(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147432
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
C23C 2/12 20060101AFI20231005BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20231005BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231005BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20231005BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
C23C2/12
C22C38/00 301T
C22C38/58
C21D1/18 C
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022054917
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】土井 教史
【テーマコード(参考)】
4K027
4K042
【Fターム(参考)】
4K027AA05
4K027AA23
4K027AB01
4K027AB02
4K027AB05
4K027AB09
4K027AB48
4K027AC52
4K027AC72
4K027AC86
4K027AE02
4K027AE03
4K042AA25
4K042BA06
4K042BA08
4K042CA02
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA12
4K042DA03
4K042DA06
4K042DB02
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD01
4K042DE05
(57)【要約】
【課題】塗料密着性や塗装後耐食性を損なうことなく、耐遅れ破壊性を向上させたホットスタンプ成形体を提供する。
【解決手段】ホットスタンプ成形体1は、鋼基材10と、鋼基材10の上に形成されたAl被膜20とを備え、Al被膜20は、界面層21と、中間層22と、酸化膜層23とを含み、中間層22は、αFeの一部がAl及びSiで置換された構造を有するFe-Al-Si相22aを含み、Fe-Al-Si相22a中のSiの含有量が1~20質量%であり、Ni及びCrの合計の含有量が0.10~5.0質量%であり、酸化膜層23中の炭素及び酸素を除く成分中におけるMgの比率が0.01~80.0質量%であり、XRDによって検出される酸化膜層23のα-Al
2O
3の(1 0 -2)のピーク強度αとγ-Al
2O
3の(1 1 1)のピーク強度γとが下記の関係式を満たす。
γ/(α+γ)≧0.50
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼基材と、
前記鋼基材の上に形成されたAl被膜とを備え、
前記Al被膜は、
前記鋼基材との界面に形成され、αFeの一部がAl及びSiで置換された構造を有する界面層と、
前記界面層の上に形成された中間層と、
前記中間層の上に形成された酸化膜層とを含み、
前記中間層は、αFeの一部がAl及びSiで置換された構造を有するFe-Al-Si相を含み、
前記Fe-Al-Si相は、Ni及びCrの少なくとも一方を含有し、
前記Fe-Al-Si相中のSiの含有量が1.0~20.0質量%であり、Ni及びCrの合計の含有量が0.10~5.0質量%であり、
前記酸化膜層は、Mgを含有し、
前記酸化膜層中の炭素及び酸素を除く成分中におけるMgの比率が0.01~80.0質量%であり、
XRDによって検出される前記酸化膜層のα-Al2O3の(1 0 -2)のピーク強度αとγ-Al2O3の(1 1 1)のピーク強度γとが下記の関係式を満たす、ホットスタンプ成形体。
γ/(α+γ)≧0.50
