度1000℃~1100℃の範囲内で、例えば30分間程度、オーステナイト系金属を加熱保持する工程である。より好ましくは、ガス圧力0.1~400Paの範囲内で、且つ、温度1000℃~1100℃の範囲内であり得る。更に好ましくは、ガス圧力0.1~133Paの範囲内で、且つ、温度1050℃~1100℃の範囲内であり得る。
【0048】
減圧保持工程では、減圧雰囲気下でオーステナイト系金属を加熱保持することにより、浸炭を阻害するオーステナイト系金属表面の不動態被膜が除去され得る。
【0049】
(減圧浸炭処理工程:STEP20)
減圧保持工程の後、同じ熱処理炉を用いて連続的に、更に炉内が数Pa程度に減圧される(あるいは数Pa程度の減圧状態が更に維持される)。そして、当該数Pa程度の減圧状態が達成される(炭化水素ガス導入準備工程:STEP21)。
【0050】
このような炭化水素ガス導入準備工程(STEP21)に引き続いて、炭化水素ガス(プロパン、アセチレン等)が、500Pa~2000Pa(好ましくは532Pa~1330Paの範囲内)、例えば1050Pa、の炉内圧力となるように供給され、所定の時間保持される(炭化水素ガス導入工程:STEP22)。炉内の温度は、1000℃以上に維持される。なお、炉内にプラズマ状態は存在しない。
【0051】
そして、炭化水素ガス導入工程(STEP22)に引き続いて、炉内ガスが窒素ガスに置換され、例えば炭化水素ガス導入工程と同じ1050Paの減圧状態が維持された状態が、所定の時間継続される(拡散工程:STEP23)。炉内の温度も、炭化水素ガス導入工程と同じ温度に維持される。なお、炉内にプラズマ状態は存在しない。
【0052】
そして、以上の炭化水素ガス導入工程(STEP22)と拡散工程(STEP23)とが、それぞれ時間軸に対してパルス状の工程の如く、所望の浸炭深さに応じて所定の回数繰り返される(STEP24)。
【0053】
炭化水素ガス導入工程(STEP22)において、オーステナイト系金属の表面炭素濃度は、当該金属組成(鋼材組成)固有の飽和濃度にまで高められる。一方、拡散工程(STEP23)において、表面(表層部)の炭素は内部へと拡散し、炭化水素ガス導入工程(STEP22)の際に形成された炭素濃度分布が変化する(表面炭素濃度は低い値に戻る)。これを繰り返すことで、所望の浸炭深さを実現することができる。
【0054】
1回(1パルス)あたりの炭化水素ガス導入工程(STEP22)の継続時間、1回(1パルス)あたりの拡散工程(STEP23)の継続時間は、及び、それらの繰り返し回数は、所望の浸炭深さに基づいて、例えば計算機シミュ―ション等によって決定することが可能である。どのようなパルス工程を経由しても、最終的に5.0重量%を超える表面炭素濃度(結果的に、所望のクロム炭化物分散層厚さ)が達成されればよい。
【0055】
以上のような減圧浸炭処理工程(STEP20)により、炭化水素ガス由来の炭素を減圧保持工程後のオーステナイト系金属の表層部内に含まれるクロムと化合させることができ、それによって生成されるクロム炭化物粒子が分散するクロム炭化物分散層が、オーステナイト系金属の表層部に形成される。
【0056】
具体的には、以上のような減圧浸炭処理工程(STEP20)によって、特に温度が1000℃以上に維持されることによって、最終回の拡散工程(STEP23)後において60μm~200μmの厚みを有するクロム炭化物分散層を形成することができ、且つ、当該クロム炭化物分散層の表面炭素濃度を5.0重量%超とすることができる。
【0057】
(冷却工程:STEP30)
例えば加熱されていない炉内へ減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属(被処理材)を搬送し、冷却用の窒素ガスを炉内に循環させることで、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を冷却することができる(冷却工程:STEP30)。もっとも、当該冷却工程(STEP30)の実施は、必須ではなく選択的なものである。
【0058】
更に、冷却工程(STEP30)の後に、あるいは、冷却工程(STEP30)に代えて、オーステナイト系金属に酸洗処理工程や機械研磨処理工程が実施されてもよい。
【0059】
(クロマイズ処理工程:STEP40)
クロマイズ処理工程は、冷却工程後(減圧浸炭処理工程後)のオーステナイト系金属を、別の熱処理炉を用いて金属クロム粉末を含む粉末中に存在させた状態で加熱保持して、冷却工程後(減圧浸炭処理工程後)のオーステナイト系金属の表層部にクロムを更に浸透させ、当該浸透させたクロムをクロム炭化物分散層内の炭素と化合させてM23C6型炭化物層を形成する工程である。
【0060】
クロマイズ処理工程は、それ自体公知であり、例えば、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を、クロム源である金属クロム粉末またはフェロクロム粉末と焼結防止剤としてのアルミナ粉末との混合粉末と共に容器中に入れ、真空、不活性ガスもしくは還元性ガス中で、例えば、900℃~1400℃、好ましくは900~1200℃、の温度域で3~10時間加熱することにより行なうことができる(粉末パック法)。
【0061】
この場合、金属クロムまたはフェロクロムとアルミナ粉末との混合比は、金属クロム粉末(またはフェロクロム粉末)55重量%に対し、アルミナ粉末45重量%程度が好ましく、助剤を1重量%以上含むことが好ましい。
【0062】
あるいは、クロマイズ処理工程は、金属クロム等と焼結防止剤を含む処理剤とをスラリー状にして、これをオーステナイト系金属の表面に部分的に塗布して加熱することにより行なうこともできる。
【0063】
あるいは、クロマイズ処理工程は、オーステナイト系金属を、水素雰囲気中でクロムまたはフェロクロムを含む混合粉末中に包み、焼結防止剤としてアルミナ、カオリンを加え、促進剤として塩化アンモニウムを加え、これらを1000℃~1100℃に加熱しながら塩化水素ガスを導入することによって行なうこともできる(気体法)。
【0064】
