(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023154461
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】顕微鏡標本作製用平板及び顕微鏡標本の作製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20231013BHJP
【FI】
G01N1/28 J
G01N1/28 F
G01N1/28 U
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022063748
(22)【出願日】2022-04-07
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-07-18
(71)【出願人】
【識別番号】592019213
【氏名又は名称】学校法人昭和大学
(71)【出願人】
【識別番号】599088508
【氏名又は名称】日新イーエム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112874
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 薫
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 孝士
(72)【発明者】
【氏名】堀ノ内 陽子
(72)【発明者】
【氏名】永井 智子
(72)【発明者】
【氏名】丸田 節雄
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA28
2G052AB01
2G052AB11
2G052AB16
2G052AB27
2G052AD32
2G052AD52
2G052DA05
2G052DA23
2G052DA27
2G052FA01
2G052GA32
2G052JA03
2G052JA04
2G052JA05
2G052JA08
2G052JA16
2G052JA23
2G052JA26
(57)【要約】
【課題】本発明は、キシレンを使用した脱パラフィンを行う必要がない、顕微鏡標本作製用平板及び顕微鏡標本の作製方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む、顕微鏡標本作製用平板を提供する。また、本発明は、試料に付着したパラフィンを融解させ、融解された前記パラフィンを、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む顕微鏡標本作製用平板に吸着させる、吸着工程を含む、顕微鏡標本の作製方法も提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む、顕微鏡標本作製用平板。
【請求項2】
前記透明平板が、主成分としてシリコーンを含む原料を用いて形成されている、請求項1に記載の顕微鏡標本作製用平板。
【請求項3】
前記透明平板の表面の少なくとも一部が、親水性を有する、請求項1又は2に記載の顕微鏡標本作製用平板。
【請求項4】
前記透明平板よりも低い可撓性を有する透明層をさらに含む、請求項1又は2に記載の顕微鏡標本作製用平板。
【請求項5】
試料に付着したパラフィンを除去するために用いられる、請求項1又は2に記載の顕微鏡標本作製用平板。
【請求項6】
前記試料が、パラフィン包埋された試料である、請求項5に記載に顕微鏡標本作製用平板。
【請求項7】
試料に付着したパラフィンを融解させ、融解された前記パラフィンを、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む顕微鏡標本作製用平板に吸着させる、吸着工程を含む、顕微鏡標本の作製方法。
【請求項8】
