IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人 埼玉医科大学の特許一覧

特開2023-154950癌の補助化学療法の予後を予測する方法及びそれに使用される試薬
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023154950
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】癌の補助化学療法の予後を予測する方法及びそれに使用される試薬
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6869 20180101AFI20231013BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20231013BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20231013BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20231013BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z ZNA
C12N15/12
C12M1/00 A
C12M1/34 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022064611
(22)【出願日】2022-04-08
(71)【出願人】
【識別番号】504013775
【氏名又は名称】学校法人 埼玉医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平▲崎▼ 正孝
(72)【発明者】
【氏名】三原 良明
(72)【発明者】
【氏名】堀田 洋介
(72)【発明者】
【氏名】濱口 哲弥
(72)【発明者】
【氏名】福元 剛
(72)【発明者】
【氏名】牧野 好倫
(72)【発明者】
【氏名】藤野 節
(72)【発明者】
【氏名】福島 久代
(72)【発明者】
【氏名】鎌倉 靖夫
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029AA23
4B029BB11
4B029CC01
4B029FA15
4B029GA03
4B029GA08
4B029GB06
4B063QA08
4B063QA13
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ28
4B063QQ42
4B063QQ62
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR42
4B063QR62
4B063QR66
4B063QR77
4B063QS03
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】大腸癌等の癌患者に対する補助化学療法の予後を予測する方法を提供すること。
【解決手段】癌患者に由来する遺伝子含有試料を用いて遺伝子多型部位の塩基の種類を分析し、該分析結果に基づいて癌患者の補助化学療法の予後を予測するためのデータ取得方法であって、該遺伝子多型部位が、オートファジー関連遺伝子における遺伝子多型部位である、前記方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌患者に由来する遺伝子含有試料を用いて遺伝子多型部位の塩基の種類を分析し、該分析結果に基づいて癌患者の補助化学療法の予後を予測するためのデータ取得方法であって、該遺伝子多型部位がオートファジー関連遺伝子における遺伝子多型部位である、前記方法。
【請求項2】
オートファジー関連遺伝子がPINK1(PTEN-induced kinase 1)、ATG14(autophagy-related 14)およびDEPTOR(DEP domain-containing mTOR-interacting protein)から選択される1種類以上の遺伝子である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記遺伝子多型部位が、配列番号1~5から選ばれる塩基配列の塩基番号51番目に相当する部位、又は該部位と連鎖不平衡の関係にある部位である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
補助化学療法がフルオロウラシルまたはその前駆体の投与である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
癌が大腸癌である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