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度の鋼材を高い寸法精度で成形する方法として、ホットスタンプ(熱間プレス、ホットプレス、ダイクエンチ、プレスクエンチ等とも呼ばれる。)が知られている。ホットスタンプは、鋼板等の鋼材をオーステナイト域に加熱して熱間で成形を行い、成形後の冷却によって所望の特性を得るというものである。
【0003】
ホットスタンプでは、加熱時に鋼材の表面にスケールが生成する場合があり、これを後工程で除去する必要がある。これを回避するため、ホットスタンプ用の鋼材にAlめっきを施してスケールの生成を抑制する技術が知られている。
【0004】
特公昭63-3929号公報には、高温酸化時に低い酸化増量値を示す溶融アルミニウムめっき鋼板の製造方法が開示されている。特許第2943021号公報には、オーステナイトステンレス鋼板帯表面にAlを被覆した後、700~800℃の温度範囲内で、非酸化性雰囲気で拡散熱処理をする、表層にNiAl金属間化合物を有するオーステナイトステンレス鋼板帯の製造方法が開示されている。
【0005】
国際公開第2018/221738号には、鋼材と、Al-Fe金属間化合物層と、酸化膜層とを有し、酸化膜層中にBe、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選択される1種又は2種以上の元素が、酸素を除いた比率で0.01原子%以上80原子%以下含まれるホットスタンプ部材が開示されている。
【0006】
特表2017-536472号公報には、鋼基材と、Alを主成分とする保護被膜とからなる熱間成形用の平鋼製品が開示されている。同公報には、保護被膜が、合計で0.1重量%~0.5重量%の少なくとも1種のアルカリ土類金属又は遷移金属を含み、アルカリ土類金属又は遷移金属の酸化物が熱間成形中に保護被膜の外表面上に形成されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭63-3929号公報
【特許文献2】特許第2943021号公報
【特許文献3】国際公開第2018/221738号
【特許文献4】特表2017-536472号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
Alめっきが施された鋼材をホットスタンプする際、Alが酸化される過程で酸素と大気中の水分とが消費される。このとき放出される水素が鋼材に吸収される場合があり、潜在的な遅れ破壊の原因となり得る。
【0009】
本発明の課題は、塗料密着性や塗装後耐食性を損なうことなく、耐遅れ破壊性を向上させたホットスタンプ成形体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施形態によるホットスタンプ成形体は、鋼基材と、前記鋼基材の上に形成されたAl被膜とを備え、前記Al被膜は、前記鋼基材との界面に形成され、αFeの一部がAl及びSiで置換された構造を有する界面層と、前記界面層の上に形成された中間層と、前記中間層の上に形成された酸化膜層とを含み、前記中間層は、αFeの一部がAl及びSiで置換された構造を有するFe-Al-Si相を含み、前記Fe-Al-Si相は、Ni及びCrの少なくとも一方を含有し、前記Fe-Al-Si相中のSiの含有量が1~20質量%であり、Ni及びCrの合計の含有量が0.10~5.0質量%であり、前記酸化膜層は、Mgを含有し、前記酸化膜層中の炭素及び酸素を除く成分中におけるMgの比率が0.01~80.0質量%であり、XRDによって検出される前記酸化膜層のα-Al2O3の(1 0 -2)のピーク強度αとγ-Al2O3の(1 1 1)のピーク強度γとが下記の関係式を満たす。
γ/(α+γ)≧0.50
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、塗料密着性や塗装後耐食性を損なうことなく、耐遅れ破壊性を向上させたホットスタンプ成形体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態によるホットスタンプ成形体の構成を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2は、α-Al
2O
3の(1 0 -2)とγ-Al
2O
