(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147218
(43)【公開日】2023-10-12
(54)【発明の名称】溶鉄の脱燐方法
(51)【国際特許分類】
C21C 1/02 20060101AFI20231004BHJP
C21C 5/28 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
C21C1/02 110
C21C5/28 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034777
(22)【出願日】2023-03-07
(31)【優先権主張番号】P 2022053403
(32)【優先日】2022-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】弁理士法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】根岸 秀光
(72)【発明者】
【氏名】村井 剛
【テーマコード(参考)】
4K014
4K070
【Fターム(参考)】
4K014AA03
4K014AB03
4K014AC17
4K014AD01
4K070AC02
4K070AC14
4K070BA05
4K070BA12
4K070BB08
4K070BC02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】溶鉄上に添加される媒溶剤によって形成されるスラグと、溶鉄との接触によって行われる溶鉄の脱燐を、少ないスラグ量で効率的に行うことができると共に、製鋼プロセスにおけるCO
2の排出量を低減することのできる溶鉄の脱燐方法を提供すること。
【解決手段】精錬容器に充填された溶鉄と、該溶鉄上に添加される媒溶剤によって形成されるスラグとの接触によって行われる溶鉄の脱燐方法であって、溶鉄の脱燐処理終了時点において、前記スラグの塩基度C/Sが、該スラグ中の全鉄濃度T.Fe(mass%)を用いた下記式(1)の範囲内になるように制御する、ここで、スラグの塩基度C/Sはスラグ中のSiO
2濃度(mass%SiO
2)に対するCaO濃度(mass%CaO)の比とする、こと。
0.83+0.018×T.Fe≦C/S≦1.86-0.0455×T.Fe・・・(1)
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
精錬容器に充填された溶鉄と、該溶鉄上に添加される媒溶剤によって形成されるスラグとの接触によって行われる溶鉄の脱燐方法であって、
溶鉄の脱燐処理終了時点において、前記スラグの塩基度C/Sが、該スラグ中の全鉄濃度T.Fe(mass%)を用いた下記式(1)の範囲内になるように制御する、ここで、スラグの塩基度C/Sはスラグ中のSiO2濃度(mass%SiO2)に対するCaO濃度(mass%CaO)の比とする、ことを特徴とする溶鉄の脱燐方法。
0.83+0.018×T.Fe≦C/S≦1.86-0.0455×T.Fe ・・・
(1)
【請求項2】
前記スラグ中の全鉄濃度T.Feを、4mass%以上、15mass%未満にすることを特徴とする請求項1に記載の溶鉄の脱燐方法。
【請求項3】
脱燐処理中の前記スラグの塩基度C/Sを、該スラグ中の全鉄濃度T.Fe(mass%)を用いた前記式(1)の範囲内になるように制御することを特徴とする請求項1または2に記載の溶鉄の脱燐方法。
【請求項4】
CaO含有物質からなる前記媒溶剤の少なくとも一部を、上吹きランスからの吹錬用酸素と共に溶鉄の浴面へ吹き付ける際の、該吹錬用酸素の供給速度FO2(Nm3/(min・t))と、前記CaO含有物質のCaO純分換算供給速度FCaO(kg/(min・t))との比FCaO/FO2(kg/Nm3)を3.5以下とすることを特徴とする請求項1または2に記載の溶鉄の脱燐方法。
【請求項5】