癌患者における補助化学療法の予後を予測するための試薬であって、癌患者のオートファジー関連遺伝子に存在する遺伝子多型部位における塩基の種類を分析可能なポリヌクレオチドを含み、
該遺伝子多型部位が、配列番号1~5から選ばれる塩基配列の塩基番号51番目に相当する部位であり、前記ポリヌクレオチドが、前記塩基配列における前記遺伝子多型部位を含む連続した10塩基以上の配列、又はその相補配列を有する、試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌患者の補助化学療法の予後を予測する方法、特に、大腸癌患者の術後補助化学療法の予後を予測する方法および該方法に使用される試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸癌の治療ガイドラインにおいては、根治切除されたstage III、またはハイリスクstage IIの大腸癌には、術後補助化学療法としてフッ化ピリミジン(5FU,S-1,Capecitabin,UFT)を基盤としたレジメン(6か月)が推奨されている。しかしながら、ハイリスクstage IIの定義が明確でないため、該当患者が一部曖昧な上に、当該術後補助化学療法の再発予防効果は約10%と乏しく、さらに治療施行患者の最大30%が下痢、吐き気、粘膜炎、口内炎、骨髄抑制、神経毒、手足症候群などの重度の毒性を示すことが問題となっている。
そこで、患者のQOLの観点から、術後補助化学療法の予後を予測するサブグループ検出方
法の確立が望まれている。
【0003】
ところで、特許文献1および2には、大腸癌のリスクを判定するための一塩基多型(SNP、SNVとも呼ばれる)が知られている。しかしながら、補助化学療法の予後を予測するために有用な遺伝子変異は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2008-534009
【特許文献2】特開2020-174643
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、大腸癌等の癌患者に対する補助化学療法の予後を予測する方法及び該方法に使用される試薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題の解決のために鋭意検討した結果、PTEN-induced kinase 1 (PINK1)遺伝子等のオートファジー関連遺伝子に存在する遺伝子多型が、癌患者、特に大腸癌
患者の術後補助化学療法の予後と有意に相関することを同定した。そして、これらの遺伝子多型を調べることにより、癌患者、特に大腸癌患者の術後補助化学療法の予後を正確に予測することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]癌患者に由来する遺伝子含有試料を用いて遺伝子多型部位の塩基の種類を分析し、該分析結果に基づいて癌患者の補助化学療法の予後を予測するためのデータ取得方法であって、
該遺伝子多型部位がオートファジー関連遺伝子における遺伝子多型部位である、前記方法。
[2]オートファジー関連遺伝子がPINK1(PTEN-induced kinase 1)、ATG14(autophagy-related 14)およびDEPTOR(DEP domain-containing mTOR-interacting protein)から選択される1種類以上の遺伝子である、[1]に記載の方法。
[3]前記遺伝子多型部位が、配列番号1~5から選ばれる塩基配列の塩基番号51番目に相当する部位、又は該部位と連鎖不平衡の関係にある部位である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]補助化学療法がフルオロウラシルまたはその前駆体の投与である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]癌が大腸癌である、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]癌患者における補助化学療法の予後を予測するための試薬であって、癌患者のオートファジー関連遺伝子に存在する遺伝子多型部位における塩基の種類を分析可能なポリヌクレオチドを含み、
該遺伝子多型部位が、配列番号1~5から選ばれる塩基配列の塩基番号51番目に相当する部位であり、前記ポリヌクレオチドが、前記塩基配列における前記遺伝子多型部位を含む連続した10塩基以上の配列、又はその相補配列を有する、試薬。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、オートファジー関連遺伝子に存在する遺伝子多型を調べることにより、癌患者、特に大腸癌患者の術後補助化学療法の予後を正確に予測することができる。
