(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149283
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】水圧転写方法
(51)【国際特許分類】
B44C 1/175 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
B44C1/175 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022057771
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】306026980
【氏名又は名称】株式会社タイカ
(72)【発明者】
【氏名】松見 恵佑
【テーマコード(参考)】
3B005
【Fターム(参考)】
3B005EA01
3B005EA04
3B005EA07
3B005EB01
3B005EB05
3B005FA04
3B005FB22
3B005FB42
3B005FB58
3B005FE04
3B005FG02X
3B005GA28
3B005GC02
3B005GC03
3B005GC07
3B005GD01
3B005GD03
3B005GD05
(57)【要約】
【課題】従来よりも視認角度に応じた光学的な意匠変化に優れた加飾品を得ることができる水圧転写法の提供。
【解決手段】水溶性フィルムと水溶性フィルムの上に形成された転写層とを有する水圧転写シートを水圧転写槽の水面に配置し、水圧転写シートに被転写体を押し当て、被転写体の被転写表面に転写層を水圧転写して装飾層を形成する水圧転写方法において、被転写体の転写表面は少なくとも一部に深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部を備えており、転写層が金属層を含み、金属層がエンボス表面部の形状に追従して転写される。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性フィルムと前記水溶性フィルムの上に形成された転写層とを有する水圧転写シートを水圧転写槽の水面に配置し、前記水圧転写シートに被転写体を押し当て、前記被転写体の被転写表面に前記転写層を水圧転写して装飾層を形成する水圧転写方法において、
前記被転写体の前記転写表面は少なくとも一部に深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部を備えており、前記転写層が金属層を含み、前記金属層が前記エンボス表面部の形状に追従して転写されることを特徴とする水圧転写方法。
【請求項2】
前記エンボス表面部の少なくとも一つの前記凹部の端面部を前記表面に沿って平坦化または面取りする後加工を行うことを特徴とする請求項1に記載の水圧転写方法。
【請求項3】
前記エンボス表面部が柄パターンを形成していることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の水圧転写方法。
【請求項4】
前記転写層は印刷柄層を含むことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の水圧転写方法。
【請求項5】
前記金属層は蒸着層であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の水圧転写方法。
【請求項6】
前記金属層は光輝性フィラーが分散された光輝性樹脂層であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の水圧転写方法。
【請求項7】
前記金属層は、表面の少なくとも一部の単領域または複数領域にエンボスパターンを有することを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の水圧転写方法。
【請求項8】
前記複数領域のエンボスパターンの少なくとも一つのエンボスパターンが異なることを特徴とする請求項7に記載の水圧転写方法。
【請求項9】
前記エンボスパターンは、エンボス深さが0.02~2μmであることを特徴とする請求項7または8に記載の水圧転写方法。
【請求項10】
前記装飾層の表面に透明保護層を形成し、前記透明保護層の光沢度(JIS Z8741準拠)が10以上であることを特徴とする請求項1~9のいずれか一項に記載の水圧転写方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、視認角度に応じて光学的に意匠変化する水圧転写品を得るための水圧転写方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、物品の表面を加飾する技術において、従来の顔料系、染料系のインクや塗料による印刷又は塗装による加飾に加えて、視認角度に応じて光学的に意匠が変化する加飾が注目されており、水圧転写方法による加飾分野においては、例えば特許文献1のように、水溶性フィルムと、該水溶性フィルム上の転写調整層と、該転写調整層上の金属薄膜層とを有し、該転写調整層と該金属薄膜層との間に、万線状溝、木目導管溝、木目年輪模様、砂目模様、石目模様、金属結晶面模様、布目模様、梨地模様、皮絞模様、マット面模様、ヘアライン模様、スピン調模様、文字、記号、幾何学図形、あるいはこれらを組み合わせた模様などの凹凸模様が形成された水圧転写フィルムを用いて被転写体に水圧転写によって加飾することによって、視認角度によって光輝性が変化する水圧転写方法が提案されている。また、特許文献2には、水溶性の基材と、該基材の一方の面に接着層、透明反射層、ホログラム層、及び印刷層が順次積層されてなるホログラム転写箔を用いて被転写体に水圧転写によって加飾することによって、視認角度に応じて虹色変化するホログラム意匠を有する水圧転写品を得る水圧転写方法が提案されている。
【0003】
しかし、最近では視認角度に応じた意匠がより大きく変化する加飾物品が求められてきており、特許文献1及び特許文献2の水圧転写方法で得られる水圧転写品ではその要求に対して意匠変化が小さいため不十分であった。そのため、視認角度に応じた意匠変化を大きくするために、凹凸模様やホログラムパターンの凹凸を大きく形成することが考えられるが、水圧転写工程において水圧転写シートが伸展する際に、凹凸模様やホログラムパターンの凹凸の大きさが小さくなってしまうという技術的な障害があった。また、凹凸模様やホログラムパターンの凹凸を大きくすることに伴って転写する層の厚みが厚くなり、水圧転写工程において水圧転写シートが伸展し難くなって、被転写体への付き回り性が低下し、良好な水圧転写加飾が困難となる場合があり、視認角度に応じた意匠がより大きく変化する加飾物品を得ることは従来の水圧転写方法では困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5942345号公報
