(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147504
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231005BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20231005BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231005BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C22C38/60
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055033
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】稲田 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】笹渕 亮太
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF03
4K037FG00
4K037FH01
4K037FH03
4K037FJ01
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FM02
4K037GA08
4K037HA05
4K037JA06
4K037JA07
(57)【要約】
【課題】成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できるフェライト系ステンレス鋼板を実現する。
【解決手段】フェライト系ステンレス鋼板(1)は、P:0.005~0.05%を含有し、圧延方向に平行かつ圧延面に垂直な断面(12)において、結晶粒径が15μm以下であり、ND//<111>±10°方位粒の面積率が40%以上であり、600℃以上900℃未満で析出する析出物の平均長径が0μmよりも大きく、かつ0.15μm以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.001~0.030%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.01~1.00%、Cr:10.5~30.0%、N:0.001~0.030%、およびP:0.005~0.05%を含有するとともに、Ti:0.01~0.5%およびNb:0.01~0.5%のうちの少なくとも一方を含有し、Sの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、
前記フェライト系ステンレス鋼板の圧延方向に平行かつ圧延面に垂直な平面で前記フェライト系ステンレス鋼板を切断したときの断面において、切断法により算出される結晶粒径が15μm以下であり、
前記断面において、電子後方散乱回折法により測定される板厚の全体におけるND//<111>±10°方位粒の面積率が40%以上であり、
前記断面において、前記板厚の中央部における600℃以上900℃未満で析出する析出物の平均長径が0μmよりも大きく、かつ0.15μm以下である、フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
Mo:0.05~2.00%、Ni:0.01~1.00%、Co:0.05~0.50%、Cu:0.05~1.00%、Al:0.01~1.00%、Ca:0.0001~0.0050%、Mg:0.0001~0.0050%、B:0.0001~0.0025%、V:0.05~0.50%、W:0.05~1.00%、Sn:0.005~0.50%、Sb:0.005~0.50%、Zr:0.05~0.50%、Y:0.001~0.10%、Hf:0.001~0.10%および希土類元素:0.001~0.10%のうちの少なくとも1種を更に含有する組成を有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
平均ランクフォード値が1.6以上である、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
ポンチ径:Φ50mm、ポンチ肩R:5mm、ダイス径:52mm、ダイス肩R:5mm、しわ押さえ力:1トンおよび絞り比2.0の条件で円筒深絞り成形を行った後、前記圧延方向に平行な円筒側面において十点平均粗さで表記される表面粗さが8.0μm以下である、請求項1から3のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
質量%で、C:0.001~0.030%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.01~1.00%、Cr:10.5~30.0%、N:0.001~0.030%、およびP:0.005~0.05%を含有するとともに、Ti:0.01~0.5%およびNb:0.01~0.5%のうちの少なくとも一方を含有し、Sの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス鋼を、900~1000℃の温度域まで加熱して均熱保持する第1焼鈍工程と、
前記第1焼鈍工程後の前記フェライト系ステンレス鋼を冷間圧延する冷延工程と、
