(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149767
(43)【公開日】2023-10-13
(54)【発明の名称】ホログラム素子
(51)【国際特許分類】
G03H 1/16 20060101AFI20231005BHJP
G03H 1/22 20060101ALI20231005BHJP
G02B 5/32 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
G03H1/16
G03H1/22
G02B5/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022058522
(22)【出願日】2022-03-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.出荷日 令和4年1月12日~1月20日 出荷した物の内容 「史跡名勝天然記念物保護100年記念2021プルーフ貨幣セット-史跡-」 出荷先 日本各地の購入者 2.出荷日 令和4年1月21日~3月24日 出荷した物の内容 「史跡名勝天然記念物保護100年記念2021プルーフ貨幣セット-史跡-」 出荷先 日本各地の購入者 3.出荷日 令和4年1月19日~1月20日 出荷した物の内容 「令和4年純金干支メダル(寅)」 出荷先 日本各地の購入者 4.出荷日 令和4年1月21日~3月28日 出荷した物の内容 「令和4年純金干支メダル(寅)」 出荷先 日本各地の購入者
(71)【出願人】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】503208150
【氏名又は名称】独立行政法人 造幣局
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】山東 悠介
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和郎
(72)【発明者】
【氏名】矢野 純也
(72)【発明者】
【氏名】福 大介
(72)【発明者】
【氏名】大原 輝彦
【テーマコード(参考)】
2H249
2K008
【Fターム(参考)】
2H249CA01
2H249CA09
2K008BB04
2K008CC01
2K008EE01
2K008FF21
2K008HH01
2K008HH06
2K008HH19
(57)【要約】
【課題】点光源からの入射面への入射光を回折して潜像を表示するホログラム素子において、入射光に含まれる各波長の潜像の生成位置と生成サイズを近づけることで色滲みを低減することが可能な技術を実現する。
【解決手段】入射面11に直交する方向を奥行方向Dとし、奥行方向Dにおける入射面11に対して観察者の視点4が配置される側を手前側D1とし、奥行方向Dにおける手前側D1とは反対側を奥側D2とし、入射面11と点光源1との奥行方向Dの距離を対象距離Lとして、ホログラム素子10は、入射面11に対して奥側D2であって、入射面11からの奥行方向Dに沿った距離が対象距離L未満の設定距離ω
+である位置に、潜像21を生成する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
点光源からの入射面への入射光を回折して潜像を表示するホログラム素子であって、
前記入射面に直交する方向を奥行方向とし、前記奥行方向における前記入射面に対して観察者の視点が配置される側を手前側とし、前記奥行方向における前記手前側とは反対側を奥側とし、前記入射面と前記点光源との前記奥行方向の距離を対象距離として、
前記入射面に対して前記奥側であって、前記入射面からの前記奥行方向に沿った距離が前記対象距離未満の設定距離である位置に、前記潜像を生成する、ホログラム素子。
【請求項2】
前記設定距離が、前記対象距離の半分と同等である、請求項1に記載のホログラム素子。
【請求項3】
前記潜像の原画像に基づくフーリエ変換像にレンズの位相分布を乗算した複素振幅分布を、符号化したパターンが形成されている、請求項1又は2に記載のホログラム素子。
【請求項4】
前記符号化は、前記複素振幅分布の偏角の2値化である、請求項3に記載のホログラム素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、点光源からの入射面への入射光を回折して潜像を表示するホログラム素子に関する。