前記吸着工程よりも後の工程においてキシレンを使用しない、請求項7に記載の顕微鏡標本の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡標本作製用平板及び顕微鏡標本の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、顕微鏡標本を作製する際には、次のような作業が行われる。パラフィン包埋された試料(例えば生物組織)を薄切し、切片を得る。切片をスライドガラスに載せ、伸展させた後、パラフィンを融解させる。次いで、キシレンを用いて、切片中の試料に付着したパラフィンを除去する(脱パラフィン)。パラフィンは、後の染色工程において試料の染色を阻害しうる。脱パラフィンは、パラフィンを取り除いて試料の染色を可能とする目的で行われる。脱パラフィン後、アルコールを用いてキシレンを除去し、次いでキシレンを水洗する。その後、染色液を用いて試料を染色する。下記特許文献1には、このような工程を行う組織観察用薄切片試料作製方法が開示さている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記脱パラフィンの作業においては、一般にキシレンが用いられる。キシレンは、健康障害を引き起こしうる有機溶剤の1種として知られている。作業従事者の健康リスクを低減するため、作業従事者のキシレンへの暴露は可能な限り回避できることが望ましい。また、有機溶剤を含む廃液は、環境汚染の可能性があることから、一般的な廃液とは異なる手順によって処理される。廃液処理の負荷を軽減するため、キシレンの使用量を削減できることが望ましい。
【0005】
そこで、本発明は、キシレンを使用した脱パラフィンを行う必要がない、顕微鏡標本作製用平板及び顕微鏡標本の作製方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明は、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む、顕微鏡標本作製用平板を提供する。
前記透明平板が、主成分としてシリコーンを含む原料を用いて形成されていてよい。
前記透明平板の表面の少なくとも一部が、親水性を有していてよい。
前記顕微鏡標本作製用平板が、前記透明平板よりも低い可撓性を有する透明層をさらに含んでいてよい。
前記顕微鏡標本作製用平板が、試料に付着したパラフィンを除去するために用いられるものであってよい。
前記試料が、パラフィン包埋された試料であってよい。
また、本発明は、試料に付着したパラフィンを融解させ、融解された前記パラフィンを、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む顕微鏡標本作製用平板に吸着させる、吸着工程を含む、顕微鏡標本の作製方法を提供する。
前記顕微鏡標本の作製方法は、前記吸着工程よりも後の工程においてキシレンを使用しないものであってよい。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、キシレンを使用した脱パラフィンを行う必要がない、顕微鏡標本作製用平板及び顕微鏡標本の作製方法が提供される。なお、本発明の効果は、ここに記載された効果に限定されず、本明細書内に記載されたいずれかの効果であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】従来の標本作製工程の一例を示すフローチャートである。
【
図2】
図1に示される工程の続きを示すフローチャートである。
【
図3】本実施形態において行われる顕微鏡標本作製工程の一例を示すフローチャートである。
【
図4】ヘマトキシリン染色し水洗した後の顕微鏡標本作製用平板(実施例)を示す図面代用写真である。
【
図5】ヘマトキシリン染色し染色した後のスライドガラス(比較例)を示す図面代用写真である。
【
図6】顕微鏡標本作製用平板を用いてHE染色された光学顕微鏡標本(実施例)を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態を示したものであり、本発明の範囲がこれらの実施形態のみに限定されることはない。
【0010】
1.顕微鏡標本作製用平板
【0011】
1-1.概要
【0012】
本発明の一実施形態に係る平板は、顕微鏡標本作製用平板(以下、「標本用平板」ともいう。)である。本明細書において「平板」とは、厚み方向と直交する面が平滑面である板をいう。厳密な平滑面を形成することが製造技術上困難である場合、平板の面には僅かな起伏が存在しうるが、このような人為的に形成されていない起伏を含む面は、上記平滑面に含まれうる。「平板」は、撓み及び変形が生じにくい硬質の態様に限定されず、例えば半硬質及び軟質の態様を含みうる。「平板」は、好ましくは、板に変形を加えて形成された部分(例えば、屈曲部、湾曲部、開口部、凸部、及び凹部など)を含まないものである。
【0013】
本実施形態に係る標本用平板は、顕微鏡標本の作製において一般に用いられているスライドガラスと同じ目的で使用されうる。当該標本用平板を用いることにより、キシレンを用いる脱パラフィン工程を行わずに標本を作製できる。
【0014】
