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特開2023-150003金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023150003
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231005BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231005BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20231005BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20231005BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20231005BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
B33Y70/00
B33Y10/00
B33Y80/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022058863
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】森本 憲一
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
(57)【要約】
【課題】積層造形品として必要な高硬度と耐食性を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.35%超え~1.2%以下、Ni:2.0%以下、Cr:10~17%、Mo:3.0%以下、Ti:0.03~0.2%、Nb:0.03~0.5%、V:0.03~0.5%、W:0.03~0.5%を含み、(1)式で定義する炭窒化物指標D値が100以上であることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。前記金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sで冷却したときに残留オーステナイト量が5%~50%となる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.35%超え~1.2%以下、Si:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.4%以下、Ni:2.0%以下、Cr:10~17%、Mo:3.0%以下、Al:2.0%以下、N:0.15%以下、O:0.015%以下、Ti:0.03~0.2%、Nb:0.03~0.5%、V:0.03~0.5%、W:0.03~0.5%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
下記(1)式で定義する炭窒化物指標D値が100以上であることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
炭窒化物指標D=(500-400C-30Mn-15Ni-12Cr-8Mo)+(800Ti+700Nb+600V+500W)・・・ (1)
(1)式において、元素記号は金属ワイヤ中の当該元素含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
前記Feの一部に代え、更に質量%で、
Cu:5.0%以下、Co:5.0%以下、B:1.0%以下の内、1種類以上を含有する群、
Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Au:0.5%以下、In:0.5%以下の内、1種類以上を含有する群、
Mg:0.02%以下、Ca:0.02%以下、Hf:0.02%以下、REM:0.02%以下の内、1種類以上を含有する群、
Ta:2.0%以下、Zr:2.0%以下、Pb:0.4%以下、Ag:0.4%以下の内、1種類以上を含有する群
のうちの、1以上の群に含まれる元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤであって、前記金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sで冷却したときに残留オーステナイト量が5%~50%となることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の成分組成を有する複数の層が溶着積層造形されてなり、残留オーステナイト量が5%~50%であることを特徴とする積層造形品。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sで冷却することを特徴とする請求項4に記載の積層造形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法に関し、積層造形品として必要な高硬度と耐食性を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制することのできるものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属3Dプリンタは革新的な生産技術として期待され、様々な技術が提案されている。主な技術方式として金属粉末を使用する場合と、金属ワイヤを使用する場合が提案されている。
