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特開2023-151462絞り加工用アルミニウム合金板及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151462
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】絞り加工用アルミニウム合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20231005BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20231005BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
C22C21/00 M
C22F1/04 A
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 631A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022061073
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 純
(74)【代理人】
【識別番号】100165995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 寿人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 政行
(72)【発明者】
【氏名】藤井 孝典
(57)【要約】
【課題】強度と成形性に優れ、所定の耳率を有するAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】 質量%で、Fe:1.05~1.50%、Mn:0.40%以下、Ti:0.002~0.150%、及びB:0.05%未満を含有し、残部がAl及び不純物からなり、不純物としてSi:0.40%未満、Cu:0.03%未満、Mg:0.05%未満、及びV:0.03%未満に規制された成分組成を有し、引張強度が170MPa以下であり、耳率が-2%以上2%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Fe:1.05~1.50%、Mn:0.40%以下、Ti:0.002~0.150%、及びB:0.05%未満を含有し、残部がAl及び不純物からなり、不純物としてSi:0.40%未満、Cu:0.03%未満、Mg:0.05%未満、及びV:0.03%未満に規制された成分組成を有し、引張強度が170MPa以下であり、耳率が-2%以上2%以下であることを特徴とする、絞り加工用アルミニウム合金板。
【請求項2】
質量%で、Mn:0.10%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の絞り加工用アルミニウム合金板。
【請求項3】
引張強度が100~160MPa以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の絞り加工用アルミニウム合金板。
【請求項4】
請求項1~3いずれか一項に記載の絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法であって、
請求項1に記載の成分組成を有するアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造法によって鋳塊を得るスラブ鋳造工程と、
前記鋳塊に520~620℃の保持温度、1時間以上の保持時間での均質化処理を含む均質化処理工程と、
前記均質化処理工程後、開始温度420~520℃未満に設定して、鋳塊に熱間圧延を施して熱間圧延板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延板に冷間圧延を施して、冷間圧延板を得る、連続焼鈍工程前の冷間圧延工程と、
前記冷間圧延板に、1℃/秒以上の平均昇温速度で350~550℃の範囲内の温度に加熱し、保持無しで或いは10分以下の保持を行って、1℃/秒以上の平均冷却速度で連続焼鈍を施して焼鈍板を得る連続焼鈍工程と、
前記連続焼鈍工程後に、前記焼鈍板に冷間圧延を施す場合には、圧下率10~40%で冷間圧延を施す、連続焼鈍工程後の冷間圧延工程と、
を含むことを特徴とする、絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池ケース等の絞り加工品の素材として使用される高強度で成形性に優れ、さらに所定の耳率を有するAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板(但し、Mnを含有しない場合も含む。以下同様。)及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金板は、リチウムイオン電池の蓋材やケース材、さらには器物などその他絞り加工品の素材、として用いられており、適度な強度を有するとともに、成形性に優れ、さらに加工軟化特性等を有することが望まれる。アルミニウム合金板が特にリチウムイオン電池のケース材として用いられる場合には、絞り加工によっていわゆる耳が形成され易く、歩留りの問題が内在する。そのため、歩留まり向上の観点においては、所定の耳率を有するアルミニウム合金板を得ることが必要となる。これまで、耳率を低く抑えるため、アルミニウム合金板の組成や製造条件等の調整が行われてきた。
