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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146275
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】造血器腫瘍の治療又は予防剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20231004BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20231004BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20231004BHJP
   A61K 31/46 20060101ALI20231004BHJP
   A61K 31/16 20060101ALI20231004BHJP
   A61K 31/454 20060101ALI20231004BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P35/00
A61P35/02
A61K31/46
A61K31/16
A61K31/454
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053374
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100153693
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 耕一
(72)【発明者】
【氏名】千葉 滋
(72)【発明者】
【氏名】島野 仁
(72)【発明者】
【氏名】松阪 賢
(72)【発明者】
【氏名】加藤 貴康
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 雄彦
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB26
4C084ZB27
4C084ZC20
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC82
4C086CB15
4C086GA08
4C086GA10
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZB27
4C086ZC20
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA11
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB26
4C206ZB27
4C206ZC20
(57)【要約】
【課題】造血器腫瘍の治療又は予防剤等を提供する。
【解決手段】本発明は、長鎖脂肪酸エロンゲース6(ELOVL6)に対する阻害活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含む、造血器腫瘍の治療又は予防剤等に係るものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含む、造血器腫瘍の治療又は予防剤。
【請求項2】
造血器腫瘍が、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の治療又は予防剤。
【請求項3】
白血病及びその関連疾患が、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項2に記載の治療又は予防剤。
【請求項4】
長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を含む、造血器腫瘍の治療又は予防用医薬組成物。
【請求項5】
造血器腫瘍が、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
白血病及びその関連疾患が、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
造血器腫瘍の治療又は予防用の薬剤を製造するための、長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用。
【請求項8】
造血器腫瘍が、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項7に記載の使用。
【請求項9】
白血病及びその関連疾患が、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を被験対象に投与することを特徴とする、造血器腫瘍の治療又は予防方法。
【請求項11】
造血器腫瘍が、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
白血病及びその関連疾患が、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造血器腫瘍の治療又は予防剤等、詳しくは、長鎖脂肪酸エロンゲース6(ELOVL6)に対する阻害活性を有する化合物等を含む前記治療又は予防剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質代謝は、幹細胞及びがん細胞の調節に重要な役割を果たす。幹細胞と白血病いずれの研究にとっても、脂質代謝の主要な関心領域・研究領域は、脂肪酸酸化(FAO)であった。急性骨髄性白血病(AML)の生存に関連するエネルギー供給物質としてC18(「炭素数18」を意味する。以下同様。)未満の鎖長の脂肪酸(FA)のFAOが重要であるということは、以前から研究されてきた(例えば、非特許文献1:Houten and Wanders, 2010)。近年、より長い炭素鎖を持つFAについても、AML生存に関連するエネルギー供給者として不可欠であることが報告されている(例えば、非特許文献2:Cheng,2021)。また、FAO以外の点でも、がん細胞の急速な成長と腫瘍形成には、FAの合成又は取り込みの強化が寄与するという報告がある(例えば、非特許文献3:Snaebjornsson et al., 2020)。
【0003】
脂肪酸(FA)の炭素鎖長と不飽和化の程度は、脂質コードの一翼を担う。長鎖脂肪酸(LCFA)合成の開始ポイントにおいて、長鎖脂肪酸エロンゲース6(Elongation of very long chain fatty acids protein 6:Elovl6)は、FA伸長の律速酵素であり、C16飽和及び一価不飽和FAを小胞体においてC18のFAに変換する(例えば、非特許文献4:Moon et al., 2001;非特許文献5:Matsuzaka et al., 2007)。他のElovlファミリー酵素、すなわちElovl1-5及びElovl7は、主にC26までのより長い炭素鎖を持つFAの伸長に作用する(Elovl5は不飽和C16にも作用する)。Elovlファミリー遺伝子の発現パターンは組織によって異なる。ELOVLファミリー酵素の解析により、LCFAの鎖長変化が、複数の生物学的プロセス変化に繋がることが示されている(例えば、非特許文献6:Sassa and Kihara, 2014;非特許文献7:Guillou et al., 2010)。具体的には、Elovl6機能の喪失は、マウス肝臓においてステアリン酸とオレイン酸の割合を低下させ、パルミチン酸とパルミトレイン酸の割合を増加させ、これに伴い、インスリン抵抗性、アテローム性動脈硬化症、新生内膜形成、非アルコール性脂肪性肝炎、及び2型糖尿病など、いくつかの代謝性及び炎症性疾患に関連する表現型を救済する。
【0004】
ところで、白血病をはじめとする造血器腫瘍の治療は、強力な殺細胞薬を中心とする薬剤治療が主体となっており、そうした薬剤には様々な副作用がある。造血器腫瘍には、加齢に伴い発症頻度が高くなるものが多く、強力な殺細胞薬以外の新規治療薬のアンメットメディカルニーズが高い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Houten, S.M., and Wanders, R.J. (2010). A general introduction to the biochemistry of mitochondrial fatty acid β-oxidation. Journal of inherited metabolic disease 33, 469-477.
