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特開2023-147966撥水済導電性多孔質基材およびその製造方法、並びにガス拡散電極およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023147966
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】撥水済導電性多孔質基材およびその製造方法、並びにガス拡散電極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/88 20060101AFI20231005BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20231005BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20231005BHJP
【FI】
H01M4/88 C
H01M4/88 H
H01M4/96 B
H01M4/96 M
H01M8/10 101
H01M4/96 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055774
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 悠介
(72)【発明者】
【氏名】榛葉 陽一
【テーマコード(参考)】
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
5H018AA06
5H018BB00
5H018BB05
5H018BB06
5H018DD05
5H018EE05
5H018EE18
5H018EE19
5H018HH05
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】表裏のフッ素付着量比が大きい撥水済導電性多孔質基材を提供することで、水が厚さ方向に対して一定の方向に流れやすく、排水性が向上したガス拡散電極を提供すること。
【解決手段】以下の工程(A)~(D)を含む撥水済導電性多孔質基材の製造方法。
(A)一対の導電性多孔質基材を積層する積層工程
(B)一対の導電性多孔質基材にフッ素樹脂を含む分散液を付着させる付着工程
(C)前記積層工程と前記付着工程の後、一対の導電性多孔質基材を乾燥させる乾燥工程
(D)前記乾燥工程の後、一対の導電性多孔質基材を剥離して一対の撥水済導電性多孔質基材を得る剥離工程
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(A)~(D)を含む撥水済導電性多孔質基材の製造方法。
(A)一対の導電性多孔質基材を積層する積層工程
(B)一対の導電性多孔質基材にフッ素樹脂を含む分散液を付着させる付着工程
(C)前記積層工程と前記付着工程の後、一対の導電性多孔質基材を乾燥させる乾燥工程
(D)前記乾燥工程の後、一対の導電性多孔質基材を剥離して一対の撥水済導電性多孔質基材を得る剥離工程
【請求項2】
得られた撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比が100以上であることを特徴とする請求項1に記載の撥水済導電性多孔質基材の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の撥水済導電性多孔質基材の製造方法で製造された撥水済導電性多孔質基材の、フッ素付着量が大きい方の面に微多孔層を形成することを特徴とするガス拡散電極の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のガス拡散電極の製造方法で製造されたガス拡散電極、触媒層、固体高分子型電解質膜、セパレータを用いることを特徴とする燃料電池の製造方法。
【請求項5】
炭素繊維、結着材、フッ素樹脂を含む撥水済導電性多孔質基材であって、表裏のフッ素付着量比が100以上である、撥水済導電性多孔質基材。
【請求項6】
請求項5に記載の撥水済導電性多孔質基材の片面に微多孔層を有するガス拡散電極であって、前記撥水済導電性多孔質基材の、フッ素付着量が大きい方の面に微多孔層を有することを特徴とするガス拡散電極。
【請求項7】
請求項6に記載のガス拡散電極、触媒層、固体高分子型電解質膜、セパレータを有する燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池、特に固体高分子型燃料電池に好適に用いられる撥水済導電性多孔質基材の製造方法および当該撥水済導電性多孔質基材からなるガス拡散電極に関する。
