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  • 特開-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023014653
(43)【公開日】2023-01-31
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20230124BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20230124BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021118721
(22)【出願日】2021-07-19
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】片桐 隆雄
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF10
3C046FF19
3C046FF25
3C046FF27
4K029AA02
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA17
4K029BA58
4K029BB08
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA03
4K029DD06
4K029EA01
(57)【要約】
【課題】本発明は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【解決手段】基材と、基材の上に形成された被覆層と、を含む被覆切削工具であって、被覆層は、(AlxCryTi1-x-y)N(式中、xはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.95を満足し、yはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の原子比を示し、0.04≦y≦0.21を満足し、また、1-x-y>0である。)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有し、化合物層におけるCr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が、1.0以上2.5以下であり、化合物層の平均厚さが、2.0μm以上10.0μm以下である、被覆切削工具。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に形成された被覆層と、を含む被覆切削工具であって、
前記被覆層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有し、
(AlxCryTi1-x-y)N (1)
(式(1)中、xはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.95を満足し、yはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の原子比を示し、0.04≦y≦0.21を満足し、また、1-x-y>0である。)
前記化合物層におけるCr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が、1.0以上2.5以下であり、
前記化合物層の平均厚さが、2.0μm以上10.0μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記化合物層の残留応力が、-10.0GPa以上-2.0GPa以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記化合物層における粒子の平均粒径が、10nm以上300nm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記化合物層において、立方晶(200)面の回折ピーク強度をIcub(200)とし、六方晶(100)面の回折ピーク強度をIhex(100)としたとき、Ihex(100)/Icub(200)が、0.2以下である、請求項1から3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記化合物層が、柱状晶組織である、請求項1から4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼などの切削加工には超硬合金や立方晶窒化硼素(cBN)焼結体からなる切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、TiAlN層、AlCrN層などの硬質被覆膜を1又は2以上含む表面被覆切削工具は汎用性の高さから様々な加工に使用されている。
【0003】
その中でも、AlCrN層中のAlの原子比が70%以上である表面被覆切削工具は、六方晶を含むことにより硬さが低下するので、耐摩耗性が低下する。
【0004】
このような問題点を改善するため、例えば、特許文献1では、立方晶を含むAlCrN等(Al原子比が80%以上)を含む硬質皮膜の成膜方法が提案されている。具体的には、AlxCryz(0.80≦x≦0.95、0.05≦y+z≦0.20、z≦0.05:xはAlの原子比率、yはCrの原子比率、zはMの原子比率をそれぞれ示す。Mは、Ti、V、Zr、Nbのうちのいずれかの元素を示す。)から成るターゲットを内部に備えるカソードアーク方式イオンプレーティング装置を用いた硬質皮膜の成膜方法であって、前記カソードアーク方式イオンプレーティング装置内に設置する基板に対して印加するバイアス電圧を-100V~-150Vの範囲とし、前記基板の温度を330℃~370℃の範囲として前記硬質皮膜を成膜することを特徴とする硬質皮膜の成膜方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-109210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の成膜方法で作製された硬質皮膜は、結晶系が立方晶になるものの、圧縮応力が非常に高く、硬質皮膜を形成した後に剥離が生じてしまい、硬質皮膜の厚さを厚くすることが困難である。このため特許文献1に記載の硬質皮膜を有する被覆切削工具は、耐摩耗性が不十分であることにより、工具寿命を長くし難い。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具における被覆層を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、前記基材の上に形成された被覆層と、を含む被覆切削工具であって、