前記媒溶剤の溶鉄の浴面への吹き付けを、溶鉄の脱燐処理中に継続して行うことを特徴とする、請求項4に記載の溶鉄の脱燐方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転炉や鍋、トーピードカー等の精錬容器に充填された溶鉄と、該溶鉄上に形成されるスラグとを接触させることにより、該溶鉄中の燐を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、鉄鋼業界においても化石燃料の消費量を削減してCO2ガスの排出量を減少させる技術の開発が進められている。従来の一貫製鉄所においては、鉄鉱石を炭素で還元して溶銑を製造している。この溶銑を製造するには鉄鉱石の還元等のために溶銑1tあたり500kg程度の炭素源を必要とする。一方、鉄スクラップなどの冷鉄源を溶鋼の原料とした場合には、鉄鉱石の還元に必要とされる炭素源が不要となり、冷鉄源を溶解するために必要なエネルギーを考慮しても、CO2ガスの排出量を大幅に低減することができることから、冷鉄源の利用が期待されている。
【0003】
ところで、溶銑には、炭素(C)やケイ素(Si)、燐(P)等が含まれているが、このうち、燐は金属材料の性能を悪化させる有害な成分とされている。そのため、従来の製鋼プロセスでは、溶銑の段階で脱燐用の媒溶剤を添加してCaO、SiO2及びFeOを主成分とするスラグを形成し、該スラグと溶銑とを接触させることで、溶銑中の燐を除去している。これは、溶銑段階では、溶銑に含まれる炭素が飽和濃度近くあり、かつ比較的低温(概ね1250~1450℃)であるため、脱燐反応にとって熱力学的に進行しやすく有利な条件であるからである。
【0004】
上記したように従来の高炉、転炉を用いて鉄鉱石を炭素で還元する方法から、鉄スクラップや還元鉄などの冷鉄源を溶解させる方法へと転換した場合、得られる炭素濃度が低くなり、かつ高温(1550℃以上)となる。そのため、従来と比して脱燐に不利な条件となり、脱燐能力が低下するおそれがある。
【0005】
また、従来の高炉、転炉を用いる製鋼プロセスでは、溶銑1トンあたり約2トンのCO2が発生し、該CO2排出量の削減が急務とされている。そのため、鉄鉱石に代えて、鉄スクラップ等の冷鉄源を原料として用いて、該冷鉄源を溶解するための熱量(以下、「熱裕度」と言う。)を確保するとともに、粗鋼量に対する溶銑の割合を表す溶銑配合率を低下させることで、CO2の排出量を低減させている。この場合、高炉の出銑量の低下により不可避的に、または高炉の操炉条件を変化させて意図的に溶銑中のSiを増加させ、Si+O2=SiO2の発熱反応を利用して熱裕度を増加させる必要がある。
【0006】
脱燐量は、スラグのCaO濃度(mass%CaO)とSiO2濃度(mass%SiO2)の比(mass%CaO/mass%SiO2)で表される塩基度(以下、「塩基度C/S」という。)に比例するとされている。前記のように溶鉄中のSiO2が増加すると、塩基度C/Sが低下し、脱燐量が低下することになる。それを避けるべくCaO含有物質を添加して塩基度C/Sを増加させると、脱燐量を確保することができるもののスラグ量が増加することになる。例えば、塩基度C/Sの目標値が2.0で、溶銑中のSi濃度が2倍になると、同一脱燐量を得るためのスラグ量は2倍となる。
【0007】
このスラグ量の増加は、2つの問題を引き起こす。1つ目は、スラグ量が増加することにより、精錬容器中のスラグが炉外に溢れ出る、スロッピングと呼ばれる現象が発生し易くなり、精錬の安定性を著しく損なうことにある。2つ目は、前記したように溶鉄中のSiO2を増加させて熱裕度を増加させても、スラグの溶融に熱量を奪われるため、本来の目的であった冷鉄源(スクラップ)を溶解するための熱裕度が低下することにある。
【0008】
そのため、従来よりスラグを用いた溶鉄からの脱燐方法について、上記問題点を解決すべく、様々な技術や発明が提案されている。例えば、非特許文献1では、CaO系フラックスよりも高い脱燐能力を持つソーダ系フラックスを用いた溶鋼の脱燐技術が提案されている。
【0009】
また、非特許文献2では、スラグ中の全鉄濃度T.Fe(mass%)を15~20%とすることにより、処理終了時点での塩基度C/Sが0.9~1.1で、スラグ中の燐濃度(以下、「(%P)」で示す。)と溶銑中の燐濃度(以下、[%P]で示す。)の比である燐分配比LP=(%P)/[%P](-)を、一定程度の脱燐が可能な10の約1.5乗から約2.0乗とした脱燐技術が提案されている。
【0010】
さらに、非特許文献3では、スラグの塩基度C/Sを低塩基度側に変化させたときのリン濃化相の挙動や安定存在限界について開示がされている。
【0011】
