(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146597
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231004BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20231004BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20231004BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D9/46 Z
C22C38/34
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053852
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】稲田 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】田村 佑一
(72)【発明者】
【氏名】宮腰 皓
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA22
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB03
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA03
4K037FB00
4K037FC03
4K037FC04
4K037FD06
4K037FE01
(57)【要約】
【課題】Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減する。
【解決手段】フェライト系ステンレス熱延鋼板(1)は、Si:1.0~3.5%およびNb:0.1~0.4%等を含有し、シャルピー衝撃値が20J/cm
2以上であり、圧延方向に平行かつ圧延面(11)に垂直な断面(12)において、圧延面からの距離が板厚の1/2~1/3の領域(13)におけるNb炭化物の長径が4.5μm以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.001~0.02%、Si:1.0~3.5%、Mn:0.2~0.4%、Cr:15~20%、N:0.001~0.03%、Nb:0.1~0.4%およびAl:0.002~0.1%を含有し、Pの含有率が0.05%以下、Sの含有率が0.03%以下、Oの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス熱延鋼板であって、
シャルピー衝撃値が20J/cm2以上であり、
前記フェライト系ステンレス熱延鋼板の圧延方向に平行かつ圧延面に垂直な断面において、前記圧延面からの距離が板厚の1/2~1/3の領域におけるNb炭化物の長径が4.5μm以下である、フェライト系ステンレス熱延鋼板。
【請求項2】
Mo:0.1~2.0%、Ni:0.1~1.0%、Co:0.01~0.5%、Cu:0.1~1.2%、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Ga:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Zr:0.5%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.01%以下および希土類元素:0.1%以下のうちの1種以上を更に含有する組成を有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス熱延鋼板。
【請求項3】
質量%で、C:0.001~0.02%、Si:1.0~3.5%、Mn:0.2~0.4%、Cr:15~20%、N:0.001~0.03%、Nb:0.1~0.4%およびAl:0.002~0.1%を含有し、Pの含有率が0.05%以下、Sの含有率が0.03%以下、Oの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス鋼スラブを、1200℃~1300℃の温度域まで加熱し、前記温度域において30分以上均熱保持する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記フェライト系ステンレス鋼スラブを、熱延仕上温度800℃以上で圧延して鋼板にする圧延工程と、
前記圧延工程後の前記鋼板を水冷する第1冷却工程と、
前記第1冷却工程後の前記鋼板を巻取温度480℃以下で巻き取る巻取工程と、
前記巻取工程後の前記鋼板を水冷する第2冷却工程と、を含む、フェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記フェライト系ステンレス鋼スラブが、Mo:0.1~2.0%、Ni:0.1~1.0%、Co:0.01~0.5%、Cu:0.1~1.2%、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Ga:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Zr:0.5%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.01%以下および希土類元素:0.1%以下のうちの1種以上を更に含有する組成を有する、請求項3に記載のフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス熱延鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス熱延鋼板(以下、「熱延鋼板」と略記する)の靱性を向上させるため、様々な技術が開発されている。例えば、特許文献1では、熱間圧延後、直ちに水冷して巻き取ることにより、熱延鋼板の靱性を向上させる技術が開示されている。特許文献2では、熱間圧延工程の冷却速度および圧下率を調整することにより、熱延鋼板の靱性を向上させる技術が開示されている。
