(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149152
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】光透過型アンテナ
(51)【国際特許分類】
H01Q 1/38 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
H01Q1/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022057567
(22)【出願日】2022-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】597040902
【氏名又は名称】学校法人東京工芸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】越地 福朗
(72)【発明者】
【氏名】安田 洋司
(72)【発明者】
【氏名】内田 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝実
【テーマコード(参考)】
5J046
【Fターム(参考)】
5J046AB06
5J046LA01
5J046QA03
(57)【要約】
【課題】高い光透過性と高い放射効率を両立し得る光透過型アンテナを提供する。
【解決手段】第1の誘電体層と、金属層と、第2の誘電体層とがこの順に積層された構造を有する光透過膜を含む放射素子を備え、前記光透過膜は、前記第1の誘電体層の厚さが100nm~2000nmであり、前記金属層の厚さが1nm~30nmであり、前記第2の誘電体層の厚さが10nm~300nmであり、前記第1の誘電体層の厚さと前記第2の誘電体層の厚さとの比率が5:1~20:1であることを満たす、光透過型アンテナ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の誘電体層と、金属層と、第2の誘電体層とがこの順に積層された構造を有する光透過膜を含む放射素子を備え、
前記光透過膜は、前記第1の誘電体層の厚さが100nm~2000nmであり、前記金属層の厚さが1nm~30nmであり、前記第2の誘電体層の厚さが10nm~300nmであり、前記第1の誘電体層の厚さと前記第2の誘電体層の厚さとの比率が5:1~20:1であることを満たす、光透過型アンテナ。
【請求項2】
前記金属層が、平均孔径が10nm~60nmである多孔質構造を有する請求項1に記載の光透過型アンテナ。
【請求項3】
前記金属層が、金、銀、及び銅からなる群より選ばれる1種又は2種以上の金属を含む請求項1又は請求項2に記載の光透過型アンテナ。
【請求項4】
前記第1の誘電体層及び前記第2の誘電体層が、それぞれ独立して、酸化インジウムスズ(ITO)、フルオリン・ドープ酸化スズ(FTO)、及び銀コートポリマー(AgHT)からなる群より選ばれる1種又は2種以上の材料を含む請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の光透過型アンテナ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光透過型アンテナに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートシティの実現に向けて、Internet of Things(IoT)や第5世代移動通信システム(5G)に関する研究開発が進められている。これらの通信システムにおいては、通信特性向上のために、複数のアンテナ(アレーアンテナ)を用いて、ある一方向にビーム状に集中して放射するなど電波放射方向を制御する方式が用いられる。こうしたアンテナのアレー化にともない、電子機器は従来に比べて多くのアンテナが必要となり、アンテナ設置に必要とされる面積・体積は著しく増加する。
さらに、アンテナの放射特性を確保する観点から、アンテナ設置場所は機器筐体内部よりも筐体表面が望まれるようになると、機器やシステムのデザイン性・美観を損なう問題が生じる。
【0003】
こうした課題を解決する手段として、透明導電膜を利用した光学的に透明なアンテナ(本開示において「透明アンテナ」又は「光透過型アンテナ」と称する場合がある。)が検討されている。透明アンテナが実現できれば、製品のデザイン性や美観を損なわずに製品表面にアンテナを配置することができるなど、アンテナ設置の自由度を大幅に高められる。
【0004】
これまでに、酸化インジウムスズ(Indium Tin Oxide;ITO)をはじめとし、フルオリン・ドープ酸化スズ(FTO)や銀コートポリマー(AgHT)などの様々な材料が透明導電材料として検討されており、フラットパネルディスプレイ、スマートウインドウ、太陽電池、ガスセンサ、エレクトロクロミック材料などへの応用が進められている。
