(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149066
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】電動工具
(51)【国際特許分類】
B25F 5/00 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
B25F5/00 Z
B25F5/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022057422
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002527
【氏名又は名称】弁理士法人北斗特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】百枝 幸太郎
【テーマコード(参考)】
3C064
【Fターム(参考)】
3C064AA01
3C064AA03
3C064AA06
3C064AA08
3C064AB02
3C064AC02
3C064BA36
3C064BB08
3C064BB21
3C064BB23
3C064BB52
3C064CA03
3C064CA06
3C064CB03
3C064CB05
3C064CB07
3C064CB13
3C064CB71
3C064CB92
3C064DA02
3C064DA23
3C064DA26
3C064DA33
3C064DA52
3C064DA53
3C064DA59
3C064DA65
3C064DA66
3C064DA68
3C064DA70
3C064DA72
3C064DA73
3C064DA78
(57)【要約】
【課題】トルクに応じた電動工具の制御の精度を高める。
【解決手段】電動工具100は、モータ1と、保持部5と、伝達機構4と、トルク検出部31と、電子クラッチ部32と、慣性力阻害機構6と、を備える。保持部5は、先端工具28を保持するように構成される。伝達機構4は、モータ1の動力を保持部5へ伝達する。トルク検出部31は、先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出する。電子クラッチ部32は、トルク検出部31で検出されたトルク値に関する所定条件が満たされると作動して、モータ1が停止するようにモータ1を制御する。慣性力阻害機構6は、モータ1と保持部5との間に配置されている。慣性力阻害機構6は、電子クラッチ部32が作動した際に、モータ1から保持部5への慣性力の伝達を阻害する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータと、
先端工具を保持するように構成された保持部と、
前記モータの動力を前記保持部へ伝達する伝達機構と、
前記先端工具が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出するトルク検出部と、
前記トルク検出部で検出された前記トルク値に関する所定条件が満たされると作動して、前記モータが停止するように前記モータを制御する電子クラッチ部と、
前記モータと前記保持部との間に配置されており、前記電子クラッチ部が作動した際に、前記モータから前記保持部への慣性力の伝達を阻害する慣性力阻害機構と、
を備える、
電動工具。
【請求項2】
前記伝達機構は、前記モータの回転を減速させて前記保持部に伝達する減速機構を備え、
前記慣性力阻害機構は、前記モータと前記減速機構との間に配置されており、前記電子クラッチ部が作動した際に、前記モータから前記減速機構への慣性力の伝達を阻害する、
請求項1に記載の電動工具。
【請求項3】
前記慣性力阻害機構は、前記モータから前記保持部へトルクが伝達される状態と前記保持部から前記モータへトルクが伝達される状態とが切り換わる際に、トルクの伝達が行われない空転期間を発生させる空転構造を備える、
請求項1又は2に記載の電動工具。
【請求項4】
前記モータは、第1回転軸を備え、
前記伝達機構は、前記第1回転軸と接触した状態で前記第1回転軸と一体的に回転する第2回転軸を備え、
前記慣性力阻害機構は、
前記第1回転軸と前記第2回転軸とのうちの一方に設けられ、径方向に突出する係合突部と、
前記第1回転軸と前記第2回転軸とのうちの他方に設けられ、径方向に凹んでおり前記係合突部が収容される係合凹所と
を備え、
前記係合凹所の周方向における寸法は、前記係合突部の周方向における寸法よりも大きい、
請求項1~3のいずれか1項に記載の電動工具。
【請求項5】
前記慣性力阻害機構は、ワンウェイクラッチを備える、
請求項1~4のいずれか1項に記載の電動工具。
【請求項6】
前記慣性力阻害機構は、トルクの伝達方向を切り換え可能なツーウェイクラッチを備える、
請求項1~5のいずれか1項に記載の電動工具。
【請求項7】
前記所定条件は、前記トルク検出部で検出された前記トルク値が閾値を超えるという条件を含む、
請求項1~6のいずれか1項に記載の電動工具。
【請求項8】
前記トルク検出部は、前記モータに流れるトルク電流に基づいて、前記先端工具が出力する前記出力トルクに関連する前記トルク値を算出する、
請求項1~7のいずれか1項に記載の電動工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、一般に電動工具に関し、より詳細にはモータを備える電動工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、電動回転工具が記載されている。
【0003】
この電動回転工具は、モータ部と、モータ部を制御する制御回路部と、を具備する。制御回路部は、電流検出手段によって検出したモータ部の駆動電流、又は、回転数検出手段によって検出したモータ部の回転数から締付トルクを算出し、算出した締付トルクが予め設定した締付トルク以上となった時に、モータ部の運転を停止させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の電動回転工具では、モータ部の慣性力により、モータ部が停止するまでに時間を要する。そのため、予め設定した締付トルクよりも大きい締付トルクで、ねじ、ボルト又はナット等の締付対象を締めてしまう可能性がある。
【0006】
本開示は、トルクに応じた電動工具の制御の精度を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様の電動工具は、モータと、保持部と、伝達機構と、トルク検出部と、電子クラッチ部と、慣性力阻害機構と、を備える。前記保持部は、先端工具を保持するように構成されている。前記伝達機構は、前記モータの動力を前記保持部へ伝達する。前記トルク検出部は、前記先端工具が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出する。前記電子クラッチ部は、前記トルク検出部で検出された前記トルク値に関する所定条件が満たされると作動して、前記モータが停止するように前記モータを制御する。前記慣性力阻害機構は、前記保持部と前記モータとの間に配置されている。前記慣性力阻害機構は、前記電子クラッチ部が作動した際に、前記モータから前記保持部への慣性力の伝達を阻害する。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、トルクに応じた電動工具の制御の精度を高めることができる、という利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る電動工具のブロック図である。
