(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023152277
(43)【公開日】2023-10-16
(54)【発明の名称】角形鋼管柱補強構造、及び角形鋼管柱補強構造の設計方法
(51)【国際特許分類】
E04B 1/24 20060101AFI20231005BHJP
【FI】
E04B1/24 F ESW
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022138308
(22)【出願日】2022-08-31
(31)【優先権主張番号】P 2022058593
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ▲1▼発行日 令和4年7月20日 ▲2▼刊行物(刊行物名、巻数、号数、該当ページ、発行所/発行元等) 日本建築学会2022年度大会(北海道)学術講演梗概集pp.1141-1144 発行所/一般社団法人日本建築学会
(71)【出願人】
【識別番号】000006839
【氏名又は名称】日鉄建材株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162640
【弁理士】
【氏名又は名称】柳 康樹
(72)【発明者】
【氏名】木下 尭之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 由悟
(57)【要約】
【課題】シンプルな構造であり、且つ重量を抑制した構造にて、角形鋼管柱の性能を向上できる角形鋼管柱補強構造、及び角形鋼管柱補強構造の設計方法を提供する。
【解決手段】角形鋼管柱補強構造100では、補強する角形鋼管柱1に応じた適切な補強材サイズの選定によって、角形鋼管柱1の局部座屈は許容するが当該座屈変形を適度に拘束することで、局部座屈後の耐力低下を緩やかにし、変形性能を向上させることができる。また、角形鋼管柱1の局部座屈が発生しうる端部に補強を限定することで、工数の大幅な増加を避けることができる。また、補強材20を角形鋼管柱1の長手方向の端面から一定の間隔をあけて取り付けることで、周辺部材の設計への影響を伴うような、角形鋼管柱1の過度な耐力上昇を防ぐことができる。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
角形鋼管柱と、
前記角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、前記角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、
非巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr1とし、
巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr2とし、
前記角形鋼管柱の板厚をtとし、
前記補強材の断面積を前記角形鋼管柱の外周に均等に配分したと仮定した前記角形鋼管柱の増厚分の板厚をt
r’とした場合、式(1)の関係が成り立つ、角形鋼管柱補強構造。
【数1】
【請求項2】
角形鋼管柱と、
前記角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、前記角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、
前記角形鋼管柱の径をDとし、
前記角形鋼管柱の長さを2Lとし、
前記角形鋼管柱の板厚をtとし、
前記端面から前記補強材の端部までの補強長さをh
rとし、
前記角形鋼管柱のヤング係数をEとし、
前記角形鋼管柱のポアソン比をνとし、
前記角形鋼管柱の断面係数をZとし、
前記補強材の断面積を前記角形鋼管柱の外周に均等に配分したと仮定した前記角形鋼管柱の増厚分の板厚をt
r’とし、
前記仮定した角形鋼管柱の断面係数をZ’とした場合、式(2)の関係が成り立つ、角形鋼管柱補強構造。
【数2】
【請求項3】
角形鋼管柱と、
前記角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、前記角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、
非巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr1とし、
巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr2とし、
前記角形鋼管柱の径をDとし、
前記角形鋼管柱の板厚をtとし、
前記補強材の板厚をt
rとし、
前記補強材の幅をb
rとした場合、式(14)の関係が成り立つ、角形鋼管柱補強構造。
【数3】
【請求項4】
角形鋼管柱と、
前記角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、前記角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、
前記角形鋼管柱の径をDとし、
前記角形鋼管柱の長さを2Lとし、
前記角形鋼管柱の板厚をtとし、
前記端面から前記補強材の端部までの補強長さをh
rとし、
前記角形鋼管柱のヤング係数をEとし、
前記角形鋼管柱のポアソン比をνとし、
前記角形鋼管柱の断面係数をZとし、
前記補強材の板厚をt
rとし、
前記補強材の幅をb
rとし、
前記補強材の断面積を前記角形鋼管柱の外周に均等に配分したと仮定した前記角形鋼管柱の増厚分の板厚をt
r’とし、
前記仮定した角形鋼管柱の断面係数をZ’とした場合、式(15)の関係が成り立つ、角形鋼管柱補強構造。
【数4】
【請求項5】
角形鋼管柱と、
前記角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、前記角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備える角形鋼管柱補強構造の設計方法であって、
巻込型弾性局部座屈耐力が非巻込型弾性局部座屈耐力以下となるように補強仕様を決定する、角形鋼管柱補強構造の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角形鋼管柱補強構造、及び角形鋼管柱補強構造の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物の耐震性能は構成部材の耐力と変形性能で評価される。角形鋼管柱では幅厚比(外径/板厚)が大きい場合、外力を受けて該柱端部に局部座屈が発生すると、早期に耐力を喪失してしまい、変形性能に乏しいことが問題となる。これに対し建築設計では角形鋼管柱の幅厚比に応じて設計外力を割り増すことで安全性の検証を行っている。一方で、角形鋼管柱の耐震性能を向上させるため、該柱の耐力あるいは変形性能を向上させる工法が提案されており、耐力向上を目的とした事例が多くを占めている。
【0003】
ここで、角形鋼管柱の耐力または変形性能を向上させるため、当該柱端部に補強材を配置するような補強構造が採用される場合がある。例えば、角形鋼管柱の耐力向上を意図した補強工法として、リブプレート補強の工法や、カバープレート補強の工法などが採用される場合がある。例えば後者の工法は、『(一財)日本建築センター;2018年版冷間成形角形鋼管設計・施工マニュアル補遺「STKR柱補強設計・施工マニュアル」』に既存建築物の耐震改修手段として設計法がまとめられている。
【0004】
また、角形鋼管柱の変形性能向上を意図した補強工法として、特許文献1に記載されたものが知られている。特許文献1には、角形鋼管柱端部の外面あるいは内面の少なくとも一方側から間隙を介して補強材を配置し、角形鋼管柱が局部座屈変形した際に補強材が当接して局部座屈変形を規制可能な角形鋼管柱の変形性能を向上させようとする構造が記載されている。あるいは、損傷した角形鋼管柱の耐力回復を意図した補修工法として、『(一財)日本建築防災協会;震災建築物等の被災度区分判定基準および復旧技術指針(2015)』などには、地震によって損傷した角形鋼管柱の局部座屈変形が発生した箇所に外側からカバープレートを当てて溶接することで耐力を元の鋼管と同等まで回復させる工法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、幅厚比の大きな角形鋼管柱は外力を受けた際、早期に耐力を喪失するため、変形性能に乏しいという問題がある。また、従来の角形鋼管柱の補強工法は、主として耐力を向上させることを目的としたものが多く、過度な耐力の向上は周辺部材の設計への影響が懸念される場合がある。補強にあたって、補強材と壁材との取り合いが問題となる場合がある。複雑な構成の工法は、工数の大幅な増加が問題となる場合がある。