また、特許文献1では、上吹きランスから酸素ガスと粉状CaO源を吹き込み、ランス高さや粉状CaOの吹込み速度と酸素ガス流量の比FCaO/FO2(kg/Nm3)とノズル孔全断面積あたりの粉状CaO吹込み速度(kg/(min・t・m2))を規定し、処理終了時点の塩基度C/Sを1.4まで低下させることが可能な脱燐技術が提案されている。
【0012】
また、特許文献2では、上吹きランスから酸素ガスと脱燐用媒溶材の少なくとも一部を吹き付け添加する溶銑の脱燐方法において、脱燐処理開始時点から脱燐処理終了時点までの炉内の塩基度C/Sの最小値を0.8以上1.2未満にすることで効率的な脱燐を行う技術が提案されている。
【0013】
また、特許文献3では、溶銑脱燐処理において、スラグ塩基度を0.8~1.8、スラグ中T.Feを8~19質量%とすると共に、10mm以上の塊状石灰源の原単位を溶銑1トンあたり10kg以下とすることで、未溶解のまま残留する石灰(未滓化石灰)を低減させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2017―226874号公報
【特許文献2】特開2015-42780号公報
【特許文献3】特開2002-105526号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】丸川ら:鉄と鋼,67(1981)No.2,323-332
【非特許文献2】小川ら:鉄と鋼,87(2001)No.1,21-28
【非特許文献3】内田ら:鉄と鋼、102(2016)No.12,691―697
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、非特許文献1に開示の技術は、発生するスラグの処理に関して問題点がある。ソーダ系スラグは水溶性であるため、スラグ処理時に高アルカリ水が発生する。製鋼プロセスでは、環境への配慮からスラグのNaレス化を志向してきた経緯があることからソーダ系フラックスの使用は難しい。さらに、ソーダ系フラックスは、反応性の高さから精錬容器に用いる耐火物が損耗し、操業コストの増加を招くおそれがある。
【0017】
非特許文献2に開示の技術では、一定程度の脱燐能力を得るのに、スラグ中の全鉄濃度T.Feを増加させる必要がある点に問題がある。スラグ中の全鉄濃度T.Feを増加させるためには、Fe+1/2O2=FeOの反応で鉄を酸化させる必要がある。そうして得られた高FeOの炉内スラグは、少なくとも一部が炉外に排出されることになり、操業の鉄歩留まりが低下することになる。
【0018】
非特許文献3に開示の技術によれば、脱珪後スラグの塩基度が0.8程度を境に、スラグ中のリン濃度が低下することが開示されているが、低塩基度側のスラグの脱燐能力と全鉄濃度T.Feの関係については開示されていない。
【0019】
特許文献1に記載の技術では、塩基度C/Sを1.4まで低下できるとしながらも、実施例では塩基度C/Sが1.8の場合のみしか開示されていない。塩基度C/Sが1.8を下回る処理では、スロッピング現象による操業の不安定化や脱燐不良が発生することがあり、それらに関する対策が開示されていない。さらに、上吹きランスの先端から溶鉄の湯面までの高さを3m以上5m未満に制御する必要がある。その際に発生するCOガスと吹錬用酸素とのCO+1/2O2=CO2による2次燃焼の発熱量によって雰囲気温度が高温となり、精錬容器に用いる耐火物が損耗する。とくに上記スロッピングと組み合わさった時に、さらに耐火物の損耗が加速して操業コストの増加を招くおそれがある。
【0020】
特許文献2に開示の技術は、処理終了時点での塩基度C/Sをどこまで低下させることができるのか明確でない点に問題がある。実施例では、処理終了時点の塩基度C/Sが2.0付近のものは確認できるものの、塩基度C/Sが2.0未満のデータかつ最低塩基度C/Sを0.8以上としたデータがない。
【0021】
特許文献3に開示の技術は、耐火物溶損を抑止しつつ飽和CaO濃度を高めてスラグ中の未滓化石灰を少なくするためのスラグ組成について開示しているだけで、スラグの脱燐能力、即ち、平衡状態におけるスラグ中の燐濃度(%P)と溶鋼中の燐濃度[%P]の比で表される燐分配比LP=(%P)/[%P](-)を高めるスラグ組成について開示したものではない。
【0022】
