(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023150611
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】DPP8選択的阻害剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/496 20060101AFI20231005BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231005BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231005BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231005BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
A61K31/496
A61P35/00
A61P43/00 121
A61K45/00
A61K39/395 T
A61K39/395 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022059812
(22)【出願日】2022-03-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り フォーラム富山「創薬」第54回研究会、令和3年(2021年)10月12日開催
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勉
【テーマコード(参考)】
4C084
4C085
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA19
4C084AA22
4C084AA23
4C084NA05
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZC751
4C085AA13
4C085AA14
4C085BB31
4C085CC22
4C085CC23
4C085EE03
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC50
4C086GA07
4C086GA16
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA03
4C086MA04
4C086MA05
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、血液悪性腫瘍を処置するための医薬組成物であって、DPP8選択的阻害剤および任意に他の血液悪性腫瘍を処置するための剤を含む、前記医薬組成物、および、該医薬組成物を投与することを含む血液悪性腫瘍の処置方法を提供することにある。
【解決手段】式Iで表される化合物を含む、血液悪性腫瘍を処置するための医薬組成物、および、これを用いる治療方法が提供される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式I:
【化1】
で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩を有効成分とする、血液悪性腫瘍処置用医薬組成物。
【請求項2】
薬学的に許容可能な担体をさらに含む、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
腫瘍細胞の標的化剤をさらに含む、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
標的化剤が、CD138を特異的に認識する剤である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
CD138を特異的に認識する剤が、抗CD138抗体である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
血液悪性腫瘍が、多発性骨髄腫、T細胞リンパ腫またはB細胞リンパ腫のいずれかである、請求項1~5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
さらに、1または2以上の血液悪性腫瘍を処置するための他の剤と併用される、請求項1~6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
以下の式I:
【化2】
で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩を対象に投与することを含む、血液悪性腫瘍を処置するための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジペプチジルペプチダーゼ-8の活性を選択的に抑制する剤を含む、血液悪性腫瘍の処置のための医薬組成物、および、該医薬組成物を用いた血液悪性腫瘍の処置方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)はタンパク質分解酵素であり、N末端から2番目のアミノ酸がプロリンもしくはアラニンであるペプチドから、加水分解によりN末端2個のアミノ酸を取り除く。DPPのファミリーにはDPP4やDPP8、DPP9などが属し、それぞれに基質特異性があるため、治療の標的として優れている。例えばDPP4に対する特異的な阻害剤は糖尿病治療薬として既に広く使用されている。
【0003】
特許文献1および非特許文献1には、DPP8とDPP9の両者を阻害する1G244が、多発性骨髄腫、T細胞リンパ腫および急性骨髄性白血病などの血液悪性腫瘍細胞に対して優れた抗がん剤活性を有すること、および、1G244の抗がん剤活性はDPP8およびDPP9の阻害とカスパーゼ3の活性化を介したアポトーシス誘導であることが示唆されている。
非特許文献2には、1G244から構造展開した多数の化合物が記載されており、そのうちの1つとして化合物12mが記載され、DPP8への選択性が高いことが示されている。しかしながら、非特許文献2には、化合物12mの抗がん剤活性については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sato T. et al., Sci Rep. 2019 Dec 2;9(1):18094. doi: 10.1038/s41598-019-54695-w.
