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特開2023-148331PZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法、改質された液組成物及びこの液組成物を用いたPZT強誘電体膜の形成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023148331
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】PZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法、改質された液組成物及びこの液組成物を用いたPZT強誘電体膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/316 20060101AFI20231005BHJP
   H10N 30/853 20230101ALI20231005BHJP
   H10N 30/097 20230101ALI20231005BHJP
   H10N 30/077 20230101ALI20231005BHJP
   C01G 25/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
H01L21/316 C
H01L41/187
H01L41/43
H01L41/317
C01G25/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022056284
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(72)【発明者】
【氏名】高村 禅
(72)【発明者】
【氏名】ファン トゥエ チョン
(72)【発明者】
【氏名】土井 利浩
(72)【発明者】
【氏名】曽山 信幸
【テーマコード(参考)】
4G048
5F058
【Fターム(参考)】
4G048AA03
4G048AB02
4G048AC02
4G048AD02
4G048AD08
4G048AE05
5F058BA20
5F058BB06
5F058BB07
5F058BC03
5F058BD05
5F058BE10
5F058BF46
5F058BH03
5F058BJ10
(57)【要約】
【課題】400℃未満の融点を有する基板に400℃未満の温度でPZT強誘電体膜を形成し得るPZT強誘電体膜用液組成物の改質方法、改質された液組成物及びこれを用いたPZT強誘電体膜の形成方法を提供する。
【解決手段】100~150℃の温度で密閉容器中で1時間以上保持することによりPZT強誘電体膜形成用液組成物を改質する。保持が、密閉容器内における圧力が0.11~0.15MPaの範囲内で1時間以上12時間以下で行われることが好ましい。PZT強誘電体膜を形成するには、改質された液組成物を基板に塗布して塗膜を形成し、塗膜を乾燥した後に、乾燥した膜に酸素含有雰囲気下50~250℃でオゾンを供給しながら紫外線照射する。次に塗膜形成工程と乾燥工程と紫外線照射工程を1回又は2回以上行った後、酸素含有雰囲気下で300℃以上400℃未満の温度に保持して、紫外線照射した強誘電体膜の前駆体膜を焼成して結晶化させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
PZT強誘電体膜を形成するために合成した液組成物を100℃~150℃の温度で密閉容器内で1時間以上保持することを特徴とするPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法。
【請求項2】
前記保持が、前記密閉容器内における圧力が0.11MPa~0.15MPaの範囲内であって1時間以上12時間以下の時間行われる請求項1記載の改質方法。
【請求項3】
前記密閉容器がオートクレーブであり、前記液組成物を改質するための容器に入れて密封した後に、前記容器を前記オートクレーブに入れて密閉する請求項1又は2記載の改質方法。
【請求項4】
請求項1ないし3記載いずれか1項の方法で改質されたPZT強誘電体膜用液組成物。
【請求項5】
