(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147099
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
B23K 35/365 20060101AFI20231004BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20231004BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20231004BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20231004BHJP
【FI】
B23K35/365 E
B23K35/30 320A
C22C38/00 301A
C22C38/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022054663
(22)【出願日】2022-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】三浦 瑠太
(72)【発明者】
【氏名】高橋 将
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅大
(72)【発明者】
【氏名】小松 実紗子
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA02
4E084AA03
4E084AA05
4E084AA06
4E084AA07
4E084AA09
4E084AA11
4E084AA12
4E084AA23
4E084AA38
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA05
4E084BA11
4E084BA22
4E084CA03
4E084CA16
4E084CA22
4E084CA23
4E084CA24
4E084CA25
4E084CA26
4E084EA07
4E084GA13
(57)【要約】
【課題】溶接欠陥が極めて少なく、美麗な溶接ビードが得られる亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒において、溶接棒全質量に対する前記被覆剤の質量割合が20%以上45%以下であり、被覆剤全質量に対する質量%で、C:0.01~0.50%、Si:0.01~0.50%、Mn:2.0~7.0%、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:5~20%、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:10~30%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:10~30%、Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.1~5.0%、Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.1~5.0%、Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~5.0%、Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計:1.0~5.0%、鉄粉及び鉄合金粉のFe:15~40%、有機物:1.0~8.0%等からなる。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が被覆されている亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒において、溶接棒全質量に対する前記被覆剤の質量割合が20%以上45%以下であり、
被覆剤全質量に対する質量%で、
C:0.01~0.50%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:2.0~7.0%、
金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:5~20%、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計:10~30%、
Si酸化物のSiO2換算値の合計:10~30%、
Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.1~5.0%、
Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.1~5.0%、
Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~5.0%、
Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の1種又は2種以上の合計:1.0~5.0%、
鉄粉及び鉄合金粉のFe:15~40%、
有機物の1種又は2種以上の合計:1.0~8.0%を含有し、
残部は、塗装剤と1%以下の不純物からなることを特徴とする亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、
Mn酸化物のMnO換算値の合計:4.0%以下
をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、
Fe酸化物のFeO換算値の合計:4.0%以下
をさらに含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒。
【請求項4】
前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、
Ti:3.0%以下
