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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023153702
(43)【公開日】2023-10-18
(54)【発明の名称】車両の変速制御装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 61/02 20060101AFI20231011BHJP
   F16H 59/42 20060101ALI20231011BHJP
   F16H 63/50 20060101ALI20231011BHJP
   F16H 59/40 20060101ALI20231011BHJP
   F16H 61/04 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
F16H61/02
F16H59/42
F16H63/50
F16H59/40
F16H61/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022063120
(22)【出願日】2022-04-05
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 誠
(72)【発明者】
【氏名】中山 康成
(72)【発明者】
【氏名】森山 雄介
(72)【発明者】
【氏名】坂本 亘
【テーマコード(参考)】
3J552
【Fターム(参考)】
3J552MA02
3J552NA01
3J552NB01
3J552NB05
3J552NB08
3J552PA02
3J552PA20
3J552PA51
3J552RA02
3J552SB31
3J552TB02
3J552TB03
3J552TB07
3J552UA07
3J552VA32W
3J552VA33W
3J552VA37W
3J552VA74W
3J552VA77W
3J552VB04W
3J552VC02W
(57)【要約】
【課題】変速時間の長期化を可能な限り抑制しつつ、ショックの発生を抑制する。
【解決手段】車両の変速制御装置は、エンジン4と、自動変速機8と、入力軸8aの回転数に応じた変速信号を自動変速機へ出力することにより変速段を変更する制御器(コントローラ20)とを備える。制御器は、変速段のシフトチェンジに際し、入力軸に入力される入力トルクを一時的に増減させるトルク調整制御を実行するとともに、トルク調整制御の実行に際し、出力軸8bから出力される目標出力トルクと、目標変速時間との逐次演算結果に基づいて、入力トルクの目標増減量が実現可能であるか否かを判定し、実現可能と判定される場合は、その目標増減量を実現するようにトルク調整制御を実行する一方、実現不可と判定される場合は、目標変速時間の代わりに、該目標変速時間よりも長時間となるように予め設定された許容変速時間に基づいてトルク調整制御を実行する。
【選択図】図6A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載されかつ、前記車両の走行駆動力を発生するエンジンと、
前記エンジンに接続される入力軸、及び、前記車両の駆動輪に接続される出力軸を有しかつ、入力された回転を、選択された変速段に対応する変速比で変速させて出力する油圧制御式の自動変速機と、
前記入力軸の回転数に応じた変速信号を前記自動変速機へ出力することにより、該自動変速機の前記変速段を変更する制御器と、を備え、
前記制御器は、前記変速段のシフトチェンジに際し、前記入力軸に入力される入力トルクを非シフトチェンジ時と比べて一時的に増加又は減少させるトルク調整制御を実行し、
前記制御器は、前記トルク調整制御の実行に際し、
前記出力軸から出力される出力トルクの目標値と前記シフトチェンジに要する変速時間の目標値との前記変速段に応じた逐次演算結果に基づいて、前記入力トルクの目標増減量が、前記エンジンの現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定し、
前記目標増減量が実現可能と判定される場合は、該目標増減量を実現するように前記トルク調整制御を実行する一方、
前記目標増減量が実現不可と判定される場合は、前記変速時間の目標値の代わりに、該目標値よりも長時間となるように予め設定された許容変速時間に基づいて前記トルク調整制御を実行する
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された車両の変速制御装置において、
前記制御器は、前記変速時間の目標値に基づいて前記入力軸に入力される回転の時間変化率を逐次演算するとともに、その演算結果と前記出力トルクの目標値とに基づいて前記トルク調整制御を実行し、
前記制御器は、前記目標増減量が実現不可と判定された場合、前記入力軸に入力される回転の時間変化率として、前記許容変速時間に対応した第2の時間変化率を算出し、該第2の時間変化率に基づいて前記トルク調整制御を実行する
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載された車両の変速制御装置において、
前記制御器は、前記エンジンの現在の状態の下で実現可能な前記入力トルクの限界値を示す限界入力トルクを算出するとともに、該限界入力トルクに基づいて、前記目標増減量が前記エンジンの現在の条件の下で実現可能か否かを判定し、
前記制御器は、前記目標増減量が実現不可と判定された場合、前記入力軸に入力される回転の時間変化率として、前記出力トルクの目標値を維持しながら前記限界入力トルクを実現するために要する第3の時間変化率を算出し、
前記制御器は、
前記第3の時間変化率が実現可能な場合は、前記出力トルクの目標値を維持しつつ、当該目標値と前記第3の時間変化率とに基づいて前記トルク調整制御を実行する一方、
前記第3の時間変化率が実現不可な場合は、前記第2の時間変化率に基づいて前記出力トルクの目標値を再演算するとともに、該再演算された前記出力トルクの目標値と前記第2の時間変化率とに基づいて、前記トルク調整制御を実行する
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載された車両の変速制御装置において、
前記出力トルクの目標値は、前記入力軸の回転数が高い場合は、該回転数が低い場合と比べて、該回転数に対する変化率が大きくなるように設定されている
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載された車両の変速制御装置において、
前記変速時間の目標値は、前記入力軸の回転数が高い場合は、該回転数が低い場合と比べて小さくなるように設定されている
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載された車両の変速制御装置において、
前記変速時間の目標値は、前記変速段が高い場合は、該変速段が低い場合と比べて小さくなるように設定されている
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載された車両の変速制御装置において、
前記変速時間の目標値は、前記変速段が所定段以下の場合は、該変速段の高低に対して一定となるように設定されている
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【請求項8】
請求項1に記載された車両の変速制御装置において、
前記制御器は、前記入力軸と前記出力軸との回転数の差を調整することで前記変速段を変更するとともに、該回転数の差の調整と併せて前記トルク調整制御を実行し、
前記制御器は、前記回転数の差の調整が開始されるに先だって、前記入力トルクの目標増減量が、前記エンジンの現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定する
ことを特徴とする車両の変速制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、車両の変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、ハイブリッド車両の制御装置が記載されている。このハイブリッド車両は、エンジンと、モータと、自動変速機とを備えている。エンジン及びモータは、自動変速機の入力軸に連結されている。このハイブリッド車両は、自動変速機がシフトダウンを行う際にモータが回生動作を行うことによって、燃費性能の向上を図る。
【0003】
特に、前記特許文献1に記載の自動変速機は、複数の摩擦要素をそれぞれ独立して制御する複数の摩擦制御機構を有している。前記制御装置は、複数の摩擦制御機構のうちの第1及び第2摩擦制御機構に指示油圧を指示する際に、それらの指示油圧に遅延演算処理を施す。前記特許文献1によれば、各指示油圧に遅延演算処理を施すことで、時間的な応答遅れを加味することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-132432号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、変速に際して生じるトルクショックを抑制するために、自動変速機の入力軸に入力される入力トルク(以下、「AT入力トルク」という)を一時的に増加又は減少させるトルク調整制御を実行する場合がある。
【0006】
このようなトルク調整制御を行うことで、変速時間を長期化することなく、トルクショックを抑制することができると考えられていた。また、AT入力トルクに対応して自動変速機の出力軸から出力される出力トルク(以下、「AT出力トルク」という)を通じて車両の前後加速度(以下、「前後G」ともいう)の波形を的確に調整することで、ドライバーに適度な“変速感”を与えることも考えられていた。
【0007】
ところが、本願発明者らが鋭意検討を進めた結果、自動変速機内のイナーシャ等、自動変速機の仕様次第では、前記トルク調整制御におけるAT入力トルクの一時的な増減量が大きくなるにしたがって、AT出力トルク、ひいては前後Gの波形に望まれない凹凸が生じることがわかった。
【0008】
前後Gの波形における望まれない凹凸は、変速に際し、前後Gの窪み又は盛り上がり等、その波形に不要な変動をもたらす。そうした不要な変動は、ドライバーに適度な変速感を与えるというよりは、むしろ、ドライバーに違和感を与えるようなトルクショックを招くため不都合である。
【0009】
前述のようなショックの発生を抑制するためには、例えば、変速時間を長期化することが考えられるが、変速時間の長期化は、走行フィーリングを悪化させることになるため不都合である。
【0010】
本開示は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、変速時間の長期化を可能な限り抑制しつつ、トルクショックの発生を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、以下の関係式を見出すに至った。
【0012】
tq=K1×ΔR+K2×TQ …(A)