【0005】
しかしながら、透明導電膜は、その導電性と光学的透明性の間にトレードオフの関係がある。ITOなどの単一材料で構成された、光透過率80%程度の透明導電膜を用いたアンテナの放射効率は30%~50%程度であり、高い放射効率を得ることは困難である。
例えば、透明導電膜に細い金属ワイヤグリッドを適用することで導電率を高め、放射効率を高めることができるが、光学的透明性が大幅に低下する。
【0006】
一方で、多層複合材料で構成する透明導電膜が報告されている。例えば、金や銀などの導電率の高い金属薄膜をITOなどの誘電体薄膜でサンドイッチするような、誘電体-金属-誘電体(Dielectric-Metal-Dielectric;DMD)構造によって、光学的透明性と高導電率を両立できることが報告されている。
例えば、非特許文献1~3では、DMD構造を有する材料(DMD材料)を適用したアンテナが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Journal of ELECTRONIC MATERIALS, Vol. 42, No. 3, 2013、「Comparison of the Microwave Performance of Transparent Wire Monopole Antennas Based on Silver Films J. HAUTCOEURほか
【非特許文献2】IEEE ANTENNAS AND WIRELESS PROPAGATION LETTERS, VOL. 16, 2017、「Transparent Microstrip Patch Antennas With Multilayer and Metal-Mesh Films」Seungman Hongほか
【非特許文献3】IEEE ACCESS「Silver Sandwiched ITO Based Transparent Antenna Array for RF Energy Harvesting in 5G Mid-Range of Frequencies」NERMEEN A. ELTRESYほか
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1~3のようにDMD構造を適用した光透過性を有するアンテナが提案されているものの、より高い光透過性とより高い放射効率を両立したアンテナが望まれる。
【0009】
そこで、本開示は、高い光透過性と高い放射効率を両立し得る光透過型アンテナを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 第1の誘電体層と、金属層と、第2の誘電体層とがこの順に積層された構造を有する光透過膜を含む放射素子を備え、
前記光透過膜は、前記第1の誘電体層の厚さが100nm~2000nmであり、前記金属層の厚さが1nm~30nmであり、前記第2の誘電体層の厚さが10nm~300nmであり、前記第1の誘電体層の厚さと前記第2の誘電体層の厚さとの比率が5:1~20:1であることを満たす、光透過型アンテナ。
<2> 前記金属層が、平均孔径が10nm~60nmである多孔質構造を有する<1>に記載の光透過型アンテナ。
<3> 前記金属層が、金、銀、及び銅からなる群より選ばれる1種又は2種以上の金属を含む<1>又は<2>に記載の光透過型アンテナ。
<4> 前記第1の誘電体層及び前記第2の誘電体層が、それぞれ独立して、酸化インジウムスズ(ITO)、フルオリン・ドープ酸化スズ(FTO)、及び銀コートポリマー(AgHT)からなる群より選ばれる1種又は2種以上の材料を含む<1>~<3>のいずれか1つに記載の光透過型アンテナ。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、高い光透過性と高い放射効率を両立し得る光透過型アンテナが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】各導電膜の可視光領域を含む400nm~700nmの波長における透過率を示す図である。
【
図3】単層ITO膜を示すFE-SEM画像である。
【
図4】2層ITO/Ag膜を示すFE-SEM画像である。
【
図5】実施例として試作したモノポールアンテナの構成を示す概略図である。
【
図6】
図5に示すアンテナの反射特性S
11を示す図である。
【
図7】実施例として試作したアンテナの3.2GHzにおける放射パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示の一例である実施形態について説明する。
なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0014】
