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  • 特開-表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023148467
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231005BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20231005BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C16/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022056504
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
3C046FF07
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA10
4K030AA11
4K030AA13
4K030AA14
4K030AA17
4K030AA18
4K030AA24
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030BB03
4K030BB12
4K030CA03
4K030CA17
4K030FA10
4K030JA01
4K030JA06
4K030JA09
4K030JA10
4K030JA11
4K030LA22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】高速断続切削加工で耐摩耗性が優れる被覆工具の提供。
【解決手段】表面側TiAlCN主体層と基体側TiCN層の積層体層が1以上で、TiAlCN主体層は六方晶TiAlCN粒を70~99面積%、立方晶TiCN粒を1面積%以上5面積%未満含み、TiAlCN粒は、(Ti1-xAl)(C1-y)(xの平均値が0.60~0.95、yの平均値が0.0050~0.3500)で、TiCN層は立方晶の粒を有し、TiAlCN主体層の最小厚L1minと最大厚L1max、TiCN層の最小厚L2minと最大厚L2maxにおいてL1minが0.5μm以上、L1maxが5.0μm以下、L2minが1.0μm以上、L2maxが19.0μm以下で、TiAlCN主体層の合計厚L *、TiCN層の合計厚L *がL *+L *=1.5~20.0μm、0.05×L *≦L *≦L *の被覆工具
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と該基体上に設けられている被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記被覆層は、TiAlCNを主体とする層を工具表面側に、TiCN層を前記基体側とする単位積層体層を1以上有し、
(b)前記TiAlCNを主体とする層は、ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒を70面積%以上99面積%以下、かつ、NaCl型面心立方構造を有するTiCN結晶粒を1面積%以上5面積%未満含み、
(c)前記TiAlCNを主体とする層に含まれるTiAlCN結晶粒は、(Ti1-xAl)(C1-y)(xの平均値が0.60以上、0.95以下、yの平均値が、0.0050以上、0.3500以下)であり、
(d)前記TiCN層は、NaCl型の面心立方構造の結晶粒を有し、
(e)前記単位積層体層のすべてにおいて、前記TiAlCNを主体とする層の最小厚さと最大厚さ、前記TiCN層の最小厚さと最大厚さを、それぞれ、L1min、L1max、L2min、L2max、とするとき、L1minが0.5μm以上、L1maxが5.0μm以下、L2minが1.0μm以上、L2maxが19.0μm以下を満足し、
(f)前記単位積層体層のすべてにおけるTiAlCNを主体とする層の合計厚さと、前記すべての単位積層体層におけるTiCN層の合計厚さを、それぞれ、L *、L *とするとき、L *+L *が1.5μm以上20.0μm以下、また、0.05×L *≦L *≦L *の関係を満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記TiAlCNを主体とする層はClを含有し、その含有割合zは、0.005原子%以上、0.500原子%以下であることを満足することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記TiAlCNを主体とする層において、アスペクト比が2.0以上である柱状組織を有する結晶粒が占める面積割合は、70面積%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層として、すくい面に、前記TiAlCNを主体とする層と前記TiCN層を有し、逃げ面に、前記TiCN層を有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体(基体ともいう)の表面に、被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を蒸着法により被覆形成した被覆工具があり、これは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