3の(1 1 1)とを含むXRDパターンの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、Alめっき鋼板にホットスタンプを実施した際に形成される酸化膜層の結晶構造に注目し、XRDによる詳細な解析を行った。具体的には、α-Al2O3及びγ-Al2O3に注目して解析を進めた。その結果、Alを主体とするめっき層にMgとNiとを所定量含有させるか、又はMgとCrとを所定量含有させることで、本来ホットスタンプ時の温度域において安定酸化物であるはずのα-Al2O3の形成が抑制され、γ-Al2O3が多く形成されることを見出した。さらに、γ-Al2O3を多く含む酸化膜層とすることによって、大気から吸収する水素量を低減できることを見出した。
【0014】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるホットスタンプ成形体について詳述する。
【0015】
図1は、本発明の一実施形態によるホットスタンプ成形体1の構成を模式的に示す断面図である。ホットスタンプ成形体1は、Alめっきが施された鋼素材をホットスタンプによって成形した成形体である。ホットスタンプ成形体1は、鋼基材10と、鋼基材10の上に形成されたAl被膜20とを備えている。
【0016】
Al被膜20は、鋼基材10との界面に形成された界面層21と、界面層21の上に形成された中間層22と、中間層22の上に形成された酸化膜層23とを含んでいる。
【0017】
本実施形態によるホットスタンプ成形体1のAl被膜20は、Ni及びMgの少なくとも一方と、Mgとを含んでいる。ただし、これらの元素は、Al被膜20の全体に均一に存在するのではなく、Ni及びCrは中間層22に偏在する傾向があり、Mgは酸化膜層23に偏在する傾向がある。また、Ni及びCrはさらに、中間層22のうち、後述するFe-Al-Si相22aに偏在する傾向がある。
【0018】
[界面層]
界面層21は、鋼基材10との界面に形成される。界面層21は、αFeのbcc構造の一部がAl及びSiに置換された構造を有している。
【0019】
界面層21の化学組成は、厚さ方向に沿って変化する分布を有している。界面層21の化学組成は例えば、厚さ方向の平均で、Fe:60.0~98.0質量%、Al:1.0~40.0質量%、Si:1.0~20.0質量%である。界面層21は、Si、Fe、及びAl以外の元素を少量含有していてもよい。界面層21に含まれるSi、Fe、及びAl以外の元素の合計の含有量の上限は、好ましくは5.0質量%であり、より好ましくは3.0質量%であり、さらに好ましくは1.5質量%である。界面層21と鋼基材10との境界が明確ではない場合もあるが、この場合は中間層22の界面から10μmまでの深さの範囲を界面層21として当該範囲の平均の化学組成を求めるものとする。
【0020】
界面層21の化学組成は、Al被膜20の断面を電子線マイクロアナライザ(EPMA)やSEMのエネルギー分解型分光器(EDS)で分析することで測定することができる。
【0021】
界面層21の厚さは、特に限定されないが、例えば5~15μmである。
【0022】
[中間層]
中間層22は、界面層21の上に形成される。中間層22は、Fe-Al-Si相22aと、Al-Fe相22bとを含んでいる。Fe-Al-Si相22aは、界面層21と同様に、αFeのbcc構造の一部がAl及びSiに置換された構造を有している。Al-Fe相22bは、Fe4Al13及びFe2Al5の構造を有している。なお、Al-Fe相22bにも、固溶したSiが存在する場合がある。
【0023】
Fe-Al-Si相22aとAl-Fe相22bとは、Al被膜20の断面をEPMAやSEMのEDSで化学組成を分析することで判別することができる。Fe-Al-Si相22aとAl-Fe相22bとは、X線回折や電子線回折によって結晶構造を分析することで判別することもできる。
【0024】
なお、界面層21とFe-Al-Si相22aとは互いに類似した構造を有しているが、両者は位置によって区別することができる。すなわち、界面層21は鋼基材10との界面に形成されるのに対し、Fe-Al-Si相22aは中間層22の厚さ方向の中間の位置等に形成される。
【0025】
