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特開2023-151473クラッド、バイポーラ電池の集電体、バイポーラ電池
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  • 特開-クラッド、バイポーラ電池の集電体、バイポーラ電池 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151473
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】クラッド、バイポーラ電池の集電体、バイポーラ電池
(51)【国際特許分類】
   B32B 15/01 20060101AFI20231005BHJP
   H01M 4/66 20060101ALI20231005BHJP
   C22C 38/22 20060101ALI20231005BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20231005BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20231005BHJP
   C22C 38/54 20060101ALN20231005BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
B32B15/01 B
H01M4/66 A
C22C38/22
B21B1/22 B
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022061089
(22)【出願日】2022-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】市川 文崇
(72)【発明者】
【氏名】奥井 利行
(72)【発明者】
【氏名】阿部 賢
(72)【発明者】
【氏名】上仲 秀哉
【テーマコード(参考)】
4E002
4F100
4K042
5H017
【Fターム(参考)】
4E002AA08
4E002AD05
4E002AD12
4E002BC05
4E002BC07
4E002CA08
4E002CB03
4F100AB04B
4F100AB10A
4F100BA02
4F100EJ17
4F100EJ42
4F100GB41
4F100JK02
4F100JK12A
4F100YY00A
4F100YY00B
4K042AA26
4K042BA01
4K042BA06
4K042BA12
4K042BA14
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA04
4K042CA05
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042CA16
4K042DA03
4K042DC02
4K042DC03
5H017AA04
5H017AS03
5H017CC03
5H017DD03
5H017EE04
5H017EE05
5H017HH00
5H017HH01
5H017HH03
5H017HH07
(57)【要約】
【課題】耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度が確保されるクラッド、並びに、当該クラッドを利用した、バイポーラ電池の集電体、及びバイポーラ電池を提供すること。
【解決手段】Al層と、前記Al層に接合されたステンレス鋼層と、を有し、前記Al層は、質量%でAl量が99%以上の純Al層であり、前記ステンレス鋼層は、質量%で、Cr:13.0~19.0%、Mo:0~0.5%を含むフェライト系ステンレス鋼層であり、クラッドの引張強度が、下記式1で示されるσ値の1.20倍以上2.40倍以下である、クラッド。
σ=α×x+β(1-x) ・・・式1
式1中、ここで、α、β、xは、それぞれ、焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度、焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度、及びクラッドの板厚に対するAl層の板厚の割合を示す。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al層と、前記Al層に接合されたステンレス鋼層と、を有し、
前記Al層は、質量%でAl量が99%以上の純Al層であり、
前記ステンレス鋼層は、質量%で、Cr:13.0~19.0%、Mo:0~0.5%を含むフェライト系ステンレス鋼層であり、
クラッドの引張強度が、下記式1で示されるσ値の1.20倍以上2.40倍以下である、クラッド。
σ=α×x+β(1-x) ・・・式1
式1中、ここで、α、β、xは、それぞれ、焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度、焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度、及びクラッドの板厚に対するAl層の板厚の割合を示す。
【請求項2】
クラッドの前記Al層側表面における、ビッカース硬さHVが、60以下である、請求項1に記載のクラッド。
【請求項3】
前記Al層と前記ステンレス鋼層の板厚比(前記Al層/前記ステンレス鋼層)が、4/6~8/2である、請求項1又は請求項2に記載のクラッド。
【請求項4】
クラッドの板厚が600μm以下である、請求項1~請求項3のいずれか1項のクラッド。
【請求項5】
バイポーラ電池の集電体用の請求項1~請求項4のいずれか1項のクラッド。
【請求項6】
請求項1~請求項5のいずれか1項のクラッドからなるバイポーラ電池の集電体。
【請求項7】
集電体の端部において、前記Al層と前記ステンレス鋼層との接合界面からAl層方向に、Al層の返りを有する請求項6に記載のバイポーラ電池の集電体。
【請求項8】
請求項6又は請求項7に記載のバイポーラ電池の集電体を有するバイポーラ電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、クラッド、バイポーラ電池の集電体、バイポーラ電池に関する。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池は、水溶液系の電解質を用いた二次電池と比較して、高電圧での作動が可能となることから有用である。
しかし、作動電圧が高電圧化することにより、集電体の使用環境が過酷となり、金属腐食及び溶損のリスクが高くなることが予想されるため、集電体に用いられる材料には、優れた耐食性が求められる。
【0003】
