(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023148025
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物、熱可塑性ポリウレタンの分解方法、および熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20231005BHJP
C08J 11/18 20060101ALI20231005BHJP
C12Q 1/24 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C08J11/18 ZAB
C12Q1/24
C12N1/20 D
C12N1/20 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022055847
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000229955
【氏名又は名称】日本プラスト株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100116713
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 正己
(74)【代理人】
【識別番号】100179844
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 芳國
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 和幸
(72)【発明者】
【氏名】大和田 琢二
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4F401
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ06
4B063QQ19
4B063QR75
4B063QR82
4B063QS10
4B065AA01X
4B065AA41X
4B065AC20
4B065BA22
4B065BA23
4B065CA54
4B065CA55
4F401AA26
4F401CA77
(57)【要約】 (修正有)
【課題】難分解性の熱可塑性ポリウレタンであっても効率よく分解することが可能な微生物、および微生物を用いた熱可塑性ポリウレタンの分解方法、ならびに熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法の提供。
【解決手段】ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、ウレア結合を含まないポリウレタンとの混合試料を土中に埋設する工程と、埋設した前記混合試料を分析しウレタン分解が確認された後に、前記混合試料に吸着している微生物を収集する工程と、を有する、熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シュードモナス(Pseudomonas)属、またはシノモナス(Sinomonas)属に属し、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する、
微生物。
【請求項2】
前記微生物は、受託番号NITE P-03612で特定されるPseudomonas hibiscicola MS4102株である、
請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
前記微生物は、受託番号NITE P-03613で特定されるSinomonas atrocyanea ES2231株である、
請求項1に記載の微生物。
【請求項4】
ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンに、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の微生物を作用させる工程を有する、
熱可塑性ポリウレタンの分解方法。
【請求項5】
ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、ウレア結合を含まないポリウレタンとの混合試料を土中に埋設する工程と、
埋設した前記混合試料を分析しウレタン分解が確認された後に、前記混合試料に吸着している微生物を収集する工程と、
を有する、
熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法。
【請求項6】
収集した前記微生物を、1,3-ジメチルウレア、1,3-ジエチルウレア、または1,3-ジメチルウレアおよび1,3-ジエチルウレアを含む無機塩培地で培養する工程をさらに有する、
請求項5に記載の熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱可塑性ポリウレタン(TPU)の分解能を有する微生物、熱可塑性ポリウレタンの分解方法、および熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリウレタンはウレタン結合を有するポリマーで、ウレタン樹脂とも呼ばれている。ポリウレタンは、水分による加水分解や、紫外線、熱、微生物等の影響で分解が進行して物性低下を引き起こし易い材料特性を有している。しかしながら、ポリウレタンは分解されにくい様に材料の改質がされており、耐加水分解性や微生物に対する影響を受けにくい構造に材料が進化し、現在も色々な分野に使用されている。
【0003】
ポリウレタンは架橋構造を有しているため、熱可塑性樹脂の様に溶融させてマテリアルとして再利用する事が出来ず、そのほとんどが埋め立て処理されており、環境問題を引き起す原因となってしまっている。現在、この問題を回避すべく、環境に優しい微生物の分解作用を利用してマテリアルとしての再利用や、生分解性の検討が色々な分野で研究されている。しかしながら、有効な菌を見つけ出すには多くの時間と労力が必要で、実用化に結びついた事例はほとんど無い。
