(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023148753
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】膵島機能再生用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20231005BHJP
A61K 35/39 20150101ALI20231005BHJP
A61K 35/32 20150101ALI20231005BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20231005BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
A61K35/28
A61K35/39
A61K35/32
A61P3/10
A61P43/00 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022056943
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】502397369
【氏名又は名称】学校法人 日本歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】八重垣 健
(72)【発明者】
【氏名】田中 とも子
(72)【発明者】
【氏名】堀江 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】ヒロミ ヤギ メンドーザ
(72)【発明者】
【氏名】稲田 諒
【テーマコード(参考)】
4C087
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB44
4C087BB46
4C087BB51
4C087BB64
4C087CA04
4C087CA05
4C087MA67
4C087NA10
4C087ZC35
(57)【要約】
【課題】生体内において膵島機能を再生することができる組成物の提供。
【解決手段】間葉系幹細胞の3次元培養物を、対象となる生体の腎臓に投与する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵島機能再生用の組成物であって、間葉系幹細胞の3次元培養物を含み、対象の腎臓に投与される、組成物。
【請求項2】
腎被膜下に投与される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
腎被膜下において膵島様組織を形成するための、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記間葉系幹細胞の3次元培養物が、インスリン、C-ペプチド、GLUT2およびPPYからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子を発現している、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
前記間葉系幹細胞が歯髄由来間葉系幹細胞を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
前記歯髄由来間葉系幹細胞が、乳歯、智歯または抜去歯からなる群から選択されるいずれか一種の歯に由来する幹細胞の少なくとも1種を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記対象の体重60kg当たり1×107~1×1010個の間葉系幹細胞が前記対象に投与される、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
前記間葉系幹細胞が前記対象と同一または異なる種に由来する間葉系幹細胞である、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
前記間葉系幹細胞が前記対象と同一または異なる個体に由来する間葉系幹細胞である、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
前記対象における膵島機能障害またはそれに起因する疾患もしくは症状を治療するための、請求項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
前記疾患または症状が、糖尿病、高血糖および糖尿病に起因する合併症からなる群から選択される、請求項1~10のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵島機能再生用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種組織の修復や再生、疾患や症状の治療を目的として、幹細胞の移植が行われてきた。幹細胞の移植は、組織を構成する細胞の増殖、およびそれによる組織の構築を補助するものであることから、組織の修復や再生、疾患や症状の治療に直接的な効果をもたらすことが期待される。
【0003】
このような再生医療のために用いられる幹細胞としては、臍帯血や骨髄から採取される造血幹細胞が一般的であったが、臍帯血や骨髄と比較して採取が容易であることから、歯髄から採取される幹細胞等の間葉系幹細胞を再生医療に活用することが検討されている。
【0004】
近年の再生医療においては、細胞を3次元培養することによって細胞同士を3次元的に凝集させて細胞集合体(スフェロイド)とし、スフェロイドにより生体と類似する機能を発現させる技術が知られている(例えば、特許文献1)。しかしながら、スフェロイドにおいて目的とする機能を十分に発現させることができない場合も多くあるのが現状である。例えば、本発明者らは、同様の間葉系幹細胞から同様の方法により調製されたスフェロイドであっても、その投与(移植)部位や投与方法によって十分な機能が発現する場合と発現しない場合とがあることを見出している。
【0005】
このように、スフェロイドについては未だに課題も存在し、また、間葉系幹細胞についてはその有用性について未だに知られていない部分が多く存在することから、間葉系幹細胞由来のスフェロイドにおいて目的とする機能を発現させることは、技術的に容易であるとは言い難い。
【0006】
ところで、膵臓は様々な内分泌および外分泌機能を有する器官であり、膵臓を構成する膵島のβ細胞におけるインスリンの産生および分泌は、その重要な役割の一つである。インスリンは生体における糖(炭水化物)、タンパク質、脂肪の代謝を調節するホルモンであり、特に血糖値の調節において極めて重要な役割を果たす。インスリンによる血糖値の調節が正常に行われないと、多くの場合において糖尿病をはじめとする様々な疾患が引き起こされる。従来、インスリンによる血糖値の調節が正常に行われない場合には、注射等の外的な手段によって体内にインスリンを補うことにより血糖値を調節する対症療法が主に行われている。一方、近年では、インスリンを産生する膵島やβ細胞を移植することにより体内において膵島機能を再生する治療も行われているが、スフェロイド、特に間葉系幹細胞由来のスフェロイドを用いた膵島機能の再生については知見が乏しいのが現状であると言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況下、間葉系幹細胞の3次元培養物を用いて、膵島機能の再生が期待される生体内において膵島機能を再生することが継続的な技術的課題として存在する。