【背景技術】
【0002】
水素を含む燃料ガスをアノードに供給し、酸素を含む酸化ガスをカソードに供給して、両極で起こる電気化学反応によって起電力を得る固体高分子型燃料電池は、一般的に、セパレータ、ガス拡散電極、触媒層、電解質膜、触媒層、ガス拡散電極、セパレータを、この順に積層して構成される。ガス拡散電極にはセパレータから供給されるガスを触媒層へと拡散するための高いガス拡散性、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性、発生した電流を取り出すための高い導電性が必要であり、炭素繊維などからなる導電性多孔質基材の表面に微多孔層を形成したガス拡散電極が広く用いられている。
【0003】
しかしながら、このようなガス拡散電極の課題として、例えば、固体高分子型燃料電池を70℃未満の比較的低い温度かつ高電流密度領域において作動させる場合、大量に生成する水でガス拡散電極の内部に存在する細孔が閉塞し、ガスの供給が妨げられるため、発電性能が低下すること(フラッディング)が知られている。そのため、ガス拡散電極には、より高い排水性が求められる。
【0004】
これに対し、導電性多孔質基材を高い撥水性を有するフッ素樹脂を付着させることで撥水済導電性多孔質基材とし、生成水を外部に排出しやすくする方法が知られている。具体的には、フッ素樹脂が分散した液中に導電性多孔質基材を浸漬してフッ素樹脂を含浸させた後、乾燥させることにより導電性多孔質基材にフッ素樹脂を付着させる。しかしながら、本方法ではガス拡散電極の内部においてフッ素樹脂の分布に方向性がないため、触媒層側からセパレータ側へと水の排出を促すための十分な排水性を得るには不十分だった。
【0005】
そこで、導電性多孔質基材内部において、厚さ方向においてフッ素樹脂の付着量に勾配をつけることにより、水を厚さ方向に対して一定の方向へ流れやすくする方法がある。例えば、フッ素樹脂分散液を含浸させた導電性多孔質基材をガラス板などの剛性が高く気体が通らない基板表面に置いて乾燥させることによって、フッ素樹脂の分布に傾斜をつける方法が提案されている(特許文献1参照)。この方法によると、溶媒を片方の面のみから揮発させることができるため、導電性多孔質基材内部で溶媒の一方向への流れが生じ、それに伴いフッ素樹脂も上記と同じ面に移動していくことで傾斜分布がつく。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2006/025908号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では導電性多孔質基材の片面を非多孔質の部材でふさぐことにより、乾燥時の熱によって非多孔質の部材が加熱され、非多孔質の部材と接触している導電性多孔質基材の面からも乾燥が進行することにより、そちらの面にもフッ素樹脂が付着してしまい、表裏のフッ素付着量比が大きな撥水済導電性多孔質基材が得られないことがあった。
【0008】
本発明は、導電性多孔質基材にフッ素樹脂を付着させる撥水工程において、導電性多孔質基材の表裏におけるフッ素付着量比がより大きくなるような撥水済導電性多孔質基材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、導電性多孔質基材を積層させることにより、乾燥工程において溶媒が導電性多孔質基材の表面に向かって移動することを利用し、基材同士が接触していない面にフッ素樹脂が多く付着することを見出した。
【0010】
上記課題を解決するための本発明は、以下の工程(A)~(D)を含む撥水済導電性多孔質基材の製造方法である。
(A)一対の導電性多孔質基材を積層する積層工程
(B)一対の導電性多孔質基材にフッ素樹脂を含む分散液を付着させる付着工程
(C)前記積層工程と前記付着工程の後、一対の導電性多孔質基材を乾燥させる乾燥工程
(D)前記乾燥工程の後、一対の導電性多孔質基材を剥離して一対の撥水済導電性多孔質基材を得る剥離工程
【発明の効果】
【0011】
本発明の撥水済導電性多孔質基材の製造方法を用いれば、表裏のフッ素付着量比が大きく、水が厚さ方向に対して一定の方向に流れやすい、すなわち排水性が向上した撥水済導電性多孔質基材を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のガス拡散電極の製造方法は、(A)一対の導電性多孔質基材を積層する積層工程、(B)一対の導電性多孔質基材にフッ素樹脂を含む分散液を付着させる付着工程、(C)上記積層工程と上記付着工程の後、一対の導電性多孔質基材を乾燥させる乾燥工程、(D)上記乾燥工程の後、一対の導電性多孔質基材を剥離して一対の撥水済導電性多孔質基材を得る剥離工程を有することを特徴とする。
