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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146683
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】マウス由来大腸上皮細胞株
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20231004BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231004BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231004BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231004BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALN20231004BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20231004BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02 ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022053999
(22)【出願日】2022-03-29
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.トライトン
(71)【出願人】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 敏
(72)【発明者】
【氏名】谷口 龍一郎
(72)【発明者】
【氏名】長岡 紀子
(72)【発明者】
【氏名】荒▲瀬▼ 壮兵
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA40
4B063QA01
4B063QA05
4B063QA18
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ53
4B063QR06
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR56
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
4B065AA91X
4B065AC20
4B065CA60
(57)【要約】      (修正有)
【課題】正常細胞に近い大腸上皮細胞株及びその利用法の提供。
【解決手段】下記(a)~(j)の1又は2以上の性質が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い、正常細胞に近いマウス由来大腸上皮細胞株。
(a)UEA-1(ハリエニシダレクチン)との結合性
(b)Asialo GM1の発現量
(c)MUC2の発現量
(d)GA1 synthaseのmRNA発現量
(e)Fucosyltransferase 2(FUT2)のmRNA発現量
(f)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)のmRNA発現量
(g)TLR5のmRNA発現量
(h)LL37のmRNA発現量
(i)CD130のmRNA発現量
(j)経上皮電気抵抗値(TEER値)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)~(j)から選ばれる1又は2以上の性質を有する、正常細胞に近いマウス由来大腸上皮細胞株。
(a)UEA-1(ハリエニシダレクチン)との結合性がマウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(b)Asialo GM1の発現量がマウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(c)MUC2の発現量がマウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(d)GA1 synthaseのmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(e)Fucosyltransferase 2(FUT2)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(f)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(g)TLR5のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(h)LL37のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(i)CD-130のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(j)経上皮電気抵抗値(TEER値)が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
【請求項2】
前記(a)-(j)のすべての性質を有する、請求項1に記載の細胞株。
【請求項3】
下記(d-1)~(j-1)から選ばれる1又は2以上の性質を有する、請求項1又は2に記載の細胞株。
(d-1)GA1 synthaseのmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~5.0倍高い。
(e-1)Fucosyltransferase 2(FUT2)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~50倍高い。
(f-1)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて3~30倍高い。
(g-1)TLR5のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて30~2000倍高い。
(h-1)LL37のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて2~300倍高い。
(i-1)CD-130のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて2~10倍高い。
(j-1)経上皮電気抵抗値(TEER値)が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~10倍高い。
【請求項4】
前記(d-1)~(j-1)のすべての性質を有する、請求項1~3のいずれかに記載の細胞株。
【請求項5】
さらに、下記(k-1)及び(l-1)から選ばれる1又はすべての性質を有する、請求項1~4のいずれかに記載の細胞株。
(k-1)Claudin-1のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて100~10000倍高い。
(l-1)Claudin-2のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1/1000~1/2倍低い。
【請求項6】
TCRα/p53遺伝子2重欠損マウスの大腸上皮様器官から得られたものである請求項1~5のいずれかに記載の細胞株。
【請求項7】
M3C-1B9(寄託番号:NITE P-03588)である請求項1~6のいずれかに記載の細胞株。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載の細胞株を用いることを特徴とするがん予防及び/又は治療剤をスクリーニングする方法。
【請求項9】
がん予防及び/又は治療剤が、医薬品の形態である請求項8に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウス由来の大腸上皮細胞株及びその利用法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸がんは、ヒトに頻発するがんのひとつであり、日本においては、消化器がんでは胃がんに次いで死亡率が高く、食習慣の欧米化に伴って急増している。近年、大腸がんの原因遺伝子や発生メカニズムの解析が積極的に行われているが、正常な大腸上皮細胞が大腸がんに至る発がん過程は完全には明らかにされていない。大腸がんの発がん過程の解明には正常細胞に近い性質を持った大腸上皮細胞株の取得が重要であるが、これまで、ヒトやマウスから確立された大腸上皮細胞株の多くは大腸がん細胞由来であり(非特許文献1及び特許文献1)、がん細胞の薬物耐性や薬効成分のスクリーニングなど既にがん化した細胞の性質の研究を行う上では有用であるが、がんに至るプロセスを解析するためには適していない。
【0003】
正常細胞の性質に近い腸管上皮細胞は、マウスやモルモットで報告されているが、これらは初代培養したものであり、株化されていない(非特許文献2及び3)。また、ヒト大腸正常上皮細胞株の取得も報告されている(特許文献2)が、この方法は、SV40ウイルスの導入により不死化させた細胞株を取得しているため、p53遺伝子変異が必ずしも起こっているわけではなく、一般的なp53遺伝子変異後に大腸がんに至る発がん機構の解析等には使用することが適切でないという問題があった。また、取得された細胞株はショ糖イソマルターゼやDPP4を産生するため、小腸型に分化する性質があると考えられ、正常細胞に近い性質を持った大腸上皮細胞株とは言えないものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-250535号公報
【特許文献2】特開平10-28580号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Fogh et al., J. Natl. Cancer Inst.,1977, 58, 209-214.