本開示に係る光透過型アンテナは、第1の誘電体層と、金属層と、第2の誘電体層とがこの順に積層された構造(DMD構造)を有し、下記(1)~(4)の関係を満たす光透過膜(DMD膜)を含む放射素子を備えている。
(1)第1の誘電体層の厚さが100nm~2000nmであること。
(2)金属層の厚さが1nm~30nmであること。
(3)第2の誘電体層の厚さが10nm~300nmであること。
(4)第1の誘電体層の厚さと第2の誘電体層の厚さとの比率が5:1~20:1であること。
なお、本開示において「光透過性」、「光透過型」又は「透明」とは、可視光領域を含む400nm~700nmの波長において、透過率が50%以上であること意味し、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上である。
また、本開示において「誘電体層」とは、半導体又は絶縁体に分類される材料で構成された層である。一般に、導体(金属)、半導体、絶縁体に分類され、それぞれ、導電率で分類すると、導体:106S/m以上、半導体:106から10-6S/m、絶縁体:10S/m以下となる。本開示における「誘電体層」は、導体(金属)以外の半導体又は絶縁体で構成された層あり、光透過型アンテナ(透明アンテナ)の一部を構成するため、透明又は光透過性を有するものが望ましい。
【0015】
本開示の発明者らは、これまでに、単層ITOで構成するアンテナの、膜厚と導電率(シート抵抗)に対するアンテナの放射効率を、電磁界解析及び実験の両面から検討した。本開示の発明者らは、放射効率が、材料自体の導電性(シート抵抗)のみによらず、膜厚が薄い場合において、表皮効果による損失が顕著となり、放射効率が大きく低下するという電気的メカニズムを明らかにした。
【0016】
本開示の発明者らは、さらにDMD構造の光透過膜(本開示において「DMD膜」と記す場合がある。)をアンテナに適用する場合の光透過性と放射効率の両立について研究を重ねたところ、放射素子が上記(1)~(4)の特定の関係を満たすDMD膜を備えることで、光透過性と放射効率がいずれも顕著に高い値を示す光透過型アンテナを得ることができることを見出した。
まず、本開示に係る光透過型アンテナの放射素子に含まれる光透過膜(DMD膜)の各層について説明する。
【0017】
(第1の誘電体層)
第1の誘電体層は100nm~2000nmの範囲内の厚さを有する。光透過性、放射効率の観点から、第1の誘電体層の厚さは150nm~1500nmであることが好ましく、200nm~1000nmであることがより好ましく、250nm~500nmであることがさらに好ましい。
第1の誘電体層を構成する材料としては、酸化インジウムスズ(ITO)、フルオリン・ドープ酸化スズ(FTO)、銀コートポリマー(AgHT)などDMD膜の誘電体層として公知の材料を用いることができる。第1の誘電体層は2種以上の材料で構成されていてもよい。
【0018】
(金属層)
金属層は第1の誘電体層と第2の誘電体層との間に位置し、1nm~30nmの範囲内の厚さを有する。光透過性、放射効率の観点から、金属層の厚さは2nm~20nmであることが好ましく、3nm~10nmであることがより好ましい。
金属層を構成する材料としては、導電性が高い金属、例えば金、銀、銅などDMD膜の金属層として公知の材料を用いることができる。
なお、金属層は多孔質で穴があいているか、厚みがごく薄い部分が存在してもよい。金属層が多孔質構造を有する場合、穴の平均径は10nm~60nmであることが好ましい。金属層がランダムな穴を有することで、その上に形成される第2の誘電体層の構成材料の一部が金属層の穴に入り込んで光透過率、導電率、及び放射効率の向上に寄与すると推測される。
【0019】
(第2の誘電体層)
第2の誘電体層は10nm~300nmの範囲内の厚さを有する。光透過性、放射効率の観点から、第2の誘電体層の厚さは15nm~200nmであることが好ましく、20nm~50nmであることがより好ましい。
第2の誘電体層を構成する材料としては、第1の誘電体層と同様、酸化インジウムスズ(ITO)、フルオリン・ドープ酸化スズ(FTO)、銀コートポリマー(AgHT)などDMD膜の誘電体層として公知の材料を用いることができる。第2の誘電体層は2種以上の材料で構成されていてもよい。
【0020】
(第1の誘電体層と第2の誘電体層との関係)
第1の誘電体層と第2の誘電体層は、それぞれ前述した範囲の厚みとするが、さらに第1の誘電体層の厚さ(t1)と第2の誘電体層の厚さ(t2)との比率(t1:t2)が5:1~20:1であることが必要である。光透過性、放射効率の観点から、各誘電体層の厚さの比率(t1:t2)は7:1~15:1であることが好ましく、8:1~12:1であることがより好ましい。
【0021】
第1の誘電体層と第2の誘電体層を構成する材料は、独立して選択することができる。すなわち、第1の誘電体層と第2の誘電体層は、同じ材料で構成されていてもよいし、異なる材料で構成されていてもよい。
