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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023152852
(43)【公開日】2023-10-17
(54)【発明の名称】低水素系被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/365 20060101AFI20231005BHJP
   B23K 35/30 20060101ALN20231005BHJP
【FI】
B23K35/365 P
B23K35/30 330A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045696
(22)【出願日】2023-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2022059965
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅大
(72)【発明者】
【氏名】高橋 将
(72)【発明者】
【氏名】三浦 瑠太
(72)【発明者】
【氏名】小松 実紗子
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA02
4E084AA03
4E084AA08
4E084AA09
4E084AA11
4E084AA20
4E084AA25
4E084AA26
4E084AA41
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA11
4E084BA18
4E084CA22
4E084DA02
4E084EA07
4E084GA02
(57)【要約】
【課題】高電流の溶接条件で溶接しても棒焼けを起こしにくく、溶接作業性及び機械的性能も良好で高品質な溶接接手を得ることができる低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】低水素系被覆アーク溶接棒において、被覆剤全質量に対する質量%で、炭酸石灰:25~55%、炭酸バリウム:2~6%、蛍石:10~25%、かつ、蛍石の粒度が、蛍石の重量%で75μm以上の粒子:70%以上、TiO2換算値の合計:2.0~5.0%、SiO2換算値の合計:4~10%、Na換算値とK換算値の1種又は2種以上の合計:1.6~2.5%、換算値の合計:0.12~0.40%、Si:2~6%、Mn:2.0~5.5%、Fe:5~15%、Mg:1.0%以下、Ti:1.0%以下、を含有し、前記被覆剤を鋼心線に低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で25~40%の被覆率で塗装することを特徴とする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対する質量%で、
炭酸石灰:25~55%、
炭酸バリウム:2~6%、
蛍石:10~25%、かつ、蛍石の粒度が、蛍石の重量%で75μm以上の粒子:70%以上、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計:2.0~5.0%、
Si酸化物のSiO2換算値の合計:4~10%、
Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計:1.6~2.5%、
Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.12~0.40%、
Si:2~6%、
Mn:2.0~5.5%、
Fe:5~15%を含有し、
Mg:1.0%以下、
Ti:1.0%以下であり、
残部は塗装剤及び不純物からなる被覆剤を、鋼心線に低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で25~40%の被覆率で塗装したことを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
被覆剤全質量に対する質量%で、
Ni:0.5~10.0%、
金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計:0.05~0.50%の1種または2種を更に含有することを特徴とする請求項1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
被覆剤全質量に対する質量%で、
Mo:0.5~2.0%を更に含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低水素系被覆アーク溶接棒に関し、耐棒焼け性に優れた低水素系被覆アーク溶接棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低水素系被覆アーク溶接棒は、金属炭酸塩と金属弗化物を主成分とする塩基性被覆剤からなっており、優れた機械的性質を有する溶接金属が得られることから幅広く使用されている。一方、この低水素系被覆アーク溶接棒は、イルミナイト系溶接棒やライムチタニヤ系溶接棒と比較して、アークの安定性に欠け、溶融速度が遅い、ビードが伸びない、凸ビードになるなど溶接作業性が悪いという欠点をもっている。さらに高能率溶接のために高電流の溶接条件で溶接すると、溶接作業能率が向上する反面、溶接棒の後半部において鋼心線が発熱し、被覆剤が焼けた状態、即ち、棒焼け現象(以下、棒焼けという。)を起こし易くなる欠点がある。この棒焼けを生じた溶接棒を使用すると、溶接時にアークが不安定となり、溶接作業性の劣化を招くばかりかブローホールや溶け込み不足などの溶接欠陥が発生する。
【0003】
