(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149724
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】屈折度数決定方法
(51)【国際特許分類】
A61B 3/028 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
A61B3/028
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022058460
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000219738
【氏名又は名称】東海光学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099047
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 淳一
(72)【発明者】
【氏名】三浦 仁志
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 栄二
【テーマコード(参考)】
4C316
【Fターム(参考)】
4C316AA13
4C316FA01
4C316FC21
(57)【要約】 (修正有)
【課題】自覚的な簡便な方法で、レンズ度数だけではなく乱視度数と乱視の軸についても正確に求めることができ、過矯正を起こすおそれもなく、途中の検査結果も最終的な度数に反映することのできる屈折度数決定方法を提供する。
【解決手段】眼被験者の屈折矯正された視力の目標値を設定し、これを目標視力として、被験者にテストレンズを装用させた状態又は裸眼状態で様々な異なる方向を向いている複数の視標を目視させ、その向きを被験者に答えさせ、正答と誤答、又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とがそれぞれ混在する結果が得られた場合に、回答とその回答に対応する屈折度数との関係に基づいて目標視力に対応する前記視標の周方向におけるすべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率で見えるような屈折度数を推定し、その推定結果に基づいて被験者の前記眼用レンズの屈折度数を決定するようにした。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼用レンズによって視力矯正をする際の前記眼用レンズの屈折度数を決定するための屈折度数決定方法であって、
前記眼用レンズによって被験者が屈折矯正された状態における視力の目標値を設定し、これを目標視力として、被験者にテストレンズを装用させた状態又は裸眼状態で様々な異なる方向を向いている複数の視標を目視させ、その向きを被験者に答えさせ、正答と誤答、又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とが混在する結果が得られた場合に、回答とその回答に対応する屈折度数との関係に基づいて目標視力に対応する前記視標の周方向におけるすべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率で見えるような屈折度数を推定し、その推定結果に基づいて被験者の前記眼用レンズの屈折度数を決定することを特徴とする屈折度数決定方法。
【請求項2】
被験者に前記テストレンズを装用させた状態で前記視標を目視させる際に正答と誤答又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とを混在させるために前記テストレンズの屈折度数を変更して装用させ前記視標を繰り返し目視させるようにしたことを特徴とする請求項1に記載の屈折度数決定方法。
【請求項3】
被験者に前記テストレンズを装用させた状態で前記視標を目視させる際に正答と誤答又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とを混在させるための前記テストレンズの屈折度数を、被験者の常用する眼鏡レンズの屈折度数又はその屈折度数に近い屈折度数としたことを特徴とする請求項1に記載の屈折度数決定方法。
【請求項4】
前記テストレンズは、すべての目視と回答において同一の屈折度数のものを被験者に装用させて前記視標を繰り返し目視させるようにしたことを特徴とする請求項1又は3に記載の屈折度数決定方法。
【請求項5】
前記テストレンズを装用させる際には、検査状況に応じて異なる屈折度数のものを被験者に装用させて前記視標を繰り返し目視させるようにしたことを特徴とする請求項1又は2に記載の屈折度数決定方法。
【請求項6】
被験者に目視させる前記視標は目標視力に対応する前記視標を含むサイズの異なる複数の前記視標であることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の屈折度数決定方法。
【請求項7】
前記視標は異なるサイズが一覧できるようにチャート形式の視力表によって表示されることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の屈折度数決定方法。
【請求項8】
前記視力表に表示される前記視標群における前記視標の向きは、ある方向と、そのある方向に対して180度逆方向を向いた方向の2種類の向きで構成されていることを特徴とする請求項7に記載の屈折度数決定方法。
【請求項9】
前記視標の向きの種類は6~16個であることを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の屈折度数決定方法。
【請求項10】
前記視標のサイズに応じた視力値はlogMAR形式であることを特徴とする請求項1~9のいずれかに記載の屈折度数決定方法。
【請求項11】
前記視標はランドルト環であることを特徴とする請求項1~10のいずれかに記載の屈折度数決定方法。
【請求項12】
前記推定は最尤法による最適化計算で行われることを特徴とする請求項1~11のいずれかに記載の屈折度数決定方法。
【請求項13】
最適化計算において尤度を算出する計算がロジスティック回帰によって行われ、尤度に基づいて推定されること請求項12に記載の屈折度数決定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は眼用レンズによって視力矯正をする際の前記眼用レンズの屈折度数を決定するための屈折度数決定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ユーザー(つまり、被験者)の眼用レンズ(眼鏡レンズ・コンタクトレンズ)を新たに処方する際には、そのユーザーの視力検査を行うことが一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-199250号公報
【特許文献2】特表2020-518858号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、視力検査をしてレンズの屈折度数を決定するにはいくつかの問題がある。