【0003】
金属粉末を使用する場合、例えば、SUS630の粉末を用いて電子ビームで照射して溶融固化させて3次元に積層する製造方法が開示されている(特許文献1)。しかしながら、金属粉末を使用する場合、素材の価格が高く、空隙率が高いため部品の信頼性が低くなる。また、積層ままでは鋭敏化、材質不均一性の問題があり、焼結等による熱処理プロセスが必要になる。また、焼結時に寸法変動も生じる。更に、バインダーを使用する場合、脱脂、焼結工程が必要になるばかりか焼結により大きな体積変化を生じるため部品寸法精度に誤差を生じ易い。
【0004】
一方、金属ワイヤを使用する場合、例えば、金属ワイヤによる溶着ビードを積層して3次元部品に造形する方法が開示されている(特許文献2)。また、ステンレス鋼の金属ワイヤを2つの堆積装置で溶着・積層させて堆積時の高熱による熱変形や応力、内部割れを低減する製造方法が開示されている(特許文献3)。
【0005】
このように従来の3次元積層技術では、部品の寸法変動,熱変形,内部割れ、空隙、材質の均一性、金属組織の安定性のすべてを抑制でき、耐久性・信頼性の高い部品を得ることは難しい。特許文献4には、金属ワイヤによる溶着、積層で3次元造形する3Dプリンタの製造方法において、金属組織の変態温度を制御して低C,Nのマルテンサイト組織が常に現れるように成分調整され、耐熱性(耐熱変形性)、材質・金属組織均一性,耐内部割れ性、耐内部空隙性に優れたステンレス鋼系の金属ワイヤを使用する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-186653号公報
【特許文献2】特開2003-266174号公報
【特許文献3】特開2018-87379号公報
【特許文献4】特開2020-147785号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
金属ワイヤによる溶着、積層で3次元造形する積層造形品であって、高硬度・耐摩耗性・高耐食性を有する積層造形品が要請されている。積層造形に用いる溶材として、マルテンサイト系ステンレス鋼からなるワイヤを用いる方法が考えられる。
従来より、中高Cマルテンサイト系ステンレス鋼(SUS440A、SUS440C等)は残留オーステナイト量が多く生成すると硬さや耐摩耗性が低下するという問題があった。
マルテンサイト系ステンレス鋼からなるワイヤを用いて、溶着、積層で3次元造形して積層造形品を形成した場合、積層造形品の部位により、硬さが不均一となり、材質均一性が不十分となることがあった。また、積層造形品の耐摩耗性が不十分であることがあった。さらには、積層造形後の製品に割れが発生することがあった。積層造形して冷却した後、積層造形品の上と下とで温度差が生じ、熱応力で割れが発生したものと推定され、以下「焼き割れ」と呼ぶ。
本発明は上記のような問題を解決するために、連続積層において適切な温度で造形品を製造することで耐摩耗性に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼線、並びに信頼性ある部品及びその製造方法を安価に提供することを目的とする。
【0008】
本発明は、積層造形品として必要な高硬度と耐食性を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、本発明の要旨とするところは以下の通りである。
[1]質量%で、
C:0.35%超え~1.2%以下、Si:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.4%以下、Ni:2.0%以下、Cr:10~17%、Mo:3.0%以下、Al:2.0%以下、N:0.15%以下、O:0.015%以下、Ti:0.03~0.2%、Nb:0.03~0.5%、V:0.03~0.5%、W:0.03~0.5%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
下記(1)式で定義する炭窒化物指標D値が100以上であることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
炭窒化物指標D=(500-400C-30Mn-15Ni-12Cr-8Mo)+(800Ti+700Nb+600V+500W)・・・ (1)
(1)式において、元素記号は金属ワイヤ中の当該元素含有量(質量%)を意味する。
[2]前記Feの一部に代え、更に質量%で、
Cu:5.0%以下、Co:5.0%以下、B:1.0%以下の内、1種類以上を含有する群、
Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Au:0.5%以下、In:0.5%以下の内、1種類以上を含有する群、
Mg:0.02%以下、Ca:0.02%以下、Hf:0.02%以下、REM:0.02%以下の内、1種類以上を含有する群、
Ta:2.0%以下、Zr:2.0%以下、Pb:0.4%以下、Ag:0.4%以下の内、1種類以上を含有する群
のうちの、1以上の群に含まれる元素を含有することを特徴とする[1]に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【0010】
[2A]前記Feの一部に代え、更に質量%で、Cu:5.0%以下、Co:5.0%以下、B:1.0%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする[1]に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
[2B]前記Feの一部に代え、更に質量%で、Sn:0.5%以下、Sb:0.5%以下、Au:0.5%以下、In:0.5%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする[1]または[2A]に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
[2C]前記Feの一部に代え、更に質量%で、Mg:0.02%以下、Ca:0.02%以下、Hf:0.02%以下、REM:0.02%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする[1]、[2A]、[2B]のいずれか1つに記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
[2D]前記Feの一部に代え、更に質量%で、Ta:2.0%以下、Zr:2.0%以下、Pb:0.4%以下、Ag:0.4%以下の内、1種類以上を含有することを特徴とする[1]、[2A]、[2B]、[2C]のいずれか1つに記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【0011】
[3][1]~[2D]のいずれか1つに記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤであって、前記金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sで冷却したときに残留オーステナイト量が5%~50%となることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
[4][1]~[2D]のいずれか1つに記載の成分組成を有する複数の層が溶着積層造形されてなり、残留オーステナイト量が5%~50%であることを特徴とする積層造形品。
[5][1]~[2D]のいずれか1つに記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sで冷却することを特徴とする請求項4に記載の積層造形品の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、積層造形品として必要な高硬度と耐食性を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の各要件について説明する。なお、以下の説明における(%)は特に断りがない限り、質量(%)である。
【0014】
本発明は、積層造形品であって、必要な高硬度と耐食性を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制したものを対象とする。ここで、必要な高硬度とは、積層造形品のHvが700以上のものを意味する。材質均一性とは、積層造形品の少なくとも5箇所でHvを計測し、Hvの最大と最小の差が80以下のものを意味する。
積層造形品は、本発明の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材として、金属3DプリンタによりMIGアーク溶接にて溶着積層造形を行って3次元造形を行うことにより造形することができる。
【0015】
積層造形品は、下記規定する所定の成分を含有した上で、鋼中の残留オーステナイト量が5%~50%であることにより、本発明が目的とする上記品質を実現することができる。
【0016】
まず、本発明の金属ワイヤ、積層造形品の必須成分組成について説明する。
Cは、必要な硬さを確保し、かつ必要な残留オーステナイト量を確保するために、0.35%超を含有する。好ましくは0.40%以上である。一方、Cが1.2%を超えると、材質均一性の確保と割れの抑制が困難になる。好ましくは0.80%以下である。
【0017】
Siは、溶着時の脱酸に有効であるが、過剰に添加すると材質均一性の劣化と積層造形中の金属間化合物の析出を促進して割れの発生を助長する。そのため、3.0%以下に限定する。好ましくは、0.05%以上、2.0%以下である。Siは含有しなくても良い。