このような状況に対し、アーク安定性の改善の手段として種々提案がされている。例えば、特許文献1には、溶接入熱量を低減させるため低電流域でのアーク安定性を改善した技術が開示されている。これによると炭酸石灰の粒度構成およびマイカの含有量の限定によって低電流域でのアークは安定するが、適正電流域でのアーク吹付け性およびアーク安定性は不良で、融合不良などの溶接欠陥が生じる可能性が高い。
【0004】
さらに、特許文献2に記載の被覆アーク溶接棒では、従来からの低水素系被覆アーク溶接棒の問題点とされてきたアークの安定性、溶接金属の機械的性能を改善できるものの、耐棒焼け性を向上させることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7-276081号公報
【特許文献2】特開昭57-72790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、特に高電流の溶接条件で溶接しても棒焼けを起こしにくい低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は、
(1)鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、被覆剤全質量に対する質量%で、炭酸石灰:25~55%、炭酸バリウム:2~6%、蛍石:10~25%、かつ、蛍石の粒度が、蛍石の重量%で75μm以上の粒子:70%以上、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:2.0~5.0%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:4~10%、Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計:1.6~2.5%、Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.12~0.40%、Si:2~6%、Mn:2.0~5.5%、Fe:5~15%を含有し、Mg:1.0%以下、Ti:1.0%以下であり、残部は塗装剤及び不純物からなる被覆剤を、鋼心線に低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する質量%で25~40%の被覆率で塗装したことを特徴とする。
【0008】
(2)被覆剤全質量に対する質量%で、Ni:0.5~10.0%、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計:0.05~0.50%を更に含有することを特徴とする(1)に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【0009】
(3)被覆剤全質量に対する質量%で、Mo:0.5~2.0%を更に含有することを特徴とする(1)又は(2)に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【発明の効果】
【0010】
本発明の低水素系被覆アーク溶接棒によれば、高電流の溶接条件で溶接しても棒焼けを起こしにくく、溶接作業性及び機械的性能も良好で高品質な溶接接手を得ることができる低水素系被覆アーク溶接棒を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、上述した課題を解決するために、高電流の溶接条件で溶接しても棒焼けを起こしにくく、溶接作業性及び機械的性能も良好な低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の組成成分について詳細に検討した。
【0012】
その結果、炭酸石灰、炭酸バリウム、蛍石、蛍石の粒度、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Si、Mn、Fe、Mg、Tiを適正とし、25~40%の被覆率とすることで高電流の溶接条件で溶接しても棒焼けを起こしにくく、溶接作業性及び機械的性能も良好にすることができることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成した。
【0013】
以下、本発明における低水素系被覆アーク溶接棒について、被覆剤中の各組成の限定理由について詳細に説明する。なお、低水素系被覆アーク溶接棒の各成分組成における含有率は、被覆剤全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載する。
【0014】
[炭酸石灰:25~55%]
炭酸石灰は、アークの熱で分解してCO2ガスを発生し、溶接金属を大気から保護する効果がある。炭酸石灰が25%未満では、シールド効果が不足し、ブローホールが発生しやすくなる。また炭酸石灰が25%未満では、、溶接金属中に大気中の窒素が混入し、靱性が低下する。一方、炭酸石灰が55%を超えると、アークが不安定となってビード形状が凸状になり、スラグ剥離性も悪くなる。従って、炭酸石灰は25~55%とする。
【0015】
[蛍石:10~25%]
[粒度が75μm以上の粒子が70%以上]
蛍石は、溶融スラグの流動性を調整してビード外観を良好にする効果がある。蛍石が10%未満では、溶融スラグの流動性が悪くなり、スラグ被包が不安定となってビード外観が不良になる。一方、蛍石が25%を超えると、被覆筒の形状が不完全となって片溶け状態となり、アークが不安定となる。従って、蛍石は10~25%とする。また蛍石は、粒度が75μm以上の粒子が70%未満の場合、耐棒焼け性が劣化し、溶接後半にシールド効果が不足し、ブローホールが発生しやすくなる。従って、粒度が75μm以上の粒子が70%以上とする。
【0016】
[Ti酸化物のTiO2換算値の合計:2.0~5.0%]
