(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146379
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】熱拡散構造及び熱拡散用コーティング材
(51)【国際特許分類】
B32B 9/00 20060101AFI20231004BHJP
C08L 83/14 20060101ALI20231004BHJP
C08K 5/541 20060101ALI20231004BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20231004BHJP
C09D 183/00 20060101ALI20231004BHJP
C09D 183/14 20060101ALI20231004BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20231004BHJP
B32B 27/18 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
B32B9/00 A
C08L83/14
C08K5/541
C08K3/04
C09D183/00
C09D183/14
C09D7/61
B32B27/18 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053528
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】516218384
【氏名又は名称】ハドラスホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108442
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 義孝
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】山本 英明
(72)【発明者】
【氏名】池田 正範
(72)【発明者】
【氏名】小田原 玄樹
【テーマコード(参考)】
4F100
4J002
4J038
【Fターム(参考)】
4F100AA20A
4F100AA20H
4F100AA37A
4F100AA37H
4F100CA21A
4F100DE03A
4F100DE03H
4F100EH462
4F100EH46A
4F100JJ01A
4F100JJ01H
4J002CP191
4J002DA027
4J002DA037
4J002EX036
4J002GF00
4J002GH01
4J038DL021
4J038DL161
4J038HA026
4J038MA04
4J038MA05
4J038NA13
4J038PB09
4J038PC02
4J038PC06
4J038PC08
(57)【要約】
【課題】コンパクトでありながら熱拡散性能に優れる熱拡散構造及び熱拡散用コーティング材を提供する。
【解決手段】コーティング対象となる基材1の表面2に、SiO
2を主成分とし炭素成分20を含有する薄膜の熱拡散コーティング膜15が被覆されている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーティング対象となる基材の表面に、SiO2を主成分とし炭素成分を含有する薄膜の熱拡散コーティング膜が被覆されていることを特徴とする熱拡散構造。
【請求項2】
前記熱拡散コーティング膜は、前記基材の表面に直接被膜されていることを特徴とする請求項1に記載の熱拡散構造。
【請求項3】
前記炭素成分は、前記熱拡散コーティング膜の厚さ方向に、前記基材側よりも該熱拡散コーティング膜の表面側が密に分散されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱拡散構造。
【請求項4】
前記炭素成分は、前記熱拡散コーティング膜の表面側に一部が露出していることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の熱拡散構造。
【請求項5】
前記炭素成分は、カーボンナノチューブであることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の熱拡散構造。
【請求項6】
前記熱拡散コーティング膜の膜厚よりも前記カーボンナノチューブの繊維長が長いことを特徴とする請求項5に記載の熱拡散構造。
【請求項7】
前記熱拡散コーティング膜は、SiO2を主成分とし、シロキサン結合による主鎖の一部に有機官能基が側鎖として結びついた無機有機複合構造を有することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の熱拡散構造。
【請求項8】
無機若しくは有機ポリシラザンとアルキルシリケート縮合物とを主成分とするベース剤に、少なくとも炭素成分を添加剤として含有することを特徴とする熱拡散用コーティング材。
【請求項9】
前記炭素成分は、前記ベース剤に0.03~4質量%の割合で添加されていることを特徴とする請求項8に記載の熱拡散用コーティング材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱拡散構造及び熱拡散用コーティング材に関する。
【0002】
電子部品の多くは通電使用に伴って発熱し、高温になることにより部品寿命を縮めるだけでなく、性能の低下や故障等の様々な問題を引き起こす原因となることから、電子部品から積極的に放熱できるように熱対策を施し、温度上昇を抑制することが行われている。
【0003】