まず、被験者が見える/見えないを判断する自覚的な視力検査では屈折度数に乱視度数がある場合に、乱視度数(C度数)と乱視の軸(Ax)を決定するための手順が多く、かつ面倒で複雑になるおそれがあり、被験者も被験者の視力を測定する者も負担である。
また、オートレフラクトメータを用いた他覚的な検査によれば、被験者の屈折度数を数秒で決定することができる。しかし、オートレフラクトメータのような装置を覗き込むときに生じる眼の調節(機械近視と呼ばれる)の問題がある。また、眼鏡やコンタクトレンズを装用するにあたっては、あえて低矯正にして、矯正によって得られる最高の視力よりもやや低い視力を得るようにしたほうが、眼精疲労を抑えられることがある。それに対して、オートレフラクトメータは原理的に最高視力を得るための度数を計測する仕組みである。さらなる問題として、機械近視(覗き込むようすことで生じる調節現象)のある状態で最高視力を得るための度数を計測すると、過矯正を起こすおそれがある。そのため、多くの場合オートレフラクトメータにより決定した屈折度数を、そのまま眼鏡またはコンタクトレンズの度数として処方することは不適当と考えられている。
このような課題を解決する手段の1つとして、例えば特許文献1のように屈折測定や視力検査を自動化する技術が提案されている。特許文献1にはトライアルレンズに刻印された度数等の数値をカメラで読み取り、併せて被験者の回答を音声認識することで自動化するという方法が開示されている。この技術は主として視力検査における測定の手間を軽減し、できるだけ簡便に短時間で行いたいという要望によるものであるが、この方法は非常に大がかりな装置を用いるものであるため現実には簡便といえるものではなく、導入すること自体が困難である。
また特許文献2には、ジャクソン・クロスシリンダ法を用いて、乱視の度数と軸をJ00/J45に分解し、乱視矯正値を正確に決定する方法が開示されている。しかし、この方法であっても、上で述べた課題のすべてを解決するものではない。最終的な度数を決定するために利用されるのは、試行錯誤したトライアルの結果としての最後に比較する2つの条件の情報のみであるため最終結論にいたるまでのトライアルの過程の情報が必ずしも反映されておらず十分なものではない。また、「2つの条件による見え方が同じ程度である」ことを被験者に判断させているものであるため、その結果は被験者の主観が影響したものになる。
また、特許文献1及び2に共通して、視力検査を行っているうちに被験者が疲れてきたり、見え方の調子が変わってきたりしまうという問題がある。そのような点から考えて最終的な度数を決定するために利用される検査結果として、試行錯誤したトライアルの結果としての最後の結果を採用するというのは不合理であるという考えがある。
そのため、自覚的な簡便な方法で、レンズ度数(S度数)だけではなく乱視度数(C度数)と乱視の軸(Ax)についても正確に求めることができ、過矯正を起こすおそれもなく、途中の検査結果も最終的な度数に反映することのできる屈折度数決定方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために手段1では、眼用レンズによって視力矯正をする際の前記眼用レンズの屈折度数を決定するための屈折度数決定方法であって、前記眼用レンズによって被験者が屈折矯正された状態における視力の目標値を設定し、これを目標視力として、被験者にテストレンズを装用させた状態又は裸眼状態で様々な異なる方向を向いている複数の視標を目視させ、その向きを被験者に答えさせ、正答と誤答、又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とがそれぞれ混在する結果が得られた場合に、回答とその回答に対応する屈折度数との関係に基づいて目標視力に対応する前記視標の周方向におけるすべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率で見えるような屈折度数を推定し、その推定結果に基づいて被験者の前記眼用レンズの屈折度数を決定するようにした。
このように目標視力に対応する視標の周方向におけるすべての方向で目標視力で見える確率が同等となるように推定すれば、計算という簡便な手法でその結果に基づいて被験者の求めている眼用レンズの屈折度数を決定することができ、これによってレンズ度数(S度数)だけではなく乱視度数(C度数)と乱視の軸(Ax)についても正確で過矯正を起こすおそれのない眼用レンズを提供することができる。
「眼用レンズ」は視力検査によって決定される屈折度数のレンズであればよく、例えば眼鏡レンズやコンタクトレンズである。「屈折度数」とは視力矯正のための適切な眼鏡レンズまたはコンタクトレンズのための度数であって、具体的にはレンズを注文するための「S度数、C度数、乱視軸」の値のセットをいう。
「テストレンズ」は例えば、仮枠(トライアルフレーム)に取り外し可能に取り付けて様々な屈折度数を交換することができるトライアルレンズがよいが、眼鏡として装用可能なメガネフレームに取り付けられた屈折度数の明確な眼鏡レンズであってもよい。また、「テストレンズ」には屈折度数が入っていない場合も含む。また、データを取得するという観点からテストレンズはトライアルレンズだけでなく被験者が現在装用している眼鏡レンズであってもよい。また、データ取得途中でテストレンズを用いて検査したデータに裸眼で検査したデータが含まれるようにしてもよい。
「テストレンズ」を使用して被験者の視力検査を行う主体として従来のような視標を指し示す役割をする検者は必ずしも必要とするものではない。例えば視標チャートをモニターのような画面で見せたり、VRデバイスを用いたバーチャルリアリティーの技術を用いた検査でもよい。例えばコンピュータのソフトウェアによって検査が実行されるような場合でもよい。また、検者がいたとしても被験者と同じ空間に存在しなくともよく、リモートワーク的な離れた場所からの指示でもよい。
「裸眼状態」で視標を目視させるのは、初めて眼用レンズを使用する被験者であればまず現状の裸眼視力のままで視力検査をすることが多く、目標視力からそれほどかけ離れていなければテストレンズがなくとも基準とすることができるからである。データ取得途中で裸眼で検査したデータにテストレンズを用いて検査したデータが含まれるようにしてもよい。
手段1は、被験者の目標視力における眼用レンズの屈折度数を自覚的な視力検査の結果に基づいて推定することで得るという発想である。そのために、被験者に実際に視標を繰り返し目視させてデータを取得することとなる。データは回答とその回答に対応する屈折度数の組み合わせデータである。データは複数必要であるが推定した値の精度を上げるためにはなるべく多数得ることがよい。自覚的な視力検査はいわゆる片目だけで目視する状態で検者が指し示す視標の向きを自発的に回答する検査である。
【0006】
また、正答と誤答、又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とが混在するように回答する必要がある。つまり、本発明は視標のサイズや方向によって見えたり見えなかったりするデータを使用して被験者の目標視力における眼用レンズの屈折度数を推定するものである。そのため、ここでは被験者が提示される視標にすべて「見える」と答えるような場合(正答)や、逆にすべて「見えない」(誤答)と答えるような場合は想定をしていない。