【0004】
微生物の分解作用を利用してポリウレタンを分解する方法としては、例えば、特開2010-220610号公報(特許文献1)や特開2015-128407号公報(特許文献2)に記載の方法が知られている。特許文献1には、ウレタン分解能を有する微生物としてストレプトマイセス(Streptomyces)属に属するC13a株(放線菌)を用いることが記載されている。また、特許文献2には、ウレタンを含む被処理材をオレイン酸等の不飽和脂肪酸で前処理する工程と、不飽和脂肪酸で前処理された被処理材にウレタン分解能を有する微生物(例えば、前記ストレプトマイセス属のC13a)を作用させる工程と、を有するポリウレタンの分解方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-220610号公報
【特許文献2】特開2015-128407号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように特許文献1および特許文献2に記載の方法によれば、微生物の分解作用を利用して効率よく軟質発泡ポリウレタンを分解することができる。そこで本発明者らは特許文献1および特許文献2に記載の方法を利用して熱可塑性ポリウレタン(Thermoplastic Polyurethane:TPU)を分解することを試みた。しかしながら、熱可塑性ポリウレタンは難分解性であり微生物による分解が殆ど進行せず、熱可塑性ポリウレタンの表面状態にも変化が無いことから、分解の進行は認められなかった。なお、比較として、同様の方法によりポリエーテル系の発泡ウレタンの分解を行って重量減少を比較したところ、4%弱の重量減少が生じており、独立発泡セルに微細孔の形成が認められ、分解が進行していることを確認できた。
【0007】
そこで本発明は、難分解性の熱可塑性ポリウレタンであっても効率よく分解することが可能な微生物、および微生物を用いた熱可塑性ポリウレタンの分解方法、ならびに熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態に係る微生物は、
シュードモナス(Pseudomonas)属、またはシノモナス(Sinomonas)属に属し、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する、
微生物、である。
【0009】
本発明の一実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解方法は、
ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンに、上記本発明の一実施形態に係る微生物を作用させる工程を有する、
熱可塑性ポリウレタンの分解方法、である。
【0010】
本発明の一実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法は、
ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、ウレア結合を含まないポリウレタンとの混合試料を土中に埋設する工程と、
埋設した前記混合試料を赤外線分光分析してウレタン分解が確認された後に、前記混合試料に吸着している微生物を収集する工程と、
を有する、
熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法、である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、難分解性の熱可塑性ポリウレタンであっても効率よく分解することが可能な微生物、および微生物を用いた熱可塑性ポリウレタンの分解方法、ならびに熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例において混合試料を土中に埋設してから14ヵ月後に赤外分光分析した結果を示すスペクトルである。
【
図2】
図2は、実施例において混合試料を土中に埋設してから17ヵ月後に赤外分光分析した結果を示すスペクトルである。
【
図3】
図3は、実施例において、熱可塑性ポリウレタンを前処理せずに新規分解菌を作用させた場合の重量減少率を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例において、熱可塑性ポリウレタンをプラズマ処理してから新規分解菌を作用させた場合の重量減少率を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実施例において、熱可塑性ポリウレタンをプラズマ処理およびオレイン酸処理してから新規分解菌を作用させた場合の重量減少率を示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例において、各新規分解菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンの細孔数を比較したグラフである。
【
図7】
図7は、実施例において、各新規分解菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンの表面をSEMで観察した結果を示す写真である。
【
図8】
図8は、実施例において、各新規分解菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンを赤外分光分析した結果を示すスペクトルである。
【
図9】
図9は、実施例において、各新規分解菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンの溶融特性を比較したグラフである。
【
図10】
図10は、実施例において、前処理をせずに新規分解菌MS2231株を作用させた熱可塑性ポリウレタンの溶融特性を示した写真である。
【
図11】
