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  • 特開-チタン合金部材およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023148659
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】チタン合金部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20231005BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20231005BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
C22F1/00 630G
C22F1/00 630A
C22F1/00 631A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 684C
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691A
C22F1/00 692A
C22F1/00 624
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022056801
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】橋本 翔太朗
(72)【発明者】
【氏名】岳辺 秀徳
(72)【発明者】
【氏名】森 健一
(57)【要約】
【課題】β単相域で加工を行った場合に、水冷を行わなくとも、疲労特性に優れるチタン合金部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】長手方向を有するチタン合金部材であって、長手方向に垂直な断面の表層部における金属組織が、複数のα相の結晶粒を有するαコロニーを含む針状組織であり、αコロニーの平均径は、10μm以上300μm未満であり、α相は、hcp構造を有し、αコロニーからなる領域の中で、hcp構造におけるc軸と前記長手方向とのなす角が0~45°であるα相の領域の面積率が30%以下である、チタン合金部材。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向を有するチタン合金部材であって、
前記長手方向に垂直な断面の表層部における金属組織が、
複数のα相の結晶粒を有するαコロニーを含む針状組織であり、
前記αコロニーの平均径は、10μm以上300μm未満であり、
前記α相は、hcp構造を有し、前記αコロニーからなる領域の中で、前記hcp構造におけるc軸と前記長手方向とのなす角が0~45°であるα相の領域の面積率が30%以下である、チタン合金部材。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
Al:4.4~5.5%、
Fe:1.4~2.5%、
Mo:1.5~5.5%、
O:0.05~0.25%、
残部:Tiおよび不純物である、請求項1に記載のチタン合金部材。
【請求項3】
化学組成が、質量%で、
Al:5.50~6.75%、
V:3.5~4.5%、
Fe:0.05~0.40%、
O:0.05~0.25%、
残部:Tiおよび不純物である、請求項1に記載のチタン合金部材。
【請求項4】
化学組成が、質量%で、
Al:5.50~6.50%、
Sn:1.75~2.25%、
Zr:3.5~4.5%、
Mo:1.8~2.2%、
Si:0.10%以下、
Fe:0.02~0.25%、
O:0.02~0.15%、
残部:Tiおよび不純物である、請求項1に記載のチタン合金部材。
【請求項5】
エンジンバルブである、請求項1~請求項4に記載のチタン合金部材。
【請求項6】
コネクティングロッドである、請求項1~請求項4に記載のチタン合金部材。
【請求項7】
請求項1~請求項6に記載のチタン合金部材の製造方法であって、
(Tβ+20)℃以上での総加熱時間が10分以下となるよう、(Tβ+20)℃以上1240℃以下の温度まで加熱した後に空冷する熱処理工程を有し、
前記熱処理工程において、(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度が3℃/s以上である、チタン合金部材の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程の前に、切削加工を行う、切削加工工程をさらに有する、請求項7に記載のチタン合金部材の製造方法。