1-2.構成
【0015】
1-2-1.透明平板
【0016】
本実施形態に係る標本用平板は、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む。当該標本用平板は、当該透明平板のみからなるものであってよい。すなわち、当該標本用平板は、融解パラフィン吸着性を有する透明平板であってよい。
【0017】
本明細書において、「透明平板」とは、透明性を有する平板をいう。「透明性を有する」とは、顕微鏡によって観察する際に支障がない程度に透明であることをいい、一例として可視光透過率が85%以上100%以下を意味してよい。すなわち、本実施形態において用いられる透明平板の可視光透過率は、例えば85%以上100%以下であってよい。透明平板の可視光透過率は、好ましくは87%以上100%以下、より好ましくは90%以上100%以下である。
【0018】
本明細書において、「パラフィン」とは、顕微鏡標本の作製において包埋剤として用いられうるパラフィンをいう。包埋剤として用いられうるパラフィンは、他の成分を含有していなくてよく、又は、他の成分を含有していてもよい。包埋剤として市販されているパラフィン(パラフィン包埋剤)の中には、試料への浸透性、薄切り時の作業性、又はひび割れ耐性などの包埋剤の品質を向上させることを目的として、パラフィン以外の成分を含有しているものがある。本明細書におけるパラフィンは、このようなパラフィンと他の成分とを含有するパラフィン包埋剤であってもよい。したがって、上記パラフィンは、例えば、パラフィンのみからなる包埋剤又はパラフィンと他の成分とを含有する包埋剤であってよい。
【0019】
上記パラフィンは、一例として、次のような特徴を有していてよい。パラフィンは、常温(25℃)で固体であってよい。パラフィンの融点は、45℃~70℃であってよい。パラフィンは、炭素数20~40の直鎖状の飽和炭化水素(ノルマルパラフィン)であってよい。パラフィンの分子量は、分子量300~550であってよい。
【0020】
本明細書において、「融解パラフィン吸着性」とは、融解されたパラフィンを吸着できる性質をいう。透明平板が融解パラフィン吸着性を有することは、パラフィン包埋された試料を切り出して得られた切片を透明平板の上に載せて、パラフィンを融解させた後に、透明平板上のパラフィンが減少するか否かによって確認されうる。具体的には、当該切片を透明平板の上に載せて、パラフィンの色及び範囲を確認する(例えば、目視で確認したり、写真を撮影したりする)。切片を載せた透明平板を、パラフィンの融点以上の環境下に一定時間以上置いて、パラフィンを融解させる(例えば、透明平板を60℃の環境下に24時間置く)。その後、透明平板上のパラフィンを常温(例えば25℃)で観察する。透明平板上のパラフィンが融解前と比較して減少している場合(例えば、パラフィンの色が薄くなっている及び/又はパラフィンの面積が小さくなっている場合)、透明平板が融解パラフィン吸着性を有すると判断されうる。なお、上記切片は、例えば、顕微鏡標本の作製において一般に用いられるものであってよい。
【0021】
融解パラフィン吸着性は、少なくとも、試料の染色に支障をきたしうるパラフィンを試料から吸着できる性質であってよい。すなわち、透明平板は、透明平板上の融解パラフィンを完全に吸着できなくてもよく、少なくとも、試料の染色に支障が出ない程度に吸着できればよい。
【0022】
透明平板は、融解パラフィン吸着性及び透明性を有する原料を用いて形成されている。融解パラフィン吸着性及び透明性を有する原料としては、例えば、主成分としてシリコーンを含む原料が挙げられる。本明細書において、「主成分としてシリコーンを含む原料」とは、含有成分の中でのシリコーンの含有割合(質量基準)が最も高い原料をいう。原料中のシリコーンの含有割合は、例えば70質量%以上、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは93質量%以上、特に好ましくは95質量%以上である。主成分としてシリコーンを含む原料の可視光透過率は、例えば85%以上100%以下、好ましくは87%以上100%以下、より好ましくは90%以上100%以下である。
【0023】
主成分としてシリコーンを含む原料は、好ましくはシリコーンゴム又はシリコーン樹脂であり、より好ましくはシリコーンゴムである。シリコーンゴム及びシリコーン樹脂は、上述のとおり主成分がシリコーンであり、シリコーン以外の成分を含んでいてもよい。シリコーン以外の成分は、例えば、ゴム又は樹脂に配合可能な各種の改質剤であってよい。