Fe-Al-Si相22a中のSi含有量は、1.0~20.0質量%である。Si含有量が少なすぎると、酸化膜層23が成長し、結果として鋼基材10への水素吸収量が増加する場合がある。一方、Si含有量が多すぎると、中間層22が十分に成長せず、やはり鋼基材10への水素吸収量が増加する場合がある。Fe-Al-Si相22a中のSi含有量の下限は、より好ましくは5.0質量%であり、さらに好ましくは8.0質量%である。Fe-Al-Si相22a中のSi含有量の上限は、より好ましくは18.0質量%であり、さらに好ましくは16.0質量%である。
【0026】
Fe-Al-Si相22a中のFe含有量は、特に限定されないが、例えば30.0~80.0質量%である。Fe-Al-Si相22a中のAl含有量は、特に限定されないが、例えば5.0~50.0質量%である。
【0027】
Fe-Al-Si相22aは、Fe、Al及びSiに加えて、Ni及びCrの少なくとも一方を含有する。
【0028】
Fe-Al-Si相22a中のNi及びCrの含有量は、Ni及びCrの合計で0.10~5.0質量%である。Fe-Al-Si相22a中のNi及びCrの含有量が少なすぎると、α-Al2O3の形成を十分に抑制することができず、γ-Al2O3を多く含む酸化膜層23を形成できない場合がある。一方、Fe-Al-Si相22a中のNi及びCrの含有量が多すぎると、中間層22にクラックが発生しやすくなり、塗料密着性や塗装後耐食性が低下する場合がある。Fe-Al-Si相22a中のNi及びCrの合計の含有量の下限は、好ましくは0.20質量%であり、さらに好ましくは0.30質量%である。Fe-Al-Si相22a中のNi及びCrの合計の含有量の上限は、好ましくは4.0質量%であり、さらに好ましくは3.0質量%である。
【0029】
Fe-Al-Si相22aは、Si、Fe、Al、Ni及びCr以外の元素を少量含有していてもよい。Fe-Al-Si相22aに含まれ得る元素は、これらに限定されないが、例えばMn、Zr、Ce、Y、Ta、Cu、Nb、Co、V、及びTi等である。Fe-Al-Si相22aに含まれるSi、Fe、Al、Ni及びCr以外の元素の合計の含有量の上限は、好ましくは3.0質量%であり、より好ましくは1.0質量%であり、さらに好ましくは0.5質量%である。
【0030】
Fe-Al-Si相22aの化学組成は、界面層21の場合と同様に、Al被膜20の断面をEPMAやSEMのEDSで分析することで測定することができる。具体的には、複数箇所で元素の含有量を測定し、その平均値を当該元素の含有量とする。次に説明するAl-Fe相22bの化学組成も、同様の方法で測定することができる。
【0031】
Al-Fe相22bの化学組成は、特に限定されないが、例えば、Fe:15.0~70.0質量%、Al:30.0~85.0質量%、Si:0~20.0質量%である。Al-Fe相22bは上述のとおり、基本的に、Fe4Al13及びFe2Al5の構造を有するが、固溶したSiが存在する場合がある。Al-Fe相22bは、Si、Fe、及びAl以外の元素を少量含有していてもよい。Al-Fe相22bに含まれるSi、Fe及びAl以外の元素の合計の含有量の上限は、好ましくは3.0質量%であり、より好ましくは1.0質量%であり、さらに好ましくは0.5質量%である。
【0032】
中間層22におけるFe-Al-Si相22aの面積率は、好ましくは5~35%である。中間層22におけるFe-Al-Si相22aの面積率が低いほど、鋼基材10の水素吸収が抑制される傾向がある。中間層22におけるFe-Al-Si相22aの面積率の上限は、さらに好ましくは30%であり、さらに好ましくは25%である。
【0033】
中間層22は、Fe-Al-Si相22a及びAl-Fe相22bに加えて、それ以外の相を少量含んでいてもよい。Fe-Al-Si相22a及びAl-Fe相22b以外の相は、例えばτ相である。中間層22における、Fe-Al-Si相22a及びAl-Fe相22b以外の相の面積率は、好ましくは10.0%以下であり、さらに好ましくは5.0%以下である。
【0034】
中間層22の厚さは、好ましくは15μm以上である。中間層22が厚いほど、鋼基材10の水素吸収が抑制される傾向がある。さらに、中間層22が厚いほど、塗料密着性や耐食性も向上する傾向がある。中間層22の厚さの下限は、好ましくは20μmであり、さらに好ましくは25μmである。中間層22の厚さの上限は、特に限定されないが、例えば50μmである。
