(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023153603
(43)【公開日】2023-10-18
(54)【発明の名称】XIST遺伝子を脱メチル化する方法、XIST遺伝子が人為的に脱メチル化されている細胞、及び該細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20231011BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231011BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20231011BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N5/10 ZNA
C12N5/0735
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022062974
(22)【出願日】2022-04-05
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワーク 幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム」「ヒト多能性幹細胞を用いた転写/エピゲノム多様性・性差に基づく神経細胞分化能の制御機構解明と予測モデルの構築」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 篤
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】本発明は、細胞において差次的メチル化領域(DMR)のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する技術の提供を課題とする。
【解決手段】以下の工程(a)及び/又は工程(b)を含む、細胞において差次的メチル化領域のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域を切断する工程
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域の少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)及び/又は工程(b)を含む、細胞において差次的メチル化領域のDNAメチ
ル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域を切断する工程
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域の少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
【請求項2】
前記細胞がXX型多能性幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
以下の工程(a)及び/又は工程(b)を含む、差次的メチル化領域のDNAメチル化により発
現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞の製造方法。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域を切断する工程
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域の少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
【請求項4】
前記細胞がXX型多能性幹細胞である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
(c) 前記工程(a)及び/又は工程(b)により前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域が脱メチル化された細胞を選別する工程、をさらに含む請求項3又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
差次的メチル化領域のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱
メチル化されている、細胞。
【請求項7】
前記細胞がXX型多能性幹細胞である、請求項6に記載の細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、XIST遺伝子を脱メチル化する方法、XIST遺伝子が人為的に脱メチル化されている細胞、及び該細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞(例えば、Embryonic stem cell, ES細胞; induced pluripotent stem cell, iPS細胞)は、試験管内で個体を構成する様々な細胞種へと分化することが可能な、
“万能細胞”として、医学応用に注目されている。特に、患者由来のiPS細胞は、試験管
内で病気を再現することで、創薬開発において極めて有益なツールとなる。また、移植・再生医療などの臨床応用が既に開始され、その有用性から今後益々需要が増加すると考えられる。
【0003】
しかし、ヒト多能性幹細胞において、女性由来の細胞は、試験管産物特有の異常が生じることが報告されている(非特許文献1、2)。通常、女性のほとんどの体細胞では2対
あるX染色体のうち一方でXIST遺伝子が活性化し、長鎖ノンコーディングRNAであるXIST RNAが発現する。XIST RNAはそのX染色体の働きを抑制し、片方のX染色体のみを機能的にすることで、X染色体を一つしか有していない男性との間で遺伝子量補償を行っている。こ
の機構は“X染色体不活化”と呼ばれている。しかし、女性多能性幹細胞は通常培養によ
って、X染色体不活化が破綻し、多くのX染色体上の遺伝子が異常に過剰発現し、通常の体細胞では見られない状態になることが報告されている(非特許文献2、3、4)。それ故、疾患モデリングなどの研究開発では、正常な女性多能性幹細胞の使用が妨げられており、X染色体不活化の破綻という問題の生じない男性の多能性幹細胞が優先的に使用されて
いる。
【0004】
DNAメチル化は遺伝子の発現制御の一端を担う可逆的な化学修飾である。ゲノムには、
シトシン(C)とグアニン(G)からなる配列(CG配列とも称される。)が存在しており、このシトシンの5位の炭素原子がDNAメチル化酵素によりメチル化されることで、近傍の遺伝子の発現が抑制される。CG配列は遺伝子のプロモーター領域に多く存在しており、特にCGに富む領域はCpGアイランドと呼ばれることもある。
DNAメチル化のパターンは、原則として細胞分裂後の細胞にも引き継がれる。一方、外
部からの刺激等によって新たにメチル化又は脱メチル化される場合もある。
【0005】
本発明者は、非特許文献4において、ヒト多能性幹細胞においてDNAメチル化酵素DNMT3A及びDNMT3Bを欠損させることでX染色体不活化の破綻を防止できる一方、DNAメチル化酵
素DNMT3A及びDNMT3Bの欠損はX染色体不活化の破綻を回復させることができないことを報
告した。また、dCas9-VPR融合タンパク質を発現させることで、XIST RNAの転写を強制的
に誘導した場合、XIST RNAは発現するものの、X染色体不活化の破綻を回復させることが
できないことを報告した。この原因は明らかではないが、XIST遺伝子のDNAメチル化状態
が関与する可能性が示唆されている。
【0006】
非特許文献5は、dCas9-TET1融合タンパク質を用いて特定の遺伝子を脱メチル化し、活性化する手法を報告している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Mekhoubad et al., Cell Stem Cell. 2012 May 4;10(5):595-609.
【非特許文献2】Anguera et al., Cell Stem Cell. 2012 Jul 6;11(1):75-90.
【非特許文献3】Patel et al., Cell Rep. 2017 Jan 3;18(1):54-67.
【非特許文献4】Fukuda et al., Stem Cell Rep. 2021 Sep 14;16(9):2138-2148.
