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特開2023-151728ホスアプレピタントのウイルムス腫瘍患者細胞と褐色細胞腫がん細胞を含むがん細胞を死滅させる分子標的抗がん剤。
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023151728
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】ホスアプレピタントのウイルムス腫瘍患者細胞と褐色細胞腫がん細胞を含むがん細胞を死滅させる分子標的抗がん剤。
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/5377 20060101AFI20231005BHJP
   A61K 31/661 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
A61K31/5377
A61K31/661
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022061500
(22)【出願日】2022-04-01
(71)【出願人】
【識別番号】722002797
【氏名又は名称】加納 良男
(72)【発明者】
【氏名】加納良男
(72)【発明者】
【氏名】元田弘敏
(72)【発明者】
【氏名】五味田裕
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086BC73
4C086DA34
4C086GA06
4C086GA09
4C086GA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
(57)【要約】
【課題】 Nk1受容体拮抗薬であるホスアプレピタントが分子標的抗がん作用を有するAkt活性特異的阻害剤であるという発明を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、ホスアプレピタントは現在制吐薬として使用されているが、当薬は新たに分子標的抗がん作用を有するAkt活性特異的阻害剤でもあるという発明を提供する。
現在使用されている多数の医薬品について、我々の開発した遺伝子突然変異細胞を使用して、薬による細胞生存実験とウエスタンブロット法による生化学実験で調べた。その結果、ホスアプレピタントはウイルムス腫瘍患者がん細胞ならびに副腎髄質褐色細胞腫の変異PC12―14がん細胞を特異的に死滅させること、さらにウエスタンブロット法により、Akt細胞内シグナル伝達タンパク質標的特異的阻害剤であることが判明した。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式1で示される化合物(1)を有効成分とする抗がん剤。
【化1】
【請求項2】
遺伝性小児腎臓癌ウイルス腫瘍に対する請求項1に記載の抗がん剤。
【請求項3】
褐色細胞腫に対する請求項1に記載の抗がん剤。
【請求項4】
化合物(1)の化学式1におけるXがPO(OH)である請求項1から3のいずれか一項に記載の抗がん剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、現在制吐薬として使用されているホスアプレピタントとアプレピタントの新たな分子標的抗がん薬に関係する。
【背景技術】
【0002】
日本を含む先進国の多くで今なお癌が死亡率の1位であり、その治療薬として多くの薬剤が使用されている。その内マイトマイシンCやシスプラチンのような従来の抗がん薬は、がん患者の遺伝子を構成するDNAに対して損傷的に働く。このことから増殖が旺盛な正常細胞の死滅にも繋がり、それがそれら抗がん薬使用時の副作用発現の主な原因になっている。
【0003】
一方、正常細胞には作用しないが、ある種のがん細胞のみを死滅させる分子標的抗がん薬は、副作用発現の程度が極めて小さく、このことから理想的な抗がん薬と考えられている。
【0004】
