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特開2023-154178軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機
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  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図1
  • 特開-軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機 図2A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023154178
(43)【公開日】2023-10-19
(54)【発明の名称】軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231012BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20231012BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20231012BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20231012BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20231012BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20231012BHJP
   H01F 1/18 20060101ALI20231012BHJP
   H01F 27/245 20060101ALI20231012BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
C21D1/06 A
C21D6/00 C
C21D1/18 P
C21D1/18 Y
C21D8/12 F
H01F1/147
H01F1/18
H01F27/245 150
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022063322
(22)【出願日】2022-04-06
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田畑 智弘
(72)【発明者】
【氏名】寺田 尚平
(72)【発明者】
【氏名】浅利 裕介
(72)【発明者】
【氏名】小室 又洋
【テーマコード(参考)】
5E041
【Fターム(参考)】
5E041AA05
5E041AA19
5E041BC01
5E041BD09
5E041CA02
5E041CA04
5E041HB05
5E041HB09
5E041HB11
5E041HB14
5E041HB15
5E041HB19
5E041NN01
5E041NN13
5E041NN15
5E041NN17
5E041NN18
(57)【要約】
【課題】電磁純鉄板よりも高いBsと低いPiとを示すことができ、かつパーメンジュールよりも低コスト化が可能な軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機を提供する。
【解決手段】本発明に係る軟磁性鉄合金板は、1~30原子%のCoと、0.5~10原子%のNと、0~1.2原子%のVとを含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、フェライト相を主相とし、正方晶構造の窒化鉄相を含み、前記軟磁性鉄合金板の面内方向に沿って引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲で引張ひずみが生じていることを特徴とする。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性鉄合金板であって、
1原子%以上30原子%以下のCoと、0.5原子%以上10原子%以下のNと、0原子%以上1.2原子%以下のVとを含み、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
フェライト相を主相とし、正方晶構造の窒化鉄相を含み、
前記軟磁性鉄合金板の面内方向に沿って引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲で引張ひずみが生じていることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性鉄合金板において、
飽和磁束密度が2.20 T超であり、磁束密度1.0 Tかつ400 Hzの条件下における鉄損が25 W/kg以下であることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の軟磁性鉄合金板において、
前記軟磁性鉄合金板の両主面の上に、該軟磁性鉄合金板よりも小さい平均線膨張係数を有する電気絶縁被膜が形成されていることを特徴とする軟磁性鉄合金板。
【請求項4】
軟磁性鉄合金板の製造方法であって、
鉄を主成分とし、1原子%以上30原子%以下のCoと、0原子%以上1.2原子%以下のVとを含有する軟磁性材料からなり厚さが0.01 mm以上1 mm以下の出発材料を用意する出発材料用意工程と、
前記出発材料に対してアンモニアガス雰囲気中でオーステナイト相生成温度領域に加熱して前記出発材料に0.5原子%以上10原子%以下のNを侵入拡散させた後、マルテンサイト組織に変態させると共に正方晶構造の窒化鉄相を生成させた窒化鉄生成鉄合金板を用意する窒化鉄生成鉄合金板用意工程と、
