(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151267
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】ピストンおよび舶用内燃機関
(51)【国際特許分類】
F16J 9/20 20060101AFI20231005BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
F16J9/20
F02F5/00 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022060786
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】303047034
【氏名又は名称】株式会社ジャパンエンジンコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木下 芳彦
【テーマコード(参考)】
3J044
【Fターム(参考)】
3J044AA02
3J044BA01
3J044CB03
3J044CB20
3J044DA09
3J044DA16
3J044DA17
3J044DA18
(57)【要約】
【課題】シリンダの内周面にスカッフィングが発生する事態を防止することができるピストンおよび舶用内燃機関を提供すること。
【解決手段】舶用内燃機関の燃焼室が形成されるシリンダの内部を往復運動するピストン本体と、前記ピストン本体の往復運動方向に並ぶように前記ピストン本体の外周部に設けられ、前記シリンダの内周面と摺接する複数のピストンリングと、を備える。前記複数のピストンリングのうち最も下側に設けられている最下段ピストンリングは、前記シリンダの内周面側に凸の弧状をなして前記シリンダの内周面と摺接する弧状摺動面を有する。前記弧状摺動面は、前記最下段ピストンリングの上下方向の中心位置よりも下側に頂点を有する偏心面である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
舶用内燃機関の燃焼室が形成されるシリンダの内部を往復運動するピストン本体と、
前記ピストン本体の往復運動方向に並ぶように前記ピストン本体の外周部に設けられ、前記シリンダの内周面と摺接する複数のピストンリングと、
を備え、
前記複数のピストンリングのうち最も下側に設けられている最下段ピストンリングは、前記シリンダの内周面側に凸の弧状をなして前記シリンダの内周面と摺接する弧状摺動面を有し、
前記弧状摺動面は、前記最下段ピストンリングの上下方向の中心位置よりも下側に頂点を有する偏心面である、
ことを特徴とするピストン。
【請求項2】
前記弧状摺動面の前記頂点の位置は、前記弧状摺動面の上端部と前記シリンダの内周面との隙間の距離である上部間隔と、前記弧状摺動面の下端部と前記シリンダの内周面との隙間の距離である下部間隔との比に基づいて設定される、
ことを特徴とする請求項1に記載のピストン。
【請求項3】
前記上部間隔と前記下部間隔との比は、1.1以上8.0以下である、
ことを特徴とする請求項2に記載のピストン。
【請求項4】
前記弧状摺動面は、前記頂点の位置を境に上側の弧状面および下側の弧状面を有し、
前記上側の弧状面および前記下側の弧状面の各曲率半径は、互いに同じである、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一つに記載のピストン。
【請求項5】
前記複数のピストンリングのうち最も上側に設けられている最上段ピストンリングは、前記最下段ピストンリングと同じ弧状摺動面を有する、
ことを特徴とする請求項1~4のいずれか一つに記載のピストン。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一つに記載のピストンと、
前記ピストンを往復運動自在に収容するシリンダと、
を備えることを特徴とする舶用内燃機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンおよび舶用内燃機関に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、船舶に搭載される舶用内燃機関では、ピストンを往復運動自在に収容するシリンダが複数設けられ、これら複数のシリンダの各内部におけるピストンの往復運動がクランクの回転運動に変換されて、クランクシャフトが回転するようになっている。一般に、舶用内燃機関において、シリンダの内部には燃焼室が形成されている。ピストンは、その頂部が燃焼室に面するようにシリンダの内部に収容されている。また、シリンダの下部には、燃焼室に新たな燃焼用気体を導入するための掃気ポートが形成されている。ピストンは、燃焼室に供給された燃料と圧縮された燃焼用気体とによる燃焼エネルギーを利用して、シリンダ内の燃焼室側(上側)の部位と掃気ポート側(下側)の部位との間を往復運動する。
【0003】
上述したようなピストンの外周部には、ピストンの往復運動方向に並ぶ複数の環状溝が形成されており、これら複数の環状溝の各々にはピストンリングが設けられている。例えば、ピストンリングは、合口と称される切断部分が形成されており、これにより、ピストンの径方向へ拡径および縮径可能な弾力性を有している。また、ピストンリングは、その径方向の外側に向かって凸の弧状をなすバレルフェイス状の外周面を有している。ピストンの外周部に設けられた複数のピストンリングの各々は、バレルフェイス状の外周面をシリンダの内周面に潤滑油の油膜を介して摺接させながら、ピストンの往復運動に伴ってシリンダの内周面を摺動する。このようなピストンリングの外周面(摺動面)は、多くの場合、ピストンリングの上下方向(径方向に対して垂直な方向)の中心位置に頂点を有する弧状面(以下、中央バレルフェイス面という)である。
【0004】
