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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147805
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231005BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055523
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA13
4K030AA14
4K030AA16
4K030AA17
4K030AA18
4K030AA24
4K030BA06
4K030BA18
4K030BA19
4K030BA22
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030BB03
4K030BB12
4K030CA03
4K030CA17
4K030FA10
4K030JA01
4K030JA06
4K030JA09
4K030JA10
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】高硬度でかつ靭性が向上し、熱安定性、耐酸化性に優れる被覆層を有する被覆工具の提供
【解決手段】基体と該基体の表面に被覆層を有し、
前記被覆層は複合窒化物層を有し、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を有し、
その平均組成を式:AlTiCrZrで表したとき、
0.010≦a/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦b/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦c/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦d/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦e/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.000≦f/(f+g)≦0.005
0.995≦g/(f+g)≦1.000
S=が1.00以上である表面被覆切削工具
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と該基体の表面に被覆層を有し、
前記被覆層は複合窒化物層を有し、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を有し、
その平均組成を式:AlTiCrZrで表したとき、
0.010≦a/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦b/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦c/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦d/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦e/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.000≦f/(f+g)≦0.005
0.995≦g/(f+g)≦1.000
S=-[a/(a+b+c+d+e)]ln[a/(a+b+c+d+e)]+[b/(a+b+c+d+e)]ln[b/(a+b+c+d+e)]+[c/(a+b+c+d+e)]ln[c/(a+b+c+d+e)]+[d/(a+b+c+d+e)]ln[d/(a+b+c+d+e)]+[e/(a+b+c+d+e)]ln[e/(a+b+c+d+e)]が1.00以上(lnは自然対数である)
であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の個々の組成を式:Ala’Tib’Crc’d’Zre’f’g’で表したとき、
loc=-[a’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[a’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[b’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[b’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[c’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[c’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[d’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[d’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[e’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[e’/(a’+b’+c’+d’+e’)]が、|Sloc-S|≦0.10である結晶粒が前記複合窒化物層または複合炭窒化物層の60面積%以上100面積%以下であることを特徴とする請求項1に記載された表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記複合窒化物層が0.50原子%以下のClを含むことを特徴とする請求項1または2に記載された表面被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の基体の表面に、被覆層を形成した被覆工具が知られており、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