請求項4に記載された改質されたPZT強誘電体膜形成用液組成物を基板に塗布して塗膜を形成する工程と、
前記塗膜を乾燥する工程と、
前記乾燥した膜に酸素含有雰囲気下50℃以上250℃の温度でオゾンを供給しながら紫外線照射する工程と、
前記塗膜形成工程と前記乾燥工程と前記紫外線照射工程を1回又は2回以上行った後、酸素含有雰囲気下で300℃以上400℃未満の温度に保持することにより前記紫外線照射した強誘電体膜の前駆体膜を焼成して結晶化させる工程と
を含むPZT強誘電体膜の形成方法。
【請求項6】
前記基板は、ポリイミド基板、ガラス基板又はシリコン基板である請求項5記載のPZT強誘電体膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)強誘電体膜を低温で形成するための液組成物の改質方法、改質された液組成物及びその液組成物を用いてPZT強誘電体膜をCSD(Chemical Solution Deposition)法により低温で形成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、PZT強誘電体膜形成用液組成物を塗布し、この塗布した膜を乾燥し、この乾燥した膜に酸素含有雰囲気下150~200℃の温度で紫外線照射し、上記塗布工程と上記乾燥工程と上記紫外線照射工程を1回又は2回以上行った後、酸素含有雰囲気下0.5℃/秒以上の速度で昇温するか、又は酸素非含有雰囲気下0.2℃/秒以上の速度で昇温し、400℃~500℃の温度に保持することにより紫外線照射した強誘電体膜の前駆体膜を焼成して結晶化させるPZT強誘電体膜の形成方法が開示されている(例えば、特許文献1(請求項1、段落[0013])参照。)。このPZT強誘電体膜の形成方法では、上記液組成物の1回当りの塗布量を、塗布1回当たりの強誘電体膜の厚さが150nm以上になるように設定し、紫外線照射するときにオゾンを供給する。
【0003】
このPZT強誘電体膜の形成方法では、乾燥した膜に酸素含有雰囲気下150℃~200℃の温度で紫外線照射することにより、オゾンが発生するとともに、更にオゾンが供給されるため、紫外線照射で発生したオゾンと供給されたオゾンにより分解した有機物がCO又はCO2とH2Oになり、液組成物中の有機物の大部分が分解される。液組成物が分解する際には、C(炭素)とH(水素)の一部が膜中にフリーラジカルとして残存する。ここで、塗布1回当たりの強誘電体膜の厚さを150nm以上になるように設定しても、紫外線照射工程でオゾンにより有機物を150℃~200℃の低温状態で分解するため、前駆体膜の体積及び構造に急激な変化が起こらず、また低温であってもオゾンにより有機物が十分に分解する。このため体積収縮時に十分に応力が緩和され、前駆体膜を焼成したときにクラックが発生しない。また、C(炭素)とH(水素)の還元作用により、液組成物中の2価の鉛イオン(Pb2+)が0価の鉛(Pb0)になり、かつ200℃以下であるため、膜中にパイロクロア相を生じさせない。この紫外線照射に続いて、酸素含有雰囲気下0.5℃/秒以上の速度で昇温するか、又は酸素非含有雰囲気下0.2℃/秒以上の速度で昇温し、400℃~500℃の温度に保持することにより、パイロクロア相を経由することなく、クラックを生じさせずに、強誘電体膜の前駆体膜を結晶化させて誘電特性及び圧電特性が良好なペロブスカイト構造のPZT強誘電体膜が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-045992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記従来の特許文献1に示されたPZT強誘電体膜の形成方法では、強誘電体膜の前駆体膜を結晶化させて誘電特性及び圧電特性が良好なペロブスカイト構造のPZT強誘電体膜を得るために、400℃~500℃の温度に保持する必要があるため、400℃未満の低い温度でPZT強誘電体膜を形成できず、400℃未満の低い融点を有するプラスチック製やガラス製の基板にPZT強誘電体膜を形成できない不具合があった。
【0006】
