(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023146803
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】発泡電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20231004BHJP
【FI】
H01B7/02 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022054191
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安好 悠太
(57)【要約】
【課題】発泡セルの独立性の高い発泡層を絶縁被覆として有する発泡電線を提供する。
【解決手段】導体2と、前記導体2の外周を被覆する絶縁被覆3と、を有し、前記絶縁被覆3は、発泡構造を有する発泡層を有し、前記発泡層の構成材料は220℃における引取速度が10m/min以上である、発泡電線1とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、
前記絶縁被覆は、発泡構造を有する発泡層を有し、
前記発泡層の構成材料は、220℃における引取速度が10m/min以上である、発泡電線。
【請求項2】
前記発泡層は、220℃における引取速度が40m/min以上であるポリマー成分を含む、請求項1に記載の発泡電線。
【請求項3】
前記発泡層の構成材料は、220℃における溶融張力が、18mN以上である、請求項1または請求項2に記載の発泡電線。
【請求項4】
前記発泡層は、220℃における溶融張力が30mN以上であるポリマー成分を含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の発泡電線。
【請求項5】
前記発泡層は、オレフィン系熱可塑性エラストマーと、ポリプロピレンとを含む、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の発泡電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、発泡電線に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の分野において、絶縁電線として、絶縁被覆を発泡させた発泡電線が用いられる場合がある。特に、通信用電線においては、絶縁被覆の誘電正接を低減する目的で、発泡電線が用いられる。絶縁被覆の誘電正接を低減することで、電気エネルギーの吸収による通信信号の減衰を抑制することができる。また、絶縁被覆の発泡化により、誘電率も低下するので、差動信号を伝送するためのペア線において、絶縁電線を細径化しても所定の特性インピーダンスを維持することが可能となる。
【0003】
絶縁電線の絶縁被覆を発泡化することで、誘電正接や誘電率の低減において高い効果が得られる。一方で、樹脂材料の機械的強度は、発泡化によって低下してしまうため、耐摩耗性や引張強度をはじめとする絶縁被覆の機械的強度が低下しやすい。そこで、発泡層の内側および/または外側に、非発泡の被覆層(スキン層)が設けられる場合がある。被覆層は、機械的強度をはじめとして、発泡層とは異なる特性を、絶縁被覆に付与するものとなる。例えば、特許文献1~4に、絶縁被覆において、発泡層の内側および/または外側に、非発泡の被覆層を設けた構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6-267353号公報
【特許文献2】特開2008-226772号公報
【特許文献3】国際公開第2011/118717号
【特許文献4】実開平4-127917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、発泡電線の絶縁被覆において、発泡層の内側および/または外側に、非発泡の被覆層を設けることで、絶縁被覆の強度の向上を図ることは可能である。しかし、非発泡の被覆層を設ける場合には、発泡層の形成に加えて、被覆層を形成するための工程が必要となり、発泡電線の製造工程が煩雑となる。特に、被覆層を発泡層とは異なる材料より形成する場合には、発泡層の構成材料とは別に、被覆層の構成材料を、押出成形等によって、導体の外周に配置する必要が生じる。また、発泡電線を通信用電線に用いる場合に、被覆層として、発泡層とは異なる材料を用いると、被覆層の構成材料が、通信用電線の通信特性に影響を与える可能性がある。