【0003】
特許文献3では、熱延仕上げ温度890℃以上で熱間圧延後、水冷し、巻取温度400℃以下で巻き取った後、水中に浸漬することにより、Nb含有熱延鋼板の靱性を向上させる技術が開示されている。特許文献4では、焼鈍温度および焼鈍後の冷却速度を調整することにより、熱延鋼板の靱性を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8-199237号公報
【特許文献2】特開2009-263714号公報
【特許文献3】特開2012-140688号公報
【特許文献4】国際公開第2014-157576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、高温における耐酸化性の向上のため、熱延鋼板におけるSiの含有率を増加させると、特許文献1~4の技術を適用しても、粗大なNb炭化物の析出により、靱性が低下するという問題が生じる。
【0006】
本発明の一態様は、Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板は、質量%で、C:0.001~0.02%、Si:1.0~3.5%、Mn:0.2~0.4%、Cr:15~20%、N:0.001~0.03%、Nb:0.1~0.4%およびAl:0.002~0.1%を含有し、Pの含有率が0.05%以下、Sの含有率が0.03%以下、Oの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス熱延鋼板であって、シャルピー衝撃値が20J/cm2以上であり、前記フェライト系ステンレス熱延鋼板の圧延方向に平行かつ圧延面に垂直な断面において、前記圧延面からの距離が板厚の1/2~1/3の領域におけるNb炭化物の長径が4.5μm以下である。上記構成によれば、Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することができる。
【0008】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板は、Mo:0.1~2.0%、Ni:0.1~1.0%、Co:0.01~0.5%、Cu:0.1~1.2%、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Ga:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Zr:0.5%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.01%以下および希土類元素:0.1%以下のうちの1種以上を更に含有する組成を有してもよい。上記構成によれば、Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性をより低減することができる。
【0009】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.001~0.02%、Si:1.0~3.5%、Mn:0.2~0.4%、Cr:15~20%、N:0.001~0.03%、Nb:0.1~0.4%およびAl:0.002~0.1%を含有し、Pの含有率が0.05%以下、Sの含有率が0.03%以下、Oの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス鋼スラブを、1200℃~1300℃の温度域まで加熱し、前記温度域において30分以上均熱保持する加熱工程と、前記加熱工程後の前記フェライト系ステンレス鋼スラブを、熱延仕上温度800℃以上で圧延して鋼板にする圧延工程と、前記圧延工程後の前記鋼板を水冷する第1冷却工程と、前記第1冷却工程後の前記鋼板を巻取温度480℃以下で巻き取る巻取工程と、前記巻取工程後の前記鋼板を水冷する第2冷却工程と、を含む。上記方法によれば、Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することができる。
【0010】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法において、前記フェライト系ステンレス鋼スラブは、Mo:0.1~2.0%、Ni:0.1~1.0%、Co:0.01~0.5%、Cu:0.1~1.2%、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Ga:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Zr:0.5%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.01%以下および希土類元素:0.1%以下のうちの1種以上を更に含有する組成を有していてもよい。上記方法によれば、Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性をより低減することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、Siの含有率を増加させたNb添加鋼において、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係る熱延鋼板を示す模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る熱延鋼板の代表的なSEM写真を示す図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る熱延鋼板の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。なお、以下の記載は、発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0014】