また、特許文献1には、ピストンの外周部に設けられる複数のピストンリングのうち、最も燃焼室側に位置する最上段ピストンリングとしては、外周面の頂点がピストンの下側に偏心しているピストンリングが用いられ、最もピストン下側に位置する最下段ピストンリングとしては、外周面の頂点がピストンの上側(燃焼室側)に偏心しているピストンリングが用いられたピストンが開示されている。なお、ピストンリングの外周面は、上記中心位置よりも下側に頂点が偏心している場合、下偏心バレルフェイス面といい、上記中心位置よりも上側に頂点が偏心している場合、上偏心バレルフェイス面という。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したピストンリングがピストンの往復運動に伴ってシリンダの内周面を摺動する際、ピストンリングの外周面は、油膜を介してシリンダの内周面に摺接しながら面圧を加える。一般に、ピストンリングの外周面からシリンダの内周面に加えられる面圧(以下、ピストンリングの面圧と略記する)は、ピストンリングの内周面の圧力(以下、背面圧力という)と外周面の圧力(以下、対抗圧力という)との差圧によって決まる。背面圧力は、ピストンリングの外周面をシリンダの内周面に押し当てる方向の圧力であり、シリンダ内におけるピストンリングの上側空間からピストンリングの内周面に加わる。対抗圧力は、当該背面圧力に対抗する圧力であり、シリンダ内におけるピストンリングの上側空間および下側空間の各々からピストンリングの外周面に加わる。なお、上述した複数のピストンリングの各々において、上側空間の圧力は、下側空間の圧力よりも高圧である。
【0007】
例えば、最下段ピストンリングにおいて、上側空間の圧力は燃焼室側のピストンリングとの間の圧力であり、下側空間の圧力はシリンダの掃気ポートに通じる空間の圧力(すなわち大気圧に近い圧力)である。それ故、最下段ピストンリングの背面圧力と対抗圧力との差圧、すなわち、最下段ピストンリングの面圧は、上述した複数のピストンリングの中でも高い方である。このような最下段ピストンリングの面圧は過度に高くならないように低減され、これにより、最下段ピストンリングの外周面とシリンダの内周面とを適度な面圧によって摺接させることが好ましい。
【0008】
しかしながら、上述した従来のピストンでは、最下段ピストンリングの背面圧力と対抗圧力との差圧を低減することは困難であり、故に、最下段ピストンリングの面圧が過度に高くなる恐れがある。これに起因して、最下段ピストンリングがシリンダの内周面上の油膜を掻きとって薄くするとともに、これら最下段ピストンリングとシリンダとの摩耗が増大してしまい、この結果、シリンダの内周面にスカッフィングが発生する等の問題が起こる。
【0009】
特に、上述した特許文献1に記載の最下段ピストンリングの外周面は上偏心バレルフェイス面であるから、上側空間の圧力を受ける外周面領域が下側空間の圧力を受ける外周面領域に比べて少ない。このため、最下段ピストンリングの背面圧力と対抗圧力との差圧を低減することは一層困難である。また、最下段ピストンリングの外周面が上偏心バレルフェイス面である場合、シリンダの内周面に注油された潤滑油をシリンダの内周面の下側へ塗り広げ難いため、シリンダの内周面上の油膜が一層薄くなり易い。したがって、外周面が上偏心バレルフェイス面である最下段ピストンリングでは、上記問題が顕著になる。
【0010】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、シリンダの内周面にスカッフィングが発生する事態を防止することができるピストンおよび舶用内燃機関を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係るピストンは、舶用内燃機関の燃焼室が形成されるシリンダの内部を往復運動するピストン本体と、前記ピストン本体の往復運動方向に並ぶように前記ピストン本体の外周部に設けられ、前記シリンダの内周面と摺接する複数のピストンリングと、を備え、前記複数のピストンリングのうち最も下側に設けられている最下段ピストンリングは、前記シリンダの内周面側に凸の弧状をなして前記シリンダの内周面と摺接する弧状摺動面を有し、前記弧状摺動面は、前記最下段ピストンリングの上下方向の中心位置よりも下側に頂点を有する偏心面である、ことを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係るピストンは、上記の発明において、前記弧状摺動面の前記頂点の位置は、前記弧状摺動面の上端部と前記シリンダの内周面との隙間の距離である上部間隔と、前記弧状摺動面の下端部と前記シリンダの内周面との隙間の距離である下部間隔との比に基づいて設定される、ことを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係るピストンは、上記の発明において、前記上部間隔と前記下部間隔との比は、1.1以上8.0以下である、ことを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係るピストンは、上記の発明において、前記弧状摺動面は、前記頂点の位置を境に上側の弧状面および下側の弧状面を有し、前記上側の弧状面および前記下側の弧状面の各曲率半径は、互いに同じである、ことを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係るピストンは、上記の発明において、前記複数のピストンリングのうち最も上側に設けられている最上段ピストンリングは、前記最下段ピストンリングと同じ弧状摺動面を有する、ことを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る舶用内燃機関は、上記の発明のいずれか一つに記載のピストンと、前記ピストンを往復運動自在に収容するシリンダと、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、シリンダの内周面にスカッフィングが発生する事態を防止することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係るピストンが適用された舶用内燃機関の概要構成の一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態に係るピストンの一構成例を示す模式図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施形態に係るピストンの断面構造の一例を示す断面模式図である。
【
図4】
図4は、本発明の実施形態における最下段ピストンリングの弧状摺動面の頂点位置を説明するための図である。
【
図5】
図5は、本発明の実施形態における最下段ピストンリングの面圧の低減を説明するための図である。
【
図6】