従来の熱拡散構造として、例えば、電子部品の発熱部に熱伝導性の高いアルミニウム等の金属から形成されるヒートシンクを密接若しくは近接配置させることにより、電子部品からヒートシンクに熱伝導させ、ヒートシンクのフィン等の放熱面において放熱することで電子部品を冷却できるようにしたものがある。しかし、このとき、電子部品とヒートシンクとの間に隙間が存在すると、その隙間に熱伝導性の低い空気が介在することとなるため、発熱部からヒートシンクへの熱伝導がうまく行われず、電子部品の温度が十分に下がらなくなるという問題がある。
【0004】
特許文献1の熱拡散構造は、電子部品の表面に熱伝導性の高いシリコーン組成物を塗布して硬化させることにより被覆層を形成し、当該被覆層の表面にヒートシンクを圧接することにより、被覆層を介して電子部品からヒートシンクへの熱伝導を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2014/115456号(第12頁~第13頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、電子機器の小型化に伴って電子部品の更なる小型化、高性能化が進んでおり、熱対策の重要性が高まっているが、特許文献1の熱拡散構造において、シリコーン組成物による被覆層は、密着する電子部品やヒートシンクとの間で熱を移動させる熱伝導性は高いものの、被覆層自体の熱を外部に放射する放熱性が低いことから、特許文献1の熱拡散構造にはヒートシンクを用いた放熱が必要不可欠であり、ヒートシンクを配置できないような小型の電子部品への適用が難しいという問題があった。
【0007】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、コンパクトでありながら熱拡散性能に優れる熱拡散構造及び熱拡散用コーティング材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明の熱拡散構造は、
コーティング対象となる基材の表面に、SiO2を主成分とし炭素成分を含有する薄膜の熱拡散コーティング膜が被覆されていることを特徴としている。
この特徴によれば、SiO2を主成分とすることにより熱拡散コーティング膜を薄膜に形成することができ、当該熱拡散コーティング膜に炭素成分を高密度で含有させて熱の通り道を形成して基材から熱拡散コーティング膜への熱伝導性を向上させるとともに、熱拡散コーティング膜の表面に形成される微細な凹凸部が放熱性に寄与するため、コンパクトでありながら熱拡散性能に優れる熱拡散構造を提供できる。
【0009】
前記熱拡散コーティング膜は、前記基材の表面に直接被膜されていることを特徴としている。
この特徴によれば、熱拡散コーティング膜が基材の表面に形成される凹凸部を隙間なく埋めるように密着し、熱拡散コーティング膜と基材との間に空気が取り残された空間が形成されることを防止できるため、基材から熱拡散コーティング膜への熱伝導性を一層向上させることができる。
【0010】
前記炭素成分は、前記熱拡散コーティング膜の厚さ方向に、前記基材側よりも該熱拡散コーティング膜の表面側が密に分散されていることを特徴としている。
この特徴によれば、少量の炭素成分を含有させるだけで、熱拡散コーティング膜の面方向に炭素成分による熱の通り道を分布させやすくなり、熱拡散コーティング膜の表面からの放熱性を高めることができる。
【0011】
前記炭素成分は、前記熱拡散コーティング膜の表面側に一部が露出していることを特徴としている。
この特徴によれば、炭素成分による熱の通り道の一部が熱拡散コーティング膜の表面側に露出することとなり、炭素成分から外部に熱が直接放射されやすくなるため、放熱性を一層高めることができる。
【0012】
前記炭素成分は、カーボンナノチューブであることを特徴としている。
この特徴によれば、熱拡散コーティング膜内に分散されるカーボンナノチューブ同士が接触又は近接して網目状に分布するため、熱拡散コーティング膜の面方向に熱の通り道を均一に分布させやすい。
【0013】
前記熱拡散コーティング膜の膜厚よりも前記カーボンナノチューブの繊維長が長いことを特徴としている。
この特徴によれば、熱拡散コーティング膜の厚さ方向に亘ってカーボンナノチューブが配設されやすくなるため、基材と熱拡散コーティング膜の表面との間に熱の通り道が形成されやすい。
【0014】
前記熱拡散コーティング膜は、SiO2を主成分とし、シロキサン結合による主鎖の一部に有機官能基が側鎖として結びついた無機有機複合構造を有することを特徴としている。
この特徴によれば、熱拡散コーティング膜の柔軟性を高めることができるため、コーティング膜の耐久性を高めることができる。
【0015】
本発明の熱拡散用コーティング材は、
無機若しくは有機ポリシラザンとアルキルシリケート縮合物とを主成分とするベース剤に、少なくとも炭素成分を添加剤として含有することを特徴としている。
この特徴によれば、熱拡散用コーティング材を用いて様々な基材に熱拡散コーティング膜を成膜することができる。
【0016】
前記炭素成分は、前記ベース剤に0.03~4質量%の割合で添加されていることを特徴としている。
この特徴によれば、熱拡散コーティング膜が少量の炭素成分を含有するだけで熱拡散性を高める効果が得られるととともに、炭素成分の添加量が少なく製造コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】(a)~(c)は、実施例における基材にコーティング膜が生成されるメカニズムを時系列で示す断面図である。
【
図3】温度波法による熱拡散性能の評価試験に用いた装置の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る熱拡散構造を実施するための形態を
図1~
図3を参照して以下に説明する。
【実施例0019】
(コーティング液)
本発明の熱拡散構造を形成するための熱拡散用コーティング材としてのコーティング液10は、ベース剤10Aと、このベース剤10Aに添加された添加剤10Bとから主として構成されている。先ずベース剤10Aは、原料として少なくとも無機若しくは有機ポリシラザンと、アルキルシリケート縮合物とを含有しており、本実施例においては、これら無機若しくは有機ポリシラザン及びアルキルシリケート縮合物が不活性溶剤によって希釈されている。