図11は、実施例において、前処理をせずに新規分解菌MS2231株を作用させた熱可塑性ポリウレタンを700℃に加熱した後の灰分残差を示す写真である。
【
図12】
図12は、熱可塑性ポリウレタンの成型品の溶融特性を示す写真である。
【
図13】
図13は、熱可塑性ポリウレタンの原料パウダーの溶融特性を示す写真である。
【
図14】
図14は、難分解性の熱可塑性ポリウレタンの構造の概略を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、難分解性の熱可塑性ポリウレタンに不飽和脂肪酸や微生物を作用させても分解が殆ど進行しない理由について検討を重ねた。その結果、熱可塑性ポリウレタンが不飽和脂肪酸や微生物の作用によって殆ど分解が進行しないのは、熱可塑性ポリウレタンの分子構造に起因していると考えるに至った。
【0014】
図14に示すように、難分解性の熱可塑性ポリウレタンは、ハードセグメントとソフトセグメントとが相分離した構造(海島構造)を有している。ハードセグメントの原料としてはウレア結合を有するポリウレタンが使用され、ソフトセグメントの原料としてはポリエーテル系のポリウレタンが使用されている。
【0015】
ウレア結合は下記の式(1)に示すように、カルボニル基(=CO)を挟んで左右対称の共役構造を有しており、下記の式(2)に示すように分極することで分子間の結合力が大きくなるため(下記の式(3)参照)、分解し難いという特性を有する。また、外部からのアタックに対しては、下記の式(4)に示すように、価電子が移動して緩和作用が働くため、分解し難い特性を示す。
さらに、ソフトセグメントのポリエーテル系のポリウレタンには凝集力が高いポリエステル基が含まれているため、溶融固化する過程で末端基がウレタン基と水素結合して部分架橋し、より強固な分解し難い構造となっている。熱可塑性ポリウレタンは、海洋汚染を引き起こす問題物質(マイクロプラスチック)としてとして取り上げられている。このため熱可塑性ポリウレタンをマテリアルリサイクル可能な技術が生まれれば、プラスチックの総量を減らすことができ、海洋汚染軽減に繋がる。
なお、熱可塑性ポリウレタンは、上記の様な分解し難い安定した材料特性を有しているため、スラッシュ成型による自動車のインストルメントパネルの表皮材として使用されている。特に、触感と耐久性がよいことから、高級車への採用実績が多い。
【0016】
【0017】
【0018】
【0019】
【0020】
熱可塑性ポリウレタンは100μ程度のパウダーを原料として、パウダースラッシュ工法で成型される。原料のパウダーは型内に投入され180℃程度に加熱されることで均一に溶融しシート状に成形される(
図13参照)。成形された熱可塑性ポリウレタンのシートは、溶融固化する過程で、上記に示したように末端部に架橋反応が進むため、再び300℃程度に加熱しても材料が均一に溶融せず、そのまま炭化して分解する特性を示す(
図12参照)。このため、熱可塑性ポリウレタンは、廃材を溶融させても熱可塑性樹脂としてマテリアルリサイクルする事が出来ず、サーマルリサイクルとして処分しているのが現状である。
【0021】
そこで本発明者らは、熱可塑性ポリウレタンの廃材をマテリアルとして再利用すべく、難分解性の熱可塑性ポリウレタンに対して高い分解能を有する微生物の菌株を選抜する方法の検討を重ねた結果、以下の本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法が有効であることを見出した。
【0022】
<熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法>
本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法は、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、ウレア結合を含まないポリウレタンとの混合試料を土中に埋設する工程と、埋設した前記混合試料を赤外線分光分析してウレタン分解が確認された後に、前記混合試料に吸着している微生物を収集する工程と、を有する。以下に各工程を詳述する。
【0023】
(混合試料を土中に埋設する工程)
難分解性の熱可塑性ポリウレタンに対して高い分解能を有する菌を選抜するには、可能性のあるなるべく多くの菌を採取し、その中から選抜する必要がある。前述のように難分解性の熱可塑性ポリウレタンには難分解なウレア結合が含まれているため、まずは、ウレア結合に対して吸着性の高い新規分解菌を選抜する。しかしながら、難分解性の熱可塑性ポリウレタンを検体として土中に埋設しても集積する菌が限られてしまい、有効な菌を選抜できない可能性がある。
【0024】
このため本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法では、ウレア結合を含まずに分解されやすい汎用性のポリウレタンと難分解性の熱可塑性ポリウレタンとを混合して混合試料を作製する。そして、この混合試料を検体として用い、土中に埋設する。これにより、ウレア結合に吸着しやすい菌を誘引しやすい環境を作ることができる。なお、ウレア結合を含まないポリウレタンとウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンはそれぞれ特に限定されるものではなく、例えば、シート状の廃材などを用いることができ、これらのサイズを適宜調整して混合することで混合試料を作製することができる。土中においては、なるべく多くの菌を混合試料の表面に誘導し、その中から難分解なウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンを分解可能な菌を選抜することが好ましい。そのためには、混合試料は、ウレア結合を含まないポリウレタンを多く含む方が好ましい。ウレア結合を含まないポリウレタンと、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、の混合比は特に限定されるものではないが、上記の観点からは、例えば、質量比で70:30程度の比率で混合すればよい。