細胞に補助化学療法によって飢餓状態(5-FU投与などの疑似飢餓を含む)を与えると、細胞質内に隔離膜と呼ばれる小胞が出現する。その後、膜は細胞質を取り込みながら伸長し、先端が融合してオートファゴソームが形成される。オートファゴソームがリソソームと融合すると、小胞体が分解され、自己消化で得られたアミノ酸が栄養源として再利用される(Li J, Hou N, Faried A, Tsutsumi S, Kuwano H. Inhibition of autophagy augments 5-fluorouracil chemotherapy in human colon cancer in vitro and in vivo model. European Journal of Cancer (Oxford, England: 1990) 2010;46:1900-9.)。癌の補助化学療法は、栄養の欠乏や飢餓を化学的に模倣するように設計されているため、補助化学療法とオートファジーは密接に関連しており、オートファジー関連遺伝子に存在する遺伝子多型と癌患者の補助化学療法の予後の相関性が生じると考えられる。
本発明の方法によって、治療前に補助化学療法の予後が予測でき、あらかじめ、予後不良の患者を除外することで、副作用や医療費の問題を改善することができ、かつ、その患者個人に合った最適な治療法を選択することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<1>本発明の方法
本発明の方法は、癌患者に由来する遺伝子含有試料を用いて遺伝子多型部位の塩基の種類を分析し、該分析結果に基づいて癌患者の補助化学療法の予後を予測するためのデータ取得方法であって、該遺伝子多型部位が、オートファジー関連遺伝子における遺伝子多型部位であることを特徴とする。
【0010】
癌の種類は5-FUベースの補助化学療法を施行している大腸癌、胃癌、膵癌、食道癌な
どがあげられる。
【0011】
本発明の方法は、いずれの人種の被検者に対しても用いることができるが、特に、日本人等のアジア人の被検者に好適に用いることができる。また、本発明の方法は、いずれの性別の被検者に対しても用いることができる。
【0012】
補助化学療法とは、癌の周術期に、抗癌剤を投与することで、再発予防を含め、手術の根治性を高める治療法を意味する。補助化学療法には術前補助化学療法と術後補助化学療法が含まれる。抗癌剤の種類は特に限定されないが、フルオロウラシル(5-FU)ベースの殺細胞性抗がん剤が挙げられ、5-FUの前駆体(プロドラッグ)も含まれる。5-FUはレボホリナートカルシウムと併用することができ、また、5-FUの前駆体(プロドラッグ)としては、S-1、カペシタビン、テガフール・ウラシル・ロイコボリン単剤で使用可能であるが、これらの一部はオキサリプラチン、シスプラチン、ドセタキセルを併用することで、再発予防効果が増強される。
【0013】
オートファジー関連遺伝子としては、下記のような遺伝子が挙げられる。
1)Vps34 PI3 kinase complex関連遺伝子
PIK3R4, BECN1 and ATG14
2)Atg8-conjugation system関連遺伝子
MAP1LC3A, ATG3, ATG4A, ATG4B, ATG4C, ATG4D, ATG7
3)Atg12-conjugation system 関連遺伝子
ATG5, ATG10, ATG12, ATG16L1, ATG16L2
4)Atg1 protein kinase complex関連遺伝子
ULK1, ATG13, RB1CC1, MTOR, RPTOR, DEPTOR, AKT1S1, PTEN
5)Atg9 and Atg2-Atg18 complex関連遺伝子
ATG9A, ATG9B
6)mitophagy receptor関連遺伝子
PINK1, PRKN, BNIP3, BNIP3L, FUNDC1, OPTN, BCL2L13, CALCOCO2
これらの中では、PINK1 (PTEN-induced kinase 1)、ATG14(autophagy-related 14)およびDEPTOR(DEP domain-containing mTOR-interacting protein)が好ましく挙げられる
【0014】
以下、具体的な遺伝子多型部位について説明する。ただし、本発明の方法において、分析されるオートファジー関連遺伝子の遺伝子変異は以下のものに限定はされない。
なお、rs番号は、National Center for Biotechnology InformationのdbSNPデータベース(http//www.ncbi.nlm.nih.gov/projects/SNP/)の登録番号を示す。当該SNPを含む配列
情報は、GenBank(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/)等からも入手できる。
