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特開2023-147325新規なクエン酸生産菌、及びクエン酸の製造方法
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  • 特開-新規なクエン酸生産菌、及びクエン酸の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147325
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】新規なクエン酸生産菌、及びクエン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/48 20060101AFI20231005BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C12P7/48
C12N1/14 A
C12N1/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022054758
(22)【出願日】2022-03-30
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(71)【出願人】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桐村 光太郎
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 育哲
(72)【発明者】
【氏名】吉川 修
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD10
4B064CA05
4B064CD19
4B064CD24
4B064DA10
4B065AA60X
4B065AC14
4B065BA22
4B065BB18
4B065BB26
4B065BC41
4B065CA10
4B065CA41
(57)【要約】
【課題】様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物を提供すると供に、該微生物を用いるクエン酸の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物の探索を行い、アスペルギルス・ラクティコフィアタスWU-2020株による種々の培養方法での高クエン酸生産を達成した。とくに、WU-2020株は固体培養や半固体培養で高い収率でクエン酸生産が可能である。具体的には、本発明は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含む、クエン酸の製造方法を提供する。
【選択図】図1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
独立行政法人製品評価技術基盤機構に受領番号NITE AP-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含むことを特徴とする、クエン酸の製造方法。
【請求項2】
前記培養が固体培養であって、前記固体培養における培地の培養基質が、バイオマス原料であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記バイオマス原料が、キャッサバ粕と米ぬかとの混合物、トウモロコシ、サトウキビ、小麦、大麦から選択されることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記培養が半固体培養であって、前記半固体培養における培地の培養基質の炭素源が、グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、セロビオース、キシロビオース、デンプン、可溶性デンプン若しくはキシラン、又はこれらの組合わせから選択されることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記培養が半固体培養であって、前記半固体培養における培地の担体が、バガス、ワラ、イナワラ、ムギワラ、木綿繊維、濾紙、パルプ、裁断した紙類、ミカン果皮乾燥物(陳皮)、リンゴの果皮及び/又は芯部の乾燥物、グラスウール、若しくは、紡毛糸、又は、これらの組合わせから選択されることを特徴とする、請求項1又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記培養が液体培養であって、前記液体培養における培地が、SLZ培地であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
前記培養が液体培養であって、前記液体培養が、増粘剤を添加する工程をさらに含むことを特徴とする。請求項1又は6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記増粘剤が、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン、カラギーナン、寒天、又はポリエチレンテレフタレートから選択されることを特徴とする、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
独立行政法人製品評価技術基盤機構に受領番号NITE AP-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なクエン酸生産菌を使用したクエン酸の製造方法、及び、該クエン酸生産菌に関する。
【背景技術】
【0002】
クエン酸は、柑橘類などに含まれる有機化合物で、ヒドロキシ酸のひとつである。爽やかな酸味を持つことから食品添加物として多用される。また、クエン酸を摂取すると運動時に嫌気呼吸が起こらないために乳酸が生成されず疲れにくいとされているところから、サプリメントとしても多用される。