【0035】
[酸化膜層]
酸化膜層23は、Al被膜20の表面に形成される。酸化膜層23は、Alの酸化物を主体とする層である。酸化膜層23は、Al及びO以外の元素を含有していてもよい。酸化膜層23は、これらに限定されないが、例えばSi、Fe、Ni、Cr、Mn、Zr、Ce、Y、Ta、Cu、Nb、Co、V、Ti、Be、Ca、Sr、Ba、Sc及びZn等を含有していてもよい。
【0036】
酸化膜層23はさらに、Mgを含有する。Mgは、酸化物の状態で存在することが好ましい。
【0037】
酸化膜層23中の炭素及び酸素を除く成分中におけるMgの比率(以下、単に「Mgの比率」という。)は、好ましくは0.01~80.0質量%である。Mgの比率が低すぎると、α-Al2O3の形成を十分に抑制することができず、γ-Al2O3を多く含む酸化膜層23を形成できない場合がある。一方、Mgの比率が高すぎると、中間層22にクラックが発生しやすくなり、塗料密着性や塗装後耐食性が低下する場合がある。Mgの比率の下限は、より好ましくは1.0質量%であり、さらに好ましくは3.0質量%であり、さらに好ましくは10.0質量%であり、さらに好ましくは15.0質量%である。Mgの比率の上限は、より好ましくは60.0質量%であり、さらに好ましくは40.0質量%であり、さらに好ましくは35.0質量%である。
【0038】
酸化膜層23の化学組成は、界面層21及び中間層22と同様に、Al被膜20の断面をEPMAやSEMのEDSで分析することで測定することができる。TEMのEDSでも可能である。酸化膜層23の化学組成はまた、グロー放電分光器(GDS)やオージェ電子分光分析法(AES)による深さ方向組成分析法によって測定することもできる。
【0039】
酸化膜層23の厚さは、好ましくは0.01~1.00μmである。酸化膜層23が薄いほど、鋼基材10の水素吸収が抑制される傾向がある。酸化膜層23の厚さの上限は、好ましくは0.50μmであり、さらに好ましくは0.30μmである。
【0040】
酸化膜層23と中間層22との界面は、酸素濃度の分布を観察することで決定できる。本実施形態では、GDSを用いて酸素の検出強度が最大値の1/6まで低下した位置を酸化膜層23と中間層22との界面であると判断する。
【0041】
本実施形態によるホットスタンプ成形体は、XRDによって検出される酸化膜層23のα-Al2O3の(1 0 -2)のピーク強度αとγ-Al2O3の(1 1 1)のピーク強度γとが下記の関係式を満たす。
γ/(α+γ)≧0.50
【0042】
XRDは、ホットスタンプ成形体1のAl被膜20を含む面から試料を採取し、酸化膜層23に対してCoKα線を照射し、θ-2θ法によって測定する。それぞれのピークのバックグラウンドを直線で引き、ピークからまっすぐ下ろした線がバックグラウンドと交わる点までの高さをピーク強度とする。ノイズが非常に大きい場合、移動平均等によってデータにスムージングを施してから同様の方法でピーク強度を求める。
図2に、α-Al
2O
3の(1 0 -2)とγ-Al
2O
3の(1 1 1)とを含むXRDパターンの一例を示す。この例では、γ/(α+γ)は0.60である。
【0043】
酸化膜層23中のγ-Al2O3の割合が高い程、すなわち、γ/(α+γ)の値が高いほど、鋼基材10に取り込まれる水素量が減少し、遅れ破壊が抑制される傾向がある。γ/(α+γ)の下限は、好ましくは0.60であり、より好ましくは0.70であり、さらに好ましくは0.80である。
【0044】
[鋼基材]
鋼基材10は、ホットスタンプに好適に利用可能な鋼材であれば特に制限はない。ホットスタンプ成形体1に適用可能な鋼基材としては例えば、化学組成が質量%で、C:0.1~0.6%、Si:0.01~0.60%、Mn:0.50~3.00%、P:0.05%以下、S:0.020%以下、Al:0.10%以下、Ti:0.01~0.10%、B:0.0001~0.0100%、N:0.015%以下、Cr:0~1.0%、Mo:0~1.0%、Cu:0~1.0%、Ni:0~1.0%、残部:Fe及び不純物である鋼材を例示できる。ホットスタンプされる前の鋼基材の形態としては例えば熱延鋼板や冷延鋼板等の鋼板を例示できる。以下、鋼基材10の化学組成について説明する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0045】