本発明の目的は、400℃未満の低い融点を有する基板に400℃未満の低い温度でPZT強誘電体膜を形成し得る、PZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法、この改質された液組成物及びこの液組成物を用いたPZT強誘電体膜の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、合成したPZT強誘電体膜形成用のPZTゾルゲル液である液組成物(以下、単に「液組成物」ということもある。)に高温高圧処理を施すことにより、この液組成物が改質され、この液組成物により作製されるPZT強誘電体膜の前駆体膜が従来よりも低い400℃未満の温度で結晶化してPZT強誘電体膜を形成することを見出し、本発明に至った。
【0008】
本発明の第1の観点は、PZT強誘電体膜を形成するために合成した液組成物を100℃~150℃の温度で密閉容器中で1時間以上保持することを特徴とするPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法である。
【0009】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、前記保持が、前記密閉容器内における圧力が0.11MPa~0.15MPaの範囲内であって1時間以上12時間以下の時間行われるPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法である。
【0010】
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点に基づく発明であって、前記密閉容器がオートクレーブであり、前記液組成物を改質するための容器に入れて密封した後に、前記容器を前記オートクレーブに入れて密閉するPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法である。
【0011】
本発明の第4の観点は、第1ないし第3の観点いずれかの観点の改質されたPZT強誘電体膜形成用液組成物である。
【0012】
本発明の第5の観点は、第4の観点の改質されたPZT強誘電体膜形成用液組成物を基板に塗布して塗膜を形成する工程と、この塗膜を乾燥する工程と、この乾燥した膜に酸素含有雰囲気下50℃以上250℃の温度でオゾンを供給しながら紫外線照射する工程と、上記塗膜形成工程と上記乾燥工程と上記紫外線照射工程を1回又は2回以上行った後、酸素含有雰囲気下で300℃以上400℃未満の温度に保持することにより上記紫外線照射した強誘電体膜の前駆体膜を焼成して結晶化させる工程とを含むPZT強誘電体膜の形成方法である。
【0013】
本発明の第6の観点は、第5の観点に基づく発明であって、更に基板は、ポリイミド基板、ガラス基板又はシリコン基板であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の第1の観点のPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法では、PZT強誘電体膜を形成するために合成した液組成物を100℃~150℃の温度で密閉容器中で1時間以上保持することにより、この液組成物により作製されるPZT強誘電体膜の前駆体膜が改質され、この前駆体膜が従来よりも低い400℃未満の温度で結晶化して、強誘電特性を有するPZT強誘電体膜を形成することができる。これは、PZT強誘電体膜形成用液組成物が、100℃~150℃の温度で密閉容器中で1時間以上保持されると、容器内は高温高圧になり、本出願時点では十分に解明できない変化が起きて、改質される。この改質により、この液組成物を用いてPZT強誘電体膜を形成する場合に、この前駆体膜をより低温で結晶化することができる。この液組成物を用いれば、シリコン基板以外のポリイミド基板やガラス基板などの耐熱性が低い基板上にPZT強誘電体膜を形成することができる。
【0015】
本発明の第2の観点のPZT強誘電体膜用液組成物の改質方法では、前記保持を、前記密閉容器内における圧力を0.11MPa~0.15MPaの範囲内にして、1時間以上12時間以下の時間、行うことにより、上記液組成物をより一層確実に改質することができる。
【0016】
本発明の第3の観点のPZT強誘電体膜用液組成物の改質方法では、この液組成物を改質するための容器に入れて密封した後に、この容器をオートクレーブに入れて密閉することにより、改質を行うため、上記液組成物への不純物の混入を防ぎ、その取り扱いを簡便にすることができる。