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、シンプルな構造であり、且つ重量を抑制した構造にて、角形鋼管柱の性能を向上できる角形鋼管柱補強構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る角形鋼管柱補強構造は、角形鋼管柱と、角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、非巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr1とし、巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr2とし、角形鋼管柱の板厚をtとし、補強材の断面積を角形鋼管柱の外周に均等に配分したと仮定した角形鋼管柱の増厚分の板厚をt
r’とした場合、式(1)の関係が成り立つ。
【数1】
【0009】
この角形鋼管柱補強構造では、補強する角形鋼管柱に応じた適切な補強材サイズの選定によって、角形鋼管柱の局部座屈は許容するが当該座屈変形を適度に拘束することで、局部座屈後の耐力低下を緩やかにし、変形性能を向上させることができる。また、角形鋼管柱の局部座屈が発生しうる端部近傍に補強を限定することで、工数の大幅な増加を避けることができる。また、補強材を角形鋼管柱の長手方向の端面から一定の間隔をあけて取り付けることで、周辺部材の設計への影響を伴うような、角形鋼管柱の過度な耐力上昇を防ぐことができる。補強材は板状の構成を有しており、角形鋼管柱の表面からの補強材の突出量が小さいため、壁材との取り合いに対する影響を低減できる。また、本発明者らは、鋭意研究の結果、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させるための条件は、補強材で補強した角形鋼管柱そのものの弾性局部座屈耐力が「(非巻込型)≧(巻込型)」を満たす補強仕様であることを見出した。また、本発明者らは、当該関係を弾性局部座屈耐力の想定解を用いて近似することができることを見出した。従って、式(1)の関係が成り立つことで、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させることができる。以上より、シンプルな構造であり、且つ重量を抑制した構造にて、角形鋼管柱の性能を向上できる。
【0010】
本発明に係る角形鋼管柱補強構造は、角形鋼管柱と、角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、角形鋼管柱の径をDとし、角形鋼管柱の長さを2Lとし、角形鋼管柱の板厚をtとし、端面から補強材の端部までの補強長さをh
rとし、角形鋼管柱のヤング係数をEとし、角形鋼管柱のポアソン比をνとし、角形鋼管柱の断面係数をZとし、補強材の断面積を角形鋼管柱の外周に均等に配分したと仮定した角形鋼管柱の増厚分の板厚をt
r’とし、当該仮定した前記角形鋼管柱の断面係数をZ’とした場合、式(2)の関係が成り立つ。
【数2】
【0011】
本発明に係る角形鋼管柱補強構造は、角形鋼管柱と、角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、非巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr1とし、巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr2とし、角形鋼管柱の径をDとし、角形鋼管柱の板厚をtとし、補強材の板厚をt
rとし、補強材の幅をb
rとした場合、式(14)の関係が成り立つ。
【数3】
【0012】
本発明に係る角形鋼管柱補強構造は、角形鋼管柱と、角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備え、角形鋼管柱の径をDとし、角形鋼管柱の長さを2Lとし、角形鋼管柱の板厚をtとし、端面から補強材の端部までの補強長さをh
rとし、角形鋼管柱のヤング係数をEとし、角形鋼管柱のポアソン比をνとし、角形鋼管柱の断面係数をZとし、補強材の板厚をt
rとし、補強材の幅をb
rとし、補強材の断面積を角形鋼管柱の外周に均等に配分したと仮定した角形鋼管柱の増厚分の板厚をt
r’とし、当該仮定した角形鋼管柱の断面係数をZ’とした場合、式(2)の関係が成り立つ。
【数4】
【0013】