C:0.1~0.6%
炭素(C)は、目的とする機械的強度を確保するために含有される。C含有量が低すぎると、十分な機械的強度の向上が得られない場合がある。一方、C含有量が高すぎると、伸び、絞りが低下しやすくなる。C含有量の上限は、より好ましくは0.4%である。
【0046】
Si:0.01~0.60%
シリコン(Si)は、機械的強度を向上させる元素であり、Cと同様に目的とする機械的強度を確保するために含有される。Si含有量が低すぎると、十分な機械的強度の向上が得られない場合がある。一方、Si含有量が高すぎると、鋼基材表層に形成したSi酸化物の影響により、めっきを行う際に濡れ性が低下して不めっきが生じるおそれがある。
【0047】
Mn:0.50~3.00%
マンガン(Mn)は、鋼を強化させる強化元素の一つであり、焼入れ性を高める元素の一つでもある。Mnはまた、不純物の一つであるSによる熱間脆性を防止するのにも有効である。Mn含有量が低すぎると、これらの効果が十分に得られない場合がある。一方、Mn含有量が高すぎると、残留オーステナイトが多くなり過ぎて強度が低下するおそれがある。
【0048】
P:0.05%以下
リン(P)は、鋼基材中に含まれる不純物である。鋼基材に含まれるPは、鋼基材の結晶粒界に偏析して鋼基材の靱性を低下させる場合がある。P含有量はできる限り少なくすることが好ましい。
【0049】
S:0.020%以下
硫黄(S)は、鋼基材中に含まれる不純物である。鋼基材に含まれるSは、硫化物を形成して鋼基材の靱性を低下させる場合がある。S含有量はできる限り少なくすることが好ましい。
【0050】
Al:0.10%以下
アルミニウム(Al)は、一般に鋼の脱酸目的で使用される。しかし、Al含有量が多い場合、鋼基材のAc3点が上昇するため、ホットスタンプの際に鋼の焼入れ性確保に必要な加熱温度を上昇させる必要がある。そのため、Al含有量は好ましくは0.10%以下である。Al含有量は、より好ましくは0.05%以下であり、さらに好ましくは0.01%以下である。
【0051】
Ti:0.01~0.10%
チタン(Ti)は、強度強化元素の一つである。Ti含有量が低すぎると、強度向上効果や耐酸化性向上効果が十分に得られない場合がある。一方、Ti含有量が高すぎると、炭化物や窒化物が形成され、鋼が軟質化するおそれがある。
【0052】
B:0.0001~0.0100%
ボロン(B)は、焼入れ時に作用して強度を向上させる効果を有する。B含有量が低すぎると、強度向上効果が十分に得られない場合がある。一方、B含有量が高すぎると、介在物が形成されて鋼基材が脆化し、疲労強度が低下するおそれがある。
【0053】
N:0.015%以下
窒素(N)は、鋼基材中に含まれる不純物である。鋼基材に含まれるNは、窒化物を形成して鋼基材の靱性を低下させる場合がある。さらに、鋼基材に含まれるNは、Bと結合して固溶B量を減らし、Bの焼入れ性向上効果を低下させる場合がある。N含有量はできる限り少なくすることが好ましい。
【0054】
鋼基材10は、Cr、Mo、Cu及びNiを含んでいてもよい。
【0055】
Cr:0~1.0%
Mo:0~1.0%
Cu:0~1.0%
Ni:0~1.0%
鋼基材の焼入れ性を向上させるため、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)及びニッケル(Ni)からなる群から選択される1又は2以上の元素を含有させてもよい。これらの元素の含有量の好ましい下限は、いずれも0.01%である。一方、過剰に含有させても効果が飽和し、コストの上昇を招く。
【0056】
鋼基材10の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。不純物は例えば、上記で挙げた元素の他、Zn、Co、Sn、Nb、V、As、Zr、Ca、Mg等である。
【0057】
[ホットスタンプ成形体の製造方法]