上式(A)において、TQはAT出力トルクを示し、ΔRは、自動変速機の入力軸に入力される回転数の時間変化率(入力回転傾き)を示し、tqは、それらの値に対応したAT入力トルクを示す。K1及びK2は、イナーシャ等、自動変速機の仕様・設計に応じて定まるパラメータである。K1及びK2は、自動変速機内部のイナーシャ及びトルクの釣り合い等に基づいて、事前に決定可能なパラメータとなっている。
【0013】
上式(A)における入力回転傾きは、自動変速機が変速に要する時間(変速時間)と強く関連している。そのため、トルクショックを発生させないような所望のAT出力トルクと、走行フィーリングを悪化させない程度の変速時間と、をそれぞれ目標値として定めれば、上式(A)に基づいて、それらの目標値を実現するようなAT入力トルクを定めることができる。
【0014】
本願発明者らは、AT出力トルク及び変速時間の目標値をそれぞれ事前に規定し、それらを実現するようなAT入力トルクをきめ細かく演算した上で前記トルク調整制御を行うことで、トルクショックの抑制と、走行フィーリングとを両立させることができると考えた。
【0015】
ところが、そうして演算されるAT入力トルクは、その演算時点でのエンジンの状態次第では、必ずしも実現できるとは限らない。所望のAT入力トルクが実現されない場合、トルク調整制御が狙い通りに機能せず、乗員に違和感を与えるようなトルクショックを発生させる可能性がある。そうして発生したトルクショックは、ドライバーに違和感を与える可能性がある。
【0016】
本願発明者らは、そうしたトルクショックが、変速時間の長期化に伴う走行フィーリングの悪化と比べて、ドライバーにより大きな違和感を与え得ることに着目し、本開示を想到するに至った。
【0017】
具体的に、本開示は、車両の変速制御装置に係る。この変速制御装置は、車両に搭載されかつ、前記車両の走行駆動力を発生するエンジンと、前記エンジンに接続される入力軸、及び、前記車両の駆動輪に接続される出力軸を有しかつ、入力された回転を、選択された変速段に対応する変速比で変速させて出力する油圧制御式の自動変速機と、前記入力軸の回転数に応じた変速信号を前記自動変速機へ出力することにより、該自動変速機の前記変速段を変更する制御器と、を備え、前記制御器は、前記変速段のシフトチェンジに際し、前記入力軸に入力される入力トルクを非シフトチェンジ時と比べて一時的に増加又は減少させるトルク調整制御を実行する。
【0018】
そして、本開示によれば、前記制御器は、前記トルク調整制御の実行に際し、前記出力軸から出力される出力トルクの目標値と前記シフトチェンジに要する変速時間の目標値との前記変速段に応じた逐次演算結果に基づいて、前記入力トルクの目標増減量が、前記エンジンの現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定し、前記目標増減量が実現可能と判定される場合は、該目標増減量を実現するように前記トルク調整制御を実行する一方、前記目標増減量が実現不可と判定される場合は、前記変速時間の目標値の代わりに、該目標値よりも長時間となるように予め設定された許容変速時間に基づいて前記トルク調整制御を実行する。
【0019】
この構成によると、制御器は、変速段に応じて逐次演算される出力トルク及び変速時間の各目標値に基づいて、入力トルクの目標増減量を判定する。そして、制御器は、その目標増減量が実現可能な場合は、該目標増減量を実現するようにトルク調整制御を実行する。
【0020】
このように構成することで、出力トルクの目標値と変速時間の目標値とが、双方とも所望の値で実現される。これにより、変速時間の長期化を抑制しながらも、トルクショックの発生を抑制することができる。変速段に応じて各目標値をきめ細かく設定しているため、トルクショックに通じる車両の前後加速度に関しても、その変動を的確に制御することができる。
【0021】
一方、入力トルクの目標増減量が実現不可な場合、制御器は、相対的に長時間となるように設定された許容変速時間に基づいてトルク調整制御を実行する。これにより、変速時間の長期化に伴う走行フィーリングの悪化と比べて、より大きな違和感を与え得るようなトルクショックの発生を確実に抑制することができる。そのことで、様々なシーンにおいて、ドライバーをはじめとする各乗員に与える違和感を可能な限り抑制した制御態様を実現することができる。
【0022】
また、本開示の一態様によれば、前記制御器は、前記変速時間の目標値に基づいて、前記入力軸に入力される回転の時間変化率を逐次演算するとともに、その演算結果と前記出力トルクの目標値とに基づいて前記トルク調整制御を実行し、前記目標増減量が実現不可と判定された場合、前記入力軸に入力される回転の時間変化率として、前記許容変速時間に対応した第2の時間変化率を算出し、該第2の時間変化率に基づいて前記トルク調整制御を実行する、としてもよい。
【0023】
この構成によると、制御器は、入力軸に入力される回転の時間変化率に基づいて、トルク調整制御を実行する。ここで、入力トルクの目標増減量が実現不可な場合、制御器は、変速時間の当初目標値に代えて,許容変速時間に対応した前記時間変化率に基づいてトルク調整制御を実行する。これにより、入力トルクの目標増減量が実現不可な場合であっても、トルク調整制御を不都合なくスムースに実行させることができる。トルク調整制御のスムースな実行は、トルクショックの発生の抑制に資する。
【0024】
また、本開示の一態様によれば、前記制御器は、前記エンジンの現在の状態の下で実現可能な前記入力トルクの限界値を示す限界入力トルクを算出するとともに、該限界入力トルクに基づいて、前記目標増減量が前記エンジンの現在の条件の下で実現可能か否かを判定し、前記制御器は、前記目標増減量が実現不可と判定された場合、前記入力軸に入力される回転の時間変化率として、前記出力トルクの目標値を維持しながら前記限界入力トルクを実現するために要する第3の時間変化率を算出し、前記制御器は、前記第3の時間変化率が実現可能な場合は、前記出力トルクの目標値を維持しつつ、当該目標値と前記第3の時間変化率とに基づいて前記トルク調整制御を実行する一方、前記第3の時間変化率が実現不可な場合は、前記第2の時間変化率に基づいて前記出力トルクの目標値を再演算するとともに、該再演算された前記出力トルクの目標値と前記第3の時間変化率とに基づいて、前記トルク調整制御を実行する、としてもよい。
【0025】
この構成によると、前記制御器は、入力トルクの目標増減量が実現不可な場合、出力トルクを当初目標値に維持しつつ、限界入力トルクに基づいて回転の時間変化率のみを変更する。その変更によって得られた第3の時間変化率が実現可能な場合は、出力トルクを変更させることなくトルク調整制御を実行する。これにより、より大きな違和感を与え得るトルクショックの発生を、優先的に抑制することができる。
【0026】
一方、第3の時間変化率が実現不可な場合は、第2の時間変化率を用いるばかりでなく、その第2の時間変化率に応じて出力トルクの目標値も変更した上で、トルク調整制御を実行する。
【0027】
このように、出力トルクの目標値を可能な限り維持するように構成することで、より大きな違和感を与え得るトルクショックの発生を、可能な限り抑制することができる。
【0028】
なお、第3の時間変化率が実現可能であるか否かの判定は、第3の時間変化率と第2の時間変化率とを比較することで行ってもよい。この場合、制御器は、第3の時間変化率が第2時間変化率以上であると判定された場合、第3の時間変化率が実現可能であると判定し、第3の時間変化率が第2時間変化率未満と判定された場合、第3の時間変化率が実現不可であると判定してもよい。この判定に際しては、第3の時間変化率及び第2時間変化率それぞれの絶対値を用いてもよい。
【0029】
また、本開示の一態様によれば、前記出力トルクの目標値は、前記入力軸の回転数が高い場合は、該回転数が低い場合と比べて、該回転数に対する変化率が大きくなるように設定されている、としてもよい。
【0030】
入力軸の回転数が高い場合は、加速要求が出されているケース等に相当するため、ある程度のトルクショックが許容されることになる。換言すれば、回転数が低い場合は、高い場合と比べてより大きな違和感を与え得る。そうした違和感を抑制するために、回転数が低い場合は出力トルクを低めに設定することにした。これにより、ドライバーに与える違和感を、より確実に抑制することができる。
【0031】
また、本開示の一態様によれば、前記変速時間の目標値は、前記入力軸の回転数が高い場合は、該回転数が低い場合と比べて小さくなるように設定されている、としてもよい。
【0032】
前述のように、高回転側では、ある程度のトルクショックが許容される。そのため、高回転側ではより速やかな変速を優先する一方、低回転側では長期間の変速によってトルクショックの発生を抑制することで、低回転側と高回転側のそれぞれに適した制御態様を実現することができる。
【0033】
また、本開示の一態様によれば、前記変速時間の目標値は、前記変速段が高い場合は、該変速段が低い場合と比べて小さくなるように設定されている、としてもよい。
【0034】
変速段が高い運転シーンとは、基本的に高車速での走行時に相当するため、ある程度のトルクショックが許容されることになる。換言すれば、変速段が低い場合は、高い場合と比べてより大きな違和感を与え得る。そうした違和感を抑制するために、回転数が低い場合は変速時間をより長く設定することにした。変速時間を長くしたことで、ドライバーへの違和感を、より確実に抑制することができる。
【0035】
また、本開示の一態様によれば、前記変速時間の目標値は、前記変速段が所定段以下の場合は、該変速段の高低に対して一定となるように設定されている、としてもよい。
【0036】
この構成によると、変速段が所定段以下の場合、変速段の高低に対して変速時間の目標値を一定にすることで、一定の変速感をドライバーに与えることができる。これにより、車両の走行フィーリングを高めることができる。
【0037】
また、本開示の一態様によれば、前記制御器は、前記入力軸と前記出力軸との回転数の差を調整することで前記変速段を変更するとともに、該回転数の差の調整と併せて前記トルク調整制御を実行し、前記制御器は、前記回転数の差の調整が開始されるに先だって、前記入力トルクの目標増減量が、前記エンジンの現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定する、としてもよい。
【0038】
この構成によると、目標増減量の判定をより早いタイミングで実行することができる。これにより、変速制御の開始に遅れることなく、目標増減量を確定させることが可能になる。
【発明の効果】
【0039】
以上説明したように、本開示によれば、変速時間の長期化を可能な限り抑制しつつ、ショックの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1図1は、ハイブリッド自動車を示している。
図2図2は、自動変速機の構成を示している。
図3図3は、自動変速機の締結表を示している。
図4図4は、変速制御装置のブロック図である。