前記冷延工程後の前記フェライト系ステンレス鋼を昇温速度50~1000℃/sで800~950℃の温度域まで加熱した後、5~60秒間均熱保持する第2焼鈍工程と、を含む、フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記フェライト系ステンレス鋼が、Mo:0.05~2.00%、Ni:0.01~1.00%、Co:0.05~0.50%、Cu:0.05~1.00%、Al:0.01~1.00%、Ca:0.0001~0.0050%、Mg:0.0001~0.0050%、B:0.0001~0.0025%、V:0.05~0.50%、W:0.05~1.00%、Sn:0.005~0.50%、Sb:0.005~0.50%、Zr:0.05~0.50%、Y:0.001~0.10%、Hf:0.001~0.10%および希土類元素:0.001~0.10%のうちの少なくとも1種を更に含有する組成を有する、請求項5に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、フェライト系ステンレス鋼板(以下、「鋼板」と略記することがある)に関して、深絞り加工後に鋼板表面に生じる凹凸(「加工肌荒れ」と称される)を低減させるには、鋼板における結晶粒径を小さくする(細粒化する)ことが有効である。一方で、鋼板は、結晶粒径を小さくするほど、加工性(すなわち深絞り加工時の成形性)が低下し易い。
【0003】
鋼板に関して、加工肌荒れの低減と、深絞り加工時の成形性の向上と、の両立を図る技術の開発が行われている。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼の成分および集合組織を規定し、好ましくは結晶粒径を適正範囲に制御することにより、加工肌荒れを低減し、成形性を向上する技術が開示されている。特許文献1に記載の技術では、所望の集合組織を有する鋼板を製造するために、熱延板に対して、熱延板焼鈍を省略して、冷間圧延工程、中間焼鈍、最終冷延、および最終焼鈍をこの順に施し、冷延率および焼鈍の温度範囲を規定している。
【0005】
また、特許文献2に記載の技術では、鋼の成分を規定するとともに、熱延板焼鈍工程における熱処理温度および冷却速度を制御して、結晶粒径および析出粒子の最大粒子径を規定している。特許文献3に記載の技術では、結晶粒径、平均r値、(引張強度(MPa)×平均r値)/(結晶粒径(μm))およびNb/(C+N)+2(Ti/(C+N))を規定している。特許文献4に記載の技術では、リン化物として存在しているP量および結晶粒度番号を規定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-208412号公報
【特許文献2】特開2011-149101号公報
【特許文献3】特開2003-138349号公報
【特許文献4】特許第6906688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のような従来技術では、成形性の向上および加工肌荒れの低減の両立が不十分であるという問題がある。本発明の一態様は、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できるフェライト系ステンレス鋼板を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、質量%で、C:0.001~0.030%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.01~1.00%、Cr:10.5~30.0%、N:0.001~0.030%、およびP:0.005~0.05%を含有するとともに、Ti:0.01~0.5%およびNb:0.01~0.5%のうちの少なくとも一方を含有し、Sの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス鋼板であって、前記フェライト系ステンレス鋼板の圧延方向に平行かつ圧延面に垂直な平面で前記フェライト系ステンレス鋼板を切断したときの断面において、切断法により算出される結晶粒径が15μm以下であり、前記断面において、電子後方散乱回折法により測定される板厚の全体におけるND//<111>±10°方位粒の面積率が40%以上であり、前記断面において、前記板厚の中央部における600℃以上900℃未満で析出する析出物の平均長径が0μmよりも大きく、かつ0.15μm以下である。上記構成によれば、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できるフェライト系ステンレス鋼板を実現することができる。
【0009】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、Mo:0.05~2.00%、Ni:0.01~1.00%、Co:0.05~0.50%、Cu:0.05~1.00%、Al:0.01~1.00%、Ca:0.0001~0.0050%、Mg:0.0001~0.0050%、B:0.0001~0.0025%、V:0.05~0.50%、W:0.05~1.00%、Sn:0.005~0.50%、Sb:0.005~0.50%、Zr:0.05~0.50%、Y:0.001~0.10%、Hf:0.001~0.10%および希土類元素:0.001~0.10%のうちの少なくとも1種を更に含有する組成を有してもよい。上記構成によれば、成形性が更に向上し、加工肌荒れが更に低減されたフェライト系ステンレス鋼板を実現することができる。