前記窒化鉄生成鉄合金板の面内方向に対して引張弾性限界範囲内の引張応力を印加して弾性ひずみ経験鉄合金板を用意する弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程と、
前記弾性ひずみ経験鉄合金板の面内方向に所定量の引張ひずみが維持された引張ひずみ維持鉄合金板を用意する引張ひずみ維持鉄合金板用意工程と、を有し、
前記引張ひずみ維持鉄合金板用意工程は、前記窒化鉄生成鉄合金板の引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲の引張ひずみを維持するように制御することを特徴とする軟磁性鉄合金板の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の軟磁性鉄合金板の製造方法において、
90℃以上200℃以下に加熱する焼戻し処理を行う焼戻し処理工程を更に有し、
当該焼戻し処理工程を前記弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程の前、同時または後のいずれかで行うことを特徴とする軟磁性鉄合金板の製造方法。
【請求項6】
請求項4又は請求項5に記載の軟磁性鉄合金板の製造方法において、
前記引張ひずみ維持鉄合金板用意工程は、前記弾性ひずみ経験鉄合金板の両主面の上に、該窒化鉄生成鉄合金板の平均線膨張係数よりも小さい平均線膨張係数を有する電気絶縁被膜を形成する工程であることを特徴とする軟磁性鉄合金板の製造方法。
【請求項7】
請求項4又は請求項5に記載の軟磁性鉄合金板の製造方法において、
前記引張ひずみ維持鉄合金板用意工程は、前記弾性ひずみ経験鉄合金板の面内方向に、前記窒化鉄生成鉄合金板の引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲となるように引張ひずみを与えた状態で固定具を用いて固定する工程であることを特徴とする軟磁性鉄合金板の製造方法。
【請求項8】
軟磁性鉄合金板の積層体からなる鉄心であって、
前記軟磁性鉄合金板が請求項1又は請求項2に記載の軟磁性鉄合金板であることを特徴とする鉄心。
【請求項9】
鉄心を具備する回転電機であって、
前記鉄心が請求項8に記載の鉄心であることを特徴とする回転電機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材料の技術に関し、特に、電磁純鉄板よりも高い飽和磁束密度を有する軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気機械装置(例えば、回転電機や変圧器)の鉄心として、電磁純鉄板や電磁鋼板(例えば、厚さ0.01~1 mm)などの軟磁性材料を複数枚積層成形した積層鉄心が広く利用されている。鉄心では、電気エネルギーと磁気エネルギーとの変換効率が高いことが重要であり、高い磁束密度および低い鉄損が重要になる。また、鉄心を利用する電気機械装置は非常に多岐に亘ることから、該電気機械装置の設計上の種々の要求特性を満たすため、軟磁性材料を安定して製造する技術開発が従来から活発に行われてきた。
【0003】
例えば、特許文献1(特開2005-272913)には、質量%で、C:0.02%以下、Si:4.5%以下、Mn:3.0%以下、Al:3.0%以下、P:0.50%以下およびCu:0.6%以上1.1%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物の成分組成からなり、歪取り焼鈍前後での引張強さの上昇が50 MPa以上であることを特徴とする高強度無方向性電磁鋼板、が開示されている。また、成分組成として、質量%で、Ni:3.0%以下を更に含有してもよく、Sb、Sn、B、Ca、希土類元素およびCoから選んだ1種または2種以上で、SbおよびSn:それぞれ0.002~0.1%、B、Caおよび希土類元素:それぞれ0.001~0.01%、Co:0.2~5.0%を更に含有してもよい、とされている。
【0004】
特許文献1によると、鋼中に添加するCu量を狭い適正範囲とすることで、歪取り焼鈍の恒温保持中にCuを鋼中に十分に固溶した状態とし、さらに恒温保持後の冷却を適正な条件とすることで、冷却過程においてCuを極微細に析出させることができる、とされている。その結果、無方向性電磁鋼板において、コア加工に伴う残留歪みの除去による磁気特性の改善と、Cuの微細析出処理による高強度化とを両立することが可能になった、とされている。
【0005】
特許文献2(特開2021-102799)には、軟磁性の鋼板であって、1.2原子%以下の炭素および9原子%以下の窒素を含み、前記炭素および前記窒素の合計濃度が0.01原子%以上10原子%以下であり、前記窒素の濃度が前記炭素の濃度よりも高く、残部が鉄および不可避不純物からなり、α相(フェライト相)、α’相(Fe8N相)、α”相(Fe16N2相)およびγ相(オーステナイト相)から構成され、前記α相が主相であり、前記α”相の体積率が10%以上であり、前記γ相の体積率が5%以下であることを特徴とする軟磁性鋼板、が開示されている。
【0006】
特許文献2によると、純鉄よりも飽和磁束密度が高い鉄-窒素系マルテンサイトの軟磁性鋼板を提供することができる、とされている。また、当該軟磁性鋼板を用いることにより、純鉄を用いた鉄心よりも電気エネルギーと磁気エネルギーとの変換効率を高めた鉄心および回転電機を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-272913号公報
【特許文献2】特開2021-102799号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