【0020】
ベース剤10Aの原料として無機ポリシラザンを使用する場合、無機ポリシラザンとアルキルシリケート縮合物とは、両者の合計として10~80質量%の範囲の濃度、より好ましくは50~80質量%の範囲の濃度で、本実施例では不活性溶剤としてN-メチルピロリドンによって溶解されている。より詳しくは、無機ポリシラザンは0.1~5質量%で、残りがアルキルシリケート縮合物の割合で含有している。
【0021】
より詳しくは、無機ポリシラザンは、ペルヒドロポリシラザン、すなわちSi-H結合とSi-N結合とN-H結合を有し、例えば下記一般式(1)で表される-(SiH2-NH)-ユニットから構成される鎖状構造の無機のポリマーである。
【0022】
【0023】
なお、無機ポリシラザンは、鎖状構造のものに限らず、環状構造を有するポリマーであってもよく、これらの構造を複合的に有するポリマーであってもよい。
【0024】
ベース剤10Aの原料として有機ポリシラザンを使用する場合、有機ポリシラザンとアルキルシリケート縮合物とは、両者の合計として1~80質量%の範囲の濃度で、本実施例では不活性溶剤としてN-メチルピロリドンによって溶解されている。より詳しくは、有機ポリシラザンは0.1~80質量%で、残りがアルキルシリケート縮合物の割合で含有している。
【0025】
より詳しくは、有機ポリシラザンは、Si-N結合と官能基(R1~R3)を有し下記一般式(2)で表される-(SiR1R2-NR3)-ユニットから構成されるポリマーであり、特に、Siと直接結びつく官能基R1,R2の少なくともいずれかが炭素(C)を有するアルキル基等の有機官能基から構成される有機のポリマーである。
【0026】
【0027】
なお、本実施例における有機ポリシラザンは、官能基(R1~R3)としてのメチル基(CH3)の含有率が50%以上に構成されている。また、有機ポリシラザンは、1種類の-(SiR1R2-NR3)-ユニットから構成されるポリマーに限らず、官能基(R1~R3)の組成が異なる複数種類の-(SiR1R2-NR3)-ユニットから構成されるポリマーであってもよい。また、有機ポリシラザンは、鎖状、環状、或いは架橋構造を有するポリマーであってもよく、これらの構造を複合的に有するポリマーであってもよい。
【0028】
より具体的には、本実施例における有機ポリシラザンとして例えば、有機ポリシラザンは、下記一般式(3)で表される-(SiH(CH3)-NH)-ユニット、-(Si(CH3)2-NH)-ユニット、-(SiR1(CH3)-NR3)-ユニットを含むポリマーであり、特に、-(SiR1(CH3)-NR3)-ユニットにおける官能基R1は、H又はCH3であり、Nと直接結びつく官能基R3が反応を促進させる有機官能基となっている。
【0029】
【0030】
更に、有機ポリシラザンは、含有するポリマーの構造が異なる複数種類の有機ポリシラザンが混合されたものであってもよく、例えば上記した一般式(3)で表される複数種類の有機ポリシラザンや他の構造を有する有機ポリシラザンが混合されてもよい。例えば、本実施例においてはヘキサメチルジシラザン、オクタメチルシクロテトラシラザン又はテトラメチルジシラザンから選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0031】
アルキルシリケート縮合物は、例えばテトラメチルオルトシリケート、テトラエチルオルトシリケート、テトラ-n-プロピルオルトシリケート、テトラ-i-プロピルオルトシリケート、テトラ-n-ブチルオルトシリケート、テトラ-sec-ブチルオルトシリケート、メチルポリシリケート及びエチルポリシリケートの中から選択される1種類又は2種類以上の縮合物である。
【0032】
不活性溶剤は、無機若しくは有機ポリシラザン及びアルキルシリケート縮合物に対して不活性な溶剤であり、好適にはN-メチルピロリドン、酢酸ブチル、ジブチルエーテル、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、テレピン油、ベンゼン、トルエン等の中から選択される。
【0033】
添加剤10Bは、上記したベース剤10Aに対して添加されるものであり、炭素成分としてのカーボンナノチューブ20が0.05~0.35質量%添加されることが好ましく、更に好ましくは0.075~0.35質量%、更に好ましくは0.1~0.3質量%添加される。
【0034】
なお、添加剤10Bは、カーボンナノチューブ(CNT)に限らず、他の炭素成分、例えばグラフェン、ナノグラフェン、グラファイト、カーボンナノホーン、カーボンナノバッド、カーボンナノファイバ、カーボンブラック、ナノダイヤモンド等であってもよく、複数種類の炭素成分を混合したものであってもよい。また、添加剤10Bの添加量は、使用される炭素成分の種類に応じて適宜調整されてよい。
【0035】
また、カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ、二層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブのいずれかであり、これらを混合したものであってもよい。以下、本実施例においては、二層カーボンナノチューブを含めた複数層を有するカーボンナノチューブのことを多層カーボンナノチューブと言う。
【0036】
単層カーボンナノチューブや多層カーボンナノチューブは、コーティング液10への添加量によって生成される熱拡散コーティング膜としてのコーティング膜15(
図1(c)参照)の熱拡散性能を高めることができる。カーボンナノチューブは、少量(0.05~0.35質量%、好ましくは0.1~0.3質量%)添加するだけでコーティング膜15の熱拡散性能を効率よく高めることができる。
【0037】