【背景技術】
【0002】
ホログラム素子の一例が、特開2019-215497号公報(特許文献1)に開示されている。以下、この背景技術の説明では、特許文献1における符号を括弧内に引用する。特許文献1に開示されているホログラム素子としてのホログラム保持体(10)は、光源(51(51a,51b))からの凹凸面(12a)への入射光を回折して光像(100)を表示するように構成されている。そして、特許文献1のホログラム保持体(10)では、特定の波長に対する回折効率が高くなるように凹凸面(12a)を形成することで、白色光が入射した場合であっても、色収差に起因する色滲みの影響を低減して、視認性の良い光像(100)を生成することが可能とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の技術は、回折効率を利用して色滲みの影響を低減するものであり、特許文献1での色滲みの低減は、特定の波長以外の波長の光像が観察され難くすることによるものである。そのため、特許文献1の技術では、特定の波長以外の波長の光を有効に利用することができず、光量が低下する等、光の利用効率が低くなりやすい。このような技術とは異なり、入射光に含まれる各波長の光像の生成位置と生成サイズを近づけることができれば、色滲みをより根本的に低減することができ、例えば白色光が入射された場合には、色滲みが低減された白色の光像を生成することも可能となる。
【0005】
そこで、点光源からの入射面への入射光を回折して潜像を表示するホログラム素子において、入射光に含まれる各波長の潜像の生成位置と生成サイズを近づけることで色滲みを低減することが可能な技術の実現が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係るホログラム素子は、点光源からの入射面への入射光を回折して潜像を表示するホログラム素子であって、前記入射面に直交する方向を奥行方向とし、前記奥行方向における前記入射面に対して観察者の視点が配置される側を手前側とし、前記奥行方向における前記手前側とは反対側を奥側とし、前記入射面と前記点光源との前記奥行方向の距離を対象距離として、前記入射面に対して前記奥側であって、前記入射面からの前記奥行方向に沿った距離が前記対象距離未満の設定距離である位置に、前記潜像を生成する。
【0007】
潜像を生成するための入射光(再生光)が平面波である場合(すなわち、平面波再生の場合)には、色収差に起因する色滲みの程度は、潜像の生成面のホログラム素子(具体的には、入射光の入射面)からの奥行方向に沿った距離に比例して大きくなることが知られている。本発明者らは、研究の結果、入射光が平面波ではなく球面波である場合には、入射面に対して奥側(具体的には、入射面に対して奥側であって、入射面からの奥行方向に沿った距離が対象距離未満の領域)に、入射光に含まれる各波長の潜像の生成サイズの差が大きくなり過ぎないようにしつつ、当該各波長の潜像の生成位置を平面波再生の場合に比べて近づけることができる領域が存在することを見出した。
【0008】
このような知見に基づき、本構成では、ホログラム素子が、入射面に対して奥側であって、入射面からの奥行方向に沿った距離が対象距離未満の設定距離である位置に、潜像を生成するように構成される。これにより、入射光に含まれる各波長の潜像の生成位置と生成サイズを近づけて、色滲みの低減を図ることが可能となっている。更に、本構成によれば、ホログラム素子が上記のように構成されるため、潜像とその共役像との分離性の向上や、点光源の大きさに起因する像ボケの低減、更には、視域角の拡大も図ることができる。
【0009】
ホログラム素子の更なる特徴と利点は、図面を参照して説明する実施形態についての以下の記載から明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係るホログラム素子の観察態様を示す図
【
図2】比較例に係るホログラム素子の観察態様を示す図
【
図3】潜像の奥行き設計値に対する潜像の生成位置の変化を示す図
【
図4】潜像の奥行き設計値に対する潜像の生成サイズの変化を示す図
【
図5】潜像の奥行き設計値に対する各パラメータの変化を示す図
【
図6】比較例に係るホログラム素子によって生成される潜像の一例を示す模式図
【
図7】実施形態に係るホログラム素子によって生成される潜像の一例を示す模式図
【発明を実施するための形態】
【0011】
ホログラム素子の実施形態について、図面を参照して説明する。