【0024】
透明平板の表面の少なくとも一部は、好ましくは親水性を有している。すなわち、透明平板の表面の少なくとも一部に、親水性領域が形成されている。このように、表面の少なくとも一部に濡れ性が良好な領域が形成されていることによって、パラフィンが付着した試料(例えばパラフィン包埋切片)を透明平板の表面に載せやすくなる。スライドガラスを用いる従来の標本作製方法においては、一般に、パラフィン包埋切片を水に浮かべて、スライドガラスで切片をすくい取って表面に載せる。本実施形態に係る標本用平板を用いる場合も同様に、標本用平板を持って水に浮かんだ切片をすくい取り、透明平板の表面に切片を載せることができる。この際、透明平板の表面に親水性領域が存在していると、濡れ性の良いこの領域には他の領域と比較して水に浮かんだ切片を載せやすくなる。
【0025】
透明平板の厚み方向と直交する2つの平滑面のそれぞれを第1面及び第2面とした場合、親水性領域は、例えば、第1面及び/又は第2面の一部又は全部に形成されていてよい。より詳細には、親水性領域は、第1面及び第2面のどちらか一方の一部又は全部に形成されていてよく、又は、第1面及び第2面のそれぞれの一部又は全部に形成されていてもよい。
【0026】
透明平板の親水性領域は、例えば、親水性を付与可能な既知の表面処理方法によって形成されてよく、又は、透明平板を形成する原料に親水性を付与可能な既知の添加剤を配合することによって形成されてもよい。透明平板は、例えば、表面の一部のみならず内部も親水性であってよい。上記親水性領域は、例えば、特開2021-161208に開示されている親水性改質基材の技術によって形成されていてもよい。
【0027】
透明平板の硬さは、作業効率が極めて悪化することを抑制するために、過度に軟らかくないことが好ましい。すなわち、透明平板は、極めて容易に変形しないものであることが好ましい。具体的には、透明平板は、自重で垂れ下がらないものであることが好ましく、可撓性が低いもの(撓みにくいもの)であることがより好ましい。標本作製作業を行いやすくするため、透明平板は、好ましくは半硬質又は硬質であり、より好ましくは硬質である。
【0028】
透明平板の形状及び大きさは、例えば、顕微鏡標本の作製において一般に用いられているスライドガラスの形状及び大きさと同じであってよい。一例として、透明平板は、平面が矩形状であってよく、長さ76mm、幅26mm、厚み1~2mmであってよい。このように、一般的なスライドガラスと同じ形状及び大きさとすることにより、従来使用されている標本作製用器具を利用して、標本作製作業を行うことができる。また、このような形状及び大きさであると、標本作製作業の従事者は、本実施形態に係る標本用平板をスライドガラスと同じように扱うことができるため、作業を行いやすい。しかしながら、透明平板の形状及び大きさは、これらに限定されず、当業者によって適宜選択されてよい。例えば、透明平板が汎用の切断手段(例えばカッターナイフ)によって切断可能な材質によって形成されている場合、透明平板を含む標本用平板を大判で用意して、必要に応じて適当な大きさに切断してもよい。
【0029】
1-2-2.透明層
【0030】
本実施形態に係る標本用平板は、透明平板よりも低い可撓性を有する透明層をさらに含んでいてよい。本明細書において、「透明層」とは、透明性を有する層である。「透明性を有する」の意味は、上記「1-2-1.透明平板」において説明したとおりである。透明層の可視光透過率は、例えば85%以上100%以下であってよい。透明層の可視光透過率は、好ましくは87%以上100%以下、より好ましくは90%以上100%以下である。
【0031】
透明層の厚みは、当業者によって適宜選択されてよく、例えば、透明平板より薄くてよい。透明層の形状及び大きさは、例えば、透明平板と同じであってよい。
【0032】
透明層は、好ましくは、透明平板の厚み方向と直交する2つの平滑面のうち一方の平滑面の一部又は全部に設けられている。すなわち、透明層は、好ましくは、透明平板の第1面及び第2面のどちらか一方の一部又は全部に設けられている。透明平板の一方の平滑面の一部又は全部に親水性領域が形成されている場合、透明層は、好ましくは、親水性領域が形成されていない平滑面の一部又は全部に設けられている。すなわち、透明平板の第1面の一部又は全部に親水性領域が形成されている場合、透明層は、好ましくは、第2面の一部又は全部に設けられている。このようにして透明層を設けることにより、透明平板が有する融解パラフィン吸着性及び親水性が阻害されない。
