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特開2023-152837フィブロイン水溶液及びその製造方法、及びフィブロインを含み構成される物品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023152837
(43)【公開日】2023-10-17
(54)【発明の名称】フィブロイン水溶液及びその製造方法、及びフィブロインを含み構成される物品
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/435 20060101AFI20231005BHJP
   C07C 211/63 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 211/64 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 59/255 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 215/12 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 211/07 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 229/08 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 237/06 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 51/41 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 209/00 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 213/00 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 227/00 20060101ALI20231005BHJP
   C07C 231/00 20060101ALI20231005BHJP
   A61L 15/32 20060101ALI20231005BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C07K14/435
C07C211/63
C07C211/64
C07C59/255
C07C215/12
C07C211/07
C07C229/08
C07C237/06
C07C51/41
C07C209/00
C07C213/00
C07C227/00
C07C231/00
A61L15/32 100
A61L27/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023044097
(22)【出願日】2023-03-20
(31)【優先権主張番号】P 2022060225
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520449345
【氏名又は名称】キヤノンバージニア, インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】Canon Virginia, Inc.
【住所又は居所原語表記】12000 Canon Blvd., Newport News, Virginia, United States of America
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】井上 圭
(72)【発明者】
【氏名】小林 遊磨
(72)【発明者】
【氏名】水澤 圭吾
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 和香
(72)【発明者】
【氏名】白川 潤
【テーマコード(参考)】
4C081
4H006
4H045
【Fターム(参考)】
4C081AA01
4C081AA12
4C081AB19
4C081CD111
4C081DA02
4C081DA11
4C081DA12
4H006AA01
4H006AA02
4H006AB20
4H006AC90
4H006BS10
4H006BT12
4H006BU32
4H006BV21
4H045AA10
4H045CA51
4H045EA34
(57)【要約】      (修正有)
【課題】保存安定性に優れ、かつ、フォーム形成性に優れたフィブロイン水溶液、及びその製造法を提供すること。
【解決手段】フィブロイン及び記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有するフィブロイン水溶液。


【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロイン及び下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有するフィブロイン水溶液。
【化1】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化2】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
【請求項2】
前記一般式(1)で表される化合物を含有し、
前記一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
ヒドロキシ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、カルバモイル基を置換基として有してもよい、炭素数1以上8以下のアルキル基、又は
炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示す、
請求項1に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項3】
