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特開2023-150167複合磁性体組成物、磁性部材および電子部品
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  • 特開-複合磁性体組成物、磁性部材および電子部品 図1
  • 特開-複合磁性体組成物、磁性部材および電子部品 図2
  • 特開-複合磁性体組成物、磁性部材および電子部品 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023150167
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】複合磁性体組成物、磁性部材および電子部品
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/26 20060101AFI20231005BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20231005BHJP
   H01F 17/04 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
H01F1/26
H01F27/255
H01F17/04 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022059123
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】関 淳一
【テーマコード(参考)】
5E041
5E070
【Fターム(参考)】
5E041AA01
5E041AA11
5E041BB05
5E041BD03
5E041BD12
5E070AA01
5E070BB03
(57)【要約】
【課題】耐熱性が良好であり、しかも長期間にわたり特性劣化を抑制することができる高信頼性の磁性部材と、その磁性部材を構成する複合磁性体組成物と、その磁性部材を有する電子部品を提供すること。
【解決手段】複合磁性体組成物10は、分子回転の抑制されたビスフェノール型エポキシ樹脂を含むバインダ14と、バインダ14により結び付けられる複数の磁性粒子12と、を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子回転の抑制されたビスフェノール型エポキシ樹脂を含むバインダと、前記バインダにより結び付けられる複数の磁性粒子と、を有する複合磁性体組成物。
【請求項2】
前記ビスフェノール型エポキシ樹脂は、分子内にアミド構造を有する請求項1に記載の複合磁性体組成物。
【請求項3】
前記ビスフェノール型エポキシ樹脂は、共役構造を持つ複数の芳香環を有する請求項1または2に記載の複合磁性体組成物。
【請求項4】
前記ビスフェノール型エポキシ樹脂は、イミド構造で共役構造を持つ複数の芳香環を有する請求項1または2に記載の複合磁性体組成物。
【請求項5】
前記磁性粒子は金属磁性粒子を有する請求項1~3のいずれかに記載の複合磁性体組成物。
【請求項6】
前記金属磁性粒子が少なくともアモルファス金属を有する請求項5に記載の複合磁性体組成物。
【請求項7】
前記金属磁性粒子が少なくとも純Feを有する請求項5または6に記載の複合磁性体組成物。
【請求項8】
前記磁性粒子が球状である請求項1~7のいずれかに記載の複合磁性体組成物。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の複合磁性体組成物を有する磁性部材。
【請求項10】
請求項9に記載の磁性部材を有する電子部品。
【請求項11】
前記磁性部材が圧粉磁心である請求項10に記載の電子部品
【請求項12】