【0006】
よって、絶縁層において、被覆層が有する機械的強度に頼らずとも、発泡層自体の特性として、高い機械的強度を得られることが好ましい。発泡層の機械的強度は、発泡層に含まれる発泡セル(気泡)の状態に大きく依存する。
図3Bに符号B1にて表示するように、隣接する発泡セルBの間で連通が起こると、発泡層の機械的強度が低くなりやすい。そこで、発泡セルの独立性の高い発泡層を形成することが望まれる。
【0007】
以上に鑑み、発泡セルの独立性の高い発泡層を絶縁被覆として有する発泡電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の発泡電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、発泡構造を有する発泡層を有し、前記発泡層の構成材料は、220℃における引取速度が10m/min以上である。
【発明の効果】
【0009】
本開示の発泡電線は、発泡セルの独立性の高い発泡層を絶縁被覆として有するものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる発泡電線の構成を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2A~2Cは、上記発泡電線を通信用電線に適用した構成を示す断面図であり、
図2Aは同軸線、
図2Bはペア線、
図2Cは一括被覆線を示している。
【
図3】
図3A,3Bは、発泡層を拡大して示す模式図である。
図3Aは発泡セルが独立性を保っている場合を示し、
図3Bは発泡セルの連通が起こっている場合を示している。
【
図4】
図4A,4Bはそれぞれ、試料Aおよび試料Bの発泡電線について、断面観察像を示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に、本開示の実施態様を説明する。
本開示の発泡電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、発泡構造を有する発泡層を有し、前記発泡層の構成材料は、220℃における引取速度が10m/min以上である。
【0012】
本開示の発泡電線の絶縁被覆においては、発泡層の構成材料が220℃で10m/min以上の高い引取速度を有しており、高い溶融伸びを示す。そのため、押出成形等によって発泡層を形成する際に、凝固の過程で、材料の収縮による応力が発生し、発泡セルの内壁が引き伸ばされることがあっても、発泡層が破断を起こしにくい。その結果として、発泡セルの内壁の破断による発泡セルの連通、およびそれに伴う発泡層の機械的強度の低下が起こりにくくなり、機械的強度に優れた絶縁被覆を有する発泡電線となる。
【0013】
ここで、前記発泡層は、220℃における引取速度が40m/min以上であるポリマー成分を含むとよい。すると、発泡層の構成材料の組成全体としての引取速度を、10m/min以上のように高めやすくなる。
【0014】
前記発泡層の構成材料は、220℃における溶融張力が、18mN以上であるとよい。すると、発泡層において、発泡セルの安定性を高めやすくなる。
【0015】
前記発泡層は、220℃における溶融張力が30mN以上であるポリマー成分を含むとよい。すると、発泡層の構成材料全体としての溶融張力を、18mN以上のように高めやすくなる。特に、高い溶融張力を有するポリマー成分を、高い引取速度を有するポリマー成分と混合して、発泡層を構成すれば、発泡層の構成材料の組成全体として、高い引取速度と高い溶融張力とを兼ね備えた材料を得やすくなる。
【0016】
前記発泡層は、オレフィン系熱可塑性エラストマーと、ポリプロピレンとを含むとよい。オレフィン系熱可塑性エラストマーは、溶融伸びに優れ、高い引取速度を示しやすい。一方、ポリプロピレンは、高い溶融張力を示しやすい。それらの材料を混合して発泡層を構成することで、発泡層の構成材料の組成全体として、高い引取速度と高い溶融張力とを兼ね備えた材料を得やすくなる。
【0017】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を用いて、本開示の一実施形態にかかる発泡電線について、詳細に説明する。以下、各種特性については、特記しないかぎり、室温、大気中にて測定される値とする。有機ポリマーには、オリゴマー等、比較的低重合度の重合体も含むものとする。
【0018】
<発泡電線の構造>
図1に、本開示の一実施形態にかかる発泡電線1について、軸線方向に直交する断面の構造を、模式的に示す。発泡電線1は、導体2と、導体2の外周を被覆する絶縁被覆3と、を有する。