【0003】
クエン酸は工業的な発酵生産により供給されており、クエン酸発酵生産には、おもにアスペルギルス属の糸状菌(カビ)、おもにクロコウジカビ(Aspergillus section Nigri)の菌株が使用されている。一方、クエン酸生産能力とともに、使用する菌株により最適な培養方法が異なり、実際の生産現場でも、固体培養、半固体培養、および液内振とう培養など様々な培養方法が行われている。
【0004】
クエン酸生産菌として、(1)サツマイモデンプン加水分解物を原料として固体培養で収率54%のクエン酸を生産するアスペルギルス・ニガー(非特許文献1)、(2) キャッサババガスを原料として液内培養で収率22.3%のクエン酸を生産するアスペルギルス・ニガー NRRL2001(非特許文献2)、(3)可溶性デンプンを含有する合成培地を用い半固体培養で収率46.3%のクエン酸を生産するアスペルギルス・ニガー GCMC-7(非特許文献3)、(4)サトウキビバガスを原料として固体培養で収率38.1%のクエン酸を生産するアスペルギルス・ニガー DS 1(非特許文献4)、(5)糖蜜を原料として液内培養で収率64.1%のクエン酸を生産するアスペルギルス・ニガー GCMC-7(非特許文献5)、及び、(6)てん菜糖蜜を原料として液内培養で収率70.9%のクエン酸を生産するアスペルギルス・ニガー W5(非特許文献6)等の糸状菌菌株が報告されている。
【0005】
一方、近年、低コスト化や持続可能な生産のため、未利用バイオマス資源からのクエン酸生産が重要となっている。しかし、これらの資源の形状は様々であり、利用する資源により培養方法が異なり、これまでの菌株では培養方法ごとに変更が必要となっていた。また、固体培養(半固体培養を含む)は液体培養に比べて不純物などのストレスの影響が出にくいため、新規な固体培養に適した菌株がとくに重要である。
【0006】
そこで、様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物の提供が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Betiku, E. et al., Biomass and Bioenergy 55, 350-354 2013
【非特許文献2】Vandenberghe, L.P.S. et al., Bioresource Technology 74 (2), 175-178, 2000
【非特許文献3】Haq, I.-U. et al., Process Biochemistry 38 (6), 921-924, 2003
【非特許文献4】Kumar, D. et al., Process Biochemistry 38 (12), 1731-1738, 2003
【非特許文献5】Haq, I.-U. et al., Bioresource Technology 93 (2), 125-130, 2004
【非特許文献6】Lotfy, W.A. et al., Bioresource Technology 98 (18), 3464-3469, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物を提供すると供に、該微生物を用いるクエン酸の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明では、様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物の探索を行い、アスペルギルス・ラクティコフィアタスWU-2020株による種々の培養方法での高クエン酸生産を達成した。とくに、WU-2020株は固体培養や半固体培養で高い収率でクエン酸生産が可能である。
【0010】
具体的には、本発明は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受領番号NITE AP-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含む、クエン酸の製造方法を提供する。
【0011】
本発明の製造方法において、前記培養が固体培養であって、前記固体培養における培地の培養基質が、バイオマス原料である場合がある。
【0012】
本発明の製造方法において、前記バイオマス原料が、キャッサバ粕と米ぬかとの混合物、トウモロコシ、サトウキビ、小麦、大麦から選択される場合がある。
【0013】
本発明の製造方法において、前記培養が半固体培養であって、前記半固体培養における培地の培養基質の炭素源が、グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、セロビオース、キシロビオース、デンプン、可溶性デンプン若しくはキシラン、又はこれらの組合わせから選択される場合がある。
【0014】
本発明の製造方法において、前記培養が半固体培養であって、前記半固体培養における培地の担体が、バガス、ワラ、イナワラ、ムギワラ、木綿繊維、濾紙、パルプ、裁断した紙類、ミカン果皮乾燥物(陳皮)、リンゴの果皮及び/又は芯部の乾燥物、グラスウール、若しくは、紡毛糸、又は、これらの組合わせから選択される場合がある。
【0015】
本発明の製造方法において、前記培養が液体培養であって、前記液体培養における培地が、SLZ培地である場合がある。
【0016】
本発明の製造方法において、前記培養が液体培養であって、前記液体培養が、増粘剤を添加する工程をさらに含む場合がある。
【0017】
本発明の製造方法において、前記増粘剤が、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン、カラギーナン、寒天、又はポリエチレンテレフタレートから選択される場合がある。
