(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149011
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】介在物識別精度の良い清浄度評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/225 20180101AFI20231005BHJP
【FI】
G01N23/225
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022057326
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】和田 恭学
(72)【発明者】
【氏名】藤松 威史
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA05
2G001BA07
2G001CA01
2G001CA03
2G001HA13
2G001KA05
2G001LA02
(57)【要約】
【課題】介在物系ごとの領域を正確に識別し、介在物予測径を精度よく評価する方法の提供。
【解決手段】極値統計評価作業において光学顕微鏡で通常撮影する介在物のグレースケール写真に加えて、光学顕微鏡のグリーンフィルターを介したカラー写真を取得し、画像編集ソフトで、取得したカラーの介在物画像に対して明るさとコントラストを変更した加工画像を作成し、光学顕微鏡にて撮影した最大の酸化物について、走査電子顕微鏡(SEM)で反射電子像を取得し、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)で元素マッピング像を取得し、これらの画像と加工画像を対照し、画像編集ソフト上で介在物系ごとの塗り分けを実施し、その結果を元に極値統計評価を実施する評価手法である。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
介在物を含む鋼材の所定の観察領域を単色の有色透明カラーフィルターを介して光学顕微鏡で撮像して当該介在物を含む鋼材の画像を得る工程と、
前記画像から画像の輪郭を強調するように画像を加工した強調加工画像を作成する工程と、
前記介在物を含む観察領域を走査電子顕微鏡により撮像して反射電子像を取得する工程と、
前記介在物を含む領域の成分組成について特性X線を用いて同定した分析画像を作成する工程と、
前記強調加工画像を前記反射電子像ならびに前記分析画像に基づいて介在物系毎に占める画像上の領域を識別可能に表示した識別画像を作成する工程と、
得られた識別画像から介在物系毎の最大介在物径を算定する工程とを備えた、
介在物を含む観察領域の介在物系の識別およびその最大介在物径の評価方法。
【請求項2】
有色透明カラーフィルターがグリーン色のフィルターであることを特徴とする請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
強調加工画像を得るための画像加工には、少なくとも色反転処理をする工程を含んでいることを特徴とする請求項1又は2に記載の評価方法。
【請求項4】
各領域の成分組成について特性X線を用いて同定するための分析装置が電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項5】
介在物系の識別が、少なくとも酸化物系の介在物系を識別することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の評価方法で鋼材中の重複しない複数箇所の観察領域について、各観察領域毎に介在物系の識別画像と最大介在物径の算定結果を得る工程と、
得られた最大介在物径の算定値に基づいて、観察領域(検査基準面積)の面積よりも大きなサイズの鋼材領域(予測面積)における介在物系の最大介在物径を統計的手法で予測した最大介在物径の予測値を算出する工程と、
を備える介在物識別精度に優れた鋼材の清浄度の予測評価方法。
【請求項7】
前記の統計的手法は極値統計法であって、検査基準面積が100mm2、予測面積が30000mm2の条件で、鋼材中の最大介在物径を予測することを特徴とする請求項6に記載の介在物識別精度に優れた鋼材の清浄度の予測評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材中の非金属介在物の最大介在物径を精度よく評価する清浄度評価方法に関する。特に、本発明は、非金属介在物の中でも特に酸化物の領域を識別し、鋼材中の最大酸化物径を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受鋼等に供される高強度鋼では、鋼中に不可避的に含まれる非金属介在物への応力集中によりき裂を生じ、それを起点として疲労破壊を生じる場合がある。鋼中の介在物とは、主として鋼の製造過程で不可避的に生成し、除去されずに残ったものである。それら介在物の周辺への応力集中の影響範囲は、非金属介在物の大きさと相関することが考えられる。したがって軸受の寿命を想定する上で、非金属介在物のサイズを把握することは重要である。特に、存在する複数の非金属介在物の中でも、特に大きい非金属介在物の径(最大介在物径)を把握することは、鋼の信頼性を確保する観点から重視される。