遺伝子多型としては、遺伝子挿入変異や遺伝子欠失変異でもよいが、一塩基多型(SNP)
が好ましい。
【0015】
PTEN-induced kinase 1 (PINK1)遺伝子上の遺伝子多型部位としては、rs1043424が挙げられる。
rs1043424は、第1染色体(NC_000001.11)の20650506番目の部位、すなわち、配列番号1で表される塩基配列の第51番目に相当する部位におけるアデニン(A)/シトシン(C)の一塩基多型を意味し、この部位の塩基がAである場合には、補助化学療法の予後が不
良である、すなわち、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと判定できる。対立遺伝子も考慮すると、Aアレルのホモ(A/A)である場合に、特に補助化学療法の予後が不良である、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと予測される。
【0016】
PTEN-induced kinase 1 (PINK1)遺伝子上の他の遺伝子多型部位としては、rs3738136が挙げられる。
rs3738136は、第1染色体(NC_000001.11)の20645617番目の部位、すなわち、配列番
号2で表される塩基配列の第51番目の部位に相当する部位におけるグアニン(G)/ア
デニン(A)の一塩基多型を意味し、この部位の塩基がGである場合には、補助化学療法の予後が不良である、すなわち、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと判定できる。対立遺伝子も考慮すると、Gアレルのホモ(G/G)である場合に、特に補助化学療法の予後が不良である、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと予測される。
【0017】
PINK1遺伝子上の他の遺伝子多型部位としては、rs202128685、rs773843241、rs780580396も挙げられる。
【0018】
DEPTOR遺伝子上の他の遺伝子多型部位としては、rs16893299が挙げられる。
rs16893299は、第8染色体(NC_000008.11)の119928411番目の部位、すなわち、配列
番号3で表される塩基配列の第51番目の部位に相当する部位におけるシトシン(C)/
チミン(T)の一塩基多型を意味し、この塩基がTである場合には、補助化学療法の予後が不良である、すなわち、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと判定できる。対立遺伝子も考慮すると、Tアレルのホモ(T/T)である場合に、特に補助化学療法の予後が不良である、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと予測される。
【0019】
ATG14遺伝子上の他の遺伝子多型部位としては、rs199596610が挙げられる。
rs199596610は、第14染色体(NC_000014.9)の55411797番目の部位、すなわち、配列番号4で表される塩基配列の第51番目の部位に相当する部位におけるシトシン(C)/ア
デニン(A)の一塩基多型を意味し、この部位の塩基がAである場合には、補助化学療法の予後が不良である、すなわち、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと判定できる。対立遺伝子も考慮すると、Aアレルのホモ(A/A)である場合に、特に補助化学療法の予後が不良である、補助化学療法後の癌の再発リスクが高いと予測される。
【0020】
本発明の方法においては、被検者の染色体上の遺伝子配列において、上記各塩基配列の塩基番号51番目に相当する部位における多型の種類を解析する。なお、塩基番号51番目に相当する部位としては、染色体上の遺伝子配列が個体差等によりこれらの塩基配列と完全に一致していなくとも、その前後配列に鑑みれば、当該多型部位であると認定できる部位も含む。
【0021】
また、本発明において解析する多型部位は、上記5種類そのものに限定されず、上記5種類の塩基配列の51番目の部位と連鎖不平衡にある部位の多型を分析してもよい。ここで、上記の多型部位と連鎖不平衡にある多型部位とは、上記の多型部位とr2(連鎖不平
衡係数)>0.5、好ましくはr2>0.8、さらに好ましくはr2>0.9の関係を満たす多型部位をいう。また、上記の多型部位と連鎖不平衡にある多型部位は、例えば、HapMapデータベース(http://www.hapmap.org/index.html.ja)等を用いて同定することができ
る。
【0022】