そのため被験者にテストレンズを装用させて視標を繰り返し目視させる際にはこのような偏った見え方はさせないようにする。つまり、元となる度数を決める際に極端に被験者の矯正視力とかけはなれた極端な過矯正となってしまうような場合や、強い近視にも関わらずごく弱い度数のレンズをかけさせるような場合である。もっとも、当初このような極端な見え方となってしまう場合があったとしても、一般に被験者の裸眼視力が不明であれば、トライアルレンズを変更しながら徐々に目標視力に近づくように視力検査を試行錯誤するため、いずれ回答は正答・正答・回答不能を含むようになる。尚、回答不能とは被験者が視標の向いている方向がどちらか判然とせず「わからない」と答える場合である。
【0007】
また、目標視力に対応する前記視標の周方向におけるすべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率で見えるような屈折度数を推定するのは、すべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率で見えることが被験者の屈折矯正を適切にできていることになるためである。これは言い換えれば、正答と誤答又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能の割合があらかじめ設定した所定の確率と値が一致するような屈折度数である。
「すべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率で見えるような屈折度数を推定する」とは、正答確率の値が所定の確率となる確率関数式を想定し、その確率関数式に基づいて対応するテスト結果(視標の方向・視標のサイズ・回答の正誤)を適用して得られる尤度を最大にするような屈折度数を推定することといってもよい。この確率関数式は例えばロジスティック関数式を使用することがよい。推定であるため、「すべての方向で所定の正答確率となりそうな度数」を推定することとなる。「すべての方向」とは、360度「すべて」という意味になるが、もちろん「すべての方向」について検査をしてデータを取得することを意味するものではない。実際の計算に用いるのは視力検査を行った方向のみであり、検査を行う方向が多ければ多いほど精度が向上するが、関数式を用いて尤度を最大にするように計算するためすべての方向の検査を行う必要はない。あくまでも「すべての方向で所定の正答確率となりそうな度数」を推定するわけである。
所定の確率はあらかじめ決めておくものであり、重みは適宜変更してもよい。例えば正答の重みと誤答の重みを同等(例えばを1とする)とし、回答不能の重み0.5にする際に、正答と誤答が1つずつあったこととして、それぞれの重みを0.5として計算する。
様々なサイズと向きの異なる視標を繰り返し目視して多数の回答を得ることによって(つまりデータ量が増えることによって)、目標視力の周方向におけるすべての方向においてあらかじめ設定した所定の確率に近づいていき、この結果に基づいて屈折度数を推定する。
推定する具体的な方法として例えば尤度を求め、最尤法による推定を行って最適化計算で目標視力における眼用レンズの屈折度数を算出するようにすることがよい。尤度を求めその尤度に基づいて尤度を表す適切な確率関数の式を適用することがよく、その式に基づいて推定することがよい。確率関数の式は例えば、ロジスティック回帰式、正規分布の累積分布関数を利用したプロビット回帰式等によって定式化することができる。確率関数の式と最尤法と最適化計算については後述する。
【0008】
また、手段2では、被験者に前記テストレンズを装用させた状態で前記視標を目視させる際に正答と誤答又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とを混在させるために前記テストレンズの屈折度数を変更して装用させ前記視標を繰り返し目視させるようにした。
1つのテストレンズでもデータの取得はできるが、テストレンズの屈折度数を変更して装用させることで、より多様な種類のデータを取得することができ、推定する数値の計算の精度を向上させることができる。
また、手段3では、被験者に前記テストレンズを装用させた状態で前記視標を目視させる際に正答と誤答又は正答と回答不能、又は正答と誤答と回答不能とを混在させるための前記テストレンズの屈折度数を、被験者の常用する眼鏡レンズの屈折度数又はその屈折度数に近い屈折度数とした。
検査の元となるテストレンズの屈折度数を被験者の常用する眼鏡レンズの屈折度数を基準とすることで、被験者の矯正視力とかけはなれた極端なデータが混在することが防止され、検査回数が少なくて済み推定する数値の計算の精度も向上させることができる。
「屈折度数に近い屈折度数」は、例えば被験者の常用する眼鏡レンズの屈折度数より、少しプラス側の度数としたり、逆に少しマイナス側の度数としたりすることがよい。また、乱視を弱くして球面度数に近づけた度数とすることがよい。つまり、被験者の常用する眼鏡レンズの屈折度を少し変えた屈折度数である。
【0009】
また、手段4では、前記テストレンズは、すべての目視と回答において同一の屈折度数のものを被験者に装用させて前記視標を繰り返し目視させるようにした。
このように目視させることで、被験者はテストレンズを変えずに検査をすることができ、迅速で簡便な視力検査に資する。
また、手段5では、前記テストレンズを装用させる際には、検査状況に応じて異なる屈折度数のものを被験者に装用させて前記視標を繰り返し目視させるようにした。
このように目視させることで、より多様な種類のデータを取得することができ、推定する数値の計算の精度を向上させることができる。
検査状況とは、例えば被験者に視標を目視させてその回答を得た際に、回答の内容によってテストレンズを変更することである。例えば、過矯正のテストレンズであるために視力表に提示されているすべての視標について正答してしまうような場合や、例えば逆にすべての視標が誤答あるいは回答不能の場合である。
また、手段6では、被験者に目視させる前記視標は目標視力に対応する前記視標を含むサイズの異なる複数の視標であるようにした。
これによって、より多数の種類の異なるデータを取得することができ、推定する数値の精度が向上する。
【0010】
また、手段7では、前記視標は異なるサイズが一覧できるようにチャート形式の視力表によって表示されるようにした。
これによってサイズが異なる視標が一覧できる。そして一見して視標群の見えるサイズと見えないサイズの概要が把握できるためどのサイズから見えるようになるかの判断が感覚的に理解しやすい。チャートは実際にテーブルとして被験者の前方に配置されるような場合でも、ホロプター装置のように光学系を通した画像として装置内において目視される場合でもよい。チャートに配置されるサイズの異なる視標群の向き(方向)のパターンは何種類も異なる向きとなるものが用意されることがよい。
また、手段8では、前記視力表に表示される前記視標群における視標の向きは、ある方向と、そのある方向に対して180度逆方向を向いた方向の2種類の向きで構成されているようにした。
つまり、視力表に表示される視標群は様々な方向を向いているのではなく、ある決まった180度逆方向を向いた2方向のみのもので構成されることである。これによって、被験者は多方向の視標を予定しなくともよいので、回答について迷いにくく判断も早くできることとなる。