【非特許文献5】X. Shawn Liu et al., Cell. 2016 Sep 22;167(1):233-247.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、細胞において差次的メチル化領域(以下、「DMR」と称することがある。)
のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する技術の提供を課題と
する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者がさらに検討した結果、DMRの切断又は人為的に導入した核酸との相同組み換
えを誘導することによって、上記課題を解決できることを見出し、本発明の完成に至った。本発明は以下の通りである。
【0010】
本発明は、以下の工程(a)及び/又は工程(b)を含む、細胞において差次的メチル化領域のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法を提供すること
ができる。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域を切断する工程
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域の少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
【0011】
前記方法は、前記細胞がXX型多能性幹細胞であることを好ましい態様としている。
【0012】
本発明は、以下の工程(a)及び/又は工程(b)を含む、差次的メチル化領域のDNAメチル
化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞の製造方法を提供することができる。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域を切断する工程
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域の少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
【0013】
前記製造方法は、前記細胞がXX型多能性幹細胞であることを好ましい態様としている。
前記製造方法は、(c) 前記工程(a)及び/又は工程(b)により前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域が脱メチル化された細胞を選別する工程、をさらに含むことを好ましい態様としている。
【0014】
本発明は、差次的メチル化領域(DMR)のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている、細胞を提供する。ここで、前記細胞がXX型多能性幹細胞であることを好ましい態様としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、細胞において差次的メチル化領域(DMR)のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する技術を提供し、また、DMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている、細胞を提供することが可能となる。これにより、X染色体不活化が破綻している細胞を正常な状態に回復させるこ
とができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】抗H3K27me3抗体を用いた蛍光免疫染色像を示す(図面代用写真)。左はX染色体不活化の破綻によりXISTの発現が観察されないADSC-iPSC株を用いた結果である。右はP-regionを切断したADSC-iPSC株を用いた結果である。
【
図2】抗H3K27me3抗体を用いた蛍光免疫染色解析において、観察した全コロニーに対するX染色体不活化再獲得細胞のコロニーの割合を示す(N.D., not determined)。
【
図3】BS-Seqにおいて、メチル化CGを黒丸で示し、非メチル化CGを白丸で示す。また、ゲノムDNAの欠失により検出されなかったCG配列を×で示す。検出された全CG配列のうちメチル化されたCG配列の割合を各パネルの下に示す。
【
図4】RNA-FISH解析によるSEES1又はSEES5由来の細胞の蛍光画像を示す(図面代用写真)。
【
図5】HDRターゲティングベクターの構造及びこれを用いたX染色体不活化再獲得細胞の作製方法の概要を示す。
【
図6】観察した全コロニーに対するH3K27me3陽性細胞の割合を示す。n.c.はカウントした全コロニー数を示す。
【
図7】RNA-FISH解析によるRett-iPSC由来の細胞の蛍光画像を示す(図面代用写真)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<細胞において差次的メチル化領域(DMR)のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法>
本発明の一態様は、以下の工程(a)及び/又は工程(b)を含む、細胞において差次的メチル化領域のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法である
。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域を切断する工程
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域の少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
【0018】
前記細胞の由来する種は特に限定されないが、性決定様式がXY型である種が好ましい。このような種としては、脊椎動物が挙げられる。
脊椎動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、サル等の哺乳類や、ニワトリ等の鳥類などが挙げられる。好ましくはヒト、マウス、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、サル等の哺乳類であり、より好ましくはヒト又はマウスであり、最も好ましくはヒトである。一方、前記細胞はヒト以外の種に由来する細胞であってよい。
【0019】
前記細胞は体細胞、生殖細胞のいずれであってもよいが、体細胞が好ましい。体細胞としては、幹細胞、分化細胞が挙げられ、幹細胞がより好ましい。また、がん細胞等の疾患由来の細胞であってもよい。
前記細胞としては、生体内に存在する、又は単離された細胞であってもよく、これらを由来として樹立された細胞株であってもよい。後者の例として、胚性幹細胞(Embryonic stem cell, ES細胞)や人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS細胞)