そして、前記Ti-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具の被覆層の耐久性の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、被覆層として、Ti1-xAlNからなる第1単位層と、Ti1-yAlNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、前記第1単位層はfcc型結晶構造を有して、0<x<0.65であり、第2単位層はhcp型結晶構造を有して、0.65≦y<1である皮膜を有し、前記第1単位層および前記第2単位層の各厚さは3~30nmである被覆工具が記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、厚さ2~15μmのfcc構造を主体とする窒化チタンアルミニウム皮膜からなる下層と、厚さ0.2~10μmのhcp構造の窒化アルミニウム皮膜からなる上層とを有する被覆層であって、前記上層は柱状結晶組織を有し、前記柱状結晶の平均横断面径が0.05~0.6μmであり、前記上層における(100)面のX線回折ピーク値Ia(100)と(002)面のX線回折ピーク値Ia(002)との比が、Ia(002)/Ia(100)≧6の関係を満たし、前記上層が前記下層の上にエピタキシャル成長している被覆工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-124407号公報
【特許文献2】国際公開第2018/008554号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工における省力化および省エネルギー化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にある。そのため、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性等の耐異常損傷性とともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性が求められている。
【0007】
しかし、前記特許文献1~2で提案されている被覆工具では、被覆層が塑性変形を起こすような高速断続切削加工に用いた場合には、被覆層を構成する結晶粒の脱落等が生じ、異常摩耗が進行しやすく、これに起因して比較的短時間で工具寿命に至ってしまう。
【0008】
そこで、本発明は、合金鋼の高速断続切削加工に用いた場合であっても、被覆層に異常摩耗を進行させることなく、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【0009】
本発明者は、合金鋼の高速断続切削加工で使用した場合でも、異常損傷が発生しにくいTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、TiAlCNということがある)を含む被覆層の構造について鋭意研究を行った。その結果、被覆層として、TiCN層の上にTiAlCN層を設け、該TiAlCN層が六方晶の高Al含有TiAlCN結晶粒を有し、かつ、NaCl型面心立方構造のTiの炭窒化物(TiCNということがある)結晶粒が分散したものであるとき、被覆層の異常損傷が進行しがたく、耐摩耗性が向上することを知見した。
【0010】
本発明は、この知見に基づくものであって、次のとおりのものである。
「(1)基体と該基体上に設けられている被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記被覆層は、TiAlCNを主体とする層を工具表面側に、TiCN層を前記基体側とする単位積層体層を1以上有し、
(b)前記TiAlCNを主体とする層は、ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒を70面積%以上99面積%以下、かつ、NaCl型面心立方構造を有するTiCN結晶粒を1面積%以上5面積%未満含み、
(c)前記TiAlCNを主体とする層に含まれるTiAlCN結晶粒は、(Ti1-xAl)(C1-y)(xの平均値が0.60以上、0.95以下、yの平均値が、0.0050以上、0.3500以下)であり、
(d)前記TiCN層は、NaCl型の面心立方構造の結晶粒を有し、
(e)前記単位積層体層のすべてにおいて、前記TiAlCNを主体とする層の最小厚さと最大厚さ、前記TiCN層の最小厚さと最大厚さを、それぞれ、L1min、L1max、L2min、L2max、とするとき、L1minが0.5μm以上、L1maxが5.0μm以下、L2minが1.0μm以上、L2maxが19.0μm以下を満足し、
(f)前記単位積層体層のすべてにおけるTiAlCNを主体とする層の合計厚さと、前記すべての単位積層体層におけるTiCN層の合計厚さを、それぞれ、L *、L *とするとき、L *+L *が1.5μm以上20.0μm以下、また、0.05×L *≦L *≦L *の関係を満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記TiAlCNを主体とする層はClを含有し、その含有割合zは、0.005原子%以上、0.500原子%以下であることを満足することを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記TiAlCNを主体とする層において、アスペクト比が2.0以上である柱状組織を有する結晶粒が占める面積割合は、70面積%以上であることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記被覆層として、すくい面に、前記TiAlCNを主体とする層と前記TiCN層を有し、逃げ面に、前記TiCN層を有することを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
【発明の効果】
【0011】
本発明の表面被覆切削工具は、合金鋼の高速断続切削加工に用いた場合であっても、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の表面被覆切削の被覆層の構造の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の表面被覆切削工具について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書において数値範囲を「A~B」(A、Bはともに数値である)と表現するとき、その範囲は上限(B)および下限(A)の数値を含んでおり、上限値(B)のみに単位が記載されているとき、上限(B)と下限(A)の単位は同じである。