【0009】
したがって、本発明の目的は、間葉系幹細胞の3次元培養物を用いて、膵島機能の再生が期待される生体内において膵島機能を再生することができる組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意研究した結果、間葉系幹細胞の3次元培養物を、膵島機能の再生が期待される対象の腎臓に投与することにより、上述した課題を解決できるとの知見を得た。本発明はかかる知見によるものである。すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0011】
[1]膵島機能再生用の組成物であって、間葉系幹細胞の3次元培養物を含み、対象の腎臓に投与される、組成物。
[2]腎被膜下に投与される、[1]に記載の組成物。
[3]腎被膜下において膵島様組織を形成するための、[1]または[2]に記載の組成物。
[4]前記間葉系幹細胞の3次元培養物が、インスリン、C-ペプチド、GLUT2およびPPYからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子を発現している、[1]~[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]前記間葉系幹細胞が歯髄由来間葉系幹細胞を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の組成物。
[6]前記歯髄由来間葉系幹細胞が、乳歯、智歯または抜去歯からなる群から選択されるいずれか一種の歯に由来する幹細胞の少なくとも1種を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の組成物。
[7]前記対象の体重60kg当たり1×107~1×1010個の間葉系幹細胞が前記対象に投与される、[1]~[6]のいずれかに記載の組成物。
[8]前記間葉系幹細胞が前記対象と同一または異なる種に由来する間葉系幹細胞である、[1]~[7]のいずれかに記載の組成物。
[9]前記間葉系幹細胞が前記対象と同一または異なる個体に由来する間葉系幹細胞である、[1]~[7]のいずれかに記載の組成物。
[10]前記対象における膵島機能障害またはそれに起因する疾患もしくは症状を治療するための、[1]~[9]のいずれかに記載の組成物。
[11]前記疾患または症状が、糖尿病、高血糖および糖尿病に起因する合併症からなる群から選択される、[1]~[10]のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、膵島機能の再生が期待される生体内において膵島機能を再生することができる組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、(a)未分化の歯髄由来間葉系幹細胞、(b)歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物および(c)歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物の実体顕微鏡写真である。
【
図2】
図2は、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物における(a)インスリン、(b)C-ペプチド、(c)GLUT-2および(d)PPYの発現を示すレーザー走査型顕微鏡写真である。
【
図3】
図3は、膵島機能障害モデルラットの作製からOGTTまでのタイムスケジュールを示すチャートである。
【
図4】
図4は、歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与の5週間前から4週間後(9~18週齢)までの、正常ラットおよび各膵島機能障害モデルラットにおける血糖値の変化を示すグラフである。
【
図5】
図5は、歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与の5週間前から4週間後(9~18週齢)までの、正常ラットおよび各膵島機能障害モデルラットにおけるケトン値の変化を示すグラフである。
【
図6】
図6は、歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与の5週間前から4週間後(9~18週齢)までの、正常ラットおよび各膵島機能障害モデルラットにおける水分摂取量の変化を示すグラフである。
【
図7】
図7は、歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与の4週間後(18週齢)に、正常ラットおよび各膵島機能障害モデルラットについて行った経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)の結果を示すグラフである。
【
図8】
図8(a)は、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットにおける、3次元培養物の投与部分(腎臓)のヒトおよびラット抗インスリン抗体による免疫染色写真である。
図8(b)は、
図8(a)中の矢印で示す部分の1つを拡大した免疫染色写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は膵島機能再生用の組成物(以下、単に「本発明の組成物」ともいう。)である。本明細書において、「膵島機能再生」、「膵島機能の再生」とは、本発明の膵島機能再生用組成物を対象に投与した場合に、膵島が有する少なくとも1つの機能が向上すること、膵島が有する少なくとも1つの機能を有する組織(膵島様組織)が形成されることを意味する。好ましい実施形態において、本発明の組成物は、膵島機能が有するインスリン分泌機能を向上させるものである。また、別の好ましい実施形態において、本発明の組成物は、インスリン分泌機能の向上を伴う膵島様組織を形成するものである。以下、本発明の組成物について説明する。
【0015】
[膵島機能再生用組成物]
本発明の組成物は、間葉系幹細胞の3次元培養物を含み、膵島機能の再生が期待される対象の腎臓に投与されることを特徴とする組成物である。以下、本発明の組成物について詳細に説明する。
【0016】
(間葉系幹細胞3次元培養物)
本発明の組成物は、間葉系幹細胞の3次元培養物を含む。本発明において「間葉系幹細胞」とは、間葉系組織に存在する体性肝細胞をいい、間葉系組織に属する細胞への分化能を有するものをいう。間葉系組織としては、特に限定されないが、例えば、歯、骨、軟骨、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、心臓等が挙げられる。また、間葉系幹細胞としては、歯髄由来間葉系幹細胞、脂肪由来間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、臍帯由来間葉系幹細胞、臍帯血由来間葉系幹細胞等が挙げられる。間葉系幹細胞は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよいが、1種の間葉系幹細胞を単独で用いることが好ましく、歯髄由来間葉系幹細胞を単独で用いることがより好ましく、採取の容易性やコストの観点から、歯髄由来間葉系幹細胞を単独で用いることが特に好ましい。各種間葉系幹細胞は、市販されているものを用いてもよく、適宜作製されたものを用いてもよい。
【0017】
歯髄由来間葉系幹細胞としては、歯髄に含まれる幹細胞であれば特に限定されず、例えば、乳歯、智歯、抜去歯等の歯に由来する幹細胞が挙げられる。