上記多型部位の塩基の種類を調べ、得られた結果を上記の基準(リスクアレルを有する被検者は補助化学療法の予後が不良である)に基づいて補助化学療法の予後と関連付けることにより、補助化学療法の予後を予測することができる。なお、いずれの多型部位も、二本鎖DNAのセンス鎖とアンチセンス鎖のどちらを解析してもよい。例えば、実施例では、ATG14遺伝子の多型(rs199596610)はアンチセンス鎖で解析されている。
【0023】
上記多型は単独で解析されてもよいし、上記多型部位の少なくとも1つを含む複数の多型をまとめてハプロタイプ解析してもよい。検査の精度を向上するためには、癌の補助化学療法の予後と関連する複数の多型をまとめて解析することが好ましい。
【0024】
遺伝子多型の解析に用いる試料としては、染色体DNAを含む試料であれば特に制限されない。例えば、血液、尿等の体液、口腔粘膜等の細胞、毛髪等の体毛、及び爪などが挙げられる。遺伝子多型の解析にはこれらの試料を直接使用することもできるが、これらの試料から染色体DNAを常法により単離したものを用いて解析することが好ましい。
【0025】
遺伝子多型の解析は、通常の遺伝子多型解析方法によって行うことができる。例えば、シークエンス解析、PCR、ハイブリダイゼーション、インベーダー法などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
シークエンス解析は、通常の方法により行うことができる。具体的には、遺伝子多型部位から数十塩基5’側に離れた位置にプライマーを設定し、そのプライマーを使用してシークエンス反応を行い、その解析結果から、該当する遺伝子多型がどの種類の塩基であるかを決定することができる。なお、シークエンス反応の前に、PCRなどによって、あら
かじめ遺伝子多型部位を含む断片を増幅しておくことが好ましい。
【0027】
また、遺伝子多型の解析は、PCRによる増幅の有無を調べることによって行うことができる。例えば、プライマーの3’末端が各遺伝子多型の位置となるように、プライマーを設計する。それぞれのプライマーを使用してPCRを行い、増幅産物の有無によってどのタイプの多型であるかを決定することができる。また、LAMP法、NASBA法、ICAN法などによっても増幅の有無を調べることができる。
【0028】
また、遺伝子多型部位を含むDNA断片を増幅し、増幅産物の電気泳動における移動度の違いによって、どのタイプの多型であるかを決定することもできる。このような方法としては、例えば、PCR-SSCP(single-strand conformation polymorphism)法(Genomics. 1992 Jan 1; 12(1): 139-146.)が挙げられる。具体的には、まず、目的の遺伝子多型部位を含むDNAを増幅し、増幅したDNAを一本鎖DNAに解離させる。次いで、解離させた一本鎖DNAを非変性ゲル上で分離し、分離した一本鎖DNAのゲル上での移動度の違いによってどのタイプの塩基であるかを決定することができる。
【0029】
さらに、多型を示す塩基が制限酵素認識配列に含まれる場合は、制限酵素による切断の有無によって解析することもできる(RFLP法)。この場合、まず、DNA試料を制限酵素により切断する。次いで、DNA断片を分離し、検出されたDNA断片の大きさによってどのタイプの多型であるかを決定することができる。
【0030】
他に、DNAチップ等によりハイブリダイゼーションの有無を調べることによって、多型の種類を解析することも可能である。すなわち、各塩基に対応するプローブを用意し、いずれのプローブにハイブリダイズするかを調べることによって、遺伝子多型部位がいずれの塩基であるかを調べることもできる。
【0031】
また、DNA三重鎖構造を特異的に認識して切断するクリベース、インベーダーと呼ばれる遺伝子多型を認識するプローブ、及び、蛍光シグナルを発生するよう設計されたプローブを使用するインベーダー法により、多型解析をしてもよい。
【0032】
本発明の方法の具体的態様の一例としては、まず被検者由来の試料を用いて上記遺伝子多型部位の塩基の種類を解析し、被検者における塩基の種類を決定する。次に、当該塩基の種類がリスクアレルである場合には補助化学療法の予後が低い、非リスクアレルである場合には補助化学療法の予後が高いと判定し、検査結果として医師等に情報を提供することができる。補助化学療法の予後の判定は、被検者の塩基の種類がリスクアレルであるか非リスクアレルであるか機械的に振り分けるものである。従って、本発明の方法に基づく補助化学療法の予後の判定及びその情報の提供は、医師等による専門的な判断は要さない。
【0033】
本発明の方法により補助化学療法が有効(予後が良好)と判定されれば積極的に補助化学療法を施行し、それ以外の患者群には再発予防効果が乏しいこと、有害事象を考慮して投与を検討する。特に高齢者や併存疾患があるなどハイリスク患者では、経過観察とするか判断可能となる。