癌の発生は、細胞内シグナル伝達系等に働いている遺伝子が突然変異を起こすことによって生じることが解っている。突然変異によって起こる癌について50年以上も世界中で研究されているにも拘わらず、今でも以前と同様に死亡率が1位で変わらない。それは何故か疑問である。そのような中、目覚ましい医学の発達に伴い分子標的抗がん薬等が種々出現しているにも拘わらず、なぜ分子標的抗がん薬で充分癌治療が出来ていないか疑問である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
今回の発明は、次に示すような私共文献の研究内容を踏まえて展開されている。
【0006】
1.C-SH2 point mutation converts p85β regulatory subunit of phosphoinositide 3-kinase to an anti-aging gene. Yoshio Kano, Fukumi Hiragami, Hirotoshi Motoda, Junichi Akiyama, Yoshihisa Koike, Yutaka Gomita, Shigeki Inoue, Akihiko Kawaura, Tomohisa Furuta & Kenji Kawamura, SCIENTIFIC REPORTS, (2019)9:12683
【0007】
2.Efficient immortalization by SV40 T DNA of skin fibroblasts from patients with Wilms‘ tumor associated with 11p deletion. Yoshio Kano & Little JB, MOLECULAR CARCINOGEENSIS,(1989)2:314-321
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
癌は1個の細胞に同時に5個以上の遺伝子突然変異が起きることに起因して発生するとイギリスのケインズが仮説を立てている(J. Cairns, Nature 255 (1975) 197-200)。即ち、人体を構成する約60兆個の細胞の内の1個の細胞の中にある増殖や生存に関連した遺伝子が、その内5種類以上の遺伝子に突然変異が起きた時、その1個の細胞はがん細胞に変化し、そのがん細胞が増殖すると言われている。そこでヒトは癌に罹患するのである。しかし、細胞の増殖や生存に関わる遺伝子は全遺伝子の半分以上で、それは1万以上のあると言われている。その数的意味合いから推測すれば、その内の5個の遺伝子の突然変異が細胞のがん化に関係していることになる。もしその仮説が正しいならば、ヒトの癌においては、種々の異なった病態が考えられる。つまり突然変異を起こした5個以上の遺伝子の組み合わせは無限大となる。そのためヒトの癌においては、患者個々が異なった突然変異遺伝子の組み合わせをもっており、同じ組み合わせをもったがん細胞は存在しないと考えられる。それが治療を困難にしている可能性がある。
【0009】
いずれにしても突然変異の結果、細胞は浸潤、転移、不死化、免疫抵抗、それにアポトーシス(細胞の自滅)回避等の形質を獲得して癌化すると考えられている。これら癌形質は、突然変異によって、1)タンパク質構造異常、2)タンパク質活性化異常、3)タンパク質不活性化異常、の3種の異常の何れかが生じた結果と言える。つまり突然変異の結果、細胞の増殖や生存の調節に異常が生じ種々な癌形質を獲得することによって細胞が癌化すると考えられる。色々な癌形質の中で癌の致死率を決定する最も大きな要因は、転移巣における増殖である。そこで癌は、突然変異の結果癌形質を獲得するので、突然変異遺伝子の働きを化学物質で止めると癌形質が無くなり癌治療に繋がると考えられる。
【0010】
このような観点から、突然変異を標的とした抗がん薬を探索すれば癌治療は可能と考えられる。ただし、もし1万以上の突然変異があればそれぞれの変異に対する1万以上の抗がん薬が必要になる。しかし、その中でいくつかの異なった突然変異を1つのキーになるタンパク質の変異に焦点を置けば、課題の検討が可能である。例えば、突然変異によってがん細胞の増殖活性に働くAktは、ホスホイノシチド3キナーゼ(PI3K)によって活性化する。そのPI3Kは、NGF(神経成長因子), EGF(上皮細胞増殖因子), FGF(繊維芽細胞増殖因子), PDGF(血小板由来増殖因子), インスリン等のいろいろな増殖因子の受容体によって活性化する。そこでNGFやEGF等の受容体突然変異は、最終的にはAktの異常な活性化になると考えらる。即ちこれらPI3KやNGF受容体遺伝子、EGF受容体遺伝子等で10個以上の突然変異は、すべてAktに集約されるので、Aktの不活化を検索すれば、一つの標的抗がん薬を見出すことができるかも知れない。こう考えると1万ではなく10%の1000個前後の標的抗がん薬で対応できる可能性もある。