前記一般式(2)で表される化合物を含有し、
前記一般式(2)中、
C-N=CとAは共にピリジン、又はイミダゾールをなし、
は、
水素原子、
炭素数1以上8以下のアルキル基、又は
炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示す、
請求項1に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項4】
前記一般式(1)又は前記一般式(2)中、
はハロゲン化物イオン、水酸化物イオン、カルボン酸アニオンから選ばれる、
請求項1から3のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項5】
前記一般式(1)で表される化合物を含有し、前記一般式(1)で表される化合物が、
テトラアルキルアンモニウム、コリン、コリン誘導体、グリシン及びグリシン誘導体から選ばれるいずれかの、ハロゲン化物、水酸化物、又はカルボン酸塩である請求項1に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項6】
前記一般式(1)で表される化合物を含有し、前記一般式(1)で表される化合物が、
テトラアルキルアンモニウムハロゲン化物、ならびに、コリン、コリン誘導体、グリシン及びグリシン誘導体から選ばれるいずれかの、ハロゲン化物、水酸化物、又はカルボン酸塩から選ばれるいずれかである請求項1に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項7】
前記フィブロインの分子量が10万以上である請求項1から3のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項8】
前記フィブロインの濃度が5質量%以上40質量%以下である請求項1から3のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項9】
前記フィブロインは絹に由来する請求項1から3のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
【請求項10】
フィブロイン水溶液に下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を添加する工程及び、
得られた溶液の濃度を調整する工程を含むフィブロイン水溶液の製造方法。
【化3】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化4】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
【請求項11】
さらに、
精練済フィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、フィブロイン-中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、
前記フィブロイン-中性塩水溶液を脱塩し、フィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、
前記フィブロイン水溶液を65℃以上110℃以下で30分間以上60分間以下の時間加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱されたフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、
前記冷却工程で冷却されたフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と
を含む、
請求項10に記載のフィブロイン水溶液の製造方法。
【請求項12】
フィブロイン及び下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含み構成される物品。
【化5】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化6】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
【請求項13】
粉末、フィルム、スポンジ、ゲルのいずれかの形状を有するか、又は型で成型された成型体である、請求項12に記載の物品。
【請求項14】
前記フィブロインは絹に由来する請求項12又は13に記載の物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフィブロイン水溶液及びその製造方法、及びフィブロインを含み構成される物品に関する。
【背景技術】
【0002】
絹糸の主成分であるフィブロインは、生体適合性が高く、古くから手術用縫合糸などに使用されており、安全性の高いことが知られている。最近ではフィブロイン水溶液から調製したゲル、スポンジ、フィルム、不織布などの各種フォームを、細胞培養足場や創傷被覆材、人工皮膚、人口骨など医療分野へ応用することが活発に研究されている。
【0003】
従来、フィブロイン水溶液の製造方法としては、繭、生糸などの未精練フィブロイン原料を精練後、高濃度の中性塩水溶液に溶解した後、透析法や限外ろ過法などで脱塩する方法が一般的である。しかし、こうして得られるフィブロイン水溶液は、外部刺激や経時変化などにより容易に結晶構造変化を起こしゲル化してしまう。そこで、結晶構造変化を起こさない保存安定性の高いフィブロイン水溶液が求められていた。
【0004】
フィブロイン水溶液の保存安定性を高めるために種々の添加剤が検討されている。例えば特許文献1及び2ではタンパク質変性剤として尿素やチオ尿素を添加することが提案されている。又、特許文献3ではアルギニンなどのグアニジノ基含有化合物を添加することによりフィブロイン水溶液の保存安定性を向上させることを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7-90182号公報
【特許文献2】特開2008-169171号公報