本出願において、各成分元素の含有量の単位である「%」は、特に言及がない限り「質量%」を意味する。また、本出願において、数値Xおよび数値Y(ただし、X<Y)について、「X~Y」は、「X以上Y以下」を意味するものとする。また、本出願において、「フェライト系ステンレス鋼」を「ステンレス鋼」と略記する。
【0015】
〔熱延鋼板の成分組成〕
本発明の一態様に係る熱延鋼板は、質量%で、C:0.001~0.02%、Si:1.0~3.5%、Mn:0.2~0.4%、Cr:15~20%、N:0.001~0.03%、Nb:0.1~0.4%およびAl:0.002~0.1%を含有し、Pの含有率が0.05%以下、Sの含有率が0.03%以下、Oの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有する。
【0016】
また、本発明の一態様に係る熱延鋼板は、質量%で、Mo:0.1~2.0%、Ni:0.1~1.0%、Co:0.01~0.5%、Cu:0.1~1.2%、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下、B:0.005%以下、V:1.0%以下、W:1.0%以下、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Ga:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Zr:0.5%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.01%以下および希土類元素:0.1%以下のうちの1種以上を更に含有する組成を有していてもよい。
【0017】
以下、本発明の一態様に係る熱延鋼板に含まれる各元素の含有量の意義について説明する。なお、当該熱延鋼板は、以下に示す各成分以外は、鉄(Fe)、または不可避的に混入する少量の不純物(不可避的不純物)からなる。
【0018】
<C:炭素>
Cは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素である。一方、Cは、含有量の増加に伴って、異常酸化が発生し易くなる。また、過度にCを含有すると、スラブおよび熱延鋼板の靱性を低下させ、熱間加工によって板材に加工することが困難になる。そのため、本発明の一態様では、Cの含有率は0.001~0.02%であり、好ましくは0.008~0.018%である。
【0019】
<Si:ケイ素>
Siは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素である。Siは、高温における耐酸化性の向上に有効な元素であり、また製鋼時の脱酸剤としても有効である。一方、Siを過度に含有すると靱性および加工性を低下させる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Siの含有率は1.0~3.5%であり、好ましくは2.55~2.75%である。
【0020】
<Mn:マンガン>
Mnは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素である。一方、Mnを過度に含有すると、フェライト相が不安定化するとともに、耐高温酸化性を低下させる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Mnの含有率は0.2~0.4%であり、好ましくは0.25~0.35%である。
【0021】
<Cr:クロム>
Crは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素であり、ステンレス鋼の耐高温酸化特性を向上させるために必要な基本的な合金元素である。所定量以上のCrを含有することにより、ステンレス鋼の表面に酸化皮膜が形成され、ステンレス鋼の酸化が抑制される。一方、過度のCrを含有すると、靱性が低下し、製造性が悪くなる。そのため、本発明の一態様では、Crの含有率は15~20%であり、好ましくは17.5~18.1%である。
【0022】
<N:窒素>
Nは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素である。一方、過度に含有すると鋼中のAlと結合し、AlNを形成して加速酸化の起点となる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Nの含有率は0.001~0.03%であり、好ましくは0.001~0.013%である。
【0023】
<Nb:ニオブ>
Nbは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素である。Nbは、高温における耐酸化性の向上に有効であり、高温強度確保のために添加する元素である。また、Nbは、炭窒化物を生成するためにステンレス鋼の靱性を向上させる。さらにNbは、Al2O3皮膜の形成を促進させる効果がある。また、ステンレス鋼の再結晶を抑制し、結晶粒を微細化させることで粒界面積を広くする。一方、Nbを過度に含有すると熱延鋼板の靱性が低下する可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Nbの含有率は0.1~0.4%であり、好ましくは0.25~0.35%である。
【0024】
<Al:アルミニウム>
