(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146404
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】有機溶媒中で電析法を用いて製造した電極材料、その電極材料の製造方法およびその電極材料の酸素発生用電極への適用
(51)【国際特許分類】
C25B 1/01 20210101AFI20231004BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20231004BHJP
C25B 11/075 20210101ALI20231004BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20231004BHJP
【FI】
C25B1/01 Z
C25B11/052
C25B11/075
C25B1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053564
(22)【出願日】2022-03-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公益社団法人日本金属学会2022年春期(第170回)講演大会予稿集、第182頁に掲載 〔刊行物等〕一般社団法人表面技術協会第145回講演大会講演要旨集、第88頁に掲載 〔刊行物等〕2022年腐食防食学会 中国・四国支部「材料と環境研究発表会」講演集、第7~10頁に掲載
(71)【出願人】
【識別番号】595115592
【氏名又は名称】学校法人鶴学園
(72)【発明者】
【氏名】王 栄光
(72)【発明者】
【氏名】肖 天
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA53
4K011AA54
4K011AA63
4K011DA01
4K021AA01
4K021AB25
4K021BA02
4K021BA07
(57)【要約】
【課題】有機溶媒中の電析法を用いて高い酸素発生触媒活性を有する電極材料を製造する。この材料は、多元系の遷移金属のほか、酸素などの非金属元素を含有し、ナノ結晶やアモルファス構造をもつ。
【解決手段】本発明は、有機溶媒に金属の塩類で建浴する。有機溶媒は、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド )、CH3CN(アセトニトリル)、 DMSO(ジメチルスルホキシド)を選ぶが、ほかの有機溶媒でもよい。金属の塩類は、主に遷移金属の塩類とし、ほかの金属塩があってもよい。導電性電極基板に定電圧(電位)、定電流、パルス電圧(電位)/電流、任意波形の電圧(電位)/電流またはそれらの組み合わせを印加し、酸素などの非金属元素を含有した単種類または多元系の遷移金属の材料を形成する。形成した材料は、基板に留まる皮膜以外、基板や浴液から採集した粉末も含む。こうした皮膜電極または粉末は、水の電気分解に酸素発生電極材料として適用する。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒中で電析法を用いて作製した電極材料、とその作製方法。
【請求項2】
有機溶媒中で電析法を用いて作製した電極薄膜材料、とその作製方法。
【請求項3】
(請求項1)(請求項2)のいずれの材料かにおいて、一種または数種の遷移金属が含まれるほか、酸素、窒素、炭素または硫黄の含有を特徴とする。ここでの遷移金属は、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Mo、Wに限らず、元素周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在するすべての元素を含む。
【請求項4】
(請求項1)(請求項2)のいずれの材料かにおいて、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Mo、Wなど一種または数種の元素が含まれるほか、酸素、窒素、炭素または硫黄の含有を特徴とする。
【請求項5】
(請求項1)(請求項2)のいずれの材料かにおいて、Cr、Mn、Fe、Co、Niを含有するほか、酸素、窒素、炭素または硫黄の含有を特徴とする。
【請求項6】
(請求項1)(請求項2)のいずれの材料かにおいて、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Moを含有するほか、酸素、窒素、炭素または硫黄の含有を特徴とする。
【請求項7】
(請求項1)(請求項2)のいずれの材料かにおいて、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Wを含有するほか、酸素、窒素、炭素または硫黄の含有を特徴とする。
【請求項8】
(請求項1)(請求項2)のいずれの材料かにおいて、Cr、Fe、Co、Ni、Mo、Mo、Wを含有するほか、酸素、窒素、炭素または硫黄の含有を特徴とする。
【請求項9】
(請求項4)~(請求項8)のいずれの材料において、酸素の含有を特徴とする。
【請求項10】
(請求項4)~(請求項8)のいずれの材料かにおいて、酸素と炭素の含有を特徴とする。
【請求項11】