図5図5は、AT入力トルクのモデル化に係る知見を表したブロック線図である。
図6A図6Aは、変速制御のフローチャートである。
図6B図6Bは、変速制御のフローチャートである。
図7図7は、シフトアップ時における、AT入力回転数に対する目標加速度変動の大きさを示す図である。
図8図8は、シフトアップ時における、AT入力回転数に対する目標変速時間の大きさを示す図である。
図9図9は、変速制御のタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、車両の変速制御装置の実施形態について、図面を参照しながら説明する。ここで説明する変速制御装置は、例示である。
【0042】
(ハイブリッド自動車)
図1に、開示する技術を適用した自動車1(車両の一例)を示す。この自動車1は、電力を利用した走行が可能なハイブリッド自動車である。自動車1は、前輪2F及び後輪2Rの合計4つの車輪を有している。前輪2F及び後輪2Rには、その回転を制動するために、それぞれ摩擦ブレーキ31が取り付けられている。
【0043】
自動車1には、駆動源として、自動車1の走行駆動力を発生するエンジン4及びモータ5が搭載されている。これらが協働して、後輪2Rを駆動する。それにより、自動車1は走行する。自動車1は後輪駆動車両である。モータ5はまた、駆動源としてだけでなく、回生時には発電機としても利用される。
【0044】
この自動車1は、後述するように定格電圧が50V以下の高電圧バッテリ9を搭載している。その高電圧バッテリ9からの電力供給により、モータ5は、主にエンジン4をアシストする形で走行する(いわゆるマイルドハイブリッド車)。なお、自動車1は、外部電源からの電力供給が可能な、いわゆるプラグインハイブリッド車であってもよい。
【0045】
この自動車1の場合、エンジン4は車体の前側に配置されており、駆動輪は車体の後側に配置されている。すなわち、この自動車1は、いわゆるFR車である。
【0046】
自動車1には、エンジン4、モータ5の他、駆動系の装置として、K0クラッチ6、インバータ7、自動変速機8が備えられている。自動車1にはまた、制御系の装置として、コントローラ20が備えられている。自動車1にはまた、制動系の装置として、摩擦ブレーキ31を含む摩擦ブレーキシステム3が備えられている。
【0047】
(駆動系の装置)
エンジン4は、例えば化石燃料を燃焼させる内燃機関である。エンジン4はまた、吸気、圧縮、膨張、排気の各サイクルを繰り返すことで回転動力を発生させる、いわゆる4サイクルエンジンである。エンジン4には、火花点火式エンジン、圧縮着火式エンジン等、様々な種類や形態があるが、開示する技術では、特にエンジン4の種類や形態は限定しない。
【0048】
この自動車1では、エンジン4は、回転動力を出力するクランクシャフト4aを、車体の前後方向に向けた状態で、車幅方向の略中央部に配置されている。自動車1には、吸気システム、排気システム、燃料供給システムなど、エンジン4に付随した様々な装置や機構が設置されている。
【0049】
モータ5は、三相の交流によって駆動する永久磁石型の同期モータである。モータ5は、K0クラッチ6を介してエンジン4の後方に直列に配置されている。モータ5はまた、自動変速機8の前方に直列に配置されている。
【0050】
K0クラッチ6は、モータ5のシャフト5aの前端部と、エンジン4のクランクシャフト4aとの間に介在するように設置されている。K0クラッチ6は、クランクシャフト4aとシャフト5aとが連結された状態(接続状態)と、クランクシャフト4aとシャフト5aとが分離した状態(分離状態)とに切り替える。
【0051】
モータ5のシャフト5aの後端部は自動変速機8の入力軸8aに連結されている。従って、エンジン4は、K0クラッチ6及びシャフト5aを介して、自動変速機8と連結されている。K0クラッチ6を分離状態にすることで、エンジン4は自動変速機8から切り離される。
【0052】
自動車1の走行中、K0クラッチ6は、接続状態と分離状態との間で切り替えられる。例えば、自動車1の減速時には、K0クラッチ6を分離状態にし、エンジン4を切り離した状態での回生が行われる場合がある。
【0053】
モータ5は、インバータ7及び高電圧ケーブル40を介して、駆動電源として車載されている高電圧バッテリ9と接続されている。この自動車1の場合、高電圧バッテリ9は、定格電圧が50V以下、具体的には48Vの直流バッテリが用いられている。
【0054】
高電圧バッテリ9は、インバータ7に高電圧の直流電力を供給する。インバータ7は、その直流電力を3相の交流に変換してモータ5に通電する。それにより、モータ5が回転駆動する。また、モータ5は、回生エネルギを、高電圧バッテリ9へ供給する。
【0055】
高電圧バッテリ9は、高電圧ケーブル40を介してDCDCコンバータ10とも接続されている。DCDCコンバータ10は、48Vの高電圧の直流電力を12Vの低電圧の直流電力に変換して出力する。DCDCコンバータ10(その出力側)は、低電圧ケーブル41を介して低電圧バッテリ11(いわゆる鉛蓄電池)と接続されている。
【0056】
低電圧バッテリ11は、低電圧ケーブル41を介して様々な電装品と接続されている。DCDCコンバータ10はまた、低電圧ケーブル41を介してCAN12(Controller Area Network)とも接続されている。それにより、DCDCコンバータ10はCAN12に低電圧の直流電力を供給する。
【0057】
自動変速機8は、油圧制御式の多段式自動変速機(いわゆるAT)である。この自動変速機8は、エンジン4に接続される入力軸8a、及び、自動車1の駆動輪(後輪2R)に接続される出力軸8bを有している。この自動変速機8は、入力軸8aに入力された回転を、ドライバーによって選択された変速段に対応する変速比で変速させて出力することができる。
【0058】
詳しくは、入力軸8aは、自動変速機8の前端部に配置されている。この入力軸8aは、上述したようにモータ5のシャフト5aと連結されている。出力軸8bは、自動変速機8の後端部に配置されている。この出力軸8bは、入力軸8aから独立した状態で回転する。
【0059】
これら入力軸8aと出力軸8bとの間には、トルクコンバータ8c、複数の遊星歯車機構、及び複数の摩擦締結要素などからなる変速機構が組み込まれている。各摩擦締結要素は、油圧によって締結状態と非締結状態とに切り替わる。
【0060】
-変速機の詳細-
図2に、自動変速機8の構成を示す。この自動変速機8は、FR式の車両に搭載される縦置き式の自動変速機である。
【0061】
自動変速機8は、変速機ケース81と、変速機ケース81内に挿入されかつ自動車1の駆動源(エンジン、モータ等)からの動力が入力される入力軸8aと、変速機ケース81内に収容されかつ入力軸8aを介して駆動源からの動力が伝達される変速機構84と、変速機ケース81内に挿入されかつ変速機構84からの動力をプロペラシャフトに出力する出力軸8bと、を有している。
【0062】
自動変速機8は、トルクコンバータを介さずに上記駆動源に直接接続される変速機である。すなわち、入力軸8aは、上記駆動源の出力軸に直接接続されている。
【0063】
入力軸8aと出力軸8bとは、車両前後方向に沿って同軸上に配置されており、自動変速機8が上記車両に搭載された状態で、入力軸8aが車両前側に位置しかつ出力軸8bが車両後側に位置している。以下の説明では、入力軸8aの軸方向(出力軸8bの軸方向)における上記駆動源側(図1の左側)を前側といい、入力軸8aの軸方向における上記駆動源とは反対側(図1の右側)を後側という。
【0064】
変速機構84は、入力軸8aの軸方向に並ぶ、第1プラネタリギヤセットPG1(以下、第1ギヤセットPG1という)、第2プラネタリギヤセットPG2(以下、第2ギヤセットPG2という)、第3プラネタリギヤセットPG3(以下、第3ギヤセットPG3という)、及び、第4プラネタリギヤセットPG4(以下、第4ギヤセットPG4という)を有している。これら第1ギヤセットPG1、第2ギヤセットPG2、第3ギヤセットPG3及び第4ギヤセットPG4は、前側からこの順に並んでいて、入力軸8aから出力ギヤ13への複数の動力伝達経路を形成する。第1~第4ギヤセットPG1~PG4は、入力軸8a及び出力軸8bと同一軸線上に配置されている。
【0065】
第1ギヤセットPG1は、回転要素として、第1サンギヤS1、第1リングギヤR1及び第1キャリヤC1を有する。第1ギヤセットPG1は、シングルピニオン型であって、第1キャリヤC1に支持されかつ第1ギヤセットPG1の周方向に互いに間隔をあけて配置された複数のピニオンPi1が第1サンギヤS1及び第1リングギヤR1の両方に噛み合わされている。
【0066】
第2ギヤセットPG2は、回転要素として、第2サンギヤS2、第2リングギヤR2及び第2キャリヤC2を有する。第2ギヤセットPG2も、シングルピニオン型であって、第2キャリヤC2に支持されかつ第2ギヤセットPG2の周方向に互いに間隔をあけて配置された複数のピニオンPi2が第2サンギヤS2及び第2リングギヤR2の両方に噛み合わされている。
【0067】
第3ギヤセットPG3は、回転要素として、第3サンギヤS3、第3リングギヤR3及び第3キャリヤC3を有する。第3ギヤセットPG3も、シングルピニオン型であって、第3キャリヤC3に支持されかつ第3ギヤセットPG3の周方向に互いに間隔をあけて配置された複数のピニオンPi3が第3サンギヤS3及び第3リングギヤR3の両方に噛み合わされている。
【0068】
第4ギヤセットPG4は、回転要素として、第4サンギヤS4、第4リングギヤR4及び第4キャリヤC4を有する。第4ギヤセットPG4も、シングルピニオン型であって、第4キャリヤC4に支持されかつ第4ギヤセットPG4の周方向に互いに間隔をあけて配置された複数のピニオンPi4が第4サンギヤS4及び第4リングギヤR4の両方に噛み合わされている。
【0069】
第1ギヤセットPG1の第1サンギヤS1は、入力軸8aの軸方向に2分割されており、相対的に前側に配置された前側第1サンギヤS1aと相対的に後側に配置された後側第1サンギヤS1bとを有している。つまり、第1ギヤセットPG1は、ダブルサンギヤ型のギヤセットである。前側及び後側第1サンギヤS1a,S1bは、同じ歯数の歯を有して、第1キャリヤC1に支持されたピニオンPi1に噛合しているため、これら前側及び後側第1サンギヤS1a,S1bの回転数は常に等しくなる。すなわち、前側及び後側第1サンギヤS1a,S1bは、常に同じ回転速度で回転し、一方のギヤの回転が停止しているときには他方のギヤの回転も停止する。
【0070】
第1サンギヤS1(厳密には、後側第1サンギヤS1b)と第4サンギヤS4とが常時連結され、第1リングギヤR1と第2サンギヤS2とが常時連結され、第2キャリヤC2と第4キャリヤC4とが常時転結され、第3キャリヤC3と第4リングギヤR4とが常時連結されている。また、入力軸8aは第1キャリヤC1に常時連結され、出力軸8bは第4キャリヤC4に常時連結されている。具体的には、入力軸8aは、前側及び後側第1サンギヤS1a,S1bの間を通る動力伝達部材88を介して第1キャリヤC1と連結されている。後側第1サンギヤS1bと第4サンギヤS4とは、動力伝達軸85を介して連結されている。第2キャリヤC2と第4キャリヤC4とは、動力伝達部材86を介して連結されている。