また、添加剤10Bが他の炭素成分、例えばナノダイヤモンドである場合、コーティング液10への添加量によって生成されるコーティング膜15(
図1(c)参照)の熱拡散性能を高めることができる。ナノダイヤモンドは、少量(0.03~0.09質量%、好ましくは0.04~0.05質量%)添加するだけでコーティング膜15の熱拡散性能を高めることができる。
【0038】
また、添加剤10Bがグラフェンである場合、コーティング液10への添加量を増やすことにより生成されるコーティング膜15(
図1(c)参照)の熱拡散性能を高めることができる。グラフェンを1~4質量%添加するだけでコーティング膜15の熱拡散性能を高めることができる。
【0039】
なお、本発明において「熱拡散性能が高い(優れる)」とは、コーティング膜の内部において熱を伝導する熱伝導性が高く、且つこのコーティング膜の内部の熱を膜表面を介して外部に放熱する放熱性が高い状態を意味するものである。
【0040】
更に、単層カーボンナノチューブは、多層カーボンナノチューブと比べて透光性が高く、0.05~0.15質量%の添加量において生成されるコーティング膜15の全光線透過率が90%以上となり、後述するようにSiO2を主成分とするコーティング膜15本来の無色透明の状態が維持される。
【0041】
また、多層カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブと比べて透光性が低く、0.05~0.35質量%の添加量において生成されるコーティング膜15は、無色透明又は黒色透明である。
【0042】
本実施例において、コーティング液10には、ベース剤10Aに対して添加剤10Bとしてのカーボンナノチューブ20が数μm程度の延長を維持した状態でコロイド状態で含有されることから、カーボンナノチューブ20がベース剤10Aと分離したり沈降したり等することなく均一に分散されている。また、上述したようにコーティング液10は、カーボンナノチューブ20が0.35質量%以下の少量のみ添加されていることから、黒色であるカーボンナノチューブ20の色調の影響をほとんど受けることなく、全体に透明性が極めて高く、いわゆる無色透明又は黒色透明の状態である。本実施例において、コーティング液10におけるカーボンナノチューブ20の分散度は0.10~0.60であり、すなわち高い分散度を示している。なお、分散度は、顕微レーザラマン分光測定装置(RENISHAW製 型番InVia Reflex)を用いて評価した。
【0043】
(コーティング膜の被覆手順)
図1に示されるように、コーティング液10を被覆対象となる基材としての物品1の表面2に直接塗布又は散布する。これにより、コーティング液10に含まれる成分が水分と化学反応して単層又は複数層の薄膜のコーティング膜15を形成する。なお、本発明において「薄膜」とは数μm以下(10μm未満)の被膜を意味するものであり、コーティング膜15の膜厚として好ましくは10μm以下、より好適には5nm~5μmの被膜として成層したものである。
【0044】
なお、コーティング膜15の形成よりも前に、前工程として、物品1の表面2に精製水等の水(H2O)を不織布若しくは霧吹き等で付着させてもよい。このようにすることで、物品1の表面2に付着させた水分とコーティング液10に含まれる成分との化学反応を促進させ、物品1の表面2に迅速かつ強固にコーティング膜15を形成することができる。
【0045】
(基材)
基材としては、樹脂材や金属材、木材、ゴム材、皮革等の素材から構成される各種の物品が適用可能であり、若しくは太陽光発電装置や電子機器を構成する電子部品であってもよい。
【0046】
(コーティング膜の形成のメカニズム)
次に、本発明に係るコーティング膜15が形成されるメカニズムについて説明する。なお、ここではコーティング液10を構成するベース剤10Aの原料として無機ポリシラザンが使用される場合を例に挙げて説明する。
図1(a)に示されるように、被覆対象として例えば樹脂材からなる物品1の表面2には多くの場合、結露や空気中の湿気により例え僅かでも複数の水分6,6,‥(水滴)が付着している。この物品1の表面2にコーティング液10を薄膜状に塗布又は散布して被覆すると、コーティング液10に含まれるベース剤10Aを構成する無機ポリシラザンであるペルヒドロポリシラザンが、空気中の水分(H
2O)と化学反応することで、物品1の表面2にSiO
2を主成分とする無機構造を有する被覆層が生成される。なお、上記した化学反応で微量の気体(NH
3,H
2)が副次的に生成されるが、これらの気体は当然のことながら物品1の表面2に残らず大気中に揮発する。
【0047】
すなわち、
図1(b)に示されるように、コーティング液10は、空気に接する表層面10aにて、空気中に含まれる水分と化学反応することで、コーティング膜15の副生成物である水素やアンモニア等のガスが表層から揮発するとともに、コーティング膜15の表面側の被覆層11が生成される。
【0048】
また、物品1の表面2に被覆されたコーティング液10は、物品1の表面2に接する背層面10bにて、表面2に付着した水分6,6,‥(水滴)又は表面2に終端として存在しているヒドロキシル基-OHと化学反応することで、水素やアンモニア等のガスが被覆層内を上昇し表層から揮発するとともに、コーティング膜15の背面側の被覆層12が生成される。
【0049】
このように、先ずコーティング液10の表層面10a及び背層面10bにてそれぞれ被覆層11,12が生成される。次に、表層側から背層側に向けて被覆層11を拡層するとともに、背層側から表層側に向けて被覆層12を拡層することで、順次中間の被覆層を生成し、最終的に外気に接する表層面14aと、物品1の表面2に接する背層面14bと、に亘るSiO2を主成分とするコーティング膜15が生成される。なお、コーティング液10が有機ポリシラザンを主成分とする場合も、シロキサン結合による主鎖の一部に有機官能基が側鎖として結びついた無機有機複合構造を有するコーティング膜となる点以外、コーティング膜15が形成されるメカニズムは略同一である。