【0017】
本発明の第4の観点の改質されたPZT強誘電体膜用液組成物は、この液組成物を用いてPZT強誘電体膜を形成する場合に、この前駆体膜をより低温で結晶化することができ、シリコン基板以外のポリイミド基板やガラス基板などの耐熱性が低い基板上にPZT強誘電体膜を形成することができる。
【0018】
本発明の第5の観点のPZT強誘電体膜の形成方法では、上記PZT強誘電体膜形成用液組成物を基板に塗布して塗膜し、この塗膜を乾燥した後に、この乾燥した膜に酸素含有雰囲気下50~250℃の温度でオゾンを供給しながら紫外線照射するので、オゾンが発生するとともに、更にオゾンが供給されるため、紫外線照射で発生したオゾンと供給されたオゾンにより分解した有機物がCO又はCO2とH2Oになり、液組成物中の有機物の大部分が分解される。この液組成物が分解する際には、C(炭素)とH(水素)の一部が膜中にフリーラジカルとして残存する。このC(炭素)とH(水素)の還元作用により、液組成物中の2価の鉛イオン(Pb2+)が0価の鉛(Pb0)になり、かつ250℃以下であるため、膜中にパイロクロア相を生じさせない。上記塗膜形成工程と上記乾燥工程と上記紫外線照射工程を1回又は2回以上行った後、酸素含有雰囲気下で300℃以上400℃未満という、特許文献1に記載された400℃以上500℃以下の温度より、低い温度に保持することにより、上記紫外線照射した強誘電体膜の前駆体膜を焼成して結晶化させる。ここで、300℃以上400℃未満という低い温度でも強誘電体膜を結晶化させることができるのは、上記液組成物を高温高圧処理することにより、PZT強誘電体膜形成用液組成物が改質されることによる。この結果、パイロクロア相を経由することなく、クラックを生じさせずに、強誘電体膜の前駆体膜を結晶化させて誘電特性及び圧電特性が良好なペロブスカイト構造のPZT強誘電体膜が得られる。
【0019】
本発明の第6の観点のPZT強誘電体膜の形成方法では、基板が、ポリイミド基板、ガラス基板又はシリコン基板であるので、耐熱性が高い基板のみならず耐熱性が低い基板にもPZT強誘電体膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明実施例1のPZT強誘電体膜の形成手順を示すフローチャート図である。
図2】実施例3、比較例1及び比較例2のPZT強誘電体膜のX線回折(XRD)パターンを示す図である。
図3】実施例1のPZT強誘電体膜のX線回折(XRD)パターンを示す図である。
図4】実施例4の395℃で熱処理して焼成したPZT強誘電体膜の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真図である。
図5】実施例4の395℃で熱処理して焼成したPZT強誘電体膜のヒステリシスループ特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
〔PZT強誘電体膜用液組成物の改質方法〕
本実施形態のPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法は、PZT強誘電体膜を形成するために合成した液組成物を100℃~150℃の温度で密閉容器中で1時間以上保持する方法である。保持する温度は、110℃~130℃が好ましい。また、保持は、密閉容器内における圧力が0.11MPa~0.15MPaの範囲内であって1時間以上12時間以下の時間で行うことが好ましい。また、密閉容器がオートクレーブであって、液組成物を改質するための容器に入れて密封した後に、容器をオートクレーブに入れて密閉することが好ましい。
【0023】
改質前のPZT強誘電体膜用液組成物は、Pb、Zr、Tiの各金属元素がPZT強誘電体を形成する所定の量比になるように調製された各金属元素の原料と、溶媒と、添加物とを含む。金属元素の原料には、有機基がその酸素原子又は窒素原子を介して結合している金属化合物が好適に用いられる。例えば、金属アルコキシド、金属ジオール錯体、金属トリオール錯体、金属カルボン酸塩、金属β-ジケトネート錯体、金属β-ジケトエステル錯体、金属β-イミノケト錯体、及び金属アミノ錯体からなる群より選ばれた1種または2種以上の化合物を用いることができる。特に好適な化合物は金属アルコキシド、その部分加水分解物、有機酸塩である。