【0018】
本発明の組成物において、間葉系幹細胞は、本発明の組成物が投与される対象と同一の種に由来するものであってもよく、異なる種に由来するものであってもよい。間葉系幹細胞を得るための対象となる種としては、間葉系幹細胞を有する種であれば特に限定されず、哺乳動物であっても非哺乳動物であってもよいが、好ましくは哺乳動物である。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ラット等が挙げられる。
【0019】
本発明の組成物を対象に投与した場合に生じ得る生体反応(拒絶反応)の強さの観点から、好ましくは、間葉系幹細胞は、本発明の組成物が投与される対象と同一の種に由来するものである。
【0020】
本発明の組成物において、間葉系幹細胞は、本発明の組成物が投与される対象と同一の種に由来するものであってもよく、異なる種に由来するものであってもよい。また、間葉系幹細胞は、本発明の組成物が投与される対象と同一の個体に由来するものであってもよく、異なる個体に由来するものであってもよい。本発明の組成物を対象に投与した場合に生じ得る生体反応(拒絶反応)の強さの観点から、間葉系幹細胞は、本発明の組成物が投与される対象と同一の種に由来するものであることが好ましく、同一の個体に由来するものであることが特に好ましい。
【0021】
間葉系幹細胞の3次元培養の方法としては、特に限定されず、従来公知のいずれの方法も用いることができる。間葉系幹細胞としてヒトの歯髄由来間葉系幹細胞が用いられる場合、歯髄由来間葉系幹細胞の採取および3次元培養は、例えば以下に示す方法により行うことができる。なお、本明細書において、特に言及しない限り、すべての培地には100μg/mLのペニシリン、100μg/mLのストレプトマイシンおよび0.25μg/mLのアンホテリシンを添加する。また、特に限定しない限り、培養は37℃、CO2濃度5%の条件下で行う。
【0022】
まず、以下の手順に従って、単離された歯髄由来間葉系幹細胞を得る。全身性疾患に罹患しておらず健康な20~30歳のヒト被験体から、感染のない智歯(第三大臼歯)を採取する。次いで、Yagi Mendoza H et al., Regen. Med., Vol. 13, No. 6, pages 673-687, 2018に示される手順に従って歯髄由来間葉系幹細胞(DPSC)を単離する。具体的には、感染のない智歯(第三大臼歯)から回収した歯髄組織を2mlピペットを用いて洗浄する。次いで、歯髄組織とコラゲナーゼ3mlおよびディスパーゼ3mlとを15mlチューブで混合し、恒温振とう機を用いて37℃で150rpm程度で15~30分間振とうする。次いで、振とう後の混合液を50mlチューブに移し、室温の抗生物質添加ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(MM培地)20mlを添加し、室温下、400×gで5分間遠心分離する。上清を除去した後、MM培地3.2mlおよびウシ胎仔血清(FBS)0.8mlを添加、混合し、得られた混合液を、室温のMM培地2mlを含む6ウェルプレートの1つのウェルに全量播種する。次いで、播種後の6ウェルプレートを温度37℃、CO2濃度5%のインキュベーターで培養し、ほぼコンフルエントになった状態の細胞を回収して歯髄由来間葉系幹細胞を得る。
【0023】
次いで、以下の手順に従って、単離された歯髄由来間葉系幹細胞を培養して、CD117+の歯髄由来間葉系幹細胞を単離する。上述した手順に従って単離された歯髄由来間葉系幹細胞を、GlutaMAX(商標)、ウシ胎児血清(10%)、ペニシリン(100μg/mL)、ストレプトマイシン(100μg/mL)およびアンホテリシン(0.25μg/mL)をそれぞれ添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)により培養する。歯髄由来間葉系幹細胞がほぼコンフルエントになった時点で継代し、PlasmoTest(商標)マイコプラズマ検出キットを用いてマイコプラズマを含まないことを確認する。次いで、歯髄由来間葉系幹細胞をMACS(登録商標)Separation Protocolに供してCD117+細胞を単離する。次いで、歯髄由来間葉系幹細胞を、細胞剥離用酵素(Accutase)を用いて37℃で3~5分間処理することにより、単一細胞の懸濁液を得る。次いで、単一細胞の懸濁液を、磁性マイクロビーズに結合したマウス抗ヒトCD117 IgGと共に15分インキュベートし、MiniMacs Separatorを用いて磁場中の磁気分離培地カラムに充填する。その際に、CD117+細胞のみが磁気分離培地カラムの磁場に保持されるため、磁気分離培地カラムに保持された細胞を上述した培地で溶出することにより、単離されたCD117+の歯髄由来間葉系幹細胞を得ることができる。
【0024】
次いで、上述した手順に従って得られた単離されたCD117+の歯髄由来間葉系幹細胞を、150cm2細胞培養フラスコに1×105細胞/cm2の密度となるように播種し、培養して90%コンフルエントとなるまで増殖させる。具体的には、第1段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1%)、インスリン-トランスフェリン-亜セレン酸ナトリウム(ITS)(インスリン(5μg/mL)、トランスフェリン(5μg/mL)、亜セレン酸ナトリウム(5μg/mL))、アクチビンA(4nM)、酪酸ナトリウム(1mM)および2-メルカプトエタノール(50μM)をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMにより2日間培養する。次いで、第2段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1%)、ITSおよびタウリン(0.3mM)をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMによりさらに2日間培養する。次いで、第3段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1.5%)、ITS,タウリン(3mM)、グルカゴン様ペプチド(GLP)-1アミドフラグメント7-36(100nM)、ニコチンアミド(1mM)および非必須アミノ酸をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMによりさらに2日間培養して、90%コンフルエントの単層の培養細胞を得る。なお、上記の第1段階~第3段階のすべてにおいて、培養は硫化水素を1ng/mLおよびCO2を5%含む空気を満たしたチャンバー内で各段階の細胞をインキュベートすることにより行う。
【0025】
得られた単層の培養細胞を、Yagi Mendoza H et al., Regen. Med., Vol. 13, No. 6, pages 673-687, 2018に示される手順に従って培養して、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を得る。具体的には、得られた単層の培養細胞を、細胞剥離用酵素(Accutase)を用いて37℃で10分間処理することにより単一の細胞に分離し、室温下、80×gで1分間遠心分離をして細胞ペレットを得る。得られた細胞ペレットを上述した第3段階の培養で用いたのと同様の培地に再懸濁し、1×105細胞/cm2の密度となるよう超低接着の6ウェル平底プレートに播種し、2日間立体的に培養して、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物(スフェロイド)を得る。