前記圧粉磁心の内部にコイルを有する請求項10に記載の電子部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえばインダクタ、リアクトル、トランス、非接触給電コイル、磁気シールドなどの磁気応用タイプの電子部品の一部として用いられる磁性部材を構成する複合磁性体組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気応用タイプの電子部品の一部として用いられる磁性部材の代表例として、圧粉磁心が知られている。圧粉磁心は、たとえばインダクタなどの磁性コアとして用いられる。圧粉磁心は、複数の磁性粒子がバインダ樹脂により結び付けられた複合磁性体組成物の顆粒などを含む圧粉磁心前駆体を加圧成形することなどで得られる。
【0003】
たとえば高温環境下に置かれる電子部品においては、特に耐熱性が要求される。そのような事情から、たとえば下記の特許文献1または特許文献2に示すように、電子部品に用いられる磁性部材に含まれるバインダ樹脂として、ガラス転移温度(Tg)が高い樹脂が提案されている。
【0004】
しかしながら、ガラス転移温度が高い樹脂は、一般的に耐熱分解性が低く、高温で長期間に放置されると、特性劣化が生じてしまう傾向にあるという課題がある。たとえば高度の信頼性が要求される車載用途などに用いられる磁性部材においては、高温下での長期間にわたり特性劣化を抑制できることが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-210362号公報
【特許文献2】特開2019-212664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、耐熱性が良好であり、しかも長期間にわたり特性劣化を抑制することができる高信頼性の磁性部材と、その磁性部材を構成する複合磁性体組成物と、その磁性部材を有する電子部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明に係る複合磁性体組成物は、
分子回転の抑制されたビスフェノール型エポキシ樹脂を含むバインダと、前記バインダにより結び付けられる複数の磁性粒子と、を有する。
【0008】
本発明者は、耐熱性が良好であり、しかも長期間にわたり特性劣化を抑制することができる高信頼性の磁性部材について鋭意検討した結果、特定の樹脂と磁性粒子との組み合わせで構成してある複合磁性体組成物により、磁性部材の信頼性が向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
好ましくは、前記ビスフェノール型エポキシ樹脂は、分子内にアミド構造を有する。好ましくは、前記ビスフェノール型エポキシ樹脂は、共役構造を持つ複数の芳香環を有する。前記ビスフェノール型エポキシ樹脂は、イミド構造で共役構造を持つ複数の芳香環を有していてもよい。
【0010】
好ましくは、前記磁性粒子は金属磁性粒子を有する。特に金属磁性粒子と特定のエポキシ樹脂との組み合わせにより、高温環境下での長期間にわたる特性の劣化を抑制できることが本発明者により確認されている。金属磁性粒子が特定のバインダ樹脂との間で何らかの負触媒作用を発揮している可能性がある。
【0011】
好ましくは、金属磁性粒子が少なくともアモルファス金属を有する。好ましくは、金属磁性粒子が少なくとも純Feを有する。好ましくは、磁性粒子が球状である。
【0012】
本発明の磁性部材は、上記のいずれかに記載の複合磁性体組成物を有する。本発明の電子部品は、上記に記載の磁性部材を有する。前記磁性部材としては、特に限定されないが、たとえば圧粉磁心が例示される。前記圧粉磁心は、その内部にコイルを有していてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は本発明の一実施形態に係る電子部品の概略断面図である。
図2図2図1に示す電子部品の素子本体(圧粉磁心)を製造するために用いられる磁性体含有顆粒(複合磁性体組成物)の概略図である。
図3図3は本発明の実施例および比較例で用いるバインダ樹脂単独での分解度の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0015】
図1に示すように、本発明の実施形態に係る電子部品としてのインダクタ2は、略直方体形状(略六面体)からなる素子本体4を有する。
【0016】
素子本体4は、上面4aと、上面4aとはZ軸方向の反対側に位置する底面4bと、X軸に沿って相互に反対側に位置する端面4c,4dと、Y軸に沿って相互に反対側に位置する側面(図示せず)とを有する。