【0010】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、平均ランクフォード値が1.6以上であってもよい。上記構成によれば、成形性が更に向上したフェライト系ステンレス鋼板を実現することができる。
【0011】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、ポンチ径:Φ50mm、ポンチ肩R:5mm、ダイス径:52mm、ダイス肩R:5mm、しわ押さえ力:1トンおよび絞り比2.0の条件で円筒深絞り成形を行った後、前記圧延方向に平行な円筒側面において十点平均粗さで表記される表面粗さが8.0μm以下であってもよい。上記構成によれば、加工肌荒れがより低減されたフェライト系ステンレス鋼板を実現することができる。
【0012】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板の製造方法は、質量%で、C:0.001~0.030%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.01~1.00%、Cr:10.5~30.0%、N:0.001~0.030%、およびP:0.005~0.05%を含有するとともに、Ti:0.01~0.5%およびNb:0.01~0.5%のうちの少なくとも一方を含有し、Sの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有するフェライト系ステンレス鋼を、900~1000℃の温度域まで加熱して均熱保持する第1焼鈍工程と、前記第1焼鈍工程後の前記フェライト系ステンレス鋼を冷間圧延する冷延工程と、前記冷延工程後の前記フェライト系ステンレス鋼を昇温速度50~1000℃/sで800~950℃の温度域まで加熱した後、5~60秒間均熱保持する第2焼鈍工程と、を含む。上記方法によれば、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できるフェライト系ステンレス鋼板を製造することができる。
【0013】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼板の製造方法は、前記フェライト系ステンレス鋼が、Mo:0.05~2.00%、Ni:0.01~1.00%、Co:0.05~0.50%、Cu:0.05~1.00%、Al:0.01~1.00%、Ca:0.0001~0.0050%、Mg:0.0001~0.0050%、B:0.0001~0.0025%、V:0.05~0.50%、W:0.05~1.00%、Sn:0.005~0.50%、Sb:0.005~0.50%、Zr:0.05~0.50%、Y:0.001~0.10%、Hf:0.001~0.10%および希土類元素:0.001~0.10%のうちの少なくとも1種を更に含有する組成を有してもよい。上記方法によれば、成形性がより向上し、加工肌荒れがより低減されたフェライト系ステンレス鋼板を製造することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できるフェライト系ステンレス鋼板を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一態様に係る鋼板の断面を示す模式図である。
【
図2】本発明の一態様に係る鋼板の断面の代表的なSEM写真を示す図である。
【
図3】
図2に示すSEM写真における点線範囲内の拡大図である。
【
図4】本発明の一態様に係る鋼板の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。なお、以下の記載は、発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0017】
本出願において、各成分元素の含有量の単位である「%」は、特に言及がない限り「質量%」を意味する。また、本出願において、数値Xおよび数値Y(ただし、X<Y)について、「X~Y」は、「X以上Y以下」を意味するものとする。また、本出願において、「フェライト系ステンレス鋼」を「ステンレス鋼」と略記することがある。
【0018】
〔鋼板の成分組成〕
本発明の一態様に係る鋼板は、質量%で、C:0.001~0.030%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.01~1.00%、Cr:10.5~30.0%、N:0.001~0.030%、およびP:0.005~0.05%を含有するとともに、Ti:0.01~0.5%およびNb:0.01~0.5%のうちの少なくとも一方を含有し、Sの含有率が0.01%以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物である組成を有する。
【0019】
また、本発明の一態様に係る鋼板は、質量%で、Mo:0.05~2.00%、Ni:0.01~1.00%、Co:0.05~0.50%、Cu:0.05~1.00%、Al:0.01~1.00%、Ca:0.0001~0.0050%、Mg:0.0001~0.0050%、B:0.0001~0.0025%、V:0.05~0.50%、W:0.05~1.00%、Sn:0.005~0.50%、Sb:0.005~0.50%、Zr:0.05~0.50%、Y:0.001~0.10%、Hf:0.001~0.10%および希土類元素:0.001~0.10%のうちの1種以上を更に含有する組成を有していてもよい。
【0020】