【0050】
このように、本発明のコーティング膜15は、無機若しくは有機ポリシラザンを反応させて生成したSiO2を主成分とすることで、平面的に広がり易く且つ密度の高い被膜層を形成できるため、ナノレベルの薄膜構造を達成することができる。
【0051】
また、本発明に係る熱拡散構造を構成する熱拡散コーティング膜の形成は、スパッタリングによるコーティング方法のように真空装置内で被覆施工を行う必要がなく、既設の常圧の屋内環境或いは屋外環境での被覆施工が可能であり、施工が簡便である。
【0052】
図1(c)に示されるように、コーティング膜15を被膜する前の物品1の表面2には、鏡面加工等の特段の表層処理を行わない限り、製造工程等で生じる小傷等によりマイクロレベルの微細な多数の凹凸部3が形成されている。
【0053】
コーティング液10は、物品1の表面2を被覆するとともに凹凸部3内に入り込んだ状態で、上記したように硬化することで、これらの凹凸部3内に入り込んで硬化したコーティング膜の一部がアンカー部17(
図2参照)として機能するため、コーティング膜15は物品1の表面2に対しより強固に密着する。すなわち、コーティング膜15は、物品1の表面2にコーティング液10を直接塗布又は散布して被膜されることにより、物品1の表面2に対して化学的かつ物理的に強固に密着する。
【0054】
また、コーティング膜15のアンカー部17は、物品1の表面2に形成される凹凸部3を隙間なく埋めるように密着するため、コーティング膜15と物品1との間には、空気が取り残された空間が存在しない。すなわち、コーティング膜15は、物品1の表面2にコーティング液10を直接塗布又は散布して被膜されることにより、コーティング膜15と物品1が完全に密着した一体構造を構成することができる。
【0055】
また、
図2に示されるように、このコーティング膜15の層内には、コーティング液10に含まれる添加剤10B、すなわち炭素成分としてのカーボンナノチューブ20が多数混在しており、その一部が後述するように表層面14aに表出している。また、カーボンナノチューブ20の一部は、背層面14bやアンカー部17にも表出しており、物品1の表面2に接触することで、凹凸の多い表面、すなわちその広い比表面積により、物品1の表面2に対するコーティング膜15の密着性を更に高めることができる。
【0056】
また、このコーティング膜15は、ベース剤10Aの原料として無機ポリシラザンが使用されることにより、ナノレベルの薄膜に形成されるものであり、より詳しくは膜厚が5~500nm程度である。また、コーティング膜15は、ベース剤10Aの原料として有機ポリシラザンが使用される場合は、ナノレベルからマイクロレベルの薄膜に形成されるものであり、より詳しくは膜厚が5nm~5μm程度である。よってSiO2を主成分とするコーティング膜であるにも関わらず柔軟性に富み、上記したアンカー部17によるアンカー効果とも相俟って、物品1の表面2が例え布材等の変形を生じるものであっても剥離等することなく、表面2の変形に追従してコーティング膜15の被覆性を維持することができる。
【0057】
なお、物品1の表面2が上記した凹凸部3をほとんど有さない平滑面である場合、コーティング膜15を被覆する前処理として、物品1の表面2をやすり等により目粗し処理を行うことによって、物品1の表面2に凹凸部3を積極的に生成してもよく、このようにすることで、コーティング膜15のアンカー効果を得ることができる。
【0058】
この目粗し処理を行うことによって、物品1の表面2に算術平均粗さ0.1~1μm程度の範囲の凹凸部3を形成すると好ましく、このようにすることで、コーティング膜15のアンカー効果を高めることができる。
【0059】
目粗し処理の後、例えばエアガン等の空気噴射手段を用いて、物品1の表面2にやすり掛け等で生じた樹脂粉を吹き飛ばす清浄処理を行う。更にこの清浄処理の後、所定時間を置くことで物品1の表面2に結露等を生じさせ、自然由来の水分を付着させる。
【0060】
また、この場合、物品1の表面2の目粗し処理及び清浄処理の後、目粗しによって凹凸部3が形成された物品1の表面2に、被覆工程よりも前段の前処理工程として、例えば霧吹き等の水分付与手段によって水分を積極的に付着させ、後にコーティング膜15を被覆してもよく、このようにすることで、物品1の表面2に付着させた水分と、この物品1の表面2に接するコーティング液10との化学反応を促進できる。なお、物品1の表面2に、特に目粗し処理を施すことなく、水分付与手段によって水分を付着させてもよい。
【0061】
(コーティング膜の表面の形状)
図1に示されるように、物品1の表面2に被覆されたコーティング膜15の表面は、副生成物であるガスの気泡が揮発した箇所の跡に、コーティング膜15の表層面14a上にナノレベルで凹凸形状を成す凹凸部16が形成される。より詳しくは、上記した化学反応により水素やアンモニア等の気泡が多数生成され、これらの気泡がコーティング膜15の平滑な表層面14aから気中に向け放出される際に、気泡に接するコーティング膜15の表層面14aに生じる表面張力の影響、及び化学反応に伴うこの表層面14aの初期硬化のタイミングの影響が相俟って、当該平滑面にナノレベルの凹部16b及び凸部16aからなる凹凸部16を生成するものと想定される。なお、
図1及び
図2では凹凸部16の凹凸寸法を実寸よりもデフォルメして示している。
【0062】
また、被覆前の物品1の表面2に当初形成された凹凸部3よりも、コーティング膜15の表面に形成された凹凸部16の方が凹凸の深さ・高さ寸法が小さいため、物品1の表面2にコーティング膜15を被覆することで、被覆前よりも被覆後の方が表面は平滑に生成される。
【0063】