本発明に係る角形鋼管柱補強構造の設計方法は、角形鋼管柱と、角形鋼管柱の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材と、を備える角形鋼管柱補強構造の設計方法であって、巻込型弾性局部座屈耐力が非巻込型弾性局部座屈耐力以下となるように補強仕様を決定する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施形態に係る角形鋼管柱補強構造が採用された柱梁接合構造を示す斜視図である。
【
図5】試験諸元及び試験結果の一覧を示す表である。
【
図9】補強材の板厚と変形性能(塑性変形倍率)との関係を示すグラフである。
【
図10】補強材の板厚と変形性能(塑性変形倍率)との関係を示すグラフである。
【
図12】非巻込型/巻込型それぞれの局部座屈現象を無補強の角形鋼管柱に置き換えることを説明するための図である。
【
図13】補強材で補強された角形鋼管柱を無補強の角形鋼管柱に置き換えたモデルを示す図である。
【
図14】弾性局部座屈耐力の想定解と解析解の比較と近似式を示す図である。
【
図15】式(1)による局部座屈性状判定結果を示すグラフである。
【
図16】変形例に係る角形鋼管柱補強構造の補強材を示す図である。
【
図17】補強材の板厚と変形性能(塑性変形倍率)との関係を示すグラフである。
【
図18】補強材の板厚と変形性能(塑性変形倍率)との関係を示すグラフである。
【
図20】弾性局部座屈耐力の想定解と解析解の比較と近似式を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0017】
図1は、本発明の実施形態に係る角形鋼管柱補強構造100が採用された柱梁接合構造50を示す斜視図である。
図2は、角形鋼管柱1の全体を示す図である。
図1及び
図2に示すように、柱梁接合構造50は、角形鋼管柱1と、当該角形鋼管柱1に接合された梁2と、接合コア3と、を備える。なお、
図1及び
図2は、角形鋼管柱補強構造の適用先の一例を示しているに過ぎず、適用先は適宜変更可能である。
【0018】
角形鋼管柱1は、四角形断面を有する鋼管によって構成される。上側の角形鋼管柱1と、下側の角形鋼管柱1とは、接合コア3を介して互いに上下方向に接続される。角形鋼管柱1は、四方の側壁部10を有する。角形鋼管柱1は、長手方向(上下方向)の下側の端面1aと、上側の端面1bと、を有する。
【0019】
四方の梁2は、接合コア3を介して角形鋼管柱1と接合される。梁2は、断面H形の形状を有しており、上下のフランジ2a,2bと、フランジ2a,2b同士を接続するウェブ部2cと、を備える。
【0020】
接合コア3は、四角形の断面を有する鋼管部3aと、鋼管部3aの上側の端面、及び下側の端面に形成されたダイヤフラム3b,3cと、を備える。上側の角形鋼管柱1の下側の端面1aは、接合コア3のダイヤフラム3bに接合される。下側の角形鋼管柱1の上側の端面1bは、接合コア3のダイヤフラム3cに接続される。また、梁2の上下のフランジ2a,2bも上下のダイヤフラム3b,3cの位置にて接合される。
【0021】
角形鋼管柱補強構造100は、上述の角形鋼管柱1と、複数の補強材20と、を備える。補強材20は、角形鋼管柱1の側壁部10の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱1の端面1a,1bから離間する位置に設けられた四角形の板状の部材である。本実施形態では、補強材20は、四角形に形成されており、側壁部10の外面に固定されている。補強材20は、角形鋼管柱1の下側の端面1a付近において、四方の側壁部10の全てに対して設けられている。補強材20は、角形鋼管柱1の上側の端面1b付近において、四方の側壁部10の全てに対して設けられている。従って、一本の角形鋼管柱1に対して、合計八つの補強材20が設けられている。
【0022】
次に、
図3を参照して、角形鋼管柱補強構造100の寸法関係について説明する。なお、
図3は、角形鋼管柱1の下側の構成を示しているが、上側も同趣旨の構成を有している。
図3(a)に示すように、角形鋼管柱1の径をDとする。角形鋼管柱1の板厚をtとする。
図3(b)に示すように、角形鋼管柱1の下側の端面1aから補強材20の端面1aから離間する側の端部20aまでの補強長さをh
rとする。角形鋼管柱1の下側の端面1aから補強材20の端面1aに近い側の端部20bまでの隙間をS