以下、本発明の一態様に係る鋼板に含まれる各元素の含有量の意義について説明する。なお、当該鋼板は、以下に示す各成分以外は、鉄(Fe)および不可避的に混入する少量の不純物(不可避的不純物)からなっていてよい。
【0021】
<C:炭素>
Cは、Cr等と炭化物を形成することにより、ステンレス鋼が変形するときに転位の発生源となる界面を生成させる元素である。しかし、Cが過剰に添加されると、耐粒界腐食性および加工性が低下するとともに、精錬に要するコストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Cの含有率は、0.001~0.030%である。
【0022】
<Si:ケイ素>
Siは、溶製段階で脱酸剤としての効果を有する。しかし、Siが過剰に添加されると、ステンレス鋼が硬質化し、延性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Siの含有率は、0.01~1.00%である。
【0023】
<Mn:マンガン>
Mnは、脱酸剤としての効果を有する。しかし、Mnが過剰に添加されると、MnSの生成量が増加してステンレス鋼の耐食性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Mnの含有率は、0.01~1.00%である。
【0024】
<Cr:クロム>
Crは、冷延鋼板の表面に不動態皮膜を形成して、耐食性を高めるために必要である。しかし、Crが過剰に添加されると、ステンレス鋼の延性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Crの含有率は、10.5~30.0%である。
【0025】
<N:窒素>
Nは、Cr等と窒化物を形成することにより、ステンレス鋼が変形するときに転位の発生源となる界面を生成させる元素である。しかし、Nが過剰に添加されると、固溶強化により、延性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Nの含有率は、0.001~0.030%である。
【0026】
<P:リン>
Pを過度に含有すると、溶接性、溶接部の靱性、および加工性が劣化し得る。そのため、本発明の一態様では、Pの含有率は、0.005~0.05%である。
【0027】
<TiおよびNb:チタンおよびニオブ>
TiおよびNbは、CまたはNと結合し、例えばTiC、TiN、NbCまたはNbN等の析出物としてCおよびNを固定するので、ステンレス鋼の高純度化により、平均ランクフォード値および製品伸びを向上することができる。一方で、TiおよびNbを過剰に含有させると、原料コストが上昇するとともに、再結晶温度の上昇に伴い製造性が低下する虞がある。
【0028】
そのため、本発明の一態様では、TiおよびNbの含有率は、少なくとも一方が0.01~0.5%である。本発明の一態様では、ステンレス鋼板はTiおよびNbのいずれか一方のみを含有してもよく、あるいはTiおよびNbの両方を含有してもよい。
【0029】
<S:硫黄>
Sは、本発明の一態様に係る鋼板において、含有率の上限を制御する必要がある元素である。Sを過度に含有するとステンレス鋼においてAl2O3皮膜の形成に悪影響を及ぼし、耐酸化性を劣化させる可能性がある。そのため、本発明の一態様では、Sの含有率は、0.01%以下である。本発明の一態様に係る鋼板は、Sを含有しなくてもよい。
【0030】
<<その他の成分>>
本発明の一態様に係る鋼板は、上記以外の元素として、Mo、Ni、Co、Cu、Al、Ca、Mg、B、V、W、Sn、Sb、Zr、Y、Hfおよび希土類元素のうちの少なくとも1種の元素を更に含有することが好ましい。
【0031】
<Mo:モリブデン>
Moは、耐食性の向上に有効な元素である。しかし、Moが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Moの含有率は、0.05~2.00%であることが好ましい。
【0032】
<Ni:ニッケル>
Niは、ステンレス鋼の耐食性を向上させる元素である。一方、Niを過度に含有すると、フェライト相が不安定化するとともに、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Niの含有率は、0.01~1.00%であることが好ましい。
【0033】
<Co:コバルト>
Coは、耐食性および耐熱性の向上に有効な元素である。しかし、Coが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Coの含有率は、0.05~0.50%であることが好ましい。
【0034】
<Cu:銅>
Cuは、耐食性の向上に有効な元素である。そのため、本発明の一態様では、Cuの含有率は、0.05~1.00%であることが好ましい。
【0035】
<Al:アルミニウム>
Alは、脱酸に有効な元素であるとともに、プレス加工性に悪影響を及ぼすA2系介在物を低減することができる。しかし、Alが過剰に添加されると、表面欠陥が増加する。そのため、本発明の一態様では、Alの含有率は、0.01~1.00%であることが好ましい。
【0036】
<Ca:カルシウム>
Caは、脱ガスに有効な元素である。そのため、本発明の一態様では、Caの含有率は、0.0001~0.0050%であることが好ましい。
【0037】
<Mg:マグネシウム>