図1に示すように、ホログラム素子10は、点光源1からの入射面11への入射光2を回折して潜像21を表示する素子である。ホログラム素子10には、入射面11への入射光2(球面波)を回折させるためのパターン(ホログラムパターン)が形成されている。ホログラム素子10は、位相型であっても振幅型であってもよい。位相型のホログラム素子10には、凹凸パターン等の光路長(位相遅延量)の変化によって入射光2を回折させるホログラムパターンが形成され、振幅型のホログラム素子10には、濃淡パターン等の反射率や透過率の変化によって入射光2を回折させるホログラムパターンが形成される。
【0012】
点光源1には、疑似的に点光源と近似可能な光源を含む。点光源1は、単色光を発する光源であっても、連続的又は不連続的なスペクトル分布を持つ光(例えば、白色光)を発する光源であってもよい。例えば、スマートフォン等に搭載された白色LED(Light Emitting Diode)を、点光源1として用いることができる。本開示の技術によれば、以下に説明するように、レーザ等の特殊な光源や、狭帯域フィルタ等の特殊な光学部材を用いることなく、比較的入手の容易な点光源1とホログラム素子10のみで、色滲みが低減された潜像21を表示することができる。このような本開示の技術は、例えば、メダル等の金属製品の付加価値向上のために実施することができる。この場合、メダル等の金属製品が「ホログラム素子」に相当し、当該金属製品の表面におけるホログラムパターン(例えば、凹凸パターン)が形成された領域が「入射面」に相当する。これ以外にも、本開示の技術は、例えば、時計やアクセサリ等の装飾品、フィルムシート、金券、チケット、CDやDVD等の記録媒体(メディア)、公的文書や機密情報を記録した媒体等にも適用することができる。
【0013】
図1に示すように、入射面11に直交する方向を奥行方向Dとし、奥行方向Dにおける入射面11に対して観察者の視点4が配置される側を手前側D1とし、奥行方向Dにおける手前側D1とは反対側を奥側D2とし、入射面11と点光源1との奥行方向Dの距離を対象距離Lとする。ホログラム素子10は、反射型であっても透過型であってもよいが、
図1では、ホログラム素子10が反射型である場合を例示している。そのため、
図1では、点光源1は、入射面11に対して手前側D1に配置され、入射面11に対して奥側D2に、点光源1の鏡像20(虚像)が形成される。鏡像20は、入射面11に対して奥側D2であって、入射面11からの奥行方向Dに沿った距離が対象距離Lである位置に(すなわち、フーリエ面上に)形成される。
【0014】
図1に示す例とは異なりホログラム素子10が透過型である場合には、
図1における鏡像20の形成位置に点光源1が配置される。すなわち、ホログラム素子10が反射型である場合の入射側の光学系を入射面11に対して奥行方向Dに反転させると、ホログラム素子10が透過型である場合の光学系となる。そのため、以下の説明は、ホログラム素子10が反射型であっても透過型であっても成立する。
【0015】
図1に示すように、ホログラム素子10は、入射面11に対して奥側D2であって、入射面11からの奥行方向Dに沿った距離が対象距離L未満の設定距離ω
+である位置に、潜像21を生成する。ホログラム素子10をこのように構成することで、
図2に示す比較例のように、ホログラム素子10が、入射面11に対して奥側D2であって、入射面11からの奥行方向Dに沿った距離が対象距離Lである位置に潜像21を生成するように構成される場合に比べて、以下に説明する各効果(具体的には、色収差に起因する色滲みの低減、共役像22との分離性の向上、点光源1の大きさに起因する像ボケの低減、及び、視域角βの拡大)を奏することができる。
【0016】
図1では、奥行方向Dがz方向となり且つz座標の原点(z=0)が入射面11上に位置するように直交座標系(x,y,z)を定義している。そして、
図1では、入射光2が入射面11に対して入射角αで入射し、ホログラム素子10により回折された回折光3を観察者が視点4から観察することで、観察像23が観察される様子を示している。なお、
図2に示す比較例は、本開示に係る技術の実施例ではないが、本開示に係る技術の実施例(
図1)との対比を容易にするために、
図1と同様の符号を
図2に付している。
【0017】