【0003】
鋼中の非金属介在物を評価する方法には、様々な方法が提案されており、日本産業規格JIS G0555やASTM E45等で規定されている研磨された試料を顕微鏡を用いて直接観察することによる顕微鏡法などがある。
【0004】
また「金属疲労 微小欠陥と介在物の影響」(養賢堂、村上敬宜著)には、鋼中の非金属介在物を評価する方法として、基準体積内の最大介在物径を、光学顕微鏡と極値統計法によって予測する方法が開示されている(非特許文献1参照)。
【0005】
特開2000-214142号公報には、金属材料の清浄度を光学顕微鏡により極値統計法を用いて評価する方法が開示されている。また鋼中の非金属介在物を評価する方法として、従来の光学顕微鏡法よりも大体積を評価できる超音波探傷法を用いた方法もある(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「金属疲労 微小欠陥と介在物の影響」養賢堂、村上敬宜著(1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
もっとも、特許文献1の方法は、従来の光学顕微鏡法並びに超音波探傷法を用いて極値統計法により清浄度を評価した特許であるものの、非金属介在物である酸化物、硫化物、窒化物等の各種介在物系のうちでも、疲労への影響の観点から特に重視される酸化物系の識別方法についての具体的な言及はなく、酸化物の識別においては十分ではなかった。
【0009】
さて、極値統計評価では、評価者が光学顕微鏡にて鋼材の基準観察面積内の最大介在物を撮影し、それを複数の基準面積に対して同様に行うことで得られた複数の基準面積内の最大介在物大きさをもとに、極値統計法を用いて介在物径を予測する方法が採られる。もっとも、この方法での各種介在物系ごとの領域を特定する作業は、評価者の知識や経験に負うところが大きく、人によって形状の解釈が異なることとなりやすい。このように、いわゆる官能的な評価であることから、特定された介在物領域サイズの増減が起こり得るものであるがゆえに、作業をした評価者によって、予測値の結果にばらつきが生じてしまう。
【0010】
本発明は、このような評価者によりばらつきが生じやすい課題を解決すべく、各種介在物系ごとの領域を正確に識別し、介在物予測径を精度良く評価するための方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した課題を解決するため、本発明では、極値統計評価作業において、まず、光学顕微鏡で通常撮影される介在物のグレースケール画像に加えて、光学顕微鏡でグリーンフィルターを通してカラー画像を取得したうえで、画像編集ソフトを用いて、取得したカラーの介在物画像に対して明るさとコントラストを変更した加工画像を新たに作成する。
【0012】
また、所定の観察面積ごとに光学顕微鏡にて撮影された最大の酸化物について、走査電子顕微鏡(SEM)で反射電子像を取得し、さらに電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)により元素マッピング像を取得し、これらの画像と前記の加工画像を対照することにより特定された各種介在物系に対応する画像領域について、画像編集ソフト上で領域の塗り分けを実施し、その塗り分けされた画像に基づいて把握された領域に基づいて、極値統計評価を実施する。
【0013】
すなわち、本発明の課題を解決する第1の手段は、
介在物を含む鋼材の所定の観察領域を単色の有色透明カラーフィルターを介して光学顕微鏡で撮像して当該介在物を含む鋼材の画像を得る工程と、
前記画像から画像の輪郭を強調するように画像を加工した強調加工画像を作成する工程と、
前記介在物を含む観察領域を走査電子顕微鏡により撮像して反射電子像を取得する工程と、
前記介在物を含む領域の成分組成について特性X線を用いて同定した分析画像を作成する工程と、
前記強調加工画像を前記反射電子像ならびに前記分析画像に基づいて介在物系毎に占める画像上の領域を識別可能に表示した識別画像を作成する工程と、
得られた識別画像から介在物系毎の最大介在物径を算定する工程とを備えた、
介在物を含む観察領域の介在物系の識別およびその最大介在物径の評価方法である。
【0014】
その第2の手段は、有色透明カラーフィルターがグリーン色のフィルターであることを特徴とする第1の手段に記載の評価方法である。