なお言うまでもないが、上記した副生成物であるガスは、コーティング膜15の表面に一様に生成されるものであることから、凹凸部16は、コーティング膜15の単位面積当たりの個数や凹部の深さ、凸部の高さにバラつきを生じることなく均一に形成されるものである。すなわち、物品1の表面2にコーティング膜15を被覆することで、物品1の表面2に当初形成された凹凸部3よりも微細なナノレベルの凹凸部16が略均一に分布する。
【0064】
また、上記したように、コーティング膜15の表面に形成される凹凸部16は、コーティング膜15の形成過程における副生成物であるガスの気泡がコーティング膜15の平滑な表層面10aから気中に向け放出される際に形成されるものであるため、当該平滑面にそれぞれが独立した凹部16b及び凸部16aを形成する。すなわち、コーティング膜15の表面には、ナノレベルで目の細かい凹凸が略均一に形成されることにより、表面積が大きくなるため、放熱性の向上にも寄与する。
【0065】
更に、表層面14a上には、コーティング膜15内に混在する添加剤10B、すなわちカーボンナノチューブ20の一部表面が外部に露出した状態で固定されている。なお、本実施例において、カーボンナノチューブ20が単層カーボンナノチューブである場合は、平均外径1.1~2.1nm、かつ繊維長(延長)が1~10μm程度(平均延長略5μm)であり、非常にアスペクト比が高く、且つ枝分かれのない一本毎に独立した繊維状に形成されている。また、カーボンナノチューブ20が多層カーボンナノチューブである場合は、平均外径10nm、かつ繊維長(延長)が100~200μm程度(平均延長略150μm)であり、非常にアスペクト比が高く、且つ枝分かれのない一本毎に独立した繊維状に形成されている。
【0066】
また、カーボンナノチューブ20は、コーティング膜15の面方向に均一に分散されている。コーティング膜15におけるカーボンナノチューブ20の分散度は0.10~0.60であり、すなわち高い分散度を示している。なお、分散度は、顕微レーザラマン分光測定装置(RENISHAW製 型番InVia Reflex)を用いて評価した。
【0067】
より詳しくは、前述したように、コーティング液10のベース剤10Aを構成するペルヒドロポリシラザンが水分(H
2O)と化学反応して副次的に気体(NH
3,H
2)を生成し、これらの気体がコーティング液10中の周辺のカーボンナノチューブ20を伴いながら上昇する。よって
図2に示されるように、コーティング液10中の一部のカーボンナノチューブ20は、コーティング膜15の表層面14a近傍に寄せ集まり、特に気体の揮発によって表層面14a上に形成される凹凸部16に集まることになる。すなわち、カーボンナノチューブ20は、成膜過程における気体の揮発に起因して、コーティング膜15の厚さ方向に、物品1の表面2側が疎で、この物品1の表面2側よりも該コーティング膜15の表層面14a側が密に分散されている。これにより、コーティング膜15の表層面14a側の機械的強度が効率よく高められるとともに、表層面14aの略全面に前述したようにアスペクト比が非常に高い多数のカーボンナノチューブ20が互いに接触又は近接しながら細網状に張り巡らされるため、コーティング膜15の面方向に熱の通り道を均一に分布させやすく、すなわちコーティング膜15の表層面14a近傍における面方向に沿う熱伝導性が格段に高いばかりか、特に表層面14aにおける放熱性が向上する。
【0068】
また、カーボンナノチューブ20の延長(単層カーボンナノチューブの場合略5μm、多層カーボンナノチューブの場合略150μm)は、本実施例のコーティング膜15の膜厚(ベース剤10Aの原料が無機ポリシラザンの場合5~500nm、ベース剤10Aの原料が有機ポリシラザンの場合略5nm~5μm)と略同一、或いは長いことから、一部のカーボンナノチューブ20は、コーティング膜15の厚さ方向に亘って配設され、その一端が物品1の表面2に接触するとともに、その他端がコーティング膜15の表層面14aに露出する。このようなカーボンナノチューブ20によって、物品1自体とコーティング膜15の表層面14aとの間に熱の通り道が形成されやすく、更に当該熱の通り道を構成するカーボンナノチューブ20の一部がコーティング膜15の表面側に露出することとなり、このように露出したカーボンナノチューブ20からコーティング膜15の外部に熱が直接放射されやすくなるため、放熱性が一層向上する。
【0069】
また、コーティング膜15の表層面14a側に分散されたカーボンナノチューブ20の一部(端部若しくは端部を除く中間部)は、凸部16aの内部に埋設するように、表層面14aに配設されている。このようにすることで、コーティング後の物品1の使用に伴い、コーティング膜15の表層面14a上で突出形状を成す凸部16aの機械的強度が高まり、凸部16aが削られ難くなる。また、凸部16aが一部削られた場合にも、該凸部16a内に埋設されたカーボンナノチューブ20の一部が表面に露出するため、上記したように放熱性を高めることができる。更に、コーティング膜15の表層面14a側に分散されたカーボンナノチューブ20の一部(端部若しくは端部を除く中間部)は、凹部16bの内部に露出して配設されるため、コーティング膜15の成膜の初期から機械的強度及び放熱性を高めることができる。
【0070】
また、本発明に係るコーティング液10を塗布することで物品1の表面2に形成されたコーティング膜15は、そのベースが無機成分、すなわちSiO2からなり、更にコーティング膜15内に混在するカーボンナノチューブ20は安定した性質を有するため、基材や外部に溶出・気化することなく、劣化せずに長期にわたり被膜状態を維持することができる。
【0071】
(熱拡散性能の評価試験)
フッ素樹脂等からなる板材の上にベース剤の原料として有機ポリシラザンを使用したコーティング液に単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ、ナノダイヤモンド、グラフェンをそれぞれ添加したものを塗布し乾燥させることにより形成された膜厚5μm以下の自立膜(以下、コーティング膜と言う。)について、温度波法を用いた熱拡散率測定器(アイフェイズ製 型番アイフェイズ・モバイル1)により熱拡散率を測定することでコーティング膜の熱拡散性能の評価を行った。なお、熱拡散率とは、物体のある面に急激な温度変化を加えたときに、温度が物質内を伝わる速さを決定する係数である。詳しくは、