【0025】
(微生物を収集する工程)
続いて、土中に埋設した混合試料を定期的に採取して分析し、ウレタン分解が進行したかどうかを確認する。ウレタン分解の兆候は、例えば、赤外線分光分析でスペクトル波形を確認し、エーテル結合(C-O-C)の存在を示す1100カイザー(cm-1)の吸収ピークに変化が認められるかを確認することにより行うことができる。スペクトル波形において1100カイザー(cm-1)の吸収ピークが減少していた場合には、エーテル結合が減少したこと、すなわちウレタン分解の兆候が認められたことを意味する。
混合試料にウレタン分解の兆候が確認された時点で、混合試料に吸着している菌を収集し、ウレタン分解能を有する候補株として選抜(1次選抜)する。
【0026】
(微生物を培養する工程)
上記のようにして収集された菌には、ウレア結合を有する難分解性のポリウレタンを分解できる菌が含まれている可能性がある。このため、その分解能を見極めるためにさらに選抜(2次選抜)を行う。
具体的には、分解のターゲットであるウレア結合を有する単純な標準物質を炭素源および窒素源として含む無機塩培地を用いて、上記のようにして収集された菌を振盪培養し、増殖性が高い菌をさらに絞り込み選抜する。ウレア結合を有する単純な標準物質としては例えば、1,3-ジメチルウレア(DMU)(下記式(5)参照)、または、1,3-ジエチルウレア(DEU)(下記式(6)参照)を用いることができる。
DMUおよびDEUは構造が単純なため、他の官能基の影響を受けることなく、菌がウレア結合に作用するため、ウレア結合を有する熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する菌を選抜しやすくなる。
【0027】
【0028】
【0029】
DMUおよびDEUを含む無機塩培地中で増殖した菌は、ウレア結合を分解して炭素源および窒素源として増殖する菌であるため、ウレア結合を含むポリウレタンの分解能を有する微生物である。
【0030】
以上のようにして選抜された菌から、より高いウレタン分解能を有する優良菌株を単離する場合には、熱可塑性ポリウレタンへの菌の付着状態や、ウレタン分解能の定量的な判断基準を設けるとよい。例えば、以下の手法を用いることで、最もウレタン分解能の高い菌株の選抜を行うことができる。
【0031】
-赤外分光分析による解析-
新規分解菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンについて赤外分光分析を行うことにより新規分解菌のウレタン分解能を評価することが可能である。赤外分光分析によるスペクトルの740カイザーのピークは、ウレア結合が分解した際に生成される第1アミンの特徴を表すピークである。
ウレア結合を有する樹脂が加水分解する場合、下式(7)に示すように、第2アミンのC-N結合に作用して分解し、R-NH2の第1アミンが生成すると推測される。ウレア結合が分解された場合には、赤外分光分析で分析すると、第1アミンはピークが発現するのに対し第2アミンはピークが存在しない。このため740カイザー付近のピーク変動を読み取ることで、ウレタン分解の進行を推測することができる。
【0032】
【0033】
上記のように、赤外分光分析によるスペクトルの740カイザー付近のピーク比に着目することで、熱可塑性ポリウレタンの重量減少率との相関が得られる。このため、新規分解菌のウレタン分解作用を、熱可塑性ポリウレタンの分子構造変化の観点から正確に判断し、優良な菌株を選抜することができる。
【0034】
-SEM観察とImagejによる細孔数の同定-
(熱可塑性ポリウレタンの表面のSEM観察)
新規分解菌による処理を施した熱可塑性ポリウレタンの表面層を、SEMにより2000倍で撮影して観察することで、新規分解菌の付着状態を評価することができる。
【0035】
(細孔数の測定)
画像処理ソフトImageJの粒子解析モードで、新規分解菌による処理を施した熱可塑性ポリウレタンの細孔数を測定する。新規分解菌による分解後の熱可塑性ポリウレタンの表面に現れる細孔の状態(細孔数、細孔サイズ総面積、総面積率等)を定量的に解析することで、新規分解菌のウレタン分解能に対する特徴を掴むことができる。これにより、熱可塑性ポリウレタンのマテリアルリサイクルを行うために適した菌を選別することができる。測定条件としては、例えば、閾値を0~細孔の認識可能な数値に設定(通常60~100程度)とし、細孔サイズを10~∞pixelに設定(1μm=7.97pixel)すればよい。
【0036】
-熱分析による溶融特性評価-
新規分解菌による処理を施した熱可塑性ポリウレタンを熱分析して、軟化開始温度、溶融終点温度、沸点、分解開始温度を解析することにより、熱可塑性樹脂として再利用する際に有利となる特性を評価することができる。熱分析は、熱分析装置(TG-DTA)を使用して行うことができる。
【0037】
<熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物>
本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物は、シュードモナス(Pseudomonas)属、またはシノモナス(Sinomonas)属に属し、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する。より具体的には、本発明の実施形態に係る微生物は、2022年2月24日付けにて、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに受託番号NITE P-03612で受託されたPseudomonas hibiscicola MS4102株であるか、2022年2月24日付けにて、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに受託番号NITE P-03613で受託されたSinomonas atrocyanea ES2231株であることが好ましい。