以上から、従来技術では、高温かつ炭素源を削減した溶鋼条件への移行、または溶鉄中Si濃度の増加に伴う脱燐能力の低下もしくは、それを補うためのスラグ量の増大による冷鉄源(スクラップ)の溶解のための熱裕度の低下、の問題を解決することができず、製鋼プロセスにおけるCO2の排出量の低減を達成するのは困難であった。
【0023】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、溶鉄上に添加される媒溶剤によって形成されるスラグと、溶鉄との接触によって行われる溶鉄の脱燐を、少ないスラグ量で効率的に行うことができると共に、製鋼プロセスにおけるCO2の排出量を低減することのできる溶鉄の脱燐方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
発明者はこれらの問題に鑑み鋭意研究を重ねた結果、CaO、SiO2およびFeOを主成分とするスラグにおいて、燐分配比LPを高い値で維持することのできる領域が、低塩基度C/S域に出現すること、さらに燐分配比LPを高い値で維持することのできる塩基度C/Sの範囲が、スラグ中の全鉄濃度T.Feが低下するほど広くなることを見出した。これは、例えば非特許文献2で報告されているような、塩基度C/Sの低下や全鉄濃度T.Feの低下によって、スラグの燐分配比LPが低下するという従来の製鋼プロセスの常識を覆すものである。
【0025】
前記課題を有利に解決する、本発明に係る溶鉄の脱燐方法は、精錬容器に充填された溶鉄と、該溶鉄上に添加される媒溶剤によって形成されるスラグとの接触によって行われる溶鉄の脱燐方法であって、溶鉄の脱燐処理終了時点において、前記スラグの塩基度C/Sが、該スラグ中の全鉄濃度T.Fe(mass%)を用いた下記式(1)の範囲内になるように制御する、ここで、スラグの塩基度C/Sはスラグ中のSiO2濃度(mass%SiO2)に対するCaO濃度(mass%CaO)の比とする、ことを特徴とする。
0.83+0.018×T.Fe≦C/S≦1.86-0.0455×T.Fe ・・・
(1)
【0026】
また、本発明にかかる溶鉄の脱燐方法は、
(1)前記スラグの全鉄濃度T.Feを、4mass%以上、15mass%未満にすること、
(2)脱燐処理中の前記スラグの塩基度C/Sを、該スラグ中の全鉄濃度T.Fe(mass%)を用いた上記式(1)の範囲内になるように制御すること、
(3)CaO含有物質からなる前記媒溶剤の少なくとも一部を、上吹きランスからの吹錬用酸素と共に溶鉄の浴面へ吹き付ける際の、該吹錬用酸素の供給速度FO2(Nm3/(min・t))と、前記CaO含有物質のCaO純分換算供給速度FCaO(kg/(min・t))との比FCaO/FO2(kg/Nm3)を3.5以下とすること、
(4)前記媒溶剤の溶鉄の浴面への吹き付けを、溶鉄の脱燐処理中に継続して行うこと、
が、より好ましい解決手段になり得るものと考えられる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、スラグを用いた溶鉄の脱燐を行うにあたり、低塩基度C/S域において、少ないスラグ量で効率的に燐を除去することができ、また、スクラップなどの冷鉄源を原料として用いる場合にも、該原料を溶解するための熱裕度を確保することができ、CO2の排出量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の方法を実施するための装置の一例を示す模式図である。
【
図2】低スラグ全鉄濃度T.Fe域における塩基度C/Sと燐分配比L
Pとの関係に与える脱燐方法の影響を示すグラフである。
【
図3】高スラグ全鉄濃度T.Fe域における塩基度C/Sと燐分配比L
Pとの関係に与える脱燐方法の影響を示すグラフである。
【
図4】低塩基度C/S側に見られる高燐分配比L
P領域において、該領域が出現する塩基度C/Sの上限及び下限をスラグ中の全鉄濃度T.Feを用いて示したグラフである。
【
図5】上吹きランスから溶鉄に吹き付けるCaO供給速度F
CaOと酸素ガス供給速度F
O2の比(F
CaO/F
O2)が燐分配比L