【非特許文献2】C. Booth et al., Epithelial cell biology, 1995,4,76-86.
【非特許文献3】T. Kawahara et al., J. Immunol., 2004, 172,3051-3058.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、正常細胞に近い性質を持った大腸上皮細胞株及びその利用法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題に鑑み検討したところ、大腸発癌モデルであるTCRα/p53遺伝子2重欠損マウス(α-DKOマウス)から正常細胞に近い性質を持った大腸上皮細胞株を取得することに成功した。また、当該細胞株を用いれば、がん予防治療剤をスクリーニングできることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔9〕に係るものである。
【0009】
〔1〕下記(a)~(j)から選ばれる1又は2以上の性質を有する、正常細胞に近いマウス由来大腸上皮細胞株。
(a)UEA-1(ハリエニシダレクチン)との結合性がマウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(b)Asialo GM1の発現量がマウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(c)MUC2の発現量がマウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(d)GA1 synthaseのmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(e)Fucosyltransferase 2(FUT2)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(f)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(g)TLR5のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(h)LL37のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(i)CD130のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
(j)経上皮電気抵抗値(TEER値)が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて高い。
【0010】
〔2〕前記(a)-(j)のすべての性質を有する、〔1〕に記載の細胞株。
〔3〕下記(d-1)~(j-1)から選ばれる1又は2以上の性質を有する、〔1〕又は〔2〕に記載の細胞株。
(d-1)GA1 synthaseのmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~5.0倍高い。
(e-1)Fucosyltransferase 2(FUT2)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~50倍高い。
(f-1)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて3~30倍高い。
(g-1)TLR5のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて30~2000倍高い。
(h-1)LL37のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて2~300倍高い。
(i-1)CD130のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて2~10倍高い。
(j-1)経上皮電気抵抗値(TEER値)が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~10倍高い。
〔4〕前記(d-1)-(j-1)のすべての性質を有する、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の細胞株。
〔5〕さらに、下記(k-1)及び(l-1)から選ばれる1又はすべての性質を有する、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の細胞株。
(k-1)Claudin-1のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて100~10000倍高い。
(l-1)Claudin-2のmRNA発現量が、マウス大腸がん細胞株CMT-93株と比べて1/1000~1/2倍低い。
〔6〕TCRα/p53遺伝子2重欠損マウスの大腸上皮様器官から得られたものである〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の細胞株。
〔7〕M3C-1B9(寄託番号:NITE P-03588)である〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の細胞株。
〔8〕〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の細胞株を用いることを特徴とするがん予防及び/又は治療剤をスクリーニングする方法。