Alは、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素であり、ステンレス鋼の耐高温酸化特性を向上させるために必要な基本的な合金元素である。所定量以上のAlを含有することにより、ステンレス鋼の表面にAl2O3の酸化被膜が形成され、ステンレス鋼の酸化が抑制される。また、REMまたはYが添加される場合、当該酸化被膜が緻密になると共に下地鋼に対する密着性が向上し、異常酸化の発生が抑制される。一方、Alを過度に含有すると、ステンレス鋼の靱性を劣化させ、製造性および加工性が悪くなる。そのため、本発明の一態様では、Alの含有率は0.002~0.1%であり、好ましくは0.002~0.05%である。
【0025】
<P:リン>
Pは、本発明の一態様に係る熱延鋼板において、含有率の上限を制御する必要がある元素である。Pを過度に含有すると、耐酸化性および熱延鋼板の靱性が劣化する可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Pの含有率は0~0.05%であり、好ましくは0~0.03%である。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Pを含有しなくてもよい。
【0026】
<S:硫黄>
Sは、本発明の一態様に係る熱延鋼板において、含有率の上限を制御する必要がある元素である。Sを過度に含有するとステンレス鋼においてAl2O3皮膜の形成に悪影響を及ぼし、耐酸化性を劣化させる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Sの含有率は0~0.03%であり、好ましくは0~0.003%である。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Sを含有しなくてもよい。
【0027】
<O:酸素>
Oは、本発明の一態様に係る熱延鋼板において、含有率の上限を制御する必要がある元素である。Oは、非金属介在物を生成し、衝撃値および疲れ寿命を低下させる。そのため、本発明の一態様では、Oの含有率は0~0.01%である。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Oを含有しなくてもよい。
【0028】
<<その他の成分>>
本発明の一態様に係る熱延鋼板は、上記以外の元素として、Mo、Ni、Co、Cu、Ca、Mg、B、V、W、Sn、Sb、Ga、Ta、Zr、Y、Hfおよび希土類元素のうち少なくとも1種の元素を更に含有することが好ましい。また、本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Tiを更に含んでもよい。
【0029】
<Mo:モリブデン>
Moは、耐食性を向上させる元素である。一方、Moを過度に含有すると硬質化し、靱性が低下するとともに材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Moの含有率は、0.05~2.0%であることが好ましい。
【0030】
<Ni:ニッケル>
Niは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、本発明の一態様に係る熱延鋼板における必須元素である。一方、Niを過度に含有すると、フェライト相が不安定化するとともに、材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Niの含有率は0.1~1.0%であることが好ましく、0.1~0.2%であることがより好ましい。
【0031】
<Co:コバルト>
Coは、耐食性および耐熱性の向上に有効な元素である。しかし、Coが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Coの含有率は0.01~0.5%であることが好ましい。
【0032】
<Cu:銅>
Cuは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。一方、Cuを過度に含有すると、耐酸化性や熱間加工性の低下を招く可能性があるとともに、材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Cuの含有率は、0.1~1.2%であることが好ましい。
【0033】
<Ca:カルシウム>
Caは、熱間加工性を向上させる元素である。一方、Caを過度に含有すると、鋼の靱性が低下して製造性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Caの含有率は、0~0.005%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Caを含有しなくてもよい。
【0034】
<Mg:マグネシウム>
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成して脱酸剤として作用する。一方、Mgを過度に含有すると鋼の靱性が低下して製造性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Mgの含有率は、0~0.005%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Mgを含有しなくてもよい。
【0035】
<B:ホウ素>
Bは、ステンレス鋼を使用して製造された成形品の二次加工性および耐酸化性を向上させる元素である。一方、Bを過剰に含有させると、Bの化合物が介在物(不純物)となってしまう。そのため、本発明の一態様では、Bの含有率は、0~0.005%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Bを含有しなくてもよい。