Pに与える影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。なお、各図面は模式的なものであって、現実のものとは異なる場合がある。また、以下の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであり、構成を下記のものに特定するものではない。すなわち、本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0030】
図1は、本発明の溶鉄の脱燐方法を実施するための装置の一例であり、精錬容器として転炉を用いた場合を示す。転炉設備1は、外殻が鉄皮3で構成され、鉄皮3の内側に耐火物4が施工された転炉2と、この転炉2の内部に挿入され、上下方向に移動可能な上吹きランス5と、を備えている。
【0031】
転炉2の上部には、脱燐処理終了後に処理後の溶鉄16を出湯するための出湯口6が設けられている。また、転炉2の炉底部には、撹拌用ガスを吹き込むための底吹き羽口7が設けられている。底吹き羽口7は、ガス導入管(図示せず)と接続されている。
【0032】
転炉2の上方には、転炉2から発生する排ガスを集めるためのフード8と、各種の精錬剤を転炉2の内部に投入するための原料添加装置9が設けられている。原料添加装置9は、例えば、ホッパー10と、ホッパー10の下部に設置される切り出し装置11と、切り出し装置11につながりフード8を貫通するシュート12等からなる。なお、
図1では、一例として、プリメルト脱燐用媒溶剤19を収容するホッパー10が、1基のみ設けられているが、実際には複数基のホッパーが設置されており、そのうちの1つには、CaOを主成分とする脱燐用媒溶剤が収容されている。
【0033】
上吹きランス5には、脱燐精錬用の酸素ガス(工業用純酸素ガス)を供給するための酸素ガス供給管13と、上吹きランス5を冷却するための冷却水を供給・排出する冷却水給排水管(図示せず)と、脱燐用媒溶剤18を供給するための媒溶剤供給管14が接続されている。なお、酸素ガス供給管13と媒溶剤供給管14は、上吹きランス5の上部位置で合流している。
【0034】
加圧式ディスペンサー15から媒溶剤供給管14に押し出された生石灰などのCaOを主成分とする粉状の脱燐用媒溶剤18は、媒溶剤供給管14内を流れる搬送ガスによって、酸素ガス供給管13から供給される酸素ガスとともに上吹きランス5の先端から炉内の溶鉄16に向けて吹き付け添加される。なお、本実施形態では、脱燐用媒溶剤18が酸素ガスと共に、溶鉄16の浴面との衝突位置(以下、「火点」という。)に添加される。
【0035】
精錬容器として転炉2を用いた場合、溶鉄16に対する脱燐処理は、(a)転炉2内に必要に応じて鉄スクラップなどの冷鉄源を装入した後、溶銑を装入し、底吹き羽口7からArガスや窒素ガスなどの不活性ガスを攪拌用ガスとして吹き込みながら、上吹きランス5から酸素ガスとともにCaOを主成分とする粉状の脱燐用媒溶剤18を溶鉄16に吹き付け添加する方法、または、(b)上吹きランス5から酸素ガスとともに粉状の脱燐用媒溶剤18を吹き付け添加するとともに、原料添加装置9から塊状の脱燐用媒溶剤19を溶鉄16の浴面に上置き添加する方法、により実施する。
【0036】
溶鉄16からの脱燐反応では、まず、溶鉄16に含有される燐が、上吹きランス5から吹き付けられた酸素ガスによって酸化されて燐酸化物(P2O5)となる。その燐酸化物が、炉内に添加された粉状の脱燐用媒溶剤18や塊状の脱燐用媒溶剤19の滓化によって形成されるスラグ17内にCaOとの化合物として固定されることで溶鉄16からの脱燐反応が進行する。
【0037】
このような脱燐処理に対し、発明者はまず、
図1と類似した小型誘導溶解炉を用いた脱燐装置により脱燐処理を行い、塩基度C/Sや全鉄濃度T.Feが、スラグの燐分配比L
Pに及ぼす影響について詳細な検討を行った。
なお、脱燐処理は、
<脱燐方法1>上吹きランス5から酸素ガスのみを溶鉄16に吹き付け、脱燐用媒溶剤19として塊状CaOを初期に全量、一括で添加する方法と、
<脱燐方法2>上吹きランス5から酸素ガスと脱燐用媒溶剤18として粉状CaOを同時に溶鉄16に吹き付けると共に、初期に脱燐用媒溶剤19として塊状CaOを一括で添加する方法、
の2通りで行った。
【0038】
なお、脱燐方法1および脱燐方法2において、供給されたCaOの総量:T.CaO(kg/t)は同じとした。また、スラグ中の全鉄濃度T.Feは、上吹きランス5から供給される酸素ガスの供給速度と、底吹き羽口7から供給されるArガスの供給速度とを変化させることで制御した。
