(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146368
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】潜熱蓄熱材組成物
(51)【国際特許分類】
C09K 5/06 20060101AFI20231004BHJP
【FI】
C09K5/06 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053514
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000221834
【氏名又は名称】東邦瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】弁理士法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】小嶌 美佐子
(57)【要約】
【課題】ミョウバン水和物を主成分とする潜熱蓄熱材に対し、融解温度との温度差を、より小さく抑えた凝固温度で、より確実に過冷却抑制効果を発揮することができる潜熱蓄熱材組成物を提供する。
【解決手段】潜熱蓄熱材組成物1は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材10を主成分に、該潜熱蓄熱材10の物性を調整する添加剤20を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、潜熱蓄熱材10は、ミョウバン水和物であり、添加剤は、第1の添加剤として、融液状態にあるミョウバン水和物に対し、結晶化を誘起する過冷却防止剤20であること、過冷却防止剤20は、ケイ酸カルシウムに該当する物質を対象とした第1過冷却防止剤21、またはカルシウムイオン(Ca
2+)を含むリン酸塩化合物を対象とした第2過冷却防止剤22であること、を特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材を主成分に、該潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、
前記潜熱蓄熱材は、ミョウバン水和物であり、前記添加剤は、第1の添加剤として、融液状態にある前記ミョウバン水和物に対し、結晶化を誘起する過冷却防止剤であること、
前記過冷却防止剤は、ケイ酸カルシウムに該当する物質であるケイ酸化合物、またはカルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項2】
請求項1に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記ケイ酸化合物は、メタケイ酸カルシウム(CaSiO3)、ケイ酸三カルシウム(Ca3SiO5)、またはケイ酸カルシウム水和物のうち、少なくともいずれかの物質であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項3】
請求項2に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記ケイ酸化合物は、メタケイ酸カルシウムであること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項4】
請求項2に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記ケイ酸化合物は、珪灰石グループまたはトバモライトグループに分類されるケイ酸カルシウム水和物であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項5】
請求項4に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記ケイ酸カルシウム水和物は、ゾノトライト(Ca6(Si6O17)(OH)2)、またはトバモライト(Ca5(Si6O18H2)・nH2O)(n=4、8)であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項6】
請求項1に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩化合物は、前記カルシウムイオン(Ca2+)と結合するアニオンを、リン酸イオン(PO4
3-)、またはリン酸水素イオン(HPO4
2-)とする物質であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項7】
請求項6に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩化合物は、リン酸三カルシウム(別名;第三リン酸カルシウム)(Ca3(PO4)2)、ピロリン酸カルシウム(別名;二リン酸カルシウム)(Ca2O7P2)、またはリン酸一水素カルシウム(別名;第二リン酸カルシウム)(CaHPO4)のうち、少なくともいずれかの物質であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項8】
請求項6に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記リン酸塩化合物は、グリセロリン酸カルシウム(分子式;C3H7CaO6P)であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項9】
請求項1に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記添加剤として、前記第1の添加剤とは別の第2の添加剤が配合されており、前記第2の添加剤は、前記ミョウバン水和物の融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項10】
請求項9に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記融点調整剤は、前記ミョウバン水和物との溶解により、負の溶解熱を発生する物性を有する物質であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項11】
請求項10に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記融点調整剤は、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、またはマンニトール(C6H14O6)のうち、少なくともいずれか一つを含む、糖アルコール類に属する物質であること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項12】
請求項10に記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記融点調整剤は、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化ナトリウム(NaCl)のうち、少なくともいずれか一つを含んでいること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【請求項13】
請求項1乃至請求項12のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、
前記ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン十二水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O)の少なくともいずれか一方を含むものであること、
を特徴とする潜熱蓄熱材組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材に、この潜熱蓄熱材の過冷却現象を抑える添加剤を配合した潜熱蓄熱材組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
潜熱蓄熱材(PCM:Phase Change Material)は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して蓄熱または放熱を行う物性を有しており、予め排熱等の熱を蓄熱し、蓄えた潜熱を必要に応じて取り出すことにより、エネルギが無駄なく有効に活用できる。潜熱蓄熱材となる物質は、数多く存在するが、その中でも、例えば、アンモニウムミョウバン十二水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)(以下、「アンモニウムミョウバン」と称する場合もある)や、カリウムミョウバン十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O)(以下、「カリミョウバン」と称する場合もある)等、ミョウバン系の潜熱蓄熱材は、蓄熱性能に優れていることから、活用が期待されている。アンモニウムミョウバンの物性は、融点93.5℃で、常温では固体であり、融点以上の温度になると、無色透明の液体になる。カリミョウバンの物性は、融点92.5℃で、常温では白色の固体であり、融点以上の温度になると、無色透明の液体になる。
【0003】
他方、潜熱蓄熱材には、融液状態から凝固点以下に冷却しても結晶化しない過冷却現象が生じてしまうことがある。過冷却現象が発現すると、一度融解したアンモニウムミョウバンやカリミョウバンは、融液状態のまま凝固せず、潜熱を放熱できなくなり、融液に衝撃を与える等の過冷却防止手段を設けない限り、アンモニウムミョウバン等に蓄えた潜熱の時間差利用が、不可能になってしまう。このような過冷却現象を防ぐため、一般的には、特許文献1に例示されているように、過冷却防止剤が、潜熱蓄熱材と共に配合される。過冷却防止剤は、融液状態にある潜熱蓄熱材の結晶化を誘起する添加剤である。
【0004】
特許文献1は、本出願人により行った特許出願に係る文献であり、アンモニウムミョウバン等、ミョウバン水和物を主成分とした潜熱蓄熱材に、その過冷却防止剤として、硫酸カルシウム(CaSO4)を添加してなる潜熱蓄熱材組成物である。特許文献1では、潜熱蓄熱材組成物は、融液状態からの冷却過程下で、潜熱蓄熱材に対する過冷却現象の発現を、より確実に抑制して、潜熱を放熱することができている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、確かに硫酸カルシウムは、融液状態にある潜熱蓄熱材(ミョウバン水和物)の結晶化を誘起する機能を有している。しかしながら、本出願人は、特許文献1に係る特許出願後以降も、ミョウバン水和物を主成分とした潜熱蓄熱材に適す過冷却防止剤について、鋭意研究をさらに継続していく中で、新たに見出した課題として、特許文献1の技術には、以下の問題があった。
【0007】
例えば、給湯設備や、冷暖房を行う空気調和設備等、熱需要先の設備で、潜熱蓄熱材に蓄えた潜熱を放熱して活用する場合には、目安の一例として、80℃近傍から70℃台後半にかけた温度帯域下の潜熱が、熱需要先の設備に必要となる。加えて、このような熱需要先の設備では、特に、使い勝手の良いカリミョウバンを主成分とした潜熱蓄熱材を使用したいニーズもある。
【0008】