【0071】
変速機構84はまた、第1~第4ギヤセットPG1~PG4により形成される上記複数の動力伝達経路の中から1つを選択して動力伝達経路を切り換えるための5つの摩擦締結要素(第1クラッチCL1、第2クラッチCL2、第3クラッチCL3、第1ブレーキBR1及び第2ブレーキBR2)を有している。
【0072】
第1クラッチCL1は、入力軸8a及び第1キャリヤC1と第3サンギヤS3との間を断接するように構成されている。第1クラッチCL1は、第1ギヤセットPG1の前側に配設されている。
【0073】
第2クラッチCL2は、第1リングギヤR1及び第2サンギヤS2と第3サンギヤS3との間を断接するように構成されている。第2クラッチCL2は、第1クラッチCL1の前側に配設されている。
【0074】
第3クラッチCL3は、第2リングギヤR2と第3サンギヤS3との間を断接するように構成されている。第3クラッチCL3は、第2クラッチCL2の前側に配設されている。
【0075】
第3サンギヤS3と、第1クラッチCL1、第2クラッチCL2及び第3クラッチCL3の全てとが、動力伝達部材805及び動力伝達部材808を介して連結され、第1リングギヤR1及び第2サンギヤS2と第2クラッチCL2とが、第2クラッチCL2の動力伝達部材806を介して連結され、第2リングギヤR2と第3クラッチCL3とが、第3クラッチCL3の動力伝達部材807を介して連結されている。
【0076】
具体的に、第1クラッチCL1は、第1キャリヤC1に結合された回転可能な内側保持部材と、内側保持部材の外周面に係合されたハブ側摩擦板と、第3サンギヤS3に動力伝達部材805,808を介して結合された回転可能な外側保持部材と、外側保持部材の内周面に係合されたドラム側摩擦板と、ハブ側摩擦板とドラム側摩擦板とを圧接するために軸方向に進退駆動されるピストンP1とを有している。ピストンP1の隣接位置には、バルブボディ(不図示)から供給される油圧が導入される油圧室F1が画成されており、この油圧室F1への油圧の給排に応じて前記ハブ側摩擦板及びドラム側摩擦板が圧接または圧接解除される。そして、当該圧接または圧接解除により、前記内側保持部材及び外側保持部材が互いに連結または分離され、これに伴って入力軸8a及び第1キャリヤC1と、第3サンギヤS3とが断接される。
【0077】
第2クラッチCL2は、第3サンギヤS3に動力伝達部材805,808を介して結合された回転可能な内側保持部材と、内側保持部材の外周面に係合されたハブ側摩擦板と、第1リングギヤR1及び第2サンギヤS2に動力伝達部材807を介して結合された回転可能な外側保持部材と、外側保持部材の内周面に係合されたドラム側摩擦板と、ハブ側摩擦板とドラム側摩擦板とを圧接するために軸方向に進退駆動されるピストンP2とを有している。ピストンP2の隣接位置には、前記バルブボディから供給される油圧が導入される油圧室F2が画成されており、この油圧室F2への油圧の給排に応じて前記ハブ側摩擦板及びドラム側摩擦板が圧接または圧接解除されることにより、第1リングギヤR1及び第2サンギヤS2と、第3サンギヤS3とが断接される。
【0078】
第3クラッチCL3は、第3サンギヤS3に動力伝達部材805,808を介して結合された回転可能な内側保持部材と、内側保持部材の外周面に係合されたハブ側摩擦板と、第2リングギヤR2に動力伝達部材806を介して結合された回転可能な外側保持部材と、外側保持部材の内周面に係合されたドラム側摩擦板と、ハブ側摩擦板とドラム側摩擦板とを圧接するために軸方向に進退駆動されるピストンP3とを有している。ピストンP3の隣接位置には、バルブボディVBから供給される油圧が導入される油圧室F3が画成されており、この油圧室F3への油圧の給排に応じて前記ハブ側摩擦板及びドラム側摩擦板が圧接または圧接解除されることにより、第2リングギヤR2と第3サンギヤS3とが断接される。
【0079】
第1ブレーキBR1は、第1サンギヤS1(厳密には前側第1サンギヤS1a)と変速機ケース81との間を断接するように構成されている。第1ブレーキBR1は、第3クラッチCL3の前側における変速機ケース81の近傍に配置されている。第1ブレーキBR1の締結時には、第1サンギヤS1が変速機ケース81に固定される。
【0080】
第2ブレーキBR2は、第3リングギヤR3と変速機ケース81との間を断接するように構成されている。第2ブレーキBR2の締結時には、第3リングギヤR3が変速機ケース81に固定される。
【0081】
具体的に、第1ブレーキBR1は、前側第1サンギヤS1aに動力伝達部材87を介して結合された回転可能な内側保持部材と、内側保持部材の外周面に係合されたハブ側摩擦板と、変速機ケース81に結合された回転不能な外側保持部材と、外側保持部材の内周面に係合されたドラム側摩擦板と、ハブ側摩擦板とドラム側摩擦板とを圧接するために軸方向に進退駆動されるピストンP4とを有している。ピストンP4の隣接位置には、バルブボディから供給される油圧が導入される油圧室F4が画成されており、この油圧室F4への油圧の給排に応じて前記ハブ側摩擦板及びドラム側摩擦板が圧接または圧接解除されることにより、変速機ケース81と第1サンギヤS1とが断接される。
【0082】
第2ブレーキBR2は、第3リングギヤR3に結合された回転可能な内側保持部材と、内側保持部材の外周面に係合されたハブ側摩擦板と、変速機ケース81に結合された回転不能な外側保持部材と、外側保持部材の内周面に係合されたドラム側摩擦板と、ハブ側摩擦板とドラム側摩擦板とを圧接するために軸方向に進退駆動されるピストンP5とを有している。ピストンP5の隣接位置には、バルブボディから供給される油圧が導入される油圧室F5が画成されており、この油圧室F5への油圧の給排に応じて前記ハブ側摩擦板及びドラム側摩擦板が圧接または圧接解除されることにより、変速機ケース81と第3リングギヤR3とが断接される。
【0083】
変速機ケース81は、第1ブレーキBR1と第3クラッチCL3との間の軸方向位置に、変速機ケース81の内周面81bから径方向内側に延びる環状の縦壁部W1を有するとともに、縦壁部W1の内周端から後方に延びる円筒状の円筒壁部W2を有している。円筒壁部W2は、動力伝達部材808の内周面に沿って同心状に延びるように形成されている。
【0084】
動力伝達部材808の径方向外側には、軸方向に並ぶ3つのハウジングが形成されており、これら3つのハウジングに、第1クラッチCL1、第2クラッチCL2、及び第3クラッチCL3の各ピストンP1,P2,P3がそれぞれ収容されている。
【0085】
縦壁部W1、円筒壁部W2、及び動力伝達部材808には、第1クラッチCL1、第2クラッチCL2、及び第3クラッチCL3の各油圧室F1,F2,F3にそれぞれ油圧を供給するための油路が形成されている。具体的に、縦壁部W1及び円筒壁部W2には油路aが形成され、動力伝達部材808には油路b,c,dが形成されている。そして、油路a及び油路bを通じて第1クラッチCL1の油圧室F1に油圧が供給され、油路a及び油路cを通じて第2クラッチCL2の油圧室F2に油圧が供給され、油路a及び油路dを通じて第3クラッチCL3の油圧室F3に油圧が供給される。
【0086】
なお、図示しないが、円筒壁部W2の外周面と動力伝達部材808の内周面との間における油路aと油路b,c,dとの連通部は、それぞれシールリングによりシールされている。
【0087】
第1ブレーキBR1のピストンP4は、縦壁部W1の前側に形成されたハウジングに収容されている。当該ハウジングにより区画された油圧室F4には、変速機ケース81の外
側(バルブボディ)から油路eが直接に連通している。
【0088】
第2ブレーキBR2のピストンP5は、変速機ケース81の後部の内周面81bに嵌合されたハウジングに収容されている。当該ハウジングにより区画された油圧室F5には、変速機ケース81の外側(バルブボディ)から油路fが直接に連通している。
【0089】
以上のような構成の自動変速機8によると、前記5つの摩擦締結要素(CL1,CL2,CL3,BR1,BR2)は、油圧室F1~F5への作動油の供給により締結される。
【0090】
図3に、この自動変速機8の締結表を示す。表中の丸印は締結を示している。前述したように、この自動変速機8には、摩擦締結要素として、第1クラッチCL1、第2クラッチCL2、及び、第3クラッチCL3からなる3つのクラッチと、第1ブレーキBR1及び第2ブレーキBR2からなる2つのブレーキとが組み込まれている。
【0091】
自動変速機8は、油圧制御により、3つのクラッチと2つのブレーキとの中から3つの要素を選択して締結する。そうすることにより、自動変速機の変速段は、1速から8速までの前進用の変速段、及び、後退用の変速段(後退速)のいずれかに切り替わる。
【0092】
具体的には、第1クラッチCL1、第1ブレーキBR1及び第2ブレーキBR2の締結により、1速が形成される。第2クラッチCL2、第1ブレーキBR1及び第2ブレーキBR2の締結により、2速が形成される。第1クラッチCL1、第2クラッチCL2及び第2ブレーキBR2の締結により、3速が形成される。第2クラッチCL2、第3クラッチCL3及び第2ブレーキBR2の締結により、4速が形成される。第1クラッチCL1、第3クラッチCL3及び第2ブレーキBR2の締結により、5速が形成される。第1クラッチCL1、第2クラッチCL2及び第3クラッチCL3の締結により、6速が形成される。第1クラッチCL1、第3クラッチCL3及び第1ブレーキBR1の締結により、7速が形成される。第2クラッチCL2、第3クラッチCL3及び第1ブレーキBR1の締結により、8速が形成される。第3クラッチCL3、第1ブレーキBR1及び第2ブレーキBR2の締結により、後退速が形成される。
【0093】
そして、例えば1速からシフトアップする場合、第1クラッチCL1に代えて第2クラッチCL2を締結することで、変速段は1速から2速に切り替わる。第1ブレーキBR1に代えて第1クラッチCL1を締結することで、変速段は2速から3速に切り替わる。第1クラッチCL1に代えて第3クラッチCL3を締結することで、変速段は3速から4速に切り替わる。
【0094】
5速へのシフトアップも、これらと同様に行われる。シフトダウンする場合は、シフトアップでの切り替えと逆の手順になる。
【0095】
各変速段において締結されるべき要素が締結されないと、入力軸8aと出力軸8bとの間が切り離された状態になる(いわゆるニュートラル)。自動変速機8に駆動源から回転動力が入力されても、その回転動力は自動変速機8から出力されない。
【0096】
自動車1の減速中に、自動変速機8がニュートラルにされる場合がある。具体的に自動変速機8が2速、3速、又は、4速の状態では、第2クラッチCL2が開放されることにより自動変速機8はニュートラルになる。また、自動変速機8が5速、6速、7速、又は、8速の状態では、第3クラッチCL3が開放されることにより自動変速機8はニュートラルになる。これら第2クラッチCL2及び第3クラッチCL3を総称して、K1クラッチと呼ぶ場合がある。自動車1の減速中に、K1クラッチを開放するとは、自動変速機8の入力軸8aと出力軸8bとの間の動力伝達を遮断して、自動変速機8をニュートラルにする意味である。