【0026】
好ましい実施形態において、本発明の組成物に含まれる間葉系幹細胞の3次元培養物は膵島β様細胞を含む。本明細書において膵島β様細胞とは、インスリン、C-ペプチド、GLUT2(グルコーストランスポーター2)およびPPY(膵臓ポリペプチド)からなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子を発現している、すなわち各遺伝子に対応するタンパク質(ポリペプチド)を産生する細胞をいう。膵島β様細胞は、上述したタンパク質のうち、好ましくはインスリンを含む2種以上の遺伝子を発現し、より好ましくはインスリンを含む3種以上の遺伝子を発現し、より一層好ましくは上述したすべての遺伝子を発現する。
【0027】
間葉系幹細胞の3次元培養物が膵島β様細胞を含むことは、上述したインスリン、C-ペプチド、GLUT2およびPPYからなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子の発現の有無によって特定することができる。すなわち、3次元培養物が上述した遺伝子の少なくとも1つを発現している場合、その3次元培養物は膵島β様細胞を含むと判断することができる。上述した遺伝子の発現の有無は、3次元培養物を構成する細胞について、各遺伝子の産物であるタンパク質(ポリペプチド)に対する抗体を用いた免疫染色を行い、レーザー走査型顕微鏡を用いて染色の有無を確認することにより行うことができる。
【0028】
上述した間葉系幹細胞の3次元培養物は、1種を単独で用いてもよく、複数種の3次元培養物を組み合わせて用いてもよい。また、複数種の3次元培養物が組み合わせて用いられる場合、各3次元培養物は、互いに同一の間葉系幹細胞に由来するものであってもよく、異なる間葉系幹細胞に由来するものであってもよい。
【0029】
(その他の活性物質)
本発明の組成物は、上述した間葉系幹細胞の3次元培養物に加えて、必要に応じてその他の活性物質を含んでいても。その他の活性物質としては、例えば、免疫抑制剤、増殖因子、培地等が挙げられる。その他の活性物質は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
免疫抑制剤としては、特に限定されないが、例えば、カルシニューリン阻害剤(タクロリムス、シクロスポリン等)、ステロイド薬(プレドニゾロン等)、代謝拮抗薬(巫女フェノール酸モフェチル、ミゾリビン等)、mTOR阻害薬(エベロリムス等)、アルキル化剤(シクロフォスファミド等)、プリン拮抗薬(アザチオプリン等)、葉酸拮抗薬(メトトレキサート等)、レセプターアゴニスト、レセプターアンタゴニスト等が挙げられる。これらのうち、本発明の組成物と組み合わせて用いた場合の効果に優れることから、好ましくはカルシニューリン阻害剤、より好ましくはタクロリムスが用いられる。
【0031】
本発明の組成物に含まれる間葉系幹細胞の3次元培養物が、本発明の組成物が投与される対象とは異なる個体の間葉系幹細胞に由来するものである場合、本発明の組成物は好ましくは免疫抑制剤をさらに含む。
【0032】
増殖因子としては、特に限定されないが、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)-A、VEGF-B、VEGF-C、VEGF-D、VEGF-E;血管内皮細胞増殖因子ファミリーである胎盤成長因子(PLGF)-1、PLGF-2;線維芽細胞増殖因子(FGF)-1、FGF-2、FGF-3、FGF-4、FGF-5、FGF-6、FGF-7、FGF-8、FGF-9;アンギオポエチン;血小板由来成長因子(PDGF);トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β;トランスフォーミング成長因子(TGF)-α;神経細胞増殖因子(NGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、白血病阻止因子(LIF)、プロテアーゼキネシンI、プロテアーゼキネシンII、コリン作動成文化因子(CDF)、ケモカイン、Notchリガンド;Wntタンパク質、アンジオポエチン様タンパク質(Angpt)-2、Angpt-3、Angpt-5、Angpt-7;インスリン様成長因子(IGF)、インスリン様成長因子結合タンパク質(IGFBP)、プレイオトロフィン等が挙げられる。
【0033】
培地としては、特に限定されないが、例えば、間葉系幹細胞の培養に用いられる各種培地が挙げられる。培地は単独で用いてもよいが、間葉系幹細胞を培養する場合に培地に添加される各種の成分を含んでいてもよい。
【0034】
[用法、用量]
本発明の組成物は、対象の腎臓に投与されるものである。好ましくは、本発明の組成物は、対象の腎被膜下に投与されるものである。投与方法は特に限定されず、注射、管(チューブ)による導入等が挙げられる。本発明の組成物を腎臓、特に腎被膜下に投与することにより、膵島機能の向上および/または膵島様組織の形成を達成することができる。本発明の組成物を腎臓(腎被膜下)に投与することにより膵島機能の向上および/または膵島様組織の形成を達成することができる理由は定かではないが、以下のように推論できる。腎臓は生体を構成する器官の中でも多くの血管を有し、十分な血流(特に動脈血流)が供給される。それによって、腎臓に投与された本発明の組成物中に含まれる間葉系幹細胞の3次元培養物が増殖・分化して膵島様組織を形成し、生着するための必要な因子を十分に供給することができる。一方で、血流が多すぎると3次元培養物を構成する細胞が定着しづらく、膵島様組織を形成するために十分な細胞が定着しないという問題があるが、腎臓は膵島様組織の形成に適した血流があるためそのような問題を解消し得る。さらに、3次元培養物の細胞が器官等に定着し膵島様細胞が形成されるためには、そのための領域(スペース)が必要と考えられる。腎被膜下にはそのような膵島様細胞の形成に適した領域が存在するため、その形成および生着が良好に行われると考えられる。また、本発明の組成物を腎被膜下に投与する場合には、投与時に腎臓本体をほとんど傷つけることが無いため、組成物の投与による腎臓の機能損傷をほぼ完全に抑制することができる。
【0035】
本発明の組成物の投与量は、投与される対象の動物種、年齢、体重、投与開始時における膵島機能の状態等に応じて適宜設定され、例えば、組成物中に3次元培養物として含まれる間葉系幹細胞の数に換算して、対象の体重60kg当たり、好ましくは1×107~1×1010個、より好ましくは1×108~1×1010個、より一層好ましくは1×108~1×109個である。
【0036】
本発明の組成物は1回投与されるものであってもよく、複数回投与されるものであってもよい。本発明の組成物が複数回投与される場合、その投与の回数は特に制限されず、例えば2~10回等とすることができる。また、投与の頻度も特に制限されず、例えば1~2年に1回、1~6か月に1回、1~30日に1回等とすることができる。なお、本発明の組成物が複数回投与されるものである場合、上述した対象に投与される間葉系幹細胞の量は、本発明の組成物の複数回の投与により対象に投与される間葉系幹細胞の合計の量を意味する。
【0037】