これらの微生物は、後述する通り、上記の本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法を実施することによって土中から選抜された微生物である。
【0038】
<熱可塑性ポリウレタンの分解方法>
本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解方法は、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンに、上記の本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物を作用させる工程を有する。
熱可塑性ポリウレタンに微生物を作用させる方法としては、例えば、微生物の培養培地中に熱可塑性ポリウレタンを添加する方法が挙げられる。
熱可塑性ポリウレタンがシート状の場合には、例えば、1cm×1cm程度の小片にして処理することが好ましい。これにより、微生物を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンを再利用しやすくなる。微生物を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンの再利用方法としては、例えば、2軸の混錬機で溶融化し、射出成型用のペレットに加工して再利用することなどが挙げられる。
【0039】
本発明の実施形態に係る熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物、熱可塑性ポリウレタンの分解方法、および熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法は以下に記載の態様を含むものである。
(1)シュードモナス(Pseudomonas)属、またはシノモナス(Sinomonas)属に属し、ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する、
微生物。
(2)前記微生物は、受託番号NITE P-03612で特定されるPseudomonas hibiscicola MS4102株である、
上記(1)に記載の微生物。
(3)前記微生物は、受託番号NITE P-03613で特定されるSinomonas atrocyanea ES2231株である、
上記(1)に記載の微生物。
(4)ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンに、上記(1)から上記(3)のいずれか一項に記載の微生物を作用させる工程を有する、
熱可塑性ポリウレタンの分解方法。
(5)ウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、ウレア結合を含まないポリウレタンとの混合試料を土中に埋設する工程と、
埋設した前記混合試料を分析してウレタン分解が確認された後に、前記混合試料に吸着している微生物を収集する工程と、
を有する、
熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法。
(6)収集した前記微生物を、1,3-ジメチルウレア、1,3-ジエチルウレア、または1,3-ジメチルウレアおよび1,3-ジエチルウレアを含む無機塩培地で培養する工程をさらに有する、
上記(5)に記載の熱可塑性ポリウレタンの分解能を有する微生物の選抜方法。
【実施例0040】
以下に、実施例を参照しながら本発明についてより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例]
(1次選抜)
1次選抜として、まずは混合試料を用意し、これを土中に埋設した。混合試料は、難分解性のウレア結合を含む熱可塑性ポリウレタンと、ウレア結合を含まない汎用性のポリウレタンとを、質量比で30:70となるように混合することにより調製した。また、混合試料は1cm×1cm程度のシート状とした。
土中に埋設した混合試料を定期的に採取し、赤外分光分析でスペクトル波形を確認することで分解の兆候の有無を確認した。
その結果、
図1に示すように、混合試料を土中に埋設してから14ヵ月まではスペクトル波形に変化が認められなかったが、
図2に示すように、17ヵ月後(約1年半後)に、エーテル結合C-O-Cの存在を示す1100カイザー(cm
-1)の吸収ピークの減少が認められ、分解の兆候が確認された。これにより、土壌菌によるウレタン分解の進行が示唆されたため、新規分解菌の検索用として混合試料に吸着している菌をサンプリングした。なお、
図1および
図2において、中段の「スペクトル1」は混合試料を表面から測定した結果を示すスペクトルであり、下段の「スペクトル2」は混合試料を裏面から測定した結果を示すスペクトルである。
【0041】
(2次選抜)
2次選抜では、上記の1次選抜によって収集した微生物を、ウレア結合を有する1,3-ジメチルウレア(DMU)または1,3-ジエチルウレア(DEU)を含む無機塩培地で培養した。これにより、1次選抜された微生物の中から、DMUまたはEDUを炭素源および窒素源として増殖可能な、増殖性の高い菌を選抜することができる。
DMU含有培地を使用して培養した結果、36の単離菌(DMU資化菌)が選別された。続いて、単離菌それぞれの増殖性を評価することで下記表1に示すように有用株が11株に絞り込まれた。さらに、DEU含有培地での増殖性も評価した結果、双方に有効な菌株を5株に絞り込むことができた。
【0042】
【表1】
R2A培地:標準培地
DMU培地:無機塩培地にDMUを含有させた培地
DEU培地:無機塩培地にDEUを含有させた培地
【0043】
なお、R2A培地には市販のR2A Agar(BD Difco TM)またはR2A Broth DAIGO(富士フイルム和光純薬株式会社)を用いた。
また、表1に示す増殖能の評価は、寒天培地上に菌体を塗抹し、培養した後の増殖の様子を主観的に相対評価したものであり、評価基準は以下に示す通りである。
