(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023149860
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】鋼板の搬送用ロール
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20231005BHJP
C23C 2/00 20060101ALI20231005BHJP
C21D 9/56 20060101ALI20231005BHJP
C21D 1/00 20060101ALI20231005BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20231005BHJP
C23C 4/18 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C23C28/00 B
C23C2/00
C21D9/56 101G
C21D1/00 115A
C23C26/00 C
C23C4/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022058643
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【弁理士】
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】栗栖 泰
(72)【発明者】
【氏名】中筋 智博
(72)【発明者】
【氏名】水津 竜夫
【テーマコード(参考)】
4K027
4K031
4K034
4K043
4K044
【Fターム(参考)】
4K027AD17
4K031AA02
4K031AB03
4K031AB07
4K031CB45
4K031DA01
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4K034EB03
4K034EB08
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4K043AA01
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4K043EA04
4K043GA08
4K043GA09
4K044AA02
4K044BA06
4K044BA12
4K044BA14
4K044BA18
4K044BB03
4K044BB11
4K044BC01
4K044CA11
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】鋼板の搬送用ロール表面への異物の付着をより容易に防止すること。
【解決手段】本発明に係る鋼板の搬送用ロールは、搬送用ロール基材の表面に位置する溶射皮膜と、溶射皮膜の表面に位置するアブレイダブル皮膜と、を有しており、アブレイダブル皮膜は、ポリシロキサンと、当該ポリシロキサン中に分散しているジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子及びコロイダル粒子と、を含有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
搬送用ロール基材の表面に位置する溶射皮膜と、
前記溶射皮膜の表面に位置するアブレイダブル皮膜と、
を有しており、
前記アブレイダブル皮膜は、ポリシロキサンと、当該ポリシロキサン中に分散しているジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子及びコロイダル粒子と、を含有する、鋼板の搬送用ロール。
【請求項2】
前記ジルコニア粒子の平均粒径は、1~20μmであり、
前記コロイダル粒子は、ジルコニアのコロイダル粒子又はシリカのコロイダル粒子の少なくとも何れかであり、かつ、前記コロイダル粒子の平均粒径は、10~300nmである、請求項1に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項3】
前記アブレイダブル皮膜における前記ジルコニア粒子の含有量は、前記アブレイダブル皮膜の全質量に対して、15~60質量%である、請求項1又は2に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項4】
