IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 地方独立行政法人東京都立産業技術研究センターの特許一覧

特開2023-149142角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法
<>
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図1
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図2
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図3
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図4
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図5
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図6
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図7
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図8
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図9
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図10
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図11
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図12
  • 特開-角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149142
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20231005BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20231005BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20231005BHJP
【FI】
C12M1/00 A ZNA
C12M3/00 A
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022057554
(22)【出願日】2022-03-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2018年度および2019年度国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーションプログラム『フロンティア有機システムイノベーション拠点』委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】干場 隆志
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC10
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BD50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】角化細胞培養基板、その製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及びその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】細胞培養基材上で角化細胞を培養すること、及び、前記角化細胞の脱細胞化処理を行うこと、を含む角化細胞培養基板の製造方法、前記製造方法により製造される角化細胞培養基板培養表皮組織及びその製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養基材上で角化細胞を培養すること、及び、
前記角化細胞の脱細胞化処理を行うこと、
を含む、角化細胞培養基板の製造方法。
【請求項2】
前記脱細胞化処理が、界面活性剤への浸漬、アルカリ水溶液への浸漬、凍結融解の繰り返し、及び浸透圧ショックの付加から選択される少なくとも1つを含む、請求項1に記載の角化細胞培養基板の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の角化細胞培養基板の製造方法により製造された角化細胞培養基板上で角化細胞を培養することを含む、角化細胞の培養方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の角化細胞培養基板の製造方法により製造された角化細胞培養基板上で角化細胞を培養することを含む、培養表皮組織の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の培養表皮組織の製造方法によって製造された培養表皮組織。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の角化細胞培養基板の製造方法によって製造された角化細胞培養基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
培養表皮組織は、例えば、三次元皮膚モデルとして有用であり、化粧品の刺激試験、効能試験などに用いられている。培養表皮組織を得るためには、生体から採取した表皮細胞を培養して皮膚モデルを作製する方法が取られている。しかし、培養中に細胞増殖の停止や細胞機能の劣化などの細胞老化が生じるという問題があった。細胞増殖が停止すると得られる角化細胞の量が減るため、可能な実験の量が制限されるとともに、気液界面培養などで構築した三次元皮膚モデル内の角化細胞が増殖しなくなり、三次元皮膚モデルを維持できる期間が短くなる。その結果、化粧品等の化成品の試験において、長期間の反応を評価できない、及び、長期間を要する皮膚の修復について評価できないなどの問題がある。また、細胞機能の劣化によって、皮膚刺激性試験や有効性試験において、レスポンスが低下したり、評価結果が安定しなくなるなど、正確な評価を困難にするという問題がある。
以上のような状況から、細胞老化が抑制された三次元皮膚モデルが求められている。
【0003】
非特許文献1には、脱細胞化した脂肪幹細胞の細胞外マトリックス上で培養することによって脂肪幹細胞の細胞老化が抑制されることが記載されている。非特許文献2には、新生児由来の肺を脱細胞化して得られた材料を用いて培養することで、肺上皮の幹細胞の細胞老化が抑制されることが記載されている。このように、培養される細胞が幹細胞である場合には、幹細胞が由来する組織または幹細胞の培養物を脱細胞化した層で被覆された基板の上で培養することによって幹細胞の細胞老化が抑制されることがいくつかの文献で示されている。
例えば、幹細胞を組織または幹細胞の培養物を脱細胞化した層で被覆された基板の上で培養した場合、細胞老化が抑制され、細胞分化せずに未分化のまま保たれることが特許文献1に記載されている。
【0004】
しかし、角化細胞のような、幹細胞ではない分化が進んだ細胞を培養する場合には、組織または細胞培養物を脱細胞化した層で被覆された基板の上で細胞老化が抑制されるという知見は得られていない。例えば、非特許文献3には、ドナーの心臓組織を脱細胞化することにより得られた材料上ではiPS細胞由来の心筋細胞の細胞老化が促進され、心筋の機能が低下することが記載されている。また、非特許文献4には、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)(hESCs)から誘導して作製された線維芽細胞の培養物を脱細胞化した基板の上でhESCsを培養し、角化細胞に分化させた角化細胞の培養が行われているが、細胞老化は進行した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Y Wang et al., Biomaterials, 2021, 265, 120387
【非特許文献2】SE Gilpin, et al., Biomaterials, 2017, 140, 212-219
【非特許文献3】SG Ozcebe, et al., Biomaterials, 2021,Jan; 268: 120554.