近年、二次電池の更なる高容量化を目指して、バイポーラ電池の開発が進んでいる。バイポーラ電池とは、金属板と、金属板の一方の面に形成された正極と、金属板の他方の面に形成された負極を有する集電体を用いた電池である。例えば、特許文献1では、集電体に必要とされる耐食性を担保するために、質量%で、Cr含有量を16~26%、Mo含有量を0.5~7%と規定したステンレス鋼を用いたバイポーラ電池が開示されている。特許文献1は、集電体として使用されるステンレス鋼のCr及びMoの含有量を規定することで、集電体の正極側での腐食を抑制し、耐久性、寿命特性を向上することができるとされる。
【0004】
一方で、導電性及び熱伝導性の観点から、Alを含むクラッドを用いた集電体も提案されている。クラッドは、異なる性質を持った金属を積層した金属材であり、構成するそれぞれの金属の持つ特徴を併せ持つことが可能である。Alを構成材料として含むクラッド集電体は、Alの持つ優れた導電性、ジュール熱を発散させるための熱伝導性に加え、積層された他の金属が持つ性質を両立させることができる。
【0005】
例えば、特許文献2には、Al箔またはAlを含むクラッドを集電体として用いたバイポーラ電池が開示されている。
また、特許文献3には、150GPa以上のヤング率を有する芯材層を挟む形で、AlとCuが積層されたクラッドが開示されている。
また、特許文献4には、AlやCu等の電気抵抗が低い集電体を集電端子に溶接する手法として、溶接によって集電体と集電端子を接合する部分のみ、抵抗発熱の高いステンレス鋼とのクラッドとすることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-242424号公報
【特許文献2】特許第5205713号公報
【特許文献3】特開2017-191794号公報
【特許文献4】特開2002-260670号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Seung-Taek Myung、Yusuke Sasaki、Shuhei Sakurada、Yang-Kook Sun and Hitoshi Yashiro:Electrochimica Acta、55(2009)、288-297
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、過酷な使用環境に耐え得る耐食性を持つ集電体について、これまでにいくつかの発明がなされてきた。しかし、近年開発が進んでいる高性能化したバイポーラ電池の集電体は、上記発明では解決できていない幾つかの課題がある。
【0009】
特許文献1に記載のステンレス鋼のバイポーラ集電体は、導電性、熱伝導性に乏しく、高い電気抵抗によって生じるジュール熱が放散され難い。
特許文献2に記載のAlを含むクラッドの集電体は、Alの持つ低い電気抵抗と高い熱伝導性を持つ。一方で、強度が低く、活物質と集電体を密着させるためのプレス工程で集電体に貫通孔が空くことがある。また、大面積の極板の場合には、極板が変形する等の問題が発生し、電池が短絡したり、極板面内の性能がばらついてしまう。
特許文献4に記載の集電体も、集電端子の接合部のみをクラッドとする集電体であるが、活物質と接合する極板の主な部分は元の素材のままであり、特許文献2と同様の課題がある。
【0010】
一方、特許文献3では、芯材層を設けることで強度を上げているが、高融点のNbを均質に溶解させる必要のあるNi-Nb合金を使用することが好ましいとされているため、材料コストが高くなる。また、芯材層を介してAl層と接合しているCuは、イオンと反応しやすく、近年検討されている硫化物系固体電解質を用いた場合に腐食が懸念される。
【0011】
このように、バイポーラ電池の集電体には、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度の確保が求められる。それにより、電池の容量維持性の向上と共に、電池の温度上昇がより抑制される。
【0012】
一方で、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度の確保が求められる分野は、バイポーラ電池の集電体以外に、機械の熱管理等に用いられる放熱部材、電子機器の筐体及び内部電子部材、構造部材等にも求められる。
【0013】
そこで、本発明の課題は、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度が確保されるクラッド、並びに、当該クラッドを利用した、バイポーラ電池の集電体、及びバイポーラ電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
課題を解決するための手段は、次の態様を含む。
<1>
Al層と、前記Al層に接合されたステンレス鋼層と、を有し、
前記Al層は、質量%でAl量が99%以上の純Al層であり、
前記ステンレス鋼層は、質量%で、Cr:13.0~19.0%、Mo:0~0.5%を含むフェライト系ステンレス鋼層であり、
クラッドの引張強度が、下記式1で示されるσ値の1.20倍以上2.40倍以下である、クラッド。
σ=α×x+β(1-x) ・・・式1
式1中、ここで、α、β、xは、それぞれ、焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度、焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度、及びクラッドの板厚に対するAl層の板厚の割合を示す。
<2>
クラッドの前記Al層側表面における、ビッカース硬さHVが、60以下である、<1>に記載のクラッド。
<3>
前記Al層と前記ステンレス鋼層の板厚比(前記Al層/前記ステンレス鋼層)が、4/6~8/2である、<1>又は<2>に記載のクラッド。
<4>
クラッドの板厚が600μm以下である、<1>~<3>のいずれか1項のクラッド。
<5>
バイポーラ電池の集電体用の<1>~<4>のいずれか1項のクラッド。
<6>
<1>~<5>のいずれか1項のクラッドからなるバイポーラ電池の集電体。
<7>
集電体の端部において、前記Al層と前記ステンレス鋼層との接合界面からAl層方向に、Al層の返りを有する<6>に記載のバイポーラ電池の集電体。
<8>
<6>又は<7>に記載のバイポーラ電池の集電体を有するバイポーラ電池。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度が確保されるクラッド、並びに、クラッドを利用した、バイポーラ電池の集電体、及びバイポーラ電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本開示のクラッドの端部であって、Al層とステンレス鋼層との接合界面からステンレス鋼層方向に、Al層の返りを有する端部を示す模式図である。