回転電機の高出力化/高トルク化のためには、鉄心を構成する軟磁性材料の飽和磁束密度Bsを高めることが重要であり、高効率化/小型化のためには、軟磁性材料の損失(鉄損Pi)を抑制することが重要である。Piはヒステリシス損失と渦電流損失との和であり、ヒステリシス損失の低減には保磁力Hcが小さいことが望ましく、渦電流損失の低減には高電気抵抗化や薄板化が有効である。
【0009】
市販の電磁純鉄板の磁気特性は、Bs≒2.1 Tと言われている。電磁純鉄板を用いた鉄心は、高いBsおよび低い材料コストの利点があるが、Hcが約80 A/mと比較的高く電気抵抗率が低いためPiが大きくなり易いという弱点がある。特許文献1のようなSiを含む電磁鋼板は、電磁純鉄板よりも機械的強度が高くPiが小さい利点があるが、Bsが電磁純鉄板よりも低下するという弱点がある。特許文献2の軟磁性鋼板は、Bsが電磁純鉄板よりも高くHcが電磁純鉄板と同等以下という利点があるが、α’相やα”相が高い結晶磁気異方性を有することから、Piが大きくなり易いという弱点がある。
【0010】
電磁純鉄板よりも高いBsと低いHcとを有する鉄系材料として、Fe-Co系材料が知られている。Fe-Co系材料では、パーメンジュール(49Fe-49Co-2V 質量%=50Fe-48Co-2V 原子%)が現在商用化されている軟磁性バルク材料の中で最も高いBs(約2.4 T)を示す材料である。ただし、Coの材料コストは、市況による変動はあるが、Feの材料コストの100~200倍高いことから、パーメンジュールは材料コストが高いという弱点がある。また、パーメンジュールは、加工性にやや難点があり、加工コストが高くなり易いという弱点もある。Co含有率を下げればその分だけ材料コストを下げることができ加工性も改善するが、最大の特長であるBsも低下してしまうという残念さがある。
【0011】
近年、回転電機や変圧器における高出力化/高トルク化かつ高効率化/小型化の要求が非常に強くなっており、軟磁性材料のBs向上と低Pi化との両立が従来以上に強く求められている。一方、当然のことながら、軟磁性材料のコスト低減は重要な課題のうちの一つである。
【0012】
したがって、本発明の目的は、電磁純鉄板よりも高いBsと低いPiとを示すことができ、かつパーメンジュールよりも低コスト化が可能な軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(I)本発明の一態様は、軟磁性鉄合金板であって、
1原子%以上30原子%以下のCo(コバルト)と、0.5原子%以上10原子%以下のN(窒素)と、0原子%以上1.2原子%以下のV(バナジウム)とを含み、残部がFe(鉄)および不純物からなる化学組成を有し、
フェライト相を主相とし、正方晶構造の窒化鉄相(Fe8N相および/またはFe16N2相)を含み、
前記軟磁性鉄合金板の面内方向に沿って引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲で引張ひずみが生じていることを特徴とする軟磁性鉄合金板、を提供するものである。
【0014】
本発明は、上記の本発明に係る軟磁性鉄合金板(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)飽和磁束密度が2.20 T超であり、磁束密度1.0 Tかつ400 Hzの条件下における鉄損(Pi-1.0/400)が25 W/kg以下である。
(ii)前記軟磁性鉄合金板の両主面の上に、該軟磁性鉄合金板の平均線膨張係数よりも小さい平均線膨張係数を有する電気絶縁被膜が形成されている。
【0015】
(II)本発明の他の一態様は、軟磁性鉄合金板の製造方法であって、
鉄を主成分とし、1原子%以上30原子%以下のCoと、0原子%以上1.2原子%以下のVとを含有する軟磁性材料からなり厚さが0.01 mm以上1 mm以下の出発材料を用意する出発材料用意工程と、
前記出発材料に対してアンモニアガス雰囲気中でオーステナイト相生成温度領域に加熱して前記出発材料に0.5原子%以上10原子%以下のNを侵入拡散させた後、マルテンサイト組織に変態させると共に正方晶構造の窒化鉄相を生成させた窒化鉄生成鉄合金板を用意する窒化鉄生成鉄合金板用意工程と、
前記窒化鉄生成鉄合金板の面内方向に対して引張弾性限界範囲内の引張応力を印加して弾性ひずみ経験鉄合金板を用意する弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程と、
前記弾性ひずみ経験鉄合金板の面内方向に所定量の引張ひずみが維持された引張ひずみ維持鉄合金板を用意する引張ひずみ維持鉄合金板用意工程と、を有し、
前記引張ひずみ維持鉄合金板用意工程は、前記窒化鉄生成鉄合金板の引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲の引張ひずみとなるように制御することを特徴とする軟磁性鉄合金板の製造方法、を提供するものである。
【0016】
本発明は、上記の本発明に係る軟磁性鉄合金板の製造方法(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(iii)90℃以上200℃以下に加熱する焼戻し処理を行う焼戻し処理工程を更に有し、当該焼戻し処理工程を前記弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程の前、同時または後に行う。
(iv)前記引張ひずみ維持鉄合金板用意工程は、前記弾性ひずみ経験鉄合金板の両主面の上に、該窒化鉄生成鉄合金板の平均線膨張係数よりも小さい平均線膨張係数を有する電気絶縁被膜を形成する工程である。