また、手段9では、前記視標の向きの種類は6~16個であるようにした。
視標の向きの種類が少なすぎると、得られるデータの種類が少なくなってしまい、推定の精度が劣ることとなるからである。一方、180度逆方向を向いた方向の2種類を一度に見せるやり方以外では視標の向きの種類が多すぎると微妙な方向の違いがわかりにくく手間が余計にかかることとなる。また、視標が見えない場合には誤答が多くなるが、低頻度でランダムに生じる「まぐれあたり」のデータが屈折度数の推定結果に及ぼす割合が大きくなり、その意味で精度が劣ることとなる。2種類の方向を一度に見せるやり方であれば、「まぐれあたり」は1/2の確率で生じるので、推定結果への影響は均される。尚、視標の向きの間隔は等間隔であることがよい。
また、手段10では、前記視標のサイズに応じた視力値はlogMAR形式であるようにした。
logMARはlog(1/小数視力)という関係にある。例えば、小数視力1.0がlogMAR視力0.0に相当する。logMARを使用すると小数視力に比べて数値が等間隔にならぶこととなるため、検査においてlogMAR視標を使うと、グラフ上で等間隔に並ぶデータが得られるので効率がよい。
また、手段11では、前記視標はランドルト環であるようにした。
視標としてランドルト環はもっとも一般的でありランドルト環を使用することが従来の視力検査との整合からしてももっとも妥当である。但し、視標はランドルト環以外の図形を用いるようにしてもよい。
【0011】
また、手段12では、前記推定は最尤法による最適化計算で行われるようにした。
つまり、推定計算においては尤度を求め、その尤度を表す確率関数の式の値が最大になるようにすることがよい。これを最尤法(最も尤もらしい結果が得られたと仮定してパラメータを推定する方法)で実行する。本手段では最適化計算で行われ、最適化の手法としては公知の最急降下法、準ニュートン法、共役勾配法等がよい。
また、手段13では、最適化計算において尤度を算出する計算がロジスティック回帰によって行われ、尤度に基づいて推定されることがよい。
ロジスティック回帰は最尤法において尤度関数の式を定める手法の1つであり、計算が容易な近似式として定式化することができる。このロジスティック回帰は、例えば正規分布の累積分布関数を適用したプロビット回帰に比べて計算を簡略化できる。
本願発明は以下の実施の形態に記載の構成に限定されない。各実施の形態や実施例の構成要素は任意に選択して組み合わせて構成するとよい。また各実施の形態や変形例の任意の構成要素と、発明を解決するための手段に記載の任意の構成要素または発明を解決するための手段に記載の任意の構成要素を具体化した構成要素とは任意に組み合わせて構成するとよい。これらについても本願の補正または分割出願等において権利取得する意思を有する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、計算という簡便な手法でその結果に基づいて被験者の求めている眼用レンズの屈折度数を決定することができ、これによってレンズ度数(S度数)だけではなく乱視度数(C度数)と乱視の軸(Ax)についても正確で過矯正を起こすおそれのない眼用レンズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施の形態における屈折度数決定方法の計算を実行するための周辺装置を説明するブロック図。
【
図2】本発明の実施の形態における視力検査の開始の度数を決定するために使用する視力チャートを説明する説明図。
【
図3】同じ実施の形態において視力検査の第1の検査を実行するために使用する視力チャートを説明する説明図。
【
図4】同じ実施の形態において視力検査の第2の検査を実行するために使用する視力チャートを説明する説明図。
【
図5】同じ実施の形態において視力検査の第3の検査を実行するために使用する視力チャートを説明する説明図。
【
図6】同じ実施の形態において視力検査の第4の検査を実行するために使用する視力チャートを説明する説明図。
【
図7】同じ実施の形態において得られたデータに基づく被験者のlogMAR視力と正答割合の関係を表すロジスティック曲線のグラフ。
【
図8】同じ実施の形態において得られたデータに基づく被験者のlogMAR視力と正答割合の関係を表すロジスティック曲線に、推定した度数に関するロジスティック曲線を加えたグラフ。
【
図9】他の実施の形態において使用される12方向を向くランドルト環と時計の文字盤の数字との関係を説明する説明図。
【
図10】他の実施の形態における視力チャートに使用されるランドルト環の向きと配置方向を説明する説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の屈折度数決定方法の実施の形態の一例を説明する。
まず、本発明の実施の形態においてロジスティック回帰による確率関数を計算し、最尤法による最適化計算をするための周辺装置の一例の概略構成について説明する。
図1に示すように、算出用コンピュータ1にはモニター2とキーボード3が接続されている。キーボード3は本実施の形態では数値を入力するための入力手段とされる。
尚、出力手段としてはモニター2以外にプリンタや他の装置へデータを転送する出力手段等が挙げられる。また、入力手段としてはキーボード3以外にLAN接続された他のコンピュータやデータ記憶装置等の他の装置から転送されたデータを入力する手段等が挙げられる。
算出用コンピュータ1は電気的構成としてCPU(中央処理装置)及びROM及びRAM等の周辺装置によって構成される。CPUはROM内に記憶された算出プログラムに従って、視力検査によって取得されたデータ群に基づいてロジスティック回帰を行い、尤度を最大とするような計算を実行する。そして、得られた数値に基づいて被験者の眼用レンズの屈折度数を決定するための屈折度数を決定する。
【0015】
次に具体的な実施例屈折度数決定までの工程の一例について説明する。
A.視力検査におけるデータの取得について
ここでは視標の向きが最終的に16方向の場合までのデータを取得する例について説明する。
a.元になる屈折度数の取得
この段階は元になる屈折度数を大まかに決定する段階である。そのため実際にトライアルレンズを使用して試行錯誤しなくとも例えばオートレフラクトメータのような装置で他覚測定してもよく、また、現在装用している眼鏡と同じ度数に設定しもよい。この段階ではおおまかな度数で構わないので乱視度数と乱視軸がわからない場合は、乱視度数なしでもよい。このようにして得られた度数に基づいて1.0の視標が見える程度のトライアルレンズを仮枠にセットして装用する。被験者に乱視度数があれば球面度数に乱視度数を加えてもよい。
【0016】
b.開始の度数の決定
上記a.で決めたトライアルレンズを仮のスタート度数として視標としての複数のランドルト環が表示された
図1の視力チャート5を使用して視力検査を開始する。そして、視力検査によって1.0のランドルト環が見えるトライアルレンズを求める。このb.の段階から視力検査で取得したデータを後述する計算で用いるようにする。
このときランドルト環の方向は16方向ではなく8方向または4方向に限定するのがよい。そのようにランドルト環の方向の種類が少ないほうが、被験者が見える/見えないの判断を、自信をもってできるためである。