【請求項9】
前記切削加工工程の前に、(Tβ+70)℃以上(Tβ+270)℃未満の温度に加熱して、(Tβ+50)℃以上の温度域で減面率が10%以上の加工を行った後、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域で減面率が30%以上85%未満の加工を行う、成形加工工程をさらに有する、請求項8に記載のチタン合金部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン合金部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンバルブおよびコネクティングロッドのような自動車等の駆動部材は、繰り返し負荷を受けて使用される。このため、上記駆動部材には、高い強度を有するとともに、高い疲労特性をも備えることが求められる。
【0003】
駆動部材にも利用されるα+β型チタン合金は、加工、熱処理といった製造条件を制御し、強度を高めることができる。その一方、上記合金は、製造条件を制御して疲労特性を高めようとすると、生産性が低下するといった問題がある。具体的には、疲労特性が良好な等軸組織に金属組織を制御するためには、α+β二相域で熱間加工等をする必要があり、変形抵抗が大きくなる。この結果、生産性が低下する。
【0004】
そこで、非特許文献1ならびに特許文献1および2では、α+β二相域ではなく、β単相域で熱間加工または熱処理を行った場合であっても、合金の疲労特性を向上させる方法が検討されている。通常、β単相域で、熱間加工、または熱処理を行った場合、等軸組織ではなく、粗大な針状組織等が形成してしまい、疲労特性が低下する。
【0005】
非特許文献1には、β単相域での溶体化処理後に水冷することで、針状組織をより微細にし、疲労特性を向上させたチタン合金部材が開示されている。また、特許文献1には、β変態点を超える温度で加熱等を行うとともに、Ms点以上の温度から急冷し微細なマルテンサイト組織に制御することで、疲労特性を向上させたチタン合金部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平2-213453号公報
【特許文献2】特開平6-184683号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】G.Lutjering,A.Gysler:Titanium Science and Technology,4(1985),p.2065
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した非特許文献1および特許文献1では、チタン合金部材を製造する際に水冷を行う必要がある。このような水冷を行うと、残留応力が生じることで、曲がりなどの変形を引き起こす。この結果、その後の切削加工および研磨などの工程負荷が大きくなるといった問題がある。
【0009】
特許文献2には、水冷を行わずに針状組織を制御したチタン合金部材が開示されているものの、疲労特性および合金コストの観点からさらなる改善の余地がある。
【0010】
本発明は、上記の課題を解決し、β単相域で加工を行った場合に、水冷を行わなくとも、疲労特性に優れるチタン合金部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のチタン合金部材およびその製造方法を要旨とする。
【0012】
(1)長手方向を有するチタン合金部材であって、
前記長手方向に垂直な断面の表層部における金属組織が、
複数のα相の結晶粒を有するαコロニーを含む針状組織であり、
前記αコロニーの平均径は、10μm以上300μm未満であり、
前記α相は、hcp構造を有し、前記αコロニーからなる領域の中で、前記hcp構造におけるc軸と前記長手方向とのなす角が0~45°であるα相の領域の面積率が30%以下である、チタン合金部材。
【0013】
(2)化学組成が、質量%で、
Al:4.4~5.5%、
Fe:1.4~2.5%、
Mo:1.5~5.5%、
O:0.05~0.25%、
残部:Tiおよび不純物である、上記(1)に記載のチタン合金部材。
【0014】
(3)化学組成が、質量%で、
Al:5.50~6.75%、
V:3.5~4.5%、
Fe:0.05~0.40%、
O:0.05~0.25%、
残部:Tiおよび不純物である、上記(1)に記載のチタン合金部材。
【0015】
(4)化学組成が、質量%で、
Al:5.50~6.50%、