【0019】
導体2は、種々の金属材料より構成することができるが、高い導電性を有する等の点から、銅または銅合金を用いることが好ましい。導体2は、単線として構成されてもよいが、屈曲時の柔軟性を高める等の観点から、複数の素線(例えば7本)が撚り合わせられた撚線として構成されることが好ましい。この場合に、素線を撚り合わせた後に、圧縮成形を行い、圧縮撚線としてもよい。導体2が撚線として構成される場合に、全て同じ素線よりなっても、2種以上の素線を含んでいてもよい。発泡電線1は、導体2を1本のみを含んでいても、後に説明する
図2Cに含まれる発泡電線1’のように、複数の導体2を、絶縁被覆3の構成材料によって相互に対して絶縁された状態で含んでもよい。
【0020】
絶縁被覆3は、発泡層を有している。発泡層は、発泡構造を有する層として構成されており、組織内に発泡セル(気泡)Bを有する。絶縁被覆3は、
図1に示す形態のように、発泡層のみより構成されていても、発泡層に加え、発泡層の内周側および/または外周側を被覆する、非発泡の被覆層を備えていてもよい。絶縁被覆3が非発泡の被覆層を備える場合に、その被覆層は、発泡層と同じ材料より形成されても、発泡層と別の材料より形成されてもよいが、絶縁被覆3の構造および製造工程を簡素化する観点から、発泡層と別の材料より形成される被覆層は、設けられない方が好ましい。さらには、発泡層と同じ材料より形成される被覆層も、発泡層の形成工程において、導体2および/または外部環境による、内周部および/または外周部からの優先的な冷却に伴って形成される非発泡層以外には、設けられない方が好ましい。なお、本明細書において、非発泡とは、発泡構造を有さない状態のみならず、発泡層よりも低い発泡倍率で材料が発泡している状態も含むものとする。後に説明するように、本実施形態においては、発泡セルBの独立性の高さにより、発泡層が高い機械的強度を有するものとなるので、絶縁被覆3の機械的強度の向上を目的として、冷却に伴って生じるもの以外に、非発泡の被覆層を設ける必要はない。
【0021】
絶縁被覆3において、発泡層は、空気に占められた発泡セルBを内包することで、電線1の柔軟性を高めるとともに、誘電正接および誘電率を低減する役割を果たす。また、後述するように、本実施形態では、発泡層において、発泡セルBの独立性が高くなっていることで、発泡構造を有していても、高い機械的強度を示すものとなる。発泡層の厚さは、特に限定されるものではないが、それらの機能を十分に得る等の観点から、200μm以上400μm以下の範囲を好適に例示することができる。
【0022】
発泡電線1を製造する際には、押出成形等によって、絶縁被覆3の発泡層を構成する材料を導体2の外周に配置して、被覆体を形成する。発泡層の構成材料には、熱により発泡する発泡剤を添加しておき、押出成形時に加えられる熱により、発泡させる。あるいは、押出成形等によって材料を導体2の外周に配置した後で、別途被覆体の加熱を行って、発泡させる。導体2の外周に配置された材料は、冷却を受けることで凝固し、発泡層となる。冷却は、導体2による抜熱と、外部の環境への熱の散逸によって起こる。外部の環境による冷却を促進するために、被覆体を水等の冷媒に浸漬してもよい。冷却に際し、導体2が予熱を受けていない場合には、被覆体が内周側で優先的に冷却されて、発泡が進行するよりも先に、非発泡の被覆層が、発泡層の内周側に形成される場合がある。また、冷媒による冷却速度が速い場合等には、被覆体が外周側で優先的に冷却されて、発泡が進行するよりも先に、非発泡の被覆層が、発泡層の外周側に形成される場合がある。
【0023】
<発泡電線を含んだ通信用電線>
本開示の実施形態にかかる発泡電線1は、どのような用途の電線として使用されてもよい。発泡電線1の特に好適な用途として、通信用電線を挙げることができる。通信用電線においては、信号線の絶縁被覆が高い誘電正接を有すると、絶縁被覆による電気エネルギーの吸収が大きくなって、信号のロスが発生し、好ましくない。そこで、通信用電線の信号線に本実施形態にかかる発泡電線1を用いることで、気体に占められた発泡セルBの効果により、絶縁被覆3の誘電正接を低減し、信号の減衰を抑制することができる。本実施形態にかかる発泡電線1を用いることで、通信用電線において、高い機械的強度も確保することができる。本実施形態にかかる発泡電線1を含んだ通信用電線は、特に、自動車内の通信に好適に用いることができる。自動車分野において高速通信の需要が増しており、本発泡電線1による電気信号のロスの低減が高い効果を発揮する。また、自動車内に配置された電線は、振動や高温等、厳しい環境に曝されることから、絶縁被覆3が高い機械的強度を有することが有利となる。本実施形態にかかる発泡電線1は、誘電正接の低減に高い効果を示すことから、特に、周波数1~10GHzのような高速通信に好適に用いることができる。