〔9〕がん予防及び/又は治療剤が、医薬品の形態である〔8〕に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の細胞株は、正常細胞に近い大腸上皮細胞株であることから、当該細胞株を用いてがん予防及び/又は治療剤をスクリーニングすることができる。また、p53遺伝子の欠損によりがん化しやすい性質があることから、大腸がんの発がん過程の解明に用いることができる。さらに、これらの検証に必要な動物実験を減らすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】正常細胞に近い大腸上皮細胞株(M3C-1B9)とがん細胞株であるCMT-93株におけるUEA-1との結合性を示す(矢印はUEA-1と結合した細胞を示す)。
図2】M3C-1B9株とCMT-93株におけるAsialo GM1の発現を免疫蛍光染色で確認した結果を示す(CMT-93株の画像と比較して変色している部分がAsialo GM1)。
図3】M3C-1B9株とCMT-93株におけるMUC2タンパクの発現を免疫蛍光染色で確認した結果を示す(CMT-93株の画像と比較して変色している部分がMUC2)。
図4】M3C-1B9株とCMT-93株におけるGA1 synthaseのmRNA発現量の比較を示す。
図5】M3C-1B9株とCMT-93株におけるFucosyltransferase 2のmRNA発現量の比較を示す。
図6】M3C-1B9株とCMT-93株におけるNADPHオキシダーゼのmRNA発現量の比較を示す。
図7】M3C-1B9株とCMT-93株におけるTLR5のmRNA発現量の比較を示す。
図8】M3C-1B9株とCMT-93株におけるLL37のmRNA発現量の比較を示す。
図9】M3C-1B9株とCMT-93株におけるCD130のmRNA発現量の比較を示す。
図10】M3C-1B9株とCMT-93株における経上皮電気抵抗値の比較を示す。
図11】M3C-1B9株とCMT-93株におけるClaudin-1のmRNA発現量の比較を示す。
図12】M3C-1B9株とCMT-93株におけるClaudin-2のmRNA発現量の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、「正常細胞」とは、有害な生理学的又は遺伝学的欠損のない健常マウスの大腸から集めることができる細胞を意味する。また、「細胞株」とは、無限に(例えば、60継代以上)増殖することができる性質を持った細胞を意味する。
【0014】
本発明の細胞株は、マウス大腸より大腸上皮様器官を作製し、それを継代培養してクローン化することで得られる。
【0015】
使用するマウスは、p53遺伝子変異を有し、発がんメカニズムの解明に利用可能という点から、TCRα/p53遺伝子2重欠損マウスが好ましい。TCRα/p53遺伝子2重欠損マウスは、生後約8週齢で大腸がんを発症することが知られている。
【0016】
大腸上皮様器官を作製する方法は、例えば、まずマウスから大腸を取り出して、腸管を切開し、細分化した大腸組織片を作製し、その後、大腸組織片より大腸陰窩を遊離させ、陰窩細胞をMatrigelと重合させた後、Cleversら(Nature 2009,459,262-265)によって開発された培養法にHGF(肝細胞増殖因子)を添加することで行うことができる。培養に用いられる培養液は、大腸上皮様器官を培養できるものであればよく、例えば、Noggin-1、EGF、R-spondin-1、Wnt3a、HGFを含む10%FCS/aDMEMが挙げられる。培養は、36℃~38℃で1~2週間行うことが好ましい。また、培養液は2~3日ごとに交換することが好ましい。
【0017】
大腸上皮様器官を継代培養する方法は、大腸上皮様器官が培養可能な条件であれば特に限定されないが、例えば、10%FCS/aDMEMで培養することができる。クローン化する方法は、特に限定されないが、例えば、限界希釈法(培養用プレートの1個のウエルに1個の細胞が入るように細胞浮遊液を希釈して培養することを繰り返すことにより単一のクローンを選別する方法)を用いてクローン化することができる。
【0018】
得られた細胞クローンが上皮細胞株か否かを判断するためには、上皮細胞での発現が確認されているRNAやタンパクを測定すればよく、例えば、E-cadherinやβ-cateninの発現を確認することが挙げられる。当該RNAやタンパクの確認方法は、特に限定されないが、例えば抗E-cadherin抗体や抗β-catenin抗体で免疫染色し、抗原の発現が観察されるか否かで確認することができる。
【0019】
本発明細胞株の具体例としては、M3C-1B9(寄託番号:NITE P-03588)(独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託)が挙げられる。
【0020】
本発明の細胞株は、正常細胞に近い性質を持った細胞株である。「正常細胞に近い性質」を示す例としては、(a)UEA-1(ハリエニシダレクチン)との結合性が、がん細胞株と比べて高いこと、(b)Asialo GM1の発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(c)MUC2タンパクの発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(d)GA1 synthaseの発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(e)Fucosyltransferase 2(FUT2)のmRNA発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(f)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)のmRNA発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(g)TLR5の発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(h)LL37のmRNA発現量が、がん細胞株と比べて高いこと、(i)CD130のmRNAの発現量が、がん細胞株と比べて高いことが挙げられる。また、(j)経上皮電気抵抗値(TEER値)が、がん細胞株と比べて高いことが挙げられる。