【0017】
素子本体4の底面4bには、一対の端子電極8が形成してある。一対の端子電極8は、X軸方向で離反して形成してあり、互いに絶縁してある。各端子電極8は、素子本体4の底面4bのみでなく、それぞれの近くに位置する端面4c,4dにも連続するように形成してある。
【0018】
本実施形態のインダクタ2では、これらの端子電極8に対して、図示しない配線などを介して外部回路が接続可能となっている。また、インダクタ2は、はんだや導電性接着剤などの接合部材を用いて、回路基板などの各種基板の上に実装可能となっている。基板に実装する場合、素子本体4の底面4bが実装面となり、端子電極8と基板とが、接合部材により接合される。
【0019】
素子本体4は、その内部において、コイル部5を有している。このコイル部5は、導体としてのワイヤ6をコイル状に巻回することで構成してある。本実施形態の図1において、コイル部5は、一般的なノーマルワイズで巻回された空芯コイルであるが、ワイヤ6の巻回方式は、これに限定されない。たとえば、ワイヤ6をα巻きした空芯コイルや、フラット巻またはエッジワイズ巻きした空芯コイルであってもよい。
【0020】
ワイヤ6は、主として銅などの低抵抗な金属を含む導体部と、その導体部の外周を覆う絶縁被膜とで構成してある。より具体的に、導体部は、無酸素銅やタフピッチ銅などの純銅、リン青銅や黄銅、丹銅、ベリリウム銅、銀-銅合金などの銅を含む合金、もしくは、銅被覆鋼線などで構成される。
【0021】
絶縁被膜は、電気絶縁性を有していればよく、特に限定されない。たとえば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ポリウレタン、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ナイロン、ポリエステルなど、もしくは、上記のうち少なくとも2種の樹脂を混合した合成樹脂が例示される。
【0022】
また、本実施形態において、コイル部5を構成するワイヤ6は、図1に示すように、丸線であり、導体部の断面形状が、円形となっているが、丸線に限らず、平角線などであってもよい。ワイヤ6の両端である一対のリード部6aは、それぞれ、コイル部5から素子本体4の外面(たとえば底面4b)に露出して端子電極8,8とそれぞれ接続してある。リード部6aは、いずれもワイヤ6で構成してあるが、底面4bに露出した箇所では、ワイヤ6の外周側に存在する絶縁被膜が除去されて、ワイヤ6の導体部が露出している。
【0023】
本実施形態において、端子電極8は、樹脂電極層を有していてもよい。また、端子電極8は、樹脂電極層とその他の電極層とを有する積層構造であってもよい。端子電極8を積層構造とする場合、樹脂電極層は、素子本体4の底面4bと接触する部分に位置し、その他の電極層は、単層でも複数層でもよく、その材質は特に限定されない。
【0024】
たとえば、その他の電極層は、Sn、Au、Cu、Ni、Pt、Ag、Pdなどの金属、または、これらの金属元素のうち少なくとも1種を含む合金で構成することができ、メッキやスパッタリングにより形成することができる。また、端子電極8の全体の厚みは、平均で、3μm~60μmとすることが好ましく、樹脂電極層の厚みは、1μm~50μmとすることが好ましい。
【0025】
端子電極8の樹脂電極層には、樹脂成分と導体粉末とが含まれる。樹脂電極層における樹脂成分は、エポキシ樹脂やフェノール樹脂などの熱硬化性樹脂で構成される。一方、導体粉末は、Ag、Au、Pd、Pt、Ni、Cu、Snなどの金属粉末、または、上記のうち少なくとも1種を含む合金の金属粉末で構成することができ、特にAgを主成分として含むことが好ましい。
【0026】
また、導体粉末の形状は、球に近い形状、長球状、不規則なブロック状、針状、扁平状とすることができ、特に、針状もしくは扁平状であることが好ましい。本実施形態において、扁平状の粒子とは、樹脂電極層の断面において、アスペクト比(短手方向の長さに対する長手方向の長さの比)が2~30である粒子を意味する。なお、導体粉末の平均粒径は、SEMやSTEMで樹脂電極層の断面を観察し、得られる断面写真を画像解析することで測定できる。その測定に際して、導体粉末の平均粒径は、最大長さ換算で算出する。