【0003】
このようなアルミニウム合金板としては、Si:0.10~0.60wt%、Fe:0.20~0.60wt%、Cu:0.10~0.70wt%、Mn:0.60~1.50wt%、Mg:0.20~1.20wt%、Zr:0.12wt%を超え0.20wt%未満、Ti:0.05~0.25wt%、B:0.0010~0.02wt%を含有し、残部Alと不可避的不純物とからなり、円筒容器深絞り成形法で圧延方向に対する45°耳率が4~7%である矩形断面電池容器用アルミニウム合金板が知られている(特許文献1参照)。特許文献1には、このアルミニウム合金板が、製品歩留が高く、薄板の矩形DI成形性(厚さ4~7mm×幅20~30×高さ40~60mmのDI成形容器)が良好で、しかもパルスレーザの溶接性に優れている、と記載されている。
【0004】
また別のアルミニウム合金板としては、Fe:0.3~1.5質量%、Mn:0.3~1.0質量%、Ti:0.002~0.20質量%を含有し、Mn/Feの質量比が0.2~1.0であり、残部Al及び不純物からなり、不純物としてSi:0.30質量%未満、Cu:0.20質量%未満、Mg:0.20質量%未満である成分組成と、円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm未満である金属組織を有し、5%以上の伸びの値、且つ90MPa以上の引張強度を呈する冷延まま材である、成形性、溶接性に優れた電池ケース用アルミニウム合金板が知られている(特許文献2参照)。特許文献2には、このアルミニウム合金板が、大型リチウムイオン電池容器に適用可能な高強度(90MPa以上)を有しており、しかも成形性にも優れ、さらにレーザー溶接性にも優れている、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-197172号公報
【特許文献2】特開2012-177186号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リチウムイオン電池のケース材として用いられるアルミニウム合金板には、成形性等の絞り加工に要求される基本的性能が必要であるが、次世代電池に対しては、特に、高強度化、薄肉化が益々求められている。特許文献1では、円筒容器深絞り成形で圧延方向に対する45°耳率が4~7%であるが、近年の薄肉化の要求に伴い、耳率をさらに低減することが要求されている。また、特許文献1では、Mn含有量(0.60~1.50wt%)が比較的多い。このため、マトリックス中のMn固溶量をより少なくして、冷間加工による加工硬化を低減し、母材について引張強度を抑制すること、及びAl-Fe-Mn系の金属間化合物を微細かつ少なくすること等、については改良の余地がある。
【0007】
特許文献2では、最終焼鈍を施す場合の最終冷延率が50~90%と比較的高い。このため、冷間加工による加工硬化をより低減して母材について引張強度を低減することについて改良の余地がある。また、電池ケース等の絞り加工品の素材としては、所定の耳率を有することが重要となるが、特許文献2おいて耳率を0%に近づけることは具体的に検討されていない。
【0008】
そこで、本発明は、新規な構成により、適度な強度を有することを前提に、成形性に優れ、さらに所定の耳率を有するAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、アルミニウム合金板の組成(特にMn含有量)、冷間圧延工程後の連続焼鈍工程における焼鈍方法、並びに連続焼鈍工程後の冷間圧延工程の有無及び当該冷間圧延工程を採用する場合の圧下率、について検討を行った。その結果、本発明者らは、Mn含有による固溶強化と、圧延による加工硬化と、を利用してアルミニウム合金板に適度な強度を与えることを前提に、Mn含有量を適切に制御する(即ちMnを過度に含有させない)こと及び連続焼鈍工程後の圧延工程を採用する場合にその圧下率を適切に制御する(即ち圧下率を過度に高めない)ことで、Fe系金属間化合物が粗大になったり多数になったりすることを避けて、アルミニウム合金板の引張強度を過度に大きくせずに、ひいては成形性を向上させることができることを見出した。また、本発明らは、Mnを過度に含有させないこと、焼鈍タイプを連続焼鈍に限定すること、及び連続焼鈍工程後に冷間圧延工程を採用する場合にはその圧下率を適切に制御することで、金属間化合物の析出を抑制して、所定の耳率を実現すること(耳率を0%に近づけること)ができることを見出した。そして、本発明者らは、以上の知見を組み合わせることで、本発明を完成させた。
【0010】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)質量%で、Fe:1.05~1.50%、Mn:0.40%以下、Ti:0.002~0.150%、及びB:0.05%未満を含有し、残部がAl及び不純物からなり、不純物としてSi:0.40%未満、Cu:0.03%未満、Mg:0.05%未満、及びV:0.03%未満に規制された成分組成を有し、引張強度が170MPa以下であり、耳率が-2%以上2%以下であることを特徴とする、絞り加工用アルミニウム合金板。
(2)質量%で、Mn:0.10%以上であることを特徴とする、(1)に記載の絞り加工用アルミニウム合金板。