本実施形態では、ホログラム素子10には、潜像21の原画像に基づくフーリエ変換像にレンズ(具体的には、凹レンズ)の位相分布を乗算した複素振幅分布を、符号化したパターンが形成されている。すなわち、ホログラム素子10には、計算機合成ホログラム(CGH:Computer-Generated Hologram)が形成されている。潜像21の生成面(結像面)内の直交座標を(x’,y’)とし、入射面11(ホログラム面)内の直交座標を(x,y)とし、潜像21の原画像の強度分布をI(x’,y’)とし、レンズの位相分布をφ(x,y)として、潜像21の原画像に基づくフーリエ変換像にレンズの位相分布を乗算した複素振幅分布h(x,y)は、以下の式(1)で表される。
【0018】
【0019】
ここで、FFT[]は、高速フーリエ変換(離散フーリエ変換)を表し、ψ(x’,y’)は、ランダム位相を表す。潜像21の原画像に基づくフーリエ変換像は、潜像21の原画像をそのままフーリエ変換したものであっても、潜像21の原画像に何らかの処理を施した後にフーリエ変換したものであってもよい。式(1)では、一例として、潜像21の原画像にランダム位相(0から2πの間のランダムな位相値)を付加する処理を施した後にフーリエ変換したものを、潜像21の原画像に基づくフーリエ変換像としている。光の波長をλとし、レンズの焦点距離をfとして、レンズの位相分布φ(x,y)は、例えば、近軸近似を用いて以下の式(2)で表すことができる。
【0020】
【0021】
ホログラム素子10には、式(1)で示される複素振幅分布h(x,y)を符号化したパターンが形成されている。ホログラム素子10には、例えば、複素振幅分布h(x,y)に対応する凹凸パターンが形成される。具体的には、ホログラム素子10には、例えば、複素振幅分布h(x,y)の位相情報を2値以上に多値化した凹凸パターンが形成される。このようなホログラム素子10は、例えば、入射面11に対する微細加工(フォトリソグラフィプロセス等)を行って製造することができる。
【0022】
複素振幅分布h(x,y)の符号化(コーディング)としてあらゆる手法を採用することができ、多値化についても2値化ではなく3値以上の多値化とすることもできるが、一例として、符号化を、以下の式(3)に示すように、複素振幅分布h(x,y)の偏角の2値化とすることができる。複素振幅分布h(x,y)の偏角の2値化は、例えば、複素振幅分布h(x,y)の実部又は虚部の2値化により行うことができる。
【0023】
【0024】
ここで、H(x,y)は、符号化後の複素振幅分布h(x,y)の振幅又は位相(ここでは、位相)の分布を表し、Bin[]は、2値化を表し、arg{}は、偏角を取り出すことを表している。ホログラム素子10には、H(x,y)が表す複素振幅分布h(x,y)の振幅情報又は位相情報(ここでは、位相情報)に応じたパターンが形成される。符号化をこのように複素振幅分布h(x,y)の偏角の2値化とすることで、符号化を比較的単純な演算により行うことができる。また、入射面11に記録されるパターンを、2値化された複素振幅分布h(x,y)の位相情報を深さで表す凹凸パターンとする場合には、ホログラム素子10の作製工程が簡素になると共に、パターンの転写を行うことでホログラム素子10の大量生産も容易となるため、コストの低減を図ることもできる。
【0025】
このように、本実施形態では、ホログラム素子10に、潜像21の原画像に基づくフーリエ変換像にレンズ(具体的には、凹レンズ)の位相分布を乗算した複素振幅分布を、符号化したパターンが形成されている。このようにレンズの位相分布を乗算することは、
図2の光学系において潜像21をレンズ越しに見ることに相当するため、レンズの位相分布を乗算することで、潜像21の奥行方向Dの位置を制御することができる。具体的には、
図1に示すように、潜像21が生成される設定距離ω
+(入射面11からの奥行方向Dに沿った距離)を、対象距離L未満の大きさの距離とすることが可能となっている。設計波長λ
0でのレンズの焦点距離fをf
0として、レンズの公式により以下の式(4)が成り立ち、式(4)を変形することで、設定距離ω
+(設計波長λ
0での設定距離)は、以下の式(5)で表される。
【0026】
【0027】
【0028】
ここで、設定距離ω
+の符号は、z座標(
図1参照)の符号と一致させているため、式(5)のように設定距離ω
+の符号が負となることは、潜像21が、入射面11に対して奥側D2に生成されることを意味する。なお、本明細書では、入射面11からの奥行方向Dに沿った距離が設定距離ω
+である位置という場合の「設定距離ω