【0027】
本実施形態における素子本体4は、たとえば圧粉磁心で構成してあり、図2に示す顆粒10を含む圧粉磁心前駆体を、ワイヤ6の空芯コイルと共に加圧成形することで成形される。顆粒10は、複合磁性体組成物で構成してあり、複合磁性体組成物は、バインダ14と、バインダ14により結び付けられる複数の磁性粒子12と、を有する。バインダ14に関しては、後で説明する。
【0028】
磁性粒子12は、磁性材料であればよく、特に限定されないが、金属磁性粒子であることが好ましい。たとえば、純鉄、Fe-Ni系合金、Fe-Si系合金、Fe-Co系合金、Fe-Si-Cr系合金、Fe-Si-Al系合金、アモルファス金属、Feを含むナノ結晶合金、その他の軟磁性合金、またはそれらの組み合わせが例示される。なお、磁性粒子12には、適宜、副成分が添加してあってもよい。
【0029】
素子本体4に含まれることになる磁性粒子12については、そのメディアン径(D50)を0.1μm~100μm程度とすることができる。また、磁性粒子12は、D50が10μm~50μmの大粒子と、D50が1μm~9μmの中粒子と、D50が0.3μm~0.9μmの小粒子とを混ぜ合わせて構成してもよい。上記のような3種の粒子群の組合せの他に、大粒子と中粒子との組み合わせ、大粒子と小粒子との組み合わせ、中粒子と小粒子との組み合わせなどであってもよい。なお、大粒子と中粒子と小粒子とは、全て同種の材質で構成してもよく、あるいは異なる材質で構成することもできる。
【0030】
上記のように複数の粒子群を混ぜ合わせる場合、各粒子群の含有割合は、特に制限されない。たとえば、3種の粒子群(大粒子と中粒子と小粒子)を混ぜ合わせる場合、素子本体4の断面において、大粒子、中粒子、および小粒子が占める面積の総和を100%とすると、大粒子が占める面積は5%~30%とすることが好ましく、中粒子が占める面積は0%~30%とすることが好ましく、小粒子が占める面積は50%~90%とすることが好ましい。磁性粒子12を、複数の粒子群で構成することで、素子本体4に含まれる磁性粒子12の充填率を高めることができる。その結果、透磁率や渦電流損失、直流重畳特性などのインダクタ2の諸特性が向上する。
【0031】
なお、磁性粒子12の粒径、および、各粒子群が占める面積は、走査型電子顕微鏡(SEM)や走査透過型電子顕微鏡(STEM)などで素子本体4の断面を観察し、得られた断面写真をソフトウェアにより画像解析することで測定できる。その際、磁性粒子12の粒径は、円相当径換算で計測することが好ましい。
【0032】
好ましくは、磁性粒子12は、球状に近いことが好ましい。ただし、磁性粒子12には、球状の磁性粒子12と共に、不定形状の磁性粒子12が含まれていてもよい。
【0033】
なお球状とは、圧粉磁心4の破断面において観察される磁性粒子12の累積円形度分布で50%のところを平均円形度とし、この値が0.9以上をいう。ここで円形度とは、断面の画像解析などの公知の手法等で算出される。
【0034】
また、素子本体4に含まれる金属の磁性粒子12は、当該粒子間が互いに絶縁されていてもよい。絶縁する方法としては、たとえば、粒子表面に絶縁被膜を形成する方法が挙げられる。絶縁被膜としては、樹脂または無機材料で形成する被膜、および、熱処理により粒子表面を酸化して形成する酸化被膜が挙げられる。樹脂または無機材料で絶縁被膜を形成する場合、樹脂としては、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂などが挙げられる。
【0035】
無機材料としては、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸亜鉛、リン酸マンガンなどのリン酸塩、ケイ酸ナトリウムなどのケイ酸塩(水ガラス)、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、鉛ガラス、アルミノケイ酸ガラス、ホウ酸塩ガラス、硫酸塩ガラスなどが挙げられる。なお、磁性粒子12の絶縁被膜の厚みは、5nm~200nmであることが好ましい。絶縁被膜を形成することで、粒子間の絶縁性を高めることができ、インダクタ2の耐電圧を向上させることができる。