(請求項1)~(請求項10)に用いた有機溶媒は、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド )、CH3CN(アセトニトリル)、 DMSO(ジメチルスルホキシド)のいずれかを指し、またそのほかの非水性溶媒を含む。また、これらの混合物も含む。
【請求項12】
(請求項1)~(請求項10)に用いた有機溶媒は、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド )、CH3CN(アセトニトリル)、 DMSO(ジメチルスルホキシド)のいずれかを指し、またこれらの混合物も含む。
【請求項13】
(請求項1)~(請求項12)の材料に適用する触媒反応は、水の電気分解における酸素発生反応のほか、水中で発生するほかの電気化学反応を含む。
【請求項14】
(請求項1)~(請求項10)の材料に適用する触媒反応は、水の電気分解における酸素発生反応を指す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機溶媒中で電析法を用いて電極材料を製造し、さらにそれらの電極材料を酸素発生用電極として適用する。特に、水の電気分解において酸素発生用のアノード電極として適用する。
【背景技術】
【0002】
カーボンニュートラルの目標を達成するため、クリーンエネルギーとしての水素利用が注目されている。水素を水の電気分解によって生産する際、水素発生反応と酸素発生反応の効率を高める必要がある。その中、酸素発生反応が水分解の効率を左右する。現状としては、酸素発生反応用電極は主に触媒活性の高い酸化ルテニウム(RuO2)と酸化イリジウム(IrO2)が利用されている。RuO2やIrO2が高価で希少であるため、代わりに遷移金属の酸化物を用いた触媒の研究開発が盛んである。これについては、以下の先行技術文献がある。これらの文献のいずれも、高温または高圧などの方法を用いて作った結晶性の電極であり、プロセスが複雑で省資源や省材料とは言えない。また、電極として使用した際、時間経過によって非結晶化(アモルファス化)になり、触媒機能が劣化してしまう。
【0003】
一方、水の電気分解において酸素発生は、電極の表面機能を利用している。従って、省資源等の観点からバルク電極よりはむしろ安価の導電基板に付着した薄膜型の電極が必要である。薄膜を得るには、溶射、マグネトロンスパッタ、プラズマイオン注入等に比べ、安価で室温で実施できる電析法は、構造的に複雑な基板上にコーティングができ、ナノ材料やアモルファス構造物の作成に適する。
【0004】
電析法で遷移金属を含む電極の作製は、遷移金属イオンの還元電位より卑な電位を印加しなければならない。一方、遷移金属イオンの多くは水素イオンよりも卑的還元電位を持っており、電析中での水素が発生し、電流効率を低下させることのみならず標的元素の還元を実現できないものもある。この問題は、水性溶媒の代わりに有機溶媒を利用すれば回避できる。また、多元系の遷移金属を基板に同時に析出することは、容易に実現できない。文献調査では、電析による多元系元素薄膜の創製に関する研究は、以下の先行技術文献がある。しかし、これらの電析皮膜に多くの酸素などの非金属元素が含まれておらず、有効な触媒活性を有する酸素発生用電極に適用した研究や応用は見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許6745733: 酸素発生反応触媒、酸素発生反応電極及び酸素発生反応方法、平井 慈人、大野 智也、松田 剛、八木 俊介.
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】八木俊介, 池野豪一, 山田幾也, 酸素発生触媒開発の新たな展開, Journal of MMIJ, Vol.133, No.11, 2017, pp.264-269.
【0007】
【非特許文献2】Thi Xuyen Nguyen, Yi-Cheng Liao, Chia-Chun Lin, Yen-Hsun Su, Jyh-Ming Ting, Advanced High Entropy Perovskite Oxide Electrocatalyst for Oxygen Evolution Reaction, Advanced Functional Materials, 2021, 2101632.
【0008】
【非特許文献3】Chen-Zhong Yao, Peng Zhang, Meng Liu,Gao-Ren Li, Jian-Qing Ye, Peng Liu,Ye-Xiang Tong, Electrochemical preparation and magnetic study of Bi-Fe-Co-Ni-Mn high entropy alloy, Electrochimica Acta, 53, 8359-8365 (2008).
【0009】
【非特許文献4】YAO Chenzhong, MA Huixuan, TONG Yexiang, Electrochemical preparation and magnetic study of amorphous nanostructured Nd-Fe-Co-Ni-Mn high entropy alloy film, Chinese Journal of Applied Chemistry, 28, 1189-1194 (2011).