をさらに含有することを特徴とする請求項1~請求項3のうち何れか1項に記載の亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛めっき鋼板の溶接において、気孔欠陥をはじめとする溶接欠陥が極めて少なく、美麗な溶接ビードが得られる亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛めっき鋼板は、鋼板表面に亜鉛めっきを施して耐食性に優れており、また比較的安価で経済性に優れているため、自動車や建築等の軽量鉄骨分野で多く採用されている。しかし、これら鋼板の溶接では、亜鉛めっき層がアーク熱によって蒸発し、亜鉛蒸気となることから、ブローホールなどの気孔欠陥やスパッタ発生および溶接ヒューム発生量が多くなり、また、溶け込み不良も起こりやすくなるという問題がある。
【0003】
このような状況に対し、耐気孔欠陥性の向上手段として、種々提案がされている。例えば、特許文献1には、溶融亜鉛めっき系鋼板の溶接において、気孔欠陥の少ない被覆ア-ク溶接棒を用いて溶接し、溶接熱影響部近傍においても亜鉛めっきがダメ-ジを受けない溶接方法が開示されている。しかしながら、特許文献1の溶接棒はNa2O換算値とK2O換算値の合計が限定されておらず、またMgO換算値の合計も限定されていないため、アークが不安定で溶接作業性が悪くなり、ビード形状も不良になる問題があった。
【0004】
さらに、特許文献2には、アークの安定性に優れ、好適なアークの吹付けが得られ、深溶け込みで溶接欠陥がなく、スラグ剥離性、ビード形状及び耐高温割れ性が良好で、優れた溶接金属が得られるイルミナイト系被覆アーク溶接棒が開示されている。しかしながら、特許文献2に記載のイルミナイト系被覆アーク溶接棒は、鉄粉および鉄合金粉からのFeが少ないため、亜鉛めっき鋼板に溶接を行うと溶け込みが十分得られず、溶け込み不良が生じる問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-267846号公報
【特許文献2】特開2019-155472号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、亜鉛めっき鋼板を用いた全姿勢溶接において、アーク安定性等の溶接作業性が良好であり、気孔欠陥や溶け込み不良といった溶接欠陥が極めて少なく、美麗な溶接ビードが得られる亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は、鋼心線に被覆剤が被覆されている亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒において、溶接棒全質量に対する前記被覆剤の質量割合が20%以上45%以下であり、被覆剤全質量に対する質量%で、C:0.01~0.50%、Si:0.01~0.50%、Mn:2.0~7.0%、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:5~20%、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:10~30%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:10~30%、Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.1~5.0%、Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.1~5.0%、Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~5.0%、Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の1種又は2種以上の合計:1.0~5.0%、鉄粉及び鉄合金粉のFe:15~40%、有機物の1種又は2種以上の合計:1.0~8.0%を含有し、残部は、塗装剤、1%以下の不純物からなることを特徴とする。
【0008】
また本発明によれば、前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、Mn酸化物のMnO換算値の合計:4.0%以下をさらに含有するものであってもよい。
【0009】
また本発明によれば、前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、Fe酸化物のFeO換算値の合計:4.0%以下をさらに含有するものであってもよい。
【0010】
更に本発明によれば、前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、Ti:3.0%以下をさらに含有するものであってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒によれば、亜鉛めっき鋼板を用いた全姿勢溶接において、アーク安定性等の溶接作業性が良好であり、気孔欠陥や溶け込み不良といった溶接欠陥が極めて少なく、美麗な溶接ビードが得られるため、各種鋼構造物に対する溶接継手の信頼性を大幅に向上することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、上述した課題を解決するために、被覆アーク溶接棒を作成し、溶着金属の強度および靱性を詳細に調査した。
【0013】
その結果、C及びMnの含有量を適正とすることで溶接金属の強度を確保することができ、さらに、金属炭酸塩、Siの含有量を適正にし、鋼心線への被覆率を適正にすることで、溶接金属の靭性を確保することができることを見出した。
【0014】
また、溶接作業性に関して、アークの吹付け強さの向上にはCと有機物の含有量を適正にすることで、アークの安定化及びスパッタ発生量の低減には、Si、金属炭酸塩、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Ca酸化物のCaO換算値の合計及びNa化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計の含有量を適正にし、鋼心線への被覆率を適正にすることで可能となり、ビード形状及びビード外観は、金属炭酸塩、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計及びMg酸化物のMgO換算値の合計の含有量を適正にすることで改善できることを見出した。