【
図2】
図2は、同上の電動工具の回路ブロック図である。
【
図3】
図3は、同上の電動工具の制御部による制御の説明図である。
【
図4】
図4は、同上の電動工具の要部の分解斜視図である。
【
図5】
図5は、同上の電動工具の要部の断面図である。
【
図6】
図6は、同上の電動工具の要部の分解斜視図である。
【
図7】
図7は、同上の電動工具の要部の側面図である。
【
図8】
図8は、同上の電動工具の要部の、
図7とは異なる状態での側面図である。
【
図9】
図9は、同上の電動工具の要部の、
図7及び
図8とは異なる状態での側面図である。
【
図10】
図10は、変形例1の電動工具の要部の分解斜視図である。
【
図11】
図11は、変形例2の電動工具の要部の分解斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施形態に係る電動工具100について、図面を用いて説明する。ただし、下記の実施形態は、本開示の様々な実施形態の1つに過ぎない。下記の実施形態は、本開示の目的を達成できれば、設計等に応じて種々の変更が可能である。また、下記の実施形態において説明する各図は、模式的な図であり、図中の各構成要素の大きさ及び厚さそれぞれの比が必ずしも実際の寸法比を反映しているとは限らない。
【0011】
(1)概要
図1に示すように、本実施形態の電動工具100は、モータ1と、保持部5と、伝達機構4と、トルク検出部31と、電子クラッチ部32と、を備える。本実施形態では、トルク検出部31及び電子クラッチ部32は、制御部3に備えられている。
【0012】
モータ1は、電源部8から供給される電力により、制御部3の制御に応じて動作(回転)する。
【0013】
保持部5は、先端工具28を保持するように構成されている。
【0014】
伝達機構4は、モータ1の動力を保持部5へ伝達する。
【0015】
トルク検出部31は、先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出する。
【0016】
電子クラッチ部32は、トルク検出部31で検出されたトルク値に関する所定条件が満たされると作動して、モータ1が停止するようにモータ1を制御する。すなわち、本実施形態の電動工具100においては、所定条件が満たされると制御部3がモータ1を停止させる、いわゆる電子クラッチ制御が実現される。ただし、電子クラッチ部32がモータ1を停止させるように制御しても、モータ1は、慣性エネルギーにより暫く回転し続けようとする。
【0017】
図1に示すように、本実施形態の電動工具100は、慣性力阻害機構6を更に備えている。
【0018】
慣性力阻害機構6は、モータ1と保持部5との間に配置されている。慣性力阻害機構6は、電子クラッチ部32が作動した際に、モータ1から保持部5への慣性力の伝達を阻害する。
【0019】
本実施形態の電動工具100では、モータ1が停止されるように制御されると、慣性力阻害機構6によって、モータ1から保持部5への慣性エネルギーの伝達が阻害される。そのため、モータ1の慣性エネルギーにより保持部5及び先端工具28が回転し続けることが抑制される。これにより、本実施形態の電動工具100では、過剰なトルクでねじ、ボルト又はナット等の締付対象を締めてしまう可能性を低減できる。すなわち、トルクに応じた電動工具100の制御の精度を高めることができる。
【0020】
(2)詳細
以下、本実施形態の電動工具100について、図面を参照してより詳細に説明する。電動工具100は、例えば、電動のドライバ、ドリル、ドリルドライバ又はレンチとして用いられる。あるいは、電動工具100は、電動の鋸、かんな、ニブラ、ホールソー又はグラインダ等として用いられる。本実施形態では、代表例として、電動工具100がねじ、ボルト又はナット等の締付対象をねじ締めするためのドライバとして用いられる場合について説明する。
【0021】
(2.1)全体構成
図1に示すように、電動工具100は、モータ1と、インバータ回路部2と、制御部3と、伝達機構4と、保持部5と、慣性力阻害機構6と、入出力部7と、電源部8と、電流測定部110と、モータ回転測定部25と、を備える。また、電動工具100は、ハウジングを備えている。
【0022】
ハウジングは、胴体部と、グリップ部と、装着部と、を有している。胴体部の形状は、筒状である。胴体部には、インバータ回路部2と、モータ1と、伝達機構4と、が収容されている。グリップ部は、胴体部の側面から突出している。グリップ部の形状は、筒状である。グリップ部は、ユーザが把持する部分である。グリップ部は、制御部3を収容している。グリップ部は、入出力部7におけるトリガスイッチ70を保持している。装着部には、電源部8が着脱自在に装着される。装着部は、グリップ部の先端部(胴体部とは反対側の先端)に設けられている。装着部は、入出力部における操作パネル71を保持している。
【0023】
モータ1は、例えばブラシレスモータである。本実施形態のモータ1は、同期電動機であり、より詳細には、永久磁石同期電動機(PMSM(Permanent Magnet Synchronous Motor))である。
図2に示すように、モータ1は、永久磁石231を有する回転子23と、コイル241を有する固定子24と、を備えている。回転子23は、回転動力を出力する回転軸(以下、「第1回転軸」ともいう)26(
図1参照)と連結されている。コイル241と永久磁石231との電磁的相互作用により、回転子23は、固定子24に対して回転する。
【0024】
電源部8は、モータ1の駆動に用いられる電源である。電源部8は、直流電源である。電源部8は、本実施形態では、二次電池を有している。電源部8は、いわゆる電池パックである。電源部8は、インバータ回路部2及び制御部3の電源としても利用される。
【0025】
インバータ回路部2は、モータ1を駆動するための回路である。インバータ回路部2は、電源部8からの電圧Vdcを、モータ1用の駆動電圧Vaに変換する。本実施形態では、駆動電圧Vaは、U相電圧、V相電圧及びW相電圧を含む三相交流電圧である。以下では、必要に応じて、U相電圧をvu、V相電圧をvv、W相電圧をvwで表す。また、各電圧vu,vv,vwは、正弦波電圧である。
【0026】
インバータ回路部2は、PWMインバータとPWM変換器とを利用して実現できる。PWM変換器は、駆動電圧Va(U相電圧vu、V相電圧vv、W相電圧vw)の目標値(電圧指令値)vu
*,vv
*,vw