前記被覆層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有し、
(AlxCryTi1-x-y)N (1)
(式(1)中、xはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.95を満足し、yはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の原子比を示し、0.04≦y≦0.21を満足し、また、1-x-y>0である。)
前記化合物層におけるCr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が、1.0以上2.5以下であり、
前記化合物層の平均厚さが、2.0μm以上10.0μm以下である、被覆切削工具。
[2]
前記化合物層の残留応力が、-10.0GPa以上-2.0GPa以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記化合物層における粒子の平均粒径が、10nm以上300nm以下である[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記化合物層において、立方晶(200)面の回折ピーク強度をIcub(200)とし、六方晶(100)面の回折ピーク強度をIhex(100)としたとき、Ihex(100)/Icub(200)が、0.2以下である、[1]から[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記化合物層が、柱状晶組織である、[1]から[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、基材の上に形成された被覆層と、を含み、
被覆層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層(以下、単に「化合物層」とも記す。)を有し、
(AlxCryTi1-x-y)N (1)
(式(1)中、xはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.95を満足し、yはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の原子比を示し、0.04≦y≦0.21を満足し、また、1-x-y>0である。)
化合物層におけるCr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が、1.0以上2.5以下であり、
化合物層の平均厚さが、2.0μm以上10.0μm以下である。
【0014】
このような被覆切削工具が、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかではないが、本発明者はその要因を下記のように考えている。ただし、要因はこれに限定されない。すなわち、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のxが0.70以上であると、高硬度になるため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のxが0.95以下であると、六方晶構造が形成されるのを抑制できるため、高硬度になり、その結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のyが0.04以上であると、Crを含有することによる化合物層の高温強度の向上や六方晶形成の抑制に起因して、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のyが0.21以下であると、Crを適度に含有することで、高温強度が向上し、立方晶を形成しやすくなるため、高硬度になり、その結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中、1-x-y>0であると、Tiを含むことで、化合物層の密着性が向上し、被覆切削工具の耐チッピング性や耐摩耗性が向上する。また、被覆層を形成する化合物層において、Cr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が1.0以上であると、Cr元素の比率が多くなることで、高温強度が向上し、Ti元素の比率が少なくなることで、六方晶構造が形成されるのを抑制できる。一方、被覆層を形成する化合物層において、Cr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が2.5以下であると、化合物層の密着性が向上し、耐チッピング性や耐摩耗性が向上する。また、被覆層を形成する化合物層の平均厚さが2.0μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する化合物層の平均厚さが10.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることで、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定はされない。基材の例として、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体からなる群より選ばれる1種以上であると、被覆切削工具の耐欠損性が一層優れるので、さらに好ましい。
【0016】
〔化合物層〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有する。
(AlxCryTi1-x-y)N (1)
(式(1)中、xはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.95を満足し、yはAl元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の原子比を示し、0.04≦y≦0.21を満足し、また、1-x-y>0である。)
【0017】