Ti酸化物は、ルチール、酸化チタン、チタンスラグ、チタン酸カルシウム等から添加され、溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする効果がある。Ti酸化物のTiO2換算値が2.0%未満であると、スラグの粘性が低下し、ビード形状が不良になる。一方、Ti酸化物のTiO2換算値が5.0%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Ti酸化物TiO2換算値は2.0~5.0%とする。
【0017】
[Si酸化物のSiO2換算値の合計:4~10%]
Si酸化物は、珪砂、長石、水ガラス等から添加され、溶融スラグの粘性を高め、適切な粘性のスラグを確保してビード形状を良好にする効果がある。Si酸化物のSiO2換算値の合計が4%未満では、溶融スラグの粘性が低くなり、ビード形状が不良となる。一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が10%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が不良になる。従って、Si酸化物のSiO2換算値の合計は4~10%とする。
【0018】
[炭酸バリウム:2~6%]
炭酸バリウムは、アーク電圧を下げる効果があり、アーク安定性を向上する効果がある。炭酸バリウムが2%未満ではアークが不安定となってビード外観が不良になる。一方、炭酸バリウムが6%を超えるとアークが弱くなりすぎ、アーク不安定となる。従って、炭酸バリウムは2~6%とする。
【0019】
[Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計:1.6~2.5%]
Na化合物及びK化合物は、珪酸ソーダや珪酸カリウム等の水ガラス等から主に添加され、溶接棒製造時の塗装性及び溶接時のアークの安定性を向上する効果がある。また、カリ長石、弗化ソーダ、硼酸ナトリウムからも添加され、溶接作業性確保の上からも必要である。Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計が1.6%未満では、アークが不安定になる。また、溶接棒製造時に被覆剤表面に割れが生じやすくなり耐脱落性が低下する。一方、Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計が2.5%を超えると、アークの吹き付けが強く不安定になる。従って、Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計は1.6~2.5%とする。
【0020】
[Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.12~0.40%]
Mg酸化物は、酸化マグネシウム、マグネシアクリンカー等から添加され、珪酸カリウム、珪酸ナトリウムとの反応硬化性も良く、耐熱性に優れており、被覆剤の固着性を良好にして被覆剤の耐脱落性、耐棒焼け性を向上させる。Mg酸化物のMgO換算値の合計が0.12%未満では、硬化性、耐熱性が不足し耐脱落性、耐棒焼け性が劣化する。一方、Mg酸化物のMgO換算値の合計が0.40%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Mg酸化物のMgO換算値の合計は0.12~0.40%とする。
【0021】
[Mg:1.0%以下]
Mgは、金属Mg、Al-Mg等から添加され、他の合金成分よりも反応性が高いので、被覆の溶融性が良く、アークの電位傾度を下げて電圧を安定させる効果が有るので、アークの持続性が良く、アークを安定させることができる。一方、Mgが1.0%を超えると、被覆が溶融過剰となりアークの広がりが劣化して不安定となり、ビード形状が不良になる。従って、Mgは1.0%以下とする。
【0022】
[Si:2~6%]
Siは、金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等から添加され、溶接金属の脱酸を目的として使用されるとともに、溶接作業性の面からも必要である。Siが2%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Siが6%を超えると、溶接金属の粒界に低融点酸化物を析出させ、溶接金属の靱性が低下する。従って、Siは2~6%とする。
【0023】
[Mn:2.0~5.5%]
Mnは、金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等から添加され、Siと同様に脱酸剤として重要であり、溶接金属組織を微細化して溶接金属の靱性及び強度を高める効果がある。Mnが2.0%未満では、溶接金属の強度が低く、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Mnが5.5%を超えると、焼入れ性が強く作用し、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Mnは2.0~5.5%とする。
【0024】
[Fe:5~15%]
Feは、鉄粉やFe-Mn,Fe-Moといった鉄合金粉や鉄酸化物から添加され、アークの電位傾度を低下させてアーク長を短くして被覆剤の片溶けを防止させる効果がある。Feが5%未満では、アーク長が長くなって、溶接途中にアークが消失しやすく、アークが不安定となる。一方、Feが15%を超えると、スラグ剤が少なくなるため、スラグの被包が不均一となり、ビード形状が不良となる。従って、Feは5~15%とする。
【0025】
[Ti:1.0%以下]