*に従って、パルス幅変調されたPWM信号を生成する。PWMインバータは、このPWM信号に応じた駆動電圧Va(vu,vv,vw)をモータ1に与えてモータ1を駆動する。より具体的には、PWMインバータは、三相分のハーフブリッジ回路とドライバとを備える。PWMインバータでは、ドライバがPWM信号に従って各ハーフブリッジ回路におけるスイッチング素子をオン/オフすることにより、電圧指令値vu
*,vv
*,vw
*に従った駆動電圧Va(vu,vv,vw)がモータ1に与えられる。これによって、モータ1には、駆動電圧Va(vu,vv,vw)に応じた駆動電流Iaが供給される。駆動電流Iaは、U相電流iu、V相電流iv、及びW相電流iwを含む。U相電流iu、V相電流iv、及びW相電流iwは、モータ1の固定子24における、U相の電機子巻線の電流、V相の電機子巻線の電流、及びW相の電機子巻線の電流である。
【0027】
電流測定部110は、2つの相電流センサ11を備える。2つの相電流センサ11は、ここでは、インバータ回路部2からモータ1に供給される駆動電流IaのうちU相電流iu及びV相電流ivを測定する。なお、W相電流iwは、U相電流iu及びV相電流ivから求めることができる。電流測定部110は、相電流センサ11の代わりに、シャント抵抗等を利用した電流検出器を備えていてもよい。
【0028】
図1、
図4に示すように、伝達機構4は、モータ1の回転軸(第1回転軸)26と保持部5との間に配置されている。伝達機構4は、モータ1の動力を保持部5へ伝達する。
図4、
図5に示すように、伝達機構4は、減速機構40と、回転軸(以下、「第2回転軸」ともいう)41と、出力軸42と、ベアリング43と、ケース44と、を備えている。
【0029】
第2回転軸41は、モータ1の回転軸(第1回転軸)26が回転した場合に第1回転軸26と一緒に回転するよう、第1回転軸26と連結されている。第2回転軸41は、第1回転軸26と接触した状態で第1回転軸26と一緒に回転する。
【0030】
減速機構40は、第2回転軸41の回転速度を減速させて、第2回転軸41のトルクを出力軸42へ伝達する。減速機構40は、第2回転軸41に設けられている太陽歯車400と、太陽歯車400と噛み合う三段の遊星歯車減速機構(第1遊星歯車部401、第2遊星歯車部402、及び第3遊星歯車部403)と、を備えている。減速機構40は、例えば、ハウジングに設けられた速度切換スイッチへの操作に応じて、ギア比を変更可能である。
【0031】
出力軸42には、減速機構40を介して、第2回転軸41のトルクが伝達される。すなわち、出力軸42は、モータ1の動力により回転する。
【0032】
ベアリング43は、出力軸42を回転可能に保持する。ケース44は、減速機構40、第2回転軸41、及びベアリング43を保持する。
【0033】
図1に示すように、保持部5は、先端工具28を保持する。
図5に示すように、保持部5は、チャック50と、出力軸42の先端に形成されたビット取付穴51と、を有している。先端工具28が、ビット取付穴51に嵌め込まれて、チャック50により出力軸42に固定(装着)される。
【0034】
図1に示すように、先端工具28は、保持部5に保持されて、保持部5と一緒に回転する。電動工具100は、モータ1の駆動力で出力軸42を回転させることで、先端工具28を回転させる。すなわち、電動工具100は、先端工具28をモータ1の駆動力で駆動する工具である。各種の先端工具28のうち用途に応じた先端工具28が、保持部5に保持されて用いられる。なお、本実施形態の電動工具100では、先端工具28を用途に応じて交換可能であるが、先端工具28が交換可能であることは必須ではなく、先端工具28が出力軸42に一体に固定されていてもよい。先端工具28は、例えばドライバビット、ドリルビット、ソケット等であり、
図1の例ではドライバビットである。
【0035】
入出力部7は、ユーザインタフェースである。入出力部7は、電動工具100の動作に関する表示、電動工具100の動作の設定、及び、電動工具100の操作に利用される装置を備える。
【0036】
図1に示すように、本実施形態の電動工具100では、入出力部7は、ユーザからの操作を受け付けるトリガスイッチ(トリガボリューム)70及び操作パネル71を備えている。
【0037】
トリガスイッチ70は、押しボタンスイッチの一種である。トリガスイッチ70を引く操作により、モータ1のオンオフを切換可能である。また、トリガスイッチ70を引く操作の引込み量で、モータ1の速度の目標値ω1
*を変更可能である。その結果として、トリガスイッチを引く操作の引込み量で、モータ1及び出力軸42の速度を調整可能である。上記引込み量が大きいほど、モータ1及び出力軸42の速度が速くなる。
【0038】
トリガスイッチ70は、例えば、操作信号を出力する多段階スイッチ又は無段階スイッチ(可変抵抗器)を備える。操作信号は、トリガスイッチ70への操作量(引込み量)に応じて変化する。
【0039】
入出力部7は、トリガスイッチ70からの操作信号に応じて目標値ω1
*を決定し、制御部3に与える。制御部3は、入出力部7から入力された目標値ω1
*に応じて、モータ1を回転又は停止させ、また、モータ1の速度を制御する。
【0040】
操作パネル71は、ユーザによって操作される。操作パネル71は、閾値を設定するための機能を有している。操作パネル71は、例えば、閾値を設定するための2つの操作ボタン(upボタン、downボタン)と、表示器と、を備えている。閾値は、複数の候補閾値から選択され得る。表示器は、現在選択されている候補閾値の値を表示する。例えば、upボタンが押されると、表示器に表示される値が増加し、downボタンが押されると、表示器に表示される値が減少する。操作パネル71は、表示器に表示されている値の候補閾値を、閾値として、制御部3へ出力する。
【0041】
モータ回転測定部25は、モータ1の回転角を測定する。モータ回転測定部25としては、例えば、光電式エンコーダ又は磁気式エンコーダを採用することができる。モータ回転測定部25で測定されたモータ1の回転角及びその変化から、モータ1(回転子23)の回転子位置θ及び速度ωが求められ得る。
【0042】
制御部3は、1以上のプロセッサ及びメモリを有するコンピュータシステムを含んでいる。コンピュータシステムのメモリに記録されたプログラムを、コンピュータシステムのプロセッサが実行することにより、制御部3の少なくとも一部の機能が実現される。プログラムは、メモリに記録されていてもよいし、インターネット等の電気通信回線を通して提供されてもよく、メモリカード等の非一時的記録媒体に記録されて提供されてもよい。
【0043】
制御部3は、入出力部7からの入力に基づいて、モータ1の動作を制御する。
【0044】
(2.2)制御部
制御部3について更に詳細に説明する。
【0045】
図1に示すように、制御部3は、駆動制御部30と、トルク検出部31と、電子クラッチ部32と、を備える。駆動制御部30、トルク検出部31、及び電子クラッチ部32は、制御部3によって実現される機能を示している。
【0046】