前述のいずれの態様のクロマイズ処理工程を選択しても、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属において60μm~200μmの厚みを有するクロム炭化物分散層が形成されていて当該クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が5.0重量%を超えている場合、鉄及びクロムを含むオーステナイト系金属が母材であって表層部に単層のM23C6型炭化物層を備え当該M23C6型炭化物層の厚みが20μm~60μmの範囲内であるオーステナイト系表面改質金属部材を得ることができる。
【0065】
(得られるオーステナイト系表面改質金属部材の特性)
図1に示され前述された本実施形態の製造方法によって得られるオーステナイト系表面改質金属部材は、表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが20μm~60μmであるため、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを実現することができる。
【0066】
特に、本件発明者の知見によれば、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属におけるクロム炭化物分散層の表面炭素濃度が5.0重量%を超えている場合、M23C6型炭化物層を緻密な単層として形成することができ、当該M23C6型炭化物層による強度向上及び耐摩耗性向上の効果が非常に大きい。
【0067】
具体的には、M23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1600HV以上を実現することができる(後述の実施例1-1~3-3参照、特許文献2の
図5に示された硬さを上回る)。本件発明者の検討によれば、減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属におけるクロム炭化物分散層の表面炭素濃度が不十分である場合、その後に得られるM23C6型炭化物層の表面側の硬さはこのようなレベルに到達しない。
【0068】
なお、得られるM23C6型炭化物層の厚みは、炭化水素ガス導入工程(STEP22)と拡散工程(STEP23)との繰り返し回数等に依存する。
【0069】
また、減圧浸炭処理工程とクロマイズ処理工程とを前述と逆の順序で行っても、M23C6型炭化物層を形成することはできない。
【0070】
また、M23C6型炭化物層は、Fe、Cr、Cを主たる成分とする炭化物であるが、不純物が含まれていてもよい。
【0071】
図1に示され前述された本実施形態の製造方法によって得られるオーステナイト系表面改質金属部材は、耐熱金属製品として、様々な用途に好適に用いられる。このような耐熱金属製品は、母材がオーステナイト系金属であることから、オーステナイト系金属の高温領域における強度・耐疲労性・耐酸化性・耐摩耗性等の優れた機械的特性を備えている一方、これらの特性と合わせて、表面に硬質のM23C6型炭化物層が形成されていることにより、摺動摩耗のような機械的摩耗、融着摩耗のような熱的摩耗、及び/または、腐食摩耗のような化学的摩耗、等に対する耐性にも優れている。従って、耐熱金属製品として各種の用途に利用できる。
【0072】
また、
図1に示され前述された本実施形態の製造方法によって得られるオーステナイト系表面改質金属部材は、例えば、自動車・船舶・飛行機等の内燃機関用部品、タービン用部品、コンプレッサ用部品、ボイラ用部品、ジェットエンジンやロケット用部品、ディーゼル機関用部品、化学プラント用部品、原子炉用部品、工業炉用部品、等に適用することができる。また、常温域の耐摩耗・耐食用途の金属製品として、耐海水腐食性や耐応力腐食割れ性が要求される船舶用部品等に用いることもできる。
【0073】
(クロマイズ処理工程前の評価)
減圧浸炭処理工程後のオーステナイト系金属を中間製品として「抜き取り検査」を実施することにより、その後に予定されているクロマイズ処理工程後の最終製品としての特性をある程度予測することができる。このため、中間製品についての品質特性の基準を作成しておいて、それに満たないものについて減圧浸炭処理を実施し直す等の対応を取ることによって、最終製品の不良率を減少させ歩留まりを向上させることができる。
【0074】
具体的には、最終製品において室温状態での硬度が1600HV以上であることを高い歩留まりで実現するためには、減圧浸炭処理工程後(最終回の拡散工程後)においてクロム炭化物分散層の表面炭素濃度が5.0重量%超である場合にのみクロマイズ処理工程を実施することが効率的である。
【0075】
(実施例及び比較例)
次に、具体的な実施例及び比較例について説明する。
【0076】
(実施例1-1~1-3)
実施例1-1~1-3は、代表的なオーステナイト系金属であるSUS310S(炭素濃度0.03重量%のオーステナイト系金属)、SUS304、SUS316、のそれぞれの試験片(テストピース)を母材として、
図1を参照しながら前述された前記実施形態の製造方法が施され、オーステナイト系表面改質金属部材に改質されたものである。
【0077】
実施例1-1~1-3において、減圧保持工程(STEP10)は、圧力が20Paとされ、温度が1050℃とされて、30分間保持された。また、減圧浸炭処理工程(STEP20)の温度は、1010℃とされ、その内の炭化水素ガス(本実施例ではアセチレン)導入工程(STEP22)及び拡散工程(STEP23)では炉内圧力が1050Pa一定に保持された。そして、クロマイズ処理工程(STEP40)は、クロム源である金属クロム粉末と焼結防止剤としてのアルミナ粉末と助剤としての塩化アンモニウムとを処理剤として用いて共に容器中に入れ、水素気流中で1050℃で10時間加熱された(粉末パック法)。
【0078】
図2は、実施例1-1(SUS310S)の減圧浸炭処理工程後の表層部の断面写真である。高炭素濃度である表面側において母材12中のクロムが浸炭されてクロム炭化物が形成されるため、母材のクロム濃度が低下して母材の耐食性が低下する。これを利用して腐食剤に曝してから断面写真を撮影することで、母材12に対して強く腐食された黒色部(腐食部)として識別される領域をクロム炭化物分散層11として特定することができる。
【0079】