ここで、がん細胞株としてはCMT-93株を挙げることができる。CMT-93株は、マウス結腸がん由来の細胞株であり、in vitro試験で広く用いられている。本細胞株は、細胞バンク(ATCCなど)から誰でも入手することが可能である。
本発明の細胞株は、上記(a)~(j)の1又は2以上の性質を有するが、(a)~(j)のすべての性質を有することが好ましい。
【0021】
(a)UEA-1は、糖タンパク質や糖脂質の末端部分に結合したα-フコースに結合性の高いレクチンで、正常な大腸上皮細胞は糖鎖の末端にα-1,3-フコースを有しているため、UEA-1との結合性が観察される。UEA-1との結合性を測定する方法は、例えば、レクチン染色が挙げられる。レクチン染色は、凍結組織切片において、切片をビオチン標識UEA-1で3~5℃で10~14時間染色を行うことが好ましい。
がん細胞株であるCMT-93株では、UEA-1との結合性がほとんど観察されないが、本発明細胞株では、正常細胞と同様にUEA-1との結合性が観察される。
【0022】
(b)Asialo GM1は、小腸上皮細胞の微絨毛膜に局在する中性糖脂質であり、大腸でも正常細胞では恒常的な発現が認められている。Asialo GM1の糖脂質抗原の発現を測定する方法は、例えば、抗Asialo GM1抗体を用いた免疫蛍光染色が挙げられる。免疫蛍光染色は通常の免疫染色の過程、例えば、細胞の準備、細胞の固定、細胞膜の透過処理、ブロッキング、一次抗体反応、洗浄、二次抗体反応、洗浄、核の染色、封入、顕微鏡での観察といった方法で行うことができる。細胞の固定は、特に1%パラホルムアルデヒド固定が好ましい。また、抗Asialo GM1抗体との反応は、3~5℃で10~14時間行うことが好ましい。
がん細胞株であるCMT-93株では、Asialo GM1糖脂質がほとんど検出されないが、本発明細胞株では、正常細胞と同様にAsialo GM1の存在が観察される。
【0023】
(c)MUC2は、大腸ムチンの主要な糖タンパク質であり、正常大腸細胞では恒常的な発現が認められている。MUC2の糖タンパク質抗原の発現を抗MUC2抗体を用いて測定する方法は、例えば、免疫蛍光染色が挙げられ、その条件は、例えば、Asialo GM1の検出の場合と同様の条件が挙げられる。
がん細胞株であるCMT-93株では、抗MUC2抗体との結合性がほとんど観察されないが、本発明細胞株では、正常細胞同様に抗MUC2抗体との結合性が観察される。
【0024】
(d)GA1 synthaseは、正常な大腸上皮細胞での糖脂質合成経路であるラクトシルセラミドからAsialo GM1への反応に必要な酵素であり、GA1 synthaseの発現は、がんの特性を抑制することが示唆されている(Dong Y,et.al.,Cancer Sci.2010,101,2039-47)。
【0025】
GA1 synthaseのmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられる。当該方法は、具体的には、本発明の細胞株より抽出されたmRNAに対して、逆転写酵素及び逆転写反応用プライマーを用いて逆転写反応を行った後cDNAを合成し、このcDNAを鋳型としてPCR反応を行う。
【0026】
逆転写反応で用いられる逆転写反応用プライマーは、mRNAの5’末端及び3’末端部の塩基配列を基に、cDNAを合成するプライマーとして作製することができ、ランダムプライマー、オリゴdtプライマー、遺伝子特異的プライマーなどが挙げられるが、特にランダムプライマーが好ましい。また、cDNAを鋳型としてPCR反応を行う際に使用するプライマーは、cDNAの5’末端及び3’末端部の塩基配列を基に、cDNA全長を増幅するプライマーとして作製することができる。また、PCR法においては、通常2種類のプライマーを1組として用いることが好ましく、両者がリーディング鎖とラギング鎖との組み合わせになるようにする必要がある。
斯かるプライマーは、例えば自動DNA合成機によって容易に合成することができる。また、これらのプライマーを用いた増幅産物はプローブとしても使用することができる。
【0027】
RT-PCR反応の条件は、通常のRT-PCRの条件で行うことができる。例えば、逆転写反応を50~70℃、熱変性反応を90~98℃、プライマーを鋳型cDNAにハイブリダイズさせるアニーリング反応を37~72℃、DNAポリメラーゼを作用させる伸長反応を50~75℃という温度条件で、これを1サイクルとしたものを1~数10サイクル行う。なお、好ましい反応条件の一例としては、逆転写反応60℃20分、熱変性98℃10秒、アニーリング60℃30秒、伸長反応72℃120秒×30サイクルが挙げられる。
【0028】
尚、本発明の細胞株よりmRNAを抽出する方法としては、AGPC(acid guanidinium thiocyanate phenol chloroform extraction)法等を利用すればよい。
【0029】
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にGA1 synthaseのmRNA発現量ががん細胞株であるCMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のGA1 synthaseのmRNA発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~5.0倍程度高いことが好ましく、さらに2.5~5.0倍高いことが好ましい。