図2】本開示のクラッドの端部であって、Al層とステンレス鋼層との接合界面からAl層方向に、Al層の返りを有する端部を示す模式図である。
図3】本開示のバイポーラ電池の一例を示す模式図である。
図4】実施例で作製したバイポーラ電池のラボ評価用の模擬セル装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本開示の一例について説明する。
なお、本開示において、化学組成の各元素の含有量の「%」表示は、「質量%」を意味する。
化学組成の各元素の含有量の下限値が「0」と表記されている場合、その元素は任意成分であり、含有しなくてもよいことを意味する。
「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
「~」を用いて表される数値範囲において、「~」の前後に記載される数値に「超」及び「未満」が付されていない場合は、これらの数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これらの数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。また、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0018】
「板厚」は、圧延方向と板厚方向の両方に沿った断面を観察し、3か所測定した平均値とする。
【0019】
<クラッド>
本開示のクラッドは、Al層と、Al層に接合されたステンレス鋼層と、を有する。
Al層は、質量%でAl量が99%以上の純Al層である。
ステンレス鋼層は、質量%で、Cr:13.0~19.0%、Mo:0~0.5%を含むフェライト系ステンレス鋼層である。
クラッドの引張強度は、下記式1で示されるσ値の1.20倍以上2.40倍以下である。
σ=α×x+β(1-x) ・・・式1
式1中、ここで、α、β、xは、それぞれ、焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度、焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度、及びクラッドの板厚に対するAl層の板厚の割合を示す。
【0020】
本開示のクラッドは、上記構成により、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度が確保される。そして、本開示のクラッドは、次の知見により見出された。
【0021】
まず、発明者らは、従来のバイポーラ電池の集電体用の素材では未解決であった次の課題を解決することを目指して、鋭意検討した。
【0022】
(i)金属腐食によりイオンが溶出した場合、負極側で析出し正負極間短絡の原因になる可能性がある。そのため、急速かつ大電流の充電時に発生する可能性がある過酷な腐食環境での、腐食による金属溶解を抑制する必要がある。
(ii)電池を構成する部材が有する抵抗で生じる発熱は、熱の放散性の低い大型バイポーラ電池においては、過度の温度上昇につながり使用時に危険が伴う恐れがある。
(iii)集電体の高強度化が求められている。従来用いられていた純Al(引張強度80MPa程度のAl)、純Cu(同220MPa程度のCu)、又はこれらを積層させたクラッド等では強度不足であり、これらを超える強度を持った材料とのクラッド化が必要である。
(iv)但し、圧延加工等で過度に強度を高くしてしまった場合、板反りが起こりやすく、仕上圧延での形状矯正が難しくなる。また、形状矯正によって十分な平坦度を確保した場合でも、電池作動中の電池の膨張及び収縮の挙動によって、集電体に加わる圧力が不均一になることがある。
【0023】
次に、発明者らは、鋭意検討の結果、次の知見を得た。
【0024】
(A)特許文献1に示されるように、現在提案されている集電体用素材の一つにステンレス鋼がある。ステンレス鋼は、表面にCr系の不動態皮膜が存在し、これにより高い耐食性を確保しているが、その構造及び組成はステンレス鋼の化学組成によって変化する。そして、化学組成による不働態皮膜の変化によって、非水溶媒及び非水電解質に対する耐食性が変化することが分かった。
ステンレス鋼は、その内部組織から、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、オーステナイト-フェライト二相系、析出強化系などに分類される。実験の結果、詳細な機構は不明であるが、Ni含有量の少ないフェライト系ステンレス鋼が、リチウムイオン二次電池環境において高い耐食性を示す傾向があることを知見した。
一方、非特許文献1によると、一般的に、ステンレス鋼表面の不働態皮膜の主成分たるCrは、4.7V vs Li/Liの電圧において、下式2の反応を起こすため、ステンレス鋼の不働態皮膜は破壊され、六価のCrイオンが溶出してしまう。
Cr+5LiO→2CrO 2-+10Li+6e at 4.7V vs Li/Li ・・・式2
即ち、上記電圧条件下では、ステンレス鋼の表面が腐食して金属イオンが溶出する。溶出量が多量になると、金属イオンは電解質中を移動して、負極側で金属として析出、成長することで、セパレータを突き破り、電池の短絡を引き起こす可能性がある。
【0025】
(B)ステンレス鋼を単独で用いた場合、上記式2の反応を防ぐことに加え、比較的低い導電性及び熱伝導率に対する対策が必要であり、そのためには良好な導電性及び熱伝導率を持つAlとのクラッド化が有効である。
【0026】
(C)さらにAlは、ステンレス鋼において、式2の反応が生じる高電位条件で反応が生じず、安定である。そのため、Alをステンレス鋼とクラッド化させ、高電位となる正極側にAl層を向けることで、集電体の式2の反応を抑えることができる。
【0027】
(D)固体電解質の実用化、高容量のSi化合物等を含む電極の実用化が進みつつある中で、Cu及びAlより強度の高い集電体が必要とされている。この点で、ステンレス鋼は、Cu及びAlよりも高強度であり、集電体の強度向上を実現する上で有効である。一方で、過剰に強度が高い場合には、クラッドを集電体に適用するとき、形状矯正が難しくなる。
集電体の形状維持のための強度確保と、集電体の形状矯正による平坦性確保を両立するには、集電体となるクラッドの引張強度を、クラッドを構成するAl層とステンレス鋼層を、焼鈍仕上した状態の引張強度をもとに、複合則で計算した強度を基準に制御することが有効であることがわかった。
つまり、集電体となるクラッドの引張強度を、Al層とステンレス鋼層の、焼鈍仕上した状態の引張強度をもとに、複合則で計算した強度(つまり、式1で示されるσ値)の1.20倍から2.40倍の範囲にすることで、集電体の形状維持のための強度確保と集電体の形状矯正による平坦度確保を両立できる。
【0028】