rとする。なお、端部20a,20bは、角形鋼管柱1の端面1aと平行をなす。補強材20の幅をb
rとする。補強材20は、幅方向において、側壁部10の中央位置に配置されている。補強材20の幅方向の両端部20c,20dは、側壁部10の両端部10a,10bから幅方向の内側に離間した位置にて、両端部10a,10bと平行をなす。補強材20の板厚をt
rとする。また、角形鋼管柱1の長さを2Lとする。具体的には、「角形鋼管柱の径D×板厚t」については、冷間ロール成形角形鋼管で「□200×6~□550×19」の範囲としてよく、冷間プレス成形角形鋼管で「□350×12~□1000×32」としてよい。隙間は「0≦S
r/D≦0.27」としてよい。なお、補強材20の素材は鋼材とし、強度クラスは角形鋼管柱1と同等か上下1ランク以内とする。
【0023】
次に、角形鋼管柱補強構造100の各部位の好ましい寸法関係の設定について説明を行う。まず、
図4~
図6を参照して、角形鋼管柱補強構造100の耐力についての試験について説明する。具体的に、角形鋼管柱補強構造100の補強効果の確認のため、補強材20の板厚t
r、補強長さh
rを変数とした実大3点曲げ試験(単調/繰返し載荷)を実施した。試験体として、
図4(a)に示すものを準備した。図中の「A」で示す部分の拡大図を
図4(b)に示す。角形鋼管柱1の四方に補強材20を設けた試験体を二つ準備し、各角形鋼管柱1のうち、補強材20が設けられた側の端部を支持部材32で支持した。また、各角形鋼管柱1の反対側の端部をそれぞれ支持部材31で支持した。中央の支持部材32に荷重を与えて、測定を行い、局部座屈の性状を観察した。なお、補強材20を設けない「無補強」に係る試験体も準備した。
【0024】
試験は、荷重を単調に与える「単調載荷」と、繰り返し与える「繰返し載荷」の条件にて行った。試験諸元及び試験結果の一覧を
図5に示す。また、
図6(a)に単調載荷における荷重変形関係の試験結果を示す。
図6(b)に繰返し載荷における荷重変形関係の試験結果を示す。
図5から補強した場合の最大耐力は無補強に対して同等以上であり、耐力が元の角形鋼管柱と同等以上となることを確認した。また、「補強2.3×360」が最も補強効果が高く、変形性能は無補強に対して単調載荷における塑性変形倍率で1.36倍、繰返し載荷における累積塑性変形倍率で1.60倍となった。実施したケースでは補強長さの長い360mmの2体の試験体では巻込型、補強長さの短い240mmの試験体では非巻込型の局部座屈が発生し、巻込型とした方が変形性能向上に有効であることを確認した。なお、巻込型とは、角形鋼管柱の局部座屈変形を補強材が拘束しながら変形が進行するような変形態様のことである(例えば、
図8(b)参照)。非巻込型とは、ダイアフラムと接合される角形鋼管柱の端面から補強材の端部までの補強長さh
rを超えた無補強部に座屈の頂点が現れる局部座屈が発生し、そのまま変形が進行するような変形態様のことである(例えば、
図8(a)参照)。なお、後述の隙間型とは、ダイアフラムと接合される角形鋼管柱の端面から当該端面に近い側の補強材の端部までの隙間S
r内に座屈の頂点が現れる局部座屈が発生し、そのまま変形が進行するような変形態様のことである(例えば、
図8(c)参照)。
【0025】
図2、
図3と
図7~
図9を参照して、非線形解析について説明する。ここで、
図2のような複曲率曲げを受ける長さ2Lの角形鋼管柱1の力学的挙動は、
図7に示すように、一端を固定端とし、他端を自由端とした長さLの角形鋼管柱1の自由端に横方向の荷重を付与する片持柱モデルで概ね予測できる。よって解析は
図7に示す片持柱モデルで検討した。
<解析概要>
(1)角形鋼管柱:幅厚比D/t=33.3、せん断スパン比L/D=5
(2)補強材:矩形板
・補強材板厚比t
r/t=0.13、0.26、0.36、0.50、0.67
(例:角形鋼管□300×9、t
r/t=0.50の場合、t
r=4.5mm)
・補強長さ比h
r/D=0.4、0.6、0.8、1.0、1.2
(例:角形鋼管□300×9、h
r/D=0.60の場合、h
r=240mm)
・補強材幅比b
r/D=0.2、0.5、0.8
・隙間比s
r/D=0.2は固定
(3)材料物性:構造試験で使用した材料の引張試験結果に基づき設定
【0026】
非線形解析の結果、
図8に示す3種類の局部座屈性状が見られた。これらの変形態様のタイプは、前述の構造試験で説明したものと同様である。