(v)前記引張ひずみ維持鉄合金板用意工程は、前記弾性ひずみ経験鉄合金板の面内方向に、前記窒化鉄生成鉄合金板の引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲となるように引張ひずみを与えた状態で固定具を用いて固定する工程である。
【0017】
(III)本発明の更に他の一態様は、軟磁性鉄合金板の積層体からなる鉄心であって、
前記軟磁性鉄合金板が上記の本発明に係る軟磁性鉄合金板であることを特徴とする鉄心、を提供するものである。
【0018】
(IV)本発明の更に他の一態様は、鉄心を具備する回転電機であって、
前記鉄心が上記の本発明に係る鉄心であることを特徴とする回転電機、を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、電磁純鉄板よりも高いBsと低いPiとを示すことができ、かつパーメンジュールよりも低コスト化が可能な軟磁性鉄合金板、該軟磁性鉄合金板の製造方法、該軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る軟磁性鉄合金板を製造する方法の一例を示す工程図である。
図2A】回転電機の固定子の一例を示す斜視模式図である。
図2B】固定子のスロット領域の拡大横断面模式図である。
図3】本発明に係る軟磁性鉄合金板の一例を示す正面模式図であり、固定子鉄心用の鉄合金板である。
図4】引張応力と鉄損Pi-1.0/400との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[本発明の基本思想]
本発明の基本思想として、パーメンジュールよりもCo含有率を減少させて材料コストを低減し、Co含有率の減少によるBsの低下分を正方晶構造の窒化鉄相(α’相やα”相)の生成で補うことを考えた。しかしながら、α’相やα”相は、結晶磁気異方性が高く、HcやPiが大きくなり易い。そこで、本発明者等は、母相中にα’相やα”相を分散生成させた鉄合金板において、より低いPiを達成する技術について鋭意研究を重ねた。その結果、当該鉄合金板に面内方向の引張ひずみを加えるとPiが劇的に低下することを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0022】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら製造手順に沿って具体的に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0023】
[本発明の軟磁性鉄合金板の製造方法]
図1は、本発明に係る軟磁性鉄合金板を製造する方法の一例を示す工程図である。図1に示したように、本発明の軟磁性鉄合金板の製造方法は、概略的に、出発材料用意工程S1と、窒化鉄生成鉄合金板用意工程S2と、弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3と、引張ひずみ維持鉄合金板用意工程S4とを有する。また、焼戻し処理工程S5を更に行うことが好ましいが、工程S5は、工程S3の前に行ってもよいし、工程S3と同時に行ってもよいし、工程S3の後に行ってもよい。以下、各工程をより具体的に説明する。
【0024】
(出発材料用意工程S1)
本工程S1では、出発材料として、Feを主成分(最大含有率の成分)とし、1原子%以上30原子%以下のCoと、0原子%以上1.2原子%以下のVと、不純物とを含む薄板材(厚さ0.01 mm以上1 mm以下)を用意する。出発材料用意工程S1の手段に特段の限定はなく、公知の方法を適宜利用できる。市販品を利用してもよい。
【0025】
Co含有率を30原子%以下にすることによって、パーメンジュールに比して材料コストを大きく低減できる。優れたBsを確保する観点から、Co含有率の下限は、5原子%以上がより好ましく、10原子%以上が更に好ましい。また、材料コスト低減の観点から、Co含有率の上限は、25原子%以下がより好ましく、20原子%以下が更に好ましい。
【0026】
V成分は、必須成分ではないが、Fe-Co系材料において加工性改善に効果があるとされおり、Co含有率の4%以内(例えば、Co=30原子%のときにV≦1.2原子%)で含有させてもよい。
【0027】
不純物(出発材料に含まれうる不純物、例えば、H(水素)、B(ホウ素)、C(炭素)、Si(ケイ素)、P(リン)、S(硫黄)、Ti(チタン)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Nb(ニオブ)など)に関しては、当該軟磁性鉄合金板のBsに特段の悪影響を及ぼさない範囲(例えば、合計濃度2原子%以内)で許容される。
【0028】
(窒化鉄生成鉄合金板用意工程S2)
窒化鉄生成鉄合金板用意工程S2は、用意した出発材料の板材に所望のN含有率までN原子を侵入・拡散させる浸窒素熱処理プロセスS2aと、マルテンサイト組織に変態させると共に正方晶構造の窒化鉄相を生成させる焼入れプロセスS2bと、残留オーステナイト相をマルテンサイト組織に変態させるためのサブゼロ処理プロセスS3cとを有する。
【0029】
浸窒素熱処理プロセスS2aでは、N濃度が所定の濃度となるように、500℃以上1200℃以下の温度(例えば、オーステナイト相(γ相)生成温度領域)およびNH3(アンモニア)ガス雰囲気の環境下で、出発材料の両主面からN原子を侵入拡散させる。NH3ガス雰囲気としては、NH3ガスとN2ガスとの混合ガスや、NH3ガスとArガスとの混合ガスや、NH3ガスとH2ガスとの混合ガスを好適に利用できる。
【0030】