【特許文献2】特許第4876896号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明は従来技術の上述した問題点を解消するものであり、その目的は、従来よりも視認角度に応じた光学的な意匠変化に優れた加飾品を得ることができる水圧転写法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明の水圧転写方法は、水溶性フィルムと水溶性フィルムの上に形成された転写層とを有する水圧転写シートを水圧転写槽の水面に配置し、水圧転写シートに被転写体を押し当て、被転写体の被転写表面に転写層を水圧転写して装飾層を形成する水圧転写方法において、被転写体の転写表面は少なくとも一部に深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部を備えており、転写層が金属層を含み、金属層がエンボス表面部の形状に追従して転写される。
【0007】
被転写体の転写表面に深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部に金属層を有する転写層を水圧転写することにより、エンボス表面部の凹部を金属層の間に気泡を取り込み難くなるとともに、水圧転写工程において水圧転写シートが伸展する際に微細小片化した金属層がエンボス表面部に付き回る際に、エンボス表面部に由来して発生する金属層の微細小片の付着間隔が広くなって意匠性が低下する不具合(柄割れ、ピンホールの発生)が生じ難くなり、良好な付き回り性が得られ、金属層が被転写体のエンボス表面部の形状に応じて追従して転写された金属層が形成される。この被転写体のエンボス表面部に転写された金属層の表面に入射した光の反射状態が、観察する角度によって変化するため、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ性(以下、フリップフロップ性またはフリップフロップ作用とも称す。)を有する意匠(以下、フリップフロップ意匠とも称す。)を有する水圧転写品を得ることができる。
【0008】
また、本発明の水圧転写方法は、被転写体の転写表面に備えられたエンボス表面部の少なくとも一つの凹部の端面部を表面に沿って平坦化または面取りする後加工を行うことが好ましい。これにより、凹部のエッジが丸くなり、水圧転写時のエンボス表面部への金属層のつきまわり性をより向上させることができる。また、凹部の端面部を表面に沿って平坦化または面取りする後加工によってエンボス表面部の表面形状が変化し、エンボス表面部に水圧転写された金属層の表面に入射した光の反射状態に反映されるため、意匠の質感を異ならせることができるとともに、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0009】
また、本発明の水圧転写方法は、被転写体の転写表面に備えられたエンボス表面部が柄パターンを形成していることも好ましい。これにより、被転写体のエンボス表面部が柄として機能するため、視認角度に応じて光学的に金属調の柄パターンの視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0010】
また、本発明の水圧転写方法は、転写層は印刷柄層を含むことも好ましい。これにより、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠と印刷柄とが複合された意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0011】
また、本発明の水圧転写方法は、水圧転写シートの転写層を構成する金属層は蒸着層であることも好ましい。これにより、金属表面に近い金属光沢感を有しつつ、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができる。また、水圧転写シートの製造において、金属層を効率的に形成できるため、生産性を向上させることができる。
【0012】
また、本発明の水圧転写方法は、水圧転写シートの転写層を構成する金属層は光輝性フィラーが分散された光輝性樹脂層であることも好ましい。これにより、光輝性フィラーがランダムに配置されることで蒸着層とは異なる光反射性を示すフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0013】
また、本発明の水圧転写方法において、水圧転写シートの転写層を構成する金属層は、表面の少なくとも一部の単領域または複数領域にエンボスパターンを有することも好ましい。これにより、水圧転写された金属層に光が入射した際に、金属層に形成されたエンボスパターンにより反射率が変化し、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用と複合して多様化した意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0014】
また、本発明の水圧転写方法は、水圧転写シートの転写層を構成する金属層に形成される複数領域のエンボスパターンの少なくとも一つのエンボスパターンが異なることも好ましい。これにより、被転写体のエンボス表面部に水圧転写された金属層で発現する視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用に加え、金属層自体に形成されたエンボスパターンによる反射率変化と複合して、より多様化した意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0015】
また、本発明の水圧転写方法は、水圧転写シートの転写層を構成する金属層のエンボスパターンは、エンボス深さが0.02~2μmであることも好ましい。これにより、エンボスパターンによる反射率変化による意匠変化が最も効果的に発現されるとともに、水圧転写時の被転写体のエンボス表面部への金属層の付き回り性も向上させることができる。
【0016】