【0018】
また、本発明は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受領番号NITE AP-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物を提供すると供に、該微生物を用いるクエン酸の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】WU-2020株を含むAspergillus section Nigriグループの系統樹を表す。各株のrRNA-ITS、β-tubulin遺伝子およびcalmodulin遺伝子を基にNeighbor-joining法で作製した。各分岐に記載された数字はブートストラップ値(n = 1000)を表し、60 以上の値のみを記載している。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.クエン酸の製造方法
本発明の実施形態の1つは、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受領番号NITE AP-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含む、クエン酸の製造方法である。
【0022】
そこで本発明では、様々な培養方法で高収率のクエン酸生産が可能な微生物の探索を行い、アスペルギルス・ラクティコフィアタスWU-2020株による固体培養法、半固体培養法及び液体培養法などの種々の培養方法での高クエン酸生産を達成した。とくに、WU-2020株は固体培養や半固体培養で高い収率でクエン酸生産が可能である。
【0023】
(1) 固体培養によるクエン酸産生
「固体培養法」又は「固体培養」とは、一般に使用される意味で本明細書で使用される。すなわち、固体培養とはその名の通り、少量の水分を含む固体状の物質表面あるいは内部に微生物を生育させる培養法として利用される。
【0024】
こうした固体培養を産業的に利用しようとした場合、伝統的な醸造食品製造のように培養基質と菌体を含む培養物そのものを利用できる、呼吸のための酸素は大気から直接利用できるため液体培養のような酸素供給のための動力を必要としない。培養基質として安価なバイオマス原料を利用することができ低コスト、低水分のため生産物当たりの培養槽が小さくて済む、といった利点がある。
【0025】
本明細書において、「バイオマス原料」とは、一般に使用される意味で本明細書で使用される。すなわち、動植物から生まれた、再利用可能な有機性の資源(石油などの化石燃料を除く)のことを言う。一般には、主に木材、海草、生ゴミ、紙、動物の死骸・ふん尿、プランクトンなどを指す。
【0026】
本発明の製造方法において、前記培養が固体培養のとき、前記固体培養における培地の培養基質の例として、バイオマス原料である場合がある。
【0027】
本発明において、前記バイオマス原料の例としては、キャッサバ粕と米ぬかとの混合物、トウモロコシ、サトウキビ、小麦、大麦から選択できる。
【0028】
(2) 半固体培養によるクエン酸産生
本明細書において、「半固体培養法」又は「半固体培養」とは、一般に使用される意味で使用される。すなわち、半固体培養は、担体に液体培地を含浸させたものを半固体培地として用いて培養することを言う。
【0029】
半固体培養を用いたクエン酸の製造に用いる培地は、グルコースが230g/Lまでの糖濃度でクエン酸を生産可能である。
【0030】
また、半固体培養を用いたクエン酸の製造に用いる培地の炭素源の例としては、グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、セロビオース、キシロビオース、デンプン、可溶性デンプン若しくはキシラン、又はこれらの組合わせなどが利用可能である。
【0031】
また、半固体培養を用いたクエン酸の製造に用いる培地の塩類の組成の例としては、無機窒素塩については、硫酸アンモニウムをはじめアンモニウム塩などが利用可能である。
【0032】
また、半固体培養を用いたクエン酸の製造に用いる培地のpHとしては、2.70~5.70の間で利用可能である。
【0033】
また、半固体培養を用いたクエン酸の製造に用いる培地の担体の例としては、バガス、ワラ(イナワラ、ムギワラ、他)、木綿繊維、濾紙やパルプ、新聞紙などの紙類の裁断したもの、ミカン果皮乾燥物(陳皮)、リンゴ果皮や芯部の乾燥物、グラスウール若しくは紡毛糸、又はこれらの組合わせなどが利用可能である。
【0034】
(3) 液体培養によるクエン酸産生
本明細書において、「液体培養法」又は「液体培養」とは一般に使用される意味で使用される。すなわち、液体培養は、主に微生物を、炭素源、窒素源、塩類などの生育に必要な物質を含む水溶液(培養液)で培養する手法であり、培養液を寒天などで固化した固体培養に対する用語として使用される。
【0035】
本発明の製造方法において、前記培養が液体培養であって、前記液体培養における培地の例として、SLZ培地を使用できる。
【0036】
本発明の製造方法において、前記培養が液体培養であって、前記液体培養が、増粘剤を添加する工程をさらに含むことができる。
【0037】
本発明の製造方法において、前記増粘剤の例として、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン、カラギーナン、寒天、及びポリエチレンテレフタレートを挙げることができる。
【0038】
増粘剤濃度としては、1.0~10.0 g/Lで利用可能であり、2.0~6.0 g/Lが好適である。
【0039】
2.アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株