本発明の組成物は、対象に単独で投与されてもよく、その他の活性物質と組み合わせて投与されてもよい。その他の活性物質の種類としては、上述した本発明の組成物について説明したのと同様のものを用いることができる。また、本発明の組成物とその他の活性物質とが組み合わせて投与される場合、それぞれの投与の時期は、その他の活性物質の種類、投与量等によって適宜設定することができる。
【0038】
本発明の組成物に含まれる間葉系幹細胞の3次元培養物が、本発明の組成物が投与される対象とは異なる個体の間葉系幹細胞に由来するものである場合、本発明の組成物は、好ましくは免疫抑制剤と組み合わせて対象に投与される。
【0039】
本発明の組成物と免疫抑制剤とが組み合わせて対象に投与される場合、それぞれの投与の時期としては、好ましくは免疫抑制剤が先に投与され、本発明の組成物が後に投与される。より好ましくは本発明の組成物の投与の1~14日前、より一層好ましくは5~10日前に免疫抑制剤が対象に投与される。
【0040】
本発明の組成物は、対象における膵島機能を再生することができるものであることから、対象における膵島機能障害、それに起因して引き起こされる疾患や症状を治療することができる。好ましい実施形態において、膵島機能障害とは、血糖値の調節機能の低下、特にインスリンの産生および/または分泌の異常に伴う血糖値の調節機能の低下である。なお、本明細書において、特に言及しない限り、「治療」は「予防」も含む概念である。
【0041】
膵島機能障害に起因して引き起こされる疾患や症状としては、特に限定されないが、例えば、インスリンの産生および分泌の以上に伴う血糖値の調節機能の低下により引き起こされる糖尿病、高血糖、糖尿病に起因する各種合併症等が挙げられる。
【0042】
糖尿病に起因する合併症としては、例えば、糖尿病性神経障害(例えば、糖尿病性単神経障害、糖尿病性多発神経障害、糖尿病性自律神経障害、糖尿病性筋委縮障害、糖尿病性舞踏症等)、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、血管合併症(例えば、狭心症や心筋梗塞等の虚血性心疾患、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症等)、皮膚合併症(例えば、糖尿病性リポイド類壊死症、糖尿病性浮腫性硬化症、環状肉芽腫、糖尿病性黄色腫、デュピュイトラン拘縮等)、下肢合併症(例えば、神経障害性関節症、糖尿病性足病変等)、免疫不全(例えば、蜂窩織炎等の皮膚感染症、膀胱炎等の尿路感染症、カンジダ性食道炎、アスペルギルス症等)、創傷治癒遅延、肝機能障害(例えば、肝硬変、非アルコール性脂肪肝(NAFLD)等)が挙げられる。したがって、好ましい実施形態において、本発明の組成物は、上述したような疾患や症状の少なくとも1つの治療に用いることができる。
【実施例0043】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、特に言及しない限り、実施例において記載するすべての培地には100μg/mLのペニシリン、100μg/mLのストレプトマイシンおよび0.25μg/mLのアンホテリシンを添加した。また、特に限定しない限り、培養は37℃、CO2濃度5%の条件下で行った。
【0044】
[各種間葉系幹細胞の作製]
以下の3種類の間葉系幹細胞およびその培養物を、それぞれ以下の示す手順に従って作製した。
・未分化の歯髄由来間葉系幹細胞
・歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物
・歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物
【0045】
(未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の作製)
未分化の歯髄由来間葉系幹細胞を、以下の手順に従って作製した。
まず、全身性疾患に罹患しておらず健康な20~30歳のヒト被験体から、感染のない智歯(第三大臼歯)を採取した。次いで、Yagi Mendoza H et al., Regen. Med., Vol. 13, No. 6, pages 673-687, 2018に示される手順に従って歯髄由来間葉系幹細胞を単離した。具体的には、感染のない智歯(第三大臼歯)から回収した歯髄組織を2mlピペットを用いて洗浄した。次いで、歯髄組織とコラゲナーゼ3mlおよびディスパーゼ3mlとを15mlチューブで混合し、恒温振とう機を用いて37℃で150rpm程度で15~30分間振とうした。次いで、振とう後の混合液を50mlチューブに移し、室温の抗生物質添加ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(MM培地)20mlを添加し、室温下、400×gで5分間遠心分離した。上清を除去した後、MM培地3.2mlおよびウシ胎仔血清(FBS)0.8mlを添加、混合し、得られた混合液を、室温のMM培地2mlを含む6ウェルプレートの1つのウェルに全量播種した。次いで、播種後の6ウェルプレートを温度37℃、CO2濃度5%のインキュベーターで培養し、ほぼコンフルエントになった状態の細胞を回収して歯髄由来間葉系幹細胞を得た。
【0046】
次いで、上述した手順に従って単離された歯髄由来間葉系幹細胞を、GlutaMAX(商標)細胞培養サプリメント(Thermo Fisher Scientific, Inc.製)、ウシ胎児血清(10%)(Thermo Fisher Scientific, Inc.製)、ペニシリン(100μg/mL)、ストレプトマイシン(100μg/mL)およびアンホテリシン(0.25μg/mL)をそれぞれ添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(Life Technologies Co.製)により培養した。歯髄由来間葉系幹細胞がほぼコンフルエントになった時点で継代し、PlasmoTest(商標)マイコプラズマ検出キット(InvivoGen社製)を用いてマイコプラズマを含まないことを確認した。次いで、歯髄由来間葉系幹細胞をMACS(登録商標) Cell Separation(Miltenyi Biotec Inc.製)に供してCD117
+歯髄由来間葉系幹細胞を単離した。次いで、単離されたCD117
+歯髄由来間葉系幹細胞を、細胞剥離用酵素Accutase(商標)(eBioscience, Inc.製)を用いて37℃で3~5分間処理することにより、単一細胞の懸濁液を得た。次いで、得られた単一細胞の懸濁液を、磁性マイクロビーズに結合したマウス抗ヒトCD117 IgGと共に15分インキュベートし、MiniMacs Separator(Miltenyi Biotec Inc.製)を用いて磁場中の磁気分離培地カラムに充填した。その際に、磁気分離培地カラムに保持されたCD117
+の細胞を上述した培地で溶出することにより、単離されたCD117
+の歯髄由来間葉系幹細胞、すなわち未分化の歯髄由来間葉系幹細胞を得た。得られた未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の実体顕微鏡写真を
図1(a)に示す。
【0047】
(歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物の作製)
歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物を、以下の手順に従って作製した。
上述した手順に従って作製された未分化の歯髄由来間葉系幹細胞を、150cm
2細胞培養フラスコに1×10
5細胞/cm