【0024】
溶媒には、1-ブタノール、エタノール、1-オクタノール等のアルコールや、プロプレーングリコール、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール等のジオールを用いることができる。他の溶媒としては、カルボン酸、エステル、ケトン類(例えば、アセトン、メチルエチルケトン)、エーテル類(例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル)、シクロアルカン類(例えば、シクロヘキサン、シクロヘキサノール)、芳香族系(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン)、その他テトラヒドロフラン等を用いることができる。
【0025】
添加物には、反応制御物質として、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリアクリルアミド及び/又はポリビニルアセトアミドが用いられる。反応制御物質とは、焼成時に酸素を取込んで強誘電体構造を形成する反応を制御する物質である。この反応制御物質の含有量は、金属元素の原料1モルに対して0.0025~0.25モルの範囲にあることが好ましく、0.0025~0.2モル未満の範囲にあることがより好ましい。反応制御物質の含有量が上記範囲の下限値未満では、膜の内部応力が十分に緩和されないためクラックが発生しやすくなる。一方、反応制御物質の含有量が上記範囲の上限値を超えると、結晶性の高い緻密な薄膜を得ることができないおそれがある。
【0026】
ここで、上記液組成物を改質する温度を100℃~150℃の範囲に限定するのは、この改質は、主溶媒の沸点以上で行うことが望ましいためである。例えば、主溶媒としての1-ブタノールを用いた場合、1-ブタノールの沸点が117℃であることから、改質温度は、120℃以上が好適である。また、220℃以上では、改質のために液組成物を入れる容器の変形、破壊を防止するためである。1-ブタノール以外の一般的な溶媒を考慮し、それらの沸点を含めて判断すると、上記液組成物の改質温度は上記範囲の100℃~150℃に限定される。
【0027】
また、上記液組成物の改質時の好ましい圧力を0.11MPa~0.15MPaの範囲に限定するのは、容器内の圧力を主溶媒の蒸気圧近くにするためである。例えば、主溶媒として1-ブタノールを用いた場合、圧力―温度曲線から計算すると、液組成物を入れた容器内の圧力は0.127MPa~0.145MPaの範囲になる。1-ブタノール以外の一般的な溶媒を考慮し、それらの溶媒の圧力―温度曲線から計算した結果を含めて判断すると、上記液組成物の好ましい改質圧力は上記範囲の0.11MPa~0.15MPaに限定される。
【0028】
また、上記液組成物の改質時間を1時間以上に限定するのは、1時間未満では液組成物の改質が十分進行せず、求める効果が得られないからである。この液組成物の好ましい改質時間の上限値を12時間とするのは、12時間を超えると金属元素の原料が容器内で凝集沈殿してしまうおそれがあるからである。
【0029】
更に、改質前の液組成物を容器に入れて密封した後に、この容器をオートクレーブのような密閉容器に入れて改質するのは、液組成物への不純物の混入を防いで、改質作業を簡便にするためである。この容器としては、ガラス製やポリテトラフルオロエチレン(テフロン(登録商標)製の容器が、改質前の液組成物を分取し易く、改質後の液組成物を取り出し易く、好ましい。
【0030】
本実施形態のPZT強誘電体膜形成用液組成物の改質方法では、PZT強誘電体膜を形成するために合成した液組成物を100℃~150℃の温度で密閉容器中で1時間以上保持することにより、従来のPZT強誘電体膜の形成方法ではなし得なかった400℃未満という低温で強誘電特性を有するPZT強誘電体膜を形成することができる。これは、上記液組成物の改質を行うことにより、本出願時点では十分に解明できない変化がPZT強誘電体膜形成用液組成物に起こるため、強誘電体膜の前駆体膜のより低温での結晶化が可能になったと考えられる。この結果、シリコン基板以外のポリイミド基板やガラス基板などの耐熱性が低い基板上にPZT強誘電体膜を形成することができる。
【0031】