【非特許文献4】MM Movahednia et al., Tissue Eng Part A, 2015, 21, 1432-1443
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-201472号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本開示は、細胞老化を抑制する効果を有する角化細胞培養基板、その製造方法、角化細胞の培養方法、細胞老化が抑制された培養表皮組織及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は以下の態様を含む。
<1> 細胞培養基材上で角化細胞を培養すること、及び、
前記角化細胞の脱細胞化処理を行うこと、
を含む、角化細胞培養基板の製造方法。
<2> 前記脱細胞化処理が、界面活性剤への浸漬、アルカリ水溶液への浸漬、凍結融解の繰り返し、及び浸透圧ショックの付加から選択される少なくとも1つを含む、前記<1>に記載の角化細胞培養基板の製造方法。
<3> 前記<1>または<2>に記載の角化細胞培養基板の製造方法により製造された角化細胞培養基板上で角化細胞を培養することを含む、角化細胞の培養方法。
<4> 前記<1>または<2>に記載の角化細胞培養基板の製造方法により製造された角化細胞培養基板上で角化細胞を培養することを含む、培養表皮組織の製造方法。
<5> 前記<4>に記載の培養表皮組織の製造方法によって製造された培養表皮組織。
<6> 前記<1>または<2>に記載の角化細胞培養基板の製造方法によって製造された角化細胞培養基板。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、細胞老化を抑制する効果を有する角化細胞培養基板、角化細胞培養基板の製造方法、角化細胞の培養方法、細胞老化が抑制された培養表皮組織及び培養表皮組織の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】3継代目(P3)及び5継代目(P5)の角化細胞における、細胞外マトリックス(ECM)遺伝子の発現を示す。
図2】脱細胞化処理の結果を示す。
図3】脱細胞化処理後のECMタンパク質の残存を示す。
図4】種々の方法による脱細胞化処理の結果を示す。
図5】本開示の角化細胞培養基板への角化細胞の接着性の評価結果を示す。
図6】本開示の角化細胞培養基板上での角化細胞の増殖性の評価結果を示す。
図7】本開示の角化細胞培養基板上で2日間培養した角化細胞の細胞老化の老化随伴β-ガラクトシダーゼ(SA-β-Gal)陽性細胞率による評価結果を示す。
図8】本開示の角化細胞培養基板上で2日間培養した3継代目の角化細胞の、細胞老化の細胞サイズによる評価結果を示す。
図9】本開示の角化細胞培養基板上で3日間培養した5継代目の角化細胞の、細胞老化のSA-β-Gal陽性細胞率による評価結果を示す。
図10】本開示の角化細胞培養基板上で3日間培養した5継代目の角化細胞の、細胞老化の細胞サイズによる評価結果を示す。
図11】本開示の角化細胞培養基板上で培養した3継代目の角化細胞内の、活性酸素種(ROS)レベルによる評価結果を示す。
図12】本開示の角化細胞培養基板上で培養した5継代目の角化細胞内の、ROSレベルによる評価結果を示す。
図13】本開示の角化細胞培養基板上で培養した角化細胞の、アクアポリン3(AQP3)発現レベルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示を実施するための形態について詳細に説明する。但し、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。
本明細書において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本明細書において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本明細書中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本明細書において組成物中の各成分の含有率又は含有量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数種の物質の合計の含有率又は含有量を意味する。
【0012】
本開示の角化細胞培養基板の製造方法は、細胞培養基材上で角化細胞を培養すること、及び、前記培養された角化細胞の脱細胞化処理を行うこと、を含む。本開示の角化細胞培養基板は、前記製造方法により製造されたものである。本開示の角化細胞培養の培養方法は、製造された角化細胞培養基板上で角化細胞を培養することを含む。また、本開示の角化細胞培養基板上で角化細胞を培養することにより、培養表皮組織を製造することができる。
【0013】
本開示の角化細胞培養基板上で培養する細胞として、角化細胞を用いた場合には細胞老化が抑制されることを見出した。さらに、本開示の角化細胞培養基板上で角化細胞を培養した場合には、従来の組織培養用ポリスチレン(TCPS)を使用した場合と比較して、角化細胞の機能(例えば、保湿機能、弾力性維持機能及びバリア機能)が向上することを見出した。
上記知見がもたらされる理由は必ずしも明らかではないが、細胞培養基材上で細胞培養を行い、細胞を剥離せずに細胞培養基材上で脱細胞化処理を行うことによって、細胞培養物から細胞が除去され、細胞外マトリックス(ECM)等の成分が残存し、かつ、これらが三次元構造を残すことによって細胞老化の抑制や、角化細胞の機能(例えば、保湿機能、弾力性維持機能及びバリア機能)向上という効果を発現すると推測される。
【0014】
<細胞培養基材>