2の密度となるように播種し、下記に示すように培養して90%コンフルエントとなるまで増殖、継代を行った。具体的には、まず、第1段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1%)、インスリン-トランスフェリン-亜セレン酸ナトリウム(ITS)(インスリン(5μg/mL)、トランスフェリン(5μg/mL)、亜セレン酸ナトリウム(5μg/mL))、アクチビンA(4nM)、酪酸ナトリウム(1mM)および2-メルカプトエタノール(50μM)をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMにより2日間培養した。次いで、第2段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1%)、ITSおよびタウリン(0.3mM)をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMによりさらに2日間培養した。次いで、第3段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1.5%)、ITS,タウリン(3mM)、グルカゴン様ペプチド(GLP)-1アミドフラグメント7-36(100nM)、ニコチンアミド(1mM)および非必須アミノ酸をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMを2日おきに交換してさらに6日間培養して、90%コンフルエントの単層の培養細胞、すなわち歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物を得た。得られた未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の実体顕微鏡写真を
図1(b)に示す。
なお、上記の第1段階~第3段階のすべてにおいて、培養は硫化水素を1ng/mLおよびCO
2を5%含む空気を満たしたチャンバー内で各段階の細胞をインキュベートすることにより行った。硫化水素の供給は、パーミエーターPD-1B-2(株式会社ガステック製)および硫化水素透過チューブPermeacal(商標)(株式会社ガステック製)を用いて行った。
【0048】
(歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物の作製)
歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を、以下の手順に従って作製した。
まず、上述した手順に従って作製された未分化の歯髄由来間葉系幹細胞を、150cm2細胞培養フラスコに1×105細胞/cm2の密度となるように播種し、培養して90%コンフルエントとなるまで増殖させた。具体的には、上記の歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物の作製について説明した第1段階の培養および第2段階の培養と同様にして未分化の歯髄由来間葉系幹細胞を培養した。次いで、第3段階の培養として、ヒト血清アルブミン(1.5%)、ITS,タウリン(3mM)、グルカゴン様ペプチド(GLP)-1アミドフラグメント7-36(100nM)、ニコチンアミド(1mM)および非必須アミノ酸をそれぞれ添加したKnockOut(商標)DMEMによりさらに2日間培養して、90%コンフルエントの単層の培養細胞を得た。なお、上記の歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物の作製について説明したのと同様に、上記の第1段階~第3段階のすべてにおいて、培養は硫化水素を1ng/mLおよびCO2を5%含む空気を満たしたチャンバー内で各段階の細胞をインキュベートすることにより行った。
【0049】
次いで、得られた単層の培養細胞を、細胞剥離用酵素Accutase(商標)(eBioscience, Inc.製)を用いて37℃で10分間処理することにより単一の細胞に分離し、室温下、80×gで1分間遠心分離をして細胞ペレットを得た。得られた細胞ペレットを上述した第3段階の培養で用いたのと同様の培地に再懸濁し、1×10
5細胞/cm
2の密度となるよう超低接着の6ウェル平底プレート(Corning Inc.製)に播種し、2日間立体的に培養して、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物(スフェロイド)を得た。得られた未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の実体顕微鏡写真を
図1(c)に示す。
【0050】
図1(a)の実体顕微鏡写真から、未分化の歯髄由来間葉系幹細胞は、その形態学的な特徴である紡錘体型の形状を有していたことが分かる。また、
図1(b)の実体顕微鏡写真から、未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物においても、その細胞は、未分化の歯髄由来間葉系幹細胞と同様の紡錘体型の形状を有していたことが分かる。一方、
図1(c)の実体顕微鏡写真から、未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物においては、その細胞は、球型や略球型の形状に変化し、細胞凝集体の構造をとっていたことが分かる。なお、未分化の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物における細胞凝集体の直径は50~150μm程度であった。
【0051】
[免疫組織化学的染色]
上述した手順に従って作製された歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物について、以下の手順に従って膵臓マーカー遺伝子の発現を確認した。
まず、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を構成する細胞を収集し、スライドへの細胞標本キット Smear Gell(ジェノスタッフ株式会社製)を用いてスライドグラス上で染色し、4%ホルムアルデヒドで固定した。次いで、細胞を、下記の膵臓マーカーの抗体と共にインキュベートした:ラット抗インスリン抗体(R&D Systems社製)、マウス抗C-ペプチド抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)、マウス抗膵臓ポリペプチド(PPY)抗体(R&D Systems社製)およびマウス抗グルコーストランスポーター-2(GLUT-2)抗体(R&D Systems社製)。次いで、細胞を、Alexa Fluor(登録商標)568結合抗マウスまたは抗ラット2次抗体(Life Technologies Co.製)のいずれかと共にインキュベートした。インキュベート後の細胞の画像を、レーザー走査型顕微鏡LSM700(Carl Zeiss AG製)を用いて撮影した。得られた画像を
図2に示す。
【0052】
図2に示す結果から、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物において、インスリン、C-ペプチド、GLUT-2およびPPYのすべての膵臓マーカー遺伝子が発現することが確認された。
【0053】
以下に、膵島機能障害モデルラットの作製、上述した歯髄由来間葉系幹細胞およびその3次元培養物の投与、および膵島機能障害モデルラットの経口ブドウ糖負荷試験(OGTT:Oral Glucose Tolerance Test)について説明する。なお、