(3)引張強度が100~160MPa以下であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の絞り加工用アルミニウム合金板。
(4)(1)~(3)のいずれか一つに記載の絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法であって、
(1)に記載の成分組成を有するアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造法によって鋳塊を得るスラブ鋳造工程と、
前記鋳塊に520~620℃の保持温度、1時間以上の保持時間での均質化処理を含む均質化処理工程と、
前記均質化処理工程後、開始温度420~520℃未満に設定して、鋳塊に熱間圧延を施して熱間圧延板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延板に冷間圧延を施して、冷間圧延板を得る、連続焼鈍工程前の冷間圧延工程と、
前記冷間圧延板に、1℃/秒以上の平均昇温速度で350~550℃の範囲内の温度に加熱し、保持無しで或いは10分以下の保持を行って、1℃/秒以上の平均冷却速度で連続焼鈍を施して焼鈍板を得る連続焼鈍工程と、
前記連続焼鈍工程後に、前記焼鈍板に冷間圧延を施す場合には、圧下率10~40%で冷間圧延を施す、連続焼鈍工程後の冷間圧延工程と、
を含むことを特徴とする、絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、電池ケース等の絞り加工品の素材として使用される高強度で成形性に優れ、さらに所定の耳率を有するAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<絞り加工用アルミニウム合金板>
本発明の実施形態に係る絞り加工用アルミニウム合金板は、
質量%で、Fe:1.05~1.50%、Mn:0.40%以下、Ti:0.002~0.150%、及びB:0.05%未満を含有し、残部がAl及び不純物からなり、不純物としてSi:0.40%未満、Cu:0.03%未満、Mg:0.05%未満、及びV:0.03%未満に規制された成分組成を有し、引張強度が170MPa以下であり、耳率が-2%以上2%以下であることを特徴としている。
【0013】
一般に、アルミニウム合金板の高強度化を図ると、成形性が低下するという問題がある。即ち、アルミニウム合金板中にMnを含有させることで、Mnをマトリックス中に固溶させて固溶強化を促進させ、高強度(引張強度で評価)を達成すると、Al-Fe-Mn系の金属間化合物が粗大化したり多くなったりするため、固溶強化による高強度化を過度に達成した場合には成形性は逆に低下する。また、アルミニウム合金板に冷間圧延を施す際には、圧下率を高めて加工硬化を促進させることで高強度を達成すると、加工硬化による高強度化を過度に達成した場合には成形性は逆に低下する。そこで、本発明者らは、Mn含有量を0.40質量%以下としてMnを過度に含有させないこと及び連続焼鈍工程後に冷間圧延を施す場合には冷間圧延時の圧下率を40%以下とすることで、引張強度を抑制してアルミニウム合金板に優れた成形性を付与することができることを見出した。
【0014】
また、本発明者らは、アルミニウム合金板を絞り加工した際の加工品の歩留りを向上させるべく、当該加工品の耳率(具体的には、後述する式により示される耳率)を0%に近づけることについても、検討を重ねた。絞り加工品における耳の発生については、Mnを過度に含有させた場合、焼鈍時にAl-Fe-Mn系の金属間化合物が多数析出して再結晶を阻害し、圧延集合組織が残存することが一因である。また、焼鈍をバッチ焼鈍とした場合には、昇温が遅く再結晶による軟化が始まる前にAl-Fe系、Al-(Fe・Mn)系の金属間化合物が析出して再結晶を阻害し、圧延集合組織が残存しやすくなり、耳が発生する一因となる。さらに、連続焼鈍工程後の冷間圧延工程の圧下率が高過ぎる場合、過度に加工硬化することも、耳が発生する一因である。
【0015】
このような知見を基に、本発明者らは、
・Mn含有量を0.40質量%以下としてMnを過度に含有させないことで、焼鈍時にAl-Fe-Mn系の金属間化合物が多数析出することを避けることができ、圧延集合組織が残存し難くなること、
・焼鈍を連続焼鈍とすることにより、昇温を比較的速くし、焼鈍時にFe系金属間化合物が多数析出することを避け、Cube方位などの再結晶集合組織の結晶粒の成長を促進すること、及び
・連続焼鈍工程後に冷間圧延を施す場合にその圧下率を40%以下とすることで、合金板を過度に加工硬化させないこと
を達成することができ、これらの作用が相まって、アルミニウム合金板を絞り加工した際の加工品の耳率(後述する、0°耳率及び45°耳率の双方を含む)を-2%以上2%以下にすることができることを見出した。
【0016】
以上を纏めると、本発明者らは、主に以下の5つの知見(i)~(v)を組み合わせることにより、電池ケース等の絞り加工品の素材として使用される高強度で成形性に優れ、さらに耳率が-2%以上2%以下であるAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板を達成したものであり、これらの知見の組み合わせ及びそれによって高強度で成形性に優れ、さらに所定の耳率を有するAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板が得られるという事実は従来知られておらず、今回、本発明者らによって初めて明かされたことである。