【非特許文献2】Van Goethem S. et al., J Med Chem. 2011 Aug 25;54(16):5737-46. doi: 10.1021/jm200383j.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、血液悪性腫瘍を処置するための医薬組成物(以下、「血液悪性腫瘍処置用医薬組成物」という場合もある。)であって、DPP8選択的阻害剤および任意に他の血液悪性腫瘍を処置するための剤を含む、前記医薬組成物、および、該医薬組成物を投与することを含む血液悪性腫瘍の処置方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、DPP8とDPP9の両者を阻害する1G244は、マウスにおいて抗腫瘍効果を有するものの、高用量では体重減少の副作用があることを見出した。かかる知見に着目して、鋭意研究を進めたところ、1G244よりもDPP8に対してより高い選択性を有する12mを血液悪性腫瘍細胞に投与すると、骨髄腫細胞およびリンパ腫細胞の生細胞数が有意に減少するが、体重減少が認められないことを見出し、さらに研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明に下記に掲げるものに関する:
(1)以下の式I:
【化1】
で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩を有効成分とする、血液悪性腫瘍処置用医薬組成物。
(2)薬学的に許容可能な担体をさらに含む、(1)に記載の医薬組成物。
(3)腫瘍細胞の標的化剤をさらに含む、(1)または(2)に記載の医薬組成物。
(4)標的化剤が、CD138を特異的に認識する剤である、(3)に記載の医薬組成物。
(5)CD138を特異的に認識する剤が、抗CD138抗体である、(4)に記載の医薬組成物。
(6)血液悪性腫瘍が、多発性骨髄腫、T細胞リンパ腫またはB細胞リンパ腫のいずれかである、(1)~(5)のいずれかに記載の医薬組成物。
(7)さらに、1または2以上の血液悪性腫瘍を処置するための他の剤と併用される、(1)~(6)のいずれか一項に記載の医薬組成物。
(8)以下の式I:
【化2】
で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩を対象に投与することを含む、血液悪性腫瘍を処置するための方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の医薬組成物は、1G244と比較して、各種の血液悪性腫瘍に対し、in vitroおよびin vivoで優れた抗がん剤活性を発揮することができる。
また、マウスを用いた実験において1G244を用いることで容量依存性に体重減少の副作用が観察されたところ、本発明の医薬組成物は、この副作用は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、1G244および12mについての、化学構造およびDPP8親和性を示す。
【
図2】
図2は、12mの抗腫瘍効果(in vitro)を示す。
【
図3】
図3は、1G244の副作用(体重減少)を示す。
【
図4】
図4は、12mの副作用(体重減少)を示す。
【
図5】
図5は、30mg/kgのG244および12mの抗腫瘍効果(in vivo)を示す。
【
図6】
図6は、30mg/kgまたは150mg/kgの12mの抗腫瘍効果(in vivo)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下本発明について詳細に説明する。
<1>本発明の医薬組成物
本発明の医薬組成物は、以下の式I:
【化3】
で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩を含む医薬組成物である。かかる医薬組成物は、典型的には血液悪性腫瘍の処置に用いることができる。以下の本明細書においては、上記化合物を「12m」と称することがある。
【0012】
上記式Iで表される化合物(12m)は、非特許文献2(Van Goethem S. et al., J Med Chem. 2011 Aug 25;54(16):5737-46. doi: 10.1021/jm200383j.)に記載されるとおり、そして、本願の
図1に示されるとおり、1G244と構造が類似しており、12mでは1G244のピペラジン骨格におけるHが(S)CH
3に置き換わっている。
【0013】
12mは、(S)-2-アミノ-4-{(S)-4-[ビス(4-フルオロフェニル)-メチル]-3-メチル-ピペラジン-1-イル}-1-(イソインドリン-2-イル)ブタン-1,4-ジオンであり、1G244は、2-アミノ-4-{4-[ビス(4-フルオロフェニル)メチル]ピペラジン-1-イル}-1-(2,3-ジヒドロ-1H-イソインドール-2-イル)ブタン-1,4-ジオンである。
【0014】