【特許文献3】特開2015-140328号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の添加剤はタンパク質を強力に変成する作用を有し、それによって水溶液のゲル化を防ぎ、保存安定性を向上させる。一方、上記添加剤を用いて、水溶液からゲルやスポンジなどの各種フォームを形成させようとする場合、結晶化が起こりにくく、形成までに多大な時間がかかるという課題があった。
【0007】
そこで、本発明は保存安定性に優れるとともに、各種フォームへの形成が容易なフィブロイン水溶液及び、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態に係るフィブロイン水溶液はフィブロイン及び下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有することを特徴とする。
【化1】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化2】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
【0009】
本発明の物品は、フィブロイン及び下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含み構成されることを特徴とする。
【化3】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化4】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
【0010】
本発明によれば長期の保存安定性に優れ、各種フォームへの形成が容易なフィブロイン水溶液を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本実施形態に用いられるフィブロインは、チョウ目、ハチ目、又はクモ目に分類される生物由来の繊維状タンパク質であり、遺伝子組換え技術によって得られたものであってもよい。原料の入手容易性という観点から、家蚕の繭由来のフィブロインが好ましい。
【0012】
本実施形態に用いられるフィブロインは家蚕の繭、繭糸、繭糸加工物(絹糸など)、繭糸加工物の残糸などを原料とすることができる。言い換えると本実施形態におけるフィブロインは、家蚕の繭、繭糸、繭糸加工物(絹糸など)、繭糸加工物の残糸といった絹(シルク)に由来するものを用いることができる。フィブロインはこれらの原料から公知の精練方法を用い、セリシンを除去することにより得ることができる。得られたフィブロインは高濃度の臭化リチウムや塩化カルシウム水溶液に溶解後、半透膜を用いた透析や限外ろ過などの方法により脱塩することにより水溶液とすることができる。得られた水溶液は不安定であり、常温で放置するとゲルを形成し、固化するため、4℃前後で冷蔵保存を行うのが好ましい。
【0013】
本実施形態に用いられるフィブロインは、その分子量に特に限定されないが、分子量10万以上の高分子量フィブロインほど高い効果が得られる。一般的にフィブロインの分子量が高いほど、その水溶液の保存安定性は低くなる傾向があるが、分子量が10万以下では本発明の添加剤を添加しなくても十分な保存安定性を示す場合が多い。フィブロインの分子量が10万を超えると保存安定性が低くなり、長期の保存のためには添加剤の添加が必要となる。又、分子量が10万以下では水溶液から形成される各種フォームの力学的特性が低くなるため、フォームの用途によっては好ましくない。
【0014】
本実施形態に用いられるフィブロインは分子量10万以上、より好ましくは15万以上であることが好ましい。又、家蚕由来のフィブロインの分子量は35万であるため、本実施形態に用いられるフィブロインの分子量の上限は実質35万である。
【0015】
フィブロインの分子量は精練時の温度と時間により制御することができる。家蚕由来のフィブロインは分子量35万前後を有するが、精練温度と時間を変えることにより所望の分子量のフィブロインを得ることができる。一般的に精練温度が高くなるほど、精練時間が長くなるほど低分子量のフィブロインが得られる。
【0016】
本実施形態に係るフィブロイン水溶液は前記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有することを特徴とする。
【0017】
上記化合物を含有することにより、保存安定性に優れるとともに、各種フォームへの形成が容易な水溶液が得られる。
【0018】
一般的なタンパク質変性剤である尿素やグアニジノ基含有化合物はペプチド鎖に対して選択的に結合し、ペプチド鎖同士の水素結合の形成を阻害することにより、ゲル化を抑制していると考えられている。このような化合物は水溶液の安定性を高めるために有効に作用するが、水溶液を用いて各種フォームを作成する場合は、このような化合物を用いると、水素結合の形成を阻害するため、フォーム形成に長時間を有することになる。
【0019】
一方、本実施形態に係る化合物の作用機構は明らかではないが、グルタミン酸やアスパラギン酸残基由来のカルボキシル基とイオンペアを形成し、立体的又は静電的作用によりペプチド間の接近を抑制していると考えられる。このような機構で水溶液を安定化しているため、各種フォーム形成時に外部刺激を加えた際、ペプチド鎖同士は水素結合を形成しやすく、各種フォームの形成も容易になると考えられる。
【0020】
一般式(1)中、RからRは、それぞれ独立に、水素原子、置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、Xはアニオンを示す。又、一般式(2)中、C-N=CとAは共に環構造をなし、Rは、水素原子、置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、Xはアニオンを示す。
炭素数が上記を超える化合物は、疎水性が高くなるため、ペプチド鎖に対するイオンペア形成よりも疎水性相互作用が優先的に作用する。そのため、水溶液を安定化する効果は得られるものの、フォームの形成が困難になる。
【0021】