【0022】
本開示に係る光透過型アンテナは、放射素子が、上記のような厚さの関係を満たす第1の誘電体層と、金属層と、第2の誘電体層とがこの順に厚さ方向に積層された構造を有する光透過膜を含んで構成されている。
なお、本開示における光透過膜は3μmに満たない厚さであるため、独立して放射素子として用いることは難しい。そのため、光透過性を有する支持体、例えば、ガラス基板、プラスチック基板などの支持体上に本開示おける光透過膜を成膜して放射素子とすることが好ましい。
【0023】
本開示における放射素子の形状は特に限定されず、公知のアンテナにおける放射素子の形状を採用することができる。基板上に配置される光透過膜の平面視での形状として、例えば、長方形、正方形、円形、半円形、三角形、台形、又はそれらの組み合わせとしてもよい。あるいは、メッシュ状の光透過膜としてもよい。
【0024】
本開示に係るアンテナにおける放射素子の数は限定されないが、例えば2つの放射素子を備えた光透過型アンテナとする場合、各放射素子として組み合わせる光透過膜は、同種形状でもよいし、異種形状でもよく、同じサイズでもよいし、異なるサイズ(相似形)でもよい。
【0025】
2つの放射素子を備えた光透過型アンテナとする場合、2つの放射素子のうち一つは、グラウンド導体である。グラウンド導体は、銅(金メッキされたものを含む)などの良導体である。
【0026】
本開示に係る光透過型アンテナの放射素子における光透過膜の成膜方法は特に限定されず、スパッタリング、フィルム蒸着、真空蒸着、CVD(化学的気相法)、塗布、スピンコート、スプレー法などが挙げられる。特に、各層を所定の膜厚に精度良く形成する観点などがスパッタリング法が好適である。スパッタ装置を用い、ガラス基板等の透明な支持体上に、第1の誘電体層、金属層、第2の誘電体層をそれぞれ前述した(1)~(4)の条件を満たすように順次成膜すればよい。
【0027】
本開示に係る光透過型アンテナは、高い光透過性と高い放射効率を奏し、具体的には75%以上の光透過率と80%以上の放射効率を両立することも可能である。
本開示に係る光透過型アンテナの用途は限定されないが、本開示に係る光透過型アンテナの放射効率は携帯機器やウェアラブル機器に内蔵される小形アンテナと同等レベルであり、製品のデザイン性や美観を損なわずに製品表面にアンテナを設置してもよい。また、本開示に係る光透過型アンテナは、例えば自動車のフロントガラスなどに配置しても視界の妨げとならず、極めて実用的である。
【実施例0028】
以下、本開示に係る光透過型アンテナについて実施例を挙げてさらに具体的に説明するが、以下の実施例は、本開示に係る光透過型アンテナを制限するものではない。
【0029】
<実施例1>
(ITO/Ag/ITO透明導電膜の成膜)
厚さ0.7mmの無アルカリガラス基板上にITO膜300nm(厚さ、以下同様)が形成されたものを用い、ITO膜上にさらにAg膜5nm、及びITO膜30nmを成膜した。
ITO膜及びAg膜は、対向ターゲット式スパッタ装置を用いて堆積した。成膜条件は、基板温度は室温、スパッタガス圧は4mTorr、Arガス流量20sccm、Ar+10%O2ガス6sccmをマスフローコントローラで制御して堆積槽に導入した。
スパッタ電流は500mA一定であり、ITO及びAgの堆積速度はそれぞれ、80nm/min、60nm/minとした。これにより、DMD(ITO300nm/Ag5nm/ITO30nm)構造を有する透明導電膜を製造した。
各成膜段階の導電膜について、光透過率、導電率を測定した。
【0030】
(光透過率)
図1は、成膜の各段階における導電膜の光透過性を比較した写真であり、(a)ITO300nm、(b)ITO300nm/Ag5nm、(c)DMD膜(ITO300nm/Ag5nm/ITO30nm)である。また、
図2は
図1に示す導電膜の可視光領域を含む400nm~700nmの波長における透過率を示したものである。
図1、
図2からわかるとおり、単層の300nmのITO膜においては、82.3%の平均透過率が得られている。この単層ITO膜の上に、5nmのAgを堆積した二層のITO/Ag膜では、Ag粒子による遮蔽のみならず、金属光沢にともなう反射が顕著となり、平均透過率は59.7%に落ち込む。
【0031】
一方、ITO/Ag膜の上に、さらにITO膜を堆積した3層のDMD(ITO/Ag/ITO)膜では、ITO膜が反射防止層として機能し平均透過率は大幅に改善し、最大透過率及び平均透過率は、それぞれ76.7%、74.0%である。特筆すべきこととして、435nmから450nmにおけるDMD膜の透過率は単層のITO膜と同等であり、特に、443nmから445nmにおけるDMD膜の透過率は、単層のITO膜を上回る74.7%が得られている。これは、DMD膜の透過率が、DMD膜の1つ又は2つの層だけで決まるのではなく、DMD膜の3層の相互作用によって決まることを意味していると考えられる。