各実施例1-1~1-3の減圧浸炭処理工程後の表層部については、試料断面に対してEPMAによる炭素濃度分布測定が行われて、クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が測定された。表面から心部方向に表面からの炭素濃度分布として測定され、測定値の最大炭素濃度を表面炭素濃度とされた(
図6参照)。(比較のため、SUS304の薄膜(約50μm)に対して950℃で炭素濃度が飽和するまで真空浸炭した場合、EPMAによる炭素濃度測定結果は4.82質量%であった。すなわち、従来から実施ないし提案されている真空浸炭技術では、5.0重量%を超える表面炭素濃度は実現されていない。換言すれば、本発明によって実現された表面炭素濃度は、SUS304の薄膜(約50μm)に対して950℃で炭素濃度が飽和するまで真空浸炭した場合の表面炭素濃度を上回るものである。)
【0080】
次に、
図3は、実施例1-1(SUS310S)のクロマイズ処理工程後の表層部の断面写真である(試料を切断し当該切断面を鏡面研磨した後に撮影したものである)。
図3に示されるように、母材22とは異なる色味であることから、M23C6型炭化物層21を特定することができる。そして、
図3に示されるように、実施例1-1のM23C6型炭化物層21は、緻密な単層であり、厚みは46μmであった。
【0081】
次に、
図4は、実施例1-1(SUS310S)のクロマイズ処理工程後の表面からX線回折による形成相の同定を行った結果(XRD解析結果)である。
図4に示されるように、実施例1-1(SUS310S)のクロマイズ処理工程後の表面に形成されている炭化物層は、M23C6型炭化物層であると同定される。
【0082】
次に、
図5は、実施例1-1(SUS310S)のクロマイズ処理工程後のオーステナイト系表面改質金属部材について、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)により元素分析を行った結果(EDX元素分析結果)である。グラフの横軸は試料の深さを示し、グラフの縦軸はFe、Cr、C、Niについての原子濃度(蛍光X線強度)を示している。深さ40μm付近のFeとCrの濃度分布が入れ替わるような挙動を示す位置が、炭化物層と母材との界面である。
図5に示すように、実施例1-1(SUS310S)のクロマイズ処理工程後の表面に形成されている炭化物層は、単層のM23C6型炭化物層である。
【0083】
図6として示す表には、実施例1-1~1-3の各々について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面側の表面炭素濃度と、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の厚み(深さ)と、クロマイズ処理工程後の室温状態での硬度(表面硬さ)と、クロマイズ処理工程後に更に1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度と、が示されている。室温状態と熱負荷付与後の硬度(表面硬さ)は、マイクロビッカース硬度計を用いて、荷重100g(0.98N)で平面部について測定された。但し、熱負荷付与後の硬度(表面硬さ)は、表面粗度が悪くなっているため、表面層が除去されない程度に平面部を軽く乾式で機械研磨して表面粗度を整えてから測定した。
【0084】
図6に示すように、実施例1-1(SUS310S)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.15%で厚み(深さ)は81μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みは46μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例1-1のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1935HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1836HVと十分に高かった。
【0085】
略同様に、実施例1-2(SUS304)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.42%で厚み(深さ)は130μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが39μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例1-2のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1760HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1682HVと十分に高かった。
【0086】
略同様に、実施例1-3(SUS316)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.19%で厚み(深さ)は140μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが40μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例1-3のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1806HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1706HVと十分に高かった。
【0087】
(実施例2-1~2-3)
実施例2-1~2-3も、代表的なオーステナイト系金属であるSUS310S(炭素濃度0.03重量%のオーステナイト系金属)、SUS304、SUS316、のそれぞれの試験片(テストピース)を母材として、
図1を参照しながら前述された前記実施形態の製造方法が施され、オーステナイト系表面改質金属部材に改質されたものである。
【0088】