【0015】
加えて、スラグ剥離性及び流動性は金属炭酸塩、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計及びAl酸化物のAl2O3換算値の合計の含有量を適正にすることで改善できることを見出した。
【0016】
その他、溶接棒自体が赤熱する棒焼けを防止するには、Feの含有量を適正にすることで、溶接棒の保護筒の片溶けを防止するにはMg酸化物のMgO換算値の合計及びFeの含有量を適正にすることで、被覆剤の塗装性等の溶接棒の生産性はNa化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計の含有量を適正にすることで改善できることを見出した。
【0017】
さらに、Mn酸化物のMnO換算値の合計、Fe酸化物のFeO換算値の合計を適量にすることで、アークの吹付け強さを向上させ、溶け込み不良をより抑制することができ、Tiの含有量を適量にすることで、アークの安定性をより向上させることを見出した。
【0018】
以下、本発明における亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒について、被覆剤中の成分組成と、その成分組成の限定理由について詳細に説明する。なお、各成分組成の含有量は、被覆剤全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載することとする。以下、亜鉛めっき鋼板とは、亜鉛もしくは亜鉛を主成分とする亜鉛系合金を溶融、塗装、電気的にめっきした490MPaまでの炭素鋼板のことを示す。
【0019】
[被覆率:被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%で20~45%]
被覆剤の鋼心線の外周への被覆率は、溶接時の耐シールド性に大きく影響する。被覆率が被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%(以下、単に%という。)で20%未満では、被覆剤自体が少なくなってシールド不足となり、溶接金属中のN含有量が増加して溶接金属の靱性が低下する。一方、被覆剤の被覆率が45%を超えると、スラグ量が過多となってアークが不安定になる。従って、被覆率は20~45%とする。
【0020】
[C:0.01~0.50%]
Cは、Cを含む合金粉や黒鉛等から添加され、溶接金属の強度を向上させる効果に加え、アークの吹付け強さを向上させる効果があり、特に亜鉛めっき鋼板への溶接においては、溶け込み不良を抑制する効果がある。Cが0.01%未満では、溶接金属の強度が不足し、また、亜鉛めっき鋼板の溶接においては、アークの吹付け強さが不足し、溶け込み不良が生じる。一方、Cが0.50%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Cは0.01~0.50%とする。C含有量は、好ましくは0.05~0.30%である。
【0021】
[Si:0.01~0.50%]
Siは、金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等から添加され、溶接金属の脱酸を目的として使用される。Siが0.01%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなり、アークも不安定となる。一方、Siが0.50%を超えると、溶接金属の粒界に低融点酸化物を析出させ、溶接金属の靭性が低下する。従って、Siは0.01~0.50%とする。Si含有量は、好ましくは0.05~0.30%である。
【0022】
[Mn:2.0~7.0%]
Mnは、金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等から添加され、Siと同様に脱酸剤として重要であり、溶接金属の強度を上昇させる。Mnが2.0%未満では、溶接金属の強度が不足し、また、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Mnが7.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Mnは2.0~7.0%とする。Mn含有量は、好ましくは3.0~6.0%である。
【0023】
[金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計:5~20%]
金属炭酸塩は、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム等から添加され、アークの熱で分解してCO2ガスを発生し、溶接金属を大気から保護する効果がある。金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計が5%未満では、シールド効果が不足し、ブローホールが発生しやすくなる。また金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計が5%未満では、溶接金属中に大気中の窒素が混入し、溶接金属の靱性が低下する。一方、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計が20%を超えると、アークが不安定となってビード形状が凸状になり、スラグ剥離性も悪くなる。従って、金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計は5~20%とする。金属炭酸塩の1種又は2種以上の合計は、好ましくは8~14%である。
【0024】
[Ti酸化物のTiO2換算値の合計:10~30%]
