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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147914
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】流体流路及びその利用
(51)【国際特許分類】
   B81B 1/00 20060101AFI20231005BHJP
   B81C 1/00 20060101ALI20231005BHJP
   B01J 19/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
B81B1/00
B81C1/00
B01J19/00 321
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055688
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】舟山 啓太
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏哉
(72)【発明者】
【氏名】三浦 篤志
【テーマコード(参考)】
3C081
4G075
【Fターム(参考)】
3C081AA17
3C081BA01
3C081BA09
3C081BA23
3C081CA02
3C081CA14
3C081CA15
3C081CA19
3C081DA03
3C081EA27
3C081EA28
3C081EA29
3C081EA31
4G075AA13
4G075AA39
4G075AA65
4G075AA70
4G075BA10
4G075BB10
4G075BD16
4G075DA02
4G075EB50
4G075FA05
4G075FA06
4G075FB01
4G075FC20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】流体の移送の方向性や駆動力などの移送特性の設計自由度に優れ、また、容易に作製できる流体流路を提供する。
【解決手段】流体流路は、流体10の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有するように形成された微細構造4を有する移送領域2を1又は2以上備える。また、前記移送領域2は、前記移送方向に沿って、前記流体10の表面張力が徐々に小さくなるように構成されて、移送領域2は、微細構造4の構造上の傾斜を有することを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体流路であって、
流体の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送領域を1又は2以上備える、流体流路。
【請求項2】
前記移送領域は、前記移送方向に沿って、前記流体の表面張力が徐々に小さくなるように構成されている、請求項1に記載の流体流路。
【請求項3】
前記移送領域は、前記微細構造の構造上の傾斜を有する、請求項1又は2に記載の流体流路。
【請求項4】
前記微細構造は、前記移送領域の表面における凸状部及び/又は凹状部を含む、請求項1~3のいずれかに記載の流体流路。
【請求項5】
前記凸状部及び/又は前記凹状部は、前記移送領域の構成材料の表面を凹状に加工して形成されている、請求項4に記載の流体流路。
【請求項6】
前記移送領域は、前記移送方向に沿って、前記流体に対する化学的親和性が増大している、請求項1~5のいずれかに記載の流体流路。
【請求項7】
前記移送領域の一部又は前記移送領域とは別に、前記流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送抑止領域を備える、請求項1~6のいずれかに記載の流体流路。
【請求項8】
流体流路であって、
流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送抑止領域を備える、流体流路。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の流体流路を備える、流体デバイス。
【請求項10】
流体流路の製造方法であって、
流体流路の構成材料の表面を凹状に加工して、複数の凸状部及び/又は凹状部を、流体流路を移送される流体の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜又は複数の凸状部及び/又は凹状部を、前記流体流路を移送される流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成する工程を備える、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、流体の移送等を制御可能な流体流路及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