【0015】
その第3の手段は、強調加工画像を得るための画像加工には、少なくとも色反転処理をする工程を含んでいることを特徴とする第1又は第2の手段に記載の評価方法である。
【0016】
その第4の手段は、各領域の成分組成について特性X線を用いて同定するための分析装置が電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)であることを特徴とする第1~3のいずれか1の手段に記載の評価方法である。
【0017】
その第5の手段は、介在物系の識別が、少なくとも酸化物系の介在物系を識別することを特徴とする第1~4のいずれか1の手段に記載の評価方法である。
【0018】
その第6の手段は、第1~5のいずれか1の手段に記載の評価方法で鋼材中の重複しない複数箇所の観察領域について各観察領域毎に介在物系の識別画像と最大介在物径の算定結果を得る工程と、
得られた最大介在物径の算定値に基づいて、観察領域(検査基準面積)の面積よりも大きなサイズの鋼材領域(予測面積)における介在物系の最大介在物径を統計的手法で予測した最大介在物径の予測値を算出する工程と、
を備える介在物識別精度に優れた鋼材の清浄度の予測評価方法である。
【0019】
その第7の手段は、前記の統計的手法は極値統計法であって、検査基準面積が100mm2、予測面積が30000mm2の条件で、鋼材中の最大介在物径を予測することを特徴とする第6の手段に記載の介在物識別精度に優れた鋼材の清浄度の予測評価方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る方法により、観察対象中から各種介在物の領域をより正確に識別しうることとなるので、鋼材中に含まれる非金属介在物の介在物系が識別され、介在物系に応じた最大介在物径がより精度よく予測されることとなる。
【0021】
グリーンフィルターなどの有色フィルターを用いることで、たとえば画像の色調や各階調の調整による輪郭強調の加工が効率よくでき、得られた強調画像と、さらにコントラストが強く帯電の影響を受けにくいSEMの反射電子像やEPMA分析画像などとを対照させることで、従来にない観察精度で介在物種毎の領域を正確に識別できるようになる。そこで、酸化物と硫化物の混同を容易に避けることができ、疲労特性といった介在物種による違いのある金属材料の特性をより正確に予測評価することができることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施工程の手順の概略を示したフローチャートである。
【
図2】SEMで撮影した介在物の一例を示す反射電子像である。
【
図3】
図2の介在物をEPMAで分析した元素マッピング像であり、(a)は反射電子像、(b)は硫黄のマッピング像、(c)は酸素のマッピング像である。(なお、
図3の原図はカラー画像である。)
【
図4】本実施工程における各種介在物系ごとの塗り分け画像の作成手順であり、(a)は光学顕微鏡でグリーンフィルターを通して撮影したカラー画像、(b)は介在物の輪郭を強調した強調加工画像、(c)は各種介在物系ごとに塗り分けした塗り分け画像である(なお、
図4の原図はカラー画像である。)。
【
図5】酸化物の領域判定の違いと、それに基づく酸化物の大きさ(√area:介在物の短径と長径の積の平方根)の測定結果の違いを示す図である。(a)は従来手法で光学顕微鏡写真のモノクロ画像に基づいて人が判別したものであり、硫化物系を含めて領域判定していまっている例である。(b)は本発明の手順を用いて、酸化物のサイズを正しく判定している例である。
【
図6】測定した複数の酸化物系サイズをプロットし、極値統計法に基づき鋼中の予測面積における介在物予測径を算出した極値統計グラフである。●が本発明の方法による予測であり、○が従来の通常手順による予測である。これらの方法から導かれる予測介在物径の結果が異なることが示されている。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態の説明のために、本発明による介在物識別精度の良い清浄度の予測評価方法について、
図1のフローチャートを用いて詳述する。ただし、本発明の清浄度の評価方法及び予測評価方法は、以下の実施例のみに限定されるものではない。また、以下では、代表的に酸化物に着目して説明しているが、介在物の種別を識別できるので、たとえば酸化物と硫化物を効率よく識別できるとおり、酸化物に限らずたとえば硫化物に着目する場合であっても合理的に実施できる方法である。
【0024】
(工程A:試験片の採取について)
極値統計評価に用いる試験片の作製にあたっては、評価対象の鋼材について、必要に応じた適切な熱処理を実施した後、鋼材から所定面積、所定高さとなるように試験片を切り出す。