Sn:1.75~2.25%、
Zr:3.5~4.5%、
Mo:1.8~2.2%、
Si:0.10%以下、
Fe:0.02~0.25%、
O:0.02~0.15%、
残部:Tiおよび不純物である、上記(1)に記載のチタン合金部材。
【0016】
(5)エンジンバルブである、上記(1)~(4)に記載のチタン合金部材。
【0017】
(6)コネクティングロッドである、上記(1)~(4)に記載のチタン合金部材。
【0018】
(7)上記(1)~(6)に記載のチタン合金部材の製造方法であって、
(Tβ+20)℃以上での総加熱時間が10分以下となるよう、(Tβ+20)℃以上1240℃以下の温度まで加熱した後に空冷する熱処理工程を有し、
前記熱処理工程において、(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度が3℃/s以上である、チタン合金部材の製造方法。
【0019】
(8)前記熱処理工程の前に、切削加工を行う、切削加工工程をさらに有する、上記(7)に記載のチタン合金部材の製造方法。
【0020】
(9)前記切削加工工程の前に、(Tβ+70)℃以上(Tβ+270)℃未満の温度に加熱して、(Tβ+50)℃以上の温度域で減面率が10%以上の加工を行った後、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域で減面率が30%以上85%未満の加工を行う、成形加工工程をさらに有する、上記(8)に記載のチタン合金部材の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、β単相域で加工を行った場合に、水冷を行わなくとも、疲労特性に優れるチタン合金部材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、針状組織を示した組織写真である。
図2図2は、等軸組織を示した組織写真である。
図3図3は、αコロニーを示した組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らは、β相単相域で加工を行った場合に形成する針状組織について、検討を行い、チタン合金部材の疲労特性について、以下の(a)~(c)の知見を得た。
【0024】
(a)針状組織中の粗大なα相が、疲労破壊の起点になる。この結果、疲労強度が低下する。そこで、本発明者らは、この粗大なα相に着目した。そして、この粗大なα相が、同一の結晶方位を有する針状のα相の結晶粒(以下、「α相粒」と記載する。)の集合体(以下、「αコロニー」と記載する。)であることを明らかにした。
【0025】
(b)疲労特性を向上させるためには、αコロニーを微細にすることが有効である。また、本発明者らは、破壊の起点となるαコロニーを構成する結晶粒が、特定の結晶方位を有することも明らかにした。このため、αコロニーを構成する結晶粒の結晶方位を制御し、破壊の起点となるようなαコロニーの形成を抑制することも有効である。
【0026】
(c)以上の点を踏まえ、αコロニーの大きさおよびαコロニーを構成する結晶粒の結晶方位を制御する上で、製造条件を制御するのが好ましい。水冷を行わずに、上述した組織制御を行うために、β単相域での加工後に行われる熱処理で、昇温速度を通常よりも速く行った後に、空冷するのが有効である。
【0027】
本発明の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本実施形態の各要件について詳しく説明する。
【0028】
1.チタン合金部材の金属組織
1-1.針状組織およびαコロニー
疲労強度は、表面付近の金属組織に影響を受ける。このため、本実施形態のチタン合金部材では、表層部のαコロニーの大きさを制御する。
【0029】
本実施形態のチタン合金部材は、長手方向を有するチタン合金材であり、長手方向に垂直な断面の表層部における金属組織を制御する。具体的には、長手方向に垂直な断面の表層部における金属組織を針状組織とする。
【0030】
ここで、表層部とは、長手方向に垂直な断面において、チタン合金部材の表面から深さ方向に1mmまでの領域のことをいう。なお、表層部の組織は、後述する測定視野の範囲で観察および測定を行えばよく、全ての範囲で観察および測定を行う必要はない。
【0031】
また、針状組織とは、β単相域から冷却する際に形成する組織であり、図1に示すように、板状または針状のα相粒(以下、「針状α粒」ともいう。)を含む微視組織のことをいう。なお、図2に、α+β二相域から冷却した場合に形成する等軸組織を示す。針状組織は、等軸組織と比較し、結晶粒の形状が異なることが分かる。