【0030】
(e)Fucosyltransferase 2(FUT2)は、正常な大腸上皮細胞での糖脂質合成経路であるアシアロGM1からフコシルアシアロGM1への反応に必要な酵素であり、正常大腸上皮細胞での発現が確認されている。
FUT2のmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は前記GA1 synthaseのmRNAと同様にして行なうことができる。
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にFUT2のmRNA発現量ががん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のFUT2のmRNA発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~50倍程度高いことが好ましく、さらに8~40倍高いことが好ましい。
【0031】
(f)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)は、主に大腸上皮細胞と血管平滑筋細胞に局在して細胞の増殖、分化に関与している。NOX-1のmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は例えばGA1 synthaseのmRNAと同様にして行うことができる。
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にNOX-1のmRNA発現量ががん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のNOX-1のmRNA発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて3~30倍程高いことが好ましく、さらに6~20倍、特に10~20倍高いことが好ましい。
【0032】
(g)TLR5は、パターン認識受容体の一種であるトル様受容体5であり、正常大腸上皮細胞での発現が確認されている。TLR5タンパクのmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は、例えば、GA1 synthaseのmRNAと同様の条件が挙げられる。
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にTLR5のmRNA発現量ががん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のTLR5のmRNA発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて30~2000倍高いことが好ましく、さらに1000~1800倍高いことが好ましい。
【0033】
(h)LL37は、抗菌ペプチドであり、TLR5と同様、正常大腸上皮細胞での発現が確認されている。また、LL37は正常大腸粘膜で高発現であるが、大腸がん組織では低発現である(Cancer Res., 2012,72, p6512)。LL37ペプチドのmRNA発現量を測定する方法は、定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は、例えば、GA1 synthaseのmRNAと同様の条件が挙げられる。
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にLL37のmRNAの発現量ががん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のLL37のmRNA発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて2~300倍高いことが好ましく、さらに20~300倍高いことが好ましい。
【0034】
(i)CD130は、糖タンパク質であり、IL-6受容体と会合して細胞内にシグナルを伝える。CD130は、TLR5と同様、正常大腸上皮細胞での発現が確認されている。CD130糖タンパクのmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は、例えば、GA1 synthaseのmRNAと同様の条件が挙げられる。
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にCD130のmRNA発現量ががん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のCD130のmRNA発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて2~10倍高いことが好ましく、さらに3~8倍高いことが好ましい。
【0035】
(j)経上皮電気抵抗値(TEER値)は、経上皮細胞バリア機能の主な構成要素であり、隣接した細胞間の密着結合であるタイトジャンクションの強度と強い相関関係を示す。抵抗値が高いほどタイトジャンクションの形成が優れている。正常細胞では上皮細胞間の密着性が高いが、炎症や癌化がおきている細胞では、腸管上皮細胞の透過性が亢進することが判明している。TEER値の測定は、トランスウェルで単層培養した本発明細胞の管腔側と基底側に電極を挿入することにより測定され、その抵抗値(Ω/cm2)で数値化できる。
本発明の細胞株は、正常細胞と同様にTEER値ががん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のTEER値は、がん細胞株CMT-93株と比べて1.5~10倍高いことが好ましく、さらに2~8倍、特に2~5倍高いことが好ましい。
【0036】