また、実験温度はいずれも1300℃とし、燐分配比LPは、溶鉄16中の燐濃度が変化しなくなった時点での、溶鉄16中の燐濃度[%P](mass%)と、スラグ17中の燐濃度(%P)(mass%)により求めた。
【0039】
その結果、
図2に示すようにスラグ中の全鉄濃度T.Feが3.6~5.8mass%の場合に、脱燐方法1および脱燐方法2ともに、塩基度C/Sが0.8~1.8の低い領域において、高燐分配比L
Pとなる領域が存在し、燐分配比L
Pが、脱燐方法1では10の2乗付近、脱燐方法2では10の4乗付近と極めて高い値を示すことが分かった。
【0040】
また、
図3に示すようにスラグ中の全鉄濃度T.Feが15~18mass%の場合にも、脱燐方法1および脱燐方法2ともに、塩基度C/Sが1.0~1.4の低い領域において、高燐分配比L
Pとなる領域が存在し、燐分配比L
Pが、脱燐方法1では10の2乗付近、脱燐方法2では10の4乗付近と極めて高い値を示すことがわかった。
【0041】
以上の結果より、脱燐方法1および脱燐方法2のいずれにおいても、塩基度C/Sが低い領域で、高燐分配比LPとなる領域が存在し、スラグ中の全鉄濃度T.Feが低い程、広い塩基度C/S範囲で、高燐分配比LPを維持することができることがわかった。
【0042】
また、
図2および
図3により、脱燐方法2による脱燐処理を行うことで、脱燐方法1よりも高い燐分配比L
Pを得ることができることも分かった。この理由については、現時点では明確ではないが、発明者は以下のような推定をしている。
脱燐方法2は、2000℃以上の加熱によって溶鉄の全量がFeOになっていると考えられる火点に粉状CaOを供給する方法であるため、火点では高い燐分配比L
Pを持つCaO-FeO系のスラグが形成される一方、その周辺では、火点位置のスラグよりも燐分配比L
Pが低いCaO-SiO
2―FeO系のスラグが形成される。したがって、系全体の脱燐は、火点周辺のスラグ中に燐を保持できるかが問題となる。なお、火点と火点周辺におけるスラグの燐分配比L
Pの差は、スラグの酸素分圧が影響していると考えられる。
一方、脱燐方法1では、火点において高い燐分配比L
Pを持つCaO-FeO系スラグは形成されず、CaO-SiO
2-FeO系スラグと溶鉄の界面平衡により脱燐が進行する。その際、スラグと溶鉄(メタル)の界面の酸素分圧が影響を及ぼしていると考えられる。
一般的に、スラグの酸素分圧は、スラグと溶鉄(メタル)の界面の酸素分圧よりも高く、界面の酸素分圧は、スラグと溶鉄の酸素分圧の中間程度の値と言われている。そのため、今回確認された脱燐方法1と脱燐方法2の燐分配比L
Pの差は、この酸素分圧の差(系全体の脱燐を決める酸素分圧の値が、スラグの酸素分圧であるか、界面の酸素分圧であるか)が影響しているものと考えられる。
【0043】
次に、発明者は、低塩基度C/S側に出現する高燐分配比LP領域について、スラグの全鉄濃度T.Feによる影響を調査した。具体的には、脱燐処理において一般的な塩基度C/S:2.0~2.5の範囲で得られる燐分配比LPを基準とし、低塩基度C/S側で、その燐分配比LP以上となる塩基度C/Sの上下限をスラグの全鉄濃度T.Feを用いて求めた。
【0044】
その結果を
図4に示す。
図4に示すように、低塩基度C/S側において、その燐分配比L
Pが、塩基度C/Sが2.0~2.5の範囲で得られる値以上になる塩基度C/Sの上下限は、脱燐方法1および脱燐方法2ともに、スラグの全鉄濃度T.Feを用いた直線回帰式で表すことができ、脱燐処理後の塩基度C/Sを、下記式(1)の範囲を満たすように制御することで、高い燐分配比L
Pを得ることができることがわかった。
0.83+0.018×T.Fe≦C/S≦1.86-0.0455×T.Fe ・・・
(1)
ここで、塩基度C/Sが2.0~2.5の範囲で得られる燐分配比L
Pの値とは、当該範囲で得られた燐分配比L
Pの平均値や、当該範囲における最大値等であり、とくに限定されない。
【0045】
また、スラグの全鉄濃度T.Feが高いほど、塩基度C/Sの上下限の幅が狭くなり、全鉄濃度T.Feが16mass%を超えると、塩基度C/Sが2.0~2.5の範囲で得られる燐分配比LP以上の値を得ることはできなかった。
【0046】
スラグの全鉄濃度T.Feが15mass%以上の場合、