細胞培養基材としては、接着細胞の培養に用いられるものを特に制限なく使用することができる。細胞培養基材の例としては、細胞培養用ディッシュ、培養プレート、培養フラスコ、培養バッグ、ビーズなどを挙げることができる。細胞培養基材の素材の例としては、組織培養用ポリスチレン(TCPS)などのポリスチレン樹脂、ポリテトラフルオロエチレン等のポリスチレン以外のプラスチック類、ステンレス、アルミニウム及びガラス等を挙げることができる。これらのうち、特にTCPSが好ましい。
【0015】
細胞培養基材は、細胞との接着面がコーティングされていてもよい。コーティング材料の例としては、I型コラーゲン、IV型コラーゲンなどのコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ゼラチン、ビトロネクチン、RGD配列を含むペプチド及びポリ-L-リシン、ポリ-L-オルニチンを挙げることができる。
【0016】
<角化細胞>
本開示において、角化細胞は培養により増殖する細胞であればよい。例えば、表皮組織を採取し、後述する増殖培地で培養することによって培養により増殖する角化細胞を得ることができる。培養により増殖する細胞は、主に基底細胞であると考えられる。基底細胞は、基底細胞以外の角化細胞では発現が無いか極めて低く、基底細胞で発現しているマーカーであるケラチン5及びケラチン14の発現を確認することによって識別することが可能である。
【0017】
角化細胞の由来は哺乳動物であれば特に限定はされず、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ等が挙げられるが、ヒトであることが好ましい。また、株化された角化細胞、ES細胞由来の角化細胞、iPS細胞由来の角化細胞、生体から採取された幹細胞に由来する角化細胞も本開示の角化細胞に含まれる。
【0018】
<細胞培養の方法>
細胞培養の方法は特に制限されない。角化細胞の培養に用いられる公知の培養条件を適用すればよい。培地としては、例えば、角化細胞の増殖や継代培養に適した増殖用培地であれば、特に限定はされない。具体的には、MCDB153培地などの低カルシウム基礎培地に、例えば、インスリン、FGF、トランスフェリン、アルブミン、ハイドロコーチゾン、アスコルビン酸、ウシ脳下垂体抽出物などを添加した培地を用いればよい。角化細胞の増殖用培地の組成の詳細は公知の文献により得ることができる。あるいは、Lonza社のKGM-Gold、クラボウ社のHuMedia-KG2などの市販の培地を使用してもよい。
【0019】
本開示において、「継代」は角化細胞を培養し、増殖した角化細胞がサブコンフルエントの状態になったときに、新たな培養容器に移植することを指す。細胞がサブコンフルエントの状態であることは、角化細胞が培養容器の接着面の面積の約70~80%を占めていることを目視又は画像により確認することができる。培地にpH指示剤を添加し、pHが酸性側に変動した場合に継代を行ってもよい。新たな培養容器には、角化細胞を1×10~10個/cm程度で新たな培地に播種すればよい。
【0020】
生体から採取した角化細胞を培養した細胞を初代培養細胞といい、初代培養細胞を1回継代した細胞を1継代目の培養細胞、2回継代したものを2継代目のように、培養細胞を継代回数により呼称する場合がある。
【0021】
本開示において、細胞培養基材上で培養され、脱細胞化される角化細胞として初代培養細胞を培養し増殖した細胞を用いる場合には、継代回数は特に限定されないが、初代~7継代目の培養角化細胞を用いることが好ましく、初代~5継代目がさらに好ましく、初代~3継代目であることが特に好ましい。
【0022】
本開示の角化細胞培養基板上で培養する角化細胞として初代培養細胞を培養し増殖した細胞を用いる場合には、継代回数は特に限定されないが、初代~7継代目の培養角化細胞を用いることが好ましく、初代~5継代目がさらに好ましく、初代~3継代目であることが特に好ましい。
【0023】
<脱細胞化処理>
脱細胞化処理は特に限定されず、公知の脱細胞化処理を適用することができる。脱細胞化処理により、細胞を培養して得られる細胞を含む培養物から、生細胞を除去し、細胞外マトリックス(ECM)を培養基材上の残存させることができる。ECMの例としては、フィブロネクチン、ラミニン、IV型コラーゲン、パールカン、及びニドゲン等を挙げることができる。ECMは角化細胞から分泌され、細胞を囲むように存在している。脱細胞化処理後には、細胞が除去された後のECMが細胞培養基材上で三次元構造を取ると推測される。
【0024】
脱細胞化処理としては、公知の脱細胞化方法を用いればよい。例えば、界面活性剤、キレート剤、または水酸化アンモニウムなどのアルカリ水溶液への浸漬などの方法を用いて細胞を可溶化し、緩衝液等の液体で洗浄することで細胞を除去すればよい。細胞膜や核膜を破壊し細胞除去の効率を向上させる効率が高いという観点から、界面活性剤を用いることが好ましい。また、複数種類の界面活性剤、キレート剤、及び/又はアルカリを含む溶液を調製して脱細胞化処理を行ってもよい。
【0025】
界面活性剤としては、特に制限はなく、イオン性、非イオン性、両イオン性界面活性剤を用いればよい。例えば、Triton(登録商標)-X100などのTriton-Xシリーズ(ダウケミカル社製)、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)、コール酸ナトリイウム、デオキシコール酸ナトリウム、CHAPS[3-(3-cholamidepropyl)dimethylammonio-1-propanesulphonate]など、細胞の溶解に用いられる公知の界面活性剤を使用することができる。タンパク質の変性が比較的抑制されるという点から、非イオン性界面活性剤又は両イオン性界面活性剤を用いることが好ましい。
【0026】