【0011】
いずれにしても非常に多くの抗がん薬が必要になるが、これらの観点から分子標的抗がん薬を開発するには、突然変異によって生じた、1)構造異常をもつタンパク質に結合してその異常タンパク質の働きを止める物質(薬)、2)タンパク質の異常な活性化を阻害する特異的阻害物質(薬)、3)タンパク質の異常な不活性化を活性化させる物質(薬)(不活性化の原因になっているタンパク質の働きを阻害する特異的阻害物質(薬)薬を含む)の検索、以上の3つの方法が考えられる。
【0012】
そのような中、新規抗がん薬を開発するためには、例えば1万種類の化合物の中から有効性や毒性それに副作用等を考慮して5から6種類に絞るまでに10年を要すると言われている。さらに5から6年を要して臨床治験を行い1個の新しい抗がん薬が開発されると言われている。そこで我々は現在使用されている医薬品約3000種の中に多数の分子標的抗がん薬が隠れていると考えており、それら隠れ抗がん薬の候補を検出する手段を発明した。この方法は基盤段階の検索10年の検索を5から6ヶ月で行い、また既存薬中のものであれば大方副作用等の臨床治験もクリアしているので早期の抗がん薬分野の新薬開発に繋がり有利な方法である。
【0013】
現在約3000種以上の医薬品の中から抗がん薬の候補を見つけた論文はこの2から3年に多く出ている。しかし我々は世界中の研究者が誰もが有していない突然変異細胞を多数有しており、それら細胞を使用すれば抗がん薬候補薬を細胞生存側面、また細胞内シグナル伝達遺伝子上から検索ができ有利である。
【0014】
そこで、本発明において、突然変異遺伝子を異にする多数の培養がん細胞を用いて、種々の既存の薬剤の中から細胞内シグナル伝達系に働いているタンパク質分子を標的とした抗がん物質の探索を試みた。
【0015】
その結果、制吐剤であるホスアプレピタントが新たな分子標的抗がん薬の候補になり得ることを見出した。なお、我々は、本発見に際して、ホスアプレピタントについては、製剤上使われている賦形剤メグルミンを配合したホスアプレピタントメグルミンを使用した。
【0016】
ホスアプレピタントメグルミン(プロイメンド(登録商標))はシスプラチン等の高度催吐性の抗悪性腫瘍剤投与に伴う悪心・嘔吐の予防薬として使用されている(NCCN:National Comprehensive Cancer Network)(化学式1、図1)。ホスアプレピタントメグルミンは、日本では2004年11月に小野薬品株式会社がMerk Sharp & Dohme Corp.,とライセンス契約を結び、2011年1月に発売されている。
【0017】
ホスアプレピタントメグルミンは、静脈内投与後生体内では速やかに活性本体であるアプレピタントに代謝される。アプレピタントは、選択的ニューロキニン1(NK1)受容体を遮断することによって嘔吐を抑制する。
【0018】
しかし本発明前では制吐剤であるホスアプレピタントが新たな分子標的抗がん薬であるかどうかは不明であった。
【0019】
本発明では、ホスアプレピタントが制吐薬としての薬効の他に分子標的抗がん薬としての新薬になり得ることを実証する。そのことは、現在多数存在する医薬品の中からがん細胞増殖に関わる分子標的機序を視野に入れて抗がん作用物質を実験すれば、前記の課題の解決に繋がるものと考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者は鋭意研究を重ね、以下の発明をなした。

手段1として、化学式1で示される化合物(1)を有効成分とする抗がん剤、を提供する。
【化1】
手段2として、遺伝性小児腎臓癌ウイルムス腫瘍に対する前記手段1に記載の抗がん剤、を提供する。
手段3として、副腎髄質に発生する褐色細胞腫に対する前記手段1に記載の抗がん剤、を提供する。
手段4として、化合物(1)の化学式1におけるXが PO(OH)である前記手段1から3のいずれか1手段の抗がん剤、を提供する。