浸窒素熱処理プロセスS2aによるN含有率(鉄合金板全体の平均含有率)は、0.5原子%以上10原子%以下が好ましい。N含有率を0.5原子%以上とすることにより、有意な量の所望の窒化鉄相(Fe8N相(α’相)および/またはFe16N2相(α”相))が生成してBs向上に寄与する。N含有率を10原子%以下とすることにより、望まない窒化鉄相(例えば、Fe4N相(γ’相)やFe3N相(ε相))の生成を抑制することができる。N含有率の下限は、0.7原子%以上がより好ましく、1原子%以上が更に好ましい。また、N含有率の上限は、5原子%以下がより好ましく、3原子%以下が更に好ましい。
【0031】
NH3ガスの導入は、500℃以上の温度になってから行うことが好ましい。これは、フェライト相(α相)の安定温度領域で積極的にNH3ガスを導入すると、望ましい正方晶構造の窒化鉄相(Fe8N相および/またはFe16N2相)よりも、望まない窒化鉄相(例えば、Fe4N相やFe3N相)が生成し易くなるためである。
【0032】
浸窒素熱処理プロセスS2aに引き続いて、オーステナイト相(γ相)をマルテンサイト組織に変態させると共に所望の窒化鉄相(Fe8N相および/またはFe16N2相)を生成させるため、100℃以下まで急冷する焼入れプロセスS2bを行う。100℃/s以上の平均冷却速度を実現できれば急冷方法に特段の限定はなく、従前の水冷、油冷、ガス冷却を適宜利用できる。
【0033】
焼入れプロセスS2bによってγ相の大部分がマルテンサイト組織に変態するが、一部のγ相が残存することがある(残留γ相)。γ相は非磁性であるため、磁気特性の観点から残留γ相の体積率は5%以下にすることが好ましい。
【0034】
そこで、焼入れプロセスS2bに引き続いて、残留γ相をマルテンサイト組織に変態させるためのサブゼロ処理プロセスS2cを行ってもよい。サブゼロ処理とは、0℃以下に冷却する処理であり、ドライアイスを使用した普通サブゼロ処理や、液体窒素を使用した超サブゼロ処理を好ましく利用できる。サブゼロ処理プロセスS2cは、必須のプロセスではないが、磁気特性の観点からは行うことが好ましい。
【0035】
(弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3)
弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3は、窒化鉄生成鉄合金板の面内方向に対して引張弾性限界範囲内の引張応力を印加して弾性ひずみ経験鉄合金板を用意する工程である。面内方向とは、鉄合金板の厚さ方向に直交する方向を言う。
【0036】
引張弾性限界の引張応力は、例えば、前工程S2で用意した窒化鉄生成鉄合金板から一部をサンプリングして、引張試験による応力-ひずみ測定を行い、得られた応力-ひずみ曲線から求めればよい。このとき、引張弾性限界のひずみも併せて求めておくとよい。印加する引張応力としては、引張弾性限界応力の10%以上100%未満が好ましく、20%以上70%以下がより好ましい。張力負荷の方法に特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用すればよい。量産工程を想定した場合、例えば、被処理材のスリップを防ぐように二対のロールで挟み、被処理材をゆっくり流しながら当該二対のロール間で張力を負荷する方法が考えられる。
【0037】
本工程S3は200℃以下で行うことが好ましい。200℃超になると、望まない窒化鉄相(例えば、Fe4N相やFe3N相)が生成し易くなるためである。下限温度に特段の限定はないが、コストを掛けて冷却する必要はないので、室温/気温が下限となる。また、張力負荷の保持時間は、被処理材の容積/熱容量を考慮して適宜設定すればよいが、プロセスコストの観点からは、24時間以内に設定することが望ましい。
【0038】
本工程S3は、窒化鉄生成鉄合金板を構成する結晶粒/結晶格子に対して機械的ひずみを生じさせることにより、Fe原子およびN原子の拡散・再配列を助長して所望の窒化鉄相(Fe8N相および/またはFe16N2相)の生成を促進する作用効果がある。ただし、弾性限界範囲内の張力負荷なので、本工程S3を経ても外観上の変化はない。
【0039】
(焼戻し処理工程S5)
焼戻し処理工程S5は、窒化鉄生成鉄合金板または弾性ひずみ経験鉄合金板に対して、90℃以上200℃以下の温度に加熱する焼戻し処理を行う工程である。本工程S5は、必須の工程ではないが、鉄合金板およびそれを用いた鉄心に良好な靭性を持たせる観点からは、行うことが好ましい。加熱温度が200℃超になると、望まない窒化鉄相(例えば、Fe4N相やFe3N相)が生成し易くなる。加熱温度が90℃未満の場合は、焼戻しの効果が不十分になるだけで特段の不具合は生じない。本工程S5は、工程S2と工程S3との間で行ってもよいし、工程S3の直後に行ってもよいし、工程S3と同時に行ってもよい。
【0040】
(引張ひずみ維持鉄合金板用意工程S4)
引張ひずみ維持鉄合金板用意工程S4は、弾性ひずみ経験鉄合金板または焼戻しされた弾性ひずみ経験鉄合金板の面内方向に所定量の引張ひずみが維持された引張ひずみ維持鉄合金板を用意する工程である。弾性ひずみ経験鉄合金板または焼戻しされた弾性ひずみ経験鉄合金板に対して面内方向の引張ひずみが掛かった状態で維持/固定できれば、特段の限定はないが、例えば、次のような方法がある。
【0041】
弾性ひずみ経験鉄合金板の両主面の上に、該窒化鉄生成鉄合金板の平均線膨張係数よりも小さい平均線膨張係数を有する電気絶縁被膜を形成する方法である。昇温した鉄合金板の両主面の上に、鉄合金板よりも平均線膨張係数が小さく電気絶縁性のセラミックス被膜(例えば、TiN被膜、SiO2被膜など)を化学蒸着法(CVD法)や物理蒸着法(PVD法)により形成する。被膜形成後、冷却すると平均線膨張係数の差異に起因して、電気絶縁被膜に圧縮応力が掛かり、鉄合金板に引張応力が掛かる。セラミックス材料は、一般的に引張応力に対しては脆性を示すが、圧縮応力に対しては非常に強固であるため、鉄合金板に対して面内方向の引張ひずみが掛かった状態で維持/固定することができる。