駆動制御部30は、インバータ回路部2を制御して、インバータ回路部2からモータ1へ駆動電流Iaを供給させ、モータ1を駆動させる。より詳細には、駆動制御部30は、トリガスイッチ70から与えられるモータ1の速度の目標値ω1
*に基づいて、モータ1の速度の指令値ω2
*を求める。また、駆動制御部30は、モータ1の速度が指令値ω2
*に一致するように駆動電圧Vaの目標値(電圧指令値)vu
*,vv
*,vw
*を決定してインバータ回路部2に与える。インバータ回路部2は、駆動制御部30から受け取った駆動電圧Vaの目標値に基づいて、モータ1へ駆動電圧Vaを与える。
【0047】
本実施形態の電動工具100では、駆動制御部30は、ベクトル制御を用いてモータ1を制御する。ベクトル制御は、モータ電流を、トルク(回転力)を発生する電流成分と磁束を発生する電流成分とに分解し、それぞれの電流成分を独立に制御するモータ制御方式の一種である。
【0048】
図3は、ベクトル制御におけるモータ1の解析モデル図である。
図3には、U相、V相、W相の電機子巻線固定軸が示されている。ベクトル制御では、モータ1の回転子23に設けられた永久磁石231が作る磁束の回転速度と同じ速度で回転する回転座標系が考慮される。回転座標系において、永久磁石231が作る磁束の方向をd軸にとり、d軸に対応する制御上の回転軸をγ軸とする。また、d軸から電気角で90度進んだ位相にq軸をとり、γ軸から電気角で90度進んだ位相にδ軸をとる。実軸に対応する回転座標系はd軸とq軸を座標軸に選んだ座標系であり、その座標軸をdq軸と呼ぶ。制御上の回転座標系はγ軸とδ軸を座標軸に選んだ座標系であり、その座標軸をγδ軸と呼ぶ。
【0049】
dq軸は回転しており、その回転速度をωで表す。γδ軸も回転しており、その回転速度をωeで表す。また、dq軸において、U相の電機子巻線固定軸から見たd軸の角度(位相)をθで表す。同様に、γδ軸において、U相の電機子巻線固定軸から見たγ軸の角度(位相)をθeで表す。θ及びθeにて表される角度は、電気角における角度であり、それらは一般的に回転子位置又は磁極位置とも呼ばれる。ω及びωeにて表される回転速度は、電気角における角速度である。以下、必要に応じて、θ又はθeを、回転子位置と呼び、ω又はωeを単に速度と呼ぶことがある。
【0050】
駆動制御部30は、基本的に、θとθeとが一致するようにベクトル制御を行う。θとθeとが一致しているとき、d軸及びq軸は夫々γ軸及びδ軸と一致することになる。なお、以下の説明では、必要に応じて、駆動電圧Vaのγ軸成分及びδ軸成分を、それぞれγ軸電圧vγ及びδ軸電圧vδで表し、駆動電流Iaのγ軸成分及びδ軸成分を、それぞれγ軸電流iγ及びδ軸電流iδで表す。
【0051】
また、γ軸電圧vγ及びδ軸電圧vδの目標値を表す電圧指令値を、それぞれγ軸電圧指令値vγ
*及びδ軸電圧指令値vδ
*により表す。また、γ軸電流iγ及びδ軸電流iδの目標値を表す電流指令値を、それぞれγ軸電流指令値iγ
*及びδ軸電流指令値iδ
*により表す。
【0052】
駆動制御部30は、γ軸電圧vγ及びδ軸電圧vδの値がそれぞれγ軸電圧指令値vγ
*及びδ軸電圧指令値vδ
*に追従しかつγ軸電流iγ及びδ軸電流iδの値がそれぞれγ軸電流指令値iγ
*及びδ軸電流指令値iδ
*に追従するように、ベクトル制御を行う。
【0053】
駆動制御部30は、
図2に示すように、座標変換器12と、減算器13と、減算器14と、電流制御部15と、磁束制御部16と、速度制御部17と、座標変換器18と、減算器19と、位置・速度推定部20と、脱調検出部21と、設定部22と、を備える。なお、座標変換器12、減算器13,14,19、電流制御部15、磁束制御部16、速度制御部17、座標変換器18、位置・速度推定部20、脱調検出部21、及び設定部22は、駆動制御部30(制御部3)によって実現される機能を示している。よって、駆動制御部30の各要素は、駆動制御部30内で生成された各値を自由に利用可能となっている。
【0054】
設定部22は、モータ1の速度の指令値ω2
*を生成する。設定部22は、入出力部7から受け取った目標値ω1
*等に基づいて、指令値ω2
*を求める。
【0055】
座標変換器12は、回転子位置θeに基づいてU相電流iu及びV相電流ivをγδ軸上に座標変換することにより、γ軸電流iγ及びδ軸電流iδを算出して出力する。ここで、γ軸電流iγは、d軸電流に対応し、励磁的な電流であり、トルクには殆ど寄与しない電流である。δ軸電流iδは、q軸電流に対応し、トルクに大きく寄与する電流である。回転子位置θeは、位置・速度推定部20にて算出される。
【0056】
減算器19は、速度ωeと指令値ω2
*とを参照し、両者間の速度偏差(ω2
*-ωe)を算出する。速度ωeは、位置・速度推定部20にて算出される。
【0057】
速度制御部17は、比例積分制御などを用いることによって、速度偏差(ω2
*-ωe)がゼロに収束するようにδ軸電流指令値iδ
*を算出して出力する。
【0058】
磁束制御部16は、γ軸電流指令値iγ
*を決定して減算器13に出力する。γ軸電流指令値iγ
*は、制御部3にて実行されるベクトル制御の種類、モータ1の速度ω等に応じて、様々な値をとりうる。例えば、d軸電流をゼロとして最大トルク制御を行う場合は、γ軸電流指令値iγ
*が0とされる。また、d軸電流を流して弱め磁束制御を行う場合は、γ軸電流指令値iγ
*が速度ωeに応じた負の値とされる。以下の説明では、γ軸電流指令値iγ
*が0である場合を取り扱う。
【0059】
減算器13は、磁束制御部16から出力されるγ軸電流指令値iγ
*より座標変換器12から出力されるγ軸電流iγを減算し、電流誤差(iγ
*-iγ)を算出する。減算器14は、速度制御部17から出力される値iδ
*より座標変換器12から出力されるδ軸電流iδを減算し、電流誤差(iδ
*-iδ)を算出する。
【0060】
電流制御部15は、電流誤差(iγ
*-iγ)及び(iδ
*-iδ)が共にゼロに収束するように、比例積分制御などを用いた電流フィードバック制御を行う。この際、γ軸とδ軸との間の干渉を排除するための非干渉制御を利用し、(iγ
*-iγ)及び(iδ
*-iδ)が共にゼロに収束するようにγ軸電圧指令値vγ
*及びδ軸電圧指令値vδ
*を算出する。
【0061】
座標変換器18は、位置・速度推定部20から出力される回転子位置θeに基づいて電流制御部15から与えられたγ軸電圧指令値vγ
*及びδ軸電圧指令値vδ
*を三相の固定座標軸上に座標変換することにより、電圧指令値(vu
*、vv
*及びvw
*)を算出して出力する。
【0062】
インバータ回路部2は、座標変換器18からの電圧指令値(vu
*、vv
*及びvw
*)に応じた三相電圧を、モータ1に供給する。モータ1は、インバータ回路部2から供給された電力(三相電圧)により駆動され、回転動力を発生させる。
【0063】
位置・速度推定部20は、回転子位置θe及び速度ωeを推定する。より詳細には、位置・速度推定部20は、座標変換器12からのiγ及びiδ並びに電流制御部15からのvγ
*及びvδ