(E)バイポーラ電池における集電体は、電池稼働時の化学反応、発熱等により、膨張又は収縮が起こっても、できる限り均一の圧力で電池の構造を保つ必要がある。バイポーラ電池は、長期間使われた場合には、膨張及び収縮等による微小な変形、又は外部から掛かった力によって、集電体に掛かる圧力が不均一になってしまうことがある。このとき、集電体が硬質であると、不均一な圧力がかかったままの状態になり、電池としての性能が低下してしまう恐れがある。
それに対して、クラッドのAl層は、軟質であり、電池の作動中に、膨張、収縮等で変形した活物質及び固体電解質の形状に合わせた形で表面形状が変化し、電池に掛かる圧力を均一化させることができる。
【0029】
次に、発明者らは、バイポーラ電池の集電体として適した特性を有するクラッドが、他の分野にも適用可能かを検討した。その結果、発明者らは、バイポーラ電池の集電体として適したクラッドは、機械の熱管理等に用いられる放熱部材、電子機器の筐体及び内部電子部材、構造部材等にも適していることを知見した。
【0030】
以上の知見から、本開示のクラッドは、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び平坦度が確保されることが見出された。
【0031】
以下、本開示のクラッドの詳細について説明する、なお、以下、本開示のクラッドの一例として、本開示のクラッドをバイポーラ電池の集電体に適用した場合について説明する。
【0032】
(1)全体構成
本開示のクラッドは、Al層と、Al層に接合されたステンレス鋼層と、を有するクラッドである。Al層は、板厚方向に対向する両面の一方の面に、ステンレス鋼層が接合される。
なお、Al層及びステンレス鋼層は、各々、板厚方向に対向する両面には不働態被膜が形成されている。
【0033】
(2)ステンレス鋼層
ステンレス鋼層に用いられる材料は、上記式2の反応が最も抑制され、耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼に限定される。
フェライト系ステンレス鋼は、体心立方構造を持つフェライト相を母相としたステンレス鋼であり、代表的なものとしては、JIS G 4305:2015に規定されている鋼種がある。具体的な鋼種としては、当該JISに規定のSUS403、SUS410、SUS429、SUS430、SUS430J1L、SUS430LX等が挙げられる。
【0034】
(3)ステンレス鋼層の化学組成:Cr:13.0~19.0%、Mo:0~0.5%
非水電解質におけるステンレス鋼の腐食は、水溶液系電解質における腐食と異なり、Cr量の増加が耐食性の向上に直接結びつくわけではない。実際に生じる反応は上記式2の反応のようなCrの不動態皮膜の溶解である。Cr量の高い場合、厚いCr不動態皮膜が生成することから、過不働態腐食によるCrの溶解量が多くなってしまう。
よって、適度の耐食性を有しつつ溶解量を少なくするために、ステンレス鋼層中のCr量の上限は、19%以下である。溶解抑制の観点から、Cr量の好ましい上限は18%以下である。
【0035】
一方、電解質中には微量な水分が含まれる可能性があり、非水電解質にLiPFが含まれる場合に、水分と反応してHFが生成することがある。
よって、電解質から生じる微量なHFによる腐食に対する耐食性を担保するために、Cr量の下限は13%以上である。耐食性の観点から、Cr量の好ましい下限は13.5%以上である。
【0036】
ステンレス鋼中のMoは、一般的に耐食性を高める元素である。これは、水溶液系における腐食の際に、塩化物イオン等でCrの不働態皮膜が破壊される場合、MoがインヒビターとしてCr修復を助けるためである。一方、非水電解質環境で集電体が用いられる場合、水溶液中腐食とは異なり、Moの耐食性への効果は期待できない。そのため、Moは、ステンレス鋼層に含まなくてもよい。つまり、Mo量は0%であってもよい。しかし、Moは、ステンレス鋼製造時のスクラップ等の原料に含有することがあることから、Moの完全な除去は困難である場合がある。そのため、Mo量の下限は、0.01%以上、または0.03%以上であってもよい。
Moを積極的に含有させる場合でも、過剰なMo量は電気抵抗の増大を招き、電池作動時の高温化を招く。また、Moは非常に高価な合金元素でもある。したがって、Mo量の上限は、0.5%以下である。合金コストの点から、Mo量の好ましい上限は0.3%以下、Mo量のより好ましい上限は0.1%以下である。
【0037】
ここで、Cuは、3.5V vs Li/Li以上の電位で溶解する元素である。したがって、ステンレス鋼層に積極的に含有させる元素ではない。つまり、Cuは、ステンレス鋼層に含まなくてもよい。つまり、Cu量は0%であってもよい。
ただし、Cuは、ステンレス鋼製造時のスクラップ等の原料に含有することがあることから、Cuの完全な除去は困難である場合がある。しかし、Cu量の上限は、0.6%以下が好ましい。耐食性の観点から、Cu量のより好ましい上限は0.4%以下である。
なお、Cuの完全な除去は困難である場合があることから、Cu量の下限は、0.01%以上、または0.03%以上であってもよい。
【0038】
強度を持ちつつ、耐食性、導電性及び熱伝導率を改善する点から、ステンレス鋼層の化学組成は、
C :0~0.15%、
Si:0~3.0%、
Mn:0~1.0%、
P :0~0.08%、
S :0~0.01%、
N :0~0.02%、
Cr:13.0~19.0%、
Mo:0~0.5%、
Cu:0~0.6%、
Ni:0~1.0%、
Ti:0~0.8%、
Nb:0~1.0%、
Al:0~0.5%、
V:0~0.5%、
B:0~0.0.01%、
Sn:0~0.05%、
Ca:0~0.005%、
Mg:0~0.005%、
Co:0~0.5%、
REM:0~0.1%、並びに
残部:Fe及び不純物
からなる化学組成であることが好ましい。
【0039】
(4)Al層
純Alは、正極集電体として使用した場合に、非水電解質環境で安定な元素である。これは、表面のAl不動態皮膜が、高電位になっても安定で溶解せず、且つ、電解質と反応した場合でも、Al不動態皮膜の表面にAlフッ化物の皮膜が生成し、Alフッ化物の皮膜がAl不動態皮膜と共に保護皮膜として働くためである。このため、純Alをステンレス鋼と組み合わせる形で、クラッドとし、Al層側に正極活物質を塗工する形とすることで、高電位側で腐食反応を起こしてしまうステンレス鋼の欠点を補える。
一方、Al層は、電圧がかかった場合に溶解する懸念があるSi、Mg、Mn、Znのような元素を多く含有せず、純度が高いものが必要である。
したがって、Al層は、Al量が99%以上の純Al層に限定される。
【0040】
(5)クラッドの引張強度
クラッドの引張強度は、下記式1で示されるσ値の1.20倍以上2.40倍以下である。
σ=α×x+β(1-x) ・・・式1