【0042】
なお、鉄合金板の引張ひずみを調整するために、鉄合金板に引張応力を負荷した状態で電気絶縁被膜の形成を行ってもよい。
【0043】
別の方法としては、窒化鉄生成鉄合金板の引張弾性限界ひずみの10%以上110%以下の範囲となるように引張ひずみを与えた状態で固定具(例えば、固定板、ボルトなど)を用いて固定する方法である。この方法は、積層鉄心を組み立てるときに好適な方法の一つとなる。
【0044】
以上の工程により、本発明に係る軟磁性鉄合金板を製造することができる。詳細は後述するが、得られる軟磁性鉄合金板は、飽和磁束密度が2.20 T超であり、磁束密度1.0 Tかつ400 Hzの条件下における鉄損が25 W/kg以下と、電磁純鉄板よりも高いBsと低いPiとを示すことができる。また、工程S4による引張ひずみを調整すると(例えば、引張弾性限界ひずみの25%以上100%以下に制御・維持すると)、該鉄損を20 W/kg以下に低減することができる。この鉄損は、Si含有電磁鋼板のそれと同等レベルである。加えて、Co含有率がパーメンジュールよりも低いことから、パーメンジュールよりも低コスト化が可能となる。
【0045】
[本発明の軟磁性鉄合金板を用いた鉄心および回転電機]
図2Aは回転電機の固定子の一例を示す斜視模式図であり、図2Bは固定子のスロット領域の拡大横断面模式図である。なお、横断面とは、回転軸方向に直交する断面(法線が軸方向と平行の断面)を意味する。回転電機では、図2A~2Bの固定子の径方向内側に回転子(図示せず)が配設される。
【0046】
図2A~2Bに示したように、固定子20は、鉄心10の内周側に形成された複数の固定子スロット11に、固定子コイル21が巻装されたものである。固定子スロット11は、鉄心10の周方向に所定の周方向ピッチで配列形成されるとともに軸方向に貫通形成された空間であり、最内周部分には軸方向に延びるスリット12が開口形成されている。隣り合う固定子スロット11の仕切る領域は鉄心10のティース13と称され、ティース13の内周側先端領域でスリット12を規定する部分はティース爪部14と称される。
【0047】
固定子コイル21は、通常、複数のセグメント導体22から構成される。例えば、図2A~2Bにおいて、固定子コイル21は、三相交流のU相、V相、W相に対応する3本のセグメント導体22から構成されている。また、セグメント導体22と鉄心10との間の部分放電、および各相(U相、V相、W相)間の部分放電を防止する観点から、各セグメント導体22は、通常、その外周を電気絶縁材23(例えば、絶縁紙、エナメル被覆)で覆われる。
【0048】
図3は、本発明に係る軟磁性鉄合金板の一例を示す正面模式図であり、固定子鉄心用の鉄合金板である。図3に示した軟磁性鉄合金板1は、その外周に突出部(タング)2が120°置きに3箇所設けられており、各タング2には固定穴3が形成されている。本発明に係る積層鉄心を組み立てる際、例えば、軟磁性鉄合金板1の1枚ずつに対して、各タング2を治具でつかんで径方向外側に引張弾性ひずみの範囲内で均等に拡張しながら、固定板(図示せず)に立てられたボルト(図示せず)に固定穴3をはめることで、引張ひずみを与えた状態で軟磁性鉄合金板1を積層固定することができる。
【0049】
なお、タング2の数は、図3のような「120°置きの3箇所」に限定されるものではなく、「90°置きの4箇所」であってもよいし、「60°置きの6箇所」であってもよいし、それ以上であってもよい。また、本発明の軟磁性鉄合金板は、固定子鉄心用に限定されるものではなく、回転子鉄心用としても適用可能である。
【0050】
本発明に係る回転電機とは、本発明の鉄心10を利用した回転電機である。本発明の鉄心10は、従来の電磁純鉄板からなる鉄心よりも高いBsを有することから、回転電機の高トルク化/高出力化につながり、従来の電磁純鉄板からなる鉄心よりも低いPiを示すことから、回転電機の高効率化/小型化につながる。また、本発明の鉄心10は、パーメンジュール板からなる鉄心よりも低コスト化が可能であることから、回転電機の過度なコスト上昇を抑制することができる。
【実施例0051】
以下、種々の実験により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実験に記載された構成・構造に限定されるものではない。
【0052】
[実験1]
(出発材料1、参照試料1および参照試料2の用意)
市販の純金属原料(Fe、Co、それぞれ純度99.9%)を混合し、アルミナるつぼ中の高周波溶解法(SKメディカル電子株式会社製、高周波溶解炉MU-αIV、減圧Ar雰囲気中)により溶解し銅製鋳型に傾注することで合金塊を作製した。その後、合金塊均質化のために、試料を真空焼鈍した。得られた合金塊に対して切断加工、圧延加工を施して、出発材料1となるFe-20原子%Co合金板(名目組成、厚さ=0.1 mm)を用意した。
【0053】
出発材料1に対して、Arガス雰囲気中(0.8×105 Pa)、500℃で加工歪除去アニールを施して、参照試料1を用意した。参照試料1は、窒化鉄生成鉄合金板用意工程を行っていない試料であり、窒化鉄相生成による影響を評価するための基準となる。
【0054】
また、市販の電磁鋼板(厚さ=0.35 mm、日本製鉄株式会社製、35H300)を参照試料2として別途用意した。参照試料2は、Si含有の電磁鋼板であり、低いPiを示す従来技術/市販製品の基準となる。
【0055】
[実験2]
(窒化鉄生成鉄合金板の用意)