【0097】
図1に示すように、自動変速機8の出力軸8bは、車体の前後方向に延びるプロペラシャフト15を介してデファレンシャルギヤ16に連結されている。デファレンシャルギヤ16には、車幅方向に延びて、左右の後輪2R,2Rに連結された一対の駆動シャフト17,17が連結されている。プロペラシャフト15を通じて出力される回転動力は、デファレンシャルギヤ16で振り分けられた後、これら一対の駆動シャフト17,17を通じて各後輪2Rに伝達される。
【0098】
(変速制御装置)
図3は、変速制御装置のブロック図である。自動車1には、ドライバーの操作に応じて、エンジン4、モータ5、K0クラッチ6、自動変速機8、摩擦ブレーキシステム3などを制御し、その走行をコントロールするために、上述したコントローラ20が設置されている。コントローラ20は、プロセッサ、メモリ、インターフェースなどのハードウエアと、データベースや制御プログラムなどのソフトウエアとで構成されている。なお、図4の変速制御装置には、一つのコントローラ20が示されているが、変速制御装置のコントローラは、駆動源(エンジン4及びモータ5)の作動を主に制御するユニット(PCM)と、K0クラッチ6及び自動変速機8の作動を主に制御するユニット(TCM)とに分かれていてもよい。PCM及びTCMは、CAN12によって接続されていて、互いに電気通信可能に構成される。
【0099】
変速制御装置は、車両の走行に関係する各種のパラメータを計測するセンサを備えている。具体的に、変速制御装置は、車速センサ51、車輪速センサ52、操舵角センサ53、ヨーレートセンサ54、ブレーキペダルセンサ55、アクセル開度センサ56、AT入力トルクセンサ57、及び、AT入力回転数センサ58を備えている。
【0100】
車速センサ51は、自動車1の車速に対応する信号を出力する。車輪速センサ52は、自動車1の四輪2F、2Rそれぞれの車輪の回転数に対応する信号を出力する。
【0101】
操舵角センサ53は、ドライバーが操作をするステアリングホイール110(図1参照)の回転角、つまり操舵角に対応する信号を出力する。ヨーレートセンサ54は、自動車1のヨーレートに対応する信号を出力する。
【0102】
ブレーキペダルセンサ55は、ドライバーが操作をするブレーキペダル19(図1参照)の踏み込みに対応する信号を出力する。アクセル開度センサ56は、ドライバーが操作をするアクセルペダル18(図1参照)の踏み込みに対応する信号を出力する。
【0103】
AT入力トルクセンサ57は、自動変速機8の入力軸8aの入力トルクに対応する信号を出力する。AT入力回転数センサ58は、自動変速機8の入力軸8aの回転数に対応する信号を出力する。
【0104】
コントローラ20は、これらのセンサが出力した信号を、CAN12を介して受ける。コントローラ20は、CAN12を通じて、エンジン4、インバータ7、K0クラッチ6、自動変速機8、及び、摩擦ブレーキシステム3へ制御信号を出力する。これにより、コントローラ20は、エンジン4、モータ5、K0クラッチ6、自動変速機8、及び、摩擦ブレーキシステム3を制御する。
【0105】
例えば、コントローラ20は、変速制御として、入力軸8aの回転数に応じた変速信号を自動変速機8へ出力することにより、該自動変速機8の変速段を変更する制御を行うことができる。変速段を変更することで、前述のシフトアップ及びシフトダウンを実現することができる。その際、コントローラ20は、入力軸8aと出力軸8bとの回転数の差を調整することで、変速段の変更を実行する。後述の「変速時間」とは、入力軸8aと出力軸8bとの回転数の差を調整する期間としてもよい。なお、回転数の差を調整している最中、自動変速機8は一時的にニュートラルになる。
【0106】
一般に、変速に際して回転の変化が生じると、その変化量と、自動変速機8内で切り替わる摩擦締結要素に応じてトルク(いわゆるイナーシャトルク)が発生する。このイナーシャトルクは、自動車の前後加速度に短時間での変動を招き、乗員にトルクショックを招く可能性がある。
【0107】
そこで、コントローラ20は、変速段のシフトチェンジに際し、自動変速機8の入力軸8aに入力されるAT入力トルクを、非シフトチェンジ時と比べて一時的に増減させるトルク調整制御を実行する。このトルク調整制御において、コントローラ20は、エンジン4及び/又はモータ5のAT出力トルクを調整することで、AT入力トルクを一時的に増加又は減少させる。トルク調整制御は、イナーシャトルクに起因したトルクショックの抑制に資する。AT入力トルクの一時的な増加又は減少は、主に、モータ5によって行うことができる。
【0108】
なお、コントローラ20は、入力軸8aと出力軸8bとの回転数の差の調整と併せてトルク調整制御を実行するように構成されている。特に、本実施形態に係るコントローラ20は、後述の図9における時刻t2及び時刻t3に示すように、自動変速機8の変速期間中(より具体的には、回転数の差の調整期間中)に、トルク調整制御を実行するように構成されている。
【0109】
すなわち、本実施形態における「AT入力トルクを一時的に増加又は減少させる」とは、「AT入力トルクを自動変速機8の変速期間中に増加又は減少させる」ことを意味する。なお、トルク調整制御の実行期間と、変速期間を厳密に一致させることは、必須ではない。
【0110】
より詳細には、変速段のシフトアップに際し、前後Gは、回転変化と同時に一時的に上昇するように変化する。前後Gの急峻な上昇は、乗員を突き上げるように作用する。この場合、コントローラ20は、AT入力トルクを一時的に減少させることでトルク調整制御を実行する。
【0111】
一方、変速段のシフトダウンに際し、前後Gは、回転変化と同時に一時的に減少するように変化する。前後Gの急峻な減少は、乗員を引き込むように作用する。この場合、コントローラ20は、AT入力トルクを一時的に増加させることで前記トルク調整制御を実行する。
【0112】
以上のようなトルク調整制御を行うことで、変速時間を長期化することなく、トルクショックを抑制することができると考えられていた。また、AT入力トルクに対応して出力されるAT出力トルクを通じて前後Gの波形(以下、「G波形」ともいう)を的確に調整することで、ドライバーに適度な“変速感”を与えることも考えられていた。
【0113】
ところが、本願発明者らが鋭意検討を進めた結果、自動変速機8内のイナーシャ等、自動変速機8の仕様次第では、AT入力トルクの増減量が大きくなるにしたがって、自動変速機8の出力軸8bから出力されるAT出力トルク、ひいては前後Gの波形に不要な凹凸が生じることがわかった。
【0114】
例えば、変速段のシフトアップに際しては、AT入力トルクの減少量が大きいと、それが小さいときと比べてG波形に窪みが生じてしまう可能性がある。対して、変速段のシフトダウンに際しては、AT入力トルクの増加量が大きいと、それが小さいときと比べてG波形に盛り上がりが生じる可能性がある。
【0115】
G波形における望まれない凹凸は、変速に際し、前後Gの窪み又は盛り上がり等、G波形に不要な変動をもたらす。そうした不要な変動は、ドライバーに適度な変速感を与えるというよりは、むしろ、ドライバーに違和感を与えるようなトルクショックを招くため不都合である。
【0116】
このようなショックの発生を抑制するためには、例えば、変速時間を長期化することが考えられるが、変速時間の長期化は、走行フィーリングを悪化させることになるため不都合である。
【0117】
そこで、本実施形態に係るコントローラ20は、所望の変速時間と、所望のAT出力トルク(すなわち、適度な変速感を与えるG波形をもたらすようなAT出力トルク)に応じて、それらを実現するのに必要なAT入力トルクを逆算するようにした。その際、算出されたAT入力トルクが、エンジン1の現在の状態に基づいて実現可能であるか否かの判定も行うようにした。
【0118】
以下、AT入力トルクの算出及び実現可否に係る処理(変速処理)の前提となる知見について説明し、その後、変速処理について詳細に説明する。
【0119】
(AT入力トルクのモデル化)
図5は、AT入力トルクのモデル化に係る知見を表したブロック線図である。図5に示すダイアグラムG1は、特にシフトアップの際のブロック線図を示している。
【0120】
本願発明者らは、図2に例示した自動変速機8の各部位の入力に対する速度差の比率と、自動変速機8をモデル化したスケルトンの各所におけるトルクの釣り合いと、に基づいて、AT出力トルクのモデル化を検討した。
【0121】
例えば速度差の比率を検討する際には、変速段毎に、自動変速機8の各構成要素のイナーシャを検討するとともに、そのイナーシャに起因したトルクを検討した。また、トルクの釣り合いを検討する際には、5つの摩擦締結要素(CL1,CL2,CL3,BR1,BR2)、4種類の複数のピニオンPi1~Pi4等、自動変速機8内の各所における釣り合いを検討した。
【0122】
そうした検討を重ねた結果、本願発明者らは、図5に示す知見を得るに至った。
【0123】
図5のダイアグラムD1において、「目標加速度変動」は、自動変速機8の変速の際に、自動車1に与える加速度変動の目標値である。「ロストルク」とは、自動変速機8に所定のAT入力トルクを与えた際に、自動変速機8内部で失われるトルクを示している。「等価イナーシャトルク」とは、自動変速機8の等価イナーシャに対応して生じるイナーシャトルクを示している。等価イナーシャトルクは、シフトチェンジの際のギア比に応じて変化し得る。ギア比の大きさは、図中の定数MGRに相当する。
【0124】
また、ダイアグラムD1において、「入力回転傾き」とは、AT入力回転数の時間変化率に相当する。「クラッチ伝達トルク」とは、自動変速機8の変速に際して、その摩擦締結要素に伝達されるトルクの目標値に相当する。「クラッチ油圧」とは、自動変速機8の摩擦締結要素に供給される油圧の目標値に相当する。
【0125】
ダイアグラムD1に示すように、AT出力トルクの算出に際しては、AT入力トルクと目標加速度変動とを加算した上で、その加算値からロストルクを減算する。その減算値に対し、等価イナーシャトルクをさらに減算する(シフトダウンの際は、加算されることになる)。その減算結果(又は加算結果)にギア比MGRを乗算することで、AT出力トルクを算出することができる。
【0126】
一方、そうして算出したAT出力トルクに定数K2を乗算した上で、その乗算値をAT入力トルクから減算する。その減算結果に対し、定数K1の(-1)乗を乗じることで、入力回転傾きが得られる。そうして得られた入力回転傾きに定数K3を乗じた数値と、AT出力トルクに定数K4を乗じた数値とを加算することで、クラッチ伝達トルクを得ることができる。最終的に、そうして得られたクラッチ伝達トルクに、油圧変換係数としての定数K5を乗じることで、クラッチ油圧が算出されることになる。
【0127】
ここで、定数K1~K5のうち、少なくとも定数K1~K4は、自動変速機8の等価イナーシャを加味したパラメータであり、実験、シミューレション等に応じて事前に決定されている。油圧変換係数としての定数K5も、事前に決定することができる。定数K1~K5は、自動変速機8のイナーシャ等、そのハード構成に依拠したパラメータである。