*の内の全部又は一部を用いて、比例積分制御等を行う。位置・速度推定部20は、モータ回転測定部25で測定されたモータ1の回転角θを用いて、d軸とγ軸との間の軸誤差(θe-θ)がゼロに収束するように回転子位置θe及び速度ωeを推定する。なお、回転子位置θe及び速度ωeの推定手法として従来から様々な手法が提案されており、位置・速度推定部20は公知の何れの手法をも採用可能である。
【0064】
脱調検出部21は、モータ1が脱調しているか否かを判定する。より詳細には、脱調検出部21は、モータ1の磁束に基づいて、モータ1が脱調しているか否かを判定する。モータ1の磁束は、d軸電流及びq軸電流及びγ軸電圧指令値vγ
*及びδ軸電圧指令値vδ
*から求められる。脱調検出部21は、モータ1の磁束の振幅が閾値未満であれば、モータ1が脱調していると判断してよい。なお、閾値は、モータ1の永久磁石231が作る磁束の振幅に基づいて適宜定められる。なお、脱調検出手法として従来から様々な手法が提案されており、脱調検出部21は公知の何れの手法をも採用可能である。
【0065】
このように、駆動制御部30は、入出力部7(トリガスイッチ70)からの目標値ω1
*に応じて、駆動電圧Va(U相電圧vu、V相電圧vv、W相電圧vw)の目標値(電圧指令値)vu
*,vv
*,vw
*を決定してインバータ回路部2に与え、モータ1を回転させる。
【0066】
トルク検出部31は、先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出する。トルク検出部31は、例えば、モータ1に流れる電流に基づいてトルク値を検出する。
【0067】
トルク検出部31は、例えば、上述の座標変換器12と、算出部29と、により実現される。トルク検出部31は、上述の電流測定部110を更に含んでもよい。
【0068】
座標変換器12には、モータ1に供給される駆動電流Iaのうちで電流測定部110(2つの相電流センサ11)で測定された2相の電流(U相電流iu及びV相電流iv)の測定値が、入力される。座標変換器12は、電流測定部110で測定された2相の電流の測定値を座標変換することで、モータ1に流れるγ軸電流iγ(励磁電流)及びδ軸電流iδ(トルク電流)を求める。
【0069】
座標変換器12は、電流測定部110で測定されたU相電流iu及びV相電流ivの測定値を、回転子位置θeに基づいて座標変換し、γ軸電流iγ及びδ軸電流iδを算出する。
【0070】
算出部29は、トルク値を算出する。算出部29は、座標変換器12で求めたδ軸電流iδ(トルク電流)に基づいて、先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出する。例えば、算出部29は、δ軸電流iδの値に所定の定数を乗じることで、トルク値を算出する。
【0071】
トルク検出部31によって検出される「先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値」とは、モータ1で発生するトルクの値であってもよいし、保持部5で発生するトルクの値であってもよいし、モータ1のトルクを保持部5に伝達する構成(伝達機構4)で発生するトルクの値であってもよい。
【0072】
このように、トルク検出部31は、モータ1に流れるトルク電流(δ軸電流iδ)に基づいて、先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値を算出する。トルク検出部31が、ベクトル制御に用いられるトルク電流(δ軸電流iδ)に基づいてトルク値を算出するので、ベクトル制御のための回路の一部とトルク値の算出のための回路の一部とを共有することができる。これにより、電動工具100に備えられる回路の面積及び寸法の低減、並びに、回路に要するコストの低減を図ることができる。
【0073】
電子クラッチ部32は、トルク検出部31で検出されたトルク値に関する所定条件が満たされると作動して、モータ1が停止するようにモータ1を制御する。本開示において「電子クラッチ部32が作動する」とは、モータ1が停止するように、制御部3がインバータ回路部2の制御を行うことを意味する。
【0074】
電子クラッチ部32が作動するための「所定条件」は、トルク検出部31で検出されたトルク値が、操作パネル71で設定された閾値を超えるという条件を含む。
【0075】
所定条件は、例えば、検出されたトルク値が閾値を超えるという条件であってもよい。所定条件は、例えば、検出されたトルク値が閾値を超えた状態が、所定時間以上継続するという条件であってもよい。所定条件は、例えば、トルク検出部31が所定の時間間隔ごとにトルク値を検出する場合において、検出されたトルク値が閾値を超えた回数が所定回数以上であるという条件であってもよい。
【0076】
電子クラッチ部32は、例えば、上述の設定部22により実現される。設定部22は、例えば、所定条件が満たされると、モータ1が停止するようにモータ1の速度の指令値ω2
*を生成する。ただし、これに限らず、電子クラッチ部32は、電流制御部15、磁束制御部16、速度制御部17、座標変換器18のうちの少なくとも一つを備えていてもよい。例えば、電子クラッチ部32としての磁束制御部16及び速度制御部17は、所定条件が満たされると、モータ1へ供給される駆動電流Iaが0となるように、γ軸電流指令値iγ
*及びδ軸電流指令値iδ
*を決定して出力してもよい。
【0077】
電子クラッチ部32は、モータ1の速度が0となるように制御を行ってもよいし、モータ1へ供給される駆動電流Iaが0となるように制御を行ってもよい。
【0078】
(2.3)慣性力阻害機構
慣性力阻害機構6は、電子クラッチ部32が作動した際に、モータ1から保持部5への慣性力の伝達を阻害する。
【0079】
図1に示すように、本実施形態の電動工具100では、慣性力阻害機構6は、モータ1と伝達機構4の減速機構40との間に配置されている。
図4、
図6に示すように、慣性力阻害機構6は、モータ1の第1回転軸26に設けられている第1構造61と、伝達機構4の第2回転軸41に設けられている第2構造62と、を備えている。本実施形態の電動工具100では、慣性力阻害機構6は、電子クラッチ部32が作動した際に、モータ1から減速機構40への慣性力の伝達を阻害する。
【0080】
図6に示すように、第1回転軸26は、軸本体260と、係合突部264と、を一体に有している。
【0081】
軸本体260は、異なる径を有する3つの円柱状の部分(第1円柱部261、第2円柱部262、及び第3円柱部263)が、軸方向に並んでいて同軸状に結合された形状を有している。
図6の例では、第1円柱部261の径は第2円柱部262の径より大きく、第2円柱部262の径は第3円柱部263の径より大きい。
図4に示すように、軸本体260は、第3円柱部263が回転子23の側に位置し、かつ第1円柱部261が回転子23から離れて位置するように、モータ1の回転子23に固定されている。軸本体260は、回転子23と一緒に回転する。
【0082】