そして、被覆工具の耐久性を向上させるべく、被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基体と該基体上に被覆層を有し、該被覆層は、格子定数が0.403~0.455nmの面心立方構造を有する(TiZr1-x)(C1-y)(0.4<x<0.95、0.2<y<0.9)または格子定数が0.430~0.450の面心立方構造を有する(TiHf1-x)(C1-y)(0.4<x<0.95、0.2<y<0.9)である被覆工具が記載され、前記被覆層は硬く、耐摩耗性を有するとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、基体上に0.427~0.453nmの格子定数を有するfcc構造のTi1-xMeの窒化物(0.1≦x≦0.9、MeはZr、Hfの1種以上)を被覆した被覆工具(インサート)が記載され、該被覆工具の被覆層は硬く、ステンレス鋼の乾式切削に適するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4028891号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2016/0298233号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたものであって、高硬度でかつ靭性を向上させ、熱安定性、耐酸化性に優れる被覆層を有する被覆工具を提供することを目的する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
基体と該基体の表面に被覆層を有し、
前記被覆層は複合窒化物層を有し、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を有し、
その平均組成を式:AlTiCrZrで表したとき、
0.010≦a/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦b/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦c/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦d/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦e/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.000≦f/(f+g)≦0.005
0.995≦g/(f+g)≦1.000
S=-[a/(a+b+c+d+e)]ln[a/(a+b+c+d+e)]+[b/(a+b+c+d+e)]ln[b/(a+b+c+d+e)]+[c/(a+b+c+d+e)]ln[c/(a+b+c+d+e)]+[d/(a+b+c+d+e)]ln[d/(a+b+c+d+e)]+[e/(a+b+c+d+e)]ln[e/(a+b+c+d+e)]が1.00以上である
(lnは自然対数である)。
【0008】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、以下の(1)、(2)の事項の1以上を満足してもよい。
【0009】
(1)NaCl型面心立方構造を有する結晶粒の個々の組成を式:Ala’Tib’Crc’d’Zre’f’g’で表したとき、
loc=-[a’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[a’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[b’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[b’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[c’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[c’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[d’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[d’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[e’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[e’/(a’+b’+c’+d’+e’)]が、|Sloc-S|≦0.10である前記NaCl型面心立方構造を有する結晶粒が、前記複合窒化物層または複合炭窒化物層の60面積%以上100面積%以下を占めること。
【0010】
(2)前記複合窒化物層が0.50原子%以下のClを含むこと。
【発明の効果】
【0011】
前記表面被覆切削工具は、被覆層が高硬度でかつ高靱性を有し、熱安定性、耐酸化性に優れており、そして、例えば、高速断続切削加工(通常の加工速度よりも30%以上加工速度が速い)でも使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】TiNの結晶構造の模式図を示す。
図2】AlTiCrZrの結晶構造の模式図を示す。
図3】実施例の表面被覆切削工具を製造した化学蒸着装置の模式図である。
図4図2に記載した装置のガス供給管の断面の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
表面被覆切削工具の被覆層が高硬度であることと高靱性であることとは、二律背反の関係にあり、従来の固溶強化理論では、両者を両立することは困難と考えられている。
一方、近年、ハイエントロピー合金といわれる5種類以上の元素がほぼ等しい原子割合で混ぜ合わせた合金をはじめとし、多種主要元素合金(Multi Principal Element Alloy)といわれる3種類以上の元素から構成され少なくとも2種類以上の主要元素から構成されている合金等の混合のエントロピーを高めた固溶体の研究がなされているが、被覆層について混合のエントロピーを高めた研究は未見である。
【0014】
本発明者は、被覆層を構成する固溶体(合金)に対して、特に金属成分の混合のエントロピーを高めることにより、従来の被覆層では実現できなかった二律背反の関係にある高硬度と高靱性を両立すべく鋭意検討を行った。
【0015】