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する。一方、過剰にMgを含有するとステンレス鋼の靱性が低下して製造性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Mgの含有率は、0.0001~0.0050%であることが好ましい。
【0038】
<B:ホウ素>
Bは、靭性改善に有効な元素である。しかし、過剰にBを含有するとその効果は飽和する。そのため、本発明の一態様では、Bの含有率は、0.0001~0.0025%であることが好ましい。
【0039】
<V:バナジウム>
Vは、硬度および強度の向上に有効な元素である。しかし、Vが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Vの含有率は、0.05~0.50%であることが好ましい。
【0040】
<W:タングステン>
Wは、高温強さの向上に有効な元素である。しかし、Wが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Wの含有率は、0.05~1.00%であることが好ましい。
【0041】
<Sn:スズ>
Snは、耐食性の向上に有効な元素である。しかし、Snが過剰に添加されると、熱間加工性および粘り強さが低下する。そのため、本発明の一態様では、Snの含有率は、0.005~0.50%であることが好ましい。
【0042】
<Sb:アンチモン>
Sbは、圧延時における変形帯生成の促進による加工性の向上に効果的である。一方、過剰にSbを含有するとその効果は飽和し、さらに加工性が低下する。そのため、本発明の一態様では、Sbの含有率は、0.005~0.50%であることが好ましい。
【0043】
<Zr:ジルコニウム>
Zrは、脱窒、脱酸および脱硫に有効な元素である。しかし、Zrが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Zrの含有率は、0.05~0.50%であることが好ましい。
【0044】
<Y:イットリウム>
Yは、熱間加工性および耐酸化性の向上に有効な元素である。しかし、これらの効果は、0.20%を超えると飽和する。そのため、本発明の一態様では、Yの含有率は、0.001~0.10%であることが好ましい。
【0045】
<Hf:ハフニウム>
Hfは、耐酸化性を向上させる元素である。一方、Hfを過度に含有すると、鋼板の靱性を低下させるとともにステンレス鋼の原料コストが上昇する。そのため、本発明の一態様では、Hfの含有率は、0.001~0.10%であることが好ましい。
【0046】
<REM:希土類元素>
希土類元素(rare earth metals、以下「REM」と略記)とは、ランタノイド系元素(La、Ce、Pr、Nd、Smなど原子番号57~71の元素)を意味する。REMは、熱間加工性および耐酸化性の向上に有効である。しかし、これらの効果は、0.10%を超えると飽和する。そのため、本発明の一態様では、REMの含有率は、0.001~0.10%であることが好ましい。
【0047】
〔鋼板の要点〕
本発明の一態様に係る鋼板は、上述のような成分組成を有し、概略的には、再結晶を促進させつつ細粒化されているとともに加工性の向上に有効な結晶方位を発達させた内部組織を有する。
【0048】
想定されるメカニズム(すなわち鋼板の製造方法における要点)について詳しくは後述するが、本発明の一態様に係る鋼板は、TiC等よりも比較的低温で析出するPまたはNb系の析出物(低温析出物)を、最終焼鈍工程にて微細析出させる条件にて製造される。また、本発明の一態様に係る鋼板は、最終焼鈍工程において加工性の向上に有効な結晶方位を発達させて製造される。
【0049】
最終焼鈍工程では、冷延板を急速加熱後に保定(均熱保持)することによって、微細析出させた上記低温析出物の影響によってマトリクスの結晶粒成長を抑制しつつ、マトリクスの再結晶を促進させる。
【0050】
通常、最終焼鈍工程よりも前段階にて上記低温析出物が析出する、または、最終焼鈍工程における昇温時に上記低温析出物が析出する。この場合、最終焼鈍工程時における再結晶の進行が阻害されるとともに、上記低温析出物も粒成長する。これに対し、本発明の一態様に係る鋼板は、結晶粒径が小さいとともに、微細な低温析出物を有する。
【0051】
本発明の一態様に係る鋼板は、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立した特性を有するように制御された内部組織を有する。以下に、本発明の一態様に係る鋼板の特徴について、詳細に説明する。
【0052】
〔鋼板の結晶粒径〕
図1は、本発明の一態様に係る鋼板1の断面12を示す模式図である。
図1に示すように、断面12は、鋼板1の圧延方向に平行かつ圧延面11に垂直な平面で鋼板1を切断したときの断面である。
【0053】
鋼板1は、断面12において、切断法により算出される結晶粒径が15μm以下であり、より好ましくは12μm以下である。結晶粒径が小さく、結晶粒が微細であるほど、鋼板の加工肌荒れを低減することができる。
【0054】
ここで、切断法により算出される結晶粒径は、JIS規格(JIS G 0552:1998)に規定される方法より測定することができる。具体的には、まず、断面12において、圧延方向に平行な全長Lの線分を引き、この線分が横切る結晶粒の数nを測定する。なお、線分の端がその内部にある結晶粒については、1/2個として数える。そして、平均粒径dを下記の式にて算出する。
【0055】
d=L/n
なお、本願では、線分の全長Lとして、185μmの値を用いた。
【0056】