【非特許文献2】Tcheng M, Roma A, Ahmed N, Smith RW, Jayanth P, Minden MD, Schimmer AD, Hess DA, Hope K, Rea KA, Akhtar TA, Bohrnsen E, D'Alessandro A, Mohsen AW, Vockley J, Spagnuolo PA (2021). Very long chain fatty acid metabolism is required in acute myeloid leukemia. Blood. 137, 3518-3532.
【非特許文献3】Snaebjornsson, M.T., Janaki-Raman, S., and Schulze, A. (2020). Greasing the Wheels of the Cancer Machine: The Role of Lipid Metabolism in Cancer. Cell metabolism 31, 62-76.
【非特許文献4】Moon, Y.A., Shah, N.A., Mohapatra, S., Warrington, J.A., and Horton, J.D. (2001). Identification of a mammalian long chain fatty acyl elongase regulated by sterol regulatory element-binding proteins. The Journal of biological chemistry 276, 45358-45366.
【非特許文献5】Matsuzaka, T., Shimano, H., Yahagi, N., Kato, T., Atsumi, A., Yamamoto, T., Inoue, N., Ishikawa, M., Okada, S., Ishigaki, N., et al. (2007). Crucial role of a long-chain fatty acid elongase, Elovl6, in obesity-induced insulin resistance. Nature medicine 13, 1193-1202.
【非特許文献6】Sassa, T., and Kihara, A. (2014). Metabolism of very long-chain Fatty acids: genes and pathophysiology. Biomolecules & therapeutics 22, 83-92.
【非特許文献7】Guillou, H., Zadravec, D., Martin, P.G., and Jacobsson, A. (2010). The key roles of elongases and desaturases in mammalian fatty acid metabolism: Insights from transgenic mice. Progress in lipid research 49, 186-199.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況下において、既存の強力な殺細胞薬以外の、造血器腫瘍に対する新規治療薬又は予防薬の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記状況を考慮してなされたもので、以下に示す、造血器腫瘍の治療又は予防剤、該腫瘍の治療又は予防用医薬組成物、該腫瘍の治療又は予防用の薬剤を製造するための長鎖脂肪酸エロンゲース6(ELOVL6)に対する阻害又は抑制活性を有する化合物等の使用、及び該腫瘍の治療又は予防方法などを提供するものである。
【0008】
(1)長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含む、造血器腫瘍の治療又は予防剤。
当該治療又は予防剤において、造血器腫瘍は、例えば、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよく、
ここで、白血病及びその関連疾患は、例えば、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよい。
【0009】
(2)長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を含む、造血器腫瘍の治療又は予防用医薬組成物。
当該治療又は予防用医薬組成物において、造血器腫瘍は、例えば、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよく、
ここで、白血病及びその関連疾患は、例えば、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよい。
【0010】
(3)造血器腫瘍の治療又は予防用の薬剤を製造するための、長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用。
当該使用において、造血器腫瘍は、例えば、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよく、
ここで、白血病及びその関連疾患は、例えば、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよい。
【0011】
(4)長鎖脂肪酸エロンゲース6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物を被験対象に投与することを特徴とする、造血器腫瘍の治療又は予防方法。