(i)Mn含有量を0.40質量%以下としてMnを過度に含有させないことで、Al-Fe-Mn系の金属間化合物が粗大化したり多くなったりすることを避け、引張強度の過度な向上を抑制して優れた成形性(引張強度で170MPa以下)を実現することができること、
(ii)アルミニウム合金板に対し、連続焼鈍後に冷間圧延を施す際には、圧下率を40%以下として加工硬化による高強度化を抑制することで、優れた成形性(引張強度で170MPa以下)を実現することができること、
(iii)Mn含有量を0.40質量%以下としてMnを過度に含有させないことで、焼鈍時にAl-Fe-Mn系の金属間化合物が多数析出することを避けることができ、圧延集合組織が残存し難くなり所定の耳率を実現できること(耳率が-2%以上2%以下)、
(iv)冷間圧延工程後の焼鈍を連続焼鈍とすることにより、昇温を比較的速くし、焼鈍時にFe系金属間化合物が多数析出することを避け、Cube方位などの再結晶集合組織の結晶粒の成長を促進することにより、所定の耳率を実現できること(耳率が-2%以上2%以下)、及び
(v)連続焼鈍後に冷間圧延工程を採用する場合に、その圧下率を40%以下とすることで、合金板を過度に加工硬化させないことにより、所定の耳率を実現できること(耳率を-2%以上2%以下)。
【0017】
以下、本発明の実施形態に係る絞り加工用アルミニウム合金板についてより詳しく説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0018】
[Fe:1.05~1.50%]
Feは、鋳造の際に鋳塊に晶出したAl-(Fe・Mn)-Si等のFe系金属間化合物によって、均質化処理の際にマトリックスに固溶されたMnを吸収させることができるために必須の元素である。このような効果を十分に得るためには、Fe含有量は1.05%以上とする。Fe含有量が1.05%未満であると、鋳塊におけるFe系金属間化合物のサイズと数が減少することにより、均質化処理の際に鋳塊のMn固溶量を十分に低下させることができなくなる。このため、母材(最終的なアルミニウム合金板)について絞り加工を施した際に加工硬化が顕著に生ずるおそれがある。Fe含有量は1.10%以上、1.15%以上、1.20%以上、又は1.25%以上であってもよい。一方で、Fe含有量が1.50%を超えると、Fe系金属間化合物のサイズと数が増加することにより、母材について引張強度の過度な向上に起因して成形性が低下するため、Fe含有量は1.50%以下とする。Fe含有量は、1.45%以下、1.40%以下、又は1.35%以下であってもよい。
【0019】
[Mn:0.40%以下]
Mnは、アルミニウム合金板の耐力を増加させ、また熱クリープ特性を向上させる元素であり、一部はマトリックス中に固溶して固溶体強化を促進することができるため、添加することが好ましい元素である。このような効果を得るためには、Mn含有量は0.10%以上とする。Mn含有量が0.10%未満であると、鋳塊におけるFe系金属間化合物の形状が針状となり、母材について伸びが低下するおそれがある。Mn含有量は0.10%以上、0.15%以上、0.20%以上、又は0.23%以上であってもよい。一方、Mn含有量が0.40%を超えると、Fe系の金属間化合物が粗大かつ多くなり、引張強度の過度な向上に起因して成形性が低下する。また、Mn含有量が0.40%を超えると、鋳塊におけるMn固溶量が高くなり過ぎて、母材について引張強度が高くなり過ぎるおそれがある。従って、Mn含有量は、0.40%以下とする。Mn含有量は、0.39%以下、0.36%以下、0.33%以下、又は0.30%以下であってもよい。
【0020】
[Ti:0.002~0.150%]
Tiは、鋳造時に結晶粒微細化剤として作用し、鋳造割れを防止することができるため、必須の元素である。勿論、Tiは単独で添加してもよいが、Bと共存することによりさらに強力な結晶粒の微細化効果を期待できるので、Al-5%Ti-1%Bなどのロッドハードナーを用いて合金溶湯を調整してもよい。このような効果を得るためには、Ti含有量は0.002%以上とする。Ti含有量が、0.002質量%未満であると、鋳造時の微細化効果が不十分なため、鋳造割れを招くおそれがある。Ti含有量は0.005%以上、0.008%以上、0.011%以上、又は0.014%以上であってもよい。一方、Ti含有量が、0.150%を超えると、鋳造時にTiAl等の粗大な金属間化合物が晶出して、引張強度の過度な向上に起因して成形性が低下するおそれがある。従って、Ti含有量は、0.150%以下とする。Ti含有量は、0.125%以下、0.100%以下、0.075%以下、又は0.050%以下であってもよい。
【0021】
[B:0.05%未満]
Bは任意添加元素であり、Tiと共存させることにより、Tiを単独で添加する場合に比べてさらに強力な結晶粒の微細化効果を期待することができる。勿論、Bは単独で添加してもよいが、上述のとおり、Al-5%Ti-1%Bなどのロッドハードナーを用いて合金溶湯を調整してもよい。B含有量が0.05%以上であると、Ti含有量にもよるが、Ti-B化合物が安定化してTiBとなり易く、結晶粒微細化効果が低減するとともに、TiBが炉内で沈降して炉底に堆積するおそれがある。従って、B含有量は、0.05%未満とする。B含有量は、0.04%以下、0.03%以下、0.02%以下、又は0.01%以下であってもよい。
【0022】
[V:0.03%未満]