【0032】
本実施形態のチタン合金部材において、針状組織は、αコロニーを含む。αコロニーとは、複数のα相粒、具体的には針状α粒を有する組織である。図3にαコロニーの組織写真を示す。図3の破線で囲まれた部分がαコロニーに該当する。αコロニーは、β相がα相に変態するときに形成するα相粒の集合体であり、旧β相の粒内に形成する。また、αコロニー中の針状α粒同士は、同様の結晶方位および配向を有する。具体的には、αコロニー内のα粒同士の方位差は、±5°以内となる。
【0033】
なお、針状組織内には、αコロニーのほかに、β粒界に析出する粒界α粒がある。空冷した場合、粒界α粒の面積率は5%未満と小さく、粒界α粒の幅は5μm以下となり、粗大ではない。このため、疲労特性に対し、大きな影響を与えないことから、特段、粒界α粒の制御は、必要ない。
【0034】
1-2.αコロニーの平均径
本実施形態のチタン合金部材において、αコロニーの平均径は、10μm以上300μm未満とする。水冷せずにチタン合金部材を製造する場合、αコロニーの平均径は、10μm以上となる。このため、αコロニーの平均径は、10μm以上とする。一方、αコロニーの平均径が300μmを超えると、疲労強度が低下する。このため、αコロニーの平均径は、300μm以下とする。αコロニーの平均径は、200μm以下とするのが好ましく、150μm以下とするのがより好ましく、20μm以下とするのがさらに好ましい。
【0035】
1-3.αコロニーにおける低疲労強度面積率
α相は、hcp構造であることが知られている。αコロニーは、複数のα粒の集合体であるが、同様の結晶方位および配向を有しており、hcp構造におけるc軸方向も同様の方向である。そして、疲労破壊の起点となるαコロニーは、応力軸(合金部材においては、長手方向)に対して、c軸が0~45°の範囲にある結晶方位を有している。このため、この方位、具体的には、hcp構造におけるc軸と合金材の長手方向とのなす角が0~45°である方位(以下、「低疲労強度方位」と記載する。)を有するαコロニーを低減する必要がある。すなわち、低疲労強度方位を有するαコロニーを構成するα相を低減するのがよい。
【0036】
従って、αコロニーからなる領域の中で、低疲労強度方位を有するα相の領域の面積率(以下、「低疲労強度面積率」と記載する。)は、30%以下とする。低疲労強度面積率は、極力低減するのが好ましい。
【0037】
針状組織、αコロニーの平均径、および低疲労強度面積率は、以下の手順で測定すればよい。最初に、チタン合金部材の長手方向に垂直な断面から表層部が含まれるように試験片を採取する。続いて、得られた試験片を上記表層部が含まれる上記断面を観察面とし、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する。観察では、表面から深さ方向に1mmまでの位置において、観察倍率50倍、縦0.8mm横0.8mmの矩形の領域の5か所以上を観察すればよい。
【0038】
続いて、SEMに付属するEBSD装置(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)を用いて測定し、得られた測定結果を、OIM(株式会社 TSLソリューションズ製の結晶方位解析ソフト)を用いて解析する。EBSDの解析では、隣り合うαコロニーの結晶方位の角度差を5°以下に設定し、αコロニーを特定する。特定したαコロニーについて、円相当径を算出し、平均径とする。
【0039】
全ての観察領域の中でαコロニーに該当する領域を特定し、この領域の中で、低疲労強度方位を有するα相の領域を特定し、その面積率(%)を算出する。なお、EBSDの測定条件は、測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVとすればよい。
【0040】
2.化学組成
本実施形態のチタン合金部材では、α+β型チタン合金であれば、チタン合金の種類、化学組成等、特に限定されない。なお、α+β型チタン合金とは、25℃においてα相を主相としβ相を第2相とする金属組織を有するチタン合金のことである。以下、一例として、好ましい化学組成を記載する。
【0041】