図2の視力チャート5は8方向のランドルト環が表示されている。
図2の視力チャート5は実際に被験者の前方に配置してもよく、ホロプターによって表示させてもよい。
図2の視力チャート5は8つのサイズの異なるランドルト環が上下二段で各段で4つのランドルト環がほぼ等間隔で配置される。ランドルト環は左側から右側に向かってサイズが小さくなる順で配置され、上段左端のランドルト環がもっとも大きく、下段右端のランドルト環がもっとも小さい。各ランドルト環は小数視力での視力値が表示されている。視力チャート5のランドルト環の向き(方向)は、右水平方向を0度として、
右 0度、左 180度
上 90度、下 270度
右上 45度、左下225度
左上135度、右下315度
というように均等な角度間隔の8つの方向である。
【0017】
ここで被験者が「見える」とは、視標(ランドルト環)の向きを正しく答えられる場合である。本実施の形態ではテストにあたっては時間を設定し、例えば3秒以内に答えるようにしたりしてもよく、また例えば3秒間のみ視標を提示するなどの条件を付すようにしてもよい。また「見えない」とは、視標の向きを正しく答えられない場合である。間違った方向を答えたり、「わからない」と答えたり、制限時間内に答えられない場合も含む。
この状態で、仮枠にセットされるトライアルレンズを交換しながら被検者に答えさせるトライアルをして1.0の視標が見えるように球面度数のレンズの値を調整していく。ホロプターを使用する場合は、ホロプターを操作する検者が操作してトライアルレンズの度数を調整する。
具体的な視力検査の手法としては、トライアルレンズの度数を調整する(種類を交換する)ことによって、上の4列は見えて、下の4列のうちもっとも小さいランドルト環は見えない度数を選択するようにする。下の4列のうち、左から3つのランドルト環は見えても見えなくてもよい。小数視力0.7のランドルト環は見えて、1.5のランドルト環は見えないという条件には幅があるので、多くの場合は無理なくレンズの度数を決定できる。被験者の眼からランドルト環までの距離は視力チャート5によって異なるが、一般に5mとすることが多く3mで測定する場合もある。
【0018】
c.第1の検査と第1の度数の取得
第1の検査では
図3に基づいて視力検査をする。
図3の視力チャート6は8つのサイズの異なるランドルト環が上下二段で各段で4つのランドルト環がほぼ等間隔で配置される。ランドルト環は左側から右側に向かってサイズが小さくなる順で配置され、上段左端のランドルト環がもっとも大きく、下段右端のランドルト環がもっとも小さい。各ランドルト環はlogMAR形式で視力値が表示されている。小数視力1.0がlogMAR視力0.0に相当する。
視力チャート7のランドルト環の向き(方向)は、右水平方向を0度として、
右 0度、左 180度
の180度対応する2つの方向のみである。
具体的な視力検査の手法としては、トライアルレンズの度数を調整する(レンズの種類を交換する)ことによって、0.2のランドルト環が見えて-0.2のランドルト環が見えない状態とする。0.2のランドルト環が見えない場合は、球面度数レンズのマイナスを強くする。例えば、トライアルレンズの度数を0.25Dずつマイナスに変えてみる。-0.2のランドルト環が見える場合は、球面度数レンズのマイナスを弱くする。例えば、トライアルレンズの度数を0.25Dずつプラスに変えてみる。尚、被験者がランドルト環の向きを覚えないようにするため、モニター2を目視させて検査を行う場合ではレンズを交換するごとに、ランドルト環の向きをリセットして表示しなおすとよい。こうして調整した得た屈折度数を「第1の度数」とする。
【0019】
調整ができたら、その第1の度数のトライアルレンズを装用した状態で視力チャート7のすべてのランドルト環について改めて被験者に向きを答えさせ、正答○・誤答×・わからない△の区分を記録する。それらの意味は、
○:正答・・・・・被験者が視標を正しく見える場合と偶然正答する場合を含む。
×:誤答・・・・・被験者が視標を正しく見えていない場合。
△:わからない・・被験者が「視標が見えない」と感じる場合。
である。
被験者が「視標が見えない」と感じても当て推量で答えた場合は、△ではなく1/2の確率で○か×になる。その場合でも最終的に推定される屈折度数はほぼ同じになる。
視力チャート7において一度に8個のデータを記録することになるが、ここでは0.5~0.2の4個のランドルト環標についてはほとんど正答となることを想定している。-0.2のランドルト環については被験者が「わからない」と自覚する場合、および結果として誤答する場合が想定される。
この第1の検査のステップにおいて、調整が完了する以前の「第1の度数」を調整していた段階でも正答○・誤答×・わからない△の区分を記録して、その結果を利用してもよい。計算に用いるデータが多いほうが、良い結果を得られる可能性が高いためである。
【0020】
d.第2の検査と第2の度数の取得
第2の検査では
図4に基づいて視力検査をする。
図4の視力チャート7は8つのサイズの異なるランドルト環が上下二段で、各段で4つのランドルト環がほぼ等間隔で配置される。ランドルト環は左側から右側に向かってサイズが小さくなる順で配置され、上段左端のランドルト環がもっとも大きく、下段右端のランドルト環がもっとも小さい。各ランドルト環はlogMAR形式で視力値が表示されている。小数視力1.0がlogMAR視力0.0に相当する。
視力チャート8のランドルト環の向き(方向)は、右水平方向を0度として、
上 90度、下 270度
の180度対応する2つの方向のみである。
具体的な視力検査の手法としては、トライアルレンズの度数を調整する(レンズの種類を交換する)ことによって、0.2のランドルト環が見えて-0.2のランドルト環が見えない状態とする。このとき、取り替えるレンズは垂直方向の度数を変えずに、水平方向の度数のみを変えることが可能であれば、それが望ましい。例えば、球面度数レンズのみが仮枠にセットしてあるのならそれは容易である。水平方向のマイナスを強くするように乱視度数レンズを加えたり、球面度数レンズのマイナスを弱くして垂直方向のマイナス乱視度数レンズを加えたりすることで垂直方向の度数を維持できるからである。
既にトライアルレンズとして球面度数レンズと乱視度数レンズを重ねている場合であっても、乱視軸が180度または90度であれば対応できる。乱視軸が斜めの場合は、レンズ交換にあたって水平方向の度数が変わってもやむを得ないが、SC軸をジャクソンクロスシリンダによるmdp、J00、J45に分解して、mdpとJ00を調整し、再びSC軸に戻す方法によれば、水平方向の度数を維持することができる。
mdp=S度数+0.5×C度数
J
00=-0.5×C度数×cos(2×乱視軸×π/180)
J
45=-0.5×C度数×sin(2×乱視軸×π/180)
πを乗じて180で割るのは、度からラディアンへの換算である。
こうして調整した得た屈折度数を「第2の度数」とする。
【0021】
調整ができたら、上記のc.の第1の度数と同様にその第2の度数のトライアルレンズを装用した状態で視力チャート8のすべてのランドルト環について改めて被験者に向きを答えさせ、正答○・誤答×・わからない△の区分を記録する。調整が完了する以前の度数においても正答○・誤答×・わからない△の区分を記録して、その結果を利用してもよい。また、データを増やすために、この状態で再び