【0034】
<2>本発明の検査用試薬
本発明の検査用試薬は、上記遺伝子多型部位の塩基の種類を検出可能なポリヌクレオチドを含む、癌の補助化学療法の予後を予測するための検査試薬である。当該ポリヌクレオチドとしては、プライマーやプローブなどが含まれる。また、1つの遺伝子多型を検出可能なポリヌクレオチドを、単独で検査試薬に含めてもよいし、複数の遺伝子多型を検出可能な複数のポリヌクレオチドを検査試薬に含めてもよい。検査の精度を向上するために、
複数のポリヌクレオチドにより複数の遺伝子多型部位を検査することが好ましい。
【0035】
上記プローブとしては、上記遺伝子多型部位を含み、ハイブリダイズの有無によって遺伝子多型部位の塩基の種類を判定できるプローブが挙げられる。具体的には、配列番号1~5から選ばれる塩基配列において51番目の部位を含む連続した10塩基以上の配列、又はその相補配列を有するプローブが挙げられる。プローブはリスクアレルを含む配列にハイブリダイズして検出するものでもよいし、非リスクアレルを含む配列にハイブリダイズして検出するものでもよいし、その両方でもよい。
プローブの長さは、好ましくは10~50塩基であり、より好ましくは15~35塩基であり、さらに好ましくは20~35塩基である。
【0036】
プライマーとしては、上記遺伝子多型部位を増幅するためのPCRに用いることのできるプライマー、又は上記遺伝子多型部位を配列解析(シークエンシング)するために用いることのできるプライマーが挙げられる。具体的には、配列番号1~5から選ばれる塩基配列の51番目の部位を含む領域を増幅したりシークエンシングしたりすることのできるプライマーが挙げられる。このようなプライマーの長さは10~50塩基が好ましく、15~50塩基がより好ましく、15~35塩基がさらに好ましく、20~35塩基が特に好ましい。
【0037】
上記遺伝子多型部位をシークエンシングするためのプライマーとしては、上記遺伝子多型部位5’側領域、好ましくは30~100塩基上流の配列を有するプライマーや、上記遺伝子多型部位の3’側領域、好ましくは30~100塩基下流の領域に相補的な配列を有するプライマーが例示される。PCRによる増幅の有無で多型を判定するために用いるプライマーとしては、上記塩基を含む配列を有し、上記塩基を3’側に含むプライマーや、上記塩基を含む配列の相補配列を有し、上記塩基の相補塩基を3’側に含むプライマーなどが例示される。
【0038】
なお、本発明の検査用試薬は、これらのプライマーやプローブに加えて、PCR用のポリメラーゼやバッファー、ハイブリダイゼーション用試薬、蛍光色素などを含むものであってもよい。
【実施例0039】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0040】
<方法>
<検体>
2016年1月から12月までに埼玉医科大学国際医療センターで大腸癌の根治手術を受けた
患者84名から、手術検体または生検検体を採取した。1例は標本が小さすぎたため、代わ
りにリンパ節を使用した。腫瘍面積は病理医が肉眼と顕微鏡で確認した。
全例に治癒的手術を行い、術後に5-FUベースの術後補助化学療法を行った。
術後補助化学療法は5-FUをベースにしたS-1、Capecitabine、もしくはTegafur-Uracil plus Leucovorin Calcium(UFT/UZEL)の投与、または、それらにoxaliplatinを併用した下記のレジメンであった。
FOLFOX(5FU, Levofolinate, Oxaliplatin)
CAPOX(Capecitabine, Oxaliplatin)
SOX(S-1, Oxaliplatin)。
なお、この研究は埼玉医科大学国際医療センターの倫理委員会の承認を受けている。
【0041】
<統計解析>
再発と非再発の間の遺伝子の変異の特異性を調べるために、フィッシャーの正確検定を行った。統計学的検定はすべて両側で行い、p<0.05の値を有意とした。
【0042】
<ターゲット捕捉とシークエンス>
HaloPlex Target Enrichment Kit (Agilent Technologies) を用い、既知の50遺伝子((AKT1S1, APC, ARAF, ATG10, ATG12, ATG13, ATG14, ATG16L1, ATG16L2, ATG3, ATG4A, ATG4B, ATG4C, ATG4D, ATG5, ATG7, ATG9A, ATG9B, BCL2L13, BECN1, BNIP3, BNIP3L, BRAF, CALCOCO2, CTNNB1, DEPTOR, ERBB2, FUNDC1, HRAS, KRAS, MAP1LC3A, MAP2K1, MAP2K2, MAPK1, MAPK3, MTOR, NRAS, OPTN, PIK3C3, PIK3CA, PIK3R4, PINK1, PRKN, PTEN, RAF1, RB1CC1, RPTOR, SMAD4, TP53およびULK1)の全ゲノム配列のライブラリーを作製した