【0036】
<V:バナジウム>
Vは加工性および溶接部靱性を向上させる元素である。一方、Vを過剰に添加すると熱延鋼板の靱性を劣化させる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Vの含有率は、0~1.0%であることが好ましく、0~0.15%であることがより好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Vを含有しなくてもよい。
【0037】
<W:タングステン>
Wは、高温強度確保のために添加する元素である。一方、Wを過度に含有すると、熱延鋼板の靱性を劣化させるとともに材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Wの含有率は、0~1.0%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Wを含有しなくてもよい。
【0038】
<Sn:スズ>
Sn(スズ)は、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。一方、Snを過度に含有すると、加工性が低下し、かつ材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Snの含有率は、0~0.5%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Snを含有しなくてもよい。
【0039】
<Sb:アンチモン>
Sbは、圧延時における変形帯生成の促進による加工性の向上に効果的である。一方、過剰にSbを含有するとその効果は飽和し、さらに加工性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Sbの含有率は、0~0.5%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Sbを含有しなくてもよい。
【0040】
<Ga:ガリウム>
Gaは、耐食性を向上させる元素である。一方、Gaを過剰に含有すると材料コストが上昇する。本発明の一態様では、Gaの含有率は、0~0.01%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Gaを含有しなくてもよい。
【0041】
<Ta:タンタル>
Taは、鋼の洗浄度および耐酸化性を向上させる元素である。一方、Taを過度に含有すると、靱性を低下させるとともに材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Taの含有率は、0~0.01%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Taを含有しなくてもよい。
【0042】
<Zr:ジルコニウム>
Zrは耐酸化性を向上させる元素である。一方、Zrを過剰に添加すると鋼を硬質化して靱性の低下を招く可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Zrの含有率は、0~0.5%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Zrを含有しなくてもよい。
【0043】
<Y:イットリウム>
Yは、溶鋼の粘度を減少させ、清浄度を向上させる元素である。一方、Yを過度に含有すると、その効果は飽和し、さらに加工性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Yの含有率は、0~0.1%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Yを含有しなくてもよい。
【0044】
<Hf:ハフニウム>
Hfは、耐酸化性を向上させる元素である。一方、Hfを過度に含有すると、熱延鋼板の靱性を低下させるとともに材料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Hfの含有率は、0~0.01%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Hfを含有しなくてもよい。
【0045】
<REM:希土類元素>
希土類元素(rare earth metals、以下「REM」と略記)とは、ランタノイド系元素(La、Ce、Pr、Nd、Smなど原子番号57~71の元素)を意味する。REMは、耐高温酸化性を向上させる元素である。所定量以上のREMを含有することによりAl酸化皮膜を安定化させる。また母材と酸化物の密着性を改善することにより耐酸化性が向上する。一方、REMを過度に含有すると、熱間圧延の際に表面欠陥が生じ、製造性が低下する。そのため、本発明の一態様では、REMの含有率は、0~0.1%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、REMを含有しなくてもよい。
【0046】
<Ti:チタン>
Tiは、Cおよび/またはNと反応することにより、ステンレス鋼を900~1000℃においてフェライト系単層にすることができる。一方、Tiを過度に含有すると、Alの酸化物中にTiO2を生成し、酸化寿命を劣化させる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Tiの含有率は、0~0.02%であることが好ましい。本発明の一態様に係る熱延鋼板は、Tiを含有しなくてもよい。
【0047】
〔フェライト系ステンレス鋼のシャルピー衝撃値〕