前記アブレイダブル皮膜において、前記窒化ホウ素粒子に対する前記ジルコニア粒子の質量比(ジルコニア粒子/窒化ホウ素粒子)は、0.3~3.0の範囲内である、請求項1~3の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項5】
前記アブレイダブル皮膜において、前記窒化ホウ素粒子の含有量は、前記アブレイダブル皮膜の全質量に対して、10~50質量%である、請求項1~4の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項6】
前記アブレイダブル皮膜において、前記ポリシロキサンの含有量は、前記アブレイダブル皮膜の全質量に対して、15~30質量%である、請求項1~5の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項7】
前記アブレイダブル皮膜の表面粗さは、
JIS B0601(2001)で規定された算術平均粗さRaで1.0~3.0μmであり、
JIS B0601(2001)で規定された最大高さRzで20.0~30.0μmである、請求項1~6の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項8】
前記アブレイダブル皮膜の平均厚みは、5~100μmである、請求項1~7の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項9】
前記アブレイダブル皮膜の表面をJIS H8682(2013)で規定された往復運動摩耗試験機に供し、摺動回数n=250回を経た後での試験部位の前記アブレイダブル皮膜の平均厚みと、試験前における前記アブレイダブル皮膜の平均厚みと、の差分の絶対値Δd(単位:μm)を縦軸とし、前記摺動回数nを横軸とする座標平面において、傾きΔd/nが0.10~0.50の範囲内となる、請求項1~8の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【請求項10】
連続焼鈍炉もしくは連続焼鈍設備に設けられるハースロール、又は、連続溶融めっきラインのめっき浴中に設けられる浴中ロールとして用いられる、請求項1~9の何れか1項に記載の鋼板の搬送用ロール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の搬送用ロールに関する。
【背景技術】
【0002】
連続焼鈍炉や連続焼鈍設備の炉内や、連続溶融めっきラインのめっき浴中には、処理対象となる鋼板を連続的に搬送するための搬送用ロールが設けられている。これらの搬送用ロールは、炉内に設けられるものはハースロールと呼ばれることがあり、めっき浴中に設けられるものはシンクロールと呼ばれることがある。
【0003】
これら搬送用ロールの表面には、その配置される環境に応じて、各種の金属酸化物(炉内の場合)や合金(めっき浴中の場合)が付着してしまう。このような搬送用ロール表面への異物の付着現象は、ビルドアップと呼ばれる。搬送用ロール表面に生じるビルドアップは、搬送される鋼板の表面に疵を発生させる原因となるため、従来、ビルドアップを防止するための技術が検討されている。
【0004】
これまで、搬送用ロール表面へのビルドアップを防止するために、搬送用ロール表面に施工した皮膜の難反応化を中心に開発が行われてきた。例えば以下の特許文献1には、ロール基材上に設けられた酸化物系セラミックス溶射皮膜に対して、リン酸アルミニウムと、六方晶系で層状構造の結晶構造を有する無機粒子と、を含む被膜を形成する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1で提案されているような難反応化での対応を行ったとしても、ビルドアップを完全に防止することはできずに、ある期間が経過する毎に搬送用ロールの交換を行う必要があり、皮膜の難反応化での対応は限界に到達しているように見受けられる。
【0007】
そのため、皮膜の難反応化とは異なる対応方針により、搬送用ロール表面への異物の付着を容易に防止することが可能な技術が希求されている。