実験1で用意した出発材料1に対して、窒化鉄生成鉄合金板用意工程として、N2ガス雰囲気(0.8×105 Pa)で600℃まで昇温し30分間保持した後に、NH3ガス雰囲気(0.8×105 Pa)に変換して、約1.1原子%のN含有率となるようにN原子を侵入拡散させ、水焼入れ(20℃)を行った。その後、5分間以内に当該供試材を液体窒素に浸漬する超サブゼロ処理を行って、出発材料1をベースとした窒化鉄生成鉄合金板を用意した。
【0056】
[実験3]
(引張試験による応力-ひずみ測定)
実験1~2で用意した参照試料1~2および窒化鉄生成鉄合金板からそれぞれサンプリングして、引張試験による応力-ひずみ測定を行い、得られた応力-ひずみ曲線から引張弾性限界の応力およびひずみを求めた。結果を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
表1に示したように、Si含有電磁鋼板の参照試料2は、比較的高い機械的強度を有し、応力200 MPa、ひずみ0.0034までの弾性変形領域を有している。出発材料1の化学組成を有し窒化鉄生成鉄合金板用意工程を行っていない参照試料1は、機械的強度が比較的低く、弾性変形領域は応力80 MPa、ひずみ0.0018までである。これに対し、窒化鉄生成鉄合金板は、窒化鉄相が分散生成したことに起因して参照試料1に比して機械的強度および弾性率が向上しており、応力150 MPa、ひずみ0.00065までの弾性変形領域となっている。
【0059】
[実験4]
(実施例1の作製)
実験2で用意した窒化鉄生成鉄合金板に対し、弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3として面内方向に100 MPaの引張応力を負荷しながら1時間保持した。得られた鉄合金板を実施例1とした。この製造プロセスでは、焼戻し処理工程S5を行っていない。
【0060】
[実験5]
(実施例2の作製)
実験2で用意した窒化鉄生成鉄合金板に対し、実験4と同様の弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3を行った。その次に、90℃で24時間保持する焼戻し処理工程S5を行った。この製造プロセスは、弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3の後に、焼戻し処理工程S5を行ったことに相当する。得られた鉄合金板を実施例2とした。
【0061】
[実験6]
(実施例3の作製)
実験2で用意した窒化鉄生成鉄合金板に対し、90℃で24時間保持する焼戻し処理工程S5を行った。その次に、実験4と同様の弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3を行った。この製造プロセスは、弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3の前に、焼戻し処理工程S5を行ったことに相当する。得られた鉄合金板を実施例3とした。
【0062】
[実験7]
(実施例4の作製)
実験2で用意した窒化鉄生成鉄合金板に対し、90℃に昇温した環境で面内方向に100 MPaの引張応力を負荷しながら24時間保持した。この製造プロセスは、弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3と焼戻し処理工程S5とを同時に行ったことに相当する。得られた鉄合金板を実施例4とした。
【0063】
[実験8]
(性状調査)
実験1、4~7で用意した参照試料1~2および実施例1~4に対して、X線回折装置(株式会社リガク製、Rint-Ultima III)を用いてCu-Kα線による広角X線回折測定(WAXD)を行って結晶相の同定を行った。その結果、参照試料1および参照試料2は、フェライト相(α相)のみの回折ピークが確認された。これに対し、実施例1~4は、α相を主相としながら、Fe8N相および/またはFe16N2相の回折ピークも確認された。
【0064】
(磁気特性の測定)
参照試料1~2および実施例1~4に対して、磁気特性(Bs、Hc、Pi)を測定した。振動試料型磁力計(理研電子株式会社製、BHV-525H)を用いて磁界1.6 MA/m、温度20℃の条件下で試料の磁化(単位:emu)測定し、試料体積および試料質量から飽和磁束密度Bs(単位:T)と保磁力Hc(単位:A/m)とを求めた。また、BHループアナライザ(株式会社IFG製、IF-BH550)および縦型ヨーク単板試験機を用いたHコイル法(JIS C 2556:2015に準拠)により、磁束密度1.0 T、400 Hz、温度20℃の条件下で試料の鉄損Pi-1.0/400(単位:W/kg)を測定した。結果を表2に示す。
【0065】
【表2】
【0066】
前述したように、参照試料1は、出発材料1の化学組成を有し、窒化鉄生成鉄合金板用意工程S2を行っていない試料である。出発材料1のCo含有率はパーメンジュールのCo含有率よりも少ないことから、出発材料1のBsはパーメンジュールのBs(約2.4 T)よりも低くなっていることが確認される。なお、本発明者等の数多くの実験から、Bsに0.03 T以上の差異があれば、それは明確な差/有意差と言えることが判明している。
【0067】
参照試料2は、Si含有の電磁鋼板であり、電磁純鉄板よりも低いPiを示す従来技術/市販製品である。低いHcおよびPiを示すが、Bsは電磁純鉄板よりも低下することが確認される。
【0068】
これらに対し、本発明に係る実施例1~4は、望ましい窒化鉄相(Fe8N相および/またはFe16N2相)の生成によりBsが明確に向上しており、パーメンジュールと同等以上のBsを有している。一方、窒化鉄相の生成に起因する結晶磁気異方性の増大により、参照試料1に比してHcが明らかに増加しPi-1.0/400も増加してしまうことが確認される。
【0069】