一例として、チタン合金部材の化学組成が、Al:4.4~5.5%、Fe:1.4~2.5%、Mo:1.5~5.5%、O:0.05~0.25%、残部:Tiおよび不純物であるのが好ましい。一例として、AMS4928のように、チタン合金部材の化学組成が、Al:5.50~6.75%、V:3.5~4.5%、Fe:0.05~0.40%、O:0.05~0.25%、残部:Tiおよび不純物であるのが好ましい。一例として、AMS4976のように、チタン合金部材の化学組成が、Al:5.50~6.50%、Sn:1.75~2.25%、Zr:3.5~4.5%、Mo:1.8~2.2%、Si:0.10%以下、Fe:0.02~0.25%、O:0.02~0.15%、残部:Tiおよび不純物であるのが好ましい。なお、上記各元素の含有量において、「%」の記載は、「質量%」を意味する。
【0042】
また、「不純物」とは、チタン合金部材を工業的に製造する際に、原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。上記以外に含まれ得る不純物としては、例えば、N、C、H等が挙げられる。この場合、N:0.08%以下、C:0.08%以下、H:0.015%以下とするのがよい。さらに、Ni、Cr、Mn、Nb、Cuが不純物として、含有される場合がある。これら元素の含有量は、それぞれ0.1%以下とするのが好ましく、これら元素の合計含有量は、0.5%未満とするのが好ましい。
【0043】
なお、疲労強度を高める上で、強度自体が高い方がよく、引張強さで950MPa以上のチタン合金であるのが好ましい。
【0044】
3.用途
本実施形態のチタン合金部材は、自動車等の駆動部材であるのが好ましい。なお、駆動部材とは、例えば、エンジンバルブ、コネクティングロッド等のことである。
【0045】
4.製造方法
本実施形態のチタン合金部材の好ましい製造方法について説明する。以下のような製造方法により、本実施形態のチタン合金部材を安定して製造することができる。
【0046】
チタン合金鋳塊またはチタン合金棒材といった加工素材を準備する。なお、この加工素材の寸法は、特に限定されず、後述する成形加工工程で取り扱える寸法であればよい。また、加工素材の化学組成および引張強さは、上述した範囲とするのが好ましい。
【0047】
4-1.成形加工工程
上記加工素材を、熱間加工し、所望する形状に成形するのが好ましい。熱間加工では、最初に、(Tβ+70)℃以上(Tβ+270)℃未満の温度に加熱するのが好ましい。続いて、上記加熱後、(Tβ+50)℃以上の温度域で減面率が10%以上の加工を行うのが好ましい。また、上記加工を行った後に、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域で減面率が30%以上85%未満の加工を行うのが好ましい。なお、この成形加工工程は、1ヒート、すなわち1回の加熱で行う処理であり、温度は加工素材の表面温度(物温)にて管理する。
【0048】
加工素材を(Tβ+70)℃以上(Tβ+270)℃未満の温度に加熱するのが好ましい。ここで、熱間加工の際の加熱温度が、(Tβ+70)℃未満であると、加熱炉内に温度が不均一な部分がある、または加工素材自体の大きさが不均一である場合に、加工素材全体で、Tβ℃以上の温度になりにくい。このため、熱間加工の際の加熱温度は、(Tβ+70)℃以上とするのが好ましい。一方、熱間加工の際の加熱温度が、(Tβ+270)℃以上であると、加工素材の表層が酸化しやすくなる。また、加工素材の金属組織が粗大になりやすくなる。このため、熱間加工の際の加熱温度は、(Tβ+270)℃未満とするのが好ましい。
【0049】
また、上述した温度に加熱後、(Tβ+50)℃以上の温度域で減面率が10%以上の加工を行うのが好ましい。加工の際に(Tβ+50)℃以上の温度域での減面率が10%未満であると、再結晶によるβ相の細粒効果が得にくくなる。この結果、αコロニーの平均径も大きくなりやすくなる。このため、(Tβ+50)℃以上の温度域での加工の減面率は、10%以上とするのが好ましい。
【0050】
上記加工を行った後、さらに、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域で減面率が30%以上85%未満の加工を行うのが好ましい。(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域での加工の減面率が30%未満であると、αコロニーが粗大になりやすくなる。このため、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域での加工の減面率は、30%以上とするのが好ましい。一方、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域での加工の減面率が85%以上であると、α相が特定の方位に集積しやすくなる。この結果、後述する熱処理工程において、β相粒およびαコロニーの粗大化が生じるとともに、β相粒およびαコロニーが特定の結晶方位への集積してしまうことで、疲労強度が低下しやすくなる。このため、(Tβ-100)℃以上(Tβ+50)℃未満の温度域での加工の減面率が85%未満とするのが好ましい。