Claudin-1は、細胞間結合に関与するタンパク質である。Claudin-1のmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は、例えば、GA1 synthaseのmRNAと同様の条件が挙げられる。
本発明の細胞株は、Claudin-1のmRNA発現量が、がん細胞株CMT-93株と比べて高い。本発明の細胞株のClaudin-1のmRNAの発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて100~10000倍高いことが好ましく、さらに1000~2000倍高いことが好ましい。
【0037】
Claudin-2は、細胞間結合に関与するタンパク質であり、大腸がん粘膜上皮細胞で発現レベルが高いものである。Claudin-2のmRNA発現量を測定する方法は、例えば定量化RT-PCR法が挙げられ、その条件は、例えば、GA1 synthaseのmRNAと同様の条件が挙げられる。
本発明の細胞株は、Claudin-2のmRNA発現量が、がん細胞株CMT-93株と比べて低い。本発明の細胞株のClaudin-2のmRNAの発現量は、がん細胞株CMT-93株と比べて1/1000~1/2倍低いことが好ましく、さらに1/100~1/2倍低いことが好ましい。
【0038】
本発明の細胞株は、正常細胞に近い性質を持っているが、TCRα/p53遺伝子2重欠損マウス由来であり、当該TCRα/p53遺伝子2重欠損マウスは生後約8週齢で大腸がんを発症することから、本細胞株ががん化したか否かを指標にすることで、がん予防治療剤やその成分のスクリーニングに使用することができる。具体的には、被験物質の存在下に本細胞株を培養し、本細胞株ががん化したか否かを判定すればよい。ここで本細胞株ががん化したか否かは、UEA-1との結合性またはAsialo GM1、MUC2の発現量GA1 synthase、FUT2、NOX-1、TLR5、LL37、CD130のmRNA発現量が、既存のがん細胞株と同等程度に低いことやTEER値が、既存のがん細胞株と同等程度であることのうちの1つ以上を満たすことが挙げられる。これらの性質の判定は、前記と同様にして行うことができる。
【0039】
上記スクリーニング方法により選択された物質は、主として医薬品として使用できる。斯かる医薬品は、固体又は液体の医薬用無毒性担体と混合して、慣用の医薬品製剤の形態で投与することができる。このような製剤としては、例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等の固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤等の液剤、凍結乾燥製剤等が挙げられる。これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。上記の医薬用無毒性担体としては、例えば、グルコース、乳糖、ショ糖、澱粉、マンニトール、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングリコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤、賦形剤等の慣用の添加剤を適宜添加することもできる。
【0040】
さらに本発明の細胞株は、免疫学的、薬学的及び毒性研究に応用することができる。
すなわち、本発明の細胞株は、例えば(1)腸管細胞の代謝に対して突然変異誘発性や毒性又は有効性を有することが疑われる物質を、本発明の細胞株を有する培養物と反応、培養又は接触させ、そして(2)細胞株に対する物質の作用を定性的または定量的に測定することで、腸管細胞の代謝に及ぼす物質の突然変異誘発性、毒性または有効性をスクリーニングするのにも適している。
従って、本発明の細胞株を用いて、本発明の細胞株、本発明の細胞株を培養するための培地、及び突然変異誘発性、毒性または有効性物質の代謝応答を測定するための試薬を含んでなる、診断キットを作製することも可能である。
【実施例0041】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0042】
実施例1 正常細胞の性質を持った大腸上皮細胞株の取得
[1]材料及び方法
(a)動物
5-7週齢のTCRα/p53遺伝子2重欠損マウス(α-DKO)
【0043】
(b)試薬
PBS(リン酸緩衝生理食塩水)
10μM DTT (SIGMA)
1mM EDTA (SIGMA)
advanced DMEM/F-12 (aDMEM) (Invitrogen)
Matrigel (Corning)
Noggin-1 (Peprotech)
EGF (上皮成長因子) (Peprotech)
R-spondin-1 (Peprotech)
Wnt3a (Peprotech)
HGF (肝細胞増殖因子) (Peprotech)
FCS (ウシ胎児血清) (SIGMA)
トリプシン (SIGMA)
【0044】
(c)大腸上皮様器官の作製
α-DKOをエーテルで麻酔した後に解剖し、大腸を取り出した。大腸に付着した腸管膜を丁寧に取り除いた後、腸管を縦方向に切開した。PBSで腸管内容物を取り除いた後、腸管を約1cmの長さに細分化した。細分化した大腸組織片を10μM DTTを添加したPBSで5分間洗浄した。デカンテーションにてPBSを除き、組織片を1mM EDTA/PBSを用いて、氷冷下で30分間静置した。その後、ピペッティングで遊離した上皮細胞を顕微鏡で観察し、大腸陰窩が遊離するまで本操作を実施した。遊離した陰窩組織をadvanced DMEM/F-12 (aDMEM、Invitrogen)で2回、洗浄した。陰窩細胞が500個/50μLとなるようにMatrigelを加え、ピペッティングでよく撹拌した。撹拌したMatrigel 50μLを24穴ウエルに重層した後、10分間室温放置することによってMatrigelを重合させた。その後、Noggin-1(50ng/mL)、EGF(50ng/mL)、R-spondin-1(500ng/mL)、Wnt3a(30ng/mL)、HGF(50ng/mL)を含む10%FCS/aDMEMを500μL添加し培養を行った。培養条件は、37℃であり、培養液の交換は3日おきに実施した。培養2週間後、ピペッティングによる機械的操作によって腸管上皮様器官を細分化して継代培養を行った。