+」は、設定距離ω
+の大きさ(絶対値)を意味する。
【0029】
式(2)で表されるレンズ(仮想レンズ)の焦点距離fは、波長λに依存する(言い換えれば、ホログラム素子10による回折の仕方が波長λに依存する)。ここで、潜像21の生成波長(再生波長)λRでの焦点距離をfRとすると、以下の式(6)より以下の式(7)が得られる。なお、ここでは、単純化のためx座標のみ考慮している。
【0030】
【0031】
【0032】
式(5)のf
0をf
Rに置き換えることで、生成波長λ
Rでの設定距離(すなわち、生成波長λ
Rの潜像21のz方向における生成位置)を導出することができる。
図3は、このように導出される潜像21のz方向における生成位置の、設計波長λ
0の潜像21のz方向における生成位置(すなわち、式(5)で示される潜像21の奥行き設計値)に対する変化を示している。
図3では、設計波長λ
0を緑色光の波長(具体的には、532nm)とすると共に、対象距離Lを25cmとしており、
図3の横軸の潜像21の奥行き設計値の変化は、焦点距離f
0(設計波長λ
0でのレンズの焦点距離f)の変化によるものである。
図3において、「設計波長λ
0」は、生成波長λ
Rが設計波長λ
0である場合の潜像21の生成位置を示し、「球面波(赤)」は、生成波長λ
Rが赤色光の波長(具体的には、633nm)である場合の潜像21の生成位置を示し、「球面波(青)」は、生成波長λ
Rが青色光の波長(具体的には、450nm)である場合の潜像21の生成位置を示している。そして、
図3では、生成波長λ
Rが赤色光の波長である場合と青色光の波長である場合との間での、潜像21の生成位置の差を、「色滲み量(球面波)」としている。すなわち、この色滲み量は、白色光で潜像21を生成(再生)する場合の、潜像21の奥行き生成位置の違いによるものである。
【0033】
図3では、比較のために、入射面11への入射光2が球面波ではなく平面波である場合の潜像21の生成位置も示している。具体的には、「平面波(赤)」は、入射光2が赤色の平面波である場合の潜像21の生成位置を示し、「平面波(青)」は、入射光2が青色の平面波である場合の潜像21の生成位置を示し、入射光2が赤色の平面波である場合と青色の平面波である場合との間での、潜像21の生成位置の差を、「色滲み量(平面波)」としている。
【0034】
図3に示されているように、平面波の白色光で潜像21を生成(再生)する比較例の場合には、潜像21の奥行き設計値の絶対値が大きくなるに従って、色滲み量が大きくなる。一方、本実施形態のホログラム素子10を用いて球面波の白色光で潜像21を生成(再生)する場合には、潜像21の奥行き設計値が負の領域(z<0)で、平面波で潜像21を生成する場合に比べて色滲み量が小さく抑えられている。
図3では、潜像21の奥行き設計値が0から負側に対象距離L(
図3に示す例では、-25cm)までの領域を、色滲み低減領域としている。
【0035】
色収差に起因する色滲みは、潜像21の奥行き生成位置の違いに加えて、潜像21の生成サイズの違いによっても生じる。
図2に示す比較例のように、潜像21がフーリエ面に生成される場合には、潜像21の生成サイズは、波長λと対象距離Lに比例し、ホログラムの画素サイズΔに反比例する。すなわち、潜像21の生成サイズは、|λ・L/Δ|で表すことができる。一方、本実施形態のホログラム素子10では、仮想レンズによる像面位置の変化による結像倍率が、|ω
+/L|で与えられるため、潜像21の生成サイズは、|(λ・L/Δ)・(ω
+/L)|=|λ・ω
+/Δ|となる。よって、|λ・ω
+/Δ|においてλ=λ
0とすることで、設計波長λ
0での潜像21の生成サイズを、以下の式(8)のように導出することができる。また、|λ・ω
+/Δ|において、λ=λ
Rとすると共に、設計波長λ
0での設定距離であるω
+を、波長λ
Rでの設定距離(式(5)のf
0をf
Rに置き換えたもの)に置き換えることで、生成波長λ
Rでの潜像21の生成サイズを、以下の式(9)のように導出することができる。
【0036】
【0037】
【0038】
図4は、式(9)で導出される潜像21の生成サイズの、式(5)で示される潜像21の奥行き設計値に対する変化を示している。
図4では、
図3と同様に、設計波長λ
0を緑色光の波長とすると共に、対象距離Lを25cmとしており、「球面波(設計波長λ
0)」は、生成波長λ
Rが設計波長λ
0である場合の潜像21の生成サイズを示し、「球面波(赤)」は、生成波長λ