図3に示されるように、マイクロヒータとセンサとの間にサンプルを挟み、マイクロヒータに正弦波電力を供給し、サンプルの表面に温度波を発生させることにより、熱拡散率の測定を行う。なお、評価試験に用いた単層カーボンナノチューブは、平均外径1.1~2.1nm、繊維長(延長)1~10μm程度(平均延長略5μm)である。また、評価試験に用いた多層カーボンナノチューブは、平均外径10nm、繊維長(延長)100~200μm程度(平均延長略150μm)である。また、評価試験に用いたナノダイヤモンドは、平均粒径4.0~4.5nmである。また、評価試験に用いたグラフェンは、層数5~6層、片径(D50)1~2μmである。
【0072】
(コーティング膜+単層カーボンナノチューブ)
まず、コーティング膜への単層カーボンナノチューブの含有率を変化させたサンプルについて、熱拡散率を測定しコーティング膜の熱拡散性能の評価を行った結果を表1に示す。なお、各サンプルは、ベース剤の原料として有機ポリシラザンを使用し添加剤として単層カーボンナノチューブの含有率を0~0.175質量%の範囲で変化させたコーティング液により形成されたコーティング膜である。また、以下、各含有率における熱拡散率は、3~6個のサンプルを測定して得られた熱拡散率の平均値である。
【0073】
【0074】
表1に示されるように、コーティング膜に単層カーボンナノチューブを少量0.05~0.175質量%含有させることにより、熱拡散率が大きくなり、熱拡散性能が向上することが確認された。また、コーティング膜における単層カーボンナノチューブを0.1質量%含有させることにより、熱拡散率が最大となり、単層カーボンナノチューブの含有率が0.1質量%よりも大きくなることで熱拡散率が低下することが確認された。これは、単層カーボンナノチューブの含有率が大きくなることにより、コーティング膜内において単層カーボンナノチューブが一部凝集してしまうことにより、熱拡散率が低下したものと考察される。
【0075】
(コーティング膜+多層カーボンナノチューブ)
次に、コーティング膜への多層カーボンナノチューブの含有率を変化させたサンプルについて、熱拡散率を測定しコーティング膜の熱拡散性能の評価を行った結果を表2に示す。なお、各サンプルは、ベース剤の原料として有機ポリシラザンを使用し添加剤として多層カーボンナノチューブの含有率を0~0.35質量%の範囲で変化させたコーティング液により形成されたコーティング膜である。
【0076】
【0077】
表2に示されるように、コーティング膜に多層カーボンナノチューブを少量0.1~0.3質量%含有させることにより、熱拡散率が大きくなり、熱拡散性能が向上することが確認された。また、コーティング膜における多層カーボンナノチューブを0.2質量%含有させることにより、熱拡散率が最大となり、多層カーボンナノチューブの含有率が0.2質量%よりも大きくなることで熱拡散率が低下し、多層カーボンナノチューブの含有率が0.35質量%となると含有率0質量%(多層カーボンナノチューブを含有しない)コーティング膜よりも熱拡散率が低下することが確認された。これは、単層カーボンナノチューブと同様に、多層カーボンナノチューブの含有率が大きくなることにより、コーティング膜内において多層カーボンナノチューブが一部凝集してしまうことにより、熱拡散率が低下したものと考察される。
【0078】
(コーティング膜+ナノダイヤモンド)
次に、コーティング膜へのナノダイヤモンドの含有率を変化させたサンプルについて、熱拡散率を測定しコーティング膜の熱拡散性能の評価を行った結果を表3に示す。なお、各サンプルは、ベース剤の原料として有機ポリシラザンを使用し添加剤としてナノダイヤモンドの含有率を0~0.09質量%の範囲で変化させたコーティング液により形成されたコーティング膜である。
【0079】
【0080】
表3に示されるように、コーティング膜にナノダイヤモンドを少量0.03~0.09質量%含有させることにより、熱拡散率が大きくなり、熱拡散性能が向上することが確認された。また、コーティング膜におけるナノダイヤモンドを0.045質量%含有させることにより、熱拡散率が最大となることが確認された。これは、ナノダイヤモンドの含有率が大きくなることにより、コーティング膜内に空気が存在する隙間が形成されてしまうことにより、熱拡散率が低下したものと考察される。
【0081】
(コーティング膜+グラフェン)
次に、コーティング膜へのグラフェンの含有率を変化させたサンプルについて、熱拡散率を測定しコーティング膜の熱拡散性能の評価を行った結果を表4に示す。なお、各サンプルは、ベース剤の原料として有機ポリシラザンを使用し添加剤としてグラフェンの含有率を0~4質量%の範囲で変化させたコーティング液により形成されたコーティング膜である。
【0082】
【0083】
表4に示されるように、コーティング膜にグラフェンを1~4質量%含有させることにより、熱拡散率が大きくなり、熱拡散性能が向上することが確認された。また、コーティング膜におけるグラフェンを4質量%含有させることにより、熱拡散率が最大となることが確認された。なお、グラフェンの含有量を4質量%よりも増やすことにより、熱拡散率が更に大きくなるものと想定される。
【0084】
また、ベース剤の原料として無機ポリシラザンを使用し単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ、ナノダイヤモンド、グラフェンを含有させたコーティング液を塗布した場合にも、同様に熱拡散性能が向上することが確認されている。
【0085】