なお、後工程での仕上げ研磨の際に介在物の脱落が生じやすかったり、研磨キズが残りやすかったりする場合は、研磨条件を調整する以外に鋼材の硬さを上げることで改善する場合があるため、必要に応じて事前に熱処理を行って硬さを調整してもよい。
続いて、試験片のまま、あるいは必要に応じてそれらの試験片を樹脂に埋設したのち、試料の観察面に対して仕上げ研磨を施して顕微鏡観察用の試験片を作製する。このような試験片を複数個作製する。たとえば30個程度を作製すればよい。
【0025】
(工程A:具体例)
実施例で用いた試験片は、φ65mmに熱間鍛伸したSUJ2鋼を評価対象の鋼材として、その鋼材から作製した。そこから、極値統計評価を行うための試験片形状、ここでは10mm×10mm×8mmのサイズに粗加工した。このときの観察面の面積は100mm2である。なお、試験片は鍛伸材の中周部より圧延方向と平行な面が試料の観察面となるように採取した。
そして、採取した試験片を樹脂に埋設した後、自動の湿式研磨装置もしくは手動の湿式研磨機を使用して研磨したのち、最終的にダイヤモンド砥粒を使ったバフ研磨仕上げを行って鏡面状態に加工した。こうした試験片を12個作製した。なお、バフ研磨に続いて、コロイダルシリカによる研磨を行ってもよい。
【0026】
(工程B:非金属介在物の撮像について)
工程Aにて得られた各試験片の検査基準面積内において介在物の大きさである√area(介在物の短径と長径の積の平方根)が最大と思われる介在物を選定し、続いて介在物を構成する単体もしくは複合した介在物の精細な形状や色調の違いを認識可能な程度に光学顕微鏡のレンズ倍率を高倍率としたうえで、単色の有色透明カラーフィルターを介して介在物画像を撮影する。撮影する枚数は準備をした試験片の個数分である。たとえば実施例の場合では撮影する画像枚数は12枚である。
【0027】
(工程B:具体例)
図4の(a)にグリーンのカラーフィルターを介して撮影した介在物のカラー画像を示す。ここで、極値統計評価を行う試験片における観察面積、すなわち検査基準面積は工程Aの具体例で示すように100mm
2とし、光学顕微鏡の撮影倍率は400倍とした。また、単色の有色透明カラーフィルターには対象介在物のコントラストを増強可能に好適なグリーンフィルターを使用し、このようなカラー画像を12枚得た。また、このとき後工程において対照するためのグレースケールの介在物画像をカラー画像とは別に撮像しておいた。
【0028】
(工程C:画像編集ソフトによる加工画像の作成について)
工程Bに続いて、画像編集ソフトを使用して得られたカラー画像における各種介在物系ごとのコントラストがより強調されるようにするための画像の加工を行う。ここでの加工枚数は、12枚である。
【0029】
(工程C:具体例)
図4の(b)に画像編集ソフトで加工を行った加工画像を示す。加工画像は工程Bにより得られたカラー画像に対して、市販の画像編集ソフト(たとえばアドビ社製フォトショップ(登録商標)など)を使用し、ソフトに実装されているカラーカーブの補正機能でソラリゼーション処理(色反転処理)することによって色調や階調の操作をして、介在物を強調させるための画像加工を施した。さらに、中間調の明るさを最大にし、一方で中間調のコントラストを最小にする変換処理を実施した。ここでの画像加工や変換処理は、各種介在物系ごとの輪郭が強調する目的で行うものであるため、ここで例示した方法のみに限定されるものではない。
【0030】
(工程D:SEMによる反射電子像の取得について)
評価対象の各介在物の詳細観察は走査電子顕微鏡によって行い、適切な倍率での反射電子像を取得する。一般的なSEMでは2次電子像を観察しているが、本発明では、あえて反射電子像を撮像して利用することとしている。一般的な2次電子像ではなく反射電子像とする理由は、以下でも説明するように介在物の化学組成に応じたコントラストが得られる点、および電気絶縁性の高い介在物におけるチャージアップの影響が出にくい点で有用性が高いからである。
【0031】
また、各介在物の組成は、エネルギー分散型X線分光器(EDS)により得られた特性X線に基づいて分析する。この場合は後述する電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)に比べて定量性や検出限界性に劣るものの、酸化物や硫化物といった介在物の種類や代表組成を把握することに適している。
【0032】
(工程D:具体例)
図2はSEMにより得られた介在物の反射電子像の実例である。反射電子像は介在物の精細な形態を表現できており、光学顕微鏡と対比可能な十分な分解能を備える。
図2の画像の介在物は、EDSによる組成分析結果に基づくと、MgO-Al
2O
3系の酸化物とCaS系の硫化物によって構成されていた。
【0033】