式1中、ここで、α、β、xは、それぞれ、焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度、焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度、及びクラッドの板厚に対するAl層の板厚の割合を示す。
【0041】
クラッドの引張強度が、σ値の1.20倍未満になると、集電体として用いられた際に形状維持ができない場合がある。一方、クラッドの引張強度が、σ値の2.40倍超となると、集電体として用いる際の平坦度確保のための形状矯正が困難になる可能性がある。
したがって、クラッドの引張強度をσ値の1.20倍以上2.40倍以下の範囲とることで、集電体の形状維持のための強度確保と集電体の形状矯正による平坦度確保を両立できる。
強度確保及び平坦度確保の点から、クラッドの引張強度は、σ値の1.30倍以上1.80倍以下が好ましい。
【0042】
焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度は、20~200MPaが好ましく、25~190MPaがより好ましい。
焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度は、100~1200MPaが好ましく、120~1150MPaがより好ましい。
【0043】
ここで、焼鈍仕上とは、Alまたはステンレス鋼を薄板形状等、各種形状に加工した際に生じた転位組織を、熱処理による回復、再結晶によって解放して、最軟化した状態にすることである。
Al層に対する焼鈍仕上は、板形状の場合、純Alの融点(660℃程度)の1/2以上である350~400℃で30分以上の熱処理で再現することができる。
一方、ステンレス鋼層に対する焼鈍仕上は、板形状の場合、1000~1050℃で30分以上の熱処理で再現することができる。
【0044】
各層の引張強度は、クラッドとして接合した後でも、焼鈍仕上した状態の各層のビッカース硬さHVから換算する。
ビッカース硬さは、後述するクラッドのAl層側表面におけるビッカース硬さHVと同じ方法で測定する。ステンレス鋼層のビッカース硬さHV測定における測定荷重は0.01kgf(0.098N)以上とする。
ビッカース硬さから引張強度への換算は、次の式3によって計算することとする。
TS=-100+3.73HV ・・・式3
ここで、TS[MPa]は引張強度である。
【0045】
クラッドの引張強度は、20超~1600MPaが好ましく、30~1500MPaがより好ましく、35~1250MPa又は35~1000MPaが更に好ましい。
クラッドの引張強度は、測定対象のクラッドから、圧延方向に平行に採取したJIS13号B引張試験片を用い、JIS Z 2241:2011に準拠して測定する。
【0046】
(6)クラッドにおけるAl層の硬さ
Al層が、電池に膨張及び収縮等による微小な変形が起こった場合に、微小な弾性又は塑性変形することで、不均一な圧力分布を解消できる。その結果、電池の容量維持性が向上し、電池寿命の向上につながる。
そのため、Al層が確実に微小な弾性又は塑性変形するためには、クラッドのAl層側表面(つまりAl層)における、ビッカース硬さHVが、60以下であることが好ましい。好ましいビッカース硬さHVは55以下である。
一方で、Al層が軟質すぎる場合、クラッドの強度の低下に使がる恐れがあるため、クラッドのAl層側表面(つまりAl層)における、ビッカース硬さHVの下限は、設定しないものの、好ましくはHVが20以上である。
【0047】
ビッカース硬さHVは、測定対象のクラッドに対して、クラッドのJIS Z 2244:2009に準じて測定される。
【0048】
ただし、ビッカース硬さHVの測定時には、硬さ測定用の圧子の圧痕の深さが、Al層の厚みの半分を超えてしまうと、ステンレス鋼層の硬さの影響を強く受けてしまう。そのため、圧痕の深さがAl層の厚さの半分を超えることを避けるために、Al層の厚さの値と、純アルミニウム(A1050)の一般的な焼きなまし材、つまり、Al層/ステンレス鋼層を有するクラッドで想定される最も柔らかい状態のAl層の硬さ(具体的にはビッカース硬さHV=20)を基に、測定荷重の上限を決定する。
【0049】
具体的には、
ビッカース硬さの値HVは、測定荷重(試験力)をF[N]、圧痕の対角線長さd、d[mm]の平均をd[mm]とすると、式:HV=0.1891×(F/d)で表される。
このことから、dは、d={0.1891×(F/HV)}1/2と表すことができる。
圧痕の深さをt、圧子(圧痕)の正四角錐の対面角をξ(=136°)と置くと、t=d/{2√2×tan(ξ/2)}となるため、t={0.1891×(F/HV)}1/2×{2√2×tan(ξ/2)}-1=0.06212×(F/HV)1/2と表される。この式に、HV=20を代入すると、下記式4が求められる。
t=0.01389×√F ・・・式4
【0050】
即ち、Al層の硬さの測定荷重F[N]は、上記式4におけるt[mm]の値が、JIS Z 2244に記載されているビッカース硬さ試験、低試験力ビッカース硬さ試験、マイクロビッカース硬さ試験の試験力のうち、Al層の厚さの1/4を超えない最大の荷重に設定する。例えば、Al層厚さが100μmであれば、0.03kgf(0.294N)、50μmであれば、0.01gf(0.0981N)となる。
【0051】
(7)Al層とステンレス鋼層の板厚比
フェライト系ステンレス鋼とAlの熱伝導率及び電気抵抗率を表1に示す。表1から明らかなように、Alは、フェライト系ステンレス鋼と比べ、高熱伝導率及び低電気抵抗率である。
クラッドの高い導電性及び熱伝導率を確保するためには、Al層の板厚比は、一定以上である必要がある。一方で、強度確保の点からは、ステンレス鋼層の板厚比が高い方が有利である。
導電性及び熱伝導率と強度とを良好に両立するには、Al層とステンレス鋼層の板厚比(Al層/ステンレス鋼層)は、4/6~8/2であることが好ましい。好ましいAl層とステンレス鋼層の板厚比は、5/5~7/3である。
【表1】
【0052】
ステンレス鋼層の板厚は、5~550μmが好ましく、10~500μmがより好ましい。
Al層の板厚は、2~550μmが好ましく、5~520μmがより好ましく、15~500μmが更に好ましい。
【0053】
(8)クラッドの板厚
本開示のクラッドを、例えば、定置用大型バイポーラ電池用、車載用バイポーラ電池用、携帯機器(スマートデバイス等)のバイポーラ電池用の集電体に適用する場合、最大で600μm程度の厚さであることが好ましい。
したがって、クラッドの板厚は600μm以下であることが好ましい。好ましいクラッドの板厚は580μm以下である。
ただし、強度確保の点から、クラッドの板厚の下限は、7μm以上が好ましく、より好ましくは10μm以上、更に好ましくは20μm以上である。
【0054】
(9)クラッドの製造方法
本開示のクラッドの製造方法の一例について説明する。