本発明において、Vは不純物である。V含有量が0.03%以上であると、鋳造時に比較的大きなサイズのFe系金属間化合物を晶出させ、圧下率90%で冷間圧延を施した後の伸びの値が5.0%未満となり、成形性が劣るおそれがある。従って、V含有量は、0.03%未満とする。V含有量は、0.02%以下、又は0.01%以下であってもよい。
【0023】
[Si:0.40%未満]
本発明において、Siは不純物である。Siは、鋳造時にAl-(Fe・Mn)-Si等のFe系金属間化合物を晶出させ、一部はマトリックス内に固溶し、アルミニウム合金板の強度を高める。Si含有量が、0.40%以上であると、母材についてSi固溶量が高くなり、引張強度が過度に向上して成形性が劣るおそれがある。従って、Si含有量は、0.40%未満とする。Si含有量は、0.35%以下、0.30%以下、0.25%以下、0.20%以下、0.15%以下、又は0.10%以下であってもよい。
【0024】
[Cu:0.03%未満]
本発明において、Cuは不純物である。Cu含有量が0.03%以上であると、伸びが低下して成形性に劣るおそれがある。従って、Cu含有量は、0.03%未満とする。Cu含有量は、0.02%以下、又は0.01%以下であってもよい。
【0025】
[Mg:0.05%未満]
本発明において、Mgは不純物である。Mg含有量が0.05%以上であると、母材について成形性が低下するとともに、高加工率において加工硬化が著しく促進されるおそれがある。従って、Mg含有量は、0.05%未満とする。Mg含有量は、0.04%以下、0.03%以下、0.02%以下、又は0.01%以下であってもよい。
【0026】
[その他の不可避的不純物]
不可避的不純物は、原料地金、返り材等から不可避的に混入する管理外元素であって、それらの許容できる含有量は、例えば、Cr:0.20%未満、Zn:0.20%未満、Ni:0.10%未満、Ga:0.05%未満、(Pb、Bi、Sn、Na、Ca、Srのそれぞれ):0.02%未満、及び(その他の元素、例えば、Co、Nb、Mo、Wのそれぞれ):0.05%未満である。これらの範囲において管理外元素を含有しても、本発明の効果は妨げられない。
【0027】
[引張強度:100~170MPa]
絞り加工品の素材としてのアルミニウム合金に薄肉化が求められる場合には、適度な強度と優れた成形性が要求される。本発明において、強度及び成形性を評価する指標としては、母材の引張強度(MPa)を採用する。引張強度が100MPa未満では強度不足となる場合があるので、引張強度は100MPa以上とすることが好ましい。引張強度は、105MPa以上、110MPa以上、115MPa以上、又は120MPa以上であってもよい。一方、引張強度が170MPaを超えると、成形性が低下するおそれがあるので、引張強度は170MPa以下とする。引張強度は、165MPa以下、160MPa以下、155MPa以下、150MPa以下、145MPa以下、又は140MPa以下であってもよい。
【0028】
[耳率:所定の数式によって算出された値が-2%以上2%以下]
耳率とは、アルミニウム合金板を絞り加工した際に生ずる絞りの異方性を表す指標である。円形に切り抜かれたアルミニウム合金板(ブランク)をカップとする絞り加工を行った場合には、カップの底部から縁部までの高さは一定にならずに、当該縁部には突出した部分が生ずることがある。この突出した部分がいわゆる耳であり、この耳を定量化した指標が耳率である。そもそも耳は、アルミニウム合金板の集合組織と相関があり、一般的には再結晶により優先的に形成されるCube方位などと、圧延により発達する圧延集合組織とによって生じるものである。
【0029】
本明細書においては、平面視で上記の円形ブランクの中心を通りアルミニウム合金板の圧延方向に引いた一方の線を0°の線(他方の線を180°の線)と定義する。そして、円形ブランクの中心を通り0°の線(線1)に対して反時計回りに、45°の角をなす線(線2)、90°の角をなす線(線3)、135°の角をなす線(線4)、180°の角をなす線(線5)、225°の角をなす線(線6)、270°の角をなす線(線7)、及び315°の角をなす線(線8)を考える。このような前提の下、絞り加工後のカップについて、線1、線3、線5、及び線7の各方向における底部から縁部までの距離と、線2、線4、線6、及び線8の各方向における底部から縁部までの距離を比較し、線1、線3、線5、及び線7の各方向における底部から縁部までの距離が長い場合はプラス耳、線2、線4、線6、及び線8の各方向における底部から縁部までの距離が長い場合をマイナス耳とした。即ち、プラス耳の場合は、線1、線3、線5、及び線7の各方向に山部が現れ、線2、線4、線6、及び線8の各方向に谷部が現れる一方、マイナス耳の場合は、線1、線3、線5、及び線7の各方向に谷部が現れ、線2、線4、線6、及び線8の各方向に山部が現れる。以上のような前提の下、プラス耳及びマイナス耳のいずれについても、底部から山部における縁部までの距離の平均値をH1とし、底部から谷部における縁部までの距離の平均値をH2とする。そして、プラス耳の場合は、(H1-H2)/H2×100で示される値を耳率(%)とし、マイナス耳の場合は-(H1-H2)/H2×100で示される値を耳率(%)とする。
【0030】
このような前提の下、上記0°耳率(%)については、(H1-H2)/H2×100から算出された値が2%以下である場合を、本発明では歩留りが良好である場合とし、45°耳率(%)については、-(H1-H2)/H2×100から算出された値が-2%以上である場合を、本発明では歩留りが良好である場合であるとする。