【0032】
(導電率)
表1は、
図1に示す各膜のシート抵抗、及び導電率をまとめたものである。シート抵抗は四端子法によって測定した結果である。
【0033】
【0034】
表1からわかるとおり、単層のITO膜では5.2Ω/sq(6.4×105S/m)であったシート抵抗が、ITO/Ag膜では4.7Ω(7.0×105S/m)に低減され、DMD膜では3.4Ω/sq(8.8×105S/m)へとさらに低減される。
ITO膜でサンドイッチされた銀のナノ粒子が、島状にランダムに分散配置されると、隣り合う粒子同士で相互作用が引き起こされ、位相補償や光共振などに代表されるプラズモン共鳴が起こる。ITO/Ag/ITO膜における高い透過率と高い導電性は、このプラズモン共鳴によるものであると考えられる。
【0035】
(SEM観察)
図3は単層ITO膜の、
図4は2層ITO/Ag膜のそれぞれField Emission Scanning Electron Microscope(FE-SEM)画像を示したものである。
図3には、ドメインの分かれたITO特有の膜が観察される。一方、
図4では、ITO膜上にAg粒子が、ランダムに多数の穴が空いた状態で、薄く堆積している。このAgとITOが相互作用しやすい分布によってプラズモン共鳴が誘発され、良好な光学的特性及び電気的特性が得られると考えられる。
【0036】
(アンテナ性能)
アンテナの基本構造であるモノポールアンテナを試作し、アンテナとしての性能評価を行った。
図5は、試作したモノポールアンテナの構成を示している。モノポールアンテナやダイポールアンテナは、一般によく知られた基本的なアンテナであり、アンテナの性能評価に適している。特に、モノポールアンテナであれば、Wheeler法が利用できるため、放射効率の測定が容易である。
ここでは、放射素子長l=20mm、幅w=5mm、グラウンド導体幅d=80mm、給電点の間隔g=0.5mmとしている。透明導電膜の厚さは、
図1に示したものと同様であり、単層ITOでは300nm、3層DMD(ITO/Ag/ITO)では335nmである。
【0037】
このアンテナはおよそ3GHzで共振する。3GHzは、無線LAN(2.45GHz、5GHz)や4G(2GHz、3.4GHz)、5G(3.6GHz~4.2GHz)などの周波数帯のおよそ中間に位置し、これらのワイヤレス技術への利用可能性とアンテナ試作のしやすさから3GHz付近で共振するアンテナを採用している。
【0038】
図6は、
図5に示す試作アンテナの反射特性S
11を示している。アンテナの反射特性S
11は、アンテナ性能評価の指標の1つであり、一般にS
11<-10dBが良好なアンテナの動作基準とされている。比較のために、測定されたシート抵抗に基づいて電磁界解析された結果(Simulated)もあわせて示す。
図6からわかるとおり、本開示に係るDMD膜を備えたアンテナは、3.2GHzで共振し、良好なアンテナとして受け入れられるS
11=-30.9dBが得られている。
【0039】
表2は、試作アンテナの放射効率をWheeler法によって測定した結果を示したものである。
【0040】
【0041】
表2からわかるように、単層ITO、2層ITO/Ag膜、3層DMD膜の放射効率は、それぞれ、68.0%、75.5%、81.4%であった。単層ITO膜の代わりに、本開示の範囲にあるDMD膜を備えたアンテナを用いることで、大幅に放射効率が向上する。この80%の放射効率は、携帯機器やウェアラブル機器に内蔵される小形アンテナの放射効率と同等以上であり、良好な放射効率が得られているといえる。
【0042】
さらに、
図7は、試作アンテナの3.2GHzにおける放射パターンを示したものである。
図7には、比較のために電磁界解析から得られた放射パターンもあわせて示す。
図7において□マークが実験(測定)データであり、実線が電磁界解析結果である。
図7からわかるとおり、(A)xy面において水平面内無指向性、(B)zx面及び(C)zy面においては8の字のモノポールアンテナ特有の放射パターンが得られており、良好な放射特性が得られているといえる。
【0043】
図6、
図7、及び表2において、解析値(Simulated)と測定値(Measured)とを比較すると、測定値と解析値に若干の差異が生じている。これは、実験においては、測定のためにコネクタやケーブルが接続されており、電磁界解析においてはこれらのコネクタやケーブルはモデル化していないことに起因していると考えられる。
【0044】
本開示におけるDMD膜の一例であるITO300nm/Ag5nm/ITO30nmのDMD膜を用いたアンテナは、76.7%の光学的透過率と81.4%の放射効率を有し、高い透明性と放射効率の両立が実現されている。