本開示のクラッドは、製造方法にかかわらず、上記の特徴を有していれば、その効果が得られる。しかしながら、次の本開示のクラッドの製造方法によれば、安定して製造できるので、好ましい。
【0055】
・素材の寸法
本開示のクラッドの製造方法において、各層の素材の接合方法は、圧延接合法、圧着法、爆着法等の複数の手法が考えられ、何れの方法でもよい。一方、集電体のような、板、箔等の形状で用いられるクラッドを、効率的に製造するためには、接合方法は、コイル状の薄板素材を用いた圧延接合法が好ましい。
圧延接合法でクラッドを製造する場合、各層の素材は、コイル状の板または帯状体が、製造の観点から好ましい。
Al層とステンレス鋼層の強度の違いから、各種圧延工程における変形量はAl層とステンレス鋼層で大きく異なる。具体的には、圧延においては、ステンレス鋼層の厚みの減少の割合は小さく、Al層が厚みの減少の割合が大きい。そのため、Al層素材の板厚をとステンレス鋼層素材との板厚比(Al層素材の板厚/ステンレス鋼層素材の板厚)は、製造後のクラッドにおけるAl層とステンレス鋼層との板厚比よりも大きいことが好ましく、例えば、1.7倍以上であることが好ましい。より好ましくは2.2倍以上である。
【0056】
圧延接合法でクラッドを製造する場合、上記各層の素材に対して、以下に示す、温間接合圧延工程、冷間圧延工程、仕上圧延工程、焼鈍工程を実施することにより、クラッドを製造されることが好ましい。
[温間接合圧延工程]
Al層素材とステンレス鋼素材とを、加熱、積層及び圧延によって接合してクラッド化する工程。
[冷間圧延工程]
温間接合圧延でクラッド化した材料を、目的とする厚さの近くの厚さまでに調整するために、冷間にて圧延をする工程。
[仕上圧延工程]
冷間圧延した材料を目的の厚さに仕上げるため、また目的の引張強度に調整するために、温間にて仕上圧延を行う工程。
[焼鈍工程]
仕上圧延した材料を、クラッドの引張強度及びAl層の強度の調整を行うために焼鈍を行う工程。
【0057】
以下、各工程を順次説明する。
【0058】
[温間接合圧延工程]
温間接合圧延工程では、Al層素材とステンレス鋼層素材とを加熱した後に積層し、圧延によって界面を接合する。
圧延での接合性は、界面での塑性変形によって促進されるため、冷間ではなく、温間にて行った方が好ましい。加熱温度は特に規定されるものではないが、界面での塑性変形を活性化させるために、素材温度を150℃以上としてから積層、圧延することが好ましい。界面の接合強度確保の観点から、より好ましくは、170℃以上である。一方で、過度な加熱は、製造におけるエネルギーコストの増大を招くと共に、素材表面のスケール生成にもつながる。このことから加熱温度は、450℃以下が好ましい。製造コストの観点から、より好ましくは400℃以下である。
【0059】
圧延率については、特に規定しないが、界面での各層素材の塑性変形が接合強度を高めるため、一定以上であることが好ましい。具体的には、圧延率は12%以上であることが好ましい。接合強度の観点から、より好ましい圧延率は15%以上である。一方、過度に圧延率を高めると、設備への負荷が必要以上に大きくなるため、圧延率は、35%以下であることが好ましい。製造安定性の観点から、より好ましくは32%以下である。
【0060】
[冷間圧延工程]
冷間圧延工程では、温間接合圧延でクラッド化した材料を、目的の厚さに近づける。冷間圧延工程では、後述する仕上圧延工程で、引張強度を十分に低下させるためのひずみ蓄積も行う。仕上圧延工程で圧延後の引張強度の低下効果が得られるように、冷間圧延工程における圧延率は30%以上であることが好ましい。より好ましくは40%以上である。
一方、過度な圧延率での冷間圧延は材料を大きく硬化させ、設備への負荷が必要以上に大きくなり、製造安定性を損なうため、圧延率は、90%以下が好ましい。なお、圧延パス数は、1パスでも、複数のパスに分けて行っても構わない。
【0061】
[仕上圧延工程]
仕上圧延工程では、冷間圧延した材料を目的の厚さへと圧延すると同時に、目的の引張強度に調整する。冷間圧延工程において蓄積されたひずみと、仕上圧延工程での温間圧延、そして、後述する焼鈍工程によって、クラッドを構成するAl層とステンレス鋼層の引張強度が、式1で示されるσの値の2.4倍以下となる。この効果は、仕上圧延工程の圧延率10%以上で特に安定的に効果が発揮されるため、好ましい。より好ましくは12%以上である。
一方、仕上圧延工程の圧延率が過度に高い場合、設備への負荷が必要以上に大きくなるため、仕上圧延工程の圧延率は35%以下であることが好ましい。製造安定性の観点から、より好ましくは30%以下、更に好ましくは25%以下である。
【0062】
圧延温度に関しては、圧延時の軟化を促進するため、圧延率を上記の範囲とした上で、圧延時の加熱温度を420℃以上とすることが好ましい。軟化の効果を安定的に得る観点から、より好ましくは445℃以上である。
一方で、冷間圧延した材料を過度に加熱すると、Fe-Al系金属間化合物が金属層界面に生成し、界面剥離を引き起こす恐れがあるため、圧延温度は550℃以下が好ましい。
【0063】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、仕上圧延した材料を焼鈍して、クラッドの引張強度及びAl層の強度を調整する。焼鈍により、主にAl層を軟化させる。
焼鈍温度は、200℃以上であることが好ましい。Al層の軟化効果確保の観点から、より好ましくは225℃以上である。一方で、仕上圧延した材料を過度に加熱すると、Fe-Al系金属間化合物が金属層界面に生成し、界面剥離を引き起こす可能性があると共に、過度な昇温であることからエネルギーコストの観点で不経済に繋がる。このことから、焼鈍温度は550℃以下とすることが好ましい。製造コストを考慮すると、より好ましくは、520℃以下、更に好ましくは、500℃以下である。
焼鈍保持時間は、特に指定しないが、5分間以上行うことで、Al層の軟化効果が安定的に発現することから、好ましい。また、より好ましくは10分間以上である。焼鈍保持時間の上限についても、指定しないが、熱処理に係るエネルギーコストの観点から、100時間以下が好ましい。
【0064】
以上説明したクラッドの製造方法では、特に、冷間圧延工程、仕上圧延工程、熱処理工程に至る各製造工程の条件によって、式1で示されるσ値の1.20倍以上、2.40倍以下の引張強度を持つクラッドが安定的に製造できる。
その要因については、必ずしも明確ではないが、以下の理由が考えられる。即ち、冷間圧延工程において、ステンレス鋼層中に転位を、ある一定の高い密度範囲で導入した状態で、温間での圧延加工を加えることにより、転位と圧延加工の働きでステンレス鋼層中の原子が一定の割合で自己拡散し、通常は回復や再結晶が起こらない温度域においても、結晶構造の再構築が促進されるような現象が起こった結果、引張強度が式1で示されるσ値の1.20倍以上2.40倍以下の範囲を安定的に達成するのではないかと考えられる。