【0013】
本発明における積層工程について説明する。積層させる方法としては、2枚の導電性多孔質基材を平板上で積層する方法や、2つのロール状の導電性多孔質基材から導電性多孔質基材を巻き出し、ガイドロール等を用いて重ね合わせる方法などが挙げられる。
【0014】
次に、付着工程について説明する。付着工程では、導電性多孔質基材の内部にまでフッ素樹脂を含む分散液を浸透させ、導電性多孔質基材の内部へフッ素樹脂を付着させることが好ましい。例えば、フッ素樹脂を含む分散液が入った槽へ導電性多孔質基材を浸漬させるなどの方法が挙げられる。また、積層した導電性多孔質基材上に、スリットダイからフッ素樹脂を含む分散液を吐出させながらコーティングする方法でもかまわない。ここで、当該付着工程は上記積層工程の前に行っても後に行ってもかまわない。
【0015】
付着させるフッ素樹脂としては、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、FEP(テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体)、PFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)、ETFE(テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)、PVF(ポリフッ化ビニル)などが挙げられる。
【0016】
一般にフッ素樹脂は水や有機溶剤などに対して不溶であるため、撥水処理用の分散液を製造する際には、微粒子状に加工されたフッ素樹脂の分散液を用いることが好ましい。微粒子状のフッ素樹脂の分散液としては、“ポリフロン(登録商標)”D-210C、ND-110(以上、ダイキン工業(株)製)、120-JRB、31-JR(以上、三井・ケマーズフロロプロダクツ(株)製)などが挙げられる。
【0017】
導電性多孔質基材に付着させるフッ素樹脂の量は特に限定されないが、導電性多孔質基材の全体を100質量部として、0.1~20質量部であることが好ましい。上記範囲であると、撥水性が十分に発揮される一方で、フッ素樹脂がガス拡散経路となる細孔をふさいだり、電気抵抗が上がったりすることを抑制できる。
【0018】
次に乾燥工程について説明する。本工程は積層工程および付着工程の後に行われることを要する。すなわち、本工程では、フッ素樹脂を含む分散液が付着し、かつ積層された導電性多孔質基材を乾燥する。乾燥する方法としては、熱風乾燥機や送風式定温乾燥機に投入し乾燥させる方法や、上部から、IRヒーターやドライヤーを当てて乾燥させる方法などが挙げられる。
【0019】
また、乾燥温度は100~200℃であることが好ましい。乾燥温度が100℃以上であると、溶媒およびフッ素樹脂の移動が速く、導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比が大きくなる。一方で、乾燥温度が200℃以下であると、導電性多孔質基材の面内の温度ムラが小さくなるので面内でのフッ素樹脂分布が均一となる。
【0020】
上記の乾燥工程において、導電性多孔質基材に付着したフッ素樹脂は溶媒が表面から揮発しようとする移動に伴って、導電性多孔質基材の表裏面に移動する傾向がある。このとき、本発明の製造方法を用いずに、例えば1枚の導電性多孔質基材のみについてフッ素樹脂の付着、乾燥を行った場合、フッ素樹脂は当該導電性多孔質基材の表裏面から溶媒が揮発しようとする移動に伴って表裏面の両方に移動するため、表裏のフッ素付着量比は小さくなり、一方向への排水を促すことができない撥水済導電性多孔質基材となる。これに対して本発明においては、溶媒は導電性多孔質基材同士が接していない面のみから揮発することとなる。その結果、フッ素樹脂も上記と同じ面に移動していくことで上記と同じ面のみにフッ素付着量が多くなる。すなわち、剥離した後の導電性多孔質基材においては、表裏のフッ素付着量比が大きくなる。よって、生成水の排水性が高まるのでこれを用いた燃料電池はフラッディングが抑制され、性能が向上する。
【0021】
次に剥離工程について説明する。本工程は上記乾燥工程の後に行われることを要する。剥離する方法としては特に制限されないが、例えば導電性多孔質基材を指で把持し剥離する方法や、導電性多孔質基材にテープを貼り付け剥離する方法、ピンセットなどの先が鋭利な物を使用して、接触面に先端を挿入し剥離する方法などが挙げられる。また、剥離時に基材が折れたりしないようにロール状の部材(ガイドロール)に沿わせながら剥離することも好適に行われる。