流体を、外部エネルギーを用いることなく意図した方向に移動する流体移送装置が開示されている(特許文献1)。この移送装置では、疎水性表面と親水性表面とを交互に配置したパターンを連続して配置して、それぞれの表面に単一液滴に接触させることにより、液滴を大きな接触角をもつ表面から小さな接触角にもつ表面に移動させる。そして、これを連続的に生じさせることにより液体がパターンの形成方向に移送されるようになっている。
【0003】
また、別に、傾斜した鋸歯面を有する鋸歯状の凸部を連続的に形成し、鋸歯面では基部近傍では高接触角を持ち、先端部では低接触角を持つことを利用して、液滴を鋸歯の低接触角側に移動させる。そして、これを連続的に生じさせることにより、液体が、鋸歯の形成方向に移送されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2012-503137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の装置では、液体が、装置の所定の表面に適用されると自律的に意図した単一の方向に移送される。しかしながら、上記装置では、移送方向に沿って異種材料を用いたり、鋸歯状の凸部を形成したりしなければならない。このため、液体を単一方向に移送することは比較的容易であっても、流体の種々の方向性やパターンで移送させるように構成ことは困難であった。また、上記装置では、低接触角側への反復移動による移送を利用しており、移送の駆動力も大きいとはいえなかった。
【0006】
本明細書は、流体の移送の方向性や駆動力などの移送特性の設計自由度に優れ、また、容易に作製できる流体流路を提供する。また、本明細書は、かかる流体流路を用いたデバイスなどへの利用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、流体が有する表面自由エネルギー(表面張力)が徐々に小さくなるような傾斜したエネルギー場を流路表面に形成できれば、その流体の表面自由エネルギーが小さくなる方向に移送できると考えた。さらに、本発明者らは、固体表面の表面自由エネルギーは、微細構造等によって大きく変化することから、固体の表面自由エネルギーが大きくなるような傾斜を微細構造に付与することで、固体の表面自由エネルギーが徐々に大きくなるエネルギー場を形成できるであろうと考えた。
【0008】
本発明者らは、流路表面の表面自由エネルギーが徐々に大きくなるように傾斜したエネルギー場を形成することで、流路表面に接する流体の表面自由エネルギーを徐々に低下させ、それにより流体の移送が可能であることを見出した。一方、流路表面の表面自由エネルギーが徐々に小さくなるように傾斜したエネルギー場を形成することで、流路表面に接する流体の表面自由エネルギーを徐々に大きくさせ、それにより流体の移送抑止、すなわち、停止又は保持が可能であることを見出した。本明細書は、かかる知見に基づき以下の手段を提供する。
【0009】
[1]流体流路であって、
流体の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送領域を1又は2以上備える、流体流路。
[2]前記移送領域は、前記移送方向に沿って、前記流体の表面張力が徐々に小さくなるように構成されている、[1]に記載の流体流路。
[3]前記移送領域は、前記微細構造の構造上の傾斜を有する、[1]又は[2]に記載の流体流路。
[4]前記微細構造は、前記移送領域の表面における凸状部及び/又は凹状部を含む、[1]~[3]のいずれかに記載の流体流路。
[5]前記凸状部及び/又は前記凹状部は、前記移送領域の構成材料の表面を凹状に加工して形成されている、[4]に記載の流体流路。
[6]前記移送領域は、前記移送方向に沿って、前記流体に対する化学的親和性が増大している、[1]~[5]のいずれかに記載の流体流路。
[7]前記移送領域の一部又は前記移送領域とは別に、前記流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送抑止領域を備える、[1]~[6]のいずれかに記載の流体流路。
[8]流体流路であって、
流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送抑止領域を備える、流体流路。
[9][1]~[8]のいずれかに記載の流体流路を備える、流体デバイス。
[10]流体流路の製造方法であって、
流体流路の構成材料の表面を凹状に加工して、複数の凸状部及び/又は凹状部を、流体流路を移送される流体の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜又は複数の凸状部及び/又は凹状部を、前記流体流路を移送される流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成する工程を備える、製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本明細書に開示される移送領域の概要の一例を示す図であり、(a)は、微細構造が有する表面自由エネルギーの傾斜の一例を示し、(b)は、移送領域の上流側における液滴を示し、(c)は、移送領域の下流側における液滴を示す。