【0008】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、鋼板の搬送用ロール表面への異物の付着をより容易に防止することが可能な、鋼板の搬送用ロールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、搬送用ロール表面の難反応化を目指すのではなく、搬送用ロール表面に設けられる皮膜が薄く剥離しやすいような状況を実現できれば、搬送用ロール表面への異物の付着をより容易に防止可能なのではないか、という点に着想した。すなわち、搬送用ロール表面の皮膜が薄く剥離しやすい状況となっていれば(換言すれば、搬送用ロール表面の皮膜が、いわゆる「アブレイダブル性」を有していれば)、搬送用ロール表面の皮膜に例え異物が付着したとしても、搬送用ロールと鋼鈑のごくわずかな周速差が生じれば、搬送用ロール表面の皮膜強度が低いことから、そのせん断力によって付着物とともに皮膜が薄く剥離するので、表面に疵が発生した鋼板が発生してしまう割合を、大幅に低減可能であると予想される。
【0010】
本発明者らは、上記のような着想のもと更なる検討を行った結果、搬送用ロール表面に設けられる皮膜に、いわゆるアブレイダブル性(削られやすい性質)を持たせることに想到し、以下で説明するような発明を完成するに至った。
かかる着想に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0011】
(1)搬送用ロール基材の表面に位置する溶射皮膜と、前記溶射皮膜の表面に位置するアブレイダブル皮膜と、を有しており、前記アブレイダブル皮膜は、ポリシロキサンと、当該ポリシロキサン中に分散しているジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子及びコロイダル粒子と、を含有する、鋼板の搬送用ロール。
(2)前記ジルコニア粒子の平均粒径は、1~20μmであり、前記コロイダル粒子は、ジルコニアのコロイダル粒子又はシリカのコロイダル粒子の少なくとも何れかであり、かつ、前記コロイダル粒子の平均粒径は、10~300nmである、(1)に記載の鋼板の搬送用ロール。
(3)前記アブレイダブル皮膜における前記ジルコニア粒子の含有量は、前記アブレイダブル皮膜の全質量に対して、15~60質量%である、(1)又は(2)に記載の鋼板の搬送用ロール。
(4)前記アブレイダブル皮膜において、前記窒化ホウ素粒子に対する前記ジルコニア粒子の質量比(ジルコニア粒子/窒化ホウ素粒子)は、0.3~3.0の範囲内である、(1)~(3)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
(5)前記アブレイダブル皮膜において、前記窒化ホウ素粒子の含有量は、前記アブレイダブル皮膜の全質量に対して、10~50質量%である、(1)~(4)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
(6)前記アブレイダブル皮膜において、前記ポリシロキサンの含有量は、前記アブレイダブル皮膜の全質量に対して、15~30質量%である、(1)~(5)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
(7)前記アブレイダブル皮膜の表面粗さは、JIS B0601(2001)で規定された算術平均粗さRaで1.0~3.0μmであり、JIS B0601(2001)で規定された最大高さRzで20.0~30.0μmである、(1)~(6)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
(8)前記アブレイダブル皮膜の平均厚みは、5~100μmである、(1)~(7)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
(9)前記アブレイダブル皮膜の表面をJIS H8682(2013)で規定された往復運動摩耗試験機に供し、摺動回数n=250回を経た後での試験部位の前記アブレイダブル皮膜の平均厚みと、試験前における前記アブレイダブル皮膜の平均厚みと、の差分の絶対値Δd(単位:μm)を縦軸とし、前記摺動回数nを横軸とする座標平面において、傾きΔd/nが0.10~0.50の範囲内となる、(1)~(8)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
(10)連続焼鈍炉もしくは連続焼鈍設備に設けられるハースロール、又は、連続溶融めっきラインのめっき浴中に設けられる浴中ロールとして用いられる、(1)~(9)の何れか1つに記載の鋼板の搬送用ロール。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように本発明によれば、鋼板の搬送用ロール表面への異物の付着をより容易に防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態に係る鋼板の搬送用ロールの構成について説明するための模式図である。