当該治療又は予防方法において、造血器腫瘍は、例えば、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、並びに形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよく、
ここで、白血病及びその関連疾患は、例えば、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、造血器腫瘍の治療又は予防に有用な医薬製剤・医薬組成物、該腫瘍の治療又は予防に有用な方法、及び該腫瘍の治療又は予防用キット等を提供することができる。従来の造血器腫瘍の治療においては強力な殺細胞薬が主に用いられ、様々な副作用が問題となっていた。造血器腫瘍は高齢になるに従って発症頻度が高くなるため、高齢者にとって副作用はより大きな問題となっていた。本発明によれば、そのような副作用の影響が少なく、高齢の患者にも適した、医薬製剤等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】CD34-LSK細胞の増殖能についての実験結果を示す図である。
図2】MA9細胞における脂肪酸分析についての実験結果を示す図である。
図3】MA9細胞を移植後のレシピエントマウスの生存観察の結果を示す図である。
図4】MA9細胞におけるトランスウェル走化性アッセイについての結果を示す図である。
図5】Cxcl12刺激前後のMA9細胞におけるAKT(プロテインキナーゼB)及びERK(MAPキナーゼ)のリン酸化についての実験結果を示す図である。
図6】Cxcl12刺激前後のMA9細胞におけるRac1の活性化についての実験結果を示す図である。
図7】MA9細胞におけるPI3K阻害剤CopanlisibによるCxcl12への走化性抑制についての実験結果を示す図である。
図8】MA9細胞におけるAKT阻害剤MK2206によるCxcl12への走化性への影響についての実験結果を示す図である。
図9】MA9細胞におけるRAC阻害剤EHT1864によるCxcl12への走化性抑制についての実験結果を示す図である。
図10】MA9細胞のCxcl12刺激によるCluster形成についての実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0015】

1.本発明の概要
脂質コードは複数の生物学的現象に影響を与えるが、それが造血細胞に有意な影響を与えるかどうかは不明である。長鎖脂肪酸エロンゲース6(ELOVL6)は、C16脂肪酸(FA)をC18脂肪酸に変換する酵素である。本発明者は、Elovl6-/-造血幹細胞(HSC)の増殖が亢進されることを明らかにした。一方、MLL-AF9白血病ドライバー遺伝子は、野生型及びElovl6-/-の造血前駆細胞(HPC)を指数関数的に増殖させ不死化する(この細胞を「MA9」細胞と呼ぶ)。本発明者は、野生型MA9(WT MA9)がレシピエントマウスに例外なく急性骨髄性白血病(AML)を発症させるのに対して、Elovl6-/- MA9はレシピエントマウスに全くAMLを発症させず、しかもレシピエントは健康な状態を維持して生存し得ることを実証した。さらに本発明者は、Elovl6欠失が、CXCL12によって誘発されるPI3K(ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ)経路の活性を低下させて、下流のRAC活性化を減弱させることを示し、この一連のシグナル伝達が、AML発症抑制に関与している蓋然性が高いことを見出した。この結果は、FAの炭素鎖長の変化が、おそらく原形質膜シグナル伝達を介して、正常及び不死化した造血細胞の活性を大きく変化させることが初めて実証された結果である。
【0016】
これらの知見に基づき、本発明者は、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物等を有効成分として用いることにより、造血器腫瘍の治療又は予防剤などに係る本発明を提供できることを見出した。
【0017】

2.治療又は予防剤、医薬組成物等
本発明に係る造血器腫瘍の治療又は予防剤(以下、単に「本発明の治療剤」ということがある。)、及び、造血器の治療又は予防用医薬組成物(以下、単に「本発明の医薬組成物」ということがある。)は、前述した通り、長鎖脂肪酸エロンゲース6(ELOVL6)に対する阻害又は抑制活性を有する化合物、若しくはそのプロドラッグ、又はそれらの薬理学的に許容し得る塩、あるいはそれらの水和物若しくは溶媒和物(以下、単に「ELOVL6阻害剤」ということがある。)を有効成分として含むことを特徴とするものである。
【0018】
なお、本発明は、(i) ELOVL6阻害剤を用いること、具体的には例えばELOVL6阻害剤の有効量を被験対象(造血器腫瘍の患者又はその恐れのある患者、あるいはそのような非ヒト哺乳動物)に投与することを含む、造血器腫瘍の治療又は予防方法、(ii) 当該腫瘍の治療又は予防用の薬剤を製造するためのELOVL6阻害剤の使用、(iii) 当該腫瘍の治療又は予防用のELOVL6阻害剤の使用、並びに、(iv) 当該腫瘍の治療又は予防用のELOVL6阻害剤も含むものである。
本発明において、当該腫瘍の治療及び予防としては、具体的には、例えば、当該腫瘍の進行抑制、予後改善、及び/又は再発防止(例えば、発症し治療により寛解した後の再発症の防止)等も含まれる。
【0019】
本発明において、治療等の対象となる腫瘍、すなわち、造血器腫瘍としては、限定はされないが、例えば、白血病及びその関連疾患、リンパ腫及びその関連疾患、及び形質細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく挙げられる。