また、高度な美観が要求される製品、例えば調理器具または家電製品等に鋼板が使用される場合には、深絞り加工前または深絞り加工後に研磨を行ってもよい。このような場合にも、鋼板1は結晶粒径が15μm以下であるので、研磨負荷を低減し、または研磨時間を短縮することができる。したがって、鋼板1の研磨時の作業性を向上させることができる。
【0057】
〔ND//<111>±10°方位粒の面積率〕
鋼板1は、断面12において、電子後方散乱回折法(EBSD)により測定される板厚tの全体におけるND//<111>±10°方位粒の面積率(以下、「<111>面積率」と称する)が40%以上であり、より好ましくは43%以上である。
【0058】
本出願において、「ND//<111>±10°方位粒」とは、「圧延面法線方向に対して<111>が平行または-10°~+10°の範囲で傾いた結晶粒」を意味する。ND//<111>±10°方位粒は、鋼板の深絞り加工時の成形性に好ましい影響を与えることが知られている。したがって、<111>面積率が高いほど、鋼板の成形性を向上させることができる。
【0059】
前述の通り、鋼板1は、断面12における結晶粒径が15μm以下である。ここで、鋼板の結晶粒径が小さいほど、成形性は低下する傾向があることが知られている。しかし、本発明の一態様に係る鋼板1は、<111>面積率が40%以上であるので、鋼板1の成形性を向上させることができる。
【0060】
〔析出物の平均長径〕
鋼板1は、断面12において、板厚tの中央部における600℃以上900℃未満で析出する析出物(以下、「低温析出物」と称する)の平均長径が0.15μm以下であり、より好ましくは0.12μm以下である。低温析出物の例としては、Nb、TiおよびPのうちの少なくとも1つと、Feとを含む化合物を挙げることができる。より具体的には、低温析出物の例として、(i)リン化物、例えばFeTiP、FeNbPおよびFe(Ti、Nb)Pならびに(ii)Laves相と称される相を形成する金属間化合物、例えばFe2Nbが挙げられる。
【0061】
なお、融点が900℃以上である化合物の析出物(以下、「高温析出物」と称する)は、900℃以上の温度で析出するため、本願における「低温析出物」には含まれない。高温析出物の例としては、(iii)金属の炭化物、例えばTiCおよびNbCならびに(iv)金属の窒化物、例えばTiNおよびNbNの析出物が挙げられる。
【0062】
図2は、本発明の一態様に係る鋼板1の断面12の代表的なSEM写真を示す図である。
図2に示すように、低温析出物は、断面12において、材料内に分散した粒状物として観察され得る。
【0063】
図3は、
図2に示すSEM写真における点線範囲内の拡大図である。ここで、析出物の長径とは、粒子状の析出物の像が有する縁部における2点を結ぶ線分のうちの最長の線分の長さを意味する。本出願における低温析出物の平均長径は、電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)により、断面12の板厚tの中央部を撮影倍率10000倍(撮影領域12μm×9μm)で撮影した後、撮影したSEM写真で観察される各低温析出物の長径を測定し、得られた複数の測定値の平均値として定義される。
【0064】
なお、
図2に示すように、高温析出物も、断面12において、材料内に分散した粒状物として観察され得る。ただし、高温析出物は、上記の方法で撮影したSEM写真において、例えば長径が0.5μmを超える粗大な粒状物として観察されるため、低温析出物と区別することができる。よって、低温析出物は、「析出物のうち、長径が0.5μm以下である微細析出物」であると言い換えることができる。また、高温析出物は、「析出物のうち、長径が0.5μmを超える粗大析出物」であると言い換えることができる。
【0065】
〔平均ランクフォード値〕
本発明の一態様に係る鋼板は、平均ランクフォード値(以下、「平均r値」と称する)が1.6以上であることが好ましい。ここで、平均r値は、JIS規格(JIS Z 2254:2021)に規定される方法により、塑性歪み量14.4%で測定されるランクフォード値(以下、「r値」と称する)を用いて、下記式(1)により算出することができる。
【0066】
平均r値=(rL+2rD+rC)/4 ・・・(1)
式(1)中、rL、rDおよびrCはそれぞれ、圧延方向に対して平行、45°および90°の各方向から採取したJIS13号B試験片のr値である。平均r値が高いほど、鋼板の成形性を向上することができる。
【0067】
〔深絞り成形後の表面粗さ〕
本発明の一態様に係る鋼板は、円筒深絞り成形を行った後、圧延方向に平行な円筒側面において十点平均粗さで表記される表面粗さRzが8.0μm以下であることが好ましい。ここで、円筒深絞り成形は、ポンチ径:Φ50mm、ポンチ肩R:5mm、ダイス径:52mm、ダイス肩R:5mm、しわ押さえ力:1トンおよび絞り比2.0の条件で行うことができる。また、表面粗さRzは、JIS規格(JIS B 0601:2013)に規定される方法で測定することができる。
【0068】
表面粗さRzが小さいほど、鋼板の加工肌荒れを低減することができる。また、鋼板が研磨される場合には、表面粗さRzが小さいほど、研磨負荷を低減し、または研磨時間を短縮することができる。したがって、鋼板の研磨時の作業性を向上させることができる。
【0069】
〔製造方法〕