しかしながら、カリミョウバンを主成分とした潜熱蓄熱材に、その過冷却防止剤として、硫酸カルシウムを添加した潜熱蓄熱材組成物を、このような熱需要先の設備に用いる場合、潜熱蓄熱材組成物が、融液状態からカリミョウバンの融点を下回る温度に冷却されて結晶化するとき、カリミョウバンの凝固温度は、70℃近傍から60℃台後半にかけた温度帯域下の温度となる。そのため、凝固温度と融点(92.5℃)とが、20℃を大幅に上回る温度差で乖離する。
【0009】
このように、凝固温度と融点との温度差が20℃超えになってしまうと、凝固状態の潜熱蓄熱材組成物では、放熱される潜熱は、熱需要先の設備によっては、必要とされる潜熱の温度より十数℃程低くなってしまい、十分な熱量の潜熱を、熱需要先の設備に供給することができない場合がある。それ故に、凝固状態の潜熱蓄熱材組成物から放熱される潜熱が、十分な熱量で熱需要先の設備に供給できるよう、カリミョウバンにおいて、融点と凝固温度との温度差を、一例として、多くとも十数℃程度までに抑える必要があった。
【0010】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、ミョウバン水和物を主成分とする潜熱蓄熱材に対し、融解温度との温度差を、より小さく抑えた凝固温度で、より確実に過冷却抑制効果を発揮することができる潜熱蓄熱材組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、以下の構成を有する。
(1)相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材を主成分に、該潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、前記潜熱蓄熱材は、ミョウバン水和物であり、前記添加剤は、第1の添加剤として、融液状態にある前記ミョウバン水和物に対し、結晶化を誘起する過冷却防止剤であること、前記過冷却防止剤は、ケイ酸カルシウムに該当する物質であるケイ酸化合物、またはカルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物であること、を特徴とする。
(2)(1)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記ケイ酸化合物は、メタケイ酸カルシウム(CaSiO3)、ケイ酸三カルシウム(Ca3SiO5)、またはケイ酸カルシウム水和物のうち、少なくともいずれかの物質であること、を特徴とする。
(3)(2)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記ケイ酸化合物は、メタケイ酸カルシウムであること、を特徴とする。
(4)(2)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記ケイ酸化合物は、珪灰石グループまたはトバモライトグループに分類されるケイ酸カルシウム水和物であること、を特徴とする。
(5)(4)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記ケイ酸カルシウム水和物は、ゾノトライト(Ca6(Si6O17)(OH)2)、またはトバモライト(Ca5(Si6O18H2)・nH2O)(n=4、8)であること、を特徴とする。
(6)(1)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩化合物は、前記カルシウムイオン(Ca2+)と結合するアニオンを、リン酸イオン(PO4
3-)、またはリン酸水素イオン(HPO4
2-)とする物質であること、を特徴とする。
(7)(6)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩化合物は、リン酸三カルシウム(別名;第三リン酸カルシウム)(Ca3(PO4)2)、ピロリン酸カルシウム(別名;二リン酸カルシウム)(Ca2O7P2)、またはリン酸一水素カルシウム(別名;第二リン酸カルシウム)(CaHPO4)のうち、少なくともいずれかの物質であること、を特徴とする。
(8)(6)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記リン酸塩化合物は、グリセロリン酸カルシウム(分子式;C3H7CaO6P)であること、を特徴とする。
(9)(1)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記添加剤として、前記第1の添加剤とは別の第2の添加剤が配合されており、前記第2の添加剤は、前記ミョウバン水和物の融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤であること、を特徴とする。
(10)(9)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記融点調整剤は、前記ミョウバン水和物との溶解により、負の溶解熱を発生する物性を有する物質であること、を特徴とする。
(11)(10)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記融点調整剤は、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、またはマンニトール(C6H14O6)のうち、少なくともいずれか一つを含む、糖アルコール類に属する物質であること、を特徴とする。
(12)(10)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記融点調整剤は、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化ナトリウム(NaCl)のうち、少なくともいずれか一つを含んでいること、を特徴とする。
(13)(1)乃至(12)のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材組成物において、前記ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン十二水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O)の少なくともいずれか一方を含むものであること、を特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
上記構成を有する本発明の潜熱蓄熱材組成物の作用・効果について説明する。
(1)相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材を主成分に、該潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、潜熱蓄熱材は、ミョウバン水和物であり、添加剤は、第1の添加剤として、融液状態にあるミョウバン水和物に対し、結晶化を誘起する過冷却防止剤であること、過冷却防止剤は、ケイ酸カルシウムに該当する物質であるケイ酸化合物、またはカルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物であること、を特徴とする。
【0013】
この特徴により、このような過冷却防止剤は、結晶化に必要な潜熱蓄熱材の核生成に積極的に寄与するため、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物の潜熱蓄熱材では、過冷却防止剤により調整された凝固温度は、潜熱蓄熱材単体の融解温度に対し、これまで困難とされてきた温度差を、一例として、十数℃程度に収めることが可能になる。
【0014】
従って、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物によれば、ミョウバン水和物を主成分とする潜熱蓄熱材に対し、融解温度との温度差を、例えば、十数℃程度と、より小さく抑えた凝固温度で、より確実に過冷却抑制効果を発揮することができる、という優れた効果を奏する。
【0015】
(2)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、ケイ酸化合物は、メタケイ酸カルシウム(CaSiO3)、ケイ酸三カルシウム(Ca3SiO5)、またはケイ酸カルシウム水和物のうち、少なくともいずれかの物質であること、を特徴とする。また、(3)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、ケイ酸化合物は、メタケイ酸カルシウムであること、を特徴とする。また、(4)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、ケイ酸化合物は、珪灰石グループまたはトバモライトグループに分類されるケイ酸カルシウム水和物であること、を特徴とする。また、(5)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、ケイ酸カルシウム水和物は、ゾノトライト(Ca6(Si6O17)(OH)2)、またはトバモライト(Ca5(Si6O18H2)・nH2O)(n=4、8)であること、を特徴とする。
【0016】
このような特徴により、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物を、融液状態から冷却する過程において、潜熱蓄熱材の凝固温度と融解温度との乖離を抑制して、蓄えていた潜熱を放熱することができる。また、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物において、潜熱の蓄熱と、蓄えた潜熱の放熱との一連のプロセスが、複数サイクルにわたって繰り返し行われても、凝固温度と融解温度は、サイクル毎にほとんど変動しない。そのため、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、充填された蓄熱材充填容器の内外で、液相と固相との相変化に伴って、熱を蓄えるときや、蓄えた熱を必要に応じて取り出すときに、安定した状態で使用することができる。
【0017】
(6)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、リン酸塩化合物は、カルシウムイオン(Ca2+)と結合するアニオンを、リン酸水素イオン(PO4
3-)、またはリン酸水素イオン(HPO4
2-)とする物質であること、を特徴とする。また、(7)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、リン酸塩化合物は、リン酸三カルシウム(別名;第三リン酸カルシウム)(Ca3(PO4)2)、ピロリン酸カルシウム(別名;二リン酸カルシウム)(Ca2O7P2)、またはリン酸一水素カルシウム(別名;第二リン酸カルシウム)(CaHPO4)のうち、少なくともいずれかの物質であること、を特徴とする。
【0018】
このような特徴により、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物を、融液状態から冷却する過程において、潜熱蓄熱材の凝固温度と融解温度との乖離を抑制して、蓄えていた潜熱を放熱することができる。また、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物において、潜熱の蓄熱と、蓄えた潜熱の放熱との一連のプロセスが、複数サイクルにわたって繰り返し行われても、凝固温度と融解温度は、サイクル毎にほとんど変動しない。そのため、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、充填された蓄熱材充填容器の内外で、液相と固相との相変化に伴って、熱を蓄えるときや、蓄えた熱を必要に応じて取り出すときに、安定した状態で使用することができる。