図2】実施例1の移送領域の構造を示す図である。
図3】実施例1の移送領域における液体の移送状態を示す図である。
図4】実施例2における移送領域の構造及び液体移送状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書の開示は、流体流路及びその利用に関する。本明細書に開示される流体流路によれば、流路における移送領域を、流路表面の表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有することができる。これにより、したがって、異種材料を用いたり、特定の鋸歯状体の反復パターンを用いたりすることなく移送領域を形成し、流体を自律的に意図する方向に移送することができる。同様に、流路表面の表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成された微細構造も有することができる。これにより、上記と同様、容易にかつ自律的に液体の移送を抑止することができる。
【0012】
以上のとおり、本明細書に開示される流体流路は、表面自由エネルギーが変化するように微細構造を備えることにより、流体の移送方向、駆動力、停止/保持等を設計できるとともに、高い設計自由度で、流体の移送を容易に制御することができる。
【0013】
図1(a)は、流体流路の移送領域2の一例の拡大図である。図1(a)に示すように、移送領域2における微細構造4は固体で形成されており、多数個の円柱状の凸状部6が、矢印方向に沿って徐々にその直径が小さくなり、相対的に底部8が拡大するように配置されている。なお、この移送領域2はSi基板の表面をエッチングして凸状部6を形成したものであり、露出された底部8及び凸状部6の側面は、凸状部6よりも大きい表面自由エネルギーを備えている。
【0014】
図1(a)中、移送領域2の右斜め上方は、固体の表面自由エネルギーが小さい領域となっている。ここで、固体の表面自由エネルギーが小さければ、かかる固体上の液体(流体)10は、液体自身の表面自由エネルギーが最小になる作用が優り、結果として、図1(b)に示すように、液体10が自身の表面積を小さくするように、すなわち、接触角が大きくなる。この状態では、液体10の表面自由エネルギーは一定の高さを保持している。
【0015】
一方、図1(a)中、移送領域2の左斜め下方は、固体の表面自由エネルギーが大きい領域となっている。固体の表面エネルギーが大きければ、固体自身の表面自由エネルギーが最小になるように固体表面に液体を吸着する作用が勝り、結果として、図1(c)に示すように、液体10は固体表面に吸着されて広がり、接触角が小さくなる。この状態では、液体10の表面自由エネルギーは低下している。
【0016】
液体10を含めた物体は、自身の表面自由エネルギーが小さくなる状態になろうとする。固体の表面自由エネルギーが徐々に大きくなる微細構造4上では、液体10は、自身の表面自由エネルギーをより小さくするために、固体上のより大きな表面自由エネルギーを有する側に駆動されることになる。
【0017】
一方、移送領域2の左斜め下方から右斜め上方に向かって、固体の表面自由エネルギーを徐々に小さくなっており、液体10の表面自由エネルギーが増大してしまうため、液体の当該方向への移送は抑止されることになる。
【0018】
このように、本明細書に開示される流体流路の移送領域は、固体の表面自由エネルギーを大きくする傾斜を有する微細構造によって、液体の表面自由エネルギーを小さくする方向に液体を駆動することにより、液体を移送することができる。
【0019】
なお、図1においては、Si基板のエッチングにより、移送領域2において、底部8等と凸状部6の頂面とが異なる表面自由エネルギーを有することになり、結果として、固体の表面自由エネルギーの傾斜が増大されている。しかしながら、微細構造の構造上の傾斜のみによって固体の表面自由エネルギーを大きくすることができることは明らかであり、本明細書に開示される流体流路の移送領域は、図1に示される形態に限定されるものではない。
【0020】
以下、本明細書に開示される流体流路(以下、単に、流体流路ともいう。)及びその製造方法等について詳細に説明する。
【0021】
(流体流路)
流体流路は、流体の移送領域を有している。ここで、流体とは、液体を意味している。液体の種類は、特に限定するものではなく、移送領域を形成する材料を選択することにより、種々の液体を移送する移送領域を形成できる。
【0022】
液体としては、例えば、水、溶質を含む水溶液、水と相溶する有機溶媒との混液、水と相溶する極性の高い有機溶媒などの親水性液体が挙げられる。また、液体としては、親油性液体であってもよく、非極性の有機溶媒や、油脂、あるいはこれらの混液等が挙げられる。