【0036】
次に、素子本体4の製造方法について説明する。
まず、図1に示す素子本体4を構成する圧粉磁心の原料となる圧粉磁心前駆体を準備する。圧粉磁心前駆体は、図2に示す顆粒10と、必要に応じて、その他の添加剤とを含んである。添加剤としては、成形潤滑剤や流動性付与剤などが例示される。成形潤滑剤としては、たとえばステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸ストロンチウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸マグネシウムなどが用いられる。流動性付与剤としては、たとえば微粒子シリカ、フュームドシリカ、コロイダルシリカなどが用いられる。
【0037】
図2に示す顆粒10は、たとえば絶縁被膜が形成してある金属の磁性粒子12を含む軟磁性粉末と、溶媒で希釈したバインダとを混練し、これを乾燥させることで得られる。得られた顆粒については、たとえば目開き100~400μmの篩で整粒しても良い。
【0038】
顆粒10の作製時にバインダを希釈する溶媒としては、アセトンなどのケトン類や、エタノール等を用いることができる。また、バインダ14としては、本実施形態では、後述する特定のエポキシ樹脂を用いる。バインダ14の含有量については、特に制限はないが、たとえば磁性粒子12を100重量部とした場合、2~5重量部とすることが好ましい。この比率でバインダを混練することで、得られる素子本体4(ワイヤ6を含まない)における磁性粒子12の体積充填率は、70~90vol%程度となる。顆粒10に含まれるバインダ14の樹脂は、硬化前の状態、たとえば未硬化または半硬化の状態でもよい。
【0039】
顆粒10は、インサート部材としての空芯コイル(コイル部5)とともに金型内に充填され、圧縮加圧成形が行われる。これにより素子本体4の形状を有する成形体が得られ、この成形体に適宜熱処理を行うことによりバインダ14の樹脂が硬化し、圧粉磁心から成る素子本体4が得られる。なお、熱処理の条件は、使用するバインダ14の種類に応じて適宜決定すればよい。こうして得られた圧粉磁心から成る素子本体4は、内部にコイル部5が埋設されているため、コイル部5に電圧を印加することでインダクタ2として機能する。
【0040】
本実施形態では、図2に示す顆粒10に含まれるバインダ14は、下記の化学式(1)に示す分子回転の抑制されたビスフェノール型骨格を有するエポキシ樹脂を主として含んでいる。なお、バインダ14には、下記の化学式(1)に示すエポキシ樹脂は、バインダ14の全量100質量%に対して、少なくとも20質量%以上で含まれていることが好ましく、その他の樹脂が含まれていてもよい。その他の樹脂としては、たとえば下記に示す特定のエポキシ樹脂と配向構造を形成しやすい硬化剤や、硬化促進剤などが例示される。この硬化剤としては、ナフタレン骨格をもつ硬化剤、ビフェニル骨格をもつ硬化剤などが例示される。また、硬化促進剤としては、イミダゾール系樹脂などが用いられる。
【0041】
【化1】
【0042】
なお、上記の化学式(1)中のそれぞれのRは、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、および炭素数1~6のアルコキシ基のいずれか、またはその組み合わせを示し、pおよびqは、それぞれ0以上の整数を示す。すなわち、化学式(1)中の少なくともいずれかのRは、化学式(1)中に無くてもよい。また、化学式(1)中のXは、以下の(2)または(3)に示される環状構造を有しており、後述する環Aや環Bと縮合していることが好ましい。
【0043】
【化2】
【0044】
化学式(2)中、YはO、NH、NR1 、CR1 2 、SiR1 2のいずれかであり、Zはカルボニル基、メチレン基、エステル基のいずれかであり、nは0以上の整数である。上記R1 およびR2 は、それぞれ水素原子、メチル基、芳香環、イミド環を示す。なお、化学式(2)中、*は結合部位を示す。
【0045】
【化3】
【0046】
化学式(3)中、nは0以上の整数であり、*は結合部位を示す。
【0047】