本発明のもう1つの実施形態は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受領番号NITE AP-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株である。
【0040】
本発明に係る微生物は、アスペルギルス・ラクティコフィアタスに帰属すると推定されるものであり、株名はWU-2020株である。また、本発明に係る微生物は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(〒292-0 818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に受領されており、その受領番号はNITE AP-03551である。
【0041】
なお、本発明に係る微生物については、高いクエン酸産生能力を有しつつ、紫外線照射や放射線照射などの公知の手法にて変異をさせた変異株や、自然界において変異した変異株も含まれるものである。
【0042】
本発明のアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株を用いることによって、固体培養、半固体培養又は液体培養などの各種培養条件で、高い収率でクエン酸を産生することができる。
【0043】
以下、実施例で詳細に説明する。なお、本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例0044】
<クエン酸産生菌の単離>
日本各地から採取した土壌を試料としてクエン酸生産菌、とくに糸状菌を探索した。
【0045】
分離用培地としては、下記の選択用寒天培地Aと選択用寒天培地Bを使用した。改変CD培地は、Czapek-Dox最少培地の炭素源をグルコース30 g/Lから90 g/Lに替えたもので、以下の組成である。グルコース 90 g、硝酸ナトリウム 2 g、リン酸二水素カリウム 1 g、硫酸マグネシウム七水和物 0.5 g、硫酸鉄七水和物 0.01 g、塩化カリウム 0.5 gを 1 Lのイオン交換水に溶解したもの。塩酸でpHを6.0に調整した。この改変CD培地に、寒天 20 g/Lとなるように添加したものを選択用寒天培地Aと称する。
【0046】
選択用寒天培地Bとしては、改変SLZ培地に寒天 30 g/Lを添加して凝固させたものを使用した。すなわち、SLZ培地の各成分を2倍濃度とし(グルコース濃度240 g/L;終濃度120 g/L)、オートクレーブで蒸気滅菌した後、クエン酸 50 g/Lを添加した。この500 mLを約40 ℃まで冷却した(A溶液)。一方、寒天 60 gを1 Lのイオン交換水に懸濁し、オートクレーブで蒸気滅菌した後、約40 ℃まで冷却した(B寒天懸濁液)。A溶液5 mLとB寒天懸濁液 5 mLを約40 ℃で混合し、内径15 cmのシャーレ(ペトリ皿)に入れ、常温で固化させた。これを選択用寒天培地Bと称する。SLZ培地の組成は、グルコース 120 g/L、硫酸アンモニウム 3 g/L、リン酸二水素カリウム 1 g/L、リン酸水素二カリウム 1 g/L、硫酸マグネシウム七水和物 0.50 g/L、硫酸マンガン五水和物 0.22 g/L、塩化鉄六水和物 0.010 g/L、塩化亜鉛 0.075 mg/Lから成り、pHを3.0に調整したものである。
【0047】
20 mL容量の試験管に生理食塩水 5 mLを分注し、0.01 g の土壌を添加した。ボルテックスミキサーで回転振とうしながら3分間撹拌し、5分間静置し、上部の懸濁液0.1 mLを上述の選択用寒天培地Aに接種した。30 ℃で7日間静置培養し、出現した集落を選択用寒天培地Aに移植した。移植した選択用寒天培地A上でさらに7日間静置培養し、黒い胞子を付ける糸状菌(カビ)を選択した。純粋分離するため、取得した糸状菌の胞子を白金耳で採取し、生理食塩水に懸濁し、この懸濁液0.1 mLを通常のCzapek-Dox寒天培地(注:グルコース 30 g/L)に接種し、7日間静置培養して単一の集落を分離した。この操作をさらに2回繰り返し、純粋分離の操作を行った糸状菌として100株を取得し、さらにつぎの選択試験に供した。
【0048】
純粋分離の操作を行った糸状菌の胞子を白金耳で採取し、生理食塩水に懸濁し、この懸濁液0.1 mLを選択用寒天培地Bに接種した。30 ℃で3日間静置培養し、集落を形成するものとして20株を選択した。さらに、選択した20株について、通常のCzapek-Dox寒天培地(注:グルコース 30 g/L)に接種して30 ℃で7日間静置培養した。培養後、形成された胞子を白金耳で採取し、生理食塩水に懸濁し、この懸濁液0.1 mLを選択用寒天培地Bに接種した。30 ℃で3日間静置培養し、集落を形成するものとして10株を選択した。
【0049】
選択した10株をについて、バガスを担体としたクエン酸生産試験を行い、グルコースやスクロースで収率50%以上のクエン酸生産量を示す株として、WU-2020株を選択した。
【0050】
WU-2020株はアスペルギルス属糸状菌の形態を示し、黒い胞子(分生子)形成することから、アスペルギルス・セクション・ニグリ(Aspergillus Section Nigri、クロコウジカビ)に属すると考えられた。
【0051】
さらに、WU-2020株については常法に従いゲノムDNAを抽出し、rDNA-ITS、β-tubulin遺伝子およびcalmodulin遺伝子の領域をPCRで増幅し、その塩基配列を決定した。以上の三つの遺伝子の部分的な塩基配列を他のアスペルギルス・セクション・ニグリに属する標準株の同遺伝子の配列と比較することで、アスペルギルス・ラクティコフィアタス(Aspergillus lacticoffeatus)と同定された(図1参照)。
【実施例0052】
<固体培養によるクエン酸生産>
アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020の固体培養によるクエン酸生産を以下の通り行った。
【0053】
乾燥キャッサバ粕に対して、5倍重量の水を加え、1日静置する。ろ紙(Whatman No.4)を用いて、ろ液が出なくなるまで吸引ろ過を行い、水分添加キャッサバ粕とする。プラスティック製タッパーに水分添加キャッサバ粕300 gと米ぬか30 gを混合し、110℃、15分間オートクレーブ滅菌し、固体培地とする。合成斜面培地にて形成させたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020の分生子を白金耳にて収集し(約1×106個)、純水 1mLに懸濁して分生子懸濁液を作製する。固体培地50 g当たり、分生子懸濁液を1 ml 植菌し、30℃で3日間培養する。培養後、当初の固体培地の重量に対して5倍容量の純水を用いて、15分間撹拌して抽出液を作製する。抽出液中のクエン酸濃度をクエン酸定量キット(Fキット、ロッシュ・ダイアグノスティクス)を用いて分析する。
【0054】
培地組成は以下の通りである。合成斜面培地はグルコース 90 g/L、硝酸アンモニウム 2 g/L、リン酸二水素カリウム 10g/L、硫酸マグネシウム七水和物 0.5 g/L、硫酸マンガン五水和物 0.022 g/L、硫酸銅五水和物 0.01 g/L、アガー 30 g/Lから成り、pH を6.0 に調整したものである。
【0055】
培養3日における抽出液中のクエン酸濃度を決定した結果、乾燥キャッサバ粕重量1 kg当たり、360 gのクエン酸生産量であった。キャッサバ粕などの未利用バイオマスからの固体培養によるクエン酸生産は過去に報告がない。
【実施例0056】
<半固体培養によるクエン酸生産>
アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020およびアスペルギルス・ラクティコフィアタスCBS101833(注:菌株保存機関におけるアスペルギルス・ラクティコフィアタスの type culture=基準株、菌株保存機関IFMより分譲)の半固体培養によるクエン酸生産を以下の通り行った。
【0057】
合成斜面培地にて形成させたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020あるいはアスペルギルス・ラクティコフィアタス CBS101833の分生子を白金耳にて収集し(約1×106個)、SS培地 1mLに懸濁して分生子懸濁液を作製する。つぎに、分生子懸濁液を15 mLのSS培地を含むバガス(担体)に接種し、30℃で3日間静置して培養する。所定日数培養後にバガスを200mLの温水(60℃)に懸濁し、15分間攪拌する。上記の懸濁液をろ紙(Whatman No.4)にてろ過し、ろ液をクエン酸発酵液とする。
【0058】
培地組成は以下の通りである。合成斜面培地は実施例2に記載の培地組成と同一である。培養試験のためのSS培地はグルコース 140 g/L、硝酸アンモニウム 2 g/L、リン酸二水素カリウム 10 g/L、硫酸マグネシウム七水和物 0.25 g/L、硫酸マンガン五水和物 0.22 g/L,塩化鉄六水和物 0.020 g/Lから成り、pHを4.25に調整したものである。また、培養に用いたバガスは、ふるいを使用して600 μm-250 μmで分級したもの(短い枝状のもの)を2.6 g、250 μm以下で分級したもの(粉状のもの)を1.3 g混合して使用した。同様に、グルコースの代わりに、スクロース、マルトースを用いて半固体培養によるクエン酸生産を行った。
【0059】
アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020およびアスペルギルス・ラクティコフィアタスCBS101833(基準株)のクエン酸発酵液中のクエン酸生産量をHPLC分析により決定した。結果を表1に示す。表1に示すように、アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020は、アスペルギルス・ラクティコフィアタス CBS101833(基準株)に比べ、高いクエン酸生産能力を示した。
【表1】
【実施例0060】
<液体培養によるクエン酸生産>
アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020の液体培養によるクエン酸生産を以下の通り行った。
【0061】
麹汁寒天培地にて形成した供試菌分生子を0.8% (v/v) のTween 80に懸濁し、分生子濃度3×108 個/mLに調製して分生子懸濁液を作製した。つぎに、500 mL容肩付きフラスコ(坂口フラスコ)に分注した60 mLのSLZ培地(組成は実施例1に記載)に上記の分生子懸濁液を1 mL接種し、30℃、120 rpmの往復振盪にて12日間培養した。培養液1 mLを分取し、15000 rpm、15分で遠心分離して得られた上清液をクエン酸発酵液とした。
【0062】
アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020のクエン酸発酵液中のクエン酸生産量をHPLC分析により決定した。アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020は液体培養において、15.4 g/Lのクエン酸を生産した。半固体培養に比べクエン酸生産能力は低いものの、液体培養でもクエン酸生産が可能であった。
【実施例0063】
実施例4の液体培養において、炭素源として可溶性デンプンを使用した場合には、52.0 g/Lのクエン酸を生産した。この値は、グルコースを使用した場合より高い生産量であった。可溶性デンプンを使用した培地のように、培地の粘性が高い場合には、クエン酸生産能力が高くなる傾向が認められた。そこで、半固体培養の場合と同程度の高いクエン酸生産量を達成させるために、液体培地中に増粘剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC、終濃度2.5 mg/mL)を添加して、アスペルギルス・ラクティコフィアタスWU-2020のクエン酸生産を行った。