【0024】
通信用電線は、信号線として本実施形態にかかる発泡電線1を含んでいれば、具体的な種類や構造は、特に限定されるものではないが、一例として、同軸線を挙げることができる。
図2Aに示すように、同軸線1Aにおいては、信号線としての1本の発泡電線1の外周に、金属箔5と金属編組層6の少なくとも一方、好ましくは両方より構成される金属シールド層が設けられる。さらに、金属シールド層の外周に、絶縁性材料よりなるシース7が形成される。なお、金属箔5としては、金属層がポリマー基材の表面に形成されている形態も含む。
【0025】
通信用電線の別の好適な例として、差動信号の伝達を行うペア線1Bを挙げることができる。
図2Bに示すように、ペア線1Bにおいては、1対の本実施形態にかかる発泡電線1,1が、並列に並べられ、あるいは相互に撚り合わせられて、信号線を構成する。信号線の外周には、適宜、金属箔5と金属編組層6の少なくとも一方、好ましくは両方より構成される金属シールド層が設けられる。さらに、最外周には、絶縁性材料よりなるシース7が形成される。絶縁被覆3が発泡層を有することで、誘電正接に加えて誘電率が低く抑えられており、電線1,1の径を小さくしても、ペア線1Bにおいて、必要な特性インピーダンスを確保することができる。
【0026】
通信用電線のさらに別の好適な例として、一括被覆線1Cを挙げることができる。ここでは、本実施形態にかかる発泡電線1’が、2本の導体2,2の外周を一括して被覆する絶縁被覆3を有する形態で構成され、信号線となる。つまり、間隔を空けて並列に配置された1対の導体2,2の外周を、それら導体2,2の間の領域を含め、一括で被覆する絶縁被覆3を有する発泡電線1’が、信号線となる。発泡電線1’は、1対の導体2,2が並列に並べられた状態のまま維持されて、信号線として用いられても、絶縁被覆3を形成したうえで、絶縁被覆3の上から、絶縁被覆3に覆われた2本の導体2,2を相互に螺旋状に交差させるようにして、撚りを加えられてもよい。発泡電線1’の外周には、適宜、金属箔5と金属編組層6の少なくとも一方、好ましくは両方より構成される金属シールド層が設けられる。さらに、最外周には、絶縁性材料よりなるシース7が形成される。
【0027】
<発泡層の構成材料>
本実施形態にかかる発泡電線1においては、絶縁被覆3を構成する発泡層の構成材料が、220℃において10m/min以上の引取速度を有している。
【0028】
ここで、引取速度、および後に述べる溶融張力について説明する。樹脂材料の引取速度は、溶融伸びの指標となる量であり、引取速度が高いほど樹脂材料の溶融伸びが高いことを示す。引取速度は、キャピラリーレオメータを使用した溶融ストランド引き延ばし測定によって評価することができる。つまり、キャピラリーから押出吐出した溶融ストランドを、荷重一定、押出速度一定の条件で、引取速度を上昇させながら引き取り、溶融ストランドが破断した際の引取速度を記録する。本明細書においては、引取速度として、220℃にて評価した値を用いる。また、発泡層の構成材料については、発泡剤を添加しない状態で、引取速度を評価する。引取速度の測定は、例えば、穴径1.0mm、長さ20mmのキャピラリーを使用し、材料をシリンダーに充填してから5分の予熱の後に、キャピラリーの押出速度を10mm/minとして行えばよい。
【0029】
樹脂材料の溶融張力は、溶融した樹脂材料に発生する張力を示す。溶融張力も、キャピラリーレオメータを使用した溶融ストランド引き延ばし測定によって評価することができる。つまり、キャピラリーから押出吐出した溶融ストランドを一定速度で押し出しながら、溶融ストランドに荷重を印加して引き取り、溶融ストランドが破断した際の荷重を、溶融張力として記録する。本明細書においては、溶融張力として、220℃にて評価した値を用いる。また、発泡層の構成材料については、発泡剤を添加しない状態で、溶融張力を評価する。溶融張力の測定条件としても、上記で引取速度の測定について例示したのと同じ条件を、好適に採用することができる。
【0030】
本実施形態にかかる発泡電線1においては、上記のとおり、絶縁被覆3の発泡層の構成材料の引取速度が、10m/min以上となっている。これにより、発泡層における発泡セルBの連通、およびそれに伴う発泡層の機械的強度の低下を抑制することができる。以下にその機構について説明する。