なお、実施例1~4内での比較から、製造プロセスにおける「焼戻し処理工程S5の有無」や「弾性ひずみ経験鉄合金板用意工程S3と焼戻し処理工程S5との順序」は、磁気特性に特段の影響がないことが確認される。
【0070】
[実験9]
(引張応力と鉄損との関係の調査)
参照試料1~2および実施例1を用いて、引張応力と鉄損との関係を調査した。具体的には、試料の面内方向に負荷する引張応力を変化させながら鉄損Pi-1.0/400を測定した。鉄損Pi-1.0/400の測定は、実験8と同様に行った。結果を図4に示す。
【0071】
図4は、引張応力と鉄損Pi-1.0/400との関係を示すグラフである。図4に示したように、参照試料2は、弾性変形領域内(≦200 MPa)で引張応力の変化に対してPi-1.0/400がほとんど変化せず、弾性変形領域を超えると(塑性変形領域に入ると、>200 MPa)Pi-1.0/400がわずかに増加することが確認される。
【0072】
参照試料1は、弾性変形領域内(≦80 MPa)で引張応力を増加させるとPi-1.0/400が大きく低下するが、弾性変形領域を超えると(塑性変形領域に入ると、>80 MPa)Pi-1.0/400が急激に増加することが確認される。参照試料1は、弾性変形領域が比較的狭いため、Pi-1.0/400が低下しても参照試料2のPi-1.0/400を下回ることがなかった。
【0073】
これらに対し、実施例1は、弾性変形領域内(≦150 MPa)で引張応力を増加させるとPi-1.0/400が大きく低下し、約15 MPa以上(弾性限界の約10%以上)の引張応力下で参照試料1のPi-1.0/400を下回り、約20 MPa以上(弾性限界の約13%以上)の引張応力下でPi-1.0/400≦25 W/kgとなり、約40 MPa以上(弾性限界の約25%以上)の引張応力下でPi-1.0/400≦20 W/kgとなり、約75 MPa以上(弾性限界の約50%以上)の引張応力下で参照試料2のPi-1.0/400を下回るほど低下することが確認される。ただし、弾性変形領域を超えると(塑性変形領域に入ると、>150 MPa)、他の試料と同様にPi-1.0/400が増加することが確認される。
【0074】
ここで、引張応力(張力)の負荷/除荷によるPi-1.0/400の変化を表3にまとめる。
【0075】
【表3】
【0076】
表3に示したように、「無負荷 → 弾性限界負荷 → 張力解放」において、いずれの試料も弾性限界負荷時にPi-1.0/400が低下するが、無負荷時と張力解放時のPi-1.0/400に変化は生じていない。このことから、弾性変形領域内では、引張応力によるPi-1.0/400の変化は可逆的であると言える。本発明の実施例1は、参照試料1~2に比して、無負荷時と弾性限界負荷時とのPi-1.0/400の差異/変化量が大きく、半分以下に低減できることが分かる。「塑性変形負荷 → 塑性変形後の張力解放」においては、いずれの試料も無負荷時および張力解放時よりもPi-1.0/400が増加している。
【0077】
引張応力の負荷によるPi低下のメカニズムは、まだ完全に解明できていないが、応力負荷による結晶格子の伸延によってスピンの回転が容易になり、その結果、結晶磁気異方性の低下および磁壁移動の促進が起きたのではないかと考えられる。一方、塑性変形後の張力解放でPi-1.0/400が増加するメカニズムとしては、塑性変形によって新たに生じる転位が磁壁移動の障壁となるためと考えられる。
【0078】
[実験10]
(引張応力を負荷する方法の検討)
鉄合金板に引張応力を負荷し維持する方法としては、鉄合金板を物理的/機械的に引っ張った状態で固定する方法の他に、鉄合金板の平均線膨張係数よりも小さい平均線膨張係数を有するセラミックス材料被膜を鉄合金板の両主面の上に形成する方法がある。前述したように、昇温した鉄合金板の両主面の上にセラミックス材料被膜を形成した後、冷却すると、平均線膨張係数の差異に起因して、セラミックス材料被膜に圧縮応力が掛かり、鉄合金板に引張応力が掛かる。セラミックス材料は、一般的に引張応力に対しては脆性を示すが、圧縮応力に対しては非常に強固であるため、鉄合金板に対して面内方向の引張ひずみが掛かった状態で維持/固定することができる。
【0079】
鉄合金板(厚さ:0.1 mm、1000℃における線膨張係数:17 ppm/K、500℃における線膨張係数:15 ppm/K)の両主面の上に、TiN被膜(平均線膨張係数:9.3 ppm/K)を形成する場合を試算すると、表4のようになる。なお、TiNの弾性率251 GPaを考慮して、圧縮応力によるTiNの収縮は無視するものとする。
【0080】
【表4】
【0081】
表4に示したように、熱収縮温度(被膜形成時と室温との温度差)が1000℃あると、TiN被膜厚さ(片側)0.5~4μmの範囲で、鉄合金板に対してPi-1.0/400を低下させるのに十分な引張応力を生じさせることができることが分かる。また、熱収縮温度が500℃の場合は、TiN被膜厚さ(片側)1~4μmの範囲で、鉄合金板に対してPi-1.0/400を低下させるのに十分な引張応力を生じさせることができることが分かる。
【0082】
表4の試算から明らかなように、鉄合金板の平均線膨張係数よりも小さい平均線膨張係数を有するセラミックス材料被膜を鉄合金板の両主面の上に形成する方法は、鉄合金板に引張応力を負荷し維持する方法として非常に有望であると言える。
【0083】
上述した実施形態や実験は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0084】
10…積層鉄心、11…固定子スロット、12…スリット、13…ティース、14…ティース爪部、
20…固定子、21…固定子コイル、22…セグメント導体、23…電気絶縁材、
1…軟磁性鉄合金板、2…突出部(タング)、3…固定穴。
図1
図2A
図2B
図3
図4