【0019】
(8)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、リン酸塩化合物は、グリセロリン酸カルシウム(分子式;C3H7CaO6P)であること、を特徴とする。
【0020】
この特徴により、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物を、融液状態から冷却する過程において、潜熱蓄熱材の凝固開始温度と融解開始温度との乖離を抑制して、蓄えていた潜熱を放熱することができる。
【0021】
(9)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、添加剤として、第1の添加剤とは別の第2の添加剤が配合されており、第2の添加剤は、ミョウバン水和物の融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤であること、を特徴とする。
【0022】
この特徴により、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物では、過冷却防止剤により、潜熱蓄熱材に対する過冷却現象の発現を、より確実に抑制できている状態の下で、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物に阻害要因が生じることなく、融点調整剤により、潜熱蓄熱材の融点を、所望の温度に調整することができる。
【0023】
(10)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、融点調整剤は、ミョウバン水和物との溶解により、負の溶解熱を発生する物性を有する物質であること、を特徴とする。
【0024】
この特徴により、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物では、融点調整剤は、潜熱蓄熱材の水に溶解した際に吸熱反応を呈するため、この融点調整剤が、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物に含有されていても、潜熱蓄熱材の蓄熱・放熱性能に悪影響を及ぼすことなく、潜熱蓄熱材の融点を、所望の温度に調整することができる。
【0025】
なお、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物において、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」とは、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、ミョウバン水和物(潜熱蓄熱材)を主成分に、過冷却防止剤を配合してなるが、融点調整剤が潜熱蓄熱材に溶解するとき、この融点調整剤において、外部から熱を吸収して吸熱反応が生じるものを、本願では、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」と定義している。「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」に該当する一例として、エリスリトールやキシリトール、マンニトール等の「糖アルコール類に属する物質」がある。また、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)等の「塩化物に属する物質」がある。加えて、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)等の「硫酸塩に属する物質」がある。また、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上を含む場合のほか、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上含む場合や、上述の「硫酸塩に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上含む場合も該当する。
【0026】
(11)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、融点調整剤は、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、またはマンニトール(C6H14O6)のうち、少なくともいずれか一つを含む、糖アルコール類に属する物質であること、を特徴とする。
【0027】
この特徴により、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物の融解温度を調整できると共に、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物の粘度が増大して、潜熱蓄熱材と過冷却防止剤との密度差に起因した潜熱蓄熱材と過冷却防止剤との分離や、主成分である潜熱蓄熱材自体の構成成分同士の分離等、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分同士の分離を防止することができる。そのため、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分間の不均一化が発生しないため、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、化学的に安定した蓄熱材となり得る。
【0028】
(12)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、融点調整剤は、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化ナトリウム(NaCl)のうち、少なくともいずれか一つを含んでいること、を特徴とする。
【0029】
この特徴により、このような融点調整剤は、潜熱蓄熱材の水に溶解した際に吸熱反応を呈する。そのため、この融点調整剤が、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物に含有されていても、潜熱蓄熱材の蓄熱・放熱性能に悪影響を及ぼすことなく、潜熱蓄熱材の融点を、所望の温度に調整することができる。
【0030】
(13)に記載する潜熱蓄熱材組成物において、ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン十二水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O)の少なくともいずれか一方を含むものであること、を特徴とする。
【0031】
この特徴により、アンモニウムミョウバン十二水和物やカリウムミョウバン十二水和物は、無毒で非危険物であるため、安全衛生上に優れて使い勝手も良く、しかも、市場で幅広く流通して入手し易い上、安価である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図であり、添加剤に、過冷却防止剤を配合した第1の潜熱蓄熱材組成物に関する模式図である。
【
図2】実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図であり、添加剤に、過冷却防止剤と共に、融点調整剤一種を配合した第2の潜熱蓄熱材組成物に関する模式図である。
【
図3】実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図であり、添加剤に、過冷却防止剤と共に、融点調整剤二種を配合した第3の潜熱蓄熱材組成物に関する模式図である。
【
図4】潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1,2で、恒温槽内で変化させた加熱温度の条件を示すグラフである。
【
図5】実験1に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例1~6、及びその比較例1,2に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
【
図6】実施例1~5、及びその比較例1,2に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1で、最初の1サイクル目に生じた蓄熱の挙動を示すグラフである。
【
図7】
図6に続き、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図8】
図7に続き、3サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図9】
図8に続き、4サイクル目に生じた蓄熱の挙動を示すグラフである。
【
図10】再現性の確認で行った2回目の実験1で、実施例1,4、及びその比較例1~3に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
【
図11】実施例1,4、及びその比較例1~3に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1で、2サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図12】
図11に続き、6サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図13】実施例6に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図14】実験2に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例7~12、及びその比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
【
図15】実施例7~12、及びその比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験2で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図16】潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験3で、恒温槽内で変化させた加熱温度の条件を示すグラフである。
【
図17】実験3に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例13~15に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
【
図18】実施例13~15に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験3で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図19】
図18に続き、4サイクル目で生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図20】潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験4で、恒温槽内で変化させた加熱温度の条件を示すグラフである。
【