【0031】
上記で発泡電線1の製造方法について説明したように、発泡層となる材料を導体2の外周に押出成形して被覆体を形成し、冷媒を用いた冷却によってその被覆体を凝固させる際に、発泡層となる材料が収縮を起こす。この際、発泡層において、発泡セルBの内壁を引き伸ばす力が印加されるが、発泡層の構成材料が、十分な溶融伸びを有していなければ、引き伸ばしに追随することができず、発泡セルBの内壁が破断してしまう。これにより、
図3Bに示す絶縁被覆3’のように、発泡層において、発泡セルBが独立性を保てなくなり、隣接した発泡セルBどうしが連通して、大きく、またいびつな形状をとる(符号B1にて表示)。発泡層の凝固過程でそのような発泡セルBの連通が起こると、そのままの状態で凝固が進行し、連通した発泡セルBを含んだ発泡層が最終的に得られてしまう。発泡セルBの連通が起こると、絶縁被覆3の機械的強度が低下してしまう。いびつな形に連通した発泡セルにBおいては、応力が集中する箇所が生じ、その箇所が破断の起点となりやすいからである。
【0032】
これに対し、発泡層の構成材料が、10m/min以上のように高い引取速度を有し、高い溶融伸びを示す場合には、発泡層の凝固に伴う収縮時に、発泡セルBの内壁に、引き伸ばす力が印加されたとしても、発泡層が溶融伸びの高い材料で構成されていることにより、発泡セルBの内壁が、その力に追随して、破断を起こさずに伸びることができる。すると、
図3Aに示すように、発泡層の凝固が完了するまで、各発泡セルBが、他の発泡セルBと連通せず、各発泡セルBが略球状や略長球状の形状をとって独立した状態を保つことができる。発泡セルBが高い独立性を保つことで、発泡層の機械的強度の低下が起こりにくくなる。略球状や略長球状に形成され、独立した発泡セルBの周囲では、応力が均一性高く分散し、発泡層が大きな負荷に耐えられるようになるからである。その結果として、絶縁被覆3が、高い機械的強度を有するものとなる。例えば、加熱環境下で力学的負荷を受けても変形を起こしにくい絶縁被覆3が得られる。機械的強度向上の効果をさらに高める観点から、発泡層の構成材料の引取速度は、20m/min以上、また30m/min以上であれば、さらに好ましい。発泡層の構成材料の引取速度の上限は特に定められるものではないが、押出成形性等の観点から、引取速度は、おおむね60m/min以下であるとよい。
【0033】
発泡層の構成材料は、上記のような高い引取速度を有することに加え、高い溶融張力を有することが好ましい。すると、発泡層を形成するに際し、高い加工性が得られ、発泡セルBが安定する。好ましくは、発泡層の構成材料の溶融張力が、10mN以上、さらには20mN以上、24mN以上であるとよい。一方、発泡層の構成材料の溶融張力に特に上限は設けられないが、押出成形性等の観点から、おおむね100mN以下であるとよい。高引取速度と高溶融張力の両立は、単一の有機ポリマーを用いる場合には難しいが、後述するように、複数の有機ポリマーを混合することで、簡便に達成しうる。
【0034】
ここで、上記のような物性を有する発泡層を与えうる成分組成について、具体的に例示する。上記のように、発泡層の構成材料は、引取速度が10m/min以上であれば具体的な成分組成は特に限定されるものではない。
【0035】
発泡層は、有機ポリマーに加えて発泡剤を含有し、さらに必要に応じて添加剤を添加した材料より構成される。発泡層を構成するポリマー成分は、1種のみであっても、2種以上であってもよいが、発泡層の構成材料の組成全体として高い引取速度を実現する観点から、少なくとも1種の高溶融伸び成分を含んでいることが好ましい。高溶融伸び成分は、高い引取速度を有することで高い溶融伸びを示す成分であり、30m/min以上、さらには50m/min以上の引取速度を有しているとよい。高溶融伸び成分によって、発泡層の構成材料の組成全体としての溶融伸びを効率的に高める観点から、高溶融伸び成分の含有量は、発泡層を構成する全有機ポリマーのうち、20質量%以上、さらには30質量%以上とすることが好ましい。
【0036】
40m/min以上の引取速度を有する高溶融伸び成分として、オレフィン系熱可塑性エラストマー(TPO)を用いる形態を、好適に例示することができる。TPOは、溶融伸びに優れるうえ、各種有機ポリマーの中で、比較的低い誘電正接および誘電率を有し、通信用電線を構成する発泡電線1の絶縁被覆3に好適に適用することができる。TPO以外に高溶融伸び成分として好適に使用可能な有機ポリマーとしては、ブロックポリプロピレン(PP)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン(SEBS)ブロック共重合体等を例示することができる。