本発明の一態様に係る熱延鋼板は、25℃でのシャルピー衝撃値が20J/cm2以上である。ここで、本出願におけるシャルピー衝撃値は、熱延鋼板から作製する3本のC方向Vノッチシャルピー試験片について、JIS規格(JIS Z2242(2018))に規定される方法で測定し、得られるシャルピー衝撃値のうちの最小値として定義される。
【0048】
なお、C方向Vノッチシャルピー試験片については、試験片の長手方向が圧延方向と平行となるように、熱延鋼板から試験片を採取した後、圧延方向と垂直になるようにVノッチを入れることにより作製することができる。
【0049】
〔Nb炭化物の長径〕
図1は、本発明の一態様に係る熱延鋼板1を示す模式図である。
図1に示すように、断面12は、熱延鋼板1を圧延方向に平行かつ圧延面11に垂直な方向に切断したときの断面である。領域13は、熱延鋼板1の断面12において、圧延面11からの距離が板厚tの1/2~1/3の領域である。熱延鋼板1は、領域13におけるNb炭化物(NbC)の長径が4.5μm以下であり、より好ましくは4.3μm以下である。
【0050】
図2は、本発明の一態様に係る熱延鋼板の断面において観察されるNb炭化物を撮影した、代表的なSEM写真を示す図である。本発明の一実施形態に係る熱延鋼板の上記断面12において、Nb炭化物は、材料内に分散した粒状物として観察され得る。
図2に示すように、Nb炭化物の長径とは、粒子状のNb炭化物の像が有する縁部における2点を結ぶ線分のうちの最長の線分の長さを意味する。本出願におけるNb炭化物の長径は、走査型電子顕微鏡(SEM)により、上記断面12の反射電子像を撮影倍率1000倍で撮影した後、撮影したSEM写真における上記規定の領域13内に存在する各NbCの長径を測定し、得られた複数の測定値の平均値として定義される。
【0051】
〔製造方法〕
図3は、本発明の一態様に係る熱延鋼板の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図3に示すように、熱延鋼板の製造方法は、加熱工程S1、圧延工程S2、第1冷却工程S3、巻取工程S4および第2冷却工程S5を含む。本出願では、加熱工程S1、圧延工程S2、第1冷却工程S3、巻取工程S4および第2冷却工程S5を合わせて、「熱間圧延工程」と称する。上述の各工程について、以下に説明する。
【0052】
<加熱工程S1>
加熱工程S1は、上記〔熱延鋼板の成分組成〕に記載した組成を有するフェライト系ステンレス鋼スラブ(以下、「スラブ」と略記する)を、1200℃~1300℃の温度域まで加熱し、この温度域において30分以上均熱保持する工程である。加熱工程S1において用いられる加熱設備は特に限定されず、公知のものを用いることができ、例えば加熱炉を用いることができる。
【0053】
加熱工程S1で使用されるスラブは、例えば銑鉄または鉄スクラップを原料として、不純物の除去、各種成分の添加および加熱を行うことにより、所望の組成を有する溶鋼とした後、当該溶鋼を冷却して凝固させることにより製造することができる。
【0054】
ここで、本発明の一態様に係るスラブは、Siの含有率が1.0%以上かつNbの含有率が0.1%以上である。SiおよびNbは、高温における耐酸化性の向上に有効な元素である。しかしながら、Siの添加は、NbおよびCの活量を増加させ、Nb炭化物の析出を促進する。そのため、耐酸化性を向上させるためにSiの含有率を増加させた高Si含有Nb添加鋼の場合、溶鋼を凝固させてスラブを製造するときに、SiまたはNbの凝固偏析部等に、粗大なNb炭化物が析出するという問題が生じ得る。ここで、高Si含有Nb添加鋼とは、例えば、Siの含有率が1.0%~3.5%、好ましくは2.55%~2.75%以上であり、Nbの含有率が0.1%~0.4%、好ましくは0.25%~0.35%であるステンレス鋼である。このような粗大なNb炭化物が熱延鋼板に残存する場合、熱延鋼板の靱性が低下する。熱延鋼板の靱性が低下すると、例えばその後の処理において割れが生じやすく、処理の効率性が低下する。
【0055】
本発明の一態様では、加熱工程S1において、スラブが1200℃~1300℃の温度域まで加熱され、この温度域において30分以上均熱保持される。これにより、スラブに含まれる粗大なNb炭化物を固溶させ、縮小させることができる。したがって、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することができる。
【0056】
なお、Siの含有率が低い(例えば1.0%未満)のステンレス鋼では、1200℃以上でスラブが加熱されると、結晶粒の過度な成長により靱性が低下するとともに、スラブが自重により変形するという問題が生じる可能性がある。スラブが自重により変形した場合、その後の圧延工程において、均一な圧延が困難になる虞がある。そのため、このようなステンレス鋼の熱間圧延工程では、スラブの加熱は通常1200℃未満で行われる。
【0057】
一方、本発明の一態様に係るスラブは、1200℃以上で加熱しても、靱性の低下およびスラブだれが生じ難い。靱性の低下が生じ難い理由としては、限定するものではないが、Siの含有率が1.0%以上かつNbの含有率が0.1%以上であるため、Nb窒化物の析出により、結晶粒の成長が低減されることが一因であると推測される。また、スラブの変形が生じ難い理由としては、Siの含有率が1.0%以上であるため、強度が向上していることが一因であると推測される。
【0058】
加熱工程S1の後、圧延工程S2の前に、スラブの表面に付着しているスケールを除去してもよい。スケールの除去は、限定するものではないが、例えば高圧の水をスラブの表面に当てることにより行われてもよい。
【0059】
<圧延工程S2>
圧延工程S2は、加熱工程S1後のスラブを、熱延仕上温度800℃以上で圧延して鋼板にする工程である。なお、本出願において、「熱延仕上温度」とは、圧延工程S2における最後の圧延処理が行われた直後の鋼板の温度を意味する。なお、圧延工程S2の後に第1冷却工程S3および第2冷却工程S5が行われるため、冷間圧延処理は、本出願の圧延工程S2には含まれない。