【0023】
移送領域は、流体を、意図した移送方向に移送するための領域である。流体流路は、移送領域を1又は2以上有することができる。移送領域を構成する材料は、特に限定するものではないが、微細構造の制御により、液体の移送方向を制御するのに好適な表面自由エネルギーを有する材料が選択される。当業者であれば、移送しようとする液体と、こうした液体の移送に適した材料を、公知の材料から適宜選択できる。例えば、流体流路が有する1つの移送領域は、単一材料から形成されている。単一材料で形成されることで、この1つの移送領域の移動方向の制御が容易であり、こうした移送領域の作製も容易である。流体流路が有する全ての移送領域が同一材料であってもよい。
【0024】
移送領域における流体の移送方向は、直線であってもよく、2以上の方向性を持った直線成分の組合せ、すなわち、屈曲点を有する直線であってもよい。また、移送方向は、曲線であってもよい。移送領域における移送方向を、微細構造の傾斜によりデザインできるため、1つの移送領域においても、多様な移送方向を形成することができる。
【0025】
さらに、移送方向は、概ね水平面内における方向であってもよいが、一定の場合、鉛直方向に角度を有する傾斜面における方向であってもよい。傾斜面における方向の場合、重力に従う方向(いわゆる下方)側を指向するほか、重力に逆らう方向であってもよい。
【0026】
移送領域は、流体の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有している。ここで、微細構造とは、具体的には、移送領域の表面における、幾何学的な表面の凹凸構造である。かかる凹凸構造としては、特に限定するものではないが、例えば、表面における凸状部及び凹状部であり、さらに、これらの組合せであって、規則的あるいは不規則な凹凸反復構造などが挙げられる。
【0027】
ここで、凸状部とは、例えば、表面上に個々に独立して計数できるように形成されているとき、凸状部で凹凸構造を特徴付けることができる。また、凹状部とは、表面上において凹状部が独立して計数できるように形成されているとき、凹状部で凹凸構造を特徴付けることができる。また、凸状部及び凹状部は、表面に平行な断面又は開口の形状が、方形状、球状等、特に限定されない。また、凸状部及び凹状部は、表面に垂直な方向の断面又は深さ方向の開口形状が、方形状、三角形状、球状、半球状、台形状等、特に限定するものではないが、に
【0028】
また、規則的な凹凸反復構造としては、例えば、波線構造や、櫛歯状構造、鋸歯状構造のほか、フラクタル表面等が挙げられる。不規則な凹凸反復構造としては、例えば、プラズマやエッチング処理などによる粗面処理表面などが挙げられる。
【0029】
移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有する微細構造としては、換言すれば、移送方向に向かって液体の表面張力が徐々に小さくなるように、液体の撥液性が小さくなるように構成されているといえる。
【0030】
こうした、表面自由エネルギーの傾斜は、凹凸構造の構造上の傾斜により付与することができる。こうした構造上の傾斜の付与にあたっては、移送領域を構成する材料が本来的に有する表面自由エネルギーのほか、当業者によく知られたWenzel状態の粗面におけるWenzel式、複合面におけるCassie-Baxter式、ピン止め効果等が適宜参照される。凹凸構造と撥液性等の関係には、個々の形状のほか、そのパターンや向きなども重要であり、場合によっては、材料によってまた液体によって逆の構造上の変化が、移送しようとする液体の撥液性を低下させる場合がある。
【0031】
移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜を有する微細構造としては、換言すれば、移送方向に向かって液体の表面張力が徐々に小さくなるように、撥液性が小さくなるように構成されているといえる。撥液性を小さくするとは、例えば、いわゆる、各種公知の撥液性を向上させる凹凸構造とは逆の特徴を増大するようにすればよい。
【0032】
撥液性を変化させるには、異なる個数及び/又は異なるサイズ及び/又は異なる配置密度を凹凸構造に適用すればよい。例えば、凸状部又は凹状部の数を増減、サイズの増減、密度の増減が挙げられる。例えば、凸状部又は凹状部の個数/サイズ/密度を徐々に減少させれば、表面自由エネルギーは大きくなる場合があり、また、逆の場合もある。
【0033】
また例えば、凹凸反復構造の、凹凸の振幅、周期等の増減が挙げられる。例えば、凹凸反復構造の凹凸の振幅/周期を徐々に小さくすることで、表面自由エネルギーは大きくなる場合があり、また逆の場合もある。
【0034】
さらに、これらに加えて又は独立して、凹凸構造自体の表面自由エネルギーを大きくさせるような形状に徐々に変化させてもよい。
【0035】