Ti酸化物は、ルチール、酸化チタン、チタンスラグ、チタン酸カルシウム等から添加され、アークを安定にし、溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする効果がある。Ti酸化物のTiO2換算値の合計が10%未満であると、アークが不安定となり、ビード形状が不良になる。一方、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が30%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Ti酸化物のTiO2換算値の合計は10~30%とする。Ti酸化物のTiO2換算値の合計は、好ましくは12~22%である。
【0025】
[Si酸化物のSiO2換算値の合計:10~30%]
Si酸化物は、珪砂、ジルコンサンド、カリ長石、珪酸ナトリウムや珪酸カリウム等の水ガラスの固質分、珪灰石等から添加され、溶融スラグの粘性を高め、適切な粘性のスラグを確保してビード形状を良好にする効果がある。Si酸化物のSiO2換算値の合計が10%未満では、溶融スラグの粘性が低くなり、ビード形状が不良となる。一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が30%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が不良になる。従って、Si酸化物は10~30%とする。Si酸化物のSiO2換算値の合計は、好ましくは14~24%である。
【0026】
[Al酸化物のAl2O3換算値の合計:0.1~5.0%]
Al酸化物は、アルミナ、カリ長石等から添加され、アークを安定させるとともにビード形状を良好にする効果がある。Al酸化物のAl2O3の合計が0.1%未満では、アークが不安定となり、ビード形状が不良になる。一方、Al酸化物のAl2O3の合計が5.0%を超えると、スラグがガラス状となってスラグ剥離性が不良になる。従って、Al酸化物のAl2O3の合計は0.1~5.0%とする。Al酸化物のAl2O3換算値の合計は、好ましくは0.5~4.0%である。
【0027】
[Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.1~5.0%]
Ca酸化物は、チタン酸カルシウム、珪灰石等から添加され、アークを安定化させてスパッタ発生の低減に効果がある。Ca酸化物のCaO換算値の合計が0.1%未満では、アークが不安定になり、スパッタが増加する。一方、Ca酸化物のCaO換算値の合計が5.0%を超えると、アークが弱くなって不安定になり、溶け込み不良等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、Ca酸化物のCaO換算値の合計は0.1~5.0%とする。Ca酸化物のCaO換算値の合計は、好ましくは0.5~3.5%である。
【0028】
[Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.1~5.0%]
Mg酸化物は、酸化マグネシウム、マグネシアクリンカー等から添加され、耐熱性に優れており、被覆剤の片溶けを抑制する効果がある。Mg酸化物のMgO換算値の合計が0.1%未満では被覆剤の片溶けが発生する。一方、Mg酸化物のMgO換算値の合計が5.0%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Mg酸化物のMgO換算値の合計は0.1~5.0%とする。Mg酸化物のMgO換算値の合計は、好ましくは0.5~3.5%である。
【0029】
[Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の1種又は2種以上の合計:1.0~5.0%]
Naは、珪酸ナトリウム等の水ガラスの固質分や弗化ナトリウム等から添加され、また、Kは、珪酸カリウム等の水ガラスの固質分、珪弗化カリウム及びカリ長石等から添加され、溶接棒製造時の塗装性及び溶接時のアークの安定性を向上する効果がある。Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計が1.0%未満では、アークが不安定になり、また生産時の塗装性が悪くなるとともに、溶接棒製造時に被覆剤表面に割れが生じやすくなるなど被覆アーク溶接棒の生産性が低下する。一方、Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計が5.0%を超えると、アークの吹き付けが強くなり、スパッタ発生量が多くなる。従って、Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計は1.0~5.0%とする。Na化合物のNa2O換算値とK化合物のK2O換算値の合計は、好ましくは1.5~4.0%である。
【0030】
[鉄粉及び鉄合金粉のFe:15~40%]
Feは、鉄粉やFe-Mn,Fe-Moといった鉄合金粉や鉄酸化物から添加され、アークの電位傾度を低下させ、アーク長を短くして被覆剤の片溶けを防止させる効果がある。さらに溶着量が増加することにより、特に亜鉛めっき鋼板への溶接においては、溶け込み不良を抑制する効果がある。Feが15%未満では、アーク長が長くなって被覆剤の片溶けが発生しやすくなる。一方、Feが40%を超えると、被覆アーク溶接棒による溶接では溶接後半になると被覆アーク溶接棒自体が赤熱(以下、棒焼けという。)してしまい、溶接が困難となり、溶け込み不良が発生する。従って、Feは15~40%とする。Fe含有量は、好ましくは20~35%である。
【0031】
[有機物の1種又は2種以上の合計:1.0~8.0%]
有機物は、セルロース、デキストリン、小麦粉、澱粉、コーンスターチ等から添加され、アークの吹付けを強くし、溶け込みを深くする効果がある。特に亜鉛めっき鋼板への溶接においては溶け込み不良を抑制する効果がある。有機物の1種又は2種以上の合計が1.0%未満では、アークの吹付けが弱くなり、溶け込み不良が生じる。一方、有機物の1種又は2種以上の合計が8.0%を超えると、アークが粗くなり、スパッタ量が多くなる。従って、有機物の1種又は2種以上の合計は1.0~8.0%とする。有機物の1種又は2種以上の合計は、好ましくは2.5~6.5%である。