【0031】
<絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る絞り加工用アルミニウム合金板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該絞り加工用アルミニウム合金板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0032】
本発明の実施形態に係る絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法は、
上述した絞り加工用アルミニウム合金板の製造方法であって、
上述した成分組成を有するアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造法によって鋳塊を得るスラブ鋳造工程と、
前記鋳塊に520~620℃の保持温度、1時間以上の保持時間での均質化処理を含む均質化処理工程と、
前記均質化処理工程後、開始温度420~520℃未満に設定して、鋳塊に熱間圧延を施して熱間圧延板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延板に冷間圧延を施して、冷間圧延板を得る、連続焼鈍工程前の冷間圧延工程と、
前記冷間圧延板に、1℃/秒以上の平均昇温速度で350~550℃の範囲内の温度に加熱し、保持無しで或いは10分以下の保持を行って、1℃/秒以上の平均冷却速度で連続焼鈍を施して焼鈍板を得る連続焼鈍工程と、
前記連続焼鈍工程後に、前記焼鈍板に冷間圧延を施す場合には、圧下率10~40%で冷間圧延を施す、連続焼鈍工程後の冷間圧延工程と、
を含むことを特徴とする。以下、各工程について詳しく説明する。
【0033】
[溶解・溶製工程]
まず、溶解炉に原料を投入し、所定の溶解温度に到達したら、フラックスを適宜投入して攪拌を行い、さらに必要に応じてランス等を使用して炉内脱ガスを行った後、鎮静保持して溶湯の表面から滓を分離する。この溶解・溶製では、所定の合金成分とするため、母合金等再度の原料投入も重要ではあるが、上記フラックス及び滓がアルミニウム合金溶湯中から湯面に浮上分離するまで、鎮静時間を十分に取ることが極めて重要である。鎮静時間は、通常30分以上とすることが望ましい。このような観点から、鎮静時間は、33分以上、36分以上、39分以上、又は42分以上であってもよい。さらに、溶解炉で溶製されたアルミニウム合金溶湯は、場合によって保持炉に一旦移湯後、鋳造を行なうこともあるが、直接溶解炉から出湯し、鋳造する場合もあるため、より望ましい鎮静時間は45分以上である。このような観点から、鎮静時間は、48分以上、51分以上、54分以上、又は57分以上であってもよい。
【0034】
また、溶解工程中に、必要に応じて、インライン脱ガス処理や、特定のフィルターを用いた溶湯濾過を行ってもよい。インライン脱ガス処理は、回転ローターからアルミニウム溶湯中に不活性ガス等を吹き込み、溶湯中の水素ガスを不活性ガスの泡中に拡散させて除去するタイプのものが主流である。不活性ガスとして窒素ガスを使用する場合には、露点を例えば-60℃以下(-65℃以下、又は-70℃以下であってもよい)に管理することが重要である。鋳塊の水素ガス量は、0.20cc/100g以下(0.18cc/100g以下、又は0.16cc/100g以下であってもよい)に低減することが好ましい。
【0035】
鋳塊の水素ガス量が多い場合には、鋳塊の最終凝固部にポロシティが発生するおそれがあるため、熱圧延工程における1パス当たりの圧下率を例えば7%以上(8%以上、又は9%以上であってもよい)に規制してポロシティを潰しておくことが好ましい。また、鋳塊に過飽和に固溶している水素ガスは、冷延コイルの熱処理条件にもよるが、母材のプレス成形後であっても、例えば電池蓋と電池容器とのレーザー溶接時に晶出して、熔接ビードに多数のブローホールを発生させる場合もある。このため、より好ましい鋳塊の水素ガス量は、0.15cc/100g以下(0.12cc/100g以下、又は0.10cc/100g以下であってもよい)である。
【0036】
[スラブ鋳造工程]
鋳塊は、半連続鋳造(DC鋳造)によって製造する。通常の半連続鋳造の場合は、鋳塊の厚みが一般的には400~600mm程度であるため、鋳塊中央部における凝固冷却速度が1℃/秒程度である。このため、特にFe、Mnの含有量が高いアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造する場合には、鋳塊中央部にはAl(Fe・Mn)、α-Al-(Fe・Mn)-Siなどの比較的粗い金属間化合物がアルミニウム合金溶湯から晶出する傾向がある。
【0037】
半連続鋳造における鋳造速度は、鋳塊の幅、厚みにもよるが、通常は生産性も考慮して、50~70mm/秒である。この鋳造速度は、52~68mm/秒、55~65mm/秒、又は58~62mm/秒とすることもできる。しかしながら、インライン脱ガス処理を行なう場合、脱ガス処理槽内における実質的な溶湯の滞留時間を考慮すると、不活性ガスの流量等脱ガス条件にもよるが、アルミニウム溶湯の流量(単位時間当たりの溶湯供給量)が小さいほど槽内での脱ガス効率が向上し、鋳塊の水素ガス量を低減することが可能である。鋳造の注ぎ本数等にもよるが、鋳塊の水素ガス量を低減するために、鋳造速度を50mm/秒以下に規制することが望ましい。この鋳造速度は、45mm/秒以下、40mm/秒以下、又は40mm/秒以下としてもよい。一方、鋳造速度が30mm/秒未満であると、生産性が低下するため望ましくないため、鋳造速度は30mm/秒以上とする。なお、鋳造速度が遅い方場合は、特に、鋳塊におけるサンプ(固相/液相の界面)の傾斜が緩やかになり、鋳造割れを防止できる。この鋳造速度は、32mm/秒以上、34mm/秒以上、又は36mm/秒以上としてもよい。