といった多能性幹細胞が挙げられる。ES細胞及びiPS細胞は、公知の方法で樹立すること
ができる。
【0020】
XIST遺伝子はX染色体上にコードされる遺伝子であり、ヒト、マウス、ラット、ウサギ
、ウシ、ブタ、サル等において保存されている。本明細書において、「XIST遺伝子」とは、XIST遺伝子に関し、ゲノム上の転写されうる領域を指し、エキソン、イントロンを含む。また、XIST遺伝子のオルソログであってよい。
【0021】
前記の細胞の中でも、性決定様式がXY型である種由来の多能性幹細胞が好ましく、特に雌、すなわちXX型多能性幹細胞が特に好ましい。
背景技術の欄に記載した通り、XX型多能性幹細胞ではX染色体不活化が破綻し、多くのX染色体上の遺伝子が異常に過剰発現し、通常の体細胞では見られない状態になることが報告されている(非特許文献2)。本発明者は、X染色体不活化の破綻の原因として、DNAメチル化によりXIST遺伝子の発現が抑制されることを見出した。本態様に係る方法により、XIST遺伝子のDMRの脱メチル化を誘導することによって、X染色体不活化の破綻を回復させることができる。
【0022】
本明細書において、差次的メチル化領域(DMR)とは、個体、組織、細胞、同一細胞内
のアレル等の違いによって、DNAメチル化状態が様々な状態をとり得るゲノム領域を指す
。また、本明細書において、転写開始点は、GRCh37 (Genome Reference Consortium human build 37)及びHg19 (UCSC human genome 19)に基づいて決定するものとする。
XIST遺伝子のDMRの長さは、典型的には転写開始点の上流1,000 bpから下流2,500 bp、
上流500 bpから下流2,000 bp、上流400 bpから下流2,000 bp、上流200 bpから下流2,000 bp、転写開始点から転写開始点の下流2,000 bpである。
【0023】
前記細胞の由来する種がヒトである場合、XIST遺伝子のDMRは、配列番号1で表される
配列(NC_000023.10|:73,070,900-73,072,300)が挙げられ、好ましくは配列番号2で表さ
れる配列(NC_000023.10|:73,071,770-73,072,160)である。
【0024】
XIST遺伝子のDMRは、単一塩基多型(SNP)等の多型を含んでもよい。すなわち、XIST遺伝子のDMRは、上記配列であってもよく、前記細胞における上記配列においてSNP等を含む配列であってもよい。当業者であれば、前記細胞における上記配列においてSNP等を含む配
列は、シーケンシングにより確認することができる。
多型が塩基の挿入又は欠失を伴うものである場合、本明細書において特定される塩基の位置は挿入又は欠失された塩基数に応じて異なることがある。
上記配列においてSNP等を含む配列は、上記配列と通常70%以上、好ましくは80%以上、
より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性
を有する塩基配列等を例示することができる。
【0025】
本明細書において、「DMRのDNAメチル化により発現が抑制された」とは、DMRに含まれ
るCG配列の少なくとも一部がDNAメチル化を受けて発現が抑制された状態であってよい。DMRに含まれるCG配列の少なくとも一部がDNAメチル化を受けているとは、DMRに含まれる全CG配列に対し、DNAメチル化を受けているCG配列の割合が所定の範囲内であることであっ
て、該割合は10%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましく、30%以
上であることがさらに好ましく、50%以上であることが特に好ましい。一方、上限は特に
限定されず、100%以下であってよい。
DNAメチル化を受けることにより、基本転写因子の結合が阻害され、XIST遺伝子の発現
が抑制される。
【0026】
DMRがDNAメチル化を受けていることは公知の方法により確認することができ、バイサルファイト処理後にPCR又はシーケンスを行う方法、抗メチル化シトシン抗体を用いた免疫
学的手法を用いる方法、メチル化特異的制限酵素を使用する方法等が挙げられる。シーケンス方法は特に限定されず、サンガーシーケンス、パイロシーケンス、ライゲーションによるシーケンス、ナノポアシーケンス等公知の方法を用いることができる。
必要に応じて、上記の方法によって得られた結果を対照実験において得られた結果と比較することができる。
【0027】
DMRに含まれるCG配列のうち、DNAメチル化を受けているものが、転写開始点から上流及び下流2,500 bp以内、2,000 bp以内、1,500 bp以内、又は1,000 bp以内に存在することが好ましい。
また、DMRに含まれないCG配列もDNAメチル化を受けていてもよい。そのようなCG配列は、例えば、転写開始点から上流及び下流約20 kbp以内、約15 kbp以内、約10 kbp以内、約5 kbp以内、約2 kbp以内、約1.5 kbp以内、又は約1 kbp以内に典型的に存在する。
【0028】
〔工程(a)〕
本態様に係る、細胞において差次的メチル化領域(DMR)のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法は、以下の工程(a)を含んでよい。
(a) 前記細胞における前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域(DMR)を切断する工程
【0029】
前記細胞における前記XIST遺伝子のDMRを切断する方法は、特に限定されないが、前記DMRに含まれる標的配列を特異的に認識し、DNAの二本鎖切断(DSB)を生じさせるものが好ましい。具体的には、当該標的配列を特異的に認識するDNAエンドヌクレアーゼを前記細
胞内で発現させる方法が挙げられる。
DNAエンドヌクレアーゼとしては、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、transcription activator-like effector nuclease (TALEN)、又はCRISPR associated protein 9 (Cas9)等が挙げられるが、標的配列の設計自由度及び簡便さから特にCas9を発現させる方法が好ましい。Cas9を用いたゲノム編集技術は、clustered regularly interspaced short palindromic repeats-CRISPR associated protein 9 (CRISPR-Cas9)と一般的に称される。
【0030】
CRISPR-Cas9は一般的にガイドRNA(gRNA)とDNAエンドヌクレアーゼであるCas9タンパ
ク質を用いるゲノム編集技術である。gRNAの5’末端の塩基が標的配列と相補的な配列で