被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のxが0.70以上であると、高硬度になるため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のxが0.95以下であると、六方晶構造が形成されるのを抑制できるため、高硬度になり、その結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のxは、0.70以上0.93以下であることが好ましく、0.75以上0.90以下であることがより好ましい。また、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のyが0.04以上であると、Crを含有することによる化合物層の高温強度の向上や六方晶形成の抑制に起因して、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のyが0.21以下であると、Crを適度に含有することで、高温強度が向上し、立方晶を形成しやすくなるため、高硬度になり、その結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中のyは、0.07以上0.21以下であることが好ましく、0.07以上0.15以下であることがより好ましい。また、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中、1-x-y>0であると、Tiを含むことで、化合物層の密着性が向上し、被覆切削工具の耐チッピング性や耐摩耗性が向上する。また、被覆層を形成する化合物層において、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)N中、1-x-y、すなわち、Ti元素の原子比は、0.03以上0.21以下であることが好ましく、0.03以上0.15以下であることがより好ましい。
なお、化合物の組成(AlxCryTi1-x-y)Nにおいて、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計原子比は1.0となる。
【0018】
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層を形成する化合物層において、Cr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が1.0以上2.5以下である。被覆層を形成する化合物層において、Cr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が1.0以上であると、Cr元素の比率が多くなることで、高温強度が向上し、Ti元素の比率が少なくなることで、六方晶構造が形成されるのを抑制できる。一方、被覆層を形成する化合物層において、Cr元素及びTi元素の比率(Cr/Ti)が2.5以下であると、化合物層の密着性が向上し、耐チッピング性や耐摩耗性が向上する。
【0019】
また、本実施形態において、化合物層の組成を(Al0.80Cr0.10Ti0.10)Nと表記する場合は、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の原子比が0.80、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の原子比が0.10、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するTi元素の原子比が0.10であることを意味する。すなわち、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するAl元素の量が80原子%、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するCr元素の量が10原子%、Al元素、Cr元素及びTi元素の合計に対するTi元素の量が10原子%であることを意味する。
【0020】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層を形成する化合物層の平均厚さは、2.0μm以上10.0μm以下である。被覆層を形成する化合物層の平均厚さが2.0μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する化合物層の平均厚さが10.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることで、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、被覆層を形成する化合物層の平均厚さは、2.0μm以上8.5μm以下であると好ましく、3.0μm以上8.5μm以下であるとより好ましい。
【0021】
また、本実施形態の被覆切削工具は、化合物層の残留応力が、-10.0GPa以上-2.0GPa以下であることが好ましい。化合物層の残留応力が-10.0GPa以上であると、被覆層を形成した後に亀裂が生じるのを抑制でき、被覆層を厚くすることができるので、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。一方、化合物層の残留応力が-2.0GPa以下であると、圧縮応力を有する効果により、亀裂の進展を抑制することができるので、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、化合物層の残留応力は、-9.8GPa以上-2.2GPa以下であるとより好ましく、-9.6GPa以上-2.5GPa以下であるとさらに好ましい。
【0022】
上記残留応力とは、被覆層中に残留する内部応力(固有ひずみ)であって、一般に「-」(マイナス)の数値で表される応力を圧縮応力といい、「+」(プラス)の数値で表される応力を引張応力という。本実施形態においては、残留応力の大小を表現する場合、「+」(プラス)の数値が大きくなる程、残留応力が大きいと表現し、また「-」(マイナス)の数値が大きくなる程、残留応力が小さいと表現するものとする。
【0023】
なお、上記残留応力は、X線回折装置を用いたsin2ψ法により測定することができる。そして、このような残留応力は、切削に関与する部位に含まれる任意の点3点(これらの各点は、当該部位の応力を代表できるように、互いに0.5mm以上の距離を離して選択することが好ましい。)の応力を上記sin2ψ法により測定し、その平均値を求めることにより測定することができる。
【0024】
また、本実施形態の被覆切削工具は、化合物層における粒子の平均粒径が、10nm以上300nm以下であることが好ましい。化合物層における粒子の平均粒径が10nm以上であると、圧縮応力が高くなりすぎるのを抑制し、化合物層の剥離が抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。一方、化合物層における粒子の平均粒径が300nm以下であると、化合物層が高硬度になり、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。同様の観点から、化合物層における粒子の平均粒径は、12nm以上295nm以下であることがより好ましく、14nm以上292nm以下であることがさらに好ましい。