Rが赤色光の波長である場合の潜像21の生成サイズを示し、「球面波(青)」は、生成波長λ
Rが青色光の波長である場合の潜像21の生成サイズを示している。そして、
図4では、生成波長λ
Rが赤色光の波長である場合と青色光の波長である場合との間での、潜像21の生成サイズの差を、「色滲み量(球面波)」としている。すなわち、この色滲み量は、白色光で潜像21を生成(再生)する場合の、潜像21の生成サイズの違いによるものである。
【0039】
図4に示されているように、潜像21の生成サイズは、潜像21の奥行き設計値の絶対値が大きくなるに従って大きくなる。潜像21のサイズは一般に大きい方が望ましく、観測者が感じる潜像感も、一般に、潜像21の奥行き設計値が負側に大きくなるに従って強くなる傾向があるが(
図5参照)、
図4に示されるように、潜像21の奥行き設計値の絶対値が大きくなるに従って、像の生成サイズの違いによる色滲み量が大きくなる。そのため、潜像21の奥行き生成位置の違いによる色滲み量(
図3)と、潜像21の生成サイズの違いによる色滲み量(
図4)とを考慮すると、潜像21の奥行き設計値が負の領域(z<0)において、潜像21の奥行き設計値である設定距離ω
+(具体的には、絶対値、以下同様)を、対象距離L未満とすると好適であり、例えば、設定距離ω
+を、対象距離Lの半分と同等(同一又は同程度)とすることができる。
【0040】
本実施形態のホログラム素子10によれば、以上のように、色収差に起因する色滲みの低減を図ることができる。
図6及び
図7は、球面波の白色光で「子」の文字の潜像21を生成する場合に観察者が観察する観察像23を模式的に示しているが、
図6に示す比較例(
図2に示す比較例の構成に対応)の観察像23では、色滲みの影響で「子」の文字が色毎に比較的大きくずれるのに対して、
図7に示す本実施形態(
図1に示す本実施形態の構成に対応)の観察像23では、色滲みの影響を小さく抑えることができ、虹色ではなく白色に近い潜像21を生成することができる。本実施形態のホログラム素子10によれば、以下に説明するように、更に、共役像22との分離性の向上、点光源1の大きさに起因する像ボケの低減、及び、視域角βの拡大を図ることもできる。
【0041】
入射面11から潜像21の共役像22が生成される位置までの奥行方向Dに沿った距離を共役距離ω
-(
図1参照)とすると、レンズの公式により以下の式(10)が成り立ち、式(10)を変形することで、共役距離ω
-(設計波長λ
0での共役距離)は、以下の式(11)で表される。そして、式(11)のf
0をf
Rに置き換えることで、生成波長λ
Rでの共役距離(すなわち、生成波長λ
Rの共役像22のz方向における生成位置)を導出することができる。なお、共役距離ω
-の符号は、設定距離ω
+の符号と同様に、z座標の符号と一致している。
【0042】
【0043】
【0044】
式(5)と式(11)との比較から明らかなように、本実施形態のホログラム素子10では、潜像21と共役像22とを奥行方向Dに分離させることができる(
図1参照)。そして、式(11)より、f
0=Lの場合、すなわち、ω
+=-L/2の場合に、ω
-が無限大になることが分かる。
図2に示す比較例のように、共役像22が潜像21と同じ面(フーリエ面)上に生成される場合には、潜像21と共役像22との重なりを避けるために、潜像21の生成領域が一部に制限される(
図6参照)。これに対して、本実施形態のホログラム素子10では、潜像21と共役像22とを奥行方向Dに分離させることで、潜像21が生成される面での潜像21と共役像22との重なりを基本的になくすことができるため、潜像21の生成領域を広く確保しやすい(
図7参照)。
【0045】
図5は、潜像21の奥行き設計値(横軸)に対する各パラメータの変化を示している。
図5において、「色滲み抑制範囲」は、
図3の「色滲み低減領域」に対応し、「奥行位置の差」は、
図3の「色滲み量(球面波)」に対応し、「像サイズ」は、
図4の「球面波(設計波長λ
0)」に対応し、「像サイズの差」は、
図4の「色滲み量(球面波)」に対応している。そして、
図5において、「共役像の分離」は、設定距離ω
+と共役距離ω
-との差の絶対値に対応している。
【0046】
また、