【0037】
上記のように、発泡層の構成材料は、高い引取速度とともに、高い溶融張力を有することが好ましいが、単一の有機ポリマーを用いて、高引取速度と高溶融張力を両立することは難しい。そこで、発泡層において、2種以上の有機ポリマーを混合して用いることが好ましい。上記のように、高溶融伸び成分を用いる場合に、その高溶融伸び成分と、高溶融張力成分を混合することが好ましい。高溶融張力成分としては、溶融張力が30mN以上、さらには40mN以上である有機ポリマーを用いるとよい。発泡層の構成材料の組成全体としての溶融張力を効率的に高める観点から、高溶融張力成分の含有量は、発泡層を構成する全有機ポリマーのうち、20質量%以上、さらには30質量%以上とすることが好ましい。また、高溶融伸び成分と高溶融張力成分の混合比は、[高溶融伸び成分]:[高溶融張力成分]の質量比で、1:3~3:1の範囲にあるとよい。
【0038】
高溶融伸び成分と高溶融張力成分を混合する場合に、それぞれによって、発泡層における溶融伸びと溶融張力を十分に確保することができる。よって、高溶融張力成分は高い引取速度を有する必要はなく、引取速度40m/min未満であってよい。一方、高溶融伸び成分は高い溶融張力を有する必要はなく、溶融張力30mN未満であってよい。また特に、高溶融伸び成分の引取速度が高溶融張力成分の10倍以上である場合、また高溶融張力成分の溶融張力が高溶融伸び成分の2倍以上である場合に、両成分のそれぞれの寄与が明確になる。高溶融伸び成分と高溶融張力成分は、相互の親和性を高める観点から、同種の有機ポリマー、つまり同種のモノマーユニットを含んだ有機ポリマーであるとよい。
【0039】
30mN以上の溶融張力を有する高溶融張力成分として、ポリプロピレン(PP)等のポリオレフィンを例示することができる。ポリオレフィンは、溶融張力に優れるうえ、各種有機ポリマーの中で、低い誘電正接および誘電率を有し、通信用電線を構成する発泡電線1の絶縁被覆3に好適に適用することができる。また、高溶融伸び成分としてTPOを採用する場合に、両者の間に高い親和性が得られる。なお、高溶融張力成分として、ポリエチレン等、ポリプロピレン以外のポリオレフィン、またTPO等、長鎖分岐構造を有した各種有機ポリマーも好適に用いることができる。
【0040】
発泡層の構成材料は、有機ポリマーおよび発泡剤に加えて、適宜添加剤を含有してもよい。添加剤としては、銅害防止剤、ヒンダードフェノール系や硫黄系等の酸化防止剤を例示することができる。なお、発泡層の誘電正接を低く抑える観点からは、無機フィラーは、含有しない方が好ましい。
【0041】
発泡層の発泡倍率は特に限定されるものではないが、本実施形態にかかる発泡電線1においては、発泡層が高い溶融伸びを示すため、発泡倍率を大きくしても、十分な機械的強度を保つことができる。発泡倍率を大きくすることで、発泡層における誘電正接および誘電率の低減効果が大きくなる。例えば、発泡層の発泡倍率を、気泡率(発泡セルBが占める体積割合)で、50%を超えて大きくすることができ、さらには60%以上とすることができる。
【実施例0042】
以下に実施例を示す。ここでは、発泡電線について、発泡層の成分組成と発泡構造および機械的強度の関係について検証した。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0043】
[試料の作製]
表1に示した各成分を、記載した含有量比で混合して、絶縁被覆の構成材料となる材料Aおよび材料Bを調製した。この際、発泡剤以外の成分を溶融混練によって混合してから、ドライブレンドで発泡剤を加えた。
【0044】
銅の撚線として構成した導体の外周に、絶縁被覆を形成した。この際、試料Aについては材料Aを、試料Bについては材料Bを、導体の外周に押出成形することで、被覆体を形成した。押出成形時には、発泡が進行していた。次に、被覆体を水槽に浸漬することで、冷却し、凝固させた。このようにして、試料A,Bの発泡電線を形成した。いずれの試料についても、導体断面積は0.23mm2であり、絶縁被覆の厚さは約300μmであった。また、発泡層の気泡率は、66%であった。
【0045】
絶縁被覆の構成材料の調製に用いた材料は以下のとおりである。
(有機ポリマー)
・PP1:ホモPP-日本ポリプロ社製 「ノバテック EA9FTD」