図6は、シリンダライナの内周面に対する最下段ピストンリングの弧状摺動面の馴染み易さを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、添付図面を参照して、本発明に係るピストンおよび舶用内燃機関の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本実施形態により、本発明が限定されるものではない。また、図面は模式的なものであり、各要素の寸法の関係、各要素の比率などは、現実のものとは異なる場合があることに留意する必要がある。図面の相互間においても、互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている場合がある。また、各図面において、同一構成部分には同一符号が付されている。
【0020】
(舶用内燃機関)
まず、本発明の実施形態に係るピストンが適用された舶用内燃機関について説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るピストンが適用された舶用内燃機関の概要構成の一例を示す模式図である。舶用内燃機関10は、船舶に搭載されるクロスヘッド型内燃機関の一例であり、プロペラ軸を介して船舶の推進用プロペラ(いずれも図示せず)を回転駆動させる推進用の機関(主機関)である。例えば、舶用内燃機関10は、ユニフロー掃排気式のクロスヘッド型ディーゼルエンジン等の2ストロークディーゼルエンジンである。
図1に示すように、舶用内燃機関10は、シリンダジャケット4に設けられるシリンダ1と、シリンダ1の内部に往復運動自在に設けられるピストン5と、を備えている。
【0021】
シリンダ1は、舶用内燃機関に設けられている複数のシリンダの一例であり、
図1に示すように、シリンダライナ2とシリンダカバー3とによって構成される。シリンダライナ2は、円筒状の構造体であり、
図1に示すように、シリンダジャケット4によって支持される。シリンダ1は、このシリンダライナ2の内部にピストン5を往復運動自在に収容する。シリンダライナ2の上部には、シリンダカバー3が固定される。これらのシリンダライナ2とシリンダカバー3とピストン5とによって、舶用内燃機関10の燃焼室7がシリンダ1の内部に形成(区画)される。
【0022】
ピストン5は、
図1に示すように、燃焼室7に面する状態でシリンダライナ2の内周面に沿って往復運動し得るように構成される。詳細には、ピストン5は、燃焼室7の圧力(筒内圧力)を受けてシリンダ1内の上死点A
tと下死点A
bとの間を往復運動する。ピストン5の往復運動時のストローク長Sは、上死点A
tと下死点A
bとの間の距離、例えば
図1に示すように、上死点A
tに位置するピストン5の上端面と下死点A
bに位置するピストン5の上端面との間の距離である。また、ピストン5には、
図1に示すように、ピストン棒6の一端部が回動自在に連結されている。特に図示しないが、ピストン棒6の他端部はクロスヘッドと回動自在に連結され、このクロスヘッドには連接棒の一端部が回動自在に連結されている。この連接棒の他端部は、クランクシャフトのクランクと回動自在に連結されている。
【0023】
また、
図1に示すように、シリンダライナ2の下部には掃気ポート8が形成されている。掃気ポート8は、ピストン5が下死点A
bに位置した際に開状態となり、舶用内燃機関10の掃気室(図示せず)と燃焼室7とを連通する。燃焼用気体は、掃気ポート8等を通じてシリンダライナ2内の燃焼室7に送給される。また、
図1に示すように、シリンダカバー3には、排気弁11が設けられている。排気弁11は、シリンダ1内の燃焼室7に通じる排気管12の排気口(排気ポート)を開閉可能に閉止する弁である。排ガスは、この排気口を通じで燃焼室7から舶用内燃機関10の排気管12に排出される。
【0024】
舶用内燃機関10においては、ピストン5がシリンダ1の内部を1往復運動する毎に、燃焼室7への燃焼用気体の導入、この燃焼用気体の圧縮、燃料噴射弁(図示せず)から燃焼室7へ供給された燃料の燃焼、燃焼室7からの排ガスの排出が順次行われる。このようなピストン5の往復運動は、ピストン棒6等を介してクランクの回転運動に変換される。この結果、クランクシャフトが回転して、プロペラ軸とともに船舶の推進用プロペラが回転する。
【0025】
また、
図1に示すように、シリンダ1には、シリンダライナ2の内周面に潤滑油を注入するための注油棒9が設けられている。例えば、注油棒9は、ピストン5の上死点Atからシリンダライナ2の下側(下死点Ab側)へ所定の距離Hをあけた位置Axに複数配置されている。当該距離Hは、例えば、ピストン5のストローク長Sの15%以上35%以下の距離である。特に図示しないが、シリンダライナ2の内周面上には、注油棒9から注入された潤滑油の油膜が形成される。
【0026】
(ピストン)
つぎに、本発明の実施形態に係るピストン5の構成について説明する。
図2は、本発明の実施形態に係るピストンの一構成例を示す模式図である。
図2には、
図1に示した舶用内燃機関10のピストン5が拡大して図示されている。
図3は、本発明の実施形態に係るピストンの断面構造の一例を示す断面模式図である。
図3には、
図2に示すピストン5のうち領域Zの断面構造が拡大して図示されている。
【0027】
図2、3に示すように、ピストン5は、シリンダ1の内部を往復運動するピストン本体51と、このピストン本体51の外周部に設けられている複数のピストンリングとを備える。本実施形態において、ピストン5は、これら複数のピストンリングの一例として、最上段ピストンリング53、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55という3つのピストンリングを備えている。
【0028】
ピストン本体51は、上述した舶用内燃機関10(
図1参照)の燃焼室7が形成されるシリンダ1の内部を往復運動するように構成される。詳細には、
図2に示すように、ピストン本体51は、ピストン軸5aの軸方向(長手方向)から見て円形をなす頂部51aと、ピストン軸5aの軸周りの外周部51bとを有する。ピストン本体51は、頂部51aが燃焼室7に面するように、シリンダ1の内部、より具体的には、シリンダ1の円筒部を構成するシリンダライナ2の内部に、往復運動自在に収容される。この燃焼室7は、
図2に示すように、シリンダライナ2の内周面2aとシリンダカバー3の内壁面とピストン本体51の頂部51aとによって囲まれる空間である。ピストン本体51は、シリンダライナ2の内部において、頂部51aが燃焼室7に面した状態を維持しつつ、この燃焼室7とシリンダライナ2の下端部との間をピストン軸5aの軸方向に往復運動する。