ここで、白血病及びその関連疾患は、限定はされないが、例えば、急性骨髄性白血病(AML)及びそれに関連する前駆細胞腫瘍、急性リンパ(芽球)性白血病(ALL)、AMLにもALLにも分類されない急性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成増殖性腫瘍、好酸球増多と遺伝子再構成とを伴う骨髄腫瘍又はリンパ性腫瘍、並びに樹状細胞腫瘍からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく挙げられる。
【0020】
リンパ腫及びその関連疾患は、限定はされないが、例えば、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫、濾胞性リンパ腫、及び末梢性T細胞リンパ腫からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく挙げられる。
形質細胞腫瘍は、限定はされないが、例えば、多発性骨髄腫、及び孤発性形質細胞腫からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく挙げられる。
【0021】
本発明の治療剤及び医薬組成物の有効成分である、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物は、公知のものや市販のものを使用することができるが、限定はされず、独自に合成、抽出及び精製等したものを使用することもできる。
ELOVL6に対する阻害又は抑制活性は、例えば、MA9細胞を用いてCXCL12に応答するAKTのリン酸化やRac1の活性化を評価する方法、あるいは、CXCL12の濃度勾配に従うMA9の走化性を評価する方法などにより、その活性の有無を測定又は確認することができる。
【0022】
ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物のうち、公知のものとしては、例えば、
(3-エンド)-3-(フェニルスルフォニル)-N-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-8-アザビシクロ[3.2.1]オクタン-8-カルボキサミド((3-endo)-3-(phenylsulfonyl)-N-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-8-azabicyclo[3.2.1]octane-8-carboxamide)、スルファモイル基を有するアリールカルボキサミド誘導体、N-(6-メチル-1,3-ベンゾチアゾール-2-イル)-3-(ピペリジン-1-イルスルホニル)ベンゼンスルホンアミドなどが好ましく挙げられる。
【0023】
本発明の治療剤及び医薬組成物の有効成分としては、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物と共に、又は当該化合物に代えて、当該化合物の誘導体を用いることもできる。当該誘導体としては、当該化合物由来の化学構造を有する等、当業者の技術常識に基づいて当該化合物の誘導体と考えられるものであればよく、限定はされないが、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性が当該化合物と同程度ものが好ましい。
【0024】
本発明に用いる、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物やその誘導体としては、例えば、生体内で酸化、還元、加水分解、又は抱合などの代謝を受けるものも包含するほか、生体内で酸化、還元、又は加水分解などの代謝を受けて当該化合物やその誘導体を生成する化合物(いわゆるプロドラッグ)も含まれる。本発明において、プロドラッグとは、薬理学的に許容し得る、通常プロドラッグにおいて使用される基で親化合物を修飾した化合物をいい、例えば、安定性や持続性の改善等の特性が付与され、腸管内等で親化合物に変換されて効果を発現することが期待できる化合物をいう。例えば、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物やその誘導体のプロドラッグは、対応するハロゲン化物等のプロドラッグ化試薬を用いて、常法により、当該化合物やその誘導体中のプロドラッグ化の可能な基(例えば、水酸基、アミノ基、その他の基)から選択される1以上の任意の基に、常法に従い適宜プロドラッグを構成する基を導入した後、必要に応じ、単離精製することにより製造することができる。ここで、上記プロドラッグを構成する基としては、限定はされないが、例えば、低級アルキル-CO-、低級アルキル-O-低級アルキレン-CO-、低級アルキル-OCO-低級アルキレン-CO-、低級アルキル-OCO-、及び低級アルキル-O-低級アルキレン-OCO-等が好ましく挙げられる。
【0025】
本発明の治療剤及び医薬組成物の有効成分としては、ELOVL6に対する阻害又は抑制活性を有する化合物やその誘導体やそれらのプロドラッグと共に、又は当該化合物やその誘導体やそれらのプロドラッグに代えて、それらの薬理学的に許容し得る塩を用いることもできる。