また、組成を規定していない化合物の組成は、化学量論的な組成に限定されることはなく、従来公知のあらゆる原子比のものを含む。
【0014】
1.被覆層
図1に模式的に示すように、基体(1)状の被覆層(2)は、TiAlCNを主体とする層(3)を工具表面側に、TiCN層を基体側(4)とする単位積層体層(5)を1以上(図1では単位積層体層が2のときを示している)有する。
【0015】
1-1.TiAlCNを主体とする層
(1)結晶構造とその面積割合
TiAlCNを主体とする層は、被覆層の縦断面においてウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒を70面積%以上99面積%以下、かつ、NaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒を1面積%以上5面積%未満含むことが好ましい。
ここで、縦断面とは基体の微小な凹凸を無視して平面として扱ったとき、この平面に垂直な断面をいう。
【0016】
TiAlCNを主体とする層に、ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒が70面積%以上存在すれば、ウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒の量が多くなり、潤滑性が向上する。より好ましくは、85面積%以上である。一方、99面積%を超える場合ではTiCNの結晶粒の割合が少なくなり、このTiCNがもたらす耐摩耗性を付与し、TiCN層との密着性を向上させることが困難となる。なお、TiAlCNを主体とする層に非晶質相を含有していても前述の目的の達成には支障がない。
【0017】
また、TiAlCNを主体とする層には、耐摩耗性を付与し、TiCN層との密着性を向上させるために、NaCl型面心立方構造を有するTiCN結晶粒を含むことが好ましい。TiCN結晶粒の占める面積割合が、1面積%以上5面積%未満であれば、TiAlCNを主体とする層の耐摩耗性が向上するとともにTiAlCNを主体とする層とTiCN層との密着性が向上する。
また、TiAlCNを主体とする層のTiAlCN結晶粒とTiCN結晶粒の結晶粒径(複数の結晶粒の面積加重平均値として算出した結晶粒の平均面積において、結晶粒と等しい面積を与える円の直径を求めたもの)については、前者が100~5000nm、後者が50~700nmであることが、より好ましい。結晶粒はこの観察視野において偏在していてもよい。
【0018】
前述の各結晶構造の結晶粒がそれぞれ占める面積割合は、以下のようにして求める。
まず、被覆層を集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー(CP:Cross section Polisher)等を用いて、研磨した縦断面を作製し、この縦断面において、エネルギー分散型X線分析法(EDS:Energy dispersive X-ray spectroscopy)を用いた元素マッピングを実施し、TiAlCNを主体とする層に含まれる、ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒の候補となる領域およびNaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒の候補となる領域を画定する。
【0019】
前記ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒の候補となる領域およびNaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒の候補となる領域について、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)に付属する結晶方位解析装置を用いて、前記表面研磨面の法線方向に対して、例えば、0.5度以上、1.0度以下に傾けた電子線をPrecession(歳差運動)照射しながら、各測定点に対し、電子線を任意のビーム径および間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込む。
【0020】
そして、個々の測定点を解析することで、結晶質であるかの判定に加えて、NaCl型の面心立方構造であるか、ウルツ鉱型の六方晶構造であるかの判定と、その結晶方位を求めることができる。なお、ウルツ鉱型の六方晶構造については、各測定点の結晶方位を同定しやすい方位に合わせる(サンプルを傾斜させる)ことにより、より正確に判定できるが、NaCl型の面心立方構造ではないと判断された結晶質である領域はウルツ鉱型の六方晶構造の領域と見なしてもよい(以下の説明は、このウルツ鉱型の六方晶構造の領域と見なすやり方について説明する)。例えば、幅2000nm、高さは被覆層の厚みがすべて含まれるよう設定された観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0021】
なお、測定に用いた電子回折パターンの取得条件は、例えば、加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは二次元方向に10.0nmである。このとき、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として正方形状のものが例示できる。
【0022】
このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造を示す場合は、これらピクセルの接する領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。
【0023】
ただし、隣接するピクセルすべてと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0024】