+ :塗抹した菌体の一部が増殖しコロニー形成
++ :塗抹した菌体の半分程度が増殖しコロニー形成
+++ :塗抹した菌体の全体が増殖しコロニー形成
++++:塗抹した菌体の全体が増殖旺盛でコロニー形成
- :塗抹した菌体が増殖せずコロニー形成しない
-+ :塗抹した菌体の増殖とコロニー形成が不明瞭(すなわち、塗抹した菌体の一部が増殖してコロニー形成したようにも見えるが増殖とコロニー形成がはっきりとは認められない状態)
【0044】
また、DEU含有培地を使用して培養すると、44の単離菌(DEU資化菌)が選別された。続いて、単離菌それぞれについてR2A培地およびDEU培地での増殖性を評価することで下記表2に示すように有用株が4株に絞り込まれた。
【0045】
【0046】
なお、表2に示す増殖能の評価は、表1に示す増殖能の評価と同様にして行ったものである。
【0047】
上記のようにして増殖能を評価することで、下記表3に示す9株(DMU資化菌として5株、DEU資化菌として4株)の優良株を選抜した。増殖能の評価によって有用菌株を絞り込んだことで、選抜した菌株を同定するための検索工数が大幅に短縮できた。この手法によれば、菌の特性や有害性の情報を素早くキャッチできるため、実用化に向けた検討を効率的に実施することができる。
【0048】
【表3】
使用したデータベース:
・Ribosomal Database Project (RDP)
・National Center for Biotechnology Information (NCBI)
・DNA Data Bank of Japan (DDBJ)
【0049】
2次選抜で絞り込まれた9株の分解菌に対し、DMUおよびDEUに対し吸着性および増殖性が高い分解菌として各々下記の2株を選抜した。
【0050】
・MS4102株(Pseudomonas hibiscicola)
Pseudomonas属
Domain(ドメイン) :Bacteria
Phylum(門) :Proteobacteria
Class(綱) :Gammaproteobacteria
Order(目) :Pseudomonadales
Family(科) :Pseudomonadaceae
Genus(属) :Pseudomonas
【0051】
・MS4111株(Brevundimonas olei)
Pseudomonas属
Domain(ドメイン) :Bacteria
Phylum(門) :Proteobacteria
Class(綱) :Alphaproteobacteria
Order(目) :Caulobacterales
Family(科) :Caulobacteraceae
Genus(属) :Brevundimonas
【0052】
・ES1243株(Rhizobium nepotum)
Pseudomonas属
Domain(ドメイン) :Bacteria
Phylum(門) :Proteobacteria
Class(綱) :Alphaproteobacteria
Order(目) :Rhizobiales
Family(科) :Rhizobiaceae
Genus(属) :Rhizobium
【0053】
・ES2231株(Sinomonas atrocyanea)
Pseudomonas属
Domain(ドメイン) :Bacteria
Phylum(門) :Actinobacteria
Class(綱) :Actinobacteria
Order(目) :Micrococcales
Family(科) :Micrococcaceae
Genus(属) :Ainomonas
【0054】
(熱可塑性ポリウレタンの分解性の評価)
上記のようにして選抜した4株の単離菌を、それぞれ熱可塑性ポリウレタンに直接作用させ、下記手法でウレタン分解性の評価を実施した。
-準備-
・熱可塑性ポリウレタンの成形(1cm×1cm×0.5mm厚)
・熱可塑性ポリウレタンの重量測定(培養直前の重量:α)
-培養-
・単離菌の前培養
・前培養した菌の集菌、熱可塑性ポリウレタンの洗浄
・熱可塑性ポリウレタンを添加した培地で本培養(30℃、3週間、100rpm)
-測定-
・熱可塑性ポリウレタンの重量測定(培養後の重量:β)
・熱可塑性ポリウレタンのSEM観察
・熱可塑性ポリウレタンのImageJの画像解析(細孔数のカウント)
【0055】
それぞれの単離菌を作用させる前後に測定した熱可塑性ポリウレタンの重量に基づいて下記式により重量減少率を算出した。
重量減少率(%)=(α-β)/β×100
【0056】
単離菌の培養は、菌の増殖性が高い液温である30℃で行い、pHは7とした。培養に用いた培地(無機塩液体培地)の組成を下記表4に示す。
【0057】
【0058】
また、熱可塑性ポリウレタンに単離菌を作用させる前に、前処理を行った場合の効果についても検討した。熱可塑性ポリウレタンの分解を促進させるための前処理としては、化学的処理法として、特許第6489542号に記載の発明で効果があったオレイン酸による前処理と、物理的手法として特開2021-161338号公報に記載の発明で効果があったプラズマ処理を行った。そして、それぞれの場合について前処理を行わなかった未処理品と比較した。
【0059】
プラズマ処理の条件は次の通りとした。
-プラズマ発光照射条件-
チャンバー内気圧 :40Pa
RF電源 :100V
バイアス電圧 :600V
試料高さ :23mm
原料ガス :大気
プラズマ照射時間 :120秒
【0060】
オレイン酸処理の条件は次の通りとした。
オレイン酸(和光純薬工業株式会社製、等級:和光一級)を99%エタノールで10%(W/W)濃度に希釈したものを用意し、これを100mL三角フラスコに加えた。
熱可塑性ポリウレタン4g~5g程度を上記100mL三角フラスコに入れて熱可塑性ポリウレタンを完全に浸漬させ、アルミホイルで蓋をして常温で1時間処理した。