【0032】
[Mn酸化物のMnO換算値の合計:4.0%以下]
Mn酸化物は、マンガン鉱等から添加され、ビード形状を良好にし、アークの吹付け強さを向上させる効果があり、特に亜鉛めっき鋼板への溶接においては、溶け込み不良をさらに抑制する効果がある。しかし、Mn酸化物のMnO換算値の合計が4.0%を超えると、アークの吹付け強さが過剰になり、スパッタが増加する。従って、Mn酸化物のMnO換算値の合計は4.0%以下とする。Mn酸化物のMnO換算値の合計は、好ましくは2.5%以下である。
【0033】
[Fe酸化物のFeO換算値の合計:4.0%以下]
Fe酸化物は、ヘマタイト、マグネタイト、ウスタイト等から添加され、アークの吹付け強さを向上させる効果があり、特に亜鉛めっき鋼板への溶接においては、溶け込み不良をさらに抑制する効果がある。しかし、Fe酸化物のFeO換算値の合計が4.0%を超えると、溶融スラグの粘性が低くなり、スラグ剥離性が悪化し、ビード形状が劣化する。従って、Fe酸化物のFeO換算値の合計は4.0%以下とする。Fe酸化物のFeO換算値の合計は、好ましくは2.5%以下である。
【0034】
[Ti:3.0%以下]
Tiは、金属Ti、Fe-Ti等から添加され、脱酸剤として有効であると同時に、アークの電位傾度を低下させてアークを安定化させる効果がある。特に亜鉛めっき鋼板への溶接においては、アークを安定化させる効果が顕著に表れる。しかし、Tiが3.0%を超えると、溶接金属中のTi酸化物の析出が増加し、溶接金属の靱性が低下する。従って、Tiは3.0%以下とする。Ti含有量は、好ましくは1.5%以下である。
【0035】
なお、本発明の亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒の被覆剤の残部は、塗装剤、合金粉に含まれる不純物である。塗装剤は、ヘクトライト、マイカ等が用いられ、1種以上を合計で5%以下が好ましい。合金粉に含まれる不純物はP、S、Cu、Nb、V、Bなどが挙げられ、特にP及びSは共に低融点の化合物を生成して溶接金属の靭性を低下させるので、不純物の合計は1%以下に調整する。
【0036】
また、使用する鋼心線は、JIS G3523:1980 SWY11を用いることが好ましいが、Cは0.10%以下が良く、強度を調整するために被覆剤からもCを適正に調整できる。鋼心線のPは靭性を低下させるので0.010%以下、Sはスラグの流動性を悪くするので0.010%以下であることが好ましい。
【実施例0037】
以下、本発明の効果を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、実施例では交流電源を用いるが、交流電源に限定するものではない。
【0038】
直径4.0mm、長さ400mmのJIS G3523 SWY11の鋼心線(C:0.08質量%、Si:0.02質量%、Mn:0.46質量%、P:0.009質量%、S:0.006質量%)に、表1に示す組成成分の被覆剤を表1に示す被覆率で塗装した後、乾燥させて各種亜鉛めっき鋼板用被覆アーク溶接棒を試作した。
【0039】
【0040】
【0041】
上記の各種試作溶接棒を用い、表2に示す成分の板厚20mmの鋼板を開先角度:20°、ルートギャップ:16mmの裏当金付開先とし、交流電源を用いて溶接電流:170A、溶接入熱:17kJ/cm、予熱・パス間温度:100~150℃の条件で溶着金属試験体を作製した。板厚中央から引張試験片(JIS Z 2241:2011 10号)及びVノッチ衝撃試験片(JIS Z 2242:2018)を採取した。引張試験は、引張強さが400~550MPaを良好とし、靱性の評価は、試験温度-20℃でシャルピー衝撃試験を実施し、吸収エネルギーの3回の平均値が70J以上を良好とした。溶接作業性の評価は上記溶接時に、アーク安定性、スパッタ発生量、ビード形状・ビード外観、スラグ剥離性、被覆剤の片溶け及び棒焼けの有無を目視にて調査した。また、溶接棒の生産性は、生産後の製品検査で調査した。さらに、表3に示す亜鉛めっき鋼板と各試作溶接棒を用い、交流電源を用いて溶接電流:170A、溶接入熱:17kJ/cmで水平すみ肉溶接試験を行い、溶接終了後、水平すみ肉溶接試験体を溶接ビードの始端から100mmのところで切断し、断面形状を観察して溶け込み状態を調査した。それらの試験結果を表5にまとめて示す。
【0042】
[溶接作業性]
(アーク安定性)
溶接時にアークが安定しており、アークが消失しなかった場合を良好、一度でもアークが消失した場合を不良とした。
【0043】
(スパッタ発生量)
溶接時のスパッタ発生量が少ないことが好ましい。具体的には、銅製の捕集箱を用いて、1分間溶接した際に発生するスパッタの重量を測定することにより、単時間当たりの値(g/min)を求めた。なお、スパッタの測定は、表4に示す溶接条件で5回測定した平均値とし、2.0g/min以下を良好とした。
【0044】
(ビード形状・ビード外観)
溶着金属のビード波形が均一で乱れが無く、手直しが必要なアンダーカットおよびオーバーラップが発生しないことが好ましい。溶着金属の余盛高さ及びビード幅の均一性に優れたビード形状を有することが好ましい。具体的には、溶着金属のビード表面において、ビード波形に乱れがある場合及び、手直しが必要なアンダーカットおよびオーバーラップが発生した場合を不良とした。
【0045】
(スラグ剥離性)
溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグを簡単に除去できることが好ましい。溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグをチッピングハンマー(全長300mm、重さ350g)を用いて、持ち手を中心に円弧に軽い力で振り下ろして叩いた時に、スラグに亀裂が入りその後簡単に除去できる場合を良好、スラグに亀裂が入らない場合を不良とした。