【0025】
また、本実施形態の被覆切削工具は、化合物層が、柱状晶組織であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、化合物層が、柱状晶組織であると、粒子の脱落が抑制されるので、被覆層の効果が長く発揮されるため、耐摩耗性が一層向上する傾向にある。
【0026】
なお、本実施形態において、化合物層における粒子の形状、アスペクト比及び平均粒径については、市販の透過型顕微鏡(TEM)を用いて測定することができる。具体的には、例えば、まず、集束イオンビーム(FIB)加工機を用いて、化合物層の断面(被覆層の厚さを観察するときと同じ方向の断面:基材表面に対して垂直方向)を観察面とする薄膜の試料を作製する。作製した試料の観察面について走査透過電子像(STEM像)の写真を撮影する。このときのSTEM像は、基材に垂直な方向において、化合物層が占める領域を全て含み、基材の表面と平行な方向において、10μm以上の領域を含むことが好ましい。撮影した写真において、化合物層中に存在するすべての粒子の、化合物層を構成する粒子における基材の表面と平行な方向の軸の値を粒径とし、この平均値を化合物層の平均粒径とする。
また、化合物層におけるアスペクト比は、以下のとおり求める。平均粒径の測定に使用した結晶粒において、被覆層の厚さ方向の軸の値を結晶粒の高さとする。この結晶粒の高さを粒径の値で除した値をアスペクト比とする。
上記のように測定した化合物層におけるアスペクト比が2以上の結晶粒の数が、全結晶粒の50%以上である場合を柱状晶組織とする。また、上記のように測定した化合物層におけるアスペクト比が2以上の結晶粒の数が、全結晶粒の50%未満である場合、すなわち、アスペクト比が2未満の結晶粒の数が、全結晶粒の50%以上である場合を粒状晶組織とする。
【0027】
また、本実施形態の被覆切削工具は、化合物層において、立方晶(200)面の回折ピーク強度をIcub(200)とし、六方晶(100)面の回折ピーク強度をIhex(100)としたとき、Ihex(100)/Icub(200)が、0.2以下であることが好ましい。化合物層において、Ihex(100)/Icub(200)が、0.2以下であると、六方晶構造が形成されるのを抑制されているため、高硬度になり、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。同様の観点から、化合物層において、Ihex(100)/Icub(200)は、低いほどより好ましい。Ihex(100)/Icub(200)が低いことは、立方晶の割合が高いことを示す。Ihex(100)/Icub(200)の下限は特に限定されないが、例えば、0である。
【0028】
本実施形態において、化合物層の各結晶面のピーク強度は、市販のX線回折装置を用いることにより、測定することができる。例えば、株式会社リガク製のX線回折装置である型式:RINT TTRIIIを用い、Cu-Kα線による2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/分、2θ測定範囲:20~50°という条件にて行うと、各結晶面のピーク強度を測定することができる。X線回折図形から各結晶面のピーク強度を求めるときに、X線回折装置に付属した解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアでは、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行うことによって、各ピーク強度を求めることができる。なお、化合物層と基材との間に各種の層が形成されている場合、その層の影響を受けないように、薄膜X線回折法により、各ピーク強度を測定することができる。また、化合物層の基材側とは反対側に各種の層が形成されている場合、バフ研磨により、各種の層を除去し、その後、X線回折測定を行うとよい。また、本実施形態において、化合物層の結晶系はX線回折測定で確認することができる。
【0029】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具3は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層2とを備える。
【0030】
〔下部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、化合物層だけで構成されてもよいが、基材と化合物層との間に下部層を有すると好ましい。これにより、基材と化合物層との密着性が更に向上する。その中でも、下部層は、上記と同様の観点から、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むと好ましく、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むとより好ましく、Ti、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとさらに好ましい。また、下部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0031】
本実施形態において、下部層の平均厚さが0.1μm以上3.5μm以下であると、基材と被覆層との密着性が更に向上する傾向を示すため、好ましい。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.3μm以上2.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0032】
〔上部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、化合物層の基材とは反対側(すなわち、化合物層の上層)、好ましくは化合物層の表面に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むと、耐摩耗性に一層優れるので、さらに好ましい。また、上記と同様の観点から、上部層は、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むとより好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとさらに好ましい。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0033】