図21】実験4に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例16~18に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
【
図22】実施例16~18に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験4で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【
図23】
図22に続き、4サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物について、実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。潜熱蓄熱材組成物は、蓄熱材収容手段の内部空間に、漏れのない態様で、液密かつ気密に充填して使用される。潜熱蓄熱材組成物は、熱供給源から提供された熱を潜熱蓄熱材に一時的に蓄えた後、熱需要先で、潜熱蓄熱材に蓄えた潜熱による熱エネルギを、その時間差をもって活用でき、蓄えた潜熱は、必要に応じて取り出すことができる。潜熱蓄熱材組成物は、蓄熱とその放熱のサイクルを、複数回繰り返して使用することができる。
【0034】
本発明に係る潜熱蓄熱材組成物は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材を主成分に、この潜熱蓄熱材の物性を調整する1種以上の添加剤を配合してなる。潜熱蓄熱材は、ミョウバン水和物である。ミョウバン水和物は、例えば、アンモニウムミョウバン十二水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O)の少なくともいずれか一方である。
【0035】
第1の添加剤は、融液状態にあるミョウバン水和物に対し、結晶化の誘起を促す過冷却防止剤である。過冷却防止剤は、例えば、ケイ酸カルシウムに該当する結晶質物質等、ケイ酸カルシウムに属するケイ酸化合物を対象とした第1の過冷却防止剤、またはカルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物を対象とした第2の過冷却防止剤である。また、第1の添加剤と共に配合する第2の添加剤は、ミョウバン水和物の融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤である。
【0036】
<第1の過冷却防止剤について>
第1の過冷却防止剤は、ケイ酸カルシウムに該当するケイ酸化合物のうち、結晶質物質の一例として、メタケイ酸カルシウム(Calcium metasilicate)、ケイ酸三カルシウム(Tricalcium silicate)、またはケイ酸カルシウム水和物のうち、少なくともいずれかの物質である。
【0037】
メタケイ酸カルシウム(CaSiO3)は、無水物で、分子量[g/mol](116.16)、融点1540℃、密度2.9[g/cm3]、融点より低い温度では、三斜晶系の結晶構造をなす白色の固体で、水に不溶な物性である。ケイ酸三カルシウム(3CaSiO3)は、無水物で、分子量[g/mol](228.32)、三斜晶系の結晶構造、水に不溶な物性である。
【0038】
また、ケイ酸カルシウム水和物では、結晶質物質は、珪灰石グループまたはトバモライトグループに分類される物質である。珪灰石グループに分類される物質として、例えば、ゾノトライト(Xonotlite)は、酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)を、組成比6:6:1で構成した示性式[Ca6・(Si6O17)(OH)2]の物質である。ゾノトライト(一般名;ゾノトライト系けい酸カルシウム粉体)は、充填密度約0.08~0.21[g/cm3]、白色の粉末で、不燃、水に不溶な物性である。ゾノトライトの晶癖は、繊維(針)状である。
【0039】
なお、珪灰石グループに分類されるケイ酸カルシウム水和物には、ゾノトライト以外にも、酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)とを、組成比3:6:7で構成してなる示性式[Ca3(Si6O15)・7H2O]のネコイト(Nekoite)がある。酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)とを、組成比5:9:9で構成してなる示性式[Ca10(Si6O16) (Si6O15)2・18H2O]のオケナイト(Okenite)がある。酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)を、組成比4:3:1で構成してなる示性式[Ca4(Si3O9)(OH)2]のフォシャガイト(Foshagite)がある。酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)とを、組成比9:6:11で構成してなる示性式[Ca9(Si6O18H2)(OH)8・6H2O]のジェナイト(Jennite)がある。酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)とを、組成比2:1:1で構成してなる示性式[Ca2(SiO3)(OH)8]のヒレブランダイト(Hillebrandite)等がある。
【0040】
他方、ケイ酸カルシウム水和物のうち、トバモライトグループに分類される物質は、例えば、トバモライト(Tobermorite)等である。トバモライト(一般名;トバモライト系けい酸カルシウム粉体 )は、充填密度約0.05~0.35[g/cm3]、白色の粉末で、不燃、水に不溶な物性である。トバモライトは2種あり、一種は、酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)とを、組成比5:6:5で構成してなる示性式[Ca5・(Si6O18H2)・4H2O]の11nmトバモライトである。11nmトバモライトの晶癖は、短冊(板)状である。
【0041】
もう一種は、酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO2)と水(H2O)とを、組成比5:6:9で構成してなる示性式[Ca5・(Si6O18H2)・8H2O]の14nmトバモライトである。14nmトバモライトの晶癖は、繊維状である。
【0042】
その他、トバモライトグループに分類される物質には、例えば、示性式[0.8≦Ca/Si≦1.5]で表され、箔状の晶癖をなすC・S・H(I)や、示性式[1.5≦Ca/Si≦2.0]で表され、繊維束状の晶癖をなすC・S・H(II)等を挙げることができる。
【0043】
さらに、ケイ酸カルシウム水和物として、珪灰石グループやトバモライトグループ以外にも、例えば、ジャイロライトグループに分類される物質を挙げることができる。ジャイロライトグループに分類される物質の一例として、示性式[Ca16(Si8O20)3(OH)8・14H2O]で表され、層状の晶癖をなすジャイロライト(Gyrolite)がある。また、示性式[Ca14(Si8O20)3(Si16O38)8・2H2O]で表され、層状の晶癖をなすトラスコリット(Truscottite)がある。また、示性式[Ca8(Si8O20)3・14H2O]で表され、層状の晶癖をなすZ相(Z‐phase)等がある。
【0044】
<第2の過冷却防止剤について>
第2の過冷却防止剤は、カルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物として、カルシウムイオン(Ca2+)と結合するアニオンを、リン酸イオン(PO4
3-)、またはリン酸水素イオン(HPO4
2-)とする物質である。
【0045】
具体的には、リン酸塩化合物は、リン酸三カルシウム(別名;第三リン酸カルシウム)(Ca3(PO4)2)である。リン酸三カルシウムは、無水物で、分子量[g/mol](310.18)、融点1670℃、密度3.14[g/cm3]、融点より低い温度では、無定形・白色の固体で、水に不溶な物性である。
【0046】
また、リン酸塩化合物は、ピロリン酸カルシウム(別名;二リン酸カルシウム)(Ca2O7P2)である。ピロリン酸カルシウムは、無水物、分子量[g/mol](254.10)、融点1353℃、密度3.09[g/cm3]、融点より低い温度では、固体で、水に不溶な物性である。ピロリン酸カルシウム二水和物((Ca2P2O7)・2H2O)の場合は、分子量[g/mol](290.14)、融点より低い温度で、三斜晶系の結晶構造をなす固体である。また、リン酸塩化合物は、リン酸一水素カルシウム(別名;第二リン酸カルシウム)(CaHPO4)である。リン酸一水素カルシウムは、無水物、分子量[g/mol](136.056)、450℃超えの融点、密度2.89[g/cm3]、融点より低い温度では、三斜晶系の結晶構造をなす白色の固体で、水に不溶な物性である。なお、リン酸一水素カルシウム二水和物((CaHPO4)・2H2O)の場合は、分子量[g/mol](172.0)、密度2.31[g/cm3]である。
【0047】
さらに、リン酸塩化合物は、グリセロリン酸カルシウム(分子式;C3H7CaO6P)である。グリセロリン酸カルシウムは、無水物で、分子量[g/mol](210.14)、170℃超えの融点、融点より低い温度では、白色の固体で、冷水に可溶・熱水に難溶な物性である。
【0048】
なお、カルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物として、例えば、リン酸三カルシウム[Ca3(PO4)2]、リン酸八カルシウム[Ca8(PO4)4(HPO4)2(OH)2]、水酸アパタイト[Ca10(PO4)6(OH)2]、フッ素アパタイト[Ca10(PO4)6F2]、塩素アパタイト[Ca10(PO4)6Cl2]、炭酸アパタイト(炭酸含有水酸アパタイト) [Ca10-a(PO4)6-b(CO3)c(OH)2-d]、炭酸アパタイト(CO3Ap)A型(水酸アパタイトの水酸基が炭酸基に置換されたもの)、炭酸アパタイト(CO3Ap)B型(水酸アパタイトのリン酸基が炭酸基に置換されたもの)、アモルファスリン酸カルシウム(非晶質リン酸カルシウム)リン酸四カルシウム [Ca4(PO4)2O]等が挙げられる。
【0049】
<融点調整剤について>
融点調整剤は、例えば、ミョウバン水和物(潜熱蓄熱材)との溶解により、負の溶解熱を発生する物性を有する物質であり、糖アルコール類に属する物質を含む第1の融点調整剤や、硫酸塩に属する物質を含む第2の融点調整剤等である。具体的には、第1の融点調整剤の場合、糖アルコール類に属する物質は、例えば、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、またはマンニトール(C6H14O6)のうち、少なくともいずれか一つを含む物質である。第2の融点調整剤は、例えば、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)等、塩化物に属する物質である。なお、融点調整剤は、第1の融点調整剤または第2の融点調整剤の少なくとも一方を、含むものであれば良い。
【0050】