【0010】
本発明では、有効な触媒活性を有する酸素発生用電極材料を作製するため、有機溶媒に皮膜に含ませたい標的金属の塩類を添加した浴液を使う。有機溶媒は、電析中に水素の発生が少なくしかも広い電位窓を有するもの、例えば、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド )、CH3CN(アセトニトリル)、 DMSO(ジメチルスルホキシド)などを選ぶ。浴液に、(i)金属塩由来の金属陽イオンと陰イオン、(ii)有機溶媒由来の酸素、窒素、炭素または硫黄などの非金属元素がある。浴液に導電性基板に所定の電位または電流を印加する際の複雑な析出挙動を利用し、各種金属および酸素、炭素、窒素、硫黄などの元素を含む単種類の金属または多元金属系薄膜を基板形成する。幅広い電位を導電性基板に自由に印加し、さらに浴液の濃度・温度、印加電位や電流、印加時間等の条件を調整し、皮膜の化学組成、厚さおよび構造を制御できる。また、基板に留まる皮膜形態の材料以外、基板から採集した粉末材料や浴液から採集した粉末材料を利用して従来の電極を作製できる。また、これらの電極材料は、ナノ結晶やアモルファス構造を有し、触媒反応による劣化が少なく寿命が長い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、有機溶媒中で電析法を用いて、水の電気分解に高い酸素発生触媒活性を有する電極材料を製造する。この材料は、皮膜形態や粉末形態であり、多元系の遷移金属のほか、酸素などの非金属元素を含有し、ナノ結晶やアモルファス構造を有する。また、材料に一種類の遷移金属または遷移金属以外の金属を含めても良い。さらに、製造してきた材料を水の電気分解の酸素発生電極に適用する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、有機溶媒に皮膜に含ませたい標的金属の塩類を添加して建浴をする。有機溶媒は、電析中に水素の発生が少なくしかも広い電位窓を有するもの、例えば、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド )、CH3CN(アセトニトリル)、 DMSO(ジメチルスルホキシド)などを選ぶが、そのほかの有機溶媒でもよい。金属の塩類は、主に遷移金属の塩類とし、そのほかの金属塩があってもよい。浴液に電極基板に定電圧(電位)、定電流、パルス電圧(電位)/電流、任意波形の電圧(電位)/電流またはそれらの組み合わせの印加によって、導電性基板表面に酸素などの非金属元素を含有した単種類の金属元素または多元系の金属元素の皮膜を形成する。また、電析条件(溶液の濃度・温度、印加電位・電流、印加時間等)を種々調整し、皮膜の化学組成、厚さおよび構造を制御する。このように形成した材料は、基板に留まる皮膜形態のみならず、基板から採集した粉末または浴液から採集した粉末も含む。電析に適用した基板は、導電性があればよい。以上で作製できた基板上の薄膜電極または採集した粉末から作製した電極は、水の電気分解に酸素発生電極として適用する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の酸素発生電極用材料は、低温の有機浴液中で任意形状をもつ導電性基板に均等的かつ容易に酸素などの非金属元素を含有した単種類の遷移金属元素または多元系の遷移金属元素の皮膜を形成する。基板に形成した薄膜は、そのまま基板と一緒に電極として利用できるほか、電析中またはその後で粉末化にしてから適切の電極材料としても利用できる。この材料は、低い酸素発生過電位を有しかつ酸素発生触媒としての寿命が長い特徴を持つ。こうした酸素発生用電極を水の電気分解に適用でき、高価の酸化ルテニウム(RuO2)と酸化イリジウム(IrO2)を代替し、電気エネルギの無駄使いや電極への不必要の損傷を避けることができる。さらに、発電における余剰電力の蓄積、発電所の出力平滑化や太陽光・風力・水力発電の推進に大きく役立てる。もちろん、地球温暖化対策としてのカーボンニュートラルの目標の達成に一助になりながら、社会的に大きな経済効果をもたらせる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は電析の模式図である。(実施例1)(実施例2)
【
図2】
図2は導電性基板上の皮膜型電極材料(a)と粉末状電極材料(b)の模式図である。(実施例1)(実施例2)