12mは、その化合物自体の他に、その薬学的に許容可能な塩とすることができる。薬学的に許容可能な塩としては、通常医薬品に使用できる塩であればよいが、例えば、塩酸、リン酸、硫酸、硝酸、ホウ酸等との塩(無機酸塩)や、ギ酸、酢酸、乳酸、フマル酸、マレイン酸、酒石酸、クエン酸、コハク酸、マロン酸、トシル酸、フルオロ酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩等との塩(有機酸塩)を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。これらの塩の調製は慣用手段によって行なうことができる。なお、以上の例示は、「薬学的に許容可能な塩」が限定解釈されるために用いられるべきではない。即ち、「薬学的に許容可能な塩」は、広義に解釈されるべきであり、各種の塩を含む用語である。本明細書における化合物は、それが明らかに適さない場合を除き、明示されていない場合にも、当該化合物又はその塩の水和物又は溶媒和物をも含む。
【0015】
1G244は、DPP8とDPP9の両者を阻害するが、本明細書中で示されるように、12mは、1G244と比較して、DPP8への選択性が高まっており、体重減少などの副作用も減少している。
DPP9は全身の組織にあまねく発現し、DPP9のノックアウトマウスは胎生致死となるが(PLoS One. 2013;8(11):e78378およびDev Biol. 2017;431(2):297-308)、DPP8の発現は血球系に特異的である(BIOGPS Dataset: GeneAtlas U133A, gcrma)。
したがって、DPP8に特異性の高い阻害剤は副作用が少なく、抗がん剤活性の強い抗血液悪性腫瘍薬になることが期待される。
【0016】
「血液悪性腫瘍処置用医薬組成物」とは、標的の疾病ないし病態である、血液悪性腫瘍に対する治療的または予防的効果を示す医薬組成物のことをいう。治療的効果には、血液悪性腫瘍に特徴的な症状または随伴症状を緩和すること(軽症化)、症状の悪化を阻止ないし遅延すること等が含まれる。後者については、重症化を予防するという点において予防的効果の一つと捉えることができる。このように、治療的効果と予防的効果は一部において重複する概念であり、明確に区別して捉えることは困難であり、またそうすることの実益は少ない。なお、予防的効果の典型的なものは、血液悪性腫瘍に特徴的な症状の再発発現(発症)を阻止ないし遅延することである。なお、血液悪性腫瘍に対して何らかの治療的効果または予防的効果、あるいはこの両者を示す限り、血液悪性腫瘍用医薬組成物に該当する。また、化合物(I)またはその併用剤がもたらす癌に対する治療的または予防的効果は、血液悪性腫瘍の合併症の改善を含んでいてもよい。すなわち、本明細書における「血液悪性腫瘍」とは、血液悪性腫瘍の抑制に効果を奏することに加えて、合併症を改善することを含んでいてもよい。
【0017】
本発明の医薬組成物は、一態様において、有効成分である式Iで表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩に加えて、薬学的に許容可能な担体をさらに含んでもよい。薬学的に許容可能な担体としては、特に限定されないが、例えば、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、界面活性剤、滑沢剤、稀釈剤、被覆剤、糖衣剤、矯味矯臭剤、乳化・可溶化・分散剤、pH調製剤、等張剤、可溶化剤、香料、着色剤、溶解補助剤、生理食塩水等である。
【0018】
本発明の医薬組成物は、別態様において、有効成分である式Iで表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩に加えて、薬学的に許容可能な担体として、送達する薬物のバイオアベイラビリティの向上や疾患部位への送達効率の向上などをもたらし得るものであるいかなるものでも用いることができる。例えばリポソーム担体、ポリマー担体、ミセル担体などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0019】
本発明の医薬組成物の一態様において、薬学的に許容される担体は、担体としての機能を発揮する形態で組成物中に存在する。かかる形態、すなわち製剤化する剤形としては、特に限定されないが、例えば、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、乳剤、ゼリー剤、注射剤、外用剤、吸入剤、点鼻剤、点眼剤および坐剤等である。本発明の医薬組成物には、期待される治療効果(または予防効果)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分が含有される。
【0020】
本発明の医薬組成物の一態様において、薬学的に許容される担体は、担体としての機能を発揮する形態で組成物中に存在する。かかる形態としては、これに限定するものではないが、例えば有効成分である式Iで表される化合物と薬学的に許容可能な担体とが作動可能に連結している形態や、有効成分である式Iで表される化合物が薬学的に許容される担体で構成されるマイクロ/ナノカプセル、リポソーム、ミセルなどのカプセル状粒子に封入される形態などが挙げられる。
【0021】