【0029】
なお、ピストン軸5aは、円形状の頂部51aの中心を通り且つピストン本体51の径方向に対して垂直な軸(中心軸)である。シリンダ1の内周面は、当該シリンダ1の円筒部を構成するシリンダライナ2の内周面2aである。
【0030】
また、
図2に示すように、ピストン本体51は、外周部51bと一体をなして頂部51aとは反対側に延在するスカート部52を有する。スカート部52は、シリンダライナ2の内周面2aと接触することにより、シリンダライナ2の内部におけるピストン5の往復運動の向きを規制する。上述したピストン棒6は、スカート部52から延出するようにピストン本体51に連結されている。
【0031】
最上段ピストンリング53、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55は、各々、ピストン本体51の外周部51bに設けられてシリンダ1の内周面2aと摺接するように構成される。以下、本実施形態では、「最上段ピストンリング53、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55」を総称して「複数のピストンリング」と称する場合がある。
【0032】
詳細には、
図2に示すように、ピストン本体51の外周部51bには、ピストン軸5aの軸周りの周方向に延在する複数(本実施形態では3つ)の環状溝部56~58が、ピストン軸5aの軸方向に並ぶように形成されている。最上段ピストンリング53は、これらの環状溝部56~58のうち、ピストン本体51の頂部51aに最も近い最上段の環状溝部56に装着されている。中間ピストンリング54は、これらの環状溝部56~58のうち、最上段の環状溝部56と最下段の環状溝部58との間に位置する中間の環状溝部57に装着されている。最下段ピストンリング55は、これらの環状溝部56~58のうち、ピストン本体51の頂部51aから最も遠い最下段の環状溝部58に装着されている。このようにして、最上段ピストンリング53、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55は、ピストン本体51の往復運動方向に並ぶようにピストン本体51の外周部51bに設けられる。
【0033】
また、最上段ピストンリング53、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55は、各々、リングの切断部分である合口(図示せず)が形成されている。この構造により、これら複数のピストンリングは、各々、ピストン本体51の径方向へ拡径および縮径可能な弾力性を有するようになる。ピストン本体51がシリンダ1の内部に往復運動自在に収容された際、これら複数のピストンリングは、各々、シリンダ1の内周面2aに面圧を加えながら当該内周面2aと接触し、ピストン本体51の往復運動に伴って当該内周面2aを摺動する。
【0034】
特に図示しないが、最上段ピストンリング53、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55の各外周面には、耐摩耗性を向上させるためのコーティング膜が形成されている。このコーティング膜としては、例えば、溶射皮膜やめっき皮膜等が挙げられる。溶射皮膜は、加熱等によって溶融または軟化させた材料粒子(微粒子)を基材表面に噴き付けて形成される皮膜である。溶射皮膜の材料粒子としては、例えば、モリブデン(Mo)、クロムカーバイド(Cr-C)、ニッケルクロム合金(NiCr)等が挙げられる。めっき皮膜は、耐摩耗性を有する硬質材を基材表面にめっき処理することによって形成される皮膜である。めっき皮膜の硬質材としては、例えば、クロム(Cr)、クロムセラミック、窒化クロム(CrN)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)等が挙げられる。
【0035】
また、
図3に示すように、複数のピストンリングのうち最も上側(燃焼室7側)に設けられている最上段ピストンリング53は、弧状摺動面53aと、内周面53bとを有する。弧状摺動面53aは、最上段ピストンリング53の外周面に含まれる面であり、シリンダ1の内周面2a側に凸の弧状をなすように形成される。すなわち、弧状摺動面53aは、当該内周面2a側に凸の頂点53pを有する。詳細には、
図3に示すように、弧状摺動面53aは、最上段ピストンリング53の上下方向の中心位置53cよりも下側に頂点53pを有する偏心面、すなわち、下偏心バレルフェイス面である。弧状摺動面53aは、例えば、頂点53pおよびその近傍において、潤滑油の油膜(図示せず)を介してシリンダライナ2の内周面2aと摺接する。最上段ピストンリング53は、このような弧状摺動面53aを面圧P11でシリンダライナ2の内周面2aに押し当てる。最上段ピストンリング53は、シリンダ1の内部におけるピストン本体51の往復運動に伴い、弧状摺動面53aを、面圧P11でシリンダライナ2の内周面2aに摺接させながら、当該内周面2aを摺動する。
【0036】
なお、最上段ピストンリング53の上下方向は、最上段ピストンリング53の径方向に対して垂直な方向であり、
図2に示すピストン軸5aの軸方向と同じ方向である。当該上下方向において、上側は燃焼室7側であり、下側はシリンダ1の下部側(
図1に示す掃気ポート8側)である。当該上下方向の定義は、複数のピストンリングの各々について同様である。
【0037】
最上段ピストンリング53の面圧P11は、最上段ピストンリング53の内周面53bに加えられる背面圧力と、最上段ピストンリング53の弧状摺動面53aに加えられる対抗圧力との差圧(背面圧力-対抗圧力)に相当する。内周面53bの背面圧力は、最上段ピストンリング53の上側空間の圧力P1と同じである。弧状摺動面53aの対抗圧力は、弧状摺動面53aの頂点位置53dを境に上側の対抗圧力と下側の対抗圧力とに分けられる。上側の対抗圧力は最上段ピストンリング53の上側空間の圧力P1と同じであり、下側の対抗圧力は最上段ピストンリング53の下側空間の圧力P2と同じである。なお、頂点位置53dは、最上段ピストンリング53の上下方向における頂点53pの位置である。また、
図3に示すように、圧力P1は、シリンダライナ2の内周面2aとピストン本体51の外周部51bとの間の空間(以下、環状空間という)のうち、シリンダ1内の燃焼室7(