【0051】
4-2.切削加工工程
上記成形加工工程を経た中間素材に、必要に応じてさらに切削加工を行ってもよい。例えば、熱間加工によって表面に欠陥が生じたりした場合には、切削加工で欠陥を除去することができる。また、所望する形状にするために、切削加工を行ってもよい。なお、成形加工工程を経ずに、切削加工のみを行って、所望するチタン合金部材の形状に加工してもよい。切削加工の方法は、特に限定されない。常法の機械加工を行えばよい。以下、成形加工工程および/または切削加工工程を経た中間素材を加工材と呼ぶ。
【0052】
4-3.熱処理工程
上記加工材に熱処理を行う。この熱処理では、熱処理温度を(Tβ+20)℃以上1240℃以下とし、(Tβ+20)℃以上での総加熱時間が10分以下となるよう加熱した後に空冷する。また、熱処理において、(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度を3℃/s以上とする。
【0053】
熱処理温度は、(Tβ+20)℃以上とする。熱処理温度が、(Tβ+20)℃未満であると、加熱炉の状態、加工材の形状によらず、十分、加工材全体をTβ℃以上の温度に加熱できない。このため、熱処理温度は、(Tβ+20)℃以上とする。一方、熱処理温度が、1240℃を超えるとαコロニーの平均径が大きくなり、疲労強度が低下する。このため、熱処理温度は、1240℃以下とする。熱処理温度は、1200℃以下とするのが好ましい。
【0054】
また、熱処理において、(Tβ+20)℃以上での総加熱時間が10分超であると、β相粒が粗大化し、空冷後に望ましい大きさの旧β粒界が形成しにくくなる。この結果、αコロニーの平均径も粗大になる。このため、(Tβ+20)℃以上での総加熱時間が10分以下とする。なお、(Tβ+20)℃以上での総加熱時間とは、(Tβ+20)℃以上での温度域で維持された合計時間である。
【0055】
加熱後には空冷をする。空冷とは、空気中で放冷する冷却方法であり、0.1~5℃/s程度の冷却速度になる。空冷より遅い冷却速度で冷却する、例えば、炉冷で冷却する場合、Tβ℃以上の温度域に保持される時間が長くなる。この結果、β粒およびαコロニーの粗大化が生じるとともに、粒界α粒が析出しやすくなる。これにより、疲労強度が低下する。一方、空冷より速い冷却速度で冷却する、例えば、水冷で冷却する場合、曲がりなどの変形を生じ、その後の切削加工および研磨などの工程負荷が大きくなる。従って、加熱後に空冷をする。
【0056】
ここで、熱処理の際の昇温において、(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度を3℃/s以上とする。(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度が、3℃/s未満であると、粒成長速度の方が核生成速度より大きくなりβ粒径が粗大になるとともに、β相の結晶方位が特定方位に集積する。この結果、次ぐ冷却時のβ→α変態時に析出するαコロニーが粗大になるとともに、特定の方位への集積が生じる。これにより低疲労強度面積率が増加し、疲労強度が低下する。
【0057】
このため、(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度を3℃/s以上とし、8℃/s以上とするのが好ましい。なお、昇温速度は、加工材に熱電対を付けて測定した温度で管理する。なお、(Tβ-10)~(Tβ+20)℃の温度域での昇温速度を3℃/s以上とするためには、例えば、高周波加熱、または通電加熱を行えばよい。なお、Tβ(β変態点)は、素材をβ単相域に加熱した際に、α→β変態を終了する温度であり、事前の実験によって得られる値である。
【0058】
Tβを調べるための事前の実験方法は以下の手順とする。最初に、チタン合金の素材の組織を観察する。素材の初期組織が針状組織である場合は、成形加工を行う。成形加工は、950℃以下の温度に加熱後、減面率が30%以上となるように行う。上述した成形加工により、素材の初期組織は針状組織とは異なる組織となる。素材の初期組織が針状組織とは異なる組織である場合は、成形加工を行わなくてもよい。
【0059】