【
図2】同実施形態に係る鋼板の搬送用ロールの構成について説明するための模式図である。
【
図3】同実施形態に係る鋼板の搬送用ロールが有するアブレイダブル皮膜について説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0015】
(鋼板の搬送用ロールについて)
以下では、
図1~
図3を参照しながら、本発明の実施形態に係る鋼板の搬送用ロールについて、詳細に説明する。
図1及び
図2は、本実施形態に係る鋼板の搬送用ロールの構成について説明するための模式図である。
図3は、本実施形態に係る鋼板の搬送用ロールが有するアブレイダブル皮膜について説明するための説明図である。
【0016】
<鋼板の搬送用ロールの全体構成について>
図1に模式的に示したように、鋼板の搬送用ロール(以下、「搬送用ロール」と略記する。)1は、ロール軸3と、かかるロール軸3に装着されたロール胴部5と、を備える。かかる搬送用ロール1は、例えば、連続焼鈍炉もしくは連続焼鈍設備に設けられるハースロール、又は、連続溶融めっきラインのめっき浴中に設けられる浴中ロールとして用いられる。ここで、搬送用ロール1は、連続焼鈍炉、連続焼鈍設備、連続溶融めっきライン等の各種設備において搬送される鋼板の幅よりも広いロール幅を有している。例えば、ロール胴部5のロール幅は、1000~2500mm程度であり、ロール径φは、600~1000mm程度である。
【0017】
かかる搬送用ロール1は、例えば駆動式ロールであり、上記のような各種設備において、鋼板を搬送する搬送用ロールとして機能する。すなわち、搬送用ロール1は、ロール軸3を中心として回転しながら、ロール胴部5の周面(以下、ロール周面と称する場合がある。)を鋼板に接触させることで、ロール胴部5に所定の巻付角度で巻きつけられた鋼板の進行方向を方向転換させながら搬送する。
【0018】
更に、
図1及び
図2に示したように、搬送用ロール1のロール胴部5は、ロール基材10と、ロール基材10の表面に形成された溶射皮膜20と、溶射皮膜20の表面に形成された最上層皮膜である、アブレイダブル皮膜30と、を有している。また、ロール基材10と溶射皮膜20との間には、熱膨張係数差に起因する剥離を防止するために、必要に応じて耐熱合金からなる下地溶射を実施して、下地層(図示せず。)を形成してもよい。
【0019】
<ロール基材10について>
ロール基材10は、例えば鋼等の金属で形成され、搬送用ロール1の基本形状を形成する。このロール基材10としては、例えば、ステンレス鋼系耐熱鋳鋼が用いられ、特にSCH22が最適である。かかるロール基材10に対して、溶射処理等の被覆処理が施される。
【0020】
本実施形態では、ロール基材10の表面に溶射皮膜20が形成され、更に、かかる溶射皮膜20の表面にアブレイダブル皮膜30が形成される。
【0021】
<溶射皮膜20について>
溶射皮膜20としては、例えば、セラミックスと耐熱合金とを複合させたサーメット材を基材に溶射することで得られるサーメット溶射皮膜、酸化物系セラミックスを基材に溶射することで得られる酸化物系セラミックス溶射皮膜等、公知の各種の溶射皮膜が用いられる。
【0022】
サーメット溶射皮膜としては、例えば、WC、WB、Co、W、CoB、W2CoB2を基材に溶射して得られるWC-WB-Co系サーメット皮膜や、Cr3C2-CoNiCrAlYを基材に溶射して得られるCrC系サーメット皮膜や、WC、W2C及びCoを基材に溶射して得られるWC-Co系サーメット皮膜等を挙げることができる。また、酸化物系セラミックス溶射皮膜としては、例えば、安定化ZrO2、ZrSiO4等の酸化物を溶射して得られる溶射皮膜等を挙げることができる。また、セラミックスと耐熱合金とを複合させた溶射皮膜としては、例えば、国際公開第2016/052741号に記載されている溶射皮膜等を挙げることができる。
【0023】
かかる溶射皮膜20の平均厚み(
図2における厚みd
1)は、特に限定されるものではないが、例えば50~200μmである。ここで、溶射皮膜20の平均厚みは、ロール1の断面を、光学顕微鏡により観察することで、測定可能である。より詳細には、ロール1の断面の任意の位置において、ロール基材10と溶射皮膜20の界面から、溶射皮膜20と後述するアブレイダブル皮膜30の界面までの長さを測定する。かかる測定を、任意の10箇所において実施し、得られた10個の測定値の平均値を、溶射皮膜20の平均厚みとする。