【0022】
本発明における導電性多孔質基材としては、炭素繊維織物、炭素繊維抄紙体、炭素繊維不織布、カーボンフェルト、カーボンペーパー、カーボンクロスなどの炭素繊維を含む多孔質基材が好ましく用いられる。中でも機械強度などの点からカーボンペーパーが最も好ましい。上記導電性多孔質基材は、炭素繊維、結着材から構成される。
【0023】
上記炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系やピッチ系、レーヨン系などが挙げられる。中でもPAN系炭素繊維とピッチ系炭素繊維が、機械強度に優れていることから好ましく用いられる。また、レーヨン繊維やアクリル繊維、セルロース繊維などの天然繊維や合成繊維を混合しても良い。
【0024】
次に、結着剤は導電性多孔質基材中の炭素繊維以外の成分を指し、主に炭素繊維同士を結着させる役割を果たす。炭素繊維同士を結着させる役割を果たす材料として、樹脂組成物またはその炭化物が上げられる。
【0025】
上記樹脂組成物中の樹脂成分を構成する樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂およびフラン樹脂などの熱硬化性樹脂などが挙げられる。
【0026】
固体高分子型燃料電池において、ガス拡散電極は、セパレータから供給されるガスを触媒へと拡散させるための高いガス拡散性および電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性が要求される。このため、導電性多孔質基材は、10~100μmに細孔径のピークを有することが好ましい。細孔径とその分布は、水銀ポロシメーターによる細孔径分布測定により求めることができる。
【0027】
また、導電性多孔質基材の空隙率が80~95%であることが好ましい。空隙率が80%以上であるとガス拡散性が高まり発電性能が向上する。一方、空隙率が95%以下であると導電性多孔質基材の機械強度が高まり、導電性も向上する。導電性多孔質基材の空隙率が85~90%であるとこれら効果が高まるのでより好ましい。導電性多孔質基材の空隙率は、比重計などを用いて測定することができる。
【0028】
本発明の導電性多孔質基材の厚さは、90~180μmであることが好ましい。ここで、導電性多孔質基材の厚さは両表面を0.15MPaの圧力で挟んだときの厚さである。厚さが90μm以上であると、機械強度が保たれる。一方で、厚さが180μm以下であると、導電性多孔質基材を用いて製造されるガス拡散電極の抵抗が低減し、面直方向のガス拡散性が向上する。
【0029】
本発明の撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比は100以上である。表裏のフッ素付着量比が100以上であると、ガス拡散電極内部において水が厚さ方向の一方向に流れやすくなり、ガス拡散電極の排水性が向上する。また、導電性多孔質基材内部において、厚さ方向においてフッ素樹脂の付着量に勾配をつけることにより、更に水が厚さ方向に対して一定の方向へ流れやすくする。特にフッ素付着量が多い面からフッ素付着量が少ない面に向かって、フッ素強度が単調減少するように勾配がついていることは好ましい。
【0030】
従来の製造方法においては、上記のようにフッ素樹脂は表裏面に移動する傾向があるので、それぞれの面におけるフッ素付着量に差異は生じにくく、よってフッ素付着量比は1に近い値となる。また、特許文献1のような導電性多孔質基材の片面を非多孔質の部材でふさぐ方法では、導電性多孔質基材内部でのフッ素樹脂の傾斜は付きやすくなる一方で、乾燥工程においてヒーターによって加熱されるため、非多孔質の部材も加熱され、非多孔質部材と導電性多孔質基材の界面からの乾燥が進行する。そのため非多孔質部材と接触している導電性多孔質基材の表面にもフッ素樹脂が移動してフッ素樹脂の付着量が多くなり、表裏のフッ素付着量比は小さくなる傾向にあり、フッ素付着量比を100以上とすることは難しい。
【0031】
本発明において、撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比は、撥水済導電性多孔質基材の2つの面のフッ素付着量(F/C比)を測定し、そのうち大きい方のフッ素付着量を小さい方のフッ素付着量で割ることによって求められる。
【0032】