処理時間が経過後、三角フラスコ内を水道水および蒸留水によって洗浄し、更に蒸留水を加えて超音波による洗浄をした。三角フラスコから熱可塑性ポリウレタンを取り出し、更に、蒸留水によって洗浄を行った。その後、40℃で充分に(over night)乾燥させ、121℃、20分間、の条件で滅菌処理した。
【0061】
また、プラスチックに対して金属イオンは、ポリマーの自動酸化反応を促進させる触媒的な作用がある。これをレドックス反応という。金属イオンの中でも銅イオンが敏感に反応する(銅害)。特に、内部にカルボキシル基(R00H)や、カルボニル基(RCO)が存在するとレドックス反応が進行しやすくなる。
そこで、熱可塑性ポリウレタンに単離菌を作用させる際に、金属イオンのレドックス反応による分解促進が認められるかについても検討した。具体的には、単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を10倍にしたものと比較して評価を行った。
【0062】
図3に、前処理を行わなかった熱可塑性ポリウレタン(未処理TPU)に各単離菌を作用させた場合の重量減少率を示す。
図3の左のグラフは単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を定倍にした結果であり、右のグラフは単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を10倍にした結果である。
図3に示すように、新規分解菌であるES2231株は、従来のc13a放線菌では分解されなかった熱可塑性ポリウレタンに対し、前処理無しでも高い分解能を有し7%強の重量減少率を示した。
なお、金属イオンのレドックス反応による分解促進については、Cuイオン、Feイオンの濃度を10倍にして評価を行ったが、分解促進の兆候は認められなかった。
【0063】
図4に、前処理としてプラズマ処理を行った熱可塑性ポリウレタン(プラズマ処理TPU)に各単離菌を作用させた場合の重量減少率を示す。
図4の左のグラフは単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を定倍にした結果であり、右のグラフは単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を10倍にした結果である。
図4に示すように、前処理をしなかった場合と同様に、新規分解菌であるES2231株が最も高い分解能を示した。ただし、分解能を示す重量減少率は7%程度で、前処理を行わなかった場合よりも若干低下し、イオン濃度変化による分解促進性も認められなかった。
【0064】
図5に、前処理としてプラズマ処理およびオレイン酸処理を行った熱可塑性ポリウレタン(プラズマオレイン酸処理TPU)に各単離菌を作用させた場合の重量減少率を示す。
図5の左のグラフは単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を定倍にした結果であり、右のグラフは単離菌を培養する培地中のCuイオン、Feイオンの濃度を10倍にした結果である。
図5に示すように、オレイン酸による前処理を行うと、重量減少率が大きく低下してしまい、新規分解菌の分解能を阻害する結果となってしまった。また、イオン濃度変化による分解促進性も認められなかった。
【0065】
<細孔数の測定>
続いて、それぞれの単離菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンの細孔数の測定を行った。分解後の熱可塑性ポリウレタンの表面に現れる細孔の状態(細孔数、細孔サイズ総面積、総面積率等)を定量的に解析することにより、菌のウレタン分解能に対する特徴を掴むことができ、その結果、マテリアルリサイクルを行うために適した菌を選択することができる。
細孔数は、ImageJの粒子解析モードで測定した。測定条件は次の通りとした。
測定条件:閾値を0~細孔の認識可能な数値に設定(通常60~100程度)
細孔サイズ10~∞pixelに設定(1μm=7.97pixel)
【0066】
その結果を
図6に示す。
図6に示すように、新規分解菌MS4102株よりもES2231株の方が細孔数の増加が大きい傾向が認められた。後で示すSEM写真より、熱可塑性ポリウレタンの表面に球状型のミクロンオーダーの細菌が吸着しており、吸着量の度合いが細孔数に影響を及ぼしていたと考えられる。
【0067】
なお、
図6に示す略語の意味は次のとおりである。
未×1 :前処理をせず、金属イオン濃度を定倍としたもの
未×10:前処理をせず、金属イオン濃度を10倍としたもの
P×1 :前処理としてプラズマ処理を行い、金属イオン濃度を定倍としたもの
P×10:前処理としてプラズマ処理を行い、金属イオン濃度を10倍としたもの
PO×1 :前処理としてプラズマ処理およびオレイン酸処理を行い、金属イオン濃度を定倍としたもの
PO×10:前処理としてプラズマ処理およびオレイン酸処理を行い、金属イオン濃度を10倍としたもの
control:新規分解菌を作用させなかったもの(比較例)
【0068】
<表面SEM観察>
新規分解菌であるMS4102株またはES2231株を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンの表面を、SEM(Miniscope TM3030-HITACHI)により2000倍、8000倍で撮影し、新規分解菌が表面に吸着している状態を観察して評価した。その結果を
図7に示す。
新規分解菌の吸着量の多さは、未処理>P処理>PO処理の順であり、分解能を示す重量減少率の結果と相関が得られた。なお、オレイン酸処理は吸着量が少なく、分解能の低下につながっていた。
「未処理」は前処理を行わなかったものを意味する。
「P処理」は前処理としてプラズマ処理を行ったものを意味する。
「PO処理」は前処理としてプラズマ処理およびオレイン酸処理を行ったものを意味する。
【0069】
<赤外分光分析>
熱可塑性ポリウレタンに新規分解菌であるES1243株、ES2231株またはMS4102株を作用させたてから赤外分光分析を行い、740カイザーのピーク強度を比較した。その結果を