ここで、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」の定義について、説明する。前述したように、潜熱蓄熱材組成物は、ミョウバン水和物(潜熱蓄熱材)を主成分に、少なくとも過冷却防止剤を配合してなる。融点調整剤が潜熱蓄熱材に溶解するとき、この融点調整剤において、外部から熱を吸収して吸熱反応が生じるものを、本願では、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」と定義している。
【0051】
「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」には、エリスリトールやキシリトール、マンニトールのほかに、例えば、ソルビトール(C6H14O6)、ラクチトール(C12H24O11)等の「糖アルコール類に属する物質」がある。また、「糖アルコール類に属する物質」以外にも、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)等の「塩化物に属する物質」がある。加えて、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)等の「硫酸塩に属する物質」がある。また、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上を含む場合のほか、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上含む場合や、上述の「硫酸塩に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上含む場合も該当する。
【0052】
加えて、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のいずれかと、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のいずれかとの混合物もある。また、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のいずれかと、上述の「硫酸塩に属する物質」に該当する物質のいずれかとの混合物もある。さらに、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のいずれかと、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のいずれかと、上述の「硫酸塩に属する物質」に該当する物質のいずれかとの混合物(塩化物と硫酸塩との混晶をなす場合も含む)もある。
【0053】
その他、取扱いに注意が必要となり、本実施形態において、潜熱蓄熱材組成物としての使用は好ましくないが、例えば、硝酸アンモニウムや塩素酸カリウム等についても、水に溶解した際に吸熱反応を呈するため、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」には該当する。
【0054】
次に、実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成について、説明する。
図1は、実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図であり、添加剤に、過冷却防止剤を配合した第1の潜熱蓄熱材組成物に関する模式図である。
図2は、実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図であり、添加剤に、過冷却防止剤と共に、融点調整剤一種を配合した第2の潜熱蓄熱材組成物に関する模式図である。
図3は、実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図であり、添加剤に、過冷却防止剤と共に、融点調整剤二種を配合した第3の潜熱蓄熱材組成物に関する模式図である。
【0055】
図1~
図3に示すように、実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物1は、第1の潜熱蓄熱材組成物(潜熱蓄熱材組成物1A)と、第2の潜熱蓄熱材組成物(潜熱蓄熱材組成物1B)と、第3の潜熱蓄熱材組成物(潜熱蓄熱材組成物1C)の3種である。潜熱蓄熱材組成物1Aは、潜熱蓄熱材10と、過冷却防止剤20とからなる。潜熱蓄熱材組成物1Bは、潜熱蓄熱材10と、過冷却防止剤20と、1種の融点調整剤30を含有してなる。潜熱蓄熱材組成物1Cは、潜熱蓄熱材10と、過冷却防止剤20と、2種の融点調整剤30を含有してなる。
【0056】
<潜熱蓄熱材10について>
潜熱蓄熱材10は、本実施形態では、カリウムミョウバン十二水和物(硫酸カリウムアルミニウム・12水:AlK(SO4)2・12H2O)(カリミョウバン)である。カリミョウバンは、水和数12、分子量[g/mol]474.388、密度[g/cm3]1.75、融点92.5℃、常温では固体で、水に可溶な物性を有する。そのため、カリミョウバンが単体で、融点未満の温度で加熱されたとしても、ほとんど溶融することなく、潜熱を蓄えることもできない。
【0057】
なお、本実施形態では、潜熱蓄熱材10をカリミョウバンとしたが、潜熱蓄熱材は、カリミョウバンに限定されるものではない。潜熱蓄熱材は、例えば、アンモニウムミョウバン十二水和物(硫酸アンモニウムアルミニウム・12水:AlNH4(SO4)2・12H2O)(アンモニウムミョウバン)、クロムミョウバン(CrK(SO4)2・12H2O)、鉄ミョウバン(FeNH4(SO4)2・12H2O)等でも良く、1価の陽イオンの硫酸塩MI
2(SO4)と、3価の陽イオンの硫酸塩MIII
2(SO4)3との複硫酸塩である「ミョウバン」に、水和物を有した「ミョウバン水和物」であれば、何でも良い。
【0058】
また、「ミョウバン」に含まれる3価の金属イオンは、アルミニウムイオン、クロムイオン、鉄イオン以外に、例えば、コバルトイオン、マンガンイオン等の金属イオンでも良い。さらに、潜熱蓄熱材は、このような「ミョウバン水和物」に属する物質を、少なくとも二種以上含む混合物、または混晶を主成分とした蓄熱材であっても良い。
【0059】
<過冷却防止剤20について>
過冷却防止剤20は、前述したように、ケイ酸カルシウム系の物質である第1過冷却防止剤21(第1の過冷却防止剤)、またはリン酸塩化合物系の物質である第2過冷却防止剤22(第2の過冷却防止剤)である。
【0060】
なお、潜熱蓄熱材組成物1全体の重量に占める過冷却防止剤20の配合割合は、0wt%より大きく、10wt%以下の範囲内であることが好ましい。
【0061】
<融点調整剤30について>
融点調整剤30は、本実施形態では、塩化カリウム(第1融点調整剤31)と、マンニトール(第2融点調整剤32)である。マンニトールは、水和数12、分子量[g/mol]182.17、融点166~168℃、水に可溶な物性を有する。マンニトールは、当該潜熱蓄熱材組成物1Cの融解温度を調整できると共に、当該潜熱蓄熱材組成物1Cの粘度をより高める増粘性を有している。
【0062】
<検証実験の実施>
本出願人は、本実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物1の有意性を検証する目的で、潜熱蓄熱材10における過冷却現象の解除にあたり、過冷却防止剤20の効果を検証するための実験を、全部で4つ(実験1~4)行った。以下、実験1から順に説明する。
【0063】
図4は、潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1,2で、恒温槽内で変化させた加熱温度の条件を示すグラフである。
図5は、実験1に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例1~6、及びその比較例1,2に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
図10は、再現性の確認で行った2回目の実験1で、実施例1,4、及びその比較例1~3に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。
【0064】
(実験1)
実験1は、潜熱蓄熱材に過冷却防止剤を加えた潜熱蓄熱材組成物を試料に用いて、実施例1~6に係る潜熱蓄熱材組成物1A(1)と、比較例1に係る潜熱蓄熱材と、比較例2,3に係る潜熱蓄熱材組成物を、それぞれ蓄熱材毎にアルミラミネート袋に封入したサンプルを用いて、蓄熱材毎に過冷却現象の解除を確認する実験である。なお、
図5及び
図10に示すように、実験1は、その再現性を確認する目的で2回実施されたが、2回目の実験1は、比較例3を追加した上で、実施例1,4に係る潜熱蓄熱材組成物1Aと、比較例2,3に係る潜熱蓄熱材組成物を対象としており、サイクル数以外の条件は、2回とも同じである。
【0065】
<実験方法>
実験1では、その開始前に予め、実験に使用する試料(実施例1~6、及び比較例1~3に係る潜熱蓄熱材組成物1等)の前処理を行った。前処理では、試料の構成成分である潜熱蓄熱材10の粉末と、過冷却防止剤20等の粉末(比較例1では、潜熱蓄熱材10単体のみ)とを混合して、この混合物を一度98℃に昇温して融解させた。これにより、融液状態となった試料では、潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20等が、均質に混合しているとみなすことができるため、融液状態にあるこの試料を、30℃近傍まで冷却して凝固させた。かくして、実験1の開始にあたり、このような前処理を経て作製した固体状の試料を準備した。
【0066】
そして、実施例1~6、及び比較例1~3のそれぞれで、試料50.5g(比較例1は50g)をアルミラミネート袋に充填し、液密状態に封入した試料入パックを、サンプルとして全13種作製した。熱電対を試料入パック表面に貼付した状態で、実施例1~6、及び比較例1~3とも、試料入パックを、恒温槽内に密閉状態で設置した。そして、試料入パック内の潜熱蓄熱材組成物1等が実験開始時に約30℃となるよう、恒温槽内を一様な雰囲気温度に調節した。なお、実験開始以降、恒温槽内の雰囲気温度は、設定された温度制御プログラムに基づく制御により、試料入パックの温度は管理されている。
【0067】
実験1では、恒温槽内で、大気圧の下、表面に熱電対を貼付した試料入パックに対し、高温側保温プロセスまたは低温側保温プロセスを介して、1サイクル内にある昇温プロセスと降温プロセスとを、交互に複数サイクル(本実施形態では、1回目の実験1で4サイクル、2回目の実験1で6サイクル)繰り返することにより、試料入パック内の潜熱蓄熱材組成物1等の相変化に伴う潜熱の蓄熱とその放熱の挙動を観察した。併せて、1サイクル目の昇温・降温プロセスについて、潜熱蓄熱材組成物1等の融解開始温度、凝固開始温度の測定も行った。
【0068】
具体的には、
図4に示すように、実験開始後、昇温プロセスでは、恒温槽内の雰囲気温度を制御することにより、試料入パック内の潜熱蓄熱材組成物1等を、約30℃から98℃になるまで昇温速度20℃/h.で加熱した。昇温プロセスの後、高温側保温プロセスでは、恒温槽内で試料入パックを6時間、98℃(高温側保持温度)に保温(高温側保温プロセス)して、試料を完全に液化させた。
【0069】
6時間経過後、降温プロセスを実施。降温プロセスでは、恒温槽内の雰囲気温度を制御することにより、高温側保持温度98℃に保温されていた試料入パックの潜熱蓄熱材組成物1等を、約30℃になるまで降温速度20℃/h.で冷却した。降温プロセスの後、低温側保温プロセスでは、恒温槽内で試料入パックを6時間、約30℃(低温側保持温度)に保温して、試料を完全に固化させた。このような昇温プロセスから高温側保温プロセス、降温プロセスを経て、低温側保温プロセスに至るまでの一連のプロセスを、1サイクルとした。