このようにして準備した事前の実験の素材は、長手方向を有し、かつ、長手方向に垂直な断面が円形または矩形の棒状(棒材)となるように、必要に応じて切断、切削などを行う。棒材の長手方向に垂直な断面が円形の場合は、直径が30mm以下となるようにする。棒材の長手方向に垂直な断面が矩形の場合は、短辺の長さが30mm以下となるようにする。
【0060】
棒材を所定の形状とすることで、以降の熱処理において材料内部まで十分に加熱することができる。得られた棒材を加熱し、30分保持後、水冷する熱処理を行う。熱処理の温度管理は棒材の表面温度で行う。上記熱処理後、棒材の長手方向に垂直な断面の中央部の組織を観察する。上記熱処理の加熱温度を5℃刻みで変化させてゆき、上記熱処理後の組織が針状組織のみとなる最低温度をTβとする。
【0061】
以下、実施例によってチタン合金部材をより具体的に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0062】
表1に記載の化学組成を有するチタン合金の加工素材(丸棒素材:φ30mm)を用意した。用意した加工素材について、表2に記載の条件で、加熱後、丸形の溝付きロールを用いて、熱間圧延を行い、表2に記載する直径の中間素材とした。得られた中間素材を疲労試験片形状に切削(旋盤)加工した。なお、加工形状は、JIS Z 2274:1978(回転曲げ疲労試験)に準拠し、平行部寸法φ6×12.5mm/つかみ部φ12mmで、統一し、採取位置は中間素材中心部とした。その後、表2に記載の条件で熱処理を行い、チタン合金部材を得た。
【0063】
なお、熱処理では、試験片を通電式(真空雰囲気)で加熱し、試験片の平行部に取り付けた熱電対で温度制御した。また、熱処理後、組織等の観察の前に、熱電対設置痕を除去するため、研磨紙(#1000)で平行部表面を研磨した。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
得られた各チタン合金部材について、以下の方法で表層部の金属組織を組織観察するとともに、αコロニーの平均径および低疲労強度面積率を測定した。またチタン合金部材の疲労強度についても、以下の手順で測定した。
【0067】
(組織観察、αコロニーの平均径、および低疲労強度面積率)
針状組織、αコロニーの平均径、および低疲労強度面積率は、以下の手順で測定した。最初に、試験片の表面から厚さ方向に1mmの深さまでが含まれるように、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。観察では、表面から深さ方向に1mmまでの位置において、観察倍率50倍、縦0.8mm横0.8mmの矩形の領域を10か所観察し、針状組織であるか否かを観察した。
【0068】
続いて、SEMに付属するEBSD装置(電子線後方散乱回折;Electron Backscatter Diffraction)を用いて測定し、得られた測定結果を、OIM(株式会社 TSLソリューションズ製の結晶方位解析ソフト)を用いて解析する。EBSDの解析では、隣り合うαコロニーの結晶方位の角度差を5°以下に設定し、αコロニーを特定した。特定したαコロニーについて、円相当径を算出し、平均径とした。
【0069】
全ての観察領域の中でαコロニーに該当する領域を特定し、この領域の中で、低疲労強度方位を有するα相の領域を特定し、その面積率を算出し、低疲労強度面積率とした。なお、EBSDの測定条件は、測定間隔は2.0μm、加速電圧15kVとした。
【0070】
(疲労試験)
合金材について、回転曲げ疲労試験を行い、疲労強度を評価した。試験は、JIS Z 2274:1978に準拠して実施し、疲労強度(10回時間強度)を評価した。疲労強度が、600MPa超である場合を疲労強度が最も良好であるとし、◎で記載した。また、疲労強度が520~600MPaである場合を疲労強度が良好であるとし、○と記載した。疲労強度が520MPa未満である場合を、疲労強度が不良であると評価し、×と記載した。以下、結果を表3に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
本実施形態の要件を満足するNo.1~17は、良好な疲労強度を示した。一方、本実施形態の要件を満足しないNo.18~20は、疲労強度が低下した。No.18は、熱処理の昇温速度が低かったため、αコロニーの平均径が大きくなるとともに、低疲労強度面積率も大きくなった。No.19は、熱処理温度が高すぎたため、αコロニーの平均径が大きくなった。No.20は、熱処理の加熱時間が長すぎたため、αコロニーの平均径が大きくなった。
図1
図2
図3