図5において、「像ボケ」は、点光源1の大きさに起因する像ボケ(潜像21のボケ、本明細書の他の箇所の記載においても同様)の程度を表している。点光源1の大きさをdとし、大きさdの範囲の両端から入射面11(ホログラム面)におけるxy座標の原点に向かう光線を考えると、フーリエ面上での大きさdの位置ずれは、本実施形態のホログラム素子10において潜像21が生成される面(フーリエ面よりもホログラム素子10側の潜像面)上では、|d・ω
+/L|の大きさの位置ずれになる。そのため、|d・ω
+/L|を、像ボケの程度を表す指標とすることができ、
図5における「像ボケ」は、この指標に基づく像ボケの程度を表している。
【0047】
また、
図5において、「視域」は、
図1における視域角βを示している。視域角βは、ホログラム素子10(具体的には、ホログラムパターンが形成されている領域)の寸法(
図1では、x方向の寸法)をSとして、以下の式(12)で表される。
【0048】
【0049】
図5では、大きい方が望ましいパラメータである「像サイズ」、「潜像感」、「共役像の分離」、「視域」を太線で示し、小さい方が望ましいパラメータである「奥行き位置の差」、「像サイズの差」、「像ボケ」を細線で示している。
図5に示す各パラメータを考慮すると、設定距離ω
+が負の領域(z<0)において、設定距離ω
+(具体的には、絶対値、以下同様)を、対象距離L未満の色滲み抑制範囲内に設定すると好適であり、例えば、対象距離Lの半分と同等の大きさとなる設定距離ω
+を、奥行き最適値とすることができる。
【0050】
ところで、ホログラム素子10には、式(1)で表される複素振幅分布h(x,y)を符号化したパターンが形成されている。ここで、複素振幅分布h(x,y)の帯域Wを考えると、帯域Wは、以下の式(13)で表される。
【0051】
【0052】
ここで、W
φは、仮想レンズの位相分布φ(x,y)の帯域であり、W
fは、式(1)の右辺におけるレンズの位相分布φ(x,y)を除く部分の帯域(すなわち、潜像21の原画像に基づくフーリエ変換像の帯域)であり、Δは、h(x,y)の標本間隔である。W
f=1/Δであり、式(13)のように、仮想レンズを付与した分だけ複素振幅分布h(x,y)の帯域WがW
fよりも広がるため、W>1/Δとなる。そのため、標本化定理(W≦1/Δ)は満たされておらず、
図8に示すように、フーリエ面(ここでは、鏡像20が配置される面)において、複素振幅分布h(x,y)のスペクトルにはエイリアシングが発生し、高次回折像のスペクトルと一部重畳する。なお、
図8では、フーリエ面上に、潜像21のスペクトル21aに加えて、+1次回折像31のスペクトル31aと、-1次回折像32のスペクトル32aを示している。
【0053】
このように、フーリエ面ではエイリアシングが発生するものの、
図8に示すように、潜像21が生成される潜像面5では、潜像21は、+1次回折像31や-1次回折像32から分離される。具体的には、潜像21、+1次回折像31、及び-1次回折像32の各波面は、仮想レンズの効果により、フーリエ面からホログラム素子10に向かって潜像面5で収束するように伝搬するため、潜像面5では各波面が分離される。このように、本開示の技術では、標本化定理は満たさないものの、潜像21を、潜像面5において、+1次回折像31や-1次回折像32から分離することが可能となっている。
【0054】
数式を用いてより詳しく説明すると、所望のスペクトルをp(X)として、フーリエ面上での波面q(X)は、対象距離Lで決まる球面波を掛けて、以下の式(14)で表される。なお、ここでは、単純化のため、
図8に示す2次元平面で考えている。波面q(X)は、設定した奥行き位置の潜像面5に結像する波面(所望の潜像21の波面)である。
【0055】
【0056】
この波面q(X)以外に高次回折光も存在し、+1次の回折光の波面をq1(X)とすると、q1(X)は、以下の式(15)で表され、X1=X-λL/Δと変数を平行移動すると、以下の式(16)が得られる。
【0057】
【0058】
【0059】
式(16)より、高次回折光(ここでは、+1次回折光)の波面は、所望の光の波面q(X
1)に線形位相exp(-i2πX
1/Δ)が付与されたものである。線形位相は、周期Δの位相であり、波面の進行方向を角度θ(=λ/Δ)だけ変える効果を有する。そのため、
図8に示すように、+1次回折光は、ホログラム素子10の原点(
図1に示すxy座標の原点)に向かって進む。そして、+1次回折光の波面は、進行方向が角度θだけ傾いている以外は、所望の光の波面q(X)と同じであり、設定した奥行き位置の潜像面5にて結像する。そして、潜像21の大きさである|λω