本実施形態において、上部層の平均厚さが0.1μm以上3.5μm以下であると、耐摩耗性により優れる傾向を示すため好ましい。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.3μm以上2.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0034】
〔被覆層の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法を使用して、被覆層を形成すると、シャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と基材との密着性に一層優れるので、より好ましい。
【0035】
〔被覆切削工具の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具の製造方法について、以下に具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0036】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が200℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-500V~-350Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0037】
本実施形態に用いる下部層を形成する場合、基材をその温度が400℃~600℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により下部層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて下部層を形成するとよい。
【0038】
本実施形態に用いる化合物層を形成する場合、基材をその温度が200℃~300℃になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を8.0Pa~10.0Paにする。その後、基材に-400V~-200Vのバイアス電圧を印加し、化合物層の金属成分に応じた金属蒸発源を100A~200Aとするアーク放電により蒸発させて、化合物層を形成するとよい。金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、化合物層の厚さを制御することができる。
【0039】
本実施形態に用いる化合物層におけるX線回折強度比Ihex(100)/Icub(200)を所定の値にするには、上述の化合物層を形成する過程において、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整したり、各金属元素の原子比を調整したり、反応容器内の圧力を調整するとよい。より具体的には、化合物層を形成する過程において、基材の温度を低く(300℃以下)したり、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから離れる方向)すると、Ihex(100)/Icub(200)が小さくなる傾向がある。また、化合物層を形成する過程において、Al元素の原子比を少なくし、Cr元素の原子比を多くすると、Ihex(100)/Icub(200)が小さくなる傾向があり、また、Ti元素の原子比に対するCr元素の原子比の比率(Cr/Ti)を多くすると、Ihex(100)/Icub(200)が小さくなる傾向がある。また、化合物層を形成する過程において、反応容器内の圧力を大きく(8.0Pa以上)すると、Ihex(100)/Icub(200)が小さくなる傾向がある。
【0040】
本実施形態に用いる化合物層における組織を柱状晶組織にするには、上述の化合物層を形成する過程において、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整するとよい。より具体的には、化合物層を形成する過程において、基材の温度を低く(300℃以下)したり、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから離れる方向)すると、化合物層における組織が柱状晶組織になる傾向がある。なお、化合物層における粒子の平均粒径が小さ過ぎると、粒子のアスペクト比が2未満となり、化合物層における組織が粒状晶組織になる傾向がある。また、化合物層を形成する過程において、Al元素の原子比を多くし過ぎたり、Cr元素の原子比を少なくし過ぎたり若しくはCr元素を含んでいないと、化合物層における組織が粒状晶組織になる傾向がある。
【0041】
本実施形態に用いる化合物層における粒子の平均粒径を所定の値にするには、上述の化合物層を形成する過程において、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整したり、各金属元素の原子比を調整するとよい。より具体的には、化合物層を形成する過程において、基材の温度を高くしたり、負のバイアス電圧を小さく(ゼロに近い側)すると、化合物層における粒子の平均粒径が小さくなる傾向がある。また、化合物層を形成する過程において、Ti元素の原子比を多くしたり、Al元素の原子比を多くすると、化合物層における粒子の平均粒径が小さくなる傾向がある。
【0042】
本実施形態に用いる化合物層における残留応力を所定の値にするには、上述の化合物層を形成する過程において、反応容器内を窒素ガス(N2)雰囲気とし、圧力を調整したり、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整するとよい。より具体的には、化合物層を形成する過程において、反応容器内を窒素ガス(N2)雰囲気とし、反応容器内の圧力を大きく(8.0Pa以上)したり、基材の温度を高くしたり、負のバイアス電圧を小さく(ゼロに近い側)すると、化合物層における残留応力が大きくなる傾向がある。
【0043】
本実施形態に用いる上部層を形成する場合、上述した下部層と同様の製造条件により形成するとよい。すなわち、まず、基材をその温度が400℃~600℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により上部層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成するとよい。
【0044】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0045】