次に、ホットスタンプ成形体1の製造方法の一例を説明する。以下に説明する製造方法では、鋼板等の鋼素材にAlめっきを施してめっき鋼材とし、めっき鋼材に対してホットスタンプを行うことによって、鋼基材10の上にAl被膜20を形成する。ここで説明する方法は一例であり、ホットスタンプ成形体1の製造方法を限定するものではない。
【0058】
[めっき工程]
溶融めっき法により鋼素材の表面にめっき層を形成する。めっき浴の温度は、好ましくは600~700℃である。めっき浴の温度が600℃よりも低いと、めっき浴が低粘度になり、均一なめっきが困難になる。めっき浴の温度が700℃よりも高いと、揮発によって短時間に成分が変化し、工程管理が困難になる。
【0059】
Al被膜20へのNi及びCrの添加は、めっき浴への添加によって行う。めっき浴中のNi及びCrの合計の含有量は、好ましくは0.01~1.80質量%である。めっき浴中のNi及びCrの含有量が高いほど、Fe-Al-Si相22a中のNi及びCrの含有量も高くなる傾向がある。めっき浴中のNi及びCrの合計の含有量の下限は、より好ましくは0.02質量%であり、さらに好ましくは0.05質量%である。めっき浴中のNi及びCrの合計の含有量の上限は、より好ましくは1.60質量%であり、さらに好ましくは1.50質量%であり、さらに好ましくは1.00質量%である。
【0060】
Al被膜20へのMgの添加も、めっき浴への添加によって行う。めっき浴中のMgの含有量は、好ましくは0.01~0.60質量%である。めっき浴中のMgの含有量が高いほど、酸化膜層23中のMgの比率も高くなる傾向がある。めっき浴中のMgの含有量の下限は、より好ましくは0.02質量%であり、さらに好ましくは0.05質量%である。めっき浴中のMgの含有量の上限は、より好ましくは0.40質量%である。
【0061】
めっき浴中のSi含有量は例えば、1.0~20.0質量%である。めっき浴の残部は主にAlである。めっき浴は、Al、Si、Ni、Cr及びMg以外の元素を少量含有していてもよい。めっき浴に含まれるAl、Si、Ni、Cr及びMg以外の元素の合計の含有量は、好ましくは8.0質量%以下であり、より好ましくは5.0質量%以下であり、さらに好ましくは3.0質量%以下であり、さらに好ましくは2.0質量%以下であり、さらに好ましくは1.0質量%以下である。
【0062】
鋼素材を700~800℃の水素還元雰囲気に保持した後、めっき浴に浸漬する。全工程を非酸化性雰囲気で実施することが好ましい。めっきは、めっき層の厚さが20~30μmになるようにすることが好ましい。めっき層の厚さは、めっき浴の温度、粘度、浸漬時間、ガス吹付等によって調整することができる。
【0063】
[ホットスタンプ工程]
めっき鋼材を必要なサイズに整形した後、ホットスタンプを実施する。加熱方式は、高温炉及び通電加熱のいずれでもよい。昇温速度は例えば、1~50℃/sである。保持温度は850~950℃、保持時間は2分間以上とすることが好ましい。降温(冷却)速度は例えば、30~1000℃/sである。
【0064】
保持時間が長すぎると中間層の結晶構造が変化する場合がある。保持時間の上限は、好ましくは30分間であり、さらに好ましくは10分間である。
【0065】
以上の工程によって、ホットスタンプ成形体1を製造することができる。上記ではめっき鋼材をホットスタンプする方法を説明したが、これに代えて、鋼基材10の表面に蒸着や溶射によってAl等を付着させることでAl被覆層を形成し、このAl被覆層を有する鋼基材10をホットスタンプすることで、ホットスタンプ成形体1を製造してもよい。
【0066】
本実施形態によれば、耐遅れ破壊性に優れたホットスタンプ成形体が得られる。
【実施例0067】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0068】
表1に示す化学組成を有する鋼板に対して、溶融めっき法によりAl-Siめっき層を鋼板の両面に形成した。
【0069】
【0070】
めっき浴は、表2に示す化学組成のものを使用した。溶融めっき時のめっき浴の温度は700℃とした。めっき浴に鋼板を浸漬させた後、ガスワイピング法で付着量を片面あたり70g/m2に調整した。
【0071】
【0072】