キレート剤としては、特に制限されないが、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)又はエチレンジアミンヒドロキシエチル三酢酸(HEDTA)などを使用すればよい。
【0027】
キレート剤による脱細胞化処理を前処理として、他の脱細胞化処理と組み合わせる方法は、脱細胞化を高いレベルで達成できる点で好ましい。キレート剤による脱細胞化処理を前処理として、続いて界面活性剤による脱細胞化処理を行うことは特に好ましい。
キレート剤による処理を前処理として行う場合、キレート剤による前処理の後、水、リン酸緩衝液(PBS)、生理食塩水などの通常は脱細胞化処理に用いない液体に浸漬することによっても脱細胞化することが可能である。
【0028】
公知の脱細胞化処理方法として、機械的に細胞膜を破壊する方法を用いてもよい。例えば、凍結融解法、エレクトロポレーション法、または浸透圧ショックの細胞への付加を挙げることができる。
浸透圧ショックの細胞への付加は、例えば、1mol/L塩化ナトリウム水溶液などの細胞より高い浸透圧を有する液体に浸漬することにより行えばよい。あるいは、水などの細胞より低い浸透圧を有する液体に浸漬してもよい。凍結融解法は、温度を下げて細胞を凍結させた後、温度を上げて融解することを繰り返せばよい。
【0029】
脱細胞化処理の条件は本明細書に記載の実施例及び公知技術から適宜設定することができる。例えば、非イオン性界面活性剤または両イオン性界面活性時を0.1~10質量%程度の濃度となるように生理食塩水または各種緩衝液に溶解し、細胞培養基材上の培養物に室温~37℃で1分間~10時間程度、好ましくは1~60分間、より好ましくは1~10分間浸漬させればよい。
【0030】
脱細胞化処理の後、細胞外マトリックスをDNase及び/又はRNaseで処理して核酸成分をさらに除去する後処理を行ってもよい。
【0031】
脱細胞化処理は、前述した脱細胞化処理方法のうち少なくとも1つを行えばよく、前処理及び後処理は任意に組み合わせればよい。また、前述した脱細胞化処理方法、前処理方法及び後処理方法は、それぞれについて複数の方法を適用してもよい。あるいは、脱細胞化処理に用いる試薬、前処理に用いる試薬及び後処理に用いる試薬を1つの溶液として調製し、脱細胞化処理と前処理及び後処理を同時に行うこともできる。
【0032】
脱細胞化処理の後、グルタールアルデヒドやホルムアルデヒドなどのアルデヒド類を用いて細胞外マトリックスを安定化する安定化処理を行ってもよい。安定化処理としては、本明細書の実施例に記載の方法や公知の方法を適用することができる。一例として、生理食塩水や緩衝液に0.01~5質量%のアルデヒド類を溶解し、脱細胞化処理後の培養物を4℃で1~24時間程度浸漬すればよい。
【0033】
アルデヒド類による安定化処理を行う場合、グリシンやリジンなどのアミノ酸により未反応のアルデヒド基を中和することが好ましい。アルデヒド類による安定化処理及びアミノ酸による中和処理は脱細胞化処理に必須ではなく任意に行われる。また、他の安定化処理方法を単独または組み合わせて行ってもよい。
【0034】
脱細胞化処理は、細胞培養基材上で培養された角化細胞を対象として行われる。培養された角化細胞を含む培養物は培養基材に接着しており、培養基材から剥離などにより回収することなく培養基材上で脱細胞化処理を行う。脱細胞化処理された培養物が接着した培養基材を、本開示の角化細胞培養基板とすればよい。
【0035】
<培養表皮組織>
本開示の培養表皮組織は、本開示の角化細胞培養基板上で角化細胞を培養すること、を含む方法により製造することができる。本開示の培養表皮組織は、細胞老化が抑制され、角化細胞の機能(例えば、保湿機能、弾力性維持機能及びバリア機能)が向上し、皮膚モデルとしての使用に有利な性質を備えている。
【0036】
角化細胞を培養し、増殖させた後に分化誘導培地を用いて気液界面培養を行うことによって、より実際の皮膚組織に近い三次元皮膚モデルを得ることができる。分化誘導培地を用いた気液界面培養の方法は、例えば、Tokuyama E, et al., Mechanical Stretch on Human Skin Equivalents Increases the Epidermal Thickness and Develops the Basement Membrane. PLoS One, 10(11): e0141989.に記載されている。分化誘導培地は、市販されている製品を用いてもよく、例えば、CnT-Prime 3D Barrier Culture Medium(CELLnTEC ADVANCED CELL SYSTEMS AG製)を使用してもよい。
【0037】
皮膚モデルは、例えば、化粧品や医薬品の有効性試験や皮膚に対する刺激性の試験に使用される。細胞老化が抑制されることにより、皮膚モデルを長期間維持することが可能となる。また、細胞老化が抑制されることにより、皮膚モデルを作製した場合に細胞の機能が保持され、各種試験の評価結果のバラつきが少なくなり安定した評価結果を得ることができる。さらに、角化細胞の機能(例えば、保湿機能、弾力性維持機能及びバリア機能)が向上することによって、天然の皮膚により近く、有効性や安全性を高感度で評価可能な皮膚モデルを得ることができる。
【0038】
細胞の老化は、公知の種々の指標及び方法によって評価することができる。例えば、細胞のサイズ、老化随伴β-ガラクトシダーゼ(SA-β-Gal)の発現などにより細胞老化を評価すればよい。細胞のサイズは、例えば、培養細胞を位相差顕微鏡にて撮像後、Photoshopを用いて細胞の輪郭をトレースし、細胞の領域を塗りつぶした後に、imageJ等の画像解析ソフトを用いて細胞の投影面積を算出して細胞サイズの評価をすればよい。老化随伴β-ガラクトシダーゼ(SA-β-Gal)の発現は、例えば、Cellular Senescence Assay Kit(SA-β-gal Staining)(Cell Biolabs社製)などの市販のキットを用いて染色し、光学顕微鏡にて観察し、視野内のSA-β-Galが染色された細胞および総細胞数を計測し、SA-β-Gal陽性率(つまり、SA-β-Gal陽性細胞数/総細胞数×100(%))を算出することにより評価をすればよい。