その結果、被覆層を構成する特定の組成の複合炭窒化物層において、混合エントロピーを高めると、
(a)特定の組成の複合炭窒化物層が原子半径の異なる複数種類の原子から構成されることになり結晶粒内に歪みが生じて硬さと靭性が向上すること、
(b)高温下における複合炭窒化物層の熱的な安定性や耐酸化性が向上すること、
の知見を得た。
【0016】
以下では、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具について説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、「L以上、M以下」と同義であって、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値(M)と下限値(L)の単位は同じである。
【0017】
1.被覆層
以下、本実施形態に係る被覆層を構成する複合炭窒化物層を中心に説明する。
【0018】
1-1.AlTiCrZr
【0019】
(1)結晶構造
図2に、AlTiCrZr(Cにおいてf=0の場合)の結晶構造の模式図を示す。図2から明らかなように、AlTiCrZrの結晶構造は原子半径の異なる原子(カチオンサイトはAl、Ti、Cr、V、Zrのいずれかの原子(3)、アニオンサイトはN原子(2)、C原子)が、カチオンサイト、アニオンサイト毎に規則性なくランダムに混ざりあって結晶格子を形成している。そのため、図1に模式的に示すTiNの結晶構造(Ti原子(1)、N原子(2))に比して、各原子が理想的な格子点の位置から変位をしている。これにより、結晶格子内に歪(図2では点線からのずれで示される)が生じており、この歪に起因して硬さと靱性が向上する。なお、図2において各原子の変位量も模式的に示されている。
【0020】
(2)平均厚さ
被覆層を構成するAlTiCrZr層の平均厚さは、1.0μm以上、20.0μm以下であることが好ましい。その理由は、平均厚さが1.0μm未満では、平均厚さが薄いため耐久性を十分確保することができず、一方、平均厚さが20.0μmを超えると、層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるためである。複合炭窒化物層の平均厚さは3.0μm以上、16.0μm以下がより好ましい。
【0021】
(3)組成
AlTiCrZr層は、組成を式:AlTiCrZrで表したとき、
0.010≦a/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦b/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦c/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦d/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.010≦e/(a+b+c+d+e)≦0.600
0.000≦f/(f+g)≦0.005
0.995≦g/(f+g)≦1.000
S=-[a/(a+b+c+d+e)]ln[a/(a+b+c+d+e)]+[b/(a+b+c+d+e)]ln[b/(a+b+c+d+e)]+[c/(a+b+c+d+e)]ln[c/(a+b+c+d+e)]+[d/(a+b+c+d+e)]ln[d/(a+b+c+d+e)]+[e/(a+b+c+d+e)]ln[e/(a+b+c+d+e)]が1.00以上
(lnは自然対数である)
であることが好ましい。
【0022】
a、b、c、d、e、f、gの各値が上記関係を満足するとき、AlTiCrZr層の混合のエントロピーは高められ、このAlTiCrZr層は前記知見で得た(a)~(b)の物性を有する。
【0023】
Sが1.00以上であれば、格子歪みや、熱安定性、耐酸化性に優れる。Sの上限は制限がないが、熱力学上の上限値は1.61である。
【0024】
さらに、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について、その個々の組成を式:Ala’Tib’Crc’d’Zre’f’g’で表したとき、
loc=-[a’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[a’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[b’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[b’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[c’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[c’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[d’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[d’/(a’+b’+c’+d’+e’)]+[e’/(a’+b’+c’+d’+e’)]ln[e’/(a’+b’+c’+d’+e’)]が、|Sloc-S|≦0.10である結晶粒が前記複合窒化物層または複合炭窒化物層の60面積%以上100面積%以下であることが好ましい。
【0025】
a’、b’、c’、d’、e’、f’、g’の各値が上記関係を満足するとき、AlTiCrZr層における前記NaCl型の面心立方構造を有するAla’Tib’Crc’d’Zre’f’g’結晶粒においても、各元素成分の粒界等への偏析がなく均一に分散しており、結晶粒内の混合のエントロピーがより高められ、前記知見で得た(a)~(b)の物性がより高まる。
そして、|Sloc-S|が0.10以下であれば格子歪みや、熱安定性、耐酸化性により優れる。
【0026】
(4)Clの含有
微量のClを含有してもよい。Clは塩化物を原料ガスとするCVD法により成膜すればごく微量(単元素定量分析によってその存在が確認できる量)含まれるものである。そして、Clの含有量が分析装置の定量精度の含有量以上であって、0.50原子%以下であれば、AlTiCrZr層が潤滑性を有する。
【0027】
(5)NaCl型面心立方構造