上記改質後の液組成物により作製された前駆体膜の結晶化の有無はX線回折(XRD)により評価する。液組成物のゲル化した後の金属元素の原料をゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)により分析すると、低分子成分の減少と高分子成分の増加が見られる。一般的にゾルゲル液においては加水分解反応により分子量が増大することは知られている。しかし、本実施形態とは別の方法で作製した重合の進んだ液組成物を用いても、400℃未満の温度では前駆体膜の結晶化が進行しない。本実施形態の液組成物の改質により、液組成物中の原料の分子量が変化し、この変化が低温での前駆体膜の結晶化に寄与しているのではなく、本実施形態の液組成物の改質は、本出願時点においては解明できない分子の三次元的な構造や配位子の位置などが低温での前駆体膜の結晶化に寄与していることが推察される。
【0032】
〔PZT強誘電体膜の形成方法〕
このように改質されたPZT強誘電体膜形成用液組成物を用いてPZT強誘電体膜を形成する方法を説明する。
先ず、改質されたPZT強誘電体膜形成用液組成物を基板に塗布して塗膜を形成する(塗膜形成工程)。上記液組成物の1回当りの塗布量は、塗布1回当たりのPZT強誘電体膜の厚さが150nm以上の範囲になるように設定することが好ましい。これにより少ない塗布回数で焼成後にクラックのない厚膜を形成することができる。ここで「厚さ」とは、後述する焼成後の強誘電体膜の厚さである。塗布法については、特に限定されないが、スピンコーティング、ディップコーティング、LSMCD(Liquid Source Misted Chemical Deposition)法又は静電スプレー法等が挙げられる。
【0033】
PZT強誘電体膜を形成する基板としては、融点が比較的低温であるポリイミド基板や無アルカリガラス基板、ホウケイ酸ガラス基板等が挙げられる。また、PZT強誘電体膜を形成する基板としては、下部電極が形成されたシリコン基板やサファイア基板等の耐熱性基板も挙げられる。また、基板上に形成する下部電極は、Pt、TiOX、Ir、Ru等の導電性を有し、かつPZT強誘電体膜と反応しない材料により形成される。例えば、下部電極を基板側から順にTiOX膜及びPt膜の2層構造にすることができる。上記TiOX膜の具体例としては、TiO2膜が挙げられる。更に基板としてシリコン基板を用いる場合には、この基板を熱酸化させることにより基板表面にSiO2膜を形成することができる。即ち、下部電極を基板側から順にSiO2膜、TiO2膜及びPt膜の3層構造にすることができる。
【0034】
次いで、上記塗膜を乾燥する(乾燥工程)。この乾燥は、大気雰囲気下、酸素ガス雰囲気下、又は含水蒸気雰囲気下80℃~250℃の温度で5分~30分間乾燥することが好ましい。この乾燥により液組成物中の溶媒が蒸発するとともに、金属化合物が膜中でネットワークを組み、液組成物がゲル化する。なお、乾燥前に、特に低沸点溶媒や吸着した水分子を除去するため、ホットプレート等を用いて70℃~90℃の温度で、0.5分~5分間低温加熱(乾燥)を行ってもよい。
【0035】
次に、上記乾燥した膜に酸素含有雰囲気下50℃~250℃の温度でオゾンを供給しながら紫外線照射する(紫外線照射工程)。酸素含有雰囲気としては、大気雰囲気又は酸素ガス雰囲気が挙げられ、照射時間は5分~15分間であることが好ましい。酸素含有雰囲気下で紫外線を照射することにより、オゾンが発生するとともに、更にオゾンが供給されるため、紫外線照射で発生したオゾンと供給されたオゾンにより分解した有機物がCO又はCO2とH2Oになり、PZT前駆体膜から遊離する。このときの雰囲気温度が50℃未満であるか、或いは250℃を超えると、PZT前駆体膜中の炭素の加熱分解が十分に進行しないからである。前述したように、紫外線照射により液組成物中の有機物の大部分が分解されるが、C(炭素)とH(水素)の一部が膜中にフリーラジカルとして残存する。このC(炭素)とH(水素)の還元作用により、液組成物中の2価の鉛イオン(Pb2+)が0価の鉛(Pb0)になり、かつ200℃以下であるため、膜中にパイロクロア相を生じさせない。これにより、PZT強誘電体膜の前駆体膜が作られる。
【0036】