環Aおよび環Bは、それぞれ、置換基を有していてもよい芳香環を示す。環Aでおよび環Bで表される芳香環は、炭素原子を環構成原子とする炭素環、または炭素原子に加えて、酸素原子、窒素原子、硫黄原子などのヘテロ原子を有する複素環であり得るが、炭素環であることが好ましい。環Aおよび環Bで表される芳香環は、3~10員の芳香環が好ましい。環Aおよび環Bで表される芳香環には、単環式の芳香環や、2個以上の単環式の芳香環が縮合した縮合環のみならず、1個以上の単環式の芳香環に1個以上の単環式の非芳香環が縮合した縮合環も含まれる。
【0048】
環Aおよび環Bで表される炭素環の好適な具体例としては、ベンゼン環、インデン環、ナフタレン環、アズレン環、ヘプタレン環、ビフェニレン環、as-インダセン環、s-インダセン環、アセナフチレン環、フルオレン環、フェナレン環、フェナントレン環、アントラセン環、フルオランテン環、アセフェナントリレン環、アセアントリレン環、トリフェニレン環、ピレン環、クリセン環、テトラセン環、プレイアデン環、ピセン環、ペリレン環、ペンタフェン環、ペンタセン環、テトラフェニレン環、ヘキサフェン環などが挙げられる。
【0049】
より好ましくは、ベンゼン環、ナフタレン環、フェナントレン環、アントラセン環、トリフェニレン環、トリフェニレン環、ピレン環、クリセン環、テトラセン環、ピセン環、ペンタセン環などが挙げられ、さらに好ましくは、ベンゼン環である。
【0050】
環Aおよび環Bで表される複素環の好適な具体例としては、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピロール環、フラン環、ベンゾフラン環、イミダゾール環、チオフェン環、チアゾール環や、これらに前述の1個以上の芳香環が縮合した縮合環や、これらに1個以上の非芳香環が縮合した縮合環などが挙げられる。
【0051】
上記で特定されたエポキシ樹脂としては、これらの構造を満たす1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。好ましくは、上記で特定されたエポキシ樹脂は、複数の芳香環で共役構造を有する。また、好ましくは、複数の芳香環が、イミド構造で共役構造を持つ。あるいは、上記で特定されたエポキシ樹脂は、分子内にアミド構造を有することも好ましい。
【0052】
本実施形態に係る特定のエポキシ樹脂を含むバインダ14と磁性粒子12とを有する顆粒10を用いて圧粉成形体(素子本体4)を形成することで、金型のキャビティ面への貼り付きや成形体の破損なども防止することができる。また、得られる素子本体4のガラス転移温度(Tg)も高くすることが可能であり、インダクタ素子2の耐熱性が向上する。上述した特定のエポキシ樹脂(硬化後)を含む素子本体4のガラス転移温度は、たとえばDSC(示差熱容量分析)により測定されることが可能であり、好ましくは170°C以上に高くすることができる。
【0053】
さらに、本実施形態では、高温環境下での素子本体4の特性劣化も抑制することが可能であり、信頼性に優れたインダクタ2を実現することができる。高温環境下での素子本体4の特性劣化の抑制としては、たとえば素子本体4の透磁率の変化の抑制や、素子本体4の重量変化率の抑制などが例示される。また、素子本体4の耐電圧も向上する。特に高信頼性が要求される車載などの分野では、耐電圧が高いほど好ましい。
【0054】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【0055】
たとえば、磁性粒子12としては、金属(合金含む)の磁性粒子のみでなく、金属以外のフェライト粒子などであってもよい。
【0056】
また、電子部品としては、コイル部5が内蔵してある圧粉磁芯から成る素子本体4を有するインダクタ2などのコイル部品に限らず、コイル部を内蔵していない圧粉磁心の回りにワイヤ6を巻回したコイル部品なども例示される。また、上述した実施形態の顆粒10を用いて製造することができる電子部品としては、インダクタに限らず、リアクトル、トランス、非接触給電デバイスなどのように、磁心が用いられる電子部品に限らず、磁心以外の磁性部材が用いられる磁気シールド部品などであってもよい。