図3の視力チャート6を表示し、右0度と左180度のランドルト環を表示し、正答○・誤答×・わからない△の区分を記録してもよい。
【0022】
e.度数の調整~第3の度数の取得
これまでに得られたデータをもとに、水平・垂直ともに0.0の視標の正答率が75%に近くなるようなレンズの屈折度数を決定する。ここまでで、水平方向・垂直方向の視標について十分な数のデータがあるため、一旦この段階でロジスティック回帰を行い、被験者の眼用レンズの屈折度数を算出するものである。もちろん、この後のデータが追加されることでより精度の高い屈折度数が算出されることが期待される。屈折度数を推定して被験者の眼用レンズの屈折度数を決定する手法は後述する「B.屈折度数推定の方法」で説明する。
また、この段階はすべてのデータ取得の途中段階であるため、敢えてロジスティック回帰で被験者の眼用レンズの屈折度数を算出することはせず、おおよその検討で被験者の眼用レンズの屈折度数を想定してもよい。例えば、水平方向を向くランドルト環で0.0を正答したことが無く、0.0のランドルト環または0.1のランドルト環を正答したことのみがあるのなら、その条件よりも垂直度数を0.25Dマイナス側にする。あるいは、水平方向を向くランドルト環で-0.1まで正答したデータばかりであれば、垂直度数を最もプラス側としてテストした条件よりも0.25Dプラス側にするという手法が考えられる。
こうしてロジスティック回帰を実行して算出した度数、あるいはおおよその検討で調整した度数を「第3の度数」とする。
第3の度数は、水平・垂直ともに「0.2の視標が見えて-0.2の視標が見えない」状態であることがよい。しかし、そのようにできなければ、0.2の視標が見えなくても構わないので-0.2の視標が見えないように調整する。第3の度数を調整する段階で、このような状態に対応するために、たとえば0.7から-0.4まで12個の視標を提示して、「0.3の視標が見えて-0.3の視標が見えない」状態でテストするようにしてもよい。
【0023】
f.第3の検査
第1の検査と第2の検査は被験者のトライアルレンズの度数を試行錯誤して決定することを主目的としていた(取得したデータは用いるが)が、ここでは第3の度数を用いてより精度の高い屈折度数を算出するための多数のデータを取得することを目的とする。
第3の検査における視力検査では、c.第1の検査とd.第2の検査で行ったような180度対応する2つの方向を向いたランドルト環のみの視力チャートを用いる。第3の検査では、
1) 右 0度 と 左 180度
2) 上 90度 と 下 270度
3) 右上 45度 と 左下225度
4) 左上135度 と右下315度
の4つの条件の対向した向きのランドルト環の組み合わせからなる視力チャートそれぞれで、すべてのランドルト環の向きを被験者に答えさせ、正答○・誤答×・わからない△の区分を記録する。
図5の視力チャート8はこのうちのランドルト環が3)のケースの例示である。
【0024】
g.度数の推定
これまでの得たデータをもとに、ロジスティック回帰を行い、すべての方向について0.0のランドルト環向きの正答率が75%に近くなるようなレンズの度数を決定する。ロジスティック回帰を行って被験者の眼用レンズの屈折度数を決定する手法は後述する「B.屈折度数推定の方法」で説明する。
このとき、データの量が十分でなければ、推定すべきパラメータのいくつかをあらかじめ設定した値(大勢の被験者をもとに決定した値)に固定して計算することができる。こうして推定した度数を「第4の度数」とする。
【0025】
h.第4の検査~度数の推定
これより以下のプロセスは、結果として得られる度数の精度をさらに良くするためのものである。従って、このステップは必須ではない。
「g.度数の推定」で推定した第4の度数のレンズを仮枠にセットして、新たに4つの条件それぞれでテストを行い、それまでの結果を利用してロジスティック回帰を行う。ロジスティック回帰については「B.屈折度数推定の方法」で説明する。新たな4つの条件とは次の対向した向きのランドルト環の組み合わせからなる視力チャートを使用してすべてのランドルト環の向きを被験者に答えさせ、正答○・誤答×・わからない△の区分を記録することとなる。
この角度の方向は言い表しにくく視標の向きを口頭で答えるのは煩わしいので、例えば少し斜めであることを了解したうえで、右・左・上・下という形で返答させるようにするとよい。
右上 22.5度 と 左下202.5度
右上 67.5度 と 下下247.5度
左上112.5度 と 右下292.5度
左上157.5度 と 右下337.5度
である。これらを含めることでトータルで16方向について均等な角度でデータを取得することができる。
図6として右上 22.5度 と 左下202.5度の180度対向した方向を向いたランドルト環の視力チャート9を例示する。
この段階での推定は、すでに行った「f.第3の検査」までのデータにこれらの結果を含めてロジスティック回帰を行う。ロジスティック回帰については「B.屈折度数推定の方法」で説明する。
このとき、より新しいデータの重みを大きくして推定を行ってもよい。新しいデータは、最終的に決定する度数に近づいた状態でテストを行って得られたものだからである。
【0026】
i.バリエーション
上記において、「b.開始の度数の決定」のステップは必須ではない。初めから「c.第1の検査と第1の度数の取得」のステップを実行してもよい。また、多くのデータを得ることによって精度を高めることを目的としているため、必ずしも上記のb.~f.のすべてのステップが必要なわけではない。例えばc.やd.やe.で第1、第2、第3の度数の任意の度数を調整することなく「g.度数の推定」を実行してもよい。「f.第3の検査」で斜め方向のデータだけを取得するようにしてもよい。
また、より精度を高めるため、更に度数を推定し、第5の度数を求めるようにしてもよい。e.における第3の度数として、オートレフラクトメータで測定した値や、以前の検査結果や、現在装用している眼鏡レンズの度数を使用してもよい。その場合には、精度のよい結果を得るために第3の検査と度数の推定、第4の検査と度数の推定を繰り返すことがよい。
「f.第3の検査」と「g.度数の推定」で取得した第3の度数と第4の度数の検査結果をまとめて第5の度数の推定に使用するようにしてもよい。
【0027】
B.屈折度数推定の方法
上記A.で取得したデータを使用して具体的に推定を行う例について説明する。
まず、1.において上記で獲得したデータを使用して被験者の視力を推定する計算を説明する。最終的に求める推定値は被験者の眼用レンズの屈折度数であるが、上記で取得したデータを用いて視力も推定できるため、被験者の眼用レンズの屈折度数を推定する前にまず視力を推定する場合について説明する。
1.被験者の視力の推定
A.で取得した視力検査のデータに基づいてロジスティック回帰を行い、最尤法によってロジスティック回帰式の値を最大にする条件を求め、その条件から被験者の視力の推定値を求める。より具体的には数2のようにロジスティック回帰式の値の対数をとった値を全部のデータに関して足し合わせた結果の値を最大にする計算を行う。
ある1つの視力検査のデータは
イ)装用したレンズの度数
ロ)視力値
ハ)ランドルト環の向き(方向)