また、本発明の水圧転写方法は、装飾層の表面に透明保護層を形成し、透明保護層の光沢度(JIS Z8741準拠準拠)が10以上であることも好ましい。これにより、本発明の水圧転写方法で得られた水圧転写品の表面に形成された装飾層を傷、日光による色変化、退色などの外的な損傷要因や劣化要因から保護することできるとともに、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用を最も効果的に発現させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、被転写体の転写表面は少なくとも一部に備えられた深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部に、転写層が金属層を含む水圧転写シートを用いて、金属層をエンボス表面部に水圧転写することによって、エンボス表面部への金属層の付き回り性が向上し、エンボス表面部の形状に追従した金属層が転写されるため、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができる。また、水圧転写シートの転写層に印刷柄層を組合せたり、金属層の表面にエンボスパターンを形成した構成とすることによって、より多様なフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の水圧転写方法に用いる被転写体のエンボス表面部を説明するための模式図であって、エンボス表面部の一形態を示す断面図(a)、エンボス表面部の別の形態を示す断面図(b)であり、エンボス表面部の凹部深さを説明するための断面図(c)である。
【
図2】本発明の水圧転写方法で用いる被転写体のエンボス表面部が文字柄を形成しているエンボス表面部の一形態を示す平面図(a)、エンボス表面部の別の形態を示す平面図(b)である。
【
図3】本発明の水圧転写方法に用いる水圧転写シートの構成を説明するための模式的な断面図である。
【
図4】本発明の水圧転写方法に用いる水圧転写シートであって、金属層にエンボスパターンを備えた一形態を示す模式的な断面図(a)、エンボスパターンが異なる別の形態を示す断面図(b)である。
【
図5】本発明の水圧転写方法に用いる水圧転写シートであって、金属層に印刷柄層が組合された実施形態(a)~(d)を示す模式的な断面図である。
【
図6】本発明の水圧転写方法の工程を説明するための模式図である。
【
図7】本発明の水圧転写方法で得られた水圧転写品のエンボス表面部の模式的な断面図(a)と、断面図(a)の拡大断面図(b)である。
【
図8】本発明の水圧転写方法において、
図4(a)の水圧転写シートを用いて得られた水圧転写品のエンボス表面部の模式的な断面図(a)と、断面図(a)の拡大断面図(b)である。
【
図9】本発明の水圧転写方法において、
図5(b)の水圧転写シートを用いて得られた水圧転写品のエンボス表面部の模式的な断面図(a)と、断面図(a)の拡大断面図(b)である。
【
図10】本発明の水圧転写方法に用いる被転写体のエンボス表面部の平坦化加工前の模式的な断面図(a)、平坦化加工後の模式的な断面図(b)、面取り加工後の模式的な断面図(c)である。
【
図11】本発明の水圧転写方法で得られた装飾層の表面に透明保護層が形成された水圧転写品のエンボス表面部の模式的な断面図(a)と、断面図(a)の拡大断面図(b)である。
【
図12】本発明の実施例1~8、実施例10、11、比較例1~3におけるエンボス表面部に形成したエンボス表面部の配置パターンを示す模式的な平面図である。
【
図13】本発明の実施例9におけるエンボス表面部に形成したエンボス表面部の配置パターンを示す模式的な平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の水圧転写方法は、水溶性フィルムと水溶性フィルムの上に形成された転写層とを有する水圧転写シートを水圧転写槽の水面に配置し、水圧転写シートに被転写体を押し当て、被転写体の被転写表面に転写層を水圧転写して装飾層を形成する水圧転写方法において、被転写体の転写表面は少なくとも一部に深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部を備えており、転写層が金属層を含み、金属層がエンボス表面部の形状に追従して転写されることを特徴とする。以下、
図1~9を参照しながら詳細に説明する。
【0020】
1.被転写体
本発明の水圧転写方法に用いる被転写体10は、樹脂、金属、セラミック等の公知の材料を成形して形成されてなり、
図1(a)及び
図1(b)に示す構成例のように、水圧転写される転写表面の少なくとも一部に単数または複数の凹部10Eで構成されたエンボス表面部10Sを備えてなる。エンボス表面部10Sは、水圧転写によって、エンボス表面部10Sに金属層が形成されることによって、金属層の表面に入射した光の反射状態が、観察する角度によって変化し、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠を発現させる作用を担っている。また、水圧転写工程におけるエンボス表面部10Sへの水圧転写シートの金属層(転写層)の付き回り性と、本発明の水圧転写法で得られる後述する水圧転写品における視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用の有効な発現性との観点から凹部10Eの深さは0.5~8.0μmとすることが要求される。凹部10Eの深さが0.5μm未満の場合は、水圧転写シートから転写された金属層を含む転写層が、被転写体10の凹部10Eを埋めてしまい、エンボス表面部10Sに転写された金属層の表面に入射した光の反射状態の変化が乏しくなり、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用が得られなくなる。また、凹部10Eの深さが8.0μmを超えた場合は、水圧転写工程においてエンボス表面部10Sの凹部10Eと金属層40との間に気泡を取り込み難くなるとともに、水圧転写シートが伸展して金属層がエンボス表面部10Sに付き回る際に、エンボス表面部10Sの凹深さが大きいほど金属層40が大きく分断された状態で転写され易くなり意匠性が低下する不具合(柄割れ、ピンホールの発生)が顕著となるため、良好な付き回り性が得られず、被転写体10が部分的に露出した状態となるため、その結果、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠が損なわれる。
【0021】
なお、凹部10Eの深さは、
図1(c)に模式的に示したように、ミツトヨ社製の表面粗さ計SJ-210(JIS B0601-2001準拠)を用いた断面曲線測定によって算出され、最大山高さと最大谷低さの差HEによって定義される。具体的な測定方法の一つとして、ミツトヨ社製の表面粗さ計SJ-210(JIS B0601-2001準拠)を用いた断面曲線測定によって算出する方法を適用し得る。
【0022】
エンボス表面部10Sにおける凹部10Eの配置構成は、本発明の水圧転写法で得られる水圧転写品に付与するフリップフロップ意匠に応じて適宜設定できるが、例えば
図1(a)に示すように、転写表面の全面に、深さが同じ複数の凹部10Eが等間隔に配置された構成としてもよいし、
図1(b)に示すように、転写表面に異なる深さの凹部10Ea、10Eb、10Ecからなる複数のエンボス領域10Sa、10Sb、10Scが形成された構成、さらには、凹部10Eの深さや間隔、領域などの条件をランダムに変化させた構成としてもよい。