ここで、SEMにおける反射電子の放出量は原子番号に依存し、原子番号が大きくなるほど放出量は多くなる特徴があるため、試料表面に様々な化学組成の違いがあれば、それぞれの原子番号に依存したコントラストの違いが得られることとなる。したがって、酸化物系介在物や硫化物系介在物といった介在物の種類の違いを識別しようとする場合には、一般的な2次電子像よりも反射電子像(COMPO像)が適しているといえる。
【0034】
(工程E:EPMAによる元素マッピング像の取得について)
評価対象の各介在物における組成の分析のため、元素別に電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)分析により得られた特性X線の分析結果に基づく元素マッピング像を取得する。特性X線は元素毎に異なるので、SやOといった元素毎の画像が得られる。
【0035】
(工程E:具体例)
図3は、ある介在物をEPMAで分析した元素マッピング像であり、(a)は反射電子像(b)は硫黄のマッピング像、(c)は酸素のマッピング像を示す。これは、工程Dで撮影した反射電子像のコントラストと一致する結果が得られた。
【0036】
(工程F:介在物の塗り分け画像の作成について)
評価対象の各介在物に対して、工程Cにより得られる加工画像を、工程Dにより得られる反射電子像ならびに工程Eにより得られる元素マッピング像と対照しながら、画像編集ソフトを用いて介在物種類ごとに介在物を識別し塗り分ける作業を行う。なお、空間分解能や分析精度が高いフィールドエミッション型の電子プローブマイクロアナライザー(FE-EPMA)を用いる場合には、介在物の形態を精細に捉えることができるとともに、精細な元素マッピング像を得ることができるため、この画像を工程Cにより得られる加工画像と直接比較してもよい。
【0037】
(工程F:具体例)
図4の(c)は介在物種類ごとに介在物の塗り分けを行った画像である。ここでの塗り分けは、工程Cと同様に市販の画像編集ソフトを使用した。塗り分け画像を作成するためのベース画像は、工程Bにおいてカラー画像とは別に撮像しておいたグレースケールの介在物画像とし、グレースケールをRGBカラーに変換したのち、工程Cで作成を行った加工画像を工程Dで得られた反射電子像と工程Eで得られた元素マッピング像と対照することで介在物種類の識別を行ったものを画像編集ソフトのレイヤー機能で重ね合わせ、ピクセルごとの確認を行いながら、ベース画像に対して酸化物領域や硫化物領域の塗り分けを行った。ここでは例として、酸化物を赤色、硫化物を青色に塗り分けた。
【0038】
また、ここで介在物種類ごとに領域の塗り分けを行った画像は、機械学習の教師あり学習等で用いられる教師データとしても好適に使用することができるものである。
【0039】
(工程G:介在物サイズの測定について)
工程Fにより得られる介在物種類ごとの塗り分け画像を元に、酸化物に着目し、酸化物の大きさである√area(酸化物の短径と長径の積の平方根)の測定を行う。
【0040】
(工程G:具体例)
図5の(b)は酸化物の√area測定を行った結果である。比較として(a)に人による評価において、光学顕微鏡による介在物のグレースケール写真を元に硫化物を酸化物と誤認して測定した事例を示した。ただし、このような識別は熟練者でなければ困難である。本発明の方法により、正しく酸化物と硫化物を識別した場合の酸化物の大きさ√areaが12.6μmであるのに対し、誤って識別された酸化物の√areaは14.2μmとやや過大に測定されている。
【0041】
酸化物の大きさ測定にあたり、
図5のように介在物同士が離れている場合も存在する。極値統計評価のデータとして用いるための介在物の大きさ測定においては、介在物同士が離れている場合も互いに近接していれば一体として判定する必要がある。
図5の判定結果はその判定方法を考慮したものであり、例えば、2つの介在物同士の間隔が、小さい方の介在物の√area(介在物の短径と長径の積の平方根)よりも離れている場合は小さい方の存在を無視し、それとは逆に両者の間隔が小さい方の介在物の√areaより小さい(すなわち近い)場合には、両者を一体の介在物とみなすような方法がとられる。
さらに2個以上の複数の介在物が近接して分散している場合には、最も近接した介在物同士の間隔と小さい方の介在物の粒径から順に一体性を判断していく。
このような判定は、介在物が近接している場合にそれらが一体として作用し疲労に対する有害性が高まるとの仮定が考慮されている。なお、ここで示した介在物を一体とみなす判定基準は一例であり、本願発明がその方法のみに限定されるものではない。
【0042】
(工程H:極値統計法の実施について)
評価鋼材より作製された複数の試験片について、上記の工程を経て得られた試験片毎の最大介在物径のデータをもとに極値統計法を用いて評価し、鋼材の任意の予測体積中に含まれうる最大介在物径の予測を行う。
【0043】
(工程H:具体例)