図2参照)に通じる空間の圧力である。すなわち、圧力P1は、燃焼室7の筒内圧力と同じである。一方、圧力P2は、上記環状空間のうち、最上段ピストンリング53と中間ピストンリング54とに挟まれる空間の圧力である。これらの圧力P1、P2の差圧に基づく面圧P11は、複数のピストンリングの各面圧の中で最も高圧である。
【0038】
また、
図3に示すように、複数のピストンリングのうち最も下側(掃気ポート8側)に設けられている最下段ピストンリング55は、弧状摺動面55aと、内周面55bとを有する。弧状摺動面55aは、最下段ピストンリング55の外周面に含まれる面であり、シリンダ1の内周面2a側に凸の弧状をなすように形成される。すなわち、弧状摺動面55aは、当該内周面2a側に凸の頂点55pを有する。詳細には、
図3に示すように、弧状摺動面55aは、最下段ピストンリング55の上下方向の中心位置55cよりも下側に頂点55pを有する偏心面(下偏心バレルフェイス面)である。弧状摺動面55aは、例えば、頂点55pおよびその近傍において、潤滑油の油膜を介してシリンダライナ2の内周面2aと摺接する。最下段ピストンリング55は、このような弧状摺動面55aを面圧P13でシリンダライナ2の内周面2aに押し当てる。最下段ピストンリング55は、上述したピストン本体51の往復運動に伴い、弧状摺動面55aを、面圧P13でシリンダライナ2の内周面2aに摺接させながら、当該内周面2aを摺動する。
【0039】
最下段ピストンリング55の面圧P13は、上述した最上段ピストンリング53の場合と同様に、内周面55bの背面圧力と弧状摺動面55aの対抗圧力との差圧に相当する。詳細には、内周面55bの背面圧力は、最下段ピストンリング55の上側空間の圧力P3と同じである。弧状摺動面55aの対抗圧力は、弧状摺動面55aの頂点位置55dを境に上側の対抗圧力と下側の対抗圧力とに分けられる。上側の対抗圧力は最下段ピストンリング55の上側空間の圧力P3と同じであり、下側の対抗圧力は最下段ピストンリング55の下側空間の圧力P4と同じである。なお、頂点位置55dは、最下段ピストンリング55の上下方向における頂点55pの位置である。また、
図3に示すように、圧力P3は、シリンダライナ2とピストン本体51との間の環状空間のうち、中間ピストンリング54と最下段ピストンリング55とに挟まれる空間の圧力である。一方、圧力P4は、上記環状空間のうち、シリンダ1の掃気ポート8(
図1参照)に通じる空間の圧力である。すなわち、圧力P4は、大気圧と略同等の圧力である。これらの圧力P3、P4の差圧に基づく面圧P13は、複数のピストンリングの各面圧の中でも、上述した最上段ピストンリング53の面圧P11に次いで2番目に高い。
【0040】
また、
図3に示すように、複数のピストンリングのうち、最上段ピストンリング53と最下段ピストンリング55との間に設けられている中間ピストンリング54は、弧状摺動面54aと、内周面54bとを有する。弧状摺動面54aは、中間ピストンリング54の外周面に含まれる面であり、シリンダ1の内周面2a側に凸の弧状をなすように形成される。すなわち、弧状摺動面54aは、当該内周面2a側に凸の頂点54pを有する。詳細には、
図3に示すように、弧状摺動面54aは、中間ピストンリング54の上下方向の中心位置54cに頂点54pを有する面、すなわち、中央バレルフェイス面である。弧状摺動面54aは、例えば、頂点54pおよびその近傍において、潤滑油の油膜を介してシリンダライナ2の内周面2aと摺接する。中間ピストンリング54は、このような弧状摺動面54aを面圧P12でシリンダライナ2の内周面2aに押し当てる。中間ピストンリング54は、上述したピストン本体51の往復運動に伴い、弧状摺動面54aを、面圧P12でシリンダライナ2の内周面2aに摺接させながら、当該内周面2aを摺動する。
【0041】
中間ピストンリング54の面圧P12は、上述した最上段ピストンリング53等と同様に、内周面54bの背面圧力と弧状摺動面54aの対抗圧力との差圧に相当する。詳細には、内周面54bの背面圧力は、中間ピストンリング54の上側空間の圧力P2と同じである。弧状摺動面54aの対抗圧力は、弧状摺動面54aの頂点位置54d(中心位置54cと同じ位置)を境に上側の対抗圧力と下側の対抗圧力とに分けられる。上側の対抗圧力は中間ピストンリング54の上側空間の圧力(上述した圧力P2)と同じであり、下側の対抗圧力は中間ピストンリング54の下側空間の圧力(上述した圧力P3)と同じである。これらの圧力P2、P3の差圧に基づく面圧P12は、複数のピストンリングの各面圧の中で最も低圧である。
【0042】
ここで、最上段ピストンリング53の面圧P11は、上述したように、中間ピストンリング54および最下段ピストンリング55の各面圧P12、P13よりも高い。このように最も高い面圧P11を有する最上段ピストンリング53の弧状摺動面53aは、シリンダライナ2の内周面2aに加える面圧が過度に高くなる事態を回避するために、面圧P11の低減に有効な下偏心バレルフェイス面を有する。また、最下段ピストンリング55の面圧P13は、上述したように、最上段ピストンリング53の面圧P11に次いで高圧である。このように高い面圧P13を有する最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aは、最上段ピストンリング53と同様の目的で、面圧P13の低減に有効な下偏心バレルフェイス面を有する。すなわち、最上段ピストンリング53は、最下段ピストンリング55と同様に下偏心バレルフェイス面である弧状摺動面53aを有する。
【0043】
また、最上段ピストンリング53および最下段ピストンリング55の製造コストの観点からも、最上段ピストンリング53および最下段ピストンリング55の各弧状摺動面53a、55aを互いに同じ下偏心バレルフェイス面にすることが好ましい。何故ならば、これらの各弧状摺動面53a、55a同士を同じ態様にすることにより、最上段ピストンリング53と最下段ピストンリング55とを同じ製造ロットで大量生産することが可能となり、この結果、最上段ピストンリング53および最下段ピストンリング55の製造コストを低減できるからである。
【0044】
一方、中間ピストンリングの面圧P12は、上述したように、複数のピストンリングの中で最も低い。このように低い面圧P12を有する中間ピストンリングの弧状摺動面54aは、内周面54bの背面圧力と弧状摺動面54aの対抗圧力とのバランスを加味して、頂点54pが偏心していない中央バレルフェイス面となっている。