図4中の直線回帰式から得られる塩基度C/Sの上下限の値のおよそ中間で、燐分配比L
Pが一旦低下する領域が存在し、
図3に示すように塩基度C/Sが1.0付近および1.2付近に燐分配比L
Pが10の4乗付近を示す2つのピークが存在している。そのため、燐分配比L
Pが、塩基度C/S=2.0~2.5の範囲で得られる値以上となる塩基度C/Sの範囲は、極めて狭くなる。したがって、精錬容器内に投入するCaO分と、発生及び投入するSiO
2分から計算される塩基度C/Sと実績の塩基度C/Sとの間に多少の乖離が発生する実操業においては、そのバラツキの大きさによって、安定して狙った範囲内の塩基度C/Sに到達させることが難しく、そのため、スラグの全鉄濃度T.Feは15mass%未満とするのが好ましい。
【0047】
また、脱燐処理中の塩基度C/Sについても、上記式(1)の範囲を満たすように制御することで、脱燐処理後においてより高い燐分配比LPを得ることができる。
【0048】
次に発明者は、
図4の直線回帰式により決定される塩基度C/Sの範囲内において、上吹きランスからの吹錬用酸素の供給速度F
O2(Nm
3/(min・t))と、上吹きランスからのCaO含有物質のCaO純分換算供給速度F
CaO(kg/(min・t))の比であるF
CaO/F
O2(kg/Nm
3)を、0.1~4.0の範囲で変化させ、F
CaO/F
O2が燐分配比L
Pに与える影響について調査した。その結果を
図5に示す。
図5に示すように、F
CaO/F
O2が2.5ないし3.0の場合に、燐分配比L
Pが最も高くなり、2.5よりも小さい、または3.0よりも大きくなると燐分配比L
Pが低下することがわかった。
【0049】
この理由としては、脱燐反応が下記式:
2P+3CaO+5FeO=3CaO・P
2O
5+5Fe
Fe+1/2O
2=FeO
からなると考えると、反応式上、脱燐を行う場合のCaOとO
2の比であるCaO/O
2は、化学量論的には3.0kg/Nm
3となる。F
CaO/F
O2は、CaO/O
2と同義であるので、F
CaO/F
O2が3.0よりも大きい場合には、脱燐反応に寄与しない過剰なCaOが火点へ供給され、スラグ量が増加したために燐分配比L
Pが低下したものと考えられる。一方、F
CaO/F
O2が3.0よりも小さい場合は、反応に寄与するCaOの減少によって燐分配比L
Pが低下したものと考えられる。しかし、F
CaO/F
O2が3.0よりも大きい場合、およびF
CaO/F
O2が3.0よりも小さい場合の燐分配比L
Pの低下幅は、
図2に示すような燐分配比L
Pが10の4乗近辺で高位安定している時のバラツキ程度でしかないと考えることができる。したがって、上吹きランスから吹錬用酸素と共にCaO含有物質を溶鉄に吹き付ける場合(脱燐方法2)のF
CaO/F
O2は、3.5以下であることが好ましく、より好ましくは3.0以下、さらに好ましくは0.5~3.0の範囲である。F
CaO/F
O2を3.5以下とすることで、スラグ量の増加が抑制されて、高い燐分配比L
Pを得ることができ、高い脱燐能力を発揮することができる。F
CaO/F
O2の下限値についてはとくに限定されないが、燐分配比L
pが10の4乗程度となるように0.5以上とすることが好ましい。
【0050】
また、上吹きランスから吹錬用酸素と共にCaO含有物質を溶鉄へ吹き付ける場合(脱燐方法2)、処理期間中CaOの吹き付けは、途中で中断せず、継続して行うことが好ましい。これは、CaOの吹き付けを中断した場合、燐分配比L
Pが、
図2および
図3に示す脱燐方法2における値から、脱燐方法1における値にまで低下し、また脱燐反応速度が下記式:
d[%P]/dt=K{[%P]-(%P)/L
P}
で表されることから、脱燐速度の低下を招くことになるためである。
【0051】
なお、本発明において、使用するスラグは、CaO、SiO2およびFeOが主成分であれば、例えばAl2O3やMgO、MnO、Sなどの他成分が混在していてもよく、CaO、SiO2およびFeOの成分濃度の合計が60mass%以上であることがより好ましい。また、FeO濃度を分析していない場合には、スラグの全鉄濃度T.Feを全量FeOとして扱ってもよい。また、低塩基度C/S側で見られる高燐分配比LP領域は、溶銑、溶鋼を問わずに発生することを確認している。