図6に示すように、係合突部264は、軸本体260の側面、より詳細には第1円柱部261の側面から、軸本体260の径方向に突出する。軸本体260の軸方向と直交する仮想面における係合突部264の断面形状は、例えば矩形状である。
【0083】
図5、
図6に示すように、第2回転軸41は、軸本体410と、歯車部415と、を一体に有している。
【0084】
図6に示すように、軸本体410は、一方の底面が開口した有底円筒状である。軸本体410は、開口した底面側に、円柱状の収容凹所411を有している。収容凹所411の径(内径)は、モータ1の第1回転軸26の第1円柱部261の径と略等しく、具体的には僅かに大きい。
【0085】
軸本体410は、収容凹所411の側面から径方向の外向きに凹んだ係合凹所412を、更に有している。係合凹所412は、収容凹所411と同軸の略扇形状である。
図7に示すように、係合凹所412の深さD1(軸本体410の径方向における寸法)は、係合突部264の突出寸法H1(軸本体260の径方向における寸法)よりも大きい。また、係合凹所412の周方向の寸法(軸本体410の径方向における、係合凹所412の寸法)X2は、係合突部264の周方向の寸法(軸本体260の径方向における、係合突部264の寸法)X1よりも大きい。
図7の例では、係合凹所412の周方向の寸法X2は、係合突部264の周方向の寸法X1の2倍程度である。
【0086】
図5、
図6に示すように、歯車部415は、軸本体410の底面に同軸状に固定されている。歯車部415には、上述の太陽歯車400が設けられている。
【0087】
図5、
図7に示すように、本実施形態の電動工具100では、第1回転軸26の第1円柱部261が、第2回転軸41の収容凹所411に同軸状に嵌め込まれる。このとき、
図7に示すように、第1回転軸26の係合突部264が第2回転軸41の係合凹所412内に収容される。
【0088】
収容凹所411に第1円柱部261が嵌め込まれた状態で、第2回転軸41は第1回転軸26と一体的に回転可能である。例えば、モータ1が動作することにより第1回転軸26が
図7の時計回りに回転すると、第1回転軸26の係合突部264の第1側面(
図7の右側面)が第2回転軸41の係合凹所412の第1側面(
図7の右側面)に接触し、時計回りに回転する力F1を第2回転軸41に与える。これにより、第2回転軸41は、第1回転軸26と一体的に
図7の時計回りに回転する。この状態では、モータ1から、伝達機構4を介して保持部5へトルクが伝達されている。このときの第2回転軸41の回転速度V2は、第1回転軸26の回転速度V1と等しい。
【0089】
ところで、本実施形態の電動工具100は、上述のように電子クラッチ部32を備えている。電子クラッチ部32は、所定条件が満たされると作動して、モータ1が停止するようにモータ1を制御する。電子クラッチ部32は、例えば、モータ1への駆動電流Iaの供給を停止することで、モータ1を停止させる。しかしながら、モータ1への駆動電流Iaの供給が停止されても、モータ1は、慣性エネルギーにより暫く回転し続けようとする。また、伝達機構4、保持部5及び先端工具28も、慣性エネルギーにより暫く回転し続けようとする。
【0090】
ここで、比較例の電動工具を想定する。比較例の電動工具は、実施形態の電動工具100と同様の構成を有しており、第1回転軸と第2回転軸とが一体である点で実施形態の電動工具100と相違する。より詳細には、比較例の電動工具では、モータの回転軸の先端に、太陽歯車が設けられている。
【0091】
比較例の電動工具では、電子クラッチ部が作動し、モータへの駆動電流の供給が停止されてモータが停止するように制御されても、モータ、伝達機構、保持部及び先端工具を含む回転体は、回転体が有する慣性エネルギーによって暫く一体的に回転し続ける。そのため、比較例の電動工具では、電子クラッチ部が作動した後であっても、モータを含む回転体が有する慣性エネルギーによって、ねじ、ボルト又はナット等の締付対象が更に締付けられることになる。そのため、比較例の電動工具では、トルク検出部で検出されたトルク値に対応する締付トルク(予め設定した締付トルク)よりも大きな締付トルクで、締付対象を締めてしまう可能性が高くなり、トルクに応じた電動工具の制御の精度が低くなる可能性がある。
【0092】
これに対して、本実施形態の電動工具100では、モータ1が回転軸(第1回転軸)26を備えており、伝達機構4が、第1回転軸26と接触した状態で第1回転軸26と一体的に回転する回転軸(第2回転軸)41を備えている。すなわち、第2回転軸41は、第1回転軸26と接触して第1回転軸26と一体的に回転する状態と、第1回転軸26から離れて回転する状態と、をとることができる。また、第1回転軸26は、径方向に突出する係合突部264を備えており、第2回転軸41は、径方向に凹んでおり係合突部264が収容される係合凹所412を備えている。係合凹所412の周方向における寸法X2は、係合突部264の周方向における寸法X1よりも大きい。
【0093】
上述の構成を備えていることで、本実施形態の電動工具100では、電子クラッチ部32の作動によりモータ1が停止するように制御されることで第1回転軸26が減速し、第1回転軸26の速度V1が第2回転軸41の速度V2よりも小さくなると、第1回転軸26の係合突部264が、第2回転軸41の係合凹所412の第1側面から離れることになる。係合突部264は、係合凹所412の第1側面から離れると、例えば係合凹所412内を
図7の反時計回りに相対的に移動する(
図8参照)。係合突部264が係合凹所412の第1側面から離れると、第1回転軸26から第2回転軸41へは、力が伝達されなくなる。そのため、第1回転軸26が
図7の時計回りに回転し続けていたとしても、モータ1の慣性力は、第2回転軸41へは伝達されなくなる。
【0094】
要するに、本実施形態の電動工具100では、電子クラッチ部32が作動して、モータ1が停止するように制御された場合に、モータ1から伝達機構4へ伝達される慣性力が軽減される。言い換えれば、モータ1から伝達機構4への慣性力の伝達が阻害される。これにより、モータ1から保持部5及び先端工具28へ伝達されたモータ1の慣性エネルギーによって保持部5及び先端工具28が回転し続けることが、抑制される。そのため、過剰なトルクで締付対象を締めてしまう可能性が低減され、トルクに応じた電動工具100の制御の精度を高めることができる。
【0095】
本実施形態の電動工具100では、モータ1の第1回転軸26に設けられている第1構造61と、伝達機構4の第2回転軸41に設けられている第2構造62とによって、電子クラッチ部32が作動した際にモータ1から保持部5への慣性力の伝達を阻害する慣性力阻害機構6が構成されている。本実施形態では、第1構造61は、第1回転軸26の径方向に突出する係合突部264を備えている。また、第2構造62は、第2回転軸41の径方向に凹んだ係合凹所412を備える。
【0096】
なお、モータ1が停止するように制御された場合に、係合突部264が係合凹所412の第1側面から離れることは、必須ではない。係合突部264が係合凹所412の第1側面に接触したままの状態であっても、少なくとも、係合突部264が係合凹所412を押す力F1は小さくなる。そのため、モータ1から伝達機構4へ伝達される慣性力は軽減される。