【0024】
また、溶射皮膜20の硬さは、ISO 6507-1で規定されるビッカース硬さHVで、600~1000であることが好ましい。溶射皮膜20のビッカース硬さHVが600未満である場合には、ハースロール表面においてはビルドアップ源である金属酸化物が、浴中ロール表面においては合金の異物が溶射皮膜20に付着しやすくなる。溶射皮膜20のビッカース硬さHVが600~1000であれば、硬質の溶射皮膜20に対する異物の付着を抑制できる。また、溶射皮膜20のビッカース硬さHVが1000を超える場合には、溶射皮膜20が割れて剥離しやすくなる可能性がある。なお、ビッカース硬さHVは、ISO 6507-1に規定された試験方法に即して測定できる。
【0025】
<アブレイダブル皮膜について>
本実施形態に係るアブレイダブル皮膜30は、上記溶射皮膜20の表面に位置する皮膜であり、いわゆるアブレイダブル性を有している皮膜である。このアブレイダブル皮膜30は、ポリシロキサンと、かかるポリシロキサン中に分散しているジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子及びコロイダル粒子と、を含有する。また、アブレイダブル皮膜30は、これら成分以外に、不純物を含有しうる。
【0026】
本実施形態に係るアブレイダブル皮膜30が、上記のような成分で構成されることで、搬送用ロール1が使用環境に曝露された際に、ポリシロキサン中の炭素成分が減少する結果、適度なアブレイダブル性が発現する。これにより、アブレイダブル皮膜30の皮膜強度が低下し、表層部分に異物が付着しても比較的容易に皮膜が薄く剥離することにより、アブレイダブル皮膜30の表面への金属酸化物や合金等の異物の付着を抑制することができる。その結果、搬送用ロールの交換周期をより長期化することが可能となる。
【0027】
かかるアブレイダブル皮膜30は、以下で改めて説明するように、ジルコニア粒子を主骨材とし、窒化ホウ素粒子、コロイド原料、水、イソプロピルアルコールからなる溶液を溶射皮膜20の表面に塗布後、450~500℃で加熱することで形成される。また、コロイド原料は、pH3~4に調整したコロイダル水溶液中において、粒子表面のOH基とジメチルシランを加水分解修飾し20nm程度のセラミック粒子を担持させることで作製する。かかる処理の際に、有機シラン化合物が重合してポリシロキサンとなり、かかるポリシロキサン中に、ジルコニア粒子及び窒化ホウ素粒子とコロイダル粒子とが分散するようになる。
【0028】
本実施形態において、かかるアブレイダブル皮膜30の平均厚み(
図2における厚みd
2)は、5~100μmであることが好ましい。アブレイダブル皮膜30の平均厚みが5~100μmとなることで、適切なアブレイダブル性を実現しつつ、表層が平滑なアブレイダブル皮膜30を、ロール1の周面全体にわたって均一に形成することが可能となる。アブレイダブル皮膜30の平均厚みは、より好ましくは10~50μmである。ここで、アブレイダブル皮膜30の平均厚みは、溶射皮膜20と同様に、ロール1の断面を光学顕微鏡により観察することで、測定可能である。より詳細には、ロール1の断面の任意の位置において、溶射皮膜20とアブレイダブル皮膜30の界面から、アブレイダブル皮膜30の表面までの長さを測定する。かかる測定を、任意の10箇所において実施し、得られた10個の測定値の平均値を、アブレイダブル皮膜30の平均厚みとする。
【0029】
ここで、アブレイダブル皮膜30を形成するための上記コロイド原料に用いられる有機シラン化合物としては、特に限定されるものではない。このような有機シラン化合物として、例えば、ジメチルシランのような公知の各種の化合物を挙げることができる。
【0030】
また、本実施形態に係るアブレイダブル皮膜30において、かかるポリシロキサンの含有量は、アブレイダブル皮膜の全質量に対して、15~30質量%であることが好ましい。ポリシロキサンの含有量をかかる範囲内とすることで、皮膜としての強度を保持しつつ、適切なアブレイダブル性を発現させることが可能となる。換言すれば、皮膜強度とアブレイダブル性とを、より確実に両立させることが可能となる。
【0031】
なお、アブレイダブル皮膜30におけるポリシロキサンの含有量は、皮膜片を採取し、エネルギー分散型X線分光器(EDS)とフーリエ変換型赤外分光器(FT-IR)、又は、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)により測定することが可能である。