【
図3】
図3は電析皮膜の表面形態である。(実施例1)
【
図4】
図4は電析皮膜の断面形態である。(実施例1)
【
図5】
図5は電析皮膜のX線回折パターンである。(実施例1)
【
図6】
図6は透過型電子顕微鏡用いて観察した電析皮膜の高倍率断面写真である。(実施例1)
【
図7】
図7はSEM-EDSを用いて得た電析皮膜の組成(原子濃度)である。(実施例1)
【
図8】
図8はXPSスペクトルに基づいて得た皮膜の各種化学結合状態の組成(原子濃度)である。(実施例1)
【
図9】
図9は1.0 M KOH水溶液中での銅板、RuO2および電析膜のアノード分極曲線である。(実施例1)
【
図10】
図10は各種電極材料の酸素発生過電位である。(実施例1)
【
図11】
図11は1.0 M KOH水溶液中での50時間の電解反応(電流密度 10mA/cm2 )をさせた際の過電位の変化である。(実施例1)
【
図12】
図12は1.0 M KOH水溶液中で(実施例1)と比較した(実施例2)の電析膜のアノード分極曲線である。(実施例1)(実施例2)
【
図13】
図13は各種電極材料の酸素発生過電位である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0015】
研磨や脱脂した銅板を電析の基板とし、CrCl3 、MnCl2、FeCl2 、CoCl2、NiCl2、MoCl5、WCl6などの金属塩を有機溶媒(DMF-CH3CN(4:1体積))に溶かして、銅板に所定の電位印加によって電析を行った。電析前に、分子篩で浴液を脱水し、窒素ガスで脱気した。電析中、窒素ガスによる脱気は継続した。ここでの浴液の脱水や脱気は、必須条件ではない。電析方法の模式図は、
図1に示す。また、電析後の導電性基板上の電極材料の模式図は、
図2(a)に示す。また、基板から採集した粉末または浴液から採集した粉末形態のものは、
図2(b)に示す。
【符号の説明】
【0016】
1 電位・電流制御装置
2 制御入力および結果記録の機器
3 参照電極
4 塩化物溶液
5 ガラス容器
6 ガラス管
7 導電性基板
8 対電極
9 浴液
10 水
11 温度制御装置
12 ガス導入用ガラス管
13 塩橋
14 電極材料
15 導電性基板
16 粉末状電極材料
【0017】
電析膜の表面および断面は、走査型電子顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いて観察した。結晶構造は、X線回折分析および透過型電子顕微鏡を用いて分析した。皮膜の成分組成は、走査型電子顕微鏡のエネルギー分散型X線分光計(SEM-EDS)を用いて分析した。また、皮膜中の各種元素の化学結合状態は、X線光電子分光法を用いて解析した。
【0018】
機械特性として、皮膜の硬度は、ナノインデンテーションを用いて最大押し込み荷重40nNまで測定した。
【0019】
皮膜の酸素発生触媒特性は、1.0 M KOH水溶液中で評価した。
【実施例0020】
CrCl3 、MnCl2、FeCl2 、CoCl2およびNiCl2を所定の濃度で有機溶媒(DMF-CH3CN(4:1体積))に溶かして浴液とし、銅基板に所定の電位(-2.0V, -2.5V, -3.0V vs. SSE)を0.6ks(1ks = 1,000秒)や1.8ks間印加して皮膜(図にCrMnFeCoNiで表す)を得た。ここでSSEは、参照電極の銀/塩化銀電極を指す。
【0021】
図3は、-2.0 V、-2.5V、-3.0 V (vs. SSE)で0.6ks間で電析してきた皮膜の表面形態である。皮膜表面に、均一な球状粒子が観察された。
【0022】
図4は、-2.0Vおよび-3.0V(vs. SSE)で電析した皮膜の断面を示す。皮膜の厚さは、印加電位と印加時間に応じて0.5~2.0 μmの範囲にあった。印加電位が負的卑のほど皮膜が厚くなった。
【0023】
図5は、電析前後の試験片のX線回折パターンを示す。Cu(111)、(200)および(220)の回折ピークが銅板から検出された。電析時間が長いほど、Cuの回折ピークが弱い。Cu(200)と(220)のピークは、1.8ks間電析した試験片から殆ど検出できなかった。いずれの試験片からCu以外のピークは検出されなかったので、電析皮膜は主にアモルファス(非晶質)であると確認された。
【0024】