【0039】
細胞の老化を直接的に示す指標ではないが、細胞の老化を促進する因子として細胞内の活性酸素種(ROS)レベルを挙げることができる。細胞内のROSレベルが高いことは、その細胞が老化し易い状態にあることを示すため、ROSレベルは細胞老化の間接的な指標となる。細胞内のROSレベルは、例えば、細胞を2’,7’-Dichlorodihydrofluorescein diacetate(H2DCFDA)で染色し、総タンパク質量でノーマライズすることにより測定することができる。
【0040】
角化細胞の機能(例えば、保湿機能、弾力性維持機能及びバリア機能)は、アクアポリン3(AQP3)、ヒアルロン酸など公知の指標により評価することができる。AQP3の発現は、リアルタイムPCR法等による遺伝子発現量、ウェスタンブロット法、免疫染色法によるタンパク質産生量により評価すればよい。AQP3の発現量が高いほど基底層領域の角化細胞の機能(例えば、保湿機能、弾力性維持機能及びバリア機能)が高いと解釈することができる。
【実施例0041】
以下、本開示を実施例により具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
<細胞培養>
1継代目のヒト表皮角化細胞(倉敷紡績株式会社、製品番号:KK-4009)を角化細胞用増殖培地(HuMedia-KG2、倉敷紡績株式会社、製品番号:KK-2150S)に懸濁し、培養用ポリスチレン(TCPS)製の培養皿上に播種密度が1×10個/cm(3継代目の場合)あるいは6×10個/cm(5継代目の場合)となるように播種し、5%CO、37℃で1週間培養した。培養後、NucleoSpin RNA(マッハライ・ナーゲル社製)を用いて全RNAを回収後、ReverTra-Ace α(登録商標)(東洋紡株式会社製)を用いて、oligo(dT)をプライマーとした逆転写反応を行い、cDNAを得た。その後、rTaq DNAポリメラーゼ(BIOLINE社製)を用いてECM遺伝子の発現量の比較を半定量PCR法により行った(図1)。内部標準としてグリセルアルデヒド3-リン酸脱水素酵素(GAPDH)遺伝子の発現を確認した。
【0043】
各遺伝子の増幅に用いたプライマー(ユーロフィン社)は以下の通りである。PCR反応後は1%アガロースゲル電気泳動により増幅された核酸を検出した。
・ラミニンα3鎖(LAMA3)
Forward:CACTGTGAACGCTGCCAGGAGGGCTA(配列番号1)
Reverse:CAGCTACCTCCGAATTTCTGGGGATT(配列番号2)
・ラミニンα5鎖(LAMA5)
Forward:GGTCACCCGCCGGTATTATT(配列番号3)
Reverse:AGTCGATACAGACACCCCCA(配列番号4)
・IV型コラーゲンα1鎖(COL4A1)
Forward:GGATCGGCTACTCTTTTGTGATG(配列番号5)
Reverse:AAGCGTTTGCGTAGTAATTGCA(配列番号6)
・パールカン(HSPG2)
Forward:GGCATACGATGGCTTGTCTC(配列番号7)
Reverse:CACCTCTCGGAACTCTCTGG(配列番号8)
・ニドゲン-1(NID-1)
Forward:TCCGCTTCTACGACAGATCC(配列番号9)
Reverse:GAAAGAGATCTCCGGGAACC(配列番号10)
・グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)
Forward:GGGCTGCTTTTAACTCTGGT(配列番号11)
Reverse:TGGCAGGTTTTTCTAGACGG―(配列番号12)
【0044】
<脱細胞化及びタンパク質の安定化>
<細胞培養>の項に記載された1週間培養後の細胞を回収し、培養皿に5mMのEDTAを含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を入れて37℃で2時間処理した後、Triton X-100(ダウケミカル社製)を0.5(v/v)%及び20mMアンモニアを含むPBSにて37℃でさらに5分間処理し、最後に100μg/mLのDNase IおよびRNase A、及び10mMの塩化マグネシウムを含むPBS中にて37℃で1時間インキュベートすることにより脱細胞化を達成した。脱細胞化後、グルタルアルデヒドを0.1(w/v)%で含むPBS中にて4℃で6時間インキュベートし、0.1mol/Lのグリシンを含むPBS中にて4℃でさらに一晩インキュベートすることで、TCPS上に存在する角化細胞由来のタンパク質を安定化して本発明の一実施形態に係る培養基板を得た。以後、ここで得られた本発明の一実施形態に係る培養基板のうち、3継代目の培養細胞を用いたものを3継代目由来培養基板、5継代目の培養細胞を用いたものを5継代目由来培養基板と称する場合がある。
【0045】