【0023】
また、被転写体のエンボス表面部が柄を形成していてもよい。これによって、被転写体のエンボス表面部が柄として機能するため、視認角度に応じて光学的に金属調の柄パターンの視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができ、例えば文字や図柄などがあげられる。エンボス表面部の柄パターンは、
図2(a)に示すように、エンボス表面部で柄自体を形成していてもよいし、
図2(b)のように、柄以外の領域にエンボス表面部を形成して、柄を浮き出させるように形成してもよく、さらに
図2(a)と
図2(b)の形態を組合わせたものとしてもよい。なお、柄のパターンは上記に限定されるものではなく、縞、円、などあらゆるパターンが適用できる。
【0024】
被転写体10を構成する材料としては、公知の樹脂、金属、セラミック等が適用できる。樹脂としては、例えば、アクリロニトリル- ブタジエン- スチレン共重合体(ABS樹脂)、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、アイオノマー樹脂、アクリル樹脂などが挙げられる。金属としては、例えば、鉄、銅、アルミニウム、ステンレス、これらの合金等が挙げられる。車載用加飾部材の用途においては、軽量性、機械強度などの観点から、被転写体10は、アクリロニトリル- ブタジエン- スチレン共重合体を含有することが好ましい。被転写体10の成形手段としては、射出成形や熱プレスなど公知の成形方法が適用できる。また、被転写体10の形状は特に限定するものではなく、所望の形状とすればよく、平面形状でも曲面形状でもよい。
【0025】
2.水圧転写シート
次に、本発明の水圧転写方法に用いる水圧転写シートについて説明する。水圧転写シートは、
図3に示すように、水溶性フィルム30の上に少なくとも転写層60が積層されて構成されており、転写層60は、少なくとも金属層40を備えてなる。
【0026】
水圧転写シートを構成する水溶性フィルム(キャリアフィルム)30は、水溶性樹脂からなり、水圧転写時に、転写槽内の水に触れて膨潤・軟化し、被転写体10に付き回って、転写層60を水圧転写するための基体として機能し、水圧転写後は水洗されて除去される。水溶性フィルム30を構成する水溶性樹脂としては、例えばポリビニルアルコール樹脂、デキストリン、ゼラチン、にかわ、カゼイン、セラック、アラビアゴム、澱粉、蛋白質、ポリアクリル酸アミド、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリビニルメチルエーテル、メチルビニルエーテルと無水マレイン酸との共重合体、酢酸ビニルとイタコン酸との共重合体、ポリビニルピロリドン、アセチルセルロース、アセチルブチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸ナトリウムなどの各種水溶性ポリマーが挙げられる。これらの樹脂は、単独で用いられてもよいし、2種以上が混合されて用いられてもよい。特に生産安定性と水に対する溶解性及び経済性の点から、ポリビニルアルコールが好ましい。ポリビニルアルコールとしては、従来の水圧転写シート用として使用されているものを、加飾層の形成しやすさや、機械的強度や耐湿性などの取り扱い性や保存性、水圧転写時に水面に浮かべてからの吸水性や伸展性などに応じて選択して適用できる。
【0027】
水圧転写シートを構成する転写層60は、少なくとも金属層40を備えてなる。金属層40は表面に金属光沢を有する層であって、金属蒸着膜や、金属めっき層、金属箔のほか、光輝性樹脂層などが選択できる。金属層40が金属蒸着膜や、金属めっき層、金属箔のように金属成分が主成分である場合、金属層40は、水や活性剤によって膨潤伸展しない非伸展性の層であるため、水圧転写する際には水溶性フィルムが膨潤して伸展する力によって微細に小片化することによって、被転写体へと転写される。従って、金属層40が金属蒸着膜などの非伸展層の場合には、水溶性フィルムの膨潤伸展力によって小片化可能な強度となる厚みで形成することが好ましい。また、非伸展性の金属層40を形成した後に機械的な面方向に引張応力を加えたり、厚み方向に型押しするなどの後加工を行い、金属層40に微細クラックを生じさせておいてもよい。このとき、金属層の微細クラックは、水圧転写シートの着水前(水圧転写の本工程前)に、制御された条件で、安定した態様で形成されるので、水圧転写時に、水溶性フィルムの膨潤伸展と相俟って、金属層に膨潤伸展クラックの生成を伴った安定した伸展性が付与され、従って金属層を有する水圧転写シートを高度な付き回り性で安定して物品の三次元的な表面に倣って付着することができる。金属蒸着膜などの非伸展層を構成する金属としては、例えば、スズ、インジウム、クロム、アルミニウム、ニッケル、銅、銀、金、白金、亜鉛、及びこれらのうち少なくとも1種を含む合金などが挙げられる。
【0028】
一方、金属層40が光輝性樹脂層からなる場合、光輝性樹脂層は、樹脂に少金属からなる鱗片状の光輝性顔料が分散されて含まれる組成物が印刷または塗布されて形成される。光輝性樹脂層は、活性剤によって樹脂成分が軟質化されるため、水溶性フィルムが膨潤して伸展する力によって伸展することができる。これにより、金属蒸着膜などの非伸展性層に比べて金属のみの構成である蒸着よりも優れた水圧転写時の被転写体への付き回り性に優れている。また、光輝顔料は蒸着粉砕などの一般的な手法で形成される鱗片(フレーク)状であり、光輝性樹脂層内で面方向に対してランダムに傾斜して配向分散しているため、金属蒸着膜などの金属光沢性とは異なった光反射性を示す。樹脂と光輝顔料の配合比は金属層40が水圧転写されたた後にフリップフロップ作用を発現できるように適宜選択できるが、上記伸展性を阻害しない配合比であることが望ましい。光輝性樹脂層を構成する樹脂としては、活性剤によって軟化することができ、水圧転写性を損なわないものであれば特に限定しないが、例えば、アクリロニトリル- ブタジエン- スチレン共重合体(ABS樹脂)、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、アイオノマー樹脂、アクリル樹脂などが挙げられる。また、光輝性樹脂層に分散した光輝顔料を構成する金属としては、例えば、スズ、インジウム、クロム、アルミニウム、ニッケル、銅、銀、金、白金、亜鉛、及びこれらのうち少なくとも1種を含む合金などが挙げられる。
【0029】
また、水圧転写シート20を構成する転写層60に備えられた金属層40は、表面の少なくとも一部に
図4(a)に例示するように単領域または