本発明の医薬組成物中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を、例えば、約0.01質量%~約99.9質量%の範囲内で設定し得る。
【0022】
本発明において、部材Aと部材Bとが「作動可能に連結する」とは、部材Aと部材Bとが、それぞれの部材が有する本質的機能を損なうことなく連結されていることを意味する。したがって例えば、式Iで表される化合物とポリマー担体とが作動可能に連結されている場合、式Iで表される化合物はそのDPP8の活性を阻害する機能を損なうことなく、またポリマー担体はその薬物の保護・送達機能を損なうことなく、互いに連結されている。ここで「連結」とは、任意の化学的結合やリンカーなどを介して結びついていることを意味し、該化学的結合としては、これに限定するものではないが、例えば共有結合、イオン結合、水素結合などを含む。また部材Aと部材Bとがその機能を損なわない限り、両部材はリンカーの代わりに別の部材Cを介して結びついていてもよい。
【0023】
本発明の医薬組成物は、別の一態様において、血液悪性腫瘍細胞を特異的に標的する標的化剤をさらに含む。標的化剤は、有効成分である式Iで表される化合物を、血液悪性腫瘍細胞に特異的に送達し得る形態で医薬組成物中に含まれる。したがって、好ましい一態様において、式Iで表される化合物と標的化剤とは、作動可能に連結されている。かかる態様においては、これに限定するものではないが、例えばスクシンイミジル6-ヒドラジノニコチナートアセトンヒドラゾン(SANH)、スクシンイミジル4-ホルミルベンゾアート(SFB)などのリンカーによって、式Iで表される化合物と標的化剤とが作動可能に連結され得る。薬物と標的化剤とを作動可能に連結することができるリンカーは当該技術分野において既知であり(例えばHamann et, al., Bioconjug. Chem., 2002 Jan-Feb;13(1):40-6, DiJoseph et al, Blood. 2004 Mar 1;103(5):1807-14など)、当業者であれば採用される薬物および標的化剤に合わせて、適宜リンカーを選択することができる。
【0024】
別の好ましい一態様において、本発明の医薬組成物は、有効成分である式Iで表される化合物(薬物)、薬学的に許容される担体および標的化剤を含む。かかる態様においては、少なくとも標的化剤と担体とは作動可能に連結されている。担体がポリマーなどの場合、式Iで表される化合物は、標的化剤と作動可能に連結された該担体に、さらに作動可能に連結されていてもよい。また担体がリポソームやミセルなど、カプセル状粒子を形成する担体である場合、表面を標的化剤により修飾された該カプセル状粒子中に内包されてもよい。このような態様の医薬組成物は当該技術分野において既知であり(例えばOno et al., Blood Cancer J., 2014; 4: e180など)、当業者であれば採用される薬物、担体および標的化剤に合わせて、最適な態様を適宜選択することができる。
【0025】
本発明において「標的化」とは、物質、例えば薬物や薬物送達担体などを特定の標的、例えば特定の細胞や組織(本発明においては血液悪性腫瘍細胞、好ましくは骨髄腫細胞、リンパ腫細胞)に、標的としない細胞や組織よりも、標的化していない前記物質と比較して、迅速、効率的かつ/または大量に送達すること、すなわち標的特異的な物質の送達を可能にすることをいい、「標的化剤」とは、物質と結合または反応した場合に、当該物質をこのように標的化できる物質を意味する。なお標的化剤が分子の形態である場合には、これは「標的化分子」と同義である。
【0026】
本発明において用い得る標的化剤は、物質を血液悪性腫瘍細胞、好ましくは骨髄腫細胞、リンパ腫細胞に特異的に送達可能な剤であればいかなるものであってもよい。標的化は一般に、対象の細胞や組織において特異的に発現している分子を認識する物質を用いて行う。したがって好ましくは、標的化剤は、血液悪性腫瘍細胞、とくに骨髄腫細胞、リンパ腫細胞に特異的に発現する分子を特異的に認識する物質である。このように特定の分子を特異的に認識する物質としては、典型的にはモノクローナル抗体、リガンド/レセプターなどが挙げられる。医薬組成物において標的化剤として用いる場合は、調製の容易さなどの観点から、抗体(とくにモノクローナル抗体)を用いるのが好ましい。
【0027】
シンデカン-1(SDC1)は、CD138とも称され、細胞表面に存在する膜貫通型ヘパラン硫酸プロテオグリカンである。シンデカン-1は細胞の結合やシグナリングの媒介、細胞骨格の形成などの機能を有し、また細胞の増殖、移動、細胞外マトリクスとの相互作用においても重要な役割を果たすと考えられている。成熟した形質細胞においては、このシンデカン-1が特異的に発現していることが知られており、形質細胞由来の腫瘍細胞(すなわち、骨髄腫を含む形質細胞腫)の細胞表面にも同様に発現している。したがってシンデカン-1(CD138)は、骨髄腫細胞の好適なマーカー(標的対象分子)として機能すると考えられる。よって、本発明の医薬組成物の好適な一態様において、標的化剤はシンデカン-1(CD138)を特異的に認識する剤(または分子)である。
【0028】