【0128】
事前に決定された定数K1~K5の値は、コントローラ20に事前に記憶されており、必要に応じて、適宜読み出されるようになっている。定数K1~K5は、自動変速機8の仕様に応じて設定されたパラメータではあるものの、変速段等、自動車1、エンジン4、モータ5及び自動変速機8の作動状況に応じて変わらない固定値とされている。
【0129】
そして、図5に示す関係を逆に辿ると、所望のAT出力トルク(=TQ)と、同じく所望の入力回転傾き(=ΔR)とを与えた場合、それらの値に対応したAT入力トルク(=tq)が、下式(1)に示すように一意に定まることが判る。
【0130】
tq=K1×ΔR+K2×TQ …(1)
本実施形態に係るコントローラ20は、上式(1)に基づいて、AT出力トルクと入力回転傾きからAT入力トルクを算出することができる。同様にコントローラ20は、、TQに関して上式(1)を変形して得られる数式に基づいて、入力回転傾きとAT入力トルクからAT出力トルクを算出したり、ΔRに関して上式(1)を変形して得られる数式に基づいて、AT入力トルクとAT出力トルクから入力回転傾きを算出したりすることができる。
【0131】
(変速処理)
図6A及び図6Bは、変速制御のフローチャートである。また、図7は、シフトアップに際して用いられる、AT入力回転数に対する目標加速度変動の大きさを示す図である。図8は、シフトアップに際して用いられる、AT入力回転数に対する目標変速時間の大きさを示す図である。
【0132】
ここで、図6Bは、図6AのステップS112で行われる処理を示している。また、図6A及び図6Bは、双方とも例示に過ぎない。例えば、図6AのステップS102及びステップS103と、ステップS104及びステップS105とを並行して実行せず、それら4つのステップを1つずつ順番に実行してもよい。
【0133】
スタート後のステップS101において、コントローラ20は、現在のAT入力トルクと、現在のAT入力回転数を読み込む。プロセスは、その後、ステップS102とステップS103とのそれぞれに進む。
【0134】
ステップS102において、コントローラ20は、変速段に応じた目標加速度変動を設定する。なお、ここでいう加速度は、自動車1の車両前後方向における加速度を指す。目標加速度変動は、シフトアップ及びシフトダウンのそれぞれに設定されている関係式又はマップに基づいて、自動変速機8の変速段とAT入力回転数とに応じて逐次演算される。
【0135】
図7は、シフトアップに際して用いられるマップの一例である。シフトダウンの際に用いられるマップも、図7と同様に構成されている。
【0136】
図7に示すように、コントローラ20は、AT入力回転数が高い場合は、該AT入力回転数が低い場合と比べて、目標加速度変動を大きく設定する。AT入力回転数が高い場合は、ドライバーに、シフトアップ又はシフトダウンに際して“変速感”を与えることが許容される。
【0137】
コントローラ20はまた、AT入力回転数が高い場合は、該AT入力回転数が低い場合と比べて、目標加速変動の変化量をプラス方向に大きく設定する。言い換えると、AT入力回転数に対する目標加速変動の一次導関数は、AT入力回転数が高いときには、該AT入力回転数が低いときと比べて大きくなっている。
【0138】
コントローラ20はまた、変速時における変速段が高い場合は、該変速段が低い場合と比べて、目標加速度変動を大きく設定する。変速段が高い場合は、ドライバーに、前述の“変速感”を与えることが許容される。
【0139】
続くステップS103において、コントローラ20は、目標加速度変動から、出力軸8bから出力されるAT出力トルクの目標値(=TQ)を逐次演算する。この目標値は、自動変速機8の変速時における、出力軸8bのトルク変動の目標値に相当する。この目標値の大きさは、目標加速度変動と同様の振る舞いを示す。以下、AT出力トルクの目標値を「目標出力トルク」ともいう。また、変速段を参照して目標加速度変動が設定されたことから明らかなように、目標出力トルクの逐次演算は、変速段に応じて行われる。
【0140】
すなわち、AT出力トルクの目標値は、AT入力回転数(入力軸8aの回転数)が高い場合は、該AT入力回転数が低い場合と比べて大きくなる。また、AT出力トルクの目標値は、AT入力回転数が高い場合は、該AT入力回転数が低い場合と比べて、該AT入力回転数に対する変化率が大きくなる。さらに、AT出力トルクの目標値は、変速時における変速段が高い場合は、該変速段が低い場合と比べて大きく設定される。
【0141】
一方、ステップS104において、コントローラ20は、目標変速時間を設定する。目標変速時間は、自動変速機8の変速の際に要する時間の目標値である。より詳細には、目標変速時間は、変速時間についての説明と重複するが、トルク調整制御においてAT入力トルクを一時的に増加又は減少させる時間の目標値に相当するものであり、入力軸8aと出力軸8bとの回転数の調整に要する時間の目標値に相当する。目標変速時間は、シフトアップ及びシフトダウンのそれぞれに設定されている関係式又はマップに基づいて、自動変速機8の変速段とAT入力回転数とから逐次演算される。目標変速時間の逐次演算は、変速段に応じて行われるようになっている。
【0142】
図8は、シフトアップに際して用いられるマップの一例である。シフトダウンの際に用いられるマップも、図8と同様に構成されている。
【0143】
図8に示すように、コントローラ20は、AT入力回転数が高い場合は、該AT入力回転数が低い場合と比べて、目標変速時間を小さく設定する。AT入力回転数が高い場合は、目標変速時間を小さくすることで変速時の応答性が重視され、AT入力回転数が低い場合は、目標変速時間を大きくすることでショックの抑制が重視される。
【0144】
コントローラ20はまた、変速時における変速段が高い場合は、該変速段が低い場合と比べて小さくなるように、目標変速時間を設定する。変速段が高い場合は、変速時の応答性が重視される。
【0145】
コントローラ20はまた、変速段が所定段以下の場合(図例では、1段又は2段からのシフトアップの場合)は、該変速段の高低に対して一定となるように、目標変速時間を設定する。図例では、1段から2段へのシフトアップと、2段から3段へのシフトアップとで、目標変速時間が一致するように設定されている。
【0146】
続くステップS105において、コントローラ20は、設定した目標変速時間から、自動変速機8の入力回転傾きの目標値(=ΔR)を逐次演算する。この目標値は、自動変速機8の変速時における、AT入力回転数の時間変化率の目標値に相当する。この目標値の大きさは、目標変速時間が大きくなるほど小さくなる。以下、入力回転傾きの目標値を「目標回転傾き」ともいう。
【0147】
すなわち、入力回転傾きの目標値は、目標変速時間が高い場合は、該目標変速時間が低い場合と比べて小さくなる。また、入力回転傾きの目標値は、変速時におけるAT入力回転数が高い場合は、それが低い場合と大きく設定される。さらに、入力回転傾きの目標値は、変速段が高い場合は低い場合と比べて大きくなり、変速段が所定以下の場合は変速段の高低に対して一定となる。
【0148】
ステップS103及びステップS105の後、プロセスは、ステップS106へ進む。ステップS106、並びに、そこから続くステップS107及びステップS108において、コントローラ20は、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の変速段に応じた逐次演算結果に基づいて、AT入力トルクの目標増減量(=Δtq)が、エンジン1の現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定する。
【0149】
詳しくは、コントローラ20は、エンジン4の現在の状態の下で実現可能なAT入力トルクの限界値を示す限界入力トルク(=tq’)を算出するとともに、該限界入力トルク(tq’)に基づいて、目標増減量(Δtq)がエンジン4の現在の条件の下で実現可能か否かを判定する。
【0150】
具体的に、ステップS106において、コントローラ20は、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の逐次結果に基づいて、AT入力トルクの目標値(=tq)を演算する。以下、AT入力トルクの目標値を「目標入力トルク」ともいう。
【0151】
目標入力トルクtqの演算は、前述した関係式に基づいて行うことができる。例えば本実施形態では、コントローラ20は、前述の式(1)に基づいて目標入力トルクtqを演算する。
【0152】
続くステップS107において、コントローラ20は、エンジン1の実現限界にあたるAT入力トルク(tq’)を読み込む。以下、実現限界にあたる入力トルクを「限界入力トルク」ともいう。
【0153】
限界入力トルクは、エンジン1の現在の運転状態、例えば、車速、車輪速及びアクセル開度に基づいて、コントローラ20のPCMで逐次演算されている。PCMによる演算結果は、CAN12を通じてコントローラ20のTCMに逐次送信されていて、その送信結果を読み込むことで、ステップS107が実施される。
【0154】
トルク調整制御に際してAT入力トルクを一時的に減少させる場合、限界入力トルクは、目標入力トルクの下限値に相当する。トルク調整制御に際してAT入力トルクを一時的に増加させる場合、限界入力トルクは、目標入力トルクの上限値に相当する。
【0155】
続くステップS108において、コントローラ20は、ステップS106及びステップS107で取得した目標入力トルク(tq)と限界入力トルク(tq’)に基づいて、前者の目標入力トルクtqの増減が実現可能であるか否かを判定する。
【0156】
なお、ステップS108と、後述のステップS113及びS114との前後関係に示すように、コントローラ20は、回転数の差の調整が開始される(つまり、変速が開始される)に先だって、目標入力トルク(tq)又は目標増減量(Δtq)が、エンジン1の現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定するようになっている。
【0157】
ステップS108の判定は、例えば、ステップS101で読み込んだ現在のAT入力トルク及び目標入力トルク(tq)の差分と、現在のAT入力トルク及び限界入力トルク(tq’)の差分とを比較することで行ってもよい。この場合、前者の差分が、前述の目標増減量(Δtq)に相当する。この目標増減量(Δtq)が、現在のAT入力トルク及び限界入力トルク(tq’)の差分よりも小さい場合は実現可能と判定し、当該差分よりも大きい場合は実現不可と判定してもよい。なお、ここでいう「差分」とは、2つの値の差の絶対値を意味する。
【0158】
そうした判定に代えて、例えば、目標入力トルク(tq)と限界入力トルク(tq’)とを直に比較することで、ステップS108の判定を行ってもよい。この場合、目標増減量(Δtq)自体は直に算出されないが、目標増減量(Δtq)による判定が、結果的にかつ間接的に行われることになる。
【0159】