図4(b)に例示するように複数領域にエンボスパターン40Eを有していてもよい。これにより、被転写体10のエンボス表面部10Sに水圧転写された金属層40の表面で発現する視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用に加え、金属層自体に形成されたエンボスパターンによる反射率変化と複合して、より多様化した意匠を有する水圧転写品を得ることができる。エンボスパターンは、特に限定されず、虹色を呈するホログラムや金属光沢を減じたベロア調など、光反射作用により発現する公知の意匠となるパターンを適用できる。この金属層40に備えられたエンボスパターンは、光の回折現象を生じさせることができる凹凸形状を付与すればよく、例えば、このエンボスパターンの深さは、0.02~2μmとすることが好ましい。また、隣接する凸部間の離間距離(隣り合う凸部の中心間の間隔)である周期幅( ピッチ) は、0.5~2μmとすることが好ましい。このまた、エンボスパターンを表面に備えている場合の金属層40の厚さは、金属層40が金属蒸着膜などの金属単体からなる場合には、10~80nm、更に好ましくは、20~60nmとすることができ、金属層40が光輝性樹脂層からなる場合には、10~300nmとするのが好ましい。
【0030】
また、
図5(a)~
図5(d)に例示したように、水圧転写シート20を構成する転写層60は、金属層40に加えて印刷柄層50が積層された構成としてもよい。これにより、印刷柄層50が金属層40と共に被転写体10のエンボス表面部10Sに水圧転写されると、エンボス表面部10の形状が反映された金属層によって発現するフリップフロップ意匠と印刷柄が複合された多様な意匠を表現することができる。印刷柄としては特に限定されず、幾何学模様や木目柄、グラデーション柄など、公知の絵柄を適用でき、グラビア印刷、パッド印刷、スクリーン印刷など公知の方法によって形成することができる。印刷柄層を形成するインクは特に限定されず、従来の水圧転写シートで使用されているものを適用でき、活性剤によって溶解または軟化し、水圧転写時に伸展することができるものである。印刷柄層50の形成位置は様々に設定できるが、例えば、
図5(a)に例示したように金属層40の水溶性フィルム20側とは反対側に積層する構成や、
図5(b)のように、水溶性フィルム20と金属層40との間に積層する構成、
図5(c)のように、
図5(b)の構成において、印刷柄層50が複数の印刷柄層(50、51)とからなる構成、
図5(d)のように
図5(b)において、金属層40が間隔を空けて積層された構成などが例示される。また、印刷柄層は金属層40の両面側に配置した複数の印刷柄層からなる構成としてもよい。水圧転写シート20の各層の積層の順番は、水圧転写されると逆順になるため、
図5(a)の水圧転写シート20が被転写体に水圧転写されると、印刷柄を背景に金属層によるフリップフロップ作用が視認される意匠となる。また、印刷柄層50は前述の通り活性剤によって軟化されて接着性を発現することから、水圧転写された後の金属層と被転写体との密着性を高めるための接着層としても機能させることができる。
図5(b)~
図5(d)の水圧転写シート20を用いて被転写体に水圧転写された場合には、印刷柄の下層にフリップフロップ作用が視認される意匠となる。
【0031】
3.水圧転写方法
本発明の水圧転写方法について
図6を参照して説明する。
【0032】
(1)活性剤塗布工程
活性剤塗布工程では、まず、
図6(a)に示すように、水溶性フィルム(キャリアフィルム)30上に金属層40を備えた転写層60が施されて成る水圧転写シート20を準備する。次に、
図6(b)に示すように、この水圧転写シート20を構成する転写層60に活性剤80を塗布する。このとき、金属層40が光輝性樹脂層の場合や転写層60に他の樹脂層が含まれる場合には、活性剤80によって転写層60が活性化状態となる。活性剤80を塗布する方法には、従来のミヤバーやキスタッチリバースコーター法、スプレー法などの公知の方法を適用できる。
【0033】
(2)水圧転写シート着水工程
水圧転写シート着水工程は、
図6(c)に示すように、金属層40を備えた転写層60に活性剤80が塗布された水圧転写シート20を、水溶性フィルム30の転写層60が形成されていない側の表面が水90の水面に着水するように供給して、水圧転写シート20を水90に接触させて水90に浮遊支持させる工程である。水圧転写シート20を水90まで移送及び供給する手段は特に限定されず、手で持って移送する方法も含め、従来の水圧転写で用いられる手段を適用できる。
【0034】
(4)転写工程
転写工程は、
図6(d)に示すように、水圧転写シート着水工程で水90に浮遊支持された水圧転写シート20の全体を水面上で伸展させ、活性剤が塗布され、伸展した転写層60に被転写体10の表面を押し当てるように水圧転写シート20と共に水中に押し入れ、それによって
図6(e)のように、転写層60が被転写体10の表面の少なくともエンボス表面部10Sに転写されて転写後の転写層60T(金属層40T)となって、被転写体10の表面に装飾層を形成する工程である。転写層60を構成する金属層40が金属蒸着膜のような非伸展性層である場合には、水溶性フィルム30の伸展力によって微細に小片化した状態で被転写体の少なくともエンボス表面部に付き回って転写される。一方、金属層40が光輝性樹脂層からなる場合には、活性剤によって軟化して伸展した状態で被転写体の少なくともエンボス表面部に付き回って転写される。
【0035】
このとき、金属層40を含む転写層60は、エンボス表面部10Sの凹凸に追従して転写され、少なくとも金属層40がエンボス表面部10Sのエンボス形状が反映された凹凸形状を有する状態であることが、転写後のフリップフロップ性を発現させるために重要である。金属層40がエンボス表面部10Sの凹凸形状に追従して転写されないと、転写後の金属層40Tがエンボス表面部10Sに部分的に転写されない、もしくは不均一に転写されるため、転写後のエンボス表面部10Sに形成された金属層40Tによって発現されるフリップフロップ性が好ましい状態で得られなくなる。そして、このエンボス表面部10Sの凹凸形状に追従して転写するためには、被転写基材10のエンボス表面部10Eの凹部深さが8.0μm以下とすることが重要となる。つまり、凹部の深さが8.0μmを超えた場合は、前述の通り、水圧転写工程においてエンボス表面部10Sの凹部と金属層40との間に気泡を取り込み難くなるとともに、水圧転写シート20が伸展する際に金属層40がエンボス表面部10Sに付き回る際に、エンボス表面部10Sの凹深さが大きいほど金属層が大きく分断された状態で転写されることで意匠性が低下する不具合(柄割れ、ピンホールの発生)が顕著となるため、被転写体10が部分的に露出した状態となり、その結果、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠が損なわれることとなる。