シンデカン-1を特異的に認識する分子としては、これに限定するものではないが、例えばシンデカン-1受容体分子、抗CD138抗体(とくにモノクローナル抗体)などが挙げられる。医薬組成物において標的化剤として用いる場合、上述のとおり抗体(とくにモノクローナル抗体)が好ましい。したがって本発明の医薬組成物は、より好ましくは、標的化剤が抗CD138抗体(とくにモノクローナル抗体)である。
【0029】
T細胞リンパ腫の好適なマーカーとしては、CD2、CD5、CD7、CD26、TCRなどを用いることができ、B細胞リンパ腫の好適なマーカーとしては、CD19、CD20、CD23、κ/λ(L鎖)、FMC7などを用いることができる。また、これらを特異的に認識する剤(または分子)を標的化剤として使用することができる。
【0030】
本発明において、「血液悪性腫瘍」は、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫(ホジキンリンパ腫、濾胞性リンパ腫、MALTリンパ腫、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫、マントル細胞リンパ腫、バーキットリンパ腫、末梢性T細胞リンパ腫、血管免疫芽球性T細胞リンパ腫、成人T細胞白血病)、慢性リンパ性白血病、急性白血病、急性骨髄性(リンパ性)白血病を意味する。
【0031】
本発明において、12m化合物(その塩も含む。本段落において以下同様。)は、他の抗がん化合物とともに医薬組成物とすることができ、また、他の抗がん化合物と併用することができる。これにより、より向上した効果を発揮することも可能である。よって、本発明は、12m化合物及び他の抗がん剤を含有するがん治療用医薬組成物、及び、他の抗がん剤と共に使用するための、12m化合物を含有するがん治療用医薬組成物に関する。あるいは、本発明は、他の抗がん剤と共に使用するためのがん治療用医薬組成物を製造するための、12m化合物の使用を含む。あるいは、本発明は、他の抗がん剤と共に投与されるための、がんの治療若しくは予防のための12m化合物の使用、及びがんの治療若しくは予防のための12m化合物及び他の抗がん剤の使用を含む。更に、本発明は、他の抗がん剤と共に12m化合物を投与することを含む、がんの治療方法若しくは予防方法に関する。併用における配合比等は、常法に基づいて、設定することができる。他の抗がん化合物としては、特に制限されないが、好ましくは血液悪性腫瘍の処置に用いることができる化合物であればよい。例えば、ベネトクラクス、アザシチジン、ポラツズマブベドチンなどである。
【0032】
本発明は、骨髄腫細胞、リンパ腫細胞においてDPP8の活性を選択的に抑制すると、副作用なく、腫瘍細胞の増殖を抑制できることを見出したことに端を発するものである。したがって本発明の医薬組成物は、とくに血液悪性腫瘍の処置において好適に用いることができる。
【0033】
<2>血液悪性腫瘍の処置方法(治療方法)
本発明はまた、対象における血液悪性腫瘍を処置する方法であって、式Iで表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩の有効量またはそれを含む本発明の医薬組成物を、それを必要とする対象に投与することを含む前記方法にも関する。
本発明における「対象」は、血液悪性腫瘍に罹患し得る生物個体であればいかなる生物個体であってもよいが、好ましくはヒトおよび非ヒト哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどの齧歯類、チンパンジーなどの霊長類、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの偶蹄目、ウマなどの奇蹄目、ウサギ、イヌ、ネコなど)の個体であり、より好ましくはヒトの個体である。
【0034】
本発明の予防/治療方法に用いる式Iで表される化合物またはそれを含む医薬組成物としては、本明細書に記載のものが挙げられる。本発明における有効量とは、例えば、血液悪性腫瘍および/またはその併発症の症状を低減し、またはその進行を遅延もしくは停止する量であり、好ましくは、血液悪性腫瘍および/またはその併発症を抑制し、または治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、培養細胞などを用いたin vitro試験や、マウス、ラットなどのモデル動物における試験により適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。有効成分の具体的な用量は、それを必要とする対象に関する種々の条件、例えば、症状の重篤度、対象の一般健康状態、年齢、体重、対象の性別、食事、投与の時期および頻度、併用している医薬、治療への反応性、剤形、および治療に対するコンプライアンスなどを考慮して決定され得る。
【0035】
具体的な用量としては、例えば、対象の体重1kgあたり通常0.01~200mg、好ましくは0.01~10mg、より好ましくは0.01~1mgである。投与スケジュールとしては例えば1日1回~数回、2日に1回、あるいは3日に1回等を採用できる。投与スケジュールの設定においては、患者の症状や有効成分の効果持続時間等を考慮することができる。また、投与方法としては、注射や点滴による投与(皮内投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、髄腔内投与)、経口投与、経肺投与、経鼻投与、経粘膜投与などの既知の任意の適切な投与方法を用いることができる。