そして、前記ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒の候補となる領域およびNaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒の候補となる領域において、前記ウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒とNaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒の分布を確認し、ウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒とNaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒を特定する。
【0025】
そして、各結晶構造の結晶粒がそれぞれ占める面積割合は、前記観察視野の全面積に対して特定されたウルツ鉱型の六方晶構造を有するTiAlCN結晶粒の合計の面積が占める割合、もしくは前記観察視野の全面積に対して特定されたNaCl型面心立方構造を有するTiの炭窒化物の結晶粒の合計の面積が占める割合として算出する。少なくとも3以上の観察視野で同様の測定を行い算出した平均値を各結晶構造の結晶粒がそれぞれ占める面積割合とする。
【0026】
(2)組成
TiAlCNを主体とする層のTiAlCNの組成は、組成式:(Ti1-xAl)(C1-y)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xが0.60以上、0.95以下、CのCとNの合量に占める平均含有割合yが、0.0050以上、0.3500以下、を満足することが好ましい。
【0027】
その理由は、xが0.60未満になるとウルツ鉱型の六方晶構造が安定的に形成されず、潤滑性が低下するためであり、また、xが0.95を超えると耐摩耗性が低下するとともに、TiCN層との密着性が低下し、剥離の発生、あるいは偏摩耗の進行等の異常損傷発生の原因となるためである。さらに、yを前述の範囲とする理由は、この範囲にあるとき潤滑性が向上して切削時の衝撃を緩和し耐チッピング性が向上し、一方、この範囲を逸脱するとTiCN層との密着性が低下し、剥離の発生、あるいは偏摩耗の進行等の異常損傷発生の原因となるためである。
【0028】
なお、(Ti1-xAl)と(C1-y)との比は特に限定されるものではないが、(Ti1-xAl)を1とする場合、(C1-y)の比は0.8~1.2とすることが好ましい。その理由は、(Ti1-xAl)に対する(C1-y)の比が前記範囲内であれば、より確実に本発明の目的が達成できるためである。
【0029】
TiAlCNを主体とする層にClを含有する場合は、その含有割合は、0.005原子%以上、0.500原子%以下であることを満足することがより好ましい。その理由は、0.005原子%未満では潤滑性が不十分となって耐摩耗性が低下してしまうことがあり、一方、0.500原子%を超えると硬さが低下し、すくい面の耐摩耗性が不十分で早期に摩滅してしまうことがあるためである。
【0030】
なお、TiAlCNを主体とする層内に含まれるNaCl型面心立方構造を有するTiCN結晶粒の組成は、化学量論的な組成に限定されることはなく、従来公知のあらゆる原子比のものを含む。
【0031】
(3)層の厚さ
単位積層体が1のとき、TiAlCNを主体とする層の厚さは0.5μm以上、5.0μmがより好ましい。
単位積層体が2以上あるとき、各単位積層体におけるTiAlCNを主体とする層の厚さは、以下の範囲にあれば、すべて同じでなくてもよい。
前記すべての単位積層体層におけるTiAlCNを主体とする層の最小厚さと最大厚さ、前記すべての単位積層体層におけるTiCN層の最小厚さと最大厚さを、それぞれ、L1min、L1maxとするとき、L1minが0.5μm以上、L1maxが5.0μm以下を満足することが好ましい。
【0032】
をこの範囲とする理由は、厚さが0.5μm未満では、すくい面においても被覆層が早期に摩滅してしまい、耐摩耗性の向上効果が発揮されず、一方、5.0μmを超えるとTiAlCN層内の結晶粒が大きくなりTiAlCN層の耐チッピング性が低下するためである。
【0033】
(4)結晶粒のアスペクト比と面積割合
TiAlCNを主体とする層において、平均アスペクト比が2.0以上の柱状結晶粒(TiAlCN結晶粒とTiCN結晶粒の両者)の占める面積割合が70面積%以上であることがより好ましい。平均アスペクト比が2.0以上の柱状結晶粒の占める面積割合が70面積%以上であれば、チッピング発生をより確実に抑えることができる。なお、アスペクト比の上限は、10.0が好ましい。その理由は、柱状結晶組織が破断しやすくなり、大きなチッピングを生じることがあるためである。
【0034】
1-2.TiCN層
(1)組成
TiCN層の組成は、化学量論的組成に限定されることはなく、従来公知のあらゆる原子比のものを含む。
【0035】
(2)結晶構造
TiCN層は、NaCl型面心立方構造の結晶粒を含むことが好ましく、その面積割合は縦断面において、面積割合で、95%以上がより好ましく、その上限は制約がなく100%であってもよい。
【0036】
(3)層の厚さ
単位積層体が1のとき、TiCN層の厚さは1.0μm以上、19.0μm以下であることがより好ましい。
単位積層体が2以上あるとき、各単位積層体におけるTiCN層の厚さは、以下の範囲にあれば、すべて同じであってもよいが、同じでなくてもよい。前記すべての単位積層体層におけるTiCN層の最小厚さと最大厚さを、それぞれ、L2min、L2maxとするとき、L2minが1.0μm以上、L2maxが19.0μm以下を満足することが好ましい。Lをこの範囲とする理由は、層厚が1.0μm未満では、逃げ面において耐摩耗性が不十分となり、一方、19.0μmを超えるとTiCN層内の結晶粒が大きくなりTiCN層の耐チッピング性が低下するためである。
【0037】
前記被覆層に含まれる前記TiAlCNを主体とする層の合計厚さと、前記TiCN層の合計厚さを、それぞれ、L *、L *とするとき、L *+L *が1.5μm以上20.0μm以下、また、0.05×L *≦L *≦L *の関係を満たすことが好ましい。なお、L *+L *は全単位積層体の合計厚さを表している。