【0036】
(6)水洗工程及び乾燥工程
さらに、本発明に係る水圧転写方法には水洗工程及び乾燥工程を備えることができる。具体的には、
図6(f)に示す水洗工程で転写後の金属層40T(転写層60T)の表面に付着している水溶性フィルム30を水洗装置Sを用いて水流wで洗い流し、その後、
図6(g)に示す乾燥工程で、水分を除去するためにヒーターHにて熱線(熱風)hを与えて乾燥させる。これにより、不要となった水溶性フィルム30が除去され、被転写体10の表面に金属層40T(転写層60T)が形成された水圧転写品100が得られる。
【0037】
本発明の水圧転写方法に用いられる活性剤80は、転写層60に含まれる樹脂成分を含む層(後述する印刷柄層など)に浸透して柔軟化させて水圧転写プロセスにおいて伸展可能な状態にする役割と、被転写体10の表面と転写層70とを密着させる接着成分として機能するものであり、転写層60が金属蒸着膜などの非伸展性層からなる金属層40のみの場合には、後者の接着成分としてのみ機能する。
【0038】
光硬化系の活性剤は、転写層60に樹脂成分を含む層(後述する印刷柄層など)を含む場合に特に好適である。光硬化性活性剤は、光重合性モノマーと光重合開始剤とを少なくとも含む液状の組成物であり、この光硬化系活性剤は、転写層60に含まれる樹脂成分を含む層に浸透して溶剤系活性剤と同様に機能するのに加えて、水圧転写された後に活性エネルギー線の照射によって転写層60の樹脂成分と混然一体化した状態で硬化することによって、耐溶剤性、耐摩耗性等の化学的及び機械的な表面保護機能が付与されたトップコート不要な転写層60Tを形成するように作用する。光硬化性活性剤は、紫外線や電子線などで硬化する活性エネルギー線硬化樹脂組成物からなり、例えば少なくとも活性エネルギー線で重合反応するモノマー(光重合性モノマーともいう)と光重合開始剤を含んでなり、必要に応じて装飾層の強度や耐薬品性などを向上させるために光重合性オリゴマー(プレポリマー)が配合されていてもよい。また、これらの活性エネルギー線硬化型と熱硬化型を組み合わせた所謂デュアルキュア方式で硬化する組成物も本発明の光硬化性活性剤として適用できる。また、光硬化系活性剤に含まれる光重合性モノマーには、SP値で9以上のインク溶解度を有する光重合性モノマーを用いることが好ましい。これによって、光硬化系活性剤に、光重合性モノマーに比べて高粘度である光重合性プレポリマーが配合された場合であっても光重合性プレポリマーをよく溶解して扱いやすい粘度に調整できると共に、光硬化系活性剤の光重合性成分を導電性パターン層40や印刷パターン50のインク組成物の溶解度に近づけることができるため、これらのインク組成物に平滑に塗布することができる性質(平滑塗布性)とインク組成物に活性剤成分を良好に浸透することができる性質(浸透性)とを確保することができる。また、光硬化系活性剤には、必要に応じてレベリング剤、消泡剤、紫外線吸収剤、安定剤等が添加されていてもよい。
【0039】
なお、活性剤塗布工程は、水圧転写シート20を水溶性フィルム30の転写層60が形成されていない側の表面が水90の水面に着水するように供給して、水圧転写シート20を水90に接触させて水90に浮遊支持させた状態で実施してもよい。この場合には、活性剤80はスプレー法で塗布される。
【0040】
次に本発明の水圧転写方法で得られる水圧転写品について、
図7~
図9を参照して説明する。
図7(a)は、水溶性フィルム20に金属層40のみからなる転写層60が形成された
図3に例示した水圧転写シート20を用いて被転写体10のエンボス表面部10Sに、金属層40を水圧転写して得られた水圧転写品100であり、エンボス表面部10Sの凹部10Eの形状に追従して金属層40が転写された金属層40Tが装飾層として形成されており、エンボス表面部10Sを構成する凹部10Eの深さが0.5~8.0μmの範囲で形成されることによって、
図7(a)を部分的に拡大した
図7(b)のように、金属層40Tがエンボス表面部10Sに追従して転写されている。これによって、金属層40Tの表面に入射した光の反射状態が、観察する角度によって変化するため、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠を発現する。
【0041】
また、
図8(a)は、表面にエンボスパターン40Eを備えた金属層40のみからなる転写層60が水溶性フィルム20上に形成された
図4(a)に例示した水圧転写シート20を用いて被転写体10のエンボス表面部10Sに金属層40を水圧転写して得られた水圧転写品100であり、エンボス表面部10Sの凹部10Eの形状に追従して、エンボスパターン40Eを表面に有した金属層40Tが装飾層として形成されている。これによって、金属層40Tによるフリップフロップ作用に加え、金属層40T自体に形成されたエンボスパターン40Eによる反射率変化と複合して、より多様化した意匠を有する水圧転写品を得ることができる。
【0042】
また、
図9(a)は、印刷層50、金属層40の順に積層された転写層60を水溶性フィルム20上に形成した
図5(b)に例示した水圧転写シート20を用いて、被転写体10のエンボス表面部10Sに金属層40を水圧転写して得られた水圧転写品100であり、印刷柄層50Tの下層にフリップフロップ作用が視認される複合的な意匠を有する装飾層が形成されている。
【0043】
また、本発明の水圧転写方法は、被転写体10のエンボス表面部10Eに水圧転写を実施する前に、エンボス表面部10Sの少なくとも一つの凹部10Eの表面に沿って平坦化または面取りする後加工を行ってもよい。例えば、
図10(a)のように凹部10Eの端部に突出部(バリ)がある場合には、突出部を削って
図10(b)のように平坦化加工してもよいし、さらに
図10(b)の凹部10Eの状態から、凹部10Eの端部を削る面取り加工をして
図10(c)のようにすることによって、金属層40が転写されたエンボス表面部の光の反射具合が変化するため、フリップフロップ性意匠の質感を調整することができる。また、平坦化加工によって凹部10Eの端部にある突起(バリ)が除去されたり、面取り加工によって、凹部10Eの両端のエッジに丸みが付くことによって、水圧転写時における凹部への空気の噛み込みやバリにより転写層にピンホール等を発生させる不具合を低減させて、被転写体10のエンボス表面部10Sに対して金属層40を含む転写層60の良好な付き回り性を実現することができる。また、この付き回り性を阻害しない範囲で、平坦化や面取り加工をエンボス表面部内の特定の領域に施すことによって、金属層40が水圧転写された後に、平坦化や面取り加工された領域が文字や柄として機能させてもよい。被転写体10の平坦化加工や面取り加工の手段としては、簡便にはサンドペーパーで研磨する、機械的にはサンドブラスト加工をするなどの手法などが適用できる。