図4は、本発明の一態様に係る鋼板の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図4に示すように、鋼板の製造方法は、第1焼鈍工程S1、冷延工程S2および第2焼鈍工程S3を含む。鋼板の製造方法は、第1焼鈍工程S1の前に、更に鋳造工程および熱間圧延工程をこの順に含んでもよい。上述の各工程について、以下に説明する。
【0070】
<鋳造工程>
鋳造工程は、所望の組成を有する溶鋼を鋳型に流し込み、冷却することで、フェライト系ステンレス鋼スラブ(以下、「スラブ」と略記する)を製造する工程である。冷却後、スラブは所望の長さに切り分けられて、後の熱間圧延工程に用いられる。当該溶鋼は、例えば銑鉄または鉄スクラップを原料として、不純物の除去、各種成分の添加および加熱を行うことにより製造することができる。
【0071】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程は、鋳造工程において製造されたスラブを高温で圧延する(熱間圧延する)ことにより、所定の厚みのフェライト系ステンレス鋼帯(以下、「鋼帯」と略記する)を製造する工程である。熱間圧延工程は、公知の設備および方法により行うことができる。熱間圧延工程により製造された鋼帯を、上記〔鋼板の成分組成〕に記載した組成を有するステンレス鋼として、第1焼鈍工程S1に用いることができる。
【0072】
<第1焼鈍工程S1>
第1焼鈍工程S1は、上記〔鋼板の成分組成〕に記載した組成を有するステンレス鋼を、900~1000℃の温度域まで加熱して均熱保持する工程である。第1焼鈍工程S1における均熱温度は、好ましくは910~980℃である。また、第1焼鈍工程S1における均熱時間は、好ましくは30~90sである。第1焼鈍工程S1に供されるステンレス鋼は特に限定されず、例えば上記熱間圧延工程後の鋼帯を用いることができる。また、第1焼鈍工程S1において用いられる焼鈍設備は特に限定されず、例えば連続焼鈍炉またはバッチ炉等の公知の設備を用いることができる。
【0073】
第1焼鈍工程S1の後、冷延工程S2の前に、酸洗工程を行ってもよい。酸洗工程は、ステンレス鋼の表面へ付着したスケールを、硫酸、塩酸または硝酸とフッ化水素酸との混合液等の酸洗液を用いて洗い落とす工程である。
【0074】
<冷延工程S2>
冷延工程S2は、第1焼鈍工程S1後のステンレス鋼(熱延焼鈍材)を冷間圧延する工程である。冷延工程S2におけるステンレス鋼の温度は、冷延工程S2の全体を通じて、例えば室温~200℃である。また、冷延工程S2における圧延率は、圧延率が高い程、平均r値の向上および成形性の向上に有効であることから、好ましくは75%以上である。冷延工程S2において用いられる圧延設備は特に限定されず、公知の設備を用いることができる。
【0075】
冷延工程S2では、冷間圧延処理を1回のみ行ってもよく、2回以上行ってもよい。冷間圧延処理を2回以上行う場合、冷間圧延処理と冷間圧延処理との間に、第1焼鈍工程S1を行ってもよい。あるいは、冷間圧延処理と冷間圧延処理との間に、第1焼鈍工程S1とは異なる任意の焼鈍処理を行ってもよい。また、この任意の焼鈍処理の後、次の冷間圧延処理の前に、酸洗処理を行ってもよい。
【0076】
<第2焼鈍工程S3>
第2焼鈍工程S3は、冷延工程S2後のステンレス鋼(冷延材)を昇温速度50~1000℃/sで800~950℃の温度域まで加熱した後、5~60秒間均熱保持する工程である。第2焼鈍工程S3において用いられる焼鈍設備は特に限定されず、例えば連続焼鈍炉またはバッチ炉等の公知の設備を用いることができる。
【0077】
第2焼鈍工程S3における昇温速度は50~1000℃/sであり、好ましくは100~700℃/sである。第2焼鈍工程S3における均熱温度は800~950℃であり、好ましくは820~920℃である。第2焼鈍工程S3における均熱時間は5~60秒間であり、好ましくは15~45秒間である。
【0078】
第2焼鈍工程S3の後、必要に応じて、酸洗工程を行ってもよい。酸洗工程は、ステンレス鋼の表面へ付着したスケールを、硫酸、塩酸または硝酸とフッ化水素酸との混合液等の酸洗液を用いて洗い落とす工程である。
【0079】
第2焼鈍工程S3の後、必要に応じて、仕上工程を行ってもよい。仕上工程は、第2焼鈍工程S3後の鋼板を仕上げる工程である。具体的には、仕上工程では、例えば調質圧延および所望の形状への切断が行われる。
【0080】
<推測されるメカニズム>
本製造方法により製造される鋼板が、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できるメカニズムは、限定するものではないが、現時点では下記のように推測している。まず、第1焼鈍工程S1において、ステンレス鋼を900~1000℃の温度域まで加熱して均熱保持することにより、低温析出物を形成する元素をステンレス鋼中に固溶させることができる。
【0081】
次に、冷延工程S2を行った後、第2焼鈍工程S3において、ステンレス鋼を急速に加熱することにより、昇温中の低温析出物の析出を低減することができる。これにより、ステンレス鋼の再結晶が促進されるため、800~950℃という比較的低温でステンレス鋼を再結晶させることができる。そのため、ステンレス鋼の結晶粒の成長速度を低下させ、ステンレス鋼の結晶粒を微細化することができる。ここで、ステンレス鋼の結晶粒が微細化すると、鋼板の加工肌荒れが低減されることが知られている。したがって、本製造方法により製造される鋼板では、加工肌荒れを低減することができる。
【0082】