F/C比は次のようにして求める。まず、撥水済導電性多孔質基材のF/C比を測定したい面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分析(EDX)装置を用いて、600μm×400μmの領域のスキャンを行い、フッ素元素(F)、炭素元素(C)、の質量%を測定する。測定条件は加速電圧7kV、拡大倍率200倍とする。得られた測定値より、Fの質量%をCの質量%で除してF/C比を求める。
【0033】
また撥水済導電性多孔質基材の厚さ方向のフッ素付着量(F/C比)の勾配については、次のようにして測定することができる。まず、フッ素付着量の大きい面を上にした後、鋭利な刃物により切断し、撥水済導電性多孔質基材の面直方向断面観察用サンプルを無作為に50個作製する。当該50個の撥水済導電性多孔質基材の断面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分析(EDX)装置を用いて、撥水済導電性多孔質基材の面直方向にラインスキャンを行い、フッ素元素(F)、炭素元素(C)、の質量%を測定する。測定条件は加速電圧7kV、拡大倍率300倍、ライン幅20μmとする。得られた測定値より、Fの質量%をCの質量%で除して、厚さ方向に沿ってF/C比を求めることで厚さ方向の勾配の程度について測定することができる。
【0034】
次に、本発明の撥水済導電性多孔質基材の製造方法の一例について詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限られるものではない。
【0035】
本発明の製造方法は例えば以下の手順で行われる。
(1)第1の導電性多孔質基材と第2の導電性多孔質基材を積層する。
(2)導電性多孔質基材を積層した状態で、フッ素樹脂を含む分散液を付着させる。
(3)フッ素樹脂を含む分散液を付着させた導電性多孔質基材を乾燥する。
(4)第1の導電性多孔質基材と第2の導電性多孔質基材を剥離する。
【0036】
ここで、フッ素樹脂の移動は乾燥時に生じるため、乾燥工程を行うまでは導電性多孔質基材を積層させなくてもよい。すなわち(1)と(2)の工程の順番を入れ替えてもよい。
【0037】
まず、シート状の導電性多孔質基材を用いた撥水済導電性多孔質基材の製造方法について記載する。
【0038】
(1)撥水処理がされていない第1の導電性多孔質基材と第2の導電性多孔質基材を積層させる。ここで、第1の導電性多孔質基材と第2の導電性多孔質基材が接触する面は、フッ素樹脂の付着量を少なくしたい面とする。
【0039】
積層時あるいは積層後に導電性多孔質基材の表面同士が互いに横滑りすると表面を傷つけてしまう可能性があるので、積層時はまず第1および第2の導電性多孔質基材の一端部において位置合わせをしてから全体を積層させることが好ましい。このとき無荷重で積層してもよいし、ローラーを介して荷重をかけながら積層してもよい。また、積層後は互いの位置がずれないように端部をクリップなどで挟むことも好適に行われる。
【0040】
(2)2枚の導電性多孔質基材を積層させた後は、フッ素樹脂を含む分散液を付着させる。フッ素樹脂を含む分散液は上記微粒子状に加工されたフッ素樹脂の分散液を水などの溶媒で希釈することで作製できる。ここで、フッ素樹脂を含む分散液の濃度は、乾燥後の導電性多孔質基材に所定の量のフッ素樹脂が付着されるように適宜調整される。付着させる方法は、フッ素樹脂を含む分散液に導電性多孔質基材を浸漬する方法のほか、ダイコート、スプレーコートなどによって導電性多孔質基材にフッ素樹脂を塗布する方法も適用可能である。
【0041】
(3)次いで、導電性多孔質基材を乾燥させる。乾燥温度は100~200℃であることが好ましい。乾燥温度が100℃以上であると、溶媒およびフッ素樹脂の移動が速く、導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比が大きくなる。一方で、乾燥温度が200℃以下であると、導電性多孔質基材の面内の温度ムラが小さくなるので面内でのフッ素樹脂分布が均一となる
また、乾燥時に、積層した導電性多孔質基材のお互いに接していない面から均一に溶媒が揮発されるように、積層した導電性多孔質基材端部を適度な張力をかけながら把持し中空に吊ることが好ましい。このような方法としては、例えば、金属製の矩形枠の四隅にクリップが取り付けられた治具を使用し、フッ素樹脂を含む分散液を付着させた後の積層した導電性多孔質基材をクリップで4点把持させ、乾燥する方法などがある。乾燥方法としては、熱風乾燥機や赤外線ヒーターなどが挙げられる。
【0042】