【実施例0052】
本実施例では、Si濃度が0.5mass%、P濃度が0.15mass%の溶銑300tを転炉に装入し、該溶銑に対して塩基度C/Sが1.0のスラグと塊状CaOをホッパーから添加すると共に、上吹きランスから酸素ガスを吹き付け、底吹き羽口からはN2ガスを吹き込むことで攪拌を行いながら脱珪処理を行った。
脱珪処理終了後、転炉を傾動させ、炉内のスラグを一部排滓し、その後転炉を再び直立させ、脱燐処理を4.5min行った。なお、脱燐処理前の溶銑のSi濃度は0.05mass%、P濃度は0.127mass%、炉内残留スラグは20kg/t-溶銑、塩基度C/Sは1.0であった。
【0053】
脱燐吹錬中、上吹きランスからの酸素ガスの供給速度FO2は2.2Nm3/(min・t)とし、その時の上吹きランスノズル先端から湯面までの高さは2.0~2.5mで制御した。また、底吹き羽口からはN2ガスを0.12~0.26Nm3/(min・t)の供給速度で溶銑中に吹き込んで、溶銑の攪拌を行った。上記に従い、下記試験No.1~6について脱燐処理を行い、脱燐処理後の塩基度C/S、スラグ全鉄濃度T.Fe(mass%)、脱燐処理中の酸素供給速度とCaO供給速度との比:FCaO/FO2(kg/Nm3)および溶銑中のP濃度(mass%)を求めた結果を表1に示す。
【0054】
試験No.1では、脱燐処理開始時に、脱燐処理後の塩基度C/Sが2.0となるようにホッパーから塊状CaOを添加した。脱燐終了時、スラグの全鉄濃度T.Feは18mass%となり、鉄歩留まりが低下する結果となった。また、温度は1350℃、溶銑中のP濃度は0.144mass%であり、脱燐処理中に0.017%の復燐が生じていた。
【0055】
試験No.2では、脱燐処理開始時に、脱燐処理後の塩基度C/Sが1.1となるようにホッパーから塊状CaOを添加した。脱燐終了時のスラグの全鉄濃度T.Feは14.5mass%、温度は1350℃、溶銑中のP濃度は0.088mass%であった。試験No.1から塩基度C/Sを、ほぼ半減させたにも関わらず、全鉄濃度T.Feが低下し、脱燐量が0.056mass%増加した。
【0056】
試験No.3では、脱燐処理開始時に、脱燐処理後の塩基度C/Sが1.45となるようにホッパーから塊状CaOを添加した。脱燐終了時のスラグの全鉄濃度T.Feは8.0mass%、温度は1350℃、溶銑中のP濃度は0.033mass%であった。試験No.1から塩基度C/Sを低下させたにも関わらず、全鉄濃度T.Feがほぼ半減し、脱燐量が0.111mass%増加した。
【0057】
試験No.4では、脱燐処理時に、脱燐処理後の塩基度C/Sが1.8となるように上吹きランスから酸素ガスと共に、粉状CaOを1.96kg/min/tの供給速度で溶銑に吹き付け続けた。脱燐終了時のスラグの全鉄濃度T.Feは18mass%となり鉄歩留まりが低下する結果となった。また、温度は1360℃、溶銑中のP濃度は0.030mass%であり、脱燐処理中に0.097mass%の脱燐が生じた。
【0058】
試験No.5では、脱燐処理時に、脱燐処理後の塩基度C/Sが1.45となるように上吹きランスから酸素ガスと共に、粉状CaOを1.5kg/(min・t)の供給速度で溶銑に吹き付けたが、脱燐処理途中でCaOの吹き付けを終了した。脱燐処理終了時のスラグの全鉄濃度T.Feは8mass%、温度は1380℃、溶銑中のP濃度は0.015mass%であった。試験No.4よりも塩基度C/Sを低下させたにも関わらず、スラグの全鉄濃度T.Feがほぼ半減し、脱燐処理後の溶銑中のP濃度が半減し、また、脱燐処理後の温度が20℃増加して熱裕度が向上する結果となった。
【0059】
試験No.6では、脱燐処理時に、脱燐処理後の塩基度C/Sが1.45となるように上吹きランスから酸素ガスと共に、粉状CaOを1.5kg/(min・t)の供給速度で溶銑に吹き付けた。なお、粉状CaOの吹き付けは、脱燐処理の全期間にわたって行った。脱燐終了時のスラグの全鉄濃度T.Feは8mass%、温度は1380℃、溶銑中のP濃度は0.010mass%であった。試験No.4よりも塩基度C/Sを低下させたにも関わらず、スラグの全鉄濃度T.Feがほぼ半減し、脱燐処理後の溶銑中のP濃度が1/3となり、また、脱燐処理後の温度が20℃増加して熱裕度が向上する結果となった。
【0060】