【実施例0057】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0058】
実施例1
まず、図2に示すように、磁性粒子12とバインダ14とを有する顆粒10を含む圧粉磁心前駆体を作製した。バインダ14として、前述した化学式(1)および(2)を、さらに具体化した以下の化学式(4)および(5)に示す分子回転抑制型のされたビスフェノール型エポキシ樹脂を用いた。
【0059】
具体的には、そのエポキシ樹脂100質量部、硬化剤として、ビフェニルアラキル型フェノール樹脂50質量部、さらに硬化促進剤として2-エチルー4-メチルイミダゾール1質量部を用い、これらをアセトンから成る溶媒に溶解させることで塗料を作製した。
【0060】
【化4】
【0061】
【化5】
【0062】
次に、作製した塗料を、磁性粒子12と混合し、ニーダーを用いて混練して乾燥させることで、顆粒10から成る圧粉磁心前駆体を作製した。磁性粒子12としては、D50=25μmであるFe-Si-Cr-B-C組成系アモルファス金属粉を75質量%と、D50=4μmである純Fe粉を25質量%とを含む混合金属粉を用いた。
【0063】
バインダ量については、混合金属粉100質量部に対してバインダが3質量部となるように調整した。次に、金型を用いて、顆粒10を、金型温度120°C、成形圧力400MPaの条件で圧縮成形を行い、外形18mm、内径10mmのトロイダル状に成型した。最後に、得られた成形品を、180°Cにて1時間かけて熱硬化させ、トロイダル形状の圧粉磁心(コイルが内蔵されてない磁性部材)のサンプルを作製した。得られた圧粉磁心のサンプルについて、以下の測定を行った。
【0064】
<コア重量変化率>
圧粉磁心のサンプルを180°Cの環境下で660時間放置し、放置前後での重量変化率を求めた。結果を表1に示す。重量変化率は0に近いほど好ましい。
【0065】
<比透磁率>
圧粉磁心のサンプルに巻線して閉磁路を形成し、LCRメーターを用いて周波数100kHzおよび50mVで比透磁率μを測定した。結果を表1に示す。
【0066】
<μ変化率>
圧粉磁心のサンプルを180°Cの環境下で1100時間放置し、放置前後での比透磁率μの変化率(%)を求めた。結果を表1に示す。変化率は、0に近いほど好ましい。
【0067】
<ガラス転移温度Tg>
圧粉磁心のサンプルを、粉末状に乳鉢を用いて粉砕し、その粉末を示差走査熱容量分析装置にて、昇温速度5°C/分の条件で、ガラス転移温度(Tg)を測定した。結果を表1に示す。ガラス転移温度は、170°C以上に高いことが好ましい。
【0068】
<耐電圧>
トロイダル状の圧粉磁心のサンプルに一対のIn-Ga電極を形成した。これに電圧を印加し、100mAの電流が流れた時の電圧を測定し、電極で挟み込まれた方向の圧粉磁心の厚みで割ることにより、耐電圧(V)を測定した。結果を表1に示す。耐電圧は高いほど好ましい。
【0069】
<成形性>
加熱プレス成形後に金型から成形体を取り出す際に、成形体が金型への貼り付きの有る無しを観察すると共に、成形体の破断などが観察されたかを調べることで成形性を評価した。100個の成形体のサンプルに対して、金型への貼り付きが観察されず、破断も観察されなかった場合に、Gと評価した。10個中の1つでも金型への貼り付き、または成形体の破断が観察された場合をBと評価し、10個中の1つでも金型への貼り付きと、成形体の破断の双方が同時に観察された場合をVBと評価した。結果を表1に示す。耐電圧は高いほど好ましい。
【0070】
<バインダ樹脂単独の分解度>
圧粉磁心のサンプルでは無く、バインダ樹脂と硬化剤と硬化促進剤を溶剤に溶かして、それを型に流しこんで成形し、成形物の溶剤を乾燥させ、熱硬化させて、所定に大きさの試験片を作製した。
【0071】
そのバインダ樹脂単独の成形体のサンプルを、180°Cの温度環境下に、2400時間放置し、所定時間毎に、分解度を調べた。結果を図3中の黒丸印のプロットで示す。図3のグラフにおいて、横軸は、放置時間を示し、縦軸は分解度(%)を示す。分解度の測定は、電子天秤を用いた重量減少度の測定により行った。
【0072】
比較例1