図3に、膵島機能障害モデルラットの作製からOGTTまでのタイムスケジュールを示す。
【0054】
[膵島機能障害モデルラットの作製]
膵島機能障害を有するモデルラットを、以下の手順に従って作製した。
まず、9週齢の雄のヌードラット(F344-NJcl-rnu/rnu、日本クレア株式会社製)を、22℃で12時間:12時間の明暗サイクルで、断食期間を除いて餌および水を自由摂取させた環境下で飼育した。次いで、実験開始の1週間前から、すべてのラットを上述した環境に保たれた特定病原体を含まない部屋に移して飼育することにより順化した。次いで、順化後のラットを5匹ずつ下記の8つの群に分けた。
(1)処理をしなかった正常ラット(陰性対照群)
(2)偽処理(プラセボ)をした膵島機能障害モデルラット(陽性対照群)
(3)未分化の歯髄由来間葉系幹細胞による処理をした膵島機能障害モデルラット
(4)歯髄由来間葉系幹細胞の2次元培養物による処理をした膵島機能障害モデルラット
(5)歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物による処理をした膵島機能障害モデルラット
【0055】
(2)~(5)の各ラットに対して、11週齢の時点で腹腔内に2日連続して40mg/kg体重の量のストレプトゾトシン(Sigma-Ardrich Co. LLC製)を注射することによって糖尿病を化学的に誘発させた。ストレプトゾトシンの注射後、血糖値が持続的に200mg/dLを超えるラットを膵島機能障害モデルラットとした。なお、ストレプトゾトシンはpH4.5のクエン酸ナトリウム緩衝液に可溶化され、可溶化後10分以内に各ラットに注射した。ストレプトゾトシンを注射した後、各ラットを、10%スクロース溶液のボトルを備えたケージ内でさらに24時間飼育して、初期の薬物誘発性低血糖による死亡を防いだ。
【0056】
一方、(1)のラットに対しては、11週齢の時点で腹腔内に2日連続して40mg/kg体重の量のクエン酸緩衝液を注射した。
【0057】
なお、上述した手順に従って作製された(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットには、に対する血清グルコース毒性を回避するために、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレット(Linplant(登録商標)、LinShin Inc.製)を埋め込んだ。具体的には、(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットに短時間のイソフルラン麻酔を行い、その頸部皮下に埋め込んだ。この時、体重が300g未満のラットには1個、体重が300g以上のラットには1.5個の埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットを埋め込んだ。
【0058】
[歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験]
膵島機能障害モデルラットに対する歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験を、以下の手順に従って行った。
まず、歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験に先立って、上述した埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットの埋め込みから1週間後(11週齢)にタクロリムス(飲料水中20μg/ラット/日)による免疫抑制を開始した。次いで、上述した埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットの埋め込みから3週間後(14週齢)に、膵島機能障害モデルラットに歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物を投与した。具体的には、まず、(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットにイソフルラン麻酔を行い、膵島機能障害モデルラットの背側を最小限切開して腎臓を露出させた。次いで、(3)~(5)の膵島機能障害モデルラットには、SPチューブ(株式会社夏目製作所製)を用いて、腎被膜の下(内側)に、投与される細胞数が5×106個となるように歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物をそれぞれ投与した。一方、(2)の膵島機能障害モデルラットには、100μLのハンクス平衡塩溶液を投与した。なお、上述した切開の15時間前から9時間後まで、膵島機能障害モデルラットを絶食させた。
【0059】
[膵臓関連指標の確認]
歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験の5週間前から4週間後(9~18週齢)まで、(1)~(5)のすべてのラットについて、体重、血糖値、ケトン値、水分摂取量および食物摂取量を定期的にモニターした。なお、血糖値およびケトン値は、それぞれ血糖測定器メディセーフフィット(登録商標)(テルモ株式会社製)およびFreeStyle Precision Neo(登録商標)(アボットジャパン合同会社製)を用いて測定した。各ラットの血糖値、ケトン値および水分摂取量についての結果を、それぞれ
図4~6に示す。なお、各図中、「**」は、陽性対照群の膵島機能障害モデルラットと歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物による処理をした膵島機能障害モデルラットとの間に統計的有意差(p<0.05)があったことを意味する。
【0060】
図4に示す結果から、11週齢の(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットにストレプトゾトシンを注射することにより、高血糖が誘発されたことが分かる。また、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットが埋め込まれた12~16週齢においては、いずれの膵島機能障害モデルラットにおいても血中グルコース濃度が低下し、正常値近傍((1)の陰性対照群の正常ラットの血中グルコース濃度と同程度)で安定していたことが分かる。そして、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットを除去した16週齢以降においては、(2)~(4)の膵島機能障害モデルラットでは再び血中グルコース濃度が上昇したことが分かる。一方、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットでは、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットを除去した16週齢以降であっても血中グルコース濃度の上昇が大幅に抑制され、(2)の陽性対照群の膵島機能障害モデルラットと比較して血中グルコース濃度が有意に低かったことが分かる。
【0061】
また、