図9は、補強材20の板厚と変形性能(塑性変形倍率)との関係を示すグラフである。補強による鋼材量の増加を抑えつつ、無補強の角形鋼管柱に対して効率的に変形性能を向上させるためには、非巻込型を避け、少なくとも巻込型の局部座屈となるような仕様が望ましいことが確認できる。ただし、角形鋼管柱1と補強材20の組み合わせは膨大で、相互に影響を及ぼすため、構造実験・非線形解析をして初めてどの局部座屈が発生するか確認できる。
【0027】
次に、巻込型の局部座屈に誘導する方法に関する検討を行う。補強した角形鋼管柱1の弾性座屈モードと構造実験・非線形解析の局部座屈性状の関係について検討する。まずは、基本的な性状の確認を目的として、補強した角形鋼管柱1そのものの線形座屈解析を実施した。解析概要は、材料物性を「ヤング係数:205000N/mm
2 ポアソン比:0.3」とした以外は、角形鋼管柱1及び補強材20の条件は上述の
図7の非線形解析と同じ条件とした。
【0028】
線形座屈解析では弾性座屈モードとそれに対応する座屈耐力の組み合わせが複数得られる。本補強構造では1つの補強仕様に対して非巻込型/巻込型の片方あるいは両方の弾性座屈モードが得られた。補強した角形鋼管柱1そのものの線形座屈解析の結果、構造試験・非線形解析で観測された非巻込型/巻込型の局部座屈性状と同様の特徴をもつ弾性座屈モードが観測された。
【0029】
図10は、
図9の補強材20の板厚と変形性能(塑性変形倍率)との関係を示すグラフから隙間型の結果を除いたものである。
図10は、最小の弾性局部座屈耐力を与える弾性座屈モードと、構造試験・非線形解析の局部座屈性状の対応を示す。
図10において、塗りつぶされたシンボルは線形座屈解析で得られた最小の弾性局部座屈耐力を与える弾性座屈モードと構造試験・非線形解析の局部座屈性状が異なったものを示す。ある補強仕様での非巻込型あるいは巻込型と同様の特徴を持つ弾性座屈モードのうち、最小の弾性局部座屈耐力を与える弾性座屈モードと構造試験・非線形解析の局部座屈性状は概ね対応していることを確認した。
【0030】
以上より、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させるための条件は、補強した角形鋼管柱1そのものの弾性局部座屈耐力が「(非巻込型)≧(巻込型)」を満たす補強仕様とすることである。
【0031】
次に、補強した角形鋼管柱1の弾性局部座屈耐力の評価方法と局部座屈の判定について検討する。従来、無補強の角形鋼管柱の荷重条件を考慮した弾性局部座屈耐力を理論的に導出するとともに、その近似式(以下の式(3))が知られている。当該近似式については、例えば、「佐藤公亮, 五十嵐規矩夫:二軸曲げせん断力と軸力を受ける正方形中空断面部材の連成局部座屈耐力算定;日本建築学会構造系論文集,Vol.79,pp.1909-1918,2014.12」「佐藤公亮, 五十嵐規矩夫: 曲げせん断力を受ける正方形中空断面部材の局部座屈性状と構造性能評価法; 日本建築学会構造系論文集Vol.82,pp.123-133,2017.1」に記載されている。この近似式はあくまで、
図11に示すような無補強の角形鋼管柱1にのみ適用できるため、本補強構造にはそのまま適用できない。なお、「M
cr:弾性局部座屈モーメント」、「L:材長」、「Z:断面係数」、「E:ヤング係数」、「ν:ポアソン比」、「D:角形鋼管径」、「t:角形鋼管板厚」である。弾性局部座屈モーメントは、
図11の荷重・境界条件における角形鋼管柱1の弾性局部座屈モーメントである。
【数5】
【0032】
ここでは、下記の手順で補強した角形鋼管柱1の非巻込型/巻込型の弾性局部座屈耐力の想定解Pcr1(非巻込型)、及び想定解Pcr2(巻込型)を求めることとした。
【0033】
(手順1)まず、非巻込型/巻込型それぞれの局部座屈現象を捉えられるように、無補強の角形鋼管柱1に置き換える。
図12に当該置き換えの概念図を示す。非巻込型は、固定端からちょうど補強長さh
rだけ離れた位置を危険断面と仮定し、元の角形鋼管柱よりh
rだけ材長が短い無補強の角形鋼管柱に置き換えると仮定する(
図13の「P
cr1」参照)。巻込型は、曲げモーメントが最大となる端部を危険断面と仮定し、補強材20の合計の断面積を角形鋼管柱1の外周に均等に配分することでt
r’だけ増厚された無補強の角形鋼管柱に置き換えると仮定する(
図13の「P
cr2」参照)。
(手順2)置き換えた上記の無補強の角形鋼管柱それぞれについて式(4)、式(5)を適用し、非巻込型/巻込型の弾性局部座屈耐力の想定解P