図6は、-2.5V (vs. SSE)で0.6ks間電析した皮膜の断面を透過型電子顕微鏡で観察した高倍率写真である。これによると、皮膜にいくつかのナノ結晶を含むアモルファス(非晶質)という微細な構造を確認した。
【0025】
図7に、-2.0 V、-2.5V、-3.0 V (vs. SSE)で0.6ks間電析した皮膜を走査型電子顕微鏡のエネルギー分散型X線分光計(SEM-EDS)で分析したCr、Mn、Fe、Co、Niの相対的モル分率(原子濃度)を示す。 -3.0V (vs. SSE)で得た皮膜に5つの金属の含有量がほぼ同等であった。また、OとCを込んで全ての元素の含有量から計算すると、これによると、いずれの皮膜に50%(原子比)以上の酸素原子や10%程度の炭素原子が確認された。
【0026】
アルゴンイオンで約20nm(vs. SiO2)をスパッタエッチングした後、皮膜のXPSスペクトルを測定した。いずれの皮膜に、Cr、Mn、Fe、Co、Niの2pスペクトルが検出された。Cr3+およびMn2+は576.6 eVおよび641.3eVで検出されたが、Cr0およびMn0の出現は認められなかった。一方、Fe 2p は、Fe3+、Fe2+および Fe0 に分離できた。Co2+、Co0、Ni2+およびNi0はそれぞれCo 2pおよびNi 2pから確認できた。また、O1sスペクトルはO(-M)、HO(-M)に成分が確認できた。一方、Mnピークは、-2.0V (vs. SSE)では検出されなかった。
【0027】
図8は、X線光電子分光法(XPS)の分析に基づき得られた各元素の種々の化学状態下の原子濃度を示す。印加電位の低下にともなってCr、Mn、Fe、Coが増加した。いずれの場合も、Ni0と比較してNi2+の検出量が少ない。鉄全体の約87%にFe2+とFe3+が占めされ、コバルト全体の約半分はCo2+であった。Crと Mnは、Cr3+ および Mn2+ 以外、Cr0 とMn0 が検出されなかった。ここで皮膜中での酸素含有量は22-39%程度で、SEM-EDS分析されたそれの約半分である。
【0028】
皮膜(電析時間:1.8ks)の塑性硬度値(荷重40nN)は、2670 MPa(-2.0 V対SSE)、2660 MPa(-2.5V)、および2250 MPa(-3.0 V)であり、1600MPaの銅板のそれを超えた。これ程度の硬さは、皮膜に十分の機械特性を有することを意味する。これによって、電極として適用中、水中での流れや微粒子の衝撃に十分に耐えることがわかる。
【0029】
図9は、1.0M KOH水溶液中で得られたCu基板、市販RuO2電極および各種皮膜のアノード分極曲線である。水の電気分解に、酸素発生反応 2H2O = O2 + 4H+ + 4eの標準電位(1.23V vs. RHE(水素標準電極))に対し、図中では10mA/cm2のベンチマーク電流密度に対応した電位から得られた過電位(η10:
図10)は、電極の酸素発生触媒活性評価に使用した。過電圧が小さいほど、酸素が発生しやすい。Cu板の628 mVと比較して、皮膜の325-333 mVの過電位は、高い触媒活性を示す。この値は、明らかに市販のRuO2の342 mVよりも小さい。さらに、皮膜のタフェルの傾斜率(39.1 - 44.3 mV/decade)も銅(125.4 mV/decade)およびRuO2(66 mV/decade)よりも顕著に低い。これらの結果は、高価なRuO2の代わりに酸素発生電極として使用できる。皮膜は、少量のナノ結晶を含むアモルファス構造になっており、電極中に酸素飽和をしていない欠陥が多く存在していると想定できる。これは、低い酸素発生過電位をもたらした原因と推定している。もちろん、遷移金属の特独の電子構造に起因する可能性もある。
【0030】
電析皮膜(-2.0Vで0.6ks間電析)を酸素発生電極として、1.0M KOH水溶液中で10mA/cm2のベンチマーク電流密度で50時間酸素を発生させた際の過電位の変化を
図11に示す。これより、50時間を経過しても過電位の顕著な上昇がなく、酸素発生反応の電極触媒としての耐久性が優れているとわかった。この優れた耐久性は、電極材料の特独の少量のナノ結晶を含むアモルファス構造にも関係があると考えられる。
(実施例1)の浴液にさらにMoCl5、WCl6、またはMoCl5とWCl6を添加し、それぞれの浴液に銅基板に電位を印加して皮膜(図にCrMnFeCoNiMoとCrMnFeCoNiWで表す)を得た。