AlTiCrZr層は、NaCl型面心立方構造の結晶粒を有していることが好ましい。AlTiCrZr層の逃げ面の縦断面(定義は後述する)においてNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合は、50面積%以上が好ましく、70面積%以上であることがより好ましい。その理由は、面積割合が70面積%未満であると硬さが低くなり耐摩耗性が不十分になることがあるためである。なお、前記結晶粒の全てがNaCl型面心立方構造であってもよい(100面積%であってよい)。
【0028】
(6)アスペクト比が2以上の柱状晶
AlTiCrZr層において、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒は、アスペクト比が2.0以上の柱状の結晶粒であって、縦断面において50面積%以上が好ましく、70面積%以上であることがより好ましい。その理由は、面積割合が70面積%未満であるとチッピングが発生しやすくなることがあるためである。なお、前記結晶粒の全てが、アスペクト比が2以上の柱状晶であってもよい(100面積%であってよい)。
アスペクト比の上限は、10.0が好ましい。その理由は、10.0を超えると柱状晶が破断されやすくなり、大きなチッピングが生じることがあるためである。
【0029】
1-2.その他の層
(1)下部層
Tiの窒化物層、炭化物層、炭窒化物層のうちの1層以上のTi化合物(化学量論的組成に限定されない)層からなり、その合計平均厚さが0.1~20.0μmである下部層を基体とAlTiCrZr層との間に設けた場合には、基材とAlTiCrZr層の密着性が向上し、より一層優れた耐久性が発揮される。ここで、下部層の合計平均厚さが0.1μm未満では、下部層による密着性の向上が十分ではなく、一方、20.0μmを超えると下部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0030】
(2)上部層
AlTiCrZr層の上部に、Tiの窒化物層、炭化物層、炭窒化物層、および酸化物層のうちの1種以上のTi化合物(化学量論的組成に限定されない)層、および/または、酸化アルミニウム(化学量論的組成に限定されない)層からなり、その合計平均厚さが0.1~25.0μmである上部層を設けると、より一層優れた耐チッピング性、耐摩耗性が発揮されて好ましい。ここで、合計平均厚さが0.1μm未満であると、上部層を設けても、耐チッピング性、耐摩耗性の一層の向上が達成されず、一方、25.0μmを超えると、上部層に起因するチッピングが発生しやすくなる。
【0031】
(3)意図せずに生じる層
CVD炉内のガス圧や温度が不安定になるとき、AlTiCrZr層、下部層、上部層とは異なる層が意図せずにごくわずか製造されることがある。
【0032】
2.基体
(1)材質
材質は、従来公知の基体の材質であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例をあげるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Zr、Ta、Nb、Cr等の炭化物または窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0033】
(2)形状
基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ソリッド工具の形状が例示できる。
【0034】
3.測定方法
以下のようにして、本実施形態のAlTiCrZr層の平均厚さ、組成、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒の面積割合を求める。
【0035】
(1)平均厚さ
ここで、AlTiCrZr層等の平均厚さは以下のようにして求めることができる。クロスセクションポリッシャー装置(Cross section Polisher:CP)等を用いて、被覆層の縦断面の観察用の試料を作製し、その断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)により観察し、複数箇所(例えば、5箇所)の層の厚さを測定して、これらを単純平均することによりAlTiCrZr層の平均厚さとする。なお、基体の表面の定義は後述する。
【0036】
ここで、縦断面とは、インサートでは基体の表面における微小な凹凸を無視し、平らな面として扱ったときの基体の表面に垂直な断面をいう。
【0037】
本明細書において、基体の表面とは、縦断面の観察像における、基体と被覆層の界面粗さの平均線(直線)とする。
【0038】
すなわち、前記縦断面の観察像より被覆層(下部層が存在すれば、被覆層の代わりに下部層を用いる)と基体の界面を定め、得られた表面被覆層と基体との界面の粗さ曲線について、平均線を引き、これを基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を基体に垂直な方向(層の厚さ方向)とする。
【0039】
また、基体が曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の厚さに対して曲面の曲率半径が十分に大きければ、測定領域における表面被覆層と基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により基体の表面を決定することができる。
【0040】
(2)元素割合及び塩素含有量
AlTiCrZr層の元素割合及び塩素含有量は、以下のようにして求める。
Al、Ti、Cr、V、Zrの元素割合a/(a+b+c+d+e)、b/(a+b+c+d+e)、c/(a+b+c+d+e)、d/(a+b+c+d+e)、e/(a+b+c+d+e)および、C、Nの元素割合f/(f+g)、g/(f+g)、及び塩素含有量については、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyser)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点の平均値とする。
【0041】