(4)乾燥後に、第1の導電性多孔質基材と第2の導電性多孔質基材を剥離して、2枚の撥水済導電性多孔質基材を得る。剥離方法については、端部においてそれぞれの導電性多孔質基材を把持して、折れたり破断したりしないようにゆっくりと剥離する。剥離を開始する端部の両表面に接着テープを付けて引っ張ることにより剥離を開始してもよい。
【0043】
また、上記に記載の方法を長尺のロール状の導電性多孔質基材に適用すると、連続的に処理することにより生産性を高めることができ好ましい。ロール状の撥水済導電性多孔質基材の製造方法について以下に一例を記載する。
【0044】
(1)2つの巻出軸に設置されたそれぞれのロール状の導電性多孔質基材を巻き出し、ガイドロールによって2枚の導電性多孔質基材が重なり合うようにして搬送し、積層させる。
【0045】
(2)積層された2枚の導電性多孔質基材を含浸機構に導入し、フッ素樹脂を含む分散液を含浸させる。含浸機構としては、フッ素樹脂を含む分散液の入った含浸槽やフッ素樹脂を含む分散液を塗布するスリットダイコーターなどが挙げられる。フッ素樹脂を含む分散液の濃度は、乾燥後の導電性多孔質基材に所定の量のフッ素樹脂が付着されるように適宜調整される。
【0046】
(3)フッ素樹脂を含む分散液を付着させた導電性多孔質基材を乾燥機構に導入し、乾燥させる。乾燥機構としてはフローティングドライヤーが好ましい。上下から風を当てることにより、積層した2枚の導電性多孔質基材が乾燥機内で剥離することを防ぐ事ができる。乾燥温度は上記と同様に100~200℃であることが好ましい。
【0047】
(4)乾燥させた2つの導電性多孔質基材を、ガイドロールを起点にして、上下に配置された2つの巻取軸でそれぞれ巻き取ることにより、剥離させる。
【0048】
本発明の撥水済導電性多孔質基材はそのままガス拡散電極として用いてもよいし、さらに片方の面に微多孔層を形成したものをガス拡散電極としてもよい。
【0049】
本発明における微多孔層とは導電性粒子および撥水性樹脂を含有する層であり、ガス拡散電極の導電性や排水性を高めることができる。微多孔層はガス拡散電極として用いたときに触媒層側に配置する面に形成するのが好ましく、さらに微多孔層が撥水済導電性多孔質基材のフッ素付着量が大きい方の面に形成されていると、生成水の触媒層側からセパレータ側への流れが速やかになり、排水性が高まるので好ましい。
【0050】
導電性粒子としては、カーボンブラック、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、グラフェン、炭素繊維などが用いられる。なかでも安価なカーボンブラックが好適に用いられる。
【0051】
上記微多孔層が含む撥水性樹脂としては、化学的な安定性、撥水性などの点からフルオロアルキル鎖を有するフッ素樹脂が好適であり、上記、導電性多孔質基材を撥水処理する際に好適に用いられるフッ素樹脂と同様、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、FEP(テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体)、PFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)、ETFE(テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)、PVF(ポリフッ化ビニル)などが挙げられる。
【0052】
微多孔層の目付は10~35g/mであることが好ましい。微多孔層の目付が10g/m以上であると、導電性多孔質基材の表面から突き出した炭素繊維が微多孔層に十分に覆われるので、炭素繊維が電解質膜を傷つけることを抑えることができる。また、ガス拡散電極と触媒層との接触抵抗を下げることや電解質膜の乾燥を防ぐことができるので好ましい。微多孔層の目付が35g/m以下であると、排水性が良好となるので好ましい。
【0053】
本発明のガス拡散電極の厚さは、90~200μmであることが好ましい。ここでガス拡散電極の厚さは両表面を0.15MPaの圧力で挟んだときの厚さである。ガス拡散電極の厚さが90μm以上であると、機械強度が保たれるので製造工程でのハンドリングが容易となる。一方、ガス拡散電極の厚さが200μm以下であると、ガス拡散性が高まり電気抵抗が低減するので、燃料電池の発電性能が向上する。ガス拡散電極の厚さは、導電性多孔質基材と微多孔層のそれぞれの厚さを適宜調整することで調整することができる。
【0054】