上記の薬理学的に許容し得る塩としては、限定はされないが、例えば、ハロゲン化水素酸塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、及びヨウ化水素酸塩など)、無機酸塩(例えば、硫酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、炭酸塩、及び重炭酸塩など)、有機カルボン酸塩(例えば、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、及びクエン酸塩など)、有機スルホン酸塩(例えば、メタンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、及びカンファースルホン酸塩など)、アミノ酸塩(例えば、アスパラギン酸塩、及びグルタミン酸塩など)、四級アミン塩、アルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩、及びカリウム塩など)、アルカリ土類金属塩(例えば、マグネシウム塩、及びカルシウム塩など)などが好ましく挙げられる。
【0026】
本発明に用いるELOVL6阻害剤は、化合物の構造上生じ得るすべての異性体(例えば、幾何異性体、不斉炭素に基づく光学異性体、回転異性体、立体異性体、及び互変異性体等)及びこれら異性体の2種以上の混合物をも包含し、便宜上の構造式の記載等に限定されるものではない。また、ELOVL6阻害剤は、S-体、R-体又はRS-体のいずれであってもよく、限定はされない。さらに、ELOVL6阻害剤は、その種類により水和物や溶媒和物の形で存在する場合もあり、本発明においては当該水和物及び溶媒和物もELOVL6阻害剤に含まれるものとし、本発明の治療剤及び医薬組成物の有効成分として用いることができる。当該溶媒和物としては、限定はされないが、例えば、エタノールとの溶媒和物等が挙げられる。
【0027】
本発明の治療剤及び医薬組成物において、有効成分としてのELOVL6阻害剤の含有割合は、限定はされず、適宜設定することができるが、例えば、治療剤や医薬組成物全体に対して、0.01~99重量%の範囲内とすることができ、好ましくは、0.01~30重量%、より好ましくは0.05~20重量%、さらに好ましくは0.1~10重量%の範囲内としてもよい。有効成分の含有割合が上記範囲内であることにより、本発明の治療剤及び医薬組成物は、造血器腫瘍の治療効果を十分に発揮することができる。
【0028】
本発明の治療剤及び医薬組成物は、ELOVL6阻害剤以外にも、本発明の効果が著しく損なわれない範囲で他の成分を含んでいてもよい。例えば、本発明においては、限定はされないが、ELOVL6阻害剤と共に、 ・急性骨髄性白血病(AML)の治療薬(例えば、シトシンアラビノシド、ダウノルビシン、イダルビシン等の殺細胞性抗がん剤;ギルテルチニブ、キザルルチニブ等のFLT3チロシンキナーゼ阻害剤;ゲムツズマブオゾガマイシン(抗体に殺細胞薬を結合させたもの);アザシチジン等のメチル化阻害薬、ベネトクラックス(BCL2阻害薬));
・急性リンパ性白血病(ALL)の治療薬(例えば、プレドニゾロン;アドリアマイシン、シクロフォスファミド、メソトレキサート、L-アスパラギナーゼ、エトポシド等の殺細胞性抗がん剤;イノツズマブ オゾガマイシン、ブリナツモマブ等の抗体関連薬);
・リンパ腫の治療薬(例えば、プレドニゾロン、アドリアマイシン、シクロフォスファミド、及びビンクリスチン;これらに加えて、B細胞リンパ腫の治療薬としてはリツキシマブ等、T細胞リンパ腫の治療薬としてはポテリジオ、ロミデプシン、アドセトリス、プララトレキセート及びドキソルビシン等);
・慢性骨髄性白血病(CML)の治療薬(例えば、イマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブ等のチロシンキナーゼ阻害剤);
・骨髄増殖性腫瘍の治療薬(例えば、ハイドレア、ルキソリチニブ等のJAKチロシンキナーゼ阻害薬);並びに
・骨髄腫の治療薬(例えば、デキサメサゾン;ボルテゾミブ等のプロテアゾーム阻害薬;レナリドミド等のサリドマイド類似薬;ダラツムマブ等の抗体薬)
として公知の又は開発中の薬剤等のうちの1種又は2種以上を、併用することもできる。さらに、本発明の治療剤及び医薬組成物は、例えば、後述する薬剤製造上一般に用いられるもの等を含むことができる。
【0029】
本発明の治療剤及び医薬組成物は、被験対象としてのヒト又は非ヒト哺乳動物(例えば、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して、種々の投与経路、具体的には、経口、又は非経口(例えば静脈内注射(静注)、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、直腸投与、経皮投与)で投与することができる。従って、本発明に使用するELOVL6阻害剤は、単独で用いることも可能であるが、投与経路に応じて慣用される方法により薬学的に許容し得る担体を用いて適当な剤形に製剤化して用いることができる。
【0030】
剤形としては、経口剤では、例えば、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、被覆錠剤、カプセル剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、及びトローチ剤等が挙げられ、非経口剤では、例えば、注射剤(点滴剤を含む)、吸入剤、軟膏剤、点鼻剤、及びリポソーム剤等が挙げられる。なお、上述した各種経口剤とする場合、本発明の治療剤及び医薬組成物は、場合によりサプリメント剤(例えば機能性食品に該当する)として利用することもできる。
【0031】