【0038】
[均質化処理工程]
半連続鋳造法により鋳造して得た鋳塊に均質化処理を施す。均質化処理は、圧延を容易にするために鋳塊を高温に保持して、鋳造偏析、鋳塊内部の残留応力の解消を行なう処理である。本発明においては、保持温度520~620℃で1時間以上保持する均質化処理を含むことが必要である。この場合、鋳造時に晶出した金属間化合物を構成する遷移元素等をマトリックスにある程度固溶させるための処理でもある。この保持温度が低すぎ、或いは保持温度が短い場合には、上記固溶が進まず、成形後の外観肌が綺麗に仕上がらないおそれがある。よって、保持温度520℃以上で1時間以上保持することが肝要である。保持温度は530℃以上、540℃以上、又は550℃以上としてもよい。保持時間は、2時間以上、3時間以上、4時間以上、又は5時間以上としてもよい。一方、保持温度が高すぎると、鋳塊のミクロ的な最終凝固部である共晶部分が溶融する、いわゆるバーニングを起こすおそれがある。よって、保持温度は610℃以下、600℃以下、又は590℃以下としてもよい。
なお、本工程において、保持温度520~620℃で1時間以上の処理を含めば、その後温度を下げて一定時間保持する処理(例えば、480℃で1時間の処理)を行っても良い。
【0039】
[熱間圧延工程]
このように、鋳塊に対して、少なくとも、520~620℃の保持温度、1時間以上の保持時間での均質化処理を行うとともに、熱間圧延の開始温度を520℃未満に設定することで、マトリックスに固溶しているMn、Siを低減させることが可能となる。熱間圧延の開始温度が520℃以上であると、マトリックスに固溶しているMn、Siを低減させることが困難となる。よって、熱間圧延の開始温度は520℃未満である。熱間圧延の開始温度は、510℃以下、500℃以下、又は490℃以下としてもよい。一方、熱間圧延の開始温度が420℃未満であると、熱間圧延時の塑性変形に必要なロール圧力が高くなり、1パス当たりの圧下率が低くなりすぎて生産性が低下する。よって、熱間圧延の開始温度は、420以上である。熱間圧延の開始温度は、430℃以上、440℃以上、又は450℃以上としてもよい。ソーキング炉内から取り出された鋳塊は、そのままクレーンで吊るされて、熱間圧延機に持ち来まれ、熱間圧延機の機種にもよるが、通常複数回の圧延パスによって熱間圧延されて所定の厚み、例えば4~8mm程度の熱間圧延板としてコイルに巻き取る。
【0040】
[連続焼鈍工程前の冷間圧延工程]
次に、熱間圧延板に以下の通り冷間圧延を施し、冷間圧延板を得る。熱間圧延機で巻き取ったコイルが冷間圧延機に通され、通常複数パスの冷間圧延が施される。この際、冷間圧延によって導入される塑性歪により加工硬化が起こるため、必要に応じて、焼鈍処理が行なわれる。通常、この焼鈍処理は軟化処理でもあるので、材料にもよるがバッチ炉に冷延コイルを挿入し、300~400℃の温度で、1時間以上の保持を行なってもよい。保持温度が300℃未満であると、軟化が促進されない。保持温度は、310℃以上、320℃以上、又は330℃以上としてもよい。一方、保持温度が400℃を超えると、生産性が低下する可能性がある。保持温度は、390℃以下、380℃以下、又は370℃以下としてもよい。
【0041】
[連続焼鈍工程]
上述のようにして得られた冷間圧延板には連続焼鈍が施される。本発明において、上述した冷間圧延工程後に行われる焼鈍は連続焼鈍である。連続焼鈍は、1℃/秒以上の平均昇温速度で350~550℃の温度範囲に加熱し、保持無し若しくは10分以下の保持を行い、1℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、焼鈍板を得る。なお、上記「保持無し」の場合とは、電磁誘導炉等の温度上昇が速い焼鈍設備を使用する場合であり、例えば、冷間圧延材に対し、425℃×10秒間の連続焼鈍を模擬して、425℃×15秒間ソルトバスで加熱した後に水冷する場合等が該当する。これに対し、上記「10分以下の保持」の場合とは、熱風炉等の温度上昇が比較的緩やかな炉を使用する場合である。このような条件で連続焼鈍を行うことによって、焼鈍時にCube方位などの再結晶集合組織の結晶粒が成長し易くなり、その結果、耳率が-2%以上2%以下となる母材を得ることができる。なお、バッチ焼鈍では、昇温が比較的遅いので、焼鈍時に軟化よりも先に金属間化合物が析出して再結晶を阻害する。その結果、圧延集合組織が残存し易くなり、母材における異方性が高くなるため、耳率が-2%未満又は2%超となるおそれがあることから、本焼鈍工程において、バッチ焼鈍は採用しない。
【0042】
連続焼鈍工程の後、母材の引張強度を向上させる必要がない場合等、冷間圧延工程を行わない場合は、この連続焼鈍工程が最終工程となり、連続焼鈍工程で得られた焼鈍材を母材とする。これに対し、連続焼鈍工程の後、母材の引張強度向上等を目的として後述のように連続焼鈍工程後に冷間圧延工程を採用する場合には、当該冷間圧延工程後にさらに別の最終焼鈍工程が施される場合がある。