【0060】
圧延工程S2は、粗圧延工程および仕上圧延工程を含んでもよい。この場合、粗圧延工程において、加熱工程S1後のスラブを圧延して鋼板にした後、仕上圧延工程において、粗圧延工程後の鋼板を更に圧延する。
【0061】
圧延工程S2における圧延処理の回数は、特に制限されない。また、圧延工程S2において用いられる圧延設備は特に限定されず、公知のものを用いることができるが、多段圧延機を用いることが好ましい。
【0062】
<第1冷却工程S3>
第1冷却工程S3は、圧延工程S2後の鋼板を水冷する工程である。これにより、Laves相の析出を低減し、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することができる。第1冷却工程S3において用いられる冷却設備は特に限定されず、公知のものを用いることができる。第1冷却工程S3における水冷後の鋼板の温度は、例えば480℃以下であることが好ましい。
【0063】
<巻取工程S4>
巻取工程S4は、第1冷却工程S3後の鋼板を巻取温度480℃以下で巻き取る工程である。巻取工程S4において用いられる巻取設備は特に限定されず、公知のものを用いることができる。
【0064】
<第2冷却工程S5>
第2冷却工程S5は、巻取工程S4後の鋼板を水冷する工程である。これにより、475℃脆性を低減し、熱延鋼板の靱性が低下する可能性を低減することができる。第2冷却工程S5において用いられる冷却設備は特に限定されず、公知のものを用いることができる。第2冷却工程S5における冷却設備の簡素化およびランニングコストの削減の観点から、第2冷却工程S5は、巻取工程S4後の鋼板を水中に浸漬することにより行うことが好ましい。浸漬時間については、鋼板の体積に応じて適切に選択すればよく、例えば1~12時間程度であってよい。
【0065】
本発明の一態様に係る熱延鋼板は、更に、焼鈍工程、酸洗工程、冷間圧延工程および仕上工程のうちの少なくとも1つを含む方法によって処理されてもよい。焼鈍工程、酸洗工程、冷間圧延工程および仕上工程は、公知の条件を用いて、公知の設備により行うことができる。
【0066】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0067】
〔実施例〕
本発明の一実施例について以下に説明する。なお、本実施例に記載の熱延鋼板の製造方法は一例であり、本発明の一態様に係る熱延鋼板の製造方法を限定するものではない。
【0068】
<スラブの製造>
本発明の一態様に係る熱延鋼板の物性を評価するために、まず、下記の表1に示す成分組成を有する鋼を真空溶解し、30kgのスラブを製造した。表1において、鋼種A~Kは、本発明の範囲において作製した、本発明例としてのステンレス鋼である。また、表1において、鋼種L~Nは、本発明の範囲外の条件で作製した、比較例としてのステンレス鋼である。
【0069】
【0070】
表1には、各鋼種に含まれる成分の組成が質量%で示されている。なお、表1に示す各成分以外の残部は、Feまたは不可避的に混入する少量の不純物である。また、表1中の下線は、比較例に係る各鋼種に含まれる各成分の組成が、本発明の範囲外であることを示している。
【0071】
<熱延鋼板の製造および物性評価>
次いで、表2に示す製造条件で、板厚3.2mmの熱延鋼板No.1~22を製造した。また、各熱延鋼板について、析出物径およびシャルピー衝撃値を測定した結果も表2に示す。なお、表2中の下線は、熱延鋼板の製造条件ならびに析出物径およびシャルピー衝撃値が、本発明の範囲外であることを示している。また、表2の靭性の判定において、「〇(良好)」は、シャルピー衝撃値が20J/cm2以上であり、「×(不良)」は、シャルピー衝撃値が20J/cm2未満であることを示している。
【0072】
【0073】
なお、シャルピー衝撃試験に使用したVノッチ試験片については、板厚3mmの各熱延鋼板を、板厚2.5mmまで表面切削したものを用いて作製した。また、シャルピー衝撃試験では、(株)東京衝機製造所製のIC-30B型シャルピー衝撃試験機を用いた。
【0074】
表2に示されるように、本発明の一態様に係る熱延鋼板の製造方法により製造された、本発明例に該当する熱延鋼板No.1、2、4、6、7、9、11、13、15、17、19および20はいずれも、靱性に優れることが実証された。
【0075】
これに対し、本発明の一態様に係る熱延鋼板の製造方法の範囲外にある条件で製造された、比較例に該当する熱延鋼板No.3、5、8、10、12、14、16、18および21~23はいずれも、靱性が不良であることが実証された。
【0076】
また、本発明の一態様に係る熱延鋼板の成分組成、Nb炭化物の長径およびシャルピー衝撃値の基準を満たす、本発明例に該当する熱延鋼板No.1、2、4、6、7、9、11、13、15、17、19および20はいずれも、靱性に優れることが実証された。
【0077】
これに対し、熱延鋼板の成分組成、Nb炭化物の長径およびシャルピー衝撃値のいずれかが基準を満たさず、比較例に該当する熱延鋼板No.3、5、8、10、12、14、16、18および21~23はいずれも、靱性が不良であることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、例えば、自動車および二輪車用の排ガス経路部材、バーナー燃焼筒、暖房機器であるチムニー、熱電気発電の発熱体、ならびに燃料電池の改質器、筐体および配管等の用途に利用することができる。
【符号の説明】
【0079】
1 フェライト系ステンレス熱延鋼板
11 圧延面
12 断面
13 領域
t 板厚
S1 加熱工程
S2 圧延工程
S3 第1冷却工程
S4 巻取工程
S5 第2冷却工程