【0046】
(被覆剤の片溶け)
溶接中に被覆剤の一部が欠けることなくアークが溶接棒と水平に発生し、アーク拡がりが均一で安定していることが好ましい。溶接中に被覆剤の一部が欠け、アークが溶接棒と水平以外の方向に偏向し、アーク拡がりが不均一になる場合を不良とした。
【0047】
(棒焼け)
溶接時に赤熱して溶接中に被覆剤が脱落することが無いことが好ましい。溶接時に溶接棒の色が変わらず同じ場合を良好、溶接時に赤熱して溶接棒の色が赤色に変色した場合を不良とした。
【0048】
[溶接欠陥]
具体的には、JIS Z 3104:1995に準じて放射線透過試験を行い、ブローホールや溶け込み不良などの溶接欠陥の有無を調査した。
【0049】
[生産性]
生産性は、溶接棒を製造後の製品検査で被覆剤の脱落、欠け、ひび割れが発生し、製品の歩留まりが90%以下であった場合に不良とした。
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
表1及び表5中の溶接棒No.1~No.10が本発明例、溶接棒No.11~No.20は比較例である。本発明例であるNo.1~No.10は、被覆剤の被覆率、C、Si、Mn、金属炭酸塩の合計、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Ca酸化物のCaO換算値の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Na化合物及びK化合物のNa2O換算値とK2O換算値の1種又は2種以上の合計、Fe及び有機物の合計がいずれも適量であるので、アーク状態が良好でスパッタ発生量が少なく、保護筒の状態も良好で、棒焼けも発生せず、ビード外観、ビード形状及びスラグ剥離性が良好であるなど溶接作業性が良好で、生産性も良好で、溶接欠陥も無く、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが良好であり、亜鉛めっき鋼板の溶接においても溶け込み不良が発生せず、極めて満足な結果であった。さらにNo.1、3、6、7、10はMn酸化物のMnO換算値の合計、Fe酸化物のFeO換算値の合計、Tiもしくはこれらの合計が適量であるので、亜鉛めっき鋼板の溶接において、溶け込み不良がより抑制された。
【0054】
比較例中、溶接棒No.11は、被覆率が高いので、アークが不安定であった。また、Cが多いので、溶着金属の引張強さが過剰で、吸収エネルギーが低かった。さらに、TiO2が多いので、ビード形状が凸であった。
【0055】
溶接棒No.12は、被覆率が低いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Cが少ないので、溶着金属の引張強さが不足した。加えて、亜鉛めっき鋼板の溶接においては溶け込み不良が発生した。さらに、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が少ないので、アークが不安定で、ビード形状が不良であった。
【0056】
溶接棒No.13は、Siが多いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、金属炭酸塩の合計が多いので、アークが不安定で、ビード形状が凸で、スラグ剥離性が不良であった。
【0057】
溶接棒No.14は、Siが少ないので、アークが不安定で、ブローホールが発生した。また、Mnが多いので、溶着金属の引張強さが過剰で、吸収エネルギーが低かった。さらに、有機物の合計が多いため、スパッタが増加した。一方で、Fe酸化物のFeO換算値の合計が多かったため、スラグ剥離性が不良で、ビード形状が不良であった。
【0058】
溶接棒No.15は、Mnが少ないので、溶着金属の引張強さが不足し、ブローホールが発生した。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が多いので、スラグ剥離性が不良であった。さらに、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が少ないので、アークが不安定で、ビード形状が不良であった。
【0059】
溶接棒No.16は、金属炭酸塩の合計が少ないので、ブローホールが発生し、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良であった。一方で、Mn酸化物のMnO換算値の合計が多かったため、スパッタが増加した。
【0060】
溶接棒No.17は、Ca酸化物のCaO換算値の合計が多いので、アークが不安定で、溶け込み不良が発生した。加えて、亜鉛めっき鋼板の溶接においては溶け込み不良が発生した。また、Feが多いので、棒焼けが発生した。さらに、Tiが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0061】
溶接棒No.18は、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が多いので、スラグ剥離性が不良であった。また、Ca酸化物のCaO換算値の合計が少ないので、アークが不安定で、スパッタが増加した。さらに、Mg酸化物のMgO換算値の合計が多いので、ビード形状が凸であった。
【0062】
溶接棒No.19は、Mg酸化物のMgO換算値の合計が少ないので、片溶けが発生した。また、Na化合物及びK化合物のNa2O換算値とK2O換算値の1種又は2種以上の合計が少ないので、アークが不安定で、生産性が不良であった。さらに、有機物の合計が少ないので、溶け込み不良が発生した。加えて、亜鉛めっき鋼板の溶接においては溶け込み不良が発生した。
【0063】
溶接棒No.20は、Na化合物及びK化合物のNa2O換算値とK2O換算値の1種又は2種以上の合計が多いので、スパッタが増加した。また、Feが少ないので、片溶けが発生した。加えて亜鉛めっき鋼板の溶接においては、溶け込み不良が発生した。