図6に得られた最大介在物径のデータをもとにした、極値統計法によって得られた極値統計グラフを示す。なお、極値統計プロットの傾きを表す近似直線は、最小二乗近似によって求めたものである。
【0044】
ここで、介在物径の予測に用いる極値統計法について説明する。この場合の極値統計法とは、ある母集団から複数個の試験片(j=1,n)を採取し、個々の試験片の所定の観察範囲内に存在する最大介在物を光学顕微鏡で撮影したのちに、それらの各試験片の最大介在物の大きさを極値統計グラフ上に小さいものから順にプロットし、それらのプロットの近似直線に基づき、予測しようとする任意の面積中の最大介在物径(すなわち√areamax)を予測するものである。求めた√areamaxは、製品品質の検査に用いたり、評価鋼材同士の介在物清浄度の比較指標として用いたり、製鋼精錬方法の改良による清浄度向上の指標として利用したりすることができる。
【0045】
特に今回の実施例においては、1視野の観察面積(検査基準面積:Somm2とする)を、例えばSo=100mm2(縦10mm×横10mm)とし、面積Soが重複しないようにして、12視野分の各々に対する最大介在物の大きさ(√area)の測定を行い、予測面積S=30000mm2として、極値統計法により最大介在物の大きさ√areamaxを予測した。
【0046】
極値統計グラフにおいて縦軸に示される累積分布関数F(単位:%)の値はFj=j/(n+1)×100の式から求めることができる。ここでnは√areaを評価した試験片の総個数、jは√areaの小さいものから順に並べたときのj番目であることを示している。ただし、この場合に縦軸のプロット位置を決定するためには確率紙を用いる必要がある。そこで、Fに代わって、基準化変数yとしてyj=-ln[-ln{j/(n+1)}]の式から求めたyjの値を使って縦軸を表してもよい。プロットの仕方としては、観察視野における最大介在物の大きさ√areaの小さいものから順に、横軸の値を√areaとして、縦軸の値をj番目に対応する基準化変数yjとして順次プロットを行うものとする。次に、任意面積中に存在しうる最大介在物径(√areamax)を予測するために、予測を行いたい面積における累積分布関数Fと基準化変数yを再帰期間のTから求める。このときTは予測面積Sと個々の試験片の観察面積Soを用いてT=(S+So)/Soの式で求められ、このTを用いて累積分布関数FをF=(T-1)/T×100の式から求めることができる。また、基準化変数yとしてy=-ln[-ln{(T-1)/T}]の式から求めたyの値を使って縦軸を表してもよい。また、S≫Soの場合には、y=lnT、T=S/Soが成り立ち、容易に計算することができる。
【0047】
今回実施した工程により正しく酸化物の領域が他の介在物系と識別され、観察範囲(すなわちS
o、ここでは100mm
2)毎の最大酸化物径である√areaが測定された12視野の例を示すと、再帰期間Tを300とした場合、すなわち試験片300個分に相当する面積の鋼中に存在しうる最大介在物径は、
図6に示されるように、35.6μmと推定された。
【0048】
この予測面積(予測を行いたい鋼材の面積)は、目的に応じて選択されるものであって、ここで例示した試験片300個分相当の面積に限定されるものではない。また、ここで述べた評価方法は二次元観察に基づく結果であり、介在物の立体的形状や分布状態までを考慮したものではないため、より精度の高い√areamaxの予測を行うために三次元観察を行うことがあってもよい。あるいは、二次元平面上の観察面積Soに対して、仮想的に介在物の厚みを考慮することにより、疑似三次元的に評価を行うことがあってもよい。
【0049】
対比として
図6に、
図1のA、BおよびGの工程に示される通常の極値統計評価手順工程から得られた極値統計評価結果を本発明法との比較例として合わせて示す。
【0050】
図6に示されるように本発明は、従来手順に対して酸化物の大きさ測定をより正確に行うために光学顕微鏡で撮影した元の介在物画像を画像編集ソフトにより加工した画像とSEMやEPMAといった分析機器による介在物組成の分析結果との対比にもとづく酸化物の領域の精密特定を行うことで、最大酸化物径(√area
max)をより精度良く評価することができるようになる。この方法は、酸化物以外の介在物に適用することも同様に可能である。
【0051】
図6のように、従来の手順であれば最大予測介在物径は、31.5μmであり、本発明のより精度の高い予測介在物径の35.6μmに比して小さい値を予測してしまっており、その分だけ介在物混入のリスクが折り込めていない予測となってしまっている。特に、酸化物系介在物が疲労寿命に与える影響を重視する必要性のある場面があることに勘案すると、介在物種毎に識別することが容易で、正確な予測ができることとなれば、疲労特性など介在物毎に影響の異なる場面での予測に際して非常に有用となる。