【0045】
(d)大腸上皮細胞株の取得
上記(c)の方法で作製した大腸上皮様器官培養系からMatrigelを機械的に取り除き培養容器底面に接着した細胞に10%FCS/aDMEMを500μL加え培養を6週間まで続けた。伸展細胞にトリプシン溶液100μLを加えて細胞を培養容器から剥離(トリプシン処理)し、6ウエル培養容器に移し培養のスケールアップを行った。培養容器底面に単層化した細胞をトリプシン処理によって剥離し、限界希釈法(培養用プレートの1個のウエルに1個の細胞が入るように細胞浮遊液を希釈して培養することを繰り返すことにより単一のクローンを選別する方法)を用いて希釈した細胞を1細胞/ウエルとなるように96ウエルプレートに加え細胞のクローン化を実施した。細胞増殖が観察されたウエルから細胞を分離して24ウエルで培養し、6ウエルプレートに継代培養した。得られた細胞クローンのβ-cateninの発現性を免疫染色で確認した。免疫染色は、抗β-catenin抗体を培養細胞に加えることにより行われた。免疫染色にて両抗原の発現が観察された細胞を上皮細胞株と判断した。クローン化した細胞を継代培養することによって、最終的に1クローンの大腸上皮細胞株が得られ、mouse colonic cypt derived cell line(M3C: M3C-1B9) と命名した。
【0046】
実施例2 M3C-1B9株とマウス大腸がん細胞株(CMT-93)との比較
[1]材料及び方法
(a)細胞
M3C-1B9
マウス大腸がん細胞 CMT-93
【0047】
(b)試薬
(1)UEA-1との反応性を測定するのに使用した試薬
ビオチン標識UEA-1(ベクターラボラトリーズ)
BECTASTAIN ABCキット(ベクターラボラトリーズ)
(2)免疫蛍光染色で用いた試薬
b-catenin抗体(Cell signaling)
AsialoGM1抗体
MUC2抗体(Abcam)
【0048】
(c)UEA-1レクチン(ハリエニシダレクチン)との結合性
取得したM3C-1B9株と既存の大腸がん上皮細胞株であるCMT-93株を用いて、UEA-1レクチン(ハリエニシダレクチン)との結合性を比較した。
その結果、UEA-1は、M3C-1B9株に結合性を示したが、CMT-93株とは結合しなかった(図1)。UEA-1が正常大腸上皮細胞に強く発現していることから、今回取得したM3C-1B9株は既存のがん細胞株と比較してより正常大腸上皮細胞に近い性質を持った細胞株であると考えられた。
【0049】
(d)Asialo GM1の発現
M3C-1B9株とCMT-93株を用いて、糖脂質抗原であるAsialo GM1の発現を免疫蛍光染色で確認した。
(免疫蛍光染色法の手順)
M3C-1B9株ならびにCMT-93株を8穴のチャンバースライドでコンフルーエントに至るまで培養した。細胞を1.5%パラホルムアルデヒドで固定した後、0.2%トライトン-X添加10mMリン酸緩衝液(T-PBS)で2回洗浄した。チャンバースライドに2%ウシ血清アルブミン(BSA)添加T-PBS(BSA/T-PBS)を加え、ブロッキング操作を行った。溶液をアスピレーターで取り除いた後、BSA/T-PBSで希釈したウサギ抗AsialoGM1抗体またはウサギ抗MUC2抗体を加え一昼夜4℃で振盪培養した。
その結果、M3C-1B9株では、Asialo GM1の発現が確認されたが、CMT-93株では観察されなかった(図2)。
【0050】
(e)MUC2の発現
M3C-1B9株とCMT-93株を用いて、大腸ムチンの主要な糖タンパク質であるMUC2の発現を免疫蛍光染色で確認した。免疫蛍光染色は、前記(d)Asialo GM1の発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、M3C-1B9株では、MUC2の発現が確認されたが、CMT-93株では観察されなかった(図3)。
【0051】
(f)GA1 synthaseの発現
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているGA1 synthaseタンパク質のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
(cDNAの作製方法)
M3C-1B9株ならびにCMT-93株よりTRI-solを用いて総RNAを抽出した。総RNA1μgからランダムプライマーを用いた逆転写反応によりcDNAを合成した。cDNAには、SuperScriptII reversetranscriptase(Invitorogen)を使用した。
(RT-PCRの方法)
作製したcDNAを鋳型としてQIAGEN One Step RT-PCR Kit(QIAGEN)を用い、50℃、30分間、95℃、15分間の条件で逆転写反応を行った後、94℃、20秒、各プライマーセットのアニーリング温度で20秒、72℃で目的の増幅サイズに合わせた秒数を1サイクルとして、45サイクル反応させた。
(使用したプライマー及びその配列)
GA1 synthease:Forward primer(5'-TGGTGATCATCTGGACCCTGTT-3'(配列番号1),Reverse primer(5'-AGCAAGCTGCTGTCTTCTAGGT-3'(配列番号2))
(測定条件等)