前記R、R、R、R又はRにおける炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、n-オクチル基、2-エチルヘキシル基、などが挙げられ、これらの脂肪族炭化水素基は、互いに結合し、環を形成していてもよい。また、置換基の例としては、ヒドロキシ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、カルバモイル基などが挙げられる。
【0022】
前記R、R、R、R又はRにおける炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基としては、例えばフェニル基、1-ナフチル基、2-ナフチル基などのアリール基、及びこれらで置換されたメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、などのアラルキル基が挙げられる。また、置換基の例としては、アルキル基、ヒドロキシ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、カルバモイル基などが挙げられる。
【0023】
前記一般式(2)中、C-N=CとAは共に環構造をなす。例えば、C-N=CとAは共にピリジン、又はイミダゾールをなすことができる。一般式(2)のカチオン部分は複素環式芳香族化合物であることが好ましい。例えば、1-アルキルピリジニウムカチオン、1,3-ジアルキルイミダゾリウムカチオンが挙げられる。
【0024】
前記一般式(1)及び(2)中、Xは、ハロゲン化物イオン、水酸化物イオン、カルボン酸アニオンであり得る。ハロゲン化物イオンとしては、例えばフッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン及び、ヨウ素イオンが挙げられる。
【0025】
カルボン酸アニオンとしては、例えば酢酸アニオン、プロピオン酸アニオン、安息香酸アニオン、酒石酸アニオン及び、酒石酸水素アニオンなどが挙げられる。
【0026】
前記一般式(1)及び(2)で表される化合物は上記置換基を有すれば特に限定されないが、フィブロイン水溶液に添加し、保存安定性を向上させるという観点から水溶性のものが好ましい。水に対して0.01質量%以上の溶解性を示すものが好ましく、より好ましくは0.1質量%以上の溶解性を有するものが好ましい。水溶性が0.01質量%を下まわると十分な安定性向上効果が得られなくなる。
【0027】
前記一般式(1)及び(2)で表される化合物は入手容易性や、各種フォームを形成した際の残存成分の生体親和性などへの影響を加味するとテトラアルキルアンモニウム、コリン誘導体、グリシン誘導体の塩であることが好ましい。テトラアルキルアンモニウム、コリン、コリン誘導体、グリシン及びグリシン誘導体から選ばれるいずれかの、ハロゲン化物、水酸化物、又はカルボン酸塩を挙げられ、さらに、テトラアルキルアンモニウムハロゲン化物、ならびに、コリン、コリン誘導体、グリシン及びグリシン誘導体から選ばれるいずれかの、ハロゲン化物、水酸化物、又はカルボン酸塩を挙げられる。
【0028】
上記化合物の具体例としては、塩化テトラメチルアンモニウム、酢酸テトラメチルアンモニウム、臭化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラエチルアンモニウム、塩化テトラプロピルアンモニウム、塩化テトラブチルアンモニウム、塩化トリエチルメチルアンモニウム、塩化トリメチルフェニルアンモニウム、コリン、塩化コリン、酒石酸水素コリン、トリメチルアミン塩酸塩、トリエタノールアミン塩酸塩、ジブチルアミン塩酸塩、グリシンエチルエステル塩酸塩、グリシンアミド塩酸塩、塩化メチルピリジニウム、塩化1,3-ジメチルイミダゾリウムなどが挙げられる。さらに好ましい具体例としては、塩化テトラメチルアンモニウム、臭化テトラメチルアンモニウム、塩化テトラエチルアンモニウム、塩化テトラプロピルアンモニウム、塩化テトラブチルアンモニウム、塩化トリエチルメチルアンモニウム、塩化コリン、酒石酸水素コリン、グリシンメチルエステル塩酸塩、グリシンエチルエステル塩酸塩、グリシンアミド塩酸塩などが挙げられる。
【0029】
本実施形態のフィブロイン水溶液における、前記一般式(1)及び(2)で表される化合物の添加量は特に限定されるものではなく、所望の特性に応じて適宜調整される。一般的な添加量としては、水溶液中に溶存しているフィブロインの質量に対して、0.1質量%以上50質量%以下が適当である。添加量が0.1質量%を下まわると、十分な保存安定性が得られない。一方、添加量が50質量%を超えると高い保存安定性は得られものの、各種フォームへの形成が困難になる場合がある。
【0030】
本実施形態に係るフィブロイン水溶液のフィブロインの濃度は特に限定されないが、フィブロインの濃度が水溶液全質量の5質量%以上40質量%以下である場合が特に効果が高い。一般的にフィブロインの濃度が高いほど、その水溶液の保存安定性は低くなる傾向があるが、フィブロイン濃度が5質量%未満では本発明の添加剤を添加しなくても十分な保存安定性を示す場合が多い。一方、フィブロイン濃度が40質量%を超えると水溶液自体の調製が困難になるとともに、本発明の添加剤を添加しても十分な保存安定性が得られない場合がある。
【0031】
本実施形態に係るフィブロイン水溶液はフィブロイン原料からセリシンを除去する精練工程、精練済フィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、フィブロイン-中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、上記フィブロイン-中性塩水溶液を脱塩し、フィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、前記一般式(1)又は(2)で表される化合物を添加する添加剤添加工程と、水溶液の濃度を調整する濃度調整工程により製造することができる。
【0032】
精練工程、中性塩溶解工程、脱塩工程は公知の方法を使用することができ、特に限定されない。
【0033】