以上説明したように、コーティング対象となる基材の表面に、SiO2を主成分とし炭素成分を含有する10μm以下の薄膜のコーティング膜15(熱拡散コーティング膜)が被覆されることにより、当該コーティング膜15に炭素成分を高密度で含有させて熱の通り道を形成して基材からコーティング膜15への熱伝導性を向上させるとともに、コーティング膜15の表面に形成される微細な凹凸部16が放熱性に寄与するため、コンパクトでありながら熱拡散性能に優れる熱拡散構造を提供できる。
【0086】
また、コーティング膜15は、10μm以下の薄膜に形成されるため、基材の変形に対する追従性が高い。すなわち、熱による膨張、収縮の影響を受けてコーティング膜が基材から剥離し難くなっている。
【0087】
また、コーティング膜15は、基材の表面に直接被膜されることにより、コーティング膜15が基材の表面に形成される凹凸部3を隙間なく埋めるように密着し、コーティング膜15と基材との間に空気が取り残された空間が形成されることを防止できるため、基材からコーティング膜15への熱伝導性を一層向上させることができる。また、熱拡散用コーティング材としてのコーティング液を用いて、形状や大きさ等を問わず様々な基材にコーティング膜15を成膜することができる。
【0088】
また、炭素成分は、コーティング膜15の厚さ方向に、基材側よりも該コーティング膜15の表面側が密に分散されているため、少量の炭素成分を含有させるだけで、コーティング膜15の面方向に炭素成分による熱の通り道を分布させやすくなり、コーティング膜15の表面からの放熱性を高めることができる。
【0089】
また、炭素成分は、コーティング膜15の表面側に一部が露出していることにより、炭素成分による熱の通り道の一部がコーティング膜15の表面側に露出することとなり、炭素成分から外部に熱が直接放射されやすくなるため、放熱性を一層高めることができる。
【0090】
また、炭素成分は、カーボンナノチューブ20であることにより、コーティング膜15内に分散されるカーボンナノチューブ20同士が接触又は近接して網目状に分布するため、コーティング膜15の面方向に熱の通り道を均一に分布させやすい。
【0091】
また、コーティング膜15にカーボンナノチューブ20を高密度で含有させることにより、コーティング膜15の強度を高めることができる。特にカーボンナノチューブ20は、上述したようにコーティング膜15の厚さ方向に、基材側よりも該コーティング膜15の表面側が密に分散されているため、外部環境に露出するコーティング膜15の表面側の強度を高め、耐傷性を向上させることができる。
【0092】
また、コーティング膜15の膜厚よりもカーボンナノチューブ20の繊維長が長いことにより、コーティング膜15の厚さ方向に亘ってカーボンナノチューブ20が配設されやすくなるため、基材とコーティング膜15の表面との間に熱の通り道が形成されやすい。更に、カーボンナノチューブ20の一部は、コーティング膜15の背層面14bやアンカー部17にも表出しており、これらカーボンナノチューブ20の一部が基材の表面に接触することで、凹凸の多い表面、すなわちその広い比表面積により、基材の表面に対するコーティング膜15の密着性を更に高めることができるため、剥離耐性が高い。一方で、カーボンナノチューブ20は、コーティング膜15の厚さ方向に、該コーティング膜15の表面側よりも基材側が疎に分散されているため、コーティング膜15本来の基材表面に対する高い密着性を維持することができる。
【0093】
また、コーティング膜15は、ベース剤の原料として有機ポリシラザンを使用したコーティング液10により形成され、SiO2を主成分とし、シロキサン結合による主鎖の一部に有機官能基が側鎖として結びついた無機有機複合構造を有することにより、コーティング膜15の柔軟性を高めることができるため、コーティング膜の耐久性を高めることができる。
【0094】
また、コーティング膜15は、炭素成分を0.03~4質量%と少量を含有することにより、基材の表面に対するコーティング膜15の成膜に影響を与えることなく熱拡散性能を高めることができる。また、コーティング膜15に含有される炭素成分は少量であるため、コーティング膜15は無色透明又は黒色透明となり、透明性を維持することができる。
【0095】
また、コーティング膜15が10μm以下の厚さの薄膜に成膜されることにより、コーティング液10において、添加剤としての炭素成分がベース剤に0.03~4質量%の割合で少量添加されているだけで熱拡散性能を高める効果が得られるととともに、炭素成分の添加量が少なく製造コストを低減できる。
【0096】
また、本実施例の熱拡散構造は、コーティング膜に特定の炭素成分が含有されているため、当該炭素成分に特有のラマンスペクトルを検出することにより、基材に対するコーティング膜の被覆の有無を評価することができるため、製品管理が容易である。
【0097】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0098】
例えば、前記実施例では、コーティング膜はSiO2を主成分としているが、これに限らず、微量又はSiO2に影響を与えない程度の少量であれば主成分として他の成分を含有してもよい。
【0099】
また、コーティング液は、ベース剤の原料として無機ポリシラザンと有機ポリシラザンが混合して使用されるものであってもよい。
【0100】
また、前記実施例では、熱拡散構造は、コーティング液を基材の表面に被覆してコーティング膜を成膜することにより構成されるものとして説明したが、これに限らず、例えばコーティング液を基材とは別体のフィルムの表面に被覆してコーティング膜を成膜し、このフィルムを基材の表面に貼り付けることにより構成されてもよい。
【0101】
また、前記実施例では、熱拡散構造は、添加剤として炭素成分を含有しているが、炭素成分に加えて例えば、熱伝導フィラー等の他の熱伝導材料やセルロースナノチューブを含有してもよいし、あるいは抗菌効果を有する添加剤若しくは抗ウイルス効果を有する添加剤を含有してもよい。