微多孔層は、導電性粒子と撥水性樹脂を水やアルコールなどの分散媒に分散させた塗液を導電性多孔質基材上に塗布し、加熱処理を行うことにより形成できるが、当該塗液の作製時に、分散剤や増粘剤を添加すると、導電性粒子や撥水性樹脂の溶媒中における分散安定性が高まるので好ましい。分散剤としては、金属成分が少ないことからノニオン系の界面活性剤が好ましく、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル系の“トリトン(登録商標)”X-100(ナカライテスク(株)製)などがその例として挙げられる。また、塗液を高粘度に保つために、増粘剤を添加することが有効である。増粘剤としては、例えば、メチルセルロース系、ポリエチレングリコール系、ポリビニルアルコール系などが好適に用いられる。
【0055】
上記に挙げた成分の混合物を、ホモジナイザーやプラネタリーミキサー、超音波分散機などを用いて混練して、微多孔層形成用の塗液を得ることができる。
【0056】
微多孔層形成用の塗液の撥水済導電性多孔質基材への塗布は、市販されている各種の塗布装置を用いて行うことができる。塗布方式としては、スクリーン印刷、ロータリースクリーン印刷、凹版印刷、グラビア印刷、スプレーコーティング、ダイコーティング、バーコーティング、ブレードコーティング、ロールナイフコーティングなどが使用できる。
【0057】
撥水済導電性多孔質基材上に微多孔層を塗布した後、60~150℃の温度で撥水済導電性多孔質基材を乾燥させ塗液中の分散媒を除去し、次いで導電性粒子と撥水性樹脂を焼結し、分散剤や増粘剤の添加物の分解除去と撥水性樹脂の溶融を促進する。このとき、微多孔層中の撥水性樹脂だけではなく撥水済導電性多孔質基材に付着しているフッ素樹脂も溶融して、これらが他の構成材料である炭素繊維や樹脂炭化物、導電性粒子などの表面に濡れ広がる。それにより、撥水済導電性多孔質基材と微多孔層の排水性が高まるので、これを用いた燃料電池の性能が向上する。こうして、撥水済導電性多孔質基材上に微多孔層が形成されたガス拡散電極を得る。
【0058】
上記のガス拡散電極を、両面に触媒層を有する固体高分子型電解質膜の少なくとも片面に接合することにより、膜電極接合体を形成することができる。その際、触媒層側にガス拡散電極基材の微多孔層を配置することにより、より生成水の逆拡散が起こりやすくなることに加え、触媒層とガス拡散電極の接触面積が増大し、接触電気抵抗を低減させることができる。
【0059】
本発明の燃料電池は、本発明のガス拡散電極を含むものであり、つまり上述の膜電極接合体の両側にセパレータを有するものである。すなわち、上述の膜電極接合体の両側にセパレータを配することにより燃料電池を構成する。通常、このような膜電極接合体の両側にガスケットを介してセパレータで挟んだものを複数個積層することによって固体高分子型燃料電池を構成する。触媒層は、固体高分子型電解質と触媒担持炭素を含む層からなる。触媒としては、通常、白金が用いられる。アノード側に一酸化炭素を含む改質ガスが供給される燃料電池にあっては、アノード側の触媒としては白金およびルテニウムを用いることが好ましい。固体高分子型電解質は、プロトン伝導性、耐酸化性および耐熱性の高い、パーフルオロスルホン酸系の高分子材料を用いることが好ましい。このような燃料電池ユニットや燃料電池の構成自体は、よく知られているところである。
【実施例0060】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限られるものではない。
【0061】
<撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比の評価方法>
撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比は、撥水済導電性多孔質基材の2つの面のフッ素付着量(F/C比)を測定し、そのうち大きい方のフッ素付着量を小さい方のフッ素付着量で割ることによって算出した。
【0062】
F/C比は次のようにして求めた。まず、撥水済導電性多孔質基材のF/C比を測定したい面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分析(EDX)装置を用いて、600μm×400μmの領域のスキャンを行い、フッ素元素(F)、炭素元素(C)、の質量%を測定した。測定条件は加速電圧7kV、拡大倍率200倍とした。得られた測定値より、Fの質量%をCの質量%で除してF/C比を求めた。これを撥水済導電性多孔質基材の両表面について行い、大きい方のF/C比を小さい方のF/C比で除した値をフッ素付着量比とした。
【0063】
<導電性多孔質基材の作製>