あるため、標的配列を特異的に認識し、Cas9のヌクレアーゼ活性により切断することで、二本鎖切断(DSB)を生じさせる。
Cas9タンパク質は、それが由来する細菌種は特に限定されず、Streptococcus pyogenes、Staphylococcus aureus、Francisella novicida等が挙げられる。また、本発明で使用
できるCas9タンパク質は、これら由来のCas9タンパク質と同一のものに限られず、これら由来のCas9タンパク質のアミノ酸配列のうち1~複数個のアミノ酸が置換若しくは欠失、
又は1~複数個のアミノ酸が挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなる変異体タンパ
ク質であって、ヌクレアーゼ活性を有するものであってもよい。なお、1~複数個とは、
好ましくは1~136個、より好ましくは1~112個、さらに好ましくは1~60個、特に好まし
くは1~30個であり、最も好ましくは1~10個である。アミノ酸がN末端側及び/又はC末端側に付加される場合も同様である。
前記標的配列は、切断する方法に応じて当業者が適宜設定することができる。
【0031】
切断する箇所は、1箇所であってよく、2箇所以上であってよい。上限は特に限定されないが、5箇所以下が挙げられる。好ましくは1箇所又は2箇所である。2箇所以上で切断する場合は、各箇所に対応した標的配列を設定すればよい。
切断する位置は前記標的配列及び切断する方法に応じて決定される。好ましい位置として、転写開始点から上流及び下流約2,000 bp以内、約1,000 bp以内、約700 bp以内、約500 bp以内、約400 bp以内、約300 bp以内、約200 bp以内、約100 bp以内、又は約50 bp以
内を挙げることができる。
前記標的配列の少なくとも一つは、前記XIST遺伝子のDMRに含まれる。具体的には、配
列番号1または2に含まれることが好ましい。
【0032】
本工程により切断されたDNAは、細胞固有のDNA修復機構により修復される。DNA修復機
構としては、相同組み換え(HDR)及び非相同末端結合(NHEJ)等が挙げられる。NHEJに
より修復される場合、その過程で、ゲノムに1~1,000 bp程度の付加及び/又は欠失が生
じることがある。特に、切断する箇所が2箇所以上である場合は、それらの切断箇所の末
端同士が結合することで、その間の配列が欠失することがある。また、細胞内に存在するDNA断片が挿入されることもある。
詳細なメカニズムは明らかではないが、前記細胞における前記XIST遺伝子のDMRを切断
すると、その修復の過程でDNAの脱メチル化が誘導される。
【0033】
DNAエンドヌクレアーゼを前記細胞内で発現させる方法は公知の方法を用いることがで
き、DNAエンドヌクレアーゼをコードする遺伝子をプラスミド、細菌人工染色体(BAC)やウイルスベクターなどのベクターに組み込み、リポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション等の通常の方法にて、細胞に導入することで発現させることができる。DNAエンドヌクレアーゼの発現は一過的でも安定的でもよいが、ゲノムの非特
異的な切断を防止する観点から、一過的であることが好ましい。
DNAエンドヌクレアーゼを発現させるためのベクターの導入量は細胞に対する遺伝子導
入において通常用いられる量とすることができる。
【0034】
前記DNAエンドヌクレアーゼがCas9である場合、gRNAを前記細胞内で発現させることが
好ましい。gRNAを前記細胞内で発現させる方法は、前記DNAエンドヌクレアーゼを発現さ
せる方法と同様の方法が挙げられる。また、Cas9を発現させるためのベクターと、gRNAを発現させるためのベクターとを併用してもよいが、Cas9を発現させるためのベクターにgRNAを発現させるためのDNA配列を組み込むことで、Cas9とgRNAの両方を発現させるための
ベクターを用いてもよい。
【0035】
DNAエンドヌクレアーゼを発現させるためのベクターには、gRNAを発現させるためのDNA配列のほか、プロモーター、薬剤耐性遺伝子、polyA付加配列等、通常組み込まれうる配
列が含まれていてよい。
【0036】
〔工程(b)〕
本態様に係る、細胞においてDMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法は、以下の工程(b)を含んでよい。
(b) 前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域(DMR)の少なくとも一部と完全に又は実質的
に相補的な配列を含む核酸を、前記細胞に導入して相同組み換えを誘導する工程
前記核酸を細胞に導入すると、DNAメチル化を受けた前記DMRの少なくとも一部と、当該核酸が組み換わり、当該DMRが脱メチル化状態になると考えられる。なお、前記核酸は通
常DNAメチル化を受けていないものを用いる。
【0037】
前記核酸は、DNAであってもよく、RNAであってもよいが、安定性や組み換え効率の観点から好ましくはDNAである。また、一本鎖であっても二本鎖であってもよいが、安定性の
観点から好ましくは二本鎖である。
前記核酸は、プラスミド、細菌人工染色体(BAC)やウイルスベクターなどのベクターで
あってもよく、非環状DNAであってもよい。
【0038】
前記核酸は、前記XIST遺伝子のDMRの少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配
列を含む。DMRの定義及び長さについての説明は上述の記載を援用する。
前記XIST遺伝子のDMRの少なくとも一部は、前記XIST遺伝子のDMRに含まれる6塩基以上
であることが好ましく、18塩基以上であることがより好ましく、25塩基以上であることがより好ましく、50塩基以上であることがさらに好ましく、100塩基以上であることが特に
好ましい。一方、上限は特に限定されず、前記XIST遺伝子のDMRの全体を含むことができ
る。すなわち、上限としては、前記XIST遺伝子のDMRに含まれる3,500塩基以下、3,000塩
基以下、2,500塩基以下、2,000塩基以下、1,500塩基以下、1,000塩基以下、500塩基以下
、300塩基以下、200塩基以下、又は100塩基以下を挙げることができる。また、XIST遺伝
子の全長を含んでいてよい。
前記核酸は、前記XIST遺伝子のDMRの少なくとも一部と完全に又は実質的に相補的な配
列を、複数有してもよい。複数有する場合、それらの間に任意のリンカー配列を有しても
よい。リンカー配列は例えばルシフェラーゼ等のレポーター遺伝子や薬剤耐性遺伝子であってよい。すなわち、前記核酸は、前記XIST遺伝子のDMRと相補的でない配列を有しても
よい。
【0039】