【0044】
また、本発明の水圧転写方法は、
図11に示すように、得られた水圧転写品100の装飾層である転写層60Tの表面に透明保護層70を形成してもよい。透明保護層70を形成することによって、で、転写層60Tを外的要因(傷、日光による色変化、退色など)から保護することができる。ここで、透明保護層70は、転写層60T(金属層40T)が形成されたエンボス表面部10Sによって発現するフリップフロップ作用を阻害しないことが重要であり、この観点から、透明保護層70の光沢度はG20以上であることが好ましく、より望ましくはG80以上が好ましい。ここで、光沢度とは光が入射した際の反射率によって定義され、本発明においてはスガ試験機製の光沢度計(HG―268)(JIS Z8741準拠)により、測定される。透明保護層9の光沢度がG20未満では、透明保護層70に入射する光の乱反射作用が高く、フリップフロップ作用が低減する場合がある。透明保護層70の光沢度がG20以上の範囲では、フリップフロップ作用と金属輝度感のバランスを考えて適宜調整すればよい。透明保護層70は、グラビアコート、押出等によるハードコート塗布や、スプレー塗装といった公知の方法によって形成され、特に限定されるものではない。また、材料としてはポリウレタン、アクリルウレタンなど公知のものが用いられ、こちらも特に限定されるものではない。なお、光沢度の調整方法としては、透明保護層の成分に艶消し剤を添加したり、透明保護層70の表面にエンボス加工を施して調整するなどの方法が適用できる。
【実施例0045】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に特に限定されるものではない。
【0046】
以下の実施例及び比較例における物性の測定方法及び効果の評価方法は、下記の通りである。
【0047】
(1)意匠性(柄抜けの度合い)
実施例および比較例における水圧転写品を試験体とし、ピンホールおよびつき回り性による柄抜けの度合いを目視で評価した。柄抜けが発生していないものを「〇」、意匠性を損なわない程度に柄抜けが発生している場合を「△」、意匠性を損なう程度に柄抜けしている場合を「×」とした。
【0048】
(2)水圧転写品のフリップフロップ性
実施例および比較例における水圧転写品を試験体として、試験体の角度を変化させたときの装飾層の光学意匠変化を目視によって官能評価し、角度によって顕著に感じることができるものを良「〇」、僅かに感じることができるものを可「△」、全く感じないものを不可「×」と評価した。
【0049】
(3)被転写体表面の凹部深さ
実施例および比較例における被転写体を試験体とし、ミツトヨ社製の表面粗さ計SJ-210(JIS B0601-2001準拠)を用いて断面曲線測定を行い、最大山高さと最大谷深さの差を凹部深さとした。
【0050】
(4)透明保護層の光沢度
被転写体に水圧転写された金属層(転写層)の表面に透明保護層を形成した実施例および比較例における水圧転写品を試験体とし、スガ試験機製の光沢度計(HG―268)(JIS Z8741準拠)を用いて入射角60度の時の数値を計測した。
【0051】
(実施例1)
ABSアロイ材(テクノUMG株式会社、テクノMUH(登録商標)E7301 幅100mm×長さ200mm×厚さ3mm)からなる被転写体の表面に、
図12(a)に示したように、長さ方向に20mm間隔でマスキングテープ(3M製 243J Plus)で略平行に長さ20mm×幅100mmのマスキングを行い、マスキングされていない被転写体の露出表面をサンドペーパー(三共理化学株式会社 #2000)を用いて手で押し付けながら幅方向に往復させて研磨し、マスキングを除去して、
図12(b)に示すように、凹部の深さが約20μmの凹部を含む長さ20mm、幅100mmのエンボス表面部を20mm間隔で略平行に5本配置したエンボス表面部(10Sa、10Sb、10Sc、10Sd、10Se)を形成した。次に、水溶性フィルムであるPVAフィルム(日本合成化学社製 型番C820)に厚さ30~50nm、ピッチ1μm、深さ50~300nmのストライプ状のエンボスパターンが形成されたアルミ蒸着金属層からなる転写層を備えた水圧転写シートを準備し、水圧転写シートを着水させ、活性剤を蒸着層に噴霧して活性化させて、初期のシート巾に対して、縦・横ともに1.2倍になるまで伸展させたのち、被転写体をエンボス表面部側から水圧転写シートに押し当てて、被転写体の表面に金属層を水圧転写した。その後、水溶性フィルムを水洗除去後、乾燥した。続いて、水圧転写された金属層の表面に2液硬化型のウレタン塗料(藤倉化成株式会社製のレクラック7000KAI MAT G40)を使用し、スプレー方式で塗装して80℃で30分乾燥して、厚み40μmの透明保護層を形成して、実施例1の水圧転写品を得た。なお、活性剤は、大橋化学株式会社製のCPA-H DMP(溶剤系)を使用し、着水後直ちに12g/m
2の噴霧量で、スプレー装置によって噴霧して塗工した。得られた水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0052】
(実施例2)
実施例1において、被転写体のエンボス表面部の凹部深さが0.5μmとした以外は、実施例1と同様にして実施例2の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0053】
(実施例3)
実施例1において、被転写体のエンボス表面深さが7.5μmとした以外は、実施例1、実施例2と同様にして実施例3の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0054】
(実施例4)
実施例1において、水圧転写シートとして、DNP株式会社が販売するUROKO MONO BLACKの水圧転写フィルムの、印刷柄層の上にアルミニウム金属製の厚さ30~50nm、ピッチ1μm、深さ50~300nmのストライプ状のエンボスパターンが掲載されたアルミ蒸着層を積層させた水圧転写シートを用いた以外は、実施例1と同様にして実施例4の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0055】
(実施例5)
実施例4において、被転写体のエンボス表面深さが0.6μmである以外は、実施例4と同様にして実施例5の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0056】
(実施例6)
実施例4において、被転写体のエンボス表面深さが7.9μmとした以外は、実施例4と同様にして実施例6の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定の評価を行った。
【0057】
(実施例7)