Tiは、金属Ti、Fe-Ti等から添加され、脱酸剤として有効であると同時に、溶接金属のミクロ組織を微細化して靭性を向上させる効果がある。一方、Tiが1.0%を超えると、溶接金属中のTi酸化物の析出が増加し、溶接金属の靱性が低下する。従って、Tiは1.0%以下とする。
【0026】
[被覆率:低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%で25~40%]
被覆剤の鋼心線の外周への被覆率は、溶接時の耐シールド性に大きく影響する。被覆率が低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%(以下、単に%という。)が25%未満では、被覆剤自体が少なくなってシールド不足となり、溶接金属中のN含有量が増加して溶接金属の靱性が低下する。一方、被覆剤の被覆率が40%を超えると、スラグ量が過多となってアークが不安定になる。従って、被覆率は25~40%とする。
【0027】
[Ni:0.5~10.0%]
Niは、金属Niから添加され、溶接金属の靭性を向上させる元素である。Niが0.5%未満では靭性向上の効果が得られない。一方、Niが10.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Niは0.5~10.0%以下とする。
【0028】
[金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計:0.05~0.50%]
Bは、金属B、Fe-B、Fe-Mn-B、硼砂、コレマナイト等から添加され、微量で焼入れ性を向上させて粒界フェライトの生成抑制に有効な元素で、溶接金属の靭性の向上に効果がある。金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計が0.05%未満では靭性向上の効果が得られない。一方、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計が0.50%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計は0.05~0.50%以下とする。
【0029】
[Moの合計:0.5~2.0%]
Moは、金属Mo、Fe-Mo等から添加され、溶接金属の強度をより向上させる効果がある。Moが0.5%未満では、強度向上の効果が得られない。一方、Moが2.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Moの合計は0.5~2.0%以下とする。
【0030】
なお、本発明の低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の残部は、塗装剤、合金粉に含まれる不純物である。塗装剤は、ヘクトライト、マイカ等が用いられ、1種以上を合計で5%以下が好ましい。
【実施例0031】
以下、実施例により本発明の効果を具体的に説明する。
【0032】
本実施例は、溶接棒塗装機を用い、表1に示す組成成分の直径4mm、長さ400mmの鋼心線を用いて、表2及び表3に示す組成成分の被覆剤を、表2に示す被覆率で塗装した後、乾燥させて各種低水素系被覆アーク溶接棒を試作した。
【0033】
なお、表1、表2及び表3について「-」との表記はその成分を意図的に含有させていないことを意味する。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
【表3】
【0037】
製造した溶接棒の耐棒焼け性、被覆の脱落率、溶接作業性、機械性能及び溶接欠陥について調査した。
【0038】
[耐棒焼け性]
耐棒焼け性は、200Aで残溶接棒長さ50~60mmまで下向溶接した際、被覆が健全であり、溶接棒先端に明確な保護筒が形成されて、棒焼けしていないものを良好とした。
【0039】
[被覆の脱落率]
耐脱落性の評価は、被覆の脱落率で評価した。約1.5kgの溶接棒を板厚6mmで作成した55mm×300mm×500mmの鋼製の箱に入れ、この箱の長手方向を軸として1分間で40回転の速度で5分間回転させ、被覆剤の脱落した重量割合を測定した。その脱落率が2.0%未満を良好とした。
【0040】
[溶接作業性]
溶接作業性の評価は、JIS G 3106 SM490Aの板厚16mm、幅100mm、長さ450mmの鋼板を用い、交流溶接にて、下向、水平すみ肉、立向上進溶接を行い、総合的に感応評価をした。
【0041】
(アーク状態)
溶接中にアークが消失せずに、一定のアーク長が得られ、アークの直進性に乱れが無いものを安定とした。
【0042】
(ビード形状)
両止端部が揃い、余盛高さ、ビード幅、波目や表面状態が一定なものを良好とした。
【0043】
(スラグ流動性)
溶接中に健全な溶融池が得られ、溶融スラグが溶融池に侵入せずに、溶接棒先端に溶融スラグが接触しなかった場合を良好とした。
【0044】
(スラグ剥離性)
溶接後、凝固スラグをチッピングハンマーにて叩いた時、スラグに亀裂が入り、その後簡単に除去できる場合を良好とした。
【0045】
[機械性能の評価]
JIS G 3106 SM490Aの板厚20mmの鋼板を用い、JIS Z 3211に準じて、電流極性は交流を用い、溶接電流は150~170A、予熱・パス間温度は90~110℃で溶着金属試験体を作製した。
【0046】
機械性能の評価は、溶着金属の引張強さ及び-30℃でのシャルピー衝撃試験の3回の吸収エネルギー平均値により評価し、引張強さ490MPa以上で吸収エネルギーが80J以上であるものを良好とした。
【0047】
[溶接欠陥]
溶接欠陥(ブローホールなど)は、機械試験片採取前に、JIS Z 3104「鋼溶接継手の放射線透過試験法」により溶接金属におけるきずを判定した。透過写真から「附属書4表1 きずの種別」で第1種~4種のどのきずに該当するか判断し、「6.きずの分類」できずを1類~4類に分ける。このうち1類:A、2類:B、3類及び4類:Cとして、AとBは良好、Cは不良とした。