【0065】
<バイポーラ電池の集電体>
本開示のバイポーラ電池の集電体は、上記本開示のクラッドからなる。
具体的には、例えば、本開示のバイポーラ電池の集電体は、上記本開示のクラッドの切断加工材からなる。
【0066】
ここで、バイポーラ電池の集電体の板厚方向に対向する両面のうち、Al層面には正極、ステンレス鋼層面には負極が設けられる。バイポーラ電池において、正極及び負極では異なる電極反応が起こるため、図1に示すように、集電体を構成するクラッドの切断端部で発生する、Al層の返り(つまりバリ)が、ステンレス鋼層の表面まで回り込んだ場合に、ステンレス鋼層表面の負極の電極反応を阻害してしまう可能性がある。具体的には、次の通りである。
【0067】
集電体を構成する本開示のクラッドは、転位が導入されたことで、ステンレス鋼層の延性が低くなった状態で、例えば、スリット切断を行う。したがって、硬質なステンレス鋼層側からスリット刃を入れた場合は、切断時に発生するステンレス鋼層の反りは延性に乏しく、切断箇所で破断して端面から脱離し、返りとして残存し難い。
一方で、軟質なAl層側からスリット刃を入れた場合、Al層の返りがステンレス鋼層側に倒れこむことがある。Alは、正極集電体として使用される電位範囲であれば安定だが、スリット切断でAl層の返りの部分が負極集電体の面に倒れ込んだ場合(つまり、Al層の切断部の返りの方向が、Al層とステンレス鋼層との接合界面からステンレス鋼層方向であった場合)、Alが負極集電体の使用電位環境にさらされるため、Al-Li合金が形成される。さらに、電池としての使用の繰返しにより、Al-Li合金の形成と、合金からのLiの脱離が繰り返されると、当該箇所における体積膨張と収縮が繰り返されるため、Alが粉末化し、電池の短絡につながることがある。
【0068】
このことから、例えば、Al層の切断部の返りの方向が、Al層とステンレス鋼層との接合界面からAl層方向に向くよう、スリット刃をステンレス鋼層側から入れて切断することが好ましい。
つまり、図2に示すように、集電体の端部において、Al層とステンレス鋼層との接合界面からAl層方向に、Al層の返りを有することが好ましい。
なお、図1~2中、10はクラッド、12はステンレス鋼層、14はAl層、14AはAl層の返りを示す。
【0069】
<バイポーラ電池>
本開示のバイポーラ電池は、上記本開示のバイポーラ電池の集電体を有する。
具体的には、本開示のバイポーラ電池は、例えば、図3に示すように、複数のバイポーラ型電極と複数の固体電解質層とを有し、バイポーラ型電極が固体電解質層を介して繰り返し積層されている。
そして、バイポーラ型電極は、上記本開示のクラッドと、クラッドのAl層面に設けられた正極と、クラッドのステンレス鋼層面に設けられた負極とを有する
本開示のバイポーラ電池において、正極、負極、固体電解質層は、周知の構成が採用される。
なお、図3中、10はクラッド、12はステンレス鋼層、14はAl層、16は正極、18は負極、20はバイポーラ電極、22は固体電解質層を示す。
【実施例0070】
以下、本開示の有効性の立証のために行った試験の実施例を説明するが、本開示は以下の実施例に限定されるものではない。
【0071】
(1)試験素材
試験に用いたAl層素材を表2に示す。符号A1、A2は、各々、JIS H 4000:2014に規定されている1000番台で、Al純度99%以上の工業用純Alである。
一方、符号A3、A4は、各々、JIS H 4000:2014に規定されている3000番台、5000番台で、Al純度99%を下回る合金Alである。
Al層素材は、全て焼鈍仕上状態の材料を使用した。引張強度は、それぞれJIS Z 2244:2009に準拠の方法で測定したビッカース硬さの値から、式3によって求めた値を用いた。
【0072】
試験に用いたステンレス鋼層素材を表3に示す。各ステンレス鋼素材は、次の素材とした。真空誘導溶解炉によって150kg鋳塊として溶製された後、1250℃加熱での熱間圧延を施して厚み4mmの熱延板とした。得られた熱延板に対し、酸洗、冷間圧延によって冷延薄板とし、その後、仕上焼鈍、酸洗を行い、焼鈍仕上状態の素材とした。引張強度は、Al素材と同じく、JIS Z 2244:2009に準拠して測定したビッカース硬さの値から、式3によって求めた値を用いた。
【0073】
(2)クラッドの製造
Al層素材A1~A4、ステンレス鋼層素材S1~S5を用いて、加熱温度300℃、圧延率20%での温間接合圧延を行った後、種々の圧延率で冷間圧延を行い、更に種々の温度、圧延率条件で仕上圧延を行った。仕上厚は何れの試料も、素材厚等を調整し500μmになるようにした。更に、仕上圧延を行った一部試料について、種々の温度で1時間の焼鈍を施した。
冷間圧延の圧延率、仕上圧延の圧延率及び加熱温度、焼鈍の条件については表4に記載した。
【0074】
(3)単体材
バイポーラ電池の集電体としての性能を、クラッドと比較することを目的として、表2、3に記載のAl及びステンレス鋼、それぞれの単体素材を、冷間圧延、仕上圧延、焼鈍を実施して、Alの単体材及ステンレス鋼の単体材を得た。
【0075】
(4)評価
作製したクラッド及び単体素材について、次の特性を既述の方法に従って測定した。ただし、単体材のビッカース硬さHVの測定は実施しなかった。
・クラッド及び単体材の引張強度(表中、「クラッドの引張強度」と表記)
・焼鈍仕上した状態のAl層の引張強度
・焼鈍仕上した状態のステンレス鋼層の引張強度
・クラッド及び単体材の板厚(表中、「クラッドの板厚」と表記)
・式1で示されるσ値
・クラッドのAl層側表面におけるビッカース硬さHV(「Al層の硬さ」と表記)
【0076】
次に、作製したクラッド及び単体素材を、各々、ラボ評価用の模擬セルに集電体として組み込み、次の評価を実施した。具体的には、次の通りである。
【0077】
作製したクラッドの、Al層面に正極及びステンレス鋼層面に負極を形成し、バイポーラ電極を作製した。
そして、Ar雰囲気のグローブボックス内で、作製したバイポーラ電極と固体電解質層を交互に積層し、バイポーラ電極3層及び固体電解質2層の積層体をラボ評価用の模擬セル装置(φ10mm円筒型セル)の内部に収容した後、加圧拘束することで、図4に示す構成で、内部の積層体を加圧しながら評価できる評価用バイポーラ電池を作製した。
また、クラッドに代えて、単体材を用いた以外は、同様にして評価用バイポーラ電池を作製した。
なお、積層体は、両面が集電体で構成されるように積層した。
図4中、10はクラッド、12はステンレス鋼層、14はAl層、16は正極、18は負極、20はバイポーラ電極、22は固体電解質層を示す。
【0078】
ここで、固体電解質層は、LiLaZr12、LiNi0.5Mn1.5を用いて形成した。