こうした凹凸構造の変化に加えて、凹凸構造の少なくとも一部に液体との化学的親和性を増大させることで、結果として、凹凸構造の表面自由エネルギーを増大させることができる。例えば、移送領域を形成する材料の表面を、例えば、化学エッチングやプラズマエッチングにより凹状に加工して、凸状部、凹状部及びこれらの凹凸反復構造などを形成した場合、エッチングされて材料から露出された面には、エッチングによる粗面化による物理学的親和性向上のほか、エッチングにより発生した化学種が生成したり、不純物が残留したりすることがある。このような表面状態が形成されると、液体に対し化学的親和性を増大させる場合がある。例えば、材料の表面を凹状に加工して形成された複数の凸部を形成したとき、凸部の頂部は加工前と同じ化学的親和性を有しているが、凸部の周囲の露出された底部や、凸部の側面は、加工により露出されたため、加工に伴って液体に対する物理的親和性及び化学的親和性が変化している場合がある。
【0036】
例えば、液体が水であり、移送領域を形成する材料が、単結晶又は多結晶性のSi系材料の場合、こうして露出された表面が、凹凸構造の形成とともに、水に対する化学的親和性を増大させて、液体の移送の駆動力を増大させることがある。
【0037】
こうした凹状加工により、結果として、異種の表面が形成されて液体に対する化学的親和性が向上されるなどして固体の表面自由エネルギーが大きくなるように傾斜する移送領域も、本明細書に開示される流体流路の移送領域に包含される。
【0038】
以上説明したように、流体流路の移送領域においては、微細構造に表面自由エネルギーが大きくなるような傾斜を付与することで、液体の移送方向を制御することができる。このため、緻密な移送方向制御も可能になる。また、この移送領域においては、半導体などにおける微細構造の作製技術の適用により、容易に、微細構造に表面自由エネルギーの傾斜を形成できる。
【0039】
本明細書によれば、移送領域の表面自由エネルギーを徐々に増大させることで、その傾斜方向に従い液体を移送することができる。同時に、表面自由エネルギーを徐々に小さくなる傾斜を有するように形成された微細構造を有する移送抑制領域を形成することもできる。かかる移送抑止領域では、その傾斜方向への液体の移送を抑制できる。すなわち、液体を停止又は保持することができる。こうした移送抑止領域を備えることで、一層、液体の移送方向の制御も容易にかつ精度を高めることができる。また、こうした移送抑止領域を備えることで、液体を意図した領域に保持又は停止させることもできる。
【0040】
流体流路は、こうした移送抑止領域を、移送領域の一部又は移送領域とは独立して備えることができる。移送抑止領域は、例えば、移送領域の一部や端部に形成されていてもよく、移送領域を構成する材料から移送領域と同時に形成されていてもよい。
【0041】
(流体デバイス)
本明細書に開示される流体デバイスは、上記した各種態様の移送領域ないし流体流路を備える。こうした流体デバイスは、複数の異なる方向に流体を容易に移送することができる。したがって、従来に比較して、より小型化でき、かつ精度の高い、液体制御が可能な流体デバイスを提供できる。流体デバイスとしては、液体の流通を伴うデバイスであれば特に限定するものではないが、例えば、各種の診断、検査、計測などに用いるバイオデバイス、環境評価等のための評価デバイスなど、種々の化学反応を行う流体デバイスが挙げられる。
【0042】
(流体流路の製造方法)
本明細書に開示される流体流路の製造方法は、流体流路の構成材料の表面を凹状に加工して、複数の凸状部及び/又は凹状部を、流体流路を移送される流体の移送方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に大きくなる傾斜、又は複数の凸状部及び/又は凹状部を、前記流体流路を移送される流体の移送抑止方向に向かって表面自由エネルギーが徐々に小さくなる傾斜を有するように形成する工程を備える、ことができる。この製造方法によれば、容易にしかも多様な形態で表面自由エネルギーが変化させて、液体の高度な移送制御が可能となる。
【0043】
こうした複数の凹状部及び凸状部は、移送領域を構成する材料を、種々のエッチング、切削加工等により、凹状に加工することにより、得ることができる。こうした各種の凹状加工の手法は、半導体分野において公知の手法を適宜採用することができる。例えば、スパッタエッチング、ガスエッチング、リアクティブイオンエッチング(RIE)を含むプラズマエッチングなどの物理的エッチングを用いると、加工表面の粗面化(凹凸面積の増大)が期待でき、表面自由エネルギーの増大に効果的な場合がある。
【実施例0044】
以下、本明細書の開示をより具体的に説明するために具体例としての実施例を記載する。以下の実施例は、本明細書の開示を説明するためのものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例0045】
本実施例では、Si単結晶基板を用いて、移送領域を形成し、この移送領域に水を所定量滴下して、移送領域上の水の移動状況を観察した。