ニ)正答○・誤答×・わからない△のいずれかの回答
からなる。1.の被験者の視力の推定ではこのデータからロ)とニ)を用いて計算をする。
【0028】
「正答」、「誤答」、「わからない」については次のように考える。
ある度数のレンズを装用した状態で、ある視力の視標(ランドルト環)が半分の割合で正しく見えるとき、見えない残り半分のうち1/2も的中するので、正答率3/4(0.75)になる視力を推定値とする。得られたデータの尤度を最大にする条件で、
図7のようにロジスティック曲線を決定する。このロジスティック曲線において曲線~データ間の縦方向の距離(0~1の値をとる)を1から引いた値が「尤度」となる。すなわち、曲線がデータの近くを通ると尤度が大きくなる。各データに関する尤度をすべて掛け合わせた値が、全データに関する尤度である。そこで、下記の数1の式で示す全データの尤度の対数をとった値を最大にする条件を求める。数1はロジスティック関数式である。ロジスティック関数式は上記のように0.75を推定値とする式である。数2はロジスティック関数式を適用して最適化計算をするための関数式である。数2において、各データは、各データの尤度それぞれの対数をとった値の和であり、対数尤度和と呼ぶ。被験者がランドルト環の方向を正答した場合はgの値をそのまま使用して誤答の場合は1-gの値を使用する。「わからない」という場合は計算にあたっては、「わからない」という結果のデータを2つの正答と誤答のデータとして扱い、それぞれの重みを半分(0.5)とする。つまり、gをそのまま使った結果の値と、1-gとして使った結果の値をシグマの中で足し上げ、足し上げる際の重みを0.5とするようにする。そして、このように尤度の対数をとった値を最大にする最適化計算を実行する。この計算は上記の算出用コンピュータ1で実行する。最適化計算は公知の最適化計算による。最適化計算の一例については「2.被験者の眼用レンズの屈折度数の推定」において後述する。
【0029】
【0030】
【0031】
2.被験者の眼用レンズの屈折度数の推定
ここでは取得したデータのイ)~ニ)のすべてを使用して計算する。そして、上記「1.被験者の視力の推定」と同様にロジスティック関数式である数3の式を用いる。数3の元となる考えは次の通りである。
推定した度数(SC軸)により、ある方向の度数Rθ が決定する。その度数方向に対応するランドルト環(ランドルト環の向きは直交する方向となる)の検査結果についての対数尤度和を計算する。
図8に示すように、このとき、推定した度数に対応するロジスティック曲線は(0.0、0.75)の点を通るものとする。すなわち、logMAR視力0.0を実現する度数であるとする。実際に検査に用いた度数Tθi がRθ と異なるのであれば、その差を尤度計算に反映する。これは数4の式のexpの中の-a(Rθ-Tθi)の項を用いることで(0.0、0.75)の点を通るような推定となる。例えば、目標とする0.0に対して度数Tθiによって得られる視力が弱い場合では、レンズの度数がもっとマイナス側であれば0.0の視標が見えるようになるということなので、RθはTθiよりもマイナスの値であるべきで、その場合にはexpの中の-a(Rθ-Tθi)の値はプラスとなる必要がある。つまり、点線のロジスティック曲線が左側の実線にシフトさせることとなる。
【0032】
そのようにシフトした状態で、数4によって最適化計算によって各データに対応する尤度を求め、その対数をとり、重みを乗じ、その結果の和を最大にするパラメータmdp、J00、J45の値を最適化計算によって求める。数4は16のθ方向と、θ方向のi番目の検査と、i番目での8つの視標(ランドルト環)jの組み合わせの総和を示している。最適化計算は上記の例えば最急降下法を用いる。度数Rθやパラメータa,bの値は最適化計算を行うことにより推定される。パラメータa,bは既知の値を適用してもよい。
数4において、各データは、各データの尤度それぞれの対数をとった値の和であり、対数尤度和と呼ぶ。数2と同様に被験者がランドルト環の方向を正答した場合はgの値をそのまま使用して誤答の場合は1-gの値を使用する。「わからない」という場合は計算にあたっては、「わからない」という結果のデータを2つの正答と誤答のデータとして扱い、それぞれの重みを半分(0.5)とする。つまり、gをそのまま使った結果の値と、1-gとして使った結果の値をシグマの中で足し上げ、足し上げる際の重みを0.5とするようにする。そして、このように尤度の対数をとった値を最大にする最適化計算を実行する。この計算は上記の算出用コンピュータ1で実行する。
上記「1.被験者の視力の推定」と異なりMEの値は、数4においては0.0に固定する。それは、logMARの値として0.0を得られるようなレンズの度数を決定するようにしているためである。また、数3のロジスティック関数においては、数1のロジスティック関数にはない度数の項がある。これは数1では、検査に用いたレンズを装用した結果の正答・誤答・わからないのデータを用いたので、度数の情報は必要なかったが、数3の元になるデータを得るための検査では、様々な度数のレンズを使用しており、そのレンズの度数(検査に用いたレンズの度数で、θによって異なる方向別の値)と、推定すべき度数Rθとの違いを反映する必要があるためである。
【0033】
次に、数3を数4に適用する最適化計算の実際の例について下記の表1A~1C及び表2に基づいて具体的に説明する。
表1A~1Cは16回の検査を行った段階での取得した全データに基づいて数3と数4を用いて行った計算結果である。推定度数Rθ、関数g(θ,i,j)、対数尤度は新たに得られたデータに基づいて4回ごとに検査を実行して取得したデータに基づいて計算し適宜更新される。ここでは、16回の検査を行った段階で推定されたS度数、C度数、乱視軸AXの数値に基づいてどのように推定度数Rθ、関数g(θ,i,j)、対数尤度等が算出されているのかを例示する。
例えば、8回目の検査でのlogMAR視力が0.2での回答と0.1での回答の計算を説明する。これらの回答は0.2では「〇」で正答、0.1では「×」で誤答である。
表2からパラメータa,bはa:5.14、b:21.46である。
また、推定度数Rθ:-1.06(D)、検査度数Tθi:-0.75(D)である。
Mθij:0.2と0.1である。ME:0.0(目標視力)である。
推定度数Rθ:-0.106(D)は次のように計算される。
推定したJCCは表2にある通り(-0.81、0.11、-0.25)である。
最適化計算ではJCCの値をいろいろ変化させて、尤度が最大になるようにする。そのため、変化させたJCCの値を元にSC軸を算出し、更にそれを元に下記計算をして推定度数Rθを算出する。SC軸からJCCを算出する場合は反対の計算をして、JCCの値を元にS度数、C軸度数、乱視軸を求めるようにする。JCCの値を元にするのは数値変化が180度から0度の間で変化するSC軸に比べて連続的であるため最適化計算には有利だからである。
S度数+C度数・sin2(π・(乱視軸-度数方向)/180)
=-0.54-0.54・sin2(π・(147-67.5)/180)
=-0.106
これらの値を関数g(θ,i,j)の式、つまり数3の式に代入することで関数gの値が求められる。ここでは表1Bに示すようにそれぞれ、0.969と0.818となる。