これら製剤の製剤化に用い得る担体としては、例えば、通常用いられる賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、及び矯味矯臭剤のほか、必要に応じ、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤、増量剤、湿潤化剤、表面活性化剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、及び無痛化剤等が挙げられ、医薬品製剤の原料として用いることができる公知の成分を配合して常法により製剤化することが可能である。
【0032】
当該成分として使用可能な無毒性のものとしては、例えば、大豆油、牛脂、及び合成グリセライド等の動植物油;流動パラフィン、スクワラン、及び固形パラフィン等の炭化水素;ミリスチン酸オクチルドデシル、及びミリスチン酸イソプロピル等のエステル油;セトステアリルアルコール、及びベヘニルアルコール等の高級アルコール;シリコン樹脂;シリコン油;ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、及びポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンブロックコポリマー等の界面活性剤;ヒドロキシエチルセルロース、ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、及びメチルセルロース等の水溶性高分子;エタノール、及びイソプロパノール等の低級アルコール;グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ソルビトール、及びポリエチレングリコール等の多価アルコール(ポリオール);グルコース、及びショ糖等の糖;無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、及びケイ酸アルミニウム等の無機粉体;塩化ナトリウム、リン酸ナトリウム等の無機塩;精製水等が挙げられ、いずれもその塩又はその水和物であってもよい。
【0033】
賦形剤としては、例えば、乳糖、果糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、マンニトール、ソルビット、結晶セルロース、及び二酸化ケイ素等が、結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール・ポリオキシエチレン・ブロックポリマー、及びメグルミン等が、崩壊剤としては、例えば、澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、ペクチン、及びカルボキシメチルセルロース・カルシウム等が、滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、及び硬化植物油等が、着色剤としては医薬品に添加することが許可されているものが、矯味矯臭剤としては、例えば、ココア末、ハッカ脳、芳香散、ハッカ油、竜脳、及び桂皮末等が、それぞれ好ましく挙げられ、いずれもその塩又はそれらの水和物であってもよい。
【0034】
本発明の治療剤及び医薬組成物の投与量は、一般には、製剤中の有効成分(ELOVL6阻害剤)の配合割合を考慮した上で、投与対象(患者)の年齢、体重、病気の種類・進行状況や、投与経路、投与回数(/1日)、投与期間等を勘案し、適宜、広範囲に設定することができる。
本発明の治療剤及び医薬組成物を、非経口剤又は経口剤として用いる場合について、以下に具体的に説明する。
【0035】
非経口剤として用いる場合、一般にその形態は限定されないが、各種注射剤の場合は、例えば、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態や、使用時に溶解液に再溶解させる凍結乾燥粉末の状態で提供され得る。当該非経口剤には、有効成分となるELOVL6阻害剤のほかに、各種形態に応じ、公知の各種賦形材や添加剤を上記有効成分の効果が損なわれない範囲で含有することができる。例えば、各種注射剤の場合は、水、グリセロール、プロピレングリコールや、ポリエチレングリコール等の脂肪族ポリアルコール等が挙げられる。
【0036】
非経口剤の投与量(1日あたり)は、限定はされないが、例えば各種注射剤であれば、一般には、有効成分となるELOVL6阻害剤を、適用対象(被験者、患者等)の体重1kgあたり、0.01~1000mg、0.05~500 mg、又は0.1~50 mg服用できる量とすることができ、あるいは0.5~20 mg服用できる量や1~10 mg服用できる量とすることもできる。
【0037】
経口剤として用いる場合、一般にその形態は限定されず、前述した剤形のいずれであってもよいし、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。当該経口剤には、有効成分となるELOVL6阻害剤のほかに、各種形態に応じ、公知の各種賦形材や添加剤を上記有効成分の効果が損なわれない範囲で含有することができる。例えば、結合剤(シロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビトール、トラガカント、ポリビニルピロリドン等)、充填材(乳糖、糖、コーンスターチ、馬鈴薯でんぷん、リン酸カルシウム、ソルビトール、グリシン等)、潤滑剤(ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ等)、崩壊剤(各種でんぷん等)、及び湿潤剤(ラウリル硫酸ナトリウム等)等が挙げられる。
【0038】
経口剤の投与量(1日あたり)は、一般には、有効成分となるELOVL6阻害剤を、適用対象(被験者、患者等)の体重1 kgあたり、0.05~5000 mg、0.1~1000 mg、又は0.1~100 mg服用できる量とすることができ、あるいは0.5~50 mg服用できる量や1~10 mg服用できる量とすることもできる。また、経口剤中の有効成分の配合割合は、限定はされず、1日あたりの投与回数等を考慮して、適宜設定することができる。