炭素繊維径7μm、炭素繊維長12mmの東レ(株)製ポリアクリルニトリル系炭素繊維“トレカ(登録商標)”T300を、水中に分散させて湿式抄紙法により連続的に抄紙した。さらに、バインダーとしてポリビニルアルコールの10質量%水溶液を当該抄紙に塗布して乾燥させ、炭素繊維の目付が30g/mの炭素繊維抄紙体を作製した。ポリビニルアルコールの付着量は、炭素繊維抄紙体100質量部に対して20質量部であった。
【0064】
次に、熱硬化性樹脂としてレゾール型フェノール樹脂とノボラック型フェノール樹脂を1:1の質量比で混合した樹脂と、炭素粉末として鱗片状黒鉛(平均粒径5μm)と、溶媒としてメタノールとを用い、熱硬化性樹脂/炭素粉末/溶媒=15質量部/5質量部/80質量部の配合比でこれらを混合し、超音波分散装置を用いて1分間撹拌を行うことで、均一に分散した樹脂組成物溶液を得た。
【0065】
次に、30cm×30cmにカットした炭素繊維抄紙体をアルミバットに満たした樹脂組成物溶液に水平に浸漬した後に、炭素繊維抄紙体中の抄紙体100質量部に対して熱硬化性樹脂と鱗片状黒鉛の付着量の合計が130質量部になるように、水平に配置した2本のロールで挟んで絞った。この際、炭素繊維抄紙体に対する樹脂成分の付着量は水平に配置した2本のロール間のクリアランスを変えることで調整した。炭素繊維抄紙体に樹脂組成物溶液を含浸させた後、100℃の温度で5分間加熱して乾燥させ、予備含浸体を作製した。
次に、平板プレスで加圧しながら、180℃の温度で5分間熱処理を行った。加圧の際に平板プレスにスペーサーを配置して、上下プレス面板の間隔を調整した。
【0066】
熱処理した予備含浸体を、窒素ガス雰囲気に保たれた2400℃の加熱炉に導入し、厚さが150μm、目付が50g/mの導電性多孔質基材を得た。
【0067】
(実施例1)
まず、ステンレスバット内でPTFEディスパージョン(ダイキン工業製“ポリフロン(登録商標)”D210-C)を、乾燥後で導電性多孔質基材95質量部に対し、フッ素樹脂が5質量部付与されるように適切な濃度に希釈し、そこに上記<導電性多孔質基材の作製>で得られた導電性多孔質基材2枚を積層させた後に、浸漬することにより、2枚の導電性多孔質基材にフッ素樹脂を含む分散液を付着させた。その後、金属製の矩形枠の四隅にクリップが取り付けられた治具を使用し、フッ素樹脂を含む分散液を付着させた後の積層した導電性多孔質基材をクリップで4点把持させ、温度が100℃の乾燥機で5分間加熱して乾燥した。その後、それぞれの導電性多孔質基材の端部を指で把持し、ゆっくりと剥離させることで、撥水済導電性多孔質基材を作製した。
【0068】
得られた撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比を上記<撥水済導電性多孔質基材の表裏のフッ素付着量比の評価方法>の通りに評価した結果を表1に示す。表1における接触面とは、第1と第2の導電性多孔質基材を積層する際に、それぞれの導電性多孔質基材が接触していた面を指す。また、非接触面は第1と第2の導電性多孔質基材が接触していた面とは異なる面を指す。第1の撥水済導電性多孔質基材のフッ素付着量比は118だった。また、第2の撥水済導電性多孔質基材のフッ素付着量比は102であった。
【0069】
(実施例2)
2枚の導電性多孔質基材を積層させずにフッ素樹脂を含む分散液を付着させ、その後に積層して乾燥したこと以外は、実施例1と同様に撥水済導電性多孔質基材を作製した。結果を表1に示す。
【0070】
(比較例1)
導電性多孔質基材を積層させず1枚でフッ素樹脂を含む分散液の付着、乾燥を行った以外は、実施例1と同様に撥水済導電性多孔質基材を作製した。結果を表1に示す。表裏のフッ素付着量比は1.1と低かった。
【0071】
(比較例2)
比較例2は、特許文献1の実施例1を参考にした。ステンレスバット内でPTFEディスパージョン(ダイキン工業製“ポリフロン(登録商標)”D210-C)を、乾燥後で導電性多孔質基材95質量部に対し、フッ素樹脂が5質量部付与されるように適切な濃度に希釈し、フッ素樹脂を含む分散液とした。そこに上記<導電性多孔質基材の作製>の通りに得られた1枚の導電性多孔質基材を浸漬することにより、1枚の導電性多孔質基材にフッ素樹脂を含む分散液を付着させた。フッ素樹脂を含む分散液を付着させた後、ガラス板上に導電性多孔質基材を設置した。導電性多孔質基材の上側からヒーターによって10分間加熱して乾燥し、撥水済導電性多孔質基材を得た。結果を表1に示す。ここで表1における接触面とはガラス板と接触していた面を指す。実施例1と比べてガラス板と接触している面のフッ素付着量が高く、表裏のフッ素付着量比は89と100以下だった。
【0072】
【表1】