また、本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0046】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例0047】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)
基材として、SWMT13T3AFPR-MJのインサート(89.8%WC-9.8%Co-0.4%Cr32(質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1に示す化合物層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0049】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0050】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0051】
発明品1~19及び比較品1~10について、真空引き後、基材をその温度が表2に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内を表2に示す圧力に調整した。その後、基材に表2に示すバイアス電圧を印加して、表1に示す組成の化合物層の金属蒸発源を、表2に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、基材の表面に化合物層を形成した。このとき表2に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、化合物層の厚さは、表1に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0052】
基材の表面に表1に示す所定の平均厚さまで化合物層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
得られた試料の化合物層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、化合物層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。その結果を、表1に示す。
【0056】
得られた試料の化合物層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。その結果も、表1に併せて示す。なお、表1の化合物層の金属元素の組成比は、化合物層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0057】
〔Ihex(100)/Icub(200)〕
得られた試料の化合物層における比Ihex(100)/Icub(200)については、株式会社リガク製のX線回折装置である型式:RINT TTRIIIを用いて測定した。具体的には、Cu-Kα線による2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/分、2θ測定範囲:20~50°という条件にて、化合物層の(200)面のピーク強度Icub(200)、及び化合物層の(100)面のピーク強度Ihex(100)を測定することにより、比Ihex(100)/Icub(200)を算出した。その結果を、表3に示す。なお、化合物層の結晶系もX線回折測定で確認した。
【0058】
〔残留応力〕
得られた試料について、X線回折装置を用いたsin2ψ法により、化合物層の残留応力を測定した。残留応力は切削に関与する部位に含まれる任意の点3点の応力を測定し、その平均値(相加平均値)を化合物層の残留応力とした。その結果を、表3に示す。
【0059】
〔粒子の形状、アスペクト比及び平均粒径〕
得られた試料の化合物層における粒子の形状、アスペクト比及び平均粒径は、市販の透過型顕微鏡(TEM)を用いて測定した。具体的には、まず、集束イオンビーム(FIB)加工機を用いて、化合物層の断面(被覆層の厚さを観察するときと同じ方向の断面:基材表面に対して垂直方向)を観察面とする薄膜の試料を作製した。作製した試料の観察面について走査透過電子像(STEM像)の写真を撮影した。このときのSTEM像は、基材に垂直な方向において、化合物層が占める領域を全て含み、基材の表面と平行な方向において、10μmの領域を含んでいた。撮影した写真において、化合物層中に存在するすべての粒子の、化合物層を構成する粒子における基材の表面と平行な方向の軸の値を粒径とし、この平均値を化合物層の平均粒径とした。
また、化合物層におけるアスペクト比は、以下のとおり求めた。平均粒径の測定に使用した結晶粒において、被覆層の厚さ方向の軸の値を結晶粒の高さとした。この結晶粒の高さを粒径の値で除した値をアスペクト比とした。
上記のように測定した化合物層におけるアスペクト比が2以上の結晶粒の数が、全結晶粒の50%以上である場合を柱状晶組織とした。また、上記のように測定した化合物層におけるアスペクト比が2以上の結晶粒の数が、全結晶粒の50%未満である場合、すなわち、アスペクト比が2未満の結晶粒の数が、全結晶粒の50%以上である場合を粒状晶組織とした。特定した各粒子の形状及び平均粒径の結果を、表3に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0062】
[切削試験]
被削材:FCD600、
被削材形状:60mm×100mm×200mmの板、
切削速度:150m/分、
1刃当たりの送り量:0.2mm/tooth、
切り込み深さ:2.0mm、
切削幅:100mm
クーラント:Dry(使用しない)、
評価項目:試料がチッピング(幅0.2mm以上)あるいは欠損に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。なお、本切削試験は、突発的な欠損等が生じにくい加工条件に設定されており、試料の逃げ面摩耗が進行すると、刃先の強度が不足することにより、チッピング又は欠損を生じる試験である。このため、工具寿命までの加工時間が長いほど、耐欠損性及び耐摩耗性に優れ、特に耐摩耗性に優れることを意味する。得られた評価の結果を表4に示す。
【0063】
【表4】
【0064】
表4に示す結果より、発明品の加工時間は80分以上であり、全ての比較品の加工時間よりも長かった。
【0065】
以上の結果より、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させたことにより、発明品の工具寿命が長くなっていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0067】
1…基材、2…被覆層、3…被覆切削工具。
図1