【0018】
Mnは、溶着時の脱酸に有効であるが、過剰に添加するとオーステナイト組織が安定となるため焼きが入り難くなり、材質均一性が得られない。そのため、3.0%以下に限定する。好ましくは、0.05%以上、2.0%以下である。Mnは含有しなくても良い。
【0019】
Pは、材質均一性を確保するため0.1%以下に限定する。好ましくは、0.05%以下である。Pは低いほど好ましく、下限を設けない。
【0020】
Sは、材質均一性を確保するため、上限を0.4%とする。好ましくは、0.0004~0.10%である。
【0021】
Niは、マトリックスの靭性や耐食性を向上させるため、必要に応じて添加してもよいが、2.0%を超えるとオーステナイトが生成して安定した材質均一性が得られないので、上限を2.0%とする。好ましくは、0.1~1.0%である。
【0022】
Crは、材質均一性と耐食性(耐久性)を確保するために10%以上添加する。しかしながら、17%を超えて添加すると逆に材質・金属組織が不均一となる。そのため、上限を17%に限定する。好ましくは、10.5~16.5%である。
【0023】
Moは、マトリックスの耐食性を向上させるために含有させるが、3.0%を超えて添加すると材質・金属組織が不均一となる。そのため、上限を3.0%に限定する。好ましくは、0.1~2.0%である。Moは含有しなくても良い。
【0024】
Alは、溶着時の脱酸に有効であるが、過剰に添加するとマルテンサイト組織が安定的に得られず、材質均一性が劣化する。そのため、上限を2.0%にする。好ましくは、0.001~1.2%である。Alは含有しなくても良い。
【0025】
Nは、材質均一性を確保するために0.15%以下に限定する。Nが0.15%を超えると、炭窒化物系析出物を析出促進させ硬さや金属組織のばらつきが生じる。好ましくは、Nは0.05%以下である。更に好ましくは、Nは0.03%以下である。Nは低いほど好ましく、下限を設けない。
【0026】
Oは、溶着時の湯流れ性を適度に確保するため、0.015%以下で含有させる。0.015%を超えて添加すると材質均一性が低下するため、上限を0.015%にする。好ましくは、0.001~0.01%である。
【0027】
Ti:0.03~0.2%、Nb:0.03~0.5%、V:0.03~0.5%、W:0.03~0.5%
Ti、Nb、V、Wの含有により、これら元素の硬質炭化物を活用して耐摩耗性を向上することができる。そのため、Ti、Nb、V、Wのいずれも、0.03%以上含有させる。一方、これら元素のいずれかの含有量が多すぎると材質均一性が低下するため、Tiは0.2%以下、Nb、V、Wはいずれも0.5%以下とする。
【0028】
前記(1)式は、炭窒化物指標Dであって、鋼中の成分含有量が炭窒化物形成に及ぼす影響度合いを示す式である。(1)式右辺の左側かっこでくくられた部分は、Ms点、即ち高温から冷却した時にオーステナイトからマルテンサイトに変態する開始温度を意味する。また、(1)式右辺の右側かっこでくくられた部分は、各元素含有による炭化物生成エネルギーに関するデータに基づき、各元素の炭窒化物指標Dに与える影響を経験値から見いだしたものである。(1)式で計算される炭窒化物指標Dを100以上とすることにより、積層造形品の鋼中残留オーステナイト量を本発明の好適範囲上限以下に調整することができる。好ましくは炭窒化物指標Dが150以上である。炭窒化物指標Dが100未満であると、C量やCr量が高めであることと相まって、残留オーステナイト量が上限を外れることとなる。
【0029】
本発明の金属ワイヤ、積層造形品は、残部Fe及び不純物からなる。さらに、前記Feの一部に代えて、選択的に以下の成分を含有すると好ましい。
【0030】
Cu、Co、Bは、マトリックスの靭性を向上させるため、必要に応じて添加してもよい。しかしながら、CuやCoがそれぞれ5.0%を超えて含有、Bが1.0%を超えて含有すると、材質均一性が劣化する。そのため、CuやCoの上限を5.0%、Bの上限を1.0%に限定する。好ましくは、Cu:4.0%以下、Co:4.0%以下、B:0.3%以下である。
【0031】
Sn,Sb、Au、Inは、マトリックスの耐食性を向上させるため、必要に応じて添加してもよい。しかしながら、それぞれ0.5%を超えて添加すると材質均一性が劣化する。そのため、上限を0.5%にする。好ましくは、0.4%以下である。
【0032】
Mg、Ca,Hf、REMは、溶着時の脱酸に有効であるため、必要に応じて添加してもよい。しかしながら、過剰に添加すると材質均一性が劣化する。そのため、それぞれ0.02%以下に限定する。好ましくは、0.01%以下である。
【0033】
Ta、Zrは、マトリクスに微細な析出物を形成して耐熱性(耐熱変形性)を高めるため、必要に応じて添加してもよい。また、Pb、Agは、3D造形後の切削加工性を付与するために、必要に応じて添加してもよい。しかしながら、Ta、Zrはそれぞれ2.0%を超えて、Pb,Agはそれぞれ0.4%を超えて含有すると、材質均一性が劣化する。そのため、Ta、Zrの上限を2.0%、Pb、Agの上限を0.4%にする。好ましくは、Ta、Zrは1.0%以下、Pb,Agは0.3%以下である。