図8に示す。なお、熱可塑性ポリウレタンに新規分解菌を作用させる前の前処理は行わなかった。また、
図8の「コントロール」とは、新規分解菌を作用させなかったもの(比較例)を意味する。
図8に示すように、前処理を行わなかったコントロールの結果は、740および700カイザー付近にダブルのピークが出現した。これはCH
2メチレン基が存在していることを示している。一方、新規分解菌であるES2231株を作用させた場合には、700カイザーのピークが消失し、740カイザーのピーク比が大きくなっていた。前述のように740カイザーのピークは第1アミンの特徴を示すピークで、ウレア結合が分解されたことにより新たに出現し、また、これによりメチレンのダブルピークが消失したと推測される。
図8に示すように、熱可塑性ポリウレタンの重量減少率は、ウレア結合の分解を示す740カイザーのピーク比と相関があり、新規分解菌がウレタン分解作用に寄与していることが確認できた。
【0070】
以上のように、新規分解菌のウレタン分解能の評価の結果、熱可塑性ポリウレタンの分解前に前処理工程を行わない状態で最も高い分解能を示した。このため、新規分解菌は、前処理工程を省略した分解方法により熱可塑性ポリウレタンを分解することができ、分解に要するコストの大幅な削減が期待できる。
【0071】
<溶融特性>
新規分解菌を作用させた熱可塑性ポリウレタンの熱分析を行ない、材料の溶融特性として、A軟化開始温度、B溶融終点温度、C沸騰点、D分解開始温度、E溶融感度(B-A)、F溶融安定度(C-B)を評価した。これらの特性値は、熱可塑性樹脂として再利用するための優位性を見極めることができる。
溶融感度は、軟化開始してから完全に溶融した終点温度の温度差を表しており、材料の溶けやすさの指標である。溶融感度の値が小さい程、溶ける速度が速くなり、溶融感度が高いことを示す。新規分解菌を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンを、新たに熱可塑性ポリウレタンとして再利用する場合には、溶融感度の高い方が、成型性が安定する。
溶融安定度は、溶融終点温度と沸騰点の温度差を示しており、材料の溶融状態の安定性を示す指標である。溶融安定度の値が大きい程、溶融状態の安定性が高くなり、熱可塑性樹脂としての材料特性が向上する。
熱分析は、株式会社リガク製の「Thermo Plus EVO2」(熱重量示差熱分析装置(TG-DTA))を使用して行った。具体的には、各試料に空気を200ml/minの容量で供給しながら昇温速度10℃/minで加温し、700℃に到達した時点までの重量変化と、物理変化や化学変化に伴う熱的変化を、基準物質(Al
2O
3)と比較して温度の関数として検出した。その結果を下記表5に示す。また、測定した溶融感度および溶融安定度の結果を
図9に示す。
【0072】
【0073】
表5および
図9の「未処理」は、新規分解菌を作用させる前に熱可塑性ポリウレタンの前処理を行わなかったことを意味する。また、表5および
図9の「プラズマ」は、新規分解菌を作用させる前に熱可塑性ポリウレタンをプラズマ処理したことを意味し、同様に、「プラズマ+オレイン酸」は、プラズマ処理およびオレイン酸処理したことを意味する。また、表5および
図9の「コントロール」とは、新規分解菌を作用させなかったもの(比較例)を意味する。
【0074】
さらに、新規分解菌であるES2231株を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンを加熱した場合の状態を表す写真を
図10に示す。
新規分解菌のES2231株で熱可塑性ポリウレタンの分解処理を施すことにより、ウレア結合の末端の水素結合に作用して結合力が弱められ、また、熱エネルギーが付与されることにより分子のずれが生じやすくなり、パウダー状の原料の場合と同様に200℃程度で完全に溶融することが確認できた(
図10の右側の写真参照)。
【0075】
特に、前処理無しで新規分解菌を作用させた熱可塑性ポリウレタンは、熱安定性が最も高く、熱可塑性樹脂としてマテリアルリサイクル可能な材料特性に変化した。
さらに、700℃まで温度を上昇させて樹脂分を完全分解させたときの灰分量を比較した写真を
図11に示す。
図11に示すように、熱可塑性ポリウレタンのパウダー状の原料および成型された廃材は灰分や炭化物が残存するのに対し、新規分解菌を作用させた熱可塑性ポリウレタンは殆ど残らず完全分解し、環境に優しい材料特性となっていた。
なお、
図11において「TPU原料」は、熱可塑性ポリウレタンのパウダー状の原料を意味する。同様に、「TPU成型品」は成型された熱可塑性ポリウレタンの廃材を意味し、「TPU分解品」は新規分解菌であるES2231株を作用させた後の熱可塑性ポリウレタンを意味する。
また、前述のように、新規分解菌を作用させなかった熱可塑性ポリウレタンの成型品は溶融固化時の部分架橋により分子構造が強固ととなり、完全溶融できず温度上昇と共に炭化し、熱可塑性樹脂としての再利用ができない特性であった(
図12参照)。
【0076】
以上に示したように、選抜された新規分解菌は難分解性の熱可塑性ポリウレタンに対して高い分解能を示した。特に、ES2231株は熱可塑性ポリウレタンの前処理無しの条件で高い分解能を示したため、熱可塑性ポリウレタンの分解工程の大幅な削減が期待できる。
また、熱可塑性ポリウレタンの成型品は、従来は溶融固化する過程で強固な架橋構造を形成するため、均一に溶融させることが出来ず、熱可塑性樹脂として再利用ができない特性であったが、新規分解菌にて分解処理を施すことにより、熱可塑性樹脂としての再利用可能な溶融特性に変化した。
溶融特性は、熱可塑性ポリウレタンの前処理をしない場合の溶融安定性が一番高く、熱可塑性樹脂として適した特性を示した。このため、熱可塑性ポリウレタンを熱可塑性樹脂として再利用する場合においても工程の簡略化が期待できる。
さらに、選抜された新規分解菌を作用させた熱可塑性ポリウレタンは、加熱による分解残渣(灰分、炭化物等)が殆ど残らず完全分解するため、環境に優しい材料特性を有していた。