。DNAを制限酵素を用いて断片化し、配列インデックスを持つプローブを添加し、標的断
片にハイブリダイズさせた。各プローブは、標的とするDNA制限断片の両端にハイブリダ
イズするように設計されたオリゴヌクレオチドであり、それによって標的とする断片が環状DNA分子を形成するように設計された。HaloPlexプローブはビオチン化され、標的断片
は磁性ストレプトアビジンビーズで回収された。小さな断片および未結合のプローブはAMPure精製(Agencourt Bioscience, Beverly, MA)によりミックスから除去された。次に
、ライゲーションによってDNAを環状化した。最後に、濃縮されたDNA断片はユニバーサルプライマーを用いて増幅された。各ライブラリーについて、High Sensitivity D1000 Screen Tape System (Agilent Technologies) を用いて、濃縮の確認と濃縮された標的DNAの簡単な定量を行った。マルチプレックスシーケンス用に異なる指標でプールしたサンプルは、ライブラリ定量キット(Kapa Biosystems, Wilmington, MA)を用いてモル濃度を測
定した。高スループットシーケンスは、製造元からのプロトコルに従って、各プールしたサンプルについて、MiSeqまたはNextSeqプラットフォーム(Illumina、カリフォルニア州サンディエゴ)で150bpペアエンドリードで実施した。
【0043】
<次世代シーケンスのデータ解析>
シーケンスリードデータは、FastQC (http://www.bioinformatics.babraham.ac.uk/projects/fastqc) の品質チェックを通過した。FASTX-toolkit v.0.0.14 (Bolger AM, Lohse M, Usadel B. Trimmomatic: a flexible trimmer for Illumina sequence data. Bioinformatics (Oxford, England) 2014;30:2114-20.)を用いて塩基品質によるリードのトリミングを行った。UCSC hg38 reference genome へのリードアラインメントはBurrows-Wheeler Aligner(Li H, Durbin R. Fast and accurate short read alignment with Burrows-Wheeler transform. Bioinformatics (Oxford, England) 2009;25:1754-60.)を用いて行った。マッピング不可能なリードはSAMtools(Li H et al. The Sequence Alignment/Map format and SAMtools. Bioinformatics (Oxford, England) 2009;25:2078-9.)を用いて除去した。これらのリードをフィルタリングした後、Genome Analysis Toolkit (GATK)を用いて、ローカルリアライメントと塩基品質スコアの再キャリブレーションを行った。一塩基変異(SNV)と挿入または欠失(INDEL)の発見には、GATKのmultiple-sample calling protocolを適用した(McKenna et al. The Genome Analysis Toolkit: a MapReduce framework for analyzing next-generation DNA sequencing data. Genome Research 2010;20:1297-303.)。対象領域のカバレッジはGATKのDepthOfCoverageを用いて推定した。
本実験では、SelectVariantsを用いて、DP > 10(10倍以上のカバー深度)のバリアント
を選択した。検出されたバリアントはANNOVARを用いてアノテーションを行い、ClinVar_20210501データベース(Wang K, Li M, Hakonarson H. ANNOVAR: functional annotation of genetic variants from high-throughput sequencing data. Nucleic Acids Research
2010;38.)により病原性を評価した。
【0044】
サンガー配列解析
PINK1遺伝子のSNVのうち、有意な差異を示したもの(rs1043424 and rs3738136)につい
て、特定のプライマーセットを用いて塩基配列の解析を行った。rs1043424のプライマー