M3C-1B9株ならびにCMT-93株から調製し段階希釈したcDNAを鋳型に各プライマーを用いて定量的PCR反応を実施した。スタンダードcDNAは正常C57BL/6マウスの結腸上皮細胞から調製した総RNAを鋳型として作製したcDNAを使用した。各遺伝子発現量はハウスキーピング遺伝子であるGAPDHの発現量で割ることにより算出した。
その結果、CMT-93株でのGA1 synthaseのmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、GA1 synthaseのmRNA発現量は2.4倍となった(図4)。
【0052】
(g)FUT2の発現
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているFUT2タンパク質のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、前記(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのFUT2のmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、FUT2のmRNA発現量は10.7倍となった(図5)。
(使用したプライマー)
FUT2:QT00160909(QIAGEN)
【0053】
(h)NADPHオキシダーゼ(NOX-1)の発現
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているNADPHオキシダーゼタンパク質のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのNADPHオキシダーゼのmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、NADPHオキシダーゼのmRNA発現量は16.0倍となった(図6)。
(使用したプライマー)
NOX-1:QT00140091(QIAGEN)
【0054】
(i)TLR5の発現
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているTLR5タンパク質のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのTLR5のmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、TLR5のmRNA発現量は1700倍となった(図7)。
(使用したプライマー)
TLR5:QT00262549(QIAGEN)
【0055】
(j)LL37の発現
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているLL37タンパク質のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのLL37のmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、LL37のmRNA発現量は70.0倍となった(図8)。
(使用したプライマー)
LL37:QT00241603(QIAGEN)
【0056】
(k)CD130の発現
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているCD130タンパク質のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのCD130のmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、CD130のmRNA発現量は4.6倍となった。(図9)。
(使用したプライマー)
CD130:QT00106456(QIAGEN)
【0057】
(l)経上皮電気抵抗値(TEER値)
M3C-1B9株とCMT-93株の経上皮電気抵抗値(TEER値)を比較した。
TEER値の測定は、トランスウェルで単層培養したM3C-1B9細胞の管腔側と基底側に電極を挿入することにより測定され、その抵抗値(Ω/cm2)で数値化した。
その結果、CMT-93株のTEER値は低かったが、M3C-1B9株では高く、TEER値は3.2倍となった(図10)。
【0058】
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、正常大腸上皮細胞への発現が確認されているClaudin-1のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのClaudin-1のmRNA発現量は低かったが、M3C-1B9株では高く、Claudin-1のmRNA発現量は1538倍となった(図11)。
【0059】
M3C-1B9株とCMT-93株から作製したcDNAを用いて、大腸がん粘膜上皮細胞で発現が確認されているClaudin-2のmRNA発現量を定量化RT-PCR法で解析した。
cDNAの作製及びRT-PCRは、(f)GA1 synthaseの発現の欄に記載の方法、条件にて行った。
その結果、CMT-93株でのClaudin-1のmRNA発現量は高かったが、M3C-1B9株では低く、Claudin-1のmRNA発現量は1/4.2倍となった(図12)。
【0060】
これらCMT-93株との比較結果から、M3C-1B9株は、がん細胞よりも正常細胞に近い性質を持った細胞であると言える。これら細胞株を使用することで、当該細胞株を用いてがん予防剤をスクリーニングすることができる。また、大腸がんの発がん過程の解明に用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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