【0021】
前記手段を得るために、具体的に展開する3000成分の中から分子標的抗がん薬の候補を見つけることとした。その方法は、市場に出ている各種薬による私共所有細胞における細胞生存実験と、それら薬成分がどのシグナル伝達分子活性を遮断するかを調べるウエスタンブロット法である。
【0022】
今回の課題を解決するためには細胞生存実験は欠くことができない。実際には、動物実験での致死量の10%以下の血中想定濃度を細胞に添加し、ある突然変異を起こしたがん細胞を死滅させる薬を検索する。即ち今回検索対象としている物質(薬)は、正常細胞や多くのがん細胞株にはまったく影響しないが、ある突然変異を持つがん細胞のみを特異的に死滅させる物質(薬)を検索する。
実際、臨床上抗がん剤のがん細胞に対する効果は、単回投与では期待出来なく長期間の投与が必要である。その際、対象となるがん細胞の発生機序に関わる突然変異を標的とした特異的作用物質が一番効果的となる。なお、概して従来の抗がん剤は、がん細胞を死滅させるが、と共に正常細胞にも殺細胞作用が出現するため副作用の面で問題となっている。しかし癌発生機序に直接関わるこの分子標的物質は、ある突然変異を有するがん細胞そのものに作用するので、副作用発現すること無くしてがん細胞を死滅させる。しかし癌種によっては、発生機序が複雑な場合もありその抑制効果にはある程度、差が生じることもある。
【0023】
本抗がん作用薬検索法で使用する突然変異がん細胞は、我々が開発したPI3Kに変異をもつPC12m321細胞(特許第6078383号)、MAPKに変異をもつPC12m12細胞、ストレス感受性でp38 MAPKに変異をもつPC12m3細胞、その他のシグナル伝達分子に突然変異をもつラット副腎髄質褐色細胞腫(PC12)の変異細胞30株、p38 MAPKに変異をもつヒトのウイルムス腫瘍3808細胞3株、その他のシグナル伝達分子に突然変異をもつウイルムス腫瘍6938細胞3株である。3808細胞と6938細胞は、1989年発明者加納と米国のLittleによって遺伝性小児腎臓癌(ウイルムス腫瘍)患者の繊維芽細胞にSV40がん遺伝子を組み込むことによって人工的にがん化したヒトのがん細胞である(非特許文献 2.)。他対象として実験に使用する細胞は、ヒト正常繊維芽細胞(ヒト正常細胞株 NHDF―1)、ヒト乳がん細胞(MCF)、ヒトメラノーマ細胞およびヒト子宮頸癌細胞(Hela)である。
【0024】
そこで本発明に関し使用する細胞は、10%牛胎児血清、それに80μg / mlのカナマイシンを含むMEM培地を用いて長年継代・維持した細胞である。細胞の培養は、炭酸ガス培養器を用い、5%CO、37℃の条件下で行い、培地交換は3日毎に行う。なおウイルムス腫瘍細胞、ヒト正常繊維芽細胞(NHDF―1)、ヒト乳がん細胞(MCF)、ヒトメラノーマ細胞およびヒト子宮頸癌細胞(Hela)の継代は、細胞が培養シャーレ一杯になると0.25%トリプシンで処理し、1 x 104 cells/cm2で新しいシャーレに蒔きなおすという方法により行う。またPC12細胞の継代は、DMEM培地を用い、1/10量の細胞を新しいフラスコに分注する方法を用いた。
【0025】
上記細胞を用いて、種々の医薬品について私共所有細胞における細胞生存実験を行う。具体的には、ホスアプレピタントを含む各種薬品を、正常細胞と各種がん細胞にそれぞれ最終濃度10から100μg/mlになるようにして1週間前記と同じ条件下で培養し、がん細胞がアポトーシスを起こし死滅しているか、あるいは増殖が止められているかについて調べる。具体的にはメチレンブルー染色と血球計算板を用いて生存細胞数を計測し決定する。この方法で、対象物質が正常細胞の増殖動態には殆ど作用しないで、がん細胞を特異的に死滅させる、あるいは増殖をほぼ完全に抑制させるかを調べる。そのような物質が見つかれば、それが抗がん作用候補物質の一つになる。
【0026】
次に、それら薬成分がどのシグナル伝達分子活性を遮断するかをウエスタンブロット法で調べる。本法で対象物質(薬)ががん細胞のどのシグナル伝達分子の活性を遮断しているかを調べることによって標的分子を決定することができる。
【発明の効果】
【0027】