【0036】
本明細書中で言及する全ての特許、出願および他の出版物は、その全体を参照により本明細書に援用する。
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例0037】
例1 12mの構造とDPP8親和性
12mは、非特許文献2(J Med Chem. 2011;5416:5737-46)の記載に従って合成した。12mでは1G244のピペラジン骨格におけるHが(S)CH
3に置き換わっている。1G244のDPP8に対するIC50は14nM、DPP9に対するIC50は53nMであり、DPP8に対するselectivity index(DPP9 IC50/DPP8 IC50)は3.8であった(
図1)。これに対し、12mのDPP8に対するIC50は32nM、DPP9に対するIC50は260nMであり、DPP8に対するselectivity indexは8.1である(非特許文献2の表3を参照)(
図1)。このselectivity indexの比較から、12mは1G244と比較してDPP8に選択性が高いと判断された。
【0038】
例2 12mの抗腫瘍効果(in vitro)
検討する細胞株として、MM.1S(多発性骨髄腫)、KARPAS299(T細胞リンパ腫)、およびDaudi(B細胞リンパ腫)をAmerican Type Culture Collection (ATCC)から入手して使用した。1G244に対し、MM.1SおよびKARPAS299は高感受性、Daudiは低感受性である。これらの細胞をそれぞれ96穴プレートへ播種し(1穴あたり1×10
5個)、各種濃度(0、10、20、50、100μM)の1G244もしくは12mを添加して6時間培養した。傷害された細胞内から培養液中へ漏出するLDHを比色法で半定量し、これを抗腫瘍効果の指標とした。その結果、これら3種の細胞株において12mの抗腫瘍効果は1G244よりも優れていた。MM.1Sでは20、50、100μM、KARPAS299およびDaudiでは50、100μMで有意差が認められた(
図2)。
【0039】
例3 1G244の副作用(体重減少)
免疫不全マウス(NSG)の側腹部皮下へ、週に1回(Day 0、7、14、21、28、35)、各種濃度(0、30、60、150mg/kg)の1G244を投与し、体重測定を行った。1群につき6匹で検討した。急性毒性で死亡するマウスはいなかった。経時的な推移は折れ線グラフで(
図3左)、Day35の値は棒グラフで示している(
図3右)。このDay35において、コントロールのDMSO投与群と比較して30mg/kgを投与した群の体重は有意差をもって減少していた(
図3)。また、30mg/kg群と60mg/kg群の間、60mg/kg群と150mg/kg群の間にも有意差が認められた(
図3)。すなわち、1G244の投与は濃度依存性に体重減少の副作用をもたらした。
【0040】
例4 12mの副作用(体重減少)
12mを用いて、例3と同様の検討を行なった。12mでも急性毒性で死亡するマウスはいなかった。Day35において、コントロールのDMSO群と30mg/kg群の間に有意差はなかった(
図4)。また、DMSO群と150mg/kg群の間にも有意差はなかった(
図4)。すなわち、12mでは1G244で認められたような体重減少の副作用は出現しなかった。
【0041】
例5 12mの抗腫瘍効果(in vivo)
免疫不全マウス(NSG)の左側腹部皮下へDay -3に高感受性細胞株MM.1S(5×10
6個)を移植した。その後、右側腹部皮下へ30mg/kgの1G244もしくは12mを週1回で投与し(Day 0、7、14、21、28)、同時に腫瘍径を測定した。コントロール群には同量のDMSOを投与した。1群につき6匹で検討した。腫瘍体積は長径×短径/2で計算した。その結果、本発明者が先に報告しているように(非特許文献2を参照)、1G244には腫瘍増殖に対する明らかな抑制効果が認められた(
図5)。一方、12mを投与したマウスでは腫瘍は増殖せず、12mの抗腫瘍効果は1G244に有意差をもって優れていた(
図5)。
【0042】
例6 12mの抗腫瘍効果(in vivo)
免疫不全マウス(NSG)の左側腹部皮下へDay -3に低感受性細胞株Daudi(5×106個)を移植した。その後、右側腹部皮下へ30もしくは150mg/kgの12mを週1回で投与し(Day 0、7、14、21、28、35、42、49)、同時に腫瘍径を測定した。コントロール群には同量のDMSOを投与した。1群につき6匹で検討した。腫瘍体積は長径×短径/2で計算した。その結果、30mg/kgの12mでは抗腫瘍効果が得られなかった。しかし、12mを150mg/kgに増量すると、コントロールのDMSO投与と比較して有意差をもって腫瘍の増殖は抑制された。なお、この150mg/kgという量で1G244を投与すると体重減少の副作用が出現するため、12mのみでの検討とした。