【0070】
ところで、実験1では、前述の通り、1サイクルを遂行する間に、昇温プロセスの実施に向けて、その直前の低温側保温プロセスで、試料入パックを6時間、低温側保持温度に保温したほか、降温プロセスの実施にあたり、その直前の高温側保温プロセスで試料入パックを6時間、高温側保持温度に保温して、試料入パックを静置し続けた。試料入パックを6時間、低温側保温プロセスと高温側保温プロセスで静置した理由は、過冷却防止剤を含む試料において、昇温プロセス前に時間を十分にかけて、液相から固相へと確実に相変化させて、完全な凝固状態にしておくと共に、降温プロセス前に時間を十分にかけて、固相から液相へと確実に相変化させて、完全な融解状態にしておくためである。このように、試料入パックが6時間保温され続ければ、相変化を起こした試料は、完全な凝固状態、または完全な融解状態に、十分なり得る。それ故に、試料の不完全な融解や凝固に起因した誤差要因、異常値等を完全に排除し、過大または過小な評価となる結果を回避して、実験1は実施されている。
【0071】
続く2サイクル目では、6時間経過後、約30℃から98℃になるまで昇温速度20℃/h.で、試料入パック内の潜熱蓄熱材組成物1等を加熱した後、1サイクル目と同様に、試料入パックを6時間、高温側保持温度98℃で保温した。そして、高温側保持温度98℃に保温されていた試料入パック内の潜熱蓄熱材組成物1等を、約30℃になるまで降温速度20℃/h.で冷却した後、試料入パックを6時間、低温側保持温度約30℃に保温した。3サイクル目以降でも、このような2サイクル目の昇温・降温プロセスを、繰り返し連続で行った。
【0072】
また、各試料入パックとも、グラフ化した各サイクルの昇温・降温プロセスに基づいて、昇温プロセス中に、固相から液相に変化し始めるときの温度(融解開始温度)と、降温プロセス中に、液相から固相に変化し始めるときの温度(凝固開始温度)を、熱電対で検知して確認した。
【0073】
<実施例1~6、及び比較例1~3の共通条件>
・潜熱蓄熱材;カリウムミョウバン十二水和物を50g
・恒温槽の温度;高温側保持温度98℃、低温側保持温度約30℃
<実施例1~6、及び比較例3の共通条件>
・過冷却防止剤/添加量;0.5g
・潜熱蓄熱材組成物全体に占める過冷却防止剤の含有割合;1wt%
(潜熱蓄熱材:過冷却防止剤=99:1)
<実施例1~6の条件>
・潜熱蓄熱材組成物1A(1)の構成;潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20(第1過冷却防止剤21または第2過冷却防止剤22)
<実施例1の条件>
・第1過冷却防止剤21;メタケイ酸カルシウム
<実施例2の条件>
・第1過冷却防止剤21;トバモライト
<実施例3の条件>
・第1過冷却防止剤21;ゾノトライト
<実施例4の条件>
・第2過冷却防止剤22;ピロリン酸カルシウム
<実施例5の条件>
・第2過冷却防止剤22;リン酸三カルシウム
<実施例6の条件>
・第2過冷却防止剤22;グリセロリン酸カルシウム
<比較例1の条件>
・過冷却防止剤;なし
<比較例2の条件>
・過冷却防止剤;無水硫酸カルシウム(CaSO4)
<比較例3の条件>
・過冷却防止剤;ステアリン酸カルシウム(C36H70CaO4)
【0074】
<結果>
図6は、実施例1~5、及びその比較例1,2に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1で、最初の1サイクル目に生じた蓄熱の挙動を示すグラフである。
図7は、
図6に続き、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
図8は、
図7に続き、3サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
図9は、
図8に続き、4サイクル目に生じた蓄熱の挙動を示すグラフである。
図11は、実施例1,4、及びその比較例1~3に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1で、2サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
図12は、
図11に続き、6サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
図13は、実施例6に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験1で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【0075】
図6及び
図9に示すグラフでは、昇温プロセスにおいて、恒温槽内の雰囲気温度は、加熱制御の下で、時間の経過と共に、昇温速度20℃/h.で上限98℃になるまで、略線形性を有した挙動で変化しながら上昇した。試料入パック内の潜熱蓄熱材組成物1等(試料)の温度は、恒温槽内の加熱開始以降、雰囲気温度の変動と同様、略線形性を有した挙動で変化しながら上昇した。
【0076】
しかしながら、試料の温度が、上限98℃に近づいた高温域になると、雰囲気温度の変化挙動から外れて変化し始め、時間が経過しても、しばらくの間、試料の温度は、それまでの変化のように上昇せず、概ね一定の温度を維持した状態(潜熱蓄熱現象)を経ながら、恒温槽内の温度変化に追従しない挙動で温度変化した。実験1では、変化し続ける温度推移の中で、潜熱蓄熱事象の発現により、試料の温度が、それまで概ね等価であった雰囲気温度と離れ始めた時刻tを基に、時刻tに対応する温度Teを、試料の「融解開始温度」と定義している。
【0077】
また、
図7、
図8、及び
図11~
図13に示すグラフでは、降温プロセスにおいて、恒温槽内の雰囲気温度は、冷却制御の下で、時間の経過と共に、降温速度20℃/h.で下限約30℃になるまで、略線形性を有した挙動で変化しながら下降した。試料の温度は、恒温槽内の冷却開始以降、雰囲気温度の変動と同様、略線形性を有した挙動で変化しながら下降した。
【0078】
しかしながら、試料によっては、試料の温度が、下限約30℃に向かう途上の温度域になると、雰囲気温度変化の挙動から外れて変化し始め、時間が経過しても、しばらくの間、試料の温度は、それまでの変化のように下降せず、概ね一定の温度を維持した状態(潜熱放熱現象)を経ながら、恒温槽内の温度変化に追従しない挙動で温度変化した。実験1では、変化し続ける温度推移の中で、潜熱放熱現象の発現により、試料の温度が、それまで概ね等価であった雰囲気温度と離れ始めた時刻tを基に、時刻tに対応する温度Trを、試料の「凝固開始温度」と定義している。
【0079】
<1回目の結果>
具体的には、1回目の実験1の結果では、1サイクル目の昇温プロセスにおいて、
図6に示すように、実施例1の場合、融解開始温度はTe11=約86℃であった。実施例2の場合、融解開始温度はTe11=約90℃であった。実施例3~5の場合、融解開始温度はTe11=約88℃であった。比較例1の場合、融解開始温度は、Te11=約88℃であった。比較例2の場合、融解開始温度はTe11=約90℃であった。また、4サイクル目の昇温プロセスにおいて、
図9に示すように、実施例1の場合、融解開始温度はTe11=約86℃であった。実施例2,5の場合、融解開始温度はTe11=約88℃であった。実施例3,4の場合、融解開始温度はTe11=約87℃であった。比較例1の場合、融解開始温度はTe11=約92℃であった。比較例2の場合、融解開始温度はTe11=約88℃であった。
【0080】
一方、1サイクル目の降温プロセスにおいて、
図7及び
図13に示すように、実施例1の場合、凝固開始温度はTr11a=約78℃であった。実施例2,3の場合、凝固開始温度はTr11a=約77℃であった。実施例4,6の場合、凝固開始温度はTr11a=約76℃であった。実施例5の場合、凝固開始温度はTr11a=約74℃であった。比較例1の場合、融液状態から固体状態への相変化による潜熱放熱の挙動は、確認されなかった。比較例2の場合、凝固開始温度はTr11b=約70℃であった。また、3サイクル目の降温プロセスにおいて、
図8に示すように、実施例1~3の場合、凝固開始温度はTr11a=約77℃であった。実施例4の場合、凝固開始温度はTr11a=約76℃であった。実施例5の場合、凝固開始温度はTr11a=約68℃であった。比較例1の場合、融液状態から固体状態への相変化による潜熱放熱の挙動は、確認されなかった。比較例2の場合、凝固開始温度はTr11b=約67℃であった。
【0081】
<2回目の結果>
2回目の実験1の結果では、2サイクル目の降温プロセスにおいて、
図11に示すように、実施例1の場合、凝固開始温度はTr12=約78℃であった。実施例4の場合、凝固開始温度はTr12=約75℃であった。比較例1の場合、融液状態から固体状態への相変化による潜熱放熱の挙動は、確認されなかった。比較例2の場合、凝固開始温度はTr12=約76℃であった。比較例3の場合、凝固開始温度はTr12=約77℃であった。また、6サイクル目の降温プロセスにおいて、
図12に示すように、実施例1,4の場合、凝固開始温度はTr16a=約77℃であった。比較例1の場合、融液状態から固体状態への相変化による潜熱放熱の挙動は、確認されなかった。比較例2,3の場合、凝固開始温度はTr16b=約69℃であった。
【0082】
<考察>
潜熱蓄熱材は、その融点以上の加熱により、固体状態から融液状態への相変化時に、潜熱を蓄えて蓄熱を行い、融点以下の温度で冷却する過程において、融液状態から固体状態への相変化時に、蓄えている潜熱を外部に放熱する。2回の実験1の結果より、比較例1の試料は、添加物を全く含まず潜熱蓄熱材(カリミョウバン)単体だけとなっている。そのため、比較例1の試料が、融点92.5℃より低い温度まで冷却されると、理論上、元々100℃近くの融液状態にあったカリミョウバンは本来、固体状態への相変化により、蓄えている潜熱を放熱し、この放熱に伴って、カリミョウバンの状態温度は、一時的に上昇するはずである。しかしながら、実験1の結果では、比較例1の試料からの潜熱放熱の挙動が存在しないことから、カリミョウバンで、融点92.5℃より低い温度になっても、固体状態への相変化を起こさない過冷却現象が発現していることが判る。
【0083】
比較例2の場合、1回目の実験1では、1サイクル目の降温プロセスでは約70℃、3サイクル目の降温プロセスでは約67℃、2回目の実験1では、2サイクル目の降温プロセスでは約76℃、6サイクル目の降温プロセスでは約69℃と、試料から潜熱放熱が開始された挙動を確認できているが、これらの凝固開始温度は、約76℃となった2サイクル目を除き、カリミョウバンの融点より22℃以上も低い。また、蓄熱・放熱プロセスが、複数のサイクルにわたって繰り返されると、サイクル毎の凝固開始温度にバラツキがあるため、試料の凝固が、安定した温度で開始されていないことが判る。
【0084】
しかも、1サイクル目の昇温プロセス(
図6)、4サイクル目の昇温プロセス(
図9)を対比すると、比較例1の場合、4サイクル目の潜熱蓄熱の挙動がほとんど確認されず、比較例2の場合でも、4サイクル目に潜熱を蓄熱する時間が、1サイクル目の状態に比べ、大幅に減少している。その理由として、昇温プロセスの実行前に、過冷却現象が試料に発現したことにより、試料全体が完全な凝固状態になっておらず、不完全な凝固状態のまま、昇温プロセスが実行されたために、試料において、固相から液相への相変化による潜熱の蓄熱量が、過冷却現象を有している分、減少したものと推察される。