更に、酸素含有雰囲気下で300℃以上400℃未満の温度に保持することにより上記紫外線照射した強誘電体膜の前駆体膜を焼成して結晶化させる(焼成工程)。焼成は、大気雰囲気又は酸素ガス雰囲気等の酸素含有雰囲気下で、瞬時に昇温してもよいが、0.5℃/秒以上の速度で昇温することが好ましい。そして、昇温時と同一の雰囲気下で300℃以上400℃未満、好ましくは100℃~150℃の温度で5~60分間保持することが好ましい。ここで、焼成温度が300℃以上400℃未満という低い温度でも強誘電体膜を結晶化させることができるのは、上記液組成物を改質することにより、本出願時点では解明できない変化がPZT強誘電体膜形成用液組成物に起こるためであると考えられる。これにより、パイロクロア相を経由することなく、クラックを生じさせずに、強誘電体膜の前駆体膜を結晶化させて誘電特性及び圧電特性が良好なペロブスカイト構造のPZT強誘電体膜を得ることができる。なお、焼成温度が400℃以上では、融点が400℃未満の基板に積層できない。
【0037】
なお、上記塗膜形成工程と上記乾燥工程と上記紫外線照射工程を1回ではなく、2回以上行うことができる。塗膜形成工程から紫外線照射工程までを2回以上行うのは、1回では所定の膜厚に達せず、2回以上繰り返して所定の膜厚に達するようにするためである。上記改質された液組成物を使用し、更に酸素雰囲気下でオゾンを供給しつつ紫外線照射を行えば、成膜時に発生する膜収縮由来の応力を抑制できること等から、クラックを発生させることなく、1回の塗布で150~200nm程度の厚い膜を形成できる。2回以上繰り返し行うことにより、PZTアクチュエータに適した300nm以上の厚膜の強誘電体膜を形成することができる。言い換えれば、例えば600nmの厚い強誘電体膜を少ない繰り返し数で成膜することができる。
【実施例0038】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0039】
<実施例1>
図1に示すように、先ず、PZTゾルゲル液(三菱マテリアル株式会社製:PZT-N液)を改質前の原料として用意した。上記PZTゾルゲル液中のPZT前駆体の濃度は酸化物換算で25質量%であり、PZT前駆体中のPb、Zr及びTiの各金属元素の比、即ち『Pb:Zr:Ti』が『120:40:60』であった。このPZTゾルゲル液を5ミリリットル秤量してテフロン(登録商標)製の容器に取り分けた。この容器に蓋をして容器を密閉し、PZTゾルゲル液を容器に密封した。密封した容器をオートクレーブに入れ、栓をして密閉した後、140℃の温度で5時間加熱することにより、PZTゾルゲル液を改質した。そして、室温まで冷却した後、オートクレーブからPZTゾルゲル液が封入された容器を取り出した。
【0040】
一方、厚さ500μmのシリコン基板上に、厚さ500nmのSiO2膜及び厚さ20nmのTiO2膜を介して厚さ200nmのPt膜が積層された積層基板を用意し、この積層基板のPt膜表面に、上記改質されたPZTゾルゲル液を滴下した後、5000rpmの回転速度で1分間スピンコーティングを行い、積層基板上にゲル膜を形成した。このゲル膜が形成された積層基板を大気中で80℃に加熱したホットプレート載せ3分間保持してゲル膜を乾燥させた後、250℃に加熱したホットプレートに上記積層基板を載せて10分間保持して上記乾燥したゲル膜の仮焼を行って仮焼膜を作製した。次に、波長184nm及び波長254nmの紫外線を照射する光源である低圧水銀灯を設置した気密容器付き装置(サムコ株式会社(SAMCO Inc.)製のUVオゾンクリーナ、型番:UV-300H-E)に積層基板を入れ、酸素雰囲気下で仮焼膜を有する積層基板を216℃(ステージ温度)に加熱した。この状態でオゾンを気密容器内に5.0sccmの流量で供給しかつ排出しながら、上記仮焼膜に波長184nm及び波長254nmの紫外線を10分間照射した後、この積層基板を反応容器から取り出し、室温まで冷却した。更に、上記冷却された仮焼膜を有する積層基板を大気中で300℃の温度に1時間保持して仮焼膜を焼成することにより、PZT強誘電体膜を得た。このPZT強誘電体膜を実施例1とした。
【0041】
<実施例2~4及び比較例1~2>
実施例2、実施例3及び実施例4のPZT強誘電体膜は、仮焼膜の焼成温度をそれぞれ325℃、350℃及び395℃に変更したこと以外は、実施例1と同様にして作製した。また比較例1及び比較例2のPZT強誘電体膜は、仮焼膜の焼成温度をそれぞれ400℃及び450℃に変更したこと以外は、実施例1と同様にして作製した。