本明細書において、一の塩基配列と「完全に相補的な配列」とは、一の塩基配列を構成する全ての塩基に対し、その塩基配列の対応する位置に存在する塩基が水素結合することでワトソン-クリック型塩基対を形成することができる塩基配列を意味する。一の塩基配列と「実質的に相補的な配列」とは、一の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列を意味する。
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相補性が高いDNA
同士、例えば、ある塩基配列からなるDNAに対し、その塩基配列と完全に相補的な配列と
、次第に好ましくなる順に、50%以上、65%以上、80%以上、90%以上、95%以上、97%以上、99%以上の同一性を有するDNAがハイブリダイズし、それより同一性が低いDNAがハイブリ
ダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度及び温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を
挙げることができる。
【0040】
前記核酸を前記細胞に導入する方法としては、公知の方法を用いることができ、リポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション等の通常の方法にて、細胞に導入することができる。
前記核酸の導入量は細胞に対する遺伝子導入において通常用いられる量とすることができる。
【0041】
本態様に係る、細胞においてDMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法は、前記工程(a)及び工程(b)の両方を含んでよい。
工程(a)及び工程(b)の順序は特に限定されないが、好ましくは工程(a)の後に工程(b)が行われる。これにより、工程(a)により生じた切断箇所の末端において、工程(b)における相同組み換えを効率よく誘導することができる。
【0042】
本態様に係る方法が、前記工程(a)及び工程(b)の両方を含む場合、工程(b)における前
記核酸は、工程(a)により生じた切断箇所の5’末端又は3’末端を含む配列と完全に又は
実質的に相補的な配列を含むことが好ましい。当該配列は、6塩基以上であることが好ま
しく、18塩基以上であることがより好ましく、25塩基以上であることがより好ましく、50塩基以上であることがさらに好ましく、100塩基以上であることが特に好ましい。一方、
上限は特に限定されず、3,000塩基以下、2,000塩基以下、1,000塩基以下、700塩基以下、500塩基以下、400塩基以下、300塩基以下、又は200塩基以下を挙げることができる。
【0043】
工程(a)において用いるDNAエンドヌクレアーゼを発現させるためのベクターと、工程(b)において用いる前記核酸は、細胞内に同時に導入してもよく、連続的な操作により導入
してもよい。
【0044】
<差次的メチル化領域(DMR)のDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞の製造方法>
本発明の一態様に係る、細胞においてDMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子を脱メチル化する方法により、DMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞を製造することができる。
すなわち、本発明の別の態様は、DMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞の製造方法である。
本態様に係る細胞の製造方法は、前記工程(a)及び/又は工程(b)を含む。
【0045】
〔工程(c)〕
本態様に係る、DMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞の製造方法は、以下の工程(c)をさらに含んでよい。
(c) 前記工程(a)及び/又は工程(b)により前記XIST遺伝子の差次的メチル化領域(DMR)
が脱メチル化された細胞を選別する工程
【0046】
前記XIST遺伝子が脱メチル化された細胞を選別する方法は、公知の方法を用いることができる。例えば、バイサルファイト処理後にPCR(以下、「BS-PCR」と称することがある
。)又はシーケンス(以下、「BS-Seq」と称することがある。)を行う方法、抗メチル化シトシン抗体を用いた免疫学的手法を用いる方法、メチル化特異的制限酵素を使用する方法等のDNAメチル化状態を直接確認する方法により、前記XIST遺伝子のDMRが脱メチル化されている細胞を選別する方法が挙げられる。
メチル化状態を示すシグナルが、メチル化状態を示すシグナルと非メチル化状態を示すシグナルの合計に対して、80%以下、70%以下、60%以下、55%以下、又は53%以下である細
胞を選別することができる。また、必要に応じて、上記の方法によって得られた結果を対照実験において得られた結果と比較することができる。例えば、XIST遺伝子がメチル化されている細胞と比較して、メチル化状態を示すシグナルが20~80%、30~70%、40~60%、45~55%、又は47~53%である細胞を選別することができる。詳細なメカニズムは明らかで
はないが、前記工程(a)及び/又は工程(b)により、細胞内に存在する2つのXIST遺伝子の
うち片方が脱メチル化される。したがって、この場合、メチル化状態を示すシグナルが、メチル化状態を示すシグナルと非メチル化状態を示すシグナルの合計に対して、50%に近
い値となると考えられる。
【0047】
シーケンスを行う場合、上記メチル化状態を示すシグナルは、シトシンの蛍光強度をシトシンの蛍光強度とチミンの蛍光強度の合計で割って得た値であってよい。また、細胞集団に含まれる複数のアレルを単離し、各アレルのシーケンスを確認した際の、メチル化CGを含むアレルとメチル化CGを含まないアレルの合計に対するメチル化CGを含むアレルの割合であってよい。シーケンスを確認するアレルの数は特に限定されず、一つの細胞集団あたり4以上であってよく、好ましくは6以上であり、より好ましくは10以上であり、さらに好ましくは20以上である。上限は特に限定されず、1,000以下を挙げることができるが、
多ければ多いほど好ましい。また、PCRを行う場合、上記メチル化状態を示すシグナルは
、メチル化されたDNAから増幅されたPCR断片のバンドの濃度であってよい。
【0048】
また、背景技術に記載の通り、遺伝子が脱メチル化されると、当該遺伝子の発現量が増加する。したがって、XIST遺伝子の発現量が増加した細胞を選別することによって、前記XIST遺伝子が脱メチル化された細胞を選別することができる。
前記XIST遺伝子の発現量を調べる方法としては、常法を用いることができ、RNAの発現
量を測定する公知の方法が挙げられる。
RNAの発現量は、例えばRT-PCR、定量PCR、マイクロアレイ法、ノーザンブロット法、RNA-蛍光in situハイブリダイゼーション(RNA-FISH)で確認することができる。