【0038】
*+L *をこの範囲とする理由は、層厚が1.5μm未満の場合には、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮することができず、一方、平均層厚が19.0μmを越えると、耐チッピング性が低下するためである。また、L *が0.05×L *≦L *≦L *の範囲を逸脱する場合には、前記TiAlCNを主体とする層の潤滑性を十分に発揮することができないためである。
【0039】
TiAlCNを主体とする層、TiCN層の層厚は、被覆層を集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー(CP:Cross section Polisher)等を用いて、研磨した縦断面を作製し、この縦断面において、複数箇所(5箇所)の層厚を求めた平均値をいう。
【0040】
1-3.すくい面と逃げ面の層構造
被覆層として、すくい面に、TiAlCNを主体とする層とTiCN層を有し、逃げ面に、TiCN層を有することがより好ましい。すなわち、逃げ面はTiAlCNを主体とする層を有しなくてもよい。その理由は、逃げ面にTiAlCNを主体とする層が設けられていてもよいが、被削材ともっとも擦れ合う逃げ面の表面にはTiAlCN層が存在しない方が、TiAlCN層と一緒にその下部のTiCN層が脱落することを防止でき、工具寿命がより一層向上するためである。
【0041】
2.その他の層
被覆層として、本発明のTiAlCNを主体とする層を工具表面側に、TiCN層を基体側とする単位積層体層を1以上有していれば、前述の目的を達成することができるが、これ以外の他の層を含んでいてもよい。他の層としては、単位積層体層と工具基体との間において密着性を向上させるような下地層や、単位積層体層の上で耐摩耗性を向上させるような上部層などを含んでいてもよい。
【0042】
下地層としては、単位積層体層と工具基体との間において密着性を向上させるようなTiの窒化物層を、上部層としてTiの炭窒酸化物層、酸化アルミニウムの内の少なくとも1層を、それぞれ例示できる。それらの層の組成は、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではなく、従来公知のあらゆる原子比を含むものである。
【0043】
下地層と上部層の平均厚さは、それぞれ、1.0~10.0μmの範囲が好ましい。また、特に酸化アルミニウム層を含む層が1.0~10.0μmの合計平均層厚の最外層として最表面の単位積層体層の上部に設けられた場合には、より一層優れた耐摩耗性を発揮することができる。この範囲とする理由は、1.0μm未満であると、下部層や上部層の特性は十分に発揮できないことがあり、一方、10.0μmを超えると、被覆層の耐チッピング性が低下してしまうことがある。
【0044】
3.基体
(1)材質
基体は、この種の基体として従来公知の基材であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、またはcBN焼結体であり、これらのいずれかであることが好ましい。
【0045】
(2)形状
基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0046】
4.製造方法
本発明の被覆層は、例えば、以下に示す化学蒸着(CVD)法による製造法(製造条件)により、基体上に成膜することができる。前記単位積層体は、TiCN層の形成条件による成膜の後に、TiAlCN層の形成条件による成膜を行うことで形成することができ、これを単位積層体の数(積層数)に応じて繰り返すことにより製造できる。
【0047】
<TiAlCN層の形成条件>
反応ガス組成(%は容量%を表し、ガス群Aとガス群Bの和を100容量%とする)
ガス群A NH:0.50~1.50%、N:0.0~5.0%、
CH:0.5~5.0%、C:1.0~10.0%、H:20.0~40.0%、
ガス群B AlCl:0.11~0.70%、Al(CH:0.00~0.25%、
TiCl:0.10~0.20%、N:2.0~10.0%、
CHCN:0.10~0.50%、CH:0.0~1.0%、
:0.0~1.5%、H:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:800~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス供給Aとガス供給Bの位相差:0.10~0.20秒
【0048】
<TiCN層の形成条件>
反応ガス組成(%は容量%を表し、ガス群Aとガス群Bの和を100容量%とする)
ガス群A N:0.0~5.0%、H:20.0~40.0%、
ガス群B TiCl:1.0~5.0%、CHCN:0.5~1.5%、
:25.0~40.0%、H:残
反応雰囲気圧力:5.0~10.0kPa
反応雰囲気温度:850~900℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス供給Aとガス供給Bの位相差:0.10~0.20秒
成膜ガス組成、反応雰囲気圧力、反応雰囲気温度、供給周期、1周期当たりのガス供給時間、および、ガス群Aの供給とガス群Bの供給の位相差は、設定値である。
【実施例0049】
次に、実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。すなわち、本発明被覆工具の実施例として、基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、基体として、TiCN基サーメット、cBN基超高圧焼結体を用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに等に適用した場合も同様である。
【0050】