セット:フォワードプライマー(5'-CCGCAAATGTGCTTCATCTA-3' 配列番号6)とリバースプライマー(5'-AGCGTTTCACACTCCAGGTT-3' 配列番号7)。rs3738136のプライマーセッ
ト:フォワードプライマー(5'-TCGATGTGTGGTAGCCAGAG-3' 配列番号8)およびリバースプライマー(5'-GATGCCCTGTTGAACCAGAT-3' 配列番号9)。PCRはPrimeSTAR Max DNA polymerase systemを用い、50℃ (rs1043424) と53℃(rs3738136) でアニーリングを行い、QIAuick Gel Extraction Kitを用いてPCRフラグメントを抽出した。逆方向の塩基配列決定は、製造元の指示に従い行った(BigDye; Applied Biosystems, Warrington, U.K.)。生成物の電気泳動は、ABI 3500自動DNAシーケンサー(Applied Biosystems)を用いて行っ
た。
【0045】
<結果>
<臨床的特徴>
補助化学療法を受けた84人のCRC患者の臨床的特徴を表1に示す。再発率は深達度pT4以
上の腫瘍で高い傾向にあったが、その差は有意ではなく、その他にも再発群と非再発群の間に有意差はなかった。なお、解析には合計84名の患者が登録されたが、そのうち3例は
二重癌で、1例は原発巣が小さかったため転移リンパ節を使用した。そのため、総解析サ
ンプル数は86であった。再発症例は26/84例(31.0%)であった。
【0046】
【表1】

【0047】
<大腸癌臨床例におけるターゲット配列>
大腸癌症例において、オートファジー関連遺伝子と大腸癌関連遺伝子の合計50個を選択し、ターゲット・エンリッチメント・シークエンスによりSNVとINDELの同定解析を行った。ターゲット領域は、全50遺伝子のエクソン領域とエクソン-イントロン結合を濃縮する
ように設計した。対象領域の平均取得率は98.49%であった。
【0048】
<SNVsとINDELsの内訳>
術後補助化学療法を行った症例を対象に、独自に行ったターゲットエンリッチメントシーケンスの結果、786個のSNVまたはINDELがターゲット領域で検出された。アミノ酸配列
における非同義(ミスセンス)SNVは332個、フレームシフト欠失は40個、フレームシフト挿入は11個であった。ストップゲイン変異を示すSNVは49ヶ所であった。
【0049】
<ターゲット・エンリッチメント・シークエンスで得られた個々のSNVの結果>
再発群(Recurrence)(n=27)と非再発群(Non-recurrence)(n=59)において、このターゲット濃縮解析で見つかった786個のSNVまたはINDELについて、フィッシャーの正確検定
を実施した。その結果、下記のSNVでp=0.05以下の有意差が認められた。
PINK1 rs1043424 A>C, PINK1 rs3738136 G>A, ATG14 rs199596610 G>Tの3つの非同義SNV
と、2つの同義SNV KRAS rs1137282 T>C, DEPTOR rs16893299 C>T (表2)。
この結果は、PINK1遺伝子等のSNVが無再発群に有意に認められたことから、5FUによる術
後補助化学療法の予後を判断するバイオマーカーとなり得ることを示唆している。
【0050】
【表2】
【0051】
<PINK1遺伝子のSNV>
PINK1/Parkin 経路はマイトファジーの経路として最も研究されており、セリン/スレオニン PTEN 誘導putative kinase 1 (PINK1) がこの経路のイニシエータである(Kulikov A v., Luchkina EA, Gogvadze V, Zhivotovsky B. Mitophagy: Link to cancer development and therapy. Biochemical and Biophysical Research Communications 2017;482:432-9)。今回のターゲット・エンリッチメント・シークエンスでは、PINK1の6つの非同義SNVが見つかり、そのうちの5つはキナーゼドメインに、残りの1つはC末端ドメイン(CTD)に存在した。なお、CTDはKDの構造を制御し、キナーゼ領域が基質を特定するのを補助し
ている(Wang N, Zhu P, Huang R, Wang C, Sun L, Lan B, et al. PINK1: The guard of
mitochondria. Life Sciences 2020;259.)。今回、有意差を示したSNVは2つであったが、症例数が増えれば、キナーゼドメイン(KD)上の他のSNVでも有意差が観察される可能
性があると考えられる。
【配列表】
2023154950000001.app