実施例2-1~2-3においても、減圧保持工程(STEP10)は、圧力が20Paとされ、温度が1050℃とされて、30分間保持された。また、実施例2-1~2-3においては、減圧浸炭処理工程(STEP20)の温度は、1060℃とされ、その内の炭化水素ガス(本実施例ではアセチレン)導入工程(STEP22)及び拡散工程(STEP23)では炉内圧力が1050Pa一定に保持された。そして、クロマイズ処理工程(STEP40)は、クロム源である金属クロム粉末と焼結防止剤としてのアルミナ粉末と助剤としての塩化アンモニウムとを処理剤として用いて共に容器中に入れ、水素気流中で1050℃で10時間加熱された(粉末パック法)。
【0089】
各実施例2-1~2-3の減圧浸炭処理工程後の表層部については、試料断面に対してEPMAによる炭素濃度分布測定が行われて、クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が測定された。表面から心部方向に表面からの炭素濃度分布として測定され、測定値の最大炭素濃度を表面炭素濃度とされた(
図6参照)。
【0090】
図6として示す表には、実施例2-1~2-3の各々について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面側の表面炭素濃度と、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の厚み(深さ)と、クロマイズ処理工程後の室温状態での硬度(表面硬さ)と、クロマイズ処理工程後に更に1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度と、が示されている。
【0091】
図6に示すように、実施例2-1(SUS310S)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.01%で厚み(深さ)は60μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みは33μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例1-1のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1741HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1653HVと十分に高かった。
【0092】
略同様に、実施例2-2(SUS304)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.19%で厚み(深さ)は96μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが29μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例2-2のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1604HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1502HVと十分に高かった。
【0093】
略同様に、実施例2-3(SUS316)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.01%で厚み(深さ)は113μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが30μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例2-3のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1625HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1540HVと十分に高かった。
【0094】
(実施例3-1~3-3)
実施例3-1~3-3も、代表的なオーステナイト系金属であるSUS310S(炭素濃度0.03重量%のオーステナイト系金属)、SUS304、SUS316、のそれぞれの試験片(テストピース)を母材として、
図1を参照しながら前述された前記実施形態の製造方法が施され、オーステナイト系表面改質金属部材に改質されたものである。
【0095】
実施例3-1~3-3において、減圧保持工程(STEP10)は、圧力が20Paとされ、温度が1100℃とされて、30分間保持された。また、実施例3-1~3-3においては、減圧浸炭処理工程(STEP20)の温度は、1110℃とされ、その内の炭化水素ガス(本実施例ではアセチレン)導入工程(STEP22)及び拡散工程(STEP23)では炉内圧力が1050Pa一定に保持された。そして、クロマイズ処理工程(STEP40)は、クロム源である金属クロム粉末と焼結防止剤としてのアルミナ粉末と助剤としての塩化アンモニウムとを処理剤として用いて共に容器中に入れ、水素気流中で1050℃で10時間加熱された(粉末パック法)。
【0096】
各実施例3-1~3-3の減圧浸炭処理工程後の表層部については、試料断面に対してEPMAによる炭素濃度分布測定が行われて、クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が測定された。表面から心部方向に表面からの炭素濃度分布として測定され、測定値の最大炭素濃度を表面炭素濃度とされた(
図6参照)。
【0097】
図6として示す表には、実施例3-1~3-3の各々について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面側の表面炭素濃度と、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の厚み(深さ)と、クロマイズ処理工程後の室温状態での硬度(表面硬さ)と、クロマイズ処理工程後に更に1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度と、が示されている。
【0098】