添加剤添加工程は、上記製造工程のいずれの工程の間に行うことが可能であるが、添加剤の濃度を管理する上で、脱塩工程もしくは濃度調整工程の後に行うのが好ましい。添加剤の添加方法は、添加剤を直接フィブロイン水溶液に添加する方法、添加剤を水に溶解後、水溶液として添加する方法が適宜選択可能であるが、添加剤の濃度むらを無くすという観点で、水溶液として添加する方法が好ましい。添加剤を添加後は水溶液中の添加剤濃度を均一にするため、撹拌を行うのが好ましい。フィブロイン水溶液は強いせん断力がかかるとゲル化する可能性があるため、せん断力の弱い撹拌方法を選択する必要がある。
【0034】
濃度調整工程は、脱塩工程の後、もしくは添加剤添加工程の後に行うのが好ましい。濃度調整工程では目的のフィブロイン濃度になるようにフィブロイン水溶液を希釈又は濃縮を行うことができる。
【0035】
水溶液の希釈を行う場合は目的の濃度になるように水を添加した後、水溶液の全体が均一な濃度になるように撹拌するのが好ましい。撹拌方法は特に限定されないが、上記と同様な理由でせん断力の弱い撹拌方法が好ましい。
【0036】
水溶液の濃縮を行う場合は公知の濃縮方法を使用することができる。濃縮方法は特に限定されないが、フィブロイン水溶液の劣化や変性を抑えるため、熱やせん断力がかかりにくい方法が好ましい。例えば半透膜を用いた限外ろ過や透析、遠心濃縮、低温減圧下での濃縮などの方法が特に好ましい。
【0037】
フィブロイン水溶液の製造には保存安定性をさらに向上させる目的で、水溶液中に発生する不溶分を除去する工程をさらに含むことができる。水溶液中の不溶分を除去することによりゲルの発生を抑えることができ、水溶液の保存安定性をさらに向上することができる。
【0038】
不溶分を除去する工程として、フィブロイン水溶液を65℃以上110℃以下で30分間以上60分間以下の時間加熱する加熱工程と、前記加熱工程で加熱されたフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、前記冷却工程で冷却されたフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程を含むことが好ましい。
【0039】
加熱工程では、前述した脱塩工程で得られたフィブロイン水溶液を、65℃以上110℃以下で30分間以上60分間以下の時間加熱する。
【0040】
加熱温度が65℃未満では、後述する冷却工程において不溶化し、凝集物を形成しやすい成分が十分に析出せず、冷却工程において凝集物を十分に生成させることができないおそれがある。又、加熱温度が110℃超では、フィブロインの熱変性が進行して品質が劣化するおそれがある。加熱温度は、好ましくは65℃以上105℃以下、より好ましくは70℃以上105℃以下、さらに好ましくは85℃以上95℃以下である。この範囲内であると、冷却工程で凝集物が十分に生成し、精密ろ過工程で十分に除去することができ、得られるフィブロイン水溶液の保存安定性がさらに優れたものとなる。
【0041】
加熱時間が30分間よりも短いと、後述する冷却工程において不溶化し、凝集物を形成しやすい成分が十分に析出せず、冷却工程において凝集物を十分に生成させることができないおそれがある。又、長期保存中の品質悪化の原因にもなる細菌などの微生物を十分に殺菌できないおそれがある。一方、加熱時間が60分間よりも長いと、フィブロインの熱変性やゲル化が進行して品質が劣化するおそれがある。加熱時間は、好ましくは40分間以上60分間以下、より好ましくは45分間以上60分間以下である。この範囲内であると、冷却工程で凝集物が十分に生成し、精密ろ過工程で十分に除去することができ、得られるフィブロイン水溶液の保存安定性がさらに優れたものとなる。
【0042】
加熱の方法は特に限定されず、従来公知の加熱方法を用いることができる。具体的には、例えば、オートクレーブ、ヒーター、電子レンジなどが挙げられる。
【0043】
冷却工程では、上述した加熱工程で加熱されたフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する。
急速に冷却することによるメリットとしては、液中に浮遊している凝集物が冷却により速やかに凝集するので、沈殿分離のスピードが上昇するという生産効率面のメリット、及び、雑菌の増殖に適した温度域にとどまる時間を出来るだけ少なくして、雑菌の増殖を抑制するという衛生面及び、品質面のメリットが挙げられる。
【0044】
冷却する温度は15℃以下で凍結しない温度であれば特に限定されないが、好ましくは0℃以上10℃以下、より好ましくは3℃以上8℃以下である。冷却する温度がこの範囲内であると、加熱されたフィブロイン水溶液中の不溶成分又は不溶化し易い成分が凝集体を形成しやすいので、フィブロイン水溶液からの分離、除去を、さらに確実なものとすることができる。
【0045】
急速に冷却するとは、本発明では、概ね、0.2℃/秒以上の冷却速度で冷却することをいう。冷却する際の冷却速度は、好ましくは0.3℃/秒以上0.8℃/秒以下、より好ましくは0.4℃/秒以上0.7℃/秒以下、さらに好ましくは0.5℃/秒以上0.6℃/秒以下である。
【0046】
冷却速度がこの範囲内であると、加熱されたフィブロイン水溶液中の不溶成分又は不溶化し易い成分が凝集体を形成しやすいので、フィブロイン水溶液からの分離、除去を、さらに確実なものとすることができる。
【0047】
急速に冷却する方法は、特に限定されないが、例えば、冷水、氷、氷水、ドライアイス、ドライアイス+エタノール、急速冷却機などの冷却手段を用いる方法が挙げられる。これらの中では、取扱いが容易であることから、氷水を用いるのが好ましい。
【0048】
精密ろ過工程では、前述した冷却工程で冷却されたフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する。
精密ろ過膜としては、例えば、酢酸セルロース、芳香族ポリアミド、ポリビニルアルコール、ポリスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリエチレン、ポリアクリロニトリル、セラミック、ポリプロピレン、ポリカーボネート、フッ素樹脂などの材質のものが挙げられる。