脱細胞化の確認は以下のように行った。TritonX-100を0.5(v/v)%含むPBS中にてサンプルを室温で2分インキュベート後、0.2units/mLのAlexa488結合ファロイジン(Invitrogen社製)を含むPBS中にて暗所で1時間、室温でインキュベートし、さらに100μg/mLのヘキスト33342(Dojindo社製)を含むPBS中にて暗所で5分間、室温でインキュベートした。Alexa488結合ファロイジンおよびヘキスト33342にて標識された線維性アクチンおよび細胞核を蛍光顕微鏡観察することにより、細胞および細胞残渣の有無を確認した(図2図2中、白い部分が細胞骨格アクチンまたは細胞核脱細胞である)。その結果、脱細胞化処理を行わなかったサンプル中では明瞭な線維性アクチンおよび細胞核が観察されたが、脱細胞化処理を行ったサンプル中ではいずれも観察されず、脱細胞化が達成されたことを確認することができた。
【0046】
<脱細胞化処理後のECMタンパク質の残存>
3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板に、脱細胞化処理後においてもECMタンパク質が残存しているか否かを調べるために、免疫組織化学的な評価を行った。3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板を、それぞれブロッキングワン(ナカライテスク株式会社製)に室温にて30分間浸漬し、続いて抗ラミニンα3鎖抗体(abcam社製)あるいは抗フィブロネクチン抗体(サンタクルーズ社製)を含むCanGetSignal A溶液(東洋紡株式会社製)中に室温にて2時間浸漬した。その後、対応するペルオキシダーゼ結合2次抗体を含むCanGetSignal B溶液(東洋紡株式会社製)に室温にて1時間浸漬し、PBSで洗浄後、3,3’Diaminobenzidineを含む溶液中に浸漬することで発色反応を行った。標的タンパク質が存在する部分は茶色に着色される。陰性対照として、ウシ血清アルブミン(BSA)2(w/v)%を含むPBS中に37℃にて2時間浸漬したTCPS培養基板に対して同様の操作を行った。BSAより作製した培養基板上では発色が観察されず、3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板にはいずれも強い発色が観察されたことから、作製した本発明の一実施形態に係る培養基板にはラミニンα3鎖およびフィブロネクチンが含まれることが示された(図3)。
【0047】
<種々の脱細胞化方法>
種々の脱細胞化方法により脱細胞化が達成されるか否かを確認した。水、1.5M塩化ナトリウム水溶液(NaCl水溶液ともいう)、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)1(w/v)%を含むPBS(1%SDSともいう)、Triton X-100を0.5(w/v)%含むPBS(0.5(w/v)%Tritonともいう)、20mMアンモニアを含む生理食塩水(20mM NHともいう)による脱細胞化処理を行った。また、それぞれの脱細胞化処理の前に5mM EDTAを含むPBS(5mM EDTAともいう)を用いた前処理の効果を確認した。前処理として、5mM EDTAに37℃で5時間浸漬を行った。前処理の陰性対照として、5mM EDTAではなくPBSに37℃で5時間浸漬を行った。5mM EDTA又はPBSに浸漬した後、1(w/v)%SDS中で5分間、又は、0.5(v/v)% Triton、水、NaCl水溶液、若しくは20mM NH中で1時間、37℃で浸漬した。また、脱細胞化処理を行わず、PBSに浸漬し続けた試料も調製した。
【0048】
続いて、グルタルアルデヒドを0.1(w/v)%含むPBS中に4℃で一晩インキュベートすることで化学架橋を行った。化学架橋後、TritonX-100を1(v/v)%含むPBSにて室温で2分間浸漬することで細胞膜透過性を向上させた後、0.2 units/mLのAlexa488結合ファロイジン(Invitrogen社製)を含むPBSに暗所にて室温で1時間浸漬した。最後に10μg/mLのヘキスト33342(Dojindo社製)を含むPBSに5分間浸漬し、蛍光顕微鏡を用いて細胞あるいは細胞残渣の有無を観察した(図4図4中、白い部分が細胞骨格アクチンまたは細胞核である)。
【0049】
5mM EDTAで前処理を行った試料は、いずれの脱細胞化方法を用いた場合にも細胞および細胞残渣を確認することができなかった。5mM EDTAで前処理を行わなかった試料は、1%SDSでは細胞および細胞残渣を確認することができなかったが、その他の処理では細胞あるいは細胞残渣の残存が見られた。
【0050】
<培養基板への角化細胞の接着性の評価>
3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板、TCPS、およびウシアルブミン(BSA)2(w/v)%を含むPBS中に37℃にて2時間浸漬したTCPS(以後、BSAという場合がある)上に3継代目あるいは5継代目の角化細胞を1×10個/cmで播種し、角化細胞培養培地(KGM-Gold(登録商標)Bullet Kit、Lonza社製)中で1時間培養した。3継代目の角化細胞は細胞の老化が進んでおらず、5継代目の角化細胞は細胞の老化が進んだ状態であると考えられる。培養後、PBSで1回洗浄後、接着細胞を、グルタルアルデヒド0.1(w/v)%を含むPBSにて固定した。接着細胞を可視化するためにクリスタルバイオレット(富士フィルム和光純薬社製)染色を行ったのち、光学顕微鏡にて観察し、1視野あたりの細胞数を1サンプルにつき5視野、計測した。5視野の平均値を当該サンプルの1視野あたりの接着細胞数とし、さらに単位面積あたりの接着細胞数を算出した(図5)。陰性対照であるBSA上よりも3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板のほうが、有意に接着細胞数が多く、3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板に細胞接着活性があることが示された。
【0051】
<培養基板上での角化細胞の増殖性の評価>