今回、本法を展開する上において、我々は発がんに関連している遺伝子の中で細胞内シグナル伝達に働く遺伝子に注目した。それは、分子標的抗がん薬の標的には細胞内シグナル伝達分子が最も重要であると考えられたからである。一方、細胞内シグナル伝達系には細胞増殖やアポトーシスに働くものや形態形成、細胞接着、神経可塑性、免疫系等に作用するものもある。
【0028】
なお、現在使用されている分子標的抗がん薬の中で最も多いのは、細胞内シグナル伝達系の中で細胞増殖やアポトーシスに働くPI3K/Akt経路とMAPK経路系で起きている突然変異を標的としたものである(参考文献;西尾和人、西條長紘編「がんの分子標的と治療薬事典」(羊土社発行)、2010年42から63頁)。
【0029】
そこで、分子標的抗がん薬候補の標的分子の検出は、免疫ブロット法を使用した。その方法は、ヒトのがん細胞株とラットのがん細胞株のそれぞれの細胞約20万個を25cm2のフラスコに撒き、前記と同様の条件下で5日間培養した。その後、培養液を取り除き新しい無血清の培養液を用いてさらに2日間培養した。その後、インスリン等の増殖因子を30分間作用させて各種標的因子の候補がどの程度活性化するかについて測定しておく。測定は細胞から全タンパク質を抽出し8%ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分画後ポリビニールメンブレンにブロットした。ブロットしたタンパク質群の内どのタンパク質(標的分子)がインスリン等によってどの程度活性化するかについて調べた。即ち活性化タンパク質(リン酸タンパク質)に対応した抗体を作用させて標的タンパク質(標的分子)と抗体の結合の割合を測定する方法(免疫ブロット法)によって標的タンパク質の活性度を測定した。さらにインスリン等によって活性化する標的タンパク質(標的分子)としてはPI3K経路のAktとMAPK経路のERKについて調べた。
【0030】
そこで、本発明の対象となる制吐薬ホスアプレピタントは、分子標的抗がん薬の候補であるかどうかは明らかでないので細胞内シグナル伝達系への影響を検討した。即ちインスリンによって活性化する標的分子がホスアプレピタントによって活性化が抑制されるかどうかを調べた。具体的には、インスリンによって活性化したMCF乳がん細胞等のAkt酵素の活性がホスアプレピタントによって大きく抑制されるかどうか、つまりホスアプレピタントによって活性の遮断があるかどうかを調べた。そこで遮断があればホスアプレピタントは乳がん細胞等のAktを標的とした新しい分子標的抗がん薬の候補となり得た。
【実施例0031】
検討した薬剤としては、小野薬品のカイプロリス(登録商標)、オレンシア(登録商標)、プロイメンド(登録商標)、オノアクト(商標)、グラクテブ(商標)、オパルモン(商標)、オノン(商標)、
また第一三共のリクシアナ(登録商標)、メマリー(登録商標)、タリージエ(登録商標)、ビムパット(登録商標)、ネキシウム(登録商標)、イナビル(商標)、トランサミン(登録商標)、
科研製薬のレバミピド(商標)、
アステラス製薬のメイリボー(商標)、エベレンゾ(登録商標)、アイトロール(商標)、
さらにエーザイのフィコンパ(登録商標)、アリセプト(登録商標)、
武田薬品のモテサニブ(商標)、
大日本住友製薬のノリトレン(商標)、
日本新薬のトラマールOD(商標)、
三恵薬品のdl-メチルエフェドリン塩酸塩(商標)、
日医工のエフェドリン(商標)、
小林薬品のビタコールせき止め錠(商標)、
アリナミン製薬のアネトンせき止め顆粒(商標)、
グラクソ・スミソクラインのザイザル(商標)、
フェルゼンファーマのテルビフェン(商標)、であった。
【0032】
上記薬剤の内、まず、プロイメンド(商標)、オノン(商標)、レバミピド(商標)、モテサニブ(商標)、dl-メチルエフェドリン塩酸塩(商標)、エフェドリン(商標)、ビタコールせき止め錠(商標)、アネトンせき止め顆粒(商標)、ザイザル(商標)、テルビナフィン(商標)について、正常細胞と種々の癌細胞を用いて細胞生存実験を行った。それ以外の薬剤については、文献のみの情報から判断した。それぞれの薬剤での抗がん作用についての論文の有無を調べた。その記載のない薬剤に関しては、薬剤の構造、毒性、血液脳関門の通過性等を調べ、分子標的抗がん剤としての可能性を今回検討した。
【0033】