関数g(θ,i,j)の具体的な数値が求まるので、数4に従って、その数値を適用して以下の計算をする。
ln(0.969)=-0.032
ln(1-0.818)=-1.703
この結果は対応する表1Cに記載されている。
このような計算を本実施の形態では検査4回ごとに過去のデータを含めて更新しながら実行していく。
【0034】
【0035】
【0036】
次に、実際に上記のようにランドルト環の向きが16方向の場合について8つのランドルト環が表示された視力チャートをそれぞれ一回の計16回、つまり16×8=128個の検査データを取得して計算した一例を以下の表に示す。表1A~1Cにはある被験者について実行した16回の検査の結果をそれぞれ横方向に列記したもので具体的な16回の検査に基づいて最適化計算を実行した値が示されている(この例はL眼)。表1A~1Cは実際には連続的に表示すべきところ長尺であるため途中で分断して示している。この例はlogMARの値が0.0となるレンズで、パラメータa,bも同時に推定した例である。表2に推定結果を示す。また、表3に16回に至る途中の4回まで、8回まで、12回までのそれぞれの推定計算の結果と、パラメータa,bを固定した場合の16回の推定計算の結果を示す。数値の精度としてはデータが多いほどよく回数が多いほど高精度である。
データが少ない場合はa,bの推定は不安定になりがちである。そこで、ここでは16回の検査のデータを用いた場合のみa,bを同時に推定した。a,bの値は人によって、または度数によって異なると考えられる。そこで、例えば大勢の被験者をもとに平均的なa,bの値を求めておいて、検査のデータが少ない場合(4回までや8回までの場合)はa,bの値を固定して推定を行うのがよい。
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
また、上記は近視の被験者の例であったが、以下表4及び表5に遠視の被験者について視力検査を実行した結果を示す。計算結果の途中は省略し、検査条件、視力検査における回答結果、及び最終推定結果のみ示す。この例は終始同じトライアルレンズで検査を行った例である。途中段階での推定は4回と12回は省略した。この例では1回~8回まで同じ度数のトライアルレンズを使用し、9回~16回では別の度数のトライアルレンズを使用して検査を行っている。
この例では、あえて16回まで検査をせず、精度は劣るが8回で終わってもよい。その場合は、8回までのすべての検査で被験者は同じレンズを装用したことになる。途中でレンズの度数を変更しないのであれば、例えば被験者が現在装用している眼鏡を装用しそれをテストレンズと考えて検査を行ってもよい。そうすれば、別途テストレンズを使用しなくてすむので、とても簡便に実施することができる。もちろん、途中でトライアルレンズを使用して(レンズを変えて)12回や16回まで検査を行ってもよく、その場合では精度の面でより有利となる。更に、被験者が現在眼鏡を装用していなければ屈折度数が入っていない素通しのトライアルレンズを装用して検査をするようにしてもよい。また、そのような屈折度数が入っていない素通しのトライアルレンズを装用するまでもなく裸眼で検査するようにしてもよい。
【0043】
【0044】
【0045】
上記実施の形態は本発明の原理およびその概念を例示するための具体的な実施の形態として記載したにすぎない。つまり、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明は、例えば次のように変更した態様で具体化することも可能である。
・上記実施の形態の「A.視力検査におけるデータの取得について」の「b.開始の度数の決定」では小数視力を使用していたが、この段階でもlogMARで表示した視標(ランドルト環)を使用してもよい(すべてlogMAR)。逆にすべて小数視力を使用して視力検査をするようにしてもよい。
・ランドルト環以外の視標を使用してもよい。
・「c.第1の検査と第1の度数の取得」においてランドルト環は右0度、左180度のセットを表示して視力検査をしていたが、この段階で上下のセットや右上と左下のセットなど、180度向きが異なる対になるランドルト環を用いるようにしてもよい。ランドルト環の向きは、2方向のどちらかを原則的にランダムに選択する。
・「c.第1の検査と第1の度数の取得」と「d.第2の検査と第2の度数の取得」のどちらかを省略してもよく、「c.第1の検査と第1の度数の取得」と「d.第2の検査と第2の度数の取得」の両方ともまったくせずに「b.開始の度数の決定」のステップから直ちに「f.第3の検査」のステップを実行するようにしてもよい。
・上記実施の形態では16方向の視力検査をそれぞれ一回ずつ行ったが二回以上行うようにしてもよい。また、すべての方向について均等に同じ回数の視力検査をしなくともランダムにいくつかの方向について繰り返して視力検査をするようにしてもよい。
【0046】
・上記実施の形態では16方向を向くランドルト環について視力検査をする例について説明したが、16方向以下の視力検査であってもよい。逆に16方向より多い場合では推定の精度は必ずしも向上せず、検査の手間が増えてしまう。また、方向が多すぎると被験者は視標の方向を特定できず(あるいはしにくく)、検査に誤りが生じるおそれがある。
例えば、12方向の視標(ランドルト環)の視力チャートを用い、被験者には
図9のように時計の文字盤の数によってランドルト環の向きを答えさせるようにしてもよい。時計の文字盤はちょうど等角度(30度ステップ)で12等分された位置に数字があるからである。16方向で視力検査する方法に比べると、精度は劣る。しかし、実施の手間と精度の求められるバランスは実施者によって異なるので、この方法も有用である。
この場合でも「b.開始の度数の決定」から「f.第3の検査」で第3の度数を決定するまでは、16方向で検査する方法と同じである。第3の検査では2-8時と11-5時、第4の検査では1-7時と10-4時の方向のランドルト環をそれぞれ使用する。180度対向した2つのランドルト環と12の方向は
図10の通りである。得られたデータに基づく計算は上記「B.屈折度数推定の方法」の計算と同様である。
【0047】
このような12方向のランドルト環の視力チャートを用いて視力検査を実行した結果を表6及び表7に示す。計算結果の途中は省略し、検査条件、視力検査における回答結果、及び最終推定結果のみ示す。これは
図10のような12方向を向いたランドルト環の視力チャートを用い、1つのトライアルレンズでの検査を6回として異なる3つのトライアルレンズで検査を行った例である。
【表6】
【0048】
【0049】
・また、8方向で視力検査を行うようにしてもよい。16方向・12方向で検査する方法よりも精度が劣るが、手間が少ないのでバランスを考えれば実務上のメリットがある。この場合には16方向で視力検査する方法に倣い、22.5度ステップのランドルト環を使わず、45度ステップのランドルト環までを使用することによって実現できる。上記と同様に第3の検査と第4の度数の推定し、その後は8方向のランドルト環による検査と度数の推定を繰り返す。
・6方向で視力検査を行うようにしてもよい。上記に比べて精度は劣るが、手間を最小にする効果はある。これは12方向で検査する方法で30度ステップの視標を使わず、60度ステップの視標(ランドルト環)までを使用することによって実現できる。