【0043】
[連続焼鈍工程後の冷間圧延工程]
本発明においては、連続焼鈍工程の後に母材の強度調整のため、冷間圧延工程を行ってもよい。連続焼鈍後の冷間圧延工程は、焼鈍板に圧下率40%以下で冷間圧延を施し母材とする。焼鈍板に冷間圧延を行うことで、母材の引張強度を向上することができる。圧下率が40%を超えると、母材が過度に加工硬化するだけでなく、圧延集合組織が増えて異方性が高くなり、耳率が-2%未満又は2%超となるおそれがある。圧下率は35%以下、30%以下、25%以下、又は20%以下としてもよい。なお、圧下率の下限値は、それより低い圧下率での製造が困難であることに鑑み、現実的な冷圧率として10%とする。圧下率は12%以上、14%以上、又は15%以上としてもよい。
【0044】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例0045】
以下の実施例では、本発明の実施形態に係る絞り加工用アルミニウム合金板を種々の条件下で製造し、得られた絞り加工用アルミニウム合金板の引張強度及び耳率について調査した。
【0046】
[母材の作製]
表1に示す3水準の組成A~Dの溶湯を溶解炉でそれぞれ溶製し、半連続鋳造機(DC鋳造機)で幅1190mm×厚さ560mm×丈3800mmの鋳塊A~Dを得た。各鋳塊の両面を面削して、ソーキング炉に挿入して加熱し、590℃×1時間の均質化処理、及び480℃×1時間の均質化処理を連続して行い、続いて熱間圧延を施して、厚さ7.0mmの熱間圧延板A~Dとしてコイルに巻き取った。その後、これらの熱間圧延板A~Dに冷間圧延を施して、板厚0.98mmの冷間圧延板A~Dとしてコイルに巻き取った。そして最後に、これらの冷間圧延板A~Dから、適切な寸法の切り板A~Dを採取した。
【0047】
【表1】
【0048】
次に、切り板A~Dについて、425℃×10秒間の連続焼鈍を模擬して、425℃×15秒間ソルトバスで加熱した後に水冷して焼鈍板A1、B1、C1、D1をそれぞれ得た。また、これらとは別に、切り板A、Cについて、バッチ焼鈍を模擬してアニーラーに挿入し340℃×1時間の焼鈍処理を施して焼鈍板A2、C2をそれぞれ得た。
【0049】
焼鈍板A1に冷間圧延を施さなかったものを焼鈍まま板A100として、母材とした。これに対し、焼鈍板A1に18%、30%、40%、52%の各圧下率で冷間圧延を施したものをそれぞれ冷延材A118、冷延材A130、冷延材140、及び冷延材A152とし、母材とした。
【0050】
焼鈍板A2に冷間圧延を施さなかったものを焼鈍まま板A200として、母材とした。これに対し、焼鈍板A2に18%、30%の各圧下率で冷間圧延を施したものをそれぞれ冷延材A218、及び冷延材A230とし、母材とした。
【0051】
焼鈍板B1、C1、C2、D1に冷間圧延を施さなかったものを焼鈍まま板B100、C100、C200、D100として、母材とした。これに対し、これに対し、焼鈍板C2に18%、30%の各圧下率で冷間圧延を施したものをそれぞれ冷延材C218、及び冷延材C230とし、母材とした。
【0052】
[引張強度及び耳率の測定]
これらの母材A100~D100について、適度な強度と優れた成形性を評価するために引張強度を測定するともに、さらに歩留りを評価するために耳率を測定した。引張強度については、各母材からJIS5号試験片を作製して、JISZ22241に準じて引張方向が圧延方向に対して平行となるように試験を行った。耳率については、各母材から作製した円形ブランクをカップとする絞り加工を行い、本明細書において規定する45°耳率(%)を測定した。これらの結果を、表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
表2を参照すると、比較例1では、冷延時の圧下率が40%を超えていたため、過度に加工硬化されて引張強度を160MPa以下とすることができず(成形性不良)、また過度に加工硬化されたことに起因して耳率を-2%以上2%以下とすることができなかった。比較例2~4については、バッチ焼鈍を採用したため、昇温が比較的遅いことから、焼鈍時にFe系金属間化合物が析出して再結晶を阻害し、圧延集合組織が残存したため、耳率を-2%以上2%以下とすることができなかった。比較例5については、Mn含有量が0.40%を超えていたため、焼鈍時にAl-Fe-Mn系の金属間化合物が多数析出して再結晶を阻害し、圧延集合組織が残存し、耳率を-2%以上2%以下とすることができなかった。比較例6~8については、Mn含有量が0.40%を超えているために圧延集合組織が残存し易くなること、及びバッチ焼鈍を採用したことによりFe系金属間化合物が析出して再結晶を阻害し、圧延集合組織が残存したことが相まって、耳率を-2%以上2%以下とすることができなかった。
【0055】
これらとは対照的に、実施例1~6では、所定の組成(特にMn含有量:0.4%以下)、連続焼鈍工程後の冷間圧延工程における所定の冷延率(40%以下)、及び所定の焼鈍タイプ(連続焼鈍)を全て満足しているため、引張強度が170MPa以下(成形性良好)で、かつ、耳率を-2%以上2%以下の、電池ケース等の絞り加工品の素材として使用される高強度で成形性に優れ、さらに所定の耳率を有するAl-Fe-Mn系アルミニウム合金板を得ることができた。なお、実施例1~5については、引張強度がいずれも100MPa以上であったため、電池ケース等の絞り加工品の素材により好適な強度を有するといえる。