【0039】

3.キット
造血器腫瘍の治療又は予防を行うに当たっては、ELOVL6阻害剤を含むキット(具体例として、前述した本発明の治療剤や医薬組成物を含むキット)を用いることができる。
当該キットにおけるELOVL6阻害剤の形態は、限定はされないが、安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮し、例えば溶解した状態で備えられていてもよい。
【0040】
当該キットは、ELOVL6阻害剤以外にも、適宜、他の構成要素を含むことができる。
当該キットは、構成要素として少なくとも前述したELOVL6阻害剤を備えているものであればよい。従って、造血器腫瘍の治療に必須となる構成要素の全てを、ELOVL6阻害剤と共に備えているものであってもよいし、別々に備えているものであってもよく、限定はされない。
【0041】

4.CXCL12遊走阻害又は抑制剤、医薬組成物、キット等
本発明に係るCXCモチーフケモカインリガンド12(CXCL12)の遊走阻害又は抑制剤(以下、単に「本発明の遊走阻害剤」ということがある。)、及び、CXCL12の遊走阻害又は抑制用医薬組成物(以下、単に「本発明の遊走阻害用医薬組成物」ということがある。)は、前述した通り、ELOVL6阻害剤を有効成分として含むことを特徴とするものである。
【0042】
なお、本発明は、(i) ELOVL6阻害剤を用いること、具体的には例えばELOVL6阻害剤の有効量を被験対象に投与することを含む、CXCL12の遊走阻害又は抑制方法、(ii) CXCL12の遊走阻害又は抑制用の薬剤を製造するためのELOVL6阻害剤の使用、(iii) CXCL12の遊走阻害又は抑制用のELOVL6阻害剤の使用、並びに、(iv) CXCL12の遊走阻害又は抑制用のELOVL6阻害剤も含むものである。
【0043】
また本発明においては、CXCL12の遊走阻害又は抑制を行うに当たっては、ELOVL6阻害剤を含むキット(具体例として、前述した本発明の遊走阻害剤や遊走阻害用医薬組成物を含むキット)を用いることもできる。
本項(4項)で述べるCXCL12遊走阻害又は抑制剤、医薬組成物、キット等に関しては、前記2項及び3項における本発明の治療剤、医薬組成物、キット等に関する各種の具体的な説明を、適宜同様に適用することができる。
【0044】

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0045】
CD34 - LSK細胞の増殖能
FACSの自動細胞沈着機能を使用してWTおよびElovl6-/- それぞれのCD34-LSK細胞1個ずつが96ウェルプレートへソーティングされた。細胞を20 ng / mLのマウスSCF、20 ng/mLヒトTPO、20 ng / mLマウスIL-3、および10 IU/mLヒトEPOを添加したStemSpan SFEMで培養した。 14日間の培養後、細胞数が50個以上のwell数をカウントした。その結果を図1に示す(96-well中の比率を表示。N=3。3回の実験結果の統合。)。
【実施例0046】
MA9細胞における脂肪酸分析
Bligh&Dyer(Bligh and Dyer、1959)の方法を使用してWTおよびElovl6-/- MA9細胞(1-5×106細胞/サンプル)からの脂質を抽出した。簡単に説明すると、細胞をクロロホルム/メタノール(1:2、v / v)溶液で抽出した。2分間ホモジナイズした後、サンプルを2,000r.p.mで5分間遠心分離した。 水溶液を廃棄し、クロロホルム相を試験管へ移した。 クロロホルム相を蒸発させた窒素ガスを使用し、得られた脂質を外部の研究所(SRL Inc.、東京、日本)に送り、24種類のFAはガスクロマトグラフィーによって定量化された。その結果を図2に示す(図2中の挿入図はWT MA9細胞において,もっとも多量に含まれるC18:0(パルミチン酸)とC16:0(ステアリン酸)との比。N=3ずつ。単回の実験結果。(Elovl6-/- MA9細胞では,WT MA9細胞に比べてC18:0/C16:0比が低い))。
【実施例0047】
MA9細胞を移植後のレシピエントマウスの生存
MLL-AF9レトロウイルスは、MSCV-MLL-AF9-IRES-GFPプラスミドをリン酸カルシウム共沈法によりトランスフェクトされた293GPパッケージング細胞で生成された。ウイルス含有上清を48~72時間後に回収し、0.45μmメンブレンでろ過し、遠心分離。WTおよびElovl6-/-マウスから得られたBMリネージ陰性およびc-kit陽性細胞へレトロウイルスを感染させた。50μg/mlのレトロネクチンでコーティングされた96ウェルプレートに播種され、10%ウシ胎児血清(FCS)、50 ng/mlマウス組換え幹細胞因子(SCF)、10 ng / mlインターロイキン(IL)-3、10 ng / ml IL-6、10 ng/mlマウストロンボポエチン(mTPO)およびペニシリン/ストレプトマイシンを添加したIMDMで1週間培養。選別されたGFP陽性細胞は10%FCS、10 ng / ml IL-3、およびペニシリン/ストレプトマイシンを添加したRPMI-1640中で培養された。放射線防護としてLy5.2マウスから収集された2.5x105の全BM細胞と共に、1 x 106 MA9細胞へ致死量の放射線が照射された(950 cGy)。同系C57BL/6マウスの尾静脈への注射により移植された。マウス生存を観察し、その結果を図3に示す(N=14 (WT)およびN=12 (Elovl6-/-)。3回の実験結果の統合。(WT MA9細胞の移植では全レシピエントマウスが移植後16週までに死亡。Elovl6-/- MA9細胞の移植では全レシピエントマウスが移植後25週まで生存))。