原料粉末として、WC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、このプレス成形体を5Paの真空中、1420℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、三菱マテリアル株式会社製のSEMT13T3AGSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の基体A~C、およびISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0051】
次に、これら基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、各層をCVDにより形成し、表6に示される本発明被覆工具1~12を得た。
成膜条件は、表2、3に記載したとおりであるが、概ね、次のとおりである。
【0052】
<TiAlCN層の形成>
反応ガス組成(%は容量%を表し、ガス群Aとガス群Bの和を100容量%とする)
ガス群A NH:0.50~1.50%、N:0.0~5.0%、
CH:0.5~5.0%、C:1.0~10.0%、H:20.0~40.0%、
ガス群B AlCl:0.11~0.70%、Al(CH:0.00~0.25%、
TiCl:0.10~0.20%、N:2.0~10.0%、
CHCN:0.10~0.50%、CH:0.0~1.0%、
:0.0~1.5%、H:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:800~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス供給Aとガス供給Bの位相差:0.10~0.20秒
【0053】
<TiCN層の形成>
反応ガス組成(%は容量%を表し、ガス群Aとガス群Bの和を100容量%とする)
ガス群A N:0.0~5.0%、H:20.0~40.0%、
ガス群B TiCl:1.0~5.0%、CHCN:0.5~1.5%、
:25.0~40.0%、H:残
反応雰囲気圧力:5.0~10.0kPa
反応雰囲気温度:800~900℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス供給Aとガス供給Bの位相差:0.10~0.20秒
【0054】
また、本発明被覆工具1~12は、表4に示された成膜条件により表5に示された下部層、上部層を形成した。
【0055】
比較の目的で、基体A~F表面に、表2、3に示される条件によりCVD装置による成膜を行うことにより、表7に示される比較被覆工具1~6を製造した。また、比較被覆工具1~6は、表4に示された成膜条件により表5に示された上部層を形成した。
【0056】
本発明被覆工具1~12および比較被覆工具1~6について、前述した方法により、各層の組成、層厚、立方晶構造および六方晶構造の結晶粒の面積率、柱状晶の結晶粒の面積率を求め、結果を表6に示す。なお、本発明被覆工具1~12について、TiAlCN結晶粒とTiCN結晶粒の結晶粒径は、前述の好ましい範囲にあった。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
比較工程C’*については、TiAlCN層を設けなかった。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
【表5】
【0063】
表5において、「-」は該当する層がないことを示す。
【0064】
【表6】
【0065】
表6において、
「-」は該当するものがないこと、「○」は該当すること、「×」は該当しないことを、
六方晶(面積%)とは、ウルツ鉱型の六方晶結晶構造を有する結晶粒の面積割合(%)、
立方晶(面積%)とは、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合(%)
を表す。
また、積層数が1(積層単位が1)のときは、L1min=L1max=L 、L2min=L2max=L である。
【0066】
次に、前記本発明被覆工具1~12および比較被覆工具1~8について、次の切削試験1(本発明被覆工具1~6、比較被覆工具1~4)および切削試験2(本発明被覆工具7~12、比較被覆工具5~8)を行い、その結果を表7、8にそれぞれ示す。
【0067】
切削試験1: 乾式高速正面フライス、センターカット切削加工
カッタ径: 80mm、単刃切削
被削材: JIS SCM440 幅60mm、長さ200mmブロック材
回転速度: 1592/min
切削速度: 400m/min
切り込み: 1.5mm
一刃送り量: 0.3mm/刃
切削時間: 6分
(通常切削速度は、200m/min)
【0068】
切削試験2: 乾式高速断続切削加工
被削材: JIS SCM440 長さ方向等間隔8本の縦溝入り丸棒
切削速度: 400m/min
切り込み: 1.0mm
送り: 0.2mm/rev
切削時間: 6分
(通常切削速度は、150から200m/min)
【0069】
【表7】
【0070】
【表8】
【0071】
表7、8において、比較被覆工具の「※:寿命に至る切削時間(分)」とはチッピング発生が原因で寿命に至るまでの切削時間(分)を示している。
【0072】
表7、表8に示される結果から、本発明被覆工具1~12は、いずれも被覆層が優れた耐摩耗性を有しているため、高速断続切削加工に用いた場合であっても長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~8は、高速断続切削加工に用いた場合チッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0073】
前述のように、本発明の被覆工具は、高速断続切削加工のための被覆工具として用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化ならびに切削加工の省力化および省エネ化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応が可能である。
【符号の説明】
【0074】
1 基体
2 被覆層
3 TiAlCNを主体とする層
4 TiCN層
5 積層単位層
図1