図5に示す結果から、11週齢の(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットにストレプトゾトシンを注射することにより、ケトーシスが誘発されたことが分かる。また、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットが埋め込まれた12~16週齢においては、いずれの膵島機能障害モデルラットにおいても血中ケトン濃度が低下し、正常値近傍((1)の陰性対照群の正常ラットの血中ケトン濃度と同程度)で安定していたことが分かる。そして、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットを除去した16週齢以降においては、(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットでは再び血中ケトン濃度が上昇したものの、(3)~(5)の膵島機能障害モデルラットでは、(2)の陽性対象の膵島機能障害モデルラットと比較して血中ケトン濃度の上昇が抑制されたことが分かる。特に、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットでは、(2)の陽性対照群の膵島機能障害モデルラットと比較して血中ケトン濃度が有意に低かったことが分かる。
【0062】
また、
図6に示す結果から、11週齢の(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットにストレプトゾトシンを注射することにより、水分摂取量の増大が誘発されたことが分かる。また、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットが埋め込まれた12週齢以降、水分摂取量は徐々に低減し、14週齢には正常値近傍((1)の陰性対照群の正常ラットの血中ケトン濃度と同程度)まで低減し、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットを除去した16週齢までは安定していたことが分かる。そして、埋め込み式の持続性インスリン放出ペレットを除去した16週齢以降においては、(2)~(5)の膵島機能障害モデルラットでは再び水分摂取量が増大したものの、(3)~(5)の膵島機能障害モデルラットでは、(2)の陽性対象の膵島機能障害モデルラットと比較して水分摂取量の増大が抑制されたことが分かる。特に、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットでは、(2)の陽性対照群の膵島機能障害モデルラットと比較して水分摂取量の増大が大幅に抑制され、(2)の陽性対照群の膵島機能障害モデルラットと比較して水分摂取量が有意に低かったことが分かる。
【0063】
これら
図4~6に示す結果から、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物が、膵島機能を再生し得ることが分かる。
【0064】
[経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)]
歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験の4週間後(18週齢)に、(1)~(5)のすべてのラットについて、糖尿病の診断方法である経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を行った。具体的には、ラットを16時間絶食させた後、各ラットに20%のD-グルコース(2gのグルコース/kg体重)を経口投与した。D-グルコースの投与後0、15分、30分、60分および120分の各時点において、各ラットの血糖値を測定した。なお、血糖値は血糖測定器メディセーフフィット(登録商標)(テルモ株式会社製)を用いて測定した。各ラットの血糖値の測定結果を
図7に示す。
【0065】
図7に示す結果から、歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験から4週間経過した後において、(2)~(4)の膵島機能障害モデルラットでは、(1)の陰性対照群の正常ラットと比較して血中グルコース濃度が高く、D-グルコースの投与後の血中グルコース濃度の上昇幅も大きかったことが分かる。一方、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットでは、(1)の陰性対照群の正常ラットと同程度の血中グルコース濃度であり、D-グルコース投与後の血中グルコース濃度の上昇幅も小さかったことが分かる。
【0066】
経口ブドウ糖負荷試験は糖尿病の診断方法の一つであることを踏まえると、
図7の結果から、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物が膵島機能を再生し得、糖尿病の治療に用いられ得ることが分かる。
【0067】
[投与試験後の腎臓の観察]
上述した歯髄由来間葉系幹細胞およびその培養物の投与試験および経口ブドウ糖負荷試験を行った後、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットについて、3次元培養物を投与した腎臓の部分の観察を行った。まず、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットを麻酔にかけて安楽死させ、4%ホルムアルデヒドリン酸緩衝液(ナカライテスク株式会社)による心臓灌流で固定した。次いで、各臓器を単離し、腎臓を4%ホルムアルデヒドリン酸緩衝液で固定し、パラフィンに包埋、切片化し、ヘマトキシリンおよびエオシンで染色した。次いで、得られたパラフィン包埋組織切片を、ヒトおよびラット抗インスリン抗体ab9569(Abcam製)を用いて免疫組織化学的に染色し、実体顕微鏡を用いて撮影した。得られた画像を
図8に示す。
【0068】
図8(a)の実体顕微鏡写真から、腎臓において膵島のような構造(膵島様組織)が存在することが分かる。また、
図8(b)は
図8(a)中の矢印で示す部分の拡大写真であり、この写真から、上述した膵島様組織が、ヒトおよびラット抗インスリン抗体を用いた免疫組織化学的染色に陽性であることが分かる。
【0069】
図8の実体顕微鏡写真から、歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物が、腎臓において膵島様組織を形成し得ることが分かる。
【0070】
なお、実験データは示していないもの、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を投与した膵島機能障害モデルラットおよび(1)の陰性対照群の正常ラットについて、腎臓機能の指標である血中の尿素窒素(BUN:Bulood urea nitrogen)およびクレアチニンの濃度を測定したところ、両者の間で尿素窒素およびクレアチニンの濃度のいずれも有意差は無かった。したがって、間葉系幹細胞の3次元培養物を腎臓に投与することによって、腎臓機能が有意に損なわれることはないことが分かる。
【0071】
以上の結果から、間葉系幹細胞の3次元培養物を対象の腎臓に投与することにより、該対象の腎臓機能を損なうことなく、腎臓において膵島様組織を形成され、膵島機能が再生され得ること、さらに膵島機能の障害に起因して引き起こされる糖尿病等の疾患や症状を治療し得ることが分かる。
【0072】
なお、本発明者らは、(5)の歯髄由来間葉系幹細胞の3次元培養物を、別途準備した複数の膵島機能障害モデルラットの脾臓に投与したが、上述したような膵島様組織は形成されず、膵島機能が十分に再生されなかったことを確認している。