3継代目由来培養基板、5継代目由来培養基板及びTCPS上に3継代目あるいは5継代目の角化細胞を1×10個/cmで播種し、1日間、3日間、又は7日間、角化細胞培養培地(KGM-Gold(登録商標)Bullet Kit、Lonza社製)中で培養した。培養後、PBSで1回洗浄することで死細胞を取り除き、100μg/mLのヘキスト33342(Dojindo社製)で細胞核を標識後、蛍光顕微鏡で観察し、撮像した。得られた細胞核の撮影画像をimageJにより2値化し、ヘキスト33342にて標識された領域の数を計測することで、1視野あたりの細胞核数を計測した。1視野あたりの細胞核数を1サンプルにつき5視野計測した。5視野の細胞核数の平均値を当該サンプルの1視野あたりの接着細胞数とし、さらに単位面積あたりの細胞数を算出した(図6)。
角化細胞は培養日数に伴い、3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板上で増加したことから、3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板上で増殖培養が可能であることが確認された。
【0052】
<培養基板上で培養した角化細胞の細胞老化の評価>
・2日間培養後の老化随伴β-ガラクトシダーゼ陽性細胞率及び細胞投影面積の評価
2日間培養を行った場合の細胞老化について評価した。3継代目由来培養基板、5継代目由来培養基板上又はTCPS上に3継代目の角化細胞を3×10個/cmとなるように播種し、角化細胞培養培地中にて2日間培養した。続いて、酸化ストレスを加えて細胞老化を誘導するために、培養培地中に100nMの過酸化水素を添加し、さらに24時間培養した。培養終了後、細胞老化の評価を行うために、細胞老化を生じた角化細胞が産生する老化随伴β-ガラクトシダーゼ(SA-β-Gal)を、Cellular Senescence Assay Kit(SA-β-gal Staining)(Cell Biolabs社製)を用いて染色し、光学顕微鏡にて1サンプルにつき5視野、観察してSA-β-Galの活性を調べた。視野内のSA-β-Galが染色された細胞および総細胞数を計測し、5視野に含まれるSA-β-Gal陽性細胞数およびSA-β-Gal陽性率(つまり、SA-β-Gal陽性細胞数/総細胞数×100(%))を算出した。それぞれの培養基板に対して5サンプルのSA-β-Gal陽性細胞率を算出し、平均値をその培養基板のSA-β-Gal陽性細胞率とした(図7)。
【0053】
3継代目由来培養基板上及び5継代目由来培養基板上で培養された角化細胞のほうが、TCPS上で培養された角化細胞よりもSA-β-Gal陽性細胞率が低下しており、細胞老化が抑制されていることがわかった。また、3継代目由来培養基板の方が5継代目由来培養基板よりもSA-β-Gal陽性細胞率が低く、細胞老化の抑制効果が高かった。
【0054】
老化した細胞は細胞サイズが大きいことが知られており、細胞老化は細胞のサイズの増大によっても評価することができる。SA-β-Galの評価時と同様の条件で培養された細胞を位相差顕微鏡にて撮像後、PhotoshopCC(アドビ株式会社製)を用いて細胞の輪郭をトレース、細胞の領域を塗りつぶした後に、imageJ(バージョン1.52a)を用いて細胞の投影面積を算出して細胞サイズの評価を行った(図8)。
3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板のうち、特に3継代目由来培養基板上で培養された角化細胞の投影面積(553μm)は、5継代目由来培養基板上(839 μm)またはTCPS上(632μm)で培養された角化細胞の投影面積より低下しており、3継代目由来培養基板では細胞老化が抑制されていた。
【0055】
・5継代目の角化細胞の3日間培養後の老化随伴β-ガラクトシダーゼ陽性細胞率及び細胞投影面積の評価
既に細胞老化が生じている5継代目の角化細胞を、過酸化水素を入れずに3日間培養を行った場合の細胞老化について評価した。過酸化水素を添加して2日間培養を行った場合の細胞老化の評価と同様の方法において、培養期間を2日間から3日間に変更してSA-β-Gal陽性細胞率及び細胞の投影面積を算出した。それぞれの結果を図9及び図10に示す。
【0056】
3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板上で培養された角化細胞のほうが、TCPS上で培養された角化細胞よりもSA-β-Gal陽性細胞率が低下していた。特に3継代目由来培養基板では5継代目由来培養基板よりも角化細胞のSA-β-Gal陽性率は低下していた。
角化細胞の投影面積については、3継代目由来培養基板上で培養された角化細胞の投影面積(2470μm)は、5継代目由来培養基板で培養された角化細胞の投影面積(2713μm)またはTCPS上で培養された角化細胞の投影面積(2723μm)より小さかった。
【0057】
<継代培養>
3継代目由来培養基板及びTCPS上に2継代目または3継代目の角化細胞を表1に示す初期細胞数で播種し、角化細胞培養培地中にて5日間培養した。培養後、細胞剥離液(ロンザ株式会社製)を用いて角化細胞を剥離、遠心分離により濃縮後、血球計算盤を用いて細胞数を計測した(表1)。
3継代目由来培養基板において、TCPSと同様に継代培養することが可能であった。
【0058】
【表1】
【0059】
3継代目由来培養基板を作製した方法と同様の方法において、培養容器を培養皿からTCPS素材の75cm培養フラスコに変更し、75cm培養フラスコに3継代目由来培養基板を作製した(以後、75cm培養フラスコ3継代目由来培養基板という場合がある)。75cm培養フラスコ3継代目由来培養基板に、2継代目の角化細胞を50×10個播種し、角化細胞培養培地で培養した。2回継代培養を行ったのち、TCPS上に3×10個/cmとなるように播種し、角化細胞培養培地中にて3日間培養を行った。対照として、未処理のTCPS素材の75cm培養フラスコに50×10個播種し、角化細胞培養培地で培養した。2回継代培養を行ったのち、TCPS上に3×10個/cmとなるように播種し、角化細胞培養培地中にて3日間培養を行った。