【0048】
これらの分析結果及び調査結果を表4にまとめて示す。
【0049】
【表4】
【0050】
表2及び表3中の溶接棒No.1~15が本発明例、溶接棒No.16~31は比較例である。本発明例である溶接棒No.1~15は、被覆剤全質量に対する質量%で、炭酸石灰、炭酸バリウム、蛍石、蛍石の粒度、Ti酸化物のTiO2換算値の合計、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Na化合物のNa換算値とK化合物のK換算値の1種又は2種以上の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Si、Mn、Fe、Mg、Tiが適量であり、被覆剤を、鋼心線に溶接棒全質量に対する質量%で適量で塗装した。そのため、これらの本発明例では、アークが安定し、ビード形状が良好で、スラグ流動性が良好で、スラグ剥離性が良好で、耐棒焼け性が良好で、被覆の脱落率も少なく、溶接欠陥も無かった。さらに、これらの本発明例では、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーの機械的性質が良好であった。また、溶接棒No.2、3、5、7、10、12、14は、Niが適正であり、溶接棒No.1、6、7、8、11、13、14は金属B、B合金及びB酸化物の1種又は2種以上のB換算値の合計が適正であるため、吸収エネルギーがより良好であった。一方、溶接棒No.1、2、3、8、9、10、11、13、14はMoが適正であるため、引張強さがより良好であった。
【0051】
比較例である溶接棒No.16~31では、被覆剤全質量に対する質量%で、成分が本開示で規定する範囲外であったため、1以上の評価項目において不合格となった。
【0052】
溶接棒No.16は、炭酸石灰が少ないので、溶着金属中にブローホールが発生し、吸収エネルギーが低かった。また、Na化合物のNa2О換算値とK化合物のK2О換算値の1種又は2種以上の合計が少ないので、アークが不安定であり、被覆の脱落率が高かった。さらに、B換算値の合計が少ないので吸収エネルギーをさらに向上する効果は得られなかった。
【0053】
溶接棒No.17は、Siが多いので吸収エネルギーが低値であった。また、Feが少ないので、アークが不安定であった。さらに、Niが少ないので吸収エネルギーをさらに向上する効果は得られなかった。
【0054】
溶接棒No.18は、Mnが少ないので溶接金属の強度が低く、ブローホールが発生した。また、Moが少ないので強度をさらに向上する効果は得られなかった。
【0055】
溶接棒No.19は、炭酸石灰が多いので、アークが不安定となり、ビード形状が凸状になり、スラグ剥離性が悪化していた。また、Siが少ないので、溶接金属中にブローホールが発生した。
【0056】
溶接棒No.20は、炭酸バリウムが少ないので、アークが不安定となり、ビード外観が不良であった。また、SiO2換算値の合計が多いので、スラグ剥離性が不良であった。
【0057】
溶接棒No.21は、炭酸バリウムが多いのでアーク不安定となった。また、TiO2換算値の合計が多いので、スラグの流動性が悪化し、ビード形状が凸状となった。
【0058】
溶接棒No.22は、蛍石が少ないので、スラグの流動性が悪くなり、ビード形状が不良となった。また、MgO換算値の合計が少ないので、耐棒焼け性が不良となり、被覆の脱落率が高かった。
【0059】
溶接棒No.23は、蛍石が多いので、片溶け状態となり、アークが不安定となった。また、B換算値が多いので強度が高くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0060】
溶接棒No.24は、TiO2換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良であった。
【0061】
また、Mnが多いので強度が高くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0062】
溶接棒No.25は、SiO2換算値の合計が少ないので、スラグの流動性が低く、ビード形状が不良であった。また、Tiが多いので、吸収エネルギーが低値であった。
【0063】
溶接棒No.26は、Na化合物のNa2О換算値とK化合物のK2О換算値の1種又は2種以上の合計が多いので、アークが不安定となった。また、Moが多いので強度が高くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0064】
溶接棒No.27は、MgO換算値の合計が多いのでスラグの流動性が不良となり、ビード形状が凸状となった。また、Niが多いので強度が高くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0065】
溶接棒No.28は、蛍石における粒度が75μm以上の粒子が少ないので、耐棒焼け性が不良であり、溶着金属中にブローホールが発生した。また、Feが多いのでビード形状が不良であった。
【0066】
溶接棒No.29は、被覆剤の被覆率が低かったため、吸収エネルギーが低値であった。また、Mgが多いので、アークが不安定となり、ビード形状が不良であった。
【0067】
溶接棒No.30は、被覆剤の被覆率が高かったため、アークが不安定となった。また、TiO2換算値の合計が少ないので、ビード形状が不良であった。
【0068】
溶接棒No.31は、SiO2換算値の合計が少ないので、スラグの流動性が低く、ビード形状が不良であった。また、Na化合物のNa2О換算値とK化合物のK2О換算値の1種又は2種以上の合計が多いので、アークが不安定であった。