めっき鋼板を露点20℃の合成空気気流下、炉温900℃の電気抵抗炉において均熱時間が5分間となるように加熱した。その後、金型で成形すると同時に金型で冷却して、ホットスタンプ成形体を得た。
【0073】
得られたホットスタンプ成形体のAl被膜を含む面から、15mm×15mm、厚さ2mmの試料を採取した。XRDは、Co管球を使用し、40kV-150mAの出力で発生させたX線を単色化して酸化膜層に照射し、θ-2θ法で測定した。α-Al2O3の(1 0 -2)のピーク強度αとγ-Al2O3の(1 1 1)のピーク強度γとからγ/(α+γ)を求めた。
【0074】
さらに、Fe-Al-Si相中のSi、Ni及びCrの含有量、酸化膜層中の炭素及び酸素を除く成分中におけるMgの比率、及び酸化膜層の厚さを調査した。また特性として、耐水素脆性(耐遅れ破壊性)、塗料密着性、塗装後耐食性及び耐孔食性を評価した。
【0075】
[耐水素脆性]
得られたホットスタンプ成形体を水素分析した。水素分析は、昇温脱離法にて実施し、250℃までに放出された水素を拡散性水素と定義し、その量によって下記のように評点付けした。
2: 拡散性水素の量 0.10質量ppm未満
1: 拡散性水素の量 0.10質量ppm以上0.17質量ppm未満
0: 拡散性水素の量 0.17質量ppm以上
【0076】
[塗料密着性]
塗料密着性は特許第4373778号公報に記載の方法に準じて評価した。すなわち、試料を60℃の脱イオン水に240時間浸漬後にカッターで1mm間隔の碁盤目を100個切り、碁盤目部の剥離した部分の個数を目視で測定することで算出した面積率に基づいて下記のように評点付けした。
3: 剥離面積 0%以上10%未満
2: 剥離面積10%以上70%未満
1: 剥離面積70%以上100%以下
【0077】
[塗装後耐食性]
塗装後の耐食性評価は、自動車技術会制定のJASO M609に規定する方法で行った。塗膜にカッターで疵を入れ、腐食試験180サイクル後のカット疵からの塗膜膨れの幅(片側最大値)を計測し、下記のように評点付けした。
3: 膨れ幅 0mm以上1.5mm未満
2: 膨れ幅1.5mm以上3.0mm未満
1: 膨れ幅3.0mm以上
【0078】
[耐孔食性]
試料を日本パーカライジング社製表面調整剤プレパレンXに常温で1分間浸漬した後、同社製塗装下地化成剤パルボンドSX35に35℃で2分間浸漬した。その後、JIS H 8502に記載の方法で複合サイクル腐食試験に供した。日本ペイント社製のパワーフロート1200で厚さ15μmの塗膜を付与し、JIS H 8502に記載のようにカッターナイフでカットを付与した。カットを付与した部分の60サイクル経過後の鋼板の板厚減少量から、下記のように評点付けした。
5: 板厚減少量0.1mm未満
4: 板厚減少量0.1mm以上0.2mm未満
3: 板厚減少量0.2mm以上0.3mm未満
2: 板厚減少量0.3mm以上0.4mm未満
1: 板厚減少量0.4mm以上
【0079】
結果を表3に示す。
【0080】
【0081】
表3に示すように、代符A01~A16のホットスタンプ成形体は、γ/(α+γ)が0.50以上であった。これらの成形体は、優れた耐水素脆性(耐遅れ破壊性)を示した。これらの成形体はまた、塗料密着性、塗装後耐食性及び耐孔色性も優れていた。
【0082】
代符a3、a5及びa7のホットスタンプ成形体は、代符A01~A16と比較して、塗料密着性、塗装後耐食性及び耐孔食性が劣っていた。これは、Al被膜中のNi、Cr及びMgの含有量が多すぎたためと考えられる。
【0083】
代符a1、a2、a4、a6及びa8のホットスタンプ成形体は、代符A01~A16のホットスタンプ成形体と比較して耐水素脆性(耐遅れ破壊性)が劣っていた。これは、γ/(α+γ)が0.50未満であったためと考えられる。これらのホットスタンプ成形体は、NiとMgとを同時に含有していないか、CrとMgとを同時に含有していないか、又はこれらの元素を同時に含有していても含有量が少なすぎたため、ホットスタンプの際にα-Al2O3の生成を十分に抑制できなかったと考えられる。
【0084】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示にすぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。