【0032】
主骨材として用いられるジルコニア粒子及び骨材として用いられる窒化ホウ素粒子は、それぞれ、コロイド状態となっていないジルコニア及び窒化ホウ素の粒子である。ここで、主骨材のジルコニア粒子は、高融点で耐熱性を有しており、線膨張係数が約10×10-6/Kとセラミックスの中でも比較的大きい。その結果、金属が主体となる搬送ロールとの線膨張係数の差が小さくなるため、高温の使用環境下においてアブレイダブル皮膜が厚く剥離するのを防ぐ効果がある。なお、ジルコニアは、高温下で変態が生じる。そのため、ジルコニアに対してY2O3、CaO、MgO、CeO2などの安定化剤が加えられ、完全安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアとして使用される場合がある。従って、本明細書においてジルコニアと表記している場合は、これらの完全安定化ジルコニアや部分安定化ジルコニアを含んでいるものとする。
【0033】
ここで、窒化ホウ素粒子として、六方晶系で層状構造の結晶構造を有する六方晶窒化ホウ素(h-BN)粒子を含有することが、特に好ましい。アブレイダブル皮膜30が、かかる窒化ホウ素粒子を含有することで、皮膜強度を低下させるとともに、ロール使用環境下に存在する金属成分との濡れ性、及び、かかる金属成分との非反応性をより向上させることができ、搬送用ロールへの異物の付着を、より抑制することが可能となる。
【0034】
また、コロイダル粒子は、コロイド状態となっている化合物の粒子であり、着目する化合物にヒドロキシ基等の置換基を修飾することで、得ることができる。
【0035】
本実施形態では、かかるコロイダル粒子として、ジルコニアのコロイダル粒子、シリカのコロイダル粒子、アルミナのコロイダル粒子、又は、チタニアのジルコニア粒子の少なくとも何れかを用いることが好ましい。これらコロイダル粒子の中でも、特に、ジルコニアのコロイダル粒子、又は、シリカのコロイダル粒子の少なくとも何れかを用いることがより好ましい。ジルコニアのコロイダル粒子や、シリカのコロイダル粒子を用いることで、主骨材であるジルコニア粒子や、バインダー樹脂であるポリシロキサンとの親和性がより高まり、かかるコロイダル粒子を、ポリシロキサン中により均一に分散させることが可能となる。
【0036】
ここで、上記ジルコニア粒子の平均粒径は、1~20μmであり、上記コロイダル粒子の平均粒径は、10~300nmであることが好ましい。ジルコニア粒子及びコロイダル粒子の平均粒径を、それぞれ上記の範囲内とすることで、得られるアブレイダブル皮膜30を緻密化することが可能となる。このような2つの粒径分布を有する粒子が存在する場合、ポリシロキサンは、より平均粒径の小さなコロイダル粒子と優先的に結合する。その結果、平均粒径が1~20μmであるジルコニア粒子間では、ポリシロキサンによる強い結着が発生せずに、より適切なアブレイダブル性を実現することが可能となる。
【0037】
また、窒化ホウ素粒子の平均粒径は、1~10μmであることが好ましい。かかる平均粒径を有する窒化ホウ素粒子を含有することで、上記のような皮膜強度の低下、濡れ性及び非反応性の向上効果を、より確実に発現させることが可能となる。
【0038】
ここで、ジルコニア粒子の平均粒径は、1~5μmであることがより好ましく、窒化ホウ素粒子の平均粒径は、1~5μmであることがより好ましい。また、コロイダル粒子の平均粒径は、10~50nmであることがより好ましい。
【0039】
なお、ジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子及び、コロイダル粒子の平均粒径は、レーザ回析法により、測定することが可能である。
【0040】
ここで、アブレイダブル皮膜30におけるジルコニア粒子の含有量は、アブレイダブル皮膜30の全質量に対して、15~60質量%であることが好ましい。ジルコニア粒子の含有量が上記の範囲内となることで、皮膜としての所望の強度を、より確実に実現することが可能となる。アブレイダブル皮膜30におけるジルコニア粒子の含有量は、より好ましくは50~60質量%である。
【0041】
また、かかる窒化ホウ素粒子の含有量は、アブレイダブル皮膜の全質量に対して、10~50質量%であることが好ましい。窒化ホウ素粒子の含有量が上記の範囲内となることで、上記のような皮膜強度の低下、濡れ性及び非反応性の向上効果を、より確実に発現させることが可能となる。窒化ホウ素粒子の含有量は、より好ましくは15~20質量%である。