【0049】
精密ろ過膜の孔径は、特に限定されないが、好ましくは0.40μm以上1.2μm以下、より好ましくは0.45μm以上1.0μm以下、さらに好ましくは0.60μm以上1.0μm以下である。この範囲内であると、フィブロイン水溶液中の凝集物をさらに素早く、十分に除去することができる。精密ろ過膜の形状は、特に限定されないが、例えば、平膜、チューブラー膜、スパイラル膜、中空糸膜などが挙げられる。これらの中では、エネルギーコストが低く、比較的低圧で用いることができ、圧力による液中タンパク成分の変性リスクが低いことから、中空糸膜が好ましい。
【0050】
本実施形態のフィブロイン水溶液を用いてゲル、スポンジ、フィルム、不織布などの各種フォームを作製することができる。本実施形態のフィブロイン水溶液を用いて作製したフォームはフィブロインを含み構成される物品と呼ぶことができる。前記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有することにより、尿素や塩酸グアニジンのような添加剤を用いた場合よりも速やかに上記フォームを形成可能である。本実施形態のフィブロイン水溶液がより効果を発揮するのはゲル、スポンジなどの水溶液中で調製されるフォームである。これらの作製法は特に限定されることなく、公知の方法を利用することが可能で、フィブロインの結晶化(βシート化)を促進させる外部刺激であればいずれのものも使用することができる。ゲルの作製法としては例えば、塩酸などによるpH変化によるもの、ゲル化促進剤による化学物質によるもの、強力な撹拌などによるせん断力によるもの、電界の印加によるものなどを使用することができる。スポンジの作製法として、食塩や砂糖などのポローゲンを用いるもの、水溶液を凍結乾燥後、熱や溶媒などによりアニールする方法などを使用することができる。また、粉末の作製法として例えばスプレードライ法や凍結乾燥(フリーズドライ)法を用いることができ、フィルムの作製法として例えばキャスト法を用いることができる。
【0051】
本実施形態に係る物品は、フィブロイン及び上記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含み構成される。本実施形態に係る物品は、例えば、粉末、フィルム、スポンジのいずれかの形状を有する固形物質であってもよく、あるいは、ゲルの形状を有してもよい。あるいは、本実施形態に係る物品は、型で成型した成型体であってもよい。
【実施例0052】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例により限定されるものではない。なお、成分量に関しては「部」及び「%」と記載しているものは特に断らない限り質量基準である。
【0053】
<フィブロイン水溶液濃度の測定方法>
下記実施例及び比較例で調製したフィブロイン水溶液の濃度は風袋を測定したガラス容器にフィブロイン水溶液0.5mLを入れ、60℃に調整したオーブン内で2時間以上乾燥させることにより、乾燥前後の重量変化から固形分濃度を算出した。
【0054】
<分子量の測定方法>
下記実施例及び比較例で調製したフィブロイン水溶液の分子量はマイクロチップ型電気泳動装置Agilent2100バイオアナライザ電気泳動システム(アジレント社製)により下記の条件により測定を行った。
・マイクロチップ、分離マトリクス、蛍光色素、泳動用緩衝液、分子量標準ラダー:Agilent Protein230キット
・対照試料:ウシ血清アルブミン凍結乾燥粉末,>96%(アガロースゲル電気泳動)(Sigma-Aldrich社製、分子量66.5kDa)
・シルクフィブロイン水溶液及び対照試料の希釈液及び濃度:8M尿素水溶液を用いて、シルクフィブロイン水溶液は1.0-1.5質量/体積%に、対照試料は約1.3質量/体積%に希釈した。
・励起波長:630nm
・検出波長:680nm
シルクフィブロインの分子量の算出にあたっては、専用の2100 Expertソフトウェアを使用した。試料とともに測定した分子量標準ラダーのデータから得られた分子量検量線によって、シルクフィブロインの分子量を算出した。なお、分子量算出に用いる電気泳動のバンドは、色が最も濃く出ているバンドを使用した。
【0055】
<保存安定性の評価方法>
下記実施例及び比較例で調製したフィブロイン水溶液5mLをガラス製バイアルに密閉し、4℃の冷蔵庫内で保存安定性を評価した。評価は1日ごと目視で行い、フィブロイン水溶液がゲルを形成し、流動性が失われる期間までを保存可能な期間とし、添加剤を含有しない同分子量、同濃度の水溶液(比較例1~5)に対して、下記の基準で評価を行った。
A:無添加品より30日以上長期の保存が可能。
B:無添加品より15日~29日間長期の保存が可能。
C:無添加品より5日~14日間長期の保存が可能。
D:無添加品と同等~4日間長期の保存が可能。
E:無添加品より保存可能日数が少ない。
評価ランクA~Bであれば保存安定性は良好と判断した。
【0056】
<フォーム形成性の評価方法>
フォーム形成性の評価は塩酸を用いるpH変化によるゲル形成により行った。
ガラス製バイアルに9mLのフィブロイン水溶液を入れた後、0.3M塩酸1mLを滴下した。容器を軽く振り混ぜ、37℃インキュベーターで静置し、ゲルが形成されるまでの時間を計測した。評価は添加剤を含有しない同分子量、同濃度の水溶液(比較例1~5)に対して、下記の基準で評価を行った。
A:無添加品と同等の時間でフォーム形成が可能。
B:フォーム形成までに無添加品より12時間~1日間長く要する。
C:フォーム形成までに無添加品より2日~3日間長く要する。
D:フォーム形成までに無添加品より4日以上の日数を要する。
評価ランクA~Bであればフォーム形成性は良好と判断した。
【0057】
[実施例1]
(精練工程)
5Lのガラスビーカーに、超純水4.5Lを加熱、沸騰させたのち、炭酸ナトリウム(キシダ化学社製)8.48gを加え、0.02mol/Lの炭酸ナトリウム溶液とした。