・PP2:メタロセン系高溶融張力PP-日本ポリプロ社製 「WAYMAX MFX6」
・PP3:ホモPP-日本ポリプロ社製 「ノバテック MA3U」
・TPO:ライオンデル・バセル社製 TPO 「Adflex Q200F」
【0046】
(添加剤)
・銅害防止剤:ADEKA社製 「CDA-10」
・酸化防止剤1:BASF社製 「Irganox 1010FF」
・酸化防止剤2:BASF社製 「Irgafos 168」
・酸化防止剤3:ADEKA社製 「アデカスタブ AO-412S」
・酸化防止剤4:ADEKA社製 「アデカスタブ LA-57」
・発泡剤:三協化成社製 「セルマイク MB1023」
【0047】
[評価方法]
(1)構成成分および混合材料の物性
材料A,B、およびそれらの材料を構成する成分として用いられる各有機ポリマーについて、引取速度および溶融張力の測定を行った。測定はいずれも、キャピラリーレオメータを使用した溶融ストランド引き延ばし測定によって、220℃にて行った。引取速度については、キャピラリーから押出吐出した溶融ストランドを、荷重一定、押出速度一定の条件で、引取速度を上昇させながら引き取り、溶融ストランドが破断した際の引取速度を記録した。溶融張力については、キャピラリーから押出吐出した溶融ストランドを一定速度で押し出しながら、溶融ストランドに荷重を印加して引き取り、溶融ストランドが破断した際の荷重を、溶融張力として記録した。材料A,Bについては、引取速度および溶融張力の測定は、発泡剤を添加しない状態に対して行った。測定には穴径1.0mm、長さ20mmのキャピラリーを使用し、材料をシリンダーに充填して、5分の予熱の後に測定を行った。キャピラリーの押出速度はすべての材料において、10mm/minで統一した。
【0048】
(2)発泡構造の評価
試料A,Bの発泡電線を、軸線方向に垂直に切断し、断面試料を得た。この断面試料の光学顕微鏡像を撮影し、撮影像において、発泡セルの状態を観察した。
【0049】
(3)機械的強度の評価
試料A,Bの発泡層を含む絶縁被覆について、JIS K 7161に準拠した引張試験を行い、引張破断強度を計測した。
【0050】
[評価結果]
表1に、材料A,Bについて、成分組成と、各成分を混合した状態の各材料の引取速度および溶融張力、絶縁被覆の引張破断強度の評価結果を示す。成分組成については、各成分の含有量を、質量部を単位として表示している。表には合わせて、各ポリマー成分の引取速度および溶融張力も示している。さらに、
図4A,4Bにそれぞれ、材料A,材料Bを用いて発泡層を形成した試料A,Bの発泡電線の断面観察像を示す。
【0051】
【0052】
試料Aを観察した
図4Aによると、絶縁被覆の内周部および外周部には、被覆体の冷却時に生じたほぼ非発泡の内層および外層が存在しているが、それらの間の中間部分には、白く観察される発泡セルを多数有する発泡層が形成されている。この発泡層において、発泡セルの多くは、円形または長円形に近い形状をとり、隣接する発泡セルと連通しない、独立性の高い構造をとっている。これは、発泡層を構成する材料Aが、10m/min以上の引取速度を有する、溶融伸びの高い材料より構成されており、発泡層の凝固時に、発泡セルの内壁の破断が生じにくいためであると解釈される。
【0053】
一方、試料Bを観察した
図4Bによると、絶縁被覆の中間部分に、凹凸状の構造が生じており、それらの構造を発泡セルに対応づけることができる。しかし、
図Aの場合とは異なり、それらの発泡セルは、円形または長円形に独立した気泡の形態をとっておらず、いびつな形に連続して分布している。つまり、独立性の高い発泡セルは生じていないと言える。これは、発泡層を構成する材料Bの引取速度が10m/minに満たず、溶融伸びが低くなっていることから、発泡層において、凝固中に発泡セルの内壁の破断が起こり、隣接する発泡セルが連通してしまったものと考えられる。
【0054】
さらに、表1に示すように、試料Aの方が試料Bよりも、絶縁被覆が高い引張破断強度を示した。これは、試料Aの発泡層に多数含まれる、円形または長円形に近い形状をとり、独立した気泡においては、力が均一に分散するため、絶縁被覆全体として、大きな負荷に耐えられるためであると解釈される。一方、試料Bの発泡層に含まれるいびつな形に連通した気泡においては、力が集中する箇所が生じ、その箇所から破壊が生じやすくなるものと考えられる
【0055】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。