cr1、P
cr2を求める。式(4)は式(3)をiを用いて書き直したものである。このとき、計算で用いる各諸量は
図13に示すものを用いる。
【数6】
【0034】
なお、「P
cri:弾性局部座屈耐力の想定解」、「M
cri:弾性局部座屈モーメント」、「L
i:材長」、「Z
i:断面係数」、「E:ヤング係数」、「ν:ポアソン比」、「D
i:角形鋼管柱の径」、「t
i:角形鋼管柱の板厚」、「t
r’:補強材の断面積を角形鋼管柱の外周に均等に配分すると仮定したときの増厚分の板厚」である。添字iの付く文字は非巻込型/巻込型の弾性局部座屈耐力の想定解P
cr1、P
cr2にそれぞれ対応し、
図13の値を使用する。
【0035】
なお、増厚分板厚t
r’は、もとの角形鋼管柱の径D、補強材板厚t
r、補強材幅b
rから計算することができる。具体的には、角形鋼管に角部曲率半径がある場合、角部外側の曲率半径をRとすると、式(6)を計算することで増厚分板厚t
r’を計算することができる。角形鋼管に角部曲率半径がない場合、式(7)を計算することで増厚分板厚t
r’を計算することができる。
【数7】
【0036】
上述の手順で導出した弾性局部座屈耐力の想定解P
cr1(非巻込型)、及びP
cr2(巻込型)と、補強した角形鋼管柱そのものの線形座屈解析により導出した解析解(段落0027~0029で導出した弾性局部座屈耐力)とを比較し、弾性局部座屈耐力の想定解を補強仕様に応じて決定する近似式で補正することで当該解析解を
図14に示すように評価した。非巻込型の近似式を式(8)で示し、巻込型の近似式を式(9)で示す。段落0030では鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させるための条件は、補強した角形鋼管柱1そのものの弾性局部座屈耐力が「(非巻込型)≧(巻込型)」を満たす補強仕様とする点について言及した。当該関係は、式(8)(9)を用いることで式(10)のように置き換えられる。すなわち、「(非巻込型)≧(巻込型)」であるから「式(8)≧式(9)」となる式(10)が導き出され、式(10)を整理して式(1)となる。従って、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させるためには、角形鋼管柱1及び補強材20の条件を用いて、下記の式(1)を満たせばよい。更に、式(4)(5)を用いて式(1)を具体的に記載すると式(2)で示される。「Z’」は、補強材の断面積を角形鋼管柱の外周に均等に配分すると仮定した角形鋼管柱の断面係数である。
【数8】
【0037】
図15は、式(1)をグラフ中に示したものである。
図15においてグレースケールで示された領域E1が、式(1)を満たす範囲である。
図15のプロット内容から分かるように、当該領域E1は、非巻込型を避け、巻込型にすることができる範囲である。
【0038】
次に、本実施形態に係る角形鋼管柱補強構造100の作用・効果について説明する。
【0039】
本実施形態に係る角形鋼管柱補強構造100は、角形鋼管柱1と、角形鋼管柱1の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱1の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材20と、を備え、非巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr1とし、巻込型弾性局部座屈耐力の想定解をP
cr2とし、角形鋼管柱1の板厚をtとし、補強材20の断面積を角形鋼管柱1の外周に均等に配分したと仮定した角形鋼管柱1の増厚分の板厚をt
r’とした場合、式(1)の関係が成り立つ。
【数9】
【0040】
この角形鋼管柱補強構造100では、補強する角形鋼管柱1に応じた適切な補強材サイズの選定によって、角形鋼管柱1の局部座屈は許容するが当該座屈変形を適度に拘束することで、局部座屈後の耐力低下を緩やかにし、変形性能を向上させることができる。また、角形鋼管柱1の局部座屈が発生しうる端部近傍に補強を限定することで、工数の大幅な増加を避けることができる。また、補強材20を角形鋼管柱1の長手方向の端面から一定の間隔をあけて取り付けることで、周辺部材の設計への影響を伴うような、角形鋼管柱1の過度な耐力上昇を防ぐことができる。補強材20は板状の構成を有しており、角形鋼管柱1の表面からの補強材20の突出量が小さいため、壁材との取り合いに対する影響を低減できる。また、本発明者らは、鋭意研究の結果、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させるための条件は、補強材20で補強した角形鋼管柱1そのものの弾性局部座屈耐力が「(非巻込型)≧(巻込型)」を満たす補強仕様とすることであることを見出した。また、本発明者らは、当該関係を弾性局部座屈耐力の想定解を用いて近似することができることを見出した。従って、式(1)の関係が成り立つことで、鋼材量を抑えつつ、効率的に変形性能を向上させることができる。