【0045】
(弧状摺動面の頂点位置)
つぎに、本発明の実施形態における複数のピストンリングの各々における弧状摺動面の頂点位置について説明する。当該弧状摺動面の頂点位置は、シリンダライナ2の内周面2aに摺接する弧状摺動面の面圧の低減と、当該内周面2aに対する弧状摺動面の馴染み易さと、当該内周面2a上の油膜の形成し易さとを加味して設定される。なお、上記馴染み易さは、シリンダライナ2の内周面2a上におけるピストンリング外周面(弧状摺動面)の摺動による摩耗面の形成し易さを意味する。以下では、上記複数のピストンリングを代表して、最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aにおける頂点位置55dを説明する。
【0046】
図4は、本発明の実施形態における最下段ピストンリングの弧状摺動面の頂点位置を説明するための図である。最下段ピストンリング55が設けられた環状溝部58(
図2、3参照)は、ピストン本体51の高温化によって熱変形して傾く場合がある。この場合、最下段ピストンリング55は、
図4に示すように、当該熱変形に伴って元の状態(破線で示す状態)から傾いた状態(実線で示す状態)になる。最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aの頂点位置55dは、このような最下段ピストンリング55の傾きを考慮して設定される。
【0047】
詳細には、
図4に示すように、最下段ピストンリング55は、外周面(内周面55bとは反対側の周面)に弧状摺動面55aを有する。弧状摺動面55aは、最下段ピストンリング55の外周面のうち、上縁面55eおよび下縁面55fを除く面である。上縁面55eは、最下段ピストンリング55の上端面と弧状摺動面55aとの間に位置する縁面であり、
図4に示すように、曲率半径R
aの弧状に形成される。下縁面55fは、最下段ピストンリング55の下端面と弧状摺動面55aとの間に位置する縁面であり、
図4に示すように、曲率半径R
bの弧状に形成される。
【0048】
また、
図4に示すように、弧状摺動面55aは、シリンダライナ2の内周面2a側に凸の頂点55pを有し、曲率半径R
Sの弧状に形成される。例えば、曲率半径R
Sは、弧状摺動面55aとシリンダライナ2の内周面2aとが接触した際に、これら弧状摺動面55aと内周面2aとの間に生じる隙間の程度等を考慮して設定される。このような弧状摺動面55aとシリンダライナ2の内周面2aとの間には、頂点55pから上縁面55e側に変位するに伴い順次増大する隙間(以下、上側隙間という)と、頂点55pから下縁面55f側に変位するに伴い順次増大する隙間(以下、下側隙間という)とが生じる。
【0049】
弧状摺動面55aの頂点位置55dは、上述した上側隙間および下側隙間の各距離をもとに設定される。詳細には、弧状摺動面55aの頂点位置55dは、シリンダライナ2の内周面2aと弧状摺動面55aとの上部間隔L1と下部間隔L2との比に基づいて設定される。
図4に示すように、上部間隔L1は、弧状摺動面55aの上端部B1とシリンダライナ2の内周面2aとの隙間の距離である。上端部B1は、弧状摺動面55aと上縁面55eとの境界部(交線部)である。下部間隔L2は、弧状摺動面55aの下端部B2とシリンダライナ2の内周面2aとの隙間の距離である。下端部B2は、弧状摺動面55aと下縁面55fとの境界部(交線部)である。弧状摺動面55aの頂点位置55dは、これら上部間隔L1と下部間隔L2との比(L1/L2)が所定の範囲内となるように設定される。比(L1/L2)は、例えば、1.1以上8.0以下である。このように頂点位置55dを設定することにより、弧状摺動面55aの頂点55pは、
図4に示すように、中心位置55cから下側に偏心した位置に設定される。すなわち、弧状摺動面55aは、下偏心バレルフェイス面になる。
【0050】
また、比(L1/L2)が1.1以上8.0以下の範囲内でより小さくなるように頂点位置55dを設定することにより、中心位置55cから下側への頂点55pの偏心量(以下、下偏心量という)は、より小さくなる。比(L1/L2)が1.1である場合、頂点55pの下偏心量は最小値となる。一方、比(L1/L2)が1.1以上8.0以下の範囲内でより大きくなるように頂点位置55dを設定することにより、頂点55pの下偏心量は、より大きくなる。比(L1/L2)が8.0である場合、頂点55pの下偏心量は最大値となる。
【0051】
例えば、シリンダライナ2の内周面2aに対する弧状摺動面55aの面圧(
図3に示す最下段ピストンリング55の面圧P13)をより低減する場合、比(L1/L2)が8.0を上限値にしてより大きくなるように頂点位置55dを設定することが好ましい。シリンダライナ2の内周面2aに対する弧状摺動面55aの馴染み易さをより高める場合、比(L1/L2)が1.1を下限値にしてより小さくなるように頂点位置55dを設定することが好ましい。シリンダライナ2の内周面2a上における油膜の形成し易さを高める場合、比(L1/L2)の上限値を8.0にして当該油膜がより厚くなるように頂点位置55dを設定することが好ましい。
【0052】
なお、最上段ピストンリング53の弧状摺動面53aの頂点位置53d(
図3参照)は、上述した最下段ピストンリング55における頂点位置55dの設定と同様の理論に基づいて、最上段ピストンリング53の中心位置53cから下側に設定されることが好ましい。一方、中間ピストンリング54の弧状摺動面54aは、上述したように中央バレルフェイス面である。この場合、弧状摺動面54aの頂点位置54dは、
図4に示す上部間隔L1と下部間隔L2との比(L1/L2)が1.0となるように設定されることが好ましい。
【0053】
(面圧の低減)
つぎに、最下段ピストンリング55の面圧P13の低減について説明する。
図5は、本発明の実施形態における最下段ピストンリングの面圧の低減を説明するための図である。最下段ピストンリング55の面圧P13は、上述したように、シリンダライナ2の内周面2aに弧状摺動面55aを押し当てる圧力(押圧力)であり、最下段ピストンリング55の内周面55bの背面圧力と弧状摺動面55aの対抗圧力との差圧によって決まる。
【0054】
詳細には、
図5に示すように、最下段ピストンリング55の内周面55bは、最下段ピストンリング55の上側空間の圧力P3を受ける。すなわち、当該内周面55bの背面圧力は、この圧力P3になる。また、