そうした判定に代えて、式(1)等に基づいて、コントローラ20が、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の変速段に応じた逐次演算結果に基づいて、AT入力トルクの目標増減量(Δtq)を直に算出し、その算出結果に基づいて、エンジン1の現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定してもよい。
【0160】
ステップS106~ステップS108に示す処理は、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の補正が必要か否かを判定する処理に等しい。
【0161】
すなわち、ステップS108の判定がYESの場合(目標増減量(Δtq)が実現可能な場合)、プロセスはステップS109に進む。この場合、AT入力トルクの目標値は、前記目標入力トルク(=tq)に維持される。
【0162】
プロセスがステップS109に進んだ場合、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の補正は不要であると判断される。この場合、ステップS109から続くステップS113において、コントローラ20は、ステップS103及びステップS105で算出した目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)と、下式(2)とに基づいて、目標入力トルク(tq)及びその目標増減量(Δtq)に対応するクラッチ伝達トルク(=tc)を算出する。
【0163】
tc=K3×ΔR+K4×TQ …(2)
その後、プロセスはステップS113から続くステップS114において、下式(3)に基づいて、目標入力トルク(tq)及びその目標増減量(Δtq)に対応したクラッチ油圧(pc)を算出する。
【0164】
pc=K5×tc …(3)
その後、コントローラ20は、算出したクラッチ油圧を実現するように、各摩擦締結要素(例えばK1クラッチ)に油圧を供給する。これにより、自動変速機8は、シフトダウン又はシフトアップを行う。
【0165】
その際、コントローラ20は、シフトダウン又はシフトアップと併せて、目標増減量(Δtq)を実現するようにAT入力トルクを一時的に増加又は減少させる。
【0166】
これにより、前述のトルク調整制御が行われると同時に、所望の目標出力トルク(TQ)が実現されることになる。この場合、コントローラ20は、図6AのステップS104で設定した目標変速時間にわたって、変速制御及びトルク調整制御を実行する。
【0167】
なお、コントローラ20は、シフトダウン又はシフトアップと併せて、目標増減量(Δtq)を実現するように、非シフトチェンジ時と比べてAT入力トルクを一時的に増加又は減少させてもよい。さらに詳しくは、コントローラ20は、シフトダウン又はシフトアップと併せて、目標増減量(Δtq)を実現するように、入力軸8aと出力軸8bとの回転数の非調整時と比べてAT入力トルクを一時的に増加又は減少させてもよい。AT入力トルクの一時的な増加又は減少は、主に、モータ5によって行うことができる。
【0168】
対して、ステップS108の判定がNOの場合(目標増減量(Δtq)が実現不可の場合)、プロセスはステップS110に進む。この場合、AT入力トルクの目標値は、限界入力トルク(tq’)に変更される。
【0169】
具体的に、プロセスがステップS110に進んだ場合、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の補正が必要であると判断される。この場合、ステップS110から続くステップS111において、コントローラ20は、予め設定された許容変速時間を読み込む。
【0170】
図8に示すように、許容変速時間は、全てのAT入力回転数及び全ての変速段に対して、目標変速時間よりも長時間となるように予め設定されている。プロセスがステップS110に進んだ場合、コントローラ20は、そうした許容変速時間に基づいて、トルク調整制御を実行する。
【0171】
その後、ステップS111から続くステップS112において、コントローラ20は、読み込んだ許容変速時間に基づいて、目標出力トルク(TQ)及び/又は目標回転傾き(ΔR)の補正を行う。
【0172】
図6Bは、ステップS112で行われる処理を示している。
【0173】
図6Bに示すフローでは、コントローラ20は、入力軸8aに入力される回転の時間変化率として、許容変速時間に対応した第2の時間変化率を算出し、該第2の時間変化率に基づいてトルク調整制御を実行する。ここでいう第2の時間変化率は、後述の「最小回転傾き(Δr)」に相当する。第2の時間変化率は、ステップS104で設定した目標変速時間に対応した目標回転傾き(ΔR)と比べて小さい。
【0174】
詳しくは、コントローラ20は、入力軸8aに入力される回転の時間変化率として、目標出力トルク(TQ)を維持しながら限界入力トルク(tq’)を実現するために要する第3の時間変化率を算出し、第2の時間変化率と第3の時間変化率とに基づいて、トルク調整制御を実行する。ここでいう第3の時間変化率は、後述の「再計算後の目標回転傾き(ΔR’)」に相当する。第3の時間変化率は、第2の時間変化率より小さくなるとは限らない。
【0175】
具体的に、まずスタート後のステップS201において、コントローラ20は、AT入力トルクの目標値として変更された限界入力トルク(tq’)に基づいて、目標回転傾きを再計算する。再計算後の目標回転傾きをΔR’とすると、このΔR’は、下式(4)に基づいて算出することができる。
【0176】
ΔR’=(tq’-K2×TQ)/K1 …(4)
式(4)は、目標回転傾きに関する数式となるように、上式(1)を式変形することで得られる。
【0177】
その後、ステップS201から続くステップS202において、コントローラ20は、許容変速時間に基づいて、入力軸8aに入力される回転の時間変化率を算出する。
【0178】
具体的に、ステップS202では、コントローラ20は、目標変速時間の代わりに許容変速時間を用いることで、その許容変速時間に対応した最小回転傾き(=Δr)を算出する。最小回転傾きは、自動変速機8の変速時における、AT入力回転数の時間変化率の下限値である。この下限値は、エンジン4のハード制約によって規定された値に相当する。
【0179】
その後、ステップS202から続くステップS203において、コントローラ20は、ステップS201で再計算した目標回転傾き(ΔR’)が、エンジン1の現在の状態の下で実現可能であるか否かを判定する。この判定は、例えば、再計算された目標回転傾き(ΔR’)が、ステップS202で算出した最小回転傾き(Δr)以上であるか否かに基づいて行うことができる。この判定は、各値の絶対値を比較することで行うことができる。
【0180】
すなわち、再計算された目標回転傾き(ΔR’)が、ステップS202で算出した最小回転傾き(Δr)以上の場合、コントローラ20は、再計算した目標回転傾き(ΔR’)が実現可能であると判断する。この場合、プロセスはステップS203からステップS204に進む。
【0181】
ステップS204に進んだ場合、コントローラ20は、目標出力トルク(TQ)をステップS103で算出された値に維持しつつ、当該目標出力トルク(TQ)と、第3の時間変化率としての目標回転傾き(ΔR’)とに基づいて、トルク調整制御を実行する。この場合、目標入力トルクは限界入力トルク(tq’)に変更されるものの、目標出力トルク(TQ)は、ステップS103で算出された値に維持される。この場合、G変動の波形は、当初所望された波形に維持される。
【0182】
具体的に、ステップS204において、コントローラ20は、目標回転傾きとして、再計算した目標回転傾き(ΔR’)を採用する(すなわち、ΔR=ΔR’)。
【0183】
その後、プロセスは、図6Bに示すフローからリターンして、図6AのステップS113に進む。この場合、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)のうちの目標回転傾きのみが、ΔR’へと変更されるように補正されることになる。
【0184】
対して、再計算された目標回転傾き(ΔR’)が、ステップS202で算出した最小回転傾き(Δr)未満の場合、コントローラ20は、再計算した目標回転傾き(ΔR’)が実現不可であると判断する。この場合、プロセスはステップS203からステップS205に進む。
【0185】
ステップS205に進んだ場合、コントローラ20は、第2の時間変化率としての最小回転傾き(Δr)に基づいて目標出力トルク(TQ)を再演算するとともに、その再演算された目標出力トルク(TQ’)と、最小回転傾き(Δr)とに基づいて、トルク調整制御を実行する。この場合、目標入力トルクが限界入力トルク(tq’)に変更されるとともに、目標出力トルク(TQ)も再演算された値(TQ’)に変更されることになる。G変動の波形は、当初所望された波形から変更されることになる。
【0186】
具体的に、ステップS205において、コントローラ20は、目標回転傾きとして、最小回転傾き(Δr)を採用する(すなわち、ΔR=Δr)。
【0187】
その後、コントローラ20は、ステップS205から続くステップS206において、目標回転傾きとしての最小回転傾き(Δr)と、目標入力トルクとしての限界入力トルク(tq’)とに基づいて、目標出力トルクを再計算する。再計算後の目標出力トルクをTQ’とすると、このTQ’は、下式(5)に基づいて算出することができる。
【0188】
TQ’=(tq’-K1×Δr)/K2 …(5)
式(5)は、目標出力トルクに関する数式となるように、上式(1)を式変形することで得られる。その後、プロセスは、図6Bに示すフローからリターンして、図6AのステップS113に進む。この場合、目標出力トルク(TQ)及び目標回転傾き(ΔR)の両方が、それぞれ、TQ’及びΔrへと変更されるように補正を受けることになる。
【0189】
ステップS204又はステップS206からリターンしてプロセスをステップS113に進めて場合、コントローラ20は、少なくとも一方が補正された目標出力トルク及び目標回転傾きと、上式(2)に基づいて、限界入力トルク(tq’)に対応するクラッチ伝達トルク(=tc)、より正確には、少なくとも一方が補正された目標出力トルク及び目標回転傾きに対応するクラッチ伝達トルクを算出する。
【0190】
その後、プロセスはステップS113から続くステップS114において、上式(3)に基づいて、限界入力トルク(tq’)に対応したクラッチ油圧(pc)を算出する。このクラッチ油圧は、自動変速機8の摩擦締結要素に供給される油圧の目標値に相当する。
【0191】
その後、コントローラ20は、算出したクラッチ油圧を実現するように、各摩擦締結要素に油圧を供給する。これにより、自動変速機8は、シフトダウン又はシフトアップを行う。その際、コントローラ20は、シフトダウン又はシフトアップと併せて、限界入力トルク(tq’)に対応した目標増減量(Δtq’)を実現するようにトルク調整制御を実行する。これにより、トルク調整制御が行われると同時に、所望の目標出力トルク(TQ又はTQ’)が実現されることになる。