続いて、SA-β-Galを、Cellular Senescence Assay Kit(SA-β-gal Staining)(Cell Biolabs社製)を用いて染色し、前述した方法と同様にSA-β-Gal陽性細胞率を算出した(表2)。継代した場合において、75cm培養フラスコ3継代目由来培養基板ではTCPSよりもSA-β-Gal陽性細胞率が低く、細胞老化が抑制されていた。
【0060】
【表2】
【0061】
・3継代目の角化細胞培養後の細胞内活性酸素種レベルの評価
3継代目由来培養基板、5継代目由来培養基板及びTCPS上に、3継代目の角化細胞を3×10個/cmとなるように播種し、角化細胞培養培地中にて2日間培養した。次いで、酸化ストレスを加えるために、培養培地中に100nMの過酸化水素を添加し、さらに24時間培養した。培養終了後、細胞内の活性酸素種(ROS)レベルを測定するために、80mMの2’,7’-Dichlorodihydrofluorescein diacetate(H2DCFDA)を含むPBSで2時間培養し、蛍光プレートリーダーにて蛍光量を測定した。蛍光量を測定後、0.5質量%のTritonX-100水溶液を添加し、1時間インキュベートすることにより細胞内タンパク質を抽出し、BCA protein assay(ThermoScientific社製)を行い、培養系内の総タンパク質量を算出した。最後に、得られた蛍光量を総タンパク質量でノーマライズすることにより、単位細胞数当たりの細胞内ROSレベルとした。
3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板上で培養された角化細胞は、TCPS上で培養された角化細胞よりも細胞内ROSレベルが低く、酸化ストレスを加えてもROSレベルの上昇は抑制されていた(図11)。ROSレベルの抑制により、細胞老化が抑制されると考えられる。
【0062】
・5継代目の角化細胞培養後の細胞内活性酸素種レベルの評価
3継代目の角化細胞培養後の細胞内活性酸素種レベルの評価と同様の方法において、3継代目の角化細胞を5継代目の角化細胞に変更し、2日間の培養後に過酸化水素を添加してさらに24時間培養を行ったことに代えて、過酸化水素を添加せずに3日間の培養に変更して培養後の細胞内活性酸素種レベルの評価を行った。
3継代目由来培養基板及び5継代目由来培養基板上で培養された角化細胞は、TCPS上で培養された角化細胞よりも細胞内ROSレベルが低かった(図12)。ROSレベルの抑制が細胞老化の抑制につながると考えられる。
【0063】
<角化細胞の機能評価>
3継代目由来培養基板及びTCPS上に、3継代目の角化細胞を3×10個/cmとなるように播種し、角化細胞培養培地中にて3日間培養した。培養後、all-transレチノイン酸(ATRA)を1、10μM添加し、3時間培養後、NucleoSpin RNA(マッハライ・ナーゲル社)を用いて全RNAを回収し、ReverTra-Ace α(登録商標)(東洋紡社製)を用いて、oligo(dT)をプライマーとした逆転写反応を行い、cDNAを得た。得られたcDNAを用いて、角化細胞の機能の一例として表皮組織における水分量を調節し、水分保持、弾力性の維持及びバリア機能に関連するアクアポリン3(AQP3)遺伝子の発現量をPremix ExTaq(登録商標)(Probe qPCR)(タカラバイオ社)及びTaqMan Gene Expression Assay(FAM),Assay ID;Hs00185020_m1(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてリアルタイムPCR法により測定した。対照として、ATRA無添加で同様にAQP3遺伝子の発現量を測定した(図13)。各群の遺伝子発現量は、ΔΔCt法を用い、GAPDHの発現量によりノーマライズして比較した。用いたプライマー及びプローブは下記の通りである。
・GAPDH
Forward:ATGGGGAAGGTGAAGGTCG(配列番号13)
Reverse:TAAAAGCAGCCTGGTGACC(配列番号14)
Probe:[FAM]CGCCCAATACGACCAAATCCGTTGAC[TAMRA](配列番号15)
【0064】
3継代目由来培養基板上でATRAを添加せずに培養した細胞は、TCPS上で培養されたものと比較してAQP3の発現量が高かった。また、ATRAを添加した時に誘導されるAQP3遺伝子の発現もTCPSよりも強く誘導された。すなわち、1μmol/LのATRA添加時に、3継代目由来培養基板では無添加時の2.21倍、TCPSでは無添加時の1.28倍、10μmol/LのATRA添加時に、3継代目由来培養基板では無添加時の3.35倍、TCPSでは無添加時の3.39倍のAQP3遺伝子の発現が誘導された。
このように、3継代目由来培養基板上で角化細胞を培養した場合には、AQP3の発現量が大きく増加し、角化細胞の機能が向上し、さらにATRAに対する応答能が向上していた。角化細胞の機能及び薬剤に対する応答能が向上することによって、生体の皮膚により近い表皮組織を得ることができる。生体の皮膚により近い表皮組織は、化粧品や医薬品の有効性試験や安全性試験などの各種試験に使用することができ、生体表皮組織に対する影響をより正確に評価することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【配列表】
2023149142000001.app