【0085】
これに対し、実施例1~6の場合、何れの過冷却防止剤でも、1サイクル目の降温プロセスにおいて、カリミョウバンの融点より15℃程低い凝固開始温度で、試料から潜熱放熱を開始した挙動が確認できている。これは、過冷却防止剤が、メタケイ酸カルシウム(実施例1)、トバモライト(実施例2)、ゾノトライト(実施例3)、ピロリン酸カルシウム(実施例4)、リン酸三カルシウム(実施例5)、及びグリセロリン酸カルシウム(実施例6)であり、カリミョウバンの結晶核の成長を促す何らかの物性を有するからだと考えられる。
【0086】
しかも、実施例1~4の場合、3サイクル目の降温プロセスでも、凝固開始温度は、1サイクル目とほぼ同じである。すなわち、特に、メタケイ酸カルシウム、トバモライト、ゾノトライト、及びピロリン酸カルシウムが、過冷却防止剤に用いられていると、これらの過冷却防止剤は、カリミョウバンの融点との乖離を15℃程度に抑えることができると共に、実施例1~4に係る潜熱蓄熱材組成物1A(1)において、蓄熱とその放熱のサイクルを複数回、安定して繰り返すことができる物性であると推察される。
【0087】
特に、比較例3の過冷却防止剤として、複数回の蓄熱・放熱サイクルを、比較的安定した状態で繰り返すことができるステアリン酸カルシウムを追加して、2回目に行った実験1の結果を、実際に確認してみても、メタケイ酸カルシウム(実施例1)とピロリン酸カルシウム(実施例4)では、1回目の実験1の結果と同様、カリミョウバンの融点より16℃前後低い凝固開始温度で、試料から潜熱放熱を開始した挙動が確認できている。一方、比較例3の場合、2サイクル目の降温プロセスでは、カリミョウバンの融点との乖離が15℃程度に抑えることができていたが、6サイクル目の降温プロセスになると、カリミョウバンの融点との乖離が23℃程度まで増大した。
【0088】
(実験2)
実験2は、実施例7~12に係る潜熱蓄熱材組成物1A(1)と、比較例1に係る潜熱蓄熱材を、それぞれ蓄熱材毎にアルミラミネート袋に封入したサンプルを用いて、蓄熱材毎に過冷却現象の解除を確認する実験である。
図14は、実験2に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例7~12、及びその比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。実験2は、
図14に示す条件により、潜熱蓄熱材に過冷却防止剤を加えた潜熱蓄熱材組成物を試料に用いて、前述した実験1と同じ実験方法で実施。
【0089】
<実施例7~12、及び比較例1の共通条件>
・恒温槽の温度;高温側保持温度98℃、低温側保持温度約30℃
・潜熱蓄熱材;カリウムミョウバン十二水和物を50g
<実施例7~12の共通条件>
・潜熱蓄熱材組成物1A(1)の構成;潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20(第1過冷却防止剤21または第2過冷却防止剤22)
・過冷却防止剤20/添加量;5g
・潜熱蓄熱材組成物1A(1)全体に占める過冷却防止剤20の含有割合;9.1wt%
(潜熱蓄熱材10:過冷却防止剤20=90.9:9.1)
<実施例7の条件>
・第1過冷却防止剤21;メタケイ酸カルシウム
<実施例8の条件>
・第1過冷却防止剤21;トバモライト
<実施例9の条件>
・第1過冷却防止剤21;ゾノトライト
<実施例10の条件>
・第2過冷却防止剤22;ピロリン酸カルシウム
<実施例11の条件>
・第2過冷却防止剤22;リン酸三カルシウム
<実施例12の条件>
・第2過冷却防止剤22;グリセロリン酸カルシウム
<比較例1の条件>
・過冷却防止剤;なし
【0090】
<結果>
図15は、実施例7~12、及びその比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験2で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【0091】
実験2の結果では、1サイクル目の降温プロセスにおいて、
図15に示すように、実施例7の場合、凝固開始温度はTr21a=約77℃であった。実施例8の場合、凝固開始温度はTr21a=約73℃であった。実施例9の場合、凝固開始温度はTr21a=約75℃であった。実施例10の場合、凝固開始温度はTr21b=約64℃であった。実施例11,12の場合、凝固開始温度はTr21a=約75℃であった。比較例1の場合、融液状態から固体状態への相変化による潜熱放熱の挙動は、確認されなかった。
【0092】
<考察>
潜熱蓄熱材組成物1全体に占める過冷却防止剤20の含有割合を、1wt%とした実験1の結果(
図7)と、9.1wt%とした実験2の結果(
図15)を、同じ過冷却防止剤同士で対比しても、実験2の結果から得られた凝固開始温度は、実験1の結果から得られた凝固開始温度と、全体的にほぼ同じような傾向をなしていることが判る。ところが、過冷却防止剤20自体は、蓄熱性能を具備していないため、過冷却防止剤20が、過剰に配合されていると、体積当たりの潜熱の蓄熱量について、潜熱蓄熱材組成物1の蓄熱量が、潜熱蓄熱材10単体での蓄熱量に比べ、大幅に低下してしまう。そのため、潜熱蓄熱材組成物1全体に占める過冷却防止剤20の配合割合が、0wt%より大きく、10wt%以下の範囲内であれば、潜熱蓄熱材組成物1の蓄熱量は顕著に低下せず、潜熱蓄熱材組成物1は、実際の現場で、特に大きな支障を生じることもなく、適切に運用することができる。
【0093】
(実験3)
実験3は、実施例13~15に係る潜熱蓄熱材組成物1B(1)を、それぞれ蓄熱材毎にアルミラミネート袋に封入したサンプルを用いて、蓄熱材毎に過冷却現象の解除を確認する実験である。
図16は、潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験3で、恒温槽内で変化させた加熱温度の条件を示すグラフである。
図17は、実験3に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例13~15に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。実験3は、
図16及び
図17に示す条件により、潜熱蓄熱材に過冷却防止剤と融点調整剤一種を加えた潜熱蓄熱材組成物を試料に用いて、恒温槽の保持温度以外、前述した実験1と同じ実験方法で実施。
【0094】
<実施例13~15の共通条件>
・恒温槽の温度;高温側保持温度82℃、低温側保持温度約30℃
・潜熱蓄熱材組成物1B(1)の構成;潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20(第1過冷却防止剤21または第2過冷却防止剤22)と融点調整剤30(第1融点調整剤31)
・潜熱蓄熱材10;カリウムミョウバン十二水和物を50g
・過冷却防止剤20/添加量;0.5g
・融点調整剤30/添加量;塩化カリウム/5g
・潜熱蓄熱材組成物1B(1)全体に占める過冷却防止剤20の含有割合;1wt%
・潜熱蓄熱材組成物1B(1)全体に占める融点調整剤30の含有割合;9wt%
・潜熱蓄熱材10;過冷却防止剤20:融点調整剤30=90.1:0.9:9
<実施例13の条件>
・第1過冷却防止剤21;メタケイ酸カルシウム
<実施例14の条件>
・第2過冷却防止剤22;ピロリン酸カルシウム
<実施例15の条件>
・第2過冷却防止剤22;リン酸三カルシウム
【0095】
<結果>
図18は、実験3で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフであり、
図19は、
図18に続き、4サイクル目で生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【0096】
実験3の結果では、1サイクル目の降温プロセスにおいて、
図18に示すように、実施例13~15の場合、凝固開始温度はTr31=約65℃であった。また、4サイクル目の降温プロセスにおいて、
図19に示すように、実施例13の場合、凝固開始温度はTr34=約66℃であった。実施例14,15の場合、凝固開始温度はTr34=約65℃であった。
【0097】
<考察>
実験3の結果より、融点調整剤30が一種、潜熱蓄熱材組成物1に含有されていても、潜熱蓄熱材組成物1に阻害要因が生じることなく、潜熱蓄熱材10の融点を、所望の温度に調整しつつ、潜熱蓄熱材10に対する過冷却現象の発現を、より確実に抑制できていることが判る。
【0098】
(実験4)
実験4は、実施例16~18に係る潜熱蓄熱材組成物1C(1)を、それぞれ蓄熱材毎にアルミラミネート袋に封入したサンプルを用いて、蓄熱材毎に過冷却現象の解除を確認する実験である。
図20は、潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験4で、恒温槽内で変化させた加熱温度の条件を示すグラフである。
図21は、実験4に用いた潜熱蓄熱材組成物について、実施例16~18に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分とその含有割合をまとめて掲載した表である。実験4は、
図20及び
図21に示す条件により、潜熱蓄熱材に過冷却防止剤と融点調整剤二種を加えた潜熱蓄熱材組成物を試料に用いて、恒温槽の保持温度以外、前述した実験1と同じ実験方法で実施。
【0099】
<実施例16~18の共通条件>
・恒温槽の温度;高温側保持温度88℃、低温側保持温度約30℃
・潜熱蓄熱材組成物1C(1)の構成;潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20(第1過冷却防止剤21または第2過冷却防止剤22)と融点調整剤30(第1融点調整剤31及び第2融点調整剤32)
・潜熱蓄熱材10;カリウムミョウバン十二水和物を50g
・過冷却防止剤20/添加量;0.5g
・融点調整剤30/添加量;塩化カリウム/2.5g、マンニトール/2.5g
・潜熱蓄熱材組成物1C(1)全体に占める過冷却防止剤の含有割合;0.9wt%
・潜熱蓄熱材組成物1C(1)全体に占める融点調整剤の含有割合;9wt%
・潜熱蓄熱材:過冷却防止剤20:第1融点調整剤31:第2融点調整剤32=90.1:0.9:4.5:4.5
<実施例16の条件>
・第1過冷却防止剤21;メタケイ酸カルシウム
<実施例17の条件>
・第2過冷却防止剤22;ピロリン酸カルシウム
<実施例18の条件>
・第2過冷却防止剤22;リン酸三カルシウム
【0100】
<結果>
図22は、実施例16~18に係る潜熱蓄熱材組成物による蓄熱とその放熱のプロセスを複数サイクルで繰り返す実験4で、最初の1サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
図23は、
図22に続き、4サイクル目に生じた放熱の挙動を示すグラフである。
【0101】
実験4の結果では、1サイクル目の降温プロセスにおいて、
図22に示すように、実施例16の場合、凝固開始温度はTr41=約66℃であった。実施例17,18の場合、凝固開始温度はTr41=約65℃であった。また、4サイクル目の降温プロセスにおいて、
図23に示すように、実施例16の場合、凝固開始温度はTr44=約70℃であった。実施例17の場合、凝固開始温度はTr44=約68℃であった。実施例19の場合、凝固開始温度はTr44=約69℃であった。