+/Δ|は、
図8に示すように、所望の光と+1次回折光との潜像面5での中心間距離に一致する。そのため、フーリエ面ではエイリアシングが発生するものの、潜像面5では、潜像21が、+1次回折像31等の高次回折像から分離される。このように標本化定理を満たさなくても潜像21の生成に際して問題が生じないことは、他の手法にはない本開示の手法の特異性であるといえる。
【0060】
なお、本明細書において開示された実施形態は全ての点で単なる例示に過ぎず、本開示の趣旨を逸脱しない範囲内で、適宜、種々の改変を行うことが可能である。
【0061】
〔上記実施形態の概要〕
以下、上記において説明したホログラム素子の概要について説明する。
【0062】
点光源からの入射面への入射光を回折して潜像を表示するホログラム素子であって、前記入射面に直交する方向を奥行方向とし、前記奥行方向における前記入射面に対して観察者の視点が配置される側を手前側とし、前記奥行方向における前記手前側とは反対側を奥側とし、前記入射面と前記点光源との前記奥行方向の距離を対象距離として、前記入射面に対して前記奥側であって、前記入射面からの前記奥行方向に沿った距離が前記対象距離未満の設定距離である位置に、前記潜像を生成する。
【0063】
潜像を生成するための入射光(再生光)が平面波である場合(すなわち、平面波再生の場合)には、色収差に起因する色滲みの程度は、潜像の生成面のホログラム素子(具体的には、入射光の入射面)からの奥行方向に沿った距離に比例して大きくなることが知られている。本発明者らは、研究の結果、入射光が平面波ではなく球面波である場合には、入射面に対して奥側(具体的には、入射面に対して奥側であって、入射面からの奥行方向に沿った距離が対象距離未満の領域)に、入射光に含まれる各波長の潜像の生成サイズの差が大きくなり過ぎないようにしつつ、当該各波長の潜像の生成位置を平面波再生の場合に比べて近づけることができる領域が存在することを見出した。
【0064】
このような知見に基づき、本構成では、ホログラム素子が、入射面に対して奥側であって、入射面からの奥行方向に沿った距離が対象距離未満の設定距離である位置に、潜像を生成するように構成される。これにより、入射光に含まれる各波長の潜像の生成位置と生成サイズを近づけて、色滲みの低減を図ることが可能となっている。更に、本構成によれば、ホログラム素子が上記のように構成されるため、潜像とその共役像との分離性の向上や、点光源の大きさに起因する像ボケの低減、更には、視域角の拡大も図ることができる。
【0065】
ここで、前記設定距離が、前記対象距離の半分と同等であると好適である。
【0066】
本構成によれば、色滲みを抑制しつつ、潜像が生成される面で潜像と共役像とが重ならないように、潜像とその共役像とを奥行方向に大きく分離させることができる。よって、潜像の生成領域を広く確保しやすい。
【0067】
また、このホログラム素子には、前記潜像の原画像に基づくフーリエ変換像にレンズの位相分布を乗算した複素振幅分布を、符号化したパターンが形成されていると好適である。
【0068】
本構成によれば、入射面に対して奥側であって、入射面からの奥行方向に沿った距離が対象距離未満の設定距離である位置に、潜像を生成するホログラム素子を、レンズ等の光学部材をホログラム素子とは別に用いることなく適切に実現することができる。
【0069】
上記のように前記複素振幅分布を符号化したパターンが形成されている構成において、前記符号化は、前記複素振幅分布の偏角の2値化であると好適である。
【0070】
本構成によれば、符号化を比較的単純な演算により行うことができる。また、入射面に記録されるパターンを、2値化された複素振幅分布の位相情報を深さで表す凹凸パターンとする場合には、ホログラム素子の作製工程が簡素になると共に、パターンの転写を行うことでホログラム素子の大量生産も容易となるため、コストの低減を図ることもできる。なお、このように複素振幅分布を2値化してホログラム素子を作製する場合、共役像の発生が避けられないが、本開示の技術によれば潜像と共役像とを奥行方向に分離することができるため、共役像が発生しても特に問題は生じない。
【0071】
本開示に係るホログラム素子は、上述した各効果のうち、少なくとも1つを奏することができればよい。
【符号の説明】
【0072】
1:点光源
2:入射光
4:視点
10:ホログラム素子
11:入射面
21:潜像
D:奥行方向
D1:手前側
D2:奥側
L:対象距離
ω+:設定距離