【実施例0048】
MA9細胞におけるトランスウェル走化性アッセイ
2つのチャンバーを5μmのポアをもつポリカーボネートメンブレンでしきり,下方チャンバーにのみケモカインCxcl12(Peprotech)を100ng/mlの濃度で加え,上方チャンバーに2×105/200μl の条件でWT MA9またはElovl6-/- MA9を0.2mlのRPMI1640中に浮置した。4時間後に血球計算盤またはフローサイトメトリーを使用して、下部チャンバー内の細胞数を定量した。MA9細胞の遊走細胞比率を、図4に示す(N=6,再現性のある独立した3回の実験の代表的な結果。(MA9細胞のElovl6-/- 遺伝子型ではWTに比べCxcl12への走化性が減弱している))。
【実施例0049】
Cxcl12刺激前後のMA9細胞におけるAKT及びERKのリン酸化
WT MA9またはElovl6-/- MA9を200ng/mlのCxcl12で刺激する前及び37℃、5%CO2下で2分間刺激後に、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄した。 TBST(40mM Tris-HCl、pH 7.4; 100mM NaCl、2mM EDTA; 1%Tween 20)プロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche Diagnostics)を添加後、Laemmliのバッファー中で5分間加熱変性させた。サンプルをSDS-PAGEにかけ、続いてwestern blotでリン酸化AKTおよびERKを解析した(Cell Signaling Technology)。その結果を図5(i),(ii)に示す((i)代表的なwestern blotの結果。(ii)3回の実験のp-AKT/全AKTを統合し統計結果を表示。(Elovl6-/- MA9ではCxcl12刺激後のAKTリン酸化が低下。ERKリン酸化は影響を受けない))。
【実施例0050】
Cxcl12刺激前後のMA9細胞におけるRac1の活性化
WT MA9またはElovl6-/- MA9を200ng/mlのCxcl12で刺激する前と30秒後に細胞溶解液を調整し,GTP結合型Rac1を特異的に結合するPak1-PBDアガロースビーズを用いて4℃で1時間、穏やかに攪拌しながらインキュベートし、4℃で14,000xgで遠心分離してpull-downし,抗Rac1抗体を用いてwestern blotで解析した。その結果を図6(i),(ii)に示す((i)代表的なwestern blotの結果。(ii)4回の実験のRac1-GTP/全Rac1を統合し統計結果を表示。(Elovl6-/- MA9ではCxcl12刺激後のRac1活性化が低下))。
【実施例0051】
MA9細胞におけるPI3K阻害剤CopanlisibによるCxcl12への走化性抑制
WT またはElovl6-/- MA9細胞に0~1,000 nMのCopanlisib(Selleck Chemicals)を加え,4時間後にCxcl12を加えトランスウェル走化性アッセイで評価した。その結果を図7に示す(再現性のある独立した3回の実験の代表的な結果。)。
【実施例0052】
MA9細胞におけるAKT阻害剤MK2206によるCxcl12への走化性への影響
WT またはElovl6-/- MA9細胞に0~1,000 nMのMK2206(Selleck Chemicals)を加え,4時間後にCxcl12を加えトランスウェル走化性アッセイで評価した。その結果を図8に示す(再現性のある独立した4回の実験の代表的な結果。)。(AKTリン酸化減弱は確認されたが,WTおよびElovl6-/- MA9細胞ともに,走化性は影響されなかった)
【実施例0053】
MA9細胞におけるRAC阻害剤EHT1864によるCxcl12への走化性抑制
WT またはElovl6-/- MA9細胞に0~10μMのEHT1864(Selleck Chemicals)を加え,4時間後にCxcl12を加えトランスウェル走化性アッセイで評価した。その結果を図9に示す(再現性のある独立した5回の実験の代表的な結果。)。(Elovl6-/- MA9細胞はWT MA9細胞に比べすでに走化性が減弱している(図4)が,EHT1864によるさらなる走化性減弱効果は認められなかった)
【実施例0054】
MA9細胞のCxcl12刺激によるCluster形成
WTまたはElovl6-/- MA9細胞を、100 ng / ml Cxcl12(Peprotech)あり/なしの無血清PBSに懸濁した。細胞をポリ-L-リジンでコーティングされたグラススライド(松浪硝子工業)へ播種し、37℃で30分間インキュベートした。 2%パラホルムアルデヒドで固定した後、Cxcl12で刺激する前と30分後にMA9細胞をファロイジン-iFluor 555(Abcam)と室温で30分間インキュベートした。 洗浄後、染色されたスライドは、DAPI(VECTASHIELD)を含む封入剤を使用して封入した。 Leica TCS SP8共焦点顕微鏡(Leica Microscopy System)および蛍光顕微鏡BZ-X700(キーエンス)を用いて蛍光画像を撮影した。その結果を図10(i),(ii)に示す((i)代表的な形態。(ii)MA9細胞(n = 50細胞)におけるクラスター形成の頻度の統計分析。データは、平均値±SD。 *** P <0.001)。
図1
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