【0042】
ここで、かかるジルコニア粒子及び窒化ホウ素粒子の含有量は、皮膜の断面組織でのSEM・EPMA観察で測定することが可能である。
【0043】
アブレイダブル皮膜30において、上記のようなジルコニア粒子と窒化ホウ素粒子との質量比(より詳細には、窒化ホウ素粒子に対するジルコニア粒子の質量比、ジルコニア粒子/窒化ホウ素粒子)は、0.30~3.00の範囲内であることが好ましい。ジルコニア粒子と窒化ホウ素粒子との質量比が上記の範囲内となることで、アブレイダブル皮膜30において、皮膜強度とアブレイダブル性との両立を、より好ましい状態で実現することが可能となる。上記のようなジルコニア粒子と窒化ホウ素粒子との質量比は、より好ましくは2.50~3.00の範囲内である。
【0044】
上記のような成分で構成されるアブレイダブル皮膜30について、焼成後の表面粗さは、JIS B0601(2001)で規定された算術平均粗さRaで1.0~3.0μmであり、かつ、JIS B0601(2001)で規定された最大高さRzで20.0~30.0μmであることが好ましい。アブレイダブル皮膜30の表面に関する2種類の表面粗さが、上記の範囲内となるということは、形成されたアブレイダブル皮膜30の表面が極めて平坦であることを意味している。アブレイダブル皮膜30が上記のような表面粗さを有していることで、異物の付着をより確実に抑制することが可能となる。なお、算術平均粗さRaは、より好ましくは1.5~2.5μmである。なお、かかる算術平均粗さRa及び最大高さRzは、JIS B0601(2001)に準拠した表面粗さ測定器を用いることで、測定可能である。
【0045】
[アブレイダブル皮膜30が有するアブレイダブル性について]
本実施形態に係るアブレイダブル皮膜30が有するアブレイダブル性を具体的に指標化するために、以下のような手法を用いることが可能である。
すなわち、焼成後のアブレイダブル皮膜の表面をJIS H8682(2013)で規定された往復運動摩耗試験機により、摩耗試験を実施する。この際、摺動回数n=250回を経た後での試験部位のアブレイダブル皮膜30の平均厚みと、試験前におけるアブレイダブル皮膜30の平均厚みと、の差分の絶対値Δd(単位:μm)に着目する。かかる差分の絶対値Δdは、往復運動摩耗試験により生じるアブレイダブル皮膜30の段差の大きさに対応していると考えることができる。
【0046】
ここで、
図3に模式的に示したように、上記差分の絶対値(段差ともいえる。)Δd(単位:μm)を縦軸とし、摩耗試験の摺動回数n(単位:回)を横軸とする座標平面を考える。このとき、
図3に示した座標平面における原点(0,0)と、点a(250回,摩耗試験で得られた測定値)とで規定される線分Aの傾きΔd/n(単位:μm/回)は、0.10~0.50の範囲内となることが好ましい。傾きΔd/nが上記の範囲内となることで、本実施形態に係るアブレイダブル皮膜30は、所望のアブレイダブル性を保持していると判断することができる。かかる傾きΔd/nは、より好ましくは0.20~0.30である。
【0047】
ここで、上記の往復運動摩耗試験機を用いた摩耗試験は、以下のように実施する。
まず、50mm×50mm×5mmの大きさの試験片に溶射施工後にアブレイダブル皮膜を施工する。その後、荷重を1kgとし、エメリー研磨紙としてSiC#1000を用いた往復運動摩耗試験機に、得られた試験片を設置し、摺動回数n=250回とした摩耗試験を実施する。その後、試験部位について、摩耗試験により生じた段差の大きさを測定する。かかる摩耗試験を、10個の試験片について実施し、得られた段差についての測定値の平均を算出する。このようにして得られた平均値を、往復運動摩耗試験によって生じた差分の絶対値Δdとする。
【0048】
以上、
図1~
図3を参照しながら、本実施形態に係る搬送用ロールについて、詳細に説明した。
【0049】
(鋼板の搬送用ロールの製造方法について)
続いて、以上説明したような搬送用ロールの製造方法について説明する。
本実施形態に係る搬送用ロールの製造方法では、所定の搬送用ロール基材に対して溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成工程と、形成された溶射皮膜の表面にアブレイダブル皮膜を形成するアブレイダブル皮膜形成工程と、を有している。また、溶射皮膜形成工程に先だち、ロール基材に対する溶射前ブラスト処理や、耐熱合金のみからなる下地層の形成処理等、各種の前処理を実施してもよい。