家蚕の切繭(タジマ商事社製)を約1cm角に切り刻んだもの10g加えて30分間加熱することでセリシンを除去したフィブロインを得た。フィブロインを冷たい超純水で洗浄したのち、水気を切り、ドラフト内で一晩乾燥させて、精練済フィブロインを得た。
【0058】
(中性塩溶解工程)
メスフラスコに、臭化リチウム無水物(キシダ化学社製)80.7gを加え、100mLにメスアップして9.3mol/Lの臭化リチウム水溶液を得た。100mLのガラスビーカーに精練済フィブロイン3.0gを詰め、精練済フィブロインが完全に浸るように、9.3mol/LのLiBr溶液14.8mLを加えた。60℃のオーブンで2時間溶解させ、透明な中性塩水溶液を得た。
【0059】
(脱塩工程)
分画分子量3500、容量30mLの透析カセット(Thermo Scientific社製)に注射器を用いて上記で作製した中性塩水溶液19mL注入し、2Lの超純水中に浸して透析を行った。透析開始1時間後及び、その4時間後に水を交換し、さらにその後は8時間ごとに1度水を交換し、合計53時間の透析を行い、脱塩を行った。得られた水溶液を遠心分離機CR7N(エッペンドルフ・ハイマック・テクノロジーズ社製)で11000回転、4℃、20分間の遠心分離を2回行うことで不溶分を沈殿させ、フィブロイン水溶液を得た。得られたフィブロイン水溶液の固形分濃度は8%、分子量は150kDaであった。
【0060】
(添加剤添加工程、濃度調整工程)
上記フィブロイン水溶液10gに対して7%塩化テトラメチルアンモニウム水溶液0.85g(フィブロインに対して7.4%)及び、超純水0.58gを加え、ミックスローターを用いて均一になるまで攪拌し、フィブロイン濃度7%の実施例1の水溶液を得た。
実施例1の水溶液の保存安定性試験を行ったところ、82日間の保存が可能であった。
又、フォーム形成性の評価を行ったところ、6時間でゲルが形成された。
【0061】
[実施例2~11、16~23]
添加剤添加工程で塩化テトラメチルアンモニウムの代わりに表1に記載の化合物を加える以外は実施例1と同様の方法で実施例2~11、16~23の水溶液を調製した。なお、添加剤水溶液の濃度と添加量及び、超純水の添加量は表1に記載のフィブロイン濃度及び、添加剤添加量になるように適宜調整した。
【0062】
[実施例12]
精練工程で加熱時間を30分から10分に変更したこと以外は実施例11と同様の方法で実施例12の水溶液を調製した。
【0063】
[実施例13]
精練工程で加熱時間を30分から120分に変更したこと以外は実施例11と同様の方法で実施例13の水溶液を調製した。
【0064】
[実施例14、15]
脱塩工程の後、下記濃縮工程で濃縮を行った水溶液を用い、濃度調整工程でフィブロイン濃度を15%又は、25%とすること以外、実施例11と同様の方法で実施例14,15の水溶液を調製した。
【0065】
(濃縮工程)
分画分子量10000の透析チューブ(レプリジェン社製)に脱塩工程後のフィブロイン水溶液(固形分濃度8%)を封入し、10℃、5%RHの環境下で、送風機からの風を当てながら10時間濃縮を行った。得られたフィブロイン水溶液の固形分濃度は28%であった。
【0066】
[比較例1~5]
添加剤添加工程で添加剤を加えないこと以外、実施例1、12~15と同様の方法で比較例1~5の水溶液を調製した。
【0067】
[比較例6~8]
添加剤添加工程で塩化テトラメチルアンモニウムの代わりに表1に記載の化合物を加える以外は実施例1と同様の方法で比較例6~8の水溶液を調製した。
上記のように調製したフィブロイン水溶液の評価結果を表1にまとめた。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
表1に示されるように、前記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有することにより、保存安定性に優れ、かつ、フォーム形成性に優れた水溶液となることがわかる。
【0071】
[実施例24]
(不溶分の除去工程を含むフィブロイン水溶液の製造方法)
上記実施例1の脱塩工程の後、加熱工程、冷却工程及び、精密ろ過工程を行うこと以外、実施例1と同様の方法で実施例24の水溶液を調製した。
【0072】
(加熱、冷却、精密ろ過工程)
実施例1の脱塩工程により得られたフィブロイン水溶液を90℃、45分間加熱を行ったのち、氷水を使って5℃まで急冷を行った。得られた水溶液をメンブレンフィルター(孔径1μm、親水性PTFE製、メルク社製)を用いて精密ろ過を行った。
上記で得られたフィブロイン水溶液に実施例1と同様の方法で添加剤添加工程、濃度調整工程を行い、実施例24のフィブロイン水溶液を得た。
実施例の24の水溶液の保存安定性試験を行ったところ、200日間以上の保存が可能であった。又、フォーム形成性の評価を行ったところ、実施例1及び比較例1と同様に6時間でゲルが形成された。
【0073】
<スポンジ形成によるフォーム形成性評価>
実施例1、比較例1及び、比較例6のフィブロイン水溶液を用いてスポンジ形成によるフォーム形成性の評価を行った。
【0074】
[実施例25]
プラスチック製バイアルに実施例1のフィブロイン水溶液2mLを入れ、粒径500~750μmにふるい分けした食塩4gをゆっくり加えた。容器を軽くたたき、気泡を抜いた後、37℃のインキュベーター中に2日間放置した。得られた固体を1Lの超純水中に半日間、静置し、食塩の粒子を除去した。これを5回繰り返した後、得られた多孔質体を風乾し、フィブロインスポンジを得た。
【0075】
[比較例9]
比較例1のフィブロイン水溶液を用いること以外、実施例25と同様の方法でフィブロインスポンジの形成を行ったところ、実施例25と同等のフィブロインスポンジが得られた。
【0076】
[比較例10]
比較例6のフィブロイン水溶液を用いること以外、実施例25と同様の方法でフィブロインスポンジの形成を行ったが、インキュベーター内で10日間放置後もフィブロインスポンジは得られなかった。
【0077】
<超音波を用いたゲル形成によるフォーム形成性評価>
実施例1、比較例1及び、比較例6のフィブロイン水溶液を用いて超音波を用いたゲル形成によるフォーム形成性の評価を行った。