図5に示すように、最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aは、上弧状面55aaと下弧状面55abとを有する。例えば、弧状摺動面55aは、頂点位置55dを境に上側の弧状面と下側の弧状面とに分けられる。上弧状面55aaは当該上側の弧状面であり、下弧状面55abは当該下側の弧状面である。これら上弧状面55aaおよび下弧状面55abの各曲率半径は、互いに同じ(
図4に示す曲率半径R
s)である。弧状摺動面55aは、
図5に示すように、上弧状面55aaにおいて圧力P3を受けるとともに、下弧状面55abにおいて圧力P4を受ける。すなわち、弧状摺動面55aの対抗圧力は、上弧状面55aaの圧力P3と下弧状面55abの圧力P4との合計圧力である。
【0055】
なお、圧力P3は、上述したように、最下段ピストンリング55の上側空間の圧力であり、最下段ピストンリング55の背面圧力に等しい。一方、圧力P4は、最下段ピストンリング55の下側空間の圧力であり、上述したように大気圧と略同等である。このような圧力P4は、上記圧力P3よりも極めて低い(P4<<P3)。
【0056】
ここで、弧状摺動面55aの頂点55pは、
図5に示すように、下側に偏心している。このため、弧状摺動面55aのうち、上弧状面55aaの面積は下弧状面55abの面積に比べて大きい。これにより、弧状摺動面55aは、対抗圧力の一つとして、上記背面圧力と同等の圧力P3を、上記背面圧力よりも低い圧力P4に比べてより多く受けることができる。この結果、内周面55bの背面圧力と弧状摺動面55aの対抗圧力との差圧を低減できることから、最下段ピストンリング55の面圧P13を、上記差圧の低減分、低減することができる。
【0057】
なお、上述した最上段ピストンリング53は、最下段ピストンリング55と同様に下偏心バレルフェイス面である弧状摺動面53aを有している。したがって、最上段ピストンリング53の面圧P11(
図3参照)についても、
図5に示した最下段ピストンリング55と同様に、低減することができる。
【0058】
(弧状摺動面の馴染み易さ)
つぎに、シリンダライナ2の内周面2aに対する最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aの馴染み易さについて説明する。
図6は、シリンダライナの内周面に対する最下段ピストンリングの弧状摺動面の馴染み易さを説明するための図である。
図6に示すように、最下段ピストンリング55は、ピストン本体51の環状溝部58に設けられ、シリンダライナ2の内周面2aに弧状摺動面55aを摺接させる。この状態において、最下段ピストンリング55は、ピストン本体51の往復運動に伴い、弧状摺動面55aの頂点55pおよびその近傍部位を、シリンダライナ2の内周面2aに沿って摺動させる。なお、
図6には図示されていないが、シリンダライナ2の内周面2aと最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aとの間には潤滑油の油膜が介在している。
【0059】
このような最下段ピストンリング55は、ピストン本体51の往復運動とともに、弧状摺動面55aとシリンダライナ2の内周面2aとを当該往復運動方向(上下方向)に繰り返し擦り合わせる。これにより、弧状摺動面55aは、頂点55pから上弧状面55aaおよび下弧状面55abの両側に摩耗していく。
【0060】
ここで、弧状摺動面55aは、
図6に示すように、頂点55pが下側に偏心した下偏心バレルフェイス面である。それ故、弧状摺動面55aとシリンダライナ2の内周面2aとの隙間は、頂点位置55dの上側と下側とで偏っている。すなわち、頂点位置55dからの変位量が同じ部位において当該隙間の距離を比較した場合、弧状摺動面55aの上弧状面55aaとシリンダライナ2の内周面2aとの隙間の距離は、弧状摺動面55aの下弧状面55abとシリンダライナ2の内周面2aとの隙間の距離に比べて大きい。このような弧状摺動面55aの摩耗は、下弧状面55abに比べて上弧状面55aaに進行し難い。しかし、弧状摺動面55aの頂点位置55dは、
図4に示したように、上部間隔L1と下部間隔L2との比(L1/L2)の上下限範囲内で設定されているので、下側へ過度に偏心していない。これにより、弧状摺動面55aにおける上弧状面55aa側への摩耗の進行し難さは、緩和されている。したがって、弧状摺動面55aの摩耗は、上弧状面55aaおよび下弧状面55abの両側に適度に進行し得る。
【0061】
上記のような弧状摺動面55aを有する最下段ピストンリング55においては、ピストン本体51の往復運動(舶用内燃機関10の運転)が目標の期間継続された後、
図6に示すように、シール面55hが弧状摺動面55aに形成される。シール面55hは、上記目標の期間、弧状摺動面55aがシリンダライナ2の内周面2a上を繰り返し摺動することによって形成される摩耗面である。シール面55hは、所定のシール長SLをなしてシリンダライナ2の内周面2aと摺接することにより、当該内周面2aと最下段ピストンリング55の外周面とのシール性を確保するとともに、当該内周面2aとの円滑性を向上させることができる。このため、弧状摺動面55aにシール面55hが形成された段階で、上述した注油棒9(
図1参照)からシリンダライナ2の内周面2aに供給される潤滑油の量を減らすことができる。
【0062】
また、
図6に示すように、弧状摺動面55aにおいては、下弧状面55abとシリンダライナ2の内周面2aとの隙間が上弧状面55aaに比べて小さい。このため、最下段ピストンリング55は、弧状摺動面55aの上側よりも下側に潤滑油を塗り広げやすい。したがって、最下段ピストンリング55は、ピストン本体51の往復運動に伴い、上述した注油棒9から注入された潤滑油を、シリンダライナ2の内周面2aの上側のみならず、下側へも塗り広げる。これにより、当該内周面2a上には、最下段ピストンリング55を含む複数のピストンリングの外周面との潤滑性を確保するに十分な油膜が形成される。
【0063】
以上、説明したように、本発明の実施形態では、シリンダ1の内部を往復運動するピストン本体51の外周部51bに設けられた複数のピストンリングのうち、最下段ピストンリング55が、シリンダ1の内周面側に凸の弧状をなしてシリンダ1の内周面2aと摺接する弧状摺動面55aを有し、この弧状摺動面55aは、最下段ピストンリング55の上下方向の中心位置55cよりも下側に頂点55pを有する偏心面としている。