【0064】
増粘剤を添加した以外、培養方法は実施例4と同様に行った。結果を表2に示す。表2に示すように、増粘剤を添加することで、アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020は、液体培養でも高いクエン酸生産が可能である。
【表2】
図1
【手続補正書】
【提出日】2022-04-01
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0010
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0010】
具体的には、本発明は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含む、クエン酸の製造方法を提供する。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0018
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0018】
また、本発明は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株を提供する。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0021
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0021】
1.クエン酸の製造方法
本発明の実施形態の1つは、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含む、クエン酸の製造方法である。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0039
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0039】
2.アスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株
本発明のもう1つの実施形態は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株である。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0040
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0040】
本発明に係る微生物は、アスペルギルス・ラクティコフィアタスに帰属すると推定されるものであり、株名はWU-2020株である。また、本発明に係る微生物は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(〒292-0 818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されており、その受託番号NITE P-03551である。
【手続補正6】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株の培養を行う工程を含むことを特徴とする、クエン酸の製造方法。
【請求項2】
前記培養が固体培養であって、前記固体培養における培地の培養基質が、バイオマス原料であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記バイオマス原料が、キャッサバ粕と米ぬかとの混合物、トウモロコシ、サトウキビ、小麦、大麦から選択されることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記培養が半固体培養であって、前記半固体培養における培地の培養基質の炭素源が、グルコース、フルクトース、マンノース、キシロース、セロビオース、キシロビオース、デンプン、可溶性デンプン若しくはキシラン、又はこれらの組合わせから選択されることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記培養が半固体培養であって、前記半固体培養における培地の担体が、バガス、ワラ、イナワラ、ムギワラ、木綿繊維、濾紙、パルプ、裁断した紙類、ミカン果皮乾燥物(陳皮)、リンゴの果皮及び/又は芯部の乾燥物、グラスウール、若しくは、紡毛糸、又は、これらの組合わせから選択されることを特徴とする、請求項1又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記培養が液体培養であって、前記液体培養における培地が、SLZ培地であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
前記培養が液体培養であって、前記液体培養が、増粘剤を添加する工程をさらに含むことを特徴とする。請求項1又は6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記増粘剤が、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン、カラギーナン、寒天、又はポリエチレンテレフタレートから選択されることを特徴とする、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
独立行政法人製品評価技術基盤機構に受託番号NITE P-03551で寄託されたアスペルギルス・ラクティコフィアタス WU-2020株。