【0078】
[実施例26]
15mLコニカルチューブに実施例1のフィブロイン水溶液5mLを入れ、超音波ホモジナイザー(トミー工業社製)を用いて1分間超音波照射を行った。水溶液を37℃のインキュベーターに静置し、ゲル形成までの時間を観察したところ、6時間後にフィブロインゲルが得られた。
【0079】
[比較例11]
比較例1のフィブロイン水溶液を用いること以外、実施例26と同様の方法でフィブロインゲルの形成を行ったところ、実施例26と同様に6時間後にフィブロインゲルが得られた。
【0080】
[比較例12]
比較例6のフィブロイン水溶液を用いること以外、実施例26と同様の方法でフィブロインゲルの形成を行ったところ、ゲルが得られるまでに7日間を要した。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明によれば保存安定性に優れ、かつ、フォーム形成性に優れたフィブロイン水溶液、及び、その製造法を提供することができる。
【0082】
本発明に係る実施形態は以下の構成及び方法を含む。
[構成1]
フィブロイン及び下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含有するフィブロイン水溶液。
【化5】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化6】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
[構成2]
前記一般式(1)で表される化合物を含有し、
前記一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
ヒドロキシ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、カルバモイル基を置換基として有してもよい、炭素数1以上8以下のアルキル基、又は
炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示す、
構成1に記載のフィブロイン水溶液。
[構成3]
前記一般式(2)で表される化合物を含有し、
前記一般式(2)中、
C-N=CとAは共にピリジン、又はイミダゾールをなし、
は、
水素原子、
炭素数1以上8以下のアルキル基、又は
炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示す、
構成1に記載のフィブロイン水溶液。
[構成4]
前記一般式(1)又は前記一般式(2)中、
はハロゲン化物イオン、水酸化物イオン、カルボン酸アニオンから選ばれる、
構成1から3のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
[構成5]
前記一般式(1)で表される化合物を含有し、前記一般式(1)で表される化合物が、
テトラアルキルアンモニウム、コリン、コリン誘導体、グリシン及びグリシン誘導体から選ばれるいずれかの、ハロゲン化物、水酸化物、又はカルボン酸塩である構成1に記載のフィブロイン水溶液。
[構成6]
前記一般式(1)で表される化合物を含有し、前記一般式(1)で表される化合物が、
テトラアルキルアンモニウムハロゲン化物、ならびに、コリン、コリン誘導体、グリシン及びグリシン誘導体から選ばれるいずれかの、ハロゲン化物、水酸化物、又はカルボン酸塩から選ばれるいずれかである構成1に記載のフィブロイン水溶液。
[構成7]
前記フィブロインの分子量が10万以上である構成1~6のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
[構成8]
前記フィブロインの濃度が5質量%以上40質量%以下である構成1~7のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
[構成9]
前記フィブロインは絹に由来する構成1~8のいずれか1項に記載のフィブロイン水溶液。
[方法1]
フィブロイン水溶液に下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を添加する工程及び、
得られた溶液の濃度を調整する工程を含むフィブロイン水溶液の製造方法。
【化7】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化8】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。]
[方法12]
さらに、
精練済フィブロイン原料を中性塩水溶液に溶解し、フィブロイン-中性塩水溶液を得る中性塩溶解工程と、
前記フィブロイン-中性塩水溶液を脱塩し、フィブロイン水溶液を得る脱塩工程と、
前記フィブロイン水溶液を65℃以上110℃以下で30分間以上60分間以下の時間加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱されたフィブロイン水溶液を15℃以下にまで急速に冷却する冷却工程と、
前記冷却工程で冷却されたフィブロイン水溶液を精密ろ過膜を用いてろ過する精密ろ過工程と
を含む、
方法1に記載のフィブロイン水溶液の製造方法。
[構成10]
フィブロイン及び下記一般式(1)又は(2)で表される化合物を含み構成される物品。
【化9】
[一般式(1)中、
からRは、それぞれ独立に、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
ただし、RからRの少なくとも1つは水素原子ではなく、
はアニオンを示す。]
【化10】
[一般式(2)中、
C-N=CとAは共に環構造をなし、
は、
水素原子、
置換基を有してもよい、炭素数1以上8以下の脂肪族炭化水素基、又は
置換基を有してもよい、炭素数6以上10以下のアリール基又はアラルキル基を示し、
はアニオンを示す。
[構成11]
粉末、フィルム、スポンジ、ゲルのいずれかの形状を有するか、又は型で成型された成型体である、構成10に記載の物品。
[構成12]
前記フィブロインは絹に由来する構成11又は12に記載の物品。