【0064】
このため、弧状摺動面55aのうち、最下段ピストンリング55の背面圧力と同じ圧力P3を受ける上側の面を、当該圧力P3よりも低い圧力P4を受ける下側の面に比べて大きくすることができ、これにより、最下段ピストンリング55の背面圧力と対抗圧力との差圧を低減することができる。この結果、シリンダ1の内周面2aに対する最下段ピストンリング55の面圧P13を低減できることから、当該内周面2a上の油膜が過度に薄くなる事態を回避して、弧状摺動面55aと当該内周面2aとの潤滑性を確保するとともに、当該内周面2aにスカッフィングが発生する事態を防止することができる。これに加え、最下段ピストンリング55の外周面に形成されていたコーティング膜(耐摩耗性の膜等)の剥離を抑制することができ、これにより、最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aとシリンダ1の内周面2aとの間のシール性の低下を抑制することができる。
【0065】
また、本発明の実施形態では、上述した最下段ピストンリング55を含む複数のピストンリングが設けられたピストン5と、当該ピストン5を往復運動自在に収容するシリンダ1とを備える舶用内燃機関10を構成している。このため、上述した最下段ピストンリング55の作用効果を享受することができ、これにより、シリンダ1およびピストン5を長寿命化して、これらの交換頻度を低減することができる。
【0066】
また、本発明の実施形態では、最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aの頂点位置55dを、弧状摺動面55aとシリンダ1の内周面2aとの間における上部間隔L1と下部間隔L2との比(L1/L2)に基づいて設定している。このため、最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aを、シリンダ1の内周面2aに対する弧状摺動面55aの面圧の低減、馴染み易さおよび油膜の形成し易さに有効な偏心面(下偏心バレルフェイス面)に簡易且つ再現性良く設定することができる。
【0067】
また、本発明の実施形態では、最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aの頂点位置55dを設定するための上部間隔L1と下部間隔L2との比(L1/L2)を、1.1以上8.0以下の範囲内としている。このため、弧状摺動面55aの頂点位置55dを、シリンダ1の内周面2aに対する弧状摺動面55aの面圧の低減、馴染み易さおよび油膜の形成し易さに有効な偏心面の頂点位置の上下限範囲内に設定することができる。
【0068】
また、本発明の実施形態では、複数のピストンリングのうち最上段ピストンリング53の弧状摺動面53aを、上述した最下段ピストンリング55の弧状摺動面55aと同じ偏心面にしている。このため、最上段ピストンリング53においても、上述した最下段ピストンリング55の場合と同様の作用効果を享受することができ、これにより、シリンダ1の内周面2aにスカッフィングの発生をより確実に防止することができる。さらには、最上段ピストンリング53および最下段ピストンリング55を同じ製造ロットで大量生産することができ、この結果、最上段ピストンリング53および最下段ピストンリング55の各々に要する製造コストを低減することができる。
【0069】
なお、上述した実施形態では、ピストン本体の外周部に設けられる複数のピストンリングの一例として3つのピストンリングを例示したが、本発明は、これに限定されるものではない。例えば、ピストン本体の外周部には、当該ピストン本体の往復運動方向に並ぶように2つのピストンリングが設けられていてもよいし、3つ以上のピストンリングが設けられていてもよい。
【0070】
また、上述した実施形態では、複数のピストンリングのうち、最上段ピストンリングの外周面を最下段ピストンリングと同様の下偏心バレルフェイス面とし、中間ピストンリングの外周面を中央バレルフェイス面としていたが、本発明は、これに限定されるものではない。例えば、最上段ピストンリングの外周面は、最下段ピストンリングと同様の下偏心バレルフェイス面であることがより好ましいが、頂点位置が最下段ピストンリングとは異なる下偏心バレルフェイス面であってもよいし、中央バレルフェイス面であってもよいし、上偏心バレルフェイス面であってもよい。また、中間ピストンリングの外周面は、上述した中央バレルフェイス面であってもよいし、下偏心バレルフェイス面であってもよいし、上偏心バレルフェイス面であってもよい。
【0071】
また、上述した実施形態では、合口がリングの切断部分となっている複数のピストンリングを例示したが、本発明は、これに限定されるものではない。例えば、複数のピストンリングの各々(特に最上段ピストンリングおよび最下段ピストンリング)は、入れ子構造の合口に例示されるガスタイト型合口を有するピストンリング、所謂、ガスタイトリングであってもよい。
【0072】
また、上述した実施形態により本発明が限定されるものではなく、上述した各構成要素を適宜組み合わせて構成したものも本発明に含まれる。その他、上述した実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施形態、実施例および運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
【符号の説明】
【0073】
1 シリンダ
2 シリンダライナ
2a 内周面
3 シリンダカバー
4 シリンダジャケット
5 ピストン
5a ピストン軸
6 ピストン棒
7 燃焼室
8 掃気ポート
9 注油棒
10 舶用内燃機関
11 排気弁
12 排気管
51 ピストン本体
51a 頂部
51b 外周部
52 スカート部
53 最上段ピストンリング
53a、54a、55a 弧状摺動面
53b、54b、55b 内周面
53c、54c、55c 中心位置
53d、54d、55d 頂点位置
53p、54p、55p 頂点
54 中間ピストンリング
55 最下段ピストンリング
55aa 上弧状面
55ab 下弧状面
55e 上縁面
55f 下縁面
55h シール面
56、57、58 環状溝部
At 上死点
Ab 下死点
Ax 位置
B1 上端部
B2 下端部
Z 領域