【0033】
透明層は、既知の手段によって、透明平板の少なくとも一方の平滑面の少なくとも一部に設けられていてよい。透明層は、例えば、既知の接着手段又は粘着手段によって、透明平板の少なくとも一方の平滑面の少なくとも一部に貼り付けられていてよい。透明層は、透明平板の平滑面から剥離不能であってよく、又は、剥離可能であってもよい。
【0034】
透明層は、透明平板よりも低い可撓性、及び、透明性を有する原料を用いて形成されている。透明層の原料は、透明平板の可撓性に応じて適宜選択されてよい。当該原料は、例えば合成樹脂から選択される1種又は2種以上の組み合わせであってよく、具体的には熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂から選択される1種又は2種以上の組み合わせであってよい。熱可塑性樹脂としては、例えば汎用プラスチック及びエンジニアリングプラスチック(具体的には汎用エンジニアリングプラスチック及びスーパーエンジニアリングプラスチック)が挙げられる。汎用プラスチックとしては、例えばアクリル樹脂(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、及びポリスチレン(PS)が挙げられる。汎用エンジニアリングプラスチックとしては、例えばポリエチレンテレフタレート(PET)及びポリカーボネート(PC)が挙げられる。スーパーエンジニアリングプラスチックとしては、例えばポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、例えばエポキシ樹脂(EP)が挙げられる。
【0035】
透明層は、透明平板よりも可撓性が低い。そのため、透明平板と透明層とを含む標本用平板は、透明平板のみからなる標本用平板よりも撓みにくい。このような撓みにくい標本用平板は、標本作製作業において取り扱いやすく、作業がより容易になりうる。
【0036】
1-2-3.他の層
【0037】
本実施形態に係る標本用平板は、透明平板及び透明層以外の層を有していてよい。標本用平板は、一例として、文字、記号、又は目印などが印刷された印刷層を有していてよい。
【0038】
1-3.用途
【0039】
本実施形態に係る標本用平板は、融解パラフィン吸着性を有する。そのため、標本用平板の上に固体のパラフィンが付着した試料を載せて、パラフィンを融解させることにより、試料に付着したパラフィンは、標本用平板(具体的には透明平板)に吸着される。したがって、本実施形態に係る標本用平板は、試料に付着したパラフィンを除去するために用いられうる。本明細書において、「試料に付着したパラフィンを除去する」とは、少なくとも、試料の染色に支障をきたしうるパラフィンを除去できることであってよい。すなわち、本実施形態に係る標本用平板は、標本用平板上の試料に付着したパラフィンを完全に除去できなくてもよく、少なくとも、試料の染色に支障が出ない程度に除去できればよい。
【0040】
本実施形態に係る標本用平板を用いたパラフィン除去の対象となる試料は、パラフィンが付着した試料であればよい。パラフィンが付着した試料は、例えば、パラフィン包埋された試料であってよい。パラフィン包埋された試料は、試料をパラフィンで包埋したパラフィンブロックを切り出すことによって得られうる。すなわち、パラフィン包埋された試料は、パラフィン包埋切片中の試料であってよい。パラフィンブロックの作製及び切り出しは、既知の手順によって行われてよい。パラフィン包埋された試料は、例えば、既知の手法によって固定された生物由来の試料(例えば、生物の臓器、組織、及び細胞など)であってよく、一例として、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)切片中の試料であってよい。
【0041】
以上詳述したように、本実施形態に係る標本用平板は、試料からパラフィンを除去するために用いられうる。そのため、本実施形態に係る標本用平板を用いることにより、キシレンを用いた脱パラフィンを行わずに、顕微鏡標本を作製できる。
【0042】
試料からパラフィンを取り除く脱パラフィンの作業は、顕微鏡標本の作製において、試料を染色液で染色するために必要な工程である。試料にパラフィンが残存していると、試料が染色されない場合がある。従来、脱パラフィンのために、キシレンが一般的に使用されている。しかしながら、キシレンは健康障害を引き起こしうるため、また、キシレンを含む廃液の処理は一般的な廃液の処理よりも負荷が大きいため、キシレン使用量は可能な限り少ないことが好ましい。