図6に示すように、実施例3-1(SUS310S)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.29%で厚み(深さ)は99μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みは59μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例3-1のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、2028HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1942HVと十分に高かった。
【0099】
略同様に、実施例3-2(SUS304)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.61%で厚み(深さ)は169μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが51μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例3-2のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1836HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1709HVと十分に高かった。
【0100】
略同様に、実施例3-3(SUS316)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は5.37%で厚み(深さ)は181μmであって、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが53μmであった。これにより、十分な硬さと十分な耐摩耗性とを期待することができる。実際に、実施例3-3のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1887HVであった。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度も、1723HVと十分に高かった。
【0101】
(比較例1~比較例3)
比較例1~比較例3も、代表的なオーステナイト系金属であるSUS310S(炭素濃度0.03重量%のオーステナイト系金属)、SUS304、SUS316、のそれぞれの試験片(テストピース)を母材として、特許文献2に記載された方法が施され、オーステナイト系表面改質金属部材に改質されたものである。
【0102】
比較例1~比較例3においても、減圧保持工程は、圧力が20Paとされ、温度が1050℃とされて、30分間保持された。また、比較例1~比較例3においては、減圧浸炭処理工程の温度は、950℃とされ、その内の炭化水素ガス(本比較例でもアセチレン)導入工程及び拡散工程では炉内圧力が1050Pa一定に保持された。そして、クロマイズ処理工程は、クロム源である金属クロム粉末と焼結防止剤としてのアルミナ粉末と助剤としての塩化アンモニウムとを処理剤として用いて共に容器中に入れ、水素気流中で1050℃で10時間加熱された(粉末パック法)。
【0103】
各比較例1~3の減圧浸炭処理工程後の表層部については、試料断面に対してEPMAによる炭素濃度分布測定が行われて、クロム炭化物分散層の表面炭素濃度が測定された。表面から心部方向に表面からの炭素濃度分布として測定され、測定値の最大炭素濃度を表面炭素濃度とされた(
図6参照)。
【0104】
図6として示す表には、比較例1~比較例3の各々について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面側の表面炭素濃度と、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の厚み(深さ)と、クロマイズ処理工程後の室温状態での硬度(表面硬さ)と、クロマイズ処理工程後に更に1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度と、が示されている。
【0105】
図6に示すように、比較例1(SUS310S)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は4.34%で(<5.0%)厚み(深さ)は39μmであって(<60μm)、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みは18μmであった(<20μm)。比較例1のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1540HVであった(<1600HV)。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度は、1459HVであった。
【0106】
略同様に、比較例2(SUS304)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は4.48%で(<5.0%)厚み(深さ)は52μmであって(<60μm)、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが17μmであった(<20μm)。比較例1のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1418HVであった(<1600HV)。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度は、1341HVであった。
【0107】
略同様に、比較例3(SUS316)について、減圧浸炭処理工程後のクロム炭化物分散層の表面炭素濃度は4.32%で(<5.0%)厚み(深さ)は58μmであって(<60μm)、最終的に得られた表層部の単層のM23C6型炭化物層の厚みが17μmであった(<20μm)。比較例1のM23C6型炭化物層の表面側の硬さは、室温状態における測定値として、1437HVであった(<1600HV)。また、1000℃の高温炉内で300時間の熱負荷を受けた後の硬度は、1375HVであった。
【符号の説明】
【0108】
11 クロム炭化物分散層
12 母材
20 オーステナイト系表面改質金属部材
21 M23C6型炭化物層
22 母材