それらの結果から検討した薬剤の内、ホスアプレピタント(プロイメンド(登録商標))が新しい抗がん物質(薬)の候補となった。
【0034】
上記結果に至った経緯を下記に示す。ホスアプレピタントは充填剤メグルミンを含むホスアプレピタントメグルミン(プロイメンド(登録商標))を使用した。なお、ホスアプレピタントメグルミンのラットにおける致死量は、静脈内投与時500mg/Kgであり、その時の血中濃度を500μg/ml(450μM)を致死濃度と想定し、今回の細胞添加実験の最終濃度を設定した。実際、その致死濃度の約1.5/10倍濃度である最終濃度60μMを中心にして添加実験を行った。実際には6から600μMの範囲で検討した。また該当物質の培養細胞での添加期間は1週間とした。
具体的には、当該物質(ホスアプレピタントメグルミン)で、正常細胞では殆ど無影響、または多くのがん細胞で10%程度の死滅(90%程度生き残る)作用濃度、60μM(最終濃度)について、20種類のがん細胞株に添加し検討した。その中で特異的に高い致死性を示すがん細胞が存在するかどうかを調べた。すなわちこのサバイバル実験によってホスアプレピタントが、がん細胞特異的抗がん薬(分子標的抗がん薬)の候補であるかどうかを調べた。
【0035】
結果は表1、図1に示す通りである。まず、ヒト正常細胞であるNHDF細胞に対してどのような作用があるかについて調べたところ、ホスアプレピタントはNHDF-1細胞に対して100%サバイバルとなり全く毒性を示さなかった。またホスアプレピタントはヒト子宮頸がん細胞であるHeLa細胞に対しては30%細胞生存率(サバイバル)に、ヒトメラノーマ細胞には51%、ヒト乳がん細胞(MCF)には52%となった。
【表1】
【0036】
ところがホスアプレピタントはウイルムス腫瘍患者がん細胞である3808―1細胞に対しては9%細胞生存率となり強い抗がん性を示した(表1、図1)。
【0037】
一方、ホスアプレピタントについて、我々の所有するPC12変異がん細胞株(14株)に対して調べた結果、PC12―1から13細胞株において、50から112%細胞生存率となった(PC12-1;112%、PC12-2;57%、PC12-3;50%、PC12-4;98%、PC12-5;55%、PC12-6;111%、PC12-7;60%、PC12-8;86%、PC12-9;74%、PC12-10;95%、PC12-11;74%、PC12-12;64%、PC12-13;104%)。細胞株によってはそれなりに抑制効果があるものも存在した。
【0038】
しかし、1細胞株であるPC12-14細胞のみ9%細胞生存率となりとなり強い抗がん性が認められた(表1、図1)。即ちこれらのホスアプレピタントのPC12-14細胞は、副腎髄質に主に発生する褐色細胞腫に対して細胞レベルで特異的な有効性を示した。
【0039】
なお、対照実験としてNMDA (N-methyl-D-aspartic acid) 受容体を有する乳がん細胞、MCF細胞を使用して、その受容体拮抗薬で抗がん作用が確認されているメマリー(登録商標)(認知症治療薬)の作用を検討した。その結果、メマリーを最終濃度60μg/mlになるようにMCF細胞に与えて1週間培養したところ、5%サバイバルとなり強い抗がん作用が認められた。即ちがん細胞に対する殺細胞作用が極めて高いものとなった。これらのことから我々の実験系が新しい抗がん薬の検出のために使用できるものと判断した。
【0040】
以上のように、ホスアプレピタントは、既知のMCF細胞、メラノーマ細胞において増殖抑制は認められず、またヒト正常繊維芽細胞(NHDF-1)には影響しなかったが、HeLa細胞において弱いながら増殖抑制効果が認められた。一方当物質は、我々が開発した変異細胞株の中で2種類のがん細胞株(3808―1細胞とPC12-14細胞)のみ死滅させる薬剤であり、がん細胞株特異的抗がん作用が認められた。
【0041】