【0043】
本実施形態に係る標本用平板は、キシレンを使用した脱パラフィンを行わない顕微鏡標本の作製を可能とする。さらに言えば、当該標本用平板は、融解パラフィンを吸収させる工程よりも後の工程において、キシレンを使用しない作業を可能とする(詳細は後述)。このように、当該標本用平板は、キシレン使用量の削減を可能とし、その結果、作業従事者の健康リスク低減及び廃液処理の負荷軽減に寄与しうる。
【0044】
また、本実施形態に係る標本用平板は、汎用性が高い。当該標本用平板を用いて標本を作製する際には、従来一般に使用されているスライドガラスを当該標本用平板に置き換えるだけでよいからである。標本作製を担う作業従事者は、従来と同じような作業を行えばよい。また、標本作製にあたって、新たな機械又は器具を導入する必要がなく、既存のものを利用できる。
【0045】
さらに、本実施形態に係る標本用平板は、顕微鏡標本の作製に必要な作業を減らして作業時間を短縮すること、及び、染色時間を短縮することにも寄与しうる。これらの利点については、下記「2.顕微鏡標本の作製方法」において説明する。
【0046】
2.顕微鏡標本の作製方法
【0047】
本発明の一実施形態に係る顕微鏡標本の作製方法(以下、「標本作製方法」ともいう。)は、試料に付着したパラフィンを融解させ、融解されたパラフィンを、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む顕微鏡標本作製用平板に吸着させる、吸着工程を含む。本実施形態に係る標本作製方法において用いられる顕微鏡標本作製用平板(標本用平板)は、上記「1.顕微鏡標本作製用平板」において説明したとおりであってよく、当該説明が本実施形態にも当てはまる。
【0048】
本実施形態に係る標本作製方法について、図面を参照しながら、従来技術と対比して説明する。従来技術の標本作製方法では、上記標本用平板ではなく、一般的なスライドガラスを用いる。以下では、試料(生体組織)をヘマトキシリン・エオジン(HE)染色して光学顕微鏡用の標本を作製する手順を例に挙げて説明する。ただし、以下に記載された作業条件は一例に過ぎず、また、詳細な条件は適宜調整されてよい。
【0049】
図1は、従来の標本作製工程の一例を示すフローチャートである。まず、試料(生体組織)を入手し(ステップS1)、次いで試料を固定する(ステップS2)。試料を固定するために、例えば、ホルマリン又はグルタールアルデヒドが用いられてよい。固定された試料を、適切な大きさ(例えばスライドガラスに載る大きさ)に切り出し(ステップS3)、水洗する(ステップS4)。水洗された試料をパラフィン包埋する(ステップS5)。パラフィン包埋の手順は、図示しないが、次のようにして行われうる。まず、試料をアルコールに浸漬して、試料中の水分をアルコールに置換する。続いて、試料をキシレンに浸漬し、試料内のアルコールをキシレンに置換する。固体のパラフィンを加熱して得られた液体のパラフィンに試料を浸漬して、試料にパラフィンを浸透させる。包埋皿に液体のパラフィンと試料を入れて、冷却する。これにより、パラフィン包埋された試料(パラフィンブロック)を得る。
【0050】
上記パラフィン包埋された試料を薄切して切片を得る(ステップS6)。具体的には、上記パラフィンブロックをミクロトームで任意の厚さ(例えば数μm~10μm)に切り出して切片を得る。次に、切片をスライドガラスに載せ、その後、切片を伸展させる(ステップS7)。具体的には、切り出された切片を水に浮かべ、スライドガラスで切片をすくい取って表面に載せる。スライドガラスを52℃に設定した伸展器(ホットプレート)の上に置き、切片を伸展させる。
【0051】
図2は、
図1に示される工程の続きを示すフローチャートである。上記ステップS7の完了後、パラフィンを融解させる(ステップS8)。具体的には、スライドガラスを60℃に設定した乾燥機(オーブン)に24時間入れて、パラフィンを融解させる。このパラフィン融解工程を行うことにより、次工程においてパラフィンを除去しやすくなる。
【0052】
次に、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行う。具体的には、まず、スライドガラス上の試料をキシレンに浸して、脱パラフィン(試料に浸透したパラフィンを除去する作業)を行う(ステップS9)。次いで、スライドガラス上の試料をアルコールに浸して親水処理(脱キシレン)を行い(ステップS10)、その後水洗する(ステップS11)。