バインダとして、オルソクレゾールノボラック型エポキシ樹脂を用い、硬化剤として、フェノールノボラック樹脂を用いた以外は、実施例1と同様にして圧粉磁心のサンプルを作製し、実施例1と同様な評価を行った。結果を表1に示す。また、実施例1と同様にして、この比較例1で用いたバインダ樹脂単独の分解度を測定した結果を、図3中の×印のプロットで示す。
【0073】
比較例2
バインダとして、オルソクレゾールノボラック型エポキシ樹脂およびマレイミド変性エポキシ樹脂の混合物を用い、硬化剤としてフェノールノボラック樹脂を用いた以外は、実施例1と同様に圧粉磁心のサンプルを作製し、実施例1と同様な評価を行った。結果を表1に示す。
【0074】
比較例3
バインダとして、ジフェニルエーテル型エポキシ樹脂に、硬化剤をフェノールノボラック樹脂に変更した以外は実施例1と同様に圧粉磁心のサンプルを作製し、実施例1と同様の評価を行った。結果を表1に示す。
【0075】
比較例4
バインダとして、ナフタレン型エポキシ樹脂を用い、硬化剤として、ナフタレン型硬化剤を用いた以外は、実施例1と同様に圧粉磁心のサンプルを作製し、実施例1と同様の評価を行った。結果を表1に示す。
【0076】
比較例5
バインダとして、ビフェニレン型エポキシ樹脂を用い、硬化剤として、ビフェニルアラルキル型フェノール樹脂を用いた以外は、実施例1と同様に圧粉磁心のサンプルを作製し、実施例1と同様の評価を行った。結果を表1に示す。また、実施例1と同様にして、この比較例5で用いたバインダ樹脂単独の分解度を測定した結果を、図3中の三角印のプロットで示す。
【0077】
比較例6
バインダとして、多官能型エポキシ樹脂を用い、硬化剤として、多官能型フェノール樹脂を用いた以外は実施例1と同様に圧粉磁心のサンプルを作製し、実施例1と同様の評価を行った。結果を表1に示す。
【0078】
実施例2
磁性粒子12として、Fe-Si-Cr-B-C組成系アモルファス金属粉の代わりに、Fe-Ni系合金、Fe-Si系合金、Fe-Co系合金、Fe-Si-Cr系合金、Fe-Si-Al系合金のいずれかの金属粉を用いた以外は、実施例1と同様な評価を行ったところ、実施例1と同様な結果が得られることを確認できた。
【0079】
実施例3
磁性粒子12として、D50=25μmであるFe-Si-Cr-B-C組成系アモルファス金属粉を100質量%で用いた以外は、実施例1と同様な評価を行ったところ、実施例1と同様な結果が得られることを確認できた。
【0080】
評価
表1に示すように、所定の分子回転が抑制された構造を有するビスフェノール型エポキシ樹脂を使用した実施例1では、各比較例1~6と比較して、高温に長時間晒されても、重量変化が少なく、かつ磁気特性の低下が少ないことが判明した。また、実施例1では、Tgが170°C以上に高いと共に、耐電圧も300V以上高く、しかも成形性がよいことが確認できた。なお、それぞれの比較例1~6では、これらの特性を全て同時には満足することはできなかった。
【0081】
図3に示すように、樹脂単独では、実施例1で用いる分子回転抑制型樹脂の分解度の高温環境下の経時変化と、比較例1で用いるノボラック型樹脂または比較例5で用いるビフェニル型樹脂の分解度の高温環境下の経時変化とでは、大差が無い。しかしながら、表1に示すように、実施例1の圧粉磁心のサンプルにおいては、他の比較例1~6の圧粉磁心のサンプルよりも優れた結果が得られた。金属磁性粒子が分子回転抑制型樹脂との間で何らかの負触媒作用を発揮し、樹脂単独では考えられない効果が得られていると考えられる。
【0082】
【表1】
【符号の説明】
【0083】
2… インダクタ
4… 素子本体(圧粉磁心)
4a… 上面
4b… 底面
4c,4d… 端面
5… コイル部
6… ワイヤ
6a… リード部
8… 端子電極
10… 顆粒(複合磁性体組成物)
12… 磁性粒子
14… バインダ
図1
図2
図3
【手続補正書】
【提出日】2023-03-27
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項12
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項12】
前記圧粉磁心の内部にコイルを有する請求項11に記載の電子部品。