【0102】
<考察>
実験4の結果より、融点調整剤30が二種、潜熱蓄熱材組成物1に含有されていても、実験3の結果と同様、潜熱蓄熱材組成物1に阻害要因が生じることなく、潜熱蓄熱材10の融点を、所望の温度に調整しつつ、潜熱蓄熱材10に対する過冷却現象の発現を、より確実に抑制できていることが判る。
【0103】
次に、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1の作用・効果について説明する。
【0104】
本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材10を主成分に、該潜熱蓄熱材10の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物において、潜熱蓄熱材10は、ミョウバン水和物であり、添加剤は、第1の添加剤として、融液状態にあるミョウバン水和物に対し、結晶化を誘起する過冷却防止剤20であること、過冷却防止剤20は、ケイ酸カルシウムに該当する結晶質物質(第1過冷却防止剤21)、またはカルシウムイオン(Ca2+)を含むリン酸塩化合物(第2過冷却防止剤22)であること、を特徴とする。
【0105】
この特徴により、過冷却防止剤20は、結晶化に必要な潜熱蓄熱材10の核生成に積極的に寄与するため、潜熱蓄熱材組成物1の潜熱蓄熱材10では、過冷却防止剤20により調整された凝固開始温度Trは、潜熱蓄熱材10単体の融解温度に対し、これまで困難とされてきた温度差を、十数℃程度までに収まることができる。
【0106】
従って、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1によれば、ミョウバン水和物を主成分とする潜熱蓄熱材10に対し、融解温度との温度差を、例えば、十数℃程度と、より小さく抑えた凝固温度で、より確実に過冷却抑制効果を発揮することができる、という優れた効果を奏する。
【0107】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第1過冷却防止剤21をなす結晶質物質は、メタケイ酸カルシウム(CaSiO3)、ケイ酸三カルシウム(Ca3SiO5)、またはケイ酸カルシウム水和物のうち、少なくともいずれかの物質であること、を特徴とする。また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第1過冷却防止剤21をなす結晶質物質は、メタケイ酸カルシウムであること、を特徴とする。また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第1過冷却防止剤21をなす結晶質物質は、珪灰石グループまたはトバモライトグループに分類されるケイ酸カルシウム水和物であること、を特徴とする。また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第1過冷却防止剤21をなすケイ酸カルシウム水和物は、ゾノトライト(Ca6(Si6O17)(OH)2)、またはトバモライト(Ca5(Si6O18H2)・nH2O)(n=4、8)であること、を特徴とする。
【0108】
このような特徴により、潜熱蓄熱材組成物1を、融液状態から冷却する過程において、潜熱蓄熱材10の凝固開始温度Trと融解開始温度Teとの乖離を抑制して、蓄えていた潜熱を放熱することができる。また、潜熱蓄熱材組成物1において、潜熱の蓄熱と、蓄えた潜熱の放熱との一連のプロセスが、複数サイクルにわたって繰り返し行われても、凝固開始温度Trと融解開始温度Teは、サイクル毎にほとんど変動しない。そのため、潜熱蓄熱材組成物1は、充填された蓄熱材充填容器の内外で、液相と固相との相変化に伴って、熱を蓄えるときや、蓄えた熱を必要に応じて取り出すときに、安定した状態で使用することができる。
【0109】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第2過冷却防止剤22をなすリン酸塩化合物は、カルシウムイオン(Ca2+)と結合するアニオンを、リン酸イオン(PO4
3-)、またはリン酸水素イオン(HPO4
2-)とする物質であること、を特徴とする。また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第2過冷却防止剤22をなすリン酸塩化合物は、リン酸三カルシウム(別名;第三リン酸カルシウム)(Ca3(PO4)2)、ピロリン酸カルシウム(別名;二リン酸カルシウム)(Ca2O7P2)、またはリン酸一水素カルシウム(別名;第二リン酸カルシウム)(CaHPO4)のうち、少なくともいずれかの物質であること、を特徴とする。
【0110】
このような特徴により、潜熱蓄熱材組成物1を、融液状態から冷却する過程において、潜熱蓄熱材10の凝固開始温度Trと融解開始温度Teとの乖離を抑制して、蓄えていた潜熱を放熱することができる。また、潜熱蓄熱材組成物1において、潜熱の蓄熱と、蓄えた潜熱の放熱との一連のプロセスが、複数サイクルにわたって繰り返し行われても、凝固開始温度Trと融解開始温度Teは、サイクル毎にほとんど変動しない。そのため、潜熱蓄熱材組成物1は、充填された蓄熱材充填容器の内外で、液相と固相との相変化に伴って、熱を蓄えるときや、蓄えた熱を必要に応じて取り出すときに、安定した状態で使用することができる。
【0111】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、第2過冷却防止剤22をなすリン酸塩化合物は、グリセロリン酸カルシウム(分子式;C3H7CaO6P)であること、を特徴とする。
【0112】
このような特徴により、潜熱蓄熱材組成物1を、融液状態から冷却する過程において、潜熱蓄熱材10の凝固開始温度Trと融解開始温度Teとの乖離を抑制して、蓄えていた潜熱を放熱することができる。
【0113】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、添加剤として、第1の添加剤とは別の第2の添加剤が配合されており、第2の添加剤は、ミョウバン水和物の融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤30であること、を特徴とする。
【0114】
この特徴により、潜熱蓄熱材組成物1では、過冷却防止剤20により、潜熱蓄熱材10に対する過冷却現象の発現を、より確実に抑制できている状態の下で、潜熱蓄熱材組成物1に阻害要因が生じることなく、融点調整剤30により、潜熱蓄熱材10の融点を、所望の温度に調整することができる。
【0115】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、融点調整剤30(第1融点調整剤31、第2融点調整剤32)は、ミョウバン水和物との溶解により、負の溶解熱を発生する物性を有する物質であること、を特徴とする。
【0116】
この特徴により、融点調整剤30は、潜熱蓄熱材10の水に溶解した際に吸熱反応を呈する。そのため、融点調整剤30が、潜熱蓄熱材組成物1に含有されていても、潜熱蓄熱材10の蓄熱・放熱性能に悪影響を及ぼすことなく、潜熱蓄熱材10の融点を、所望の温度に調整することができる。
【0117】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、融点調整剤30は、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、またはマンニトール(C6H14O6)のうち、少なくともいずれか一つを含む、糖アルコール類に属する物質(第2融点調整剤32)であること、を特徴とする。
【0118】
この特徴により、潜熱蓄熱材組成物1の融解温度を調整できると共に、潜熱蓄熱材組成物1の粘度が増大して、潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20との密度差に起因した潜熱蓄熱材10と過冷却防止剤20との分離や、主成分である潜熱蓄熱材10自体の構成成分同士の分離等、潜熱蓄熱材組成物1の構成成分同士の分離を防止することができる。そのため、潜熱蓄熱材組成物1の構成成分間の不均一化が発生しないため、潜熱蓄熱材組成物1は、化学的に安定した蓄熱材となり得る。しかも、第2融点調整剤32が潜熱蓄熱材10に加わることで、潜熱蓄熱材10の融点を大幅に調整できると共に、融点調整剤30自体も蓄熱性能を具備しているため、第2融点調整剤32は、潜熱蓄熱材組成物1において、潜熱をより大量に蓄えるのに貢献する。
【0119】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、融点調整剤30(第1融点調整剤31)は、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化ナトリウム(NaCl)のうち、少なくともいずれか一つを含んでいること、を特徴とする。
【0120】
この特徴により、第1融点調整剤31は、潜熱蓄熱材10の水に溶解した際に吸熱反応を呈する。そのため、第1融点調整剤31が、潜熱蓄熱材組成物1に含有されていても、潜熱蓄熱材10の蓄熱・放熱性能に悪影響を及ぼすことなく、潜熱蓄熱材10の融点を、所望の温度に調整することができる。
【0121】
また、本実施形態の潜熱蓄熱材組成物1では、ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン十二水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン十二水和物(AlK(SO4)2・12H2O)の少なくともいずれか一方を含むものであること、を特徴とする。
【0122】
この特徴により、アンモニウムミョウバン十二水和物やカリウムミョウバン十二水和物は、無毒で非危険物であるため、安全衛生上に優れて使い勝手も良く、しかも、市場で幅広く流通して入手し易い上、安価である。
【0123】
以上において、本発明を実施形態の実施例1~18に即して説明したが、本発明は上記実施形態の実施例1~18に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できる。
【0124】
例えば、実施形態では、潜熱蓄熱材10として、カリミョウバンを主成分に、添加剤を加えた潜熱蓄熱材組成物1を用いて、実験1~4を行ったが、本出願人は、実験1~4以外にも、アンモニウムミョウバンを主成分に、添加剤を加えた潜熱蓄熱材組成物を用いて、実験1~4と同様の別の実験を複数種行っている。このような別の実験の結果を、カリミョウバンを主成分とした実験1~4等の結果と対比しても、カリミョウバンとアンモニウムミョウバンとによるミョウバン水和物の違いに起因して、得られた実験結果の違いがないことを、本出願人は確認している。
【0125】
また、実施形態の実験3では、第1融点調整剤31を塩化カリウム(KCl)としたが、融点調整剤は、塩化カリウム以外にも、例えば、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化ナトリウム(NaCl)等、種々変更可能である。
【符号の説明】
【0126】
1,1A,1B,1C 潜熱蓄熱材組成物
10 潜熱蓄熱材
20 過冷却防止剤
21 第1過冷却防止剤(過冷却防止剤)
22 第2過冷却防止剤(過冷却防止剤)
30 融点調整剤
31 第1融点調整剤(融点調整剤)
32 第2融点調整剤(融点調整剤)