また、被覆層のNaCl型面心立方構造の結晶粒におけるAl、Ti、Cr、V、Zrの元素割合a’/(a’+b’+c’+d’+e’)、b’/(a’+b’+c’+d’+e’)、c’/(a’+b’+c’+d’+e’)、d’/(a’+b’+c’+d’+e’)、e’/(a’+b’+c’+d’+e’)については、前記被覆層の縦断面の研磨面に対してエネルギー分散型X線分析法(EDS:Energy dispersive X-ray spectroscopy)を用い、電子線を縦断面から照射し、前記層の任意のNaCl型面心立方構造の結晶粒における面分析を行って得られたAl、Ti、Cr、V、Zrの組成解析結果を基に平均値として求めることができる。
【0042】
(3)AlTiCrZr層の結晶構造の同定および面積割合
AlTiCrZr層について、NaCl型の面心立方構造の結晶粒の面積割合は以下のようにして求める。
最初に、結晶粒界を特定する。すなわち、縦断面を研磨し表面研磨面を得て、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)に付属する結晶方位解析装置を用いて、前記表面研磨面の法線方向に対して、例えば、0.5度以上、1.0度以下に傾けた電子線をPrecession(歳差運動)照射しながら、各測定点に対し、電子線を任意のビーム径および間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込む。
【0043】
そして、個々の測定点を解析することで、NaCl型の面心立方構造の有無とその結晶方位を求めることができる。例えば、幅2000nm、高さは被覆層の厚みが全て含まれるよう設定された観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0044】
なお、測定に用いた電子回折パターンの取得条件は、例えば、加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは二次元方向に10.0nmである。このとき、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として正方形状のものが例示できる。
【0045】
このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造を示す場合は、これらピクセルの接する領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。
【0046】
ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0047】
そして、このNaCl型の面心立方構造である結晶粒の面積割合は、前記観察視野の全面積に対して特定されたNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の合計の面積が占める割合として算出する。切削刃先ごとに5以上の観察視野で同様の測定を行い全ての切削刃先の測定結果の平均値を、AlTiCN層を構成するNaCl型の面心立方構造の結晶粒の面積割合とする。
【0048】
(4)AlTiCrZr層のアスペクト比
AlTiCN層の縦断面を研磨する。
観察視野は被覆層の厚みが全て含まれるよう設定された長方形の観察視野で、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を20以上含む大きさであることが好ましい。
【0049】
粒界判定を行い、結晶粒を特定する。次に、画像解析を行い、ある結晶粒iにおける基体の表面と垂直方向の最大長さH、結晶粒iにおける基体に平行方向(基体の表面を平らな面と扱ったとき、この面に平行な方向)の最大長さである粒子幅W、結晶粒iの面積Sを測定する。結晶粒iのアスペクト比AはA=H/Wとして算出する。
【0050】
4.製造方法
本実施形態のAlTiCrZr層の製造方法は、例えば、AlCl、TiCl、CrCl、VCl、ZrCl、H、HCl、N、CHCN、Ar、Hの各ガスを用いて、CVD法により行うことができる。
【0051】
ここで、ガス群Aとガス群Bとは、熱CVD装置の反応容器内の空間で被成膜物の直前までガスを分離して供給し、被成膜物の直前でガス群Aとガス群Bが混合し、反応させるようにする。これは、互いに反応活性の高いガス種を成膜領域にわたって均一に成膜するために有効であり、詳細な技術内容は、例えば、特許6358420号公報に開示されている。
【0052】
同公報に記載されている成膜装置は、図3、4に示すガス供給管を有しており、その構造を説明する。
図3、4に示すように、その中心を中心に所定の回転速度で回転する円筒管であるガス供給管(4)は、その軸心方向に沿って延びる仕切部材により、内部をほぼ二等分され、ガス群A流通部(7)とガス群B流通部(8)を有している。
【0053】
ガス供給管(4)には、図3に示すようにほぼ同じ高さの位置にある噴出口対を構成するガス群A噴出口(5)とガス群B噴出口(6)が高さ方向に沿って複数設けられている。
【0054】
図4に示すガス群A噴出口(5)とガス群B噴出口(6)は、同じ噴出口対に属しており、ガス群A噴出口(5)の外周側開口端の中心(9)とガス群B噴出口(6)の外周側開口端の中心(10)の中心との距離(12)が規定されている。また、ガス群A噴出口(5)の外周側開口端の中心(9)とガス供給管の回転軸中心(11)とガス群B噴出口(6)の外周側開口端の中心(10)の中心とのなす角を回転軸と垂直な面に投影した角度(13)が規定されている。
【実施例0055】
以下、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。すなわち、基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具をあげるが、基体の材質は前述のものであればよく、その形状は前述のとおりソリッド工具等の形状であってもよい。
【0056】
1.基体の製造
原料粉末として、WC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形した。
【0057】
その後、この圧粉体を5Paの真空中、1420℃の温度にて1時間保持した条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.06mmのホーニング加工を施した三菱マテリアル社製のSEMT13T3AGSN-JMのインサート形状をもったWC基超硬合金製の基体A~C、および、焼結後、切刃部にR:0.05mmのホーニング加工を施した三菱マテリアル社製のCNMG120408-MAのインサート形状をもったWC基超硬合金製の基体D~Fを製造した。