前記工程(a)及び/又は工程(b)により前記XIST遺伝子が脱メチル化された状態におけるRNAの発現量が、前記XIST遺伝子のDMRのDNAメチル化により発現が抑制された状態に対し
て、1.5倍以上である細胞を選別することが好ましく、2倍以上である細胞を選別することがより好ましく、5倍以上である細胞を選別することがより好ましく、10倍以上である細
胞を選別することがさらに好ましく、100倍以上である細胞を選別することが特に好まし
い。また、上限は特に限定されず、10,000倍以下を挙げることができる。
【0049】
前記XIST遺伝子がコードするXIST RNAが発現すると、X染色体不活化が起き、ヒストン
の修飾状態が変化する。具体的には、XIST RNAが存在するX染色体不活化中心において、
ヒストンH3の4番目のリジン(H3K27)がトリメチル化される。すなわち、抗H3K27me3抗体を用いた免疫染色によりH3K27me3 fociが確認された細胞を選別することによって、前記XIST遺伝子が脱メチル化された細胞を選別することができる。
【0050】
また、工程(a)において用いるDNAエンドヌクレアーゼを発現させるためのベクター、又は工程(b)において用いる前記核酸に含まれる薬剤耐性遺伝子に対応した薬剤を用いたス
クリーニングにより前記XIST遺伝子が脱メチル化されている細胞を選別することができる。薬剤の添加量や期間は当業者が適宜設定でき、一過的な添加であってもよく、慢性的な添加であってもよい。
【0051】
工程(c)は複数回行ってもよく、上記の方法を組合せて行ってもよい。また、複数の工
程(c)の間に、細胞を培養して増殖させてもよい。
【0052】
〔工程(d)〕
本態様に係る、DMRのDNAメチル化により発現が抑制されたXIST遺伝子が、人為的に脱メチル化されている細胞の製造方法は、以下の工程(d)をさらに含んでよい。
(d) 前記工程(c)により選別された細胞において前記XIST遺伝子が脱メチル化されている
ことを確認する工程
【0053】
前記XIST遺伝子が脱メチル化されていることを確認する方法は、工程(c)の記載を援用
する。
工程(c)において、前記XIST遺伝子のDNAメチル化状態を直接確認する方法が用いられていない場合は、本態様に係る細胞の製造方法は、工程(d)を含むことが好ましい。
【実施例0054】
以下、具体的な実施例を示し、本発明を説明するが、本発明は以下の態様に限定されない。また、以下の実施例において、XIST遺伝子はヒトのXIST遺伝子を指す。
【0055】
[実験例1]
(X染色体不活化が破綻した細胞株の作製)
ヒト女性iPS細胞及びES細胞を96 wellプレートに播種し、37℃, 5% CO2, 95% Air, 湿
度100%で培養した。StemFlex(ThermoFisher Scientific), Matrigel (登録商標、hES grade, Corning)を培地として用いた。各ウェルの細胞を等量ずつ2枚の96 wellプレートに継代し、一方のプレートに対して抗H3K27me3抗体(Cell signaling technology、#9733S
)及び蛍光標識二次抗体(Thermofisher、#A-11035)を用いて免疫染色を行った。H3K27me3 fociが確認されなかった細胞をX染色体不活化が破綻したと判定した。
X染色体不活化が破綻したヒト女性ES細胞株として、SEES1及びSEES5を得た。X染色体不活化が破綻したヒト女性iPS細胞株として、ADSC-iPSCを得た。
【0056】
(XIST遺伝子の全長の相同組み換えを誘導することによりXIST遺伝子が脱メチル化された細胞の作製)
テトラサイクリン応答配列(Tetracycline responsive element, TRE)の下流にバッククローン(RP11-13M9)からクローニングしたXIST遺伝子の全長が配置されたTRE-hXISTターゲティングベクターを用いてXIST遺伝子の全長の相同組み換えを誘導することによりXIST遺伝子の脱メチル化を誘導することを試みた。ベクターのバックボーンとしては、pStart-Kを用いた。
XIST遺伝子の3’UTR領域(以下、「3’region」と称することがある。)を標的としたgRNAの配列(TGAATCAAAAAGCACGCCTG、配列番号3)、又はXIST遺伝子のDMR(以下、「P-region」と称することがある。)を標的としたgRNAの配列(CAGGTATCCGATACCCCGAT、配列番
号4)をpSPgRNA (Addgene #47108)ベクターに組み込み、gRNA発現ベクターを作製した。
【0057】
SEES5株を2.5 ×106 cellsとなるように100 μLのRバッファに懸濁し、CRISPR-Cas9発
現ベクター (CAG-Cas9-T2A-EGFP-ires-puro; Addgene #78311) 約7.5 μg、3’regionを
標的としたgRNA発現ベクター及びP-regionを標的としたgRNA発現ベクター各1-2 μg、及
びTRE-hXISTターゲティングベクター10 μgを添加した。この懸濁液に対して、Neon Transfection System (Thermo Fisher Scientific)を用いてエレクトロポレーション法によりトランスフェクションを行った。具体的には、30 msの間1050 mVの電圧でパルスを2回加
えた。トランスフェクションの24時間後にPuromycin (2 μg)を添加し、更に24時間培養
した。
【0058】
生存した細胞をサブクローニングが可能になるまで培養し、96 wellプレートへサブク
ローニングした。96 wellプレート内で増やした細胞を、等量ずつ再び96 wellプレートへ継代し、1つのプレートを抗H3K27me3抗体及び蛍光標識二次抗体を用いて免疫染色した。
免疫染色によりH3K27me3 fociが確認された陽性クローンのみを培養し、X染色体不活化再獲得細胞株として、SE5-res-2C株及びSE5-res-4C株を得た。なお、H3K27me3陽性細胞の割合が少ない場合は、サブクローニングから免疫染色までの過程を複数回繰り返した。
【0059】
(各細胞株のゲノム配列の確認)
TRE-hXISTターゲティングベクターと内在のXIST遺伝子が組み変わると、TRE-hXISTターゲティングベクターに由来する単一塩基変異(SNV)として、SNV1(rs138595829, NC_000023.10|:73,043,297)、SNV2(rs7066064, NC_000023.10|:73,054,697)、SNV3(rs145704470, NC_000023.10|:73,058,205)の三つが生じる。これらのSNVの有無を確認するため
に、各細胞株のゲノム配列を確認した。DNeasy Blood & Tissue Kits(Qiagen #69540)
を用いて各細胞株からゲノムDNAを抽出した。SNV1の配列を確認するためにSNV1-Forward