【0046】
図2に示すように、Si単結晶基板の表面に、RIEであって、CF4ガスの基板への衝突作用による物理的エッチングが優位となる条件で、図中A点を含んで基板の短手方向に沿って伸びる帯状領域に直径50μmで高さ200nmの複数の円柱体の配列を形成し(図中A枠参照)、さらに、図中B点に向かって徐々に小さい直径で同一高さ(200nm)の円柱体の配列を複数の帯状領域に渡って形成し、図中B点を含む帯状領域では、直径200nmで高さ200nmの複数の円柱体の配列を形成した(図中B枠参照)。なお、図2の左図は、基板における周期的構造を示す光学顕微鏡像であり、右図は、A点及びB点の各近傍の電子線顕微鏡像を示す。
【0047】
この基板においては、円柱体の頂面は、当初のSi基板の表面自由エネルギーを有するが、円柱体の外周面及び露出された底部では、RIEの作用により、化学種が残存したこと及び粗面化により、化学的親和性と物理的親和性との双方が向上していることが考えられ、これらの表面では、頂面よりも表面自由エネルギーが増大しているといえる。この結果、A点側からB点側に向かって、結果として、移送領域の表面自由エネルギーが徐々に大きくなっていると考えられた。
【0048】
この加工したSi基板表面のA点に、1~3μlの純水の液滴を連続的に滴下して基板上の液滴の形状を観察した。また、B点に、1~5μlの純水の液滴を連続的に滴下して同様に観察した。結果を、図3に示す。
【0049】
図3左図に示すように、A点に滴下された純水は、滴下量が増大するにつれ、徐々にB点側(X方向)に拡張するように移動する傾向を示した。一方、図3右図に示すように、B点に滴下された純水は、滴下量が増大しても、A点側に拡張できずB点側に留まる傾向を示した。
【0050】
以上のことから、本実施例で作製したSi基板のような微細構造を形成することで、移送領域における表面自由エネルギーをA点からB点への増大することができ、液体の移送方向をA点からB点へ方向制御できることがわかった。また、B点からA点への向かうように、表面自由エネルギーを減少させることにより、B点において液体を保持又は停止させうることもわかった。
【実施例0051】
本実施例でも、Si単結晶基板を用いて、移送領域を形成し、この移送領域に水を所定量滴下して、移送領域上の水の移動状況を観察した。
【0052】
図4左図に示すように、Si単結晶基板の表面に、RIEであって、CF4ガスの基板への衝突作用による物理的エッチングが優位となる条件で、基板の中心から左右側に向かう逆V字状の帯状領域を、基板の上下方向に複数設定した。基板最上端の帯状領域では、その中心から左右方向に直径が5μmから4μm(高さ200nm)で徐々に小さくなる複数の円柱体の配列を形成した。さらに、基板下端側に向かう帯状領域で、基板中心から左右方向に、5μmよりも小さい直径から左右方向にさらに徐々に直径が小さくなる円柱体(高さ200nm)の配列を形成した。順次、こうした帯状領域を形成し、基板の最下端の帯状領域では、基板中心から左右方向に、直径が1.2μmから0.2μmに徐々に小さくなる円柱体(高さ200nm)の配列を形成した。この結果、基板の中心部においては、円柱体の直径サイズが、5μmから1.2μmに減少し、基板の両端部においては、円柱体の直径サイズが、4μmから0.2μmに減少する配列となった。なお、図4の左図は、周期的構造を示す光学顕微鏡像である。
【0053】
この基板においても、実施例1と同様に、円柱体の頂面は、当初のSi基板の表面自由エネルギーを有するが、円柱体の外周面及び露出された底部では、化学的親和性と物理的親和性との双方が向上していることが考えられ、これらの表面では、頂面よりも表面自由エネルギーが増大しているといえる。すなわち、単結晶基板には、基板中心部から左右方向に表面自由エネルギーが徐々に大きくなるとともに、基板上方から下方に向かっても表面自由エネルギーが徐々に大きくなる、表面自由エネルギーの傾斜構造が形成されていると考えられた。
【0054】
この加工したSi基板表面のC点に、5μlの純水の液滴を連続的に滴下して基板上の液滴の形状を観察した。結果を、併せて図3に示す。
【0055】
図3右図に示すように、C点に滴下された純水は、C点が含まれる帯状領域から右斜め下方に移動し、さらに、下方に移動したが、中心線を超えなかった。
【0056】
以上のことから、本実施例で作製したSi基板では、基板中心部から左右方向に表面自由エネルギーが徐々に大きくなるとともに、基板上方から下方に向かっても表面自由エネルギーが徐々に大きくなる、表面自由エネルギーの傾斜構造が形成されているために、液滴に対して、斜め下方を指向する駆動力が作用して、右斜め下方に移動したと考えられた。
このように、表面自由エネルギーの傾斜構造を組み合わせること(本実施例では2方向性の傾斜構造の組合せ)により、液体の移送方向をデザインして、任意の方向を指向させうることがわかった。
図1
図2
図3
図4