【0192】
なお、コントローラ20は、目標回転傾きとして最小回転傾き(Δr)が採用された場合(ΔR=Δr)、図6AのステップS104で設定した目標変速時間の代わりに、許容変速時間にわたって変速制御及びトルク調整制御を実行する。
【0193】
一方、コントローラ20は、目標回転傾きとして、再演算された目標回転傾き(ΔR’)が採用された場合(ΔR=ΔR’)は、図6AのステップS104で設定した目標変速時間の代わりに、再演算された目標回転傾き(ΔR’)に対応した変速時間にわたって変速制御及びトルク調整制御を実行する。
【0194】
<制御例>
次に、図9のタイムチャートを参照しながら、変速制御を説明する。このタイムチャートには、ギア段の変化、AT入力回転の変化、AT入力回転傾き(目標回転傾き)の変化、AT入力トルク(目標入力トルク)の変化、AT出力トルク(目標出力トルク)の変化、クラッチ伝達トルクの変化及びクラッチ油圧の変化が含まれている。
【0195】
まず、時刻t1において、変速段がシフトアップされたものとする。この場合、AT入力回転は、時刻t1以降の所定期間にわたって上昇を持続する。その後、AT入力回転は、時刻t1よりも後のタイミングである時刻t2において下降に転じる。時刻t2から時刻t3にかけて、入力軸8a及び出力軸8bの間の回転数の調整が行われる。
【0196】
そして、時刻t2よりも後のタイミングである時刻t3において回転数の調整が完了し、変速が完全に完了したものとすると、AT入力回転は、この時刻t3以降、再度、上昇に転じることになる。
【0197】
この場合、コントローラ20は、変速段のシフトチェンジと略同時(つまり、時刻t1)に、目標回転傾き(ΔR)の演算を開始する。すなわち、コントローラ20は、シフトチェンジに際して実行されるトルク調整制御に備えるべく、目標変速時間を読み込むとともに、その目標変速時間に基づいて目標回転傾き(ΔR)を逐次的に演算する(図9の3段目を参照)。
【0198】
また、コントローラ20は、変速段のシフトチェンジと略同時(つまり、時刻t1)に、目標出力トルク(TQ)の演算を開始する。すなわち、コントローラ20は、シフトチェンジに際して実行されるトルク調整制御に備えるべく、目標加速度変動を読み込むとともに、その目標加速度変動に基づいて目標出力トルク(TQ)を逐次的に演算する(図9の4段目を参照)。
【0199】
そして、コントローラ20は、実際にトルク調整制御を開始するのに先だって(例えば、時刻t1以降かつ時刻t2以前の区間)、目標回転傾き(ΔR)と目標出力トルク(TQ)に基づいて、目標入力トルク(tq)、ひいては、その目標増減量(Δtq)の判定を開始する。
【0200】
コントローラ20は、現在のAT入力トルクと、目標増減量(Δtq)と、エンジン1の現在の状況下で実現可能な限界入力トルク(tq’)とに基づいて、目標増減量(Δtq)が、エンジン1の現在の状況下で実現可能であるか否かを判定する。
【0201】
前述の判定がYESの場合、コントローラ20は、AT入力回転が下降に転じるのに併せて、時刻t2にてトルク調整制御を開始する。この場合、トルク調整制御は、AT入力回転が再度上昇に転じることになる時刻t3まで行われることになる。時刻t2から時刻t3まで至る期間の長さは、前述の目標変速時間に等しい。この場合のトルク調整制御は、AT入力トルクを一時的に減少させるように作用する。
【0202】
また、コントローラ20は、目標回転傾き(ΔR)及び目標出力トルク(TQ)に基づいて、クラッチ伝達トルク(tc)、ひいてはクラッチ油圧(pc)を演算する。このクラッチ油圧pcに基づいて自動変速機8の摩擦締結要素を作動させることで、所望の目標出力トルクを実現しつつ、変速を行うことができる。
【0203】
これにより、例えば、時刻t1から時刻t3にかけて、コントローラ20は、目標加速度変動の分だけAT出力トルクを一時的に増加させる。AT出力トルクを一時的に増加させることで、前後Gが一時的に増加し、乗員に適度な“変速感”を与えることができる。自動変速機8内のイナーシャが大きい場合、トルク調整制御を併せて行った結果、AT出力トルクの波形に窪みが生じる恐れがある。しかしながら、イナーシャを考慮した関係式に基づいて、所望のAT出力トルクと所望の変速時間とから、それらの実現に必要なAT入力トルクを逆算するように構成したことで、そうした窪みの発生が抑制され、所望のG波形を実現することができる。
【0204】
一方、前述の判定がNOの場合、コントローラ20は、トルク調整制御を開始する前に、限界入力トルク(tq’)に基づいた目標回転傾き(ΔR’)を再計算すると同時に、再計算した目標回転傾き(ΔR’)が、許容変速時間に基づいて演算した最小回転傾き(Δr)以上であるか否かを判定する。
【0205】
再計算した目標回転傾き(ΔR’)が最小回転傾き(Δr)以上の場合、コントローラ20は、目標出力トルク(TQ)を変更することなく、目標回転傾き(ΔR)を限界入力トルク(tq’)に基づいた目標回転傾き(ΔR’)に変更した状態で、トルク調整制御を実行する。この場合、目標回転傾き(ΔR’)の変更に伴って、クラッチ伝達トルク(tc)、ひいてはクラッチ油圧(pc)も変更されることになる。
【0206】
一方、再計算した目標回転傾き(ΔR’)が最小回転傾き(Δr)未満の場合、コントローラ20は、目標回転傾き(ΔR)を最小回転傾き(Δr)に変更するとともに、目標出力トルク(TQ)を許容変速時間に基づいた目標出力トルク(TQ’)に変更した状態で、トルク調整制御を実行する。この場合、目標回転傾き(Δr)及び目標出力トルク(TQ’)の変更に伴って、クラッチ伝達トルク(tc)、ひいてはクラッチ油圧(pc)も変更されることになる。また、この場合のトルク調整制御は、時刻t2から時刻t3までの期間として設定された当初目標変速時間ではなく、時刻t2から時刻t4までの期間として設定された許容変速時間にわたって実行されることになる。ここで、時刻t4は、時刻t3よりも後のタイミングである。
【0207】
(まとめ)
図6Aを用いて説明したように、本実施形態に係るコントローラ20は、変速段に応じて逐次演算されるAT出力トルク及び変速時間の各目標値に基づいて、AT入力トルクの目標増減量(Δtq)を判定する。その際、コントローラ20は、その目標増減量(Δtq)が実現可能な場合は、該目標増減量を実現するようにトルク調整制御を実行する。
【0208】
このように構成することで、目標出力トルクと目標変速時間とが、双方とも所望の値で実現される。これにより、変速時間の長期化を抑制しながらも、トルクショックの発生を抑制することができる。変速段に応じて各目標値をきめ細かく設定しているため、トルクショックに通じる自動車1の前後加速度に関しても、その変動を的確に制御することができる。
【0209】
一方、図6AのステップS112等を用いて説明したように、AT入力トルクの目標増減量(Δtq)が実現不可な場合、コントローラ20は、相対的に長時間となるように設定された許容変速時間に基づいてトルク調整制御を実行する。これにより、変速時間の長期化に伴う走行フィーリングの悪化と比べて、より大きな違和感を与え得るようなトルクショックの発生を確実に抑制することができる。そのことで、様々なシーンにおいて、ドライバーをはじめとする各乗員に与える違和感を可能な限り抑制した制御態様を実現することができる。
【0210】
また、図6Bを用いて説明したように、AT入力トルクの目標増減量(Δtq)が実現不可な場合、制御器は、変速時間の当初目標値に代えて,許容変速時間に対応した最小回転傾き(Δr)に基づいてトルク調整制御を実行する。これにより、入力トルクの目標増減量(Δtq)が実現不可な場合であっても、トルク調整制御を不都合なくスムースに実行させることができる。トルク調整制御のスムースな実行は、トルクショックの発生の抑制に資する。
【0211】
また、図6BのステップS204等を用いて説明したように、コントローラ20は、目標増減量(Δtq)が実現不可な場合、目標出力トルク(TQ)を当初目標値に維持しつつ、限界入力トルク(tq’)に基づいて回転の時間変化率のみを変更する。その変更によって得られた第3の時間変化率(ΔR)が実現可能な場合は、出力トルクを変更させることなくトルク調整制御を実行する。これにより、より大きな違和感を与え得るトルクショックの発生を、優先的に抑制することができる。
【0212】
一方、図6BのステップS205等を用いて説明したように、第3の時間変化率(ΔR)が実現不可な場合は、第2の時間変化率としての最小回転傾き(Δr)を用いるばかりでなく、その最小回転傾き(Δr)に応じて目標出力トルクも変更した上で、トルク調整制御を実行する。
【0213】
このように、目標出力トルク(TQ)を可能な限り維持するように構成することで、より大きな違和感を与え得るトルクショックの発生を、可能な限り抑制することができる。
【0214】
また、AT入力回転数が高い場合は、加速要求が出されているケース等に相当するため、ある程度のトルクショックが許容されることになる。換言すれば、AT入力回転数が低い場合は、高い場合と比べてより大きな違和感を与え得る。そうした違和感を抑制するために、AT入力回転数が低い場合はAT出力トルクを低めに設定することにした。これにより、ドライバーに与える違和感を、より確実に抑制することができる。
【0215】
また、図8を用いて説明したように、高回転側では、ある程度のトルクショックが許容される。そのため、高回転側ではより速やかな変速を優先する一方、低回転側では長期間の変速によってトルクショックの発生を抑制することで、低回転側と高回転側のそれぞれに適した制御態様を実現することができる。
【0216】
また、図8を用いて説明したように、変速段が高い運転シーンとは、基本的に高車速での走行時に相当するため、ある程度のトルクショックが許容されることになる。換言すれば、変速段が低い場合は、高い場合と比べてより大きな違和感を与え得る。そうした違和感を抑制するために、AT入力回転数が低い場合は変速時間をより長く設定することにした。変速時間を長くしたことで、ドライバーへの違和感を、より確実に抑制することができる。
【0217】
また、図8を用いて説明したように、変速段が所定段以下の場合、変速段の高低に対して変速時間の目標値を一定にすることで、一定の変速感をドライバーに与えることができる。これにより、車両の走行フィーリングを高めることができる。
【0218】
また、図6A等を用いて説明したように、入力軸8a及び出力軸8bの回転数の差を調整するのに先だって目標増減量(Δtq)の判定を行うことで、当該判定を、より早いタイミングで実行することができる。これにより、変速制御の開始に遅れることなく、目標増減量(Δtq)を確定させることが可能になる。
【符号の説明】
【0219】
1 自動車(車両)
2F 前輪
2R 後輪(駆動輪)
20 コントローラ(制御器)
4 エンジン
57 AT入力トルクセンサ
58 AT入力回転数センサ58
8 自動変速機
8a 入力軸
8b 出力軸
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9