次にホスアプレピタントが9%サバイバルと強い抗がん性を示す3808ウイルムス患者がん細胞(3808-1細胞)において、どのタンパク質に作用し強い殺細胞作用を示すかについてウエスタンブロット法で調べた。調べるタンパク質(ホスアプレピタントの標的分子)の候補として、PI3K/Akt経路のAktとMAPK経路のERKの2つのタンパク質について検討した。なお対照実験として用いるがん細胞はホスアプレピタントによるサバイバルが52%と抗がん性を示さないMCF乳がん細胞を用いた。AktとERKタンパク質はインスリンを最終濃度0.1μg / ml(0.01から1μg / mlの範囲で最も好ましくは0.1μg / ml)になるように30分間作用させて活性化(リン酸化)させた。またホスアプレピタントも最終濃度600μMを60から6000の範囲で最も好ましくは600μM)になるようにインスリンと同時に加えて30分間作用させた。
【0042】
その結果は、図2に示すようにホスアプレピタントはERKには何ら作用を示さなかった。しかし、ホスアプレピタントとアピレピタントは分子標的抗がん剤モテサニブ(商標)と同様に対照のMCR乳がん細胞には何ら作用は示さなかったが、3808―1細胞のみにAkt活性の強い阻害作用を示した。つまりホスアプレピタントとアピレピタントはAktを標的とした新しい分子標的抗がん薬の候補であることが判明した。即ちホスアプレピタントは変異がん細胞のMAPK経路には作用しないがPI3K/Akt経路を遮断し、このことから分子標的抗がん薬の候補になりうることが実証された。
【0043】
なおホスアプレピタントとアプレピタントが作用するPI3K/Aktと作用しないMAPK経路のどちらも、EGF(上皮細胞増殖因子)、PDGF(血小板由来増殖因子)、NGF(神経成長因子)等の増殖因子やインスリン等が、それらの受容体であるEGFR(EGF受容体)、PDGFR(PDGFR受容体)、Trk(NGF受容体)それにインスリン受容体に結合するとPI3KやMAPK(ERK)が活性化し、その結果、細胞の増殖、アポトーシスそれに糖代謝等が起こっている。ホスホイノシチド-3キナーゼ(PI3K)は増殖因子等で活性化した受容体であるチロシンキナーゼに結合することによって活性化し、Aktを介して主としてサバイバルや増殖それに分化にも働く。Aktはセリン・スレオニン蛋白リン酸化酵素の1つであり、PI3K細胞内情報伝達経路の中の最も重要な酵素である。なおMAPKはさまざまな増殖因子等によって活性化するセリン/スレオニンキナーゼであり、細胞増殖や細胞分化などを制御する。そのような中で、ホスアプレピタント及びアプレピタントはPI3K/Akt経路に作用し、MAPK経路には作用しないことが本発明によって明らかになった。
【0044】
PI3K拮抗タンパク質であるPTEN(がん抑制遺伝子の1つ)の欠損突然変異については、グリオーマ(70%(グリオーマ患者中の70%にPTENの欠損が見られる))、乳がん(40から50%)、前立腺がん(40%)、肺がん(40%)、大腸がん(20%)等に認められ、またPTEN点突然変異は子宮体がん(50%)、グリオブラストーマ(20%)等にも認められることが報告されている。元来PTENはPI3Kを働かせないようにすることで増殖を抑制している。一方EGFRやPDGFRに突然変異が起きるとPI3Kが異常に活性化して細胞がん化に働く。しかしこのPTEN遺伝子に欠損や点突然変異が起きるとPI3Kが異常に活性化して細胞はがん化するのである。即ち我々はホスアプレピタントとアプレピタントは、このPTENと同じような働きをすることを発見した。
【0045】
この発見の過程で、免疫ブロット法の陽性コントロールとして用いたモテサニブは、PDGFRを標的とした既存の抗がん薬である。モテサニブが我々の開発したPI3K/Akt突然変異細胞にどのように働くか調べたところ、PI3K/Aktに変異をもつがん細胞に対してのみに高い殺細胞能力があることが判明した。これらのことより我々の検索システムが新しい抗がん薬の開発に使用できると判断した。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1】ホスアプレピタントによる各種がん細胞株の生存率を示す結果である。
図2】ホスアプレピタントとアプレピタントによるAkt活性の阻害を示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
表1、図1ならびに図2に示すように、ホスアプレピタントの各種がん細胞に対する作用を、形態的ならびに生化学的に調べた結果、ウイルムス腫瘍患者がん細胞(3808-1細胞)ならびに副腎髄質褐色細胞腫(PC-14細胞)において著明な抗がん作用が認められた。
図1
図2