【0050】
ここで、前処理工程については、特に限定されるものではなく、公知の各種の方法で実施することが可能である。また、溶射皮膜を形成するための溶射皮膜形成工程についても、特に限定されるものではなく、例えば高速ガス溶射(High Velocity Oxygen-Fuel thermal spraying process:HVOF)等のような、公知の各種の方法で実施することが可能である。従って、以下では、かかる前処理工程及び溶射皮膜形成工程については、詳細な説明は省略する。
【0051】
続いて、アブレイダブル皮膜形成工程について、詳細に説明する。
まず、pH3~4の範囲内に調整したコロイダル粒子の水溶液(以下、コロイダル水溶液という。)を準備する。かかるコロイダル水溶液中において、粒子表面の-OH基と有機シラン化合物とを加水分解修飾して、コロイダル粒子を担持したシリコーン溶液を作成する(以下、かかるシリコーン溶液を、コロイダル原料と略記する。)。
【0052】
その後、かかるコロイダル原料に対し、主骨材であるジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子、水、及び、イソプロピルアルコールを添加して、アブレイダブル皮膜形成用の塗料とする。
【0053】
形成された溶射皮膜の表面に対し、得られた塗料を、例えば、刷毛塗り、スプレー法等の公知の塗布方法によって、所望の厚みとなるように塗布した後、塗布後のロールを焼成する。
【0054】
かかる焼成において、加熱温度は、例えば、450~500℃とし、保持時間は、例えば、0.5~2.0hrとする。かかる焼成処理において、有機シラン化合物は重合して、ポリシロキサンとなり、主骨材であるジルコニア粒子や、骨材である窒化ホウ素粒子や、コロイダル粒子が、ポリシロキサン中に分散するようになる。
【0055】
以上のような工程を経ることで、本実施形態に係る搬送用ロールを製造することができる。
以上、本実施形態に係る搬送用ロールの製造方法について説明した。
【実施例0056】
以下では、実施例及び比較例を示しながら、本発明に係る搬送用ロールについて、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、あくまでも本発明に係る搬送用ロールの一例にすぎず、本発明に係る搬送用ロールが以下の例に限定されるものではない。
【0057】
以下に示す実施例及び比較例では、焼鈍炉内に設置されるハースロールに着目し、検証を行った。以下に示す実施例及び比較例では、ロール基材として、SCH22を用い、かかるロール基材上に、高速ガス溶射(HVOF)により、CrCサーメット材を溶射して、溶射皮膜とした。溶射皮膜の平均厚みは100μmであり、そのビッカース硬さHVは、800であった。
【0058】
その後、先だって説明した製造方法に即して、溶射皮膜上にアブレイダブル皮膜を成膜した。ここで、用いたジルコニア粒子、窒化ホウ素粒子及びコロイダル粒子(いずれも市販の一般試薬である。)は、以下の表1に示した通りである。また、有機シラン化合物(バインダー樹脂)としては、ジメチルシラン(一般試薬)を用いて、アブレイダブル皮膜形成用の塗料とした。
【0059】
溶射皮膜を形成したロール基材に対して、作製した上記塗料を、以下の表1に示した乾燥後膜厚となるように、スプレー法により塗布した後、450℃で1hr保持することで、アブレイダブル皮膜とした。
【0060】
上記のようにして製造した搬送用ロールを、実機ライン(連続焼鈍炉ライン)においてハースロールとして用い、ビルドアップが発生して鋼板疵が発生するまでの期間を測定した。
【0061】
また、作製した上記塗料を、別途作成した、溶射皮膜形成後の50mm×50mm×5mmの大きさの試験片の表面に塗布して、先だって説明した方法に即して、往復運動摩耗試験機を用いた摺動回数250回の摩耗試験を実施した。得られた測定結果(差分の絶対値Δd)から、傾きΔd/nを算出した。
【0062】
得られた結果を、以下の表1にまとめて示した。
【0063】
【0064】
上記表1から明らかなように、本発明の実施例に対応するアブレイダブル皮膜は、優れたアブレイダブル性を示している一方で、本発明の比較例に対応するアブレイダブル皮膜は、適切なアブレイダブル性を有していないことがわかる。
【0065】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。