【0053】
次に、ヘマトキシリン染色液によって試料を染色する(ステップS12)。水洗して色出しを行い(ステップS13)、塩酸アルコールに浸して分別し(ステップS14)、再度水洗して色出しを行う(ステップS15)。次いで、エオジン染色液によって試料を染色し(ステップS16)、水洗する(ステップS17)。切片をアルコールに浸して脱水し(ステップS18)、キシレンに浸して透徹を行う(ステップS19)。これにより、染色工程が完了する。
【0054】
最後に、キシレンを含有する封入剤をスライドガラス上に滴下し、カバーガラスを被せて、封入する(ステップS20)。以上が、スライドガラスを用いる従来の標本作製方法の一例である。
【0055】
次に、本実施形態に係る標本作製方法において行われる作業の手順について説明する。まず、
図1を参照して説明したステップS1~S7を、スライドガラスを上記標本用平板に置き換えた上で行う。すなわち、本実施形態において、スライドガラスの代わりに標本用平板を用いること以外は、上記ステップS1~S7と同じ手順が行われる。これらの手順の詳細については上述のとおりであり、ここでは説明を省略する。
【0056】
次に、
図3を参照しながらステップS7よりも後の工程について説明する。
図3は、本実施形態において行われる標本作製工程の一例を示すフローチャートである。従来の標本作製方法(
図2参照)においては、ステップS7の後にパラフィン融解工程(ステップS8)を行う。一方、本実施形態(
図3参照)においては、このステップS8が、パラフィンを融解する工程と、標本用平板(具体的には透明平板)がパラフィンを吸着する工程と、を兼ねている。すなわち、
図3に示される本実施形態に係る標本作製方法においては、ステップS7の後に、試料に付着したパラフィンを融解させ、融解されたパラフィンを標本用平板(具体的には透明平板)に吸着させる、吸着工程を行う(ステップS8a)。
【0057】
吸着工程は、上記ステップS8と同じ条件下で行われてよい。すなわち、吸着工程において、試料を載せた標本用平板を60℃の環境下に24時間置いてよい。しかしながら、吸着工程における温度及び時間はこれらに限定されず、適宜調整されてよい。例えば、吸着工程において標本用平板が置かれる温度の下限はパラフィンの融点以上であればよい。当該温度の上限は、例えば、75℃以下、70℃以下、又は65℃以下であってよい。標本用平板が上記環境下に置かれる時間は、例えば、1時間以上24時間以下であってよい。
【0058】
吸着工程完了後、HE染色を行う。具体的には、
図3に示されるように、ヘマトキシリン染色(ステップS12)、水洗(ステップS13)、分別(ステップS14)、色出し(ステップS15)、エオジン染色(ステップS16)、及び水洗(ステップS17)を行う。脱水(ステップS18)は、必須の工程ではなく、脱水を行ってもよいし、行わなくてもよい。例えば、後述する封入工程において水溶性の封入剤を用いる場合、脱水工程を行わなくてもよい。
【0059】
図3に示されるステップS12~S18は、基本的には、
図1を参照して説明した従来の標本作製手順と同じであってよい。しかしながら、ヘマトキシリン染色(ステップS12)及びエオジン染色(ステップS16)における染色時間は、従来の標本作製手順とは異なりうる。具体的には、本実施形態において、ヘマトキシリン染色及びエオジン染色の染色時間は、それぞれ、従来と比較して短くてよい。染色時間が短くても、従来と同程度の強度で染色できる。このように、本実施形態において用いられる標本用平板は、ヘマトキシリン染色及びエオジン染色の染色時間を短縮することに寄与しうる。
【0060】
染色完了後、封入剤をスライドガラス上に滴下し、カバーガラスを被せて、封入する(ステップS20)。従来用いられている封入剤は、一般にキシレンを含有しているが、本実施形態において用いられる封入剤は、キシレンを含有していなくてよい。すなわち、本実施形態においては、キシレン非含有封入剤を用いて封入が行われうる。当該封入剤は、水溶性でも非水溶性でもよく、また、一例として樹脂含有封入剤であってもよい。以上が、本実施形態に係る標本作製方法の一例である。
【0061】
本実施形態に係る標本作製方法は、従来の方法と比較して、以下の利点を有している。
【0062】
第一に、本実施形態に係る標本作製方法は、吸着工程(
図3のステップS8a)よりも後の工程においてキシレンを使用する必要がない。従来一般にキシレンが使用される脱パラフィン及び透徹を行う必要がなく、且つ、封入時にキシレンを含有する封入剤を用いる必要がないからである。したがって、本実施形態に係る標本作製方法は、吸着工程よりも後の工程においてキシレンを使用しない方法でありうる。