及びSNV1-Reverseプライマーを用い、SNV2の配列を確認するためにSNV2-Forward及びSNV2-Reverseプライマーを用い、SNV3の配列を確認するためにSNV3-Forward及びSNV3-Reverseプライマーを用いてPCRした。
SNV1-Forward: GGTCTTCTGGGCCAGACCTA (配列番号5)
SNV1-Reverse: CCAGAAGATACATGCTTCCTGGCCTGA (配列番号6)
SNV2-Forward: TAACTGAGTGGCACAGCCAGCC (配列番号7)
SNV2-Reverse: CTATGCACAGACCCCACAGT (配列番号8)
SNV3-Forward: CAGTCAAGGGAGATCTATAAGGCTGG (配列番号9)
SNV3-Reverse: CTGATACATGGAGCTTGGGCTTCTTCTGC (配列番号10)
PCR産物をdirect sequencing解析した。シーケンスには各PCR産物の増幅に用いたForward及びReverseプライマーを用いた。
【0060】
SE5-res-2C株のSNVを上記の方法により確認したところ、SNV1、SNV2、SNV3の全てが確
認され、TRE-hXISTターゲティングベクターと内在のXIST遺伝子とが相同組み換えにより
組み換わったと考えられた。一方、SE5-res-4C株のSNVを上記の方法により確認したとこ
ろ、SNV1、SNV2、SNV3のいずれも内在のXIST遺伝子の配列であり、相同組み換えは生じていないことが示唆された。
【0061】
SE5-res-4C株では相同組み換えが生じていないにもかかわらず、X染色体不活化を再獲
得していた原因として、P-regionを標的としたgRNA発現ベクターを導入することによってXIST遺伝子のDMRを切断したことが考えられた。そこで、以下のP-region-Forward及びP-region-Reverseプライマーを用いたほかは上記と同様にして、P-region付近のゲノム配列
をdirect sequencing解析により確認した。シーケンスファイルはTIDE (http://shinyapps.datacurators.nl/tide/)にて解析し、欠損の有無を判定した。
P-region-Forward: TTCTCTGCCAAAGCGGTAGGTACACT (配列番号11)
P-region-Reverse: CTCCTAGTGTCTTCTTGACACGTCC (配列番号12)
【0062】
SE5-res-2C株のP-regionのゲノム配列を上記の方法により確認したところ、内在のXIST遺伝子との同一であった。一方、SE5-res-4C株のP-regionのゲノム配列を上記の方法により確認したところ、2つのXIST遺伝子アレルのP-regionにそれぞれ-8 bp, -25 bpの欠失があることが確認された。
この結果から、SE5-res-4C株では相同組み換えが生じていないものの、XIST遺伝子のDMRは切断され、NHEJによる修復が行われたと考えられる。詳細なメカニズムは不明だが、
この修復に伴い、XIST遺伝子が脱メチル化され、SE5-res-4C株がX染色体不活化を再獲得
したと考えられる。
【0063】
[実験例2]
(XIST遺伝子のDMRを切断することによりXIST遺伝子が脱メチル化された細胞の作製)
実験例1の結果から、XIST遺伝子のDMRを切断することによりXIST遺伝子が脱メチル化
されることが示唆された。この仮説を検証するために、以下の実験を行った。
対照実験に用いるために、HPRT1遺伝子を標的としたgRNAの配列(ATGACTGTAGATTTTATCAG、配列番号13)をpSPgRNAベクターに組み込み、gRNA発現ベクターを作製した。
【0064】
SEES1、SEES5、又はADSC-iPSCを2.5 ×10
6 cellsとなるように100 μLのRバッファに懸濁し、CRISPR-Cas9発現ベクター (CAG-Cas9-T2A-EGFP-ires-puro; Addgene #78311) 約7.5 μg及び、HPRT1、3’region、又はP-regionを標的としたgRNA発現ベクター 1-2 μgを
添加した。この懸濁液に対して、Neon Transfection System (Thermo Fisher Scientific)を用いてエレクトロポレーション法によりトランスフェクションを行った。具体的には
、30 msの間1050 mVの電圧でパルスを2回加えた。トランスフェクションの24時間後にPuromycin (2 μg)を添加し、更に24時間培養した。
生存した細胞をサブクローニングが可能になるまで培養し、96 wellプレートへサブク
ローニングした。96 wellプレート内で増やした細胞を、等量ずつ再び96 wellプレートへ継代し、1つのプレートを抗H3K27me3抗体及び蛍光標識二次抗体を用いて免疫染色した。X染色体不活化が破綻したADSC-iPSC及びP-regionを切断したADSC-iPSCの蛍光免疫染色像
を
図1に示す。また、H3K27me3 fociを一つ有する細胞が少なくとも10細胞以上観察され
たコロニーをX染色体不活化再獲得細胞と判定し、観察した全コロニーに対するX染色体不活化再獲得細胞のコロニーの割合をEfficiencyとして表1及び
図2に示した。
表1及び
図2に示されるように、P-regionを標的とした場合のみ有意にX染色体不活化
再獲得細胞の割合が上昇した。すなわち、HPRT1という別の遺伝子を切断した場合や、XIST遺伝子内であってもDMRから離れた3’ regionを切断した場合にはXIST遺伝子は脱メチル化されないが、XIST遺伝子のDMRを切断するとXIST遺伝子の脱メチル化が誘導されること
が示唆された。
【0065】
【0066】
P-regionを標的としたgRNAを用いた細胞集団から、免疫染色によりH3K27me3 fociが確
認された陽性クローンのみを培養し、X染色体不活化再獲得細胞株とした。なお、H3K27me3陽性細胞の割合が少ない場合は、サブクローニングから免疫染色までの過程を複数回繰
り返した。
上記操作により、SEES1株を由来とするX染色体不活化再獲得細胞株を樹立した。以下、この細胞株をSE1-res-5a株と称する。
【0067】
SE1-res-5a株のP-region付近のゲノム配列を上記の方法により確認したところ、2つのXIST遺伝子アレルにそれぞれ-101 bp, -151 bpの欠失があることが確認された。
【0068】
(BS-SeqによるXIST遺伝子のメチル化状態の確認)
SEES5、SE5-res-2C、SE5-res-4C、SE1-res-5aのゲノムDNAを、DNeasy Blood & Tissue Kits(Qiagen #69540)を用いて回収し、約200 ng分をバイサルファイト処理に利用した