【0058】
2.成膜
基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、AlTiCrZr層を成膜し、表5に示す実施例1~10を得た。成膜条件は、表2に示すとおりであったが、概ね、次のとおりであった。
【0059】
反応ガス組成(ガス成分の含有量は、容量%である):
ガス群A:
AlCl:0.01~0.09%、TiCl:0.01~0.09%、
CrCl:0.01~0.79%、VCl:0.01~0.09%、
ZrCl:0.01~0.19%、Ar:10.0~30.0%、
:0.0~10.0%、C:0.0~0.5%、H:1.0~10.0%
ガス群B:
NH:0.30~0.50%、Ar:0.0~5.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、
反応雰囲気温度:700~850℃
【0060】
ここで、ガス群Aとガス群Bは、それぞれ、前述の特許6358420号公報に記載されたCVD装置の、原料ガスA、原料ガスBとして供給された。ガス供給管の回転速度、ガス供給管のガス群A噴出口(5)の外周側開口端の中心(9)とガス群B噴出口(6)の外周側開口端の中心(10)の中心との距離(12)、ガス群A噴出口(5)の外周側開口端の中心(9)とガス供給管の回転軸中心(11)とガス群B噴出口(6)の外周側開口端の中心(10)の中心とのなす角を回転軸と垂直な面に投影した角度(13)は以下のとおりである。
【0061】
ガス供給管の回転速度:20rpm
距離(12):6mm
角度(13):16度
【0062】
なお、実施例1~10については、表3に示す条件により表4に示す下部層および/または上部層を成膜した。
【0063】
比較のために、基体A~Fの表面に表2に示す成膜条件によって、AlTiCrZr層を成膜し、表5、6に示す比較例1~10を得た。
比較例の製造工程については原料ガスの組成を実施例とは変えた。
なお、比較例1~10については、表3に示す条件により表4に示す下部層および/または上部層を成膜した。
【0064】
前記実施例1~10、比較例1~10、および、従来例1~2について、前述した方法を用いて、各層の平均厚さ、各元素含有量、平均塩素含有量、NaCl型面心立方構造の面積割合、アスペクト比が2.0以上の柱状の結晶粒の割合を測定した。
【0065】
これらの結果を表5、6にまとめた。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
【表3】
【0069】
【表4】
【0070】
表4において、「-」は該当する層が存在しないことを示す。
【0071】
【表5】
【0072】
表5において、
「*」は、Tiを事実上含まないため、S=-[a/(a+b+c+d+e)]ln[a/(a+b+c+d+e)]+[c/(a+b+c+d+e)]ln[c/(a+b+c+d+e)]+[d/(a+b+c+d+e)]ln[d/(a+b+c+d+e)]+[e/(a+b+c+d+e)]ln[e/(a+b+c+d+e)]より算出したことを
「**」は、分析装置の定量精度以下の含有量であったため、塩素のみの単元素検出による分析によって塩素の特性X線スペクトルによるピークを確認し塩素が微量に含有されていることを確認したことを、それぞれ、示している。
【0073】
続いて、実施例1~5、比較例1~5の各種被覆工具基体について、炭素鋼S55Cの乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験(切削試験1)を、実施例6~10、比較例6~10の各種被覆工具基体について、工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、炭素鋼S55Cの長さ方向等間隔8本の縦溝入り丸棒の乾式高速断続切削試験(切削試験2)を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
【0074】
この切削試験は逃げ面摩耗が進行しやすい加工であるとともに断続加工を含むため刃先がチッピングしやすい。そのため、耐摩耗性と耐チッピング性の双方が求められる加工であるため、硬さと靭性の評価に適している。
【0075】
切削試験1
乾式高速正面フライス、センターカット切削加工
カッタ径: 125mm
被削材: JIS S55C 幅100mm、長さ400mmブロック材
回転速度: 891/min
切削速度: 350m/min
切り込み: 2.0mm
一刃送り量: 0.2mm/刃
切削時間: 20分
(通常切削速度は、150~250m/min)
【0076】
切削試験2
乾式高速断続切削加工
被削材: JIS S55C 長さ方向等間隔8本の縦溝入り丸棒
切削速度: 300m/min
切り込み: 2.0mm
送り: 0.2mm/rev
切削時間: 10分
(通常切削速度は、150~200m/min)
【0077】
表6、7に、切削試験1および2の結果を示す。なお、比較例1~10については、チッピングまたは逃げ面摩耗(寿命判定基準:逃げ面摩耗幅0.2mm)が原因で寿命に至るまでの切削時間を示している。
【0078】
【表6】
【0079】
【表7】
【0080】
表6、7において、比較例の寿命に至る切削時間(分)とは、チッピングまたは逃げ面摩耗(寿命判定基準:逃げ面摩耗幅0.2mm)が原因で寿命に至るまでの切削時間を示している。
【0081】
表6、7に示す結果から明らかなように、実施例はいずれも摩耗量が少なく、チッピングの発生がなく、硬さと靱性が共に向上しており、長期にわたって優れた切削性能を発揮する。
これに対して、比較被例1~10は、いずれもチッピングの発生または逃げ面摩耗の進行により、短時間で使用寿命に至っている。
【符号の説明】
【0082】
1 Ti原子
2 N原子
3 Al、Ti、Cr、V、Zrの何れかの原子
4 ガス供給管
5 ガス群A噴出口
6 ガス群B噴出口
7 ガス群A流通部
8 ガス群B流通部
9 ガス群A噴出口の外周側開口端の中心
10 ガス群B噴出口の外周側開口端の中心
11 回転軸中心
12 距離
13 角度
図1
図2
図3
図4