正極は、次の通り形成した。固体電解質層と同じ材料構成の正極材と、Liイオン伝導パスを確保するための平均粒径15μm以下の粉末形状の固体電解質(LiLaZr12)と、導電パスを確保するための平均粒径0.1μmの粉末形状のアセチレンブラックとを混合し、NMP(N-methylpyrrolidone)溶液に溶かしたPVDF(PolyVinylidene DiFluoride)結着剤でスラリー化して塗工液を得た。得られた塗工液を、クラッドのAl層面及び単体材の一方の面に塗工して、乾燥処理を施した後、加圧して、正極を形成した。
負極は、クラッドのAl層面及び単体材の一方の面にLiメタルを用いて形成した。
【0079】
得られた評価用バイポーラ電池について、100サイクル電池容量維持率、最高電池温度を評価した。具体的には、次の通りである。
電池容量維持率は、45℃の環境に置いた評価用バイポーラ電池で繰り返し充放電試験を行い、充放電100サイクル目の放電容量を最大放電容量で除算した値を%単位で求め、評価した。この値が低いと、電池性能の劣化程度が大きいことを意味する。なお、一部の集電体を用いたバイポーラ電池は、途中で充放電が不可能になっているが、その結果についても表4に示した。電池容量維持率において、40%未満が不可、40~80%が可、80%以上が良と判断した。
なお、充電は定電流定電圧(CCCV)方式、0.1mA/cm、10V到達後に定電位保持を2時間行う条件で行った。放電は定電流(CC)方式、0.1mA/cm、5.2Vで終止した。繰り返しは、インターバルを置かずに行った。
【0080】
最高電池温度は、電池の側面の温度を熱電対で測定し、試験中の最高温度を記録した。最高電池温度において、80℃以上が不可、60℃以上が可、60℃未満が良と判断した。
【0081】
(5)評価結果
上記試験の結果を表4に示す。
試験1~4は本開示のクラッドを構成するステンレス鋼素材のCr含有量の影響を調査するために実施した。Al種、クラッドの厚み比率を同一条件にして評価した全固体電池の容量維持率は、Cr含有量が本開示範囲より低い試験1では、32%と低かった。電池評価後のステンレス鋼層には腐食が確認され、これが容量維持率の大きな低下に繋がったと考えられた。試験4のステンレス鋼層はCr含有量が大きく、電池が高温化したことに加えて、容量維持率が40%を下回った。
試験5、30はMoの影響を調査するために実施した。試験5はMo含有量が大きく、ステンレス鋼層のジュール熱により、試験4と同様、電池の温度が60℃を超えた。
試験30はMoを含まなくても、式1の複合則で計算されたσの1.20~2.40倍の引張強度を持ち、電池の容量維持率は80%以上と良好である。
【0082】
試験10、13、18、26、28は、クラッドの構成材料が同じだが、クラッドの強度が異なる。
試験10、26、28は、クラッド素材の引張強度から、式1の複合則で計算されたσの1.20~2.40倍の範囲の引張強度を持ち、電池の容量維持率は80%以上と良好である。
一方、試験13は、引張強度がσの1.2倍より低く、容量維持率が80%を下回っている。試験13のクラッドを組み入れたセルは、加圧している間にセル構造に収縮が起こっていた。これは集電体の強度不足より、一部部材に変形が起こったためと考えられる。このことから電極にかかる応力が緩和されて適正な加圧が維持できず、電池としての能力が十分に発現されなかったことが要因と考えられる。
また、試験18は、引張強度がσの2.4倍より高く、容量維持率が70%を下回っている。これはクラッドの高い強度により、クラッドサンプル製造時に十分な形状矯正をすることができず、試験の際に加圧の状態が不均一であったためと考えられる。
【0083】
試験3、6、7、8は、クラッドを構成するAl素材の純度の影響を調査した試験である。本開示の範囲の99%以上の純度を持つ純AlをAl層の構成材とした試験3、6では、容量維持率は70%以上である。一方、Al合金A3、4をAl層の構成材として用いた試験7、8では、容量維持率は70%を下回った。これはAl層の腐食により、Al層素材のAl合金の合金成分が溶解したことが要因であると考えられる。
【0084】
試験12は、スリット切断時の方向を意図的に、Al層からステンレス鋼層の方向に変え、切断箇所のAlの返りの部分が、クラッド界面からステンレス鋼層の方向へ倒れこませた場合の結果である。この場合、電池温度が60℃を上回り、また容量維持率も70%を下回った。これは先述の通り、Alが負極のLiと接触していたため、Alの粉末化が起こったためと推定される。
【0085】
試験2、9、10、11、20、21、22、27は、クラッドを構成するAl層、ステンレス鋼層の板厚比の影響を調査した試験である。試験11のように、本開示の板厚比範囲を超えてAl層の板厚比が増えると、クラッド材の強度が低くなる。これは、ステンレス鋼と比べAlの加工硬化量が小さいためと考えられる。このため試験11では、容量維持率が70%を下回った。この要因は試験13と同様、集電体の強度不足により、適性加圧の維持が困難になったことによると推測される。
【0086】
試験14、15はステンレス鋼単体を、試験16はAl単体を集電体材料として使用した際の試験結果である。試験14、15では、電池温度が60℃を超え、また容量維持率は著しく減少した。試験16では、試験開始直後に電池容量が急速に低下し、5サイクル目で、電池として作動しなくなった。試験16のセルの分解調査を行ったところ、集電体のAlが負極のLiと合金化して、表面に割れが発生していた。
試験2、17はクラッドを構成するAl層の硬さの影響を調査した試験である。試験17では100サイクル目の容量維持率が70%を若干下回った。これはAl層が硬質であったために、電池の膨張・収縮による加圧状態の不均一化が起こったものと考えられる。
【0087】
試験19は、仕上圧延の圧延率が低いため、引張強度がσの1.2倍より低く、容量維持率が80%を下回っている。また、電池温度が60℃を超えた。
試験23は、仕上圧延の圧延温度が低いため、引張強度がσの2.4倍より高く、容量維持率が80%を下回っている。
試験24、25は、仕上圧延の温度又は焼鈍温度が高く、試験片加工の際に剥離が生じた。
試験29は、オーステナイト系ステンレス鋼層を採用したため、容量維持率が80%を下回っている。
【0088】
【表2】
【0089】
【表3】
【0090】
【表4】
【0091】
上記結果から、本開示のクラッドは、耐食性、導電性及び熱伝導率を持ちつつ、形状維持のための強度及び形状矯正による平坦度が確保され、電池性能の劣化が抑制されるクラッドである。本開示のクラッドは、高い耐食性、強度、導電性、熱伝導率を両立することから、バイポーラ電極の集電体の他、放熱板等にも適する材料であることがわかる。
【符号の説明】
【0092】
10 クラッド
12 ステンレス鋼層
14 Al層
14A Al層の返り
16 正極
18 負極
20 バイポーラ電極
22 固体電解質層
図1
図2
図3
図4