【0097】
また、モータ1が動作することによって伝達機構4及び保持部5等が回転している場合、モータ1のみならず、伝達機構4及び保持部5等も慣性エネルギーを有している。そのため、電子クラッチ部32が作動した際に、モータ1以外の構成、例えば伝達機構4及び保持部5等が有する慣性エネルギーによって、締付対象を更に締めてしまう可能性はある。しかしながら、モータ1、伝達機構4及び保持部5の間で見ると、速度はモータ1が最も大きく、そのためモータ1が有している慣性エネルギーは伝達機構4及び保持部5の慣性エネルギーよりも十分大きい。各部材の質量、速度、形状等にも依存するが、モータ1の慣性エネルギーは、例えば、伝達機構4の慣性エネルギーと保持部5の慣性エネルギーとの合計の2倍以上であり得る。そのため、モータ1から保持部5への慣性力の伝達を慣性力阻害機構6によって阻害することで、トルクに応じた電動工具100の制御の精度を大きく向上させることができる。
【0098】
係合突部264の第1側面が係合凹所412の第1側面から離れた後、第1回転軸26の速度V1よりも第2回転軸41の速度V2が大きい状態が続くと、係合突部264は、係合凹所412内を
図8の反時計回りに相対的に更に移動する。そして、第1回転軸26の係合突部264の第2側面(
図9の左側面)が、第2回転軸41の係合凹所412の第2側面(
図9の左側面)に接触する(
図9参照)。この状態では、第2回転軸41の係合凹所412の第2側面が、係合突部264の第2側面を押しており、時計回りに回転する力F2を第2回転軸41が第1回転軸26に与えている。すなわちこの状態では、保持部5から、伝達機構4を介してモータ1へトルクが伝達されている。
【0099】
要するに、本実施形態の電動工具100では、モータ1から保持部5へトルクが伝達される状態(
図7参照)と保持部5からモータ1へトルクが伝達される状態(
図9参照)とが切り換わる際に、トルクの伝達が行われない(
図8参照)空転期間が発生する。本実施形態の電動工具100では、慣性力阻害機構6は、上記の空転期間を発生させる空転構造を備えていると言える。
【0100】
本実施形態の電動工具100では、空転構造によって、簡易な構造によって慣性力阻害機構6が実現されている。
【0101】
(3)変形例
上記の実施形態は、本開示の様々な実施形態の1つに過ぎない。上記の実施形態は、本開示の目的を達成できれば、設計等に応じて種々の変更が可能である。上記の実施形態及び以下に説明する変形例は、適宜組み合わせて適用可能である。
【0102】
(3.1)変形例1
変形例1の電動工具100について、
図10を参照して説明する。変形例1の電動工具100において、上記実施形態の電動工具100と同様の構成については、適宜説明を省略する場合がある。
【0103】
変形例1の電動工具100では、
図10に示すように、慣性力阻害機構6がワンウェイクラッチ63を備えている。
【0104】
ワンウェイクラッチ63は、例えば、内輪と外輪とを備え、内輪と外輪との間で一方向のみに回転力を伝達するクラッチ機構である。ここでは、ワンウェイクラッチ63は、モータ1の第1回転軸26の回転方向のみに回転力を伝達する。
【0105】
例えば、ワンウェイクラッチ63の内輪は、モータ1の第1回転軸26に固定されており、第1回転軸26と一体に回転する。また、ワンウェイクラッチ63の外輪は、伝達機構4の第2回転軸41に固定されており、第2回転軸41と一体に回転する。
【0106】
変形例1の電動工具100では、電子クラッチ部32が作動することでモータ1が停止するように制御されると、第1回転軸26の速度よりも第2回転軸41の速度の方が大きくなって、第2回転軸41が第1回転軸26に対して相対的に逆方向に回転する。そのため、ワンウェイクラッチ63の外輪が、内輪に対して相対的に逆方向に回転する。この方向は、ワンウェイクラッチ63が回転力を伝達しない方向である。そのため、この状態では、モータ1から保持部5への慣性力の伝達がワンウェイクラッチ63によって抑制される。
【0107】
変形例1の電動工具100でも、慣性力阻害機構6(ワンウェイクラッチ63)によって、過剰なトルクでねじ、ボルト又はナット等の締付対象を締めてしまう可能性を低減できる。すなわち、トルクに応じた電動工具100の制御の精度を高めることができる。
【0108】
(3.2)変形例2
変形例2の電動工具100について、
図11を参照して説明する。変形例2の電動工具100において、上記実施形態の電動工具100と同様の構成については、適宜説明を省略する場合がある。
【0109】
変形例2の電動工具100では、
図11に示すように、慣性力阻害機構6がツーウェイクラッチ64を備えている。
【0110】
ツーウェイクラッチ64は、例えば、内輪と外輪とを備え、内輪と外輪との間で回転力が伝達される方向を切り換え可能なクラッチ機構である。ツーウェイクラッチ64は、例えば、内輪の軸方向の一方側から見て、時計回り方向のみに回転力を伝達する状態と、反時計回り方向のみに回転力を伝達する状態と、を切り換え可能である。
【0111】
例えば、ツーウェイクラッチ64の内輪は、モータ1の第1回転軸26に固定されており、第1回転軸26と一体に回転する。また、ツーウェイクラッチ64の外輪は、伝達機構4の第2回転軸41に固定されており、第2回転軸41と一体に回転する。
【0112】
また、変形例2の電動工具100では、モータ1は、正逆回転可能、すなわち回転方向を正転方向と逆転方向とで切り換え可能である。モータ1の回転方向は、例えば、インバータ回路部2からモータ1へ供給される駆動電流Iaの向きを反転させることで、反転可能である。変形例2の電動工具100は、モータ1の回転方向を正転方向と逆転方向とに切り換える正逆切換スイッチを更に備えている。
【0113】
また、変形例2の電動工具100は、ツーウェイクラッチ64が回転力を伝達する伝達方向の切り換えをモータ1の回転方向の切り換えと連動させる、連動部を備えている。連動部は、例えば、正逆切換スイッチによりモータ1の回転方向が切り換えられるのに伴って、ツーウェイクラッチ64の伝達方向を切り換える。連動部は、機械的な構造であってもよいし、電子的な回路(半導体スイッチ等)であってもよい。
【0114】
ツーウェイクラッチ64の動作は、ワンウェイクラッチ63の場合と同様のため、説明は省略する。
【0115】
変形例2の電動工具100でも、慣性力阻害機構6(ツーウェイクラッチ64)によって、過剰なトルクでねじ、ボルト又はナット等の締付対象を締めてしまう可能性を低減できる。すなわち、トルクに応じた電動工具100の制御の精度を高めることができる。
【0116】
また、変形例2の電動工具100では、モータ1を正転させる場合と逆転させる場合との両方で、モータ1の慣性エネルギーが保持部5へ伝達されるのを抑制できる。
【0117】
(3.3)その他の変形例