【0063】
第二に、本実施形態に係る標本作製方法は、標本の作製に必要な作業を減らして作業時間を短縮できる。本実施形態においては、従来一般に行われている脱パラフィン、親水処理(脱キシレン)、及び水洗(
図2のステップS9~S11)、並びに、透徹(
図2のステップS19)を行う必要がないからである。
【0064】
第三に、本実施形態に係る標本作製方法は、染色時間を短縮できる。染色時間の短縮には、上記標本用平板(透明平板)が寄与しているが、その詳細なメカニズムは不明である。
【0065】
第四に、本実施形態に係る標本作製方法は、汎用性が高い。この利点については、上記「1.顕微鏡標本作製用平板」において説明したとおりである。
【実施例0066】
以下で実施例を参照して本発明をより詳しく説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0067】
実施例として、本発明に係る標本用平板を用い、
図1及び3に示される手順にしたがって試料(ラットの肝臓組織のホルマリン固定パラフィン包埋試料)の光学顕微鏡標本を作製した。当該標本用平板として、親水性シリコーンゴムからなる矩形状の平板(長さ76mm、幅26mm、厚み1mm)を用いた。吸着工程では、標本用平板を60℃の環境下に24時間置いた。
【0068】
比較例として、上記標本用平板をスライドガラス(長さ76mm、幅26mm、厚み1mm)に置き換えた以外は、実施例と同じ手順で、ヘマトキシリン染色及びその次の水洗までを行う試験を行った。詳細には、
図1のステップS1~S7、及び、
図3のステップS8a、S12、及びS13を行った。
【0069】
図4は、ヘマトキシリン染色し水洗した後の標本用平板(実施例)を示す図面代用写真である。
図5は、ヘマトキシリン染色し水洗した後のスライドガラス(比較例)を示す図面代用写真である。
図4の実施例の結果から、キシレンを使用した脱パラフィンを行わなくても試料が染色されることが確認された。また、
図5の比較例の結果から、スライドガラスの場合はキシレンを使用した脱パラフィンを行わないと、試料が非常に染色されにくいことが確認された。
【0070】
図6は、標本用平板を用いてHE染色された光学顕微鏡標本(実施例)を示す図面代用写真である。当該標本を光学顕微鏡で観察したところ、スライドガラスを用いて作製された一般的な標本と同じように試料を観察することが可能であった。
【0071】
実施例において、HE染色に要する時間(
図3のステップS12~S18に要する時間)は、約11分であった。本発明者らが、カバーガラスを用いて従来どおりHE染色を行う試験を別途実施したところ、HE染色に要する時間(
図2のステップS9~S19に要する時間)は、約52分であった。この結果から、本発明に係る顕微鏡標本の作製方法は、従来と比較して大幅に染色時間を短縮できることが確認された。
【0072】
本技術は、以下のような構成をとることもできる。
[1]
融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む、顕微鏡標本作製用平板。
[2]
前記透明平板が、主成分としてシリコーンを含む原料を用いて形成されている、[1]に記載の顕微鏡標本作製用平板。
[3]
前記透明平板の表面の少なくとも一部が、親水性を有する、[1]又は[2]に記載の顕微鏡標本作製用平板。
[4]
前記透明平板よりも低い可撓性を有する透明層をさらに含む、[1]から[3]のいずれか一つに記載の顕微鏡標本作製用平板。
[5]
試料に付着したパラフィンを除去するために用いられる、[1]から[4]のいずれか一つに記載の顕微鏡標本作製用平板。
[6]
前記試料が、パラフィン包埋された試料である、[5]に記載に顕微鏡標本作製用平板。
[7]
試料に付着したパラフィンを融解させ、融解された前記パラフィンを、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む顕微鏡標本作製用平板に吸着させる、吸着工程を含む、顕微鏡標本の作製方法。
[8]
前記吸着工程よりも後の工程においてキシレンを使用しない、[7]に記載の顕微鏡標本の作製方法。
試料に付着したパラフィンを融解させ、融解された前記パラフィンを、融解パラフィン吸着性を有する透明平板を含む顕微鏡標本作製用平板に吸着させる、吸着工程を含む、顕微鏡標本の作製方法。