【0041】
本実施形態に係る角形鋼管柱補強構造100は、角形鋼管柱1と、角形鋼管柱1の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱1の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材20と、を備え、角形鋼管柱1の径をDとし、角形鋼管柱1の長さを2Lとし、角形鋼管柱1の板厚をtとし、端面から補強材20の端部までの補強長さをh
rとし、角形鋼管柱1のヤング係数をEとし、角形鋼管柱1のポアソン比をνとし、角形鋼管柱1の断面係数をZとし、補強材20の断面積を角形鋼管柱1の外周に均等に配分したと仮定した角形鋼管柱1の増厚分の板厚をt
r’とし、当該仮定した角形鋼管柱の断面係数をZ’とした場合、式(2)の関係が成り立つ。
【数10】
【0042】
また、補強する角形鋼管柱1に応じた適切な補強仕様の選定によって、角形鋼管柱1の局部座屈は許容するが、当該座屈変形を適度に拘束することで、局部座屈後の耐力低下を緩やかにし、変形性能を向上させることができる。また、角形鋼管柱1の局部座屈が発生しうる端部に補強を限定することで、工数の大幅な増加を避けることができる。また、鋼材として入手性の高い材料を採用することでコストの増加を抑えることができる。また補強材20をダイアフラムの面から一定の間隔をあけて取り付けることで、角形鋼管柱1の過度な耐力上昇を抑制することができる。また、補強材20の板厚を角形鋼管柱1の板厚以下に抑えることができ、角形鋼管柱1のフェースからの補強材20の出が小さいため、壁材との取り合いに影響が少ない。
【0043】
本実施形態に係る角形鋼管柱補強構造100の設計方法は、角形鋼管柱1と、角形鋼管柱1の側壁部の外面及び内面の少なくとも一方に対して、角形鋼管柱1の長手方向の端面から離間する位置に設けられた板状の補強材20と、を備える角形鋼管柱補強構造100の設計方法であって、巻込型弾性局部座屈耐力が非巻込型弾性局部座屈耐力以下となるように補強仕様を決定する。
【0044】
本発明は、上述の実施形態に限定されるものではない。上述の実施形態で説明した寸法は一例にすぎず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更してよい。
【0045】
例えば、補強材20の形状は、上述の実施形態に限定されない。例えば、
図16に示すものが採用されてよい。
図16では、一つの側壁部10に設けられる補強材20が二つに分割されている。なお、分割数や分割方法は特に限定されない。
【0046】
図9及び
図10は、補強長さ比h
r/D=0.4~1.2とした場合の結果である。それ以上の補強長さを包含するために、補強長さ比h
r/Dに「2.2」を追加してグラフを作成したところ、
図9に対応するグラフは
図17のグラフとなり、
図10に対応するグラフは
図18のグラフとなる。
図19に示すように、当該結果と、前述の式(9)の巻込型に対応する近似式(図中の実線のグラフ)とを比較すると、外れ値が出る。従って、h
r/D≧1.2を含む全ての値で適用可能な式として、式(8)(9)を調整した式(11)(12)を採用してよい。
図20(a)(b)は補強した角形鋼管柱の非巻込型/巻込型の弾性局部座屈耐力の想定解と解析解の比較と、式(11)(12)の対応をそれぞれ示す。
【数11】
【0047】
式(11)(12)に基づき、h
r/D≧1.2を含む全ての値で適用可能な式として、式(10)(1)(2)を書き換えた式(13)(14)(15)を採用してよい。なお、式(8)(9)(10)(1)(2)の式は、h
r/D=0.4~1.2に対応するものとして採用可能である。
【数12】
【符号の説明】
【0048】
1…角形鋼管柱、10…側壁部、20…補強材、100…角形鋼管柱補強構造。