一変形例において、電動工具100は、モータ1の回転に応じてハンマをアンビルに間欠的に衝突させて締付対象を締め付けるインパクト機構を備えた、いわゆるインパクト工具であってもよい。
【0118】
一変形例において、上記実施形態の電動工具100において、モータ1が正逆回転可能であって、モータ1の回転方向を正転方向と逆転方向とに切り換える正逆切換スイッチを電動工具100が更に備えていてもよい。その場合、係合凹所412の周方向の寸法X2が大きい程、電子クラッチ部32が作動した場合にモータ1から伝達機構4へ伝達される慣性エネルギーを大きく軽減することができるものの、モータ1の回転方向を正転方向と逆転方向との間で変化させた場合に、係合突部264が係合凹所の412の反対側の側面に接触するまでの時間が長くなって、使い勝手が低下し得る。係合凹所412の周方向の寸法X2は、これらを考慮して適宜設定されればよい。
【0119】
一変形例において、慣性力阻害機構6は、モータ1と減速機構40との間以外の位置に配置されていてもよい。例えば、慣性力阻害機構6は、伝達機構4の出力軸42に設けられていてもよいし、伝達機構4の減速機構40(減速機構40が備えるいずれかの軸体)に設けられていてもよい。
【0120】
一変形例において、モータ1と保持部5との間において、慣性力阻害機構6が複数個設けられていてもよい。例えば、上記実施形態のようにモータ1と伝達機構4との間に加えて、伝達機構4の減速機構40(減速機構40が備えるいずれかの軸体)、及び伝達機構4の出力軸42に、計3個の慣性力阻害機構6が設けられていてもよい。
【0121】
一変形例において、第1構造61が係合凹所を備え、第2構造62が係合突部を備えていてもよい。すなわち、伝達機構4の第2回転軸41に、径方向に突出する係合突部が設けられ、モータ1の第1回転軸26に、収容凹所、及び、収容凹所の側面から径方向に凹んでおり係合突部が収容される係合凹所が設けられていてもよい。この場合、第1回転軸26の径が、第2回転軸41の径よりも大きくてもよい。
【0122】
一変形例において、トルク検出部31は、モータの速度(回転数)を検出する速度検出手段によって検出したモータ1の速度から、先端工具28が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出してもよい。
【0123】
一変形例において、係合凹所412の周方向の寸法X2は、係合突部264の周方向の寸法X1の2倍程度に限られず、電子クラッチ部32が作動した際にモータ1から伝達機構4への慣性力の伝達が阻害されるように、適宜の大きさに設定されてもよい。
【0124】
(4)態様
以上説明した実施形態及び変形例から明らかなように、本明細書には以下の態様が開示されている。
【0125】
第1の態様の電動工具(100)は、モータ(1)と、保持部(5)と、伝達機構(4)と、トルク検出部(31)と、電子クラッチ部(32)と、慣性力阻害機構(6)と、を備える。保持部(5)は、先端工具(28)を保持するように構成される。伝達機構(4)は、モータ(1)の動力を保持部(5)へ伝達する。トルク検出部(31)は、先端工具(28)が出力する出力トルクに関連するトルク値を検出する。電子クラッチ部(32)は、トルク検出部(31)で検出されたトルク値に関する所定条件が満たされると作動して、モータ(1)が停止するようにモータ(1)を制御する。慣性力阻害機構(6)は、モータ(1)と保持部(5)との間に配置されている。慣性力阻害機構(6)は、電子クラッチ部(32)が作動した際に、モータ(1)から保持部(5)への慣性力の伝達を阻害する。
【0126】
この態様によれば、トルクに応じた電動工具(100)の制御の精度を高めることができる。
【0127】
第2の態様の電動工具(100)では、第1の態様において、伝達機構(4)は、モータ(1)の回転を減速させて保持部(5)に伝達する減速機構(40)を備える。慣性力阻害機構(6)は、モータ(1)と減速機構(40)との間に配置されている。慣性力阻害機構(6)は、電子クラッチ部(32)が作動した際に、モータ(1)から減速機構(40)への慣性力の伝達を阻害する。
【0128】
この態様によれば、トルクに応じた電動工具(100)の制御の精度を高めることができる。
【0129】
第3の態様の電動工具(100)では、第1又は第2の態様において、慣性力阻害機構(6)は、モータ(1)から保持部(5)へトルクが伝達される状態と保持部(5)からモータ(1)へトルクが伝達される状態とが切り換わる際に、トルクの伝達が行われない空転期間を発生させる空転構造を備える。
【0130】
この態様によれば、トルクに応じた電動工具(100)の制御の精度を高めることができる。
【0131】
第4の態様の電動工具(100)では、第1~第3のいずれか1つの態様において、モータ(1)は、第1回転軸(26)を備える。伝達機構(4)は、第1回転軸(26)と接触した状態で第1回転軸(26)と一体的に回転する第2回転軸(41)を備える。第1回転軸(26)と第2回転軸(41)とのうちの一方は、径方向に突出する係合突部(264)を備える。第1回転軸(26)と第2回転軸(41)とのうちの他方は、径方向に凹んでおり係合突部(264)が収容される係合凹所(412)を備える。係合凹所(412)の周方向における寸法(X2)は、係合突部(264)の周方向における寸法(X1)よりも大きい。
【0132】
この態様によれば、トルクに応じた電動工具(100)の制御の精度を高めることができる。
【0133】
第5の態様の電動工具(100)では、第1~第4のいずれか1つの態様において、慣性力阻害機構(6)は、ワンウェイクラッチ(63)を備える。
【0134】
この態様によれば、トルクに応じた電動工具(100)の制御の精度を高めることができる。
【0135】
第6の態様の電動工具(100)では、第1~第5のいずれか1つの態様において、慣性力阻害機構(6)は、トルクの伝達方向を切り換え可能なツーウェイクラッチ(64)を備える。
【0136】
この態様によれば、トルクに応じた電動工具(100)の制御の精度を高めることができる。
【0137】
第7の態様の電動工具(100)では、第1~第6のいずれか1つの態様において、所定条件は、トルク検出部(31)で検出されたトルク値が閾値を超えるという条件を含む。
【0138】
この態様によれば、閾値よりも大きなトルクで締付対象を締めてしまう可能性が低減される。
【0139】
第8の態様の電動工具(100)では、第1~第7のいずれか1つの態様において、トルク検出部(31)は、モータ(1)に流れるトルク電流に基づいて、先端工具(28)が出力する出力トルクに関連するトルク値を算出する。
【0140】
この態様によれば、トルク電流に基づいてトルクを算出できる。
【符号の説明】
【0141】
100 電動工具
1 モータ
26 第1回転軸
264 係合突部
28 先端工具
31 トルク検出部
32 電子クラッチ部
4 伝達機構
40 減速機構
41 第2回転軸
412 係合凹所
5 保持部
6 慣性力阻害機構
63 ワンウェイクラッチ
64 ツーウェイクラッチ
X1 寸法
X2 寸法