また、第2焼鈍工程S3において、ステンレス鋼を急速に加熱した後、5~60秒間均熱保持することにより、微細な低温析出物を析出させることができる。このような微細な低温析出物は、「ピン止め」と呼ばれる効果により、ステンレス鋼の結晶粒の成長速度を低下させることができる。これにより、ステンレス鋼の結晶粒を更に微細化することができる。したがって、本製造方法により製造される鋼板の加工肌荒れを更に低減することができる。
【0083】
更に、第2焼鈍工程S3において、均熱時に微細な低温析出物を析出させることにより、ND//<111>±10°方位粒の成長を促進することができる。したがって、鋼板1の成形性を向上させることができる。
【0084】
なお、高温析出物については、融点が高いため、第1焼鈍工程S1における均熱温度(900~1000℃)および第2焼鈍工程S3における均熱温度(800~950℃)では変化しない。したがって、本発明の一態様に係る鋼板および鋼板の製造方法では、成形性および加工肌荒れに対する影響が小さいと推測される。
【0085】
なお、昇温速度50℃/s未満で加熱する一般的な焼鈍条件では、昇温中に低温析出物が析出することにより、ステンレス鋼の再結晶の進行が阻害されるため、950℃を超える高温でステンレス鋼を再結晶させる必要がある。このような高温では、ステンレス鋼の結晶粒の成長速度が大きいため、ステンレス鋼の結晶粒が粗大化する虞がある。更に、昇温中に析出する低温析出物は、その後の昇温および均熱時に成長するため、ピン止め効果が低下することにより、ステンレス鋼の結晶粒が更に粗大化してしまう。したがって、このような一般的な焼鈍条件では、製造される鋼板の加工肌荒れが顕著になると推測される。
【0086】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0087】
〔実施例〕
本発明の一実施例について以下に説明する。なお、本実施例に記載の鋼板の製造方法は一例であり、本発明の一態様に係る鋼板の製造方法を限定するものではない。
【0088】
<スラブの製造>
本発明の一態様に係る鋼板の物性を評価するために、まず、下記の表1に示す成分組成を有する鋼を真空溶解し、30kgのスラブを製造した。表1において、鋼種A~Nは、本発明の範囲において作製した、本発明例としてのステンレス鋼である。また、表1において、鋼種O~Rは、本発明の範囲外の条件で作製した、比較例としてのステンレス鋼である。
【0089】
【0090】
表1には、各鋼種に含まれる成分の組成が質量%で示されている。なお、表1に示す各成分以外の残部は、Feまたは不可避的に混入する少量の不純物である。また、表1中の下線は、比較例に係る各鋼種に含まれる各成分の組成が、本発明の範囲外であることを示している。
【0091】
<熱延鋼板の製造>
次に、上記スラブを1200℃で2時間加熱後、熱間圧延を施して、板厚3mmの熱延鋼板を作製した。
【0092】
<鋼板の製造および物性評価>
次いで、表2に示す製造条件で、第1焼鈍工程、冷間圧延工程および第2焼鈍工程を行い、板厚0.6mmの鋼板No.1~27を製造した。なお、本実施例では、冷間圧延工程における冷間圧延は1回のみ行った。また、各鋼板について、各種物性を評価した結果も表2に示す。なお、表2中の下線は、鋼板の製造条件および各種物性が、本発明の範囲外である、または本発明の好ましい範囲の範囲外であることを示している。
【0093】
【0094】
ここで、表2の成形性の判定において、「〇(良好)」は、平均r値が1.6以上であり、「×(不良)」は、平均r値が1.6未満であることを示す。また、加工肌荒れの判定において、「〇(良好)」は、Rzが8.0μm以下であり、「×(不良)」は、Rzが8.0μmを超えることを示す。
【0095】
表2において、「低温析出物の平均長径(μm)」の列における「-」との表示は、低温析出物が観察されなかったことを示す。また、鋼板No.26の「Rz(μm)」および「加工肌荒れ」の列における「成形不可」との表示は、鋼種QにおけるPの含有率が0.097%と高かったために、鋼板No.26が硬く、深絞り加工が不可能であったことを示す。
【0096】
表2に示すように、鋼板No.1、4、7、9、10、12~14、16、17、19~21および23(以下、「本発明例鋼板」と称する)は、本発明の一態様に係る鋼板の製造方法により製造された本発明例に該当する鋼板である。また、本発明例鋼板は、本発明の一態様に係る鋼板の成分組成、低温析出物の平均長径、結晶粒径および<111>面積率の基準を満たす。これらの本発明例鋼板はいずれも、成形性および加工肌荒れが「○(良好)」であり、成形性に優れ、かつ加工肌荒れが低減されていることが実証された。
【0097】
これに対し、鋼板No.2、3、5、6、8、11、15、18、22および24~27(以下、「比較例鋼板」と称する)は、本発明の一態様に係る鋼板の製造方法の範囲外にある条件で製造された比較例に該当する鋼板である。また、比較例鋼板は、本発明の一態様に係る鋼板の成分組成、低温析出物の平均長径、結晶粒径および<111>面積率のうちの少なくとも1つが基準を満たさなかった。これらの比較例鋼板はいずれも、成形性および加工肌荒れの少なくとも一方が「×(良好)」であり、成形性の向上および加工肌荒れの低減を両立できないことが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、例えば、家電製品および器物等の加工用途に利用することができる。
【符号の説明】
【0099】
11 圧延面
12 断面
S1 第1焼鈍工程
S2 冷延工程
S3 第2焼鈍工程
t 板厚
W 圧延幅