実施例1において、被転写体のエンボス表面形成後に、後加工として被転写体のエンボス表面凹部の端面部を表面に沿って平坦化加工を行って、エンボス表面深さが2.3μmとした以外は、実施例1と同様にして実施例7の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。なお、平坦化加工はサンドペーパー(三共理化学株式会社 耐水研磨紙#3000)を用い、手で研磨した。
【0058】
(実施例8)
実施例1において、水圧転写シートの金属層を厚み1~2μmの光輝性樹脂層とした以外は、実施例1と同様にして実施例8の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。なお、光輝性樹脂層は、アルキッド樹脂にアルミフレーク顔料が分散された光輝性インク(東洋インキ株式会社、PCNT240シルバー)を用い、グラビア印刷によってPVAフィルム上の全面に印刷して形成した。
【0059】
(実施例9)
実施例1において、被転写体のエンボス表面部を
図13(a)に示すように、「CUBIC」の文字パターンとなるように、文字パターン以外の領域をマスキングテープ(3M製 243J Plus)でマスキング(10M)し、非マスキング部をサンドペーパー(三共理化学株式会社 耐水研磨紙#2000)を用い、手で押し付けながら幅方向に往復させて研磨し、マスキングを除去して、
図13(b)に示すように、「CUBIC」の文字パターンからなる凹部の深さが約20μmの凹部を含むエンボス表面部を形成した以外は、実施例1と同様にして実施例9の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0060】
(実施例10)
実施例1において、透明保護層を形成する塗料を藤倉化成株式会社製のレクラック7000KAI MAT G5に変更して透明保護層の光沢度が5とした以外は、実施例1と同様にして実施例10水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0061】
(実施例11)
実施例1において、透明保護層を形成する塗料を藤倉化成株式会社製のレクラック7000KAI MAT G10に変更して透明保護層の光沢度が10とした以外は、実施例1と同様にして実施例11の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0062】
(比較例1)
実施例1において、被転写体のエンボス表面深さを0.3μmとした以外は、実施例1と同様にして比較例1の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0063】
(比較例2)
実施例1において、サンドペーパー(三共理化学株式会社 耐水研磨紙#400)を用いて、被転写体のエンボス表面深さを8.8μmとした以外は、実施例1と同様にして比較例2の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0064】
(比較例3)
実施例4において、金属層を形成しなかった水圧転写シート(DNP株式会社が販売する柄名UROKO MONO BLACK)を用いた以外は、実施例4と同様にして比較例3の水圧転写品を得た。この水圧転写品について、上記(1)及び(2)の評価と、(3)及び(4)の測定を行った。
【0065】
実施例1~6の結果を表1に、実施例7~11の結果を表2に、比較例1~3の結果を表3にそれぞれ示す。これらの評価結果から次のことがわかった。
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
表1の実施例1~6及び表2の実施例7~11の結果から、少なくとも一部に深さが0.5~8.0μmの単数または複数の凹部で構成されたエンボス表面部を備えた被転写体の転写表面に、金属層を含む転写層を水圧転写すると、エンボス表面部への金属層の付き回り性が向上し、金属層がエンボス表面部の形状に追従して良好に転写され、その結果、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品を得ることができることがわかった。一方、表3に示した比較例1の結果から、被転写体のエンボス表面部の凹部深さを0.5μm未満とするとフリップフロップ作用が得られなくなり、比較例2の結果から凹部深さが8.0μmを超えると柄抜けの度合いが大きくなり、意匠性が悪化することがわかった。また、比較例3の結果から、被転写体のエンボス表面部に金属層が転写されていないとフリップフロップ作用が発現しないことがわかった。
【0070】
表1に示した実施例1の結果と、実施例4~6の結果との比較から、水圧転写シートの転写層が金属層に加え印刷層を備えている構成においても、良好なフリップフロップ作用と被転写体のエンボス表面部への金属層を含む転写層の付き回り性が得られ、フリップフロップ作用と印刷柄層が複合された意匠を有する水圧転写品が得られることがわかった。
【0071】
また、表1及び表2には記載していないが、実施例1の水圧転写品と、実施例7の水圧転写品との比較から、被転写体のエンボス表面部に面取り加工を施すことで、フリップフロップ意匠の質感を異ならせることができることがわかった。
【0072】
また、実施例1~3の結果と実施例4~5の結果との比較から、金属層の表面にエンボスパターンを備えることで、金属層に形成されたエンボスパターンにより反射率が変化し、視認角度に応じて光学的に意匠の視認性が変化するフリップフロップ作用と複合した質感が異なるフリップフロップ意匠を有する水圧転写品が得られることがわかった。
【0073】
表1に示した実施例1の結果と、表2に示した実施例8の結果との比較から、金属層を蒸着から高輝性樹脂に変更しても、明確な光学意匠変化が得られ、柄抜けも発生しないことが分かった。また、金属蒸着膜のような金属成分のみからなる金属層とは質感が異なるフリップフロップ意匠が得られることがわかった。
【0074】
表1に示した実施例1の結果と、表2に示した実施例9の結果との比較から、被転写体のエンボス表面部が文字パターンのような凹部パターンとすることによって、エンボス表面部が柄として機能し、視認角度に応じて光学的に金属調の柄パターンの視認性が変化するフリップフロップ意匠を有する水圧転写品が得られることがわかった。
【0075】
また、表1に示した実施例1の結果と、表2に示した実施例10、11の結果との比較から、透明保護層の光沢度を40、10、5と下げていくことで、フリップフロップ作用が小さくなるため、透明保護層を形成する場合には、透明保護層の光沢度(JIS Z8741準拠)が10以上であることが好ましいことがわかった。
本発明の水圧転写方法は、視野角度に応じて光学的に意匠変化に優れる加飾物品を安定的に提供できるので、自動車の内装をはじめとした加飾分野において、新たな意匠的な付加価値を付与する加飾工法として有用である。