【0034】
本発明の金属ワイヤの成分組成は、上述してきた元素以外は、Feおよび不純物からなる化学成分から構成される。即ち、本発明の金属ワイヤはステンレス鋼系の金属ワイヤである。
代表的な不可避的不純物としては、Ge,Na、Be、F、Ga等が挙げられ、通常、鉄鋼の製造プロセスで不可避的不純物として、0.01%以下の範囲で混入する場合がある。
また、任意添加元素について、代表的なものを上記[2]で規定しているが、本明細書中に記載されていない元素であっても、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができる。
【0035】
次に、積層造形品の鋼中残留オーステナイト量について説明する。本発明の積層造形品は、上記規定する所定の成分を含有した上で、鋼中の残留オーステナイト量を5%~50%と規定する。残留オーステナイトは軟質で靱性を有するため、5%以上の残留オーステナイトの生成は硬質なマルテンサイト相の焼き割れに対して応力緩和の効果がある。一方、残留オーステナイトはマルテンサイトに比べて強度が低いため、残留オーステナイト量が50%を超えると、積層造形品の硬さと耐摩耗性が低下することとなる。また、鋼中の残留オーステナイト量は、好ましくは15%~40%である。
【0036】
即ち、本発明の積層造形品は、上記本発明の成分組成を有する複数の層が溶着積層造形されてなり、残留オーステナイト量が5%~50%であることを特徴とする。
【0037】
また、本発明の積層造形品の製造方法は、前記本発明の成分組成を有する、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材として、MIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sで冷却することを特徴とする。本発明の成分組成を有する金属ワイヤを用いるとともに、溶着積層造形後における溶接終了後からCr炭化物析出温度域500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sの範囲内で調整して冷却することにより、残留オーステナイト量を5%~50%に調整することができる。溶着積層造形後の冷却速度が遅くなるほど、残留オーステナイト量を低減することができる。従って、本発明の成分範囲内にある所定の成分の金属ワイヤを用い、平均冷却速度が1℃/s~10℃/sの範囲内の所定の冷却速度で冷却したとき、残留オーステナイト量が過少であれば平均冷却速度を上昇し、残留オーステナイト量が過大であれば平均冷却速度を低下し、結果として本発明の残留オーステナイト量範囲とすることができる。平均冷却速度を1℃/s~10℃/sの範囲内と規定したのは、1℃/s未満では緩冷却(徐冷)により造形後のオーステナイト相がフェライト相に変化し硬さが低下するためであり、10℃/sを超えると造形品に生じた温度差による熱応力と、マルテンサイト変態による引張応力が生じて焼き割れを起こすためである。
【0038】
本発明の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤについて、これを金属3Dプリンタによる溶着積層造形の溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形したときに上記好適な残留オーステナイト量を実現できる点については、金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後からCr炭化物析出温度域500℃までの平均冷却速度1℃/s~10℃/sの範囲内で冷却したときに残留オーステナイト量が5%~50%となることによって確認することができる。平均冷却速度が1℃/s~10℃/sの範囲内の所定の冷却速度で冷却したとき、残留オーステナイト量が過少であれば平均冷却速度を上昇し、残留オーステナイト量が過大であれば平均冷却速度を低下する。結果として本発明の残留オーステナイト量範囲となれば本発明に該当し、ならなければ本発明に該当しないことが確認できる。
【0039】
本発明の金属ワイヤは、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の用途に用いられる。即ち、金属3Dプリンタにより、金属ワイヤの溶着ビードを積層して3次元部品に造形する際に材料として用いる金属ワイヤを意味する。
【0040】
以上説明した本発明によれば、積層造形品として必要な高硬度と耐食性を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供できる。
【実施例0041】
(実施例1)
45kgの真空溶解炉にて表1~表3に示す化学組成の鋼を溶解し、熱間鍛造と熱間押し出しにより直径11mmの棒鋼に加工した。その後、伸線と焼鈍を繰り返し、直径1.2mmの金属ワイヤに試作した。表2、表3及び後述の表5、表6において、本発明範囲から外れる数値に下線を付している。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