なお、実施例1~4のPZTゾルゲル液は4℃の冷蔵庫で長期間(1ヶ月程度)保存したが沈殿などを生じることはなく安定であった。
【0042】
<比較例3>
実施例1と同じPZTゾルゲル液(三菱マテリアル株式会社製:PZT-N液)を原料として用意した。このPZTゾルゲル液を改質することなく、実施例1と同じ積層基板のPt膜表面に、上記改質していないPZTゾルゲル液を滴下して、ゲル膜を形成した。以下、実施例1と同様にして、仮焼膜を有する積層基板を大気中で300℃の温度に1時間保持して仮焼膜を焼成することにより、PZT強誘電体膜を得た。このPZT強誘電体膜を比較例3とした。
【0043】
<比較例4>
比較例1の仮焼膜を焼成する温度を325℃に変更した以外は、比較例3と同様にしてPZT強誘電体膜を得た。このPZT強誘電体膜を比較例4とした。
【0044】
<比較例5>
比較例1の仮焼膜を焼成する温度を350℃に変更した以外は、比較例3と同様にしてPZT強誘電体膜を得た。このPZT強誘電体膜を比較例5とした。
【0045】
<比較試験1及び評価1>
実施例1~4及び比較例1~5で得られたPZT強誘電体膜について、結晶化の程度をそれぞれ評価した。この結晶化の程度は、X線回折装置(パナリティカル社製、X'Pert PRO MRD Epi)を用いたPZT強誘電体膜のX線回折(XRD)パターンにより評価した。そして、PZTペロブスカイト相の(111)に相当する2θ=38度付近のピークの強度が明確であるとき、結晶化の程度を「優」とし、ピークが判別できるとき、結晶化の程度を「良」とし、ピークが確認できないとき、結晶化の程度を「不良」とした。その結果を表1に示す。なお、実施例3、比較例1及び比較例2のPZT強誘電体膜のX線回折(XRD)パターンを図2に示し、実施例1のPZT強誘電体膜のX線回折(XRD)パターンを図3に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
<評価1>
表1に示すように、PZTゾルゲル液を改質することなくPZT強誘電体膜を得た比較例3~5では、PZT強誘電体膜の結晶化の程度がいずれも不良であり、PZT強誘電体膜を優先(111)配向で結晶化できなかった。
【0048】
これらに対し、仮焼膜の焼成温度が300℃~395℃と適切な範囲内の温度(300℃以上400℃未満)の実施例1~4では、PZT強誘電体膜の結晶化の程度が良又は優と良好であり、PZT強誘電体膜を優先(111)配向で結晶化できた。なお、仮焼膜の焼成温度が400℃及び450℃と適切な範囲より高い温度の比較例1及び比較例2では、PZT強誘電体膜の結晶化の程度がいずれも優であり、PZT強誘電体膜を優先(111)配向で結晶化できた。
【0049】
<比較試験2及び評価2>
実施例4で得られたPZT強誘電体膜について、結晶の構造及び誘電特性を評価した。結晶の構造は、PZT強誘電体膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して評価した。その結果を図4に示す。また、誘電特性は、PZT強誘電体膜上に蒸着法によってAu膜を形成した後、大気雰囲気下、450℃で10分間加熱し、キャパシタ(強誘電体素子)を作製し、得られたキャパシタのヒステリシス特性を調べることにより評価した。その結果を図5に示す。
【0050】
図4から明らかなように、実施例4のPZT強誘電体膜では、明らかな柱状構造を観察できた。
【0051】
図5から明らかなように、実施例4のPZT強誘電体膜の強誘電性を示す典型的な方形ループを観察できた。また、図5から明らかなように、実施例4のPZT強誘電体膜の残留分極は約30μC/cm2と推定できる。これは従来の高温処理されたPZT強誘電体膜のそれと同等である。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の改質されたPZT強誘電体膜形成用液組成物を用いて形成されたPZT強誘電体膜は、センサ、アクチュエータ、超音波トランスデューサ等に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5