(Zymo, #D5001, EZ DNA Methylation Kit)。精製後、TaKaRa EpiTaq HS (for bisulfite-treated DNA、#R110A)によりPCRを行った。PCR断片をTA cloning によりpGEM-T Easy cloning vector(Promega, #A1360)に組み込み、大腸菌にトランスフォーメーションしてアレルごとに単離した。単離した各アレルについて、M13Rプライマーを用いてサンガーシーケンスを行った。解析は、Quma(http://quma.cdb.riken.jp/)のデフォルト設定によ
り実施した。
SEES5、SE5-res-4C株及びSE1-res-5a株のゲノムDNAを用いたPCRには、以下のプライマ
ーを用いた。
res-4C/5a-F:GTGTAGATATTTTAGAGAGTGTAATAATTT(配列番号14)
res-4C/5a-R: AAATACCTACCTTTTAATTCTTTTTTATTC(配列番号15)
SE5-res-2C株のゲノムDNAを用いたPCRには、以下のプライマーを用いた。
res-2C-F:TTTATTTTTTGTTTTAATTGGTTGTGATT(配列番号16)
res-2C-R: AAATACCTACCTTTTAATTCTTTTTTATTC(配列番号17)
図3にBS-Seqにより確認されたメチル化状態を示す。
図3において、各行は一つのアレルを示し、各列はメチル化が入り得るCG配列の位置を示す。検出された全CG配列のうちメチル化されたCG配列の割合を各パネルの下に示す。
図3に示されるように、本願発明の一実施形態に係る方法により、XIST遺伝子を脱メチル化することができ、X染色体不活化が
正常な細胞を得ることができる。
【0069】
(RNA-FISH解析によるXIST遺伝子の再活性化の確認)
カバーガラス上で培養した細胞を室温で15分、4%パラホルムアルデヒドのPBS-溶液で固定し、室温で20分、0.25% triton-XのPBS-溶液で処理した。処理したサンプルを一晩37℃で遺伝子特異的プローブを用いてハイブリダイズした。ハイブリダイゼーションバッファーは4 mg/ml BSA, 4xSSC, 20% dextran-sulfateを含む。XISTの遺伝子特異的プローブはnick translation kit (Abbot)を用いて作製した。ハイブリダイズは、ハイブリダイゼー
ションバッファーと遺伝子特異的プローブを1:1で混合したものを用いて行った。
一晩のハイブリダイズ後、50%ホルムアミドを含む2×SSCを用いて45℃、10分で2回洗浄し、さらに0.05% tween(登録商標)20を含む2×SSCを用いて45℃、10分で2回洗浄した。洗浄後、カバーガラスを乾燥させ、VECTASHIELD with DAPI(Vectorlabs)で封止した。
【0070】
図4にXIST RNA及びDAPIのRNA-FISHの蛍光画像を示す。DAPIは核マーカーである。また、表2に各細胞株におけるXIST陽性細胞の割合を示す。
図4に示されるように、DMRを切
断することにより、XIST RNAが発現し、fociとして検出されることがわかる。
【表2】
【0071】
[実験例3]
(XIST遺伝子のDMRの相同組み換えによりXIST遺伝子が脱メチル化された細胞の作製)
図5に示される遺伝子構造を有するHDRターゲティングベクターを作製した。具体的に
は、当該ベクター内に、テトラサイクリン応答配列(Tetracycline responsive element, TRE)の下流にXIST遺伝子のExon 1の5’末端1,945 bp(配列番号18)が連結され、その
上流に、XIST遺伝子と対向するように、EF1Aプロモーターの下流にPuromycin抵抗性遺伝
子が連結された配列が配置されている。更に上流には、XIST遺伝子の転写開始点の上流配列(right homology arm, RHA, 配列番号19)が配置されている。また、ベクターのバ
ックボーンとしては、pUC118 HincII/BAP (Takara, Code No. 3322)を用いた。
【0072】
図5に示される通り、細胞内にHDRターゲティングベクターを導入し、XIST遺伝子のExon 1及び上流配列を標的としてCRISPR-Cas9による切断を行うと、HDRターゲティングベク
ターのうち切断末端付近と相同性を有する配列、すなわち、配列番号18で表される配列(left homology arm, LHA)に含まれる配列(配列番号20)及びRHAに含まれる配列(
配列番号21)が、ゲノムDNAの切断末端付近の配列と相同組み換えを起こすことで、HDRターゲティングベクターに含まれる配列のうち、LHAとRHAの間の配列がゲノムに組み込まれた細胞が得られる。
【0073】
XIST遺伝子のExon 1及び上流配列を標的としたgRNAの配列としては、以下の配列を用いた。
LHA-gRNA: GGTATACTTAGCCTTAGGTG(配列番号22)
RHA-gRNA: CGCTAGCAGATCACTCTCAT(配列番号23)
LHA-gRNA又はRHA-gRNAをpSPgRNAベクターに組み込み、LHA-gRNA発現ベクター及びRHA-gRNA発現ベクターを作製した。
女児特異的神経疾患であるレット症候群患者由来のiPS細胞(Rett-iPSC、RIKEN BRC: HPS3049)を2.5 ×10
6cellsとなるように100 μLのRバッファに懸濁し、CRISPR-Cas9発現
ベクター約7.5 μg及び、LHA-gRNA発現ベクター及びRHA-gRNA発現ベクターをそれぞれ1-2
μgずつ添加した。この懸濁液に対して、実験例1、2と同様にエレクトロポレーション法によりトランスフェクションを行った。
実験例1、2と同様にPuromycin及び抗H3K27me3抗体を用いてクローンを選抜し、Δ0-XIST株を得た。また、LHA-gRNA発現ベクター及びRHA-gRNA発現ベクターに代えて、P-regionを標的としたgRNA発現ベクターを用いたほかは同様にして、gRNA:P-region株を得た。これらの細胞に対して、上記と同様の方法により抗H3K27me3抗体を用いた蛍光免疫染色解析を行った。観察した全コロニー(N=96)に対するH3K27me3陽性細胞の割合を
図6に示す。
実験例3の方法は、実験例2の方法よりも、H3K27me3陽性細胞が得られる効率が約7倍以上高いことがわかる。
【0074】
(RNA-FISH解析によるXIST遺伝子の再活性化の確認)
実験例3で得られた各細胞について、実験例2と同様の方法により、RNA-FISH解析を行った。結果を
図7に示す。
図7に示されるように、DMRの相同組み換えを誘導することで、XIST RNAが発現し、fociとして検出されることがわかる。
【0075】
実験例1-3の結果から、上述の工程(a)及び/又は工程(b)により、XIST遺伝子の脱メチル化が誘導され、XIST遺伝子が発現し、H3K27のトリメチル化が亢進することが示され
た。