そして、ロボットのMIGのアーク溶接機を使用して、上記試作した金属ワイヤを渦巻き状に連続して積層しつつ繰り返し溶着した。溶着方向と垂直の積層方向に積層することにより3次元造形し、中空の四角柱を製造した。アークによる溶着条件として、Ar+3%酸素のシールドガスを用い、溶接電流200A、アーク電圧30V、溶接速度:200cm/分とした。溶着積層造形後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度2.8℃/sで冷却した。残留オーステナイト量を評価し、残留オーステナイト量が5%~50%から外れているときは、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度が1℃/s~10℃/sの範囲内において、残留オーステナイト量が過少であれば平均冷却速度を上昇し、残留オーステナイト量が過大であれば平均冷却速度を低下し、結果として本発明の残留オーステナイト量範囲となるように調整した。比較例の一部は本発明の残留オーステナイト量範囲に調整できなかった。
平均冷却速度は、赤外線サーモグラフィ(熱画像カメラ)により溶接終了後の造形品温度からCr炭化物析出温度域500℃までの冷却時間を測定した。
【0046】
その後、製造した四角柱について、硬度、材質均一性、耐摩耗性、焼き割れ有無を調査した。表4、表5に調査結果について示す。
【0047】
【表4】
【0048】
【表5】
【0049】
残留オーステナイト量は、四角柱から放電加工でφ5mm×20mmの試験片を作製し、飽和磁化測定装置で求めた。
中心部硬さは、ビッカース硬さ試験機を用い、四角柱から切り出した積層方向に垂直な断面を樹脂に埋め込み研磨し、積層方向の中心部においてHV硬さ(荷重10kg)を測定した。
材質均一性は、四角柱から切り出した積層方向に垂直な断面を樹脂に埋め込み研磨し、積層造形の最下面、1/4、1/2、3/4高さ、最上面の5箇所においてHV硬さ(荷重1kg)を測定した。5箇所のHVの最大と最小の差を硬さのばらつきΔHVとし、ΔHVが40以下であれば◎、40超え80以下であれば○、80超えであれば×とした。
【0050】
耐摩耗性は、四角柱からφ5mm×10mmの試験片(ピン)を切り出し、ピンオンディスク摩擦摩耗試験機により評価した。摩耗相手材となるディスクには、硬質なSiC粒子が接着されたエメリー紙(#800)を用いた。この砥粒硬さは3200HV程度に相当する。試験片を試料ホルダに固定して、回転する摩耗相手材に試験片表面を試験荷重20Nで押し付けながら、摺動速度0.66m/s、時間30秒の条件で摩耗試験を行った。試験前後の試料板厚差から摩耗により消失した材料の体積を算出し、これを摩耗減量V(mm)とした。そして、下記(2)式により比摩耗量C(mm/N)を求め、5.0×10-8mm/N以下であれば○、5.0×10-8mm/N超えであれば×とした。
比摩耗量C=摩耗減量V/(試験荷重W×摩擦距離L) …(2)
【0051】
焼き割れの評価は、積層造形品の外面および内面を目視検査で確認し、割れがない場合を〇、割れがある場合を×とした。
【0052】
本発明の金属ワイヤを使用した積層造形品については、残留オーステナイト量は本発明の好適範囲内となり、必要な高硬度を保持した上で、材質均一性と耐摩耗性を確保し、焼き割れを抑制することができた。
【0053】
一方、比較鋼a~akでは、本発明の規定範囲を満たしておらず、所要の特性を満足していないことがわかる。
比較鋼a、n、ajは、炭窒化物指標D値が下限を外れ、残留オーステナイト量が上限を超えるため、硬さの低下や材質均一性ならびに耐摩耗性に劣る。
比較鋼rはCr量が低いため焼きが入りにくく(焼きムラになりやすく)、硬さの均一性に劣る。
【0054】
比較鋼c、o、sは、C含有量が低く、母材硬さが低下し、耐摩耗性が劣っている。また、比較鋼sは耐摩耗性に有効な硬質炭化物生成元素のTi、Nb、V、W下限外れも低下要因ある。さらにこれら比較例c、o、sは、残留オーステナイト量が低めに外れることで、残留オーステナイトによる応力緩和が小さく焼き割れが発生した。
比較鋼i、ai、aj、akは、耐摩耗性に有効な硬質炭化物生成元素のTi、Nb、V、W下限外れのために耐摩耗性が低下した。
【0055】
比較鋼c、f、sは、未変態のオーステナイトが殆ど存在しないため、焼き割れが発生した。この焼き割れはマルテンサイト変態時の体積膨張に伴う大きなひずみにより発生したものと考えられる。
【0056】
(実施例2)
実施例1の表1に示す本発明鋼Bを用い、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度を下記表6に示す5条件とし、それ以外の条件は上記実施例1と同様として積層造形品を製造した。それぞれの残留オーステナイト量を評価し、表6に示した。表6から明らかなように、冷却速度が遅くなるほど残留オーステナイト量が減少する関係が見て取れる。
【0057】
【表6】